とんとむかし12

青いかだ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人があった。
本名はわからない、浪人さんであったか、人呼んで、けんか安兵衛に、まとめ歌右衛門といった。
たとえば、こんな話があった。
夏であった。破れ屋敷に、昼寝していると、
「竹屋、さお竹。」
といって、竹売りが行く、
「金魚売りと、竹売りじゃどっちがその。」
とくり歌右衛門が、いっていると、
「売れんで止めた、置いてく。」
竹売りは、ばっさり竹を投げ出して行く。
飛び出して、
「おーい。」
と呼んだが、十四五本の青竹に、人影はない。
「へえ、よく担うものだな。」
とくり歌右衛門は、竹を担ってみた、せいぜいが五本、
「こんなんでは商売にならん。」
十本かついだり、七本になったりしていると、角屋のおかみさんが、昨夜の余り物など持って、やって来た。こぼしたくなると、顔を出す。
「とうとう食いつめて、竹屋おっぱじめたってわけ。」
「そういうこっちゃないんだが。」
「うちの塀垣直してくれる、その青いのでもってさ、うっふだいぶ痛んでるわ、払いの足し。」
「そりゃ竹屋じゃなくって。」
「ひどい話っていうとね、山善の番頭がさ、汚い遊びして、好きな男ほどけちだっていうけど、人のおしりまでさわっといてさ、玉代負けろって、いけすかないったら、あんなんでよく商売できるもんだわ、おさむらいみたい、しゃっぽこ顔。」
「しゃっぽこ顔って。」
「そうよ、人のゼニで遊んどいて、よきに計らえってんでしょう。」
「いやわしはその。」
「あらとくり旦那もおさむらいだった。」
忙しいっちゃいっとき余り喋って、帰って行った。
あくる日、十四、五本の竹を二度に担いで、とくり歌右衛門は、角屋へ行った。
「なにしに来た、お店はまだ。」
「いや塀垣直せっていうから。」
「あらそうだったアッハッハ、でもとくりの旦那に直せるかな。」
角屋のかみさんはいった。竹を波模様に編んで、すかしの入る、しゃれた塀垣。
「さし替えてきゃいいんだろうがさ。」
昼までにというのが、とくり歌右衛門四苦八苦、夕方終わってきゅっといっぱいたって、
「あらとくりの旦那が、植木屋って、いくら払いがたまったっても、オッホッホおかみさんもまあ。」
 うるさい女達がやって来た。
竹というのはままならぬ、半分にそいだつもりがそけ、
「塀垣ってよりも筏。」
「さわると手切れちゃう、昼下がり手切れの三本松。」
「それをいうんなら、とっくり深情け手切れの青竹。」
これは駄目だ、植木屋雇ってなんとかしようと、歌右衛門そのまんまして、歩いて行った。この時期いつも入るお金が入らない、楽な仕事があったのに、なんにもいってこん。
十番町を右へ回ると、
「ひょうたんなまず」
という、看板がぶら下がる。
なまずというより、たぬきそっくりの親父がいた。
「なにかいいのあるか。」
「いっひっひ、相当お困りのようで。」
まっ黒い歯して笑う、表向きは古物商なが、
「物交でな、植木屋頼んで、塀なおしてくれ、角屋の。」
「なんとね、ああゆうとこは三倍方。」
土倉屋敷の留守番という仕事があった。
川っぺりに、幾つか並ぶうち、これは年数がたって、なんでも倉庫業というか、お役人から商人、札差小悪党のたぐいまで、品物預けてほっておく、寝かせておけば儲かるという。
浪人寝かせてどうなる、がらんどうだった。
「たいていなんにもねえですな、とくりの旦那となりゃオッホッホ。」
たぬき親父がいった。
二日めに忍び込んだのがいた。
首根っこ押さえると、なにやらわめく、
「川野の身内と知ってか。」
三下だ、
「だからなんの用だ。」
「い、いて、様子見てこいといわれただけだ。」
しめあげても、どうってこたない、おっぱなした。留守番雇い主の、志田というさむらいが来て、
「忍び込んだのは、ふんじばっといて下さい。」
といった。
「そうかい。」
といって、うたた寝していると、また二人忍び込んだ、今度は屈強で、鞘ごとぶったたくより、仕方なかった。
「川野の身内か。」
「知らん。」
泥を吐きそうにない、志田が出た。
「いえどうってこたねえんです、あと三日ばかり、ここから出さんようにしときゃいいんで。」
「地回りの身内が、肝だめしってこっちゃあるまいが。」
志田はうっふと笑った。
一日たって、また忍び込んだ。
頭はげて、どう見たって、
「なんていうこった、がらんどうだ。」
 押さえ込まれて、中年がいう、
「山善の番頭を出せ、わしらは大枚を注ぎ込んだんだ、どこにもおらん、あいつはここにおる、一千貫の昆布といっしょにな、いやさそいつの空手形とな。」
とくり歌右衛門は、中年に聞いた。
「松前船の昆布を、係のお役人が横流ししたという、そりゃお偉いさんで、たしかにそういう。」
念のため、現物をさぐらせたら、そいつが梨のつぶて。
「ぐるんなって悪いことしようという。」
「いえそうじゃないです、緊急のお金を用立てるということがあって、わしら商人です、寝せときゃ値が出ます。」
どうもまっとうらしい。志田が来た。
「そのおいぼれも、あと二日ほど。」
とくり歌右衛門は、志田にあてみをくれた。地回りも、はげ頭の商人も、おっぱなして歩いて行った。
松前船の取り扱いは吉野重兵衛といって、きわめて温厚な人物だった。
「いやそんなことはせぬ。」
といった。
「しようにもなにも、船が潮をかぶって、御献上の塩引きまで用無しになった、昆布ずらない。」
責任を取って、海野十三という役人が、えぞの地へ赴く。
飛ばされたっていうことか、とくり歌右衛門は、役宅へ回った、海野はいなかった。

松前船は二日後に出る。
山善の番頭もいない。海野十三は知っている、面白い男で、
「はて、そんなあこぎなことは。」
でも海野が、遊ぶ金欲しさの山善の番頭を利用したんだ、さがしまわって、なんのことはない角屋にいた。
五人いる女のほかに、別誂えもいて、派手にやっていた。
下役のさむらいもいれば、商人もいる、山善の番頭もいた、土倉屋敷で押さえ込んだ、はげ頭も。
「あら貧乏どっくり。」
女達が酔っ払っている、
「ほうとくり歌右衛門ていうお人だ、いい声聞かせて貰おうか、まとめ歌。」
海野十三がいった。
「わたしを押さえたのはこのお人です。」
はげ頭がいった、
「まさか、ほんものは十番屋敷とは知らなかったもので、あっはあたしかにありましたとも。」
「潮かぶった残りか。」
とくり歌右衛門はいった。
「おれの仕事は猫またといってだな、御献上の品、塩引きの毒味役だ。アッハッハあの塩っぱいの、箸つけて見せるってことか。上下つけると、そっくりだっていう人がいてな。」
歌右衛門はいった。
「今年はそれが、キャンセルになった。」
「なんのこった。」
と、海野十三、
「潮かぶって駄目になったんだ、昆布はないよ。」
「海野さま、もしや。」
商人が詰め寄った、はげ頭と山善の番頭も、
「わっはっは、なんだあもう飲み飽きたってかい。」
と海野、
「ここでどんちゃん騒ぎして、頃合見計らって抜け出そうという、沖には松前船。」
「そうさひぐまとな、雪ばっかりの帰りなしっていう、さいはてのお勤めだ、江戸の女と酒で、ちったあ羽目外したって、ばちあたらんだろうが。」
海野十三は開き直る。
「わたしらの大枚はどうなるんです。」
「ここのつけといっしょに、吉野んとこへ回しとけ、やつめスキャンダルには弱いで、なんとかするだろ。」
さあ大騒ぎになった、
「わたしらもいっしょにってあの。」
下役がいう、
「うるさい、楽しんでたではないか、女と、それに欲の皮突っ張った問屋ども、いいめも見させてやったし、こりゃ税金だ、いや餞別か、わっはっは。」
とうてい収まりようになく、とくり歌右衛門がいった。
「わり食った海野さんかい、あんたを二年もすりゃ帰れるよう、なんとかしてみよう。で、そんとき連中の大枚分、船に積んで来い。また潮につかったら、そりゃ運がなかったな。」
それよりなく。
角屋のおかみが来た、
「あんまり待たせて、帰ってしまいましたが、ちょきが。」
という、さすがの海野が青くなった。
「船へはどうやって行きゃいい。」
「いかだがある。乗ってけ。」
とくり歌右衛門がいった。



富士山

とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人がいた。
本名はわからない、浪人さんであったか、人呼んで、けんか安兵衛に、まとめ歌衛門といった。
こんな話があった。
冬だった、雪まじり雨が降る、とくり歌右衛門、傘さして歩いて行くと、鉄砲弾のようなのが、ふっ飛んで来た。
「ばかったれめが、前見て歩け。」
見りゃ、吉井のくまぞうという、下っ引き、
「こりゃとくりの旦那、失礼しました、世の中剣呑てやつで。」
「なにかあったか。」
「心中でさあ。」
という。
「この寒空に、川ん中飛び込みやがった、それも貞節の聞こえも高い、山善の姉さんと、四つも年下の、こうぞうってのなんだが。」
「そりゃたいへんだ。」
たいへんだ、下っ引きは去る。山善の姉さんは、美しいというより、清うげな感じの、こうぞうって、どっかで聞いたような。
不義密通は、御法度だが、地獄耳の、角屋のおかみさんは、
「あれはきれいに晴れて、富士山の見えた日。」
といった。
三日前から行方知れずで、どっちとも、そんなだいそれたことするって、
「世の中わかんない。」
あんな大人しい姉さんがという。
「西方浄土は夕日の向こう。」
鬼ばばの涙。
小太郎がやってきた。
近頃めったに来なかったが、
「男と女の仲って、どういうこった、親分さあ。」
と聞く、
「こうぞうって、おれより年上で、ともえ組の副長でさ、なんせまじめばっかの、心中のかたわれなんてとっても。」
そうか海賊仲間の、
「おれはわかんなくなった、世の中って面倒なんか。」
「世の中って。」
男と女の仲だ、よっぽど勉強しなきゃあって、そういうことは姉に聞け、いや義兄さんにさ、だめだ、おさよ平之介なんて、三つのときから許嫁やっていて、手一つ握れねえって、犬のうんこだあ、だれも拾わねえ、これそんなこというな。やっと追っ払ったと思ったら、仲間四人も連れて来た。
「舟宿に入り浸りっていう、とくりの旦那だ、そりゃもうくわしいぜ。」
と、小太郎、
「とっくりと聞こう、男と女のあれさ。」
「うんあれな。」
「そうだ、おれっちも。」
「親とやこうっていう前にさ。」
ぐるり取り囲む、歌右衛門は弱った。
「心中の現場へ行こう、そうさ、ことはそれからだ。」
といった。うまく乗って来た。
大川っぱたには、波が打ち寄せて、枯れあしの向こうに、今日は富士山は見えぬ。
もうなんにもないはずが、ちらっと何か光る。足袋のこはぜだった。
「こいつは女物だ、立派な手がかりになる。」
小太郎の手に載せると、中途半端どもが、急に探偵団になった。
「そうさ、あいつがへんなことするわけがねえ。」
「仕組まれたんだ。」
「このこはぜが物を云うぜ。」
なんせ捜し回る。歌右衛門はおっぱなして帰って来た。
そうしたら、何日かたって、とつぜん呼び出された。紙谷三兵衛というお役人が、番所で待っていた。
山善の若旦那と番頭がいた。こうぞうの母親という人がいた。
「さっそくだが、こういうことだ。」
紙谷三兵衛がいった。
「心中者の揚がったあとに、足袋のこはぜがあった。左っかわのいちばん上だ、片づけるときにはじき飛んだらしい、二人とも白足袋を履いていたんだ、男の足が大き過ぎた。」
どうもいやな予感がした。
「こうぞうさんは一年振りに帰って来た、そうだな。」
お役人は母親に聞いた。
「そうです、父親の三回忌でした。」
「今のお店では素足であったという、番頭さん、そうですな。」
「はい、山善にいたときはお茶出しで、白足袋履いてましたが、向こうのお店では、丁稚奉公の外回りでして。」
はげかかった頭を下げて、番頭がいった。
「二人に足袋を履かせて、似合いの心中に見せかけた、それはそいつが、印象的であったしという、そこにおられる、とくり歌衛門どのが、推理して、この通りわたしのもとへ、手紙をよこした。」
紙谷三兵衛はそういって、手紙をさしだす。
「調べてみると、はたして。」
山善の番頭が、相当の使い込みをしていて、
「こうぞうは大旦那の隠し子であって、若旦那もとやこういわぬのをいいことに、彼を脅して、帳場の金を盗ませていた、そうだな番頭さんよ。」
「いえその。」
「番頭さん、あなたはやっぱり。」
しんねりと若旦那、
「帳場のゼニのような、はした金では。」
「なんとな。」
たしかに穴をあけたお金は、そんなものではなく。角屋のいくという、なじみの女を後ぞえに上げてー
「め、めっそうもない。」
番頭はあわてる、ちょっと待ってくれと、とくり歌右衛門はいった。
「二三日でいい。」
お役人は承知して、とにかくその場を抜け出した。
あくる日こうぞうの母親に聞いた。
「大旦那の隠し子ってのは嘘だろう、なぜだ。」
「うそです、でもそうしとけって。」
「若旦那がいったんだな。」
「はい。」
それから若旦那を、お宮の境内あたりに呼び出した、
「別に白状せんたっていい、瓦版が大喜びでとっつくが。」
「それは。」
若旦那は女には興のない男だった、表向き嫁を貰って、こうぞうのような少年に手を出す。
「くせはしょうがないったってな。」
番頭にもゆすられて。
紙谷三兵衛には、小太郎の探偵ごっこから、くわしく話した。
よくできの男で、たいていは納まった。
「そうかやっぱ心中なんか。」
小太郎がいった。
「大人のどすぐろいってんじゃなくってな、同情心中か。」
とやこう聞かれたら、なんせ弱っちまう。
「富士山がきれいだったんだ。」
感に耐えて小太郎がいった。
「足袋をとり違えて、姉さんが履いた、それっからさな、一年たったら、こうぞうさんの足大きくなってた。」
「うんそれはわかってたんだ。」
中途半端がつったつ。
どうやら富士山が見えた。



とんぼ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人がいた。
本名はわからない、浪人さんであったか、人呼んで、けんか安兵衛に、まとめ歌右衛門といった。
たとえばこんな話があった。
まだ風のうらっ寒い夕方、下っ引きのくまぞうというのが、だれか連れて来た。
「とくりの旦那、お知り合いだそうで。」
はあてだれであったか、
「花田仁左衛門と申します、お初にお目にかかります。」
うっそうとした、田舎侍、
「一手御指南願いたい。」
「なんとな。」
下っ引きは引き上げた。
「ここは町道場ではないが。」
「かまいません。」
そっちかまわぬたって、
「先生は柳生の、市井ではたったお一人、免許皆伝と伺いました。」
めんどうになった、とくり歌右衛門は、そこらへんの棒きれをとって、
「これでいいか。」
といった、用意の木刀をとって、花田仁左衛門は立ち向かう。かなりの腕前であった、ごう腕である、馬庭念流かというと、
「はい。」
といって、そこへかしこまった。
「いえ、それが今度び、示現流につこうかと思いまして。」
という、
「示現流とな。」
「天下無敵の剣です。」
「ふうむ。」
何流だって天下無敵、海内無双というが、
「明後日入門の立ち会いがあります、先生に見定めて欲しいのです、邪剣かそうでないか。」
「それでわしを見に。」
「わたしの腕をまず見ていただいて。」
都合のいいやつだ。
どうもひっかかる、歌右衛門は承知した。
破れ寺の門前であった。へんな試合だった。
花田仁左衛門という、そのごう腕が仁王立ちするのへ、およそ八間の間合いをふうっとつめて、ぽんと打った。
ひっかつぐような剣。
歌右衛門は戦慄した。
「万が一にも勝てそうにないな。」
正直にいうと、先は清うげに笑う、波のような身のこなし、
「失礼しました、わたしは井草三四郎と申します、示現流について五年、ようやく二の位まで行きました。」
という、
「はいあれは、とんぼといいます、大上段他無駄が多すぎます。」
秘伝もない、逐一説明する。
スピードだけが物を云う、他にはない。
「恐るべき品じゃな。」
「はい、いらんものはいらんです。」
なるほど、歌右衛門は歩いて行った、宮本武蔵も柳生石舟斎も、いい面の皮だ、やっとうの術も五輪の書もない。
なにしろ歩いて行った、柳生屋敷へ、
「待てよ。」
きびすを返す、頼まれたわけではない、いつだってそうだ、大目付けだと、
「ずるいったらさ。」
とくり歌右衛門は、角屋へ上がり込んだ。
「大ばん振るまいだ、じゃんじゃん持って来い。」
「はいはい、でもねえ、払いはどうなるんです。」
角屋のおかみさんがいった。
「硯と筆をよこせ。」
とくり歌右衛門は、なにやらしたためて、
「こいつを柳生屋敷へ持って行け、大枚が入る。」
といった。
「やですよう、ばっさりやられる。」
とにかく持って行った。
信じられぬほどの大枚が来た。
「あのこれ。」
「いいからきれいに使ってしまえ。」
どんちゃん始まった、舟宿は貸し切りになって、女たちは歓声を上げて、好き勝手している、鬼ばばのおかみさんまでえびす顔。
(掃除をさせようたって、できる相手ではない。)
とくり歌衛門は飲んだ。
「これ阿呆どっくり、おかんが冷めちゃってる。」
「そうよいつだって冷や酒のくせして、はいどうお馬走れ。」
赤いけだしが歌右衛門にまたがる。
植木屋がいたと思ったら、小太郎と腰ぎんちゃくがいた。
「男と女の道だって。」
「あら知りたい。」
腕を組んでわらべ歌を歌っていた。
(人畜無害だあれは、一の位ーよそっことの入る余地はない。)
三日いつづけて、破れ屋敷に帰ってみると、花田仁左衛門がいた。
「どうした化けの皮、故郷へ帰らんのか。」
「柳生から刺客がやって来ました、襲った三人みな討ち取られて、大先生と、井草三四郎どのは、行方知れず。」
化けの皮がいった。
「わたしはどうしたらいいか。」
刺客を向けたと、
(手をつけるなと、あれほどいってやったのに。)
大枚の意味ははて、
「弟子になったのです、田舎へ引き上げるわけには行きません。」
花田仁左衛門がいった。
「わしにどうしろと。」
「大先生の居場所を知りたいんです。」
虫のいいやつが、とくり歌右衛門はめんどうになった。花田仁左衛門をつれて、歩いて行った。
大先生とその弟子は、薩摩屋敷の別邸にいた。
柳生から身を隠すとなれば、
「あなたさまを警戒する気には、なりませんでな。」
大先生なる人は、とくり歌右衛門にいった。
小柄な好好爺という。
「この田舎侍を引き取ってくれ。」
歌右衛門はいった。
「一の位は無理だが、二の位をめざすころは、化けの皮も吹っ飛んでおる。」
「わかっております。」
好好爺は笑った。
一瞬鳴りとよむような。
 花田仁左衛門がそこへかしこまった。
(ばかな、そいつが柳生流だってのに。)
とくり歌右衛門は引き上げた。
あわよくばって、高足を三人殺して、薩摩に人を入れたつもりだろうが、
「うっふう。」
とくり歌右衛門は笑った。
「ゼニだけの仕事はせにゃな。」



あんべえさんの話

とんとむかしがあったとさ。
むかし、大塩村に、あんべえさんという人がいた。
剽軽もので、貧乏人のくせに、人を笑わせることしか考えなかった。
よう稼ぐかあちゃんがいた。
寝るのが、たった一つ楽しみという、
「うちの沢庵石が。」
と、あんべえさんはいった。かあちゃんはどんと太って、あんべえさんは痩せて、いばってばかりいるくせに、婿どんだといった。
「どんと重石でもって、やせの婿どんは、ぬかずけ。」
「いい塩梅のあんべえさん。」
「そろっとどっかへ売って来るか。」
「買う人あったら。」
太ったかあちゃんは、風呂入ったら出て来ない、やせのあんべえさんは、からすの行水。なんでも、
「おいかあちゃん。」
といって、やらせといて、風呂焚くのは、好きというか、あんべえさんの仕事。
「かあちゃんおっかねえ、むこどんは風呂焚き。」
人が聞いたら、ほんきにするって、かあちゃんがいう、だってほんとだもんて、あんべえさん。
「おぎゃあと生まれて、
うぶ湯つかって、
なんまんだぶつ、
死んだら湯かん。」
あんべえさん歌う、
「どっきたねえったら、
浮き世の垢、
あの世へ行ったら、
かまゆでだ。」
火焚いていると、からすがかあっと鳴く。
「あれ、おふくろが鳴いてらあ。」
とあんべえさん、十年前のうなった、おふくろさま、死んでからすになったという。

「まっくろんなって、稼いでさ、田んぼ畑つっつきまわして。」
おらあほうだで、心配して、かあっと鳴くんだといった。
風呂桶作ろうといって、竹のたが編んで、三回作って、三回ともしくじった。
「風呂できる前に、まきができた。」
といっていたら、見かねて、かあちゃんのお里から、
「これでよかったら、つかってくれ。」
といって、中古の風呂桶持って来た。
でもって、
「むこどんは、風呂桶持参の嫁さんに、風呂焚かねばならん。」
と、あんべえさんはいった。

冬にはどっさん雪が降る、三回四回あんべえさん、屋根に上って、雪下ろしして、あるとき屋根から、落っこちた。
ぴえーと吹雪して、雪に埋もれる。かあちゃんやっと見つけて、みなして掘り出して、なぜたりさすったり。
あんべえさん息吹き返した。
「だめかと思ったが。」
いうと、
「おふくろが迎え来た、おらかあちゃんおいて、行かれねえっていうと、おふくろからすになって、おらの口入って来る、うわわめいたら、おめえの好きな飴玉だといった、まっ黒えあめ玉、うんめえっていって、なめてたら生き返った。」
と、あんべえさんはいった。

なんせよかったといって、みなして雪下ろしてくれた。
「ならごっつぉする。」
あんべえさんいって、うさぎわなかけた。
うさぎ取りは、人のものはおれのものという、強欲の余市が、名人だった。うさぎは取れぬ、余市に頼んだ。
余市は三羽取った。いくらだって聞いたら、
「いいよ、お宮のあっこ、伐らせてくれりゃ。」
といった。お宮にかぶる雑木、あんべえさんが伐ってもいいことになっていた。
「へえ、そうかい。」
といって、あんべえさん、とっときのどぶろく出して、三羽のうさぎ、ごぼうと野菜と、ぐっつぐつ煮て、みんな呼ばって、わっとやった。
「月のうさぎも、雪下ろし、
死にぞくないの、あんべえさん、
どぶろく飲んで、踊りおどって、
ぴょーんと跳んで、月の中。」
なんだって歌うのが、あんべえさん、みんな酔っ払って、明け方まで。
強欲の余市、お宮の木は、その年っきりと思ったら、毎年伐る。
そのうち、
「ここはおらの山だ。」
といい出した。
「うさぎ食ったむくい、
お宮ん太鼓のばちあたり、
山取られてあんべえさん、
どんさんやっぱり雪が降る。」
だってさ。

せんど川が大あばれして、あっちこっち田んぼ埋まって、橋も落ちて、たいへんな年になった。
村役が、あんべえさんと、作造だった。
「今年のお年貢へらしてもらわねば。」
といって、二人して、願い出た。
お役人がかたぶつで、らちあかん、
「見に来てくだされ。」
というと、
「三ケ村にかかる場合には。」
という。だっておらとこたいへんだ、どうしよう、
「そうだ、田口さんに頼もう。」
といって、たずねて行った。
田口さんは、前のお役人で、よう面倒見てくれた、今は奉行所にいなさる。
会ってはくれたが、
「おれももう年じゃ、役に立てるかどうか。」
といって、白い眉毛ふる。
作造は、
「村人難渋しとりますけに、ここはなんじょう一つ。」
といって、座り込んだ。
「水は天下の貰い水、とくら。」
あんべえさん、
「ひでりんときもあるわいな、
どうしようもねえったら、
がきゃ泣いても、お奉行さん。」
と云ったら、
「おまえはあんべえ、思い出したぞ。」
と、田口さん、
「なつかしいのう、大塩村。」
「へたなこれ、まだやってなされますか。」
あんべえさんは聞いた。
田口さんに、釣りの手ほどきしたのは、あんべえさんだった。
「へたなもんか、今では名人も名人。」
ひとくさり、釣りの自慢してから、はたと膝打った。
「お奉行さまに、教えたのはこのおれだ、あんべえ、おまえの孫弟子だな。」
そうさ、せんど川につれて行こう、お奉行さまを、大塩村になといった。
ことはそのとおりになった。
その年のお年貢は、免除になったそうの。

えらい暑い日だった。あんべえさん、かあちゃんにせっつかれて、草刈りやっていたが、「いーあちい。」
ふんどし一つになって、川へ行く、ふきの葉っぱ頭にかぶって、ひたりこんだ。
二人ばかり、通りかかって、
「ふうあちい、おいあれあんべえだぜ。」
「むこどんだっちゃ、さぼってばかりいるやつ。」
という、もう一人増えて、
「どうだ、あいつを水から出したら、一文。」
といって、かけをおっぱじめた。
「おういあんべえ、いいあんべえかよう。」
声かける、
「けつのあたり、どじょうがいかねえか、ぎんぎ入り込むと、出てこねえぞ。」
「けつの穴しめるで、でえじょぶだ。」
あんべえさん、こそっともせぬ。
「むこどんよう、かあちゃん風呂焚いてくれってよ、さぼっててええんか、ふんどし流れるよう。」
「草刈り途中だ。」
「草伸びるよう。」
「こっちふんのびた。」
どもならん。
「そうだ、やぞうんとこの犬、おめえっちのにわとり食った、犬ってな血見るときちがいんなって、次から咬み殺す。」
「食ったもなしょうがねえ。」
「あほう。」
「えっへえ、今日はとり鍋だあ。」
だめだ。
「これ強欲余市が、かあちゃん寝取るってさ、人のものはおれのものってな、そうやってる場合か。」
「沢山石の、かあちゃんも、
ふきのしゃっぽの、
夢見るてや、
寝取られた。」
なんか眠ったそうな。
「お、ありゃなんだ。」
「火事だ。」
ほんに煙が見える、
「てえへんだ、ありゃ太兵衛んあたりだぞ、こらあんべえ、ほんきだ。」
「行くぞ。」
みんな行ってしまった。
「その手は食うか。」
あんべえさんひたっていたら、どっかおかしくなって、ぼああと一発、ぷくぷく、
「ひやあくせえ。」
つったち上がった拍子に、ふんどしほどけて流れて行った。
「これ待てえ。」
火事騒ぎだっていうのに、あんべえさんふんどし追っかけていた。

三太郎というのとあんべえさん、町方へ買い物に行った。お宮さまの幟おんぼろけになって、作りかえる。絹一疋買って、ついでにくわがら三太郎は買って、あんべえさんはかあちゃんにくし買った。
「婿どんはつれえだろ。」
「うんそういうこった、でもってどっかでいっぺえやっか。」
二人は三好という、のれんをくぐった。
いもの煮ころがしに、とくり一本飲めば、あんべえさんは足りる。
「もういっぺえ。」
三太郎がいった。
「じゃもういっぺえだけ。」
というのが、三ばいめになって、三太郎はすっかりできあがる、書家の次郎兵衛さまに、のぼりの字書いてもらう、その礼金もってたのがいけなかった。
「いもの煮ころがし、
ごーろごろ、
いいあんべえの、
もういっぺえ。」
ちんとん箸叩く、
「がきゃ泣こうが、
かかわめこうが、
三べえ飲んで、
三太郎。」
「次郎兵衛さまは、
墨すって、
なんまんだぶつ、正一位。」
「三好よしのの、
うばざくら、
猿んけつだて、
大明神。」
すっかりごきげんで、帰ったはいいが、いったいだれが、お宮の幟書く。
「弱った、だれかいねかや。」
「字見えるもんなんていっかや、どあほ。」
仕方ないあんべえさん、硯と筆借りて来て、ところどころ破けた、古い幟の文字たどった。
「豊年満作天地皇光、正一位稲荷大明神。」
えらいいっぱい字ある、大汗してなぞくった。
「豆年流作大池星光、上一仁稲何人月神。」
それ押し立てたら、変な字だとは思ったが、たいていだれも、文句はいわなかった。

通りかかった人が、つったちつくして、はてなと思案する。

かあちゃんの姉の、十も年上のおつねさは、しゃべり中気といって、しゃべり出したら止まらない。だいこん一本持って来て、半日いる。
「あの人むこ取りだから。」
「おらもむこどん。」
「ごはんちょっと遅れりゃ、ぶうぶういって。」
たくあん石のかあちゃんは、笑う。
かちゃんが出たあと、おつねさが来た。
「そうかや留守だば、そんなば。」
残念そうで、うっかり、
「まあ、上がれや。」
いったら、上がり込んで、
「でまあ、わしらんとこも池あるで、太兵衛の持って来たそのどじょう、ああいれとけいっただ、どじょうなんておら貰ったと思ってた、むこどんだって、たいした好きでもねえ品、だからやだってのもなんだ、入れとけいっただ、それ秋んなったらやって来て、水揚げするだべ、どじょうけえせっていう、水揚げしたらどじょうなんてどこにも見えね、地にもぐったって、そりゃそったもあらあが、人さまに聞いたらどじょう逃げるってえ、雨ふった晩なと地面はって逃げると、おらあちは山清水で、山清水だからどじょうしまってそんでもってうんめえたっても、どじょうにょろりっちゃ、おっほう太ってもっとやっけえもんが、ー 」
おっぱじまった、
「うんそりゃあ。」
とか、相槌打ったってうたなくたって、
「今年のだいこはようできすぎて、そりゃこやしくれんなってむこどんいっただども、わしらこやしくんねなんて、じっさまの代からそんげな。」
「へえ。」
「うんだから山行くときゃ気をつけにゃなんねえ、庭先へ出るだぞ、そうでねえまむしのこった、出のじっさま咬まれてもって、あんまり切ねえで、台所行ってなめくじ取って飲んだ、ほれ三すくみっていうでねっけ、蛇にゃなめくじ、蛙にゃへび。」
「はい。」
さすがのあんべえさん、目ん玉こーんなにして、どうしようばたって、半日いて、おつねさ帰って行った。
「おら死ぬとこだった。」
かあちゃんにいうと、
「あら存外だねえ、ただ聞いてりゃいいに。」
相槌打ってもうたなくっても同じ、あんな気の楽な人いないっていった。

2019年05月30日