とんとむかし10
富士山登山
とんとむかしがあったとさ。
むかし、ばっちょろ村の、きーおっくとてんがいとざんごの三人が、日本一の富士山を見ようとて、旅立った。
田んぼが長くなった、どうしたって帰りは雪になる。
「なにさ。」
きーおっくがいった、
「富士山見たら、死んでもええ。」
「孫ん顔見に帰って来らさ。」
てんがいがいった。
「雪んなったら、熊みてえ、来年出てくりゃええさ。」
ざんごがいった。紅葉の山は、さんさ日の光、河をわたり、里を越えて行ったら、みっしり曇って、ざんざしぐれになって、そこらあたり、油紙敷いて宿るってわけに、いかなくなった。
だんべら温泉に宿があった。
上宿は大名行列が泊まり、たいてい宿は空っぽで、安い宿には猿が出た。
しぐれが上がって、月が出て、露天風呂があった。三人は、着物脱いで、ひたりこんだ。
「きれいなねえちゃんはいねえが」
「酒もねえけど。」
「じゅんのびたあや。」
ぽっちゃりぱっちゃやっていたら、猿が出た。
着物は取られなかったが、笹団子のふろしき取られた。
笹がひいらり、ふろしきが舞い飛ぶ。
どうもならん、腹へったいってたら、村人が来た。
「お客さあ、風呂へえるときは、荷物きもの頭の上へのっけてと、云いに来たば、はいおそかったか。」
といった。
「食うものねえか。」
「そば団子でよけりゃ、持って来てやるが。」
いう。
そば団子、えれえうまかったが、ばかたけえ、
「猿とぐるんなってんじゃねえか。」
そんなこともねえだろうがといって、あした朝はよう晴れた。
三つ峠越える。
松の林あって、きのこ取り名人、きーおっくが、まつたけ取ろうという。格好の川があって、雑魚取り名人てんがいが、鯉をつかまえようという。
「ばかいわんのはおれだけだ。」
といって、ざんごは、大根取るおっかさつかまえて、話し込む。
とうとう峠越えられずに、日が暮れた。
一軒屋にばあさいて、泊めてくれるといった。
「死んだじいさま、やまどり飼ってた小屋だがな。」
「まんず助かる。」
といって、とりの糞こびりついたか、むしろ三枚しいて、なんとか宿になったら、どうれといって、きーおっくがまつたけ出した。
「おらも。」
といって、てんがいが大鯉を出す、
ざんごが、うまそうな大根を出す。
「今夜はごちそうだ。」
鍋借りて煮たら、
「酒出すで、おらにも食わせろ。」
といって、ばあさ、どぶろく持って来た。
三人は大喜びした。
飲めや歌えや始まった。
なにを歌ったか、どうせたいした歌出ぬ、ばあさ酒強い、うわばみみたい飲んで、
「ひいっひ男がどうした。」
ひっかけ歯鳴らして、かき口説く。
「おらだまされて、こんげなとこ来た、親大酒飲みで、酒のかたに娘取られた。」
そりゃそうかも知らん。
「鬼ばばでねえってや、生んだ子はみな出っちまうし。たいてい人並みんこたしたあに。」
おうんおうと泣き上戸。
日高う上って、やっと目覚めた。
ばあさとっくに起きて、
「もう追加料金だ。」
といった。
「鬼ばばだ。」
「うんなこたねえ。」
しかたねえ三人、割増し払って出た。
伊石の飯綱原は、もとは飯砂といって、砂が食えるんだそうの、そういえば、焼き飯のような、うんまげな砂つぶ。
「ぐ、ううむ、こいつは食える。」
きーおっくが食ってみて、
「ぶう、うんめえ。」
てんがいが食ってみて、ざんごも食って、
「だめだこりゃ。」
三人ぺえと吐き出した。
ふもと村へ着くと、
「へえあれ食ったってえのいたか。」
人は呆れていった。
「よっど腹へっとったか。」
大昔戦があって、しなの大尽の米倉火が入った、焼けた米砂になったという。
むかし食えたって今はだめだとさ。
はるやま寺の門前町に来た。
なにはなんたってお参りせにゃあ、ご先祖さまなんまんだぶつ、道中安全祈願。
でっかい仁王さまあって、紙つぶてがいっぱい貼っつく。
紙つぶてして、力持ちになれると。
力持ちはいいが、おみくじ引いた。
きーおっくがひいたら大吉で、
「犬もあるけば幸にあたる。」
とあった。
あとの二人は小吉で、
「ゼニを落とせば拾う者あり。」
「拾ったゼニは人の物。」
というのだった。
門前は大にぎわい、物見遊山が行ったり、商人が行ったり、美しい女や、さむらいが歩いていたり、乞食がいた。
「お土産買うな帰りにしよう。」
「そうだなあて。」
あっちを見こっちを見、人をよけた拍子に、きーおっくが、でっかい看板に、頭ぶっつけた。
鉄棒持った赤鬼に、幸運と書いてある。
煙草屋だった。
「おーいて。」
たんこぶが出た。
「わっはっは大吉。」
「煙んなった。」
通りかかった姉さまが、ころころ笑う。
「美しい姉さまじゃ。」
といって、身かがめて、ざんごが一文拾った、
「いやそりゃわしのじゃ。」
てんがいがいった、
「小吉じゃ。」
なんてえこった。
三人は安宿に泊まって、あくる日は川船に乗る。
船付き場に、美しい姉さまいた、
「あれま、きつう幸運の人。」
きーおっくの頭見ていった。舟に乗り合わせて、三人は姉さまと、よもやまの話した。姉さま用事に来て帰る、
「えちごのお人でまあ、日本一の富士山を。」
いえそんなめでたい人は、どうか家へ泊まっておくれと、姉さまいった。
「じいさま縁起担ぎだで、喜ぶ。」
道すじだった、
「ありがてえ、やっぱり大吉であった。」
「わしら小吉。」
三人はその家に泊まった。お倉があって、黒塀と立派な松があって、ばっちょろ村の、そうさ、次郎兵衛さまんお屋敷みたいだった。
三人床の間へ座らせられて、お膳にはとくりもついて、品のいいじいさまそこへ出て、
「いや旅のお方、えちごより仰ぐ高嶺も富士の山、お一人づつどうか、あとを付けてくれ。」
といった。
おもてなしじゃ、めでたいこといわんけりゃ、
「たんこぶさえも大吉祥。」
まっさき、きーおっくが付けた。
「ほう、富士山のこぶ知ってなさるか。」
じいさまひおうぎ開く。
「見越しの松に風吹き寄せて。」
てんがいが付けた。
「ほう、わしらが松をな。」
「酒を汲んだら清うげな姉さま。」
ざんごがいうと、
「わしらは酒屋ですじゃ。」
じいさま大喜びして、ご祝儀までついた。
あくる日行くと、だんご一皿四文と幟がたった。
ようし、ご祝儀貰った、食うべえといって、三人は坐りこんだ。
きーおっくが二皿食って、てんがいが八皿食って、ざんごが五皿食って、まあこのへんでといって、祝儀袋開いたら、六文しか入ってなかった。
「金持ちほどしわいってな。」
「そういや次郎兵衛さまも、えっへ。」
三人はなけなし払った。
「六文銭というの、縁起ええと。」
なんでだあ、そうかいのといって歩く。
平らの町は大繁盛、富士見橋というのがあった。天気のいい夕方、富士山が見える。
夕方立ちつくした。
あっちの山の向こうといって、赤い三角が見えた。
「富士山け。」
「やっぱり行ってみなくっちゃなんねえ。」
「でも拝んだ。」
今夜はどこへ泊まる。
宿はねえようだし、ねずみの百穴という、山に百八つ岩穴が開く。
「むしろなら貸してやるで。」
村人がいった。
「でもな、変なのいたり、盗人のすみかなったりするで、気いつけろ。」
なんせありがてえといって、むしろ借りて三人は、ねずみの百穴に宿った。
盗人の大黒ねずみ一党が住んでいたで、ねずみ穴、戦んとき、寝ずの張り番したから、寝ず見穴と、二通り伝えがあって、草ん中の、けっこうきれいな穴だった。
寝ていたら、ぼおっと灯がともる。
「十ばか向こうの穴だ。」
「盗人か。」
男と女の姿が浮かび上がった。
「ゆうれい。」
そういえば、幽霊が出るってだれかいった。
ふっ消えてあと、まんじりともせず。
あくる朝、むしろ返して、旅立つと、人止めする。
押し込みがあったそうの、大店入って、百両の金取ってからに、一人娘さらって行った。
「そりゃおおごった。」
「とんでもねえって、昨夜見たあれ。」
「足ねかったで、あれ。」
半日止められて、そんげ間抜け面、押し込みなと、気のきいたこたできんと、お役人がいった。
「行け。」
はいなあ、なんてこったといって、歩いて行くと、若い男女が先へ行く。
旅は道連れじゃ。
聞いたら富士山へ行くんだという。
「いえあの、新婚旅行でして。」
「そうか、そりゃま。」
「あのな、押し込みあったいうで、気い付けろ。」
「はい、それは。」
と二人、ぽおと顔見合わせる。
「あったりめえじゃ、とっつくな。」
きーおっくが云って、先へ行く。
「わしらも若いあんげとき来りゃな。」
「ひっひい、よだれたらすな。」
先へ行きすぎた。人里通り越して、山ん中で日が暮れた。
おおかみが出る、
「寝ていて食われる法知ってるか。」
「おおかみの穴の前で宿れってな。」
とっぷり暮れて、油紙しいて宿った。
晴れてよかった。
星空になった。
あっちへ流れ星、
「願いごとかなうってや。」
「死ぬまで生きるってえのかあ。」
すうとそいつが足もとへ、あっちこっち、天地みんな星空。
「ええ、星ではのうて。」
「おおかみじゃ。」
だめじゃ、死ぬまで生きられねえ、どうしようばって、どうもそうではないらしく。
夜が明けると湖が広がった。
もう雪をかぶった富士山。
さかしまに映る。
「うおうなんまんだぶ、とうとう来たぞ。」
「極楽往生の富士山じゃ。」
「たんと拝んで。」
三人仰いで突っ立つと、その向こうに、昨日の新婚旅行がいた。
二人寄り添って仰ぐ。
「おはようさん。」
といったら、
「おはようさん。」
といって、眠いたい目こすったか、涙拭いたか。
「二人きりがええんかもなあ。」
「うっひい、どこだっても。」
といって、先へ行く。
ほうとうというものを食った。
うどんにかぼちゃが入っている、精がつくでといったが、
「おらとってもだめだ。」
ときーおっく、
「飯綱の砂よりゃよっぽどええで。」
とてんがい、
「こんなにうめえもの、帰ったらおら、かかに作らせる。」
とざんご。
ほうとう食ったら、いよいよ富士山、そこら馬子がいて、馬に乗れといった。
「ここ馬に乗らんと、あと続かん。」
という。
「そうかあ。」
「じゃ乗るか。」
「はーい馬三頭。」
と呼ぶ、
「いや一頭でいい、代わり番こ乗るで。」
と、一頭にした。
「えちごっぽうのけち。」
馬子がいった。
ほんの三町も行ったら、はいここまでという、けっこういい料金だ。
「ふんだくり馬子が。」
ほんのちょっと行ったら、
「馬に乗れ、お客さ。」
と出る。
「ここ乗らんと、あとが続かん。」
なんしろ手振って歩いた。
夕方には、宿坊に着いた。
がっしりとまあ、じょうがん寺さまみたい、でっかい建物。
手洗い水があって手を注ぎ、口を注ぎ、鈴鳴らして、お賽銭投げて、でもってここに一晩宿って、あしたは登山。
ばっちょろ村きーおっく、てんがい、ざんごと書いて、白い着物に、金剛杖買うた。
大広間に何十人もが寝る。
飯はまた馬の食うほどに出た。
「ありがてえこっちゃや。」
といって、三人は一粒残さず食べた。
真っ暗いうち起きて、行列して登る。
行列が一列になって、てんでんになって、きーおっくとてんがいとざんごの、三人きりになって、登って行った。
水だ休もう、松がある休もう。
「いい眺めだ。」
といって、雪降った天頂までは、もう行かれない。
五合目ほどへ行く。
「水だって。」
行ってみると、今は涸れております、飲めませんと書いてある。
「なら、水ってとこへ書いとけ。」
「ちいっとおかしいと思わんか。」
きーおっくがいった。
「道順か。」
「そうでねえ、あの新婚旅行だ。」
「へ。」
「さっきあっち入って行った、入ったら出れねえって林だ。」
三人は顔見合わせた。
「さがせ。」
なにしろ捜し当てた。
松たけ取る名人だ、そうでねえ雑魚取り名人、大根足てのはおらに任せとけと、見つけだす。
心中だという、もとの道へ連れ戻した。
「どういうこった、話してみろ。」
きーおっくが聞いた。
「わたしどもは、富士見橋のある平らの町の。」
若者がいった、
「これは大店の娘で。」
「ほんのこんなころから、好きだったんです、この人のことを。」
娘がいった。
親の許さぬ仲を、どうしようばたって、狂言強盗やって、百両取って、娘と駆け落ちした。
「そいつはちいっとやり過ぎでねえか。」
「お嫁に行くときくれるっていったんです。」
娘がいった。
「でもこの人、そんなの駄目だって、取った百両は、百八穴ねずみ穴の、五十六番に埋めたからって、昨日家に手紙書きました。」
「でもって心中か。」
二人は俯いた。
「だからさ、富士山へ登ってからにしろ。」
てんがいがいった。
「わっはっは、そういうこった。」
「さあ行こ。」
総勢五人して登って行った。
五色の雲がなびいて、雪をかぶった富士山が、世界中みたい、まん前にある。
「手を伸ばせば届きそう。」
ぼつりいった。
「でもあと一日かかるってさ。」
「そうさなあ。」
寒い風が吹く。
「川越人足でもなんでもして、わし働こう。」
若者がいった、
「添い遂げよう。」
「人足なんていや。」
娘がいった。
「だって。」
「わしら立ち寄って、親父さまに話しよう。」
きーおっくがいった。
「娘の顔見たくねえ親なぞいねえ。」
「そうさな。」
てんがいとざんごがいった。
ばっちょろ村の三人は、心中の二人を送って行った。
富士見橋のある大店だった。
親は涙流す。
六根清浄の白装束に、金剛杖の三人、
「富士山のお使いさまじゃ。」
といって、ついに二人の仲を許した。
百穴から大枚も出た。
よかったといって、雪降らぬまに、ばっちょろ村へと、帰って行ったが、三つ峠で追いつかれた。
なんとか、年のうちに村へ帰った。
大酒飲みのばあさとこで、一冬過ごしたって、そんなもう、そりゃ何かの間違いだ。
忍術修行
とんとむかしがあったとさ。
むかし、びんちょろ村に、ちんちろりんとたんげんという、兄弟があった。
ちんちろりんが十で、たんげんが八つ、二人忍者になろうといって、忍術屋敷のどんでん山に向かった。
「さるとびいのすけ大先生の、弟子になろう。」
といって行くと、
「きよい清水。」
という札が立って、水が湧く。
「これを飲むと百人力。」
と書いてあった。
そうかといって二人、飲もうとしたら、ねこのような兎のような、三つ口が立つ。
飲もうったらとっぱらう、一回、二回、
「なにする。」
といったら、
「飲めるもんなら飲んでみろ。」
と、三口がいった。
ちんちろりんが三口をひっぱたく、そのまにたんげんが飲んだ、と思ったら、二人ひっぱたかれて、吹っ飛ぶ。
「なんとな。」
足を払えば頭ごなし、押さえようとすりゃ、二人宙吊り、夕方までやっていて、どうにか飲むには飲めた。
「ふん、まあまあか。」
三口はいって、兎になって消えた。
二人疲れきって、ふんのびていたら、まっくら闇夜を、どんとおっかぶさる。
「やみんたぬきの、大ぶろしき。」
と聞こえた。息の根も止まって、もがいたろうが、そこへ押しつけられてうずむ。
「歩け。」
という、
「こなくそ、ううむ。」
二人起き上がって、歩いた。
清い清水の、百人力。
死に物狂い、夜っぴで歩いて、夜が明けたら、二人の上に、親たぬき子だぬき、孫だぬき孫々たぬき乗って、親だぬきのきんたまどっかとかぶさる。
「なんだこら。」
「よっこらしょ。」
ほうりだしたら、そこへ転がってふうっと消えた。
ちんちろりんとたんげんは、ぐっすり眠った。
何日眠ったか、草生いのびて、両手両足ふんじばる。
身動きできんのに、天からまっくろい雨降る。
雨ではなくって、ひーるだった。
めったらついて、血を吸う。
「脳天しびれて死ぬ。」
と聞こえ、脳天しびれて、二人夢を見る。うんまいたら汁食って、おっかさんのおっぱい吸って、
「たんげんしっかりしろ。」
「ちんちろりん。」
必死に呼びあって、やっぱりしびれ。
「ううむ、こな。」
二人気張って、ひーるの血反対に吸い上げて、しょんべんにしてひっかけた、ひーるはふんのび、草も枯れた。
二人は起き上がった。
先へ行った。
からす天狗が立った。
「わしの鼻をもいだら、通してやる。」
といった。
「ようし。」
「いざ。」
二人とっかかると、からす天狗はからすになった、二羽が四羽になり、四羽が八羽になり、棒きれとって、打てば打つほどに増える。
「ふーんこいつら。」
つっつかれるやつを、
「もとは一羽。」
一羽のからす浮かぶ、そいつのくちばしぎゅっと押さえた。
くちばし、からすてんぐの鼻になってもがく。
鼻はもげなかったが、からす天狗は消えた。
どうめきの滝へ出た。
滝の上にお月さんがかかって、
「どうだ、わしを取ってみろ。」
と、お月さんがいった。
「なんとな。」
「天までとどく投網。」
そんなものない、滝かけのぼって、手届きそうになって、どんぶり、ざんぶ落ちる。
弓こさえて射たがだめだ。
「これだ。」
ちんちろりんがいって、ふきの葉っぱに、水汲んだら、中に、お月さんがあった。
ふきの、お月さんとらまえて行くと、大岩があった。
「さるとびいのすけぞ、ようここまで来た。」
岩がいった。
「二人はいらん、強い方を弟子にする、戦え。」
ちんちろりんとたんげんは戦った。めったら戦って、
「ちんちろりんを弟子にしろ。」
「たんげんを弟子にしろ。」
と、兄弟はゆずりあった。
「うるさい、負けたほうを食う。」
岩がいった。
まためったら戦って、腕も足もげかかって、
「わかったおれを食え。」
ちんちろりんがいった。
「おれのほうを食え。」
たんげんがいった。
大岩がとんがって、くちばしになる。
二人うまくそけたら、のびきって割れて、洞穴になった。
中に槍と刀があった。
ちんちろりんが槍を取り、たんげんが刀を取って行く。
お宮があった。
「忍術神社。」
と額がかかる。
「中へ入れたら弟子にする。」
と聞こえ、ぎいっと扉がしまった。
押しても引いても開かぬ。
「からくりがある。」
屋根にとっつき、壁にとっつきしたが、なんにもない。
どうもならんで、日が暮れた。
二人寝入ったら、おっかさんが夢に見えた。「人にわるさする忍者なぞ、ならずたっていい。」
という、
「どうしてもなりたいんなら、一本杉の下に、抜け穴があるが。」
とおっかさん。
あしたの朝見ると、一本杉の草むらに、穴が開く。
「ようし。」
二人はしば刈って火点けた。燃えて穴へ吸い込まれ、忍術神社に、煙がもくもく。
「火事だ。」
大声上げたら、
「お宮を燃してはならん、ものども。」
といって、騎馬武者がすっ飛んで来た。
三つ口に、ひーるに、親孫たぬきに、からす天狗に、月夜女に、岩女にすっ飛んで来た。
水をかける。
ぎいっと扉が開いた。
ちんちろりんとたんげんが、飛び込んだ。
「中へ入ったぞ。」
「火はもう消えている。」
騎馬武者が馬ごと人間になって、
「仕方ない、弟子にしよう。」
といった。
「さるとびいのすけさま。」
二人はそこへ、平伏した。
兎男はぴょーんと跳んで、そこへ立ち、親孫たぬきは、一匹大だぬきになって立ち、ひーるは無数のひーるが一人になり、からす天狗はからす天狗、美しい月夜女に、しこめの岩女に、
「七番目と八番目が来た、名はなんとしよう。」
「ちんちろりんとたんげんでいいです。」
「よろしい、ではちんちろりんとたんげん。」
さるとびいのすけさまがいった。
「お城へ忍び込んで、殿さまを連れ出せ。」
忍者はわけを聞いてはならん、ちんちろりんとたんげんは、お城へ忍び込んだ。
女部屋へ入って、まっ赤な着物を着て、
「大忍者さるとびいのすけさまが、お城の外でお待ちもうしております。」
といった。
「あやしのもの。」
家来衆が取り押さえると、赤い着物だけだった。
そんなことが三度あって、
「これは一大事。」
というのへ、
「わしが外へでればよかろうが。」
殿さまはいってお城を出た、お付きも六人。
「あんなんでいいんか。」
「知らんけど、連れ出した。」
ちんちろりんとたんげんはいって、忍術神社に引き上げた。
だれもいない。
三日待ってから、お城へ忍び込んだ。
「おそかったではないか。」
殿さまがいった、殿さまではない、さるとびいのすけさまだ。
お付きの六人は、兎男に大だぬきに、一人ひーるに、からす天狗に、月夜女に岩女だった。
「どうじゃ、いい暮らしができるぞ。」
という。
ちんちろりんとたんげんは、おっかさまの墓参りをしてきますといって、お城を出た。
「どうも納得いかん。」
「忍者は悪者だ。」
「やっぱりまじめに働こう。」
そういって寝たら、また夢におっかさんが出て、
「忍術神社のからくりがわかった。」
といった、
「さるとびいのすけと六人衆の、髪の毛とっておいで、それ屋根のてんがいにゆいつけて、回せ。」
いわれたとおりすると、ぴえーと音がして、さるとびいのすけの馬つら、兎男たぬき男、ひーる月夜女岩女、まっくろい霧になって、忍術神社に吸い込まれ、かわって殿さまと家来六人衆が、お城へ帰って行った。
忍者一党は成敗された。
ちんちろりんとたんげんは、おっかさんのお墓守って、はたけたがやして暮らした。
鬼の面
とんとむかしがあったとさ。
むかし、黒石村の、三郎兵衛、お宮のお祭りに、鬼の面つけて、おかぐらを舞った。
そのお面がとれなくなった。
とっついてはがれぬ。鼻くそもほれぬし、なんとしようば、かかわめくし犬は吠える、
「石槌山の岩戸くぐりゃとれる。」
という、
「とれるかも知らんが、あの世へつながってる。」
と、だれか云った。
三郎兵衛は、石槌山へ向かった。
「ききーぴよ鬼が来た。」
鳥が鳴く。
「おにんきたおうほうひいらぎ。」
ひいらぎが揺れる、
「鬼の面とっついたって、人間さまだ。」
と、三郎兵衛、
「おにんつらつらとっつたつらつら。」
つばきが云った。まっ赤な花が三つ落ちて、三人巫女さまになって招く。ついて行くと、石の柱がのっきり立って、真っ青な空に消える、
「生まれる前がいいか、死んだあとがいいか。」
と聞こえ、
「いやだ、生きていてえ。」
といったら、
「おうほっほっほ。」
三人巫女さま笑って、大空から、金の糸が垂れる。それつかまって底なし、
「助けてくれえ。」
三郎兵衛ふりもがく。墜落した。
目が覚めると、
「おっほうごうや。」
「ごうやのほうや。」
鬼どもが踊る。
「鬼なら踊れ。」
といわれて、三郎兵衛は踊った。
飲めという、小便のような。食えという、人間の手や足や、
「ぎゃっ。」
と目を回し、そうしたら、石の大門だった。
「開けてくれ、鬼の面をとってくれ。」
わめいていると、ぎいっと開く。
牛頭が現れた。
「とってくれるか。」
「こっちのほうがいいとでも。」
牛頭はいった。
「来い。」
ついて行くと、なんにもない部屋に、まっ黒い大仏さまが座る、
「でいだらさま、面をとってくれといってますが。」
牛頭がいった。
「つらの皮もはがれるが。」
大仏がいった。
「なんしてこんなめにあう。」
「さいころを振ったら、鬼と出た。」
「だで仕方がない。」
馬頭が来た。
「そろった、おまえが勝ったら、鬼の面外してやろう。」
そういって、ばくちをうつ。
びったくた。負けりゃ、せがれの寿命で払えという。勝ったら、もういっちょうという。
びかっと光った。
牛頭も馬頭も大仏も、石になった。
「ちょっと目をはなすとこれだ。」
ひいらぎの杖が浮かぶ。
「人ではないか、どうしてここへ。」
といった。
おかぐらのお面がとれなくなった、ばくちをうたされた、なんとかしてくれと、三郎兵衛はいった。
「三月たつ、身は腐れておる。」
ひいらぎの主はいった。
「死ぬのはいやだ。」
「では、そっくりに引き返せ。」
という。
三郎兵衛は、石の大門を出て、引き返す。
「ぎゃっ。」
といった、腐れかかった手や足だった、食えという、食うに食えぬ、飲めという、小便を。
「踊れ。」
鬼の踊りを、
「ほうやのごうや。」
「ごうやおっほう。」
めっくらめいて、なにかをつかんだ、金の糸にぶら下がって、真っ青な空へ、
「死んだあとがいいか、生まれる前がいいか。」
と聞こえ、
「いやだ、生きていてえ。」
「おうっほっほう。」
三人巫女さま泣く、赤い衣が、三つの花になってとっついた。
「つらつらおにんつら。」
椿が云った。
「鬼ではねえ。」
「はがれんひいらぎ。」
ひいらぎが揺れた。
「ぴーよききー。」
鳥が鳴いて、手も足も生え。
おかぐら舞いが終わったとこだった、年男の三郎兵衛は、大役を果たして、
「精進落としじゃ、さあ飲め。」
という、
「なんせめでたや。」
村一番の小町娘、おみよを射止めて、じきに祝言だった。
ぱちっとかわった。
ひいらぎの杖が見え、
「あんまし飲まんで帰って来てくれ。」
みよに振られて貰った、おっかさいった、
「用もねえに、おかぐらなんぞ出おって。」
六十じっさになっていた。
おかしいもっと-といって忘れてしまった。