とんとむかし21
徳兵衛のお山
一、夜逃げ
とんとむかしがあったとさ。
むかし、田尻村に、徳兵衛という少うし足りない人がいた。
戦があって、三日の戦いの末に、ご支配であった、稲田さまが破れた。
お侍が来て、国境いまで行く、案内を頼むという。負けた方の侍だった。
逃がしたとあっては、責めを受ける。
だれか、足んない徳兵衛にさせろといった。
「頼まれりゃ、いやとは云わんで。」
ていのいいまあ、案の定徳兵衛は、
「いいともさ。」
といって、その宵やみかけて、先頭に立った。
お侍と二人のお女中に、お付きの男衆一人、四人連れであった。
徳兵衛と五人、
「夜っぴで野越え山越えだでなあ、まず腹いっぺ食わねば。」
徳兵衛は云って、なれずしこさえる店へ連れて行く、天の屋といって、戦の間閉めていたが、今は敵方の兵や女どもで賑わう、
「そりゃ困る。」
気がついて、お侍が云ったときは、もう遅かった。
「ありゃなしてこんげ混んでるけ、そうか戦終わったな、アッハおらも戦人連れてきた、おらのおごりだ、たーんとごっつぉしてやってくれ。」
のんびり、どでかい声張り上げる、
「とくべえどんか、いいよ。」
ずっと通されて、人はあやしまぬ。
酒も出た。
あやしむというか、美しい二人の女に、寄って来る男がある。
「ようべっぴんさま、どうでえ、ちょいとこう、飲んで歌え。」
ぴしっとはねつける、その手とって徳兵衛が、
「だめでえ、お高いお人じゃあて、おめえさま方じゃとってもな、えっへ、おら代りに歌おうか。」
と云って歌い出すのが、いい声だった。
おおかたやんやの喝采。
「ふうん。」
といって、敵は行ってしまう。
飲んで歌って、案内人は大いびきかいて眠り込んだ。
一行は顔を見合わせた。
「こんなんでよかろうか。」
「さあな。」
揺り動かすと、
「そうだ、弁当五人分な。」
と云う。頼んであと、寝入ったらどうもならん、仕方なし、みなして寝た。
その明け方、なれずし竹の皮に包んで、店を出た。
お侍は山野十蔵と云った、二人の美しい姫は、千代姫恋姫と云った、そのお付きはしの介という、十五、六でもあったか。
「明日には、国境いを越えたい。」
山野十蔵が云うと、
「さっきなから見てりゃ、お姫さまも、そうさなあおめえさま方も、山のやぶっ原こぐのは無理だ。」
徳兵衛は云った。
「うんだで街道を行く。」
のっこと歩き出した。
片づかぬ死体がある、
「なんまんだぶつ。」
といって、手合わせて行く。
なぜか否めぬ、五人そろって手をあわせてる。
被りものをしたって、におうような女性二人に、いかついお侍、品のいい若者、たいてい笑っている徳兵衛。
道々とむらうて歩く。
こんな目立つ一行はない。
くたびれたかといって、間延びして歌って行く。
なんどか探索に会った。
「殿もおあとも、腹かっさいて死んだ、お家再興を計ろうという。」
「秋月を頼って、手練れの者が。」
「奥方は、大大名山名右京の娘、美しい二人姫を、山名に返せば軍資金が。」
「大殿も若殿も、身代わりだった。」
なと聞こえて、右往左往。
数人に取り囲まれて、
「申し訳ねえですはい。」
徳兵衛はぺっこり、
「三好の大光寺さまへ、お参りしようって、戦の前から云ってたで、戦終わったでこうして。」
といって、云い付け通りの口上と、用意の大光寺さま認可状を出す。
あやしそうなはずが、頷いて行ってしまう。
戦跡の追剥ぎなぞは、山野十蔵が、刀も抜かず追っ払う。
槍侍が馬を駆って来た。
「待てい、天の屋にあやしい一行がいたという、察するに千代姫恋姫の、お二人じゃな。」
「はいそうですが。」
と、山野十蔵があっさり云った。
徳兵衛があとを引きつぐ。
「こちらが千代姫さま、こちらが恋姫さま、強いお侍どのは用心棒で、おらあみてえにはわかんねえが、戦に負けたで、おかわいそうに、そこな人買いしの介というのが、京へ売りに行くそうで。」
本当のことはと、徳兵衛はそう云われていた、
「お殿さまに、うんめえものの一つも食わせてやれって、けなげに身売りしてと申しての。」
涙流して、感極まって徳兵衛は歌った。
「はあ、三好吉野の、
狐であっても、
今生身売りは、
せぬわいなあ。
切なや、
涙の道行き。」
槍侍は、馬を下りてつくづく見る。
「ふうむ、二人姫は七通りも出たというが、こやつが一番真っ赤な偽物だあな、アッハッハ、この男もよう似せた。」
と云って、引き返して行く。
関所ができていた。
捕まって一行は、牢屋につながれた。
「三好の大光寺へお参りの。」
という、徳兵衛の口上は、
「ちいと休んで行け、どうもあやしいふしがある。」
と、当役が云った。
あくる日、
「にせものは殺せ、本物は引っ立てよというお達しだ。」
と云った。
「ではわしらはどっちだ。」
山名十蔵が聞いた。
「どっちだって、首を持って行きゃあ、報奨物よ。」
「わたしの刀をくれ。」
十蔵が云った。
「では、女たちの首をはねて、侍二人腹かっ裂こうぞ、この者は、百姓の案内人ゆえ、放免してやってくれ。」
徳兵衛をさす。
刀が手渡された、
「ではやれ、見届けようぞ。」
「田尻村の徳兵衛だ。身売りするのが何が悪い。」
徳兵衛がどなりだした、
「どだい、こんげとこに関置くとは、なんてえこった、ここはしょうげんさまの首塚のあるとこだ、化けで出るぞ。」
と云う、
「しょうげんさま、頭剃らっしゃったのを、首刎ねられた、祟りある。」
徳兵衛は云った。
「そうだ坊主んなりゃいい、生きて菩提を弔うだ、そのほうが死ぬよりゃいい、身売りするよりゃいい、ではまんずおらからやってくれ。」
と云って、頭差し出した。
十蔵はそれを剃り、しの介の頭を剃り、二人姫の、長い髪の毛を切った。
しまい、しの介におのれの頭を剃らせて、みなそこへ坐った。
こうなると殺すに殺せぬ。
その夜恐ろしい嵐になった。
当役は、たたりを恐れ、一行を放免した。
坊主頭になって、なんまんだぶつと、手合わせて行く。
国境いを越えようとして、また捕まった。
「どうやらおまえらが本物じゃ、頭まで剃って、すんでに逃げられるところだった。」
と云う。
「しの介が若殿じゃ、手だれの十蔵をつけて再興を図る、二人の姫が隠し金の在処をしるす。そうしてだ、その阿呆の田舎者が、大殿のほんものだったとはな。」
「へえそんなことってあるか。」
徳兵衛がいった、
「どうしようっていうだ。」
「二人の姫は生きたまんま、あとは首だけありゃいい。」
「おまえら美しい女に目がくらんだな、野盗か。」
「うるさい。」
少し待てと十蔵がいった。
「まことに云うとおりじゃ、逃れ出る所であったが致し方ない、身支舞をしようぞ。」
でなくば、十人二十人叩っ切ろうという、
「よかろう。」
追手は待った。
行ってみるともぬけの空で、一つ欠けた六地蔵が立っていた。
「ふうむあいつらは。」
一行は徳兵衛の先導で、けもの道を行く。
国境いを抜けた。
二、金山総領
三好の大光寺であった。
「お寺へ来なさるのに、頭まで剃らずとも。」
住持が云った。
「アッハッハ、徳兵衛どのの、とっさの知恵でな、おかげで四つの命を助かった。」
山野十蔵が云った。
「あれはどういうお人かの。」
「もう用済みなが、大光寺へお参りじゃというたらついて来た。」
「女人は売られずにすむのかと、聞いておったが。」
「さようか。」
今は般若湯を召し上がって、死んだように寝ていると云った。
「秋月の使いが待っておる。」
「会おう。」
「大博打が当たったようじゃな、だいぶ派手な道行きであったと聞くが。」
「さよう、かえって大殿に似ておるという、それを用いてな、他のものは召し捕られたか、首を切られた、たいてい危うかった、戦に負けるとはかようなものよ。」
「うむ。」
「ともあれ、菩提を弔ってくれ。」
十蔵は使いに会った。
秋月と椎名に頼る。
大大名の山名は動きそうになく。
先ず秋月へ、しの介と連姫を連れだった。
加勢のことは二つ返事であった。
そのあとが問題だ。
稲田は金山を持つ、破れた戦も、それを狙った冬桐の急襲だった。
冬桐に先を越された。
眺め暮らすかという所へ、名分が頃がりこんだ。
「山野十蔵とな、剣を取っては並ぶものなき、してなんの用だ。」
会っていながらとぼける。
「これにおわすはお代継ぎ、八千代君。」
仮にしの介という、
「ふむ。」
「主君相果て、若君を戴いてそれがし、国を奪い返す所存、何卒お力添えのほどを。」
「して軍資金は。」
十蔵は連姫を押しやった。
「戸倉金山の総領連姫。」
秋月は目を剥いた。
「よ、ようわかった、必勝の軍勢をさしむけようぞ。」
秋月はとめたが、十蔵は清姫と椎名へ行く。
「お代継ぎは、一先ず秋月に入られた、これは別所の総領清姫。」
と云う。
椎名も否やはなかった。
引き返すと、徳兵衛がまだいた。
「みなさま先行き聞かねえば、心配でな。」
といった。
案内の礼をし、十蔵は別にまた包んで、
「国のお寺へ行って、あい果てた者の菩提を弔ってくれ。」
と頼んだ。
徳兵衛は帰って行った。
日ならずして軍勢は整った。
八千代君を立て、稲田の旗竿、名うての十蔵を大将の軍は、なるたけ少なく。秋月椎名の連合軍は、総勢繰り出す勢いの、これを冬桐の本拠へ向けた。
「秋月と椎名で冬桐を二分すればよし、我らは国を取り返す。」
十蔵は云った。
「金山が欲しいっていうんでは、外聞に悪かろうが。」
とは云わず。
急襲には破れたが、浮き足だった冬桐など敵ではない。
姫二人の命は、ないかも知れぬ。
金山が別天地と云うのは、稲田の手厚い庇護による。
きつい仕事も極楽浄土、人みな上下の別なし。治外法権の総領、清姫連姫。
戸倉と別所は、お祭りに競い合った。
祭り競り合いという。
「他が支配になれば、必ずや地獄を見る。」
命は草露に消えてもと、お互いに思った。
「いざとなったら。」
「そう、いざとなったら。」
奇妙な噂が立った。
八千代君は脱出に成功した、冬桐の退散もじきという、だが奥方と自刃して果てた、大殿が生きているという。
頭を丸めて菩提寺におわす。
「金山を知ろうとて、生かしておいたな、冬桐め。」
ということ。
稲田の残党が訪ねると、たしかに頭を剃って数珠をとる。
おらあ百姓だでと云った。
坊主頭のくせに酒を飲んで、間延びした声で歌う。
「もったいなや、察するにあまりある。」
人々が寄った。
いざという時にはと、その坊主頭が、引っ立てられた。
死んだのは替玉ではないか。
すればおまえが本当の大殿であって、戦死の菩提を弔う、
「なんにしても山を案内せえ。」
と云った。
どう捜しても金山の里がわからない、
「いいともさ。」
二つ返事で、坊主頭が云った。
「細道じゃ、そんなん来たったって。」
百人もの大勢、
「いいから先へ行け。」
谷あり山あり、険しい道あり。
きのこは出るし熊取れる、ここらへんは、おらの庭だと云った。
一隊へばってついて行くと、
「先は行ってはなんねえ。」
と云ってとどまる。
谷川には吊橋があった。
「なるほど。」
隊長は、坊主頭を残して渡って行く。
渡りきって、そのまんま百人行方知れず。
坊主頭は寺へ帰って、数珠をもんでいた。
「だってもさ、おら十蔵どの、めんこい女たち、うんでしの介の顔見るまでは。」
ここにいべえといって、居眠りしたり念仏唱えたり。
酒も食い物も、金子まで上がる。
「お参りがきいた、ありがてえこっちゃ。」
と云う。
冬桐は、気味が悪かった。
一隊煙のように消えた、
「あやつは平然と。」
「狸が化けたか。」
「いいや稲田の亡霊だ。」
ともあれほっては置かれぬ、今一度引っ立てようとして、風雲急を告げた。
三、隠れ金山
八千代君を立てて、十蔵の軍勢が押し寄せる。二つの柵は破られ、戦上手の名に恥じず、向かうところ敵なし。
呼応して、ふくれ上がる。
本国は秋月と椎名が、攻めにかかる。
冬桐はよく戦った。
砦の守備もよく、勇猛果敢であったし、引き返さぬ。
十蔵は首を傾げた。
何かある。
戦は目に見えていた。
地の利人の利という、山から急に、味方が湧いて出る、
「大殿はご無事だ。」
という、
「大殿のたましいが抜け道を。」
とも云った。
戦は、稲田のつわもの、秋月椎名は、棚上げの客。
お城に攻め入ると、これがもぬけの空だった。
「国へ逃げ帰ったな。」
退路は開けておいた。
「違う。」
十蔵が云った。
「金山へ行った、戦を捨てて。」
して、救援を待つ。
「冬桐が持つわけがない、それはない。」
「さようか。」
十蔵は、精鋭を向けた。
「よもやはあるまいが。」
自治領の二つの里は、大殿と何人かと、山野十蔵も知っていた。
多少の軍勢なと、歯が立たぬ。
今は総領の清姫連姫を欠く。
「徳兵衛を呼べ。」
十蔵は云った。
「頼みたいことがある。」
頭もだいぶ生えて、なんまんだぶという徳兵衛を、別のさむらいどもが連れ去った。
「山へ行け、百人行方知れずになった所だ。」
という。
徳兵衛は案内した。
吊橋のある谷へ来て、
「ここから先は。」
と云うと、
「いいから渡れ。」
と云う。
とつぜん軍勢が湧き出した。
「さよう、こやつ百姓だろうが、亡霊だろうが、大殿の姿をさせてやれ。」
徳兵衛は、立派な衣装を着せられ、刀持ちがついて、むりやり押し出されて、吊橋を渡る。
軍勢が従った。
幾通りにも別れる、立派な身なりをはいつくばって、徳兵衛はこっちだと云う。
足りなかろうが、山歩きを知る。
作ったばかりの柵があった。
張り番が下りて来る。
「稲田の大殿さまのお越しじゃ。」
冬桐が云った。
「いや、おら百姓の徳兵衛というだ、こいつらさむらいどもがなあ。」
「うっふ少うしばかりその。」
脇へ押しやると、張り番が、
「わしら正直に、人を見るだけが取りえの、山んちゅじゃ、見張りをするのは、行き止まりじゃで。」
と云った。
「向こうは障気が出て通れん、こないだ百人も死んで、えれえめじゃった、むくろも片づけられん、引き返して、三の別れ道を行ってくれ。」
「ふむ。」
念の為に、先へ行かせた二人、鼻口を押さえて引き返す。
「ひどい匂いだ、腐れ死体も転がる。」
軍勢は引き返して、云われた通りに行く。
徳兵衛に大将が残った。
人質だと云う。
「もっともじゃ。」
といううち、何人か降って湧いた。
大将の腰の物を召し上げ、徳兵衛と二人引っ立てる。
途中障気がして、むくろが転がる。
「おかしな匂いがするだけよ、死体は死体だがな。」
連中が云った。
「危険なのは、なんの匂いもしないやつよ。」
「おまえさんの軍勢は、たいてい片づいている。」
金を狙う悪たれどがさ、
「仕掛けは他にもあるが。」
三四人引っ返したのを、跳ねつるべが絡め取った。
「冬桐どのはとりこじゃ、用なしになってもここは出られぬ。」
徳兵衛に振り返った。
「大殿さまという、似てはいなさるが、おまえさまは別人だ、悪げもないお人よのう、せっかくだ、戸倉を見て行かっしゃるか。」
「帰ろう、こんげな恐いとこはごめんだ。」
徳兵衛は云った。
「いやお恥ずかしい、こんなこたしたくない。総領の連姫さまがおわせば、きっと一献なりとも。」
そうじゃ、
「連姫さまはどうなされた。」
「秋月に人身御供じゃ。」
「なに身売りしたと。」
そんじゃ、救い出しに行かねばと徳兵衛。
「清姫さまもな。」
「どうやってお救い申す。」
「なにかけあってみるさ、だれあって人間さまじゃ、戦はそろっと片づいたし、もう用無しだあな。」
金山男もあっけに取られ、つくづく徳兵衛を見て、
「待て。」
と云った。
金の塊を持って来た。
「二人姫に二つの金塊、もしやなんとかなろうというなら、これを。」
と云った。
重たかった。
袋に背負った。
徳兵衛は国境いを越え、秋月へ行き、椎名へ行った。
どうなるわけもないがと、二人の姫を徳兵衛は連れ帰る。
十蔵が、冬桐へかかりっきりの隙を突くように、清姫連姫を救いだし、徳兵衛に委ねたと云う。
「とくべえさんなら安心じゃ。」
二人の姫は云った。
徳兵衛が行き、
「はいなあ。」
といって、金塊を置いて、二人姫を受け出したという、信じられぬ話がある。
四、連合軍
姫の失せたあとに、金塊。
「亡霊物語の続きか。」
十蔵は笑った。
このままではすまぬ。
どうやら大大名の山名が糸を引く。実の娘の奥方まで殺して、稲田の金を狙ったらしい。
冬桐をあやつって。
秋月と椎名の両軍は、冬桐と和議を結んだ、攻めあぐねてというより、山名の仲裁が入った。
一月たった。
山名を総主にして、稲田包囲の連合軍が出来上がった。
諸国統一の名告りを上げる、使者がやって来た、
「我ら連合の賄い所となるべく。」
八千代君を、中将としてお迎えしようという、
「山名という旧勢力がか。」
山野十蔵は云った。
「いい顔をするには、手元不如意となった、われらが金を欲しいとな。」
秋月椎名、そうさ、冬桐もおこぼれに預かろうと。
伺いを立てると、
「おまえが大将、その上のわしを中将で迎えるとさ。」
と、八千代君、
「戦術のことは預けた、命など惜しゆうはない、アッハッハ徳兵衛どのに笑われるわ。」
と云った。
十蔵ははっとした、諸国統一というなら、これはもしや我が君。
もとより英明ではあった。
使者を追い返す。
物見を捕えた。
たしかに山名の者であった。
こちらも探りを入れた。手に取るようにわかる。図体ばかり大きいいい加減さ。
また物見を捕えた。
戸倉別所金山の、見取り図を持っていた。
だれか逃げ帰ったか、
「これは容易ならざる。」
十蔵は策を練った。
戦になった。
大虫山という格好の地に、盟主山名右京は陣取った。赤い菱の旗が林立する。広い裾野を冬桐の黄旗、右を秋月の青旗、左を椎名の紅の、三つ巴が占める。
あわせて、十万の大勢力であった。
味方は一万に足らず、
「居並ぶだけで戦は終わりよ。」
という噂。
天候が荒れる。
十蔵はそれを待った。
雷鳴りはためいて土砂降り降る。大虫山より小高い峰に、稲田の本陣があった。
ほら貝が鳴って、繰り出す。
まっしぐらに敵の本陣、山名を目指す。
もう一軍が巴の軍を横断した。
悪天候には戦わぬ旧勢力が、あわてふためいて、同士討ちを始めた。
旗もなびかぬ雨。
いっときに、右京の首級を挙げる。
戦は終わった。
稲田の兵の半数は死んだ。
それを他所に、両金山を襲ったのは、秋月と椎名であった。
「金塊に消えた姫さまを。」
という。
大戦なんぞ、どっちが勝っても当分は、という。
仕掛けにひっかかっては、兵を失うものの、秋月は戸倉、椎名は別所の、表舞台をほったらかしに、両金山を乗っ取った。
「どうじゃわしの妾になれ、悪いようにはせぬ。」
二人また、清姫連姫を口説く。
五、祭り競り合い
「すれば里人もおとがめなしよ、オッホ金山も安泰。」
清姫連姫は云った。
「世の中は変りもうす、ついのお祭りをしたい。」
「ほう、噂に聞く、祭り競り合い。」
兵を労うによし、ではやれと云った。
神輿に乗って、戸倉は銀のお面、銀の稲穂をとる女、別所は金のお面、金の稲穂をとる女。
白衣と青衣の男たちが、押し合いへしあい担ぐ。
そのまわりを、ふんどし一つの喧嘩舞い。
被り物して、さす手引く手に舞う女群。
子供らが稚児行列。
老いたものもいっせいに行く。
「盛大なものよな。」
「競り合いというは、どうするのじゃ。」
「いったん練って行き、里を廻って来てからです。」
清姫が云った。
「そうです。」
連姫が云った。
最後の一人が、向こうへ消えた。
どーんと、腹に答える音がした。
戸倉の山が、一瞬盛り上がる。
恐ろしい光景だった。
崩れ落ちる。人も草木も屋も。
そうして、占領軍のすべてを、押し包んだ。
別所金山は、水が噴き出した。
一切を飲み込んで、湖になる。
徳兵衛は、十蔵に金山へ行け云われた。
二人の姫を頼むという。
そうして、
「死ぬな、生きてりゃ、きっとええこともある、おらの嫁に来いたって、おら足んねえからだめだども、二人娘になれ、食うぐれえは食わせてやる。」
と云った。
「先祖さまの云い伝え、金山の終いには、山路湖の底を抜けと。」
清姫連姫は云った。
山路湖は、さすがのとくべえさんも知らぬ、われらしか知らぬ、奥の水じゃ。
「だども先祖さま、人も死ねとは云わっしゃらねえ。」
「自由の里は終わった。住人の命は救をう、わたしらは金山の命。」
云い張るのを、ふうと笑う。
その悲しむ面を、見たくはなかった。
すべては終わった。
二人の姫はともに、徳兵衛の、抜け道を伝う。
戦には勝った。
だが領土も増やせぬのは、目に見えていた。
「案ずるな十蔵。」
八千代君が云った。
「我らの世の中が来る、志もない、鵜合の衆に何ができようぞ。」
そういうことじゃ。
残党の放った矢に当たって、徳兵衛が死んだ。
あやつのせいでと、引っ捕えたら云った。
「さよう亡霊じゃ。」
たたりじゃという。
みな嘆き悲しんだ。
山路に葬ろう、葬らせてくれと、二人の姫が云った。
「だってわしらが親じゃもの。」
ひつぎを奥の水に担いで行くと、空っぽの湖の底に、金鉱床が覗く。
「先祖の伝えとは、これか。」
清姫連姫。
稲田には、見所はないと云う。
新しい金脈を、人は知らなかった。
これを徳兵衛のお山と云った。