とんとむかし11

鬼泣き橋

とんとむかしがあったとさ。
むかし、のうめんこ村に、じっどとはいどという、二人の男があった。
じっどはでぶの禿頭で、そんなこたあおめえ、えっへえと笑った。はいどはのっぽで、あごつんだして、だってさあといった。
「そんなこたあおめえ、お天道さまが、許さねえ。」
「だってさあ、世の中おめえ。」
二人はいつもいっしょだった。
西のいわたん守と、東のたんがの丈が喧嘩して、世の中は戦争になった。
「槍一本で、田んぼ十枚。」
「きれいな嫁。」
「えっへえ世の中。」
と笑って、あごつんだして、
「だってさあ、ぶすっと。」
といって、どっちが勝つか、西が強そうだと、のんのんさまの、松の木のおっかさ云った。
二人はいわたん守の軍についた。
さむらい大将さんだゆうの一の家来、とうえもんの下のいつえもの下働き、はんべえの十人組にかけつけた。
「ようしそろった、二人おまけもついた、出陣だ。」
槍をしごいて、はんべえがいった。
「おまけだって手柄立てりゃ、馬一頭。」
わあといって、討って出た。
野っ原つっ走って、どこで戦になったかわからない。
「おまけ、槍はまっすぐ。」
「へい。」
「そっちじゃない。」
「はい。」
ざあと弓矢が降って来た。三人倒れて、五人わめいてと思ったら、槍にはらわれて二人死に、えーと十人が何人残った、おまけは口をあんぐり。
よろいかぶとの、騎馬武者が来た。
「とうえもんはおらんか、雑兵はいらん。」
「とうえもん配下いつえもん下働き、はんべえだ。」
「のけ。」
騎馬武者は、はんべえを一なぎして、行ってしまう。
「ううむ、やられた。」
とはんべえ、おまけはいつか二人っきりになった。
敵のかさかむって、同じようなのが二人立った。
「えいえいやるか。」
「えいえい、来るか。」
「そんなこたおめえ、えっへえこええか。」
「だってさあ、向こうも腹へった。」
敵味方別れて、そこらやぶへ入って、飯食っていると、
「わあ。」
といって、逃げるの追っかけるの、手負いのはんべえ、食いかけと槍と、じっどとはいどは、やぶから棒に突き出した。
敵はたおれて、
「首をとれ。」
息ついてはんべえ。
顔見合わせて突っ立った。敵は起き上がって逃げる。
「せっかくの手柄を。」
二人は我に返った。
「そうだ手柄だ。」
「きれいな嫁。」
槍をかざして走って行った。
あっちへ抜けこっちへ駆け。じっどがたおれ、はいどが投げだされ、わめいてはまた起き上がり、二人背中合わせに、ふん伸びた。
気がついたら、真夜中。
「えっへえ生きてたか。」
「死んでねえ。」
のっこり立って歩いて行ったら、手綱ひきずって、でっかい馬が立つ。
「そうさなあ、これ乗って村へ帰ろ。」
二人はよじ登った。とたんに馬はつっぱしる、必死にしがみつき、味方陣中へまっしぐら、
「村はあっちだ。」
「うへえ。」、
「だってさあ松の木のおっかさ、西が勝つっていった。」
「そんなこたおめえ、終わって見にゃ。」
陣中幕の内、
「どう。」
押し止めて、
「なに、だてが松の木の丘を西へ。」
「そねの小わっぱが、押しわたる。」
二人は担ぎ下ろされた。
「物見ご苦労であった。」
「えらいやられとる、休め。」
敵ながら天晴れの布陣じゃ、そうなっては勝ち目がない、そねの小わっぱがな。引き上げるか、いや急襲じゃ。
夜討ちをかけよう。
二人は飲んで食って、いい着物があった。立派なまあそいつは、
「もういいか、この着物きて村へ帰ろう。」
「生きてりゃあ、嫁もな。」
のっこり抜け出した。
遠回りして、河っぱたへ、葦が茂って、舟が一そう、
「これ乗りゃのうめんこ村へ行く。」
「そうかな。」
二人は乗り込んだ。
棹さして、本流にはまる、
「えっへえだめだ、あっち行け。」
「だってさあ、棹立たねえ。」
 青い旗が立って、東のたんがの丈、
「どうしよう。」
「だっておめえ。」
岸へ乗り上げた。
よろいかぶとが立つ。
「派手に着おってからに、なんだおまえらは。」
「のうめんこ村のじっど。」
「はいどです。」
「能衣装か。」
東の陣屋に引っ立てられた。
「ほう、道化か、さすが好きものいわだの守だ。」
「なんで逃げ出した。」
「いえあのくわもってこう。」
こわくなってしゃべる、
「痩せ地掘っちゃ、小金も出ねえ、花咲かじっさの、足腰やきーんと痛むっきり、からすの鳴かねえ日はあったっても、かかやがきわんと泣いて、犬っころじゃねえや、年が年中、食うや食わずの、水ん呑み。」
身ぶり手振り、
「泣かすがきも、かかもねえで、夜な夜なにぎってるやつ、おらあは槍に代えて、一旗上げようたって、情けねえったら、上がりやしねえ。」
そんなこたあおめえ、だってさあ、二人息合って、
「うわっはっは、達者な連中だ、こんなお宝手放すようじゃ、戦は知れた。」
陣中腹抱えて笑って、
「京人か。」
「ゆるりくつろげ。」
といって、今度は女たちのいる部屋へ、案内された。
酒が出て、幕の内にはご馳走が出て、
「京のお人となあ。」
「ひょんなお顔があかぬけして。」
うひゃあ、生まれて始めてもてた、
「のうめんこ村に嫁にこねえか。」
「能面小村どの。」
「いんにゃ水ん呑み。」
「印南美濃さま、はいなあ。」
酔っ払って、よだれたらして寝入ったはいいが、なにしろずらかるこった、ばれりゃ首が飛ぶ。
槍に具足があった。
「軍勢の中の軍勢ってこった。」
「のっしのっしと、抜け出りゃいい。」
派手な着ものを、こりゃ一生かかっても稼げぬってえ、戦利品だ、上に具足つけて、抜け出した。
十人百人たむろする。
「向こうの丘抜けりゃ。」
丘を抜けると、何千人。
「方向ちがい。」
法螺貝が鳴って、全員整列。
「おう、さのじょう、お主生きておったか。」
「へ。」
「おっほう、ごんのすけも。」
「は。」
肩を叩かれて、気がついたら、じっどもはいども、一隊の先頭に立つ。
「昨夜は不意を突かれて、不覚を取った、戦はまっ昼間よ、行け。」
おうと全員突撃。
じっどとはいど、ぶったまげの逃げ足が、先陣切って走る。
浅瀬を駆けわたって、向こう岸、
「のうめんこ村あっちだ。」
「なむさ。」
弓矢が雨のように降る、
「だってさあ、こんなもん、村へ連れてってどうする。」
「そんなこたおめえ、引っ返せ。」
向きをかえる、ちょうど激戦の、まっただ中。
敵も味方もめったらが、とんでもない戦になった、ついたりぶんまわしたり、水ん呑みの、へっぴり腰、
「があうわ」
五十回死んで、五十回生きたと思ったら、ふうっといって、ふん伸びた。
うーんと息吹きかえしたら、二人立派な敷物の辺に。
「お呼びにござります。」
使いの者が来た。
とにかくついて行った。
参謀総大将から、たいてい喧嘩の張本人まで、さしむかい居並ぶ。
なにを話し合うたって、
「河向こうたったの十三町歩、そりゃあっちへ行ったり、こっちへ行ったりの。」
「さよう、意地の突っ張りあい。」
「浦廻の松はわしのもの。」
「いんやこっちの。」
「お連れいたしました。」
二人立った。口上が云う。
「西には決死の物見の末、夜襲の一勝を与え、東には、陣中突破の奇襲をもって一勝を与え、よって双方痛み分けの、かくは和議にいたった、天晴れ見事なる。」
「さよう、松がどうの、意地の張り合いには。」
「最少の死者。」
「定めしさるお方さまの。」
「ははあ。」
といって、総勢かしこまる。
二人弱った。
「うらみの松ってなんじゃい。」
「むかしの葛っぱら。」
「ごもっともであります。」
妙なことになった。
黄金五十枚に、お供のさむらい三人つけて、京までつれてってくれという、女たち何人か、
「さるお方さまによろしく。」
といって、二人行列仕立てて道行き。
戦は終わった。
「だってもおめえ、のうめんこ村と反対。」
「そんなこたあ、しい首が飛ぶ。」
 なんしろ行列。
供ざむらいども、大名旅行の、あっち宿りこっちへ宿り、二人さしおいて、飲めや歌えや。
「いやご安心あれ、まかないのほうはわしらが。」
「夜盗のたぐいも恐れをなし、うっひー女たち踊れ。」
うわさを聞いて、盗人がつけねらう。
そこら野っぱらに、襲いかかった。さむらいども、あっさり切られ、あとは逃げる。

二人女たちを背に、戦った。
二度の戦場往来、盗人どもうち伏せた。
「小村さま。」
「さすがは美濃さま。」
とりすがる女どもに云った。
「この五十両みなで別けて、散れ。」
「さよう、わしらには任務がある、縁があったら嫁にも迎えよう。」
ちった覚えた、さむらい言葉でいった。
なんせ退散。
「えっへえ、せめて十両に女二人ぐれえ。」
「だってさあ、あとどうする。」
大枚もったって、そうかあ一枚ぐれえといって、のうめんこ村めざした。
野こえ山こえ、峠の一軒家があった。
ばあさま一人住む、泊めてくれといったら、
「のうめんこ村とな。」
ばあさま、
「谷でくそひりゃ、あした朝のうめんこ村よ、ヒッヒッヒ。」
「いくつだばあさ。」
「百と一歳。」
「ひえーてえしたもんだ、屁たれりゃ、あの世へまっつぐ。」
ばあさまのうったそば食って、ぐっすら寝入ったら、ばあさま出刃包丁かざす。
「黄金一枚もってるだろ、出せ。」
「へえそうだったっけか。」
「とぼけんな、身ぐるみ脱げ。」
「アッハッハ、百一歳のばば、大枚囲ってなんとする。」
ばあさまきょとんとして、それからおーっと泣き出した。
「そうであった、おれはここで鬼婆して、人ぶっ殺して、ため込んだ金が一千両、おうおう、そいつをなんとしたらいい。」
目覚ましたら二人、やぶに露ぬれて寝ていた。
「へんな夢見た。」
「いやおらも。」
たら同じ夢見た。
二人のうめんこ村へ帰って、ひえとあわまいて、ちった田んぼもこさえて、水ん呑み暮らし。
戦でおんぼろになった衣装、つくろいなおしてかかに着せ、じっどのほうは、そいつでもって嫁貰った。
そうしたら、西のいわだん守と、東のたんがの丈の仲が、またあやしくなった。
「戦はよくねえ。」
二人がん首そろえて行って、はてどっちも門前払い。
のんのんさまの、松の木のばあさに聞くついで、ふっと思い出して、同じ夢の話した。

「鬼婆とな、たしか伝えある。」
たんまり貯めてそれっきりだったって話。
念のため、掘ってみべえといって、二人宿ったあたり行って、掘ってみた。
そいつが出た。
千両はなかったが、百両はある。
「うわー戦利品よな。」
「さんざ苦労のかいあって。」
といったが、
「だってさあ、人殺した金だ。」
「そんなこたあおめえ、戦ってなあ人殺し。」
えっへえ、こいつで橋かけようといった。 向こうとこっち、橋かけりゃ、戦にゃならぬ。
鬼婆の供養、これに過ぎたるはなし。
うわさぱあっと広がって、みなしてもって橋かけた。
鬼泣き橋といって、由来戦はばったり止む。



長兵衛地蔵

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ぐんじょうえ村に、しびると長兵衛という、子と父があった。
しびるは、おっかさねえなってから、口聞かん子になった。
口きかん子は、だれとも遊ばず、そこらで拾った犬を、名もつけずに飼っていた。
川にはまって、溺れかけたのを、どんきという大きい子が、助けたが、そのあといじめっ子になって、先立っていじめた。
犬はどんきが呼ぶと、ついて行く。
でもその犬と、しびるは、げんげ田転げまわって、
「ばかののみったかり。」
と、口きくのを、だれか聞いた。
長兵衛が、のちを貰おうとしたら、しびるが、真っ赤になって、もの云おうとする、

「そんだっておまえ、しようもねえだし、よくよくいってあるしな。」
長兵衛が困っていうと、
「あき。」
とひとこといった。
どんきは奉公に出た。
のちぞえのおっかさ、二年めの秋、風邪引いたがもとで死んだ。
「そうかあんとき。」
といったが、しびるももう、覚えていなかった。
二度めのおっかさは、着物を大きくこさえて着せて、しびるは、すそ踏んずけて歩いていたが、名もつけなかった、犬が死んだ。
土かぶせたら、赤のまんまが、ゆうらり生いつく。
しびるは、それかざして、
「こうやのほうや。」
といって、歩いて行った。
それっきり帰って来ない。
長兵衛はかけずり回り、人頼みしてさがすと、子はがけから落ちて、うっぷせになる。

息があった。
背中にぶって、あっちこっち行ったがだめで、清すの、げんのうさまで、
「こういう薬飲みゃ、なんとか。」
といわれた。
高価な薬だった、長兵衛は、田んぼに畑売ってまかなった。
しびるは生き返った。
口を聞く。
ものみな覚えて、目から鼻へ抜けるように、利口になった。
「田畑売ってまかなった、この上は、お寺さまへ上げるよりねえ。」
といって、長兵衛は、しびるを、坊さまにした。
村の寺には、大根や菜っ葉持って行ったけど、それから大寺上がって、もう会わなかった。
何年もして、知らせが来た。読んでもらうと、
「こりゃだいげん寺さま手紙だ。」
という、
「てっしゅうさま、長老さまんなりなさる、お式に親のおまえ呼ばれた。」
てっしゅうさま、しびるのこと、長兵衛は、なんもかも売って、祝儀こさえて、でかけて行った。
そのお式の立派なことは、
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
という言葉だけおぼえた、
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
ようもわからんが、お上人さまが来て、
「てっしゅうさまは、本山にまいる、えらいお方になられる。」
といった。
長兵衛は日ようとりして、暮らした。
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
今にえらいお方になる、
「そうじゃな。」
「きっとさ。」
と人々もいった。
十年過ぎたか、てっしゅうさまが、どこそのお寺にという、噂が聞こえた。
「たしかぐんじょうえ村の出と聞いた。」
長兵衛はたずねて行った。
日ようとりしたり、乞食したりして、一月の余も歩いたか。
年であったし、道っぱたに行き倒れ。
たすけ起こされた、
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
そういって、息絶えた。
「父ではない、仏じゃ。」
その人はいった。
「そっくりの風景であった、遠いむかしに見た、あまりのことに死のうと思ったが。」

てっしゅうさま、げんしゅう禅師はいった。
「さよう同じ仏の仲間入り。」
なきがらを葬って、長兵衛地蔵という。
辻っぱたのお地蔵さま。
げんしゅう禅師のことは、別に伝わる。



歌の池

とんとむかしがあったとさ。
むかし、いや村に、笹池という谷内があった。
美しいお姫さまが、お館とともに沈んだ、そのあとにできたという、伝えであった。

かんやという、笛吹きがあった。雪の水辺に吹けば、名手になるといわれて、寒の十日を吹いた。
 すると、美しいお姿が現われて、こう歌った。
山を深みしのふる雪のおとづれて笹の浮き寝をさひさひしずみ
かんやは名手となって、その笛の音に、何人もの女たちを狂わせ、その身はしまい、石になってはてたという。
のちに都の歌人がここを通って、
「笹をさひさひふる雪の」
と聞いて、その上が思い浮かばぬ、夢に美しい人が現れて、
「かんなびの、」
といった、それで、
かんなびの浮き寝の笹にふる雪の物狂ほしき恋もするかな
と歌ったという。
大現寺は、十町ほど西にあり、梵鐘を引いて来るときに、池の辺りで動かなくなった。観音経を誦すと、美しい女人が現れて、長い黒髪を切ってわたした。それをつなにないまぜて引くと、動いたという。次の二首が門前の石刻にある。
やまをふかみさのうきねにふるゆきのながれてなほもゆめのやまかは
かんなひのおほささこささふるゆきのすぎにしごとをおもひまどふな



うさぎ年

とんとむかしがあったとさ。
むかし、うさぎのご先祖さま、因幡の白兎は、沖の島から、わにの背中に乗って、やって来た。
わにとうさぎと、どっちが多い、そりゃわにだ、ようし数えてやろう、並べといって、並ばせといて、ひいふうみいようんぴょんぴょーんと、跳びわたって、
「やーいだまされだ。」
といったら、しまいのわにががぶっとやった。
生皮はがされて、泣いていたら、八十神が通りかかって、
「海水で洗って、日向ぼっこしな。」
といった。云うとおりして、火ぶくれになって、どうもならん、死ぬかと思ったら、大国主命が来て、
「真水にすすいで、がまのほわたにくるまれ。」
といった。うさぎはそうしてもって、もとの兎に戻った。
だから、うさぎの神さまは、大国主命であったし、いじわるの八十神からして、うさぎの敵はいっぱいいた。
でもどんどと増えて、もうわにの数の三万倍はある。
因幡の白兎から三三三一四代め、ほわた月夜之介の、二十四番目の子の、めいっ子の腹違いの、その友達の彼氏のまたいとこかなんかに、とろっこという、うさぎがいた。
ほわた月夜之介は、一跳びぴょーんと十三メートル跳んで、雪伝い、お寺の屋根のてっぺんから、十五夜お月さんに、跳びついた。これは惜しくも失敗して、寝たきりになったというけれど、とろっこはたいてい三メートルしか、跳べなかったし、笹っ葉食って、竹にはねられたときも、目を回しただけですんだ。つまりふつうのうさぎだった。
でもかたっぽうの耳を立てて、かたっぽうの耳を伏せることができた。これができるのは、もう一匹、しろっこという、うさぎだけだった。
きつねに追われて、しろっこと二匹、ともえになって逃げて、あっちへふりかえり、耳を伏せ、こっちへふりかえり、耳を立てやったら、さしも八十神の筆頭、性悪狐が、キャンといって目を回した。
とろっことしろっこと、ふうりという美人うさぎを、追っかけて、あっちとこっちで、伏せたり立てたりやったら、
「そうしていたら。」
といって、二人ふられてしまった。
「おまえがあほうだから。」
「おまえが間抜けだから。」
ふんといって、しろっこは、他の子おっかけて行ってしまった。
八十神の筆頭はきつねだとして、どうもならんのは、そりゃ人間だ。生皮むかれたまんまの、間抜けな格好して、獰猛なことは、ぜにかねというもんで、着物を着る、着れなくなると、首くくって死ぬ。なんの因果か、ばちあたりが、こっちの皮はいだり、なっぱもにんじんも食うくせに、うさぎや犬だって食う。
雪山に、わいわいおったてられて、十匹いっぺんに、とっつかまって、おったてた犬と、ごぼうといっしょに、なべになったっていうの聞いた。
「うさぎわなには気をつけろ。」
首っちょというんだそうの、うさぎはうしろへ下がれないって、そんなことあるもんか。
雪の夜はうさぎのものだった。
どうもならん人間の、なっぱや大根や、かこっておくの、ばりばり食ったり、杉の芽もうまいし、笹っぱが以外に栄養があるし、青木の赤いみも、ゆずり葉もまあまあ。
月明かりの笹やぶは、うさぎの恋の運動会、どっかに首っちょがあるって、単純だから剣呑だって、だれかいってた。
雪は二メートルつもって、とろっこはぴょーんと、はね跳んで、家の軒先を行き、縄のきれっぱしは食えぬし、つららの先から、跳び上がって、また跳び下りて、明かりの窓辺に、どうもならん人間の、女の子がいた。
「うさぎ。」
女の子は窓を開けた。
「そうねえ、雪があんまりふって、食べものがないんだ。」
女の子がいった。
(なべにして食うつもりだ。)
とろっこは跳んで逃げた。逃げてっからに、ばかにするな、女の子になんか、とっつかまるものかといって、引き返したら、窓明かりが消えて、雪の辺に、にんじんが置いてあった。
「わなだ。」
あれが首っちょだ、とろっこは本気になって逃げた。
次の夜もにんじんがのっていた。
次の夜はさらっとふって、その辺にもう一つ。
「ひっかかるもんか。」
とろっこは、あっちへ抜け、こっちへ抜け、それから耳を立て、耳をふせ、からかってやれといって、にんじんのはしをかじった。
えらくうまかった。
もう何日も笹っぱしか、食っていなかった。
ぐうと腹が鳴る、気がついたら、まるごと一本もうかじっていた。
「いかん。」
とろっこはつっ走る、もう一本がきっと首っちょだ、ひっかかるもんか。
次の夜も、やっぱりにんじんは二つあった。
つららの家には、八十神の何番目かになる、のろまの犬もいなかったし、筆頭よりも、わるがしっこい、猛烈猫は、冬のあいだ出張して、三キロ先の駅で、ストーブにあたって、人間のばかっつらを研究していた。たしかにあの猫は、同いねこにそういっていたいた。
あいつがいたら、寝たっきりになった、ほわた月夜之介もどうかと。
そのあいつを、
「キャワイイ。」
といって、めったくさにする女の子だ、獰猛っていうか、なりに似合わず。
ふう首っちょなんか、丸見えさといって、足が向く、口が向くといったら、腹から先、夢中で食ったら、
「二つあるのに、なんで一つ。」
女の子の声がした。
「もう一つお食べ。」
やっぱりだ、とろっこはまっしろけになって、逃げた。
それから行かなかった。
お月さんが、まんまるうなって、まぶしいっていうか、雪の山っぱらは、まっ昼間。

さらさら笹やぶは、月の向こうっかわの、銀河とつながって、うさぎの国。
とろっこはふーろの、もっと四倍も美しいうさぎ、しーろとおっかけっこ。
競争相手のくろっこや、どろっこを、おっぱらえたのは、そりゃきっとにんじんを食えたせいで、美しいしーろと二匹、笹っぱを食べて、笹っぱのふとんをしいて、さあてそれからっていうときに、どっかで歌っている。
「うーさぎ、うさぎ、
なに見て跳ねる、
まーあるいお月さま、
見てはあーねる。」
まっ昼間のような、月明かりに、女の子がそりに乗って、遊んでいる。
「うさぎの足跡いっぱい、二つ並んで前足、ちょんちょんななめに、うしろ足。」
それはまちがっていた、まちがいはたださなけりゃならぬ、とろっこはすっ跳んで、そりのわきをよぎった。
「あら、ちょんちょんが前足で、二つ並ぶのが、うしろ足。」
女の子は、そりを下りて、雪の辺に跳ねる。
「あっはっはあ、とってもむり。」
雪だるまになって、大笑い。
こわいってしーろがいった。
「おれがついてりゃ、こわいもんなんかない。」
とろっこはいった。
「あしたの晩は、おいしいディナーをご馳走しよう。」
とろっこは約束した。
美しいしーろを、つららの家の窓辺へ、つれて行った。どうかなと思ったら、にんじんが二つあったし、いもが一つに、青いなっぱもあった。
こわいといっていたのに、女というのはわからない、美人ほど、食いしん坊だというし、しーろはばりむしゃ、食い出したら止まらない、二本目のにんじんも、食って、
「二匹分て思ったのに、足りなかった。」
声が聞こえて、女の子が、もう一本にんじんを、つき出す、
「首っちょだ。」
とろっこはかみついた。美しいしーろを、守らにゃならん。
ほんとうは、こわくって後しざるはずが、どういうものか前に行く。
血がしたたる、
「いたーい、あーん。」
泣いた、だってうさぎの歯だもん、朴の皮だって、簡単にかじる。
たいへんだ、どうもならん人間の子を泣かせた、あしたは、いっしょに食う犬をおったてて、うさぎ狩りだ。
しろっこはしーろと逃げた。
三日たった、うさぎ狩りはなく、にんじんが三つに、いもがのっかって、雪の辺に、ほわた月夜之介よりも、ずっと立派な、うさぎの絵がかいてあった。
赤い目は、血ではなくって、南天の実。
しーろは七つのかわいい子を産んだ。
「そうか、首っちょなんて、なかったんかも。」
とろっこは思った。
そんなら、あの子にだけ教えよう、三三三三三代ほわた月夜之介のときに、アンゴラ大王が、天からふって来て、どうもならん人間に、取ってかわって、世の中はうさぎ年になるんだ。
でもまだいいか、あと二十代ある。



あれこのいたこ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、みつの村の、あれこ山には、荒神さまがあって、こけむす大岩に、しめなわ張って、社には宝剣が、祀られていた。
荒神さまは、男神と女神とあって、女神さまの飼う蛇が、いわだの葉っぱを食べて、うわばみになった。
飼い主の女神さまを飲み込んで、大岩にとぐろを巻く。
男神さまは、宝剣をとって、うわばみの腹を裂いて、女神さまを救い出した。
あれこ山には、いたこがいた。
「あれこおんばさら、うんけんそわか。」
ととなえて、刀を抜いて、頭上にかざし、一歩も動かずに、うねうねと踊って、倒れ込む。
そうして口寄せした。
おわって、なんにも覚えない。
よく流行った。
ある日男が、かか引っ張ってやって来た。
「これになんかとっついて、わかんのうなって困る。」
という、いたこは、刀をとって、
「あれこおんばさら、うんけんそわか。」
といって、倒れ込んで、かかの父親の声になっていった。
「おれ死んだとき、おめえはあれこ山向いて、ばりこいた。うんだでおれは、犬っころんなって生まれた。犬っころに生まれたはええが、おめえはおれに、ろくすっぽ飯まもくれず、ぶったったく、焼け火箸でひっぱたく、つらくってなんねえ、おれはそれ云おうとして、おうわんわん。」
いたこは犬になって、
「おうわん。」
と吠えて、それっきりもとへ返らぬ、
泡吹くばっかりであった。
たまにそういうことがあったという。
なんでかわからない。

2019年05月30日