とんとむかし

とんとむかし1

ままくれ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、下田の村、雪はしんしんふる、夕っかた、
「ままくれ、まんま。」
というて、やって来た。
なんか切ねえて、開けてやると、白んれえものが、ふわーと入る。
屋の灯しにあたって、ふっ消えた。
火はぼおっと吹いたり、かたと鳴ったのは、踏んごんだ風のせい。
そうしたら、赤ん坊が、ひきつけ起こす、かかや娘なと、大熱出す。
寝たきりのじいさま、ころうと死んだりした。
ままくれは、こわ-い水子のたましい。
名もなし、闇から闇への、行きどもねえてや、そこらふらついたが、雪はしんしんふると、灯恋しと、軒のあたり、とっついて来た。入れてやらずも、たたりあった。
ふりつもる雪の辺に、もみからなと、撒いておく。
ままくれは来て、それ拾うて食って、泣きながら、どこそへうつって行ったと。



かまいたち

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しいでの村に、
「いたちのお供え。」
というものがあった。
いたちさま、十五夜お月さまに、お供えしたという、
「いたちのお供え、親にもやるな。」
とて、あったらすぐ含む。
さかさ名唱えて、食むんだそうの。
十五、七の娘っ子、草刈りに出て、やぶっ原に、いたちのお供え、めっけた。
精がつく、美しゆうなるとて娘、大わらわに含む。
そうしたら、
「ほう。」
叫んで、浮かれたつ。草刈りもなげうって、山っ原へ。
親、娘が戻らぬ、行ってみたら、影も形もない、どうしたこったと、人頼みして、捜して行った。
「けものに追われて。」
と思ったら、そこらあたり、娘の小袖やら、被りもの、しまい赤い腰のものまで、ひっかかる。
「けものでねえて。」
親青うなる、日は暮れて、ちょうど十五夜の、まんまるう月が上る。
月明かりに、呼ばわると、どこらほろとて、歌う声。
谷内であった。
生まれたまんまのなりして、舞いおどる娘、月明かりにきいらり、そやつは草刈りのかま。
まわりには、てんやいたちや、鹿やら熊や、よったくる。
親呼んだ。
かまかざす。
恐ろしいったら、清うげの。
舞い終わって、
「おう。」
とて娘、水辺に映る、月めがけて、身をおどらせた。
ごうと吠え狂うけものども。
親も人みな、逃げ帰る。
明くる朝、捜したが、むくろも浮かばず。
かまいたちという、大怪我したのは、こんな娘の仕業であった。



なでしこ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、川辺の村に、一郎次という、水ん呑みがあった。
日ようとりして、西の大家さま、牛の飼草頼まっしゃる、
「おらとこ草場馬飼う、どこなと行って刈ってこ。」
という。人の草場刈ったら、すまきにされて、河にざんぶり。
弱った一郎次。
刈らねば、まんま食えぬ、思いついたは、おいのの山じゃ。
なんか出るなと、人は行かぬ、草伸び放題。
「水ん呑みなと、お化けも食わん。」
とて、かま手にでかけて行った。
おいのの山、人面岩。
ざっくと刈りだしたら、
「そこな水ん呑み。」
と呼ぶ。
だれもいない、
「ひやあ、出たあ。」
一郎次、腰抜かした。
「礼はしよう、そのかまでもって、岩のこけら剥がせ。」
という。
ふうらり立って、一郎次、人面岩の、こけらはがす。
卍が出た。
「かぎのてに回せ。」
回した。
ぐるうりもとへ。
揺れて、
「ぐわらごう。」
岩かけ雨あられ。
突っ伏すのへ、
「うわっはっは。」
大笑い。
「わしは天の川原の、舟ひきじゃ。」
雲を突く大男。
「ちとわけあって、千年押し込めにあったが、出られたぞ、これから帰って、仕返しだ、そこらの花でも、取って行け。」
身ひるがえして、大空に消え。
一郎次、手には、なでしこの花を取り、牛のかいば止めて、引き上げる。
夢見たような。
ぶっかけ椀に、水汲んで花さそ、空き腹抱えて寝た。
うんまげなにおい。
見たこともねえ、美しい姉さま、まんまの支度する。
「召し上がれ。」
といって、前に置く。
腹へったで、夢見るか、夢なら食わねばとて、一郎次、はしつけたら、お代わり。
「あんまし夢ではねえようだが。」
美しい姉さま、三つ指ついて、
「おそうにお邪魔しました、わたしはよるべもない、旅の者。」
という、
「よかったら、どうかここへ置いて下され。」
一郎次ぶったまげた。
「お、お。」
おまえさまのような、美しいお方は、玉の輿、
「水ん呑みだて、わしは。」
といった。
姉さま、わたし嫌いかというて泣く、泣かれてはたまらん。
でもって夫婦になった。
天にも登る心地。
食うや食わずの、姉さま云った。
「峠の道に、わらしべ持って、立っていなされ。」
わらしべ持って、立っていたら、おさむらいが来る、わらじが切れた。
わらしべですげてやったら、
「ありがたかった。」
と、ぜにくれた。
一郎次、うんめえものをと、姉さまに、団子買うた。
姉さま、
「せっかくのお団子、ごんぞどのへ持ってっとくれ、あそこの子、物も食わずて、死にそうだ。」
と云った。
持って行くと、なんにも食わずが、食って、元気になった。
ごんぞどの、大喜びして、礼金くれた。
一郎次は、姉さまに、反物買うた。
姉さま、それでもって、もんぺと頭巾こさえて、旗竿作った。
「よくきくとっけの薬。」
としるして、薬草を取る。
一郎次が売り歩く。
薬はよう売れた。
西の大家さま、株よこせといって来た。
「田んぼ一枚ではどうか。」
姉さま、北の畑にしなされといった。
ひえもよう育たん畑。
そこから銀が出た。
一郎次は、長者さま。
二十年たった。
降るような星空、
「来たときと、同じように美しい、おまえのおかげをもってわしは。」
水ん呑み長者は云った。
姉さま、眉根くもる、
「わたしは天の川原の星くず。あの晩、お椀がかけておったで、吸い上げた、この世のえにしは、これまで。」
云い終わると、なでしこになった。枯れしぼんで、きいらり露の玉。



水呑み地蔵

とんとむかしがあったとさ。
むかし、河辺村に、三郎次という、食うや食わずの、水ん呑みがあった。
母親年で、目も見えずなる、
「白い飯に、塩引きそえて食って、あの世へ行きてえ。」
と云った。
白い飯なと、三年前のお祭礼に、食ったきり。
よくない病が流行った。
火のような熱、水のようにひったり、吐いたりして、まっくろけになって、ころっと死んだ。
犬神のたたりじゃといった。
医者も薬も、効かぬ。
三郎次のもとへ、暮れっかた、だれか来た。
「大家さまあととり娘が、まっくろ病になった、あったらべっぴんさまが、もったいなや。」
と云う、
「人の生き血すすりゃ、治るが、水ん呑みなと、生きていたって仕方ねえ。」
とて、一両。
べっぴんさまの娘は、三郎次も、かいまみた。こえかたぎに行って、松のお庭に、
「あれがはあ、天女さまつもんかや。」
と呆けて、天秤棒にどっつかれ。
水ん呑みだっても、命は惜しい。
めくらの親に、白い飯と塩引き。
三郎次は受け取った。
そうして地獄へ落ちた。
「ばちあたりが、てめえ売るような弱虫は、二度と出られん、無間地獄。」
えんまさま、云わっしゃる。
鬼はつかんで、血の池へ、音も通わぬ、まっくらやみの、奈落の底。
切り裂かれた、胸もとを、地獄の虫どもが、ひしめき寄せる。
叫べばとて、声にもならず、魂切るような、激痛に、未来永劫。
浮きぬ沈みぬ、夢まぼろしのように、亡者の姿。
鬼のさすまたに、貫かれ、恐ろしい虫どもにさいなまれ、もだえ苦しみ、泣きわめいて、足を引っ張りあいの。
人買い男が、重とうに沈む。
血の海を、大輪の花に咲いて、あれは天女さまのような。
まっくろ病に、目ん玉むきだし、口にはうじたかれ。
一瞬痛みを忘れ。
めっくらめいた。
どんがらぴっしゃ雷。
二たび、三たび、たんびに何か身をひたつ。虫どもが失せ、痛みは遠のく。
雷と見えたは、母親が、めしいの目に流す、涙のしずく。
白い飯に、塩引きは食らわず、お地蔵さまをこさえて、供養したと。
水ん呑み地蔵とて、今も残る。
「見えず、聞こえず、痛みもないという、そのような地獄を。」
観音さま、はるかにご覧になって、云われる。
亡者は一つ引き上げられた。
またこの世にも、廻って来る。



命のお水

とんとむかしがあったとさ。
むかし、おんぞ村の、三郎兵衛、恋しいかか、あしたもねえげな、命になった。
仏さま、ほっとかっしゃれ、神さま、かまわれんとて、三郎兵衛、なんとしようばや、なんじゃもんじゃの、木なとあって、
「あんなもんじゃ、こんなもんじゃ、妹ごの、神さま、どんげ病も、へろうりなおる、命のお水、たがえてなさる。」
取り行くには、めみるだども、いわっしゃる。たとい火の中、水ん中、三郎兵衛、
「なじょうも。」
願えば、
「したば入れ。」
と、おのれ木のうろ、ぽっかり開けた。
うろんな風なと、ふうらりと吹く。ふうらんどうごら、歩んで行けば、三郎兵衛、あたり明けて、まっしろすすきの、山っぱら、
「あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹ん神さま。」
大声あげて、呼ばわったれど、すすきゃざんざ、さんさしぐれか、降りかかる。
こりゃあさむげじゃ、辺り見れば、
「あったけえぞな、わらひもち。」
しょうがればんば、餅売る。
一つ食ろうて、三郎兵衛、
「うわばわっちっや。」
もちはぺったり、貼り付いた。たこの八足、ふりもがく。
「ふいっひっひっひ、ふいっくふいっく。ふわっははっは、笑いもち。」
もち売りばんば、大笑い、
もうはや死ぬと、三郎兵衛。美しい姉さま、ふをっほ笑もうて、
「しょうもねえったら、しょうがればんば。」 つゆふくんで、振りかけた。
とたんに餅は、ころうとはがれ、
「ふうっは。」
云うたは、三郎兵衛、
「もしやお前さま、あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹の神さま、だったらわしに、命のお水。」
こう聞いた。
「かか病で、死にそうですじゃ。」
「ふをっほ。」
美しい姉さま、
「神さまだあなんて、わちきはの、すすき野っぱら、お女郎狐、かかさま忘れ、すすきゃしっぽり、お茂りなんしゃあ、さっきなのお水は、わちきのおしっこ。」
「うわあ。」
いうて、三郎兵衛、逃げ出したりゃ、あっちやこっち、狐火燃える。
夜っぴで逃げて、かわたれの森、鳥も鳴かねば、やけにしーんと、静まり返る。
「なにか出そうじゃ。」
云うたときだや、
「ひょうろくだま、うらめしや。」
白んれえもな、尾を引いて出る。
そっやつひやっと、振り払うとは、
「うら、うら、うらめしやあ。」
次から次へ、湧いて出る。ひょうろくだま、とっつくは、おこりにかかって、がたがたふるえ、
「かかかかかかを、助けらんねや。」
涙ぼうろり。ひょうろくだま、涙のしずくに、ぼっしゃりしぼむ。
泣いてぼっしゃり、つぶしおおせて、かわたれの森、抜け出した。
歯の根もあわぬ、辺り見りゃ、天までそびえる、屏風岩、ほっかり温泉が、湧き出した。
天の助けと、三郎兵衛、つたうて行って、ひたり込む。
ぽっちゃりぱっちゃ、やっていたれば、ぴったくぱった、足音がする。
花恥ずかしい、乙女子ばかり、四たり五たり、
「とんだところで、正月。」
目細めたが、乙女子、おっぱい見つめちゃ、ため息ばかり。
にわかにあたり、どろうと暮れる。
生臭い、風吹くとは、
「身はきよめたか、どんれや一つ。」
大蛇の生首、ぬうと出る、乙女の一人、ぺろうと食んだ。
ぶったまげたは、三郎兵衛、残った乙女、身仕舞い帰る。したばそのあと、追いかけた。
「なんして、こんげなとこへ来る。」
かかに似た、めんこい子、お-と泣く。
「わし来ねえば、父うも母も、村さいらんね。」
「てめえ食われちゃ、おしめえ。」
村出ろとて、その手取って、三郎兵衛、ぴったくぱった、乙女子、のーんというたら、ひきがえる。
「きゃっ。」
というて、手つっぱなす、
「わしおいて、どこさ行く。」
ひきの乙女、ぴょーんと跳んだら、待ちかまえ、木よじれば、根っこぎする。
「こらえてくれえ。」
と、ひいたの山行きゃ、ひきの乙女、皮干いえて、ふん伸びた。
道は大がれ、いわの坂、雲の辺まで、のし上がる。
道よじれば、
「さぶろうべえ。」
だれか呼ぶ、
「おう。」
と答えりゃ、
「がらりんどう。」
とがれ落ちる。
知らぬ呼ぶては、知り合い呼ぶては、がらりんどうと、がれ落ちる。
父呼ぶては、母呼ぶては、十と八ぺん、のりつけりゃ、
「おまえさま。」
とて、恋しいかか。
見まい聞くまい、しまいのはて、死に物狂いの、のりつけりゃ、雲の辺なる、嬉し野じゃ。
鳥歌う、花咲くやら。
赤いお宮に、清うげな、女の神さま、
「ぴんしゃんからり。」
機織りなさる。
虹のようなる、から衣。
「あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹ごん神さま。」
おん前に出て、三郎兵衛、
「かか病で、死にそうですじゃ、命のお水、授けて下せえ。」
願うたば、女の神さま、
「わしの反物、欲しゅうはないか。」
云わっしゃる、
「いえあの。」
「欲しゅうはないか。」
「へい。」
云うたら、
「だば代わりに、これ貰う。」
両目抉る、その手にふうわり、虹の反物。
おうと喚いて、三郎兵衛、まっくらがり、手探り行きゃあ、ぼうぼうばっちと、嵐の原じゃ。
ぼうぼうばっちと、砂風当る。
反物、かすみに消えて、かつかついうて、蹄の音じゃ。
びったり止まる。
「嵐の原、目も見えずて、歩むは哀れ。」
云うてはばっさり、両の足斬る。
ぼうぼうばっちと、もがいていたれば、かつかついうて、蹄の音じゃ。
びったり止まる、
「嵐の原、目も見えず、足ものうてや、もがくは哀れ。」
ばっさり、両の手斬る。
目なし達磨の、三郎兵衛、ぼうぼうばっちと、埋もれて、
「かかやあ、わしなが、先に行く。」
とて、わかんのうなる。
ひったくさった、鷹の羽音、身はふうわり、宙に浮く。
はてやあどこじゃ、
「なんてやむごい、手足切られ。」
「目はえぐられ。」
やさしい声の、
ほうろり落ちる、涙のしずく、手足生ひる、目もぱっちり、三郎兵衛、
「おっかあと、おまえは、恋しいかか。」
おふくろさまに、恋しいかかじゃ。
「そうかやわし、間に合わねえで。」
あの世へ来たか、ぼうぼうばっちと、わしも死に。
「三人いっしょに、暮らせるなれば。」
手取り合って、ほんにかしこは、極楽の、かりょうびんがか、蓮の花。
二日暮らして、
「父はどうした、地獄へ落ちたか。」
聞いたとたんに、あたり地獄、おふくろさま、親父になった、
「おうやせがれ。」
三郎兵衛、
「うわあばけもの。」
叫び上げりゃあ、親父さま、のーんというたら、大ばけものに、
「助けてくれえ。」
つっぷしたりゃ、
「なんなりと。」
「云うてみなされ、助けてあげる。」
優にやさしい、その声は、
(あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹ごん神さま。ほうろり涙は、命のお水。)
三郎兵衛、
「命のお水、授けて下せえ、してやわしこと、なんじゃもんじゃの、木の下まで。」
願い上げたば、
「はいなあ、こんなもんじゃや、命のお水の、水ん瓶。」
「あんなもんじゃや、なんじゃもんじゃの、兄じゃの前へ。」
命のお水の、かめ抱えて、三郎兵衛、なんじゃもんじゃの、木の下。
なんじゃもんじゃの木、茂みゆすって、大笑い。
「わしの妹ごは、あんなもんじゃ、こんなもんじゃで、押し込めておく、ようも帰った、三郎兵衛、早う行って、命のお水、恋しいかかにふふませろ。」
とて、恋しいかかに、ふふませりゃ、虫の息なが、
「おまえさま。」
とて、よみがえる、
どんがらごうと、がれは崩れず。
なんじゃもんじゃの木に、お礼申して、残ったお水、ふりかけりゃ、
「ぷっふぁ。」
いうたら、それっきり物を、云わのうなった。



暗闇神の隠れ蓑

とんとむかしがあったとさ。
むかし、はんのき村の、六兵衛どんな、たけも立たねえ、べったら田んぼ、こさえていたれば、田の足駄抜ける、
「たすけてくれえ。」
人は寄るたて、べったくった、
「白んれえまんま、ぬくてえうちに、かかやあ。」
わめいてあと、見えのうなった。
人ら寄って、
「はあや今年も、二人めじゃ。」
「ぬる田長者が、白んれえまんま。」
「なんまんだぶつ。」
手あわせたら、行ってしもうた。
六兵衛どんな、あっぷらかいて、ふりもがく、ぬる田ん底は、ずっぱり抜けた。
暗闇神の、ねぐらのようじゃ、
「ひやあお助け。」
目火吹いて、ねめすえる。
「人の天井、ぶち抜きゃがって、お助けたあこら、ぬる田ん百姓。」
暗闇神、がならっしゃるは、さやめいた。
「もしやわしこと、告げねえようなば、お宝つけて、返してやるが。」
「たとい死んだて。」
へいつくばりゃ、ふうわりよこした、帷子一枚。
それつかめば、宙に浮く。
六兵衛どんな、風に吹かれて、柳ん木下。
「助かったあれや。」
なんてやお宝、おんぼろけなが、着てみれば、
「声はすれども、姿は見えず。」
ふういと消ゆる、隠れ蓑。
さてや六兵衛、出歩いた。
酒屋へ入って、ただ酒食らう、となりの姉さま、風呂のぞき、
「うっほうわしにも、春は来たああや。」
あっちやこっち。小判三枚、宙に浮く、
「金とるなら、命取れ。」
と、ぬる田長者。
提灯ばっかり、辻っぱた、
「じんじ迎えは、まだ早ええ。」
五助のばあさま、腰抜かす。
するうち六兵衛、隠れ蓑、身にとっついて、はがれのうなる。
姿見えねば、なんてもならぬ。宵にまぎれて、かかんもと行けば、
「おら、そったでねえてや。」
泣くやわめくや。
兄ん家へ、ふれて行くとは、
「化けて出るなや。」
手あわせられ。
仕方なく泣く、六兵衛どんな、風に吹かれて、ぬる田んくろ。
したばばっさり、暗闇神、
「人にゃ見えねたて、わしにゃあ見える。」
まんまぐれえは、食わせてやらあと、つれて行く。
六兵衛どんな、毎日日にち、暗闇神の、お宝集め、
「姿見えねえて、人さまのものを。」
たんと食うては、爪くられ、稼ぎねえとや、ぶったくられる。
泣きの涙で、歩んでいたら、
「あーあ、夕んべの蚊はうめえ。」
ぬる田んひきは、そこへ出た、
「ぺったくぱあた、足音ばかし、暗闇神の、使いのようじゃ、いまにあやつも、ひきになる。」
六兵衛どんな、聞いてみりゃ、
「山んおがらの、芽吹き枝取って、よじて行け、谷内ん塔の沢の、みやず姫、みやの鏡に、映してみりゃ、もとへと戻る。」
おらなた、もうおせえったら、ぬる田へはまる。
山んおがらの、芽吹き枝取って、六兵衛どんな、谷内の塔の沢、よじて行く、
暗闇神、あとを追う、
「てめえのもとなと、まだ取らね。」
おそろしい爪、さし伸ばす。
山んおがらの、吹き枝光る、
「ふやあ、爪は曲がる。」
とて、引き返す。
山のおがらの、吹き枝茂る、ぴっかりしゃんと、黄金のたぶさ。
「西が曇うれば、夕べな雨。」
清うに歌えば、谷内ん塔の沢の、みやず姫、岩屋押し開け、
「やっと見つけた、わたしの着物。」
真っ白い手、さし伸ばす、
六兵衛どんな、岩屋の中へ。みやの鏡に、姿映る。
「なんたらこれは、おがらの葉。」
みやず姫、
「わし見えたら、八つ裂き。」
六兵衛どんな、逃げる、
「見えた。」
「はんずかしい。」
たら、どんがらぴっしゃ雷。
谷内の塔の沢、大荒れ。
はんのき村、たけも立たねえような、ぬる田んぼ。
2019年05月29日

とんとむかし2

きつつき

とんとむかしがあったとさ。
むかし、月潟村に、茂兵衛ともうす、名人大工があった。
木の駒も、水を飼う、梅のらんまには、鶯が鳴く。みなほんものそっくりに、こしらえた。
ある日、茂兵衛が、龍をこさえると、その玉が欲しいと、娘のお花が云う、
「神さまのものだで、だめだ。」
と云えば泣く。
目に入れても痛くないほどの、可愛がりよう、またこさえればとて、茂兵衛はくれてやった。
お花は大喜び、犬にも見せ、すすきにも見せ、空の雲にかざしして、水の辺りへやって来た。
どっと大波起こる。
お花もろとも、玉をうばって去る。
茂兵衛は、気も狂うかと、返らぬお花の、名を呼んで、山から谷から、走せ回ったが、一夜お社に来て、ぬかずいた。
「わしの娘を返してくれ。」
神さまに願えば、
「玉は龍のもの。」
と、神さま、
「じゃが、年月使えた、大工の願い、みたまは連れ戻そうぞ。」
ともうされる。
「はや、身はくたれる、大工のわざに、ととのえおけ。」
と。
名人大工は、身を潔め、神木をえらび、一心不乱。
七日七夜、神さまは、ことをたがえず、射し入る日に、黒髪ほどけ、ほんのりあかねさし、
「お花。」
名呼び、抱き上げりゃ、
「まっくらじゃ。」
とお花。
その目は、見れども見えずの、開きめくら。
茂兵衛は、つっ放す、泣きったけぶのをそのまんま、お社へ、
「大工のわざが、つたなかったか。」
と、問えば、
「悲しみ、過ぎたるゆえに。」
と、神さま。
お花は見えぬ目を、父親ののみに突いて、こときれ。朱けに染んだ、むくろを抱いて、名人大工はさまよい、しまいきつつきになった。
赤げら。



やどかり

とんとむかしがあったとさ。
むかし、にいはま村に、三郎兵衛という、漁師があった。
時化続きに、母親ねえなる、ねりやへやるとて、一そうきりの、舟売って、弔いすませたば、はあやなんにも残らず。
明日食うものもねえなって、なぎさ歩いていると、ねえなった母親呼ぶ。
「なのざま見ては、ねりやへも行かれね、あした浜の曲がりの松行け、いいことあらな。」 という。
あした朝、三郎兵衛、浜の曲がりの松、行いてみると、日にきいらり、何や光る。
清うげな衣は、かかる。
手にもふれりゃ、夢のようなる、
したば、
「もうし。」
と呼ぶ声、
「それはわたしのねりや衣。」
浜の曲がり、清水湧くとう、美しい乙女子が、ゆあみする。
「お返しなされや、ねりやの国へ帰れませぬ。」
と云った。
「にいはまのまがりまつがへあさひさすさやさやたまのねりやぎぬ。」
乙女子は歌う、
「さきほひのうしをみつとふふれなばか、
ねりやおともがうしをぎぬ。」
「お返しもうさぬ、わしの嫁になれ。」
浜の漁師はいった、
ねりやの乙女はたまげ、
「えにしはないが。」
「ねえけりゃこさえる。」
「ねりやの一日は、この世の百年。」
「たった一日じゃ。」
とやこう、海底に沈む、浮かび上がって、泣く泣く、浜の漁師に従った。
食うや食わずの浜の屋に、ねりやの乙女は住んで、幸も廻るよう、暮らしも立つか、

「そのうち舟を買うて。」
と三郎兵衛。着物やかんざしなども買うてやればとて、ねりやの妻は、咲まわぬ。
夜更けであった。
となりにうかがう様子、屋根に隠した、ねりや衣。
屋根の破れを、星の明かりにきいらり。
妻は寝入る。まだきに起きて、ねりや衣を下ろす、三郎兵衛、物持ちの家に売って、舟を買うた。
なぎさにつけると、にっこり咲まうて、
「お舟に乗せて下され。」
と、ねりやの妻。
漁師は、有頂天、舟にのせて、漕ぎ出した。
沖へかかると、かじさお利かず、まっしぐら、
「取らなかったは、おまえの子を、みごもったからじゃ。」
ねりやの乙女は云った。
「この世の縁もあったものを、この上はふかに食わせるっよりない。」
舟は張り裂ける。
おぼれかけて、三郎兵衛は、母親の声を聞いた。
「おれもおめえも、ねりやにあだした、しかたねえ、やどかりになって、荒磯渡れ。」




鬼無里紅葉

とんとむかしがあったとさ。
むかし、鬼無里村の、太郎右衛門さま、松のお庭なと、普請しなさる。石を置きかえようと、掘り返すと、くわの先にかっちと当る。 古い鏡があった。
年月埋もれていたのに、拭えば清うげに映る。
これはお宝じゃとて、太郎右衛門さま、
「水神さまの引き出物。」
という、桐のはこにも納める、お庭普請が終わって、人みなに披露した。
「さすがご人徳。」
「天が感じ、地がこたえた。」
というて、振舞酒に、人は誉めそやす。
鏡を取り出すとは、一天俄にかき曇る、雨さへほうと、はらつくのを、客も主も気がつかぬ。
この辺り、托鉢しなさる坊さま、見ればなにやらあやしの気配。
たまげて問えば、太郎右衛門さま、件んの鏡、坊さまとびすざる、
「天のものの、息吹がある、お宮に納めるか、水に返すかしなされ。」
と云わっしゃる。
太郎右衛門さま、せっかくのお宝もったいなや、神明さまに奉納。
吉日をえらぶでいとま、十五ばかりになる、一人娘が、桐のはこを開ける。
見るなり執心。
鍋の底なと、代わりに入れて、ねやにしまいこむ。
太郎右衛門さま、はこごとに奉納、お払いもすんで、帰って来たら、娘がものを云わぬ。
年頃じゃとて、ほっておけば、急に美しゅう。
もとよりにくさからぬが、太郎右衛門さまさへ、はっとと胸を突かれるほどに。
辺りの男という男どもが、よったくる。
文付けるやら、笛を吹くやら。
世を儚んで、大川に身を投げる者。
断わり切れぬ、縁談もあって、それとのうに問えば、娘はけんもほろろ。
春の花さえ、秋の月もかくやと、ろうたけて、そよとの風も、耐えがてな。
鬼がさらって行った。
奥山の岩屋へ。
こときれた娘の、たもとになにやら。
とって、見入るうちに、叫び上げて、鬼は姿をくらます。
鬼が消えたで、村を鬼無里という。
鬼の叫びで、山は紅葉したと。



金の太刀

とんとむかしがあったとさ。
むかし、山の本多の長者さま、人の妻はうばう、背く者には、田に水やらぬ。
手下をつれて、狩りに出た。
弓矢がそけて、娘に当る。
「お役をもって、ひしを取っておりましたのに。」
と、父親が云った。
「鴨と間違えるなと。」
「なんとな。」
と、長者さま、
「ふうむ鴨の親子ぞ、それ撃て。」
弓矢をつがえる手下ども。
なんということ。
そこへ、たくましい若者が立った。
「外道め、成敗いたす。」
十人、たたっ切って、長者さまに、
「わしは山の本多の長者。」
「伊谷の十郎。」
名告って、そっ首をはね。
「責めは、喜んでわしが受けもうす、お逃げなされ。」
父親が云った。
山の本多を、伊谷の十郎、あとにした。
行方も知れず、十年。
その家屋根に、なりくらめいて、金ねの太刀が、抜き立つ。
太刀には、文がついた。
「ご不孝お許し下され、十郎は妻と月へ行く。」
とあった。
父母が涙を落とすと、金ねの太刀が、物語る。
山の本多をあとに、伊谷の十郎、のさばるを退治し、弱きを助け、山を越え、野をわたれば、
「美しいやな、さゆら姫。」
松の長者の、さゆら姫と聞こえ、草もなびけと、やって来たれば、こけむす巌に、太刀が一振り。
「この太刀、引き抜いた者に、姫をやる。松の長者。」
仕損ずれば、命はないとあった。
「なんのこれしき。」
伊谷の十郎、柄を取る。
雷鳴って、太刀はからりと、引き抜いた。
「天晴れ花婿。そっ首、はねてくれたは、四十と九人。」
まっ白い、松の長者。
引き会わす、朝日ににおうと、美しいやな、さゆら姫。
三年三月は夢のよう。
伊谷の十郎、さゆら姫。
子のないだけが、たった一つの。
一夜巌の、太刀を取る。
思いは遠き、父母の辺。
あやしの気配に、抜く手も見せず、切り伏せたりゃ、倒れ伏すのは、さゆら姫。
「なんと。」
返す刀に、我と我が胸をと、
「待った。」
まっ白い、松の長者。
「我が家のことわざ、末摘む花は、宝の継ぎ穂と。子のない姫は、朱けに染まって、末の花、宝のつぎ穂は、その太刀じゃ。」
鬼神の残した、宝蔵、
「その太刀にとって、取りに行け、姫への手向け、まっ白い、わしへの孝養。」
松の長者の申さく、よってもって、伊谷の十郎、ゆら姫の太刀、行方定めぬ、旅枕。

西へ十日を。
ざんさあ風の、かやっ原。
とーんからころ、
「宝の守りは、鳴子の太郎。」
名告りを上げて、十方刃。
耳をそぎ、頬をえぐる、
十郎、ゆら姫の太刀、
「死なば死ね。」
とて、突っ走る。
とーんがらごろ、つなはふっ切れ、鳴子の太郎の、守りは抜けた。
ひょーんと跳んだ、巨大なけもの。
「宝の守りは、虎の二郎。」
十郎をひっとらえ、急所を外して、もてあそぶ。めしいになった、大虎。
雷のように、喉を鳴らす。十郎、ゆら姫の太刀をつっ刺し、またがった。
「めしいの目になろう。」
千里を行って、虎は倒れ。
とっぷり暮れて、一つ屋敷に、灯が点る。
美しい女が、案内する。
湯につかり、飲んで食って、十郎。床を取ったら、
「寝るが、よかろう。」
美しい女が、さやめく。
「宝の守りは、屋敷の三郎。」
古い書物が一冊。
「ゆめやうつつや、たからぐら、ひとついのちを、ふたつにかえて。」
言葉を追えば、眠くなる、うつらと眠り、ゆら姫の太刀を、ももにつっ刺し、
「あやしのえにし、むなしくおわる。」
と、読み終える。
一つ屋敷が、火を吹いた。
あやふく逃れて、十郎ゆら姫の太刀。
笛や太鼓に、行列が行く。
美しい花嫁。
「めでたいな。」
「なにがめでたい、くすのきさまの、生け贄じゃ。」
恐れ多くも、大くすのきは、あしたに二十の、村を覆い、夕に二十の、村を覆い、七年ごとに、女を娶る。
「伐り倒せ。」
伊谷の十郎、
「木挽を十人、わしに預けろ。」
十人そろえ、夜を日についで、伐り倒す。
「よそ者が。」
「なんということをする。」
八方にうなりを上げて、石のつぶてが、飛んで来た。
「宝の守りは、つぶての四郎。」
と聞こえ。
「わたしは、くすのき様の、」
美しい花嫁を、かばう若者に、十郎、ゆら姫の太刀、十人の木挽を守り、石はうなりを上げ、
「またの世に結ばれようぞ。」
倒れる若者。
ついにくすのきは伐られ、
「ちとせのくすに、ふねをこさえて、たからのたびは、うみのうえ。」
むくろの娘が、口を聞く。
くすのきの、舟をこさえて、十郎ゆら姫の太刀、行方も知れぬ、波枕。
島影消えて、淋しいばかり。
急にあたりは、まっくらめいて、
「宝の守りは、霧の五郎。」
一寸先も見えぬ、五里霧中。
べったり凪いで、同じところを堂々巡り、帆はくされ、かじさお空ろ。
「はやこれまで。」
と、十郎、ゆら姫の太刀を、海へ投げ。
太刀は波もに浮く。
切先光って、あとを辿れば、霧の五郎の、守りを抜け。
荒れ狂い、吠え狂う、
「宝の守りは、嵐の六郎。」
雷稲妻。
かじは吹っ飛び、帆柱折れて、舟は木の葉のように、もてあそばれる。
海の藻屑か、
「いけにえの、いのちのたけの、ここのたび、とたびの、あらしをたえだえて。」
いくたり乙女が、舞い踊る。
へさきに立って、十郎、ゆら姫の太刀を抜く。
雷、ひるがえりうって、嵐の目ん玉を抜く。
津波をどうと、舟は守りを押し渡る。
生臭い風に、電光、
「宝の守りは、大蛇の七郎。」
恐ろしい大蛇の、七つかま首、あっちを撃てば、こっちが襲う。
尻尾をなげば、胴がのたうつ。
十郎ゆら姫の太刀、その血しぶきに、おもかげ立って、袖を振る。
従い七つ大蛇は、海に消え。
あたりいちめん、くされただよう、
「宝の守りは、腐れの八郎。」
生首や、どろり目ん玉、腸手足、おおぞろもぞろ。
とっつくやつを、うちすえ、ひっぺがし、気も狂うと、十郎、ゆら姫の太刀を抜く。

鞘が衣に拡がって、においもよげに、押し包む。
ようやく、腐れの海を抜け。
塩を吹いて、海は泡立つ、
「宝の守りは、ひでりの九郎。」
らんらんと、ひでりのレンズ。帆は燃え上がり、舟は裂け。
めくらめいて、十郎、
「お太刀を日に。」
ゆら姫の声。
日にかざせば、光の渦は、冷たい水にほうり落ち。
ひでりのはてを、舟は抜け。
十郎ゆら姫の太刀、その鬼神の宝蔵。
かりょうびんがか、歌う羽衣。
紅玉碧玉、しおみつの玉、
へんげの壺に、命の泉、
へらずのお椀に、打ち出の小槌、
金銀珊瑚、綾錦、
天の速舟、浮き寝の梯子。
命の泉に十郎、太刀をひたてば蘇る、美しいやな、さゆら姫。
ぬけがらは、黄金に変わる。
伊谷の十郎、さゆら姫。
宝は天の速舟に乗せ、その大空に、舞い上がる。
姫の指さす、星の座。
「鳴子の星、めしい虎。」
「一つ屋敷に、つぶて星。」
二人指さす、星の座。
「霧のカーテン、嵐の目。」
「大蛇七首、くされ星。」
「ひでりのレンズ。」
と、九つの、
「宝の守りは、伊谷の十郎。」
天の速舟が云う、
「舟は地上には下りぬ。」
さゆら姫、十郎どこへ行く。
「月へ。」
と、さゆら姫。
その舟待てえと、鬼になって追う、まっ白い、松の長者。
父母の家屋根に、金ねの太刀。
真夜中、浮き根の梯子が下がり、月の国へも、行かれるという、伊谷の里には、云い伝え。



からすがかあ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、かんすけ村の、たろべえどん、田んぼ起こしに出て、ついでになまず釣ろうとて、凧糸に、どっぱみみずくっつけて、ぶっ込んだ。
そやつがどんと引く。
そうら来た。
いんや、大なまずではねえ、たぬきが引く、雑魚食ったか、どっぱみみず食ったか、

「わっはあ、たぬき踊りだ。」
ぶっつん切れる、うらめしいやの、たぬきは逃げる。
「化かされそうだ。」
たろべえどんな、帰りがけ、のんのんさまの、おつねばあさとこ寄った。
「かくかくしかじか、でっけえたぬきが。」
云えば、赤いべべの、のんのんさまの前に、おつねばあさ、どんかん、
「もうとっついてる。」
といった。
「たいへんだ、性悪だぬき、人は火つけすっか、人殺し。」
「ええ、なんとかしてくれ。」
「こん中へ首突っ込め。」
おつねばあさ、味噌がめ持って来て、たろべんどんに、おっかぶせ、
「ほかへとっついちゃなんねえ、したば追い込む。」
がーんと引っぱたく、
「なんまんだ。」
しりと云わず、ぶったたく、
「性悪だぬき、出て失せろ。」
ろうそくの火、押しつけた。
「うわあっちやがーん。」
たろべえどん逃げる、
「やんれ逃げるか。」
飛び出した。
なんたって逃げて、どこぞへずぽっとはまる。かき上がって、がーんたら、そこらへたり込む。
「なんとした、わらにおなとひっかぶって。」
声がする。
わら束ずぽっと抜くと、ごんすけどんだ、
「ひやくせえ、おめえこえたんごはまったな。」
見りゃほんに、
「いやおら、性悪たぬきに化かされて、そんでもって。」
「まんずいいっけ、川入って、ふんどしまでも洗っとけ、おら、おめえんちかかに云って、着物届けさせるで。」
ごんすけどん去る。
川へつかって、たろべえどんな洗う。
なんてえこったや、洗っても洗っても、
すすいでもって、ふんどし一つ、待てど暮らせど、かか来ない。
「くそうめ、肝心なときゃ、いつだって。」
たろべえどん、歩き出す。
見つからにゃいいがと、名主さま主立ちして、お役人を、案内する。
走った。
「あれはなんだ。」
と、お役人、
「あれはなんだ。」
と、名主さま、
「えーと、あれはそのう、ふんどし一つのたろべえどんでありまして。」
と、主立ち。
とっつきの、かんすけどんの庭先へ。
「うをわん。」
犬がいた、 ふんどしに、食らいつく。
「よせ。」
ひんむかれて、すっぱだか。
はんくろうどんの物干しに、女の浴衣がぶらさがる。それひっかけて、帯がない、
「またあの嫁、へんなの寄せたぞ。」
にすけのばば、うかがう。
「ちがう。」
「たろべえどんでねえか、うんま年がいもねえ。」
たろべえどん、飛び出した。
「えい、かか持ってこねえから。」
前を押さえて、そろうり歩く、
(見られりゃおおごと。)
じんべえさまの、木戸開く。
「きい-。」
裁縫の稽古終わった娘ども、わっと出る。
「女もんの単衣来て、へんな男見る。」
「帯もねえ。」
「あやーわかんね。」
「やだあ、嫁に行かんね。」
すっ飛んだ、まっくろかいて、家へとっつく、
「かか。」
こんげの、ばあさま見たら、なんて云うだか、ばあさま出る、
「なんてなりして、真っ昼間から、おらそったらしつけした覚えはねえ、じいさまに申し訳がねえ、おらあはあなんとせば。」
「おら、たぬきに化かされて。」
「そうだ、性悪の、たぬき嫁のせいだ、だからおらあんとき。」
「ごめんなっし。」
だれか来た。
「ちいとばかし、話があって来ただ。」
はんくろうどんの、馬つら、
「いい年こいて、なんてえこった、おらとこ嫁が- 」
さんべえのかかとよいちんかかと、世の中いっちうるさいのが、二人つるんで、
「おめえさま、今日という今日は、いってえ何してくれただ、嫁入り前の娘に。」
名主さま、羽織紋付着て、主立ち衆と、
「たろべえ、お役人さまの前で、今日のざまはなんだ。」
「大恥かいた。」
「じゃによって、今年のわりまえ、おまえが引き受けろ。」
「そんなあの。」
「うちらの娘を、名主さま。」
「おらとこ嫁を。」
「たぬき嫁が。」
「おまえさん、こりゃなんの騒ぎです。」
かか帰って来た。
「おめえこねえから、こうなった。」
「今日はおら、お七夜でもって、兄とこ行ってたが。」
なんだと、兄ねえなったか、そうではねえ、お七夜いうのは、赤ん坊生まれたんだ。

見れば名主さま、赤ん坊になって、
「ああ。」
と泣く、
羽織紋付着て、
「かあ。」
と鳴く。
たろべえどん、田んぼの真ん中で、あっちへ頭下げ、こっちへ下げ、烏がよったくって、かあと鳴く。
「すっかり化かされた。」
たろべえどん、帰って行ったら、むこうから来るの、おつねばあさ。

2019年05月29日

とんとむかし3

二人長六

とんとむかしがあったとさ。
むかし、安中村に、長六という若者があった。
長頭の長六といわれて、長い頭して、仕事半ぱで、いつも寝てばっかりの、二十歳過ぎても、親に食わせてもらっていた。
「長六、また頭伸びたかいの。」
といわれて、にひーと笑う。
とうとう親も呆れて、好きな笹団子、風呂敷に背負わせて、
「してやれるのは、もうこれきりだ、どこなと行って、暮らしの道立てろ。」
といって、家を追い出した。
長六は、
「これまで育ててくれて、ありがとう。」
といって、長い頭さげると、笹団子の風呂敷背負って、出て行った。
村を外れ、山越え野越え、歩いて行くと、腹が減った。
風呂敷といて、長六は、笹団子を食った。
「うんまいな、笹団子。」
一つ食い二つ食い、十食って五つ食って、たったの一つになった。
「はてなあ、食ったらおしまい。」
長六は、川の水を飲み、一つきりになった、笹団子を、風呂敷にゆつけて、歩いて行った。
村を二つ過ぎて、夕方になった。
腹が減って、どうもならん、一つきりの笹団子出して、どうしようといって、水だけ飲んだ。
どこだって、泊めてくれそうにない、そこら横になって、
「これ食って、寝てりゃあ死ねる。」
といって、笹団子を出し、
「いや親の形見じゃ、食わずたって死ねる。」
といって寝た。
寒さと腹減って、目が覚めたら、星がべっかり、
「死ぬのも楽ではねえて。」
といって、目つむったら、
「もう少し先へ行ってみろ。」
声がする。
一つきりの笹団子が、しゃべった。
「長者どんのお通夜だ、行ってみろ、手あわせて、おうむしょじゅう、にいしょうごうしんといやあ、お斎食わせてくれる。」
「そうか。」
といって、起き上がって、長六は歩いて行った。
立派な門構えに、葬礼の提灯が出て、羽織紋付着た人や、そうでない人や、出入りする。
長六は、続いて入って、長い頭さげて、
「大麦小麦二升五合。」
といった。
「ありがたいお経の文句を、さあこちらへ。」
訳知りがいって、おときの席につける。
長六は、すっかり平らげて、酒は飲めなかったから、
「はい、ごっつぁまでした。」
といって、座を立った。
すると、
「どちらへお帰りで。」
と、家のものが聞く、
「はい、あっちの方へ。」
来たのと反対をさすと、
「そんなら、西の姉さまお送り申してくれないか、おつれが飲んでしもうて。」
といって、提灯を手渡す。
「よろしゅうに。」
西の姉さま、頭下げた。
長六は、提灯をとって、清うげな姉さま、西の長者屋敷まで、送って行った。
「ありがとうさん。」
と姉さま、
「はて、お見かけしたことのないお方じゃが、どなたさんであったか。」
笹団子の風呂敷、背負わされて、出て来たことを、長六は、正直に話した 。
「そうであったか。」
姉さま笑って、
「では、うちに一晩泊まって行きなされ。」
といった。
一晩泊めてもらって、礼をいって出ようとすると、姉さま、長六をつくずく見て、
「なんでもして働こうというのなら、ちょうど一人欲しいと思っておったが。」
といった。
「よろしゅうお願いします。」
長六は、長い頭下げた。
長者屋敷には、いろんな仕事があった。
寝てばっかりが、生まれてはじめて働いた。
水汲み、風呂焚きから、掃除から大仕事まで、
「働くってのも、いいもんだ。」
ぽかんとしていると、
「それ、長者どんのお帰りだ。」
一つきりの、笹団子がいう。
とんで出て、大門を開ける。
「今日は、大事のお客がある。」
掃除して、お庭に水を打って、蒲団から徳利茶碗まで。
長六は、かげ日向なく働いて、二三年したら、すっかり重宝がられて、お屋敷のことは、なんでも長六になった。
そうしたら姉さま、
「おまえさまも年だで、嫁もらえ。」
といった。
「へえ、そんなもんもらえるだか。」
「ちっとあれだが、先代どののおたねじゃ、おやそうすりゃ、身内にならっしゃるか。」

姉さまいって、娘を引きあわせた。
平らったい顔して、たけは低く、長頭の長六とは、われなべにとじぶた。
長六は嫁もらって、一つ屋根の下に住んで、今度は二人して働いた。
「ちょうずにたらい。」
人がいうと、にひーと笑って、
「めんこいかかじゃ。」
といった。
姉さまの、四つになった子がなついて、
「ひょーのくあたま。」
といってとっつく。長六は馬になったり、鬼のまねして、
「ぐわーお。」
「こわくない、やっ。」
と切られたり、竹やぶの竹をとって、笛を作って、
「ぴーとろ。」
と、吹いてみせた。
「そんなまねしたらいけん。」
平たいかかいったが、平気だった。
かかは、長六にまけず、稼いだが、お屋敷うちのことは、たいてい長六が仕切るようになると、
「おら屋敷。」
といって、あたり見る。
「そうではねえ、長者どんと姉さまの。」
といえば、そっぽを向く。
長者どんが、病気になった。
もともとおつよい人ではなかったが、外で飲んで倒れてあと、それっきりになった。

姉さまの看病も、長六の手立ても空しく、
「どうもならんか、笹団子。」
笹団子に聞けば、
「前の世からのきまりじゃ、どうもならん。」
という。
「どうもならんがおまえ、平らったいかかの、云うこと聞きゃ、長者どんになれる。」

悲嘆に暮れる、姉さまに代わって、長六は、葬礼から、万端取り仕切った。
一段落つくと、
「向こう山に、田んぼ三枚つけて、わしらを出してくれ。」
と、姉さまにいった。
「そりゃいいけど、外には出んでくれ。」
姉さまいった。
長六は、なんにもせんで、寝ていた。
「本家のおととが会うそうじゃ。」
平らったいかか云った。
「ああそうか。」
と、長六、
「弟どのが今夜来るそうだ。」
「そうか。」
と、長六、
「ちっと、釣りに行って来る。」
といって、魚篭に竿持って、出て行った。
川っぱたに、釣りしていると、ぎいっことろをこいで、舟が行く。
「どこへ行く。」
長六は声をかけた。
「まゆ玉乗せて、下の町へ。」
「そうか、ならわしも乗せてくれ。」
というと、
「西の長者どんのお人か、いいです。」
といって、岸へつけた。
ぎいっこと下って行くと、にぎやかに幡がなびいて、笛や太鼓に、どんがらぴーと、村のお祭だった。
長六は行ってみたくなって、
「すまんが下ろしてくれ。」
といって、舟を下りた。
山車も出る、屋台が並んで、赤いべべ着た子や、かすりの子や、
「楽しいな、やあ楽しいな。」
といって行くと、飛び入り角力をやっていた。
五人抜いたら、酒一升。
「酒はだめじゃが。」
寝てばっかりの、長六であったが、なぜか角力だけは、強かった。
ふんどし一つに、土俵へ上がった。
「でやこい。」
あっさり五人抜いた。
「ながあたま関の勝ちい。」
はあて、酒一升もらって、引き下がったら、着ものがない。
財布ごと盗られて、石のようになった、笹団子一つ。
「笹団子があったから、よかった。」
といって、ふんどしにゆいつけて、酒一升さげて、歩いて行った。
「うふう寒い。」
そういって見たら、同じような、ふんどし一つが、川原に燃し火してあたっている。

七人ほどもいたか。
「ごめんなっし、あたらせて下さい。」
というと、
「おう新入りか、気が利くな。」
といって、酒一升とって、すきを開けてくれた。
ふんどし一つは、川越人足で、川を渡る人を、背負ったり、台に乗せたりして運ぶ。長六は仲間になった。
冬だってふんどし一つ。
十日もやったら、慣れっこになった。
「さむいなっての着ていられっか。」
「きんたまのほかは、面と同じ。」
気のいい連中だったが、毎晩よったくって、ばくちを打つ。
させられて、長六はすっからかん。
「あっはっは、仕方ないのう。」
といっていたら、ある日担った台の人が、
「おまえは長六ではないか。」
といった。
「いえあの裸虫で。」
「その頭は間違いない。」
西の姉さまだった。
「おまえのおかげで、長者屋敷を追われずにすんだ、帰っておいで、子供が待っています。」
といった。
「平らったいかかはどうしたか。」
長六は聞いた。
「向こう山に、田んぼ五枚つけて、出しました。」
大町まで、三日の旅だといった。
長六は、潮時だと思った。
裸虫をやめるには、すっからかんで、着物一枚ない。
「どうしたもんだ。」
笹団子に聞くと、
「ばくちで取り返しゃいい、こっちのいい目にはれ。」
といった。
笹団子のいう通り、丁といえば丁、半といえば半にはって、あっというまに、取られた分は、取り戻した。
「はい、それではこれで。」
引こうとしたら、
「へんだ、負けてばっかりが。」
という、
「ふーん、そのふんどしにあるもの、見せろ。」
よってたかって、むしり取る、
「なんだこりゃ。」
川へぶん投げた。
「わしの笹団子。」
あとを追ったが、沈んでしまったか、あきらめて出て来たら、岸辺へ寄せる。
「まだ縁があった。」
長六は、笹団子をゆいつけ、着物を買い、身の回りを整えて、歩いて行った。
廻り歩いて、昼間うどんを食ったら、文無しだった。
「いつかも、こんなめにあったな。」
見知らぬ町の、お店を見上げて、つったつ。
もう真夜中だった。
人が湧いて出た。
七人、八人、黒ずくめの、頬かむり、
「ははあ、泥棒さま。」
「なんだこいつは。」
「切れ。」
ぎらり引っこ抜く。
千両箱が担ぎ出される。
「ぴー。」
と、呼び子が鳴った。
「盗賊からす天狗、御用だ。」
「神妙にしろ。」
御用提灯が並んで、大捕り物になった。
「こいつが見張り役か。」
「いえあの、通りがかりの。」
長六も、縄を打たれ、
「はてどっかで見たような。」
長頭を見て、役人が云った。
半月して、お白洲であった。汚れのないようにと、風呂へ入れられる。
「どうしよう、笹団子。」
というと、
「風呂から出たら、頬かむりして、歩いて行け。」
と、笹団子。
頬かむりして、歩いて行った。役人が来る、「にひー。」
と笑ったら、そっぽを向く。
またお役人、
「さあお早く。」
といって、頬かむりの長六の、手を引いて行く。
松にお鷹の、立派な部屋だった。
「ささ。」
長い上下に、大小をつっさして、烏帽子を乗せる。
どーんと太鼓が鳴った。
「お奉行さまのおなーり。」
ふすまが開いて、押し出され。
お白洲には、からす天狗一党が並ぶ。
(弱った笹団子。)
(心配いらん、お奉行さまは、おまえに生き写し。)
さわぎが起こった。
「お白洲じゃ、神妙にいたせ。」
「ちがう、無礼者。」
ほんにそっくりのお人が、縄をうたれ。
「これより、からす天狗一党の、吟味を致す。」
役人がいった、
「左々衛門、一党の首領、押し込み十件に、殺人放火並びに、かどわかし。」
(刀のためし切りをして、通行人を切った、去年の大火はやつの放火による、悪いことはなんでもする。)
笹団子が云った。
「押し込み強盗、太兵衛と長橋屋を切ったのもおまえじゃ、放火犯人であり、仲間を殺す、どれ一件にても、死罪じゃ。」
長六が云った。
(おそれいったか。)
「恐れ入ったか。」
「へへえ。」
と、かしこまる。
「次ぎ、まむしの六平太、同じく押し込みに、ゆすりたかり二件。」
(柄にもなく小心で、役立たず、女を売りそくなって、ほっぺたに傷。)
「走り使いのほかは、こそ泥と空き巣。」
「へへえ。」
といって、次々進んで、役人の調べ状に、獄門、島送り、百叩きと申し渡して、瓜二つの、お奉行さまになった。
「押し込みは新入りの、見張り役。」
「ちがう、わしは。」
烏帽子姿の、長六を見上げて、口をあんぐり。
(お奉行さまは、婿養子で、奥方がたいへんなりんき持ち、抜けだしては、夜遊びをなさる、借金が二十両ほど、好きなお方もいなさるようで。)
「からす天狗の賞金はいくらじゃ。」
長六は、役人に聞いた。
「五十両です。」
「ではそれを、この者に与えよ、烏天狗に入って探索し、しそかに通報致せしもの。」

(二十両でいい。)
笹団子はいったが、裁判は終わった。
大汗かいて、引き上げると、烏帽子、大小上下を投げ捨てて、長六は、逃げ出した。

「ひや、寿命がちじんだ。」
裏木戸を抜け出ようと、お奉行さまがいた。
「あいや、どこのどなたか存ぜぬが、見事であった。」
という、
「思いももうけぬ、五十両を頂戴し、これで借金も払える、どこぞでひっそり暮らそう、好きなこれもおってな、お主わしに代わって、名奉行をやってくれ。」
にひーと笑う。
「そ,そんな。」
「隠れもないその頭じゃ。」
といって、さあといなくなる。
長六は引き返す。
(弱った、笹団子。)
(なにじき、まげも伸びる。)
仕方なし、長六は、烏帽子大小つけて、
「しかと相違ないか。」
「恐れ入ったか。」
といって暮らした。
「たいしたもんじゃ、なんもお見通し。」
役人がいった。
「あの長い頭は、だてにはついとらん。」
名奉行の聞こえも高く、奥方どのは、鼻高々、りんきというたら、はしの上げ下げから、羽織のひもまで、
「あなたいけません。」
ともあろうものが、という、
「にひーたまらん。」
さしもの長六が、音を上げる、抜け出す才覚もなく、お庭の竹をとって、笛をこさえて、
「ぴーとろ。」
と吹く、
「そんなことなさいますな。」
笛をおやりなら、こうこう、
(姉さまの子は、大きゅうなったか。)
と長六、お奉行さまも、すっかり板について、笹団子の助けがなくとも、たいてい納まる、
「へんだなあ、笹団子。」
長六は云った、
「寝てばっかりの、仕事半端が、こうしてああして、生き延びて、あっは、お奉行さまだなどと。」
そうしたら、ふすまが開いて、
「なにしておられます。」
奥方が出た。
あわてて隠す、笹団子をむしりとって、
「汚いものを。」
お薬なら、わたしが用意しますといって、かまどにふっくべた。
「かわいそうな笹団子。」
長六はささやいた。
「長い間、大きにありがとう。」
あくる朝、長六は、お奉行屋敷を抜け出した。
町の木戸までやって来ると、うり二つの長頭が立つ。
「これはお奉行さま。」
「そっちこそお奉行さま。」
二人は挨拶した。
「して、どちらへお出かけで。」
「いやな、五十両の大金、使い果たしてしまってな。」
お奉行さまが云った。
「金の切れ目が縁の切れ目で、追い出されて来た。」
という、
「おまえさまはどちらへ。」
「村へ帰ろうかと思います。」
長六がいうと、
「ではわしもつれて行け。」
と、お奉行さま。
「ではそうしますか。」
といって、二人連れだって、村へ帰って行った。
二人長頭に、子供らが大喜び。
一人は笛をこさえたので、笛の長頭、一人は手習いを教えたので、手習いの長頭。
二人そろって、死ぬまで生きたとさ。めでたし。



天狗の術

とんとむかしがあったとさ。
むかし、そうや村の、こうやどん、山へふきなと取りに行ったら、にわかに雨じゃ。

そこら茂みかげに、雨宿りしたら、赤いきのこが、のーんと生いる。
それ取って、鼻へふっつけ、
「天狗さまじゃ。」
とて、やっていたら、ほんきの天狗さま、舞い降りる、
「青の丈じゃ、そっちの名は。」
と、聞かっしゃる、
「こうやの丈じゃ。」
と云ったら、
「わしの術は、谷わたり、秘中の術は、風倒しよ。」
天狗さま、術云いなさる、
「わ、わっしの術は、鼻かくれ、秘中の術は、芋ころがりじゃ。」
こうやどん云い抜けたら、ふうと笑うて、
「また会おう。」
とて、行ってしもうた。
鼻の赤いきのこもぐ、大汗かいた、こうやどん、ふき担うて、帰って来たが、それから三月ばかしも、たったころじゃ。
せわしい稲刈りどきじゃ、かかや娘たけて、朝のはよから、稼いでいたら、
「これ、こうやの丈。」
と呼ぶ。
茂みかげに、天狗さま、
「てえしたもんだや、かかや娘して、お里に住むた。」
という、
「鼻かくれな、わしに貸してくれ、いんや、わしだって貸す、秘中の術もな。」
人に見られりゃ、大ごとだ、こうやどん、
「わかった、わかった。」
手振りゃ、
「恩に着る。」
と、天狗さまふっ消えた。
あくる日、
「天狗は出たぞい。」
さわぎする。
「真っ昼間から、ふてえやろうだ。太郎んとこ娘に、手出した。」
「ふんでどうした。」
「かまや天秤棒でもって、追い払った。」
わいの。
こうやどん困った。
人にも云えぬ、はあて晩方、屋根にばっさり、天狗さま、
「鼻んがくれは、効かなかった、この上は、この家の娘、もろて行く。」
さあと舞い降りる、とたんにずでんどう、
「あっつう。」
「芋ころがりは、効いたぞい。」
こうやどん、
「わしは春べな、芋に転んで、腰や痛めた、人にもいわれん、秘中の秘。」
天狗さまおさえて、
「だば、谷わたり。」
といったら、人も天狗も宙に浮く、
「ぴえー。」
と、谷三わたりして、舞い戻る。
人が太息、
「ひ、秘中の術は。」
いうたら、
「そればっかりは、ご勘弁。」
天狗さまいうて、お山へ引き上げた。
はあて、三年もたったころ、大風吹いて、けやきの木が倒れた、こうやどん、
「風ん倒し、ー 」
云ったとたん、
「どかん。」
屋敷もなんも、吹っ飛んだ。娘は嫁に行った。かかと二人、そこらひっかかって、命ばかりは助かった。



金の櫛

とんとむかしがあったとさ。
むかし、荒井村の、三郎右衛門、三度の飯より、釣りが好き、嫁さま貰うより、川っぱたじゃて、親より、縁談の好きな名主さま、手焼いていなすった。
今日も今日とて、三郎右衛門、竿担いで、もっけの淵へとやって来た。笹山の入いりで、霧湧くとて、人はよっつかぬ。
人行かねば、大物はかかるとて、そやつが、ほんきに大物は、とっかかる。
釣り上げるはずが、ひっぱり込まれて、
「なにをこなくそ。」
追っかけたら、魚は逃げる、水底に何やきいらり、それ掴んで、上がって来ると、まばゆう、金ねの櫛じゃ、
「とんだ大物。」
三郎右衛門、云うて帰って来た。
するとその晩じゃ、見たこともねえ、美しい姉さま訪のいなさる。金の櫛は、わたしがものじゃ云う。
ついては、お願いがある、
「笹山の笹のしずくを、百日の間、もっけの淵に注げば、すればわたしは、解きはなたれる、そのあかときは、なんなりとも。」
お礼のほどはと、はと目覚めれば、三郎右衛門、夢の。
水濡れて、青い藻がひとすじ。
どうしようばや、どうしようばたって、三郎右衛門、まだきに起きて、でかけて行った。
笹山の、笹のしずくをとって、あしたの日の、消やさぬひまに、淵の水辺に。
五日十日、雨も降りゃ風も吹く、
「お礼のは、なんなりと。」
三郎右衛門、通いつめ、田んぼのせわしい秋、
「おれも男じゃ、こうと決めたからには。」
と、一日かかさず。
木枯らし吹いて、雪が降る。
雪を溶かし、氷を割って、三郎右衛門、
「姉さまも、切なかろ。」
とて。
ついに満願の日じゃ。
春はあけぼの、早いめに起きて行けば、なんとした、はなし好きの、名主さま触れかかる。
「おまえこのごろどこさ行く。」
と、名主さま、
「盗人は出るなと、よくねえうわさあるが。」「さ、笹山さ願掛けもうして。」
三郎右衛門云えば、
「なんの願じゃ。」
と、名主さま、
「あのう、嫁っこ欲しいと思いまして。」
つい云ったら、
「なに嫁じゃと、なばどうじゃ、五郎兵衛んとこの娘、ちいと色はくれえが、働きもんで。」
と、名主さま、
「安造んとこの、末な、とうがたったが、親孝行で。」
なんたって続く。
そやつ振り切って、すでに日の射すと、笹山の笹、風にさんさら。
見つけて、馳せ下りたら、干いえる。
「今日の今日とて。」
水辺に立って、三郎右衛門、思わず涙。
ぽっとり落ちると、どっと大波起こる、
夢に見えた美しい姉さま。
「百日の厳行、おかげさまにてこのとおり。」
にっこり咲まう、
「じゃが、たった今の、おん目の涙、それにてわたしの通力は失せ。」
今はただの人、この身にかなうことなればと云う。
三郎右衛門、
「嫁さまになって下され。」
といった。
名主さまに申し上げたことなど、ほんきになった。
もしくは山の神であったか、これは荒井村の名門、笹山家の由来である。



大力弥太郎

とんとむかしがあったとさ。
むかし、咲花の村字いくつ、それは大力弥太郎の、歩いて行った跡であった。
葦潟村
 洪水に流される橋を、大力弥太郎押さえ止めて、塩の荷を通したという、そのとき踏ん張った足の型、大岩にのめり込んで残って、あしがた村。
萩代村
大力弥太郎、川普請に大石つっさし上げて、どーんと落とした、空飛ぶつばめが魂消て、ぴいと糞ひった、そやつが代官さまの、禿頭に当たる、代官さま怒ってかんかん、
「大力弥太郎、村を出て行け。」
といった。
または、大力弥太郎、萩乃という妓とねんごろになる、萩乃ちんとんしゃんとて、清うげに歌う、
「磐代の、
萩は松がへ、
月は照るとて、
置く露の。」
横恋慕の代官さま、それ聞いて、
「いやしいはげは待つがいい、つきあうてやるのも、おっくうじゃと。」
といって、怒ってかんかん、
「大力弥太郎は出て行け。」
といった。
禿の代官さまで、萩代村。
稗田のひねり石
「稗田のお千代はお輿入れ、
鶴見の松に日が上る、
めでたいな、
めでたいけれども、
寝取られのぶおとこ。」
という歌があって、ぶおとこがひねったという、ひねり石。
飯盛村
大力弥太郎、角力に勝って、山を二つ咲花村に引っ張った、そのとき食った飯が、お宮のきざはしに、三段盛りになったから、飯盛村。
咲花村
暴れ牛押さえ込んで大力弥太郎、角を折ろうとしたら、すんでに助かった赤ん坊が、にっこり笑う、牛を放したら、あたりいちめんに山吹の花が咲く、咲花村。
塩入の神代桜
大力弥太郎、塩入峠に、熊に襲われた娘が、円いお尻つんだしてふるふる。熊をうって娘を助けたら、そこにあった桜の木、神代桜に生い茂る。
しおいりのみちのくまみかやへさくらひとにしられでとしなほちらへ
という古歌がある
斎藤の山の大家
大力弥太郎、助けた娘は、斎藤の山の大屋の、一人娘であった。斎藤の山の大屋は、しゃんしゃん馬こに鈴つけて、赤い羽織に金ねのた房、松山杉山檜山、十日九夜人の地は踏まずと。大力弥太郎は、山の大屋の婿になる。
「朝日射すいろは鶯三つ三日月さねかずら。」
という言葉の謎を解くと、山の大屋の宝蔵。
伊谷村
婿どのは、山犬のまねして、おーんと吠えた、木樵衆たまげて十町つっ走る。鳩のまねして、でんぽ鳴けば、木挽衆眠とうなって、木ひきたがえる。
木樵さんはひどいよ、好いた二人を斧で裂く。
木晩さんはひどいよ、好いた二人を引き分ける。
という歌があった。
「弥太郎いやだ。」
といって一人娘は、里の男と駆け落ち。
鳴沢村
大力弥太郎、悲しくって泣いたので、鳴沢村。
蕨村
木樵や木晩衆大笑いして、蕨村。
戦場原のさるのこしかけ
大力弥太郎、戦場原をさまよい歩く、膝ついて思案のあとを、さるのこしかけ、直径一メートルもあったりする。
めくらわし
岳の一つ目鷲が、大力弥太郎を呼ぶ、
「目玉石すげかえろ。」
と云った。すげかえると、
「阿賀野川海へさし入れて、沖の白帆が七つ。
一つ目鷲云っていたが、またすげかえろと云う、すげかえると、
「殿さま弓場の稽古、奥方さまお昼寝。」
といって、またすげかえろという。汗みずくしてやっていたら、手すべって目玉石、むぐら沢へ転げ落ちた、だからめくらわし。
引橋村
大力弥太郎、目玉石さがして、むぐら沢行くと、べったくたあと、いつんまにやらひきがえる。
「ひきや、橋かけろ。」
と、ひるめ神呼ぶ、木を倒しつる巻いて、橋かけると、どんがらぴっしゃ、雷落として、
「ひきや、こっちへ橋かけろ。」
と、あやめ神呼ぶ。
木を倒しつる巻いて、橋かけると、どんがらぴっしゃ、
「こっちへかけろ。」
と、ひるめ神。
あっちへかけ、こっちへかけ、二つ山神争い起こして、稲妻雷。今にいたるまで大荒れ。
塔の池のおみわたり
塔の池の水を呑む、呑めば呑むほど、喉が渇いて、大力弥太郎、龍になって天駆ける、そのあとをおみわたり。
日下村
大力弥太郎、龍になって嵐を呼び、雲を巻き、
「天下取ったようじゃ。」
といっていたら、こらえ切れずに一発、そのあたり日下村。
動鳴村
雨降らせて、ふり返ると、大力弥太郎、美しい乙女が咲まい立つ、とたんに雲踏み抜いて、まっさかさま。落ちたところを動鳴村。
白神の湯
咲まう美しい乙女は、虹の神であった。大力弥太郎、虹の神に仕えて一夏、髪もまっ白うなる、そうして浸かった湯を、白神温泉。
鬼やんま
大力弥太郎、鬼やんまになって、阿賀野川を行ったり来たり。

2019年05月29日

とんとむかし4

一夜神

とんとむかしがあったとさ。
むかし、とりや村の、よそうべえさま、女人禁制の、おくら神の森に、うっかり嫁さまのこと、口のはにした。
「どんがらぴっしゃ。」
雷鳴る、よそうべえさま、まっくろこげと思いきや、ふいっと姿消えた。
美しい嫁さま、長い髪の毛、すいていなさった。
手鏡にぺっかり稲光。
よそうべえさま浮かぶ。
「はあ。」
と、叫び上げりゃ、消え。
それっきりよそうべえさま、行方知れず。
遠くの親戚、知り合い、さがしてみたが、天に消えたか、地にもぐったか。
美しい嫁さま、手鏡を形見に、昼の間は、香を焚き、夜には、夜の床には抱いても寝た。 お山の修験者なと、ふれて来た。
「のうまくさんまんだ。」
祈って云わっしゃるには、
「黒髪につなぐ命、水にひたてばおもかげを、火にふっくべりゃ声。」
と、聞こえ。
形見の鏡を、水にひたてば、よそうべえさまの、おもかげ浮かぶ。
ものも云わずは、火にふっくべりゃ、
「おうわえわれな。」
つぶやくようの、はあやそれっきり。
嫁さま、おくら神の森に、身を投げ入れた。
その身八つ裂き、
ふうらり、よそうべえさま、もとへと戻る。
名も云われぬ、ふぬけになって、三日後、みぞへはまって、死んだと。



青葉の仙人

とんとむかしがあったとさ。
むかし、日向村に、清兵衛という人があった。
野伏せりが出て、村をかすめ取って火を放つ。手向かう者は殺す。におに隠れて、清兵衛、命ばかりは助かったが、かかいない。
盗人に取られた。
くわがら担いで、取り返そうとて、清兵衛、向かって行ったが、
「どうしようばや。」
そこへかがまりついて、思案。
まっしろいひげのじいさま出た。
「こええかどんびゃく。」
と聞く。
「こええわや。」
云えば、
「ほっほ、かか取られて切ねえか。」
「切ねえわい。」
「かかと泣いて蛙にでもなっか。」
「うっせえ。」
「ほっほ、」
ひげのじいさま笑って、
「ふわ-あ。」
大あくび、くわがら抱えて、清兵衛、ふいっと吸い込まれ、じいさまん腹の中、
「あわ。」
「静かにせえ。」
じいさま云って、風のように山川わたる、野伏せりどもの、砦へ来た。
さらったお財と、かかや娘らたけて、盗人どもは、酒盛りだ、
「青葉の仙人か。」
頭云った。
「いい声だってなあ、飲んで歌え。」
「すっけえ酒が飲めるか。」
「なにを。」
手下ども、
「まあまあ、世の中どなってばかりが能じゃねえ。」
「うっふう。」
ひげのじいさま、
「一つ歌の代わりに、手妻見せてやろうか。」
と云った。 「おうやれ。」
「土百のくわ踊りとござい。」
長い舌べろうりと出す、先にくわもった清兵衛。
「ほんにこいつはどんびゃくだ。」
「目むいてやがる。」
「わっはっは。」
盗人ども、
「どうじゃ、わしの土百と手合わせするものはいねえか。」
ひゅーるり納めて、じいさま。
「おんもしれえ、人を殺すのは飯食うより好きだ。」
だんびら引っこ抜いて、ひげの大入道、ひゅーるりどん百、
「どんかつっ。」
入道頭、血しぶき上げてふん伸びた。
「なんとな。」
「酒と女に目ねえからな、あいつは。」
槍をしごいて、かにのような毛むくじゃら。
「でやーがち。」
かに男が泡吹いた。
しーんとする、
「仙人だと。」
「意趣あるってか。」
「やっちめえ。」
八方からおそう、てんでの柄ものが、
「かんぴっかり。」
電光石火。
のたうつ盗人どもの山。
「お見事。」
野伏せりの頭、
「なんとな。」
「役立たずなどいらん、わしとおまえが組めば。」
「では、つるべの重石にでもしてやっか。」
ひげのじいさま、頭呑み込んで、行ってしまった。
「なんてお強い、せいべえさま。」
「助かりました。」
泣いてかかや娘らとっつく。
「お、おれじゃねええ、ひげのじいさま。」
じいさまいなかった。
「神さませえべえさま。」
よわった。
清兵衛のかか寄り添う。
お財大八車に、かかや娘らして村へ凱旋。
日向村に豪傑あり、
「くわの清兵衛。」
とて、一生びくついて暮らす。
「かかと鳴く、蛙になったほうがよっぽど。」
と、青葉の仙人のことは、ようもわからん。



天狗のわび証文

とんとむかしがあったとさ。
むかし田安の、三郎右衛門、
名に聞こえた、力自慢、
嫁さまきっての、器量よし。
お山の天狗が、力比べ、
「勝ったらかか、貰うて行く。」
「力自慢は、無用のことじゃ。」
きええおうりゃ、天狗は叫ぶ、
そこの大石、つっさし上げる、
どーんと投げりゃ、屋鳴振動、
三郎右衛門、大石もたげ、
あった処へ、そろーり置いた、
「互角じゃな。」と天狗、
ふわーり舞い飛ぶ、神明さまの、
しめなわ取って、下りて来る、
「そんでは次は、綱引きじゃ。」
二抱えもあるしめ縄、びーんと張った、
「おうりゃ。」「うむ。」
真っ赤な面、火吹くようの。
天狗はむうと、引かれ立つ、
ばんとしめなわ、ふっ切れ、
人と天狗は、もんどりうった。
「またあいっこじゃ。」天狗、
「はっけよい、今度は相撲。」
がっきと組んだ、赤山大岩、
一押し二た揉み、天狗はぷうと、
鼻の目潰し、ぺったりひっつく、
「なんたらこやつ。」どうと投げりゃ、
天狗はふうわり、宙に浮く、
その手とって、土に付け、
「勝った、嫁さまもろうて行く。」
卑怯云うたて、まっくらけ、
嫁さまきっての、器量よし、
にっこり咲もう、「お力自慢の、
天狗どの、わたしと勝負。」
「おっほう。」天狗は喜ぶ、
「どりゃ祝言の、前祝い。」
嫁さまそこにへ、水を汲む、
「たらいの水を、真っ二つ。」
「きええおうりゃ。」天狗は、
真っ赤な腕を、ふり回す。
水はどうと、溢れるばかり、
「ううむなんと、おまえはどうじゃ。」
「はいこのとおり。」嫁さま云って、
水を二つに、汲み分けた。
「卑怯。」天狗は怒る、
「卑怯というは、おまえさま。」
三郎右衛門、目つぶしとれる、
天狗の前に、仁王立ち。
「失せろ。」というに、天狗は退散、
日本一と、人の申すは、
「かかのほうなが。」三郎右衛門。
嫁さまぽっと、赤うなる、
仲のいいのも、天下一品、
神明さまには、天狗の足駄、
「里へは二度と、現れ申さぬ。」
わび証文が、くっついた。



うばっかわ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、下田村の、太郎兵衛どんな、七八人もして、秋は紅葉木山に、たきぎ取りに行った。
日和もよげじゃ、上倉山には、鬼や住まうというし、すすきっ原には、山姥、こおっと谷内っぱら光る、村の一人三人、いねえなったそうの。
かっつと、なたうっていたら、のっかり、うんまげなしめじ生いる。
「におい松茸、味やしめじ。」
「谷内んみ山の、やぶの露。」
「おくのしめじは、人にはやるな。」
「山でうんまいのは、おけらにととき。」
火に炊いて、食おうという、
「よしたがいい。」
太郎兵衛どんな云った。
「あたったらおおごと、かかの炊く飯食っとけ。」
なもなほっとけと、燃し火に、あやしげなしめじ炊く、
「かかと鳴くのは、田んぼの烏。」
「西が曇れば、雨が降る。」
みなして平らげた。
平らげるとからに、馬鹿陽気、木山、紅葉かざしに、舞い踊る。
「さるけ田んぼの、谷内っぱらすすき、腰もぬかるよな、深情けハイ。」
「情けねえったら、からすがか-お、夏は過ぎたって、芽は生ひぬコリャ。」
「老いぬはずだよ、姉ケ峰さまは、万年ま白の、雪化粧ハイ。」
「雪ん中だて、願生寺の鐘は、八里八方に、がんと鳴りわたるコリャ。」
「雁が渡れば、十寒夜、食うや食わずも、米の餅ハイ。」
「米の餅食って、お蚕包み、生まれ中野の、大家さまコリャ。」
「大家さまには、およびもないが、せめてなりたや、殿様にハイ。」
おう苦しやの世は、と云って、七人八人、急に四つん這いになって、這い回る。
たまげたは、太郎兵衛どんな、
「次郎兵衛、三左、与右衛門。」
名呼び馳せまわったが、つゆの一人も、聞き分けず、
「だから云はねえこっちゃねえ、あんげなもの食らいっやがってからに。」
おろおろ云うて、つっ立った。
どうと風、吹き散る紅葉。
すすきっ原の山姥、丈の白髪さらして立つ。
「ふは。」
太郎兵衛どんな、四つん這い、
「こうやあ、
めんこい牛ども、
おらがしめじの、
味やみたか、
山はだし風、
雨は降る。」
杖ふるって、人牛どもの、けつっぺた、かっ食らわせる、散らう紅葉を、奥の岩屋へと、追い立てた。
太郎兵どんなんも、いっしょくた。
どんがらぴっしゃ、雷。
雨はさんさ、すすきっ原の、洞屋。
洞屋ん中には、屋敷のような、大臼が回る。
何をひくやら、どんがらごおろ。
人牛どもと、太郎兵衛どんな、くびかせして、そやつを押し回す。
「姥の洞屋は、この世の地獄、
生きて日の目は、拝まれぬ。」
山姥、ひき粉さらうて行って、釜にがんがら煮え立てる。
「どんがらごおろと、堂々廻り、
味噌も糞だて、いっしょくた。」
燃し火に、牙てっかり、
「一つへんごが、引かれて行かあや。」
杖ぴっしゃあ。
山姥なにやら歌う、
「七つ七草、龍のひげ、
陽の鼻くそ、月のもの、
月の十五夜に、こねくりあわす、
千載秘法の、天の速舟。
 かみくら山の、鬼や教えた、大食らいめが、すかしっ屁。」
かかや子は、なんしているやら、日も夜もなしの、杖にうたれて、おうおうさかり狂う、人牛ども、いっそしめじ食って、気ふれていりゃあと、太郎兵衛どんな。
釜沸き立つ、山姥の歌、
「もずのはやにえ、高うに刺せば、
雪は早ええぞ、熊ん肝、
だけのかんばの、さらやぐ春にゃ、
いもりゃ蛙の、つかみ取り。

なんで年寄る、牙生にゃならぬ、
てめえの親を、食たわけでなし、
丈の白髪は、まっしろけ、
めくらの鬼だて、そっぽ向く。

髪蔵山の鬼さへ、来ねえば、
請うて急かれて、玉の輿、
小町娘と、云われたわしじゃ、
日もまぶしっや、花嫁御料。

人は来たかと、外に出て見れば、
すすき洞屋に、四日の月、
浮き世のはてを、ふえくたばりゃ、
鳴るは氷柱か、もがり笛。

お月さん、
あした目覚めの、
涙のしずく、
ひとたれ飲みゃ、
十五七娘に、若返る。」
何日たったか、地獄の洞屋に、うら若い、乙女子が、さらわれて来た。
なんぼ萎れたが、蓮の花。
見れば、
「お花でねえかや。」
太郎兵衛どんな、大声。幽霊でも見たかと、お花、
「おれだ、太郎兵衛どんだ。」
「おう。」
と、泣く、
「夕べな、井の水汲みに出て、したらお-ん、わかんのうなった。」
「泣くな、きっとおれが助けてやる。」
太郎兵衛どんな、どんがらごうろと、あっちへ行けば、杖ぴっしゃあ。こっちへくりゃ、お花にっこり。
瓶抱えて出て、山姥、むりやり、お花の口へ含ませた。
お花倒れる。次の日、よだれたらしてけったり。
「お日さま赤かい、
すすきゃ白ろい、
狐の嫁入り、
雨さんさ。」
云っても聞こえぬ。太郎兵衛どんな、
「雷ごおろ、
杖はぴっしゃあ、
おらが死んだら、
かかは後家。」
わかんのうなって、引かれて行く。
やけにしーんと静まり返る。
一人二人、死んだか生きたか、洞屋押し照る、月明かり、
「きええ、この舟は、こそともせん。」
わめき声。
太郎兵衛どんな、ふうらり立った。
寄って行くと、外は満月、真昼のようなな月明かり。
丈のしらが逆立てて、山姥、
「十日九夜、眠らず食わず、屁もひらずは、白髪焼きっぷくって、こさえたこの舟は、こそとも云はん、ぴくともしねえ。ええ、たらかしおったな、かみくら山。」
月の光を、しらじら浴びて、丈八尺の土の舟。
けったり、まんまるう月を指さす、生まれたまんまの、狂ったお花。
「女までこけにしくさって、ええい、この舟は、こうしてくれるわ。」
山姥、杖振り上げる、
「待った。」
闇を大声、
「しらみったかしの白髪婆あ、そこらかいいたって、りんき起こすな。」
ぬうっと一本角、目鼻くしゃげて、口ばっかりの、とんでもしねえ、大鬼。
「すかしっぺえめ、よくもまた。」
つかみかかる山姥をいなして、
「ふんがあ。」
丈八尺を、嗅ぎまわす。
「こやつは、ぬえこの草がちいっと足りん。」
鬼は云った。
「七草か。」
「おうさ。」
「わしもそったでねえかと思った。」
「今からでも間に合う、取ってこう。」
「よっしゃ。」
山姥、杖をとって走る、見送って、かみくら山は、大欠伸。ふわあと、洞屋の、太郎兵衛どんまで、吸い込まれそうな。
月が傾く。
「たらかされおったな、ばばあめ、舟は夜明けの露、吸うて飛ぶ。」
きいらり光る、丈八尺の、土の舟。
くらめき透る。
「来たか。」
鬼は乗り込んだ。
ふうわり浮かんで、かっ消えた。
「うわっはっはっは。」
天をゆるがす、大笑い、
「悪う思うな、月の神さん、
涙しずく、一たれとって、
二十壮男に、若返る、
しらみたかしが、くたばるころにゃ、
十五七乙女が、よりどりみどり。」
山を裂く山姥の声、
「きええ、たらかしおったな、すかしっ屁めは、てめえ大食らいの、どくされ腹、鎌でかっ裂いて、千間谷内はめこんで、犬は百匹けやしっかけて、ー 。」
「その舟待てえ、おめえとおれの仲じゃねえか、つれないことすな。」
しーんと谷内。
「舟は丈と八尺、大食らいの図体じゃ、行くは行ったが、帰りはもたねえ、月はうまずめ、おまえは一生、やもめ暮らし。」
 太郎兵衛どん、我に返った、
「逃げ出すんなら、今のうち。」
洞屋の戸を、押し開ける。
そろうり歩むと、
「ふやわあおう。」
なにやらまといつく。
生まれたまんまの狂ったお花、ぶったまげたは、
「こらえてくれえ。」
夢中でお花、ひっぺがす、
「この上人めらに。」
声聞きつけて、山姥、嵐のように、もうそこへ来た。
どうしようば、袋のようなが、ぶら下がる、太郎兵衛どんな、それ取って、ひっかぶる。
「ふんが、ここらで見たが。」
行き過ぎる。
隙に突っ走る。
夜っぴで、山馳せ下りた。
あしたの明けには、村へ、
「助かった。」
太郎兵衛どんな、ぶったおれて寝入る。
日は高うに上る。
向こうへだれか来た。
ありゃあ出戸の、
「おーい三兵衛、おれだあ。」
三兵衛きょとん、
「声はすれども、姿は見えず。」
出たあといって、逃げる、はあて、太郎兵衛どんな、ひっかぶった、袋のようなな、着たっきり。
なんとそやつ、死んだ仲間の、なめし皮。
「なんまんだぶつ。」
声はすれども、姿は見えず。
「そんではこれが、姥っ皮。」
どうせのこんだ、着て歩く、
酒屋へ入って、ただ酒食らう、おめえも飲めや、二人痛飲、なにはなんたて、帰って来たあや、歌声ばっかし、道を行く。
「しらがばばあは、くされ死に、
かみくら山は、やもめ暮らし、
死んだ仲間に、酒一献、
お月さん、十六夜、
かわいそうなは、狂ったお花、
すすきゃしいろい、雪が降る。」
雪が降って、ぴえーと風。
姥っ皮、そのうち、身にとっついて、はがれのうなる。
はあてや。


谷内のたにしも

とんとむかしがあったとさ。
むかし、戸口村の、七郎兵衛、春はしんどい田起こし。のったくばった、日んがなに花咲く。
ひらりほらり。
花の辺りに一休み。
「あんりゃあ。」
まっしろい足が、にょっきり。
「しれものめえが。」
お声はぴっしゃり、かすみはほおっと、花に花。
「はてやあ。」
そのあと、汗みずくして田起こし、七郎兵衛、夕べな帰ったら、かか、
「まんずは、今んごろから。」
と、そっぽ向く。
でもって、飯まもろくに、よそっちゃくれぬ。りんき起こしやがってと、七郎兵衛寝入る。
あしたの朝、出て行くと、
「なんてや、ばちあたりめが。」
と、人は云う、
「お天道さま出るってがに。」
犬は吠え立てる。
かかや娘ら、戸をぴっしゃり。
七郎兵衛引き返す。
田起こしもならぬ。
かかお面を買うて来た。
「これかむってけ。」
と、まっしれえ役者の面。
かむって出りゃ、
「うへえ気味わりい。」
「あの面の下。」
人は後ろ指さす。
かかに手引かれた子、わあと泣き出す。
まずかったか。
ひおとこの面はどうじゃ、
「なんだああいつ。」
「仕舞いでもしようってか。」
そっぽ向く。
おかめの面、
「いいっひっひ。」
へそ曲がるという。
板っぺらに、目ん玉の穴だけ開けた。
「うわっはっは。」
大笑い、
「こらえてくれえ、しちろべえ、いいっひいっひいてえ、うへ。」
名主さまなと、腰たがえる。
くそうめ、七郎兵衛、ほんもの真っ赤に隈取りして、ぬうっと出た。
「おっほう、こいつは一丁さけた。」
と人、
「どっとな。」
「うっふう。」
「触らせてくれえ。」
と、かかや娘までよったくる。
しんどい春の田起こし終わる、めでたや今日は、お田植え祭り。
赤いけだしの、娘たちにまじって、へんごなお面だの、赤いくまどりしたのが、差す手引く手に、舞い踊る。
「さーやさやさや花の、
花のさくや姫さま、ほ。
どんがらぴー。
お好きなようじゃて、ほ。
じゃもんで、
谷内のたにしも、
ぷったかふた開く、ー 」
花のさくや姫さま、たまげた、
「あらいうがいなの、」
へんごなのもとへ戻したって、お好きなようじゃての歌は、続く。
「さーやさやさや花の、
花のさくや姫さま、ほ。
どんがらぴー。
お好きなようじゃて、ほ。
じゃもんで、
でとのどじょうも、
にょろり太って、ー 」



珊瑚樹

とんとむかしがあったとさ。
むかし、こうのもりの鳴王という人が、みことのりを奉じて、海を渡るついで、竜宮の使いが現れ、
「乙姫さまが、ほうらいに里帰りされる、ついては三日ばかり、預かって欲しい。」
といって、玉を手渡した。
鳴王は預かって帰り、三日たったが沙汰もない、竜宮の三日は、この世の百年であった。 こうのもりの清い清水に、鳴王は、玉をひたち、寿をまっとうしてこの世を去った。
清い清水の辺りに一樹が生える、百年めに花を咲かせた、美しい花であった、風鈴のようにころと風に鳴る、花片が落ちると、清い清水は溢れ、川になって、海にさし入れた。人々は、この樹をもって舟をこさえ、玉を乗せて、竜宮に返したという。
玉を迎えに、たいやひらめや、海の魚が押し寄せた。川は閉じて、湖となった。山を深くに、たいやひらめが取れたという。
湖は干上がって、こうのもり、たいら、うさの三ケ村になった。このあたり井戸を掘ると、時に塩気があって、それを飲んで育った子は、力持ちになった。
平らの女角力といって、神社には、女角力の奉納があった。
別の伝えでは、ひいだかという漁師の網に、しおみつの玉がかかった。
その夜の夢に、乙姫さまが恋をした、月の神さまと逢い引きする間、玉を預かってくれと聞こえ。
ひいだかは玉を祭り、三日に一度網を入れると豊漁であった、玉は預かりっぱなしになり、ひいだかが死んだあと、一樹になった。
珊瑚樹というのだそうで、月の光には、くらめきとおって見えなくなった。



川役人

とんとむかしがあったとさ。
むかし、清洲村の、大河っぱたには、よく土左右衛門が上がった。
上で流されたり、心中者が出ると、どういうものか、この辺りに上がる。
役人が、村当番を指図して、引き上げ、こもをかぶせたまんま、仮供養する。
「なんまんだぶつ。」
坊さんが間に合わずとも、手をあわせて、なれっこになっている、村人もいた。
彼岸もじきだというのに、喧嘩出入りがあったそうで、この日は次から次へ、土左衛門が上がった。
たいてい現場にも行かぬ、お役人が、
「どんな塩梅だ。」
と聞いた。
「へい、向こう傷があるみてえで。」
「それは、お取調べの方だ。」
「あのう。」
と年かさが云った、
「仏さんは、おはぎが食いてえそうで。」
「そうか、彼岸であったな、供えてやれ。」
とお役人、
「ありがてえことで。」
といううち、また一つ上がって、
「今度は、茶が飲みてえんだそうで。」
「供えてやれ。」
また上がった、縁起でもねえで、今度はお清めの酒だという。
いやおおごとだと、お役人も、重たい腰を上げて行ってみた。
みなして飲んだり食ったりしている。
「どういうこった。」
「へい。」
年かさが云った。
「おかげさんで、腹いっぺえだと申しておりやす。」
だれかこもをはぐ。
土左衛門は、ぱんぱんに膨れ上がる、
「うっぷ。」
といって、お役人は突っ走った。
そのお役人に、お神酒が上がる、
「ここはわしらでもって。」
と云う、
「十日たった心中者だそうで。」
といって、三人の村当番が、十人もして行く。
まあそういうことかといって、飲んでいたが、いやこうしちゃおれぬといって、出向いてみた。
十人よったくって、大騒ぎして水鳥を捕まえている。
「どうした、そやつは取ってはならん鳥だが。」
と云うと、
「へい。」
と年かさが云った。
「こやつが出ると、仏さんが、また流れってことになって。」
「なんとな。」
「鳥はやつめをつうるり、このう。」
「え。」
「やつめはとくに心中者にたかって、傷口やら穴という穴に、何百も。」
お役人は、まっさおになった。
「お見せしやしょうか。」
かたっぽうは上がったんで、という。
「いやそんな鳥を、人が食うわけないな、うっぷ。」
といって、突っ走った。
なにしろ、いやな役であった。



飯沼大明神

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ほうのつに、飯沼という大沼があって、飯沼大明神を、お祀りする。
沼は時にふくれ上がって、七つの村を、水浸しにする。
「仕方がない、大明神さまじゃ。」
といった。
ひでりには雨乞いをする、一天俄にかき曇って、大雨が降った。
乙女を人身御供にしたともいって、にわとりに、お神酒を供え、そうして箸を投げ入れた。飯沼の名は、そこから出た。
あるとき、雨が降らず、さしもの飯沼が干上がった。
大明神さまがお姿を現わした。
大だらいをこさえ、そこへお入れ申して、青竹をつないでもって、人々は、山清水を注いだ。
雷鳴って、三日も大雨が降り、たちまち飯沼は、もとへもどった。
波がうねって行った、雑魚が滝のように跳ねた、流木かと思ったら、ひげであった、山のような口であった、なと云う人は大勢いた。
だがもう忘れられていた。
お宮の中に、古い木片の束が、十も二十も見つかった。
「このじゃまっけなもな、なんだ。」
「ゆっくりお神酒も飲めねえ。」
きっと、大明神さまに、てんご盛り、まんま持ったおひつじゃ、という人がいて、みなして、たがをこさえて、はめこんだ。
まんまるではない、三間に、十間もある。
「おひつってより、たらい舟だあな、これは。」
ころを噛ませて、そうろり水に浮かばせてた。
十二、三人乗り込んでも、びくともせん。
かいや棹で漕いだ、のったりどっちへ向くかわからない。
「こりゃ、おもしれえや。」
よったくって、支えなと入れて、大明神さまのお祭りに、しめ縄張って漕ぎ出した。

三年たったら、七つの村に、各いっそうずつ仕上がって、にぎやかにお飾りつけて、

「大明神さまへ奉納。」
といって、漕ぎ比べ。
のったりばった、張り裂けたり大騒ぎ。
一等は、花嫁姿の娘を乗せて、沼の真ん中に、酒を注ぐ。
そうしたら、とつぜん水が盛り上がって、舟ごと呑み込んで、行ってしもうた。

2019年05月29日

とんとむかし5

うらめしや

とんとむかしがあったとさ。
むかし、六兵衛という、何やらしてもさっぱりな役者があった。
馬の足やらせりゃ半歩多い、たった一つのせりふ先にいっちまって、主役が台なし。

「しょうがねえなあ、おめえは面だきゃ一丁前なんだが。」
といわれて、のっぺり面なでさすって、
「そんでもおらあ、芝居が好きなんだ。」
といって、松の木なんかかかえていた。
ところがあるとき、首くくってぶら下がる役があって、みな縁起でもねえっていうのを、六兵衛が引き受けた。
それが、とてつもなくうまく行った。
三尺高い木の上から、ぶら-りぶら下がって、目ん玉むく。
「ひええあいつ、ほんものじゃねえか。」
といって客がざわめく。
のっぺり面の妙に生々しくって、ぬうっと突き出た足の、ばかでっかいのがいい。
芝居よりその首つりを見ようとて、客が押しかけた。
六兵衛は得意満面。
袖をなのめにしてきせるはこうと、草履の揃え方はまっすぐの方がいいか、
「おれも役者のはしっくれ。」
というには、みんな、たかがちょんの間とはいわぬようにした。
飯どきに、飲めない酒をちびいと飲んで、
「こういったぐあいに。」
目をむいて、べろうり舌を出す。そいつは、やり過ぎだともいわないようにした。
そのうち、
「首くくって死ぬるのが、人間本望ともうすもの。」
といいだして、はてみんなそっぽ向く。
それがあるとき、とつぜん仕掛けのかぎが外れて、縄がしまる。満座の客が息を飲んで見つめる間、六兵衛はほんとうに行ってしまった。
幕になって、
「どうした、もういいから下りてこい。」
といったが、ぶら下がったまんま。
役人がやって来て、大騒ぎになった。
「首吊り六兵衛、本望を遂げ申し候。」
と、小屋の前に札を立てて、出しものはそれっきりになった。
そうしたら、その六兵衛の幽霊が出た。
そんなはずはないがといって、待ちもうけたら、ほんとうに出る。
「どうした、本望ではなかったか。」
と、座長が聞くと、
「一度でいいから、見得切ってみたかった。」
と、幽霊がいった。
「ようしやってみろ、みんなで見ていようから。」
といってみんなして待つと、両手をだらんとぶら下げて、幽霊が出て、
「うらめしや、本望でござる。」
といった。
「やっぱり一句多いか。」
とは云わぬようにした。



ひとりぼっこ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ひとりぼっこという、これもこわ-い、お化けがあった。
ひとりぼっこが、おっかさんに化けて、みよという子を、さらって行った。
みよは、歌が上手だった。
みよが歌えば、人も草木も、ほろりした。
ひとりぼっこは、みよに、白いどんぐりを食わせた。みよはそれっきり、ものを忘れて、ひとりぼっこのために、まんま炊いたり、洗濯したりして、働いた。
歌うのだけは覚えて、その歌は、高い峰や、木々の梢に、響きわたった。
竹の太郎という者があった。
山中を行くと、ほろとて歌う声がする、さがすと、昆布のような着物を来て、はだしの女の子がいた。
行ってみると、もういなかった。
村へ出て、人々に聞くと、その子は、ひとりぼっこに、さらわれたという。
ひとりぼっこは、なんにでも化ける。
姿は見えない、刀で切っても、槍で突いてもだめだ、
「たった一本きりある、頭の毛を抜けばいい。」
といった。
竹の太郎は、犬をつれて、山へ入った。
犬が吠える。犬の先に、焼き灰を撒いた。かすかに異臭がして、あとをつける。
犬は、泡を吹いて死んでいた。
なおも行くと、石の上に、ひものような着物を着た、はだしの女の子が立つ。
「これをお食べ。」
といって、白いどんぐりを、差し出した。
「なんでおまえは、ひとりぼっこという。」
竹の太郎は、聞いた。
「ひとりぼっこだからさ。」
「どうして人をさらう。」
「みんな槍で突いたり、刀で切ったりするからさ。」
「そうかな。」
女の子はふうと笑う、その手から、白いどんぐりをとって、竹の太郎は食べた。
それっきり、ものを忘れて、みよと二人、ひとりぼっこに使われて、水を汲み、たきぎを取って働いた。
みよが歌を忘れぬように、竹の太郎も、達者な字を、忘れなかった。
天に月、地に風、人に竹の太郎。
土の上に、三べん書くと、自分を思い出した。
みよが歌う、清うげに歌うと、
「おうほろ。」
といって、ひとりぼっこが、姿を現わした。
平らったい頭に生えた、一本きりの毛を、竹の太郎は、引き抜いた。
「きえおう。」
叫び上げて、ひとりぼっこは、かすみになって消えた。
正気にもどった、みよをつれて、村へ帰って行った。
竹の太郎の話は、また他にもある。



草笛

とんとむかしがあったとさ。
むかし、柿川の村に、三郎という、草笛を吹く、子どもがあった。
ほうほけきょと、鶯に吹いたり、ころころ虫の音に鳴いたり、だれ聞かずとも、そこらに寝そべって、一人吹いた。
ぽっかりと雲が浮かぶ、
「雲はどこへ行くんか。」
三郎は、ぴ-と吹いた。
京の都へ行くのか、それとも坊さまのいわっしゃる、天竺の国へも、
「そうさ、行ったら帰って来んな。」
とつぜん、明るい声がして、ひげも髪も、雪のように白い、大じいさまが立った。
「おまえはだれじゃ。」
たまげて聞くと、
「草笛をよくするな、子ども。」
じいさまは、ふうと笑って、手にもった杖に、大空の雲をさす。
「どうじゃ、あれを吹いてみろ。」
「あんなものが吹けるか。」
「そうかな。」
じいさまは杖を振った。
とつぜん雲は、哀しい笛の音になって鳴る、めくるめく、山川も舞い踊り、草木も歌う。
我に返った時には、だれもいなかった。
「なさんらい。」
と、聞こえたような。
よそものは、滅多に来なかった。
戦の世であった。
三日のちに兵が襲い、村を焼き、人を殺して、掠め去った。
兄は殺され、父母は行方知れず。
三郎は歩いて行った。
真っ暗闇に、灯が見える、よって行って、倒れ込んだ。
「どうした。」
ぎらり槍に刀。
「面倒だ、殺せ。」
が-んと何か。
「ほおっ、こいつかわしおった。」
虎のようなひげ面が覗く。
「わっぱ、ついてこれたら飼ってやろう。」
「よせ、伊太夫。」
若い声がいった。
「一思いにやれ、その方が、そやつにとっても幸せだ。」
「二の槍は使わん。」
「では、勝手にせえ。」
一行は馬にまたがった。
あとを追う三郎を、伊太夫のひげが、わしづかみにして、鞍へ押し押しつけた。
雨になった。
夜通し走って、山中の砦についた。
霧に旗が浮かぶ。
「山磊清花。」
さんらいきよはなと読む。
一団を清花党といった。
党首はまだ若かった。
「ええい、あやつも死んだか、戦はこれからぞ、寝たいやつは寝ろ、飲みたいやつは飲め。」
といって、立ち去る。
三郎は追い使われた。
水を汲め、酒だ、
「こっちだわっぱ。」
「ばかったれ。」
こづかれ、なぐられ、何かを食らい、まどろみついでに寝る。
十日もすれば、馴れつく。
戦があった。
ぬうっと腕が伸びる。夜は酒を飲んで、女の声も聞こえる、
「わっぱ、おどれ。」
という。
「踊れません。」
「では歌え。」
「歌は歌えぬが。」
三郎は、草をむしって、口に当てた。
「てえつまらねえ、あっちへ行け。」
追っ払われ。
負け戦があった。
どまんじゅうが並び、刀をつっさして、酒をあおって、なにやらわめく。
「くさぶえ。」
だれかいった。
三郎は草をとって吹いた。
雲のぽっかり浮かんで行った、故郷の山川が、いつか草笛の調べになっていた。
いかついやつらが、号泣する。
山磊清花の旗がなびく。
「きっとあの旗を。」
「うぬらが手向けにしようぞ。」
おうと槍をつっさし上げる。
月が上る。
「笛は好かん。」
ぼそりと、若い党首が云った。
また戦があった。
勝ち戦であった。
「これは、おまえにやろう、わっぱ。」
といって、ひげの伊太夫が、一管の笛を、三郎の手に置く。
見事なこしらえであった。
三郎は、吹き鳴らし、吹き鳴らし、どうやら鳴るようになって、ほうほけきょと吹き、ころころと吹く。
雲の浮かぶ調べ。
「笛というのはあのー。」
伊太夫に聞いた。
「そんなものを、わしが知るか。」
とひげつらは、三郎を、砦の奥へつれて行った。
おんなと呼ぶ。
「楓の衣。」
美しい女が立った。
「おい女、このわっぱに、手ほどきしてやれ。」
「笛か。」
「あなたさまのものであれば、お返しいたします。」
「吹いてごらん。」
女はいった。
三郎はたった一つ、覚えのものを吹いた。
「よく吹けた。」
女は笛をとって、朱い唇にあてた。
三郎の、生まれて初めて聞く、おかしくも悲しい、なんと云をう、浮きぬ沈みぬ、流れにもてあそばれる、楓の葉。
一つが二つになり、四つになりして、またさま変わる。
「はらとうの曲。」
女は笑い、こうと涙にむせぶ。
笛は三郎の手にあった。
三郎は、笛をとって、吹き鳴らし、二へん三べんすると、砦をわたる雲も、群れ行く鳥も、はらとうの曲になった。
ついには戦の世も、はらとうの。
 楓という女が、身を投げて死んだ。
「西明寺の女よ。」
いかついやつらがいった。
「西明寺は我らがかたき。」
「西明寺の大叔父が加担するぞ。」
若い党首がいった。
「しなの原の合戦を、一時支え切れば、おぎの城に、清花の旗が立つ。」
「そいつはあやかしだ。」
と、ひげの伊太夫、
「西明寺も、高取を抜く。」
「高取を抜くのはわかる、肥沃の三州への足がかり、そうさ、しなの原に、わしらを見殺しにしてな、ていのいいお供え餅さ。」
「一か八かだ。」
「感心せんな。」
「他にわしらの浮かぶ瀬があるか。」
いつかは死ぬる身の、清花党は撃って出た。
「くさぶえ、おまえも行け、戦はおしまいよ。」
ひげの伊太夫がいった。
「わっはっは、どっちにしてもな。」
三郎は笛を背負い、半分に切った槍を手に、伊太夫のわきを走った。
敵はいったん引いて、三方に押し囲まれ。
「清花とな、そんなものは知らん。」
西明寺はいった。
「夜盗を始末する。」
あっというまのこと。草笛失せろ、伊太夫がいった。半槍を捨てて、三郎は抜け出した。あとはわからぬ。どこをどう歩いたか、膝をついたら、動けなかった。
往来であった、
背中の笛をとった。
一曲吹き終わったら、銭があった。
そのようにして、村から村へ、町から町へ、三郎は、笛を手に、渡り歩いた。
三日も食わずに、橋の下に寝ていたり、祭りのお囃しを吹いたり、酔客にからまれ、貴人の縁先に呼ばれたりした。
夏は過ぎ、秋が来た。
冬になって、また春が来た。
花が吹き散って、きぎしが鳴く。
一人三郎は、笛を吹いた。
はらとうの一曲を、四つに吹き分ける、おもしろおかしい笛と、悲しい愁いの笛、おどろに激しい笛と、平らに静かな笛と。
文字も見えぬ三郎の、たった一つの。
とつぜん別の音が加わった。
拍子を合わせるようでいて、月と雲のように、流れと淵のように、それはまったく相容れぬ。
三郎は必死に吹いた。
終わった。
においたつ、春の装いに着飾った人が立つ。
「そのはらとう、どこで覚えた。」
手には、白がねの笛を持つ。
三郎は、身を投げて死んだ、楓という、女の人のことを話した。
「そうか、死んだか。」
その人はいった。
「よく伝わった。」
三郎を見据える。
「戦の世であっては、先の知れぬのは、乞食のおまえもわしも同じ、よし、わしのを伝授しよう。」
一曲を吹き終わって、
「かんだは。」
といった。吹き散らふ花の、永しなえの春を、対になって舞う鳥の、あるいは剣の、めくるめくようなかんだは。
短冊を引き抜いて、なにやら書いてわたす。
「京へ行ったら、西九条の、あやなまろの屋敷へ行け、少しはましなめも見るであろう。」

といって、立ち去った。
さすらい歩いて、三郎が、京に入ったのは、すでに秋も末であった。
死人や行き倒れや、盗人ども、いっそ生きていたのさへ、不思議であった。
西九条のそれは、冠木門をくぐって、草は伸び放題、紅葉の美しい、あやなまろの屋敷であった。
二度追い返されて、三郎は、漆黒の髪の、大きな目が張り裂けるような、あやなまろという人に会った。
「ほっほっほ、やすひでは、歌がうまいな。」
持参の短冊を見て、あやなまろはいった。
「はらとうにかんだはとな。」
ふうむといって、あごをしゃくる。
三郎は笛を吹いた。
「字が見えぬな。」
ふをっと笑って、先をうながす、吹きおわると、人を呼んで、
「典楽寮へつれて行け。」
といった。
 隣り合わせの、林苑の中に、お寺の伽藍のような、建物があった。
三郎は、鼠色の、お仕着せを着せられて、北のはしの、わらわべの寮へ入った。
「よくな、空んずることじゃ。」
目の大きな、あやなまろはいった。
そうして、年下のわらわべまでが、三郎を追い使った。
いっそ席にもつけず、わっぱという他に、名まえもなく。
三郎はよく空んじた。
十三ある典楽の七部に別れ、三つになるそれを、あるいは盗み聞き、かつがつに習い覚えて、一切を空んじた。
三年たっても、三郎はわらわべだった。
あとつぎたちは、一曲二曲して典楽へ上って行く。
三郎は代役として、幕の影にあって笛を吹いた。
人は影と呼び、草笛と呼んだ。
広大な林苑に一人別け入って、三郎は笛を吹いた。
心行く、また即興に我を忘れ。
吹き終わると、咲き乱れる花の中に、美しい女の人が立った。
「なんという名手じゃ、あやなまろのわっぱじゃな、典楽四家の阿呆どもとは、比べものにならぬわ。」
その人はいった。
「清花の三郎も、そのように吹けばよいものを。」
「なんと申されました。」
だが、女の人は立ち去る。
二度三度、典楽寮の絵に見る、天華乱墜して、天人の舞い舞い行くありさまを、三郎は一曲に工夫した。
西九条の、あやなまろの屋敷へ、呼ばれた。
行ってみると、天人のようなその人がいた。
山磊清花の党首と。
(伊太夫さまはどうなされたか。)
「塔家の姫君じゃ。」
しっこくの髪の、あやなまろがいった。
「これは清花の三郎、天楽の総家じゃ。」
党首はなんにも云わぬ。
「わっぱの草笛じゃ、人は影とも呼ぶ。清花の三郎はな、塔家にあずけられて、姫といっしょに育った。それがどうじゃ、まだほんのこんなころに、後見の西明寺に切りつけおった、笛をとる手に、刃を持ってな。」
あやなまろはいった。
「戦はさんざんだった。」
男ははうそぶく。
「伊太夫さまは、どうなされました。」
「そうか草笛とな、死んだわ。」
清花の三郎はいった。
「そうであろ、ぶかっこうな戦など、大夫のするものでない。」
「うるさい、笛なんぞ吹いて、戦乱の世がわたれるものか、じじいの株が奪われたんなら、弓矢に取り戻すまでよ。」
「命一つに逃げ帰ったのはたれじゃ。」
塔家の姫君、
「あたしはもう二十を過ぎる。」
「まあまあ。」
と、あやなまろ、
「こたびは、願いがかなって、天楽の棟梁清花の、失ったものは、取り戻せることになった、塔家には、たいへんな苦労があったがの。

「秘曲さんらいじょうをおまえが吹く。」
塔家の姫がいった。
「笛なんぞ忘れた。」
「笛は草笛が吹く。」
あやなまろがいった。
「名手じゃ。ぬしは吹く真似さえすりゃいい。一曲を奏し、さらに一曲のお召しがあって、秘曲さんらいじょうを吹く。」
「そういうことじゃ。」
あやなまろは、手に黒うるしの笛をとって、一曲を吹いた。
奇妙な笛であった。
「わしはこの程度じゃが。」
といって、影の三郎を見る。
「影は命を吹き込むであろう。りょううんというこれは、なさんらいのへんげに次ぐ、名笛じゃ、おまえに授けよう。」
黒うるしの笛は、影の手にあった。
さんらいじょうという、さても、萩の池にもよほす、月の宴であった。
召し人の歌をえらぶあいだ、一曲を奏する。
月明かりに、白がねの笛をとって、清花の三郎が立つ。
影は、黒うるしのりょううんをとる。
笛の一音とも思えぬりょうらん、天花乱墜して、飛天に羽衣の舞いを舞い行く、とよみわたって切々の。
水をうったように、静まり返った。
「更に一曲をとのおおせじゃ。」
と聞こえ。
とつぜん二つの月に鳴りとよむ、秘曲さんらいじょうであった。空華は失せ、人は手を取り合うて、三千世界夢幻の。
ことはなった。
「あまりにも首尾よう。」
張り裂けるような目の、あやなまろ。
「心配じゃ。」
「そんなことはない、おそうはあったが、めでたく、清花の棟梁。」
塔家の姫君。
「まったく阿呆な話よ、あいつおれの手の中で、鳴っておったがな。」
と、清花の棟梁。
またのお召し出しがあった。
「伝説のなさんらいをという仰せじゃ。」
と、あやなまろ、
「ううむ、あれは吹いてはならぬ。」
影の三郎は、知らぬはずだが、西明寺め、これは典楽三家とつるんで、画策しおった。

「なんで吹いてはならぬ。」
清花の三郎がいった。
「あれを吹いたものを、なさんらいという、おまえの爺は、あれを三度び吹いた、主上のご病気平癒のため、またひでりに雨乞いのため、そうして道ならぬ恋のためじゃ。」
「とつぜん竜巻が起こって、みんな吹っ飛んだというんだろう、じじいとへんげは、行方知れず。」
あやなまろは押し黙る。
「この人を塔家に預けたのは、おまえか。」
と、姫君、
「他にすべはなかった。」
「三郎はいったいだれの子じゃ。」
答えはなく。
「そのなさんらいってのを、草笛に示せ。」
「わしごときの、知るものではない。」
「なんとな。」
一同押し黙る。
「譜面がないと。」
「山磊清花の旗印です、あれはもしや、楽譜ではないかと。」
影の三郎がいった。
くしゃくしゃになった、山磊清花の旗を、清花の棟梁は、そこへ取り出してひろげ、

「まさに、なんと字も見えぬ、おまえがな。」
あやなまろがいった。
あしの池に、雪の宴であった。
召し人の中には、西明寺あり塔家あり、かかわりのあるものは、みな集まった。
一曲は、変じつくした、故郷の空に浮かぶ、雲の笛。
清花の三郎は、白がねの笛をとり、影は黒うるしのりょううんを。
なさんらい、なんのへんてつもない笛の音に、わしづかみにされて、影の三郎は、宙に舞い上がる。
その身は失せて、笛だけが鳴る。
「塔家の姫がほしいか。」
声がいった。
「字が見えぬと、だったら歌詠みの三人も雇え、そうさ、おまえが清花の三郎だ、刀を振り回す、でくのぼうではない、主上のお声を聞く、おまえこそが、典楽総家の棟梁だ。」
押さえ込もうとして、りょううんは張り裂けた。
笛は鳴っている。
でくのぼうのの手に、刃が握られ、血まみれの生首が、ぶら下がる。
けったり笑う姫。
影は、枯れあしをひっつかんだ。
草笛の一声。
ものみなとつぜん止んで、されこうべが一つと、へんげの名笛が転がった。
事件は人の噂にも上らなかった。
あやなまろの漆黒の髪は、まっしろになった。その目はめしい。
「へんげは草笛、いやなさんらいの手に。」
といって、息を引き取った。
典楽寮は閉ざされ、戦は百年に及ぶ。
なさんらいとその名笛は、はて、柿川の流れに聞こえるという。



ささ酒

とんとむかしがあったとさ。
むかし、松代村に、ひょうろくという男があった。ふた親ねえなって、かしがった家に住んで、なんにもせん。
となりの姉、食うもの持って来て、
「ちったあ稼げ。」
といったが、
「はあ。」
といって寝ていた。
それがある日、旅支度して、
「いい夢見た。」
といって、出て行く。
「まあ、ちった歩いたほうがいい。」
となりの姉は見送った。
ひょうろくは、歩いて行った。川があって、川をわたると、さんさ笹が鳴って、立派なお屋敷があった。
ご門を入って行くと、
「お帰りなされませ。」
といって、きれいな女が、手をついた。
「うむ。」
ひょうろくは上がった。なんにも描いていない屏風があった。
大広間には、お屋敷中の人が集まっていた。
「なげしの槍をお取りなされ。」
雪のように白い、年寄りがいった。
ひょうろくは、長柄の槍をとった。
「おさやを。」
さやを払うと、白い年寄りが、
「お突きなされ。」
といって、胸を広げる。
「おまえは止めた。」
ひょうろくがいうと、
「ありがたいことじゃ。」
と、引き下がる。
次ぎには大男が、
「突け。」
といって出た。
どんと突くと、樽になって転がった。
あやしい目をした女が、
「あたしは。」
という、突くと、
「こうっ。」
と鳴いて、鶏になって飛んで行った。
ぶおとこが三人、
「わしらは突かんでくれ。」
という。
「ならん、ならん。」
突くと、ひょっとこのお面が、三つになった。
ひょうろくは、突いたり、突かなかったりした。あと転がったのは、座蒲団十枚に、たくあん石が一つ。
「では、お使えもうしてくれ。」
白い年寄りがいった。
ひょうろくは、高膳に食べ、きれいな女たちが酒を注ぎ、そうして舞い踊る。絹の蒲団に、くるまって寝た。
あくる日、
「東を、見回って下され。」
という、ひょうろくは、見回った。
千枚田んぼに、びいと燕が飛んで、早苗にさわさわ、はては見えぬ。
「どうであったか。」
白い年寄りが聞く。
「見事であった。」
ひょうろくは答えた。
その夜も、高膳に食べ、とりわけ美しい子の、ひょうろくは、手をとった。
あくる朝、
「西を、見回って下され。」
といった。ひょうろくは見回った。
とんぼが群れて、さんさ稲穂の、金色にはてもなく。
「どうであったか。」
年寄りが聞く。
「立派であった。」
ひょうろくは答えた。
美しい子は、清うげに歌い、あとはにぎやかに、はやしを入れた。
あくる朝、
「山を、見回って下され。」
といった。
松には白雲が、杉はさんさん雨、
「ほっきょかけたか。」
檜には時鳥が鳴いた。
「どうであったか。」
「よかろう。」
ひょうろくはいった。
美しい子と二人食べ、そうしてほんのり酔うた。
あくる朝、
「川を見回って下され。」
という。
鱒が跳ねとんで、川はゆたかに。
「どうであったか。」
「うむ。」
とひょうろく。
ひょうろくは美しい子と、夫婦になった。
あくる朝、
「お倉を案内しましょう。」
と、美しい妻がいった。
米倉金倉宝倉と、松とぼたんのお庭に建つ。
「どうでした。」
「さよう。」
そうして二人仲良うに暮らして、十年たった。
雪のような年寄りが、死んだ。
なんにも描いてない屏風に、龍が浮かび上がる。
らんらんと目が光る。
「お逃げなされ。」
美しい妻がいった。
「おまえも。」
「だめです、なげしの槍に、どうしてわたしを突かなかった。わたしはお倉のかぎです。」

「夢では突いた。」
長者屋敷は沈む。
雷が鳴って、龍が舞い飛ぶ。
ひょうろくの手に、笹の葉が一枝。
となりの姉、かしいだ家のぞくと、ひょうろくが寝ていた。
「あや-、いつ帰った。」
たくあん石が転がって、座蒲団十枚。
ひょっとこのお面が三つ。でっかい樽に、雨漏りがして、水がたまっていた。
笹っ葉がつかる。
「酒だや、これ。」
姉がとんきょうな声を上げた。
いい酒だった。
姉は夫に死なれて、やもめになっていた。ひょうろくは、姉といっしょになって、酒屋を開いた。
「ひょうろくのささ酒。」
という。十枚の座蒲団には、いつも客があって、ひょっとこ三つで、三代は火事を出さぬという。
たくあん石は、いい漬物。

2019年05月30日
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