とんとむかし15

いちろじ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、はんのき村に、いちろじという、お化けのような、頭でっかちの子があった。

みんな十五になったら、田んぼこさえたり、大工の見習いになったりしたが、いちろじは、ごくつぶしであって、そこらとことこ歩いていた。
「ああいうのは、じき死ぬんだが。」
死んだほうが、親孝行だと云われて、お化け頭のいちろじのあとを、子供らがとっついて行く。
いちろじは、遊び方を工夫し、しんけんに喧嘩したりする。時には子供が物を食わせた。
「いちろじ、食ったもん頭にたまるんか。」
と聞くと、
「わかんねけど、お地蔵さまいなさる。」
と云った。
お寺にある、六地蔵の一つが、そっくりという人がいた。
「目がよう似る。」
と。石かけ拾って、飲むまねしたら、頭の中に入ったんだ、
「ごとっといったりする。」
いちろじは、なんでも知っていた。
「今何時だ。」
と聞くと、
「二つ半。」
ぴったり当てたし、
「あっこに鯉は何匹いる。」
と聞くと、三びきといって、川さぐると、たしか三尾いた。
子供は子供の仕事がある。
一人きりでいるときは、でっかい頭に、とんぼを四疋ものっけて、せんど川という、流れに見入っていたりした。
ありゃ売れると、だれか云った。
お化け頭の子を、ふくすけといって、商売繁盛の神さま、ほんとうに売れた。
ごくつぶしが、ぜにんなったかといって、いちろじは、大きな呉服屋の店先に、あつい座蒲団を敷いて、すわっていた。
にぎやかな通りの、お客がいっぱいあって、
「おじぎをして。」
と云われ、
「笑って。」
と云われて、ちぐはぐ。
「そんなんでは、ご飯は食べられませんよ。」
と云われて、どうしてよいか、わからなかった。
夕日がさしいって、お客も店も、せんど川のように見える、いちろじはふっと笑った。

大きな頭を、上げ下げする、はいとか、いいお天気ですという他、云ってはいけなかった。
子供がよったくる、いつか人気者になった。
お店のお金がなくなって、中年の女が疑われた。
申し開きに困って、
「あたしではない、いちろじ。」
と聞くと、
「はい。」
と云った。
「ではだれが。」
と聞くと、だまっている。だれかれ指さして、それは思いもかけぬ男に、こっくりと頷いた。手代の与助であった。
そのとおりであった。
きっとなんでも知っていた。
いちろじは、とつぜん又売りされて、場末の小屋で、大きな頭を上げ下げしていた。

ひどい扱いであった。
「はい。」
と云い、
「はーい。」
という、ばくちの合図だった、げんこが飛び、刃がかすめたりした。
いちろじの命はつきかけていた。
村を出て、三年とはたっていなかった。
子供らがいた、川の流れであった、なっぱやはしが行く、こいやどじょうや、
「いちろじ。」
と呼ぶ、それはお地蔵さんであった。
「はい。」
と答えて、息を引き取った。
その姿に、親方が号泣した。
鬼のような男が、
「もうわるいことはすまい。」
と云った。



鬼の舞い

とんとむかしがあったとさ。
むかし、あんだたら山に、鬼が三匹住んでいた。
灰色鬼のザンカと、青鬼のドンカと、桃色鬼のシンカと、それかびゅうっと山下ろしに、春のぼっけの花に、ぺっかり月と、鹿の鳴き声とだった。
空が真っ赤になって、ガラスの雨が降る、寒い日が続いて、ザンカの鼻は黄色になり、ドンカの角は赤錆びて、シンカのおしりはくされ、
「もうここにはいられん。」
「ぼっけの花も咲かぬ、ますも取れん。」
「三日月も見えん、住むところを捜そう。」
といって、三匹は旅に出た。
風は凍って、ぺっかりみどりの月が見送った。
三匹は川伝い、峰伝い歩いて行って、おっとろぞ山の白鬼、トオイを訪ねた。
「住むところがなけりゃ、ここに住め。」
といって、トオイは毛むくじゃらの、背中をかいた。
「ぼっけは咲かんが。めっかちきのこは生える。」
「ありがたいが、一宿一飯でいい。」
「わしらのお里を捜してみる。」
「それから世話になろう。」
といって、三匹は、干物のますをご馳走になって、
「いい舞いをな。」
「そっちもな。」
といって、あしたは出て行った。
おっとろぞ山の向こうに、いるの川があって、蛇を首に巻いて、川神が呼ぶ。
「三匹の鬼。」
三匹とも、面倒みようという、
「灰色鬼は門柱にしよう、青鬼は水おけがいいな、桃色鬼は、わたしと夫婦になろう。」

「ありがたいが門柱はいやだ。」
「みずぶくれになる。」
「ひとりもんがいい。」
といって、すり抜けると、
「云うことを聞かない、くされ鬼め。」
といって、首に巻いた蛇を、投げつける。
蛇はうわばみになって、襲いかかった。
三匹鬼は、手をつないで広がった。うわばみは、それをいっぺんに呑み込もうとして、口が裂けた。
そこで、ここをくっさけという。
いるの川をわたると、霧が晴れて、かやっぱらが、ふーらんさやと鳴った。
「ここにしようか。」
と、ザンカが云った。
「すすきはまっしろけだし。」
「雲はどっしろけだし。」
ドンカとシンカが云った。
三匹は鬼の舞いを舞った。
「どっしろけ、まっしろけ、
三匹鬼が、ます食って、
百年生きたら、三百年、
ぼっけの花は、春に咲く。」
三匹は舞ったが、影法師は笑わぬ。
「食っては行かれん。」
「風がきつい。」
「霧もな。」
といって、そこをあとにした。
真っ青な山が、いくへにも重なって、ここは花の原、
「しかろっぺの花の原。」
「むかしからだれも住まん。」
「古いかばねが埋まっている。」
念のため、三匹は鬼の舞い。
「どっしろけ、まっしろけ、
鬼は三匹、いも食って、
一晩寝たら、へは三つ、
ぶうっといったら、山下ろし。」
影法師は、すすり泣き。
こけももを食って、きつねが狂った、それを見て、鹿があかんべえした、だからしかろっぺ。
うるの海岸を行くと、塩が吹きつけて、三匹鬼はまっしろになった。
白い海の怪物が出た。
「わしはもとは、竜宮の使い、鬼のきもが食いたい。」
といって、虹の冠をかざす。
「角一本ならやらんでもないが。」
ザンカが云った。
「きもが欲しい、腹が減っているし、三匹分だ。」
「なんできもだ。」
「きもはうまい。」
「強欲め。」
三匹は、もと竜宮の使いと戦った。
虹の冠をむしって、おひれを半分千切って、とうとう追っ払った。
すると、村人がやって来た。
「うるの祭りには、怪物が出て、人を取って食う、鬼を三匹飼うと、いったい何人食う。」

と聞いた。
「そうさな、二人あて食って、年に六人かな。」
ザンカが云った。
村人はよったくって、協議する。
「年に六人ずつ、一00人食われるには、十六年とちょっとかかる、怪物は十五年で、九九人食った、すこしはいいか、いや三匹ではなく二匹にしてくれ、一匹ならもっといいが。」
と云う。
「三匹でなくては、怪物に食われる。」
「一匹で年に六人食えば、別だ。」
村人は困った。
「それじゃたいして変わらん。」
「わしらは人食い鬼ではない。」
シンカが云った。
「怪物が出たら、ひょっとまあ、三人食われる間には、駆けつけよう。」
「痛めつけておいたし、当分は出んだろう。」
といって、白い海をあとにした。
かっこうのお里があった。
山にはけものがいっぱいいて、しゃんしゃこの実がなって、さけやますの川が流れ、しろうずの花が咲く。
鬼は三匹、舞いを舞った。
「どっしろけ、まっしろけ、
鬼は三匹、叫んだら、
月はぺっかり、一つきり、
しろうず山に、虹が出た。」
ぴーとろと笛が鳴って、影法師ではなく、白鬼赤鬼だんだら鬼が、降って出た。
「どこから来た。」
と聞く。
「あんだたら山から来た。」
「戦をしに来たか、それともトーロ餅を食いに来たか。」
と云う。
「トーロ餅ってなんだ。」
「うんまい餅さ。」
「ではそれを食おう。」
三匹の鬼はトーロ餅を食った。
「うんまいっていうより、あんましうまくねえが。」
と云おうとしたら、口が聞けず、手足がしびれて、
「うう。」
「おう。」
「ああ。」
と云った。
三匹は白鬼赤鬼だんだら鬼の、けんぞく十七匹の、いいなりになった。
けものの柵をこさえ、しゃんしゃこの実をすりつぶし、ますのかごにますを取り、ぶんなぐられ、むち打たれて働いた。
三年めに、
「うう。」
ザンカが云うと、
「うう。」
「うう。」
ドンカとシンカが云って、心が通じて、手足も生きた。三匹鬼は、怪力を発揮して、白鬼赤鬼だんだらを、ひっとらえた。
「うう。」
「もっと食わせろって。」
「うう。」
「嫁が欲しいって。」
「うう。」
「わかった、止めろ、シーロの葉っぱをとって、舐めたら、もの云えるようになる。」

と云う。
シーロの葉っぱは苦かった。
三匹鬼は、こらしめだといって、白鬼赤鬼だんだら鬼に、余ったそやつを舐めさせた。

「苦い、助けてくれ。」
といって、涙と鼻水を垂らしたので、ここをおにんはなみずという。
三匹鬼は歩いて行った。
深い谷であった。
埋もれ木が、お化けになって出て、
「そっちへ行くな、虻が出る。」
という、引き返すと、
「そっちへ行くな、蜂が出る。」
という、どっちへ向かっても、ぶよが出る、ひーるが出るという。
三匹鬼は怒って、埋もれ木をぼこぼこにしたら、三匹は病気になった。
大熱が出て、
「おーい、こーい。」
と叫んで、谷川を流れて行った。
ここをおによびといって、今でもおーいこーいと聞こえる。
ザンカとドンカとシンカは、元気になって、きーきろの山を越えて、たいがの河をわたった。
そこに百年は住んだという。
だからここを、ひゃくねんという。
きーきろさんがの神が、こだまに呼んだ。
「灰色鬼のザンカ、おまえは雪の門を守れ。」 と云った。
「青鬼のドンカはしいらん森を守れ。」
「桃色鬼のシンカはわしの巣を守れ。」
と云った。
三匹鬼は、はーいとこだまに返して、それぞれに守った。
雪の門は崩れる、きーきろの風が吹いて、黄金の氷を押し包み、そいつが解けると、のーげの林が芽を吹いた。
その実を食べに、たいがの大烏がやって来る。
烏を追い払い、追い払い、灰色鬼のザンカは、
「ひーらきーらきろ。」
といってそびえ立つ、雪の門を守った。
しいらん森は、銀色の雨が降る、雨にはしいらんのきのこが生えて、それを食べに、たいがの大鼠がやって来る。
ねずみ網にねずみをとり、ねずみを取り、青鬼のドンカは、
「しいらんふわんきろ。」
といって、霧にしげる森を守った。
風のしっぽが鳴って、夏になると、きーきろのわしが、双子を生んで育てる。
その卵を取りに、たいがの大蛇がやって来る。
蛇をひっとらえ、またひっとらえ、桃色鬼のシンカは、
「どうがんさったく。」
と、大空を舞い飛ぶ、わしを守った。
「ようやった。」
きーきろさんがの声が聞こえた。
「眠れザンカよ雪の門、
眠れドンカよしいらんの森、
眠れシンカよ峰のわし、
今はこれまで、きーきろさんが。」
たいがの風が吹くと、三匹の鬼は眠った。
人々がやって来た。
紅葉の谷あいに、三つの大岩が立つ。
灰色と青と桃色の。
「あの大岩を鬼に見立てて、このあたりを鬼の舞いともうします。」
ガイドが云った。
吹き下ろす風に、こんなふうに聞こえ、
「どっしろけ、まっしろけ、
三匹鬼が、昼寝した、
ぴいっと鳴いて、鹿の声、
千年たったら、大欠伸。」
千年めだという、どうやら今年。



美しい花嫁

とんとむかしがあったとさ。
むかし、みよしの里の、美しいうるか姫は、やまどりのお城に、お輿入れ。花嫁行列が行くと、田んぼの一本けやきが云った。
「三つのとき、わしの所へお嫁に来るといった、だのにどうして。」
「そんなの知らない。」
「だって、天のように頼りになるって。」
「ついて来たら、考えてあげる。」
うるか姫は云って、花嫁行列は行き、一本けやきは、ぶるぶる揺れた。
かえるが鳴いて、あやめ池が云った。
「四つのとき、わしの所へお嫁に来るといった、だのにどうして。」
「そんなの知らない。」
「だって、まっ白い雲の枕だって。」
「ついて来たら考えてあげる。」
うるか姫は云って、花嫁行列は行き、あやめ池は、おうそろと泡だった。
大火事のような、つつじ小路が云った。
「五つのとき、わしの所へお嫁に来るといった、だのにどうして。」
「そんなの知らない。」
「だって、二人でお祭りに行こうって。」
「ついて来たら、考えてあげる。」
うるか姫は云って、花嫁行列は行き、つつじ小路は、ほおっと花を吹き上げた。
ついたてのような、崖が云った。
「六つのとき、わしの所へお嫁に来るといった、だのにどうして。」
「そんなの知らない。」
「だって、平たい石がきれいだって。」
「ついて来たら、考えてあげる。」
うるか姫は云って、花嫁行列は行き、崖は六つの石を落とした。
ホーホケキョと鳴いて、うぐいすが云った。
「七つのとき、わしの所へお嫁に来るといった、だのにどうして。」
「そんなこと知らない。」
「だって、谷わたりして遊ぼうって。」
「ついて来たら、考えてあげる。」
うるか姫が云ったら、うぐいすは、花をくわえて、かんざしになって髪に止まる。花嫁行列はねって行った。
やまどりのお城の、清うげな若さまが、お出迎え、
「美しい、わたしのうるか姫。」
といったら、かんざしが、
「ホーホケキョ。」
と鳴く。若さまは首をかしげた。
二人座って、めでたいな、固めのおさかずきというと、花のかんざしが、舞い飛ぶ。

若さまは仰天した。
花嫁があーんと泣く。
「なんで泣く。」
と、聞いたら、
「三つのとき、一本けやきにお嫁に行くといって、四つのとき、あやめ池に行くといって、五つのとき、つつじ小路にお嫁に行くといって、六つのとき崖にいって、みんな忘れたのに、うぐいすがついて来た。」
と云った。
「そんじゃみんないっしょに暮らせばいい。」
優しい花婿は云った。
「花のかんざしとなあ、ふれて来てくれ、うぐいす。一本けやきは橋にして、あやめ池の水を汲んで、つつじ小路の花をさし、がけの石は置物にしようって。」
うぐいすは行ったきり、帰って来ない。
「はあてどうした。」
花婿は、お吸いものをべろうり飲んだ。
うぐいすは、花をくわえて舌足らず。
「けやきは死んで、あやめ池の耳を切って、つつじ小路の鼻をそぎ、崖はお仕置だ。」

と聞こえた。
しまいぱくっと口を開けて、花を落とした拍子に、うぐいすは、みんな忘れてしまったとさ、めでたし。



ふたおうの実

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ゆうわの由良の港から、三艘の舟が出て行った。
一そうには、白銀の弓とあらとうの武士が乗り、一そうには、黄金の笛と、にっただの舞い手が乗り、別の舟には、かんの君といよの姫君が乗った。
あらとうが先に、鳴りしをの海を行き、げんのなだにさしかかると、おうだいの旗を押し立てて、いんずの舟が行く手を遮った。
「みつぎ物は持って来たか、例外はないぞ。」
いんずの使いは云った。
「黄金一枚。」
「黄金三枚、一そうにつき一枚だ。」
「何そうでも一枚と聞いた、不当の品は払わぬ。」
いんずの射手が弓をつがえるより早く、あらとうがその胸を射貫き、
「一枚はわたそう、受け取れ。」
黄金を受け取って、いんずの舟は引き上げた。
三そうの舟は、向きを変える、戦は避けたほうがいい。
青炎を吐いて、いんずの水龍が、行き過ぎる。
にっただの笛が鳴り、
「かんの君といよの姫君を、われら大王の洞へ、ともなうものなり、ゆめ疑うなかれ。」

と告げ、水龍は、
「せんもない、その帰りには、待ち受けようぞ。」
とて吠え狂う。
三そうの舟は、えるのおの入り江に、潮を待つ、えるのおは、流れ寄せる舟を、剥いで暮らす。
ものはこの世の縁と、襲いかかる弓勢を、あらとうの白銀の矢が、薙ぎ倒す。
「われらにいつーはしの紫を。」
えるのおの長が云った。
若衆が、毛槍の舞いを舞う、華麗であった。
「かんの君のお言葉が欲しい。」
「盗賊に与える辞はない。」
白刃の舞いに変わる、にっただの笛に、血しぶきを上げて倒れ。
潮に乗って、三昼夜、とつぜん大海に虹がかかる。戦の旗であった。
喚声が上がって、弓矢の嵐。
「幻影だ、射つな。」
矢は貫き、槍はへさきをつんざいて、手応えはなく。
「耳目をふたげ、見ても聞いてもいかん。」
でくとおの幻影という、空しく行き過ぎるもの、あらとうの弓がうなり、にっただの笛が空鳴りする。
「犬に身を変えしでくとうねえのやから。」
行き過ぎて、にっただの長が云った。
くろなごを右に、あみんの海を過ぎ、しらさぎの舞う、あまうさの浜であった。
みそぎの島という。
あらとうはいつかしにつなぎ、にっただはたちばなにもやい、かんの君といよの姫君のいつーはしは、波間に漂った。
いつかしにみそぎ、たちばなにみそぎ、両三度して、朱よりも赤い酒が、いつーはしのへさきに、注がれた。
あらとうの弦と、にっただの笛に、弧を描いて、しらさぎの群れが飛ぶ、その向こうに、茂みゆれるかんだちの丘があった。
そこに食事をとる。
三そうは大海へ出て行った。
ついにここへ、かんの君は黒衣をつけ、いよの姫君は白衣をつけ、金の冠をし銀の冠をして、舟を廻る、お互いの冠を換えて、もう一回廻る。
いつーはしの還が現れた。
二人は還の内側に、浮き上がって見える。
虹がたつ。
白衣の人の手にしずくする。
巨大な蟹が、ゆらめき現れた。
右のはさみに、あらとうがつき、左のはさみに、にっただの舟がついて、巴にめぐる。

大王の洞がぽっかり開いた。
白衣と黒衣の人を飲み込んで、消えた。
あらとうとにっただは待った。
七日七夜ののちに、白衣の人は西へ漂い、黒衣の人は、東へ漂う。
「東をとるか。」
「西をとるか。」
黒衣をすくいあげると、かんの君は舟に乗り移り、白衣のまぼろしは、あらとうの舟につき、裸身のまぼろしは、にっただの舟につく。
三そうは帰途についた。
あみんの百の、戦舟が待ち受けた。
火矢が襲い、水牛の盾を押し並べる。
「いつーはしを、その郷に帰すわけには行かぬ。」
「なぜに。」
「現し世はまだ終わってはおらぬ。」
「あらとうは知らぬ。」
水牛の盾がゆらめく。
「藻屑にしようぞ。」
「なぜに。」
「悲しみのゆえに。」
「にっただは知らぬ。」
命を捨てての、はげしい戦いに、あらとうの白銀の一矢は、一そうを引き裂いて、にっただの黄金の笛は、二そうをぶっつけあった。
あらとうの三人が死に、にっただの四人が狂った。
次いで、くろなごの百の、戦舟が待ちかまえ。
石弓が襲い、白象の盾を押し並べる。
「いつーはしを、その地に返すわけには行かぬ。」
「なぜに。」
「三界は我らがもの。」
「にっただは知らぬ。」
石弓がうなる。
「血しぶきにしようぞ。」
「なぜに。」
「苦しみのゆえに。」
「あらとうは知らぬ。」
身を投げうっての、はげしい戦いに、六日七夜して、かろうじて生き残って、二そうの舟は、いつーはしを守る。
守り守って、襲い来るものをほうり、げんのなだを過ぎて、いんずの水龍に、不意を突かれた。
あらとうのへさきは張り裂け、にっただのの舟はかじを折られ。
かんの君の黒衣がひるがえって、水龍をほうり。
そうして嵐が襲った。
由良の浜辺に、ふたおうの実が流れついた。 かんの君が変化した果実。
芽が吹いて、次の世を花開く。



石灯籠

とんとむかしがあったとさ。
むかし、いらこ村に徳兵衛という、石工があった。
徳兵衛に、このあたりきっての、太郎右衛門屋敷から、石灯籠を、こさえてくれと云って来た。
雪見灯籠というもので、お池の辺りに建てる、むかしそこにあったという、なにかあって先代さまが、取り払ったという。徳兵衛は、松の按配や、雪の風情を見して、じっくりと手間をかけた。
すると夢に、美しい人が現れて、
「西びさしから、こう灯が見えるように。」
と、指図する。
「ようわかりました。」
徳兵衛はそう云って、行ってみると、むかしも、たしかにそうあったに違いぬと、
「たましいであろうか。」
せんさくは、石工のするこっちゃない、見事な石灯籠が、そこへおさまりついた。
さすが名人と、これは評判になった。
西のはなれには、年寄りが住む。
「お屋敷の人ではないらしい。」
と、だれか云った。
三代まえに、さよという美しい人がいて、男狂いして、婿どのがあったのに、だれそれと駆け落ちして、大騒ぎであったなと、耳に聞こえる。
「それじゃあの。」
なと思ったが、それから三年して、太郎右衛門屋敷の、西のはなれが焼けた。
年寄りが焼け死んだ。
石燈篭もどうかしたといって、徳兵衛は見に行った。
さいわい欠けてはいず、以前はさしても思わなかった石かけがあって、取りのけようとすと白骨が出た。
徳兵衛は、お取調べを受けたが、古い骨であることがわかった。
太郎右衛門さまから、お墓をこさえてくれと云って来た。
火事以来、主の太郎右衛門さまは、ふせったきりだそうで、奥様が切り回す。
「はなれの年寄りは、孤児であったのを、引き取って育てた、それがおさよさまと駆け落ちして、ー 」
という、どういうことになったか、うらぶれて帰って来て、行きどもなくって、はなれに住んだ。
「おさよさまはすぐ帰って来て、二三年はお屋敷にいて、行方知れずになった。」
白骨はおさよさまのものだ。
二人ともに葬ろうという。
えにしの糸だといって、一つ墓に納める。
すべて終わって、石灯籠の具合を見に行った。
と見こうみしていると、太郎右衛門さまが、取り乱してふらつく、
「むかしの石燈篭をこさえろっていうから、こさえてやった、灯をつけて楽しんだ、めぐりめぐって童歌を歌った、そうしたらはなれに火をつけろという、わしは火をつけた。」
奥様がその手をとって、つれて行く。
狂っている。
おさよさまというのは、もしや太郎右衛門さまの親に当たる、いいや殺して埋めたのが、ーそういえば変なうわさが。
徳兵衛はかぶりを振った。
石工にせんさくはいらぬ。



流人花

とんとむかしがあったとさ。
むかし、にいみの沖の島に、げんのうと呼ばれた、流人があった。本命はようもわからない。
鉄の足かせつけて、歩き回って、げんのうは、砂金を取る。
それをもって、どうにか飯にありつけた。時には、いくらかになることもあった。
番所の犬に吠えつかれ、噛みつかれして、げんのうは、もう長いことそうしていた。

浜百合の花が咲く、御赦免花といった。
三つ四つ花をつけ、時には四五十もつけることがあった。
舟が来て、一人二人、また何十人となく、許されて帰って行く。
げんのうの番は、ついに来なかった。
浜百合が、たった一つ咲いた。
げんのうの番であったか、一つきりの花を手折ると、死ぬという。
げんのうは、手を伸ばす。
「死ねば許される。」
母を殺し、弟を殺した。
獄門を免れて、ここに来た。
なんでおれはという、思い起こしてもわからなかった。
それがわかった。
げんのうはにっと笑った。
母と弟が迎えに来ていた。
三日ほどして、流人の死んでいるのを、島の人が見つけた。
百八つも花をつけた、浜百合の下に。
流人を手厚く葬るのが、島の習わしであった。
げんのう塚という、お墓が今もある。
船頭であったという、嵐に舟が沈むときに、たまたま乗り合わせた、母と弟を、見殺しにして、人を救ったという。
おれのせいだと云い張って、流人になった。
まことかどうかは、知れぬ。

2019年05月30日