とんとむかし25

さんご太郎

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ごんぞう村に、さんご太郎という、またぎがいた。
犬をつれ、鉄砲と山刀を持って、熊うちに入る。
あるとき、熊はいず、ひきあげようとしたら、美しい女が、雪の上に立つ。
「あやしのもの。」
鉄砲をかまえると、
「なにをしなさる。」
と女、
「いやすまなかった、ここは人住まぬ山奥だが。」
鉄砲を下ろすと、
「わたしはたんなの里の者、どうか頼まれてくれ。」
という。
たんなの隠れ里は、知らぬでもなかった、またぎでも近寄らぬ、どのようないわれか、山また山奥に隠れ住む。
「鬼が出たのじゃ。」
女はいった。
「男は殺し、女子供はさらって行く、どうかその鉄砲で、鬼を退治してくれ。」
「鬼とな。」
さんご太郎はいった。
「退治したら、わしの女になるか。」
「よろしいように。」
女は目をふせた。
犬をつれ、さんご太郎は、女のあとへついて行った。
雪深い、たどったことのない谷あいだった、急に開けて、村があった。
槍を手に、村長が出迎えた。
「里のことを、よそ人に頼むは、ふがいないことである。」
村長はいった。
「男はもはやおらん、このわしのかばねをまたいで、加勢してくれ。」
先にたって行く。雪のふる巨木の林であった。とつぜんおたけびが聞こえ。きっかいな声が、こずえを走る。さんご太郎は鉄砲をうった。一発二発。てごたえはなく、胸をかっさかれて、村長が、たおれていた。
さんご太郎は、犬を放った。
犬はあわを吹いて死んでいた。
一発うち、気配を感じてうち、たしかに手応えがあって、さんご太郎は、雪の林をさまよった。
二発うった。
まっさおなものの走るのへ、うちこんで、さんご太郎は、命弾を使ってしまった。
またぎが、一発だけはとっておく弾。
鬼は、三発の弾を受けて、死んでいた。
ふたかかえもあるその首を、山刀にかっ切って、さんご太郎は、美しい女のもとへ、かついで行った。
「このとおりだ、二匹いるというのなら知らん。」
「そうか。」
女はいった。
「わたしが欲しいか。」
とっさに、さんご太郎は、鉄砲をかまえた。その先に両腕をかかげた、巨大な熊がいた。
弾はなかった。山刀ははじきとばされ、またぎは、熊の一撃にふっとぶ。
もうだめかというときに、犬が吠えついた。
犬は死んではいなかった。
熊は去った。
さんご太郎は、すんでに助かった。
深傷は、春までいえなかった。
「山では、いろんなことがある。」
さんご太郎はいった。
そのときのものだという、一尺もある、ひからびた鬼の指か、木のきれっぱしかどうか、わからなかった。

さんご太郎は、一生を独りものであった。
みにくいいごっそうの、子供もよっつかぬ、口べただった。
それに美しい嫁が来た。
親の取り決めた、縁組みだった。
「殺生のもとへ、観音さまじゃ。」
 人はいった。美しい嫁は、蓮の花のように笑む、そうしてみごもった。
「生まれ月には、猟に行くな。」
というのへ、さんご太郎は、
「殺生のこれがおれの、なりわいだ。」
かたくなに云って、でかけて行った。
死産であった、その母もまもなく死んだ。
ちょうど鉄砲をうったときだ、赤ん坊は三口だった、ばちがあたったと人はいった。

「おれのような、罰当たりのもとへ。」
息を引き取る妻に、さんご太郎は云った。
「いいえ、わしは、おまえさまが好きだで来た。」
美しい嫁は云った。
またぎは、あとを貰わなかった。

くまのいは、黄金と同じあたいという。いいものとそうでないものがあった。さんご太郎に頼めば、最上の品が手に入った。
まっくろい熊のいに、さんごのようなつやが出る、それは、さんご太郎の異名を取る、逸品だった。
熊に、ふたまわりもみまわりも、大きいものがいた、目が青く光るという、そいつを狙うよりなく。
さんご太郎は、はくびしんという、珍獣を追っていた。
むじなに似て、気性が荒く、鼻に白いすじがつく、たった一度だけ見たことがあった。

さがしまわって、さんご太郎は、国ざかいを越え、しなのの重蔵という、これも知られた、熊うちのまたぎに会った。
「えちご者がなぜわたる。」
重蔵が聞いた。
「熊はうたぬ、はくびしんという、めずらしいけものを、追っている。」
さんご太郎はいった。
「はくびしんとな、なんに使う。」
「ようも知らぬ。」
たんがのお殿さまが、奥方さまのろうがいという病気に、ぜひにと願われたそうの。はくびしんと茄子を漬け込んで、これを食すといいという。
「さんご太郎の名は聞いておる、その異名のくまのいのありかを、教えてくれ、すればおれが、はくびしんは取って来てやろう。」
しなのの重蔵はいった。
「よかろう、えものを受け取ったら、教えよう。」
さんご太郎は云った。
重蔵は、はくびしんを取って、さんご太郎にわたし、そのすみかを知って、異名のくまのいを取りに行った。
そうして、それっきり帰らずなった。
「相手は知恵者だ、一頭だけと思うな。」
たしかおれはそう忠告したと、さんご太郎は云った。

うち損じたことがあった。手負いにてこずって、けがをして、さやばの湯という、山中の温泉にひたった。
うちみ、切り傷、まむしに噛まれなどに効く。
日も暮れて、ひたっていると、大きなけものが来る、まさかと思ったが、うち損じた熊であった。
いっそ背中合わせに、一晩を過ごす。
食ったり食われたりのけものどうしでも、同じこったと、さんご太郎は云った。

山に宿ると、いろんな音がするという、
「かん、かん、かーん。」
と、あれはたぬきがたたくのだ、聞いているうちに、物を忘れてしまう、するとどこへどう泳ぎ出すか、谷へはまって死ぬ者もいる。
「これはその時の。」
といって、さんご太郎は、ふとももを見せた。
忘れほうけぬようにと、山刀を押しつけた傷あと。
「それからな、女の声が近づいて来る。」
何人でもやって来る、見てはだめだ。腹の上跨いで行っても、また来る。
おそろしさに、屈強の男も、わなわなふるえ。
「あしたの朝―、いやなんでもない。」
またぎは首をふった。

たんなの隠れ里へも行った。
「いやあれは夢であったか。」
さんご太郎はいった。
三日もさまよって、えものがなく、蛙やいわなをとって、飢えをしのいでいると、
「ほう。」
と叫ぶ。
ほうほうと聞こえ、叫びに追われて走った。赤い帯をして、山吹の衣をきた男たちに、取り囲まれた。
「川の魚をとったな、わしらがものを。」
という。
さんご太郎の、鉄砲を取りあげて、ひったてる。村があった。すっぽりと屋根だけの家。
格子に組む、穴ぐらへほうりこまれた。
「春になったら、出してやる。」
牛のかわりに、飼ってやろうという。だがその晩、松明をもって女が来た。
「わたしがおまえをとった。」
女はいった。
三晩通ってきて、そこへ鉄砲と、笹の包みを置いた。
「おまえを逃がす。」
かぎを開けて行く。
鉄砲をとって、さんご太郎は逃げた、逃げのびて明け方、笹の包みを開いた。とちの餅だった。
 食いおわると、ふうっとものみな忘れ。
十何年もして、椿と山吹の咲くのを見て、思い出したという。
本当にあったことか、ようもわからぬと、さんご太郎は云った。

熊はすばやい、泳ぐし木にも登る、あきらめない、三日も追いかけてくる、こんな太い枝をねじって、しるべにする。
よく人の心を読む。
熊の道すじと、どこで鉄砲をうつか、名人とも云われれば、間違いはなかろうと、人はいう、そんなことはないと、さんご太郎は云った。
「知恵比べだ。」
よくたしかめて、道すじへ追い込んだ、やって来た、鉄砲をかまえると、別の熊だった。
気配を感じて、ふりかえると、そこに狙いのえものがいた。
両腕をかかげて立つ。
危うくに鉄砲を向けると、なんとひばの木であった。
別の熊もいなかった。
「命を取られずにすんだ。」
またぎは苦笑した。

半ぱものの熊もいた。半蔵というまたぎがうち損じて、その半蔵を食ったので、はんぞうという仇名がついた。
右目がつぶれ、足をひきずって歩く。
はんぞうは人を食い、牛や馬を襲った。
大熊であった。
かけつけたときはもぬけのから、犬もその跡を見失う。
川をわたって、においを消す。
わたっておいて、また引き返すのを、さんご太郎は、あとで知った。
ある夜、飼い牛を食われて、大騒ぎになった。
犬を先頭に、さんご太郎とまたぎらと、みなあとを追った。
ばあさだけ残った。
くらがりに巨大なものが、うずくまる。ばあさは錆びついた、なげしの槍をとった。

はんぞうはつったち上がる。
「なんまんだぶ。」
はんぞうは、ばあさの上に重なって、死んでいた。
かがみこんで突き出した、槍に貫かれ。
ばあさには息があった。 
 やっこという熊は、鉄砲でねらう先に、犬のちんちんのようなまねをした。
うたずにおくと、しばらくついて来たりする。
そのあとも出食わして、見逃したが、別格中の別格、名うてのさんご太郎の鉄砲を外す、主のような大熊といっしょにいた。
首尾ようにねらうと、やっこがよっつく。
あきらめるよりなかった。
やっこは、何年めかの冬を、越せずに死んだ。
飼われていた熊であった。
「半ぱものをこさえるのは、人間だ。」
さんご太郎は云った。

山奥深く、ささらの丘と、さんご太郎の呼ぶところがあった。
そこへ立つと、海のような、潮騒の響きがする。
そこへ立ったのは、さんご太郎の他に、二人いた。
一人は弟だった。
弟は十も年上の兄について、またぎの修行をした。
兄弟とは思えぬ、涼しい目鼻立ち、鉄砲の腕は兄をしのいで、百発百中であった。
風に舞いとぶ木の葉さへ、うち抜く。
それが肝心のえものをし損じる。
「よすか。」
さんご太郎はいった。
「いや止めぬ、熊うちの。」
という、さんご太郎は弟に、手負いにした熊を、さし向けた。
すんでに射貫いて、血まみれになって、笑う。
達者なまたぎになった。
兄は弟を、ささらの丘に立たせて、云った。
「わかるか、海の音だ、いいか、飢えぬかぎりは、うさぎ一匹うってはいかん。」
弟は、うなずくようであったが、それからまもなく、し損じて死んだ。
伊能又右衛門家は、ぞくにまたぎ屋敷と呼ばれ、さんご太郎も、彼岸と正月には、挨拶にうかがう。
弟はまたぎ屋敷に、三年奉公した。
ある日、さんご太郎の軒に、美しい娘が立って、
「伊能の末娘りん、弟どのをとむらいたい、お墓はどこじゃ。」
といった。
「ちっと遠いが。」
さんご太郎がいうと、
「かまわぬ、案内せ。」
という。山支度をさせ、二人奥山へ別け入った。達者なまたぎの足でも、どうかという、おりんどのは、音を上げなかった。
ささらの丘へつれ立って、
「ここじゃ、海の音がする。」
といった。
おりんどのは、声を上げて泣いた。
さしも気丈の娘が、帰りはさんご太郎の背中に、すやすやと寝息を立てていた。

さんご太郎は、鉄砲名代の格をさずかって、引退した。
おそれおおくて もはや鉄砲は持てぬと云った。
自慢話なぞなかった。
一生に何頭の熊をしとめたかと聞くと、たった一頭だと云った。生まれ替わったら、おれがうたれてやろう、たった一回きりだと云った。
日差しのまぶしい、昼下がりだった。ぶつぶつという、
「なんならおまえをうってもいいが。」
と聞こえ。

引退してから、引っ張り出された。
人がつかみ殺され、赤ん坊が失せた。
なにものかのしわざであった。
またぎ仲間とさんご太郎は、犬を放って、あとを追った。
深い森であった、空鉄砲をうつと、すざって行く気配がある。
岩場に追いつめた。
破れ衣をつけた、ばけものが、食い残しの、赤ん坊を抱える。
ばけものではない、老婆であった。
なんという、水のようなその目を、さんご太郎は、生涯忘れなかった。
鉄砲がうち抜いた。
破れ衣が、風になびいたのだった。



笹蔵銀山

とんとむかしがあったとさ。
むかし、日吉村に、与野源左衛門ともうす、旧家があった。
みずうみと呼べるほどの、池があって、与野の大池といった。
先祖にたいしたお方がいて、田植えするのに、日が暮れかかる、ひおうぎをふって、お日さまを、呼び戻したという。田植えはおわったが、一夜明けると、みわたすかぎりの、みずうみであった。
平家伝説では、平の清盛は、熱病で死ぬことになっていたが、かわりに河童のほこらがあった。
中国から、海を渡って、河童がうつり住んだという。
与野の末娘、おみよさまは、たいそう美しかった。
お殿さまが、お召しじゃといって来た。浮気ものの、お殿さまが、今度は若い娘に、目をつけなさった。
「与野の末はあとを取るか、独り者ということになってます、河童のたたりがありもうす。」
十も年上の、これはみにくい、なりは大きい兄が、そういって断った。
「河童のたたりだと、ふん笑わせるな。」
お殿さまはいったが、それっきりになった。
みにくい兄は人望もあつく、末の妹おみよさまを、かわいがっていた。
「なに、いざとなりゃわしだってな。」
兄はいった。
「与野には日の神の子と、わしのような河童の別されが出る。日の神は大切にせにゃな。」

といって笑った。
おみよさまは、三郎という、大きな犬をつれ歩く。
日吉の村から、大池のほとりから、河童神社にお参りをし、一本杉の下に寝っころがったり、むかしは銀を掘ったという、穴ぐらをのぞいたり、あしの生えたみぎわや、
「おみよさま、あんまりきれなお顔うつすと、河童に取られるで。」
人がいうと、
「河童神社にお参りするから、取らない。」
おみよさまは、必ず返事した。
めったに吠えない三郎が吠えて、行きだおれを助けたり、子供の喧嘩を仲裁したり、荷車のあと押しする。
「はあいやな、照るは日吉の、
お日さま育ち、
なあんで河童がまつられた、
お皿が干上がる、
はーいとな。」
いい声で歌った。
 笹蔵という、漁師の子があった。一メートルにもなる、魚を担って行く。
「すごい、見せて。」
おみよさまがいうと、
「さわるな、河童神社のお供えだ。」
という、
「どうして。」
「女は穢れじゃ。」
「おっほっほ。」
おみよさまは、いたずらっ気を起こして、りっぱなその尾ひれにふれた。
「ぎゃあ。」
漁師の子はわめく。
「こんな魚は、そうは取れんで。」
へたり込む。
「だいじょうぶ、あたしがお供えして上げる、きっと大漁。」
おみよさまがお供えしたら、その年大漁であった。
笹蔵は十五になると、もうたくましい漁師だった。
おみよさまのいうことは、なんでも聞く。
蓮の花をかざし、河童のお面の笹蔵と、お盆にはいっしょに踊ったり、
「こんなにきれいな花だのに、どうして一夜で散ってしまう。」
おみよさまはいった。
「笹蔵、おまえわたしのお婿さんになる。」
「婿さんになんてなれん。」
笹蔵はいった。
「一生お仕えもうす、もしものことがあったら、わしの命に代えても。」
お殿さまの若君、龍之介という、お世継ぎどのを、お忍びの舟遊びに案内したのは、漁師の笹蔵だった。
笹蔵のこぐ舟に乗って、お世継ぎどのは、魚を釣り、釣り上げては放す。
「わたしらで、魚はこさえますが。」
「いらん、なまものはきらいだ。」
若君は云った。
「与野の先祖は河童というではないか、たたりでもってみにくいのばっかり、生まれるそうだが。」
と聞く。
「いえ、末のおみよさまは、それはたいそうお美しく。」
笹蔵はいった。
「河童を見た者はいるか。」
「へい、大勢見てます。」
笹蔵もそれらしい姿や、夜中にとつぜん水の盛り上がるはなしをした。
「その末娘に会おう。」
龍之介はいう。
「あのそれは、わしのようなもののその。」
「そうじゃない、そこらへんで待ち伏せだ。」
龍之介は聞かぬ、二人して、おみよさまの通う、あしっぱらに身を伏せた。
そのときはもう、三郎はいなくって、おみよさま一人が来た。
雷にうたれたように、龍之介はつったつ。
「だあれあなたは、おまえは笹蔵。」
「あ、あのこのお方は。」
「わたしはお城のさむらいで、龍之介ともうす。」
そういってあと、龍之介は言葉が続かなかった。
「そう。」
おみよさまはさっさと行ってしまう。
笹蔵は二人の会う瀬を工夫した。
いつもだが笹蔵がいっしょだった、そうせいと云われて、
「おっほっほ、おさむらいさま、わたしのお婿さんになりたいっていうの。」
三度めかに、もどかしくなって、おみよさまがいった。
「いやそのあの、おまえさまはそうして、縁談なとあったか。」
若君は聞いた。
「あったわ、女狂いのお殿さまから。」
「そうではない。」
龍之介はあわてていった。
「父上ではない、わたしの、その、は、花嫁にってことだ。」
「なんですって。」
おみよさまは怒った。
「お世継ぎさまなら、そうと初めから云えばいい。」
笹蔵を呼んだ。
「舟を出して。」
笹蔵のこぐ舟に、二人は乗り込んだ。
大池のまんなかあたり、
「笹蔵、おまえわたしのためなら、命も捨てるっていった、あたしの身代わりになって、河童神社まで、泳いでおくれ。」
おみよさまはいった、
「お世継ぎさまと二人、泳いでおくれ。お世継ぎさまが勝ったら、お城へお嫁に行く、笹蔵が勝ったら、もう、二度と来ないで。」
「ようし。」
二人はふんどし一つになって、飛び込んだ。
龍之介も達者だったが、漁師の笹蔵にかなうはずもなく、途中で姿が見えなくなった。

おみよさまがこいで、二人であわてて引き上げた。
「なんで助けた。」
水を吐いて、龍之介はいった。
「もういっぺんやりなおしだ。」
次には、半分死んで、
「ふうもう一度。」
とうとう根負けした、
「仕方がない、お嫁に行く、でも身代わりになった笹蔵を、銀山奉行にしておくれ。」

おみよさまはいった。
「銀山奉行だと。」
銀山は閉じたが、奉行職だけは残っていた。
「わかった、わしの負けじゃ、借りは返す。」 捨てぶちぐらい、どうってことはない。

おみよさまは、その年お城にお輿入れして、笹蔵は銀山奉行の、お墨付きを頂戴した。

「なんだ、せっかくあとの工夫もつけてやったのに、女のことはわからん。」
みにくい兄は笑って、せいぜい支度を調えてやった。
おみよさまは、その兄が、河童神社に伝わる、河童文字を解いたのを、知っていた。

「みにくきやかはのかみなるしろがねのいくよをへにていぬひめのてに。」
という紙片を、
「みやなか」
の文字に辺に折って行くと、銀の在処をしるす。たとい与野の土地も、銀山は銀山奉行の差配。
兄と笹蔵は、何年か研究の末、ついに掘り当てた。
旧にもます銀山であった。
今はお殿さまである、龍之介が血相変えて、乗り込んで来た、家来もつれずの、
「奥を出せ、どこへ隠した。」
「お殿さま浮気なすったな。」
「いやその、あやまる。」
お殿さまはあっさり云った。
「奥がおらんだら、どうもならぬ。」
おみよさまは、兄がこさえてくれた隠れ屋敷に、銀山奉行の笹蔵と、銀山の指図をしていた。
「銀に頭を下げますのか、あたしにあやまりますのか。」
「そういうな。」
みにくい兄がいった、
「しおどきってものがある。」
おみよさまのお子は二人、男子はみにくくって、女子はお殿さまとあわせもって、光輝くように美しかった。
みにくい子は、ふうつきに似ずおおらかで、賢かった。
おみよさまは愛した。
五代ののちか、与野の大池の底をぶちぬいて、銀山は終わった。
河童というのは、中国渡来の、金山掘りであるという。



河原乞食

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しのぶ村の、河っぱたに、こうやの仙三という、顔に、向こう傷のある男が、住み着いた。
流れ者が住むには、村は狭すぎた。こうやの仙三は、村のたれそれが三男で、紺屋に奉公に行ったから、こうやの仙三と呼ぶ、つまり出戻りってわけだ、村人も見て見ぬふりをした。
何人かよったくって、ばくちをうつ、畑のものをかっぱらうなと、噂が立った。
流れ木に、むしろかぶせて、仙三は住んでいた。
だれかやって来た。
やせて物干し竿に、浴衣かけたような男だった。
「玉砂利御殿に、黄金のむしろかけて、豪勢な青天井のさ、水は天下の河っぱたってやつか、どうれ厄介になるぜ。」
「人生しんばり棒んなっちまった男か、そいつは頼もしいぜ。」
二人は変わった挨拶をして、いっしょに住んだ。
流れた野菜を拾ったり、魚とって食ったり、物貰いして歩いたり、かと思えば、すっぱだかになって、河へ入って、水かけして、子供のようにはしゃいでいる。
仙三は、
「ためさ。」
と相手を呼んだ、為右衛門というらしく、燃し火なんかすると、
「どうじゃ、きれいどころもいならぶこっちゃ、ちったあ橋げたに似たが、三味線河どんざん申し分ねえや、歌え。」
という、
「ようし、今日の雲行きでもきゅうっとやって。」
ためさは、柄に似合わず、いい声で歌う、
「行きは三角、帰りで四角、
かかは六角、月が出た、
はーやいよいよいよおらさのさ、
月は出ねえで、角が出た、
角は八角、十三七つの、
はーあ狐の嫁入り、雨が降る。」
仙三はそこら叩いて、はやして、それから二人で踊る。
首くくる縄もなし、年の暮れといって、豪勢な青天井も、ひいらり雪が降る。
「どうだあためさ、正月興業ってのやろう、本物きゅうっとやってさあ、餅の一つも食いてえじゃねえか。」
「あっはあまかせとけ。」
二人はいって、赤いふんどし一丁に、むしろかぶって、そこへ松の枝つっさして、門付けして歩いた。
そんなのに、居座られちゃ困るから、なにがなしくれて、おっぱらう。
仙三が拍子とって、ためさが歌ったりすると、
「ほっほうこれは。」
といって、けっこう流行った。
「はーあ三界松の為右衛門、
めでたや道行き、
ホレホレ、
おいらんは、
金比羅権現仙蔵太夫。」
めでたい、おらうちも頼むと云う。
河原に燃し火して、きゅうっといっぱい飲んで、餅を焼いて食って、
「ためさのでたらめ節も年とったか。」
「せんさのいいかげん太鼓もな。」
あっはっはといって、正月は過ぎ、おぼろ月がぽっかり浮かんで、河原も春が来た。

二人は旅に出た。
そうしてまたふうらり舞い戻って、二三年はいた。
仙三は田舎者で、紺屋の仕事はへまばっかり、それを旦那がかわいがって、どこへでもつれて行く。馬鹿正直で、いっちゃならんということは、口が裂けても云わん、ちかごろ得難い人物よといった。
押し込みが流行った。頭をまむしの仙三、その手下を雲の為右衛門といった。遊び人の旦那は、同じ名まえの仙三を、引き合いにして、
「じつはな。」
といった、
「大きな声じゃいえぬが、まむしの仙三のこれに、手出してな、それっからというもの。」

といって流行らしたが、そうしたら張りあう者がいて、これは物干しみたいに、やせた男を引きつれて、
「雲の為右衛門だ。」
といった。
やせたほうは、いい声で歌った。
余興の間はよかったが、紺屋のお店に、押し込みが入った。
木戸が開いていたという、人一人殺され、取られたものも大きかった。
向こう傷はそのときの傷だって、仙三に続いて、為右衛門がつかまった。申し開きのつけようもなく、獄門さらし首。
いよいよとなって放免された。
旦那が夜遊びに、木戸を開けとくようにいった、云わぬ仙三に感じて、すべてを申し述べた。
仙三はいなくなった、為右衛門も姿を消した。
「花は散る散る、はあどっこい、
人は切なや、散られもせぬは、
あっは浮き世の、こりゃおぼろ月。」
とやこう歌って、どこかへ行った。



おとよさ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しなのき村に、おとよさという人がいた。
おとよさは、美しい人で、行かず後家で、お針して、若い子に、お針教えて、暮らしていた。
年過ぎても、美しかったから、いいよる男や、よからぬ男どもやいたが、おとよさが、にこっと笑うと、それっきりになった。
なぜかわらない、かなしい、せつない気がしてと、男たちはいった。
月にいっぺん、よそゆききて、町方へでかけて行く。
そうか、わけありのなという、手だすとこわいぜといった。
しげという女が、夫のなぐるけるに、たえかねて逃げてきた。
飲んだくれて、夫が追いかける。
行きどもなくって、
「たすけてくれ。」
と、おとよさにすがった。
おとよさは、夫を追い返した。
飲んだくれが、しゅんとなって、もう一度来たが、それっきりになった。
おとよさは、しげと二人、お針をし、お針を教えて暮らした。
月にいっぺん、今度は二人して、でかけて行く。
だれかあとをつけたものがいた。
にぎやかな町を抜けて、お寺があった。
お寺にお墓参りをする。
そのあと見ると、俗名とよというお墓であった。
しげという、新しいのもあった。



川の水

とんとむかしがあったとさ。
むかし、とやの村の、破れ寺に、ゆうれいが出た。
たたみ一枚分の、でっかいつらして、けったり笑う。
なりがでっかすぎて、墓へ入りそくねたとかいって、別になんにもしなかったのを、

「ゆうれいなんかに、でっかいつらされて、たまるか。」
といって、村の力自慢が、のっこんだ。
それっきり、帰って来ない、行ってみると、本堂に、ふんのびていた。
「いやあ、えれえ力で。」
あっというまに、のされたという。
こわいもの見たさに、行ってみたり、ちょっかいかけたり、若いのがよったくって、肝だめしに、一夜泊まったりした。
すると、ゆうれいが、村へ出て、なにかして歩く。
子供木のてっぺんへ、つるしてみたり、若いのを、ふんどし握って、いだてん走りさせたり。
娘にとっついたそうで、半日へんになってたとか。
「こうしちゃおけぬ。」
といって、やっとうの先生頼んで、さし向けた。先生は、取った刀に、まっこうに切られて、死んでいた。
坊さま頼んで、二つとも供養した。
なまくら坊主で、どうもならん。
うらめしや、なんまんだぶつと、ゆうれいが歩く、
切られた死体が行く。
たまらん、おもだち寄って、相談した。
「破れ寺ごと、火つけよう。」
「ゆうれいが、火になっておそうぞ。」
「墓ひっくりかえしてみっか。」
「墓石の雨ふったり。」
「ありゃゆうれいじゃねえ、なんかが化けたんだ。」
「困るよ。」
「たたりだ。」
とかやっていたら、ゆうれいが出る、
「今度はなんの注文だ。」
といった。
すっとんきょうがいて、
「では、大川の水飲み干せ。」
といった。
それっきりゆうれいは、出なくなった。
大川に、うすよごれた、でっかいぼろっきれがかかる。
「あれは、お寺のまん幕じゃねえか。」
「たしかに、水飲んでらあ。」
なんであんなもんが化けたんだ、さあなって、とにかく幕になったから、よかった。



猫又

とんとむかしがあったとさ。
むかし、やだ村の、欲たかりの、りえもんというのが、爪に火ともして、貯めた小判、盗人に取られて、狂い死にした。
りえもんは、かかもなければ、子もなく、ねこを一匹飼っていた。
そいつが出た。
夜中ぼおっと、明るくなって、ねこが小判をくわえて、ちりーんと落とす。
「そうか、まだ隠し金あったんだ。」
といって、十人二十人よったくって、そこらほっくりかえす。なんにもなかった。
「そりゃねこに聞け。」
というのがいて、真夜中、待ちもうけた。
ぽおっと明るくなって、小判をくわえたねこが出た、
「欲しいか。」
と聞く、
「欲しい。」
といったら、ちりーんと落とす。
たしかに小判だ、それ拾ったら、またくわえる、
「欲しいか。」
「欲しい。」
ちりーん、一晩中やっていたら、夜が明けた。
千両にはなると思ったら、なんにもない。気が狂った。
「りえもんと同じだあな、ねえったらに狂う。」
 ねこの声がした。
「ねこに小判というではないか。」
とさ。

2019年05月30日