とんとむかし20

梅の宿

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、いかずち村の温泉宿に、こんな縁起があった。
 梅の老木にまつわる話である。
 三郎兵衛という嫁なしがあった、年もいいかげんになった。母親の面倒をみて暮らそうかという。
 機神さまのお祭りに、のぼり担いでねり歩いていたら、おしろい塗って真っ白けの女がにっと笑って、
「嫁っこ欲しいけ。」
 と、聞いた。
「うっさい、いい女ならもらってやってもいいけんどな。」
 と、三郎兵衛、
「強がりいうな、ねえくせに。」
「ふん。」
「西のほう十里行って山入ると、女ばっかりの村ある、うっふう、そりゃもうみんなあたしみたいに別品さまじゃ、惚れっぽいしすぐ嫁に来るで。」
 と云った。
 そういえばおしろいぬったくっても、こりゃ満更でねえが、
「手っ取り早くおめえでも。」
 といったら、もういなかった。
 お祭り終わって、なんやかやして十日もたって、思い出した。
 三郎兵衛は尋ねて行った。
 十里行って山の入り口に、十軒部落があった。そば食いに来たことがある、女ばっかりの村のこと聞いたら、
「そんなもんあったらわしが行く。」
 と、おやじ云った。
「道はある、抜け人の通り道だちゅうで、山賊も出たが、今はだれも行かん。」
 険しいといった。
 女ばっかりの村、あるはずもねえしなといって、引き揚げようとしたら、ばあさいて、
「いわな取るか。」
 といった、
「一干し三文。」
 川干しあげて、さかな取る、
「ええ子生まれるぜ。」
「たっても嫁ねえが。」
「えへへ。」
 とばあさ。三郎兵衛は三文払った。
「女もあんなばあさになっちまうんだ、ひい。」
 と云って、こまいのが三つ、もう一つ欲張って、ものにならず、三つめに、ぼうくいみたいでかいのいた。
 押さえ込んで出ると、ばあさ来て、
「三場所な、五文に負けてやる。」
 と云った。せっかく取ったって五文、
「そうかよ。」
 といって投げた。
 ぽかっと浮いて、死んだかと、
「四文。」
 ばあさ云ったら、ふっと消えた。
「嫁なしは魚も取れねえ。」
「うっさあ。」
 といって、帰って来た。
 あくる年、雪消えに夢を見た。
 谷を行くと、ずんと開けて美しい川があった、えらくなつかしい川の。
「ふ-ん。」
 三郎兵衛は行ってみた。
 さんさん芽吹き山抜けると、夢にみた、夢よりもなつかしい川があった。
 なんというんだろう、
「浦島太郎はこういう川辿って。」
 と、思ったら、梅が咲いていた。
 巨木を満開に咲く
 それ見呆けて、帰って来た。
「梅はお里に咲くもんさ。」
 母親云った。
「そうかよ。」
 夏が過ぎた。
 野分けのあした、行き倒れがあった。
 若い女だった。
 かゆを食わせて、十日めには起き上がった。
 山向こうの、ひえ村の娘で、両親ともなくなって、身寄り頼って行くという。
「だったらうちの嫁になれ。」
 母親いった。
「だどもあの。」
「だどもなんだな。」
「わたしのようなもんでよければ。」
 そりゃもういいともさといって、形ばかりの祝言上げて、三郎兵衛と行き倒れの娘といっしょになった。
 気立てのいい子で、しゅうとどのによう使え、親子三人仲良う暮らしたが、どういうものか子がまからぬ。
 いわな取れなかったからだと、縁起にはある。
 祭りに嫁さま、おしろい塗ったくって踊ったら、はてどっかで見た、そうであった、
「女ばっかりの村あるで。」
 といったあの女。
 そう云ったって、
「なんにねえ。」
 笑うきりだし、三郎兵衛もべつこと思わず。
 嫁が来た年に、梅を植えた。
 その梅咲いたら、男の子がもらい子になって来た。
 梅は十八年。
 梅屋敷という名の、温泉宿だった。
 梅屋敷という村もあったというて、しまい女だけになって絶えたと。


  
さんち

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、ゆきえの村に、むしろ小屋掛けて、だれか住んだ。
 乞食かというと、何かして稼いでみたり、そうかというと、たいていなんにもしなかった。
「さんち。」
 という、三兵衛であったか、さんちは歩いて行く。
 向こうのお寺に、蓮池があった。蓮を渡って、弁天さまがある。お堂の扉を開けて入ったっきり、出て来ない。
 はあて、茶屋で団子なと食っていた。
 弁天さまでもあるまいしと、川っぱたに釣りをする、
「釣れたかいの。」
 と、寄って行くと、
「ふう。」
 と笑う。
 魚篭は空っぽだった。
 おさむらいであったか、年寄ったか若いか、ようも知れなかった。
 さんちのむしろ小屋に、男の子が来た。
 手におえぬがきんちょで、盗みやかっぱらい、女の子にわるさする、一人二人かたわにしたとか、
「追ん出されたで、おいてくれ。」
 と云った。
「おいてやってもいいが、てめえんことはしろ。」
 と、さんちは云った。
「そうする。」
 子供は、ふとんをかっぱらって来て、なべかま茶碗なとして、余れば分けて食い、なきゃ食わぬで暮らした。
 手前味噌で、飯まこさえたりした。
 さんちの面倒を見る。
 楽しそうな。
 すっきりしている。
 親が、
「もういい、帰っておいで。」
 というと、
「帰る。」
 と云い、
「うん。」
 というんで、帰って来た。
 それあってか、人は何かあると、さんちのむしろ小屋へ行く。
 かかに逃げられた、じいさ口聞かね、ゼニに困った、子は云うこと聞かねえ、
「そうかい。」
 一こと二こと。
 人はなっとくして帰って行く。
 仲間はなかった。
 野菜や米上げて、人が、
「おまえさまは、なんてえ賢いお人か。」
 と、聞くと。
「人は独り合点するきりさ。」
 といって、ふうと笑った。
 なにがしというさむらいが来て、
「だれあって、かってに暮らすわけにゃいかん、目障りだ。」
 といって、刀をひっこ抜いた。
 大上段の真っ二つ、と思ったら、
「おさむらいさまがまあ、蓮の葉っぱ相手に。」
 といって笑い物。
 蓮のくきが切れていた。
 上尾のおくみは、美しい人で、たとい浮き名を流しても、
「上尾のおくみがさ。」
 といって、人は悪いことは云わぬ。
 なぜか、さんちに惚れて、通いつめる。
 むしろ小屋に、大輪の花。
 言い寄ったって、気の利いたせりふの一つも云わずはと、さんちが貴人になった。
 おさむらいではなく、とつぜん烏帽子すいかん、もえぎのあやもの着て、おくみの手を取って行く。
 蓮の花がぽっかり。
 水の辺を渡って、弁天堂に入る。
 二人消えた。
 何日かして、おくみは帰って来た。
 どういう道行きであったかと、人が聞くと、喜悦満面、
「大切な一生の思い出を、なんで人になんか云うものか。」
 といった。
 浮き世の無上楽だってさ。
 さんちは、いつかいなくなった。
 十二神将に、さんちらという、巳の神さまがあったのを、きっとその化身だと、人のいう、
「へびの化身だと。」
 そんなことあるもんかと、がきんたれであったあの子が云った。



美人幽霊

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、いつ勘十郎というおさむらいがあった。
 やっとうの腕はたしかであったが、部屋住みで、たいして飲めぬ酒を飲んだり、店冷やかしに覗いたり、川で魚を釣ったりしていた。
 三十過ぎの山のような娘が、十石取りの加藤左衛門のさ、うん婿入りという、ちっとそいつは、
(おれだってこう見えて。)
 勘十郎は、ふところ手して歩いて行った。 思い出した。部屋住み仲間の、せんの由造が行方知れず、
 岡場所は、
「たいていおまえが連れて行って、ゼニもないのにいつづけて。」
 なと云うのは、口八丁で婿に行けた、いとう藤中だ。
 惚れられたんで仕方ねえとさ。
(ふんつまらん。)
 由造はどうしたんだ、魚釣りはせんし、飲み一丁の、辻っぱたに手招きする。
 古物屋の六兵衛んとこの、
「なんだあ娘。」
「お父さんがいいもの手にはいたって。」
「ふ-ん。」
 またろくでもない品を。勘十郎の文無しは知っている。
 だが親父の見せたのは、印伝の煙草入れ、
「知ってるぞこやつ。」
「そうでしょ、由造さんの兄貴の持ち物で。」
 ぎょろり見上げる。
 人のいい狸親父で、
「使いごろの。」
「ねえのはわかってるだろうがさ。」
「でも欲しいんでしょ。」
 くそたたっきってやろうか。
「どうして店へ出た。」
「由造さんがもって来たです、三日めに引き取りに来なきゃ、兄貴に売れってんです、いやね、そのお兄さんがさ、こんなものは知らねえっていう。」
「ふーん。」
 でなんでおれに、
「器量よしの娘、もらってくれりゃその。」
 世の中物騒だ、用心棒の婿どんて、
「娘だけなら。」
「食わせて行けねえでしょ。」
 店を出た。
 由造を探そう、三本に一本は負けてやった、そいつを真に受けて、いっぱし腕に覚えのって、今ごろはおだぶつ、
「いくまつ。」
 に寄ってみた。
 縄のれんだけど別こともする。
「いないわよ。」
 生っ首が云った。
「同じふうねえいつさん、でもつけはだめよ。」
「どこへ行ったか知らんか。」
「知るわけないじゃん。」
 由造が顔を出した。
「まっさきここへ来ると思ってな。」
 探してくれたか。
 勘十郎は引っ張り上げられた。
「聞いてくれ。」
 女を退けて云うには、どうも人一人殺しちまったらしいという、
「椿屋敷を知ってるだろう、あそこへ雇われたんだ。」
 やっぱり用心棒か、
「ありゃ空家になってるはずが、よったくって博打でもやるんか。」
「違うんだ、幽霊が出る、女のそれもどえれえべっぴんさまだ。うそかほんとうか、噂ってもなおそろしい、一目この目で見ようってのが、四人五人と来る、でもって、そこらひっぺがして一晩中焚火したり、お祭り騒ぎだ。」
「へえ。」
「それ追っ払う役よ。」
「幽霊は出たんか。」
「見たぜ、ありゃあたしかに。」
 ぞっと由造は云った。
「でもそりゃそれだ、何人か忍び込んで来てな、とやこうと云う、いやわしにさ、野暮な幽霊だ、そんなへっぴり腰で、生きてるのが切れるかってんで、おうさって叩っ切った。」
 倒れたやつ、仲間がひきずって行った。
「ふうん。」
 そいつが兄貴に呼ばれた。
 石津で騒ぎがもたがった。若とのがどうかしたっていう、
「なに石津の若を。」
 なんしろお殿様、
「死んだわけじゃねえって。」
 そりゃおおごとだ、
「そそのかしたのは部屋住みだって、腰巾着が藤中だ、おまえは何をしとったと、兄貴がさ。」
 その足で逃げて来た。
「様子をさぐってもらおうと思ってな、垂涎の煙草入れをさ、婿どんになる古物屋に。」
「ならねえったら。」
 頼まれて、勘十郎は石津屋敷をさぐった。
 のぞき込んだら、いきなり、襟首掴んで引っ張り込まれ。
 どういうこった。
 いえ怪しい者では、
「おや、こいつ勘十郎といって、部屋住み仲間だぜ、由造はどこにいる。」
「由造がなにをしたって。」
「殺されたのは藤中ってのだ、死ぬまぎは云ったぜ、由造みてえなまくらにやられるとはなって。」
 腕はたしかっていう勘十郎の手を、赤子のようにひねる。うへえこやつこそ用心棒だ、もうありていに白状した。
「それじゃ、由造と藤中の私闘ってことにしよう。」
 用心棒は云った。
「若にも困ったものだ、いいかげんにせんと。」
 椿屋敷へ行け。
 友達甲斐だ。
 見届けてこいという。
 幽霊を見届けようっていう、そんなもの出るわけない、ふんいったいなんの騒ぎだ。二三匹やってきたやつを追っ払って、そこは由造とは違う、勘十郎は七日いて引き上げた。
 かってに果たし合いをしたというので、由造は切腹。
 それが、死ぬ前に幽霊に会いたいと云う。
 美しいといって、あんなに美しいものはない、
「死んだら会える。」
 介添えが云うと、
「生きているうちにだ。」
 と云った。
 どういうこった。
 椿屋敷の幽霊とはなんだ、人騒がせな話だといって、探索が入ったそうなが、途中沙汰止みになった。
 美しいお姫さまが色狂いして、困り果てて空家の椿屋敷に押し込めになった、でもってな、という話がささやかれた。
 それはもうお美しい方で、男とみれば、
「にっと笑って、かんざしでこう。」
 勘十郎の入った時には、もう他所へ移されていたと。
 仲間二人失ってぼんやりしていたら、由造がふわーっとそこへ立つ。
「その体をかしてくれ、のり移って椿屋敷の幽霊に。」
 といった。
 成仏できねえって、
「あれは幽霊ではないっていうぞ、それにもう椿屋敷にはいない。」
「どっちだっていい、また帰っている。」
 仕方がない、椿屋敷に忍び込んだ。
 妙なもんだ、由造に軒貸して、ではおれはいったいなんだ。
 そいつが出た。
 美しいといったら、月明かりにうわあーと浮かんでにっと笑う、身も心もって勘十郎、いえさ由造の霊はほうりだす。
 うっとりわがものったら、かんざしがこう、
「オホホ、幽霊にした男は、おまえで十一人か。」
 と云った。
「うらめしや、みんな若のせいじゃ。」 
「若をどうした。」
「幽霊一号よ、いえあれはあたしの兄、おっほっほっほ。」
「ぐわ、そ、そういう。」
「知ったら死ぬしかー 」
 あれどっか空気が抜ける。



牛をべろうり   

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、たのすけ村のじんべさ、牛追って田んぼすきおこしてたら、ふんどし一つの天狗が出て、よこせという、
「うんまそうな牛、べろうり平らげて、皮で衣こさえてな、ありがたく思え。」
「ありがたく思えって、牛はかわいそうだし、どうやって田んぼおこす。」
 じんべさ云ったら、ではこれをやろうといって、天狗うちわくれた。
「空飛べるしな、使いようによってはいかようにも。」
「なこといったって。」
 それふるって、追っ払おうとしたら、牛も天狗さまも消えて、
「その手は食わん。」
 と、声だけ聞こえた。
「ちえどうやって。」
 天狗うちわふったら、田んぼはどうもならん、じんべさふわっと宙に浮く。
「へえこりゃ面白えや。」
 天狗うちわに、空飛んで行った。
 川をわたる。
 大きな鯉が行く、うわあいつと思ったらまっさかさ、ざんぶと川へはまって、じんべさ岸へ上がった。
 がんたとこの嫁いて、
「どうしたや。」
 と聞く、
「天狗さまに牛取られて、うちわ貰った。」
「またそったらてんぼこく。」
「うそじゃねえって。」
 天狗うちわあおいだら、
「きゃっ。」
 嫁の着物はがれて、すっぱだか。
「うわえれえこった。」
 見るもな見てすっとんだ。
「なるほど、使いようによっては。」
 うちに帰って、かかにみっからぬよう、味噌蔵へ隠した。
 しょうむねえ、人力ですきおこして、ようやっと田植えして、今日はお祭りだ。
 どんがらぴー、娘は赤いけだしに舞い踊るって、朝っぱらから、よったくって飲んだ。
「おめえ、女っこの尻まくる術、知ってるってじゃねえか。」
 だれか云った。
「なんのこった。」
「がんたとこ嫁、どうとかって。」
「そりゃ違う。」
「めっこがんたうるせえぜ。」
 天狗うちわだって、そいつがそのう牛取られて、
「今年のお水取りだ、おめえ、がんたの代りに行ってこう。」
 名主さま云った。
「村一番のすけべ、お水取り行かせりゃ、豊作間違いなしよ。」
「あっはっは。」
 みんな云う。
「いえそんなあの、牛いねえしおらとこ。」
「行くんだ。」
 文句帳消しだって、そりゃしたが戸隠さままで、海ぱたずうっと行って、けわしい山路行って。
 じんべさ、まいない受けて、家帰ったらかか、天狗うちわで、かまどあおぐ。
「味噌つけて、こんげのあった。」
 うわあったら、危うく大火事になる。
 じんべさ、天狗うちわもぎとって、
「せっかく留守番してろ。」
 と、でかけて行った。
 道中どっかの娘のおしりとか、そうは問屋が下ろさず、じんべさ、さっとあおいで、海っぱた行き、山三つ越えて、もう少しで戸隠神社というとこで、とんびと烏と来た、
「うんめえにおいがする、わしが、いやさとんびがめっけた。」
「味噌くさいは上味噌にあらず、かーお。」
 二羽でつっつく。
「や、やめとけ。」
 天狗うちわ破けて、じんべさまっさかさま。
 それ善光寺さまの、大屋根だった。
 まいないと、お水取りの器と、じんべえさ、てっぺんにひっかかる、
「なんだあいつ、夕立さまか。」
「どんがらぴっしゃって、いや人だ。」
「へそ取られてほうり出されたか、わっはっは。」
 お参りの人が、よったくって見上げる。
「笑ってねえで下ろしてくれえ。」
 と、じんべさ、
「ちっとむりかいな。」
「そこまで届く梯子がねえ。」
 という。
「善光寺さまの、屋根上がるなと、なんてえばちあたり。」
「そうではねえ、かくかくしかじか。」
 じんべえさ語った。
「なんだとお。」
「拍子とってやらあ、歌ってみろ。」
「そうしたら、蒲団敷いて、飛び降りられるようしてやる。」
 じんべさ、屋根のてっぺんに歌った。
「ふんどしべろうり牛を食べ、
 じんべがもらった天狗うちわ、
 さっとあおいで空飛び、
 んだ大鯉川へざんぶり、
 がんたの嫁はすっぽろりん、
 水を取りに戸隠神社、
 えれえこったやすんでに大火事、
 たにしじゃねえて味噌蔵うちわ、
 からすかーおとんびつっつく。」
「わっはっはあいつしゃれてるぞ。」
「なんでさ。」
「頭つづってみろ。」
「富士山が見えたかだってさ。」
 富士山見えねえけんど、下ろしてやろうてんで、千人分の蒲団ひっぱりだして敷いた。その上に、じんべさ飛び降りた。
 宿坊には、千人泊まれるっていう、善光寺さま。
 だれかじんべさに牛さずけた。
 牛に引かれて善光寺参りの因縁。
 めでたしって、また天狗が出たとさ、帰り道。
 うちわの代りに、ふんどしやるって。



ねこの奥方

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、どーよ村に、かべの金時という、おさむらいがいた。
 にゃーおというねこを、飼っていた。
 どうよ館の、ものすごーわる・もすによーるを、かべの金時は、正義の一太刀、
「きえーおうりゃ。」
 と、ぶった切って、
「ばんざい、世の中は平和になる。」
 と、みんな云ったが、どうよ館の、美しい奥方、とんでもねーわ・よーろぴが、
「犯人をひっとらえておいで、火責め水責め、ぎろちんの刑だ。賞金一万両。」
 と云って、かべの金時は、指名手配。
 美しいよーろぴが、こわくって、だれもかくまおうとは、しなかった。
「仕方がない、旅に出よう。」
 かべの金時は、ねこのにゃーおと、旅に出た。
 ねこのにゃーおが、先に行く。
 のっそり真夜中、
「おいどこへ行く。」
 どうよ館の塀の上。
「さようか、灯台もと暗し。」
 毒を食らえば、皿までだっけか、にゃーおのねこはすっとんで、ここは、美しい奥方の、寝室。
 かべの金時は、刀を抜いた、
「ねことわしを、おかまいなしにするか、それとも一つきりの命を。」
「さすがなもんじゃ、かべの金時。」
 美しい奥方は、ぱっちり目を開けて、
「では、おかまいなしにしよう。」
 と云った。
 にゃーおのねこが、喉を鳴らして、寄りっつく。
 人にはなれつかぬねこが、どうした、
「ねこと女は、あてにならないって、おっほっほ。」
 美しい奥方はふーいと消えて、にゃーおのねこ。
「くせものだ、出会え。」
 声がした。
 槍にさすまた、大だんびら、小だんびら、
「なにはなんたら、おうりゃ。」
 死に物狂いに、かべの金時は、血路を開いて、抜け出した。
 にゃーおのねこと、歩いて行った。
 では、野越え山越え、三日二晩、
「たいてい旅もやんなった。」
 と云ったら、西の方、美しい花嫁さまが、こしに乗って行く。
 はあて、泣きの涙の、花嫁御料、
「めでたいなあ。」
 と、かべの金時、
「めでたくない。」
 と村人。
 おおえの山に、鬼が住む。毎年娘を、差し出さないと、暴れ回って、人を食う。
「人の肉はうんまいそうだ。」
 ぶるうふるえ、
「ではわしがとって代わろう。」
 かべの金時が云った。さしも豪傑、花嫁衣装をひっかぶって、にゃーおのねこと、こしに乗る。
「ねこはなんだ。」
「鬼の好物。」
 にゃーおのねこと、かべの金時のこしは、山のほこらに、置き去り。
 ふわあと鬼火が見えて、七つになって、そやつが一つになって、
「おっほう花嫁。」
 鬼が云った。
「二人いる、あっちの方がいい。」
 にゃーおの猫を、ひっさらう。
 花嫁衣装をひっぱいで、かべの金時は追いかけた。
 鬼の岩屋に、美しいよーろぴがいる。
 どういうこった。
「きええ。」
 かべの金時は、切りつけた。
 鬼の耳がぶっ裂け、
「こおりゃ。」
 ぶんまわす腕に、刀は真っ二つ。
 あわやよーろぴ。
 はてな、にゃーおのねこが、鬼の目ん玉を、ひっかいた。
「ぐわあかん。」
 目ん玉押さえる。
 ここぞと責めたてりゃ、鬼はたまらず、ぼあと一発屁こいて、ふっ消えた。
 にゃーおのねこと、かべの金時は、凱旋。
「ばんざい。」
 村中、お祝い、飲めや歌えの、大騒ぎ。
 その夜、美しい花嫁が、忍んで来た。
「わたしの命は、あなたさまのもの。」
「おっほうん。」
「無礼もの、下がりおろう。」
 にゃーおのねこが、口を聞く。
「あれ、美しい奥方さまが、おられますとは。」
「ねこっきりいない。」
 娘は下がる。
 にゃーおのねこしか、いなかった。
 では旅して行った。
「なんだか変だぞ。」
「にゃーお。」
 にゃーおのねこが鳴いた。
 のったり行く手をふさぐ、たいら河。
 舟に乗ったら、渡し守りが、
「お客さん、この河には、うわばみが住む。」
 と云う。
「悪さするのか。」
 かべの金時が聞いた。
「牛や馬を、べろうり食ったり、人を呑んだり。」
「見たやつはいるのか。」
「見たらおしまいで。」
 舟と渡し守りが、うわばみになった。
「ねこなんてえのも、好きだあな。」
 にゃーおのねこを、ぺろうり呑んだ。
 襲いかかる。胴を切りゃ、かまっ首もたげ、頭を突きゃ、しっぽが襲う。
 とぐろを巻いて、なにはなんたって水ん中。
 ぴえーといって、血いだら真っ赤。
 うわばみの腹かっ裂いて、美しいよーろぴが立つ。
 ひとふりの太刀を、と思ったら、ねこのにゃーおが、太刀をくわえる。
「いするぎ神社の太刀。」
 村人が云った。
「きおいのよろずという、名うての、大泥棒がいて、百三十年前に、太刀を盗んだ。」
 太刀は、永遠の命をしるす。
 よこしま者が持つと、
「そうじゃ、うわばみになる。」
 といって、うわばみの皮、かき寄せたら、きおいのよろずになった。
 くさい臭いの、そやつは燃やし、永遠の太刀は、いするぎ神社に納めた。
 めでたし。
 旅を続けた。
 どぶくろ峠に、盗賊の砦があった。
 東西南北掠め取って、人は殺す、火はおっぱなす。
 女はうばう。
 なんせたいへんだ、
「なんとかしてくれ。」
 西の村も、東の村も願った。
「よかろう。」
 と、かべの金時、
「ふうむ一人ではな、加勢する者はないか。」
 だれもいない。
 そんじゃ止めたと云ったら、
「わたしは天童丸、加勢しましょう。」
 といって、そこへ大人よりたくましい、子供が出た。
「子供じゃしょうがない。」
「見ておれ。」
 天童丸は、刀をふるって、柳の枝を切って、水につくまでに、十三にした。
 たいしたもんだ。
 かべの金時と、にゃーおの猫と、天童丸は、賊の砦へ向かった。
 砦山には、息抜きの穴があく。
 にゃーおのねこが、偵察。
「ねこでいいんだろうか。」
 と、天童丸、
「七三でまあな。」
 引き返し、ねこが云った。
「強そうなのが三人、中くらいの十二人、どうでもいいの三十人。」
「強いのを、退治しよう。」
 と、天童丸、
「火矢を射込めばいいのよ。追い出すの。」
 美しいよーろぴが云った。
「はい、奥方さま。」
「そうではない、お化けだ。」
「いい子ねえ、気に入ったわ。」
 夜を待って、息抜きの穴から、火矢を射込んだ。
 つなを張って、待ちもうけ、
「うわあ煙ったい。」
 どうでもいい三十人が、飛び出した。
「火事だ、ねこのお化けだ、うわ恐ろしい、美しい女だった。」
 わめいては、ばったと倒れ、かべの金時が、いっぺんにのした。
「もうおしまいだ、逃げろ。」
 大声上げると、中くらいの十三人が出た。
 ついでそやつらをなぎ倒し、かべの金時と、天童丸は、強い三人と戦った。
 明け方までには、ふん縛って、盗賊のお財と、女たちの行列と、村へ凱旋。
 さて、
「あーあ。」
 かべの金時が云った。
「もう止めた、どうよ村へ帰ろう。」
「強きをくじき、弱きを助け、正義の旅、おともします。」
 天童丸が云った。
「そうよ。」
 美しい奥方さま。
「どうよ館には、拷問が待ってます。」
 にゃーおのねこが云った。
 ぶつくさかべの金時。
 旅を続けた。
 さまざまあって、てやんでのご城下に入った。
 高札が立つ。
「姫さまに、化物がとっついた、退治した者を、花婿に迎える。」
 てやんで城、とあった。
 にゃーおのねこと、かべの金時と、天童丸は、名告りを上げた。
 姫さまの寝所の、となりへ宿る。
「それはもう、お美しい。」
 忍び込んで来て、にゃーおのねこが云った。
「奥方さまより、美しいお方はありません。」
 と、天童丸。
「そうかよ。」
 と、かべの金時。
「おっほっほ。」
 一寝入りした、真夜中、恐ろしい叫び声に、お城中わななく。
 なんという、姫さまの衣装を着た、九尾の狐が歩く。
「えやー。」
 かべの金時は、刀を抜いたまんま、よだれを垂らす。
 にゃーおのねこは、総毛立つ。
 かろうじて、天童丸が、一太刀。
 化物はのし歩く。
 さむらいは狂い、お女中は呆ける。
 かすかに血のあとがついて、にゃーおのねこと、かべの金時と、天童丸は、明け方、辿って行った。
 深い山中のやぶに、穴が開く。
「たしかにここだ。」
「飛び出す所を、弓矢で射よう。」 二人は待った。
 夜中に真っ青なものが、炎を吐いて、飛び出す。
 かべの金時が射たが、弓矢はそける。
 しくじったか。
 物知りのじっさまが来た。
「五百年の狐は、尻尾が二つ、九尾の狐は、四千五百歳、それ以上たった、弓矢でないと射貫けぬ。」
 という。
「そんなものがあろうとは。」
 かべの金時。
 思案投げ首を、天童丸が、
「もしや。」
 といって、石を三つ拾って来た。
「おおむかしの矢尻だそうです。」
 それをくっつけて、弓矢を三本。
 深夜、九尾の狐が、飛び立つ。
 一の矢、二の矢も外けた。
「追い矢ではいかん。」
 夜明けを待った。
 しまいの一本を振り絞る。
 そやつは、眉間へ吸い込まれ、
「おひょーかんかん。」
 狐は墜落。
 どうと、九尾の谷ができた。
 お城へ引き揚げた。
 美しい姫さまが、目覚める。
 天童丸を見て、ぽおっと赤くなった。
「花婿は決まった。」
「てやんで城の主。」
 ばんざい。
「どうせそういうこったろうと思った。」
 かべの金時。
「にゃーんとお似合いの二人。」
 にゃーおのねこがいった。
 にゃーおのねこと二人は、たっぷりご馳走になって、かべの金時は、
「兵隊をかしてくれ。」
 新城主である、天童丸に云った。
「どうよ館へ押し入る。」
 新城主はうなずいた。
 にゃーおのねこは、天童丸の肩へ。
 かべの金時は、兵隊をつれて、どーよ村に押し渡り、どーよ館を占領した。
 美しい奥方が出た。
 にっこり笑まうて、云うことにゃ、
「ここに手紙があります。命令、兵隊はどーよ館に入ったら、かべの金時をひっ捕らえろ、新城主。」
 多勢に無勢、
「ひきょうなり。」
 かべの金時は、とらえられて、拷問台。
「ものすごーわる・もすによーる、私の夫を殺した者は、死刑じゃ。」
 美しいよーろぴが云った。
「でもあたしと結婚したら、許す。」
「いやだ。」
 そいつはとんでもない拷問で、
「まいった。」
「うっふん愛してる。」
 さても、どーよ館は、盛大な結婚式。
「ねこを飼ったのは、一生の不覚。」
「あらなにかいった。」
 にゃーおと聞こえて、めでたし。

2019年05月30日