とんとむかし24

鳴姫

とんとむかしがあったとさ。
むかし、京の西に、豊海なにがしという者があって、女三人のうち、長女を文章博士にしようとて、財を傾けた。
その甲斐あってか、長女なり子は賢く、論語詩経をはじめ文選や、唐の詩集あるいは源氏と、十六のころには、もはや尽くさぬものとてなかった。
人並みのことはさて、どこかで双六をして、大仰なはしゃぎぶり、
「はじめてですか。」
と聞かれ、頬を染める。人呼んでしみ子、古い本に巣食う、しみという虫の、
「それは聊斎志異に一話あります、貧相な文人のお話、女ではありません。」
という、
「りょうさいしい? 」
人は呆れる。
なり子、どういうわけか鳴姫と呼ばれ。
世は乱れて、野伏せりが、徒党を組んでは、攻め合う。
房の付いた朱塗りの輿が、門前について、
「なり子どの、文章の司のお召しにてあります。」
と云った。
はてこの立派なこしはと、父は娘に、とっときの衣装を着せて、こしに乗せた。
「だれその推薦であんなるか。」
と、それっきり行方知れず。
途中に奪われたという。
ほくそ笑んだのは、文章の司とは関係のない、一佐良忠という、一方の棟梁であり、これは右大臣である。
「ホッホッホ、ねらいどおりに、しみ子を姫と間違えて、さらって行きおった。」
一気に息の根を止めて、と思う先に、矢文が立つ。
「姫は頂だいた、この上は錦の御旗を押し立てて、獅子心中の虫、右大臣一派を成敗いたす。」
とあった。
これあればよし、一佐良忠は大笑いした。
「しみ子はかわいそうなが、ひねりつぶせ。」
なにがしか、野伏せりの烈中というのを立てて、ことを起こす。
 野伏せり方は知れていた。
それが潮姫、久しぶりの女帝かと云われる、姫宮を担がれては、厄介になる。
「よし行け。」
手勢をくり出した。
夜討ちであった。念には念をという、それがさんざんの目に合った。
砦山のまわりが、いつか沼池になって、草や木を植える、はまりこんで右往左往、火矢が降る、明るくなっては狙い討ち。
砦山はもぬけの空。
みな引っ捕えられた。
右大臣家には、屈強の七、八人が押し入って、一佐良忠はすんでに命拾い、
「首をすげ替えたって、同じようなのが立つ、まぬけな良忠の方がよいわ。」
という張紙。
「諸葛孔明でも雇ったか。」
だれか思い当たるほどの、ー
次は、敵のいない野原で、味方同士が攻めぎあう、青旗じるしが、どういうわけか赤く染まる。
うつせみというらしい。
「命乞いをしたにより生きざらし、鬼より悪い能無しども。」
という札が立つ。何人か三条川原にさらし者。
それはしみ子であった。
こしは、いつのまにか荒くれ男に担がれて、しみ子ことなり子は、宮廷ではない、砦山の森に入り、
「ひどいことはしないで。」
というのを、一斉に平伏する、
「烈忠にてありまする。」
目のまんまるう髭面がいた。
「主上のおん為におつかえ申す、非力の我らにお力添えを。」
どこか剽軽で憎めない。
やんきいとも、かぶきともいう侍が、恐れかしこんで、三歩も行かぬ。
人前で手下を打つ、
「お止めなさい。」
思わず云ったら、黄金の房のついた鞭をよこして、
「どうか私めをもお叱り下され。」
と、烈忠が云う、なり子は困った。
回りが慌ただしい。
どうしたのかと聞くと、戦であった。
「姫はご安泰にありもうす、たとい何万の軍勢、鴨川の水の如くに寄せようとも。」
しみ子は首を傾げた。
戦況を聞いた。
「敵を知りおのれを知る、百戦危ふからずと、孫子の兵法を待たずとも。」
といって、黄金の鞭をとって、
「これはこう。」
とて、策を授けた。
それがなんじょううまく行く。
奇妙な気がした。
世の中はもしやこういうものか、戦は負けぬよう、人は殺さぬように、
「人生とは大冒険。」
という、右大臣一派の天下を横領するありさま、命乞いの相手からにも聞き、
「汚いことは嫌い。」
という潔癖。
困ったのは、どうしてもと云われて、鞭をふるうと、荒くれが奇妙な声を上げる。
お仕置志願がぞっと増えたり。
谷間の村に敵を誘い込んで、弓矢の代わりに、酒と女で味方にしてしまったり、大軍のにらみ合いかと思ったら、精鋭が駆け抜けて、あっというまに決する。
負け戦もあったが、たんびに味方はふるい立つ。
「姫宮に申し訳がない。」
という。
そりゃ、鳴姫という仇名はあったが。
錦の御旗をこさえる。
「金烏急に玉兎速やかなり。」
という、お日さまに烏がいて、月には兎だったけど、思うそのまんまに、心の星を添えて、黒地に染め抜いた。
「やたがらすの御旗。」
と云った。不思議に大勢がつく。
ついに八方なびく。
宮廷から使いが来た。
橘の直江を右大臣にする、一党の主だちを各要職に付け、野伏せり烈忠は、北軍の大将にする、右大臣一佐良忠は追放、以下島流しなどのこと。
戦は納まった。
やたがらすの御旗は、宮の西庇を飾り、鳴姫は、潮姫というその人に会った。
瓜二つであった。
「わたしたちは双子の姉妹であった、占い博士によって、妹の鳴姫、そうですあなたは、豊海の長女になること、天下の争乱を納めるには他なくといって、ことはその通りになりました。」
百花開く如く、潮姫は云った。
「あなたにいいお婿さんがいます。」
数学博士であった。
清廉をもって聞こえる、橘の直江の弟。
鳴姫は気に入った。



つらつら椿

とんとむかしがあったとさ。
むかし、おーらんこらんという神があって、山のうちなに、美しい奥方さまきーさらがあったのに、海の京うーくらの姫かんなに恋をした。
海神が怒って、おーらんこらんを鯨にし、姫のかんなは追放した。
追はれたかんなは、たましいになって、おーらんこらんときーさらの三人の娘のうち、中の娘さーさらにとりついた。
さーさらは七人の男を愛して、きいろいという男とまぐわって、おうくなの国が出来、かんぞうという男とまぐわって、きゅうどの国が出来、しんらいとまぐわって、よつらの国が出来、あんそとまぐわって、なかつの国が出来、てんしんとまぐわって、えんどの国が出来、どんしんとまぐわって、かんどの国が出来、おくらという男とまぐわって、とおくの国が出来た。
そうしてしまい、火を吹く山になった。
火を吹く山が、火を吹かずなって、しばらくたったころ、抜きん出て高いその雪の峰を、一人の女が辿って行った。
老婆のようにも見え、長い髪をふり乱して、裸足で歩く。
「死のうというのに、死ねぬ。」
女はささやいた、
「わたしのような悪たれが、どうして死ねぬ。」
雪は足を刺し、身は破れ、深い霧がようやく押しつつむ。
二日を歩いて、女は行き倒れ。
虹が立つ。
 ゆくらかに衣をまとい、美しい神が現れた。
「女よ、死ぬるはそなたの勝手、わがおくつきは汚すな。」
と云う。
 ひれ伏すと、
「云うてみよ。」
と促す。
女は云った。
「わたしは母親を食った、母と通じ、鹿の肉だと偽って、食わせた男を、この手に殺した、気が触れてさまよい歩く、いっそ正気に返った今は、行き処がない。」
美しい神の手には、玉があった。
「しおみつの玉という、ふれてみよ。」
おずおずと女は触れた。
身も心もしおみつの玉になる。
来し方行く末、万ずの思いは、かすみに消える。
「たとい何あろうと、心は傷つかぬ。」
聞こえて、玉は見えず。
「わたしはあよと申します。」
女は喜びに溢れて云った。
「名告りをさへ上げられる、この上は、人みなに、しおみつの玉のありようを告げて、遍歴して行こうかと思います。」
あよは遍歴して行った。
おうくなの国を行き、きゅうどの国を行き、よつらの国を行き、なかつの国を巡り、えんどの国を巡り、かんどの国を行き、とおくの国を巡って行った。
一説には、浜辺に出会ったくじらから、椿を授かったという。人心を救い、その花を咲かせ。
とおくの国まで椿は咲いて、えんぞの国へ行く。
あよは八百歳を生きた。



少将と狐

とんとむかしがあったとさ。
むかし、源氏の少将もりとおは、捕らえられて、日向の国山東の村に、流された。
じきに刺客が来て、もりとおの命はない。
庶民に落ちて生きたとてせんない。
もりとおは覚悟した。
秋であった。
狐が死んでいた。
配流の人は、すすきを取って手向け、
「九尾の狐は天竺から来たという、おまえのたましいもかしこへ帰るか。」
といって、手を合わせた。
その夕、西の山を、暮れ落ちる夕陽に、行列が行く。
東は雨がはらつく。
狐の嫁入りという。
そうではない、たましいを西へ送る。
もりとおの軒に、美しい女人が来た。
身の回りの世話をして、二月をともに暮らし、もの云いもよろしく、悲しゆうに笑まう、
「そうか、おまえが刺客か。」
もりとおは聞いた。
女はうなずく。
「なんという美しく楽しい、わしがためのはなむけであったろう、感謝する。」
「京のなにがしというものの女、お慕い申し上げておりました。」
女はいった。
「おそばに何日。」
一刀があった。
とつぜん別の声が云った。
「われらが畜生に、貴人の手向けを頂戴した、刀は刺客の手から奪って、その女に渡した。」
もしや、添い遂げるかという、
「ならば刀を別ものに替えよう。」
うなずくと、手には、狐の面があった。
天竺から伝わる、伎楽面。
もりとおはかぶり、かつは巨大な男根をかざし、女人は手拭いを被り、
「大空に、
笠さして、
けんと鳴くかや、
笑まうか
きつね、
月に舞うかや、
雨さんさ。」
朗々歌って行く。
二人舞いながら、配流の地を去った。



姫地蔵

とんとむかしがあったとさ。
むかし、山吉田の有賀の村に、ふうりんという娘が来た。
きわめて美しく、山の者であったらしく、女もまた作るといって、木を削って、器用に椀や鉢をこしらえた。
云い寄る者があると、
「ふう。」
と笑って、一夜を共にした。
美しい上に優しく、男が真剣になると、首を横に振る。
太郎兵衛方に宿ると思ったら、三郎に泊まる、平気で野宿した。
女や年寄りが、眉をしかめて、
「どうにかしてくれ。」
といったが、山の者に、石を投げたり、追っ払ったりしないという、それは昔からのしきたりだった。
ふうりんは仲間を連れて来た。
大女でゆとうといい、力があって気立てがよく、なんでもして稼ぐ。
「嫁に来るかい。」
というと、むっとして、
「あたしには、決めた男がいる。」
といった。
ゆとうの次に、なんのという子が来て、これはまあ、食っては寝ていた。
なめくじみたいな。
市之丞さまに入り浸って、
「めんこい子じゃ。」
とて、市之丞さま、年であったが若返る。
もう二人三人来た。
手を出すのをいきなりねじまげる、まなというけっぺきな子や、おしゃべりをするっきりの子やいた。
あっけらかんといをうか、貰うものは貰う、食べたり寝たり、別段のこともなく。
村になにがしという、祈祷師が来たときに、
「あれはいけない。」
と、ふうりんが云った。
「なんでまあ、おまえらも風来もんのくせに。」
といったら、ふうと笑う。
村長の弥五郎どのが、
「山の者のいうことは聞け。」
といって、ていよく追い払った。
案の定祈祷師は、二つ向こう村で、人妻に懸想して、その夫を殺してちくでんした、大事件であった。
二月たった。
ふうりんと娘たちは、いっぺんにいなくなった。
「男たちが帰って来るから。」
と云ったという。
鳥も通わぬ山奥に、おにという山かの村がある。男たちが出稼ぎに行く、
「戦があったりするとな。」
物知りが云った。
なんだかいいようもなく淋しかった。
「いい思いもしたのに。」
いい思いしなくたって淋しい。
「どうしてか。」
「はてなあ。」
みんな首をかしげた。
お地蔵さまにお白粉を塗って、まっ赤な衣を着せる。
それを真夜中担いで行って、人の軒先に置いて来る。
それをまた、担いで行く。
三日三晩やっていた。
「ふうりんさん。」
という祭りだそうの。



歌の池

とんとむかしがあったとさ。
むかし、祝の九郎という者があって、笛をよくし歌を詠んだが、旅のついで、かんなの里に、月の池と云われる所へ来た。古い森に茂り、水は底無しのよう。
祝の九郎は笛をとって吹いた。
笛は鳴りとよみ、水はさやめいて、かつてない、美しい乙女が現れた。
「だれじゃ、わたしを呼ぶ者は。」
と云う、
「祝の九郎と申しまする、笛を多少。」
といって、九郎は、
「かんなびの月を浮き寝の笹枕。」
と歌った。
美しい乙女は、手紙をしたためて、それを渡し、
「山二つ向こうの日の池に、妹が住む、頼まれてくれ。」
と云った。
祝の九郎は日の池を訪ねた。
笛を吹くと、美しい乙女が現れる。
「だれじゃ、わたしを呼ぶ者は。」
「祝の九郎と申しまする、笛を多少。」
といって、九郎は、
「鳴りとよみけむ玉のしずくは。」
と歌って、月の池の、姉の手紙をわたした。
それには、
「この者、笛も歌もいまだしかと思うが如何、よしなに。」
と書いてあった。
日の池の乙女は、祝の九郎を牛に変えた。
九郎は牛になって、土を鋤きおこし、日の池には粟をまき、月の池には稗をまいた。

年ごろそのように過ごし、ある日その身を嘆いて、牛のよだれに書きつづった。
「われは知られた名笛祝の九郎、たとい心は届かずとも、牛になって生きるとは。」
という。
九郎には子があった。
父の無念を伝え聞いて、笛を鍛え、そうして月の池に立った。
笛を吹けば、美しい乙女が現れて、
「かんなびの月は今夕も渡らへど。」
と歌い、それを聞いて石に変わる。
石になって、なを笛は鳴りとよみ、日の池の乙女がこう歌った。
「浮き寝の雲は待つには待たじ。」



激痛

とんとむかしがあったとさ。
むかし、結城村に、どこんじょという、これもこわーいお化けがあった。
まっ白い着物着て、それが美しい女の幽霊で、
「うわ止めてくれえ。」
とて、わななく男に取りつく。十日もふ抜けになっていたり、物云わずなったりする。年でぽっくり死ぬのもいた。
朝見ると、水濡れて、くさったねぎや大根のしっぽがあった。
どこんじょがとっついた、
「ふははやええ思ひ。」
とか、
「くせえったら恐ろしいったら。」
もうかあちゃんがそっぽ向いたきり。
どうしようばったって、月に二度出たり、半年も音沙汰なかったりして、何年も続いていた。
田植えどきなど、なんたって困る。
伝え聞いて、竹の太郎という者がやって来た。
天に月、地には風、人に竹の太郎と、知る人ぞ知る。
村のあたり、はるかに雲が渦巻く、
「はてあれは。」
竹の太郎は、妖気を計るという、無明丸を抜いた。
「妖気ではない。」
天の物の息吹がある。
竹の太郎は、人ごとに聞いて歩いた。
たしかに妖気はあった。
老人が云う、
「むかし、唐の国から、龍の角を売りに来た人がいた。」
それを、かんざし作りが買って、かんざしにこさえて、お館さまに、黄金三十枚で、売りつけたという。
結城のお館は栄えておった、美しい三人の姫がいて、龍のかんざしは三つ。長い黒髪にさすごとく、三人三様に狂って、いやもうえらいことになった。
「ために結城は滅んだ、かんざしは鉄の箱に容れられて、井戸へ投げ込まれた。」
という、千年もの伝えであって、ようもわからん。
竹の太郎は井戸を捜した。
「清い清水。」
という井戸はなく、村外れに、野菜などのうっちゃり場があった。
たしかに妖気がある。
人を呼んで、腐れ物などさらい上げてみようとて帰って行った、その夜であった。
鳴りくらめいて、百花燎乱の。
美しい乙女であった。ゆらめいて三人になり二人になる。
「竹の太郎とな、婿どのには不足なが、堪らえてやろう。」
ふうっと咲まふ。恐ろしいったら、竹の太郎は金縛り、
「あかしの契りじゃ。」
「どこんじょというはおまえか。」
竹の太郎は、やっと口を聞いた。
「ほっほ、あれは野菜どもじゃな、なぜかって。」
「わたしらの気をな。」
「あんなものを捨てるからじゃ。」
「さあはよう。」
無明丸を抜こうにも抜けぬ、
「おまえたちは結城館の姫君。」
「だからどうした。」
「いえあの、では一千年のむかしに命はないはず。」
「こうしてあるが。」
「かんざしに取りついた怨霊。」
「なんとな。」
「いい男じゃというに。」
「つべこべ抜かすその口を。」
三つの手がかんざしを引き抜く、
「口はのうてもさ。」
竹の太郎の口唇に激痛が走った。わずかな隙に、刀を抜き放つ。
すざましい悲鳴。
光くらめいて闇。
夜が明けて、くちびるの激痛だけが残った。
竹の太郎は、村人に云って、野菜溜まりのやぶを、片づけさせた。
井戸が現れた。
「伝説の清い清水じゃ。」
老人が云った。
「かなっさびが出て、忘れ去られておったが。」
水は澄みわたる。
かなっけはなかった。
とつぜん竜巻が起こって、清い清水を襲い去る。
かんざしとともに、どこんじょは失せた。
竹の太郎は、口辺の痛みとともに、村をあとにした。



金焼け

とんとむかしがあったとさ。
むかし、とんだ村に、金焼けという、これもこわーいお化けがあった。
とつぜん、陽炎のようにもやいかかる、気がついたときは、三日もたっていた。
覚えた者もいたし、ついたった今という者もいた。
「古いかまどがあって、金色の女郎ぐもがいて。」
という人や、
「柄のくさったくわで、畑をこさえた。」
とか、
「変な酒を飲まされた。」
「かわらけがあった。」
というのやいて、半月は寝たっきりになった。
伝え聞いて、竹の太郎という者が来た。
天に月、地には風、人に竹の太郎と、知る人ぞ知る。
竹の太郎は、村人に尋ねた。
「金焼けは、それがなあわからん、真っ昼間、こおろぎの鳴くときと、夏はおけらの鳴くとき。」
という。
埋もれた財があるとて、捜し回る者もいた。
妖気を計るという無明丸を抜いた。
おおむかしの塚が、二つあって、草むすばかりに、なんの気配もなかった。
竹の太郎は村をあとにした。
旅のついで、とつぜんお寺が、丸焼けになった。
妖気がある、行って見た。
狂った坊主がわめいていた。
「様になったではないか、ほっほっほ、大火聚の如しだ、ひっつぶれて、踏み絵になった金仏だ、ちいろりおき日に夏の宵。」
という、
「大空こそは美しい、なんという駄作か。」
「名仏師さまそうの本尊仏と、いくつ仏を。」
人々が云った。
「そっくり失った、坊主が火を付けた。」
「取りつかれておる。」
竹の太郎が云った。
さやごと無明丸に、坊主はきょとんとそこへ坐る。
問うてもさっぱり。
「踏み絵とななるほど。」
竹の太郎が云った。
「そうであろう、さまそうという駄仏師よ。」
声だけが聞こえた、
「仏に会うて仏に会わず。」
「さようか。」
「今ようやくに。」
という、金焼けについて、竹の太郎は聞いた。
「ほっほっほ、とよ子はわしより才があった、なんという無駄遣いを、ごっほ。」
と、それっきり。
竹の太郎は引き返した。
待った。
とつぜん夕もやふ、炎に燃えて土饅頭と、古いくちかけた大門が開く。
朱塗りの門であった、竹の太郎を迎え入れる。
「今たびは京人であんなるか、ようまあひなの館へ。」
美しい人であった。
「主もお待ちもうしておりました。」
主というは、でっぷりこえた、卑しい目つきの、
「いや痛み入りもうす。」
少しはそのう、さすればえびすのわれらも、
「お役をもって来たわけではない。」
波切りの術をもって、竹の太郎は応ずる。
「オホ、わかっておりまする。」
宴であった。
舞いに遊ぶ。
美しい人が歌う、
「あやしやの、
空ろ鳴るらむ、
鈴の音の、
流転三界、
夏の風。」
すぐれた手振りを、
「もしや奥方さまの。」
竹の太郎は聞いた。
「さよう。」
つまらなそうに主は云う、
「あやしやの、
京の手振り、
忘らえて、
 花に咲くとや、
月はおぼろか、
日は西に。」
とうとう舞い納め。
「なんという雅び。」
竹の太郎は、いつか子供のようにはしゃいで、詩歌管弦のこと、三跡を云い、引いては世の風潮を問い、軒の辺の萩を読み、
「心ばへ山の風さへうちなびき萩の花ふに衣うつなれ。」
返しは、
「山風は清やけくあるに萩の花つゆのまをさへ思ひ乱れて。」
竹の太郎は、達者なその書を書かいた。
「これは、ー 」
奥方が絶句する。
その書は、ずっと後の世のもの。
にわかに騒がしくなる、
「柵のお使いともうして、待たされてお怒り遊ばす。」
という、どうやら待ち人が来た。
竹の太郎は取り囲まれた。
これは双方の手勢、
「何者じゃ、官権をかたろうという。」
竹の太郎は遠慮しなかった、二、三十は叩き切って、刃をでっぷり肥えた、喉首に当てた。
「殺せ。」
という、
「これですむものか。」
命乞いをしたのは、美しい人であった。
「仏師のさまそうは、あったら才を能無し亭主の為にと云った、でもわたしは夫を取るよりなく。」
竹の太郎は無明丸を引いた。
金焼けは消えて、もとの原。
その耳に、
「竹の太郎とな、そなたを待とうぞ。」
と聞こえ。
はて金焼けは、竹の太郎のゆえに。

2019年05月30日