とんとむかし1
とんとむかしがあったとさ。
むかし、下田の村、雪はしんしんふる、夕っかた、
「ままくれ、まんま。」
というて、やって来た。
なんか切ねえて、開けてやると、白んれえものが、ふわーと入る。
屋の灯しにあたって、ふっ消えた。
火はぼおっと吹いたり、かたと鳴ったのは、踏んごんだ風のせい。
そうしたら、赤ん坊が、ひきつけ起こす、かかや娘なと、大熱出す。
寝たきりのじいさま、ころうと死んだりした。
ままくれは、こわ-い水子のたましい。
名もなし、闇から闇への、行きどもねえてや、そこらふらついたが、雪はしんしんふると、灯恋しと、軒のあたり、とっついて来た。入れてやらずも、たたりあった。
ふりつもる雪の辺に、もみからなと、撒いておく。
ままくれは来て、それ拾うて食って、泣きながら、どこそへうつって行ったと。
かまいたち
とんとむかしがあったとさ。
むかし、しいでの村に、
「いたちのお供え。」
というものがあった。
いたちさま、十五夜お月さまに、お供えしたという、
「いたちのお供え、親にもやるな。」
とて、あったらすぐ含む。
さかさ名唱えて、食むんだそうの。
十五、七の娘っ子、草刈りに出て、やぶっ原に、いたちのお供え、めっけた。
精がつく、美しゆうなるとて娘、大わらわに含む。
そうしたら、
「ほう。」
叫んで、浮かれたつ。草刈りもなげうって、山っ原へ。
親、娘が戻らぬ、行ってみたら、影も形もない、どうしたこったと、人頼みして、捜して行った。
「けものに追われて。」
と思ったら、そこらあたり、娘の小袖やら、被りもの、しまい赤い腰のものまで、ひっかかる。
「けものでねえて。」
親青うなる、日は暮れて、ちょうど十五夜の、まんまるう月が上る。
月明かりに、呼ばわると、どこらほろとて、歌う声。
谷内であった。
生まれたまんまのなりして、舞いおどる娘、月明かりにきいらり、そやつは草刈りのかま。
まわりには、てんやいたちや、鹿やら熊や、よったくる。
親呼んだ。
かまかざす。
恐ろしいったら、清うげの。
舞い終わって、
「おう。」
とて娘、水辺に映る、月めがけて、身をおどらせた。
ごうと吠え狂うけものども。
親も人みな、逃げ帰る。
明くる朝、捜したが、むくろも浮かばず。
かまいたちという、大怪我したのは、こんな娘の仕業であった。
なでしこ
とんとむかしがあったとさ。
むかし、川辺の村に、一郎次という、水ん呑みがあった。
日ようとりして、西の大家さま、牛の飼草頼まっしゃる、
「おらとこ草場馬飼う、どこなと行って刈ってこ。」
という。人の草場刈ったら、すまきにされて、河にざんぶり。
弱った一郎次。
刈らねば、まんま食えぬ、思いついたは、おいのの山じゃ。
なんか出るなと、人は行かぬ、草伸び放題。
「水ん呑みなと、お化けも食わん。」
とて、かま手にでかけて行った。
おいのの山、人面岩。
ざっくと刈りだしたら、
「そこな水ん呑み。」
と呼ぶ。
だれもいない、
「ひやあ、出たあ。」
一郎次、腰抜かした。
「礼はしよう、そのかまでもって、岩のこけら剥がせ。」
という。
ふうらり立って、一郎次、人面岩の、こけらはがす。
卍が出た。
「かぎのてに回せ。」
回した。
ぐるうりもとへ。
揺れて、
「ぐわらごう。」
岩かけ雨あられ。
突っ伏すのへ、
「うわっはっは。」
大笑い。
「わしは天の川原の、舟ひきじゃ。」
雲を突く大男。
「ちとわけあって、千年押し込めにあったが、出られたぞ、これから帰って、仕返しだ、そこらの花でも、取って行け。」
身ひるがえして、大空に消え。
一郎次、手には、なでしこの花を取り、牛のかいば止めて、引き上げる。
夢見たような。
ぶっかけ椀に、水汲んで花さそ、空き腹抱えて寝た。
うんまげなにおい。
見たこともねえ、美しい姉さま、まんまの支度する。
「召し上がれ。」
といって、前に置く。
腹へったで、夢見るか、夢なら食わねばとて、一郎次、はしつけたら、お代わり。
「あんまし夢ではねえようだが。」
美しい姉さま、三つ指ついて、
「おそうにお邪魔しました、わたしはよるべもない、旅の者。」
という、
「よかったら、どうかここへ置いて下され。」
一郎次ぶったまげた。
「お、お。」
おまえさまのような、美しいお方は、玉の輿、
「水ん呑みだて、わしは。」
といった。
姉さま、わたし嫌いかというて泣く、泣かれてはたまらん。
でもって夫婦になった。
天にも登る心地。
食うや食わずの、姉さま云った。
「峠の道に、わらしべ持って、立っていなされ。」
わらしべ持って、立っていたら、おさむらいが来る、わらじが切れた。
わらしべですげてやったら、
「ありがたかった。」
と、ぜにくれた。
一郎次、うんめえものをと、姉さまに、団子買うた。
姉さま、
「せっかくのお団子、ごんぞどのへ持ってっとくれ、あそこの子、物も食わずて、死にそうだ。」
と云った。
持って行くと、なんにも食わずが、食って、元気になった。
ごんぞどの、大喜びして、礼金くれた。
一郎次は、姉さまに、反物買うた。
姉さま、それでもって、もんぺと頭巾こさえて、旗竿作った。
「よくきくとっけの薬。」
としるして、薬草を取る。
一郎次が売り歩く。
薬はよう売れた。
西の大家さま、株よこせといって来た。
「田んぼ一枚ではどうか。」
姉さま、北の畑にしなされといった。
ひえもよう育たん畑。
そこから銀が出た。
一郎次は、長者さま。
二十年たった。
降るような星空、
「来たときと、同じように美しい、おまえのおかげをもってわしは。」
水ん呑み長者は云った。
姉さま、眉根くもる、
「わたしは天の川原の星くず。あの晩、お椀がかけておったで、吸い上げた、この世のえにしは、これまで。」
云い終わると、なでしこになった。枯れしぼんで、きいらり露の玉。
水呑み地蔵
とんとむかしがあったとさ。
むかし、河辺村に、三郎次という、食うや食わずの、水ん呑みがあった。
母親年で、目も見えずなる、
「白い飯に、塩引きそえて食って、あの世へ行きてえ。」
と云った。
白い飯なと、三年前のお祭礼に、食ったきり。
よくない病が流行った。
火のような熱、水のようにひったり、吐いたりして、まっくろけになって、ころっと死んだ。
犬神のたたりじゃといった。
医者も薬も、効かぬ。
三郎次のもとへ、暮れっかた、だれか来た。
「大家さまあととり娘が、まっくろ病になった、あったらべっぴんさまが、もったいなや。」
と云う、
「人の生き血すすりゃ、治るが、水ん呑みなと、生きていたって仕方ねえ。」
とて、一両。
べっぴんさまの娘は、三郎次も、かいまみた。こえかたぎに行って、松のお庭に、
「あれがはあ、天女さまつもんかや。」
と呆けて、天秤棒にどっつかれ。
水ん呑みだっても、命は惜しい。
めくらの親に、白い飯と塩引き。
三郎次は受け取った。
そうして地獄へ落ちた。
「ばちあたりが、てめえ売るような弱虫は、二度と出られん、無間地獄。」
えんまさま、云わっしゃる。
鬼はつかんで、血の池へ、音も通わぬ、まっくらやみの、奈落の底。
切り裂かれた、胸もとを、地獄の虫どもが、ひしめき寄せる。
叫べばとて、声にもならず、魂切るような、激痛に、未来永劫。
浮きぬ沈みぬ、夢まぼろしのように、亡者の姿。
鬼のさすまたに、貫かれ、恐ろしい虫どもにさいなまれ、もだえ苦しみ、泣きわめいて、足を引っ張りあいの。
人買い男が、重とうに沈む。
血の海を、大輪の花に咲いて、あれは天女さまのような。
まっくろ病に、目ん玉むきだし、口にはうじたかれ。
一瞬痛みを忘れ。
めっくらめいた。
どんがらぴっしゃ雷。
二たび、三たび、たんびに何か身をひたつ。虫どもが失せ、痛みは遠のく。
雷と見えたは、母親が、めしいの目に流す、涙のしずく。
白い飯に、塩引きは食らわず、お地蔵さまをこさえて、供養したと。
水ん呑み地蔵とて、今も残る。
「見えず、聞こえず、痛みもないという、そのような地獄を。」
観音さま、はるかにご覧になって、云われる。
亡者は一つ引き上げられた。
またこの世にも、廻って来る。
命のお水
とんとむかしがあったとさ。
むかし、おんぞ村の、三郎兵衛、恋しいかか、あしたもねえげな、命になった。
仏さま、ほっとかっしゃれ、神さま、かまわれんとて、三郎兵衛、なんとしようばや、なんじゃもんじゃの、木なとあって、
「あんなもんじゃ、こんなもんじゃ、妹ごの、神さま、どんげ病も、へろうりなおる、命のお水、たがえてなさる。」
取り行くには、めみるだども、いわっしゃる。たとい火の中、水ん中、三郎兵衛、
「なじょうも。」
願えば、
「したば入れ。」
と、おのれ木のうろ、ぽっかり開けた。
うろんな風なと、ふうらりと吹く。ふうらんどうごら、歩んで行けば、三郎兵衛、あたり明けて、まっしろすすきの、山っぱら、
「あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹ん神さま。」
大声あげて、呼ばわったれど、すすきゃざんざ、さんさしぐれか、降りかかる。
こりゃあさむげじゃ、辺り見れば、
「あったけえぞな、わらひもち。」
しょうがればんば、餅売る。
一つ食ろうて、三郎兵衛、
「うわばわっちっや。」
もちはぺったり、貼り付いた。たこの八足、ふりもがく。
「ふいっひっひっひ、ふいっくふいっく。ふわっははっは、笑いもち。」
もち売りばんば、大笑い、
もうはや死ぬと、三郎兵衛。美しい姉さま、ふをっほ笑もうて、
「しょうもねえったら、しょうがればんば。」 つゆふくんで、振りかけた。
とたんに餅は、ころうとはがれ、
「ふうっは。」
云うたは、三郎兵衛、
「もしやお前さま、あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹の神さま、だったらわしに、命のお水。」
こう聞いた。
「かか病で、死にそうですじゃ。」
「ふをっほ。」
美しい姉さま、
「神さまだあなんて、わちきはの、すすき野っぱら、お女郎狐、かかさま忘れ、すすきゃしっぽり、お茂りなんしゃあ、さっきなのお水は、わちきのおしっこ。」
「うわあ。」
いうて、三郎兵衛、逃げ出したりゃ、あっちやこっち、狐火燃える。
夜っぴで逃げて、かわたれの森、鳥も鳴かねば、やけにしーんと、静まり返る。
「なにか出そうじゃ。」
云うたときだや、
「ひょうろくだま、うらめしや。」
白んれえもな、尾を引いて出る。
そっやつひやっと、振り払うとは、
「うら、うら、うらめしやあ。」
次から次へ、湧いて出る。ひょうろくだま、とっつくは、おこりにかかって、がたがたふるえ、
「かかかかかかを、助けらんねや。」
涙ぼうろり。ひょうろくだま、涙のしずくに、ぼっしゃりしぼむ。
泣いてぼっしゃり、つぶしおおせて、かわたれの森、抜け出した。
歯の根もあわぬ、辺り見りゃ、天までそびえる、屏風岩、ほっかり温泉が、湧き出した。
天の助けと、三郎兵衛、つたうて行って、ひたり込む。
ぽっちゃりぱっちゃ、やっていたれば、ぴったくぱった、足音がする。
花恥ずかしい、乙女子ばかり、四たり五たり、
「とんだところで、正月。」
目細めたが、乙女子、おっぱい見つめちゃ、ため息ばかり。
にわかにあたり、どろうと暮れる。
生臭い、風吹くとは、
「身はきよめたか、どんれや一つ。」
大蛇の生首、ぬうと出る、乙女の一人、ぺろうと食んだ。
ぶったまげたは、三郎兵衛、残った乙女、身仕舞い帰る。したばそのあと、追いかけた。
「なんして、こんげなとこへ来る。」
かかに似た、めんこい子、お-と泣く。
「わし来ねえば、父うも母も、村さいらんね。」
「てめえ食われちゃ、おしめえ。」
村出ろとて、その手取って、三郎兵衛、ぴったくぱった、乙女子、のーんというたら、ひきがえる。
「きゃっ。」
というて、手つっぱなす、
「わしおいて、どこさ行く。」
ひきの乙女、ぴょーんと跳んだら、待ちかまえ、木よじれば、根っこぎする。
「こらえてくれえ。」
と、ひいたの山行きゃ、ひきの乙女、皮干いえて、ふん伸びた。
道は大がれ、いわの坂、雲の辺まで、のし上がる。
道よじれば、
「さぶろうべえ。」
だれか呼ぶ、
「おう。」
と答えりゃ、
「がらりんどう。」
とがれ落ちる。
知らぬ呼ぶては、知り合い呼ぶては、がらりんどうと、がれ落ちる。
父呼ぶては、母呼ぶては、十と八ぺん、のりつけりゃ、
「おまえさま。」
とて、恋しいかか。
見まい聞くまい、しまいのはて、死に物狂いの、のりつけりゃ、雲の辺なる、嬉し野じゃ。
鳥歌う、花咲くやら。
赤いお宮に、清うげな、女の神さま、
「ぴんしゃんからり。」
機織りなさる。
虹のようなる、から衣。
「あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹ごん神さま。」
おん前に出て、三郎兵衛、
「かか病で、死にそうですじゃ、命のお水、授けて下せえ。」
願うたば、女の神さま、
「わしの反物、欲しゅうはないか。」
云わっしゃる、
「いえあの。」
「欲しゅうはないか。」
「へい。」
云うたら、
「だば代わりに、これ貰う。」
両目抉る、その手にふうわり、虹の反物。
おうと喚いて、三郎兵衛、まっくらがり、手探り行きゃあ、ぼうぼうばっちと、嵐の原じゃ。
ぼうぼうばっちと、砂風当る。
反物、かすみに消えて、かつかついうて、蹄の音じゃ。
びったり止まる。
「嵐の原、目も見えずて、歩むは哀れ。」
云うてはばっさり、両の足斬る。
ぼうぼうばっちと、もがいていたれば、かつかついうて、蹄の音じゃ。
びったり止まる、
「嵐の原、目も見えず、足ものうてや、もがくは哀れ。」
ばっさり、両の手斬る。
目なし達磨の、三郎兵衛、ぼうぼうばっちと、埋もれて、
「かかやあ、わしなが、先に行く。」
とて、わかんのうなる。
ひったくさった、鷹の羽音、身はふうわり、宙に浮く。
はてやあどこじゃ、
「なんてやむごい、手足切られ。」
「目はえぐられ。」
やさしい声の、
ほうろり落ちる、涙のしずく、手足生ひる、目もぱっちり、三郎兵衛、
「おっかあと、おまえは、恋しいかか。」
おふくろさまに、恋しいかかじゃ。
「そうかやわし、間に合わねえで。」
あの世へ来たか、ぼうぼうばっちと、わしも死に。
「三人いっしょに、暮らせるなれば。」
手取り合って、ほんにかしこは、極楽の、かりょうびんがか、蓮の花。
二日暮らして、
「父はどうした、地獄へ落ちたか。」
聞いたとたんに、あたり地獄、おふくろさま、親父になった、
「おうやせがれ。」
三郎兵衛、
「うわあばけもの。」
叫び上げりゃあ、親父さま、のーんというたら、大ばけものに、
「助けてくれえ。」
つっぷしたりゃ、
「なんなりと。」
「云うてみなされ、助けてあげる。」
優にやさしい、その声は、
(あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹ごん神さま。ほうろり涙は、命のお水。)
三郎兵衛、
「命のお水、授けて下せえ、してやわしこと、なんじゃもんじゃの、木の下まで。」
願い上げたば、
「はいなあ、こんなもんじゃや、命のお水の、水ん瓶。」
「あんなもんじゃや、なんじゃもんじゃの、兄じゃの前へ。」
命のお水の、かめ抱えて、三郎兵衛、なんじゃもんじゃの、木の下。
なんじゃもんじゃの木、茂みゆすって、大笑い。
「わしの妹ごは、あんなもんじゃ、こんなもんじゃで、押し込めておく、ようも帰った、三郎兵衛、早う行って、命のお水、恋しいかかにふふませろ。」
とて、恋しいかかに、ふふませりゃ、虫の息なが、
「おまえさま。」
とて、よみがえる、
どんがらごうと、がれは崩れず。
なんじゃもんじゃの木に、お礼申して、残ったお水、ふりかけりゃ、
「ぷっふぁ。」
いうたら、それっきり物を、云わのうなった。
暗闇神の隠れ蓑
とんとむかしがあったとさ。
むかし、はんのき村の、六兵衛どんな、たけも立たねえ、べったら田んぼ、こさえていたれば、田の足駄抜ける、
「たすけてくれえ。」
人は寄るたて、べったくった、
「白んれえまんま、ぬくてえうちに、かかやあ。」
わめいてあと、見えのうなった。
人ら寄って、
「はあや今年も、二人めじゃ。」
「ぬる田長者が、白んれえまんま。」
「なんまんだぶつ。」
手あわせたら、行ってしもうた。
六兵衛どんな、あっぷらかいて、ふりもがく、ぬる田ん底は、ずっぱり抜けた。
暗闇神の、ねぐらのようじゃ、
「ひやあお助け。」
目火吹いて、ねめすえる。
「人の天井、ぶち抜きゃがって、お助けたあこら、ぬる田ん百姓。」
暗闇神、がならっしゃるは、さやめいた。
「もしやわしこと、告げねえようなば、お宝つけて、返してやるが。」
「たとい死んだて。」
へいつくばりゃ、ふうわりよこした、帷子一枚。
それつかめば、宙に浮く。
六兵衛どんな、風に吹かれて、柳ん木下。
「助かったあれや。」
なんてやお宝、おんぼろけなが、着てみれば、
「声はすれども、姿は見えず。」
ふういと消ゆる、隠れ蓑。
さてや六兵衛、出歩いた。
酒屋へ入って、ただ酒食らう、となりの姉さま、風呂のぞき、
「うっほうわしにも、春は来たああや。」
あっちやこっち。小判三枚、宙に浮く、
「金とるなら、命取れ。」
と、ぬる田長者。
提灯ばっかり、辻っぱた、
「じんじ迎えは、まだ早ええ。」
五助のばあさま、腰抜かす。
するうち六兵衛、隠れ蓑、身にとっついて、はがれのうなる。
姿見えねば、なんてもならぬ。宵にまぎれて、かかんもと行けば、
「おら、そったでねえてや。」
泣くやわめくや。
兄ん家へ、ふれて行くとは、
「化けて出るなや。」
手あわせられ。
仕方なく泣く、六兵衛どんな、風に吹かれて、ぬる田んくろ。
したばばっさり、暗闇神、
「人にゃ見えねたて、わしにゃあ見える。」
まんまぐれえは、食わせてやらあと、つれて行く。
六兵衛どんな、毎日日にち、暗闇神の、お宝集め、
「姿見えねえて、人さまのものを。」
たんと食うては、爪くられ、稼ぎねえとや、ぶったくられる。
泣きの涙で、歩んでいたら、
「あーあ、夕んべの蚊はうめえ。」
ぬる田んひきは、そこへ出た、
「ぺったくぱあた、足音ばかし、暗闇神の、使いのようじゃ、いまにあやつも、ひきになる。」
六兵衛どんな、聞いてみりゃ、
「山んおがらの、芽吹き枝取って、よじて行け、谷内ん塔の沢の、みやず姫、みやの鏡に、映してみりゃ、もとへと戻る。」
おらなた、もうおせえったら、ぬる田へはまる。
山んおがらの、芽吹き枝取って、六兵衛どんな、谷内の塔の沢、よじて行く、
暗闇神、あとを追う、
「てめえのもとなと、まだ取らね。」
おそろしい爪、さし伸ばす。
山んおがらの、吹き枝光る、
「ふやあ、爪は曲がる。」
とて、引き返す。
山のおがらの、吹き枝茂る、ぴっかりしゃんと、黄金のたぶさ。
「西が曇うれば、夕べな雨。」
清うに歌えば、谷内ん塔の沢の、みやず姫、岩屋押し開け、
「やっと見つけた、わたしの着物。」
真っ白い手、さし伸ばす、
六兵衛どんな、岩屋の中へ。みやの鏡に、姿映る。
「なんたらこれは、おがらの葉。」
みやず姫、
「わし見えたら、八つ裂き。」
六兵衛どんな、逃げる、
「見えた。」
「はんずかしい。」
たら、どんがらぴっしゃ雷。
谷内の塔の沢、大荒れ。
はんのき村、たけも立たねえような、ぬる田んぼ。