とんとむかし8
ほうらいちょう
とんとむかしがあったとさ。
むかし、清ケ瀬村に、あっけしという、鳥を飼う名人がいた。
鳴かぬものも、鳴かせてみようし、抜けかわった鳥も、黒うるしのような、長い尾羽根を持つ。
めくらのわしだって、飛ばせようというあっけし。
「とさかのないのが、不思議だ。」
と、人はいった。
「とさかはないが、くちばしはある。」
というのは、ふうととんがった口に、餌をとって、ひなに含ませる。
「もう一つ不思議は、あの出っ歯が、きれいな女房。」
という。
あっけしには、さよという、美しい妻がいた。
あっけしは、さよにいった。
「天竺には、ほうらい鳥といって、夢のように美しい、鳥が住む、きっとおまえは、その生まれ変わりだ。」
「おまえさまは、鳥のことっきり。」
さよは笑った。
美しい妻は、どっちかというと、鳥のにおいが、きらいだったが、出っ歯の夫と、仲良うにつれそった。
そうしたら、ある日、
「鳥飼い名人の、あっけしはおまえか。」
といって、お殿さまの、使いが来た。
「あっけしはわたしです。」
「さようか。」
といって、きじの四倍もありそうな卵を、三つ取り出した。
「唐の国から、もらい受けた、ほうし鳥という、珍鳥の卵じゃ、これをかえして、育てるようにとのおおせじゃ。」
「さて、かえるかどうか。」
「一つでもよい、かえせ。」
といって、置いて行く。
「唐の国の、ほうし鳥とな。」
どんな鳥か、あっけしは、よく抱くめんどりに、その大きな卵を抱かせた。
三七二十一日めも、三十日たっても、卵はかえらない。
二つはくさった。手当して、
「うむ、まだこいつは。」
一つ残ったのが、四十日めにかえった。
おそろしく、みにくいひなだった。
ひょろんと長い首に、わし頭が乗って、目は真っ赤、くまでのような足に、けづめがつく。
「いったいこやつはなんだ。」
見に来た、お使いがいった。
「そのうち、羽毛が生えますで。」
あっけしはいったが、それが一向に、生えそろわず、なりだけは、もうしゃもなみで、お忍びでやって来た、殿さまの前をつっかけまわって、しゃがれ声で、
「ほうし。」
と鳴いた。
「なるほど、ほうしと鳴くから、ほうし鳥か。」
殿さまは、さよのささげる、お茶をとって、
「まあよい、飼っておけ。」
といいおいて、帰って行った。
ほうしと鳴く、ほうし鳥は、たいていなんでも食った。ひえを食い、みみずをついばみ、鳥小屋に、蛇が入ったのを、つっつきまわして、食ってしまう、
「蛇食い鳥かこれは。」
わし頭に、うっすら金毛が、生えたっきり。
「捨てちまうわけにも行かんが。」
あっけしはいったが、一向に馴れつかず、さよが寄ると、真っ赤な目が、みどり色になって、とつぜん飛びかかった。
さよは血まみれ。
たいしたことはなかったが、
「ううむこやつ。」
あっけしはねめつけた。
「にくしんではだめ。」
さよがいった。
「きっと夢のように、美しい鳥になります。」
「そうであろうか。」
「おまえさまも、そう思っていなさる。」
その年、笹の花が咲いた。
笹は、六十年にいっぺん咲いて、たいていは、飢饉の年に当たる。
田んぼは、立ち枯れて、いちめんに、笹が稔る。
殿さまからは、なんの沙汰もなく、あっけしは、みにくいほうし鳥を、飼うために、他の鳥どもを、手放した。
花のような、金けい鳥も、黒うるしの尾長鳥も、鳴る鐘のような声よし鳥も、みごとな鶯も、次々に、あっけしのもとを去った。
「とうとうさよ、おまえだけになった。」
「あたしともう一羽。」
さよはいった。
そのもう一羽に、笹の実を与えると、むさぼるように食う。
見るまに、羽毛が生えた。
龍のうなじは、灰色を青く縁取るうろこ、虹の七色にたくましく盛り上がる胸、しろがねに金ねに、きらめきわたる翼。脚はきわだって高く、むらさきに緑に、金を加えて、亀甲にあやなす。わし頭のてっぺんには、玉うさのついた冠がつく。
「夢のような鳥って、これはもう。」
あっけしは絶句した。
「あたしが生まれ変わったという、ほうらい鳥。」
美しい、さよがいった。
すっかり、大人しくなって、さよの手ずからに、餌をついばむ。
「さっそく、お殿さまに申し上げて。」
というあっけしに、鳥はとつぜん、小屋をけやぶって、行方知れず。
どうやら、笹やぶに、笹の実をついばむらしい。
それを、どうしようもなく。
「帰って来ます。」
さよがいった。
鳥は何日かたつと、帰ってきた。美しい妻が招くと、小屋へ入る。
「いいにおい。」
不思議な香りがする。
何日かすると、またけやぶって、姿を消す。
「もう帰って来ぬか。」
「いいえ、もう一度帰って来ます。」
なぜかさよがいった。
十日ほどに帰って来た。
その姿は、神々しくさへあって、長いしり尾の先に、紅孔雀のような、玉うさがついて、光ゆらめく。
鉄格子を組んで、あっけしは、もうがっしりと、鳥小屋をこさえた。
「お殿さまに、申し上げる。」
あっけしは走った。
お行列を作って、お殿さまのお越しは、一夜宿って、あしたの朝になった。
来てみると、先についていた、あっけしが、呆けて突っ立つ。
鳥小屋は、開いていた。
心臓をえぐられて、さよが倒れ。
「おまえを責めようとは、思わぬ。」
お殿さまはいった。
「天竺にほうらい鳥という、まぼろしの鳥が住む、その雄をほうし鳥というとは、わしも書物を見て、初めて知った。龍を食らって、天に舞い上がるという、なんでそのようなものが、手に入ったか。」
さよのむくろに、手を合わせ、
「手厚く、ほうむってやれ。」
といった。
そのとき、はるかな天空に、この世のものならぬ、鳴き声を聞いた。
はすの紋章
とんとむかしがあったとさ。
むかし、さるかんどうの、お館に、やまと人の軍勢が、押し寄せた。
さるかんどうの、にしなあやとは殺され、世にも美しい、くしいな姫は、のどを突いて死に、戦い抜いた兵は、弓矢に果てるか、柵にはりつけになった。
叔父にあたる、腹黒いさいやあらとを、お館にすえて、やまと人は、引き上げた。
さいやあらとは、取り立てた。
やまと人に、大枚を、払わねばならぬ。
人は、にしなあやとを慕い、美しいくしいな姫を思った。
あらとの兵は、袖に赤い返しを付ける、やまと人の兵の、半分であった。
半赤と人は呼んだ。
「半赤が来る、娘をかくせ、ひん曲がった杖もだ。」
ひん曲がった杖を、弓だといって、死ぬまでうった。
殺されるお役が、あとを絶たず、当のさいやあらとさへ、命を狙われ。
西門に、大きなにれの木があった。
見せしめに、それに吊るされる者、十や二十では、きかず。
「同じおくなんとうを、なんという。」
やまと人に対して、おくなんとうという、人は恨みを呑んで、押し黙った。
「おくなんとうだと、欲の皮の突っ張りあいで、天人のような、にしなあやとをさへ、見殺しにした。」
さいやあらとは、うそぶいた。
「なにかやってみろ、あっというまに、やまと人の軍勢だ、やつらの柵は、たった三日の距離だ。」
吊るされる者もなくなった。
乞食があった。
さまよい歌う、
「おくなんとうの、赤とんぼ、
霜が降ったら、おしまいさ、
ぽっかり浮いて、ささら雲、
いったいわしは、どこへ行く。」
半赤が引っ立てた、縄の帯しめて、汚いことは、
「なんかくれるか。」
爪さし伸ばす。
「ええ、こんな者は、連れて来るな。」
そっぽを向くお役に、とつぜんいった。
「さるかんどうには、貸しがある、お役さま、かけあってくれ。」
たたかれりゃ、わめきちらす、ふれ歩くという、とやこうお館の庭に、ひきすえられた。
みそぎして、ひげを剃れば、若々しい目鼻立ち、
「云うてみよ。」
すだれ越しに、さいやあらとが聞いた。
「返してくれるか。」
「次第によってはな。」
「はすの紋章。」
若者は、ぶっきらぼうにいった。
回りはさやめいた、はすは、世にも美しい、くしいな姫の紋章。
「しからの者か。」
「ちがう、わしは京人じゃ、おくなんとうまで来て、玉を作ってやったのに、戦があって、支払って貰えん、だからこうして、物乞いする。」
若者はいった。
「払ってくれんなら、紋章を貰って行く、どっかへ売れば、ちったあ売れる。」
さいやあらとは、手をふった。
わめくのを、お役が引っ立てる。
ふたたび、引き出され、
「紋章作りのなこそとな、そちのいうことは、まことらしい。」
牛のような、さいやあらとがいった。
「一つわしの為に、紋章を刻まんか、金は払うてやる。」
「金をくれ。」
「仕上がってからじゃ。」
「はすの紋章。」
「それはたしかにあったそうじゃ、だがさがしても見当たらん。」
「だったらまた、ただ働きじゃ。」
なこそという、京の玉造りは、いくらか貰って、下屋に住んだ。
たがねをふるって、何日いたが、女をこさえて、いなくなった。
「ほっておけ。」
さいやあらとはいった。
「京の玉造りも、物貰いになり下がったか。」
京の玉造りと、その女というのが、西門の、にれの木に吊り下がった。
「しからの里の者だそうな。」
「仕損じたは哀れ。」
人々はうわさした。
さいやあらとは激怒した。
「だれがやった、ええ、草の根を分けても、捜し出せ。」
半赤が八方に飛んだ。
それらしい者は、見当たらず。
やまと人の柵から、ひいえのあたいというものが、十何人も引き連れて、やって来た。
「なこそのおむらという、京の玉造りについて、尋ねる。」
「身に覚えのないこと。」
さいやあらとは、申し開きをするよりは、大いに宴会を開いて、もてなした。
「いやの。」
と、ひいえのあたい、
「おもてなし、痛み入りもうす、おっほっほ、それさ、おことのもとに、世にも美しい、くしいな姫の紋章とやらが、あるそうじゃ、それをゆずって欲しい、悪いようにはせんがの。」
「それが見当たりませぬ。」
「では、見当たるまで、待っておろうかの。」
そんなことをされてはと、捜させると、造りかけや、ひしの紋章や、柏なといくつかあった。
「はすとはいわなかったな、やつは。」
ひしの紋章をわたすと、
「ほう、これな。」
食い入るように、見つめて、
「ほっほっほ、田舎人は、かようなものが、大事であるか。」
といって、それを持って、引き揚げた。
そのごたいそうな一行が、襲われた。
総勢、弓矢にいぬかれて、そのひしの紋章から、身ぐるみ剥がれ。
「ううぬ、なにやつ。」
さいやあらとは、必死にまいないして、ことなきをえたが、その引っ立てる中に、一人の男がいた。
「なこそというは、こやつの兄だと申しておりますが。」
お役がいった。似ていなくもない。
「兄を返せ。」
男はわめいた。
「その兄を吊るしたは、おまえらであろうが。」
さいやあらとはいった。
「どういうつもりだ、死にたいのか。」
杖に打ち、煮え湯をかけて、責め立てた。
「云え。」
「くしいな姫の紋章とはなんだ。」
口を割らぬ。
夜更けであった。
息も絶ゆる、男のかたわらに、世にも美しい、くしいな姫が立った。
「哀れいとしいものよ、なんというむごい。」
男の声、
「われらは弓矢、たとい身は張り裂けようとも。」
「そうです、大切なもの、わたしの紋章は、戦の最中に隠しました、わたしと、さるかんどうの、しから者にしか、知られぬところに。」
「そうであったか。」
「さいやあらとを、彼を責めてもせんない、まことの敵は。」
「為にす。」
「永遠のうてなに。」
「どうか、お声をかけてやって下され、われら忠誠の、しから者に。」
まぼろしは消えて、男の口に、
「とよや、みと、うるか、しんない、ひよ、わらぎな、あよ。」
と、しからの名が聞こえ。
「あの男を放してやれ。」
見守っていた、さいやあらとがいった。
倒れ込んだ、術者を引いて、お役が去る。
男はやみの中を這っていた。
池をめぐって、七本あるひばの木の、三つめの石をはぐ、中の物をひっつかんだところで、押さえられた。
そうして、その口に上った、七名のしからは、順繰り捕われて、にれの木に、吊り下がった。
「世にも美しい、くしいな姫の紋章とな。」
それは、さいやあらとの手にあった。
瑠璃の大海に黄金の島を浮かべ、美しいひすいの蓮が生い伸びる、その六弁の花片は、ほのかな紅玉、一片ごとに、大小の観音如来を刻み、荘厳の極みを尽くす。
「見事なものよ。」
さいやあらとは、嘆息した。
「だが、これだけのものではあるまい。」
海はおくなんとうであり、蓮の葉脈は、伝え聞くしからの黄金。
京の都から、紋章読みが、招ばれた。
うらほんにという、名うてのお人は、すそをひきずって歩く、馬鹿のような、その道のことだけは、やけにくわしく。
「おうや、これは御仏のうてな。」
かの天竺の蓬莱王が、僧迦しおんに-ずに、作らせしをもって、創始となす。伝教大師、伝えしものありと聞くが、世俗の者の知るべきにあらず、即ち秘中の秘仏にして、東西南北にみそなわす仏は、ふくうけんじゃく観音、大日如来、薬師仏、ぐぜ観音、人が聞かずとも、絶え間もなしに、
「このものがなんで、おくなんとうに。」
大真面目が、どうも、
「もしや宝の在処を示すのではないか。」
さいやあらとが聞けば、
「さよう、仏法僧宝そのものじゃ。」
という。
「いや、どこそへ行く道でも。」
「まこと、お悟りへ行く法の道じゃ。」
坊主と同じいいぐさが。
さいやあらとには、しふうりという、美しい娘があった。
世にも美しい、くしいな姫なきあと、おくなんとうに、その名は聞こえ。
こともあろうに、美しいしふうりが、馬鹿のようなうらほんにに、一目惚れ。
激しい思いを、ぶっつけようにない、
「あいや、そのようになされては。」
「あたしといっしょに、死んで。」
「そも生死ともうすは、御仏の教えの、第一の関門にして、これを透過せるを、羅漢と称し、再度脱するを菩薩と称し、- 」
「人ごとでなく、わたしとあなたの。」
「ものみな人ごとというはなく。」
「御仏ではなくって、この胸に。」
「う、美しいおん娘ごが。」
いっそ、うらほんには逃げ出した。
さいやあらとは怒った。
「娘までばかになりおって。」
そうして、一年が過ぎた。
山人、やまなんとうという、その三つの館が、結束して、勢力を伸ばす。
荒々しい山人の、じきにごうやの平らを手中にして、次いで、十の館が加勢する。
「われらが、おくなんとうの旗を。」
と聞こえ、旗じるしは、さしむかうはすの花。
やまと人を追い払って、おくなんとうに国をという、
「はすの花とな。」
首を傾げる、さいやあらとに、その総大将、あれのすぎひらという者から、使いが来た。
「むかい蓮に、やまと人を追え、でなくば、さるかんどうを、明け渡せ。」
という。
「阿呆め、おくなんとうの結束など、当てにならん、お館同士、欲の突っ張りあいが。」
嘆じたが、手は打たねばならぬ、さいやあらとは、ゆんぜのかみという、男を呼んだ。
半赤を束ねて、さいやあらとの、あとを狙をうという。
「顔は立てねばならぬ、手勢を率いて、あれのすぎひらの下へ行け。」
さいやあらとはいった。
「危ふうなったら、やまと人の柵へ入れ、そのようにはしておく。」
「なかなか。」
と、ゆんぜのかみ。
「娘のしふうりを、ともなえ。」
と云った。
ゆんぜのかみは、一も二もなく承知した。
さいやあらとは、やまと人の柵へ、手紙を書いた。
美しいしふうりと、ゆんぜのかみは出発した。
おくなんとうの結束は、以外に固く、山人に呼応して、海人が立ち、大小のお館が、むかいはすの旗になびく。
蓮の黄金と聞こえ。
どこからか、莫大もない黄金が、出ているという。
「くわを弓に、なたを刃にかえて、おくなんとうの太古を守れ。」
太古心をと人はいった。
いにしえに栄えし。
「やまとから大将軍が、やって来るまでな。」
さいやあらとは、目をつむった。にしなあやとの、無惨な姿が浮かぶ。
美しいしふうりは、父親の仕打ちに怒ったが、
「お館にて、お待ち下されば、ごうやの七谷を引っ提げて、お迎えにまいります。」
という、ゆんぜのかみに、
「行きます。」
といった。
「戦はわれらが弓勢に。」
「わたしをともなえという、命令じゃ。」
総大将、あれのすぎひらの、陣屋であった。
豪勇をもって鳴る、あれすぎひらの目が、一瞬子どものように笑う。
「ほう、けちのさいやあらとめ、考えおったな、名うての娘を、差し出されちゃ、たたっ切るわけにも行かん。」
二人を引見する。
「それで、どうする。」
「なんなりと、お申しつけのほどを。」
ゆんぜのかみはいった。
「ふうむ、では働け、使えそうじゃな、うってつけの、むずかしいのが、山ほどあるわ、わっはっは。美しいしふうりどのは、大切に預かっておく。」
「よろしゅうに。」
「黄金はある。」
「は、はい。」
ゆんぜのかみは、働いた。
(阿呆のすぎひらめが、さてどうなる。)
時の運は、しばらくすぎひらにあった。
名うてのしふうりは、引っ込んではいなかった。
女の帳を出て、陣中に出入りする。
その美しさと、大真面目、
「おくなんとうに、強国を築くには、雇われでない兵が必要です。」
しふうりはいった。
「お館同士の、足の引っ張りあいでは、いつまでたっても、やまと人にかないません、戦時の兵は、平時の民であるというのには、もっと思い切った策が必要です。今のお役を、お館の使用から外して、そうです、上中下の三つに分けるのです。上は参謀、中は統率、下は兵を受け持つ、百人隊長です。兵には土地と川を与えます、それが奪われたら、命のないことを知るんです。」
かねて思いのたけを、しふうり。
「おっほう、聞き及んだ、さいやあらとの、これが自慢の娘か。」
「なるほど美しいわ。」
「演説もする。」
男たちは大喜び。
「父はやまと人のくびきに、だれよりも苦しんでいます。」
「弓矢もとらぬ女が、たいそうな口を聞くではないか。」
「たいそうなことではありません。」
「いやおおきに。」
「戦も政治も男の仕事だ。」
「女がいなければ、男も戦に勝てません。」
「わっはっは、そりゃもっともだ。」
しふうりは、どこへ行っても大もてだった。
あれのすぎひらがいった。
「美しいしふうりよ、おまえの云う通りじゃ、わしらの軍勢は、鵜合の衆よ、貼り合わせる糊がなけりゃ、今だって、てんでばらばら。」
「糊はまた、豪勇のあなたさま。」
「ふっふっふ、わしはおまえが好きじゃ。」
総大将は、目を細めた。
「必ずやまた、やまと人の大将軍が、押し寄せる、それまでに、戦えるだけの結束と、地の利を生かそう、戦は五分五分だ。だが、たとい戦に勝ったとて、そのあとが問題じゃ、ふっふ元の木阿弥の、たいていなんにもならぬ。」
「なにをお考えです。」
「人妻を奪って逃げるなど、できぬ相談だとな。」
すぎひらはにゅっと笑った。
「おまえの亭主になりたい人は、よう稼ぐぞ。」
「ゆんぜのかみは、大事な時に、きっと軍勢を裏切るでしょう。」
「ほっほ、そいつはこわいな。」
戦は三月の間に、やまと人の柵、たんがのじょうを、三方から取り囲む。
たんがのじょうは、しらい川の辺にあり、要路を占めて、後ろにひらいの岡を背負う。
「そうさ、やまとの強大を頼んで、あのとおりの平柵だ、だが、そうやって、すでに柵の中の一千しかおらん、まずはたいてい片づけ終わった。」
あれのすぎひらはいった。
「踏み潰すは簡単だ、だが戦はそのあとよ。」
会議があった。
意見は真っ二つに別れた。
「むかい蓮の旗に、太古心はよみがえった、もはや一兵たりとも、やまと人は入れぬ。」
焼き払って、おくなんとうの勝どきを上げよう、という者と、
「なにが太古心じゃ、思い通り行っている、戦はいい。」
やまと人の、いつもの策略にあって、四分五烈、もしやそうならぬためにはと、互いにいっそののしりあって、決着が付かぬ。
「やまと人の大将軍は、いつやって来る。」
「そこじゃ、あれのすぎひら。」
「さようさ、まずは半年後。」
と、すぎひら。
「そこまで持つか。」
「もたなきゃ、身の破滅。」
とやこう、ここは総大将の、すぎひらに任せよう。
おくなんとうの一粒の米も、一兵たりとも、やまと人の軍勢に、加担はさせぬ、そうして、大将軍を、たんがのじょうへという。
いたるところ追い払って、
「さよう、大将軍の軍勢を、三万に減らす。」「ううむ、なかなか。」
「柵をどうする。」
「兵糧攻めか。」
口をさしはさまんほうがいいと、あれのすぎひらがいったので、美しいしふうりは、黙って聞いていた。
ふいに頭を上げる。
いっとき忘れえぬ、ー
しふうりは後を追った、陣屋を出て、立ち去って行く。
茂みの中、
「待って、あたしのうらほんに。」
「ついて来てはならぬ。」
闇に振り返る、しふうりは、その胸に飛び込んだ。
「おまえをさがして、やってきた。」
「うむ。」
たくましい腕が抱きしめる。
それは一軒家であった。
うらほんには、美しいしふうりを置いて、すでに三日がたつ。
ものいわぬ女がかしずく。
昼下がりであった。
まっしろい老人が、七人のまた、屈強の若者をつれて現れた。
うらほんにがいた。
「われらは、しからの者じゃ。」
長老がいった。
「それが、美しいしふうりの思い者、うらほんにではない、うるかという、あとの者は、名を名告れ。」
うるかは黙礼し、とよや、みと、しんらい、ひよ、わらぎな、あよと名告る。
「欠けることなき、精鋭じゃ。」
長老はしふうりを見据えた。
「われらは、おくなんとうでも、やまと人でもない、はるかな遠い地より、やってきた。」
海を越えて来たり、やまと人の中に住み、おくなんとうにいたり、
「世にも美しい、くしいな姫は、さるかんどうの、にしなあやとと結ばれて、われらはようやく、この地に安住した。」
「われらは平和の民だ。」
いとしいうるかがいった。
「戦を避け、いさかいを免れてここに来た。」
束の間の安穏は、破られた。
「見たであろう、はすの紋章といわれる、あれがわしらの、太古心を。」
とつぜんしふうりは知った、なぜにうるかを、うらほんにを追うて来たかを。
「あれにはもう一つの秘密が、隠されておった。」
しからの長老がいった。
「おくなんとうに、われらの黄金の在処を示す。」
そうであった、それがことの起こり。
「ことはもはや、われらの手を離れた、あれのすぎひらは、死にはつるであろう、頼もしいあの男は、大将軍の軍勢と、一歩も引かずに戦ってな。」
「ではまた、やまと人の、むごいくびきの下に。」
「そうはさせぬ。」
一同はおしだまった。
「美しいしふうりよ、われらがうるかと、共にするという、まことであるならば、今は陣中に戻っておれ。」
「いやじゃ、もうはなれぬ。」
「みなまた使命がある。」
「ではわたしにも、お云い付け下さい。」
「生き残ることじゃ。」
うるかがうなづいた。
しふうりは陣中に戻った。
「帰って来たか、尻尾を巻いて、退散かと思ったが。」
あれのすぎひらがいった。
すぎひらは、ゆんぜのかみを呼ぶ。
黄金をとって与え、
「そちの働きは抜群じゃった、よってこれを与える。」
といった。
「もう一働きして欲しい、手勢とともに、たんがのじょう、やまと人の柵に入る。」
「そんなことをしたら、みな殺しじゃ。」
「追手をかけてやろう。」
黄金と、そこへ美しいしふうり、
「こと終わったら、望み通りの品よ。」
あれのすぎひら。
「行って、あることないこと、いいふらせ。わっはっは苦肉の策というのじゃ。」
「わかりもうした。」
まんまと、ゆんぜのかみは、たんがのじょうへ、逃げ込んだ。
「筋書き通りだがな。」
総大将はいった。
「さいやあらとの使いをとらえた。手紙にはこう書いてあった、ゆんぜのかみという者が、娘を奪って、反乱軍に加わった、節操のない者ゆえ、そちらに逃げ込むやも知れぬ、その時はよしなに、せっかく娘はお返し願いたいとな。」
しふうりは、そう聞かされて怒った。
「それで、どうなさったんです。」
「手紙はそのまま送り届けた。」
「女心は一途なものです。」
「いやわかった。」
二位のえらぶのおおどを、大将軍に仕立てて、やまと人の十万の軍勢が、反乱軍の鎮圧に向かったと、知らせが入った。
「ほほう、意外に早かったな。」
「助かる。」
すでにおくなんとうに入る。
「おくなんとうを、繋ぎ止めた黄金が、じきに底を突く、短期決戦じゃ。」
と、あれのすぎひら。
戦は激しいものとなった。
「十万を一万に減らせ、おくなんとうの、何十万のかばねを、築くとも。」
総大将の勇猛に、おくなんとうの兵は、よく戦った。
迎え撃っては、むかい蓮の旗になびく。
寝返りはほとんどなく、一千五千と、やまと人の軍勢を、切り取る。
一群の弓勢が急襲して、敗勢を立て直し、敵の本拠を突いた。
しふうりのもとへ、若者がやって来た。
まだ、あどけなさの残る。
「あなたさまをお守りします。」
「おまえはあよ。」
「兄たちは戦っています、世界最強の弓勢です。」
あよは笑った。
「わたしも弓をとれば、兄たちに引けは取らぬ。」
戦は運ぶ。
たんがのじょうを、一日の距離にせまる、せんどやの谷に、最後の大決戦となった。
陣屋が移る。
「えらぶのおおどは、ここを踏み渡るであろう、もはや去れ、美しいしふうりよ。」
あれのすぎひらがいった。
「すぎひらが死ぬなら、さるかんどうのしふうりも、一矢なりと。」
「生き残って、いつの日か、おまえのいう、おくなんとうの、百人組をこさえてくれ。」
まっしろい、しからの長老が現れた。
「限りある黄金を、立派に使った、あとのことは引き受けよう。」
総大将と長老は、手を取り合った。
「なあに、むだには死なぬ。」
総大将は、撃って出た。
戦は一昼夜におよび、一進一退を繰り返し、勇猛のあれのすぎひらは、大将軍、えらぶのおおどと、渡り合って、その右腕を切り落とし、槍ぶすまにあって果てたという。
やまと人の軍勢は、五千にも足りずなって、ようやく、せんどやの谷を押し渡った。
あよの弓がうなって、何十となく倒し、しふうりは見た、しからの長老が、白髪を染めて、すぎひらの甲鎧を着て立つ。
勝ったは名ばかりの、軍勢が、深手を負った、大将軍を担いで、たんがのじょうへ向かうと、柵にはむかい蓮がひるがえる。
「おそかったか。」
急ぎ引き返すと、あれのすぎひらが待ちかまえ。
「死んではいなかった、柵へ入れ。」
死に物狂いに、血路を開いて、柵へなだれ入ると、その手にかかるはみな、みなやまと人。
「死守して、お待ちもうしておりましたのに、お恨みもうす。」
といって、柵の長者は死んだ。
さんざんであった。
何日かたった。深手を癒す、えらぶのおおどのもとに、おくなんとうから、使者があった。
「なに、このわしがおしまいでも、大将軍のなり手など、いくらでもおる。」
えらぶのおおどはうそぶいた。
「御前さまが、お勝ちになったのです、おくなんとうは、平らげ終わったと、なんならわたくしめから、ご報告申し上げます。」
さいやあらとであった。
さいやあらとは、報償をというお館どもを、説得して回った。
二度の戦はない。
さよう、なによりもたった今の優勢をと。
「それでであります。」
使者はいった。
「これを機に、おくなんとうに、大将軍のお力をもって、すめらこをお迎えしまする、永久の平和の為にであります。」
「うむ。」
大将軍は、仰山なはなむけを貰って、凱旋し、ことはそのとおりになった。
すめらこに、弓を引くやまと人はおらぬ。
美しいしふうりは、あよと二人、森を歩む。 ゆんぜのかみははりつけになった。
「そうです、たんがのじょうに、むかい蓮を立てたのは、その手勢に紛れ込んだ、兄うるかです。」
一隊が現れては、二人に従う。
「うるかはいつ来るのです。」
「兄たちは、まもなく来ます。」
一人の兄も現れなかった。
まっしろいしからの長老も、現れず。
あよは背負っていた、包みをおし開いた、
世にも美しい、くしいな姫の紋章、さんぜんと輝く、それはもう一つの。
「これには別の、黄金の在処がしるされています。」
あよがいった。
「この黄金をもって、新しいしからの郷を築く、平和郷です。残されたものの使命です。」
光にかざすと、くっきりと文字が現れる。
「どうか、わたしどもの姉になって下さい。」
しふうりは、あよの言葉を、空ろに聞いた。