とんとむかし22
二人妻
とんとむかしがあったとさ。
むかし、上尾村に、茂吉という若者がいた。
嫁取りの日に、嫁さまいのうなった。
美しい嫁さま、神隠しにあうという、人は、
「どうしようもねえ。」
といって泣き寝入り。
親きめたっきり、見たこともねえ、好きあった同士駆け落ちしたって、神隠し云うかも知れん、
「そんなこたねえ。」
と、嫁の兄にゃ云った。
「おまえのことは、お祭りの日に見たそうじゃ、そうさ、嫁入り前ほどの、幸せはねえって云ってた。」
「鬼にさらわれたんでも、捜し行く。」
茂吉は云った。
お宮にあるかんばの木、しらびそさまといった、願い事聞く。おらの嫁はと聞いたら、
「しらびそ知らねえたら、行くな。」
いう、なんとな、
「達者でいる、むくろなら拾える。」
巫女さまは告げた。どういうこった、茂吉は捜して行った。
山井村時村過ぎて、日い出の村があった。
またぎの里で、よそ者は入れぬ。
茂吉はつかまった。
「嫁さま神隠しにあったで、捜し来た。」
と云ったら、
「とちを一俵拾え、そうしたら教えてやる。」
という。茂吉は山へ入って、とちの実を一俵拾った。
「では、たにしを一俵取れ。」
という。茂吉は谷内へ行って、たにしを一俵取った。
すると、
「だいろの娘が空いている、行って婿になれ。」
といった。なんのいったって、連れて行かれて、美しい娘がいた。
二日三晩。茂吉は、
「きっと、おまえより美しいとはいえぬが、捜すと決めたんだ。」
と云った。
またぎの娘は、
「もし捜せなかったら、帰ってきておくれ。」
といって案内する。滝があった。その裏に洞穴がある。
娘は茂吉の手をとった。あたたかかった。
「またぎの血じゃ。」
娘は云った。
「おまえが帰って来るなら、いつまでも待つ。」
茂吉は、いっそ引き返そうと思ったが、
「わかった。」
と云って、滝をくぐった。
洞穴はまっくらだった。
この世の終わりかと思ったら、ひーるがいっぱい取っ付いた。めったらそいつをひっぺがして、
「わしももうこの世では、用なしに。」
とつぜんそう思い、
「とりにくる! 」
と云って、わからのうなる。
向こうに明かりが見えた。
ぽっかり、美しい里であった。夢見るような、
「清いの里。」
と聞こえ。
七年が過ぎた。
家では茂吉の葬式があった。
「神隠しにあった嫁さま、捜しに行って神隠し。」
という、では死んだも同じが。
村を乞食が歩く。
口もきけぬふうで、おんぼろまとって、ぬっと手差し出す。茂吉に似ていると、だれか云った。
そうして姿を消した。
茂吉は目覚めた。
またぎの娘が見つめる、その親かも知れなかった。
「おまえは。」
と云ったら、
「七年たった、ひどい身なりして、帰って来た。」
娘は云った。
「またぎには薬があって、もとへ戻る。」
滝から出て来た者は、おっちでつんぼで、何一つ覚えぬといった。
薬は効いた。
口が聞けた。
七年待った娘と、茂吉は夫婦になった。向こうのことは、何一つ覚えず。
またぎの術も覚え。
どうやら生業も立って、そうしてある日、山の尾根を越えた。
伝い下りた。けわしい崖であった。
道伝ひ行くと、お屋敷があった。門をくぐると、松のお庭があり、しゃくやくが咲いて、金鶏鳥が遊ぶ、
「お帰りなさりませ。」
と云って、美しい人が迎える。
とつぜん茂吉は思い出した。
お葬式はどうでしたと聞かれて、それは覚えず、
「いえ、よろしいのです。」
と云ってにっこり。
「向こうのことは、わたしも覚えていますのは、あまりの幸せに、嫁ぐより、このまんまでいたいと思った、それだけです。」
という。
何十年が過ぎた。
またぎの妻がまっしろうなって、茂吉のせがれが来た。
せがれではない、茂吉であったかも知れぬ。
銀のはしを置いて去った。
それで食べると病気が治った。
首切っても
とんとむかしがあったとさ。
むかし、河野又十という、侍があった。
やっとうの腕も立ったが、それより飲ん兵衛で、飲んだら口を聞かぬ、
「むっつり助平というは、おまえだ。」
飲んではしゃべりまくる、印南東悟が云った。
馬が合うというわけではないが、二人はたいていいっしょだった。
「石見の末娘な、あんないい子、向こうも気があったのに、むっつりそっぽ向いているから、とうとう。」
又十は盃をかんと置く。
その話は止めろというのだ。
「なんとかしてやろうと、聞くには聞いてみた、けんもほろろだ。」
かんかんと置く。
又十なんたって、たった一度の、そやつが振られ、
「飽きれた、むっつりのおまえが口説いたって、あっはっは、ものは好きだ、やろうってわけには行かん、何云ったんだおまえ、ひや、わかった抜くな、もう云わん。」
人をえぐるのが大好きな東悟が、すんでにかわすのは、また面白かった。
「だがな、そういうときこそおれを使え、娘っこなんてものは。」
でもって二人、てんでに飲んでという。
また飲んで、
「うひゃおまえ、椿の花より山茶花が。」
かん、
「あるまじき大演説をしたもんだぜ、ぽっつり落ちる花よりも、つらつら長い冬を耐え、ちんとんしゃんとくら、ほんにおまえのせりふかこれ。」
か、かんかん。
「なんで振られた、とちって、ぽっくり落ちる首よりも、つうらり垂れる鼻水ほどにって、こうんな目した、うわっと、もう云わん。」
でもって、てんでに飲み。
「ぽっとり落ちる雪よりも、恨み氷柱の主さんが、はーあ、溶けて流れりゃ。」
ばたっと音がして、首が吹っ飛んで、その口から、ちんとんしゃん。
「し、しまった斬っちまった。」
又十呆然。なんとしようば、ほったらかして逃げ出した。
帰ろうたって、もはや帰れぬ、浪人してうそぶき歩く。
飲むきりの、たいして仕事もなし。
やくざの用心棒が、相場ってとこか。
ならず者相手に、刀を抜いたら、
「親の恩を仇で返すは、いすかのはしの食い違い。」
声がする。
「たたっ斬られて、ぐうというなあひきがえる、かかと鳴くのは田んぼの烏、ここにいなさるお兄いさんは、一刀流免許皆伝、元はと云えば、ー 」
生っ首が空中に浮かんで、しゃべる。
「ひええ。」
そりゃたいてい逃げる。
かんと又十、刀をおっ立てて、商売にならんといって、そばを食っていると、
「これ親父、まちっとしゃきっと入れろ、なんだあ、昨日皮むいたような葱。」
「へい。」
と、見上げりゃ東吾の。
親父は目回す。
箸をかんと、
「なことしたって、もう斬れめえ。」
「そりゃそうだが、死んだはずがなんでとっつく。」
「ならわしになっちまった。」
ひょんな場所へ上がったって、ふとんの向こうに、
「こっちゃへそから下はねえんだ、遠慮するな。」
たって、どうもならん。
何年かつれ歩いた。
仕事も切れた。江戸を出る。
渡しに乗っていると、
「おい船頭ちゃんと漕げ、自慢じゃねえが、おれは泳げねえんだ。」
生っ首が云う、
「けえ。」
船頭、ぶったまげた拍子に、舟が揺れて、川へざんぶり。
こっちは達者だから、泳いでいると、
「助けてくれえ。」
と、首が流れて行く。
「つれそった首だ。」
といって、又十は拾いに行った。手に取ると、
「そうか助けてくれたか、幸せ。」
といって、ふっ消えた。
さすらい歩いて又十は、首がなつかしくなった。
江戸へ舞い戻って、とくり担いで、東悟の墓を訪れた。
墓に傾けて、飲んでいると、
「おい又十。」
といって、体ばっかり出た。
「なんてえこった、今度は首なしか。」
「首だけ成仏しちまって、置いてけぼりだ。」
首なしがなぜか、口を聞いた。
「置いてけ掘の土左衛門か、飲もうたってくちなしだあな、くちなしに酒ってのはアッハアこっちのこった。」
云ってからに、
(これは東悟のせりふだ。)
と思った。
なりかわって口を聞いている。
やつの真似して、女なんぞ口説いたから、振られたんだ。
「今更しょうもねえ。」
と云ったら、体も消えた。
「そうか飲め。」
酒そそいだ。いい匂いがする。
くちなしの花が咲いていた。
かごのような
とんとむかしがあったとさ。
むかし、千田村に、たがだしという乱暴者がいた。
身のたけ丈をこえという、十尺だから三メートル余り、そんなわけはないが、丈六の金身とも伝わる。
金色の汗を流したという。
大石を持ち上げて、どーんと落とした。屋鳴振動して、村長の家が傾いだ。村長が怒った、とやこういうのを、かっぱじいたら死んでしまった。
村を追われ、たがだしは曽根の村へ来た。
娘が追って来た。村長の横恋慕した娘で、見兼ねて、軒ごとゆすり上げたという、たがだしびいきの話だ。
ともあれあちよという女がいた。
惚れて通うのを、
「あんなもん、婿になられたら困る。」
といって、曽根の村中よって、たがだしの通って来るところへ、火をかけた。火は八方から押し寄せた。火達磨になってあちよを奪い、たがだしは、せいどの池に飛び込んだ。
池には、笹島という島があって、そこで二人暮らした。
あちよは死んだ。
たがだしは悲しんだ。
せいどの池が青く変わる。怒り狂って、曽根の村を襲い、たいてい男は皆殺しにしたという。
「嫁がねえんなら曽根へ行け。」
というほどに、今も女ばっかりの村という。
たがだしが大きく、たくましく育ったのは、赤ん坊のとき、母親が松の平らへ行って、乳を含ませた。
松の平らに松はなしといって、山おくの塩のきつい水に、鳥やけものが寄り、体の弱い人や、産後の肥立ちの悪い女が汲む。それがとつぜん黄金の水を吹く。
玉清水という。
浴びたら龍になるという。
「おれは龍のなりそこない。」
たがだしは云った、
「人の世には住めぬ。」
日並の村長になって、たがだしは三年を過ごす。
公平でもめ事はなく、田んぼはよく稔り、山川また豊かであったという。
ひよという美しい娘がいた。
美しかったが強欲で、ただがしをとりこにし、村をわがものにする。
沈む夕日を押し止めてくれといった。
「もうすこしで衣が縫い上がる。」
という、たがだしは、沈む夕日を押し止めた。
すると日の光が衣をのっとり、衣は村を覆い尽す。
だから日並、ひなめし村という。
ひよは息絶えて、百年の間、村に稔りはなく。
たがだしはしいでの川を越えた。
しいでの川を越えると、迷い道が続く。
たがだしは鹿と暮らした。
山神のお使いになって、群れを率いた。
こだまを聞いて、あっちへ行き、こっちへ行き、たんびに行き止まり。
今も行くと、
「こうや、たがだし。」
と聞こえ、行くと、
「ああや、たがだし。」
と聞こえ。
たがだしは、鬼の首を取ったという。
ごうやの原をさがすと、にょっきり岩が生える。鬼の首塚という、いくつもあって、どれかわからない。
うちでの小槌があるそうな。
たがだしは、松の平らに行った。玉清水を浴びて、龍になろうという。泉の吹き出るのを待った、だから松の平らという。
黄金の水は吹かず、たがだしは雪の尾根へ行く。
雪の尾根の向こうに、清いの里があるという。
年も取らぬ、楽しい暮らしが待つ。
たがだしは雪をよじ、滑り落ち、百回もそうしたので、百谷内ができた。
清いの里へ行ったという説もある。
疲れて寝ていると、
「吹くぞ。」
と聞こえて、たがだしは走った。
行きつく所へごうっと吹いて、黄金の水を浴びて龍になった。
そうして天駆ける。
松の平らと笹ケ峰の間に、七つの沼があって、龍の水飼い場であった。
雨を降らせ雷を落とす。
人身御供に里の娘を取るというのは、それは別の話だ。
松の平らのみやず姫が、笹のおとだまの神にお輿入れの時、龍はその背に姫を乗せて、お送りしたという。
松の木が従いついて、松の平らから松が失せた。
盆の窪池に松林がある。
その時頂いた品というのが、松の平ら神社にあった。
藤で編んだ、できそこないの籠のようでもあり、
「この中に宝物が入っていた。」
という人と、
「このものが心を清める。」
いう人とあった。
藤ではなく、鉱物であることが、最近わかった。
ひょうたんの中
とんとむかしがあったとさ。
むかし、いんの村に、じょうえんげという仙人が住んでいた。
じょうえんげは、ひょうたんを持っていた。
杖を引いて、そのあたり幽玄の松や、糸を引く滝や、霧を吹く岩や、紅葉や、気に入った風景があると、
「ぽん。」
と栓を抜いて、ひょうたんに取り込んだ。
持ち帰って、一人取り出して、心ゆく楽しんだ。
飽いたら返しておく。
仙人は雲に乗って、唐や天竺までも行く。まっしろいひげは一メートル。ひょうたんはお宝、
「じょうえんげのひょうたん。」
といって、そいつは稼げそうだ、盗人が伝え聞いて、ひげをひっとらえて、じょうえんげを殺し、お宝を奪った。
「なんだこやつは。」
なんのへんてつもない、栓を抜いたら、
「ふーい。」
と、盗人が吸い込まれた。
風景が吸い込まれ、山川町村すっぽり入る。
とどまるところを知らず。
世の中呑み込まれ、今も吸い込んでいる。
宇宙のはてもじき。
人はじょうえんげのひょうたんの中に住んでいる。
どっかの猿が来て、ぽんとおしりを叩くまで。
ひょうたんの口が見えると、幸せになるという。
日のさす
とんとむかしがあったとさ。
むかし、椎谷村にあよという、女の子があった。
あよが六つの年、大飢饉があって、だれかれ食べて行けなくなった。
貧しいあよの父母は、
「娘を、あよさへ生きていれば。」
といって、ふだらくとかいの舟に乗った。
夕日に舟をこいで、極楽浄土へ行く。きっと観音さまが聞き届けて、人の難儀を救ってくれるという。
父母は行ってしまった。
あよは食べさせて貰っていた。
飢饉は去る。
実った柿に雪が降った。
鳥が群れて、ふうらん揺れてついばむ。
「ふだらくとかいってなあに。」
あよは聞いた。
「ひーよぴーよ西へ行け。」
ひよ鳥が鳴いた。
あよは西へ行った。
どうと風が吹いて、日差しがぽっかり。
崖を、くるくる巻いて、雪が落ちる、
「父も母もどこへ行った。」
あよは聞いた。
「風は南から。」
雪の壁が云った。
あよは南へ行った。
そろいの傘さして、杉の林が、
「おいさ。」
と、大声を上げる。
「東だ、ほう日が上る。」
あよは東へ行った。
雲がよぎる。
「北へ。」
という。
あよは走った。
ぞうりが脱げて、はだしで走った。
荒海であった。
かもめが狂ったように飛ぶ。
光が射す。
あよは忘れなかった。
云い表わせば、それは、
(自分の苦しみはいい、人がもし困っていたら。)
という。
七十まで生きた。
死ぬるとき、光の雲に乗って、父母が迎えに来た。
松のかぎ
とんとむかしがあったとさ。
むかし、みほという、女の子があった。母が星を呑んだ夢を見て、生まれた。
「きっと幸せになる。」
といって、みほしでは呼びにくい、みほになった。
みほじゃ美穂になっちまう、でもいいかと父親が云った。
母は美しく、はきだめに鶴だと人は云った。
「もとはなあ。」
と父は云った。
笹の御殿というお屋敷があって、わしらはそこから来た。
みほがわしらを救ってくれる、男の子ならこの世を救うといって、酒を飲んだ。
みほは、しろという大きな犬と、お宮まで行き、お化け杉や、宝が埋まっているというつつじ山や、あたりを走り回った。
笹鳴って、母が呼ぶ、天から降り立つような。
そうしてにっこり。
お宮に泥棒がいた。
ばかのような目をする。
「売れそうな子だな、おいで。」
といった。
みほは飛んで逃げた。
村人が行って、つかまえた。大きなしろは吠えもしない。
「きざはしに寝ていただけだ。」
泥棒はうそぶく。すきをみて逃げた。
「あいつは、ばんたかという、人殺しはするし、えらい悪たれよ。」
人が云った。
美しい母がいなくなった。
なぜかわからない、父は飲んだくれて、
「そうさ、もうおしまいだ。」
首吊って死ぬといって、かけた縄が何本になったか、戦になった。
兵が村に火を放つ。
「この子は星の。」
といって、父は殺され、みほは逃げた。
草に伏すのを、引っ立てられた。
柵があった、子供も大人もいた。
そこへ、兵をつれた大将が来た。
「使えそうなのを五十人。」
という
「しろ。」
呼ぼうとして、すんでにこらえた。犬にそっくりな大将、しろはどこへ行ったか。
「がきは捨てろ。」
「役に立ちそうな子もいますが。」
と云うのは、ばんたかという、お宮にいた泥棒だった。
みほはふるえ上がった。
どうしよう。
柵を抜けようとして、その手をつかむ。
にっと笑って、大きな男の子が、
「おともするぜ。」
と云った。
抜けて、二人は走った。
「おまえ星の子だろう。」
男の子が云った。
「みほ。」
「きれいなおっかさんがいたな、由紀の大殿に見染められてさ、行ってしまった。」
「どういうこと。」
男の子はかぶりを振る。
いゆといった。
食い物を盗み、兵からもかっぱらい、魚を取り、栗を拾ったりなんでもした。
焚火をして、二人は宿った。
みほは楽しかった。
冬になるといって、いゆは牛を盗んで来た。
京へ行こう、牛方になろうという。
みほを背に乗せたり、二人牛と温まって伏す。
追手が来た。
兵と牛の飼い主と。
みほを逃して、
「さあこっちへ来い。」
そう呼ぶいゆの声。
みほは歩いていた。
雪の中を。
しまいわけもわからずなる。
目を開けると、どうと風が吹いて、笹が鳴る。
お屋敷があった。
朱塗りの大門に、白虎が見下ろす。
廻って行くと、とつぜん犬にそっくりの大将と、泥棒がいた。
叫び上げると、さらし首であった。
「極悪非道はかくのごとし。」
と、金文字に浮かんで、札が立つ。
くぐり戸が開いた、
「こっちへ。」
みほは入って行った。
めくらむような、黄金のきざはし。
「おまえは何が出来る。」
草の衣の人が立った。
「なんにも。」
「ほっほそうかな、じゃが扉が開いた。」
その人は云って、みほをさくらの衣に引き合わせた。
恐そうな女、
「よう云うことを聞け。」
「返事は。」
「はい。」
うっふと笑う。
存外人のよさそうな、みほは空色の衣に働いた。
なんでもした。しくじったり、しかられたり、ようもかせいで、かわいがられた。
「にしきさまのお越しじゃ。」
ある日、さくらの衣が云った。
「ついておいで、そそうのなきよう。」
控えの間にあって、呼ばれた。
鳳凰のかんざしに、輝くうちかけ、なんという、そうあれは十二単という衣、
(お母さん。)
みほは、すんでに声を飲む。
母が月なら、このお方は日輪。
「ようもお務めかいな、おいくつになられた。」
と聞かれ、
「十二になりまする。」
と答え、
「お声をかけられた。」
たいへんなことであった。
一年たった。
みほは部屋をたまわり、七つあるお倉のかぎの一つを預かった。
「それは松のお倉の鍵です、たいそうなご出世です。」
さくらの衣がいった、
「わたしどもには到底。」
ほっとため息をつく。
いいお婿さんが来ますと云った。
松のお倉には、お膳やお椀があって、さかずきや水差しや。
数ある掛けものの中に、なんにも描いてない、白い屏風があった。
接待には、松のお倉を開けて、貴品に応じて、みほは出し入れした。数十人の空やさくらの衣がついた。
触れてはならぬ屏風。
息を吐きかけると、どっと応ずるような、みほは慌てて飛びのいた。
十五になった。
美しく生いなる。
呼ばれて行くと、若い公達であった。きらを尽くした、るりの器のような、
「いいお方を択びなさい。」
聞こえて振り向くと、今日は、きりんのかんざしさして、にしきさま。
「いずれおまえが欲しいといって、こうして押しかけた。」
ほおと笑まう。
長い袖に押さえる、泣くように美しく、押しかけの若者よりも、みほはそっちの方に見とれ。
(お母さん。)
「いいのですよ、今は決めずとも。」
さんざめいて、みほは引き下がる。
いゆはどうしたか。
死んだであろうか、手傷を負うて。
公達のいおりがやって来た、
「これはきゃらという。」
良き香りのものを手土産に、
「女というものは、おっほっほ、宵待ち草より立ち待ちの月。」
おもしろおかしく、
「むらくもよりは出ぬほうが。」
みほも負けてはいず。
続いてみさといくおがやって来た、松のお倉の御用も、そっちのけ。
お倉のかぎは、使をうとすると手にある。
双六をし、碁を囲み、山吹が咲いたといっては野に行き、でもみほの歌には、手も足も出なかったり。
笹のお屋敷という、
「そうじゃのう。」
と、
「だれも主を見たものはない。」
「接待するは、人にはあらずその宿世。」
という。みほをわがものにすればと、勢い込む。
二月は過ぎた。
騒ぎが起こった。
「触れずの屏風におもかげが。」
さくらの衣が云う。
まっしろい表に、龍の姿が浮かぶ。
日増しに写し出す。
目が開いてらんらんと輝く。
草の衣の人が立った。
「あれに息を吹きかけたとな。」
という、
「ではおまえのここでの暮らしは終わった。行かねばならぬ、龍の抜ける前にな。」
だれかれ騒然。
急かれてみほは走った。
大門を走り出ると、雷鳴りとよみ雲を呼んで、おどろに渦巻く。
天駆ける龍。
みほは突っ伏して、そうしてなんにも見えずなった。
雪がふって来た。
風に笹が鳴る。
すべては夢であったか。
におうような衣に、みほは十五。
奥深い山中であった。
歩いていると、
「おおい。」
と呼ぶ、
「わしだ、かつてはいゆと云った。」
狩り衣に弓を持つ、立派な若者が立つ。
「星がここへ導く夢を見た、やって来た甲斐があったぞ。」
という、
「わしは石見の中将ともうす、けはやという犬と、盗人のばんたかを退治してな。出世したわ。由岐の大殿さまの、覚えもめでたく。」
わっはっはと笑った。
「ずっと捜しておったぞ。」
雪の中を二人の道行き。