とんとむかし18

鬼嫁

とんとむかしがあったとさ。
むかし、せんのだ村に、とくべえという男がいた。
嫁が来たが、しゅうとさまきつくて出てしまう、次の嫁も出て行った。
嫁なしとくべえと人は云う、
とくべえは酔っ払うと、さす手引く手に舞うて、みんなを笑わせた。
猫の紙袋という、ふんどし頭にかぶって、
「よいよい、
まえが見えねで、
うしろへ下がる、
こわいうしろへ、
にゃんごろたら、
なで下がる。」
 よたよた踊って、ひっくりかえったら、いちもつが見えたりする。
落ち武者といって、ふろしきに耳作って、長い面こさえ、すりこぎぶらさげて、座蒲団背負って、そいつをゆっさりゆすって、落っことす。
「馬もおったちゃ、
さむらいよりか、
いきな姫さま、
おっほん、
乗せにゃなんねえ。」
だれかれ大笑い。
たんびいろんなことをした。
雷さまの腹下しどんがらぴっしゃとか、花咲爺さん中風といって、手足つっぱらかって、だれかれ花つっさすのが、もの悲しくって、やんやの喝采。
そんなこんなでいたら、
「おら、おまえさとこ嫁に行く。」
という女がいた。
十人並みよりゃよっぽどきれいで、云うことも発明だし、
「そりゃ、おらもよっぽどおまえ好きだ。」
とくべえは云った。
「でもな、しゅうとさまいて。」
女はふうと笑って、押しかけ嫁になって来た。
押しかけ嫁は、しゅうとの先読んで、たいてい無理難題も、あっさり片づける。
しまいしゅうとさま、物も云えずなった、
「いえ、やっぱり怒られんけりゃいけん。」
すきこさえて、文句云わせたりする。
「なんてえめんこい嫁だ、とってもおらなぞへ来る玉じゃねえ。」
とくべえは喜んだり、呆れたりした。
三年たった。仲のいいのに、子が出来なかった。
子なきは去れといって、家には跡継ぎがいる。
「そのうちできる。」
と云ったのは、しゅうとどのだった。
「できんけりゃ貰いっ子すりゃいいで。」
という。嫁は涙流す。
「それよりも、押しかけで来たっきり、お里帰りせんが、行って来たらどうだ。」
と、しゅうとどの云った。
「婿振舞ってのもあるが。」
 婿振舞は、お里でむこどの呼んで、もてなす。
「おらのお里は山ん中だで。」
押しかけ嫁はうつむいた。
「そうけえ、山ん中でえすきだ。」
とくべえはいった。二人しゅうとどの心尽くし、山のような土産背負って、でかけて行った。
そりゃ恐ろしい山の中だった。でも村があって、立派な屋敷があって、なりはごついが、いい人たちで、押しかけ嫁の婿どんは、大歓待を受けた。
酔うほどに、さす手ひく手に、とくべえは舞う。
やんやの喝采で、みなまた踊る。
舞いの好きな連中だった。
嫁は得意そうで、それは楽しい宴だった。
とちや栗や稗や、ごつい大男が薪を山のように荷って送って来た。
何年かして、やっぱり子がなかった。
嫁はお里へ行って来るといった。では行こうと云ったら、
「今たびはわたしだけで。」
という。なぜか帰って来ないような気がして、とくべえはあとをつけた。
いつか迷い込んで、それは山の中の、月明かりに嫁の声がする。
「子を生んでもよかろうが。」
と云う。
「ならん、わしらの子は人には向かん。」
と聞こえ。前にあった屋敷も村もなく、巨木の森に、角をはやす鬼どもがいた。
嫁も鬼の姿だった。
とくべえは逃げ出した。
かさと音立てたが、追っては来なかった。
嫁は帰らなかった。
「鬼ん子だっても。」
とくべえは、ささやいた。
鬼の舞いというのが残っている。
「なんで逃げたや、
角を生やそが、
はあやそれ、
乳ふふませりゃ、
めんこい子。」
不思議な切なさというのか。



鬼の耳掻き

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しんど村に、さんべえという三男坊がいた。
二十過ぎても、どこへ行くあてもなく、兄にゃの嫁に追い使われて、ごろごろしていた。
竹切って、孫の手こさえて、背中かいたり、それで物取ったり、
「あーあ舟浮かべて、桃太郎の鬼退治。」
とかいって、
「飼い殺しじゃしょうがねえ、どっか行くあてねえんか。」
だれか云うと、
「ねえ。」
と云った。
だっても三郎んとこのおじは、なと云えば、
「そりゃもうお大尽さまの、むこどん。」
とか。
そうしたらほんき、大家さまで、婿どんの募集があった。一人娘は、赤い下駄みたい面したが、そりゃ背に腹かえられぬ、
「さあ行ってきな。」
兄にゃの着物借りて、三男坊は出かけた。
そうしたら、これはという三人の中へ入った。
男ぷりもいい、寝てばっかりが弁も立つ。
下駄っつらかと思ったら、それが清うげの、咲くは一輪椿花、
(惚れちまったってことか。)
物も云えずなった。
娘のほうからさんべえを指す。
「ええ。」
そりゃ下駄娘。
清うげなは、下働きであった。
どういうわけかぶわっと出た。屁一発、婿どんのこたおしまい。
「かせぎもしねえで、寝てばっかり、溜まってたのさ。」
兄にゃの嫁が云った。そうかいといって、孫の手とって、背中かいて寝ていたら、
「旅してこい、てめえの行く道開け。」
兄にゃこわい目していった。なけなしはたいて、せんべつくれた。
「がんばってな。」
兄にゃの嫁も涙。
「ようしおらだって。」
必ずきっといって、さんべえは旅に出た。
なんたって、まんま食わねば。
橋のない川があった、ふんどし一つが、人や荷物担って渡す。
「こりゃ元手いらず。」
さんべえは、裸虫になった。
やなときゃ出なけりゃいいし、うるさいこた云わんし、
「なんせ稼げる。」
といっていたら、毎日ばくち打つ。
見ていると面白そうだ。やってみたら、へえそやつがけっこう、さんべえ、
「ぜにてえものは、ばくちうつためにあるんか。」
といって、三月たった。
ある日喧嘩になった。なにがどうなった。でもって、半殺しんなって、
「へえ、同じ椿も、血いだら真っ赤。」
と云って、川流れて行った。
命だけは助かって、下流に店出した、舟大工に拾われた。
「しょうむねえごくつぶしが。」
といってこき使われ。
拾った命だ、
「飯食ってる間は、生きてらあ。」
とさんべえ、苦にもせずかせいだら、見よう見まねで、舟大工になった。
一丁前とは云われねえが、たいていできると、親方が云った。
「人求めている処がある、行け。」
「へえ。」
さんべえは、道具一式担いで、旅して行った。
先は、千石舟の大きな大工で、さんべえは物覚えもよし、目はしも聞いて、たちまち頭角を現わした。
さんべえと云えば、ちったあ聞こえ。
「しょうむねえごくつぶしもさあ。」
といっていたら、お殿さまが、舟をこさえる。
さんべえが主だちになった。
半年、わざのありったけに、見事な舟をこさえ。
「鬼退治たあいかねえが。」
初舟に乗り込んだ。
「首尾よういったら、跡取りにしよう。」
棟梁が云った。
相手は十五にもならぬか、愛くるしい娘だった。
椿よりも山茶花。
「どっちかといえば、おら山茶花。」
といって、舟は都へついた。
さんべえはさそわれて、きれい所のいる、お里へ行った。
それはもうべっぴんさま、
「お忘れかいな。」
にっこりおいらんが笑った。
花というより日のまぶしさ。
「はあてのう。」
それは下駄娘の下働き、清うげなあの子であった。
「椿のー 」
「あちきはおまえさま恋しゅうて、そうしてこうしてああなって、今では、かように、おいらん太夫じゃ。」
おいらん太夫はいった。
「思いをというのなら、どうか椿の花のお歌を。」
といった。
さんべえはどうもならん。舟大工の代え歌歌った。
「つらつら思ふは椿花、
さんざ焦がれて山茶花の、
雪がふるては、
雪の軒、
降るがよかろか、
消ゆるがよいか。」
おいらんは悲しい眉を、ー
「きっとぜにを貯めて、もう一度。」
さんべえは帰り舟に乗った。
海はとつぜん時化て 木の葉のように揺られ、舟はびくともせん。
「そうさおらの工夫だ。」
鬼のみみかきというものを、用いた。たわみがきいて、もちこたえる。
「これさ。」
手に取って、ざんぶり落ちてもがく。
「こうれ起きんかいな。」
兄にゃの嫁がゆさぶった。
「孫の手なんかにぎってねえで、そろっと畑へ出ろ。」
「あーあ。」
さんべえは伸びした。
鬼の耳かきなといって、出て行った。
大家さまで人手欲しいという。
行ってみたら、夢に見た、あの清うげな子がいた。
「こ-れ、こっちへ。」
とんでもしねえ作男が云った。



星の器

とんとむかしがあったとさ。
むかし、弥平の村に、婚礼があって、りんしゃん、牛の背に揺られて行った花嫁が、それっきり消えてしまった。
待ちぼうけを食った花婿が、さらわれたと、あと追いかけたら、道っぱたに、首かっさかれて死んでいた。
花嫁はお祐さんといって、たいそう美しいお方で、あんまり美しいので、お天道さまがやっかんで、神隠しにあった、いや鬼がかっさらって行ったと、人みなうわさした。
「婿どのが殺された。鬼でなくとも、鬼のようなうからの仕業に違いない。」
お祐さんの兄の、平史郎は云って、
「ううむ、嫁になぞくれてやらずはよかった、まだ生きている。」
と云って、美しい妹を捜しに行った。
おぼけ谷内に新村があった。都からの落ち人が住むという、強盗殺人かっぱらい、たいていのことはするという、そんな人の噂であった。
皿や器を作る業いという。うら若い女の鮮血をもって焼く、秘伝の皿があるという。兄の平史郎は、くれないというその部落へ入った。
どこもかしこも空家だった。一軒ばかり人の住む家があって、とっつかまえて、吊るし上げると、
「知らぬ、許してくれ、わしは地のもので、習い覚えて、見様見真似に器を作る。」
と云った。
「他はどうした。」
「一夜明けたらだれもいなかった、向こうに一人だけ残っている。」
と、指さす。
行ってみた。物云えぬ男がいた、舌を抜かれていた。男はへらーり笑って、山を仰ぐ。

そうして涙を流す。
平史郎は山に向かった。
 道が失せる。かすかにけもの道が通い、その先に、六軒ほどの村があった。
とつぜん、山刀に取り囲まれた。
「妹を捜している。」
平史郎は云った。
「花嫁のまんまさらわれた。」
襲いかかる。
平史郎は四、五人を叩き伏せた。
「近頃、女をさらっては来ぬ。」
頭株が云った。東を指さした。橋があるという、夜中にだれか渡って行った。
吊り橋があった。
それを渡って、村があった。
かつてはここを通って都へ行ったと、村人が云った。
「今は行けぬか。」
「石の塚がある、飯塚とお汁塚という、そこから道は跡絶えた。」
行ってみた。
飯塚と汁塚という、二つ塚があった。
そこに平史郎は宿った。
夢に、戦に破れた将軍が現れて、村人に一汁一飯の施しを受ける、追手が迫っていた、

「ありがとう、代りにわしの首をやろう、黄金二十枚になる。」
敗軍の将は、自ら首をかき切って果てた。
とつぜん美しい娘が立つ。
妹であった。草を指さす。
平史郎は目覚め、草むらへ行ってみた。
清水が湧く。おいしい水であった。
「なぜに。」
幻の泉といって、あるときとつぜん湧き出して、一月あるいは半年たって消えるという。瑞兆であった、いいことがあると、村人は云った。
平史郎は里へ下りて、それから別途を辿って捜した。
鷲がいた。
梢に停まって、案内するように舞い立つ、
「瑞兆というはこれか。」
鷲は大空を舞い、じきに山の向こうへ消えた。
山を廻って、道は奥深く続いて行って、ふたたび里へ通う。
だれも住まぬ村があった。すでに崩れかける。
「どうしたことだ。」
「どうしたことだ。」
谺が返る。
谷を越えて、百花繚乱に花が咲く。
「親を知らぬであろう、おまえら兄妹は。」
声が聞こえた。
たしかに親を知らぬ。平史郎は、気がついたら兄と妹だった。
「里を云え。」
「知らねば云えぬ。」
足下を雉子が飛び立つ。
雉子をつかんで鷲が行く。
雉子は妹、鷲は兄の平史郎。
頭を振ると、もとの百花繚乱。
生き残りがいた。
「鬼が来た。」
という、食われ八つ裂きにされ、ついには、村を投げ出した。
「鬼はどこから来た。」
大空から降って湧いた。
鬼の村がある。
平史郎は捜した。
(身は八つ裂きにされようとも。)
二たび三たびめぐって、捜し当てぬ。
妹が指さした、草の泉へ行ってみた。
「瑞兆のまいたけが出た。」
村人がいった。
平史郎は山へ分け入った。
あまりのうれしさに舞いを舞うという、まいたけが首なしの将軍になった。そやつが宙を舞う。
平史郎は追った。そやつが消えるあたり、屈強の男どもが立った。
「お迎えに参った、さようさ、我らが主を。」
連中は云う。
けわしい山を行く。
道なぞなかった。
滝があった。裏に洞穴があった、抜け出ると、隠れ里であった。
「花の園には、祖先が埋まっておる。」
という、夢のような里であった。
美しい妹がいた。都にも見ぬ、みやびやな衣装を着る。
「むこどのは、かわいそうなが死んでもらった。」
白髪の長老が云った。
「これは妹ではない、おまえの妻となるべき女。」
平史郎は飲み込めぬ。
家は八百を数え。
主だちが寄って、主であるという平史郎に、先祖の記憶を呼び覚ます、何人か、朱塗りのかさをかぶって舞う、それは奇妙な儀式であった。
隠れ里は、天子が御即位に、
「星の器。」
を所望するときにだけ、この世に現れる。
あとは幸いの村とて、永遠に安堵する。
天子のお使いの来ることは、何十年も前に知られて、その準備に入る。
「主とその伴侶。」
が世の中へ出る。なぜに世に出るか、ようも知らぬ。
「くれないの村は、行き倒れを助けてやったのが、技を盗んでかしこへ逃れた。器は半端物ではあったが、それでも高価に売れた。」
われらは抹殺したと。
先祖のおくつきの村は退いて貰った。
首なしの将軍は、我らが財を狙って破れ、
「今ではお里の守り役よ、わっはっは。」
と笑う。
平史郎は主であった。
祖先の記憶は大抵のものではなかった。
妹であった美しい妻と二人、星の器というものを作る。
 二人の命と引き換えに、器にはきらめく星が現れる。
人の世は滅んでも、これは残ると云う。



貝の紫

とんとむかしがあったとさ。
むかし、うんなべいどの村に、うーろという女の子がいた。
うーろも十六になる、初々しい体を衣におし包む。どんなに美しい衣も、貝の紫にはかなわなかった。
空の明るさ、海の底なし、幸せのときめき、光さやめく。
生きているようなとりどり。
男は有礒に貝を取る。
荒れ狂う海。
小指の先ほどの貝であった。何十何百集めて、ひがいの木の灰汁と煮出す。
糸を染め、真水にさらすと、吹くような紫。
恋する女にそれを捧げる。
むらさきを着る。
永えの愛を誓う。
二つ年上のゆーらは、よっほという若者の紫を着て夫婦になった。
同い年のしーにやの男は、波に飲まれて帰らずなった。
いとこのみとの若者は、数が足らずに、あわいピンクのような、それでも二人は夫婦になった。
紫を着る。
男には命がけの仕事だった。荒れ狂うほどによい貝がつく、いっぺん潜ってせいぜい六つがほど。
うーろのためにという若者は、まだいなかった。
いない。
欲しいと思った。一生に一枚の紫を、
「いさおしは、
命のたけの、
 紫を、
ほう、
月にまぶしや、
えんやーさ。」
「みさをには、
心を永久の、
紫を、
はあ、
日にまぶしや、
えんやーさ。」
と歌われて、一の花嫁衣装であり、ここ一番の晴れ着であり、年月に紫はあでやかに、さわやかに行く。
そうしてお墓に持って行く。
愛のしるしであり、女の誇りであった。
うーろは欲しかった。
おおむかし、ゆーわという美しい娘があった、男という男が懸想して、中におおとりという若者が、猛り狂う海に潜って貝を取った、だれよりもよい貝を九百九十まで取って、一千にしようとて帰らずなった。
ゆーわは九百九十の、かつてない紫をこさえ、その紫に、一生を独り身で過ごす。
そんな夢のような話は。
うーろはため息をついた。
云い寄る男はなくはなかった。
でも尻込みをする。
崖の辺に林があった、
涼しい林に恋人たちが歩む。
その辺にもう一つ林があった。巨木に茂み、歩み入る恋人もなく。
月夜であった。
云い寄る男を尻目に、うーろは一人行く、巨木は夢見るような月明かり。
十七も過ぎる、
「紫が欲しいか。」
ぞっと声がした、
「欲しい。」
うーろは云った。
「取って来てやろう。」
「だれじゃおまえは。」
「だれでもよかろうが。」
たとい鬼でもいい。
そうして鬼の胸に抱かれた。
うーろは、極めて美しい紫を手に入れた。かつて見たことのない、
「よほどの貝を、一千も取らなくては、だれがいったい。」
人みなため息をついた。
「よそ者が持って来た、夫婦になる。」
うーろは云った。
おやめと母親が云った。
「なぜに。」
「式を上げるまえに、紫を着るのはお止め。」
うーろは着て歩く。
世はうーろの紫。
日も月もなし、うーろは美しく変化する。
月明かりにうつろに響く。
「えんさー、はーや、
あだし思いは、海の底。」
「月のしずくを、千の貝、
ついに巨木の、茂むまで。」
かつてよい貝の取れた磯の、その上にはお墓があった。
伝説のその紫を取って、鬼がうーろに与えた。
うーろに取り付く、それは別の霊。
むくろは鬼に食い裂かれ。



首塚

とんとむかしがあったとさ。
むかし、おうけ村に三郎兵衛という、聞かぬ男があった。
ねだゆるんだの直して、いするぎ神社の、巫女さま呼ばって、お払いして貰った。
巫女さまいい女が、三郎兵衛なんぞには、鼻もひっかけぬふうで、
「これや、お包み少ねえし、ねぎやごんぼうばっかでなく、お魚もお供えして。」
と云った。
「建て前てんじゃねえんだ、欲たかりのすべためが。」
 云うと、
「神さまん悪口云うと、たたる。」
「そうかあ、たんとたたってくれ。」
三郎兵衛、巫女さまのおしり、つるうとなでたら、
「きーっ。」
と、にらんで帰って行った。
そうさお宮さま、戦に破れた将軍が、首切り落とされて、おそろしい生っ首が八方に飛ぶ、あたけんようにって、首塚こさえたのが始まりだ。
時にゆれるから、いするぎ神社という。
祟りある。
物知りが、語って聞かす。
「魚持ってあやまって来う、巫女さまなんてもんは、箸にも棒にもかからんで。」
「そうなあ。」
と、三郎兵衛、
「ふん、がん首こわくってきせるが持てるか。」
といって、そのままにした。
三日たった。どっかで酔っ払って三郎兵衛、帰って来たら、山鳴りしてごうっとまっ暗闇を、ものすげえったら生っ首が飛ぶ。
そやつががっぷり噛みついた。
三郎兵衛目回した。
「噛みつかれたら鬼になる、免れようには、他のだれかに噛みつけ。」
巫女さまの声がした。
三郎兵衛は鬼になった。
両腕ふしくれだって、着物はおんぼろまつわりつく、目ん玉張り裂けて、にょっきり角が生えた。
そうして空を飛んで行った。
そこは三本杉に痩せ田んぼ、はあてなんべん行き過ぎる。
清兵衛がやって来た。
先年かかに死なれて、人のいいだけが取り柄のじっさ、
「鬼んなったがよっぽどまし。」
思い決めたとたん、ふうと笑う。
清兵衛め。
三郎兵衛は行き過ぎた。
ここは裾野小路、森のあたり、なつかしい道が行く。
振られた女のお里がある、なぜかおれは喧嘩早くって、兄をぶんなぐった。
どうして喧嘩って、ええそんなこたいい、女は行かず後家になった。おれはかか貰った、嫁に行ったって聞いたんだ。
がっぷりやろう、あいつ抱くよりゃましの。
行き過ぎる。
鬼は引き返す。
これは広小路、尾崎の六兵衛が行く、ぐうたら飲み仲間だ、ようしあやつに噛みついて、二人鬼して。
なんかろくでもねえ。どいつもこいつも役立たず。
ええ一匹じゃ面白うもねえ、百鬼夜行だ、村中よりどりみどり、三造も仁助もそのくされかかもさ。
でもって鬼ってもな、なんで鬼だ。
鬼のおれは見えねえのか、噛みつきゃ見えるのか、ようしと三郎兵衛。
ばちばちっと音がした、人みなよける。
がぶりとやったのは 地蔵さまの石頭だった。
さすが鬼の牙もげぬ。
「しゃれにもならねえや。」
娘がかがんで用足しする。
「ようしあいつだあ、女ってもなどだい性悪の。」
そのまあのっぺりおしりにがっぷり、ぷわあったら屁一発、そける。
「鬼よけか。」
一郎んとこの三番子だった。
あんな他愛ないのをさ、鬼にしたら一生浮かばれぬ。
「おまえの一生は終わった、あとは鬼をまぬがれて、成仏するっきりだ。」
巫女さまが云う、
「うるさい、鬼んなれ。」
「オッホッホ、おまえなんかするったら、鳴りもの入りだ。」
巫女さま、
「ただ噛みつけ。」
かぷりとやったら、ひーっと聞こえたような。
説教する門徒坊主がぶりっとやるか、色っぽい奥さまおれが面倒みて。
坊主鬼にしたって、さっぱり変わらなかったり、意気地もねえあいつら。
世直しだ、代官さまがぶりっとやろう、姿見えねえ天下無敵。
ばちっと音して、おさむらいのだんびら、ばっさりやられる。
なにさもとっこ成仏。
代官さまお留守だった。
小役人に用はない、ほっと安堵。
代官さまとお役人鬼にして、やっぱりもとっこかあ。
どっか空しいような。
そうだ、余市の強欲たかり、なんでもてめえのものにしちまって、なんだって人の悪口ばかし云ってる、きったねくせえあいつならいい、ばち当たって当然だ。
余市がいた。
けえと三郎兵衛、
「あんなもん噛んだら、鬼がすたる。」
と云って、行き過ぎた。
でもって、何十年そうやっていた。
せがれあと継いで、かかばばあになって、強欲余市に、山一つ取られそうんなって、出てやろうと思ったが、そうさ、鬼の出る幕はねえわな。
さんさん雪が降っていた。
雪が涼しいってのは退屈だ、鬼の幸せってのはなんだ、なといっていたら火事だ。
へえ三郎兵衛ってやつの家だ。せがれにばばどうした。
きっと助けねえば。
鬼は火なんか熱かねえし、手突っ込んだら、
「あつう。」
と云って、目が覚めた。
お灯明しの火が燃える、あわてて消し止めた。
三郎兵衛お払いのお神酒飲んで、酔っ払って寝ていた。
「ふうなんてえ夢だ。」
巫女さまに会った。
おまえさに惚れた、口説いてもいいかと聞いたら、
「いいけど、しっかり口説け。」
とさ。
いい女だけどかかいたしな。

2019年05月30日