とんとむかし6
はなたれ小僧
とんとむかしがあったとさ。
むかし、はなたれ小僧といって、これもこわ-い、お化けがあった。
いだ村の、次郎兵衛屋敷に、汚い下駄はいた小僧が来て、
「まんまくれ。」
といった。
まんま食わせてやると、
「気に入ったで当分いる。」
といって上がり込む。つかんで投げ出すと、おんぼろ着物が、ずるっと抜けて、
「ぶっふう、さむいで借りる。」
といって、いつのまにか、子どもに買った、一丁羅を着込む。
「このはなったれが。」
といって、力自慢の下男が、つら張ったら、反対にひっくりかえって、泡吹いた。
「親切にしてくれて、あんがたい。」
はなたれ小僧は、涙と鼻水とくっしゃり流す、その汚いことは。
くさいにおいに、三日も物がのどに通らない。
「吉井先生を呼んで来い。」
次郎兵衛さまはいった。
吉井先生は、剣術の達人で、たとい妖怪変化もまっ二つ、といった。
先生はやって来て、一両もらって、
「えいやっ。」
とばかり、切り伏せて、
「たいしたことはない。」
といって帰った。
すると、はなたれ小僧が現れて、まっ二つになった、着物つん出して、
「かわりをくれ。」
といった。
そのまんまいついて、夜になると、
「あったかいふとん。」
娘のふとんにはいこんで、ごうごう大いびきかく。
娘はばかのようになって、口も聞かれぬ。
次郎兵衛さまは、困じはてた。
竹の太郎という者があった。
天に月、地に風、人に竹の太郎と、知る人ぞ知る。
伝え聞いて、次郎兵衛屋敷へやって来た。
一晩泊まって、はなたれ小僧に聞いた。
「むこどんになりたいか。」
「なってもいい。」
刀を引き寄せると、
「くっふう、親切なおさむらいか。」
といって、涙とはなをくっしゃり流す。
「そうでもないが。」
竹の太郎は、申しつけて、次郎兵衛屋敷一番の、高膳をすえ、
「一献まいられよ。」
といって、酌をした。
存分にもてなして、飲んで食べたら、上がりかまちに、新しい下駄をそろえ、
「お帰りなされます。」
といった。
それを履いて、はなたれ小僧は出て行った。
竹の太郎の話は他にもいくつかある。
青いうめ貝
とんとむかしがあったとさ。
むかし、なよろ村の、おんだね長者には、ふうろという美しい娘があった。
「美しいふうろが欲しい。」
「長者どんの、婿になりたい。」
という、若者がやって来た。
「魚取りの名人。」
「弓矢をとったら、引けを取らぬ。」
「うそつきの天才。」
「漬物をこさえたら、天下一品。」
だから、美しいふうろを幸せにする、といって来る若者に、おんだね長者は、
「つばめの青いうめ貝を取って来たら、娘をやろう。」
といった。
つばめの青いうめ貝は、不老長寿の薬といって、この世に二つとない宝であった。
あらやという若者がいた。
「つばめの青いうめ貝を、取りに行くより、わたしをつれて、逃げておくれ。」
美しいふうろがいったが、
「愛しいおまえのために、きっと手に入れる。」
といって、出かけて行った。
魚を取る若者は、どんざん波のたつ、ひいろの磯にくぐって、きれいな青い貝を、取って来た。
「つばめのうめ貝ではない。」
おんだね長者はいった。
弓矢をとる若者は、あだかのがけに、つばめの巣をさぐって、みどり色のうめ貝を、取って来た。
「似てはいるが、これではない。」
おんだね長者はいった。
うそをつく若者は、だれかに聞いて、そっくりにこさえた、青いうめ貝を持って来た。
「水にひたせば、いい声で歌う。」
おんだね長者はいって、貝を水にひたすと、歌うかわりに、ぷっくり笑った。
漬物をつける若者は、白いうめ貝となすびを漬けて、真っ青になったのを、持って来た。
「とっくに死んでいる。」
おんだね長者はいった。
あらやは、山川、とうろの原の外れまでさがしまわって、
「なかった。」
といって、帰って来た。
その夜、美しいふうろが、忍んで来た。
「つばめの青いうめ貝は、とうやの氷室にあります、とうやの氷室に入って、帰って来た者はいません。」
美しいふうろはいった。
「どうしても行くというのなら、これをお使いなされ。」
といって、あらやに、赤い糸玉と、舟のかいと、あしのずいを渡した。
「こんどはきっと取ってこよう。」
あらやはいって、赤い糸玉と、舟のかいと、あしのずいを持って、とうやの氷室へ、入って行った。
魚をとる若者と、弓矢を引く若者と、うそをつく若者と、漬物をつける若者が、あとをつけた。
氷室の入り口に、赤い糸のはしをむすんで、あらやは奥へ行った。
とうやの氷室に、つばめが巣をかける。
青いうめ貝はなかった。
氷室の百穴といって、氷が溶けて、底なしの穴が開く。
舟のかいをかって、あらやはすんでに、身を支え。
叫びあげて、漬物をつける若者が、落ちた。
あらやはかいをとって、助け上げた。
「助けてもらって、礼はいおう、だが、青いうめ貝は、おれが取る。」
漬物をつける若者はいって、先へ行く。
氷室のもやい釜は、霧がもやって、一寸先も見えぬ。
「おうい。」
うそをつく若者が、迷い込んで人を呼ぶ。
「おうい。」
あらやは答えて、助け出した。
「助けてもらって、礼はいおう、だが、青いうめ貝は、おれのものだ。」
うそをつく若者はいって、先へ行く。
水の大戸は、水がひたって、わずかに隙が開く、あしのずいに、息をついで行くと、魚をとる若者が、おぼれかけていた。
あらやは、あしのずいを手渡して、助けた。
「助けてもらって、礼はいおう、だが、青いうめ貝は、おれが取る。」
といって、魚をとる若者は、先へ行く。
氷のたなに、つばめの巣をさぐって、弓矢をひく若者が、宙吊りになる。
あらやはどうにか、かかえ下ろした。
「助けてもらって、礼はいおう、だが、青いうめ貝は、おれのものだ。」
といって、弓矢を引く若者は、先へ行った。
合天井に、青い光さして、無数のつばめが、巣をかける。
あらやと四人の若者は、危うい氷の壁をよじて、つばめの青いうめ貝を、さぐった。
「あったぞ、つばめの青いうめ貝だ。」
弓矢を引く若者が、叫んで、足を踏み外して、落ちて死んだ。
その手から、青いうめ貝をもぎとって、
「かわいそうだが、これはおれが受け継ごう。」
と、魚をとる若者がいった。
「おまえが死んだら、おれが受け継ごう。」
うそをつく若者と、漬物をつける若者がいって、あとを追った。
あらやは、氷のつかに、死んだ若者を、ほうむった。
つばめのつがいが、奥へ飛ぶ。
氷の谷戸を抜けて行き、赤い糸がつきかけて、三つのつばめの巣があった。
まん中の巣に、それは大きなうめ貝があった。
夢見るような、海の青。
しずくにひたって、貝は歌う。
「赤いえにしの、糸は尽き、
あらやよあらや、どこへ行く、
生まれる前の、故郷へ、
あしの小舟に、かいを取る。」
氷は失せて、金色の沼になった。
あし舟が一そう。
あらやはかいをとった。
うそをつく若者が、帰って来て、おんだね長者にいった。
「弓矢を引く若者は、落ちて死んだ。魚をとる若者は、氷の穴にはまって死んだ。漬物をつける若者は、もやい釜に迷い込んだ。あらやのことは、わからない。」
「不老長寿の、青いうめ貝はどうした。」
おんだね長者が聞いた。
「つばめの青いうめ貝は、手に入れた。」
うそをつく若者はいった。
「もやい釜に、危うく死ぬるところを、青いうめ貝を飲んで、命一つを助かった、だからこうして、帰ってこれた。」
うそをつく若者のいうことは、だれも信じなかった。
美しいふうろは、あらやを待ち暮らし、世の中は、うそばっかりはやったそうの。
龍神の井戸
とんとむかしがあったとさ。
むかし、越後の国の、どこらあたりか、吉尾の三郎という、大盗人がいた。
この世に人が住んだら、もう盗人がいた。
天人の羽衣を盗んで、気のふれた男もいたし、竜宮の玉手箱を取って、煙になった男もいた。
吉尾の三郎は、おおむかしから、吉尾の三郎だった。
わたつみ神が、やひこの山に恋をして、
「しおみつの玉をやるから。」
といって、吉尾の三郎に、仲介ちを頼んだ。
三郎は、せっかく口説いて、やひこの山を、波打ぎはに、引っ張って来たが、角田の山が、袖を取ったので、それっきりになった。
わたつみ神は怒って、荒れ狂う。
どんなに荒れようが、温泉が出て、あつあつ。
のちの吉尾の三郎は、曽根の代官さまに、
「金のかたつむりをやるから。」
と云われて、一仕事したら、知らん顔をされる、三郎は、信濃河の水を、そっくり盗んだ。
「河が失せた。」
といって、代官さまとお役人がさわぐ。そこへどっと流して、みんなかわがうせたの、かわうそになった。
そのあと信濃河は、中之口と二流れになった。
長尾家のすえよし鶏は、ただのにわとりにすりかわる。
新潟村の、大平長者の千枚田は、一夜のうちに、消え失せる。
加茂神社の、とこよ乙女の、清うげな心を盗む。
野方屋敷の、せんぷく釜は、いったいどこで、雪のような銀を吹くやら。
浮き世の宝は、吉尾の三郎に、目を付けられたらおしまい。
大盗はたったの一度、人前に姿を現わした。
蒲原神社のお祭りであった、大力兵衛という乱暴者が、店をひっくりかえし、
「どうれ、挨拶してもらおうか。」
といって、手下をつれてたかり歩く。
その足を、ひょっとこの面をかぶった、男が踏んだ。
「これはとんだそそうを。」
ひょっとこ面は、平謝り。
「無礼者、そこへなおれ。」
「なおれったって、このとうりひよっとこで。」
大力兵衛は、刀を引っこ抜く。
「うわっ。」
鮮血が走ったと思ったら、刀身は、紅白の布を結んだものに、すりかわっていた。
「いや、名うての御仁の、しゃれたご趣向。」
やんやといって、納まるかと、
「うぬ、愚弄しおったな。」
大力兵衛は、手下の刀をひったくる、どっと斬りつけるのへ、大盗は、ふうわり刀の上に乗る、兵衛の顔に、ひょっとこ面を押しつけて、行ってしまった。
面は十日も取れなかった。
「見たか、あれが吉尾の三郎だ。」
水もしたたるいい男、人々はいった。
その吉尾の三郎が、とうとう捕まったという。
捕まって殺されたという、うわさが立ったが、すぐ消えた。
それは何代目かの、吉尾の三郎に、おいらんあげは太夫から、手紙があった。
先のいろは太夫のことといって、次のような歌が付く。
「つきもつきはなのいろさへおちつはのよせぬきしへをたよりこそすれ。」
いろは太夫は、先代吉尾の三郎に、縁りがあった。年ふり今は病にふす、ついては水原の桃を、手に入れてはくれまいかという。
水原の桃は、五十嵐さまか、本成寺和上の、召し上がり物で、龍神の井戸ともうすものがあった。桃はその水が育む、金と同じあたいの、不老の仙薬であった。
「おいらんいろは太夫の頼みじゃ。」
吉尾の三郎は、名を名告って、水原屋敷とかけあった。
主水原の多門は、
「吉尾の三郎どの、わしはおまえさまが、大好きじゃ。」
といってよこした。
「むしろ尊敬しておる、水原の桃は差し上げもうす、だが、はいと差し上げたんでは、面白うもなく。こちらもちいっと趣向するで、ここは一つ、おまえさまの大盗の腕にかけて、見事取ってごらんあれ。」
そういって、水原屋敷は、百人の兵を並べ、夜も真っ昼間のように、明かりを点し、掘をうがち、鳴子を張って、中に仮り屋を建て、多門自ら、槍を引き寄せて、不老の桃を見張った。
「大事な客だ、殺してはならんぞ。」
といって、三方に桃を盛る。
「ふっふっふ、吉尾の三郎、これしきの趣向は、破らにゃな。」
といったら、
「そいつは偽物じゃな。」
と、声がした。
「き、吉尾の三郎。」
「不老の桃は、いつからならぬ。」
水原多門は、がばとそこへ、はいつくばった。
「天下の大盗どのに、水原の多門、三拝九拝してお願いもうす。なぜか半年前に、井の水が涸れた。龍神の井戸ともうしてな、その水をもって、桃は不老の仙薬となる。」
多門はいった。
「このまま行けば、せっかくの木も枯れる、そこでじゃ、頼りの綱は、吉尾の三郎おまえさまじゃ、なにとぞ行って、龍神屋敷とかけあってくれ。」
声は笑った。
「そんなつもりはない。」
「これでもかな。」
桃の木に、病にやつれた、いろは太夫が吊り下がった。
槍がひとりでに、持ち上がる。
多門の首に、ぴたりとつけた。
「下ろせ、さもないと。」
涼しい目がそこにあった。
「ううむ、さすがは吉尾の三郎。」
負けたわといって、多門は手を振った、とたんに仮り屋は、どんでん返し、どういう仕掛けか、多門は外へ、吉尾の三郎は、奈落の底へ。
「わっはっは、そいつが涸れた井戸の底じゃ、龍神屋敷へ、つながっておるそうじゃ。」
声が降ってきた。
「いろは太夫は、大切にする、不老の桃に、命をつなぐまでな、あいや、おん手の槍は、かの源の頼光が、酒天童子を退治した折のものじゃ、ぬえをも貫く、そいつを、おまえさまに差し上げもうす。なにさまお願い申す。このとおり、このとおり。」
井戸の底へ向けて、多門はぺっこりぺこり。
三郎は大笑いした。
「ひょうきんなやつめ、わかったわ、食いものを下ろせ。」
といった。
「頼光の槍さ、こやつを損こなわんために、これしきの井を、駆け上らなんだ。龍神屋敷か、まんざら縁のない者でもない、お主の頼みは、引き受けよう。」
吉尾の三郎は、たらふく食って、井戸の底の道をたどった。
はてもなく続くようで、ほんのり明るみに、女が立った。
「かくはわが命なれやも浮き世草。」
歌の上をいって、下をうながす。
「夢や現つを流れ漂ふ。」
下をつけると、けたたましく笑う。
「せめて涙が欲しい。」
「なんとな。」
「わたしをお忘れか、吉尾の三郎。」
女は蜘蛛になって、糸を吐きかける、三郎はがんじがらめ、
「卵をうみつけよう。」
妖しい八つの目、頼光の槍がすんでに糸を切った。
免れ出ると、
「うたのあたまを。」
といって、女は失せる。
林の中に、一つ屋敷があった。月明かりに、いつか覚えの軒、
「善悪の彼岸といはなみずとりの、」
一つ屋敷が、上の句をいう、
「行くも帰るも法は忘れじ。」
下の句をいうと、戸を開く。
吉尾の三郎は入った。
「そうさ、ここはおまえの隠れ家よ。」
ざわめいて大百足が、取りかこむ。
「盗人の恐怖というやつをな。」
毒にめしい、頼光の槍に突いて、千たび突いて、ばけものは息絶えた。
「はいでみろ。」
大百足がいった。
皮をはぐとなんにもなし。
それは百花繚乱の花苑であった。
春風が、歌の上をいう。
「涯てしなき流転の沙汰と思ほゆれ、」
「闇夜に鳴かぬその声を聞く。」
あとを付けると、
「三郎、おまえの盗んだ宝どもじゃ。」
と聞こえ、花は仮面をつけた、恐ろしいものになって襲う。
頼光の槍をふるった。
貫ぬくと、あしたの露に消える。
底無しの沼であった。
あしがさやめいて、歌の上をいう、
「身は破れ心は失せて明星の。」
「天上天下唯我独尊。」
下を付けると、あしは、金輪際の手かせ足かせにまといつく。
三郎はもがきうめいて、底無しに沈む。
「えい、どうせ獄門さらし首。」
云い放つと、水の上に浮く。
草は生い伸び、手が抜け足が抜けた。
やぶにらみの、雲つくような大鬼が立つ。
「何ぞこれ知るべうもなし真実とは、」
歌の上をいった。
「茹でたる蟹の七足八足。」
下を付けると、
「ふうっふ、吉尾の三郎、おまえの吹いた、大ぼらというやつよ。」
どうと息を吐く。
逆戻り吹っ飛んで、三郎は、井戸の上まで押し上げられ、
「せっかくだから、旅を続けよう。」
頼光の槍をかって、舞い戻る。
過ぎ越すと、鬼はひっくりかえって、巨大な木株になった。
「そうやって、待ちぼうけか。」
応えもなく。
険しい谷を行く。
鷲が滑空して、歌の上をいった。
「見よやこれ信や不信を脱け出でて。」
「波も光にうち寄せぬ月。」
雪の峰を行き、真っ暗闇の洞穴を行き、
「寄りあへば万ず思ひも空ろ舟。」
「彼岸にわたる法のかい。」
取り付く島もない断崖であった。
「来たるとはおのれも知らぬ如来かな。」
こだまに聞こえ、
「柳は緑花は紅。」
答えると、足下に虹が立つ。
虹のかけ橋。
わたろうとして、すんでに踏み抜く。
「これか。」
吉尾の三郎は、頼光の槍を捨てた。
かろやかにわたる。
「せっかく獲物を捨てては、盗人もおしまいよ。」
虹をわたると、龍神屋敷だった。
珊瑚樹の扉ががっしり閉ざす。
返事はない。
「歌のあたまをとな。」
吉尾の三郎は、あたまを綴った。
「かぜはみなみよりきたる。」
珊瑚樹の扉が開いた。
「なんの用だ。」
龍神が立つ。
「水原の不老の桃がならぬという、水を通してくれ。」
「すでに通っている。」
「ではおれの役めは終わった。」
吉尾の三郎は背を向ける、
「水はただの水さ、桃はふつうの桃よ。」
「もとからそうか。」
「まあな。」
首をめぐらす三郎に、龍神はいった。
「海神が、しおみつの玉を返せといっている。」
「そんなものは知らんが。」
「これさ。」
龍神は、吉尾の三郎の胸に、手をつっこんだ。
まばゆうに光る玉。
すべてはふっ消えて、賑やかな往来に、吉尾の三郎は、立っていた。
とんぼの群れ。
「もう秋か。」
ささやいたら、
「いろは太夫の病は治してやろう。」
龍神の声がした。
ぶらんど薬師
とんとむかしがあったとさ。
むかし、滝谷の、ぶらんど薬師は、もとは、山の頂きにあった。
ぶ-らんゆれるから、ぶらんど薬師という、ゆれ落ちそうな岩鼻にあるわけは、こうだった。
ある年、洪水があって道をふたぎ、お殿さまの行列が、滝谷を回ることになった。
先ぶれが来て、田んぼの畔から検分して、しまい、
「あれが危ない。」
といって、こぶのような岩鼻を、指さした。
「落ちぬよう、あれをしばっておけ。」
という、
「へい。」
おさむらいさまの申し状、みなして縄なって岩をくくったが、
「こんなん、落ちるわけねえが。」
といって、縄のはしっこを、そこらへんに、つっこんでおいた。
そいつが、こともあろうに、
「下に、下に。」
とやって来た、お殿さまの行列の上に、垂れ下がる。
「どういうことだ。」
名主の清兵衛主立ち、呼びつけられた。
「たとい岩は落ちぬというて、ふざけたことを。」
「ごもっともでござります。」
「責任を差し出せ、手打ちにいたす。」
「へへえ。」
かしこまる他はなく、だれか、
「おおそれながら。」
と、申し上げた。
「あの岩鼻には、お薬師さまがありもうす、ありがたいあの仏さまを、ふんじばっては、そのう、なんだと思いまして。」
「それはまことか。」
「ははあ。」
「なんでしたら、ご案内申し上げますが。」
ゆり落ちそうな、岩鼻を見上げてもって、おさむらいは、
「それには及ばぬ。」
といった。
どうやら、お手打ちはなし。
山のてっぺんにあった、お薬師さまが、岩鼻の辺に、鎮座まします。
おさむらいの行く前に、必死に担ぎ下ろしたという、いやお下りなすったという、命がけ。
人力では到底その。
縄がぶうらんたれて、ぶうらん薬師ともいって、下の病に効く、いや万ず病に霊験あらたかであったそうの。
しぶうちわ
とんとむかしがあったとさ。
むかし、六兵衛という、のらくらものがいた。
まんま食っても、食わなくっても、ばくちうって、喧嘩して、
「世の中つまらねえ。」
といって、のし歩く。
あるとき、すってんてんになって、ふんどし一つに、重石つけられて、烏池という、底無し沼に、投げ込まれた。
「わび入れろ、そうしたら、身一つまかってやる。」
といったが、
「世の中の、うらっかわっての、見てくるさ。」
といって、沈んで行った。
三年たったか、その六兵衛が、生きていた。
人に聞かれると、
「世の中のうらっかわってのは、美しい女がいて、うんめえもの食って、日は西から昇って、おれみてえ、のらくらものは、おとのさまってわけよ。」
といった。
「だったらなんで帰って来た。」
「それさ。」
といって、持っていた、しぶうちわ振る。
「これ取りにけえってきた、むこうの世で、しぶうちわ振ったら、小判がざっくざく。」
だれも、いうことなんか、信じなかったが、その夏、すっぱだかで、しぶうちわ持った、六兵衛が、烏池に浮かんだ。
にんまり笑っている。
沼には、蛍が湧くように出た。
「う-ん、ひょっとすりゃ。」
と、人は首をかしげた。
百一婆さま
とんとむかしがあったとさ。
むかし、百一婆さまといって、これもこわ-い、お化けがあった。
百一婆さまに向けて、ばりこいた嫁が、かまいたちといって、骨も抜けるような、大けがした。
酒に酔って、あくたいこいた、五郎兵衛というのが、みぞへはまって、すんでに死ぬとこだったという。
なんでもお見通しだった。
どこにいたか、わからない。
百一婆さまは、わるさなどせんと云う人がいたが、よそ者が来て、
「百一大明神。」
と、赤いのぼり立てて、どんがん鉦や太鼓にごきとうして、そりゃもういっとき、大流行した。
もうかったと思ったら、とつぜん泡吹いて死んだ。
おそろしい形相であった。
怪力もって、首しめられたような。
竹の太郎という者があった。
天に月、地に風、人に竹の太郎と、知る人ぞ知る。
伝え聞いてやって来た。
無明丸を手に、十日をさまよう。
妖気はなく、熊が行く手に立ったり、狐火が囲んだりする。
月夜であった。
「ふおっほ、取って食おうとすりゃ逃げる、そんなまんじゅうがあるかや。」
声が聞こえて、
「ぴい。」
とたぬきが、姿を現わす。
月明かりに、ふうとまっしろい髪の、ばあさ立つ。
「女郎衆はな、そんげなまっくろい襟しとらん。」
「けーん。」
と、女郎衆が、狐になった。
「おっほっほ、お小僧さまがどじょうひげ。」
どんと大だぬき、
「坊さまがなまぐさ。」
これは狐。
竹の太郎の前に立つ、
「ほう、こりゃよく化けた。おさむらいも一級品じゃな、いったいなんとして、いやこりゃほんものじゃ。」
といった。
「気を消すとは、ただものでないな。」
竹の太郎は名告った。
「百一婆さまともうされるは、おまえさまか。」
聞くと、
「人はそういうておる。」
とばあさま、
「こわいお人じゃというが。」
「そりゃうわさというもんじゃ。」
「かまいたちんなったのは、かまを怒らせたせいだし、川へはまったのは、酔っ払っていただけじゃ、よそものは、そりゃうんまいもの食い過ぎて、中風になった、ふをっほっほ。」
月の光になって、ばあさま笑う。
竹の太郎も笑った。
「なんでこんな所に住まいなさる。」
と聞けば、
「天のかぶら矢のうわなりを聞いて、生まれたそうじゃ、その故に長寿を授かった。わしはな、人の心や、その行く末が見える、それが切のうなって、いつか山中に住んで、きつねやたぬきどもとて、暮らす。」
百一婆さまは云った。
「おまえさまは、波の心というのじゃな、人のまあ姿をそのまんま。」
竹の太郎は一礼した。
「村へことづてがあったら、申し伝えます。」
「ひえたろ村の、三郎兵衛は、ひいひい孫にあたる、十年めの明日、ここへ参るよういうてくれ。」
といって去る。
あとを見送る耳へ、
「しいやの姫さまが、お待ちのようじゃ。」
と聞こえ。
竹の太郎は立ちつくす。
竹の太郎の話は、他にもいくつかあった。
山姫
とんとむかしがあったとさ。
むかし、さいべ村の、とうすけどん夫婦は、子持たずであった。
なんとしても、子が欲しいというのに、秋も暮れっかたじゃ、山へそだ取りに行って、とうすけどんは、道に迷った。
どっと暮れ落ちて、灯が見える。
山の一つ屋であった。
「ぴんしゃんからり。」
見たこともねえ、美しい姉さまが、機織りなさる。
一夜の宿を乞うと、泊めてはくれたが、姉さま、夜っぴでもって、機織りなさる。
ぴんしゃんからり、それが切のうて、
「なんとしてそんげにかせぐ。」
と聞けば、
「鬼や取りに来る。」
と云う。
あしたの朝も、ぴんしゃんからり、
「山には、鬼や住むかも知らん、里には出ん、八幡さまいなさる、おまえさまのような、美しい姉さま、玉の輿。」
とうすけどん、たまらず姉さま抱えて、山馳せ下りた。
「ここまでくりゃ。」
とて、姉さま息もせん。
清うげな衣が、落ち葉になって、吹き散る。
見上げる空を、ひいらり雪の。
年が明けて、美しい姉さま夢に、
「月明かりに水を汲めばや。」
と聞こえた。
雪の十五夜に、井戸の水汲んで呑み、かか身篭もった。
それは女の子であったそうの。