とんとむかし32
これはそば屋の縁起
とんとむかしがあったとさ。
むかし、かんの-き村に、よきという子があった。
山へ行ったら、丈の白髪の、恐ろしい山姥出た、
「一本松の塚起こせ、かんざしあるようだで、それ持ってこい。」
という。
「持って来たら、もとへ戻す。」
といって、よきを犬にした。
犬になって、夜中掘り起こす、
「墓でねえかこれは。」
がくがくふるえて、骨が出て、かんざしがあった。
赤い玉としろがねの、それくわえて行く。
村では、塚をあばいた、けものの仕業だ。
「どうしてだ、こんな古い墓を。」
といってさわぐ。
次郎兵衛さまのお屋敷に、玉のかんざしさした美しい女が、子をつれてやって来た。
「おまえさまの子じゃで、引き取れ。」
という。
次郎兵衛さま困じはてた、身に覚えのある。
「でなくば十両。」
という、云いなりに払う。
三右衛門さまには、その女が、茶釜もって現れた。
いい品じゃ。
十両出して買うたら、三日めに消えた。
犬の足跡がついていた。
よきは気がつくと、いいべべ着て、絹の蒲団の上に坐っていた、
「ここはどこじゃ。」
「二十両のお宮じゃ。」
山姥云った。
「赤い鳥居もある、うんめえもの食えるし、お蚕ぐるみだし、つらいめせんでもいい、どうじゃ。」
という。
丈の白髪に、かんざしとってさすと、美しい姉さまになった、
人さま来た、
「病も治る、失せものは出る、なんでも当たる。」
そういってよきに触れた。
よきはわからのうなる。
わからんで占う。
「悦んで涙して、帰って行きおった。」
病は気から、失せものはもとから、ひいっひと山姥、
「わしは八百歳じゃ、たいていのこたわかる。」
といった。
そんなふうに暮らして、おっかあはどうした、おっとうはとよき。でもわかんのうなって、気がついたら山姥、真っ赤な口する、
「なに食った。」
「柿食った。」
「なまぐせえが。」
「にわとりだ。」
たいへんだ食われる。
どうしようと思ったら、清うげな姉さま夢に見えて、
「かんざしはわたしのもの、あれにて山姥を突け。」
といって、何かくれた。
「わたしの骨じゃ、かじりゃ、わかんのうならずにいる。」
という、よきは骨かじって、わかんのうなるふりした。
ふうらりよって、山姥の、かんざしを押す。
「ぎええ。」
ばらばらになった。
首が云う。
「これでええ、やっと楽になった。人食いの業たけてもって、死ぬに死なれんかった。」
ふっ消える。
「おまえのそばがええ。」
と、聞こえたそうで、でもって蕎麦屋になった。
夢に見えた美しい姉さま、いえそっくりの嫁さま来た。
「うばがそば。」
という、うす気味悪いほどに、名代の味。
おかめひょっとこ
とんとむかしがあったとさ。
むかし、二の宮村に、仁太郎という、性悪のくせに、間の抜けた男がいた。
となりのかかべっぴんだで、寝取ろうと思って、やまいも持って行ったり、赤いちりめんやったりして、たんびににっと笑う、
「あんがとさん。」
といって貰って、ころあいはよし、
「ひょうろく旦那よりゃ、よっぽどおれの方が。」
といって忍び込んだら、ええ、なんでうちのかかいる。
「おっほ、おめえさま茶飲むか。」
「うちいねえでおしゃべり。」
かか同士顔見合わせる、ふーんお見通しってやつ。
となりのかかみよといったか、でも目ぱっちりする。そうか今夜だなと思って、仁太郎這い込んだら、べっぴんさまのおみよ待っていた、抱きついて、
「わたしをつれて逃げておくれ。」
と云った、
「逃げてたってそんなのおまえ。」
ではどういうつもりだ、夜這いだっていうんなら、大声上げる、
「そ、そ、そんな。」
気がついたら仁太郎、おみよとつれだって夜明けの町を歩いていた。
なんでこうなる
「おまえさま、ごんぶてえやまいも掘りなさる、かいしょうあるお人だと。」
「そりゃおまえの亭主とはちがう。」
ちくでんてわけにも行かん、知り合いがいた。三次という茶屋づとめの男。やまのいもやまつたけ届けて、主にも名が通っていた。
「どうしたおまえ。」
「ようもわかんねえことになった、かくかくしかじか。」
三次は大笑いして、
「川普請があって人寄せしてる、そこで稼げ。」
といった、
「どっか宿はねえか。」
引き合わせた女を見て、三次は、
「ふうむ客受けする顔だ。」
といって、掛け合ってみて、おみよは住み込みになった。
「当分会えねえかな。」
「そういうこったな。」
「そんじゃおれ、なんのために駆け落ちしたんだ。」
「へっへっへ。」
仁太郎は川普請の人足になった。
きつい仕事で、怪我人も出る、時には死人も出た、なまけ者であったが、なまけるわけにはいかん、
べっぴんさまのおみよを早いとこと思って、足すべって、流れて行った。
うわあこりゃもうだめだ。
=「川普請は今日で終わりだ。」
お役人がいった、
「ようもかせいだ、給金割増しだ、別の普請あるで来てくれ。」
「へい。」
給金をもらって、仁太郎はおみよに会いに行った。
「いねえよ。」
三次がいった。
「旦那の目に止まってな、寮のお使いさんに行ってる。」
「そりゃその。」
「命取ろうってわけじゃなえ。」
命っておまえ、=
どっさん投げ出された、松の木の下、
「生きてらあ。」
性強えやっちゃ、
「こんだ松の木からぶら下がれ。」
身投げと間違いやがって。
川普請はこりた。
仁太郎は石屋の下働きに行った、
石を担う、こっちのほうがつらいか。
=おまえさま恋しい、おみよがいった、そうかよ、ようも働いて小頭になった。
石の下敷きになって死人がでた。
おれのせいだといって、仁太郎は、給金を香典にさし出した。
「いやおまえのせいじゃねえ。」
親方が云って、つれて行く。
「石部金吉だけが能じゃない。」
飲めや歌えや、芸者衆。=
「なにしてる、頭かち割るぞ。」
すんでにそりゃ石の下敷き。
仁太郎石屋もつとまらず、ふうらり歩いていた。
空っ風が吹く。
なんか吹っ飛んで来た。
ひょっとこのお面だった。
お祭りだった。
仁太郎ひょっとこのお面かぶって、いっぺえ飲んで、
「浮き世はなんで花に咲く。」
はあよいと踊って、
=ふうらりそこは、旦那さまの寮だ。
おみよがいた、仁太郎は忍び込んだ。
とっつかまった。
番屋へ突き出され、
「なにい駆け落ちもんだと、そいつは二人あわせてばっさり。」
「い、いえあのお祭りで。」
仁太郎は青くなった。
旦那さまが聞いて、
「間抜けな男よ。」
といって、おみよと二人、おかめとひょっとこのお面つけて踊れ、
「そうしたらもらい下げてやる。」
といった。
「どうしたっていうのよ、甲斐性なし。」
「面目ねえ、なんせ頼む。」
おみよと、おかめとひょっとこに踊った。
そいつが受けた。
「川越人足、
ひーや水は冷てえ。
どこぞの姉御を、
股ぐらかかえ。」
「よしてよ、ひょっとこ。」
「たといおかめも。」
「はあよいしょ。」
「三途の河の、
しょうずかばばあも、
恐ろしいたら、
女でござる。」
「しゃんしゃん。」
「さいの河原の
石を詰み。」
父う恋しや、
ほうやれほ。」
「母恋しや、
ほうやれほ。」
「さすてひく手も、
おかめひょっとこ、
ぶうらり下がった、
松の枝。」
「なによそれ。」
「心中。」
「いやだったらさ。」
ぽかんと張られて、やんやの喝采。=
この甲斐性なし、田舎へ帰って、やまのいも掘ってりゃって、帰って行ったら、かかとなりの男とくっついていた。
そうさ、こっちが先口の。
天の花弁
とんとむかしがあったとさ。
むかし、いじゅうらんげつの島に、ほうらいかという、世にもない、美しい女人が住んでいた。
虹の化身げんげんかという鳥がいて、目にした者は、百年が一日に過ぎ、そのまんまどくろになった。ほうらいかは、その羽根からに、生まれたという。
嵐に舟が張り裂けて、遣唐使いわいのおおどが、いじゅうらんげつの島に流れついた。
雪のように白い砂浜であった。
踏むと鳴りとよむ、
「なんに鳴るかや、
しりんごうがしゃ、
西の風、
ひいらり天の花弁の、
浮き世はこれの一刹那。」
死んで来世に行くものかとも思い、なんで足跡がつく、七歩歩んで、美しい乙女が現れた。
そのあとを覚えていない、舟が迎えに来た。
いわいのおおどは、再び遣唐使となって、今度びは成し遂げて、右大臣になった。
詩歌のわざに秀で、
「かくのごとくに学を納め、位人身を極め、富貴を得、そうして、もぬけのからになって生きて来た、大切なものをなおざりに。」
という意の詩があった。
いわいのおおど神社があった。蓮池に鳳来島なる島をこさえ。
戦があった。東西に別れ、驚天動地の戦であった。
しらぬいはやとというものが、刀折れ矢尽きて、蓮の花が咲いていた。
「あい果つるによし。」
という、島へわたって、だれにもじゃまされず、
「しらぬひはやと。」
と、呼ぶ。
「戦に破れしなら、女の腹を借りて、よみがえるがいい。」
「なにゆえに。」
「いじゅうらんげつの島へ行け。」
と聞こえた、
にほのおとの娘がみごもって、生まれた子が口を聞く。犬の血を含ませて、ふつうの赤ん坊になった。
とおめと名付け。
父にも母にも似ず、にくさげに生いなって、もてあますほどの腕力であった。
ぬえを倒したという祖先の、
「そのぬえの血が入ったか。」
という。
十五の年、夜盗のげんげという者が、捕吏に追われて、たっといお方を人質にする。
容易には手を出せぬ。
とおめはおのれの才覚で、女に化けて、それがにほうように美しく、たてこもるところへ入って行く。
そうして、げんげの首をさげて来た。
けびいしに取り立てようというのへ、
「わたしはぬえの血が入っておりとます、京の勤めは叶いそうもなく。」
といった。
「ではどうすればよい。」
「舟を一そうと、兵を三十人ばかりおつけ下され、きっと主上のために、幸をもたらす者になりましょうぞ。」
といった。
十五のわらわとは思えぬ言上。
「なにをしようという。」
「いじゅうらんげつの島へ。」
学者ひいえのあたいという者が、
「いじゅうらんげつに住む、ほうらいかと申すは天人でありまする、十劫年の間なんえんぶだい、すなわちこの世に住す、天の不老の桃の花弁を、この世に下したという、それがつぐないのために。」
と云った。
「花弁はなほ空中をさまよい、手にふれたものはいっそ浮き世を書き替える、それを見定めて、ほうらいかは天に帰ると申します。」
舟はともかく、そんなようもわからん旅に従うものはなく、死刑になろうかという、重罪人を三十名。
とおめは連中を引き受けた。
わずか十五のわっぱか、ではおれが取って代ろうといって、人をつかみ殺して、弓勢はわれをおいてなしという、うわのたいが舟を乗っ取る、
とおめはこれを一うちにし、
「おまえも大切だ、殺さずにおこう。」
といった。
かにという槍をふるう男の、槍をへし折り、
「ぬえの血を引いておる、悪党を束ねるは、われをおいてなし。」
十五のわらわが云う。
信ぜぬという者はなく。
明日はも知れぬ悪党どもが。
にほの浮き巣。
「しらぬひはやとと名告ろうか。」
舟上にとおめは云った。
行きつくまでは、とおめがよかろう。
とおめの目利きをもって、舟はさいはてを行く。
舟夫を除いて、悪党どもは七人、弓のうわのたい、刀のすういき、長刀のふうらい、槍のかに、石投げのらっこらい、旗槍のどうでい、いしゅみのくうるすであった。
朱に塗った、軍さ舟が現れた、どっと時の声を上げて、
「われらは守り、若しいじゅうらんげつの島へおもむこうなら、速やかに立ち去れ、穢れのものを、十二代にわたってほうり去って来た。」
という、
「われらは詔をもってやって来た。」
「たといなんであろうと。」
「戦う他ないな。」
舟は一そう対何十の戦い、
「たとい何百あろうが一対一じゃ。」
舟は速かった。うわのたいの弓が十人をいっぺんに薙ぐ、あとの六名は漕ぎ手に加わった。
隠し舟がいた。
苦もなく倒して、長刀のふうらいと三人の兵が、射貫かれた。
「わっはっは、悪党の思うさまを生きた、これはその報いよ。」
長刀のふうらいは笑った。
「ほうらいかの精を。」
「必ずや。」
ついで波だって、火炎を吐いて竜がよぎる、竜の舟。
「われらは守り、いじゅうらんげつに汚れをもたらす者よ、すみやかに立ち去れ。」
「みことのりを奉ずる者。」
うわのたいの弓もいっそかなわず、ぶっちがいうわ鳴りとよみ、ふうらいの長刀を投げると、返しが帆綱を切る。
竜は大海に突っ込む。
旗槍のどうでいが死んだ、
「何人目ん玉を抜き、女を犯した、うらみをもって弓矢がつんざく。」
という、
「ほうらいかの精を。」
「必ずや。」
波の上を白虎が跳ぶ、
「波に呑まれた千百のたましいよ、いじゅうらんげつの穢れは去れ。」
「詔を奉ずるもの。」
白虎は襲う、
かっさき、弓に射貫けば、万といういわしであったり、ふかやえいに変わる。
舟は沈む。
どうでいの旗槍を燃やし、八方にふるえば、白虎は消え。
いしゅみのくうるすが死んだ。
「親を売り兄弟を裏切り、そうしてなんにもならずは。」
くうるすは云った。
「ほうらいかの精を。」
「必ずや。」
島があった。舟は入り江に入った。
いじゅうらんげつの島ではない。
弔う者をとむらい、月の一夜を明かす。
飲んで歌い、ぐっすり寝入った明け方を、入り江が閉ざす。
「わしはじゅごんだ、しっぽに入り江をこさえると、はまり込むやつがいる。」
という、
「いじゅうらんげつの穢れは、海の藻屑じゃ。」
くうるすのいしゅみも、蚊の食うたほども、
「てんでに逃れろ。」
とおめは云って舟を去る。
じゅごんの大渦。
助かった者は、弓のうわのたいと刀のすういきと槍のかにと、とおめとであった。
「ほうらいかの精を。」
泡が浮かんで聞こえ、
「必ずや。」
四人は云った。
破れた舟が浮かぼ、とおめと三人はわたって行った。
鬼が海を歩く。
十匹ほどに襲う。弓のうわたいと刀のすういき、槍のかにととおめは戦った。
槍のかにが死んで、鬼はかばねをむさぼり食う。
「死んだやつは鬼になる、わしらと同じにな。」
鬼が云った。
「ほうらいかの精を。」
かにの声が聞こえた。
「必ずや。」
とおめには島が見えた、
虹さして、いじゅうらんげつの島。
弓のうわのたいも、刀のすういきも見えなかった。
「ついてこい。」
とおめは泳ぎ渡る。
したがう弓のうわたいは、海百合に足を取られ。
刀のすういきは、海しだに胴を巻かれ。
「臆病者のわしは、てめえのことっきり。」
「思い残すほどのこともない。」
と、聞こえ、
「ほうらいかの精を。」
「必ずや。」
泳ぎ渡るとおめは十も年をとり、しらぬいはやととなって、いじゅうらんげつのまっ白い砂を踏む。
砂は鳴りとよむ。
「流転三界、
世のはてに、
なんと鳴るかや、
いじゅうらんげつ、
しんさごうがしゃ。」
大空から、花弁が舞い降りて来た。
「浜の真砂は、生きとし生けるものの白骨、七つのつわものと余後の命と、さよう、もう一つを足せばこの世は終わる。」
と云う、世にも美しい女人がただずむ、
「しゅゆのひまを。」
と聞こえ。
刀鍛冶
とんとむかしがあったとさ。
むかし、山三つ村に鍛冶屋があって、かまやくわなどこさえておったが、狸がお侍に化けてやって来て、刀をうってくれと頼んだ。それが名刀であって、お殿さまから褒美をもらった。名が知れて美しい嫁さまが来た。そうしたら、今度は狐の化けた嫁さまだったと。
でもほんとうは、こうだった。
山村の三ツ森に、重蔵という鍛冶屋があった。
かまやくわや包丁などこさえていたが、ある日、狸が化けたような、野暮ったいおさむらいさまが来た。小判を二枚ごっそと置いて、刀をうってくれという。
「恥ずかしくないようなのをな。」
「いえわしはそりゃ、刀鍛冶んとこへ弟子入りはしたが、もうそったらだいそれたもなうってねえで。」
重蔵が云うと、
「ほっほ、わしを狸かなんか化けたと思ってるな、小判をたしかめてみろ。」
いえめっそうもない、
「わしのうった刀でいいとおっしゃるんで。」
「うんそんな気がしたんだ。」
おさむらいは相沢保といった。
「そんならうってみます、お金は仕上がってからでええです。」
「さようかでは頼む。」
といって、小判を大事にしまいこんで帰って行った。
重蔵は刀をうった。
あいかたがかあちゃんで、重蔵は鍋踏んずけたようなぶおとこで、がにまただったが、かかすんなりと、お女郎さまみたいに美しかった。
美しくたって、あいかたの呼吸合わねえば、一本めは失敗して、
「あたしのせいだろうか。」
「いやそんなこたねえ。」
二本めもはか行かず、三本めにどうやらうち上がった。
研ぎに出して、かまと同じではまずいからといって、かかの名おとみをとって、富重蔵と銘を入れた。
狸が化けたような、相沢保さまが来て、
「さようか。」
と、小判二枚おいて持って行った。
なんだか拍子抜けがした。
「ようやく刀がうてた。」
重蔵はいった。
せっかく刀鍛冶に修行して、目をかけてくれた親方の、美しい娘、おとみに惚れて、奪い取るように逃げて来た、
云い訳のしようもない。
これもなにかの縁、古刀を鍛えよう、いいもの作ろうとして、いつもすんでにやりすぎた、
「おとみを合方にして、すんなり行った。」
もう鍛えることもあるまい、一生に一本じゃと云った。
二年たった。あいかわらずかまやくわを作っていると、これは立派な身なりのおさむらいさまが来た。
「おまえが富重蔵か。」
「いえ重蔵、あっは富重蔵です。」
おさむらいは重蔵をつくずく見て、
「わしはおまえを殺そうとてやって来た。」
といった。
ぎらり腰の物を抜く、すわと思ったらそれは富重蔵の刀だった。
ぽんと目釘を外して、
「これを見ろ。」
といった。富重蔵の銘の辺に、四つ胴と彫ってある、
「わかるかこれが、死罪人を四つ重ねて一刀に切ったしるしだ。」
そりゃ刀鍛冶なら知る、二つ胴というならあるが、四つ胴というのは、
「さよう、じゃによってこれは殿のご佩刀になった。」
おさむらいさまはいった、
「一は、名もなき田舎鍛冶がうったること、一は他家に流出せぬようにな。」
おさむらいさまは目釘をうった、
「二人してこしらえた、かかの名おとみをとって、富重蔵。」
重蔵はいった、
「わしとてはいっそ本望と申すべきもの。」
「だで切れぬのじゃ、逃げたりわめいたりなら、ばっさりやりもしようが。」
と云って立ち去る。
相沢保というおさむらいが来た。
なにをいうかと思えば、
「わしはこうみえてもまだ若い、弟子入りしたい。」
と、どういうこった、
「おまえを斬りに来たお方がの、富重蔵はお殿さまの御佩刀にて、お止め流じゃ、じゃがいかにもおしい、わしはさむらいではうだつが上がりそうもない、死んだ覚悟で名流をおこせとな。」
そんなこたいらんというのへ、美しいかかのおとみが出て、
「あらまあ、狸が化けたようなかわゆいお人。」
といって、
「ではたっぷりかわいがってあげたら。」
おっほと笑った。
どうなるかと思ったが二十年、保重蔵の名刀をきたえたという。
四つ胴まではいかなかったが、二つ胴の三、四本はできた。