とんとむかし7

お月さんのくし

とんとむかしがあったとさ。
むかし、雪がしんしんふって、お日さまが、
「あ-あ。」
と、あくびしたら、
「え。」
といって、長い髪をすいていた、お月さまが、くしを落とした。
「拾っておくれ、わたしのくし。」
そういったら、木のうろの中で、くまはまんまるくなって、
「めんどうくさい、さむくってもういやだ。」
といった。
りすは、どんぐりをもぐもぐ、聞こえないふりをした。
へびはとぐろをまいて、こそともせず、さるはおしりを向けて、あかんべえした。
うさぎだけが、耳を立てて、
「はーい。」
と、跳ねまわってさがした。
くしは金であったし、お月さまの髪の毛は、銀であったし、雪に埋もれて、いっそ見つからなかった。
うさぎは、目を真っ赤にしてさがした。
しんしん雪がふっても、だから、うさぎだけは、外を跳ねまわって、お月さまの光に、元気な子を生んだ。
お月さまのくしは、どこにあるかって、うらの竹やぶにあるよ。



げたとはしとこんにゃく

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ちびたげたと、一本きりのはしと、くさったこんにゃくが、いっしょくたに、ごみために捨てられた。
いい人生だったと、三人はいった。
「きれいな足に、はかれたかったが。」
「白魚のような指になあ。」
「うんまいおでんになりたかった。」
そうさなあといって、三人はつれだって、冥土の土産に、お伊勢参りに、でかけて行った。
ちびたげたは、はすっかいに歩く、一本きりのはしは、ぴょうんと跳んでは、はあと叫ぶ。くさったこんにゃくは、なーんまんだぶとよだれをたらす。
宿をとったら、くさったこんにゃくは、まんま食っては、おならする、一本きりのはしはいっぱい飲んで、茶碗をたたく、
「ちんとんしゃん、
こんにゃく息子が、
一念発起、
お伊勢参りは、
はあ上天気。」
ちびたげたは、一晩中ごうごう、いびきかいた。
仲良く旅をして、峠の茶屋は、大流行りする。
だんごを食ったら、
「わしも、いっぱしになって、帰ってめえりやす。」
といって、やくざもんが挨拶する。そうかわしはいっぱしのもんだと、一本きりのはし。
商人が、
「百両だと、そいつはたまげた、さつまげた。」
といって、はげ頭に手をやった。そうかわしは、たまげたもんだと、ちびたげた。
ひげのお侍が、
「かんらかんら。」
と笑って、焼きはまぐりは、今夜食うといった。そうか、わしは大もんだと、くさったこんにゃく。
そろって立派になって、肩肘張って、歩いて行くと、み-んと鳴いた蝉が、しょんべんひっかけた。
「せみのしょんべん。」
「きにかかる。」
「う-んやっぱり大もんだ。」
と云って行くと、町があった。
泥棒が出たといって、大さわぎする。
千両箱とって、あっちへ逃げたという。
「ではつかまえよう、わしらは大もんだ。」
三人はあと追いかけた。
日はとっぷり暮れて、森かげ。
逃げ込んだ泥棒が、一本きりのはしを、踏んづけた。
「いてえ、やぶっぱらめ。」
そこらにあった、ちびたげたをはく。
抜き足さし足、忍び足、くさったこんにゃくが、よこっつらぺったり、
「ぎゃあ、がらごろ。」
といって、泥棒はとっつかまった。
手柄立てて、代官所から、褒美をもらったのは、そいつを押さえ込んだ、力自慢であった。
「仕方ない、いや大もんは、縁の下の力持ち。」
といって、三人は旅をつづけた。
川があった。
水が出てわたれない。
お伊勢参りの人も、みんな立ち往生。
「ようし、大もんぶりを見せよう。」
三人はいって、くさったこんにゃくを、一本きりのはしがつっさして、ちびたげたに、帆を上げた。
「わしらは大もん、
どんぶらこ、
お伊勢参りに、
帆を上げて、
はーやえんさ。」
水の出た川へ押し出すと、流れにはまって、つっ走る。
「そうではない、向こう岸へ。」
「なんまんだぶつ。」
「わしはもとっから、足の向くまんま。」
といって、三人は流れて行った。
どんざん海へはまって、しまい竜宮城へ、ただよいついた。
「こんなごみっさら、よこしおって。」
と、竜宮城の番人がいった。
「世の中まちがっとる。」
「いやわしら三人、お伊勢まいりじゃ。」
ごみっさらがいった。
乙姫さまが、
「お伊勢さまに、失礼があってはならん。」
ともうして、ちびたげたはかれいに、一本きりのはしは、へらやがらに、くさったこんにゃくは、くらげになったとさ。めでたし。



河童大明神

とんとむかしがあったとさ。
むかし、松之山村に、三太郎という、おじごんぼうがいた。
いつだって、仕事はんぱの、川っぱたへ来て、雑魚釣りする。
「むこどんのあてもねえようだし。」
と、三太郎、まっ赤なかおの、げたのような娘に、田んぼ六枚ついてとか。
兄にゃの畑から、かっぱらって来た、きゅうりに手のばすと、それがない、
「またやられた。」
ぽかっとへたが浮かぶ、そこは、にょっきり大岩のつきでた、出の青っぷちといって、青っぷちのかっぱが、悪さする。めったに、人まえには出ぬくせに、かかったと思った魚が、ぼうっきれに変わったり、まっ平らな面が見えたり、
「おじごんぼうだと思って、この。」
どうしてくれようと、三太郎、あくる日、かっぱらったきゅうりに、とんがらしつめて、持って行った。
つめぬのを食って、かすまいて、知らんぷりして、釣っていると、
「ぴえ-。」
といって、目の前に、かっぱが浮かぶ。
灰色だんだらになって、泡吹いて、岸によった。
「もとはといや、そっちが悪りいんだぞ。」
三太郎はいって、水ふくませた。目を開けるなり、かっぱはがばと、川へはまる。
それから三日たった。夕方、兄にゃに云いつけられて、くわの刃つけに、鍛冶どんへ行った帰り、だれかいる。
鍛冶どんの、色っぽいかかだか、かがみ込む。
「へ! 」
よって行ったら、ふわ-っと、五メ-トルも飛んで、しょんべんが、ひっかかる。
「ぎゃっ。」
と、三太郎は、目押さえた。
「どすけべえの、おじごんぼうが。」
と聞こえ、ぺったら足音が、遠ざかる。
焼けつくように痛んで、三日も、目は見えなかった。
「なんしただ。」
兄にゃのかか、聞いた。
「蛙のしょんべん、目に入れた。」
「なまけてばっか、いるからだ。」
といって、ろくすっぽ、まんまもくれぬ。
やっと治って、三太郎はまた、きゅうりかっぱらって、青っぷちへ行った。
はややふな釣ったら、どんと大物がかかる。
「おう、こいつ。」
やっといなして、こいを釣り上げたら、
「釣れたな。」
といって、かっぱが出る。
「そうか、おまえがくれたんか。」
「うん、そいつで栄養つけろ。」
灰色だんだらでなくって、緑色。三太郎は、青っぷちのかっぱと、仲良うなった。
「おじごんぼうじゃねえ、三太郎というんだ。」
「おれは、きょんすっていう。」
二人は名告った。
「きょんすは、青っぷちの主か。」
「ちがう、かっぱは、一滴の水ありゃ、どこへでも行く。」
「ふ-ん、かってのいいもんだな。」
「三太郎はどうだ。」
「どこへも行けん、兄にゃの嫁に、頭上がらねえしな。」
と、おじごんぼう。
「そったら人間止めっか。」
「止めてるようなもんだ。」
きゅうりと、大好物のこんにゃく、都合したり、魚の居場所、おそわったり、泳ぐのは、不得手なもんで、いっしょに甲羅干したり。
盆踊りに出たいと、きょんすがいった。
「ふんづかまったら、えれえめみるし、なんとかならねえか、三太郎。」
「なんとかしよう。」
三太郎は、兄にゃの浴衣、かっぱらって来て、手拭いといっしょに、きょんすにあずけた。
「帯はこう締めて、手拭いはこうな、おそうなって行きゃ、だれもわからん。」
「蓮っぱに、露ためて、持って行ってくれ。」
きょんすはいった。
露ためて、蓮のくき、持って行くと、そこからにゅっと、きょんすが現れて、
「えっへ。」
と笑って、踊りの仲間に入る。
浴衣ちょっとなんだが、よう踊る、
「なかなか。」
といっていると、頃合いになって、男と女と、つれだって行く。
きょんすは、赤いげたの、娘の手とる。
うまくいきゃいいがと、三太郎も、頃合いやっていると、とんでもしない、声が聞こえる。
「達者なやつがいる。」
「いいから、ねえ。」
そんで、あしたになった。
「美人に当たって、えっへ。」
と、青っぷちへ行くと、きょんす。
「そりゃよかった、そんじゃ、手拭いと浴衣、返してくれ。」
「あんれ、手拭い、置き忘れた。」
浴衣は返す。
「そいつは大ごとだ。」
と、三太郎、もし、夫婦になろうと思ったら、手拭いを置く、
「そうなったら、おれまかるから。」
「まかるたって、おまえ。」
どうしようと思っていたら、赤いげたの娘、与作んとこの、おじごんぼうを、追っかける。
「そうか、あの手拭い。」
与作んとこが、忘れて行ったのを、兄にゃのかかが、洗っておいた。なんせめでたいって、田んぼ六枚に、山一つくっつけて、この秋には、祝言の運び、
「与作んごんぼうも、がんばったんだ。」
「あんな美人をな。」
と、きょんす。
「三太郎は、くやしくねえか。」
「おれ、あんまり美人は、だめなんだ。」
「そうかいのう、だったら、どこへ行きてえ。」
「そうさな、西の大家さまんとこにすっか。」
七里八町、人の地は踏まずと、名に聞こえた、西の大家さまには、美しい一人娘、
「だったら行きゃいい。」
「ばかいうな。」
きょんすは、知恵さずけようといった。
美しい一人娘は、とつぜん、口を聞かのうなる、どこの医者頼んでもだめだ。
「河童大明神が、夢枕に立っていう、松之山村に、三太郎たら、いい男いる、そやつの手取りゃ、ぴったり治る、口聞いたら、むこどんにしろってな。」
「そりゃあんがとよ。」
すっかり忘れていたら、西の大家さまの、美しい一人娘が、お池のはたに立って、
「は-あ。」
と、欠伸したとたん、口になんか入る。それっきり、なんにもいえなくなった。
医者という医者、ご祈祷だの、頼んでみたが、どうもならん、そうしたら一夜、河童大明神が、まっ白いひげ生やして、夢枕に立った。
「夢にもすがるとは、このこっちゃ。」
西の大家さまは、松之山村に、使いを立てた。
「うちの、なまけものの、おじごんぼうが。」
兄にゃの嫁は、仰天した。三太郎は、とっとき着て、あとついて行った。
お寺のような、大門をくぐって、どこをどう通って行ったか、美しい一人娘は、手にぎられて、真っ赤になって、
「はんずかしいことで、ございます。」
といった。
「娘が口を聞いた。」
西の大家さまは、よろこんで、
「礼じゃ。」
といって、小判三枚出した。
はあて、でもってそれっきり。
「なかなか。」
三太郎は、きょんすにいった。
「ではまた、手立てしようかいの。」
と、きょんす。
「もういい。」
と、三太郎。
「美人であったか。」
「美人だった。」
そうしてまた、今度は秋茄子、かっぱらったり、雑魚釣りしていたら、とつぜん、西の大家さまの、使いがあった。
一人娘が、まんまも食わず、寝たっきりの、よく聞いたら、
「おまえさま、恋しいそうじゃ。」
といった。
おらだって、三枚の小判はそっくり、
「そんなことがあっていいものか。」
「あったんだなあ。」
と、きょんす。
そんでもって、なまけもんの、おじごんぼうが、三代語り草の、西の大家さまの、美しい一人娘と、祝言。
なんせめでたやの、三月たった。
むこどんは、やっとのことで、青っぷちのきょんすに、会いに行った。
きょんすが待っていた。
「むこどんてえのは、てえへんだ、足はしびれて、うっかり屁もこけねえ。」
「いや、てえへんなのは、おれのほうだ。」
と、きょんす。
「河童大明神かたったの、ばれた、盆踊りんことも知れて、もうここへは来れね。」
「どういうこった。」
「百年お仕置じゃ。」
きょんすは、灰色だんだらになる。
「そりゃてえへんだ、おれにできるこたねえか。」
「河童大明神の社でも、建ててくれ、西の大家さまん屋敷うち、建てれば、功一級だ。」

「きっとそうする。」
きょんすは姿消した。
むこどんの三太郎は、とっときの小判、三枚出して、西の大家さまの、しゅうとどのに、掛け合った。
「そんなもの、屋敷うちには、建てられん。」
しゅうとどのはいった。
「むこどんが、何をいいやる。」
しゅうとめどのがいった。
そうしたら、美しい嫁さまの、一人娘、
「わたしっきり、知らない、屋敷うちの、原っぱあるで、そこへ建てなされ。」
といった。
三太郎は、こっそり宮大工頼んで、河童大明神の、ほこら建てた。
きれいな花が咲く。
「子どものころ、ここで遊んだの。」
と、美しい嫁さまいった。きゅうりを供え、酒をそなえして、お参りした。
夫婦二人っきりになりたい時は行く。
むこどんは、書き付け見るたって、あっちやこっち、しきたりあって、その他あって、どもならん。
必死だった。
三年たって、どうやらおさまる。
 歌の会というものがあって、むりやりさせされて、存外にうまく行く。
「歌のうまい、あのむこどんか。」
といって、人にも知られる。
ある日、河童大明神に、水を供えたら、そこからにゅっと、きょんすが現れた。
「おかげさんで、助かった。」
ときょんす。人と河童は、手を取り合った。
「役に立ったか。」
「おおさ、おまけに、河童文庫の、一等書記って、役までついた。」
という。
きゅうりのつるのような文字で、かっぱだいみょうじんと、お札書いて、納めて行った。 それからは、にゅっと出ては、飲んだり食ったりして行った。
美しい嫁さまの前にも、姿現わした。
「きょんすさまでありますか、夫が世話になりもうして。」
と挨拶に、
「いえその、おらあまあ。」
といって、黄色だんだらになる。
「赤くなったってこった。」
あとで夫婦は、大笑い。
十年たった。子どもが二人できた。男の子と女の子で、かっぱのきょんすと、よく遊んだ。
「なんとな、かっぱだと。」
しゅうとどのは、孫のお相手。
「尻こ玉抜かれりゃおしまい、しりこだまっていうのはなあ。」
「こわい。」
「そりゃこわい。」
「でもこわくない。」
その十年めに、きょんすが来て、
「大水がでて、あたりいったい水びたし。」
といった。
「河童大明神のある、ここはよける。」
きょんすのいうとおり、十日も大雨が降って、あたりいったい、水びたし。
西の大家さまの、田んぼは残る。
「高台でもねえのに。」
「河童大明神のおかげ。」
と、人は云った。
そのあとを、三年にいっぺん、水が出るようになって、人々は難儀する。
水の引いたあとをもめる。
「人ってのはまあ、面倒くさいったら、おら、かっぱの国へ行きてえ。」
中に入って、むこどんはこぼす。
「水出ぬようにするには、どうしたらいい。」
きょんすに聞くと、
「水は流れたいように、流れる、田んぼ止めりゃいいさ。」
と、きょんす。
「そうはいかねえってわけよ。」
図面を見る。
「向こう山けずって、川まっすぐつけりゃ。」
「かっぱにとっても、都合いいか。」
きょんすが、きゅうりのつる文字で書いた、河童文書持って来た。
「向こう山には、銀が出るって、書いてある。」
「そうか。」
と三太郎、三日三晩、寝ずに考えた。まとまったところを、必死の思いで、西の大家さまの、しゅうとどのに、ぶっつけた。
「三年に一度の洪水で、水のついた田んぼは、よく見りゃ、いっぺんに二年分の米がとれる。向こう山、調べさせたら、どうやらいい銀が出ます。思い切って、お屋敷の田んぼ、水のつく田んぼと交換します、面倒ことはのうなるし、みな二つ返事です。水つく年には、銀を掘ります。」
しゅうとどの、怒鳴るかと思ったら、
「むこどん、おまえの好きなように、すりゃいい、わしは代譲りしようと、思っとる。」

といった。
「じゃが、向こう山掘るには、お殿さまの、許しえにゃならん。」
「さようでありますか。」
「わしが掛け合うてやろう。」
そういって、でかけて行ったが、しゅうとどの、
「なかなか。」
といって、帰って来た。
「なにかいいものはないかとおっしゃる。」
お殿さまは、聞こえた好事家で、珍品をといっては、召し上げなさる。
しゅうとどのは、一品を取り出した。
「これはむこどん、おまえに伝えようと思ったが、せんない。」
松を金蒔絵に描いて、りっぱな文箱であった。
大江山生野の道の遠ければまだ文も見ず天の橋立
と、歌が一首。
たとえようもない品に、むこどんはため息。
きょんすにいうと、
「見せてくれ。」
といった。そうして、あくる日、まったく同じものを、持って来る。
「どういうこった。」
「かっぱの物化けという。」
物化けの品を、お殿さまは、いたくお気に召して、
「おっほっほ、上代の作よのう、苦しゆうない、向こう山でもなんでも掘れ。」
といった。
三太郎の計画通り、事は運び、
「ばかむこが、あほうなまねしおって。」
と、物笑いの種であったのが、五年十年過ぎるうち、西の大家さまの、財産は、三倍にもなる。
向こう山には、良質の銀が出た。
西の大家さまの、しゅうとどのは、
「わっはっは、お財増やすなら、むこどん貰えってことよ。」
鼻高々に云って、あの世へ旅立った。
向こう山に、水路のついたのは、三代のちのことであった。
かっぱのきょんすは、三太郎が死んだあとも、とつぜんにゅっと、現れたりしていたが、河童大明神が、りっぱなお宮に、建てかえられたあと、出なくなった。
きゅうりのつる文字の、お札が残る。
三太郎夫婦も、二人の子どもも、河童の国へ行って来たという。
夢のような世界であったと。
物化けの文箱は、ある日とつぜん、歌の文字が、空中に浮かんだ。
美しい乙女の姿になって舞う。
「おう、おう。」
お殿さまは、見取れほうけて、ぼけてしまった。
あとに石ころ一つ。



雲竜の柳

とんとむかしがあったとさ。
むかし、もえぎ村に、六郎という子があった。
夕方、使いに出て、家のとぎれる、一つ屋敷行くと、
「もおし、水を。」
といって、女の人が倒れ込む。ふきの葉っぱに水くんで、含ませると、
「これを、えちぜの殿さまに。」
といって、書き付けをわたして、息絶えた。六郎は、もえぎの親さまのもとへ、駆け込んだ。
「これこれしかじか。」
書き付けを出すと、
「わしらが見るわけにはゆかん。」
といって、人をつれて、六郎といっしょに、一つ屋敷へ行った。
女のしかばねが、くさっている、旅衣が、ぼろっとくずれて、されこうべになった。

人みな立ちすくんだ。
「これはどういうことだ。」
「水をくんだ、ふきの葉っぱがあります。」
六郎はいった。
石の塚があった。
「三日まえの豪雨だ、なでついて、仏さんが転げ出たんだ。」
一つ屋敷には、行き倒れや、名も知れぬ人を、ほうむった塚がある。
「わしらの見たものは、まぼろしじゃ、手厚く、ほうむりなおしてやれ。」
親さまがいった。書き付けがあった。
「それもじゃ。」
「待ってください、お殿さまにといいました。」
だれも届けようとは、いわなかった。
「百何十年もまえのこと。」
「へんなもの届けて、打ち首になっては。」
「わたしが行きます。」
六郎がいった。
えちぜのお城には、一晩二日の道のり、親さまと肝入りが、子どもの思い、一途のゆえにと添えて、六郎は、お城へむかった。
松の向こうに、真っ白にそびえる。
はじめて見るお城だった。
お取り次ぎに、差し出して、半日というもの、お庭にかしこまる。
「もえぎ村の六郎、おもてを上げい。」
まっすぐ見上げた。
「いい面がまえじゃ。」
お殿さまであった。
「すべてをお話しもうせ。」
六郎は、水をと、女の人がいったことから、申し上げる。 
「だれに頼まれた。」
「はあ。」
「だれに頼まれたかと聞いておる。」
別にあの、どう聞かれたって同じの、
「村長は見なかった、おまえは字が読めぬとな。」
「はい。」
「いかがいたしましょう。」
「よしなにせい。」
六郎は帰されなかった。
牢屋のような、食事が与えられ、二日にいっぺんは、とやこう聞かれる。
「水呑みの、六番めの子とな、父母はなんで死んだ。」
「流行り病です。」
「そうかな。」
そんな一夜、いいにおいがして、美しい女の人が、入って来た。
「六郎とやら、これを着なさい。」
旅衣を投げる、おさむらいのものだった。
「ついて来なさい。」
といって、先に立つ。
外に人が立つ。
「どうしても行くのか、かえで。」
お殿さまであった。
「腹ちがいの、はねっかえりのおまえを、わしはとりわけ好きであった。なぜか、もう帰って来ないような気がする、その子はしっかり者じゃ、きっと役に立つであろ。」
「わたしたちが今あるのは、刀という、あの人方のおかげです。」
かえでという、女の人はいった。
「今もわたしたちを、救ってくれました。」
「うむ。」
かえでと六郎は、お城をしのび出た。
夜明けには木戸を抜け、
「いうことを聞くのよ、取り立ててやったんだから。」
おしのびだといいながら、お茶を飲み、団子を食べ、昼を過ぎると、もうくたびれたといって、宿を取る。
「一つ部屋でいいの、まあお聞き。」
かえでさまはいった。
「おまえの持って来た、書き付けには、おかたなはうんりゅうのやなぎのしたにとあった、お刀は雲竜の柳の下に、将軍さま御拝領のお刀が、なくなったんです。一人二人切腹したって、追っ付きません。よからぬことばっかりして、押し込め同然の、中の兄が盗み出したんです、それがあったんです、西のお庭の柳の下に。」
六郎にはさっぱりわからなかった。
「そうです、古い紙片でした、文字もかすれて。百何十年のむかし、刀と呼ばれる、戦国往来の一党がありました。わたしたちの祖先は刀を利用したんです、お刀は雲竜の柳の下に、あるいはおなんりゅうとつづめて、首尾よう敵の陣中に入った、合図を待つという、知らせだったんです。」
「そうですか。」
「祖先は刀を見殺しにして、そうです、そのむくろを引き取って、ほうむったといいます。」
六郎にはどうでもよく。
「でもつながりがあったんです、西の柳はそのしるし。」
わたしたちは、そのお墓にお参りするんですという、次の日は、山越えに行く。野育ちの六郎は、息を切る美しい人の、手となり足となった。
「ちょっと休んで。」
一町も行くという、
「おっほほ暑い。」
めくらむような襟元。ふきの葉っぱに、水を汲んでわたす。
「六郎はなんで飲まぬ。」
「飲むほどに疲れます。」
その夜を、六郎は眠れなかった。あっさり死んだ両親、使い走りから、なんでもして生きて来た、すやすやと、寝息を立てるかえでさまの、それは、咲きこぼれる大輪の花の、とつぜん、鬼のようなものが、にらまえる、六郎ははっと目覚める。
ぬうとまっ白い腕が。
次の日、村人に尋ねた。
「三つ柳という里とな、はあて。」
だれかれ、首をかしげる。
「せせらぎの右はもやい、左は山二つと伝わっております。」
死人が甦る里じゃという、年よりがいた。
「柳の葉をとって吹けば、迎えに来る。」
たしかにそう聞いたという。
二人は歩みたどった。
山二つを見る谷あいに、右は夕もやい。
「きっとここよ、六郎。」
柳の葉をとって吹いた。返しはなく、そこへ油紙をしいて、二人は宿る。
「里は失せたんです、えにしあればきっと。」
といって、かえでさまはじきに、寝息をたてる。
星が出た。
くらめくような星、六郎はいつか、若者になって、美しい人をそのたくましい腕にする、青雲の春を、でもやっぱり、水呑みの子、まどろんで目が覚めた。
柳の葉をとって吹いた。
応えがある。
六郎は歩んで行った。おそい月がさし上る。
古い塚があった。十二十、刀が抜きたつ。
刀をかざす兵になった。
「こう、こう、死人の里へなんの用だ。」
空ろな声がいった。
「三途の川を、わたろうというのか。」
「ゆかりのお墓に、花を供えに。」
「そいつはきとくなことだ。」
ほっほと笑う。
おっほっほと明るい笑いになった。
「まやかしよ、六郎。」
かえでだった。
「こんな子ども相手に、いったいなんのまね。」
一瞬闇がざわめく。
鬼のような、みにくい男が、そこへ転がった。
「おまえたちが、つれて来た男よ。」
声がいった。
「どうして。」
「かえでといったな、はねっかえりのお姫さんよ、よくわしらの術を、見破った。」
「この子の話を聞いて、伝えのとおりではないかと思ったのです。」
「伝えとは。」
「お刀はなほも生きて、雲龍の柳をえにしにすると。」
「柳は切った。」
「なぜです。」
「その男だ、二の兄をそそのかして、ご拝領のお刀を、柳の下に埋めて、わしらの出方を待った。」
半月がぶら下がる。
「それに乗ったというの。」
かえでは云った。
「そうだ。」
「こんな子どもを使って。」
「わしらは自由人の集団だ、だれの支配も受けぬ、支配もせぬ、今の世は、それを許さぬようじゃ、わっはっは、あの手この手で、さぐりを入れてくる。」
屈強の男たちが現れた。
「知ったからには、生きて帰れぬが。」
「ごたいそうなこと。」
「わたしはかまいません。」
六郎がいった。
「わたしも、できれば、おまえさま方のような、自由人になりたい、でも、かえでさまは別です、お城にお返し下され。」
「都合のいいことをいうではないか。」
六郎は、倒れた男の刀を、もぎとって首に当てる。
「このとおりです。」
「なんのとおりだと。」
「わたしの命と引き換えです。」
「命は二つ取ろうというんだ。」
刃は、はね飛ばされ。
「こやつ、見込み通りだ。」
男たちはいった。
「わっはっは、わしらも外からの人間が、欲しかったんだ、それでちょっと、仕組んだのよ。」
「死んだつもりになって、ついて来い。」
「かえでさまは。」
ふむという。
「年上だがどうじゃ、こやつの嫁にでもなるか。」
六郎は仰天した。
「いいわ。」
かえでさまはいった。

2019年05月30日