とんとむかし23



とんとむかしがあったとさ。
むかし、ゆうげん村に、いいらこという娘があった。
いいらこの恋人を、友達のああらいがうばった。月の汀を歩き、うつくしい子安貝に末を誓ったたいへいを。ああらいをなじると、
「蛙足のおまえより、春風にうねるような髪のあたしを。」
たいへいはと、ああらいはいった。流れ寄る椰子の実だって、岸をえらぶ。
たいへいはああらいの手をとって行く。
蛙足のいいらこは、でも、赤いその髪を、しんさあは美しいといった。
耳がかわいいと云った。年下のしんさあと二人、腕を組んで行く。
ああらいが来て、その腕を取る。たいへいはもう飽きた、返してあげようと云った。

しんさあは行く。
いいらこは口惜しかった。
貝を剥く、鋭いナイフを取って、浜辺に立って、ああらいを待ち受ける。
にくいああらいを、一突き、
生きていたってせんもない、みにくいあたし。たいへいは去り、しんさあも行き。
ナイフを、我と我が胸に、-
よせかえす波が云った。
「美しくなりたいか。」
と聞こえ、
「美しくなりたい。」
いいらこは云った。
「ではそうしてあげよう、何をしようが、美しいおまえの思うさまに、一人舟をこいで、西へ行け、衣がある。」
そう聞こえ。
いいらこは一人、舟をこいで西へ。
波の洗う島に、衣があった。
白い面を見たような気がして行くと、衣だけであった。
軽やかに袖を通す。
衣は消えて、いいらこ。
男という男どもがよったくる、日輪のように美しいいいらこ。
恋いこがれ、云い寄る目。
浮き世は廻り。
ああらいは狂い。
とつぜんひっさらわれて、いいらこは漂いついた。
波の洗う島へ。
衣をつけて横たわる。貝や潮のものが食い荒らし。
そうして死なずにいる、
次のいけにえが来るまでは。



犬神のほこら

とんとむかしがあったとさ。
むかし、三瀬村に、大きなにれの木と、犬をほうむった塚があった。
そこへみなしごの女の子が宿った。雨つゆをしのいで寝ていると、夢にお侍が立つ。

「姫さま、お待ちもうしておりましたぞ。」
という、
「殿さまも奥方さまも、討ち死になされた、だが我らがある、戦はこれからじゃ。」
お乗りなされといって、侍は大きな犬になった。
女の子はその背に乗った。
弓矢の嵐。
戦場をかけ抜ける。
叫び上げて、犬は倒れ。
女の子も射貫かれ。
そうして、天を行く。
犬と美しい姫の星座があった。
「かくしておいた宝がある、それにてお家をおこし。」
と聞こえ、女の子は目が覚めた。
みなしごは、お金を拾った。それでもって、幸せになったという。
いえ夜露に死んで、てんとう虫になったと。
七つ星、十二や星てんとうは、宝のありかを教えるという。



月見うどん

とんとむかしがあったとさ。
むかし、鳥越村の三太郎のところへ、借金取りが来た。
「大年だで、払ってくれねえと、なべからふとんから、持ってっちまうが。」
と云うと、三太郎が、
「腹へったで、うどんを買ってな、そいつ、雪の上へ落っことしちまった。」
という。
「さがしても見当たらねえ。」
「だからなんだ。」
「狸が拾ってな、卵うどんにして食ってた、月夜の晩でさ、卵と思ったら、お椀に映ったお月さん。」
月見うどんだ、あっはっはと笑う。
「だでからっぽ、おたからなんにもねえよ。」
「なんでからっぽだ。」
「たからからた抜き。」
たぬきうどんではねえかって、そうさ。
借金取りが、
「このてんぼうこき。」
と云って、三太郎をぶんなぐったら、かすってよけた。
たぬきうどんは、てんかす。
どうれ一丁さけた。
なんだって、きつねうどんだって。
ええ、とんびに油揚げさらわれた。
鉄砲うちがどうんとうった。
とんびは逃げた。お稲荷さんの油揚、きつねどうん、はいきつねうどん。
そんなのねえやって、いいから寝な。



五木の雪女

とんとむかしがあったとさ。
むかし、五木村あたり、山また山に、雪女が住むといった。
晴れわたった空に、どっかり雪女の姿が浮かぶ、泣くような笑うような、雲になって消える。
いい男に惚れるといった。
それは美しい女で、吐く息一つで、人を殺したり、活かしたりした。
腹ちがいの子や、母親のない子を、
「雪女が産んだ。」
といった。
たいていいいかげんだった。
ゆきは雪女が産んだから、ゆきと名付けたと父親が云った。
だったらきれいなはずが、二人の姉は、はっと振り返るほどであったが、ゆきは霜焼けのはれぼったい目して、手も足もあばただった。
腹ちがいの子は、引っ込み思案で、なにか云えば俯く、いじめられてばっかりいた。

二人の姉が、ふりそで着たり、美しい浴衣着て、お盆に踊ったりするのに、ゆきはいつもそこら掃除して、すすだらけになって、かまどにいた。
殿の若子が、よそうべえさまのお屋敷に泊まった。
われと思う娘や、ゆきの二人の姉も、いい着物着て、どっとめかしこんで、手伝いに行った。
若子やお付きに、お膳を出したり、歌ったりする。
ゆきは、よそうべえさまに行くなぞ、思いもよらず、使いから帰って来たら、道ばたに見知らぬ女がいた。
被りものをして、面は見えぬ。
「おいで。」
という、寄って行くと、
「いくつになる。」
と聞いた、
「十四です。」
「そうなるか。」
女は云って、かぶりものから、ほうっと息吹きかけた。
ゆきは帰って来て、なべかま洗っていると、手がすべすべする、まっしろうなって、あばたは消える、汲んだ水に面が映る、
「これはだれ。」
そんなに美しいものを、かつて見たことがなく。
引っ込み思案のゆきは、きっといじめられると思い、よそうべえさまにも行かず、どうしようかと、その顔にすすを塗った。
「五木村に美しい子がいると、夢に見えたが。」
殿の若子は、夢は夢であったかと云って、帰って行った。
二人の姉は、じきに、似合いのところへ嫁いで行った。
ゆきは一人畑仕事へ出されて、山の井戸にすすを落として映す。
「なんていう美しい、もうどこへでも嫁いで行ける。」
そう思うたって、ままならず。
炭焼きがゆきを見染めた。
どうでもという。
ゆきは炭焼きと過ごす。いい男ではあったそうの、でも暑いのはいや、
「さむいのもいや。」
と云って、帰って来た。
 とつぜん花が咲いたよう。
あでやかな大輪の。
知れわたって、あたり一帯の、男という男どもがよったくる。
好きな男に、ゆきはついて行った。
いい着物を着て、流行りの舞いを舞ったり、おいしいものを食べて、そうして、十日もすると飽きる。
どこに暮らしたかわからない。
「たしかにおおむかし、ゆきのような女がいた。」
物知りが云った。
ゆきと、殿の若子も浮気をした。
「そうさ、そんなこともあったぜ。」
という、
「しまい刃傷沙汰があって、行方知れずになった。」
やっぱりそうなった。
「どこへいつくか、いつき村、
あっちへひらり、雪がふる、
こっちへはらり、雪女、
あだし男が、なんとした。」
という、五木村の縁起だって、そんなのないったらさ。
ゆきを争って、二人刀を振り回す。
すんでに逃れて、ゆきは山へ走った。
息吹きかけた女が立つ。
「あとつぎが来た、死なねばならん。」
女は云った。
「そうならぬよう、殿の若子にも嫁がせて、と思ったのに。」
「あとつぎって。」
「雪女になって暮らすのさ。」
と云った。
冬であった。
またぎが鉄砲をうった。
手応えがあった。
倒れ伏すのは、美しい女であった。
それが消える。
「雪女だ。」
死んだんだ、またぎは云った。
どっかり晴れた空に、雪女は現れなくなった。
ゆきは、引っ込み思案であったと。



花の子守歌

銀のお椀に雪を盛り、
金のお椀に月を盛り、
一つぽっかりねんころろ、
二つ風呂がわいたとさ。

人の舟には吹き流し、
天の舟には酒を乗せ、
三つ三日月ねんこころ、
四つよそゆきおべべ着て。

浅い井戸には花の影、
深い井戸には星の影、
五つごーんと寺の鐘、
六つは村々鎮守さま。

遠い橋には笛太鼓、
近い橋には流行り歌。
七つ泣き虫ねんこころ、
八つ痩せ田のひきがえる。

金のかんざし春の雨、
銀のかんざししぐれ雨、
九つ今生水ん呑み、
十は冬夜の米ん団子。

米の倉には影法師、
繭の倉には棉帽子、
十一じゅんのび正月だ、
十二重兵衛二本差し。

はやい流れに振り袖を、
おそい流れに帯を解き、
十三七つのねんころろ、
十四お父は死んだとさ。

高い塀には龍の角、
低い塀には獅子頭、
十五夜お月さん嫁に行き、
十六夜月ふうらりささのやぶ。



出世名代

とんとむかしがあったとさ。
むかし三川村に、さいのうという子があった。十の時戦があって、村中燃えて、父も母も殺された。さいのうはそこらほっつき歩いたが、腹がへる。
兵のうぶら下げた侍が来た。
そいつへぼうきれ持って、向かい立つ。
「のけ、こわっぱ。」
「きえおうりゃ。」
あっさりのした。強そうなのが、ふん伸びる。
「あほうみてえだ、父も母もなんで死んだ。」
くそうめと、さいのうは、でもってそうやって暮らしていた。
侍だろうが商人だろうが、十の子がうちのめす。
十何人、殺したかかたわにした。
立派な侍が来た、
「野良犬というはおまえか。」
という、
「おっほう、こやつはたんまり。」
やったつもりが、さいのうは襟首つかまれ、
「えい殺せ。」
「そうさ、おまえは死んだ。」
侍は云った。
「ではわしのものだ、云うことを聞け、寸分違わずな。」
さいのうは引っ立てられた。
お屋敷であった、山あり谷ありする。弟子が何人もいた。月光殿と呼ばれ、逃げ出そうたって連れ戻される。
こき使われて、刀術を仕込まれた。
「月光だと、なんてえつまらねえ。」
へらず口を叩くだけましの、死んだものに容赦はなく。
若かった。
生き伸びて三年、その名も知らぬ主が来た。
立ち会って一本取った。
「さいのうか、ふうむ。」
と云った。
「わしは月の宮兵道という、知られた兵法者だ。」
ふっと笑う、
「戦人を育てて、売り込む商売だな。おまえは一つ上だ、師のしんさ弘道どのに預ける。」

さいのうは刀を一振り貰って、月光殿を去った。
しんさどのは、一つ家に住む、ふっさりと白髪の、それが手も足も出なかった。兵道どのにはついに一本取った。
違う。
初めて人を見る思い、
「風みてえな。」
風というより水か、
「水は切れんわい。」
身の回り、走り使いから、極意を得ようと、
「見切りだ、違う。」
すきだらけが鉄壁。
しんさどのは、めったに太刀を取らず、
「さいの来い。」
と云って連れて行く。
花やいだ席であったり、茶の湯であったり。
詩を作り、歌を詠む、
「ほっほ才があるな、文字も書けなかったやつが。」
と云い、そうして能を舞う。
ただの棒切れが、貴公子になった。
忍びの術を知った。
だれやら来て教え込む、いっぺんにこなした。
「売れたな。」
ある日、しんさどのが云った。
「いい価が付いた、おまえは田無のお城へ行け、巴摂津守が主だ、ようも仕えな。」
「はい。」
一つ返事で行く他はなく、さいのうは巴せっつの、お小姓になった。
どじょうひげを生やした、大兵肥満摂津守の、所用もあるにはあったが、夜伽の相手をさらって来いという、
「いい女をな、でないとおまえを。」
ぐえ死んだがましだ。仕方がないさらって来た。云い含める、金も使った。
嫌な仕事だった。
「おまえにというなら。」
女の恨み目。
せっつをぶった切って、逃げようかと思ったら、戦になる。山木丹後のいわきのお城を攻める。
ようやく戦働きかと、
「うってつけの仕事がある、山木のおてんば娘、名に聞こえた、豊姫をかどわかせ。」

巴せっつが云った。
「さらって来るんですか。」
「逐電したいそうじゃないか、どこへなと連れて行け。」
娘をかっさらわれたとあっては、山木の面目丸潰れ。
「わしがってのは困る。」
 巴せっつめ、阿呆が。
いわき城にさいのうは忍び込んだ。
戦を苦もなく抜けて、寝処に入る。
夜目にも美しい姫であった。
「申し訳ないが、おまえさまをかどわかす。」
「なんとな。」
たまげる様子もなく、
「ほう貴公子じゃな、面白そうだの。」
当て身をくれた。
敵陣も味方も抜け、はてどうしようかと、結城のみずきのお城へ運んだ、たしかお似合いの若殿がいた。
結城ともやすという、その寝処へほうり込んだ。
「いま少し大切に扱え。」
とっくに覚めていたらしい、おてんば娘の豊姫が云った。
「おだやかならぬ訪問じゃな。」
結城ともやす、若とのが云った。さいのうはいなおって、成り行きを語った。
「わたしを切っても、たいてい手間がかかるだけですが。」
と云うと、
「では、飯を食わせてやろう。」
ともやすはあっさり云った。
「それでお姫さまはどうなさる、山木へ帰らっやるか。」
豊姫に聞く、
「そうなあ、せっかくのえにしじゃ、わたしに兵を預けて下され、すけべえのひひおやじ巴に、不意討ちを掛ける、お礼は戦に勝った暁にな。」
「わっはっはそいつは豪気だ。」
結城ともやすは豊姫に兵をつけ、さいのうにも行けと云った。
「一人千人分の働きをするという、しんさ名代、聞いておるぞ。」
と云った。
さいのうは、草でも刈るように敵を倒した。おのれのほどを初めて知った。
「呼吸をするよう、飯でも食うようと、師はいわれたが、なまなか兵法とは。」
と感じ入る。
巴は破れ、山木と水城が縁を結んだ。
名うての豊姫さまの、八方に聞こえたお輿入れ、
さいのうは、水城の忍になった。
じきまた戦であった。
下に十人の男女がいた、男女まったく変わらず働く。
うちとけて、さいのうに云った、
「わしらは山の者よ、敵味方もないさ、金で雇われて働く、まあそういうこった、わっはっは。」
変わっている。
のびのびと屈託がない。
風雲急を告げた。手を組んだいがしが寝返って、水城は危うい。
山木は破れ、
「知れなかったは、われらが責め。」
さいのうは配下たったの十人と 不意討をかけた、土砂ぶり降る雨に、囲みを破って、いがしの首級を上げた。
十人のうち、生き残ったのは二人。
「骨を拾って山へ帰る。」
生き残りは云った。
にっと笑って、
「おまえさま御用とあれば、十人二十人、すぐ馳せ参ずるが。」
と云った。
しんさどのからさいのうに、伊能へうつれと云って来た。
「侍大将からさて、一国一城の主だ、ようも狙え。」
とある。
野放図の勢いといい、地の利からも、こうずの伊能は天下取り。
立派な紹介状に、さいのうは表門から入った。
「そんなものは、くそ役にも立たん。」
いくらも年の違わぬ、伊能は云った。
「そのようで。」
つっかえされた紙片を破ると、わっはあと笑って、
「では一兵卒からだ、そちの名を再度わしの耳に入れろ。」
目覚ましい働きを、手足ごとではなかった、これは油断もすきもない知恵比べ、一発でも外れたら終わり。
百人頭になって、さいのうは山の民を呼んだ。
どこに住んだか知れぬ。
つなぎがあった。
川向うの光山の、あれはどっちつかずで剣呑だ、なんとかしろという、伊能の難題であった。
さいのうは引き受けた。
「見たことがあるな。」
「紹介状を破ったさいのうです。」
「そうか、しくじったら打ち首ぐらいにはしてやる。」
「ありがたき幸せ。」
山の民を使って調べた。
聞こえた将もいた、光山が愚かであった、風雲急に立とうとはしない。
二三引き抜いた。山の民に細工して、ぼんくらの光山を入れ替えた。
「敵は伊能じゃ、ひねりつぶして、斎藤に手土産にする。」
ぼんくら殿が云った。
「斎藤の娘おりんがほしい。」
見える連中は逃げ出した。大大名の斎藤は、もう落ち目であった。光山太夫は攻め寄せた、
「手薄の成り上がりものを。」
という、さいのうは派手に討ち勝った。
手柄をもって侍大将になった。
一方の旗頭である、北門の大将。
「城が欲しいか、だったら一つやろう。女房も貰え。」
伊能がくれたのは、きわという小城で、合戦には、敵を食い止めて破れる、
「生き残るほうがたいへんだ。」
女房どころか住まぬほうがいい。
伊能の兵は城に入れ、さいのうは精鋭を引き連れ、山の民と野に伏った。
掘や、仕掛けも作った。
「猿渡り忍法という、ちいとえげつないが。」
といって、三回の戦を守り抜いた。
奇跡のようであった。
何年をいったい合戦に明け暮れて、ついには西の侍大将に、さいのうは大抜擢された。筆頭である、りっぱなお城も手に入った。
一国一城の主。
しんさどのから何か云って来るはずが、戦は止んだり、とつぜんに起こったりした。

茶の湯があった、歌を読んだりする。
能舞台に立つ。
さいのうがこれも面目を、とつぜんいやになった。
「さむらいなんぞ、殺し合いだけやってりゃいいんだ。」
伊能か、
(ふーん大根役者め。)
しんさ流、みやび刀法がなつかしかった。
殺戮と阿鼻叫喚。
一敗地にまみれた。
人を信じてみせる伊能のくせ、そいつがあだになった。
面目だけの大将が抜かった。
伊能を逃がした。
さいのうはしんがり。
大切な山の民を失った。
たといだれ死んだがなんとも思わずが、悲しくなった。
すんでに盛り返し、戦は大勝する。
なぜか一人歩いていた、手勢もつれず林の中の、ここはいったいどこだ。
人影が立つ。しんさどのの使いだった。
「伊能を殺して、おまえが取って代われ。」
とある。
(そうかなるほど。)
さいのうは知った。
「とんだ見込み違いってな、そうは思わなんだか。」
 伊能を殺すは簡単だ。
暗殺ではせんない。
今井を遠方にやり、片棒を担ぐは品川がいい、しばらく思案する。
とやこうお膳立てよりも、機を待つが肝要。
まあそういうこったと、さいのうに女が訪ねて来た。
それはうまく変装した、水城へ嫁いで行った豊姫だった。
「わたしはやっぱり、おまえが恋しかった。」
豊姫は云った。
「わたしをさらって逃げておくれ。」
「いったいどこへ逃げる。」
居直りでは納まらぬ。戦で分取りゃ別だが、ばからしいか。
どっちがばからしい。
「山の民のところへ行こう、戦国往来の、そうさなあれは自由人。」
わたしらも自由の民、
「ほっほ。」
豊姫が笑った。
「殺しあいはもういい。」
つなぎにことずてると、受入れようぞという返事。
忍び出た。
二人道行きの。
十のころからして こんな楽しいことはなかった。
せせらぎの水を飲み、ほしいを食らい、抱きあい、大声で笑い、おにごっこをし。
迎えが来るというときに、うっそりと人影が立つ。
しんさ弘道であった。
「なんで来たか、わかっているであろうな。」
立ち会いは一瞬に決まった。
ひざをえぐられ、谷を流れて行く。
「命だけはくれてやろう、好きであった。」
と、声が聞こえた。



宝船

とんとむかしがあったとさ。
むかし、さんざし村に、六兵衛という、ぐうたら者があった。
しんしん雪が降る。
雪ばっかし降っている。
「あーあ雪降らんとこ行きてえ、常夏の島ってあるがさ、いい女いて。」
と云ったら、かあちゃんが、
「今日は竜神さまの日じゃで、お参り行け。」
と云った。
するこたねえし、六兵衛は出て行った。
竜神さまは、お寺の境内にあって、大寒になっても、いい水がわいて、ひでりんならんように、田んぼのおまいりだ、
「めんどくせ、いやそうじゃねえ。」
六兵衛お参りしたら、宝舟がある。
七福神が乗っている、どうせのこんだ、お寺へよって、坊さまに聞いた。七福神てなんだ。
「名まえ七人なんていうだかな。」
「えびす、大黒弁財天、寿老人布袋和尚に、ふくろくじゅ毘沙門天。」
さすが和尚、いっぺんに答えた。
「大黒天と申すは、仏法守護の神さまであったのが、大黒さま大国主の命になった。えびすというは海人の神さまで、釣竿と大鯛を抱える、豊漁祈願じゃな。弁財天は弁天さまじゃ、女のいろっけに銭金が儲かる。寿老人は長寿、ふくろくじゅと同じだってことで、片方吉祥天にする、これはもう天女さまだな。布袋和尚はほてい腹して笑っとる、むかし中国の高僧であるな、毘沙門さまは四天王の一、やっぱり仏法守護の神さまだ。」
「へえ。」
右のから入って左へ抜ける、なにしろ感心して帰って来た。
もとは弁天さまであったのが、竜神さまになった、いろっけ抜きだって、和尚は云った。
「弁天さまのほうがいいで。」
田んぼの神さまじゃしょうがねえと云ったら、その夜の夢に、竜神さまが現れて、
「どうだ舟をやろう。」
と云う、
「ぐうたらんとこが気に入った、常夏の島へ行って来い、弁財天の代りというはしゃくだ、舟がなけりゃいい、宝舟を持って行け、そうさ、七人乗せりゃ海をわたる。」
はあて、あした朝、雪の上にどっかと、空ろ舟が横たわる。
石の舟が、手をふれると、ふわっと宙に浮く。
「こりゃおおごとだ。」
お寺へすっ飛んで行った。
「かくかくしかじか。」
というと、
「そりゃあ、天竺へ行けということだ、永年信心のわしに代わって、六兵衛の夢枕にたった。」
と、和尚は云った。
「大黒さま毘沙門天をのせ、布袋大和尚の先達で、寿老人にかわって本寺の和尚がいいか、ご本尊の観音さまがいいか、わしはええ弁財天、ちがう羅漢さまじゃ、むろん吉祥天も連れて。」
目が裏返っちまって、こいつはただごとじゃねえ。
「よいか、だれにも云わずと、宝舟の番をしとれ。」
「へいへい。」
六兵衛帰って来た。
舟はちゃーんとある、
「坊主来るまえに、七人。」
かあちゃんは行かないという、
おまえさまとじゃ、どこへも行かねって、へえそういうもんかね。太吉のせがれ、
「あいつ魚取りうまいで、えびすさまな。」
飲み屋の美代ちゃん、ありゃもう弁天さま、たくあん名人のおっかさいた、長生きしそうだで、ふくろくじゅ。
男でも女でもいいや。
娘が連れてけといった。
「しゃあない、おおまけにまけて吉祥天。」
おれがほていっぱらで、布袋和尚。
酒止めた五郎がいた、毘沙門天だ。
あとはわかんねえ。
「六人でいいか。」
舟に聞いたら、
「おっつけどっかで拾え、六兵衛だでまけてやる。」
空ろ舟が云った。
六人乗り込んで、どかんと浮いた。
雪のさんざし村をあとに、大海へ出る。
舟は順風満帆。
「さすが宝舟だあ。」
六兵衛うつらと眠った。いっぺえひっかけたのが効いた。
おんや七人めが乗ってる、どじょうひげを生やす、太鼓腹、
「おまえさまはだれじゃ。」
「布袋和尚よ。」
そやつは云った。
「じゃおれはなんにしたらいい。」
「ふんなこた知るか。」
「なにを。」
どやすと狸になった。
「うへえ狸が化かす、じゃこの舟はなんだ。」
「たぬきのきんたま百畳敷き。」
とたんにぶっくら沈む。
「うわあ。」
おぼれかけて、目が覚めた。
「なに。」
順風満帆で舟は行く。
どういうこった。
「七人めがもうじき来る。」
舟が云った。
アッハッハだれかこのあとを、くっつけて下さい。

2019年05月30日