とんとむかし28
お水取り
とんとむかしがあったとさ。
むかし、下田村に、三郎兵衛という者があった。
だれも名は呼ばす、せんみつさんと云った。
千三つ、千に三つしか本当のことがない、まともなこたいわんという。人をたらかすというんではなく、面白い男だった。
鴨取りの名人で、沼に氷が張ったら、もみを一晩酒につけておいて、氷の上に撒く、鴨がそれを食って酔っ払う、
「よいよい、こうやってさあ。」
鴨踊りするうちに、みずかきが氷にはりついちまう、そいつを鎌で刈る、これを鴨刈りという。
「もっといいのはなあ。」
油桶にどじょうつけて、うんと油食らわせて、そいつ釣にくっつけて泳がせる、まず一羽が飲む、油でつるっと抜けて、尻から出たやつを次のが食う、数珠つなぎに十羽も取った、
「油桶のどじょうじゃ、生きてねえ。」
と云うと、そいつが素人のあさはかじゃねえ、浅ましさだ、どじょうは、ほんどじょう、おかめどじょう、たけのこどじょう、ほとけどじょうとあって、中にあぶらどじょうというのがいる、こいつが油を飲むんだ、
「でっかくなったらうなぎという、蒲焼きすっと油たらーり。」
こんなぐあいであって、
「おめえさ、八卦見とかけて、おやじのふんどしと解く、その心は。」
という、はあてなと首ひねるのへ、
「たまに当る。」
という品のないのや、
「風邪引いた、神主飲んだら、ぬさみてえ鼻水出る、山伏飲んだら、ぽおっと法螺貝みてえ屁出る、坊主飲んだら毛が抜けた。」
そんだで頭薄くなった。
大事のかあちゃん大熱出て、薬貰いに行ったら、だれもほんきにせん、
「仕方ねえおれのせんみつ丸飲ませた。」
「でどうなった。」
「けろっとしてらあな。」
といった塩梅。
それが当番になって、米山さんにお参りして、豊作祈願のお水取り。お札授かって来る。
関所も通らにゃならん、
「くれぐれもそのう。」
名主さまいった。
「千三つしねえようにってんだろ、わかったわかった。」
三郎兵衛出かけた。
大川のわたしに、船頭が、
「米山さんのお水取りなら。」
と、三文のわたし賃まける、
「そうけえ、ばあさん子は三文やす、船頭はかかあ天下で、大川棹でかんまわす、かいしょうなしの、かじ棹なけりゃ川流れ、河童の頭干上がって、水が欲しいでお水取り、あんがとよ。」
という、船頭口あんぐり。
団子食おうと、塩入の茶屋へ来た。
「お水取りだでまけろ。」
「ぜに払わねえとご利益ねえよ。」
「そうけえいんごう茶屋。」
「塩入り峠の、塩どっから入るか答えたら、一串まける。」
と云った。
「出雲崎かな、いんや柏崎だ。」
三郎兵衛いったら、
「ちがいました、井戸水に塩入っているで塩入。」
茶屋も百三つほどあって、せんみつさんは団子一皿で、いっとき半もやっていた。
「こりゃしまった、日が暮れる。名主さま、かんかんひでりの夕焼けだあ。」
と云ってすっとんだ。
そんなこんなでお水取って、お札貰って帰って来たら、日が過ぎた。
近道とって山の中、途中とっぷり暮れて、
「千三つのつけが回った。」
といって見りゃ、灯がともって一軒ある。
訪ねると、頭剃っても、こりゃ美しい庵主さまいた。
「米山さんのお札を授かっての帰り道、迷うてしもうた。どうか一夜の宿を。」
さすがのせんみつさんも畏まって、頭下げたら、
「さようか。」
しばらく待てといって、出て行く、
「はてなきつねかも知れん、いいやもしやそういう山賊が。」
といってたら、何人か来た。
まっしろいひげの長老と、屈強な男ども、
「米山薬師のお札を授かってとな、それはまことか。」
長老が聞く。
「へい。」
村の当番であって、そのうお水取りの、
「あいわかった、しからばこちらへ。」
古めかしい。田舎芝居みてえなと思ったら、大舞台のでっけえ屋敷あった。何十人集まっている。
「わしらは平家の落ち人である、隠れ住んで何百年、いつか再興の暁まで、人目を忍んでかつは暮らす。米山薬師のお札が拝めるとは、まことにもって幸い。」
いやきつねにしては上出来、お札を差し出した、命あっての。
「病の者ここへ参れ。」
香を焚いて、お薬師さまのお札を、一抱えもある、大黒柱へはりつけた。
「ありがたや。」
病の者よったくって、はあてそれからどうなった。
三郎兵衛は、酒を振る舞われ、美しい女がいて、ほっぺたつねったって正気。
はあてそれから、
「わしらが隠れ里を、人に知られるわけには参らぬ。」
「お札はいずれお届け申そう。」
「はあ。」
ぎいらり刀、
「い、い、止めてくれ。」
酔いもすっとんだ。
「首もねえてや命乞い。」
なんのしゃれだったっけ、ひえーお助け、
「人に云はねば、命は助けようぞ。」
美しい庵主さま云わっしゃる。
「何云ったって、だれもほんきにはしねえ千三つ。」
汗たらたら、例によっても舌凍りついて、
「あわあわ。」
長老と耳打ちする。
そんでわからのうなった。
そのあたり浮かれ歩くの、人に見つかった。
狐に化かされた。
お札は木の幹に、貼りつけてあったし、荷物も着物も、草むらに散らばった。
「ひえ、面目ねえ。」
といって、帰って行くと、
「まあお札あったからいい。」
とみんな。
狐に化かされたといっても、美しい庵主さまといっても、平家の隠れ里も、
「また新ネタ仕入れて来たな。」
といって、げらげら笑うっきり。
千三つで命助かったって、うわさ聞こえ、お水取りが、狐に化かされて、
「下田三社のお地蔵さまは、
首もねえのに命乞い、
はあこりゃ、
水は天から貰い水。」
といって、歌っていたと。
こっ恥ずかしいったら。首もねえのにって、お地蔵さまは首もげたが。
ごんぞう虫
とんとむかしがあったとさ。
むかし、ひなめし村に、ごんぞうという男がいた。
ぐうたら者で、ばくちをうって、借金のかたに、十三になる娘を売った。
娘は、河向こうの、はるげ屋敷まで、つれて行く。
「泣くな、これも親孝行だ、いいべべ着て、うんめえもの食えて、そりゃ幸せだあ。」
というはしから、ふわあと欠伸して涙ぽったり。
「しょうねえや、前世からの因縁だあ。」
という。雪も消えたかやっ原の、日当たりに座って、親子して、なけなしの昼飯を食った。
ひばりが上がる、
ひばりだって、子を守るのに、
「おらあはけえる、ここにいりゃ迎え来るからな。」
といって、ごんぞうは去った。
娘はつったっていた。
「行かねえと親困るってか。」
仏さまねえもんかと云うと、ぴいちくひばりが上がった。
そこいら歩いた。かやっ原の水辺を曲がって、
「おーい。」
と、だれか呼ぶ、
「舟が出るよう。」
わたし舟であったか、同じような娘が十二、三人も乗っていた、乗るより他なく、
「ふーん一人来れねえといってたが、一二三四、ほう人数あらあ、出るぞ。」
舟はぎいっこと乗り出す。
十日ばかししたか、ごんぞうの家に、向こう傷の、兄さんどもが押し寄せた。
「娘をどうした。」
という、
「どうしたって、あの日云うとおり、河っぱたへ連れて行ったが。」
「そうしたら、どうしてこねえんだ。」
ぶん殴られてのびた。
そこらじゅう捜しまわる。
「いねえ、逃げおったか。」
「あんながき、どこへ行くあてもねえが。」
しかたねえといって、ごんぞうを引っ立てた。
「萱場人足に売ろう。」
「それっきゃねえ。」
「娘の半分にもならん。」
といって、ごんぞうを売っぱらった。
それはきつい仕事だった、かつがつ食わされて、朝から晩まで、うらっ寒い河っぱたに、萱を刈る。
三日ももつまいと思ったら、生き延びた。
ごんぞうは、たくましくなった。
稼いだことのねえのが、稼ぎもよく、
「三年もしたら、給金が出る。」
と、親方が云った。
「遊んでねえで稼げば、娘売らずにすんだ。」
ごんぞうは思った。
娘はどこだ、身投げて死んだか、
「このおれのせいだ。」
死ぬよりもっとつらいめを。
ぜにをためてと、人のしない仕事もした。
河にやぐらを立てるという。
「一生飼い殺しになってもいい、これだけのぜにが欲しい。」
といって示す。
「何に使う。」
「娘をうけ出す。」
わけを話した、よかろうといって、ごんぞうは、河につかった。
腰までぬかる。
三七二十一日、ごんぞうは稼いだ。
あしたは終わるという日、大熱が出てふるえつき、
「河の病にとっつかれやがった。」
みな云った。
「命はねえ。」
「いいからぜに握らせてやれ。」
親方がいった。
舟が来る。娘が乗っていた、行ったときのまんまに。
ごんぞうは幻を見た。
娘はあの日、茶摘みに行く舟に乗った。一生懸命に働いて、とっくに帰っていた。
つつがむしのことを、ごんぞう虫というそうな。
ひきがえるの卦
とんとむかしがあったとさ。
むかし、しいやの村に、よそうべえどのという、かつては苗字帯刀も許された、大家さまと、がんこという下働きがいた。
よそうべえどのは、代官所のご用も勤め、村役もして、おおかたの評判もよく、あとはうんまいものも食ってといって、さっさと引いた。
神明さまのおみくじに、大吉も小吉も出ず、ひきがえるの絵が当たった。
「ひやこいつはなんだ。」
というと、人がそりゃ縁起物だといった、しいやの神明さまは、ひき神社をかねていて、つまり裏と表という、
「裏てなんだ。」
「福がな。」
つまりこれだあなといって、小指を立てる。
「ふーんわしもまじめばっかしでやって来たが。」
と、よそうべえどの、そう云えばこれは嫌いってわけではといって、出歩いた。
「そんなことしたら、ご先祖さまのお財なくなる。」
人は云ったが、がんこだけはなんも云わぬ、
「ういやつじゃ。」
と云って、連れ歩いた。
朝帰りしたり、流連ずけたり、
「あんな美しい奥様がいながら。」
と、おくさまもなんにも云わず、でも伏せって、起きて来なかったりした。
「しょうがねえなあ、ふて寝してらあ、これでも持ってってやれ。」
といって、お店の一品を、がんこにあつらえたりする。
「ひきがえるの八卦となあ。」
西の屋のおみよは、美しい女であったが、子どもが一人あって、その子に赤いべべを買ってやったり、人形買ったりした。
でもってどうなったかというと、はて。
与吉のおとよは、お互い馬が合って、
「とうちゃん。」
「あなたがお父さん。」
いい塩梅に行って、かんざし買うんで連れてってくれとせがまれ、いっしょに伊予のご城下へ旅をして、名物の湯につかって、
「あたしお嫁に行くことになった。」
もしたってというならと。
「ふむ。」
それっきり手つかず。
あかね屋のおなをは、もっとわがままで、欲しいものはねだって、したい放題の、すけべなこといって、
「あたしには好きな男いるで。」
あっけらかん、どうも憎めないし、
「よそうべえどのは、持てるから。」
と人は云う。
若いころはそう、おくさまのこと、ふいに思い出して、くうつまんねえことを、
「あたしを取り次いでおくれ。」
という女があった、
「いいことしてくれるって云うじゃないのさ。」
「だんなが取り次げと云ったら。」
がんこはいった、
「それじゃなんにもならない。」
女は知らん顔したり、流し目したり、思わせぶりしたり、よそうべえどの、
「今はだれもいねえで、あいつだ。」
と、がんこに云った。
女はおゆいといって、なんせよくしゃべる。
よそうべえどのは、笑ったり聞き流す。
松の屋という店で、女は食べて飲んで、
「こーんなころ、どじょう取りに行って、川にはまって、助けられたんだけど、着物はだけて、恥ずかしいったら、大事なところに、どじょうが出たり入ったり。」
なと、
「今も入ってるんだ。」
「ひょっとしてさ、でも黒いのどじょうじゃなく。」
下がかりのまたなんのと、
「あら酔った。」
といって、すんでに寝入る。
「あたしはおまえさまに惚れたんだ。」
という、
「ふーんそうかい。」
「惚れたというのは、男と女じゃない、おまえさまは仏さま。」
「ほっとけってことか。」
「いいえ、救いの神。」
女を口説くのは、
「如来如意棒、
観音様は観音開き、
いろはにほへと、
散らぬ花なら、ゆさぶって。」
優しいのはオッホッホ。
松の屋はぜにかかるし、めったら食うし、家はどこだと聞いたら、
「そりゃ貧乏屋敷、だんなさまの来るとこじゃない。」
というのを、がんこに云って、さがしあてて、行ってみた。
なんと子供が四人もいて、わあわあぎゃあ、
「そうよ、こいつら食わせて行かにゃならん、じっさのしわくちゃ如意棒も、こっちの観音開きも、なんでも利用してさ、うっふ、いやとは云わないし、なんならあたしと夫婦になるか。」
さすが好きものも一歩引けて、
「娘はもう十三か、いい子だ。」
といった。
その娘がついて来た、
神明さまに行くといって、がらんと鳴らして、お祈りして、
「子供のころここで遊んだ、もう子供ともお別れ。」
といった。
おまえさまのうちへという、
「うちへってその。」
「おくさまにお会いして。」
つれて行った、こまめに働く、
「着物と赤い鼻緒の下駄と、買っていただきました。」
お礼奉公したいという、
「もういいつれて行け。」
がんこに云ったら、
「あたしはごくつぶしです、家にもいられん、それはあの、おめかけさんというんですか、なんでもして働きます。」
と云った。
よそうべえ、真水で面洗ったような気になった、
おくさまがんこに云った。
「六兵衛屋敷へつれてっとくれ、あそこなら悪いようにはしないから。」
がんこが連れて行く。
「ふんわしの云いなりが。」
ぼやいたら、
「がんこなら、云いなりしてるから安心でした。」
おくさま云った、
「おまえさまは仏のたち、余計なことはできません。」
そりゃ女です、寝込むことだってあります。
ふん、寝ていた分若返りやがって、こっちは白髪増えた、ひきがえるの八卦ってなんだ。
白髪生えた、金のひきがえるが、神明さまにある。
よそうべえどのが奉納した。
小木の柵
とんとむかしがあったとさ。
むかし、さいとう村松の岩井源左衛門の家来に、半兵衛という刀使いがあった。
さいとうがお国替えになって来て、さいとう村松と呼ぶ。地下人七に対して、上品の斎藤は三であったか。
お殿様の命を受けて、源左衛門が半兵衛に云う、
「安井なにがしが脱藩した、殺して来い、おまえが手を下したとわかれば、私闘ということで切腹をさし許す。」
となん、半兵衛は安井なにがしを追った。早く国境を抜けたという。
「いやそんなことはあるまい。」
半兵衛は考えた、東は険しい山か、奥深い迂回路だ、西山を廻って行くには、必ず小木を抜ける。
すると、
「おさむらいと云われる人は、同じことをする。」
半兵衛は人の三日を一日に行く。
歌読みには知れた、小木の柵に待ちもうけた。
安井なにがしは、山人に持ち物を売って、脇差しのみになってやって来た。半兵衛は抜き打ちの利かぬ、左がわに並んで歩き、榎の大木があった、切り捨てた。
「おぎなれば榎もおほに育つらむおし照る月に物をこそ思へ。」
一つだけ持ち物があった、それを取り、かばねは蹴落として去る。
「中を見なんだか。」
「はい。」
源左衛門差し出して、会話はそれだけだった。
半兵衛の管せぬことだ
かつがつ食いぶちだけは貰っている。それで妻子を養い、時には別手当がつく、酒も飲まぬ刀使いは、貯えていた。
次の御用まで半年、すでに秋であった。
「木村又兵衛が郎党と女を連れて、日和山に遊山に行く、その女だけを殺せ。」
というのだった。
「無理かも知れんが。」
といって三両よこす。死んだあとの捨てぶちであった、しくじったら命を断つ。なに女ごときが、たとい郎党ども何十人が、草を刈るようなもの、
(なぜに源左衛門は。)
木村又兵衛はというと、やっとうのほうはからっきしだった。
半兵衛は門出からに窺った。難といえば、絶えず人が振れあうて、木村又兵衛は俳人で、好き者と云われる、お殿さまの付け人であって、知己が多い。
日和山に赴くまで、増えたり、三々五々に散らばったり。
人に見られたら、半兵衛も、あるいは源左衛門もおしまい。弓矢に射貫くしかないか、それだと不確かな。
チャンスは二度はあるものだ。流行りの笠をかぶって、半兵衛はすたすたと歩いて行った。
振れあいざまと、つれの女が面を向ける。なんと源左衛門の娘お美代。
行き過ぎる。
「どういうことだ。」
理由を問うてはならぬ、手下半兵衛と云われる所以、
「ひとしほの、
ふたしほもみじ、
追ひ分けて、
いつか越ゆらん、
牛の尾の里。」
紅葉狩りであった。酔うほどに、人みな仮面をつけて舞い踊る、
「湯の煙、
見まく欲しけれ、
入り広瀬、
あぶるまの瀬の、
紅葉いや増す。」
お美代は般若の面をかぶった、半兵衛はかわやへ行くのへ当て身をくれ、その面をはぎとった。
真っ白い能面であった。
「ふうむ。」
手練れを欺く。
踊り戯れて行く、足をもつれさせて、二人倒れざま抜き打ちにした、
「ちがうにおいが。」
それは木村又兵衛だった。
般若の面は吹っ飛んで、木の枝に怪異にぶら下がる。
わずかに手元が狂った。
半兵衛は脱出した。もうチャンスはない。しくじったか、なんで娘を源左衛門は、
「そうよ、あたしが頼んだの。」
耳元で声がした。
あでやかに笑まうお美代、
「知らん顔の半兵衛さん、あなたわたしに惚れたんでしょう。」
と聞く。まぶしいような美しさ、その容色は寸分も衰えぬ。
「歩足の術を学んだのか、わしに追いつくはずもないが。」
半兵衛は聞いた、
「待ってたのよ、ここしか抜ける所ないでしょう。」
うかつだった、たしかにそのとおり、両側の山は。
かえってそんなところを行けば目立つ。
「あたしを連れて逃げて。」
お美代が云った。どんないわれが、いや理由は問はぬ、
「あたし美しいまんまに死にたかったの、花見か、紅葉狩りの賑やかな里に。オッホッホ又兵衛が云ったわ。いざとなると死ぬるのも楽ではない、死んでもいいという句を云い出でたら、すぐさまと、そりゃ思うには思うって。」
歩きながら話す、息も切らぬのは、踊りの名手か、よほどの達者か。
「つまらない句に自惚れていた、でもってわたしの代わりにしてあげた。そうよ、生きようと思ったのわたし、さっきのお前の目を見て、惚れあうてみようかって。」
わしには妻子があると云おうとして、かぶりを振った、
「よし行こう。」
抱き上げると、いっさんに駆けた。
貯めた金を、こっそり妻は見ていた。なんとかするであろ。
出湯があった。
物を食わせる所もあった、かねて思いのそれは主の娘、お美代半兵衛の道行き。
日ならずして小木へ来た、
「なんで小木なのか。」
それでは殺したおさむらいと同じだ。
ともあれ二人とも衣装を変えて、国境へ抜ける。
又兵衛を殺したが、好き者というは人畜無害、追手もかかるまい。
娘をさらわれた源兵衛は、こっちは剣呑だ、さいの目によって、どう出るかわからない。
江戸へ出て、なにがなしして、二人で暮らそう、お美代とならどんな苦労も、
「もういい帰りましょう。」
娘が云った。惚れあうて面白かった、幸せだったわという、
「でも幸せは長続きしない、所帯やつれなんていや。」
ではどうするって、云いなりになるしかなく。
「家へ帰るわ、おまえもそうすりゃいい、取り成しておく、そうよ今まで通り、オッホッホ、岩井源左衛門は、半兵衛のおかげで、重職につけたようなもの。」
そうしてその通りになった。
大殿を食いものにする重職ども、何がそうさせるといって、上品がたわけるのか、娘と同じにさ。
半兵衛は前と変わらず、仕事を待ち、娘のお美代どのは、もとから半兵衛には、めったに姿を見せぬ。
一年が過ぎた。命が下った。
若とのさまの行列が行く、病気の大殿様平癒祈願の、とりで神社へもうでる。
「中に国抜けの者がいる、そやつを探し出して切れ。」
という、だれであるのかわからない。
「若殿はそのうなんだ、少しばかりこれで。」
源左衛門が云った、お頭が足りないそうだ。半兵衛は行列にはつかず、少し離れてしたがった。
「そうよ、おまえはおさむらいには馴染まない。」
ふいに現れて、お美代どのが云った。
「人を殺せるという、その男に惚れたのに、せめて歌の道でもすればよし。」
と云って過ぎる。
「オッホあの人は愚かものという。」
どう取り入ったか、二日めには、若とのと楽しげに歩いている。
娘の思いは、半兵衛ごときにはわからない。いやそれはいい、だれが国抜け人か。三日たっても目星がつかぬ。
「このわしとしたことが。」
半兵衛は珍しく慌てた。
紅葉の中社を過ぎて、本殿にさしかかる。
「紅葉の下にはくそがある、さぞう臭かったでござんしょう、能面被って田舎芝居。」
げらげらと笑う若殿、
「鬼女としては、なんとお答えしたら。」
「くるっとふりかえりゃ鬼ってな、男にゃまねのできんうっふう。」
平気でお美代のふところに手を入れる。
(どうしようもねえばか殿だ。)
あいつか忠義面して、なにしようがおそばにとっついてる中年、
「うつせみの命長らへ山川の清き河内と笹鳴りすらむ。」
「初音にも雪ふりしけばあかねさす清き河内と笹鳴りすらむ。」
若とのの歌に、お美代どのが応ずる。何かがかちっと鳴った。
どうしてまた小木だ、十間を一足につめて、切ったのはお美代であった、
「たった一人の救いを。」
悲痛な声、身代わりに重ねて、半兵衛は若とのを切った。
「おれがものをわからいでか。」
抜け出して国境を越えた。
そうよ、われら地下人のためには、現つを抜かす重職どもが好都合。
ばかのまねをせねば、生き延びられぬ殿はかわいそうだが。
亡霊が突っ立っていた。
般若の面をつけていた。
絶叫が上がる。
美しい娘
とんとむかしがあったとさ。
むかし青芦原には、七人の美しい娘があった。
長女はお日様に嫁いで、毎日かんかんひでり、次女は雨に嫁いで、降ったり照ったり。
三女をねずみにやったら、のさばりすぎる。四女をきつねの嫁にした。虹がかかって、きつねの嫁入り。
五女は人に嫁いだ。人は魚をとったり、火を付けたり、芦を刈って屋根に葺いたり、戦争の弓矢にしたり、たいていろくでもないことばっかり。
つつがむしに六女をやった。人もこわいものを知る。
いっとう美しい末娘に、信濃川が婿に来た。
「よしあしの中を流れる清水かな。」
だってさ。