とんとむかし26

かやっぱらたぬき

とんとむかしがあったとさ。
むかし、えんごーや村のかやっ原に、えんだぬき、しんだぬき、かだぬきの、三疋狸が住んでいた。
えんだぬきは大入道や、お地蔵さまに化けたし、かだぬきは立ち木とか石っころに化けたし、しんだぬきはきれいな娘に化けた。
しんだぬきが女の子に化けて、ためよ貫太郎を化かそうとしたら、
「おらあちのとめ子は、まちっとかわいくって、耳とんがっている。」
と、ためよ貫太郎がいった。
しんだぬきがぽわあと笑って、耳とんがらしたら、
「おおようなった、おいで。」
といって、ぎゅうと手にぎって、つれて行く。
じたばた騒ぐのを、ふんじばって、天井からつるくして、
「とめ子はなあ、おっかさんの里へ行っちまった、せっかくかわいい子は、狸汁して食おう。」
といった。
しんだぬきが、
「なんで狸汁して食うの。」
と聞くと、
「そりゃごぼうとなっぱとさ、味噌でもってぐっつぐっつな。」
といった。
「なんでなっぱと味噌なの。」
「ぺろうり食うからさ。」
「ためよ貫太郎のあほ、おっかさに逃げられ。」
といったら、しんだぬきは狸になった。
「うるさい追ん出したんだ。」
ためよ貫太郎はいって、大鍋に水を汲んで、火を燃す。
がんがら煮えたつころ、
「ごめんなっし。」
といって、だれか来た。
どての清兵衛だった。
「真っ昼間っから、かまど炊いて。」
といって、天井につるしたしんだぬきと、がんがら大鍋見る。
「うんまそうな狸汁。」
「そういうわけだ。」
「どうだ、たぬき、田んぼ一枚とかえっこしねえか。」
といった。
「いいよ、どこの田んぼだ。」
「ついて来い。」
どての清兵衛はいった。ためよ貫太郎は、ぼうくい削ったの持って、ついて行った。

「ここだ。」
土手っぱら田んぼ、
「ようしおらもん。」
そういって、ぼうくい突き刺した。
「ぎゃあ。」
といって、田んぼが狸になって、逃げる。
「田んぼと狸と、かえっこしようなんてやつがどこにある。」
どての清兵衛もいない。
帰って来たら、しんだぬきの縄、半分ほどけかかって、お地蔵さんがでーんと座る。

「ありがてえ、狸汁こさえてお供えすべえ、なんまんだぶつ。」
手合わせたら、
「仏さまは、肉は食わん。」
と、お地蔵さまがいった。
「じゃ何食べなさる。」
「団子がええ。」
「おはぎではだめか。」
「おはぎでもええ。」
ためよ貫太郎は、そろり立って行って、戸にしんばりぼうかった。
「えいくそだぬきめ、ごぼうとなっぱと、二疋もいりゃ、村中に狸汁。」
 わめいたら、お地蔵さまは、でっかいたぬきになる、縄ふっきったしんだぬきと、すっとびまわる。
ぐるぐる。
しんばりぼうたぬきになる、戸が開いて、三疋いっぺんに見えなくなった。
「わっはっは、狸汁食おうなんては思わなかったさ、うんめえっていうがな。」
ためよ貫太郎は笑った。
「かやっ原たぬきだ、気つけろ。」
人はいったが、なあに返り討ちだと、ためよ貫太郎。
おっかさもとめ子も帰ってこんし、夕さり辻っぱた行くと、美しい女が立つ。
「あたしは上の町の女衆だ、今から山越えに帰らにゃならん、性悪たぬきいて化かすそうだ、送ってくれ。」
といってにっこり、
「上の町ついたら、お酒つぐで。」
「そりゃええなあ、かかいねえでおら切ねえとこだ、送って行くべ。」
ためよ貫太郎はいって、その手とった、
「あれあの。」
「すべっこい手でええのう、さすが上の町のな、ちっと毛深いか。」
といって行くと、三本杉の下の田んぼに、肥ためあって、
「三つんうちの一つ。」
「なんのこと。」
「いやおめえさま二十歳に一つか。」
「おっほほ、あたしは二十歳にはまだ、あのちょっとおしっこするで。」
手はなしたとたんどんと押す、
「きー。」
わめいて、肥ためはまったのは女衆のほう、
「なんでわかった。」
肥ためだぬき。
「三本杉がこっち一本増えてた。」
押されて、身ひねって押し返した、ためよ貫太郎の勝ち。
おっかさのお里から、大好物のお焼きが届いた。
あんこの入ったのと、煮菜の入ったのとある、煮菜の入ったのが、とくに好きだった。

「だば我折って、帰って来るか。」
ためよ貫太郎が、手伸ばしたら五つある、二つは同じ数食えってかあちゃんがいった、

「ふーん、たぬ公もがっぷりやっか。」
ためよ貫太郎はかまわず食った、一つ食って蝿がたかる、追っ払って手のばたらそやつ、栗のいがだった。
「うへえ助かった。」
こりゃおれの負けだと、ためよ貫太郎、
「負け分払ってやる、あんこの二つ持ってけ。」
いったら、たぬきの手出て、取って行く。
「お焼きもろうたって、仕返しするからな。」
と聞こえた。
「お焼きのお返しか。」
「ちがう。」
お里の家に、おっかさととめ子迎えに、ためよ貫太郎が来た。
「あんこのお焼きはうんめかった、このとおり迎えに来た。」
「あれおまえさま、煮菜のほう好きだったが。」
煮菜もうんめかったと、ためよ貫太郎手つく。
お里の兄、おっかさに大風呂敷背負わせ、とめ子にあめんぼう握らせて、帰した。
ためよ貫太郎がやってきた。
「お焼き食ったからってわけではねえが、かわいそうだし、迎えに来てやった。」
といって、突っ立つ。
「たった今かかに子つれて、帰ったではないか。」
「なに。」
ためよ貫太郎はすっとんだ。こりゃおおごとじゃって、どうやら間に合った。
かやっ原に、おっかさととめ子ぼやっと突っ立つ。
「三だぬきに化かされたか。」
おっかさゆさぶると、
「おまえさまだれじゃ。」
と聞く。
「おめえのととのためよ貫太郎だ、とめ子はでえじょぶか。」
「とめ子って。」
とめ子わーっと泣く。
とにかく家までつれて来た。
「ここはおめえと、とめ子こさえた家だ、たくあん石ってたのは悪かった、さっぱでえこだ、まっしろいその奥にゃ。」
「おらどうせさっぱでえこだ、色気ねえでまだ貰い手ねえ。」
ためよ貫太郎弱った、
「泣くな、おめえ泣けばとめ子も泣く。」
「だってもおめえさまみてえ、おっかねおっさおら知らね。」
わあと泣く。
がらっと戸開いて、大風呂敷背負ったおっかさと、あめんぼうしゃぶって、とめ子が立つ。
「迎えに来たって、さっさと先行っちまって、おまえさまという人は。」
といって、
「おらがいて、とめ子が。」
さし向かい指さす。
なんたって騒ぎになった、
「ちったあこらえろ。」
ためよ貫太郎とめ子つねったら、両方ぎゃあと泣く。
「これおまえんととか。」
「おっかねえととか。」
「あめねぶってるのとめ子か。」
「ねぶってねえのとめ子か。」
なにがどうなった。
どっちかのかかととめ子出て行った。
「いったいこりゃなんてこってす。」
かかにらむ、
「いやたぬきが出た。」
「どうせあたしはたくあん石です。」
「あっはこりゃ本物だ。」
とめ子のあめんぼうが、木の葉になった。
「ええ。」
おっかさの大風呂敷ほどけて、虫はいだすやらごみっさらうんち。
「ぐわあどたぬき。」
「なにしなさるだおめえさま。」
投げ出したら、あめんぼうはあめんぼうで、お里の兄の心ずくし、栗に大豆にとめ子のべべと、ためよ貫太郎のちゃんちゃんこ、
「おめえさまという人は。」
かかわめく、どうしようもねえ、ふいっとその顔たぬきになった。
はあと見りゃもとの、
「たくあん石。」
三日もしてやっと納まった。
木枯らし吹いて、かやっ原たぬきと、ためよ貫太郎は一時休戦。



色道修行

とんとむかしがあったとさ。
むかし、中野の三郎辻に、伊三といって、女蕩しのほかには取りえのない男があって、呆れて親もほったらかす。
かか寝取られて、清助というのが怒鳴り込んだ、
「恥知らずがぶっ殺したる。」
引っこ抜くのを、さあやってくれといった。そうしておいて説教する、
「恥さらしはおまえのほうだ、姦夫姦婦まとめて四つにぶった切るというがな、すんなこた、たいてえあったためしはねえんだ、ええ、たとい惚れあうも、世話する人があっていっしょになったんじゃねえか、それをなんかあったっちゃ疑ってかかる、お天道さまに世間に申し訳が立たねえ」
なんのっちゃわかんなくなる。
あっちにたかり、こっちを泣かせ、
「おれってなんて不幸なんだ、ああおまえにさへあわなかったら。」
なんて真っ昼間、往来っぱたにとんきょうな声を上げ、殺し文句の十や二十、云ったはしからけろっと忘れ。
まむしのような男をなんでったって、男と女の仲はわからない。
そんな伊三もままならぬことがあった。
伊勢屋のおみよは評判の小町娘、触れなば落ちん風情していて、けんもほろろ、
「ちええ素直でねえったら。」
角沢の姉さまも、
「まちがってこの世に生まれて来た。」
と人みなにいう器量よし、そいつがまあにっこり笑って柳に風。
(ふう、今に見ていろ。)
たって、犬なら塀がきに小便ひっかけときゃよかったが。いま一人清之介という、面白うもない男がいた。坊主でもあるまいし、女は汚れみたい面して、
「せいのすけさま。」
と云えば、娘どもがまぶしい目する。
「どうした伊三、元気ねえようだが。」
その清之介にばったり、
「別にどうってはねえが。」
「そうかい、まむしにしちゃ正直だな、いの字と角沢って書いてあるぞ。」
「いいからほっとけ。」
「そうさなあ。」
清之介はいった。
「杉沢にしんとうさまという仙人があってな、本名はなんというたか、そこへ行って三年も修行すれば、いやおまえなら半年でいい、女なんてもな、こう指一本立てれば、わんさか。」
そこへ行く女がついとよってくるー
「てんぼうこきゃがって。」
そっぽ向くのへ、
「云うことにゃ文句云わず従うんだぜ。」
とささやいた。
親の家にも帰れねえ、おもしろくでもねえ伊三、杉沢のなんていうた、しんとうさまのもとへ行ってみた。
納屋みたい掘立小屋に、眠っちまったようなじいさまいた。
「ばかじゃねえかこいつは。」
「ばかではねえが、なんの用だ。」
じいさま云った。伊三はかしこまった。
「三郎辻の伊三と申します、あのなんでもいたしますから。」
「ちっと足をもんでくれ。」
伊三はじいさまの足をもんだ。納屋の付け足しに、どうにか寝泊まりもでき、ぐうたら男が、炊事洗濯、ふき掃除なと、まめに働く。
(今に指一本立てりゃあ。)
なと、七日たった、
「下屋敷の嫁口説いてこい。」
じいさまがいった。
「ははあ。」
伊三はすっとんだ。下屋敷の嫁は、とうてい女ともいえぬ四十過ぎ、
(色の道のきびしさ。)
なんしろかき口説いて、伊三はつれて来た。
「精がつくで、こわ飯炊け。」
仙人は嫁に云った、嫁はこわ飯炊く。
(まむしの色気なんてえものは下の下。)
伊三は舌を巻いた。
四十嫁は上目使い見る。はてもう一度来てそれっきり。
(とってもおれには。)
と伊三。
清之介がやって来た。
「ほう、なんかこうすっきりした。」
伊三を見ていう、
「この分だとじき、いの字も角屋も、ー 」
「ほんとうか。」
「がっつくところはまだか。」
清之介は持って来た風呂敷包みを解く、もんぺと衣服があった、書物を何冊か、
「ひまがあったら読んでみろ。」
といって、帰って行った。もんぺを履くと、それらしい格好になった、はて書物を開いてみると、
「なんだこりゃ。」
むずかしい文字がぎっしり。
「先生さまは御在宅か。」
といって、だれか訪ねて来た。
「あいにく出かけておりますが。」
きのこを取ったり、そこら歩き回ったり、しんとうさまはなにしろ仙人でもって、
「ほうこれは、一度は拝見したいものと思っていたが。」
といって、客は書物を手に取る。
さすがは大先生といって、そんなのが二人も来たか、とつぜん刀を抜いた何人か踏み込んだ。
「山之内心斎とその門下だな。」
「問答無用、せいばいいたす。」
ちがう、しきどうしゅぎょう、刃をかいくぐって、なんしろ逃げ足だけは早かった、伊三はどっかそこら歩いていた。
「いってえどういうこった。」
と、あたり見りゃ、
「色道修行。」
と幟が立つ、人がよったくって、はてもんぺと同じ空色の、行ってみた、
「さあやれ、がまの油ってのはあるが、おたまじゃくしの効能書き、ここ惚れ薬ってのは初物だ。」
という、机があって、どういうわけかおたまじゃくしの入った水鉢。
刃よりゃよっぽどましの、伊三はおっぱじめた。
「おたまじゃくしは蛙の子、今に手が出る足が出る、いやお立ち会い、これをつるうと飲んだら鯰になるかというと、そうではない、そこのどじょうのおっさんよ、我云うところの惚れ薬、およそ人間おぎゃあと生まれて、色の道、四つのころから手習い初め、七つ八つはいたずら盛り。」
もとっからか、修行のかいあってか立て板に水。
竹筒に入った、あやしげな薬が売れ、汗ぬぐったら、向こうへ伊勢屋の娘と、角沢の姉さま。
指一本立てると、にっこり笑む。
「せいのすけさま。」
清之介がいた。
「あたしたちも行きます、何かのお役に立てれば。」
二人旅姿、そういえば清之介も、
「お国のためですもの。」
伊三に云った。
「似合うぞ、その格好して京へ行こう、おまえのお陰でずいぶん助かった、新棟さんてな、ありゃただの隠居さ、我らは山之内心斎先生と、いよいよことを起こす、どうじゃ夜明けは近いぞ。」
夜明けは近いたって、人をこけにしくさって、
「あたしたちからもお願いします、よい隠蓑。」
にっこりって、伊三色道修行の幟から、一式からげてあとへ従った。



続あんべえさんの話

お盆だっていうのに、ざっこ取り好きなあんべえさん、朝っぱらからむずむず、
「田んぼわきのどじょう取るのは、がきの仕事だあな。」
とか、
「せんみ川ひいえても、おらの深場ってのあってな、ありゃ三年前の夏、こーんなでっけえ。」
と手広げる。
「だめです、おふくろさまねえなって三年です。」
たくあん石のかあちゃん云う。
「なんでお盆てえと精進で、雑魚とっちゃだめなんだ。」
「そういうことになってるんです。」
かあちゃんと云いあってもしょうがねえと、あんべえさん出て行った。
どこへ行ったって、線香ともって、ちーんと坊主がお経を読む。
「お猿にらっきょう、
坊主にお経、
ばち当ちゃあ、
お宮の太鼓。」
のっこり歩いていると、がきどもが三人、ざるもって田んぼわきを行く。
「これ、お盆は殺生しちゃなんねえの、知らねえか。」
あんべえさん云った。
「せっしょうってなんだ。」
「どじょう取っちゃいけねえっていうの。」
「どじょうじゃねえ、鯉だ。」
がきども。
「ふーんどこで取る。」
「あっち。」
そこらかやっぱら指さす。
「あっこは水出なけりゃいねえ。」
あんべえさんいって、こっちだったら、がきどもの先頭に立つ。
何日か前一雨降ったが、まずまずの、
「そのあたり。」
という。
がきどもがんばった。
ふなが十尾も取れて、そうして一尺の鯉、
「しゃくものだ。」
「うわあすげえ。」
「やった。」
大騒ぎ。
「そんなもんじゃねえ、いいかそこん柳の下だ。こーんな。」
あんべえさん。
「あんなほう入れね。」
「死ぬ。」
がきども尺物もって行く。
「でえじょぶだったら、ほら。」
あんべえさん入ってみせる、そいつが以外に深かった、ふいっと沈んで、もがこうたって、柳の根っくしに、浴衣ひっかかる。
すんでに死ぬところだった。
どろんこのあんべえさん見て、かあちゃんたまげた。
「なんしただね。」
「地獄のかまのふた開いてたぜ。」
あんべえさん云った。
「でもって、ざっこぐれえ取ってもいいって、ばあさま云ってた。」

稲刈りどき雨ばっかり降って、はざに掛けたってのに、芽吹きそうだ。
「なんてえこった。」
「みんなもやし食わんばなんねえ。」
「お盆に雨乞いするやついっからだ。」
「おれんことか。」
とあんべえさん、
「そういやつゆっぽかったな。」
一つぱあっと行こうってことになった。
雨乞いのはんたいはなんだ、お天道さまにお願いってんで、お寺さま呼ばって、一巻あげて貰って、
「そうさお払いだ。」
飲もうって。
お寺さま本山に行ってなさる、お寺のおっかさま衣着て、やって来なさった。
かんからかーん、なーんまいだ、声もいいようだしご利益ある。
いもん汁こさえて、にわとりつぶして、どぶろく持ちよって、
「そのう、ちっとなじだ。」
お布施わたして、お寺さまおっかさに聞いた。
「ではいきますか。」
茶碗一杯くうっと飲む、
「へ。」
「般若湯じゃて、お天道さまにとどく。」
「なまものは食うけ。」
「にわとりというは、ひようとりの仲間でもって、食わねばなんね、ほっほっほ。」
けっこう美人でいなさるし、うわおもしれえといって、盛り上がる。
「かんからかーんのなんまんだぶつ、
西は夕焼け阿弥陀さま。」
あんべえさんの出任せに、
「極楽往生願いのほどは、
寝物語も聞き届け。」
さっそく返すおっかさま。
そのうちあんべえさんと二人踊り出した。
「くうっといっぺえ般若湯、
色の白えのは七難隠す。」
「頭隠して尻隠さずの、
地獄んかまだてあっぱらけ。」
あんべえさんの腹踊りとか、おっかさま墨染めの下に、もう一つ墨染めあった、いやねかったとか、大騒ぎ、
「ちーんと叩きゃ十万億土、
死んで花実が咲くものか。」
「だれがいったか仏如意棒、
観音さまは観音開き。」
でもってあくる日からからりと晴れた。
法要があったら、お寺のおっかさまの方、呼ばるようになったと。

ますがた山という、とりではなくなって、殿様清水といって、いい水が湧き、汁塚と飯塚という塚石があった。
あんべえさん、拾って来た猫が、何日か飼っていたら、きれいなお女中になった。
連れだって、ますがた山へ行った。殿様清水汲んで、お女中の、まっしろい喉なでて、楽しい暮らしと思ったら、かあちゃんが出て、
「わたしより猫のがいいんですか。」
といって、汁塚と飯塚の間で、たくあん石になった。
「なんて夢見た。」
あんべえさん、かあちゃんに云うと、
「猫のほうがいいんですか。」
と、かあちゃんがいった。
ねずみも取らねえねこ、
「かあちゃんよりかわいがるから。」
とだれか云った。
「汁塚飯塚、
ねこのお女中、
ねずみ取らねえで、
寝てばっかり。」
まっしろい喉って、そんじゃしろって付けようかと、あんべえさん。

一張羅着てあんべえさん、お呼ばれから帰って来たら、石ころ踏んずけて、
「ありゃ。」
といったら、下駄の緒切れた。
「かあちゃんがみねえからだ、むこどんはつれえ。」
といって、親指ひっかけ歩きしたら、落ちた柿にずるっと、もう一方も切れる。
「ええ、六兵衛とこくされ柿。」
といって、下駄両手に帰って来たら、由蔵んとこの犬吠える。
下駄投げたら、当たらずに割れる、もう一方もどっかへふっとぶ。
裸足で泥んこで帰って来たら、
「なんてまよそ行きの下駄。」
たくあん石のかあちゃん、おかんむり。
「だっても割れたで。」
「たきものにしたっていいんです。」
むこどんはつれえと、あんべえさん。
「むこどんはつれえや、
柿にずっこけ、
羽織いっちょうらで、
犬と戦争。」
だれか見てたそうで、お株うばってはやす。
「うっせえ。」
と、あんべえさん、
「犬にかみついたの、見られんかったか。」
あたり見回した。

きのこ取り好きなあんべえさん、むっくりというきのこを、背負って起きられんほど取った、がきの頭ほどもあるさまつ、いっぺんに二十も取ったとか、
「空っかごんときもあって。」
かあちゃん云うと、
「だって山の神さま、今日は取っちゃならんといった。」
うそぶく、
「むこどんはかあちゃんだけこわいんだろがさ。」
「にせむこどん。」
かあちゃんそっぽ。
「やぶん中しめじ生えてる、手伸ばそうとしたら、ぶうって音する、見りゃまむしとぐろ巻いて、尾っぽうって知らせてた。」
それ山の神さまんおかげだという。
「山ん神さまってへびか。」
ひょっとしたらそうかも知れん。あんべえさんわらび取り行って、のうんとむし暑い日だった、山中の蛇が出てこうら干ししてる、足の踏み場もねえような、
「でもおらへびなんてどうってこたねえ、めんこいぐれえしてわらび取ってたら。」
そうしたら、こーんな太いのいたといって、お椀ほどのわっか作る。
「うわばみじゃねえか。」
「うわばみだ、よく見りゃ劫をへてもんがら消えて、真っ青んなったやまかがしだ。」

ぞうっとした、わらびおいてすっとんで逃げた。さすがのあんべえさんもってさ。
「でもきのこ取って、みんなに食べさせるの、いっぺんだけして。」
と、かあちゃんがいった、人にご馳走するの大好きだけど、次の日、
「へーえ生きてたか、よかった。」
ほんによかったって顔して云う。
「あたったらどうしようかって。」
と、かあちゃん。

たくあん石のかあちゃん、まめでいいかあちゃんだったけど、たった一つ長風邪引く。

「かあちゃんのストライキ、むこどんはつれえ。」
といってあんべえさん歩く。かあちゃんの妹も長風邪引く。
それがもう三月寝たり起きたり、
「どうした、かあちゃんより十も若い、死んじゃもったいねえ。」
とあんべえさん、人から聞いて、熊の胆効くという、
「おら取り行って来る。」
といった、
「熊うちに行くって。」
「そうでねえ秋山の里さ買いに行く。」
むこどんはつれえと云って、出かけて行く。
秋山は、平家の落ち人部落なそうで、途中舟に乗って行く、
「そりゃ道あっけど、おめえさま方の足じゃとっても。」
と舟頭が云った。
「なんしに行くだや。」
「かあちゃんの妹長風邪引くで、熊のい買おうと思ってさ。」
「そうか、だら土倉のはんぞうんとこ行け、あっこのいいし、おらのばあさのおっさだ、半蔵のくまのい買えば、帰り舟負けてやる。」
舟頭は云った。
「そうけ、じゃそうしよ。」
けわしい山がせまる、紅葉がすばらしい、だで秋山の里。
「なんかおもしれえ話あっか。」
あんべえさんが聞くと、
「きれいな姉さま乗っけることがある。」
と、舟頭が云った。
「そりゃもう、べっぴんさまの姉さま乗っけて、たいていなーんも云わんでな、はと振り返ったらいねえ、はてなってえと、向こうへ蛇が行く。」
「はあ山の神さまな。」
「紅葉の下に平家のお宝ある、それ守ってなさるお姫さまじゃ。」
「ふーんなんしに行くんかな。」
「むこどんさがし行く。」
そうけいといって、あんべえさん、土倉のはんぞう訪ねて、いい熊の胆買った。帰り舟負けてもらって、乗ってたら、むこうへへびが行く、
「お姫さまじゃ。」
といって、身乗り出したら、なんとした、揺られて川へはまる。
じき浅瀬で助かったが、
「見りゃ乗っけたはずのおめえさまいねえ、へびが行く、こりゃてっきりむこどんかと思った。」
と舟頭大笑い。
「舟賃まけといてよかった。」
「うん、むこどんはつれえ。」
と、あんべえさん。
「へびになっても、
お里へ出てえ、
そりゃそうだよ、
熊の肝取って、
八百年。」
熊の肝効いて、かあちゃんの妹の長わずらい治った。

あんべえさんの軒先に、なんか落っこった。もぞもぞ動く、つかむと強烈咬みついて、

「うわこりゃなんだ。」
って見たら、手足の間にうすい膜はる。
「ももんがあさまだ。」
むささびの子だった。山羊飼うところへ行って、乳を貰って来てふふませ、
「そんなもん飼うと化けて出るぜ。」
というのを、
「だってもがきだあな。」
と、あんべえさん。
「恩返しにおらとこ、化物天国へ連れてってくれる。」
ふわあと空飛んでなあと云って、乳離れして、いもやったりみみず掘ってやったり、くるみ割ってみたり、へんな手伸ばして、ぱくっと食う。
かあちゃんがこさえてやった、袋ん中へ入って寝ていて、夜中ぽっかりぽっかり歩く。

明け方人の寝ている蒲団に入り込む、冷たい手にぺったり、
「ぎゃあ。」
といって跳ね起きる。
知らないまに寝ていて、踏んずけて、
「ぎゅう。」
と、むささびん子。
うんこしょんべんもどうやら納まったら、近所の子供がよったくる。
「むささびだからむーちゃん。」
「昼寝てるの。」
「空飛ぶ。」
「化けるの。」
「抱かせて。」
えさやったりなでたり、あとついて行ったり、まねしてみたり、むささびん子は、ぽかっととまって見下ろしたりする、なんしろ人気者。
ちいちゃんという女の子が、むーちゃんのまねして、木をよじ登る、
「すげえ。」
そんなまねだれにもできなかった。木の枝から風呂敷かむって、舞い下りる、大怪我しないうちに、そいつだけは止めさせた。
「云うこと聞け、でないと食っちゃうぞ、があ。」
「うわあお化け。」
「ももんがあのあんべえさまだ。」
「ももんがあのあんべえさんは、
ももんがあにミミズを掘って、
うんこを食べて、
ももんがあ。」
子供が変なの歌う。
むささびむーちゃんは、ふいっといなくなる。
仲間のもとへ帰って行った。
さかりになったか。
「ちった挨拶ぐらいして行け。」
とあんべえさん。
「ねえむーちゃん食べちゃったの。」
「かわいそうだ、なんで。」
「うまかった。」
と子供ら。



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とんとむかし26



かやっぱらたぬき

とんとむかしがあったとさ。
むかし、えんごーや村のかやっ原に、えんだぬき、しんだぬき、かだぬきの、三疋狸が住んでいた。
えんだぬきは大入道や、お地蔵さまに化けたし、かだぬきは立ち木とか石っころに化けたし、しんだぬきはきれいな娘に化けた。
しんだぬきが女の子に化けて、ためよ貫太郎を化かそうとしたら、
「おらあちのとめ子は、まちっとかわいくって、耳とんがっている。」
と、ためよ貫太郎がいった。
しんだぬきがぽわあと笑って、耳とんがらしたら、
「おおようなった、おいで。」
といって、ぎゅうと手にぎって、つれて行く。
じたばた騒ぐのを、ふんじばって、天井からつるくして、
「とめ子はなあ、おっかさんの里へ行っちまった、せっかくかわいい子は、狸汁して食おう。」
といった。
しんだぬきが、
「なんで狸汁して食うの。」
と聞くと、
「そりゃごぼうとなっぱとさ、味噌でもってぐっつぐっつな。」
といった。
「なんでなっぱと味噌なの。」
「ぺろうり食うからさ。」
「ためよ貫太郎のあほ、おっかさに逃げられ。」
といったら、しんだぬきは狸になった。
「うるさい追ん出したんだ。」
ためよ貫太郎はいって、大鍋に水を汲んで、火を燃す。
がんがら煮えたつころ、
「ごめんなっし。」
といって、だれか来た。
どての清兵衛だった。
「真っ昼間っから、かまど炊いて。」
といって、天井につるしたしんだぬきと、がんがら大鍋見る。
「うんまそうな狸汁。」
「そういうわけだ。」
「どうだ、たぬき、田んぼ一枚とかえっこしねえか。」
といった。
「いいよ、どこの田んぼだ。」
「ついて来い。」
どての清兵衛はいった。ためよ貫太郎は、ぼうくい削ったの持って、ついて行った。

「ここだ。」
土手っぱら田んぼ、
「ようしおらもん。」
そういって、ぼうくい突き刺した。
「ぎゃあ。」
といって、田んぼが狸になって、逃げる。
「田んぼと狸と、かえっこしようなんてやつがどこにある。」
どての清兵衛もいない。
帰って来たら、しんだぬきの縄、半分ほどけかかって、お地蔵さんがでーんと座る。

「ありがてえ、狸汁こさえてお供えすべえ、なんまんだぶつ。」
手合わせたら、
「仏さまは、肉は食わん。」
と、お地蔵さまがいった。
「じゃ何食べなさる。」
「団子がええ。」
「おはぎではだめか。」
「おはぎでもええ。」
ためよ貫太郎は、そろり立って行って、戸にしんばりぼうかった。
「えいくそだぬきめ、ごぼうとなっぱと、二疋もいりゃ、村中に狸汁。」
 わめいたら、お地蔵さまは、でっかいたぬきになる、縄ふっきったしんだぬきと、すっとびまわる。
ぐるぐる。
しんばりぼうたぬきになる、戸が開いて、三疋いっぺんに見えなくなった。
「わっはっは、狸汁食おうなんては思わなかったさ、うんめえっていうがな。」
ためよ貫太郎は笑った。
「かやっ原たぬきだ、気つけろ。」
人はいったが、なあに返り討ちだと、ためよ貫太郎。
おっかさもとめ子も帰ってこんし、夕さり辻っぱた行くと、美しい女が立つ。
「あたしは上の町の女衆だ、今から山越えに帰らにゃならん、性悪たぬきいて化かすそうだ、送ってくれ。」
といってにっこり、
「上の町ついたら、お酒つぐで。」
「そりゃええなあ、かかいねえでおら切ねえとこだ、送って行くべ。」
ためよ貫太郎はいって、その手とった、
「あれあの。」
「すべっこい手でええのう、さすが上の町のな、ちっと毛深いか。」
といって行くと、三本杉の下の田んぼに、肥ためあって、
「三つんうちの一つ。」
「なんのこと。」
「いやおめえさま二十歳に一つか。」
「おっほほ、あたしは二十歳にはまだ、あのちょっとおしっこするで。」
手はなしたとたんどんと押す、
「きー。」
わめいて、肥ためはまったのは女衆のほう、
「なんでわかった。」
肥ためだぬき。
「三本杉がこっち一本増えてた。」
押されて、身ひねって押し返した、ためよ貫太郎の勝ち。
おっかさのお里から、大好物のお焼きが届いた。
あんこの入ったのと、煮菜の入ったのとある、煮菜の入ったのが、とくに好きだった。

「だば我折って、帰って来るか。」
ためよ貫太郎が、手伸ばしたら五つある、二つは同じ数食えってかあちゃんがいった、

「ふーん、たぬ公もがっぷりやっか。」
ためよ貫太郎はかまわず食った、一つ食って蝿がたかる、追っ払って手のばたらそやつ、栗のいがだった。
「うへえ助かった。」
こりゃおれの負けだと、ためよ貫太郎、
「負け分払ってやる、あんこの二つ持ってけ。」
いったら、たぬきの手出て、取って行く。
「お焼きもろうたって、仕返しするからな。」
と聞こえた。
「お焼きのお返しか。」
「ちがう。」
お里の家に、おっかさととめ子迎えに、ためよ貫太郎が来た。
「あんこのお焼きはうんめかった、このとおり迎えに来た。」
「あれおまえさま、煮菜のほう好きだったが。」
煮菜もうんめかったと、ためよ貫太郎手つく。
お里の兄、おっかさに大風呂敷背負わせ、とめ子にあめんぼう握らせて、帰した。
ためよ貫太郎がやってきた。
「お焼き食ったからってわけではねえが、かわいそうだし、迎えに来てやった。」
といって、突っ立つ。
「たった今かかに子つれて、帰ったではないか。」
「なに。」
ためよ貫太郎はすっとんだ。こりゃおおごとじゃって、どうやら間に合った。
かやっ原に、おっかさととめ子ぼやっと突っ立つ。
「三だぬきに化かされたか。」
おっかさゆさぶると、
「おまえさまだれじゃ。」
と聞く。
「おめえのととのためよ貫太郎だ、とめ子はでえじょぶか。」
「とめ子って。」
とめ子わーっと泣く。
とにかく家までつれて来た。
「ここはおめえと、とめ子こさえた家だ、たくあん石ってたのは悪かった、さっぱでえこだ、まっしろいその奥にゃ。」
「おらどうせさっぱでえこだ、色気ねえでまだ貰い手ねえ。」
ためよ貫太郎弱った、
「泣くな、おめえ泣けばとめ子も泣く。」
「だってもおめえさまみてえ、おっかねおっさおら知らね。」
わあと泣く。
がらっと戸開いて、大風呂敷背負ったおっかさと、あめんぼうしゃぶって、とめ子が立つ。
「迎えに来たって、さっさと先行っちまって、おまえさまという人は。」
といって、
「おらがいて、とめ子が。」
さし向かい指さす。
なんたって騒ぎになった、
「ちったあこらえろ。」
ためよ貫太郎とめ子つねったら、両方ぎゃあと泣く。
「これおまえんととか。」
「おっかねえととか。」
「あめねぶってるのとめ子か。」
「ねぶってねえのとめ子か。」
なにがどうなった。
どっちかのかかととめ子出て行った。
「いったいこりゃなんてこってす。」
かかにらむ、
「いやたぬきが出た。」
「どうせあたしはたくあん石です。」
「あっはこりゃ本物だ。」
とめ子のあめんぼうが、木の葉になった。
「ええ。」
おっかさの大風呂敷ほどけて、虫はいだすやらごみっさらうんち。
「ぐわあどたぬき。」
「なにしなさるだおめえさま。」
投げ出したら、あめんぼうはあめんぼうで、お里の兄の心ずくし、栗に大豆にとめ子のべべと、ためよ貫太郎のちゃんちゃんこ、
「おめえさまという人は。」
かかわめく、どうしようもねえ、ふいっとその顔たぬきになった。
はあと見りゃもとの、
「たくあん石。」
三日もしてやっと納まった。
木枯らし吹いて、かやっ原たぬきと、ためよ貫太郎は一時休戦。



色道修行

とんとむかしがあったとさ。
むかし、中野の三郎辻に、伊三といって、女蕩しのほかには取りえのない男があって、呆れて親もほったらかす。
かか寝取られて、清助というのが怒鳴り込んだ、
「恥知らずがぶっ殺したる。」
引っこ抜くのを、さあやってくれといった。そうしておいて説教する、
「恥さらしはおまえのほうだ、姦夫姦婦まとめて四つにぶった切るというがな、すんなこた、たいてえあったためしはねえんだ、ええ、たとい惚れあうも、世話する人があっていっしょになったんじゃねえか、それをなんかあったっちゃ疑ってかかる、お天道さまに世間に申し訳が立たねえ」
なんのっちゃわかんなくなる。
あっちにたかり、こっちを泣かせ、
「おれってなんて不幸なんだ、ああおまえにさへあわなかったら。」
なんて真っ昼間、往来っぱたにとんきょうな声を上げ、殺し文句の十や二十、云ったはしからけろっと忘れ。
まむしのような男をなんでったって、男と女の仲はわからない。
そんな伊三もままならぬことがあった。
伊勢屋のおみよは評判の小町娘、触れなば落ちん風情していて、けんもほろろ、
「ちええ素直でねえったら。」
角沢の姉さまも、
「まちがってこの世に生まれて来た。」
と人みなにいう器量よし、そいつがまあにっこり笑って柳に風。
(ふう、今に見ていろ。)
たって、犬なら塀がきに小便ひっかけときゃよかったが。いま一人清之介という、面白うもない男がいた。坊主でもあるまいし、女は汚れみたい面して、
「せいのすけさま。」
と云えば、娘どもがまぶしい目する。
「どうした伊三、元気ねえようだが。」
その清之介にばったり、
「別にどうってはねえが。」
「そうかい、まむしにしちゃ正直だな、いの字と角沢って書いてあるぞ。」
「いいからほっとけ。」
「そうさなあ。」
清之介はいった。
「杉沢にしんとうさまという仙人があってな、本名はなんというたか、そこへ行って三年も修行すれば、いやおまえなら半年でいい、女なんてもな、こう指一本立てれば、わんさか。」
そこへ行く女がついとよってくるー
「てんぼうこきゃがって。」
そっぽ向くのへ、
「云うことにゃ文句云わず従うんだぜ。」
とささやいた。
親の家にも帰れねえ、おもしろくでもねえ伊三、杉沢のなんていうた、しんとうさまのもとへ行ってみた。
納屋みたい掘立小屋に、眠っちまったようなじいさまいた。
「ばかじゃねえかこいつは。」
「ばかではねえが、なんの用だ。」
じいさま云った。伊三はかしこまった。
「三郎辻の伊三と申します、あのなんでもいたしますから。」
「ちっと足をもんでくれ。」
伊三はじいさまの足をもんだ。納屋の付け足しに、どうにか寝泊まりもでき、ぐうたら男が、炊事洗濯、ふき掃除なと、まめに働く。
(今に指一本立てりゃあ。)
なと、七日たった、
「下屋敷の嫁口説いてこい。」
じいさまがいった。
「ははあ。」
伊三はすっとんだ。下屋敷の嫁は、とうてい女ともいえぬ四十過ぎ、
(色の道のきびしさ。)
なんしろかき口説いて、伊三はつれて来た。
「精がつくで、こわ飯炊け。」
仙人は嫁に云った、嫁はこわ飯炊く。
(まむしの色気なんてえものは下の下。)
伊三は舌を巻いた。
四十嫁は上目使い見る。はてもう一度来てそれっきり。
(とってもおれには。)
と伊三。
清之介がやって来た。
「ほう、なんかこうすっきりした。」
伊三を見ていう、
「この分だとじき、いの字も角屋も、ー 」
「ほんとうか。」
「がっつくところはまだか。」
清之介は持って来た風呂敷包みを解く、もんぺと衣服があった、書物を何冊か、
「ひまがあったら読んでみろ。」
といって、帰って行った。もんぺを履くと、それらしい格好になった、はて書物を開いてみると、
「なんだこりゃ。」
むずかしい文字がぎっしり。
「先生さまは御在宅か。」
といって、だれか訪ねて来た。
「あいにく出かけておりますが。」
きのこを取ったり、そこら歩き回ったり、しんとうさまはなにしろ仙人でもって、
「ほうこれは、一度は拝見したいものと思っていたが。」
といって、客は書物を手に取る。
さすがは大先生といって、そんなのが二人も来たか、とつぜん刀を抜いた何人か踏み込んだ。
「山之内心斎とその門下だな。」
「問答無用、せいばいいたす。」
ちがう、しきどうしゅぎょう、刃をかいくぐって、なんしろ逃げ足だけは早かった、伊三はどっかそこら歩いていた。
「いってえどういうこった。」
と、あたり見りゃ、
「色道修行。」
と幟が立つ、人がよったくって、はてもんぺと同じ空色の、行ってみた、
「さあやれ、がまの油ってのはあるが、おたまじゃくしの効能書き、ここ惚れ薬ってのは初物だ。」
という、机があって、どういうわけかおたまじゃくしの入った水鉢。
刃よりゃよっぽどましの、伊三はおっぱじめた。
「おたまじゃくしは蛙の子、今に手が出る足が出る、いやお立ち会い、これをつるうと飲んだら鯰になるかというと、そうではない、そこのどじょうのおっさんよ、我云うところの惚れ薬、およそ人間おぎゃあと生まれて、色の道、四つのころから手習い初め、七つ八つはいたずら盛り。」
もとっからか、修行のかいあってか立て板に水。
竹筒に入った、あやしげな薬が売れ、汗ぬぐったら、向こうへ伊勢屋の娘と、角沢の姉さま。
指一本立てると、にっこり笑む。
「せいのすけさま。」
清之介がいた。
「あたしたちも行きます、何かのお役に立てれば。」
二人旅姿、そういえば清之介も、
「お国のためですもの。」
伊三に云った。
「似合うぞ、その格好して京へ行こう、おまえのお陰でずいぶん助かった、新棟さんてな、ありゃただの隠居さ、我らは山之内心斎先生と、いよいよことを起こす、どうじゃ夜明けは近いぞ。」
夜明けは近いたって、人をこけにしくさって、
「あたしたちからもお願いします、よい隠蓑。」
にっこりって、伊三色道修行の幟から、一式からげてあとへ従った。



続あんべえさんの話

お盆だっていうのに、ざっこ取り好きなあんべえさん、朝っぱらからむずむず、
「田んぼわきのどじょう取るのは、がきの仕事だあな。」
とか、
「せんみ川ひいえても、おらの深場ってのあってな、ありゃ三年前の夏、こーんなでっけえ。」
と手広げる。
「だめです、おふくろさまねえなって三年です。」
たくあん石のかあちゃん云う。
「なんでお盆てえと精進で、雑魚とっちゃだめなんだ。」
「そういうことになってるんです。」
かあちゃんと云いあってもしょうがねえと、あんべえさん出て行った。
どこへ行ったって、線香ともって、ちーんと坊主がお経を読む。
「お猿にらっきょう、
坊主にお経、
ばち当ちゃあ、
お宮の太鼓。」
のっこり歩いていると、がきどもが三人、ざるもって田んぼわきを行く。
「これ、お盆は殺生しちゃなんねえの、知らねえか。」
あんべえさん云った。
「せっしょうってなんだ。」
「どじょう取っちゃいけねえっていうの。」
「どじょうじゃねえ、鯉だ。」
がきども。
「ふーんどこで取る。」
「あっち。」
そこらかやっぱら指さす。
「あっこは水出なけりゃいねえ。」
あんべえさんいって、こっちだったら、がきどもの先頭に立つ。
何日か前一雨降ったが、まずまずの、
「そのあたり。」
という。
がきどもがんばった。
ふなが十尾も取れて、そうして一尺の鯉、
「しゃくものだ。」
「うわあすげえ。」
「やった。」
大騒ぎ。
「そんなもんじゃねえ、いいかそこん柳の下だ。こーんな。」
あんべえさん。
「あんなほう入れね。」
「死ぬ。」
がきども尺物もって行く。
「でえじょぶだったら、ほら。」
あんべえさん入ってみせる、そいつが以外に深かった、ふいっと沈んで、もがこうたって、柳の根っくしに、浴衣ひっかかる。
すんでに死ぬところだった。
どろんこのあんべえさん見て、かあちゃんたまげた。
「なんしただね。」
「地獄のかまのふた開いてたぜ。」
あんべえさん云った。
「でもって、ざっこぐれえ取ってもいいって、ばあさま云ってた。」

稲刈りどき雨ばっかり降って、はざに掛けたってのに、芽吹きそうだ。
「なんてえこった。」
「みんなもやし食わんばなんねえ。」
「お盆に雨乞いするやついっからだ。」
「おれんことか。」
とあんべえさん、
「そういやつゆっぽかったな。」
一つぱあっと行こうってことになった。
雨乞いのはんたいはなんだ、お天道さまにお願いってんで、お寺さま呼ばって、一巻あげて貰って、
「そうさお払いだ。」
飲もうって。
お寺さま本山に行ってなさる、お寺のおっかさま衣着て、やって来なさった。
かんからかーん、なーんまいだ、声もいいようだしご利益ある。
いもん汁こさえて、にわとりつぶして、どぶろく持ちよって、
「そのう、ちっとなじだ。」
お布施わたして、お寺さまおっかさに聞いた。
「ではいきますか。」
茶碗一杯くうっと飲む、
「へ。」
「般若湯じゃて、お天道さまにとどく。」
「なまものは食うけ。」
「にわとりというは、ひようとりの仲間でもって、食わねばなんね、ほっほっほ。」
けっこう美人でいなさるし、うわおもしれえといって、盛り上がる。
「かんからかーんのなんまんだぶつ、
西は夕焼け阿弥陀さま。」
あんべえさんの出任せに、
「極楽往生願いのほどは、
寝物語も聞き届け。」
さっそく返すおっかさま。
そのうちあんべえさんと二人踊り出した。
「くうっといっぺえ般若湯、
色の白えのは七難隠す。」
「頭隠して尻隠さずの、
地獄んかまだてあっぱらけ。」
あんべえさんの腹踊りとか、おっかさま墨染めの下に、もう一つ墨染めあった、いやねかったとか、大騒ぎ、
「ちーんと叩きゃ十万億土、
死んで花実が咲くものか。」
「だれがいったか仏如意棒、
観音さまは観音開き。」
でもってあくる日からからりと晴れた。
法要があったら、お寺のおっかさまの方、呼ばるようになったと。

ますがた山という、とりではなくなって、殿様清水といって、いい水が湧き、汁塚と飯塚という塚石があった。
あんべえさん、拾って来た猫が、何日か飼っていたら、きれいなお女中になった。
連れだって、ますがた山へ行った。殿様清水汲んで、お女中の、まっしろい喉なでて、楽しい暮らしと思ったら、かあちゃんが出て、
「わたしより猫のがいいんですか。」
といって、汁塚と飯塚の間で、たくあん石になった。
「なんて夢見た。」
あんべえさん、かあちゃんに云うと、
「猫のほうがいいんですか。」
と、かあちゃんがいった。
ねずみも取らねえねこ、
「かあちゃんよりかわいがるから。」
とだれか云った。
「汁塚飯塚、
ねこのお女中、
ねずみ取らねえで、
寝てばっかり。」
まっしろい喉って、そんじゃしろって付けようかと、あんべえさん。

一張羅着てあんべえさん、お呼ばれから帰って来たら、石ころ踏んずけて、
「ありゃ。」
といったら、下駄の緒切れた。
「かあちゃんがみねえからだ、むこどんはつれえ。」
といって、親指ひっかけ歩きしたら、落ちた柿にずるっと、もう一方も切れる。
「ええ、六兵衛とこくされ柿。」
といって、下駄両手に帰って来たら、由蔵んとこの犬吠える。
下駄投げたら、当たらずに割れる、もう一方もどっかへふっとぶ。
裸足で泥んこで帰って来たら、
「なんてまよそ行きの下駄。」
たくあん石のかあちゃん、おかんむり。
「だっても割れたで。」
「たきものにしたっていいんです。」
むこどんはつれえと、あんべえさん。
「むこどんはつれえや、
柿にずっこけ、
羽織いっちょうらで、
犬と戦争。」
だれか見てたそうで、お株うばってはやす。
「うっせえ。」
と、あんべえさん、
「犬にかみついたの、見られんかったか。」
あたり見回した。

きのこ取り好きなあんべえさん、むっくりというきのこを、背負って起きられんほど取った、がきの頭ほどもあるさまつ、いっぺんに二十も取ったとか、
「空っかごんときもあって。」
かあちゃん云うと、
「だって山の神さま、今日は取っちゃならんといった。」
うそぶく、
「むこどんはかあちゃんだけこわいんだろがさ。」
「にせむこどん。」
かあちゃんそっぽ。
「やぶん中しめじ生えてる、手伸ばそうとしたら、ぶうって音する、見りゃまむしとぐろ巻いて、尾っぽうって知らせてた。」
それ山の神さまんおかげだという。
「山ん神さまってへびか。」
ひょっとしたらそうかも知れん。あんべえさんわらび取り行って、のうんとむし暑い日だった、山中の蛇が出てこうら干ししてる、足の踏み場もねえような、
「でもおらへびなんてどうってこたねえ、めんこいぐれえしてわらび取ってたら。」
そうしたら、こーんな太いのいたといって、お椀ほどのわっか作る。
「うわばみじゃねえか。」
「うわばみだ、よく見りゃ劫をへてもんがら消えて、真っ青んなったやまかがしだ。」

ぞうっとした、わらびおいてすっとんで逃げた。さすがのあんべえさんもってさ。
「でもきのこ取って、みんなに食べさせるの、いっぺんだけして。」
と、かあちゃんがいった、人にご馳走するの大好きだけど、次の日、
「へーえ生きてたか、よかった。」
ほんによかったって顔して云う。
「あたったらどうしようかって。」
と、かあちゃん。

たくあん石のかあちゃん、まめでいいかあちゃんだったけど、たった一つ長風邪引く。

「かあちゃんのストライキ、むこどんはつれえ。」
といってあんべえさん歩く。かあちゃんの妹も長風邪引く。
それがもう三月寝たり起きたり、
「どうした、かあちゃんより十も若い、死んじゃもったいねえ。」
とあんべえさん、人から聞いて、熊の胆効くという、
「おら取り行って来る。」
といった、
「熊うちに行くって。」
「そうでねえ秋山の里さ買いに行く。」
むこどんはつれえと云って、出かけて行く。
秋山は、平家の落ち人部落なそうで、途中舟に乗って行く、
「そりゃ道あっけど、おめえさま方の足じゃとっても。」
と舟頭が云った。
「なんしに行くだや。」
「かあちゃんの妹長風邪引くで、熊のい買おうと思ってさ。」
「そうか、だら土倉のはんぞうんとこ行け、あっこのいいし、おらのばあさのおっさだ、半蔵のくまのい買えば、帰り舟負けてやる。」
舟頭は云った。
「そうけ、じゃそうしよ。」
けわしい山がせまる、紅葉がすばらしい、だで秋山の里。
「なんかおもしれえ話あっか。」
あんべえさんが聞くと、
「きれいな姉さま乗っけることがある。」
と、舟頭が云った。
「そりゃもう、べっぴんさまの姉さま乗っけて、たいていなーんも云わんでな、はと振り返ったらいねえ、はてなってえと、向こうへ蛇が行く。」
「はあ山の神さまな。」
「紅葉の下に平家のお宝ある、それ守ってなさるお姫さまじゃ。」
「ふーんなんしに行くんかな。」
「むこどんさがし行く。」
そうけいといって、あんべえさん、土倉のはんぞう訪ねて、いい熊の胆買った。帰り舟負けてもらって、乗ってたら、むこうへへびが行く、
「お姫さまじゃ。」
といって、身乗り出したら、なんとした、揺られて川へはまる。
じき浅瀬で助かったが、
「見りゃ乗っけたはずのおめえさまいねえ、へびが行く、こりゃてっきりむこどんかと思った。」
と舟頭大笑い。
「舟賃まけといてよかった。」
「うん、むこどんはつれえ。」
と、あんべえさん。
「へびになっても、
お里へ出てえ、
そりゃそうだよ、
熊の肝取って、
八百年。」
熊の肝効いて、かあちゃんの妹の長わずらい治った。

あんべえさんの軒先に、なんか落っこった。もぞもぞ動く、つかむと強烈咬みついて、

「うわこりゃなんだ。」
って見たら、手足の間にうすい膜はる。
「ももんがあさまだ。」
むささびの子だった。山羊飼うところへ行って、乳を貰って来てふふませ、
「そんなもん飼うと化けて出るぜ。」
というのを、
「だってもがきだあな。」
と、あんべえさん。
「恩返しにおらとこ、化物天国へ連れてってくれる。」
ふわあと空飛んでなあと云って、乳離れして、いもやったりみみず掘ってやったり、くるみ割ってみたり、へんな手伸ばして、ぱくっと食う。
かあちゃんがこさえてやった、袋ん中へ入って寝ていて、夜中ぽっかりぽっかり歩く。

明け方人の寝ている蒲団に入り込む、冷たい手にぺったり、
「ぎゃあ。」
といって跳ね起きる。
知らないまに寝ていて、踏んずけて、
「ぎゅう。」
と、むささびん子。
うんこしょんべんもどうやら納まったら、近所の子供がよったくる。
「むささびだからむーちゃん。」
「昼寝てるの。」
「空飛ぶ。」
「化けるの。」
「抱かせて。」
えさやったりなでたり、あとついて行ったり、まねしてみたり、むささびん子は、ぽかっととまって見下ろしたりする、なんしろ人気者。
ちいちゃんという女の子が、むーちゃんのまねして、木をよじ登る、
「すげえ。」
そんなまねだれにもできなかった。木の枝から風呂敷かむって、舞い下りる、大怪我しないうちに、そいつだけは止めさせた。
「云うこと聞け、でないと食っちゃうぞ、があ。」
「うわあお化け。」
「ももんがあのあんべえさまだ。」
「ももんがあのあんべえさんは、
ももんがあにミミズを掘って、
うんこを食べて、
ももんがあ。」
子供が変なの歌う。
むささびむーちゃんは、ふいっといなくなる。
仲間のもとへ帰って行った。
さかりになったか。
「ちった挨拶ぐらいして行け。」
とあんべえさん。
「ねえむーちゃん食べちゃったの。」
「かわいそうだ、なんで。」
「うまかった。」
と子供ら。

2019年05月30日