とんとむかし34

きょんすとぽうけ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、さいた村に、きょんすとぽうけという、お化けがいた。
きょんすは河童の子で、ぽうけはむじなの娘だった。
そこらに子どもがつったつ、近づくと一つ目だったり、向こうをむいて顔が正面だったり、
「ギャッ。」
といって逃げるのへ、
「まんま三ばい。」
と云った。まんまにお箸さして、川っぱたへ供えぬと、夜中、子どものふとんに入って、ふとんはびったり生臭い水、いえ寝小便は、きょんすのしわざだった。
ぽうけはおとなしく、座蒲団に化けたりする。人が坐ると、ぶわーっと屁たれる。ものすごう臭いのと、女の人には、ぴーっとひょうきんな音立て、そりゃもう困ることは困る。
でもまあ、退治てやろうなと、青筋立てて者もいなかった。
代官さまが、鮎釣りに来なさる。
「わしらの村には困りものがおって。」
と、二つお化けのことを話すと、ふん、厄介払いするつもりか、
「苦しゆうない、化物なとはばっさり。」
と云った。
それではというので、お迎え申した。
ご家来が一人、奥方かというと、そうでもない女の人と、ぜんべえさまの離れに、釣った鮎と、一献さし上げる。
代官さまに、なんとか釣らせようと、
(かかってるやつ外さなくても。)
いえ、お上手でありまする、
それでもなんとか一匹、そいつが外れた、
「きょんすでも出て、なんとかしてくれ。」
云ったとたん、竿がしなる。次から次へ釣れた。
代官さま、やっとうの腕である、おっほん。
「へえごもっともで。」
夕暮れ子どもが立つ。
「どかんか、代官さまのお通りじゃ。」
ご家来は、
「ぎゃっ。」
といって、ふん伸びた。
「まんま三べえ。」
「ふうん、てんかんとは知らなかったな。」
代官さま、けり起こす。
鮎の塩焼きで、一献傾けて、はあて女の人引き寄せたら、
「なんかにおうぞ。」
代官さま、
「おまえはむじなそっくりだが。」
「はい、わたしの好物は、まむしとどんぐりです。」
毛むくじゃら、
「ば、ばけもの。」
刀とったら、もとの美しい女の人。
「うむ。」
ぴ-っと一発、どえら臭いの。
代官さま、あるまいことか、その夜寝小便した。
「ないしょにいたせ、でないと。」
「へい。」
と云うて帰った。
二度とは来なかったし、さいた村はその年大助かりした。
きょんすとぽうけは、村仲間になった。
だれもたまげずなって、そうしたら出なくなった。
大人になったんかも知れん。



あべおんかんぎてん

とんとむかしがあったとさ。
むかし、たよの朝日村に、洞穴があって、それをくぐって行くと、みよの夕日村に出たという。
あるときせんのくらという、悪者が、その洞穴に巣食って、人を殺したり、かっぱらったりした。
追いつめられて、穴をふさいで、夕日村へ逃げ伸びたか、それっきり通えずなった。

その仕掛けは、呪文を唱えると、開くという。
みずのえ村に、うちという美しい娘があって、嫁にほしい、婿に行きたい、われこそはという若者が争う。
うちは悲しんで、わずらわしくなって、夢に夕日村を見た。
楽しく、極楽浄土の夕日村。
うちは抜け出して、洞穴へ入って行った。
せんのくらの呪文は、
「かんぎてんのくどいっちゃも。」
という、先祖より伝わるものであった、
「ひょっとして、あたしの血は悪者せんのくらの。」
だからこそ、若者を迷わせ、好きな人さへ不幸にする。
洞穴は、松明をかざして、曲がりくねって、行けば行くほどに奥へ、
「どこまで真っ暗闇を。」
生きて行くより苦しいこともあるまいに、心細く、こわさに必死に耐えて、
「おーい。」
とだれか呼ぶ。
そうではなかった、声が呼ぶ。
ぼうっと明るくなったり、真っ暗だったり。 あれは亡霊か。
風であった、水のしたたる音か、
「てんてんてんまり、
てんてまり、
毛槍突いては、
天の歌。」
わらべ歌になったり、
「一つつんでは母のため、
二つつんでは父のため。」
さいの川原の石積み。
気も狂うように、
「足を止めたらおしまい。」
追われるように行き、なにか追って来る。
おーいおいおいはーいはいいい、つまずいて倒れ、投げ出す松明を、拾い上げる、ー

「さあ案内してやろう、立て。」
松明をとって、見えない声が云った。
「そうさ、せんのくらの亡霊。」
「ちがう。」
ようやく云った、
「おまえは、きらいなざんご。」
「あっはっはそうだ、愛しいうちを追うて来た。」
ざんごは云う、
「外へ出るか、それとも云い伝えの夕日村か。」
「松明を返して。」
「一つきりがいい。」
外へ出よう、そうしたら他の男もいる、でもそうしたら、二度とは来ない、
「行くか。」
そう、
「おまえとならどっちだっていい。」
手を取られるのを、ふり放して歩いて行った。
「せんのくらだって悪いことはしない。」
ぼそりざんごが云った、
「わしは今なんだってできる、たといおまえを殺すことも。」
そうしたら、影におびえて、あとをどうなるか、ざんごが云った。
うちはそっと短刀の手を放した。
あたしもそうだ。
沼があった、来るときはなかった、では先へ行っている。
「わたれそうか。」
松明をかざした、
「わたろう。」
死んだって本望だと、ざんごは云った。
うちも同じだった。
わたって行った。
松明ごとざんごが沈む。
浮かび上がってまっくらだった、引き返そうか、
「月だ。」
月明かりのように明るい。
目がなれると二人の影が見える、
「どうしてわしがきらいだ。」
ざんごが聞いた。
「いえ。」
うちは云った。
「でもやっぱりきらい。」
「におが好きか。」
「さあ。」
沼をわたった、どうにかわたり終えて真っ暗闇、
「空が見えたんだ。」
ざんごが云った、
「月明かりの夜。」
あの向こうに、幼い日がある、そう思えて、
「夕日村というのはぐるっと回って、朝日村へ出るだけだ。」
ざんごが云う。
ではあたしはなんで来た。
かけようとざんごが云った、もし朝日村であったら、わしの嫁になれ、
「ちがったらあきらめよう。」
「いいわ。」
うちは云った。
もしそうだったら、一日歩けばもとへ出る、入ったのは夕方だ、わっはっは夕日村に朝着く。わっはっはとうつろに返る。
行き止まりだった。
「別され道があったか。」
「なかった。」
二人は立つ。
「かんぎてんのくどいっちゃも。」
うちが呪文を唱えた。
なんにも起こらない。
「あべおんのくどいってだんも。」
ざんごが唱えた、なんにも起こらない。
「わが家はせんのくらの末という、この呪文が伝わる。」
ざんごが云った、
「わたしの家もせんのくらの末と、呪文が伝わる。」
「わしではない、うちのような美しい女が悪人の末とはな。」
ざんごがささやいた、
「いやどっちも別だ、呪文は効かぬ。」
「そう。」
とつぜん、二人の口をついて出る、
「あべおんかんぎてんちってんだんも。」
ごうっと音がして、岩が崩れ、わずかに道がつながる。
「せんのくらの霊だ。」
二人はわなないて手を取り合う。
開けた道を伝わって行った。
二人悪人の末だ、だから好きになれない、わしはおまえが好きだ、死ぬほどに、それはどういうこと、わからんお日さまに聞け、二度とは拝めぬが、わからないっていう、二人の思いがこだまする。
「そっちへ行け。」
せんのくらの声。
道はえだわかれして導く、そうしてついに光さし、
森が見え遠い山なみが見え。
さんさんと日に、
「どなたじゃな。」
と聞こえて、まっ白い年寄りが立った。
「なぜに人の庭へ入った。」
軒が見えたしかに庭、
「そこから。」
ふりかえると鳥居があった、
「お社からな。」
二人はわけを話した、
「ここは夕日村でも朝日村でもない、向こう山の峠を越えると、朝日村から三つとなりの、清里へ出るが。」
という、
「つばめが出たり入ったりしておったが。」
年寄りは云った。
「あべのおんというのがわしの名じゃ。」
「わしはざんご。」
「わたしはうち。」
隠されごとはないか、せんのくらという悪人は、
「さよう、かんぎてんのお宝をとは伝わる。」
年寄りはいった。
かんぎてんとは、
あべおんかんぎてんちってんだも。
あべおんかんぎてんざんごうち。
ざんごうちってんだも。
老人もお社も消え。
虹のよう、まんだらげの花に咲き、鳴りくらめいて、黄金のかんぎてんが現れた。
「さようさ、おまえら二人が宝を受け継ぐ。」
といってそれっきり。
洞穴はなく、二人山をわたり、里へ帰るのには一生かかった。そうして宝はまだある。



げとう

とんとむかしがあったとさ。
むかし、かんのき村の、げとうという子が、三つ四つのころに、さらわれた。
青い猿山があって、劫をへた大猿がいた。
寝たっきりの千年大猿が、子どもをさらって夢を食う。
夢は虹になって、天空にかかり。
げとうが助け出されたのは、十二歳だった。
谷川に流れついた。
それまでのことは覚えぬ。
猿のように飛び、狼のように走った。人語はしゃべったが、次になにをするか、まったくわからない。
かんだきの三郎という野武士が、げとうに目をつけた。
「まんまだけは、存分食わせてやる。」
といってつれて行く。
そこでもって、げとうは、かすめとったり、人をさらったり、戦に出たり、火を放ったり、殺したりした。
なんでもして稼いで、一方の旗頭になるかというと、からっきしで、食っては寝ていた。
十八になったとき、三郎は、
「野武士ではどうもならん、城を手に入れる、おまえとおれだけでいい、行こう。」
と云い、二人連れだって、いわき城にもぐり込んだ。
「むだことはするな、おれの云うとおりしろ。」
おまえは手足、わしは頭だと三郎はいった、合戦が二つあったらもう、三郎は物頭になって、げとう以下三百の隊長だった。
げとうには、げとうつぎひさという名を付けた。
十人二十人いっぺんに薙ぎ倒す、どんな仕打ちも眉一つ動かさぬ。
欲なしで女色も知らぬ、
「死人つぎひさ。」
と呼ばれて、恐れられた。
「合戦は面倒だ、この城を乗っ取る。」
三郎はいった、
「おまえにも、飛び切りの女房をな。」
くすりともせず、
「ではどうする。」
げとうは聞いた。
「いのうとみやじを殺せ。」
おれが城主になって従わぬやつ。
その夜のうちに、死人つぎひさは二人殺した。
「敵の手のものが入っておる、お城の大切な力を二つなくした。」
そういって、敵の手なるものを捕らまえて切った。
だれもいきさつは知って、
「へたをすりゃ。」
といって従った。
「かんだち三郎どの。」
と、大野しもうさの使いが来た。
敵方の総本山ともいうべき、
「次の戦に寝返ってくれたら、いわきを任せよう。」
という。ついては相談がある、しのび出てくれという。
げとうと二人忍び出ると、数十人に取り囲まれ、かんだち三郎は切られ、げとうは逃げた。
いわきゆうきが先手をうった。
げとうは城に帰って、なにごともなかったような面をする、城主の方が慌てた。
刺客を伏せて、呼びつけ、
「主は死んだが。」
と聞くと、
「死ぬようなこともしたな。」
という、
「おまえはどうする。」
「使うなら使え、いらんというなら出て行く。」
といった。
なぜか殺せぬ。うすっ気味が悪かった、いわきゆうきは、
「とびっきりのお刀を献上。」
といって、げとうを大野に預けた。
「ふうむ、死人か。」
大野は、死人つぎひさのげとうを、存分に使った、さすが大大名の器。
勝手知ったるいわきを攻めて、城主を追い出し、あとを丸ごと手に入れたのは、げとうの働きだった。
「わしに刀を与えたということは。」
大野はうそぶいた。
「あほうよな。」
げとうを、あんな阿呆がなんでと人の云う、
「阿呆だで、無駄ごともしきたりも知らん。」
げとうつぎひさは、ゆうきを殺して、奥方を娶り、その二人の姫を育て、
「皆殺しが習わし、でないと寝首かかれる。」
というのを、
「死人の寝首かいてどうする。」
と、笑った。
「姫は軍勢よりもお宝。」
それはたしかに。
奥方しおりどのは、公卿の女で、詩歌をよくし、管弦の道や、書にも堪能で、
「わっはっは、こりゃおかしいわ、猿の申し子にはもっての他の。」
世間人みなよりは、大野が大笑い、
「だで戦国は面白い。」
たいしたこれも英雄が、三年を待たず滅びる。
奥方は自刃するかと、あっけにとられたことには仲睦まじく、猿のげとうが、いつのまにか、歌を読み達筆である。
「だから戦とは申しませぬ、このような才能に巡りあえるとは、浮き世を越えて、仏のめぐらい。」
と、奥方しおりどのが云った。
「城も合戦もない、おまえさまとともに過ごせば。」
という、
「ほう、あっけらかんとな。」
死人つぎひさが感心した。
そうさな、泥棒をしたって、飯ぐらい食えるが、どうも奥方とお城じゃ、そうもいかん、お蚕ぐるみの衣装でな、げとうも人並みに物を考えた。
三たびの合戦は、阿鼻叫喚の地獄絵、げとうは大野しもうさを滅ぼし、その二十万を引き連れて、野心満々の、登り龍であった、板倉しゅぜんと、対じする、
板倉の使者が来た、
「大野を抜けとは余の約定、だのになんで向かいあう。」
返事をしたためた。
その書を見て、板倉しゅぜんは魂消た、かの中国の大人もこれまで、
「不思議だ、見ていると、戦う気も失せる、しんいんびょうぼうというより、切っておとしたような。」
という、内容は、
「おまえとわしが結んだら、さらに大戦が起こる、つまらんものは止めた、どうしたら止まる、双方戦って破れるか。」
とある。
危うくその気になって、慌てて、
「えーい決戦だ。」
しゅぜんは、使者を切って打ち出した、
「弱気になったやつを。」
ひとひねり、怒濤の如く攻めよせて、それがいつか、とりかこまれて居城を抜かれ。

板倉しゅぜんともあろうものが。
「隙があった。」
ひとひねりという、後の祭り。
腹かっさいて死ぬるよりなく、ー
「みんなくれてやる。」
と、耳だに聞こえた。
軍勢を置いて、死人つぎひさは去る。
行方知れず。
乞食しながら奥方と二人、あるいは、かっぱらいや歌うたいして、京の路へ歩いて行ったと、人の云う。
板倉しゅぜんは九死に一生を得て、巻き返し、
「隙があったらいかん。」
とて、百戦連勝して、京へ攻め上ったら、さるお方が尋ねて来た、
「いえほんにやんごとなき。」
取り次ぎが云い、歌を一首、
「あおやまもうきよのゆめのましらにていまうつせみの人にも会はめ。」
というこれは女手。しゅぜんは納得した、死人つぎひさだった、上坐に据えて平服する、
「してなんの用ぞ、わしらにかのうことならなんなりと。」
と云うに、
「主上に口を聞いてさし上げよう、天下を収めるには肩書きがいる。」
と、げとうつぎひさ。
歌の道をもって親しという。
その通りであった、肩書きを。
だが板倉しゅぜんは、病を得て命を失う、
「せいいたいしょうぐんを彼に。」
というのが遺言だった、
「あっはっは、生涯叶わぬやつに一矢報いた。」
と云って死んだ。
猿と云われて、仕方なし大将軍職を受けて、げとうつぎひさは、はてどうする、奥方に聞くと、
「おっほっほ、夢はしまいまで。」
といって笑う。
「ひのみちもつげといはれしなにはえのありそのゆめをよしやあしくさ」
しおりどのが歌って、夢が覚めた。
千年猿が寝ていた。
それはなんという荘厳、
「さようさ、この世はわしの夢のうち。」
と云う。
「よきこともあろう、帰るがよい。」
風のたよりに聞こえ、げとうは村へ帰った。七つであった。



かもしか

とんとむかしがあったとさ。
むかし、清里の小国に、ひよりとみつなという美しい姉妹があった。
ひよりとみつなが草積みしていると、雲を逆巻いて、かもしかが現れた。
玉のように青く、雪のように白いひげの、金の角をして、その首につめくさの花環をかけてやると、
「ひよりは雲みつなは風。」
かもしかがいった、
「三界はおいらせの川から、せんみの海まで。」
「なんで金の角。」
「悲しいから。」
「かもしかは悲しいの。」
「どうして。」
と聞いたら、かもしかはいなかった。
ひよりは、おいらせの雷神きよひさのもとへ、みつなは せんみの風神ためひさのもとへ、お嫁に行った。
おいらせの雷神ためひさは、五月にはますを取り、八月は祭りをし、九月は稲を刈り、十一月は狩りをした。
ますを取って、美しいひよりが、長い袖をひるがえす、
「風はだし風、えんどーた、
 ひより乙女が、舞い衣、
おいらせ川に、虹かけて、
ますを何匹、わしずかみ。」
祭りには、山車をこさえて、八方に花を撒いてねり歩く。
「おんどろおどろ、鬼太鼓、
今生乙女が、はねかずら、
花の生涯、地獄絵か、
山人どもが、押し合えば。」
稲刈りには金の衣、冬にはしろがねの衣を。そうして春になったら、雷神ためひさは旅に出るという、あとはひよりに任せるという。
「雪はしろがね、もがり笛、
二十歳乙女が、鬼の舞い、
おひらせ川に、雲いたち、
春いや遠み、もの狂い。」
踊りの精になって、おいらせ川を遡って、ひよりは龍になる。
みつなと風神ためひさは、荒海にははたはたを取る、
「風はこち風、めんどーさ、
みつな乙女が、舞い衣、
寄せては返す、塩の花、
網は一枚、吹き流し。」
四月はくじらを追い、七月は軍勢をくりだして戦、九月にはきゃらやせんだんが流れつき、
「おんどろおどろ、笛太鼓、
今生乙女が、帆を孕み、
阿鼻叫喚の、おたけびは、
絢爛豪華、虹の花。」
春になると風神きよひさは、旅に出るという、あとをみつなに任せるという。
踊りの精になって、せんみの海をみつなは、龍になって天駆ける。
ひよりは青龍に、みつなは白龍に、二つ巴になって、雲を呼び稲光する。
二人の夫は帰って来ない。
空しく呼んで、二つは一頭のかもしかになった。
女の子が草詰みをする。
物も云えぬかもしかが、口を聞く。



二人弁天

とんとむかしがあったとさ。
むかし、三ノ瀬村に、てんぞという子がいた。
乱暴者で、云うことはきかん、親がもてあまして、お寺へ上がるか、それともどこなと行って、かってに暮らせといった。
お寺なんてもな、死人の行くとこだ、頭そってお小僧さまだと、きつねや狸じゃあるまいしといって、十二であったのに、てんぞは追ん出て行った。
となり村は、悪名が聞こえて、見りゃそっぽ向く、犬をけしかける。次の村もはかいかぬ。
てんぞは夜どうし歩いて、町へ出た。
そこら大根引っこ抜いて食ったり。
うんまげなまんま炊くにおい、
(なんして追ん出て来たか。)
と、軒先へ立ってまんまくれと云った、水ひっかけられた。うちへけえれ、どこ行くたって、今んごろから出るなとか。
ほっかりうでまんじゅう。
人混みを手伸ばして、ひっつかむと逃げた。 出店であった。
「こらそのがき。」
逃げ足だけは早い、あっちへ走りこっちを抜け、人気のないあたりでもって、まんじゅう食っていると、
「おい。」
という。同じ年格好が、
「ついて来い。」
という。
行ってみると、お宮というより、やぶれ小屋に、何人かいた、
「田舎もんだ、どうする。」
「つるはあるか、これだよ。」
「あったらまんじゅうとらん。」
「もって来たら、いれてやろう。」
と云った。
町のわるがきはもっとわるいか、てんぞは仕方なし、にぎやかなあたり歩いて行って、さてと思ったら、
「すりだ。」
と、だれか叫ぶ、人を突き飛ばして逃げる、
「あっちへ行った。」
てんぞはわめいた。
店へゼニを置くのがいた、一瞬お留守になるやつを、かっぱらって逃げた。
ぜにさえありゃってわけの、三日もしたら、親分をなぐって、てんぞが代わって、お宮に住んだ。
盗みやかっぱらい、泣き落としや、脅しや、三ノ瀬にいたころと同じ。
てんぞは、
「速いのと肝ったま。」
といって、手下は十人、二十人。危なくなったらどっかへ逃げて、またたむろする。

半年一年、そうやっていた。
ある日、とぼけたような男が立った。
「なんてえ名だ。」
と聞く。逃げようたってとっつかまえる、石臼みたい腕力だ。
つれて行かれた。
「くすりそうえん。」
という黄色い旗が並ぶ。鳥居があって、お狐さんがいて、裏木戸を開けると、とぼけ男が、
「こいつだ。」
と云った。
「田舎追ん出されてきたらしい。行けそうか。」
だれか四五人いた。
「立ちん棒か。」
「まずはな。」
てんぞは、くすりの黄色い頭巾かぶって、町角につったった。
「逃げてもいいぜ、逃げねえほうがいいと思うがな。」
そう云われて、毎日つったって、まんまにはありつけた。
「いったいなにしてんだ、おれは。」
立ちん棒もしんどい。
走って来た男がなにか手渡す、受け取ったら三、四人追って来た、
「小僧、そいつを出しな。」
「おら知らん。」
ぶんなぐられた、
「いてえ。」
すっぱだかにむかれて、なんにもない。
「うえーんさむい、なにすんだ。」
「しくじった、がきだ。」
「たしかに受け取ったんだが。」
連中は去る。
てんぞは、どぶ板に隠したものを、取り出した、
「おれがそんなへまするかい。」
でもって、仲間うちに知られて、黄色い頭巾は、ふところへ入れて、てんぞはやっぱりつったった。
一人追われるのを、てんぞは、ふところの黄色いのひっかぶると、間抜け面して突っ立った。
「えっ、なんだ。」
「くすり屋だって聞いたぞ、こやつ。」
すんでに逃がして、身代わりにとっつかまった。
「へえ、腹痛すっきり、頭痛にけろりん、まんきんたん、下りゃあ上るなんとやら、心の病に、じんきょの薬、まむしの丸焼き、きんそうがん。」
いつか覚えの口上に、薬の袋を取り出した。
「なんだおめえは。」
「おら三ノ瀬のもんだ、家を追ん出されて、食うや食わずのみなしごを、神皇さまは黄色いくすりの人助け、頭はげても心は錦、左そうえんさまに、すんでのところを救われて。」
えんえんおっぱじめた。
「くすり売りか、ふむ。」
「そうえんの隠蓑は、かたぎだっていうが。」
といって行く。
すると頭領、左そうえもんと世話人が出た。「まずはお手柄よの。」
という、
「こいつは飼っておくべきか、それとも。」
という。
いやな感じがした。
おれもこんなんに、-
「そうえん組とはなんだ。」
てんぞは聞いた。
「聞く耳とゆすりだあな。」
「正業は正業だがさ。」
頭領があごをしゃくった。
「引き受けるか、こやつだが。」
世話人が、つばきの花の銀のかんざしを出す。
「そうさ、こいつを大谷町の、清十郎という旦那に届けてくれ、いやものは知らんほうがいい、あとはおまえの才覚だ。」
といってふうと笑う。
うす気味悪かった。逃げるよりは行ってみよう。てんぞはこざっぱりした着物着せられて、清十郎へ行った。
何か大店の旦那で、
「くすりそうえんさまのお使いで。」
というと、奥へ通されて本人に会い、てんぞは、つばきの美しいかんざしを差し出した。
「帰って来ないか。」
清十郎は見すえる。首すじがひんやり、
「身代わりになるとな。」
相手は云った。
てんぞは女の着ものを着せられ、髪を結い。
「なんだこりゃ。」
物言いを習い、
「まあいい、どうせお行儀見習いだ。」
とて、つれて行かれた。
武家屋敷であった、
「ほう、なんという美しい。」
よきお女中じゃと云った。
預かりになって、お行儀見習いをして。
逃げ出してくれようたって、相手はおさむらいだ。
「町人ではせんもなく。」
年寄り女はやかましく。
「それでは男です、なんというはしたない。」
ぎええってなもんの。
するとお仲間が来た。
町方のまた美しい娘が。同じ部屋に寝泊まり。
「あんた男ね。」
娘が云った、
「ちがう。」
「わかるわよ。」
おっほっほと笑う、
「お殿さまの趣味ってわけね、そんであたしもっていうのは、いけすかないわよ。」
娘はちよといった、清十郎の娘あゆと、二人ぐれて、武家屋敷でお女中がほしいってんで、親が花嫁修行にと、
「それがね。」
ちよはてんぞに耳うち、
「ていのいいお殿さまに献上品。」
「なんと。」
「あゆ坊が駆け落ちしたんで、身代わりね、くせものってわけ、おぼこ娘じゃむりって、おっほっほ。」
あたしをつれて逃げて。
そりゃもう。
お茶を習いに行く途中、人混みへまぎれた。
手下どものもとへすっ飛んで、着物をかえ、
「娘を置くぜ。」
とんずらしたら、娘がついて来た、
「二人で盗人して暮らそう、お似合いの悪ったれでさあ。」
という。
出戻りだ。
やぶれ屋敷に住んで、手下が十何人に増えた、
「べっぴんさまつれて帰った、この上は。」
と云う。
ちよてん組などいって、いきがっていたら、くすりそうえんの黄色いのが来た。
すっと囲まれた。
「適当なことしとるな。」
「あほんだれめ、おれを殺したって一文にもなりゃしねえ。」
たんかきったら、
「娘はゼニになるぞ。」
と笑う。
てんぞは娘をかばった、だが、
「ここに多少ある、二人これを持って上方へ行け。」
といって、包みを手渡す。
「左さまが殺生はしたくないとさ、上方のお使いがすんだら、あとはてめえらのかってだ、しばらくは江戸をはなれろ。」
という。
「そうかい。」
二人は旅立った。
何年かして、大江戸に、
「二人弁天。」
という盗賊が流行った。女が入れ代わったて男だったりする。そりゃすることが洒落ていて、盗人のくせに人気があったが、しまい獄門さらし首。
はてな男が一人だった。

2019年05月30日