とんとむかし33
いわいのせんげ
とんとむかしがあったとさ。
むかし、じんごうや村に、いわいのせんげという人がいて、わしの年は二百三十歳だと云った。
何代も前のことを、見て来たように話す。
ひうちの山が噴火して、三つ池ができたときに、生まれたんだと云った。
三つ池には主がうつり住んで、
「生まれたの覚えているんか。」
「覚えていたら化け物だあな。」
「二百歳なら立派な化物だ。」
「目はよこ鼻はたてについておる。」
ふーんそういうこったかね。
八十ばあさのおたねさが孫で、
「つまり百五十んときのってえと、嫁もらったのが百三十でえーと。」
いや何人めの嫁だとか、まともに考える人もいなかった。
いわいのせんげは、化物みたいに足が達者で、はりえんじゅの杖引いて、どこまでも歩く。
三郎の嫁が、お産で死ぬところを、男は見てはならぬものへ、
「なむほむじわけのおろちのすんなり。」
呪文を唱えると、おんぎゃあと生まれて、母親も無事だった。
横井のおっさはでしゃばりで、がきどもがうっせえといって、馬糞やら石ぶっつける、おっさ怒ってあわ吹く。
「せ、せ、せ、」
そこへ来て、
「しいだの姉が甘酒。」
でかい声で云ったら、みんなそっちへ吹っ飛んだ。
「どうしてだか、甘酒作りとうなって。」
と、しいだの姉が云った。しいだの姉は酒屋の行かず後家でもって、甘酒一杯で、たいていの男がいうこと聞く。
夫婦喧嘩てのは、
「けしかけりゃおさまる。」
とか、嫁しゅうとのことは、
「そりゃどうにもなんねえ。」
とか。
山歩きしてまいたけとったり、薬草を集めたりする、
「いわいのせんじ薬。」
といって、効かんという向きもあったが、遠くからも買いに来た。
さんじょは婿に行って、追ん出て来て、世の中おもしろくねえといって、ぶらぶらしてたのを、
「追ん出て来たってな、そりゃおもしろい。」
いわいのせんげが云った。
「なんでだ、こぬか一升持ったら婿に行くなってな、女のいいなりなって、お家のためって、どこがおもしれえ。」
「うっほ、そいつもおもしれえかな。」
くそ、人っことだと思いやがって。
「そうさ人ことだと思えば、なんでもおもしれえ。」
さんじょははてなといって、いわいのせんげの弟子になった。
弟子になって、身の回りの世話して、むだ飯食って、
「修行みてえなこともしてえが。」
といったら、
「うん、百歳なったら修行もええかな。」
といった。
「あほうが、世の中、三十年も生きりゃお釣りが来る。」
「そうかなあ、二十のお月さんと三十のお月さんはちがうがな。」
「同じだ。」
でも、がきんときのお月さんは、まったくちがったような。
半年したら、さんじょが、
「死にとうもねえ、世の中おもしれえ。」
という、
「どこが。」
「五郎ん娘、三つなるっけが、水たまりはまって、わあっと泣いて、お天道さんがばちあてた、洟たればあちゃん、なんで水たまりだえーんて、あっはっはかわいいったら。」
生きてるってさ、草っぱ一枚ありゃそれでいい。
「そんじゃま、薬草の一つ二つ覚えるか。」
いわいのせんげはいって、引きつれた。
さんじょは薬草を習い覚えて、野原山々取りに入って。干したり刻んだり、
「けっこう忙しいか。」
といって、人の御用も聞くようになった。
いわいのせんげは、ふうらり出歩いて、たまには草も取る。
「おい、嫁どのが、婿どんに帰って来て欲しいといってるぞ。」
さんじょにいった。
「心を入れ替えたんだそうだ。」
「入れものが問題だあな。」
アッハッハそうかい、でもいい容れものだぜ、なんならわしが、
「へえ、二百越えても役に立つんか。」
さんじょがほったらかしたら、嫁も追ん出て来て、
「あのう、申し訳もねえです。」
と、手あわせる。
二人いわいのせんげの弟子になった。
夫婦して精出したら、薬草が売れ出す。
いわいのせんげもさんじょも、勘定ができない、
「人がよくって間が抜けていて、ろくでもなしの大言壮語。」
押しかけになった嫁がいった、
「あたしはそんなあんたが好き。」
なんで逃げだしたの、恨み目。
「その目がこわくってな。」
「どうしてさ。」
蛇ににらまれた蛙、
「なにさ、蛙の面に水のくせして。」
わしは蛙年なんだと、いわいのせんげがいった。
何十年にいっぺん廻ってくる、よって年取らんで長生き、
「そんなん知らんけど。」
看板をひきがえるにしたら、薬が売れた。
次には身の上相談、
「二百三十歳蛙年、万ず相談。」
と書いた。嫁が人をつれて来る。
けっこう流行った。
まず弟子のさんじょが出て、いわいのせんげが会う。いわいのせんげは、面倒なことはしなかったが、なんせ嫁の云うことは聞く。
「病の虫をぱっくり、くうやくわずのごよのおんたから。」
おかしな呪文で、人は押しかけた。お布施によって、さんじょがまかったりする。
鳥居がたった。
「お狐さんもそろえようか。」
「そりゃお稲荷さんだ、化かしてんのは同じか。」
「じゃこまいぬさん。」
「いいかげんにしとけ。」
嫁はふくれる。
ごようのすげという、学者さまがいた。
えらい人であって、お城に出入りしたり、大店の主に口を聞く。
鳥居におかごを乗り付けて、
「いわいのせんげどのに会いたい。」
と云った。
いわいのせんげは、ほっつき歩いていた。
「わしも寿命かな。」
という、
「いまに美しい女が迎えに来る。」
そうですともと嫁はいい、さんじょは笑った。
「だって、そんなことありっこないから。」
嫁はすまして云った。
ごようのすげは、夕方まで帰りを待った。
そうして聞くには、
「わが家は代々学者であって、世の中の是非善悪をただし、人倫の道をもってこれつとめ。」
そりゃまたありがたきしあわせ、いわいのせんげはうつらと眠った。
用事というのは、
「古い祠がある、石でできておって、家の者が触れると、たたりがあるという。」
そいつをという、
「たたりはわしの方へな。」
「そういうわけではない。」
しらべるって何を、
「おおかたはわかっておる、稲穂をお祭りしてあれば、先祖は西の総大将であるし、鏡であれば、源氏の流れである。」
ごようのすげはいった、
「東西の学問に通じて、たった一つこれ、身内のことが不明じゃ。」
という、
「たたりをおそれず、開けてみりゃよろしいがな。」
いわいのせんげは調べに行った。
石の祠があった。ごようの一家は物忌みして、閉じこもる。
「なんだこれは。」
二百三十歳というだけあって、一目で知れた。
「ひうちの溶岩でこさえた、百姓の守り神。」
そりゃまあたたりを恐れる。
とびらを開くと、石ころ一つ。
でもせっかく学者さまだ、お稲荷さんに刀のあったのを思い出して、描いて示し、
「これはたたりますぞ。」
手をひんまげてみせた。
「学者さまは学問倒れ。」
ごようのすげの鼻、へしおったつもりが、
「我が家はおそれおおくも。」
と云いだした、天のおしおみみの命の末孫じゃと。
お布施が上がればよし。
「よいか、この商売のこつはいいかげん。」
いわいのせんげはいった。
抜け道こさえて、
「人に幸せをな。」
というのが、遺言になった。
美しい女が尋ねて来た。
それはもう美しく、
「とびらを開け申したで、お迎えに参りました。」
と云った。
「そうかの。」
いわいのせんげは、連れだって行った。
その美しい女を、さんじょも嫁もたしかに見た。
二百三十歳という、ほんとうの年は、わからずじまい。
商いはしばらく繁盛した。
ふうけの星
とんとむかしがあったとさ。
むかし、いっとうや村に、ふうけという女の子がいて、じゃあばん山のばばが、
「この子には星が三つある、わしが貰い受けた。」
といって、連れて行った。
ふうけは、水ん呑みの、十三番目の子で、十三人のうち、兄二人と姉一人しか育たなかったし、
「おぎゃあ。」
と泣かないで、
「ふうよ。」
と息をしたので、ふうけと名がついた。
くれといったら恩の字だった。
三つで貰われて来て、じゃあばん山のばばを親と思って育った。
じゃあばん山には巨大ぐもがすんで、八方にでっかい赤い目ん玉のぞけて、人を取って食うという、だれも近づかなかった。
ばばはくものお使い。
くもが化けたんだと云った。
ふうけはくもなんか見えず、でっかい赤い目も知らず、
「ふきを取ってこい。」
と云われて、ふきを取り行き、た
「栗を拾え。」
と云われて、栗を拾った。
「じゃあばんは黄金の山。」
ばばが云った
「黄金が息を吹いて、くもになるのさ。」
「黄金てなあに。」
「人を狂わせるもの。」
そんじゃわるものだ。
「ばばは悪者を見張ってるんだ。」
「どんなに見張ったって、とびらの開くときは開く。」
ばばは云った。
ふうけは十三になった、十三番めの水ん呑みの子とは、すんなりと美しく、
「そうさ、じゃあばん山が育てたのさ。」
ばばは云った。
ふきもあれば、わらびも生える、じゃあばん山には、栗もきのこも取れたし、魚もいたし、鹿もいた。
「あたしも見張りになるの。」
「さあな。」
ある日、
「若者が来る、おまえが案内せえ。」
と、ばばが云った。
きらめくような、やまぶきの衣の、弓矢をとる若者が来た。
「この国は、もうじきわしのものになる、じゃあばん山へ行きたいが。」
と云った。
「行ってどうするの。」
「くもの化物を退治しよう。」
ふうけが先に行く。
ふきをとる谷へ、栗を拾う林を抜けて、大岩があった、
「ここで待とう。」
若者がいった、
「くもをおびきだす、おまえがいけにえだ。」
と云って、ふうけを大岩に乗せる、
「じゃあばん山の生まれだから、こわくないけど。」
ふうけは云った、
「おれはこわい。」
若者が云った。
「もしやおまえがくもではないか。」
「だったら弓で射るの。」
「おまえは美しい。」
一夜が明けた。
なんにも起こらなかったが、ふうけが呼ぶと、弓矢だけ転がっていた。
若者はいない、帰って行くと、
「そうか、ふうけの婿にはなれなかったか。」
ばばがいった。
「見ろ。」
枝に、みのむしがぶら下がる、
くもの糸に巻かれて、小さい山吹の衣。
そうしてまた若者が来た。
目の覚めるような、桜の衣に刀を差す、
「この国を治めるものはわしだ、くもの化物を退治する、案内せえ。」
という。ふうけは先に立った。
わらびを取る山をよぎり、きのこの林を抜けて、池があった。
「ここで沐浴をしろ、くもの化物が出るであろう。」
若者がいった。
「男のまえで沐浴はいや。」
ふうけが云うと、
「桜の衣をやろう、これを着てゆあみせえ。」
という、桜の衣が欲しくて、ふうけそれを着てゆあみした。
雷が鳴って大雨が降る。
おさまると、刀だけあった。
帰って行くと、
「ふうけの婿にはなれなかったか。」
ばばはいった。
「見ろ。」
みのむしになって、若者がぶら下がる。
また若者が来た、におうようなあやめの衣に、槍をとる、
「運がよけりゃ、この国を受け継ぐ、くもの化物を退治する、案内してくれ。」
と云った。ふうけは先に立った。
魚の川をわたり、鹿の山を行き、洞穴があった、
「この中にくもの化物がいる、入って行こう。もしやおまえは宿命の星、心あらば待っていてくれ。」
あやめの若者は云った。
ふうけはばばが編んだ、麻の上着を解いて、若者に手渡した。
「この糸のはしをもってお行き、迷っても出てこられるし、何かあったら糸を引け。」
糸をとって、若者は入って行った。
二日を待った。
若者は帰って来たが、
「くもは退治したが、深手を負った。」
と云って、息絶えた。
槍にには赤い目ん玉が一つ。
泣きながら帰って行くと、
「ふうけの婿にはなれなかったか。」
ばばはいって、
「見ろ。」
という、糸に巻かれた、あやめのみのむしだった。
「とっておけ。」
ばばは、きいらり赤い玉をくれた。
もえたつようなもえぎの衣の、若者が来た、
「くもは死んだと聞いた、そこへ案内しろ。この国はわしが治めよう。」
という。ふうけは先に立った。
きじの山をわたり、笹の原を過ぎて、湯煙が立つ。
巨大ぐもが死んでいた。
「黄金はどこにある。」
若者が聞いた。
「人を狂わせる黄金。」
「そうだ、人を狂わせる黄金だ。」
「おまえも狂っているのか。」
ふうけは云った、
「では、八本めの足を辿るがいい。」
くもの八本めの足をたどって、若者は去った。
待てど暮らせど来ない。
ふうけは帰って行った。
「ふうけの婿にはなれなかったか。」
見よとばばはいった。もえぎのみのむしがぶら下がる。
「もえぎにさくらに、山吹に菖蒲の、美しい蛾になって、みのむしは春を舞へ。」
ばばが云った。
「ふうけの、三つの星は、今宵現れ。」
夕焼けが空を染めた。
巨大なくもがよぎる、七つの赤い目をすかして、八つめはなかった。
「じゃあたら山のくも。」
「あれを生き返らせるか、それとも四人のうち一人を。」
ばばは云った。
「赤い玉に願え。」
輝く三つの星。
あやめの若者がよみがって、三つの星はただの星。
「では立派に添い遂げろ。」
聞こえて、ばばは消え。
黄金をもって、あやめの子はこの世を治め、ふうけは幸せに暮らした。
みのむしは春に舞い飛ぶ。
いいしの頭巾
とんとむかしがあったとさ。
むかし、かりわの村に、いいしのかりわという男がいて、いつも頭巾をかぶって歩いていた。
「頭巾を取ると、もう一つ頭が入ってるのさ。」
人は云う、だったら頭がいいかというと、いっそとろいほうだった。
「そりゃ頭たって、水ばっかりってのもあるさ。」
だれか云った、そういえば、いいしのかりわは、よく鼻水たらしていた。そいつをこすって、頭巾がてらあり。
あるとき、
「下の斎藤屋敷が火事になる。」
といった、なんにもないではないかといったら、三日後に火事になった、斎藤屋敷は上と下とあって、下のほうが本家で、かりわのお大尽の一つが焼け落ちた。
「なんでいいしのかりやが、知っていたんだ。」
あやつが火をつけたんか、
「そういえば、いいしの家は、- 」
三代前に滅んで、分されの斎藤が興った、そのうらみつらみ、
「にしては、」
どっか間が抜けている。
こうず川の氾濫も、一月前に、
「洪水で、田んぼがひたる。」
と、いいしのかりやが云った。
はたして、十何枚の田んぼが、水浸しになった。
なぜにと、
「ねずみがいなくなったり、虫が騒いだりするから。」
という、
「そんなんわかるのか。」
「聞こえる、えらくはっきりとな。」
では噂に聞く、聞き耳頭巾というやつ。
貸してみろといって、かぶった人は、たいていなんにも聞こえなかった。
「あのけったいな頭巾な。」
「そんで頭二つあったか。」
「はてなあ。」
そんじゃどういうこった。
大雪の年もなんにも云わなかったし、盗人が人を殺したときも、黙っていた。
「花の咲くのが早い。」
といったら三日ばかり早かった。
あるとき、
「西のほうでわしを呼んでいる。」
という。
旅になと出たこともない人が、油紙や干し飯から用意して、てらあり頭巾をかぶって、西へ向けて歩いて行った。
半年ほどして帰って来た。
なんとも云わず、聞かれれば、
「いやどこそこ行って。」
と、ぼそり答えるだけだった。
そうしてまた旅に出た。
今度は帰って来なかった。
つれあいもなかったし、なりばかり大きな空家が残って、じきにみんな忘れてしまった。
十年たった、見たこともない行列がやって来た。
槍をかかげ、徒歩の者が行き、馬に乗ったお侍が続き、立派なお篭が並ぶ。
美しい女たちが行く。
これはどこそお殿様の行列かと、いいしのかりやの空家へ入る。
夜はぼんぼりが点り、真昼間のように明るくなった。
村中の人が招かれて、たいそうな祝言であった。
あでやかな花嫁と、貴人のような、形もよい、いいしのかりやであった。
飲めや歌えに、三日も続いて、引き上げたあとにはなんにもなかった。
雨漏りのする家に、てらあり頭巾が一つ。
いいしのかりわから、村の名がついたと、いつか人がいうようになった。
頭巾は、とある子がかぶって出て行った。
秀吉という子で、天下を取ったと云い伝える。
夢のごんぞう
とんとむかしがあったとさ。
むかし、さいと村のしいやの軒先に、ある日乞食が寝ていた。
「あっちへ行け。」
追っ払うと、ぬうっと手を出す。水ぶっかけたら、恨めしそうに見上げて、行ってしまった。
そういう夢だった。
「つまらねえ夢を見た。」
と、縁起かつぎのしいやは、さいぞというのんのんさまに聞いた、
「乞食は瑞兆なが、水ぶっかけて追い払ったとなると、そいつは。」
と、さいぞは云った。
「そいつはどうなる。」
「はあてな、てめえが乞食になるか。」
よしてくれそんなんいやだ。
「もう一度見直しゃいいか。」
のんのんさま云った。
そんな器用なことができっかといって、夢に乞食が寝ていた、
「おい。」
と云ったら、にやっと笑って、
「仲間になろうっていうじゃねえか、迎えに来た。」
という、そんなんねえといって、追っ払った。
「でやっぱり水ぶっかけたか。」
「うん、やっちまった。」
ではどうなる、
「アッハッハ、そやつはちょっと困難だ。」
さいぞは八卦見て、
「嫁貰えって出た、でないと屋敷田畑失う。」
という。
嫁貰わにゃならん。
軒先に乞食が寝ていた、なんとしいやが乞食であって、寝てる、
「しい、あっちへ行け。」
追っ払われる、ぬうと手出したら、
「ばかったれ。」
水ぶっかける。
ぬれそけて歩いて行くと、乞食の仲間が寄って来た、
「燃し火してあっためてやれ。」
という、何人か火燃やす。
「どっから来た、ごうずさまに挨拶したか。」
「夢だらじき覚める。」
と、しいや、
「なに、めだらんもんか。」
「ふうん嫁取りか。」
乞食の親分ごうずさまのもとへ、引っ立てられた。
「めだらから嫁欲しいと。」
「そうか、あっちの女取ったで、まあそういうこったか。」
しろいひげの、ずるがしこいじいさまだった。
乞食の女が出た、
「とめという、ええ子じゃろうが、祝言は明日、ぜには一両。」
「なに、い、一両。」
たまげて目覚めた。
こうこんな夢じゃ、さいぞののんのんさまに云うと、
「ふうむ、夢のごんぞうの仕業だ。」
といった。
「夢のごんぞうってなんだ。」
「たいへんだ、乞食の親分のごうずってのも、とめという乞食の娘も、たしかにいるんだ。」
という。
「だってもおれの夢だ。」
ごんぞうは恐ろしいやつで、人に夢を見させる。一両っていうんなら、二両は出さんと、
「そやつどこにいる。」
「蛙だ。」
井戸の中に棲んでいる、
「なんで蛙だ。」
そんでもって、なんでもなかった。
世話する人があって、嫁さまが来た。
祝言になって、とめという女で、
(はてどっかで。)
乞食の娘だ。
「い、一両の。」
「はあ?。」
いやそんなことない。
めでたく祝言を挙げて、いい嫁さまで、しいやは、これでもって家はますます繁盛と、田んぼへ行ったら、蛙が面にとっつく。
しょんべんひって逃げた。
「くわっ。」
投げつけたら、そいつががきになって、あかんべえして、
「やあい乞食のかか。」
といってすっとぶ、
「あかんべえだ。」
「なにをこの。」
石ぶっつけたら、ふん伸びた。
となりの四つになる子だった。
「なんでおらとこの子を。」
大騒ぎ。
「牢屋へ入んねばなんねえ、だば。」
といって、とめという嫁さま、引っ張って行く。
乞食の親分ごうずさまのもとへ。
ごうずさまいやしい目して、
「かっこうのとこ別けよう、はよ一両かせげ。」
といった。
しいやは乞食した。
三日やったら止められん。
かかにいと笑う。
夢に見た。
「なにい、転がったのはたくあん石で、となりの子じゃねえ。」
さいぞをねじ上げた、
「おらとこ屋敷田畑、ふんだくったな。」
さいぞののんのんさま蛙になった。
ぶっ殺したらしい。
「なんでおら、牢屋へ入らにゃなんねえ。」
乞食のいうことは、だれも聞いてくれん、
嫁は次の相手見つけた。
鬼瓦
とんとむかしがあったとさ。
むかし、谷川村に、かんの吉兵衛という、お侍が住んだ。
ご配流であったそうで、その辺りから一歩も出てはならぬ。
子供が手習いに来た。お行儀もというと、たいていわるさも、目を細めて笑っている。大根や、とれたての鮎など、村人がもって来た。
鬼瓦のような面で、ぼそりと物をいう。こわいというよりどっかその。小さい子は、膝にのったり、おさむらいのまげを引っ張ったり。
「きちべえさまさ、おらとこ姉おまえさまにほの字だってよ。」
がき大将のいわぞうが云った。
「そりゃあんがとよ。」
苦笑するのを、
「男は顔じゃねえったら。」
いわぞうは生意気云う。
泳ぎに行ったり、柿かっぱらったり、たいてい先頭に立つ、すずめ蜂が巣作る、そいつに石ぶん投げたら、ぶーんと来ておでこに一発、
「くわっ。」
足がすべって、川へ墜落。
どうなった。手下どもはこわくなって、引き上げた。
吉兵衛が馳せ付けた。
せきにはまったのを助け上げたが、それっきり何日も寝込んだ。
子供は助かった。
その姉が、つきっきりで看病する。
鬼瓦は口が聞けなくなった。
口聞けねば、なおさらという娘を、親がひっぺがす。
刺客が来た。
物も云えぬというので、帰って行った。
口が聞けるようになって、吉兵衛は直訴する。すんでにお取り上げになるところを、首を斬られ。
捨ておかれで、村に埋められた。
いきさつはようもわからない。
「なんであんな鬼瓦に、女どもが。」
殿様が云ったそうの。
石かけが一つ。
だれが添えるのか、花が絶えなかった。
疫病よけの首塚になった。