とんとむかし13

あかえい

とんとむかしがあったとさ。
むかし、にいはま村に、よっこという漁師があった。
あるとき、嵐に、舟はくつがえって、よっこは荒海に投げ出され、見知らぬ島に、ただよいついた。
島には美しい娘がいた。
泳ぎが達者で、おいしい魚や貝をとって来て、よっこに食べさせ、
「どんざん波の、
寄せ返す、
日はくうらり、
ねりや衣、
だし風吹けば、
降る雨の。」
と歌って、同じように美しい妹と、けわしい目をした兄が来て、
「どんざん波の、
寄せ返す、
月はくうらり、
ねりや衣、
満ちては海の、
引いてはしずく。」
とまた歌って、くじらのまっ白い骨と、青いこんぶと、赤いさんごとで、よっこと美しい娘の家を建て、二人はそこへ住んだ。
楽しい日であったが、よっこが思い出して、
「村へ帰りたい。」
というと、
「さんごが白くなったら。」
と、美しい妻は云った。
赤いさんごは白くならず、美しい妻はみごもって、産み月が来ても、泳ぐことを止めぬ。
「どうして止めぬ。」
と聞けば、
「だって泳ぎたい。」
妻はいって、その子は海に流れた。
よっこは村へ帰りたかった。
藻くずをよせて、火を燃やせば、うっすら煙が立つとみるまに、妻が消やす、
「煙を見てあかえいが来る。」
と云った。
「あかえいってなに。」
「恐ろしいばけもの。」
美しい妻は、みぶるいした。
次の子も流れた。
よっこは火を燃やした。
煙に赤いさんごが白くかわる。よっこは妻を呼んだ。妻もけわしい目をした兄も、美しい妹もいなかった。
沖へ舟が来た。
ふかひれを取る舟だった。赤い布を巻き、赤いふんどしの男たちが、もりを投げる。

鮫の血で海はまっ赤に染まる。
よっこはその舟に拾われた。
その夜、妻の声を聞いた。
「あたしも兄も死んだ、でもあたしたちの二人の子は逃がした。」
どんざん波に、くうらり月の。
「引いてはしずく、
満ちては海の。」
よっこが歌うのか。



三姫将軍

とんとむかしがあったとさ。
むかし、どっこ村に、からろくべえという力自慢と、いっとうだという韋駄天と、しんげんさいという刀使いが、住んでいた。
三人は大の仲良しで、
「三人よれば、この世にこわいものはない、では武者修行の、旅に出よう。」
といって、三人そろって、旅に出た。
どんどん歩いて行くと、たんだ村に、まっくら闇夜のお化けが出るという。
姿を見たものはいない、その指にふれて、人をうらっかえしにするという。強いものは弱くなり、男は女に、女は男になって、年よりは子供に、死にそうなのは赤ん坊になる。
「からろくべえはからっきし力なしに。」
「いっとうだは足なえ。」
「しんげんさいははしも持てぬ、どうしたらいいだろう。」
三人は、たんだ村神社に、こもってお祈りした。お告げがあって、井戸の水を汲めという、汲んで飲むと、からろくべえは力なえ、いっとうだは足なえ、しんげんさいは刀もとれなくなった。
そうして夜を待った。夜がまっくら闇夜になっていった。
「まっくら闇夜は、世界最強。」
「そんなことはない、どっこ村の三人。」
といったら、まっくらがりがその指にふれる。からろくべえは力自慢になって、まっくら闇夜のお化けをほうり投げ、いっとうだが韋駄天になって、逃げるのへ足をかけ、しんげんさいが抜く手も見せず、切りつけた。
「やっつけた。」
といって、夜明けを待つと、なんにもなし。
「どうしたこった。」
と見合わせる顔は、三人女だった。
「恥ずかしい。」
「オホ。」
「もうもう村へ帰れない。」
どうしようといって行くと、まっ白い犬が、あとになり先になりする。
りっぱな松の門がまえ、
「しろが帰った。」
「一月ものあいだ、どこへ行っていた。」
といって人が飛び出す、犬がとびつく、
「はあておまえさんたち。」
という、
「ひげが生えたり、 そんないかつい手足して、うちの弁天さまに、お参りしな、きっとちった美人になれる。」
といった。
どっこ村の急に三人女は、他にすることもなし、お参りした。
ぴっかり美しい弁天さま。
「はあや、なんてお美しい。」
ため息ついたら、三人とも男に戻った。力自慢のからろくべえに、韋駄天のいっとうだ、刀使いのしんげんさい。
にっと笑もうて、弁天さまが口を聞く、
「わが生国エチオピーアに使いに出した犬が、帰りたがえてお化けになった、もとへもどしてくれて礼を云う。」
といった。
三人は天にも上る心地になった。
しばらくは、どこをどう歩いたかわからない。
ぞっと正気にもどったら、高札が立つ。
「いや城のお姫さまが、おおかみどもにさらわれた、首尾ようつれ戻した者に、褒美をやる。」
と書いてあった。
「姫さまとな。」
「きっと大枚のごほうび。」
「これぞわれらが仕事。」
三人はおおかみどもの、とりでへ向かった。
入ったら出られぬやわたの森に、つうるりなめとこ川があって、断崖の上に、おおかみのとりでがあった。
おおかみどもは、いや城の姫さまに、身の代金三十万両という、
「それじゃ褒美は一万両は。」
「人助けだ。」
「行こう。」
といって、つうるりなめとこ川は、急流で、韋駄天いっとうだの足もどうかと、そうしたら、白いあの大きな犬が、背中にわらじを担ってやって来た。
「しろを救ってくれたお礼。」
と書いてあった。
三人は、白い犬のわらじをはいて、つうるりなめとこ川をわたって行った。
崖の一枚岩に、おおかみどものとりでがあって、
「われこそは力自慢のからろくべえ。」
「韋駄天いっとうだ。」
「刀使いのしんげんさい、どっこ村の三人、いや城の姫さまをうばい返しに来た。」
といって、名乗り上げたら、返事の代わりに、矢の雨が降る。
「これはいかん、引き返そう。」
三人は引き返して、出るに出られぬやわたの森へ入った。
霧のわくという、一つ大池をめぐって行くと、小屋があった。
戸をたたくと、
「食われたいんなら入れ、おおかみなら、今日の薬はないぞ。」
という。
「食われたくないし、おおかみでもない。」
「なんでもするで、泊めてくれ。」
「道に迷った。」
というと、
「どんがめに水汲んだら、泊めてやろう。」
といって、白髪を丈の、やわたの山姥が、戸を開けた。
三人は水を汲んだ。たいしたかめでもないのに、半日汲んでも、いっぱいにならぬ。

ようやくみたして、
「腹がへった。」
というと、山姥は、やまいもとどんぐりと、大ごちそうして、
「アッハッハ、どんがめをいっぱいにしたか、たいしたもんだ、しておまえらはどこへ行く。」
と聞いた。
「いや城の姫さまを助けに、おおかみどものとりでへ行く。」
「そんじゃこれを食らえ。」
といって、薬のおわんを出す。
飲んだら、三人ともげんごろうになった。
「どんがめを伝って行け、とりでの井戸へ抜ける。」
山姥はいった。
「水から出りゃもとへもどる。」
「そいつはありがたい。」
げんごろうの三人は、どんがめへ跳び込んだ。おおかみの井戸へ抜けて、力自慢のからろくべえ、韋駄天いっとうだ、刀使いのしんげんさいになって、取っては投げ、足蹴にし、ばったばったと切り伏せて、おおかみどもをやっつけた。
「なんとなどこから来た。」
おおかみの頭がいった。
「姫さまを出せ。」
といったら、美しい姫さまが出た。
「たわいないおおかみどもじゃ、せっかく面白うなると思ったのに。」
という。
「そこの三人なにものじゃ。」
「はっ、力自慢のからろくべえ。」
「韋駄天いっとうだ。」
「刀使いのしんげんさい、どっこ村の三人、いや城の姫さまを助けに来ました。」
「ふうん。」
と姫さま、
「三人でなにをする。」
「武者修行の旅に出ました。」
「武者修行とな、ではわたしも連れて行け。」
「めっそうもない。」
とにかくおおかみどもと頭とを縛りあげ、姫さまをいや城へともなった。
三人は褒美をもらって引き上げた。
「三人で一両とはな。」
「まあ人助けだ。」
「いっぱい飲めりゃいい。」
三人居酒屋で飲んでいると、おおかみの頭が、姫さまを縛って、縄のはしとってやって来た。
「斬らんでくれ。」
という、
「姫さまが、自分を盗み出して、おまえさま方とこへ、連れて行けという、盗みは得意であろうと。」
頭がいった。
「そりゃ得意じゃろうが、弱った。」
「弱ることはない、武者修行の旅へ行く。」
姫さまは云った。
「このものも、かわいいやつだ、いっしょにつれて行け。」
「そんなあのお断わり申す。」
「誘拐犯は打ち首じゃ。」
姫さまは涼しい目。
仕方なく、力自慢のからろくべえと、韋駄天いっとうだと、刀使いのしんげんさい、どっこ村の三人は、おおかみの頭と姫さまと、五人になって、武者修行の旅を続けた。
どんげん峠に大蛇が出て、人を食うという。
ふたら山に、七つ池があって、大蛇は七つの首を、そこへ突っ込んで、水を飲むという。
「そいつはねらいめじゃ。」
「おおかみの頭は、姫さまを守れ。」
「なあに大蛇など、どっこ村の三人で十分。」
月夜の晩であった。
どんがらぴっしゃ、とつぜん雷鳴って、ふたら山が二つになって、おそろしい大蛇が、七つの首を、七つ池に突っ込んで、水を飲む。
「力自慢のからろくべえ。」
「韋駄天いっとうだ。」
「刀使いのしんげんさい。」
うってかかったどっこ村の三人を、大蛇はしっぽの一振りで、大空へ跳ね上げた。
「こりゃだめだ、てんで歯が立たん。」
「ううむなんとしよう。」
「山姥の薬だ、いっとうだ使いに行ってくれ。」
といって、韋駄天いっとうだが走った。
あっというまに帰って来た。
「姫さまを跡継ぎにくれるなら、薬をこさえようといった。」
いっとうだがいう。
「なんとな。」
「ばあさまも年だし。」
「そりゃおまえ。」
「いっとうだ、わたしをおぶって、山姥のもとへ行っておくれ。」
姫さまがいった。
「わたしが話す。」
姫さまはいっとうだの背に乗って、野山を風のよう、
「うっふふ、山姥の跡つぎより、おまえの嫁になろう。」
「それはー 」
一つ大池の小屋へ来た。
「人々が難渋しています、薬を作っておくれ。」
姫さまがいえば、さしも山姥が、
「わかった。」
といって、強力な眠り薬を作った。
次の十五夜、ふたら山の七つ池に、山姥の眠り薬を入れて待った。
どんがらぴっしゃ、やって来た大蛇は、七つ池に七つ首突っ込んで、たらふく飲むと、どーんと眠り込んだ。
「力自慢のからろくべえ。」
「韋駄天いっとうだ。」
「刀使いのしんげんさい。」
「おおかみの頭。」
四人うってかかったが、半分しびれて大蛇は強い、あっちこっちにうちのめし、おおかみの頭を、半分飲み込んだ。
月光に姫さまが立った。
「さあわたしをお食べ、そうして二度と里へは出るな。」
大蛇はとぐろを巻いて、姫さまをおし包む、そうして行ってしまった。
三人と、吐き出されたおおかみの頭と、あとを追った。
捜して行く四人の前に、立派な若者が立った。
姫さまを連れている。
「わしは源氏の大将であった、ふたら山の権現さまに弓引いて、その身大蛇になった。しては何百年、ついに人を食うまでになった。今姫のいさおし、おまえたちが性根によって、人心を取り戻し、かつての姿に返った。」
という。
「この上は姫と祝言をかわし、いや城のあとを継ごうと思う、つわもの三人といま一人、来てわしらを助けてくれ。」
「そうじゃ。」
と姫さま。
「ありがたいが、武者修行をおえましたら。」
と三人はいった。
「わしもそうしよう。」
おおかみの頭が云ったら、白髪の山姥が出る。
「姫さまはめでたいこっちゃ、おまえを跡継ぎにしよう。」
と頭にいった。
「そいつはこらえてくれえ。」
「たんとしごいてやる。」
姫さまと源氏の大将は、いや城へ帰り、山姥はおおかみの頭を連れて行って、どっこ村のつわものは旅を続けた。
道は三つに別れた。
右へ行った力自慢のからろくべえは、道っぱたに、赤ん坊が泣いている。
おぶえという、背中におぶったら、だんだん重くなる。
ふんばったって、水をいっぱいの風呂桶。
「あっはっは、降参だ、はなれてくれえ。」
といったら、ふうっと軽くなって、
「力自慢が降参か、たいしたものだ。」
といった。
「なんでさ。」
「おのれを知る、百戦危うからず、倍の力をやろう。」
といって消えた。
真ん中へ行った韋駄天いっとうだは、日が暮れて燃し火が見える、行くと商人がいた。

「塩をお持ちでないか。」
と聞く、
「残念ながら。」
というと、そうかといって色んな話をする、変に眠くなる、ちょっと用足しといって外す。とうろり眠くなったら、商人はとつぜん大なめくじになって、食らいつく。
いっとうだは塩を撒いた。
「どうしてだ。」
なめくじが聞く、
「あやしいと思ったで、用足しのふりして、町へ行って買うて来た。
「くう、なんて足だ、わしをやっつけたら倍も早くなる。」
といって、なめくじはとろけ死んだ。
左へ行った刀使いのしんげんさいは、薪割り百兵衛というのに会った。
「子供のかんの虫をおさえる、女のしゃくのたねをとる、増長満をひしぐ。」
と看板が出る。
 人の頭へ、おおまさかりをうち下ろす、紙一重に止める。
「そうさ、たいていの病が治る。」
薪割り百兵衛はいった。
「病はないが、やってくれ。」
しんげんさいが立った。
ぴたりと止まるのが一寸深く、しんげんさいは一寸かがむ。
「ほう、わざとやってみたが。」
百兵衛はいった、
「とうていわしのかなう相手ではない、弟子にしてくれ。」
「いやおまえさんもなかなか。」
二人は手をとりあって別れた。
道はまた一つになった。
「そうかい武者修行したか。」
「力もわざも倍になった、しんげんさいは同じ。」
「知己をえること、倍以上。」
野越え山越え、のっぺり田んぼに、へのへのもへじのかかしが、突っ立って、それが軍隊をこさえて、攻め寄せるという。
こっち村も襲われ、あっち村もおそわれ、
「おそろしいこっちゃ。」
生き残った村人が、ふるえていう、
「切っても死なん、うっても死なん。」
「ひやーはあ。」
狂った女が笑う。
力自慢のからろくべえ、韋駄天いっとうだ、刀使いのしんげんさい、どっこ村の三人は、のっぺり田んぼへ向かった。
へのへのもへじのかかしが立つ。
「ただのかかし。」
「どこが軍隊だ。」
「ふん、口をきいてみろ。」
しんげんさいがつっついたら、ふうっと風が吹いた。
まわりは何百という、軍隊だった、刀を持ったり、槍を持ったり、くわがらやかま。

そいつがいっせいに襲いかかる。
三人は死に物狂いに戦った、韋駄天いっとうだが、血路を開いて、どうにか逃げ出して、
「こりゃかなわん。」
「切っても死なん、うっても死なん。」
「源氏の大将に加勢を頼もう。」
源氏の大将はいや姫と二人、新婚旅行中。
「しかたがない。」
三人は思案投げ首。
かかしを燃そう、燃すまえに軍勢だ、水攻めか、嵐を待とう、三日考えて、
「かかしではない、かかし使いだ。」
といって、かかし使いを捜した。
井戸の底に、だれか住んでいた。
げーろびという、蛙そっくりの男だった。
「わしがかかし使いだって。」
げーろびはいった。
「だったらどうする。」
「どうもせん、無益な殺生は止めてくれ。」
げーろびはけったり笑った。
「無益も殺生も、面白うて止められん。」
「なんの不満がある。」
「きれいな嫁さま、世話してくれたら考える。」
といった。
三人は、嫁のなり手を捜した。井戸の底に住む蛙では、だれもうんと云わなかった。

しまいとうや村一の、美しい娘が、
「人々が苦しまずにすむなら、行きましょう。」
といった。
三人はため息をついた。
夢のように美しかった。
美しい娘は、井戸に立っていった。
「わたしがお嫁に行きます、でもそんなところに住むのはいやです、井戸から出て下さい。」
「おうほきれいな嫁さま。」
といって、かかし使いのげーろびは、井戸の底からはい出した。そうしたら三日めに、ひっからびて死んだ。
祝言の日だった。
とうや村一の美しい娘は、村へ帰った。
「わしが嫁にほしかった。」
「姫さまがその、わしに。」
「とぼけてないで、武者修行の旅じゃ。」
といって、三人は歩いて行った。
のへじっぱらの汀に、大波がたって、家ほどもある魚が、口をあけた。
「力自慢のしんげんさい。」
「韋駄天いっとうだ。」
「刀使いのしんげんさい。」
名乗る先から、ふういと魚の口に、飲み込まれ。
三日して吐き出され、
「なんでも食ってしまう、しいらん魚じゃ、失礼の段は許せ、龍王の館へようこそ。」

声が聞こえて、虹の冠に、うろこの青衣をつけた、龍王が立った。
大空と同じ高さの天井に、金銀珊瑚の宮殿、よろいかぶとの家来と、美しい女官と。

「力自慢のからろくべえ、韋駄天いっとうだ、刀使いのしんげんさい、その名は早く聞いておる、余の三人の娘をめとって、三将軍になってくれ。」
龍王はいった。
一の姫をめとって、からろくべえは稲妻将軍に、二の姫をめとって、いっとうだは疾風将軍に、三の姫をめとって、しんげんさいは怒濤将軍になった。
南海大王が一千の船に、百万の大軍を率いて、攻め寄せた。
稲妻将軍は黄旗、疾風将軍は紅旗、怒濤将軍は青旗をおしたてて、黄紅青に三つ巴になって、迎え撃った。
南海大王の、まっ黒い津波を、黄紅青の大渦潮がとらえ込む。
敵の百万の軍勢が、十万になって丘へ逃げ上がった。
十万が三千になる。
戦はおしまいかと思ったら、盛り返す。
一進一退を繰り返していると、使者が来た。
「龍王の軍勢がなんで、丘を攻める、早々に引き揚げよ、いやの源氏。」
とあった。
姫さまの婿どの。
「われらは南海大王の軍勢を追って来た、戦を止めたいのは、こっちだ。三将軍こと、からろくべい、いっとうだ、しんげんさい。」
と返事して、戦は終わった。
のへじっぱらに会談。
「なつかしい話はあとだ、始末をつけにゃならん。」
源氏の大将がいった。
「南海大王の三千人だ。」
「のへじっぱらには人住まぬ、ここを与えたらどうか。」
そうしようといった。のへじ野っぱらに、村ができた。
「一人だけ山姥の弟子にしてくれ。」
「おおかみが音を上げる。」
「あっはっは。」
千人の兵の賄い頭、ぴいとろという女が申し出た。
「だんなも死んだしさ、山姥の弟子って面白そう。」
という。
「たすかった。」
といって、おおかみの頭は、いやの源氏の家来になった。
ぴいとろは山姥になって、八00年生きた。
龍王の軍勢は引き上げて、どっこ村の三将軍が、引き揚げようとすると、道が閉ざす。

しいらん魚も見えぬ。
力自慢のからろくべえ、韋駄天いっとうだ、刀使いのしんげんさいになって、旅を続けた。
「一の姫がいっちよかった。」
「ちがう二の姫じゃ。」
「そりゃ三の姫。」
といって行くと、のへじっぱらに、思い出の三つの花が咲いた。



お地蔵さまの傘

とんとむかしがあったとさ。
とうよの村に、みよという女の子がいた。とつぜん父母がなくなって、そうしたら家もなくなって、一人歩いて行った。
お腹が空いた。
お地蔵さまがあった。
「浮き世のことは、なんにもしてやれぬ。」
お地蔵さまはいった。
「おそなえの団子をお食べ、かさをやるから持って行け。」
「はい。」
みよはおそなえの団子を食べ、お地蔵さまのかさをかむって、歩いて行った。
しばらく行くと、男がそのかさをとってかぶり、みよの手を引いて行く。
二、三人走って来た。
「男をみなかったか、汚い男だ。」
やり過ごして、お宮の社へ入る。
「みなし子か。」
男は聞いた。
「みなし子じゃない、お地蔵さまのかさといっしょ。」
男はかさを返した。
「今日のねぐらだ。」
といってこもをさし出す。男は別のこもをしいて、お宮のきざはしに寝た。
夜が明けると、お地蔵さまのかさをかむって、みよは男と物貰いした。
「二人の方が実入りがある、おれは六つのとき、ぜにを盗ったといって、村を追われ、それからこうしてるさ。」
男はいった。
乞食から盗人へ、
「人さまのものとったらだめ。」
みよがいうと、
「がきが。」
 といってなぐり、かと思うと、
「この世には、おまえとおれと二人っきりだ。」
といって抱き、ときには腹いっぱい食わせ
「ふとんがあって、おいしいものがいっぱいあって、いいにおいがして、暑くも寒くもない、極楽さ。」
男はいった。
「生きてるうちに行こうな。」
といって盗んだ。
そうしてつかまった。男はめったらうたれ、
「止めてやめて、あたしをぶって。」
といってとりすがるみよも、ほうり出され。
「水をくれ。」
男はいった。
みよのさし出す、ふきのはっぱの水を飲んで、
「きれいな花が見える、もう盗まなくっていい。」
といって死んだ。
みよは一人で男をほうむった。
疲れて寝入ったら、風景が見えた。
水はしぶきして流れ、うるうる茂る、大空の、男は八つの子になって笑う。
みよはおじそうさまのかさと、物貰いして、旅して行った。
破れ寺があった。
寝ていたら、真夜中明かりがともって、何人かよったくって、ばくちを打つ。
なんだろうと思って、のぞいたら、
「ほう、女の子のおこもさんか、こっちへ来い。」
といった。
「おこもさんは縁起がいい。」
その人は大勝ちして、みよをつれて行く。
「よしよし食わせてやろう、風呂にも入れてやろう。」
風呂に入り、おいしい食べものと、あったかいふとんと、極楽のような暮らしがあった。
「なによこのおんぼろがさは。」
女の声がした。
「汚い子を、どうするつもり。」
みよは、三日めにほうり出された。
みじめだった。
雨が降る。
寒さにふるえて、歩いて行った。
お宮のきざはしや、橋の下に寝たり、草むらやに宿った。
おじぞうさまのかさが吹き飛んで、追いかけて行くと、木のうろがあった。みよは冬をそこで過ごした。
「ひとっところにいるとな、よくない。」
男はそう云った。
物貰いがふれて来た。
みよはさけた。
大きな家の、お葬式があった。
せがきのお棚があって、おいしそうな食べものを、山盛りにする。
貧しい子や、物貰い、病気や、目の見えないのや、よったくる。
みよも手を出して、とって食べた。
その手を引く、
「いなくなったあたしの、お花がいた。」
「お花でない、みよです。」
「さあこっちおいで。」
力のつよい女だった。
でっぷり太って、それはもうれっきとした、物貰いで、同じ仲間のもとへ行く。
ぼろを着て、大人も子供もいたし、病気やら、手足のないのや、ぴんぴんしてるのやいた。
まっ白い年寄りの前へ、みよをすえる。
「あたしのお花がいた、また親子連れします。」
女はいった。
「あれは売ったんではなかったか。」
「こうしてここに。」
手押し車があって、女がそこへ乗り、みよが押して歩く、太った女はたいそう重かった。
「哀れな足なえに、おっちの子。」
女は声を張り上げた。
「ああああなんの因果か、おっちに生まれ、いざりいざっておろかな母の、これは重たい、手押し車のお貰い歩き、廻る因果の小車の、悪因悪果はてもなき、風はぴゅうぴゅう針の山、雨はざんざあ血の池の、云うかいもなや、衣は破れ手足は腫れて、思うはおあしか、飯まのつぶか、生まれぬ先の父母の、観音さまや神さまの、お情け深い人さまや、どうか一文お恵みくだされ。」
きりもない口上の。
実入りはずいぶんあった。それを女はんみんな食べてしまう、食べて食べていよいよ重く、
「きれいな赤いべべ着て、みんなにちやほやされて、贅沢して、今にそういう極楽稼業させてやるから。」
女はいった。
「いい思いすると、あとつらいから。」
みよがいうと、へんな目で見る。
女は病気になった、あっちこっち痛くなって、太った体を、えびのように折り曲げて、一晩中ほえ狂う。
だれもよっつかぬ。
「車ごとつき落としておくれ、死にたい。」
といった。
そんな女を、手押し車に押して、貰い歩く。痛い痛いああ死ぬといって、女は転げ落ち、車だけこわれた。
「ああああ駄目だ、目も見えぬ、あたしは三人のお花を、食いつぶした、ばちがあたった、たたらないでおくれ、助けておくれ。」
泣きわめいて、やっぱり貰い歩いた。
そうして、崖から落ちて死んだ。重くって、助けられなかった。
手をとると、
「痛くなくなった、ありがと。」
といって、涙を流す。
その夜みよは、きれいな赤いべべ着て、ひなあられを食べて、にっこり七つの子になった、女の夢を見た。
物貰いの仲間を抜けて、みよはまた歩いて行った。
おじぞうさまのかさは、破れてもうなかった。
でもやっぱりおじぞうさまのかさといって、歩いた。
日が暮れて、向こうに明かりが見える。
雨が降っていた。
よって行くと、鬼どもが集まって、焚火をする。
鬼のような男たちであった。
「あたらせて。」
みよが火明かりに立つと、
「うわあ出た。」
といって、
「なんだおこもさんか、こんな夜中どうした、うれし野の亡霊かと思った。」
鬼どもが笑った。
逃げ出すわけには、行かなかった。
みよは見張り役になった。
「いいか、あっちの角へつったって、だれか来たら知らせろ、一人なら一つ、二人なら二つ、ぽっぽうと鳴け。」
うれし野っぱらの追剥ぎといった。
「そうさ、ものは平等に分け合ってこそ、うれし野ってんだ。」
角に立った。商人が来た。
「ぽっぽう、あたしはぼうれい。」
みよはいった、
「向こうへ行くとよくないことがあります。」
「わたしは急いでるんだ、のけ。」
ぜにを投げて、商人は先へ行く。そうして身ぐるみ剥がれた。
二度三度して、ところを替える。
みよがいって、引き返す人もいた。
あるとき刀をさした、おさむらいが来た。
「ででっぽっぽう、あたしはぼうれい。」
「向こうへ行くと、よくないことがあるか。」
「そうです。」
おさむらいは先へ行く。
ピーと呼子が鳴った。捕り方が湧いて出て、鬼どもは斬られたり、つかまったりした。

こわくって隠れていると、だれか手を引く。
鬼の一人だった。
「いつかこうなる。」
とりわけこわい、
「別の商売を考えよう。」
鬼は町へ行って、下駄と着物を買って、みよに着せて、その手を引いて歩いて行く。

塀をめぐらせた、立派なお屋敷があった。
「ここがよかろう。」
鬼はいった。
「いいか思いっきり、泣きわめけ。」
みよを抱きあげて、塀の中へほうりこんだ。
松の木や、ぼたんの花のある、広いお庭だった。
犬がいた。おそろしい大きな犬だった。着物を咬みっさく。なんにもできずいると、とつぜんおーんと、悲しげに泣き出した。
「どうした。」
声がして、わしのような目をした、大年寄りが立った。
犬をひきはがして、けがはなかったかと聞く。
「塀が破れていたか、おいで。」
といって連れて行き、その手に大きな柿をのせた。
「お食べ。」
「よくないことがおこります。」
みよがいうと、騒ぎが起こった。
「おれの子をどうした、おーいおみよ、父ちゃんが来たぞ、もうだいじょぶだ、さあ出せ。」
鬼がわめく。
「兵六という、ちっとは知られた男だ、挨拶してもらおうか。」
 大年寄りが立った。
「はっは、おまえさん、場所を間違えたな。」
兵六はぎょっとして、あたりを見回した。
「ここをどこだと思う。」
みよは道を歩いていた。
あたしがいなければいいといって逃げ出した。
大きな柿はおいしかった。
かじっていると、
「こーい。」
と呼んで、さっきのおそろしい犬と、若者が来る。
「大じいが待っている、来い。」
太郎がすりよる。
「なるほど人を寄せつけぬこやつがな。」
若者がいった。
塀のあるお屋敷を、いわいの山の大家といった、松杉ひのき、七里八方人の地は踏まずという。
みよはその家の子になった。
「物貰いしても心を失わぬ、いい子だ。」
わしのような目に、大じいさまがいった。
おじぞうさまのかさのおかげ、お地蔵さまがみちびいてくれたと、みよは思った。
その夜みよは、花嫁衣装を着て にっこり笑う夢をみた。
十年ののちそのとおりになった。

2019年05月30日