とんとむかし35

蛮神

とんとむかしがあったとさ。
むかし、はんのう村に、六郎という子があって、七つのとき使いに出された。
子どもが九人もあって、行って、
「しおいりのごよう。」
というだけのお使い。
口減らしだった。行った先で、役に立ちそうなら、飼い殺しにする。
「餅入れといたで、道なげえから途中で食べろ。」
おかあが云った。
餅なんて、もうせんのお祭礼に食ったっきり。あとの荷は、六郎の着替えだった。うすうすなにか思ったが、喜んででかけた。
貧しいはんのうと、はんのう港とあって、港のお祭りは、それはもう目を回すほどであった。
屋台があった、花火が上がった、きれいなおねえさんがいた、おみこしがあった。どっかぽけえと突っ立っていて、水ぶっかけられた。
村を出外れて、大きい子と魚をとった川があった。
あのとき逃がしたのいるかと思って、そうっと覗くと、石の下にでっかい頭が見えた、

「主だなあ、とろうたってむりだ。」
といって、そこで三つある餅の一つを食った。
おおいわながふうっと出て来て、川につっこんだ、六郎の足をつっつく、ぱくっと食う、ぎゅっともたげて放り上げた、
「すげえ。」
手を広げたほどある。柳を通してかつぎ、
「おらだどもお使いに行く。」
六郎は走って帰った。
おとうもおかあもたまげ、
「これとったからおいてく。」
どっさり投げ出して、くびす返すと、おかあが呼んだ。
「なんだ。」
「いやなんでもね。」
涙して、
「おめはなりでけえから。」
と云った。
それから走って、いわなとった谷を過ぎ、山道を行く。
だんだら七曲り上って、三つ又へ来た、一軒だけ家があって、
「おんじ屋。」
と、人呼んで、なにしてんだかわかんねえ家だった。
おんじ屋には、鼻たらしのちよという子と、犬といた。
犬が飛び出して来た。
腹さすってやるとひっくりかえる、鼻たらしの女の子が来た。
「用があっか。」
「いんやねえ。」
「だったらなにし来た。」
「せどの田山さまさお使いに。」
「ふーん。」
ちよが云った。
「前にもそこさ行ったが、だれも帰ってこねえ。」
「そりゃ向こうかわも道あっから。」
「そうかもしんね。」
海沿いの遠い道、
「ふんで、こっちの道ふたがった。」
ちよはぶっきらぼうに云った。
「なんして。」
「三の沢なでついたって、おっとう云った。」
「でも行くだら。」
六郎はずんとけわしい山道をたどった。犬がついて来た。
「行くかこい。」
頭なでて、あとさきに歩いた。
三の沢は、どーんとがれ場の。
わたれそうにない。
犬が走る、ついて行くと、ちよのおっとうがいた。
がれに半分うまっていた。
「水くれ。」
という。六郎は、ふきの葉っぱに水汲んで、ふふませた、
「おれはもうだめだ。」
おんじ屋は云った、
「田沢さま行くだな、つとまんねかったらおらとこの、ちよの面倒みろ、なに遊んでるようなもんさ、しおくみよりゃいい。」
と云って息絶えた。
土かぶせて埋め、手合わせて、六郎はどうにか伝うて行った。
犬は帰った。
餅食って、田沢さまの番屋へついた。
「こう。」
こわい男がつれて行く。
お屋敷なんぞなく、男が二人女が一人、
「死ぬか生きるかだあな。」
一人が云った。
「しおくみの役立たずか。」
「水ん呑みのよけい子は、行かしちまえばいいに。」
女が云った。
六郎は聞いた。
「おんじ屋がなではまって死んだ、ちよの面倒みて、あとつげって云った。」
「死んだとな、つなぎがねえと思った。」
三人は云う。
「女っこはなんとかしよう、うっふう。」
こわい男が笑った、
「おおいわな足でとっつかまえる子だ、生きるさ。」
「え。」
「わしらはどこにでもいる、なんでも知っている。」
という。
六郎は引っ立てられた。
そうして十年たった。
はんのうのお祭りだった。
港の大祭り。
だしが出て、女たちが着飾って、花火があがる。屋台が出て、六郎は思い出した。
使いに出されて、それっきりになった、
ねじりんぼうを買ってもらった、貧乏人が珍しく。
思わずふところへ手をやる。
ずっしり重い。
たくましい若者であった。
ふいっと消えて、立派なお宿の二階にいた。
控えのおさむらいが二人。
御用人であった。
すっと坐る、
「たしかに五百両、恩を売っておけってこってす。」
六郎は、ふところの包みを置いた。
「何が欲しい。」
御用人が云った。
「一そうが二そうになる。」
「うむ。」
両わきが斬りつける。当て身を食らって二人ひっくり返った。
「ぜに出して切られるとはな。」
六郎はもういなかった。
「承知したと伝えておけ。」
声が追った。
賑やかな街を歩いていた。六郎は、初めて山を下りた。
ひどいといえばもう人間でなかった。
十年一日、死んだか生きたかもわからず。
過ぎてみれば夢のように。
「百人に一人の。」
ふうと笑って、田山さまが云った。
昨日のことだった、
「ようできた、おれの子よ。」
会うのは二度めであったか、谷わたりに死にぞくなったて、まっ白いひげを見た。
屋台の男が指さした。
指されたほうへ行く。また男が合図する、仲間だった。
女がよりそう。
「ひでや。」
という店に入った、
「お大尽しか入れない老舗、それでは。」
にっと笑って去る。
なにをどうしていいかわからなかった、飲んで食って、気がついたら美しい女と二人いた、
「覚えてないのあたしを。」
「はてだれだったか。」
女は目を細めた、
「おんじ屋のちよ。」
「なに。」
ちよと一夜を明かし、おんじ屋を継ごうと云ったら、
「ありがと。」
ちよは真顔で云って、
「でもあなたはあしたは海の辺。」
という。
六郎はあくる日を、順風に帆を上げた舟の上にいた。
舟子というのではなかった、頭領にしのますめという人の配下であった、
「じきにおまえもいっぱしさ、度胸と才覚があればな。」
にしのますめがいった。
「なきゃつなぎのおじん屋さ。」
舟は外国へ行く。
はんのう港には、蛮神さまがある。
豪勢に建てて、のちのお祭りはここから出た。
人魚の像を祀る。
舟のへさきを飾るという。
「ちよと大いわな。」
と、だれかいった。
ひでやのおちよは、お殿様さへ通うといわれた、名だたるおいらんであった。
のちだれかと山住まいしたという。



一夜

とんとむかしがあったとさ。
むかし、伊予の五左衛門家のあととりは、十五になったら、ぜんたつ山の主に会いに行くのだった。
それっきり帰らずなったら、次の子が行くか、養子を迎える。
幼名をますめといった、十五の春であった、ますめは脇差し一本を腰に、でかけて行った。
ぜんたつ山には道がない、主の住まいは行けばわかるという、会えなければそれまで。だれも入らぬ山はけわしかった、ますめはよじて行った。
ぶじに行って一日半、その夜はやぶの中に宿った。
恐ろしい夜だった。
萌え立つ若葉が夕映えに、
「なんで家を継ぐーそりゃそういう決まりだからだーほかへ行くなんてーできないーどうしてだ。」
自問自答する、
父や母や妹や、
「ますめ、お兄ちゃん帰っておいで。」
聞こえるようの、聞こえぬようの、急になぜか嬉しくなって、
「おうほう。」
叫び上げて、こだまが返る、山はとつぜん暮れた。
真っ暗闇は、うるしのように真っ黒で、けものの歩む音と、寝ぼけ鳥がくるうと鳴いて、さらと遠くの谷川の音。
三、四人声高に云いつのって、女の声になって来る、ふるえわなないた、冷や汗をびっしり、
「うわっ。」
踏んずけて行く。
しーんとしずまりかえって、妹とたのきちとゆうすけが喋る、はっきりわかるのになんにも覚えない。
年よりの声で、
「死んだらどうなる。」
「奈落の底へ落ちて。」
「落ちきらんやつは。」
「ずっと無間地獄の。」
ええしゃああしゃ、のちにもふっと思い出す、その恐ろしさ。
風景が見えた。
草や木や村や雲や、美しい衣の女や、打ち首になった生首や、やせ猫や、踊りの輪。

紙っぺらが風に舞う、恐ろしい虎になって襲う、炎を吐いて、あるときは父親に、あるときは母親に。
わき差しを抜いて、ますめは切りつけた。
めったらに切った。
母を切った、血まみれのおおなめくじ。
父を切った、影ぼうしになって。のさばりかかる。
点になる。
覚えずなってますめは歩く、山をさまよい歩いて、昼を過ぎて、ようやく木立が見え、けだるく倒れ込む。体が変に濡れ。
よじて行った。
いくらも上っていなかった。
日は暮れて、恐ろしい夜が来る。
ますめはわき差しを抜いた。音声が聞こえた。おかしくなりかけると、ふとももを刺して、痛みに目覚めた、そうしてまどろみ眠った。
いのししと猿に出会った。
ますめは行く、せせらぎの水を汲み、うどを欠いて食い。
夢ではなかった。
崩れた石垣の下へ出た。
「ではこの上だ。」
よじ上った。
上は平らで、三本の大きなえのきが生える。
「山の主に会いに来た。」
ますめは呼んだ。
もう一回呼ぶと、えのきの影から、白衣に朱のはかま、それは巫女さまだった、現れてて、
「おみくじを引け。」
という、
「凶。」
と出た、
「よしのずいからてんじょうをのぞく、ななころびやおき。なんのこった。」
というと、指さして、
「むこうのきざはしを上がれ。」
と云った。
石段があった。百八段にもなって、ますめは登って行った。はるかにぽっかり開く。

「よしのずいからってこれか。」
転んだらえらいこったと、思うとたんに転んだ、ひーるがびっしりつく、二、三段すべってまた上る。こけにすべり、どんぐりにすべり、ひどいめにあって、次にはきのこにすべった。
どうやら上ると、ほこらがあった。
扉が開いて、白いひげのじいさま出た、
「まあよかろう。」
と云った。
「七転び八起きのところを、五つ転んでのし上がった、はっはあ合格。」
ますめは馬鹿らしくなった。
でもどうして、こんなとこに人がいるんか。
「ほかのおみくじ引いたらどうなる。」
と聞いた。
「何を云う、人にとって引いたおみくじしかない。」
じいさまは云った。
「よしのずいから天井を覗く、七転び八起き。そうさな、俗人のこれが一生さな。」
へえと思って、ぴょこんとお辞儀して、ますめは山を下った。
家へ帰ると、大人の衣服があって、それを着て、お酒とお祝いのお膳が出た。
めでたく跡継ぎじゃという。
のちにわかった。ぜんぷく山には洞穴があって、諏訪神社に通じて、ひげのじいさまも巫女さまも、お諏訪さまから出張って来た。
「いついっか行くからよろしく。」
と、あっちこっちの家から頼まれて、これはつまり、成人の式だった。
ますめはやぶに宿った一夜に、大人になったんだと思った。



しょんべんげんた

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ひよどの村に、げんたろうという、どうもならん男があった。
女ぐせが悪くって、腕力があって、むちゃくちゃで、なんたってもてあまし者だった。

食えそうにねえ山芋売りつけて、いらねえっていうと、その家へ小便ひっかける。でかい声張り上げて、わけのわからん歌うたって、長小便が土壁崩れる。
「しょんべんげんた。」
というのは、それで付いた。
となり村と、池す争いに、しょんべんげんた出したら、どんと一発でけりついた。
「そうか役にも立つんだ。」
といっていたら、手打ち式に飲んでもって、しまいすっかり取られた。
用でもねえのに、上がり込んだり、なにかっていうと、役させろという。
「うちのかかどうしてくれる。」
と怒鳴り込んでも、
「へえ、そんなら思う存分なぐれ。」
といって面突き出す。
へた殴ったらあとがこわいで、泣き寝入り。
信田の十兵衛さまは、相応の年寄りであったが、品のいい正直な人で、しょんべんげんたも頭上がらない、
「なにをしとるな。」
と云われて、しゅんとなっている。
あしたのお祭礼は十年に一度というので、代官さまのお使いが来る、
「祭りだで、酒飲ませねえわけには行かねえ。」
家柄はいい、しょんべんげんた、上席にいて、そそうがあってはたいへんだ、目付けられんよう、
「十兵衛さま申し訳ねえが、しょんべんげんたに貼り付いてておくんなさい。」
主立ちが頭さげた、
「はっはっは、わしよりおまえとこのかかがいいか。」
「そればっかりは。」
色白のかかを、よだれ垂れそうな目で、しょんべんげんたが見る。
代官さまの使いは、
「むにゃむにゃ。」
代読して、ふんぞり返った、
「いやおさむらいさま。」
やってるうちに、げんた仕上がる。
十兵衛さま年だで短い、座を立ったすきに、
「あのうそのう、わしら物知らねえどんびゃくだで、一つお教えねげえてえですが、代官さまはなんで代官さまというだか、お内裏さまでもあんめえが。」
と、しょんべんげんた。
「おっほんそれは、恐れ多くも。」
とかしこまって、
「公房さまの代わりをもっての故に代官じゃ。」
「すんではその。」
かしこまって、
「恐れ多くも代官さまのお使いは、代代官さまで。」
「なに。」
「先祖代々代官さまの、でもって先祖代々代々官さま、やんれめでたや松に鶴。」
そこへ十兵衛さま帰って来て、
「めでためでたの千代松さまは。」
といったのが悪かった、
「みどもを愚弄するか。」
一刀に手をかける、
「け、けっしてそのような。」
十兵衛さまへいつくばるのに、
「みどもさんたらホーホケキョ、おらが死んでも泣くかかいねえ、代々代官さまの、どこへ逃げたか、角出せだいろ。」
しょんべんげんたの、けっこうな代物見える。
なんとか納まろうたって延々、十兵衛さまやっと引っ立てた。
「あのようなたわけを、たといお使いの席でも。」
おとがめが来た。
十兵衛さま百叩き。
見せしめに二つ三つ叩かれて、それがもとであったか、年のうちに死んだ。
「てやんでえ、おらを叩け。」
しょんべんげんたはうそぶいて、ひつぎにとりすがって泣く。
「おめさまだけが、まともに扱ってくれた、だのに。」
という、
「けえ、あたりめえだ。」
人はつばを吐きかけた。
三月たったら、頭丸めて、しょんべんげんたが歩いている、やせたふうで、行儀はいいし、どうしたと聞いたら、
「お山へこもって来た。」
と、神妙に云った。
大げん寺の修行道場にいたという。
「そりゃおめえ酒も飲まず、女も断って、かゆとそれなんてった、一汁一菜のお精進だ。」

「ふーん。」
「そりゃもうちゃんと座って。」
人は珍妙な顔をし、それからさすがしょんべんげんただ、やるなと云った。
はて、その坊主頭とっつかまって、たたき出された。
辻のよしたんとこへ夜這いに入った。
「しょんべんげんたも、改心したってえんじゃねえのか。」
「改心したで、こうしてもって殴られっぱなし。」
殴られたって、毛がねえんじゃ怪我しねえか。
ばかったれ、しょんべんきんたまちょん切ってやろうか、くそみそ云われて、へーらり笑ってる。
そんでもって托鉢行脚に出たという、
「なに。」
感心したら、夜這いのかかと道行き、
「だってもさ、坊主頭めんこいっていった。」
のち、川にはまったと聞こえたが、
「なに、やつが死ぬわけねえや。」
とみな云った。



女幽霊

とんとむかしがあったとさ。
むかし、すがの村に、女と子供が、母子であったろうが、行き倒れになった。
物貰いしたり、宿を願って歩くのを、だれかれ知らんぷりして死んだ。村外れに、石のっけてほうむった。
十年たって、忘れたころに幽霊が出た、ふわっと触れて来る、ぞっと寒気して、
「たしかに行き倒れの。」
母子連れというより、若い女であったりする、
「まあ仕方ねえ、おらたち見殺しにしたで。」
といって、どっか坊主雇って来て、お経あげた。
そうしたらなぜか真っ昼間出る、
「うらめしや。」
にったり笑んで、美しいったら、どっちが親かもわからん二人連れ。
影は見えぬし、やっぱり幽霊か。
あたりしーんとなって、雀や蝉の声や聞こえずなる。
とっつかれて、あとついて行った男がいた、十日いなくなって、ひょっこり現れて、おのれも幽霊みたいなって、なーんも覚えていない。
いくたりもいた。
こりゃおおごとだ、どうしようといって、よしぞうというのっぺり面がいて、
「おれはあの幽霊に惚れた。」
といった、
「どっちがどっちだかよくわかんねえけど、命吸われたってもいい。」
という、
「ではおめえまかれ。」
といって、昼も夜も張り番。
「おまえか、あたしに惚れたって男は。」
と、声がする、
「惚れたって男は。」
二重に聞こえて、二人立つ、
「そうじゃわしじゃ、どうにでもしてくれ、でも二人ってのは。」
「ふっふっふ、どちらがいい。」
どっちも同じように見えて、
「おれってやっぱ年増がいいかな。」
といったら、年増のほうがにいっと、とっついて来て、気がつくとよしぞうは、幽霊の影法師になっていた。
「じゃおまえもがんばりな、わたしはお先に。」
といって、幽霊が人になって行く。
「あたしの方が若くって、ずっと美人だのに。」
若い方のは、うらめしく消える。
命吸われてもいいって男は、あと現れなかった。
お地蔵さまに、赤いぼろきれが、お袈裟のようにかかって、若い坊さまが、
「なんまんだぶつ。」
と、手合わせた。
「いつか行き倒れの、成仏しきれぬ女が、お地蔵さまの大慈悲によって。」
という、
「たとい物貰いも人の子じゃ、むげに追い払ってはならん、報いがあるぞ。」
説教してもって帰って来たら、美しい若い女が待つ、
「おかげさまにて成仏できました。」
といって、
「あたしは幽霊に生まれて、大きくなって、お嫁にも行かず。」
という。
はてどうなった。
いつか痩せ細って若い坊さま、見る影もなく。
つばめ土食ってしぶいとさ。
柳かげが揺れて、こう聞こえ、
「命吸うだけだで、若い女はだめなの。」
「でもさ、影法師くっつけて、人になったってつまんないし。」
「それもそうか。」
という、
「体失せりゃ、行き倒れもひもじい思いもない。」
でもって二つ幽霊になって、まもなく消えた。
幽霊って、人のうしろめたさが寿命なんだってさ。



ひんのーげの花

とんとむかしがあったとさ。
むかし、おさか村に、ひんのーげという、つる草が生えて、むらさきに咲く。
ひんのーげを煎じて飲むと、ぐっすり眠れる、腹痛にも効くといったが、きよすという人が来て、
「これは、世にも珍しい知恵の、若返りの妙薬じゃ。」
そう云って持ち帰ったが、何年かして、
「ひんのーげを買をう。」
という、目つきのよくない男が来て、けっこうな値で、村中もって取りあさり、ひんのうげも、似たような紫も、根っこぎなくなった。
ある年、ひんのーげがぽっかり咲いた。見つけたのは、べいちゃという、七つになる、鼻たらしの子だった、
「一両になるってけど。」
といって、でも食ってやる、つるも葉っぱも花も、根っこぎ食った。
どっぱり鼻水が出て、
「えれえもの食った。」
といって、三日も寝込んだ。
鼻たらしがすっきり、べいちゃは歩いて行った。
ものはみんな忘れて、
「べいちゃ。」
という、鼻たらしの仇名だけ覚えた。
そのまんま歩いて、村を抜け、町へ出たのか、ふうらり人の軒先に倒れ込んだ。
助け上げられて、
「なに腹へった。」
まんま食わされて、それから、名前も覚えぬのを知って、
「天の申し子じゃ、うちの子になれ。」
という。
それが女のべべ着て、きれいなおねえさんの、お付きして歩く。
どういうこったなと、うんまいもの食えるし、可愛がってくれる、いついた。
ある日、かんざしがなくなった。
「たいへん、なんとかさまに貰ったお品。」
という、
「水桶のそばにあるよ。」
と、べいちゃがいった。
ほんとうにあった。
失せものを、当てた。
「あの人どうだろ。」
と心配するのを、
「どろぼうしてる。」
べいちゃがいうと、いい若旦那が、お店のものくすねていた。
「へんだあたし風邪っ引き。」
「死ぬよ。」
どきっと当たったり。
べいちゃは、ちよという女の子であって、いやで逃げ出したら、いくまつというおねえさんが追って来た、
「かしこいのにさ、逃げるのはへた。」
といって、おいしいもの食べさせ、抱きしめて、おっぱい押しつけて、
「男の子ってこと、わかってるの。」
といった。
べいちゃは切ない、変な気持ちになって、それから真剣に逃げた。
「おっかあじゃなくって、おねえさん。」
逃げて引っ返す。引っ返しては、そうして逃げた。
神社があった。
引き開けて宿った。
がらんと鈴が鳴って、お参りする、
「子がいなくなった、おおかみさまどうか捜しておくれ。」
という、
「迷子になって、北畑の杉の下に寝ている。」
べいちゃが云った。
「そうか。」
すっとぶ、しばらくして、
「いた、ありがとうございます、ほんのこれは。」
といって、ぜにをおく、
おおかみのお告げになって、暮らした。
見えたり、見えなかったりする。
おおかみが来た。
鼻を寄せる。
恐ろしかった。
べいちゃはおおかみになった。
夜中を走る。
がらんと鈴が鳴って、
「あたしのちよを捜しておくれ。」
という、
「ちよはいない、べいちゃならまんまえ。」
べいちゃはいった。
「べいちゃって何。」
あたりを見回す、
「おおかみのにおい、おそろしい。」
いくまつは去る。
もう一度来て、法外なお金が置いてあった。
「出て行けということだ。」
べいちゃは、おおかみに別れを告げた。
そうしてどこへ行った、べいちゃのすけという、お小姓頭になって、戦にも行き、ずいぶん羽振りもよかったとか。
いくまつが年で、足腰が痛む、目もよう見えず、だれいい湯があるという。
主は、身の上話も聞く。
湯治にでかけて行った。
背中を流そうかといわれる、流しながら、
「たいてい治る。」
といった、
「いくまつおねえさん。」
「どうしてあたしを。」
「そのおっぱいに、わしは抱かれたっけが。」
といった、
「だれであった。」
鼻たれであったのが、急に若々しく、
「ちよ。」
たくましい男が、
「あたしが若かったらおまえを、ああ悔しい。」
いくまつは云った。
「わしはついに故郷も知らず、母とも思い、恋い慕い、そうして。」
といって、お椀をもって来た。
むらさきの花が浮かぶ。
いくまつは三日も寝入った。
初々しく若返って目覚め。

2019年05月30日