とんとむかし30
さーが
とんとむかしがあったとさ。
むかし、日吉村に、さーがという大ばあさまがいて、とりわけ次のような話をして聞かせた。
「わしがほんのこんなころのことじゃった、行き倒れがあっての、おさむらいのようでもあったが、そりゃもうおんぼろけで、のみしらみはたかる、人はたいていそっぽ向いた。うちのじいさま仏での、かゆを食わせて面倒を見た、とうとう助からんで、今はのきはにおさむらいが云った。」
「わしは宝探しをしておる、とうとう突き止めたがもう駄目じゃ、一に黄金、二に宝玉、三に不老長寿の薬じゃ。むかし、秦の始皇帝が、わが国に方士を遣わし、方士みずのえらんぶが、ついにこれが三種をえた、そうして襲われて殺された。宝はついに現れず、二千年の時をへて、すんでにわが手になったものを。」
そう云って、書き付けと地図を残して死んだ。
だれも本気にはしなかった。
書き付けと地図は神棚に上げて、そのまんまに忘れた。
さーがの兄のあきじろが、腰巾着のてろという子と、水鉄砲をこさえ、
「きーやったな。」
「くーぐわ。」
なとうちあっていたら、神棚にあたって、なにか落ちた。
字の書いてある紙だ。
水にぬれて青く赤く浮かび上がる。
乾いて消える、
「秘密文書だ。」
あきじろが云った。
「宝のありかが書いてある。」
そう決め込んだ。
二人隠しもって、さてどうするか。
さーがと隣のゆいと、お祭りに市が立って、なけなしもって出かけて行く。
よしおれらも行こうと、あきじろとてろと、もう一人みよという女の子がいた。
「宝捜しの軍団を作ろう。」
みんな呼べと、あきじろが云った。
十人になって市を歩く。
さーがもゆいもみよも、赤い草履や、千代紙を買ったりしたが、男の子は、するめを一枚買って、みんなでむしって食い、芋でんがくを二串買った。
「古いもん商うのさがせ。」
あきじろが云った。
「売ったり買ったりするやつだ。」
いた、しわだらけの目を、涙のように笑うじっさがいた。
「おめえ字読めるか。」
あきじろが聞いた、
「アッハそりゃ読める。」
「ならこれ読んでみろ。」
といって書き付けを出した、もう一つは地図だった。
「なんだなこりゃ。」
「わかんね。」
「ふうむなんとな、方士みずのえらんぶは、よって百二十の齢を延長して、日の出る国に於て、尋ねるところのものはみな尋ね、探すところのものは探し当て、」
文字がかすれたり、あきじろにはちんかんぷんや、
「こりゃ黄金と玉と不老長寿の仙薬が、やわたのひろずさという道を辿って行くと、見つかるであろうと書いてある。」
「そりゃほんとうか。」
「さがしあてりゃほんとうだわな。」
「うんわかった。」
あきじろはひったくった。
「待て、こりゃ写したもんじゃが、そっちの地図は、買うてもいい、珍しい紙じゃ。」
「えっへ、おやじさまに窺い立ててくら。」
といって逃げた。
あくる日また集まった、難しい文字ばかり書いてあったし、
「みずのえのらんという人が宝の在処を探し当てた、それはやわたのひろずさという道を行く。」
あきじろが云った。
てろがうなずいた。
「こっちは地図だ、これが一枚目。」
山や湖や村もあって、わからないしるしや、矢印や、
「おれが思うには、これがいするぎ山、谷のこっちが千枚岩、いの原に、村が三つはまとまって上の村だ。」
池があったんだ。ごんぞうの畑があるこのあたり。
「二枚めはようも見えん、三枚めは、いするぎ山の形だ、つまりこいつがやわたのひろずさだ。」
てんまという子が、
「そうだ、やわたってはらわただ。」
といった、りゅうという子が、
「いするぎ山って、こんな形か。」
と、首を傾げる。
水をふっかけた。
青と赤のすじが浮き出す、ひょうたんととっくりをあわせたような、見る間に乾いて消える。
「ひょうたんはおおとりが舞い、とくりは青龍が飛ぶ。」
さーがが云った、
「なんでそんなこと知ってる。」
「わかんない。」
でもずっともうせんに聞いたような。
「ふーん。」
「かめのさかずきに、とらの鉢。」
絵柄があったのか、とつぜんに思い出す。
入り口はここ、
「どうしたってここだ。」
といって、あきじろがさす。おおとりと青龍だ、湖の上を行き違って、ほれ一枚目に、重ね会わせると、いするぎ山にとっつくのは、ここっきり。
よし行こう、宝捜しだと云って出発した。
てっぺんにはいするぎ神社があった。石段は崩れて、両がわには、えびす神社とあたご神社があった。
あたご神社へ行く。
右のこまいぬさんをさして、あきじろはここだと云った。
「ここらへんが舟付き場になっていた。」
なぜとも聞かず、みなしてこまいぬを押す、ずらり動いて穴が開いた。
「そうら。」
松明を用意していた。やにのある松の木に油布を巻いた。つけて入って行く。あきじろにてろに、てんまにりゅうとふうりんの男の子が続く。
さーがとゆいとみよは残った。
そこに待っていたら、ぽっつり雨が降る。
「もう帰ろう。」
みよがいった、
「そうね。」
「宝さがしなんか、男の子のすること。」
どうしようといって、屋根の破れた、あたご神社の軒へ行った。
しばらく降る。
「ふきの葉っぱかぶって、走ろうか。」
そうしようと云っていたら、
「おーい。」
と呼ぶ。神社の床板が外れて、ぬうとあきじろがつったった、
「来い。」
という、石段があってつながっている、
「そうさ、ここからでよかったんだ。」
手探り行くと、向こうに松明がともって、みんないた。
「たまげるな、人の骨あるで。」
という。
ゆいもみよもわっといって、されこうべが二つとあばら骨と、幾つか散らばった。
「こわい、きっと乞食がいて。」
「そう、いつかもお宮んとこいた。」
「ちがう宝さがしだ。」
松明をかかげて次の部屋へ行く。
絵が描かれていた。大きな舟に人が何人も乗って、きぬがささして、お日さまとお月さまが。
車輪のない車と。
「向こうもこっちも。」
白い虎に、青い龍に、黒いのはへびだっていう、いいや亀だ、赤いにわとりに、
「宝はこれさ、こん中にある。」
あきじろが云って、真ん中にある、大きな石の箱をさす、石のふたが閉ざす。
みなしてずらそうとしたが、びくともせん。
穴は行き止まりだった。
「仕方ねえ、大人を連れて来よう。」
「そうなあ。」
「ぜんべえどんの牛なら引くぜ。」
「ばかどっから入る。」
とにかく見つけたといって、出て行った。
あたご神社が正門だ、いやこっちがあとでつけたんだといって、順繰り上がって、
「ちょっとこれ。」
と、ふうりんが云った。
「穴でねえか。」
それは、子供がやっと入れるような、あきじろとてろが、
「行こう。」
といった。
みんな首をかしげ、
「もうおそいで帰る。」
と女の子は云い、他の男の子も帰る。あきじろとてろと、さーがの三人が入って行った。
てんまとふうりんが残っていたが、帰る。
三日たった。
大騒ぎになった、てんまとりゅうが次第を話し、
「帰ってこない。」
女の子は泣く。
大人たちがよって、こまいぬさんから入って行った。
「だめだよ、ずらしたもな、元へ戻しておかなくっちゃ。」
という、
「ここはおおむかしの人のお墓なんだ、あっはっは宝なんかねえよ。」
「盗人がかっさらった、お骨が入ってるっきりだ、え、あの骨か、ありゃ百年もめえからあるがな、こまいぬさん戻すと、下からじゃ開かねえしな。」
三人は見つからず、
「はてなこっちにも道ついたか。」
といって、神社の床下を押し上げる、
「いねえな。」
「あの、別の入り口あって、入ってったっきり。」
てんまが云った、りゅうがうなずく。
「なるほど。」
そういって、大人一人窮屈そうに入って行った、じきに出て、
「行き止まりだ、だれもいねえ。」
と云った、
「おれ入ってみる。」
てんまがいって入って行く、
「おれも。」
りゅうが続く、
「うん行き止まりだ。」
りゅうが出た。しばらくしててんまも出た。
大人たちはいするぎ神社へさがしに行った。
その夜りゅうが触れ回って、みんなで集まった。
「あきじろとさーがとてろが待っている、食いものと水と持って来い。」
という、
「いいか一人も抜けられんぞ、人に知れたらだめだ。」
行き止まりではなく、あきじろが石を押し当てた、おれだとわかって、
「青い道だ。」
といった。早くみんなつれてこい、腹がへったって。
月夜の晩であった。
宝さがしの決死隊、てんまにりゅうにふうりんにひとよにみよとしゆいと、次々入って行った。
「ようしこっちだ。」
あきじろのあとを、手探り行くと、あたりが青く光る、月の光が漏れるのか、天井も壁も、踏み歩く床も青い。
「そうさ青龍の道だ。」
あきじろがいった、
「きっとおおとりの赤い道もあるんだ。」
広い部屋に出た、さーがとてろが待っていた。
「へえ三日もたったんか、腹ぺこだ、水はなんとかしたけど。」
といって、三人はむさぼり食らう。
地図があった、松明をつけて、
「そうすっとこれも見直さねばって、つまりここだ。」
やわたのひろずさ、つまりここだ。
その向こうに大きなマルがある、ぜったいになにかある。
「あたご神社に通じていたから、えびす神社にも、本殿いするぎ神社にもと思って、こうして地図をあててみた。」
うんそうだ、あきじろは頭いいからとみんな云った。
「で、マルんとこさぐってみたけど、石壁瓦礫ふたがって、腹減ってどうもならん、みなしてのけてくれ。」
さーがもてろも云う。
みなしてかかって、半日ものけて、一人は通れるほどの穴がある、
「よしおれ行こう。」
てんまが入って行った。わっというくぐもった声がして、あとそれっきり、
「おーい。」
どうしたと呼ぶ、返事がない。
ずーんと音がした、
「逃げろ。」
もとの部屋へ逃げ帰った。ぜんたい崩れ落ちる。
どうやら助かった。おそるおそる行ってみると、
「てんまか。」
人の頭がごっつと見える、
「松明だ。」
照らすと金色に光る、
「仏さまだ、何百もある。」
がれきの下に、黄金の仏さま、大人と同じ大きさの、
「ふえーすげえ、黄金だ。」
「かわいそうなてんまも、きっと浮かばれるというんかな。」
手を合わせたが、
「仏さまじゃない。」
さーがが云った、
「鎧を着て、槍や刀を持っている、兵隊だ。」
黄金の軍隊だった。
下りて行ってみた、ほんとうにこれは軍隊だ。
いまにも動き出そうと。
みんな口をあんぐり。
こんなたいそうなものを、どうしたらいいんだ。
しーんとする、
「そこをのけ。」「生皮ひんむくぞ虫けらども。」「なにを食ったって。」「ささだんごとな。」「なんだがきか。」
「酒はないか。」
てんでんに聞こえ、その声は、滴り落ちる水の音。
「次のしるしはこっちだ。」
あきじろが云った。
「まだ行くの。」
「てんまは。」
「だって玉と不老長寿だ。」
「不老長寿ってなに。」
「年寄らないで長生きするの。」
青い道は続いていた。
りゅうとひとよが先へ行く。あきじろとてろは地図と松明。ふうりんと女の子どもが続く。
「変だ。」
ふうりんが云った。いつのまにか水の中を歩いている、青い光は強くなって、波を立てると信じられぬほど美しい、
「うわなに。」
どくろが浮いたり沈んだり、けものの骨か、ひん曲がったくちばしや、
「おれたちもきっとああなるんだ。」
ぞっと深くなった。
さーがは、吸い込まれて行って、夢中にふりもがいて、思い出した、いつかそっくりの夢を見た、青龍の青と、おおとりの赤い道に、さ-がとだれか、あきじろであったか、二人浮かぶ。
狂をしい奇妙な思い、-
水のないところに、あきじろとりゅうとみよがいた。
「おれだけ足が届いて。」
と、あきじろが云った。
「さーがは泳いでたし、女の子たすけて、たどり着いた、これはでっかい亀の背中だぜ。」 さ-がは乗った。
亀の背中にこけが生え、
「めくらの亀だ。」
あきじろがいった。
どこかへ行くらしい。何日たったかわからない。
亀は歩いていた。
玉の上を。
玉の河だった。大小とりどりが、青い光には、白く見える。
「ふーん玉ってこれだ。」
亀は玉をくわえて飲み込む、なぜだろう、三つ五つと飲み込んで引き返す。
四人は亀の背を下りた。
地図もなく、食いものも松明もなかった。
宝さがしより、もう外へ出るしかない。
西も東もなく、上ったんか下ったんか、なんせ歩いた。
「死ぬしかないんか。」
声には出さずに、四人とも思う。
ぼんやり白く光る。
玉の河が白く光るのか、足は痛み血がにじむ。
巨大な虎が、炎を吐いて襲いかかる。
「うわあ。」
「あ-。」
あきじろが食われ、さーがが食われ、りゅうが食われ、みよが食われ。
四つの魂になって、お社に入って行った。
いするぎの本殿へ。
(こわい。)
(こわくはないが。)
(たましいが見える、蓮のうてなの辺に。)
思いは声になって聞こえ、
(生まれ変わってどこへ。)
美しい絵があった。
花や鳥や、金色の果物や、みたこともない南国のけものや、樹木や風や。
(そうよ極楽の)
(西方浄土の。)
(ではなんで絵なの。)
(風景だ。)
みな音楽になって聞こえ。
「昼のうたげです。さあこちらへ。」
四人は蓮の花弁のテーブルに向かい合った。
食べきれぬご馳走の山。
おいしかった。
腹いっぱい食べた。
すばらしい飲み物。
「生きていたって死んだっていい。」
とあきじろの、いやさーがの声、
「楽しくもなく悲しくもなく。」
りゅうのみよの。
幻想は消えて玉の河にいた。
白虎の幻影がよぎる。
「よろしい、わがテ-ブルについたか。」
虹の玉房のついた冠をして、袖の大きなゆるやかな衣を着て、まっしろいひげの年よりが現れた。
「方士みずのえらんぶと申す者、待っておった。」
おそろしい空ろな眼を向ける。
「四人おれば四つの車輪になる、だがまだ子供か。」
手招きして女を呼ぶ。
四人はそのあとへついて行った。女は幾人かしずいて、四人の着物を脱がす。
子供だってあきじろは男だし、妹のさーがだって恥ずかしいし、りゅうもみよも。
湧きあふれる紅玉の風呂。
浸るあいだに、
「おう。」
「はあ。」
驚き叫んで、四人の大人の男女になった。
「二つはまぐわえ。」
という、ようもわからず。
同じしろがねの衣をまとい。
満月であった。
満月は美しい女人、
「かぐや姫さま。」
そう思い、美しい女人は一箇の壺になった。
不老長寿の仙薬であった。
壺は四方を虹の吹き流しのついた、お宮に納まった。
方士がきざはしに上る。
「帰郷じゃ。」
手を上げると、頂には鳳凰が止まり、右には青龍が、左に神亀が、そうして白虎が炎を吐いてまん前に来た。
「引け。」
お仕着せの四人は、四つの車輪になって、白虎がそれを挽く。
黄金の軍隊がわきあがる。
「白虎は千里を帰る、
盲亀浮木に当たるが如く、
ことは成就せり、
鳳凰の舞い、
青龍の躍る、
行くは銀河ぞ、
皇帝陛下、
待つには待たじ。」
方士はつぶやく。
走る、四つの車輪はうめききしみ、悲鳴を上げて天駆ける。
それは銀河。
右の車輪が外れ、左の車輪が外れ、またもう一つ、みよが落ち、りゅうが落ち、あきじろが落ちる、炎を上げ。
青は水赤は火、そうであったかこれが、ー
いいや、さーがだけが帰って来た。
あたご神社から這い出した。
石の棺にあきじろの声を聞いた。
二つのされこうべにみよとりゅうの声を。
「たすけてくれ。」
という。
助けてくれといった、だれか行ってたしかめておくれ、今もなを、大ばあさのさーがは云った。
年は幾つであったか。あるいは百歳をこえ、だれかさ-がの沐浴を見た。
うら若い乙女であった。
しいや秘伝
とんとむかしがあったとさ。
むかし、しのだ村に、しいやというかご作りの名人がいた。
しいやのかごやざるは、三代使える。
酒屋のまかないに、おかめという女がいた、夜中盗人が入って、みっしり歩く、
「おかめ、おかめ。」
とざるが呼んだ。
「なんだあ。」
寝惚けたとも思えぬ、おかめの大声に、盗人はたまげてつかまった。
「さすがは、しいやのざる。」
という、子供がかっぱらって行って、どじょうをすくうとよく入った。
ぽっくりふくらんだざるを、おかめと云った。
しいやは、編んでいたたがが外れて、目を打ったそうで、片目であった。
「ひでえ面になってな、女子は見向きもしねえ、あれはかご作りのって、看板になっちまったし、もうこれっきりねえ。」
と云った。
釣りの好きな、お殿さまの、魚篭を編んだ、
「しいやの魚篭じゃ。」
釣ったあゆも死なぬという。
奥方さまの草履を編めと云われ、これは苦労した。
たいへんなお方で、
「そうではない、鮎釣りに行くのじゃ。」
といえば、あゆにまでりんきする、
「魚篭と同じはきものこさえりゃ。」
という妙な理屈。
足袋をはかないだってはける、頑丈でしかも優雅な、しいやは百足をこさえ、百と八足めにできた。
冬は暖かく夏は涼しい、むれることもなく、
「どうじゃわしの心があいわかったか。」
「はい。」
と奥方さま。
りんきもおさまったというんで、
「おさまり。」
という名がついた。
刀の鞘をこさえた、抜き打ちにするのを、鞘ごと押さえて、相手の刀が折れたという。
「よくなし。」
という名がついた。
ぜにを取らなかったからという。
竹で編んで水の漏らぬ、水差しをこさえ、それをよくなしと云った、茶人にこさえた、ひしゃくであったとか。
独身であったが、ある日、見たこともない、美しい女が来て、
「わたしは狐じゃが、おまえさまの女房にしてくれ。」
といった。
たまげて騒ぐかと思ったら、
「めっかちの籠作りでよかったらな。」
と、しいやはいった。
美しい女房は、人前に出なかった。
「おれも男じゃ、ちっとは誇ってみたい。」
といって、しいやはいい着物着せて、寄り合いに酌をさせた。
「目一つくれてやっても、惜しゅうはない。」 という。
みんなぶったまげた。
美しい女房は消えた。わざわいのもとであったか。
狐はしいやの子を孕んだという。
盗人が出た。
神出鬼没であった、お城の金のしゃちを盗んだ。
右を盗んで、
「左もさらおう。」
という。
かがり火を焚き、弓勢を揃えて待ちうけたが、夜が明けたらない。
もしやという人がいた。ここぞという所に待った。
何人か縄ばしごを伝って、さらって行く。
実は盗まずにあった。大空に似せるわざ。
罪人を送る、とうまるかごを作れと、しいやに云って来た、
「よもやかご抜けなどされんように。」
という。
名人は腕によりをかけて作った。
たしかめに行った。
初々しい若者であった。
しいやを見て涙を流す。
「母は狐、父に会いとうて、盗みを働いた。」
といった。
きつねのわざにも、とうまるは破れなかった。
まあいずれ作り話が。
「おかめによくなしおさまってとうまるきつね。」
という、名人秘伝の、これは編み模様であったそうの。
せふうりん
とんとむかしがあったとさ。
むかし、びんたら村に、ろくでなしという木があった。
辻っぱたにおおふうに茂って、二抱えもあるのを、たたりがあるとて、伐らなかった。
花も咲かず実もならず、臭いにおいがして、からすやむくどりがよったくる。ほんにろくでなしだった。
その木の下に、母子連れが、行き倒れになった。母は死に、四つになる娘は助かった。
「ろくでなしが、ろくでなしを呼びゃがった。」
というのを、下のたんが屋敷が引き取って、飼い殺しにした。
冷や飯食わせてこき使って、よしのという名をよしと呼んで、
「よしでねえあし。」
といって、あしはぐずで泣きべそで、かま炭と垢でもって、まくろけの十三になった。
「あれじゃ、売るわけにも行かんが。」
と、鼻水たらしてこさえるものが、うんめえという。
たんが屋敷に、ひろしき様といって、高貴なお客があった。数人のお付きと、美しい女の人がいた。
けんめいにもてなしたが、
「田舎料理はどうも。」
といって、ほとんど酒も飲まず。あしの一品だけはお気に召す。
冷たい川に入って川海苔をとる、それをゆがいて出した。
「珍ではある、まいて絶品じゃ。」
つれてまいれという、
「いえあの汚い子でして。」
「苦しゆうない。」
いやほんに汚い子じゃ、そこへ畏まるのを見て、ひろしき様はあきれ顔。
連れの美しい女の人がつくづく見て、
「この子貰い受けようぞ。」
といった。
鶴の一声で、かま炭と垢切れのあしは、高貴のお方様が連れて行った。
それっきりであった。
何年たったか、ろくでなしの木が花をつける。
白い大輪に、紅のまた紫のほうが彩る、風鈴のように風揺れて、それは見事な花であった。
よいにおいに、からすやむくどりを遠ざける。
「これはなんとした、かつて見たこともない瑞兆だ。」
人々は仰ぎ見る。
「じゃによって、伐ってはいかんということだ。」
木の名前もわからず。
すると乗物に乗って、天女のような美しい人が来た。
「ひろしきからの者じゃが。せふうりんの花を頂戴したい。」
せふうりんてなんじゃ、ろくでなしのあの花かいな、
「ろくでなしに命を助けられた、ろくでなしのわたしはよしの。」
その人は云って、花をつみとってこんな歌を残した。
「観音のたよりの杖をせふうりんうは鳴りとよみあしを押し分け。」
よしのは歌の道に秀でた。
せふうりんは百二十年にいっぺん咲くという。
「花もなふ茂み生ふるればろくでなし旅にぞ果てむ露のこの世を。」
卵塔
とんとむかしがあったとさ。
むかし、きおい村の、ずいがん寺は、うしろは崖で、石がにょっきり生えた。また椿寺といって、数百本の椿の花に咲く。
お池は落ちた花でまっ赤になった。
面白い和尚がいて、
「このお寺はなあ。」
と云った。
「地獄へ通じておってな、鬼のさすまたにぐっさりやられた亡者どもの、真っ赤なあれは血だあな、どうじゃ、恐ろしい叫びが聞こえるじゃろう。」
といって、耳に手をあてがう。
人が嘘だあというと、そうさ真っ赤な嘘さと云って、すましこんでいる。
鬼塚というのが、椿の木の下にあって、やっぱり地獄と縁があってなと、
「鬼が、亡者とはいえ、人をこんなに苦しめていいものかといってやって来て、出家させてくれといった。二十一世になる大願玄真和尚が鬼の頭を剃った。」
「鬼はたいへんな修行の末ついに悟って、仏の位についた。そのお礼じゃといってな、えんまさまの帳面、えんま帳だわな、そいつを見て、人の寿命を教えた。」
いらんことをしたもんだ、知らんとこに妙味があるっていうのにさ。
「うらに崖がある、住職になると、そこへ石が頭を出す。だんだん伸びて行ってぽっこり落ちる、すると和尚も大往生。」
あほらしいって、だいたいあほうな話なのだ。
ずいがん寺の鐘がごーんと鳴って、余韻のある間に、花の落ちるのへ、願いごとすりゃ、叶えられると云う。
一つ、白いまんまたらふく。
二つ、お蚕ぐるみが着てえ。
三つ、おいらんみてえ美しい女房。
せっかくの願いをさ、鯉がぱくっと花のみ込んで、
「あれおれの。」
と云ったら吐き出して、あっはっは、
「まずい、てめえの面見てから願いしろ。」
だってさ。
「いやむかしはよう効いたんだ、なんせ鐘うつ坊さんが修行してたでな、いまみてえなしょんべん鐘じゃ効かんわい。」
「五助というなまくらものがあってな、一つ白いまんま、二ついいべべ、三つおいらんて願掛けたら、ほんきに白いまんまたらふく食えて、お蚕ぐるみぞろっぺい着てさ、きれいなおいらんと一夜ともにしたってな。」
「いやいかった、夢のようだ。」
と云ったら、明日の朝引っくくられて、獄門さらし首。
「どうしてこうなるんだ。」
「どうしてったって、思い残すこたねえだろ。」
そう云やそうだ。
ばたっと音がして、首が吹っ飛んだ。
なんでだ、十両も盗んだんか、いんや濡れ衣だあなという。
「真犯人がせめてもの心づくししてもって、身代わりにした。」
「そんなことあるんか。」
「あったともさ、わしがその真犯人。」
そりゃもうわからんけど、石が伸び出してぽっこり落ちて、たしかに和尚はあの世へ行った。
坊さんのお墓を卵塔という、二十一世から、この和尚三十五世まで、天然石の卵塔が、あわせて十五建っていた。
でっかいほど徳のある和尚だった。