とんとむかし37

大根かあちゃん

とんとむかしがあったとさ。
むかし、あいとんぎ村の、ひるとんぎのかあちゃんは美人であって、用をいとうってわけではなかったが、たいてい寝てばっかりいた。
野良から帰って、飯だっていうと飯があって、もう寝ていた。
「食うまも惜しんで寝てるから、美人なんだ。」
「美人でない。」
かあちゃんは云った、うっふうまっしろいきりの、
「大根のお化け。」
すうすうかあちゃんは、寝ていた。
ひるとんぎは鮭もろうて来て、大根と煮て、共食いだといって、かあちゃんと食った。
その夜の夢に、かあちゃんがすたすた歩いて行って、にっと笑う、
「畑へ帰るのか。」
「あたし、共食いなんかいやだし。」
かあちゃんはいった。
「でも鮭と煮て食うとうまいだろ。」
「おいしかったけど。」
といって大根になった。ひるとんぎは、
「やっぱりかあちゃん。」
といって、引っこ抜いて来た。
「そうお。」
それ聞いて、かあちゃんは云った。人の悪口も云わねえようだし、たいていものは三日もかかったし、
さるとんや大尽で、家を建て替えた。
えれえ立派なお屋敷が、なんでか知らん、新屋敷に住むと、死ぬんだという。
十日ばかし、人に住んで貰うたらいいと、八卦に出たそうの。
「新屋敷よごさねえ、きれいな人。」
というんで、ひるとんぎのかあちゃんが頼まれた。
「お礼に浴衣やるで。」
という。
そんでかあちゃんが、浴衣着て寝ていたら、こわーいものが現れた、
「家には恨みがある、これうわ。」
でもかあちゃんは寝ていた、
「なんとか云ってくれんと、とっつかれん。」
三晩続けて出たら、かあちゃんが起きた、
「とっつこう、浴衣姿の、まっしろう美人にな。」
ばけものがいった、
「あたしは大根。」
かあちゃんがいうと、ばけものが大根になった。
大根に浴衣かぶせて、気味悪くてもういられんと云って、帰ってきたら、さるとん大尽から菅笠が届いた。
かさが浴衣着て寝てたとさ。
「汚い忘れものは返す、十日いなかったから、浴衣はやらん。」
と云った。
菅笠神棚にまつったら、次々いいことがある。
さるとん大尽は傾いて、ひるとんぎ長者。
主の神さまが引っ越した。果報は寝て待て、すげがさに浴衣着せた、お祭りがあったとさ。



化けの皮

とんとむかしがあったとさ。
むかし、三郷村に、さんずい吉野というおさむらいがあって、あるときお殿さまから、
「奥が病である、二人とはいない美しい奥方だ。」
と云って、
「聞くところによると、しらぬいしんの滝つぼにかわうそが住んでいる、その化けの皮を取ってまいれ、よろず病に効くそうじゃ。」
と申される。
さんずい吉野は、旅装束して、大小さして出かけて行った、となりのばあさに留守を頼んで、
「いつけえる。」
「一月だあな。」
「そうけえ、嫁っこつれて来るだか。」
と云った。
「さあな。」
でもって、山二つ越えたところに、さんがめ神社があって、さんずい吉野は、お役目首尾よう果たすよう、祈願した。まいない納めて、団子を食った。
団子が一つ転がって、
「わしの団子。」
あと追いかけたら、緋袴履いて、巫女さまが立つ、
「おみくじはどうじゃ。」
といった、
「おまえ団子か。」
「なら食ってみるか。」
にっと笑う。吉野はおみくじを引いた、大凶と出た。
「返り打ちにあって死ぬとある、これじゃ困る、なんとかしてくれ。」
「ではいま一度引くか。」
引いたら、今度は吉と出た、
「犬も歩けば棒に当るとある、これならいいか。」
巫女さまもうかっただけだ、といって行くと、
「どうだおらもらわねえか、吉だで。」
巫女さま追っかけた。
「もう年だで、考えねえとな、あっはおまえさまもいいかげんじゃが。」
「わしはお役目の旅じゃ。」
犬も歩けば棒にあたるたって、吉野は逃げ出した。
はてな、わしはなんで嫁いねえんかと。
それよりかわうそだ。
奥方さまなんの病だか、きっとお医者さまじゃだめだ、なにしろ化けの皮だ、吉野は先を急いだ。
十里歩いて、かただのさんもん屋敷へ泊まった。
さんもん屋敷は鉄砲打ちで、やっぱりお殿さまの御用をつとめる。
鉄砲をかまえた、
「なにをする。」
一刀にと、
「おまえさまつきものがある。」
主がいった、
「空砲をうつ。」
とっか-ん音がして、なにものかふわあと外ける。
「どうじゃ。」
「うんすっきりした。」
でもってなにがとっついた、
「お内儀さまは達者かな。」
鉄砲うちが聞いた、おないぎとはかかのことだ、
「うんまああいかわらずさ。」
「それはなにより。」
そうか、嫁さがしという、となりのばばからして、もうおかしくなって、
「で、かわうその化けの皮とは、どういうものかの。」
吉野は聞いた。
「さよう、まあ並みの者ではとれんの。」
鉄砲うちは云った、
「わしも何度か挑んでみたが、片足を失い、化かされて、一年も阿呆をやっておったわ。」
ふうむ、聞こえた豪の者がと、吉野はどっきりした。
「それが奥方さまの病に効くというのか。」
「ふむ。」
わしは加勢せんぞ、鉄砲うちは云った。
「ようもわからん。」
天井を向く。仕方がない、さんずい吉野は一人ででかけて行った。
しらぬいしんの谷は、鉄砲うちに聞いたとおり道をたどって、突き当たりにほこらがあった。
「そこにかわうその皮がある、なんだったら、それひっかついで帰れ。」
と、かわうその皮らしいのがぶら下がっていた。
餅を供えて願う。
翌日もちが失せていたら、しらぬいしんの谷へ入ってもいいという、供えた餅がなくなった。
「おっほっほ。」
笑い声。
二つ山の巫女さまだった、
「せっかくかかさまにと思ってついてきたのに、足の早いお人、やっと追いついた、お腹が空いたでお餅もらう。」
といって平らげる、
「そうか、見ようによってはめんこい。」
わしもここらで年貢の納め時か、吉野は思った。
「このあたりはへた入ったら出られぬ、わたしが案内しよう。」
巫女さま先に立つ、
「ここの生まれじゃ、首尾ようお殿さまの御用をはたして、夫婦になろう。」
川があった。
むこう岸に温泉が湧く、
「あれがかわうその湯。」
巫女さまいった。
かわうそがひたりに来る、そやつを捉まえて、宙吊りにしておくと、親分が取り返しに来る。
よしといって、女ではとうていわたれん、吉野は川をわたった。温泉にひたって待った。
すっぽんがいて足へ食らいついた、
「こいつをえさに。」
と、すっぽんを吊るした。
そうしたら、頭の禿げ上がった、でっぷり親父がきて、
「すっぽんをくれ。」
という、
「いいよ。」
いいざま、吉野は切りつけた、
「ぎゃあ。」
悲鳴が上がって、人の大きさのかわうそが逃げる。川へはまってそれっきり、あとに腕が一本。
そいつを吊るして待ったが、現れん。
巫女さまが、しらぬいしんの知らずの谷を案内する、
「わたしだってようも知らん、でも化けの皮とるには、行かずばならん。」
といって、二人は入って行った。
熊が襲ってきた、すんでにかわして、巫女さまがかわうその腕を投げた。
腕はぬうっと伸びて、うわばみになって熊をのす、
「しらぬいしんはかわうその里、くまごときに。」
と聞こえ、かわうそが腕を拾って去る。
「あとついて行っても、ばけの皮はなかろ。」
吉野はいった。
「そうだの。」
道は三方に別れて、突っ立っていると、白鷺が舞い降りて、
「しらぬいしんのお祭り。」
といって、西へ行く。
西へ行った。
町があった。
どんがらぴーと笛や太鼓に、美しい女たちが踊る。
にぎやかな通りをかきわけ行くと、立派な門構えに、人が出迎える、
手を取って案内する。
座敷に人が居並んで、赤いしきもの敷いて、吉井と巫女さまは座った。
祝言であった。
さかずきを取る。
「三世ちぎりの、
めでたや、
ささが、
浮き世のさ、
おっほう化けの皮。」
雄蝶雌蝶に二人飲み干す。
気がついたら、はあてどうなった、花嫁と花婿は、からくり人形になって、これは祭り囃しの、屋台のてっぺんにいた。
練り歩いて行く。
赤い舌をちろりと出して、花嫁、
「流転三界きつねとたぬき。」
「法界三世化けの皮。」
目吊り上げて、花婿。
ほうほう、どっこい。とつぜん仕掛けが外れて、二人けし飛んだ。
さんずい吉井は気がついた。
かわうその化けの皮を取ってこいとの、お殿さまの御用、はあて真っ暗闇。
「ほう。」
と呼ぶ、
「どうしたおさむらい。」
声に向えば、反対がわにほう、
「かわうそは化かすか。」
しーん。
「化けの皮ってどんな代物だ。」
「かわうその皮さな。」
「はっはっは。」
「わっはっは。」
八方に笑う、
「剥いで取ってみろ。」
「そうするか。」
かわうその化けの皮で、美しい奥方の病が治るか、刀を振り回して、吉井は馬鹿らしくなった。
眠くなって寝た。
あしたになったら、腕のない大かわうそが死んでいた。
ひきずって行って、皮を剥いでもらった。
「ばけものかこやつは。」
「へい、こんなでかいのは見たこともねえです。」
「手厚く葬ってやってくれ。」
吉井は過分に包んで、剥いだ皮を持つ。
来た道と思ったのが、いつかけわしい山中であった。
雪の山。
どうしたことだこれは、
「祝言の相手が、待ちぼうけだ。」
ひっつかんで巻き上げる、うわばみになったかわうその腕だ。
放り出され、巫女さまがいた。
「せっかく夫婦になったのに、なぜ。」
「かわうその化けの皮を手に入れた、もう帰る、女房もいた。」
吉井がいうと、
「そう。」
花嫁が云った。
「じゃその皮をお見せ。」
包みを開くと、
「これは、雪晒しににないと。」
という、
「へたすりゃくされる。」
そうだなといって、化けの皮を雪の辺にさらした。
「祝言の、」
と、巫女さま、
「あらあたしじゃまずい。」
おっほと笑って、におうように美しい奥方さま。かつてお目もじしたことがある、吉野はへいつくばった。
「雪晒しができた。」
涼しい声がして、化けの皮がまっしろになる。
「こっちへ。」
「はい。」
奥方さまに手渡すと、その手は吉井を取る。
化けの皮は消え、ー
吉井がまっしろい化けの皮になって、それを取る奥方さまが、吉井になった。
「お役目ははたした、では届けよう。」
そう云って山を下る。
さんもん屋敷の鉄砲うちが待つ。
ど-んとうつと、たしかに手応えがあって、ふわっと消えた。
「うーむ、ではこやつが。」
まあいいか、化けの皮が手に入ったといって、そやつを鉄砲うちは、お殿さまに献上した。
化けの皮は何かを分泌した。
それを服んで奥方の病は治る。
もしかそやつー



かえるの眼鏡

とんとむかしがあったとさ。
むかし、たらだ村の三郎、仕掛けたわなに、なんか知らんお化けがかかった。
こりゃ、食えそうもねえと云ったら、
「青葉の仙人だ。」
と云った。
「ひでえことをしやがる、たたるぞ。」
「仙人だと、うんだば外してやるで、なんかくれ。」
三郎が云うと、朴の葉っぱを丸めて、さしだして、
「かえるの遠眼鏡。」
といった。
わなを外すともういなかった。
朴の葉っぱに三郎が覗くと、極楽が見えた。蓮の花が咲いて、夢のように美しい人が行く、かりょうびんがの鳥が歌う、
「ふええ。」
といって、もう一回のぞくと、地獄が見えた。
鬼のさすまたに貫かれて、血の池や、針の山に追い上げられる亡者、わめき狂う、ねえなったおとうと思ったら、そりゃ三郎だ。
ぶったまげて、それっきり。
あくる朝のぞいてみたら、ただの風景。
もう一回のぞくと、なんにも見えん。はあてなと思ったら、それっきり三郎は、目も見えずなった。
かえるのめがねといって、葉っぱ丸めてのぞく、
「明日が見える。」
といって、子供の遊び。



三つの宝

とんとむかしがあったとさ。
むかし、水戸のお宮には、三つの宝物が奉納されていた。
青い珊瑚と紅い玉と雲石である。
いっとうや村に、しんがやという若者があって、きよという美しい娘に恋をした。
言い寄って、夫婦になろうというのへ、娘の親はお大尽で、青い珊瑚を取って来たらと云う。
それはできない相談てこと。
時に浜に打ち上げる、ほんのかけら。妖しく見入る瞳のような、竜宮のお使いのような、この世ならぬ、お宝。
「かけらならひょっとして。」
しんがやは必死になって、捜した。
浜をさまよい歩いて、行方知れず。
きよは物持ちの家に嫁いで行った。
あるとき漁師の網にかかったという、夫が大枚を出して買い上げる、それは青い珊瑚だった。
きよが取った。
美しい。
見入るうちに、手が浮かび上がる。
人の白骨が。
他の人には見えずに、きよはしまい狂って死んだ。
青い珊瑚は、持ち主が変わり変わり、水戸のお宮に奉納された。
紅い玉は、さ-るけの山のはなれ屋敷に、二人の美しい娘がいた。
水晶の玉を持っていた。人の宿世が映るといって、占い商売をして、ずいぶん当たって、二人男狂いして、派手な暮らしぶりだった。
「わたしも年老いる。」
姉の云った、
「このままでいようには、なんとすりゃいい。」
妹が云った。
占ってみようとて、玉に手をかざすと、
「あした貴人が来る、その肝を食らえ。」
という。
「貴人とな。」
「たっとき命のつぎ穂。」
あくる日、まだ少年といっていい、美しい若者がきた。
肝を取るか、
「二人物狂いしつくしてそのあとに。」
「さようじゃ。」
と。
とつぜん若者は龍になって、天駆ける。
龍の炎に焼かれて、山のはなれ屋敷は、燃え落ちた。
あとに紅いの玉が残った。水晶が変化したという。
人血を吸うものといって、水戸のお宮に奉納された。
雲石は、水盤に入れると、霧を吹いて雲のわくようになる。
でとのお殿さまが狩りの帰りに、田舎屋敷に立ち寄った。しこめというにふさわしい女が、茶を出し、手料理を出してもてなした。殿を迎えていかにもうれしそうなしこめが、心に残った。
「あれなら奥もりんきを起こすまいて。」
狩りの帰りや、遊び女を引き連れたりして立ち寄る、たんびに酒もよく、料理もよくなり、あっけらかんとして、変わりなく。
「しこめというは、この世の宝。」
殿は、奥方のかつての着物を与えた。しこめは大喜びであった。舞うてみせろといったら、かぶりを振った。
強いて酒を飲ませて、舞はせたとも、すばらしいものであったとも聞こえ、奥方のりんきに触れた。
ある日お殿さまが来てみたら、田舎屋敷はがらんどうでだれもいず、台所にすすけた石があった。
しこめが石になった。
そういって、すすを払い水にひたすと、霧が雲のように吹いたという。
奥方が石にもりんきして、お宮に奉納したなと。
水戸のお宮に猿が出た。
お供えに手を伸ばす猿に、三つのお宝がとっつく。
青い珊瑚は角になり、紅い玉は一つ目、へそには雲石。恐ろしい化物になって辺りを歩く。
「地獄のお使いじゃ。」
と人は云った。
そうしてもって、行方知れず。



十三仏さま

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しんご村の、よそうべえどの、いまわのきわに、坊さまが、十三仏さまの話して、初七日から三十三回忌まで、各おすがりもうす仏さまがある、
「まずはお不動さま、そうしてお釈迦さま。」
「そんなんより、」
と、よそうべえどのがいった、
「きれいどころ十三人でも、頼んどいてくれ。」
この罰当たりめがというには、もういくばくもないし、お布施もあることだし、
「ようまあ手合わせなされ。」
と坊さま云って、あいよとよそうべえどのは、どっか幸せそうに手合わせて、大往生した。
よそうべえは旅装束で歩いていた、手甲脚伴はいいが、富士山にでも登るのかな、白い着物着て、六根清浄、えいなんだこの三角の布切れは、捨てちまえといって行くと、やけにだだっぴろい河だ、変な婆さまがいて。
「三文払え、渡り賃だ。」
と云った。
「けちなこというな、ほれ。」
一両出して、舟を廻せと云った。
「向こう岸は新戸だな、おきゃんで知られた鉄火芸者。」
「ふいっひっひ、銭の分だけ夢見るけ。」
婆さま云ったら、舟がついた。乗り込んでよそうべえは、賑やかな夕暮れの町、脂粉の香りが漂う、ひたち屋とあって、池にはお不動さん、
いよっと声かけて、入って行った。
「おこんはどうした。」
「あれどなたさま。」
「川向うのよそうべえだ。」
「あい、よそうべえさまお着き。」
火事出してばっかりの新戸は、お不動さまお祭りしたら、ぴったり納まった、おこんねえさんの発明だ、お賽銭も上がる、
「おやまあ、おまえさまのうなったってお聞きもうしたが。」
えらいばあさま出る、
「このとおりぴんぴんしてらあ、おこんねえさまどうした。」
「おこんはわたしじゃが。」
なんだと、ついこないだ花の道行きは、こうふところに手さし込んで、
「おなつかしゅう、よう訪ねて下すった、あれから何十年、ついぞ忘れたことは。」
涙と鼻水すすりあげて、どうなってるんだこやつは、よそうべえは飛び出した。
なんかの間違いだ、え-と二十一んとき勘当されて、あれは幾つだ、いっち評判のおこんねえさんと、ー
火事だ、じゃんじゃん半鐘が鳴って。
うーん、でもってお不動さんてなんだ。
「不退転の不動明王だ、まずもってー 」
どっかで声がした。
だからどうだってんだ、よそうべえは歩いて行った。
なに初七日だって、ここは野っ原、霧がかかってさ、夏だってえのに野暮だあ、釈迦ん堂があったな。赤い屋根の、中見たこたねえけど、きざはしで遊んで、初の逢い引きんとき、うっふここでもって、ー
あれだれかいる、よしずのよっちゃん、
「あらよそうべえさま。」
「いやおれはたか。」
「あたしみちお待ってるの。」
なんだと、飴一箇でなびいたくせに、はなたれのみちおとな。
よそうべえは釈迦堂の中にいた。始めて入った、おっかねえ本尊さまと思ったら、やさしいお顔のまあ、柄にもなく手合わした。
外ではなにやらわめく、がきどもの声。
「死ぬってはどういうこった。」
口をついて出た。
死んだのかわしは。
お釈迦さまでもご存知あるめえってな、わしは、極楽とんぼと云われて、お店の金に手出して、とうとう見つかって、ひでえめみたっけ、雨ん中はいつくばって、乞食もしたっけな、おこんは向きゃがって。
人を殺めたってえだけはなくって、不義理親不孝、盗人まがいや、すんでに放火。
六歩歩んでもう一歩、
「死んだって償いはできねえ。」
ふうっと笑ったのは、お釈迦さまだって、二七日ってなんだ。あたりいちめんぽっかりとー
一本道が続いていた。
文殊菩薩さま、
「さよう、文殊普賢街道というてな、渡るか。」
と、云わっしゃる。
「浮き世にゃ帰ってこれんぞ。」
「はい。」
神妙によそうべえ、そういうきっと定めなんだ。
「三人よれば文殊の知慧と云ってな。」
よそうべえは辿って行った
めんどくせえ、知恵なんかいらねえや、思ったとたん地割れする、すんでに足をとられ、
「くわあ。」
生きてる証拠とよそうべえ。。
痛いかゆいは我慢もするが、けむってえのはといって、なんだか美しい風景だった。
山川草木の、月あり花あり、かりょうびんがか、
「あれはおきよだ女房もいる、おくみも。」
ほんのり笑もうたり、悲しい眉であったり、
花のような、まぼろしのような。
弟がいた、丁稚の三郎や、喧嘩仲間のよしぞうが、それが童わべになって、戯れ遊ぶ、白雲のような、茂みかげ。
「そうか、もとこういうことであったか。」
なにしろ歩いて行った。
音声が聞こえる。
お侍が怒鳴っている、借金取りが矢の催促、飲み仲間の喧嘩、女の悲鳴、
「なんだこれは。」
腹の中に聞こえる、池があった、蛙合戦。 普賢菩薩さま。
一本道はおしまい、
へえ、死ぬともうしゃばも恋しくなくなるか。なにやらおかしくなった。
「退屈ってのしかねえか。」
そりゃかなわんと思ったら、子守歌が聞こえる。
「おどまかんじんかんじん、
あん人たちゃよかしゅ、
よかしゅよかおび、よかきもん。」
ああどっか遠くの子守歌だ。なんでこんなに悲しい。
「はあてなあ。」
よそうべえはお遍路さんになって、歩いていた。
「水は天から貰い水。」
手合わせたら、お地蔵さま。
なんまんだぶつ阿弥陀さま、蝉しぐれったら弥勒さま。
だれを頼りにしょうたって、それから、どうしてこうなった、てめえの家の軒先に立っていた。
「退屈だ。」
苦労の甲斐あって、商いは順当に行く、でもってさ、わっはっはてめえの出る幕がなくなった。
主ともなると、
「あーあ。」
欠伸、芸者遊びだって、銭金だけのこと。なに楽しかろうや。
足腰や痛む、にのへのお薬師さんお参りして、おびんずるさんにお参りして、ばあさは観音講だとさ、ご利益があるったって、ないったって。
目の覚めるような美人だった。
勢至菩薩の生まれ変わり、浮き世離れしている、
「いやさ浮き世というなら、浮き世そのもの。」
財のありったけして、よそうべえは受け出した。人に見せるももったいなや、光八方に、百年は寿命ののびる、棗屋敷という、離れに住まわせて、
「夏の日は棗の花に咲き満ちて、
雨降り我れはここに宿仮る。」
とて、老いの身をしのぐはずのなつめ、ぼんぼり点したら、巨大などくろになって、ふーっと見据える。
よそうべえは腰を抜かした。
それっきり寝込んだ。
蛇が這うような夏、苦しい、早う楽になりたい、
「いっそ蛇になりたい。」
よそうべえは蛇になって這い出した、
外へ出た、
「大日如来って、お日さまのー 」
そやつを荷車が轢いた。
のたうちまわる蛇、
「苦しい、」
うっふうぽっかり虚空蔵。
十三仏さまを寄進いたします、すっかりお店を継いだ、それはせがれの声だった。
「遺言でありましたから、三十三回忌まで待って必ずという。」
なに、せがれでなくって、やつは孫だ。
「なんとな。」
そうか、へたな坊主の説教聞いたおかげで、三十三年間も悟れなかったぜ。
「わっはっは。」
よそうべえは笑った。
まごも坊主もあたりを見回す。

2019年05月30日