とんとむかし16
四つのされこうべ
とんとむかしがあったとさ。
むかし、だいばさったの村を行く、しんの川に、銀の箸と、金のお椀が流れついた。
それは水に浮かぶ、銀蒔絵金蒔絵、
「上の村はえるさった、その上の村は、ひーえるさった、その上はない。」
村長はいった。
「どこにもこのような品を持つ家はない、尋ねてみようと思う者はないか。」
だがだれもいなかった。
しんの川は、あーらわいかんのけわしい山をめぐる。
あーらわいかんの道は、今はどうなっているかわからない。
海から、大男とるきーおがやってきて、しんの川をさかのぼって、雪の峰に腰を下ろした。そこで、あわびを焼いて食べたという。あわびの煙から、ひーえるさった、えるさった、だいばさったの、三つの村ができた。
百年前、雪の峰から、青いいちげの花をとってきた男がいた。よろずの病に効くという。
美しい金銀の、箸とお椀を見て、十六になる村長の娘、ひーろきがいった。
「銀の箸には銀のお椀、金のお椀には金の箸、だのにかたほうずつ、きっとわけがある、あたしが行ってたしかめる。」
「女の足ではむりだ。」
村長はいった。
「きっともう一つ村がある。」
「今までになんにも流れて来なかった。」
海のむこうには、とるきーおの一千の孫が住む、きっと雪の峰の向こうにも。
「だれも行ったきり帰って来ない、青い龍に食われてしまった。」
「龍に食われても、行ってみたい。」
ひーろきはいった。
だーおるとみーかくという、二人の若者が、ついて行こうといった。
「ひーろきが行こうというなら、どこへだって。」
一つ年上のだーおるがいった。
「そんな美しい品を、わたしも手に入れて、少しは世の中の、お役に立ちたい。」
ずっと年上の、みーかくがいった。
えるさったの村に、じんだのーるという勇者がいて、村長はその男に、ひーろきとその一行のことを頼んだ。
「途中で引き返すもよし、お願いする。」
「だいばさったの村長には、恩義がある、行けといえば、行かずばなるまい、だが一つきりの命は、大事にせねばな。」
といって、勇者じんだのーるは笑った。
噂では海の向こうへ行って来たという、
「そんなはずはない、だったら、ー 」
村長はあとを濁した。
ひーろきは、流れついた品を持ち、だーおるとみーかくを伴い、えるさったの村へ行き、勇者じんだのーるに迎えられた。
一行は出発した。
あーらわいかんのけわしい谷間を行く。
「大男とるきーおの歩幅は、十メートルはあったな、これはたいへんだ、では帰りは舟をこさえて、一気に下ろう。」
じんだのーるがいった。
あわだつしんの川を見おろし、岩棚の道をたしかめて行く。通れないこともなく。水飼い場があった、馬の水を飼う、
「馬なんか通ってこれないけど。」
ひーろきがいっだ。
「名まえがついているだけだ、水を汲めるのはここだけだし、魚をとって食う者もいる。」
じんだのーるはいって、ほんとうに川へもぐって魚をとって来た。赤い斑のある魚、みなして焼いて食べた。
「青いいちげってどんな花。」
「夢を見る花っていう。」
月の光に咲くという、雪の峰の、死んだ魂が甦える、云伝えの他には、さしもじんだのーるも知らなかった。
深い谷間には、松明を点して行く。
平らなところと、危うい所とあった。
じんだのーるは見た。雲の切れ間を、のっぺりと金色の仮面が笑う、赤い衣をひるがえし、あれは何か。
「ごら-おん。」
流れが渦巻いて、洞穴に入った。
日が暮れて、朝が来た、しばらくは眠り、また歩き、そうして三日、松明が照らして、されこうべの棚があった。
通る人数だけ、されこうべが並ぶ。
「自分のされこうべが、わかるという、とって耳にあててみろ、何かささやくはずだ。」
じんだのーるは云って、四つのうちの一つをとった。
ひーろきがとった。
されこうべがささやく。
「涙のしずくのように、あるいはおまえは少女のまんま。」
だーおるがとった。されこうべがささやく、
「海を越えて行き、大金をつかんで帰って来る、ふっふっふ。」
どうして笑う、だーおるが聞いたが、それっきり。
みーかくがとった。されこうべがささやく。
「まっさきに死ぬのはおまえ、幸せを知るがゆえに。」
じんだのーるのされこうべがささやく。
「云い負かせ、でないと―」
使いを云い負かせ、のっぺりと悲しみの仮面を。
洞穴を抜けてまた洞穴へ。
くっきりと見えた、赤い衣をひるがえし、いいやそれは夕焼けか、へらーり笑う黄金の。
「あれはなんだ。」
だーおるが指さした時には消え。
「なあに。」
「いえ。」
追って来る、たしかに。
洞穴を抜けた。
「どんだら。」
雷鳴ってくっきりと晴れる、世の終わりと思うほどに、しんの川はうねり流れ。
虹の向こうに、雪の峰。
だーおるは歩いて行った。
雪の谷。
青い太陽が見える。
ひーろきが倒れた。
命を救うのは、青いいちげの花。
「おれが取って来る。」
そういって先を辿る。
みーかくはふり仰ぐ。
雲がうずまいて、青龍が火炎を吐く。
すももの花が咲いて、雪は消え。
朱塗りの門があった。
繁盛する町であった。
「一年で黄金三枚になる。」
人を求める店があった。
みーかくはかせいだ。
大鷲がじんだのーるをひっつかむ。
大空へ舞い飛んだ。
ゆいつけた、四つのされこうべが、からからと鳴った。
赤い衣をひるがえし、仮面が襲う。
そやつに足を取られ。
舟に乗ってひ-ろきは、舟つき場へ。
花に着飾った少女らが迎える。
今日は結婚式。
「いったいだれの。」
「あなたの。」
真っ白い衣装に、ひーろきは座っていた。
金蒔絵のお膳がある、金の箸に金のお椀。
隣は銀蒔絵のお膳、銀の箸に銀のお椀。
真っ赤な衣のはしが見えた。
へらーり笑う仮面。
ひーろきは悲鳴を上げた。
「おまえを娶って、幸せをな。」
空ろな声がいう。
(だれなの。)
(この世でたった一つの真実さ。)
月の光には、真っ白い花を摘んで、だーおるは息絶えた。
氷河に運ばれてしんの川へ。
青いいちげを手に、むくろは流れ。
見つけたのはみーかくだった。
黄金三枚は、だーおるの棺に代わる。
結婚式であった。なぜに結婚式の。
青いいちげの花を抱いた、だーおるの棺は、花嫁と花婿の前にすえられ。
腰のされこうべを鳴らして、蓋を取るのはじんだのーる。
「むくろが蘇ったら、おまえの負けだ、この世の真実だという、名なしの仮面。」
だーおるはよみがえって、青いいちげの花をさし出す。
代わって、じんだのーるが座っていた。
みな消えて、古いほこらがあった。
扉を開けると、銀蒔絵の膳椀と金蒔絵の膳椀があった。銀の箸と金のお椀の一つが欠けていた。
「しんの川に流れたんだ。」
持って来た箸とお椀を供えた。
「どうしてここに。」
ひーろきの問いに、答えはなかった。
「わしが答えようか。」
と、じんだのーる。
いえ、じんだの-るの記憶が消え、ひーろきは頭を振る。
しんの川を流れて行くのは、されこうべ。
二度死んだ男
とんとむかしがあったとさ。
むかし、そねの村に、やたろうという、ぐうたらがいた。
あんまりどうもならんで、和尚が、お寺の留守番にでもと、
「わしがご本山へ行ってるあいだな、ちゃんとやったら、おあしもやろう、嫁も世話しよう。」
といった。
お寺なんて、面白くもねえが、寝て食って、おあしになる、まいいかといって、やたろうは、引き受けた。
食っては寝していたら、賄いのかか来て、
「薪わっとくれ。」
という。
「なんでも頼めって、和尚さまいったで。」
といって、にかっと笑う、どうもさからえん、山のような薪だった。
「しょうがねえ。」
ぐうたらが、汗水すると、こんだ水を汲めっていう、
「さしも達者なもんじゃのう、オッホ。」
いわれてやたろう、首かしげながら、水汲む。
小僧さま出て、
「向こう村でお通夜じゃ、お道具担いで来ておくれ。」
といった。
重い荷物、背負わされる。
「落としたら、ばちあたるで。」
と、小僧さま。そりゃ困る、やたろううんせ、
(お通夜じゃ、いっぺえ飲めるぞ。)
と、せっかくがんばったのに、小僧さま、お経が終わると、
「あしたありますので。」
といって、引き揚げる。
(だめだ、おん出よう。)
やたろう、あしたんなったら、
「おはようさん。」
といって、おみよという、評判の小町娘が来た。
「あれおめえ、どうしておれ、ここにいるのわかった。」
「だって、― 」
おほほと笑う、
「小僧さまいなさる。」
「今留守だ。」
「あら困ったわ、願いごとあったのに。」
「おっほ、わかってるで。」
やたろう、手出そうとしたら、にかっと笑って、賄いのかか出た、
「また来ます。」
おみよはふわっと逃げる。
草むしれという、
(おみよが来るか。)
だったらもうちょっといてと、畑の草むしった。
おみよは来ず、縁起でもねえって、お寺のこった、棺桶が担ぎ込まれた。
行き倒れだそうで、引き取り手もなく、身元が知れればよし、お寺でお経を上げて、無縁仏にする。
小僧さまが、お経読んで、村役のきちぞうという男と、賄いのかかと、やたろうと立ち会った。かかは帰る、
「すまねえ、もう一つ死にごとあってな。」
といって、きちぞうも行く、やたろう一人お通夜。
「な、なんてこった。」
袖ふれあうも多少の縁、ろうそく点してやたろうは、棺桶と差し向かい。
うつらと眠ったら、ろうそく消える。
月明かりに、棺桶の蓋が動く、
ええったら、ぬうっと腕が伸びた。
「ぎゃあ。」
やたろうは、目を回した。
あした朝、小僧さまに云えば、
「こわいと思ったら、すすきも幽霊。」
と笑う。
やたろうは、
(もういやだ、坊主と棺桶。)
といって、まんま食ったら抜け出した。
うら道行くと、何やらふうらり立つ。
ひたいに三角のきれつけて、白い衣。
「きゃあ。」
やたろうは二度ふん伸びた。
気がついたらせまい、まっくらけ、お経の声が聞こえる、ばらり土、
「うわあ。」
わめいて、飛び出した。
墓穴に入る棺桶だった。
いや騒ぎといったら、大笑い、
「そりゃ仏さんよみがえって、ふんのびたおまえはいで、代わりに着せてったのさ。」
「身代わりにって、ー 」
でもってやたろうは、死にぞくない、
「あのぐうたら、死んだか。」
「そりゃ気の毒に。」
あっはと人は笑う。
おみよが来た。
何やらとたんに帰る。
「あの子もかわいそうに。」
賄いのかか云った、
「お小僧さまに、首ったけだあな。」
「そりゃ、かなわぬ恋だ。」
と、やたろう。
てやんでえ酒だといって、賽銭箱に手つっこんで、そいつもって、町へ行った。
どこそ飲み歩くうちに、へんな男と、肩を組んでいた。
「ひいっく、行くも帰るも、
いろはにほへとって、くらあ。」
そうだって歌う。
「花の命も、
行き倒れ、
なんまんだぶつ、
二度とは死なぬ、
死なれぬはずが― 」
見りゃ、三角のきれつけていた男。
そやつ、ぎゅっとふん伸びた。
酔いもいっぺんに覚めた。
同じ死人に、二度でっくわした、さしものやたろうも、まともになった。これも何かの縁たって、
「まあそういうこったな。」
ご本山から帰って来て、和尚がいった、
「それでどうじゃ、割れ鍋に閉じ蓋ってやつだ。」
といって、賄いのかか、子なしの後家さまであったのを、やたろうに世話した。
ぐうたら虫起こりかけると、にかっと笑う、どうやらそれでおさまったとさ。
海賊ごっこ
とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人があった。
浪人さんであったか、本名はわからない、人呼んで、けんか安兵衛に、まとめ歌右衛門といった。
こんな話があった。
とくり歌右衛門の、やぶれ屋敷に、神野曾呂兵衛という、これは立派なお侍が、尋ねて来て、
「娘をさがしてくれ。」
といった。
「昨日の昼ごろいなくなって、こんな手紙が舞い込んだ。」
といって、紙きれを突き出す。へたくそな字で、
「つじのろっぽんまつじゅうりょう。」
と、書いてある。
「さっぱりわからん、十両だといって、いつ持って行ったらいいか。」
辻の六本松は、お祭りがあって、夜店も出て、ちっとは流行ったそうなが、今は破れ堂があるっきりで、ときおりよからぬ連中が、巣くう。
「で、どうなさった。」
「それが馬鹿な話で、持って行かせたんだが、金を取られて、それっきりだ。」
「ふうむ。」
「置けと聞こえたんだそうな、置いて見張っているうちに、なくなった。」
神野曾呂兵衛は青筋を立てる、
「そういうのは十手持ちかなんかに。」
金を取られたっていうんで、人ずてに願い出た、すると破れ堂に寝起きしていた、坊主くずれのようなのと、わけのわからんのと、二人つかまった、
「今調べておる。」
「ならもういいではないか。」
「娘の誘拐だ、せがれは十一になる、やっとうと学問と、そのうこっちの方はなんだが、娘は親に似ず、おっとりと器量よしで、いや一通りのことはしつけた、この秋には嫁ぐことになっておる。」
曾呂兵衛はまくしたてた、
「町方に云うわけにはいかん、なんもなけりゃいいが。二日になる。」
引き受けることにした。嫁入り先は、島田平之介という、まずは申し分のない。人一人まっ昼間かっさらうって、忍者でもあるまいし、とくり歌右衛門は辻の番屋をのぞいてみた。
坊主くずれというのは、のっぺりした面の、玄明というのだそうだ、わけのわからんのは、すが目の甚三郎という、
「そりゃあいつらですよ、わらじ切れたたって、十両の金あんなとこへ置くのが悪い、ひょいと手伸ばしゃもう。」
番屋がいった。
「じきに泥吐く。」
いつだったか二人、かたなしというゆすりの手下やっていた。行ってみた、形無っていう、こいつうすっ気味悪い目つきする、
「いえね、あいつらそんな誘拐だなんて、ましなことには使えねえ。」
かたなしは云った。
「なんか目論んでるんだろう。」
「がきが裸馬に乗ってんです、見張れっていってあった。」
歌右衛門が隠し立ては嫌いだってことを、よく承知していた。
「まだ商いはしとらんか。」
辻の六本松あたりな、歌右衛門は、裸馬を待った。
「えい、すべた馬めえ、止まれ。」
そいつがやって来た、
歌右衛門は放れ馬をおし止めた。びっこ引いて、がきが追っかける。
「すんません、そいつ乗ったら、仲間に入れてくれるって。」
「なんの仲間だ。」
「いえない。」
歌右衛門は、馬の背中に子供をのっけた、
「案内しろ、ほれ落っこちるぞ。」
子供はしがみついて、あっちと云う。
野っぱらに子供が十二三人、
「おい、そんなぶかっこうのはだめだ。」
年かさのがいった。
「その三ぴんはなんだ。」
「知らん、馬を止めた。」
十二三人まわりを取り囲む。
「お姫さまさらって十両取ったんか。」
歌右衛門が聞いた。
「やっちまえ。」
木刀だの石つぶてや、へんな槍やくさり鎌だの、めったらに飛んで来て、歌右衛門は、ぼこぼこになった。
「まいった、かんべんしてくれ、そんでお姫さまどこにいる。」
「あれこいつ平気だぞ。」
「いいからふんじばっとけ、もう行こうぜ、かもがねぎ背負ってやってくる。」
歌右衛門をしばりつけて、年かさがはだか馬を乗りこなす、一行は従いつく。
歌右衛門は縄をほどいて、あとをつけた。
雑木林だ。
けやきの大木に小屋が乗る、歌右衛門は笑った、がきのころだれもやる、女物のはきものがあった。
「神野さんの娘御か、親ごさんが心配しておられるが。」
声をかけると、
「はい。」
と返事がある、
「すみません、今下りて行きます。」
縛られてもいないようだ。
歌右衛門はがきどものあとを追った。
雑木林に空き地があって、そこへ並ぶ。
だれかやって来た。
島田平之介だった。
「わたしと決闘するって、小太郎おまえか。」
「そうだ悪いか。」
小太郎という年かさが、はだか馬を下りていった。
「なんで弟になるおまえと、決闘せにゃならん。」
「うるさい、負けを認めるってんなら、結納金百両を払え、姉の代わりに受け取ってやる。阿呆が大威張りの腐った世の中、建て直そうっていう、われら海賊巴団の旗揚げだ。姉は女首領になることをついさっき承知した、なんならおまえも、舟夫になら雇ってやる。」
島田平之介はぷっと吹き出した。
「姉さん、おさよどのはどこにいる。」
一歩踏み出した。それっといったら、落とし穴がある、網のようなものがばっさり落ちる、竹槍がもたがったり、これは今の世生侍にはとうてい、ー
平之介は抜け出てそこへ立った、
「ちっと頭冷やすか。」
おさよどのが来た。
父親が自慢するだけあって、これは美しい娘ごだ。
ほんのり頬を染める、
「すみません、弟にはほんとうに困っております。」
二人お似合いの。
海賊どもへ、とくり歌右衛門が云った。
「そのなあ十両ての返さにゃなあ、きれいなおさよさんとさ。」
といった。
「あれふんじばった三ぴん。」
「申し遅れた、親父さまに頼まれて、この一件に首突っ込んだ、とくり歌右衛門と申す。」
「おうわさはかねがね。」
「手も出さねえ、平之介のために仕組んでやったんだ。」
小太郎がうそぶく。
「アッハッハ、それにしちゃおおぎょうだな。」
「わかった十両返す。」
「あの字おれ書いたんだ。」
真っ黒けなちびが云う。
「海賊なんてうらやましいですな、とうのむかしに忘れてしまった。」
平之介がいった。
「おっほほ、あたしもうっかり引き受けちゃって。」
おさよどのがいった。
お美代どの
とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人がいた。
浪人さんであったか、本名はわからない、人呼んで、けんか安兵衛に、まとめ歌右衛門といった。
こんな話があった。
花は七分の宵っ方、いっぱいひっかけて、川堤を歩いていると、きわだって美しい女をつれて、ひょっとこの面が来た。
「これはまとめ歌右衛門の、とくりどので。」
ひょっとこ面が、小腰をかがめる、
「おうさ。」
「では、よろしゅうに。」
ひょっとこはふうっと消えて、美しい女の手を取って、とくり歌右衛門は、立っていた。
「はてな。」
女は笑まいもせず、寄り添って来る、さすがの歌右衛門も、立ち往生ではなくって、なにしろ歩く。花の下を、まっすぐに見る、哀しいような、なんであろうか、
「名はなんと申す。」
「おみよと申します。」
「お武家の娘御か。」
ふうと笑ったらそれっきり。
破れ屋敷までやって来た。
「おーい番頭。」
歌右衛門は声をかけた。
小太郎がすっとんで来た。
海賊になろうってんなら、そりゃ鍛えなくっちゃといって、手下ども十二三人と、島へつれて行った。ちったお灸をすえてと、たいてい音を上げたってのに、小太郎はけろんとしている、由来番頭だってんで、かってに住み着いた。
「うへえこりゃなんだ。」
つれを見て、ぶったまげ、
「こりゃなんだじゃない、角屋のかみさん呼んで来い、ちょっとばかし、頼みたいことがあるってな。」
「へーい。」
とんでいった。
さむらいなんて止めだ、はいじゃなくへーいなんだってさ、手ぶらで帰って来た。
「今手が離せないってさ。」
「はて、せわしいのは夕っ方だが。」
「なんでか知らん、一つ屋根の下に女二人はいけねえって、だれに聞いたっけかなおれ。」
苦笑するよりなく。番頭は甲斐甲斐しく働いた。角屋からふとんを借りて来る、夫婦茶碗がそろってみたり、へんなついたてから、しぶうちわまで。
「おさよ平之介なんて、手握ったこともねえのに、さすがは海賊の頭領。」
「これ、へんな目つきするな。」
「祝言上げるばかりが夫婦じゃねえ。」
わかったようなことをいう。
おみよどのは、起居振舞おっとりして、番頭のさしだすお茶を飲み、座蒲団を敷き、はいといい、お早うございますといい、にっこり笑う。
そうしてそれっきりの、歌右衛門が他出すると、ついと寄り添って従う。
番頭は逐一気を利かす。
三日めの、花は散りきわのあした、お美代どのと、仲睦まじそうに歩いていると、ひょっとこ面が立った。
「お世話になり申した、それでは。」
といって、その人を連れ去る。
「おいあの。」
声を掛ける、そのたもとがずっしり重い。歌右衛門はそのまんま帰った。
番頭がしつこく訊く。
「なんだって、手切れ金もらって、あっさり帰って来たって。」
「違うったら。」
「ふうん、そういう汚ねえ商売か、金よこせ、つっかえして来る。」
「これ、止めとけ。」
そこへ置いたやつを、ひったくりざますっ飛んで行った。
行くあてもないはずがって、それが帰って来ない。
歌右衛門は、角屋のかみさんに聞いてみた。
舟宿である。
「あらまあ文無し遊びですか。」
「うちの番頭のこったが。」
「矢場の仁吉っての知らねえかって、あんな男のこと、教えたかなかったんだけどね。何かあったの、そういや内縁のこれって、おっほっほまあどういうことさ、ふとん担いで行ったけど。」
「ふとんは返す、仁吉ってあの。」
そういえばあいつ、ひょっとこの面を、矢場の矢拾いに、とっつけていた、そりゃ違う、歌右衛門は慌てた。
「だいぶたまってるの、知ってりゃいいわよ。」
「うん。」
今度は歌右衛門がすっとんだ。川っぱたの三軒長屋に、何人かたむろしているのを、歌右衛門は知っていた。すんでのとこだった。大枚を持っていたのが悪かった、取り上げて小太郎は土左衛門、
「とくりの旦那じゃしょうがない。」
仁吉がいった、しゃべると右っつらぎゅっと吊り上がる。
「でもな余計なこと知ってやがった、武家娘ってなそりゃ、それなりの、いや。」
歌右衛門は半歩寄った、
「や、やめろ、金は返す、小僧っこもな。」
だいぶやられた番頭を、手下がつれて来た。
「どっきたねえやつらよ。」
ぺっと唾吐こうたって、口ひん曲がる。
番頭の、歌右衛門を見る目がすっきりしない。
仕方がない、つれだって行った。
立派な門構えのお屋敷だった。そこへ待たせた。
とくり歌右衛門といったら、じきに通された。
一室へ入った。真っ白い上に、白装束の老人が座る。
「おまえさまとここで、碁を打ったのはいつであったかな。」
「さよう、もう十何年も前か。」
老人はふっと和んだ。
「末娘のお美代がな、ご拝領の天目を割ってしもうてな、潔う自刃し果てた。それ故のおとがめなしであった。」
「内分のことであったと聞くが。」
ふすまが開いた。
一刀を抜いたこの家の主と、槍を持ち刀を抜く何人か、
「幼いころ見た、お主に会いたいといったんだ、仕方がない、お命頂戴つかまつる。」
主である、お美代どのの兄がいった。
歌右衛門は、刀をおしやった。
「切られてやったら足るか。」
「それは。」
絶句した、ややあって、
「どうだ、二十両でまとめ屋に任せぬか。」
歌右衛門がいった。
「死んだものはもういない、堀田がな、養女を求めている、とやこうそうさ、なんにもないのがいいってさ。」
柄にもなく能弁に幕し立てた、坊主のお経効果っていうやつ。
その立派な門構えを、生きて出て来たんだし、話はまとまった。
「なんで二十両なんだ。」
番頭が聞いた。
「在所を見つけてそれなりにする、そりゃやつが動くわけにゃ行かんだろうが。」
「ふうん。」
しばらく納得して、
「でもさ、手切れ金もらったじゃないか。」
「心の痛手をなあ、癒やすのさ。」
あっはあ惚れたってことか。
そうじゃなくって、大分たまった角屋のつけ。
虎吉
とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人がいた。
浪人さんであったか、本名はわからない、人呼んで、けんか安兵衛と、まとめ歌右衛門といった。
こんな話があった。
台風一過のあした、歌右衛門の、破れ屋敷の前に、赤ん坊が捨てられていた。
小太郎の番頭は、ようやく家へ帰って行った、ちっとはそりゃ勉強もせにゃならぬ。歌右衛門はなにしろ、抱き上げて、舟宿の角屋へ持って行った。
「なにさ、ここの払い赤ん坊でするつもり。」
おかみさんは受け取って、
「ほっほかわいい、あたしの鬼ばばつら見て笑っている。」
女たちがよったくって、
「ほんと、とっくりの旦那にそっくり、目もとなんか。」
「へーえいつ作った、抱かせて。」
「あたしこさえてもいいてったのに、十両ってとこで、きゃはかーわいい。」
たって、ちがう、今朝庭先に落っこってたんだ、
「じき腹へって泣き出す、おっぱいの出る女いないか。」
そりゃ舟宿ではむりだった。
とくり歌右衛門は、赤ん坊をおぶって、門付けして歩いた。
貰い乳のできる、一軒二軒。
四苦八苦していたら、向こうからお乳の張った女がやって来た。おっそろしい馬っつらが、あとへひっつく。
「とっくりか茶碗か知らねえが、不行跡の後始末は、ちゃんとやって貰いてえ。」
「ええなんのこった。」
「はっきりさせりゃ、考えねえでもねえ。」
押しつけられた女は、泣きっつらの、目を伏せたっきり、乳をふくませ、たしかに赤ん坊は、この女の、おしめをかえ、頬すりよせて、煮炊きから、洗濯して働く。
なんとか云えば、押し黙っちまう。
番頭がやって来た。
「だらしねえ聞いたぞ、滅法界の美人つれてくるってなわかる、町娘はらましたってな、そりゃひひおやじのするこった、君子豹変だ、えーと、危うきに近寄らずってんだっけ。」
「その、なんか事情もあってだな。」
「娘に手出す事情ってのか。」
まくしたてて、一つ頼みを聞いてくれという。
「ひょんなやつと知り合いになってな、どっか大店のどら息子さ、凧作りの名人だ、でっかいの作って、人乗っけて飛ばしてみてえとさ、おれそいつに乗った、いや乗るのこれっからさ。」
「海賊は止めたんか。」
「あいつおれの手下になった、だから孫弟子。」
すてきな親分だっていっといた、ところで人夫集めてくれという。
「風出てそいつ引くのに、二三十人はいる、酒井の殿さま、上様ご覧の虎ってえのかな、支那から来たとかいう、あれもらい下げて飼ってるそうだ、おれ凧ん乗って、その虎見ようと思って。」
そういえば、どっか聞いたことがある。
「ふうむ、でもそいつは。」
首かしげたが、
「じゃ、頼んだぜ。」
風待ちだといって、番頭は帰る。
人足なと一声かけりゃ何十でも集まったろうが、近頃の評判でさっぱり、でもとにかく集めて待った。
風が吹いて小太郎がやって来た。
空き地に立派な凧がある、
「あっこが酒井の隠れ屋敷だ。」
坂下の、森がうっそうと茂る、あれはお取り潰しの―
「親分、これ凧作り。」
利口そうな若者が立った。わき向いて挨拶する。はてどっかで見たか、
「大丈夫か、こいつは危険な遊びだが。」
「凧は大丈夫です。」
小太郎は大凧に、手足十文字にからげて、風を待つ、二三十人引っ張って、物の見事に舞い上がる。
「ほう上がった。」
「云った通りだろうが。」
得意満面凧つくり。酒井の隠れ屋敷へ行く、ふうらり傾いた、
「引け右の手だ。」
持ちなおすかに見えて、
「引け。」
凧作りはつっ走る。森の上に墜落。
行ってみた。凧作りもいない。
訪うたが返事がない。
塀を乗り越えた。
いきなり白刃が取り囲む。
「どういうこった。」
物も云わず切りかかって来る、とくり歌右衛門は、当て身をくれてのした。
奇妙な男がつったっていた。
四十格好の、ほう髪にする。
「絵描きの光興か、虎を描かせたら、天下一品というやつな。」
「そうだ。」
光興はいった。
「人食い虎ってのを、描こうと思ってな、やくざみたいのはだめだ、何人か食わせてみたが、どうもそれが今一つ。」
「格好なのが手に入ったか。」
ふうと絵描きは笑った。あて身をくれて、行ってみると、檻があった。
虎というものは、ほんとうにものすごい。
凧に乗っても、見てみたいっていう気持ちはわかる。
檻は二つあって、落っこちたやつと、そいつを作ったやつが入っていた。
「早く出せ。」
「虎に食われりゃ本望ってな。」
飛び出して、小太郎がいった。
「こいつ親分とこ赤ん坊の父親だってさ。」
「へえ。」
「もう死ぬってんで、泣きながら白状しやがった、なんせ馬面の親父がうんと云わぬ、愛しちゃってるのにさ、うんというまで、すてきな親分とこに、面倒みて貰ってって、あれおれにも責任あんのかな。」
「引き取り行きます。」
利口そうなのが、涙と鼻水でくしゃくしゃ。
「とらきちってのどうだ、赤ん坊の名。」
小太郎がいった。
光興引っ張って来て、代わりに檻ん中へ入れた。
「食わしたろうか、ほんに。」
「これ酒井屋敷じゃないな、どうしたこったこの虎。」
調べてみるか、絵描きを雇ったやつがいる。
一枚千両という、きちがいの絵。