ふきの下

 ふきの下   一


 なんたって旅に行きたい、忙しいお盆が過ぎたら、東北は奥の細道、北海道へわたっていわな釣り、コロンボックルふきの下で大いわな、ばさら坊主が脳天気な計画を立てた。ぜにがない、ワゴン車に乗って、ぎゅうぎゅう詰め込んで、拝み倒してお姉ちゃん二人と、がきの発想萩と月。
 沢庵石のさ、おっかさ云いくるには、弟子と三太郎を連れ、下北半島大間越えは、なぜか車二台になった。年金貰ったしな。
 
門前は猶も刈らずて萩や萩けだし今夕は寝待ちの月か

 どういうこっちゃ、鼻水たらあり風邪を引いたか、激痛口内炎、
「おっかさの恨みつらみ。」
 年だあなって、耳鼻科旦那のいたれりつくせりで、どうにか治って出発。
 満載の薬箱を貼るおんぱっくすも容れて、玄関に忘れ。
 女の子行くと云ったら、その数学理解できるのは、世界に五人だけという博士どの、口をあんぐり、
「規則違反だ。」
 という。
「婿どん候補ナンバー1、運転要員どうだ。」
「学期始まるからだめだ。」
 さぼっちまえ。奨学金六百万返さにゃならん。二人に聞いた。
「美代ちゃん、彼気に入ったか三食昼寝付き。」
「遠慮しときます。」
「由紀ちゃんどうだ、そりゃどっちだってもいいで。」
「だめよあの人、面と向かってブスだの、云いたい放題云ってアフタケアーない、女の人に嫌われる。」
 あんないい男ないのに。花粉症じゃなくって女アレルギー、過敏症だ。
 九月はひま坊主。
 美代ちゃんは福島、常四の車持って来て、由紀ちゃんは神戸、オートマの免許取り立て、
「ひぐまに食われる要員です。」
 だれか食われてる間に逃げて、あとでお経を読む。
 かんしゃく玉にライター持って来た。
 テントシュラーフ自炊用具に、フライフィッシング五式に、どでかいアイスボックス、わしの車は人間が食み出した。
 夕方七時に出て、くるくる寿司で晩飯。
 ろくなもんない うなぎいかあじうにとか、美代ちゃん記す。
 中条から国道七号線へ。
 美代ちゃんはどーんと加速。こっちはオフロード車。
 キーンと追い風して、見ずてんで陸送トラックが追い抜く。
 義経伝説の鼠ケ関。
 温海町は山形県だ。
 そうして象潟。
 象潟や雨に西施が合歓の花。
 道の駅に仮眠する。
「松島は恨むが如く象潟は笑うが如くという、それって景色いいとこかな。」
 学生の三太郎が聞く、
「知らねえのけ、芭蕉のあと隆起して、田圃ん中に松島あるで、お笑いさ。」
「笑うが如くって。」
 鳥海山のふもとを行き、海っぱたはまた絶景。
 でも夜は真っ暗け。
 じっさはせっかちで、ろくすっぽ休みもせず。
 夏油温泉や乳頭温泉とか、混浴もあるっていうのに。

追ひ行くは空音をはかりねずがせき歌の枕にまどろまむとは

 秋田市内で道に迷う、三太郎は運転免許がない、そうとは知らずろくでなし雇ったあって、そやつが優秀なナビゲーター、あっちへ行きこっちへ行き、すんなり抜け出して四五号線を田沢湖へ。

明け烏いずこさここは出羽の関早稲いなむらを下弦の月も

 武家屋敷の角館も早朝人っ気なし。
 辰子姫像のある田沢湖に、ものはためしのフライフィッシング、ぴくっと反応するのがいる、
「はやだ。」
 掃除の人がにっこり、
「魚なんにもいねえのさ。」
 と云った。酸性の強い玉川のせい。
 キャンプ場があってむしろ敷いて朝食。
 持って来たパンとソーセージやハム、野菜トマトにマヨネーズ、洋辛子つけてホットドックやサンドイッチ作って食べる。弟子がご自慢のコーヒーを煎れる。いやもう豪華な朝食。

清ければ魚は住まじと玉川の草の筵の朝げ楽しも

 乳頭温泉か八幡平か、泊まるのは後生掛け温泉か、それとも河童の出る遠野へ、宮沢賢治がいい、そのうどっかで釣れねえか。船頭が多い、決まりかけるとわしが首をかしげ。
 宮沢賢治は、がきのころから暗唱する、だから花巻には行かない、イーハートーボは心の宝だとかさ。
 行こうと云って、美代ちゃんの車に乗った。シートがいい、美代ちゃんは弟子と交代した、もうぱっちりだって云った。
 ふいと微睡んで元気を取り戻す、美代ちゃんの、
「だめっ。」 
 坊主と心中したくないって、
「田沢湖は、辰子姫を坊主がどうのって。」
「そんなこと関係ないの。」
 川があった。
 弟子の先行車無事通過、釣りにはそっぽ向く。きのこは取る。
 きのこの仲間だあいつは。
 玉川温泉という、酸性泉がたれっぱなしにする。日本の破砕帯第二号というのか、有数の鉱床でえーとなんてったかな、このへんにしかない石の名前、
「支流捜せば釣れる。」
 玉川を魚の住む川になんて看板が立つ。じゃ釣れっこないか。
 車乗り換えた。
 由紀ちゃんと代わって、わしが釣り車運転して、三太郎が地図とにらめっこ、ダムの上流に別の沢があった。
「女どもは先へ行け、後生掛け温泉かなあ、予約して待ってろ。」
 きくいもが咲いてすすきに赤とんぼ。
 いい川だ。
 さっぱり釣れず。
 三太郎がでっかいの見たという。釣り荒れして、これじゃ新潟と同じ。げっそり引き返す。
 
玉川の魚にしあらむ石碧し人を恋ふらむ初秋の風

 とりかぶとが咲いていた。どれったら通りすぎて、あれは野路菊。
 禿山に煙が吹いて、すざまじい臭いがして、じきに玉川温泉とある。
 新旧玉川温泉車でいっぱい。
 田舎の一軒宿、じっさ向き温泉ねえかって、満杯の後生掛け温泉へ来た。
 美代ちゃんの車がない。
 ケイタイが通じて、八幡平温泉郷へ行ったと云う、あとを追う。
 向こうに見える山っ原が八幡平か。
 いやそのど真ん中を行く。
 青森ひばにだけ樺と笹と。
 威風堂々の、まあこれが八幡平。
 遠い山なみもいいし、りんどうや棘のないあざみや、みなまた亜高山帯の花に賑わう。

山へなり月は同じぞ恋ほしくは八幡平の雲井にも聞け

 大温泉郷であった、でっかいホテルやリゾートから有名宿、うわいったいなんだ、おらの行くとこじゃねえってじっさ。
 ケイタイが通じた、
「なにどこ、どうしたって。」
 美代ちゃん車はまって動けない、助けてくれって、
「路肩ぬかるみか。」
 行く。
 それがわからない。
 碁盤の目のような高原ホテル村。
 右往左往して、由岐ちゃんが手を振る。
 どうしたらこうなる、人の家の芝はがして乗り上げる。
 どうもならん。
「JAF呼ぼうか。」
 四人でトップ持ち上げて、バックへ入れたらど-んと外れた。
「こんなん崩したら弁償だあ。」
 けっこうえぐれ、だーれもいない。
 なら行く。
 マフラー外れてる、弟子と三太郎でもってそやつ押し込んだ。

吹き上げて命二つを後生掛け妹が辺りはなにさま見えぬ

 ガソリンスタンドで教わった昼食亭。
 和尚さま牛タン丼、
 由紀ちゃんオムライス、トマトケチャップにマスタード入り、おいしかったってさ、
 私マナールカレー、トマト入りっぽいインド風って代ちゃん記す、
 弟子ミートスパゲッティ、
 三太郎奇食パオ、バナナ付きうどんもあり、けっこうトロピカル。
 宿に入る三時までには間がある、谷川を捜す、
「お年だってのに疲れないんかしら、眠くないの。」
「眠い疲れる運転危険。」
 だっても釣らにゃなんねえ、水の濁る川へ出た。
 由紀ちゃんもウエザー履いて、きゃわいいったら練習、ほんに魚一尾いない。
 そりゃまあそうだな。
 山葡萄があった、えびという、取りに入ったら、やぶ下うんちだらけ。
 トイレこさえとけ。
 吹き上がる温泉、その上流を水が澄む。
 ハリひっかけて中止。
 地熱染めという店があって、美代ちゃん車付属喫茶店に寄る、
 こっちは通過。
 えびは落ちたのを食べるといい、だれも知らんだろうな、手はじかんでもう寒い朝、そいつが甘いんだ。

草枕旅の添い寝はえび蔦の甘うもあれば物をこそ思へ

 宿へ着いたら寝た。若い四人はテニスをしに行った。ルールもわからないって、行って面倒見ようかと、いやもう寝た。温泉に入って寝て、飯食って酒飲んで寝て、はーいあしたの朝はすっきり。
 日記に書いてある、
 1このまま解散、2旅を続ける、3どっちかのお姉ちゃんとしけこむ、4わしだけ電車に乗って帰る、5その他。
 帰ろうと思った。美代ちゃんも帰りたいって、はてな、朝起きたらけろっと忘れ。
 夕飯は、茄子の田楽とししとうがおいしかった。
 若い連中は夜更かしした。
 茄子の揚げ田楽にししとうの素揚げ、きりたんぽ、鍋はひない鶏ではなく、えーとなんだっけ、刺身酢の物とり肉松茸もどきって、美代ちゃん記す。
 朝はバイキングでクロワッサン。
 おかゆを和尚さま誉めたって、由岐ちゃんお薦めスパゲッティサラダ、コーヒーに和尚さまバター入れたぎゃあって、書いてある。
 とうがらし梅茶、口内炎ぶりかえしそう。
 ハイツ八幡平、松やぶなの林にきのこが出るってさ。
「テニス付きあおうか。」
「いい、球どこ飛ぶかわかんねえ。」
 そんなら出発。

賢さのイーハートーボに敷かむには未だ淋しえその花筵

 西根八幡平からJR花環線に沿って、津軽街道を行く。
 三太郎のナビゲーターは信用をえた。高校で剣道二段を取った、地図を見てさっと示す、へええたいしたもんだイナゴの小便と云って、金魚の小便いけしゃあしゃあ。蝉の小便きにかかる、わしのおやじギャグはあと艶笑小話なと、ぜーんぜん受けない。
「戦前の話かなあアメリカに相当のさ大物主があって、うけ皿破れちゃう、牛や馬ってこったが、是非一度人間くの一に思いを遂げてみたい。日本にすまたという技あるを知って、万里の波頭を越えてやって来た。でどうなりましたって、吉原というところで首尾よう、さすがふじやま芸者の国です、奥に畳が敷いてありました。」
 男の子も女の子も首かしげる、これ宿で話したんだけど。
 クイズ、以下にふりがなして下さい、二戸、田頭、安代、安比、田山、小屋の沢。にのへ、でんどう、あしろ、あっぴ、田山はたやまでした。
 小屋の沢と小屋の畑という地名があった、鹿角は秋田県で、かずのと読む、大湯ストーンサークルという縄文遺跡がある。
 UFOが飛ぶってよ。
 そこから十和田湖行こうってこと。
 わしが仕切ると云って、青荷ランプの宿、垂涎の混浴は満員で断られた、テレビで見た十和田の老舗蔦屋旅館にした、
「それって本売ってる。」
「違う、クラシックな名物宿。」
 道は高速道路に平行する。
 ラッシュでも車四台。
 三太郎が鉱山の跡へ行こうと云った、
「金はねえしさ、後片づけもせずそのまんまなってる。」
 すげえんだという、なら行こう花輪鉱山、
「行ってみたわけではねえけど。」
 なんだそりゃ。
 いえそういうのあるんです。

小屋の畑小屋の沢なむ問ひ行くに浮かべる雲を春いや遠み
  
 花輪鉱山を通り越して橋がある、格好の川だ、
「そこへむしろ敷いてコーヒーでも煎れろ、食うもんもあらな。」
 といって、温泉煎餅出す。ウエザー履いて橋の下へ。
 せっかくフライ振っても、めだか一匹釣れん。
 お姉ちゃんたちは鉱山を見に行って、
「わかんなかった。」
 と引き返す。弟子の煎れたコーヒーを飲んだ。
 とりかぶとが咲いていた。
 手折って来ると、
「うわあ寄るな。」
 とさ。
 鉱山跡へ引き返す。
 建物一つと坑道の入り口と、水を貯めたプールを円形に囲って、へんてこな機械がでん座る。デズニーランドにあったっけか、え-と何掘った、
「ボーキサイトだな。」
「金だ。」
 そうだなきっと。
 由紀ちゃんすすき野原へ、
「残念でした。」
 ふーんそりゃ残念。
 道は山越えに鹿角へ入る。冬は閉鎖の峠。

鹿角には若葉をさへや花の輪の雪掻い別けてやまたずの行け
 
 大湯環状列石は、半径九0mほどのストーンサークルが二つあって、三000年前縄文時代後期のものだという。人を埋葬した祭場であり、部落ごとに祭る四本柱と六本柱の屋根があり、けものわながあり、これは生け贄用かその他あって、それはもう親切に、秋田弁丸出しの、田口亮子さんというボランティアに説明して貰った。
 たいていそっくり忘れた。
 亮子さんからかって写真撮って、
「これがバウバブの木。」
 と云って植え込みの欅。
 発掘された石器や土器を見て、オカリナを売っていた。
 由紀ちゃんが買った。
 ピアノ弾きで、歌わせるとやっぱりプロだ。
 隣座ってオカリナ吹くと、すんでに車乗り上げる。
「練習するから。」
 といってピーフー。
 フェデリコ・フェリーニ監督の道に出て来る、
「おおジェルソミーナ。」
 そっくりで、
「ようしいっしょ大道芸やろう、能無しアンソニイクインになって。」
 なんにもしねえでえ、マリオネッタやれ。
「うんしよう。」
「おお、これで食い外れなし。」
 美代ちゃんは小野の小町の末裔。
 いっしょ礼文島わたって、バブルの頃来てくれりゃ五00万出すって寺あった、そこへ行って隠れキリシタンやろう。
 世の中むずかしいんだ。
 田口亮子ちゃんに教わったホテルで昼飯といってうっかりパス、ブーイング。
 中華山水亭というのがあった。和尚美代ちゃん山水ラーメン、挽肉ざー菜入り辛口、弟子三太郎揚げ焼きそばしょっぱい、麺がしけってる、由紀ちゃん冷麺四川風、辛口。
 量も値段も一・五倍って書いてある。
 UFOにラーメンのっけて 縄文のおおむかしへ飛ばす。
 そいつが返って来た、光のドップラー効果で、ラーメンは光輪になって、鹿はぴいっと鳴いて、だからりんごが真っ赤になった。とかさ。

 大湯川を遡り、発荷峠を越えて十和田湖へ、展望台があって湖を一望、
「遊覧船に乗ろう。」
 という。
 美代ちゃん由紀ちゃん弟子遊覧船、三太郎とわしはどっかでカパチェッポ。
 そこら迷路抜け出して、キャンプ場に入って釣る。フライは届かぬ、海釣り用のでっかいルアーを飛ばした、わかさぎが跳ねて、なんかいるにはいる。
「ブラックバス追って来たがなあ。」
 と三太郎。
 そんじゃ十和田湖もおしまいだ。
 ブラックバス放す、日本人の面汚し、どうしようもねえ、もとっこ面ねえってさ。
 待ち合わせて、美代ちゃん車と合流、
「釣れた? 」
「船面白かった? 」
 どっちも浮かぬ顔って、まあさ面白かった。
 写真撮って島があって水が碧くって、これっくらいの魚泳いでいたって。弟子と由紀ちゃんと、わしに裏は花色木綿、赤いシャッツ買ってくれた。
 ひっかけて奥入瀬川を行く。
 勇気いるぜ人が避けて通る。
 さしもの水量だ、
「生物採取禁止って、釣ったらだめか。」
「そりゃだめ。」
「そうかねえ。」
 雨が降って来た。
 降りしきるのを蔦温泉へ。風情あるって、よっぽど風情の蔦温泉。
 由紀ちゃんがオカリナ吹く、
「ひええ。」
 車ごと死ぬ。

和井内の久しき時ゆもがり吹く雪にしのはな魚は何ぞ
尋ね来てどうめきあへる奥入瀬の春し迎えむなほ満つ満つし

 蔦温泉のファサードは、大正八年建立の二階建て、
「トイレ洗面は共同になってますが。」
 そこしか開いていなかった。いやもうご立派の襖あり欄間ありが、右に傾ぎ斜めにうねってり、それでいて戸障子がぴったり、あっはあ腕のいい大工がいる。
「見ろ、あれがタイムトンネルだ。」
 亜空間によじれる。
「千と千尋の。」
「だなあ。」
 みんな大喜びする。
 桂月という文人がいたそうで、へたな書や俳句がある。青荷のランプの湯にも歌人がいた。つまらない歌があった。
 文壇なんて知らん、いびつでがらくたの山は、俳句歳時記を見る如く。
 今は潰え去って、売らんかなとコマーシャル。
 とりかぶとが咲いていた。色が染んで、
「強烈毒ありそう。」
 だれかに一服盛ろうぜ、いえ止めときますと三太郎。
 賢治にうずのしゅげはあっても、とりかぶとはない。岩手でなくって青森か
 風呂は木造の天井の高い、檜材で補修してあったり、結構な代物。十時過ぎは女湯になる。
 ややこしいことしなくたって。
 時代の風潮には勝てぬからとさ、胸とか自信ないって、由岐ちゃん云った。
 出腹もがにまたも男は可。じきに逆転したりさ。
 みちのくの温泉に何思う。一に天下国家を論じ、浮き世の傷を癒すによし。赤ん坊のたたわわする、初々しい女よし、紅葉よし。
 身勝手な俳句。
 屁のようなものまね不可。
 とりかぶとのようにさ。
 毒食えば皿まで。

とりかぶと色に出でいて蔦屋なむいにしへ秋は奥入瀬の川

 すぐ寝てしまったが若い連中は十二時ころまで起きている、美代ちゃんの記録欠落、何食べたか忘れた。由紀ちゃんはどこへ行っても素敵って云う、外交辞令でもないらしい。
 部屋三つあって真ん中あけて、襖越しの男女別、夜這いに行こうかってさ、じっさなんせ物が押っ立って困った。



ふきの下 二


 どうやら雨が上がる、蔦温泉を出た、
 わし晴れ男なんだと云ったら、由紀ちゃん私雨女ですと云った。晴れ男が勝った、ようし思いを遂げて、そういう関係ないほう長続きする、うんそうだって返す、なんせこの子賢い。
 下北だ、野辺地で釣ろう、あのなんにもない藪原だーい好き、心の故郷。そうですって三太郎が云う。あのまっ平ら川だれも釣らんできっと。六ヶ所温泉で泊っか。陸奥だ、川内川っていい川ある、青淵にやまめがいて、きのこ出る公園、いいとこだあキャンプしよう。意気投合したら、美代ちゃんが地図にへんてこなものを発見、
「津軽にサンタクロースの館ってある、これってさ。」
 そっち行くとそのう、
「となかいって本物見たかったの。」
 由紀ちゃん恐れ山へ行こうっていう、では折衷案、青森の喫茶店だ。世界の五つ星あるっていうぜ行こう。喫茶店やりたい美代ちゃんいっぺんに賛成。
 それから野辺地行ってさ、雨の上がる八甲田山の森へ。

いにしへゆ我が思へらくは蔦屋なむ言の葉疎き奥の細道 
八郎の何ぞ住まへり長雨のもやへる辺り行き過ぎにけれ

 蔦沼は釣れるんだけど、変な鱒いるんだっていうぜ、だけど雨で駄目だ、紅葉には未だの十和田ゴールドラインを廻る、谷内温泉というまた車が何台も。
 地獄沼には、三太郎泳げ、いえ止めときます、紫に、金色になんの花か咲く。
 きべりたては、くじゃくちょう。
 酸ケ湯は有名な混浴温泉。
 朝湯だ入ろう、九時までは女湯だってさ詐欺だ。
「あたし入って来よう。」
 由紀ちゃん入る、待ちぼうけ食って、一抜けたって、その気になってたんに美代ちゃん、東北随一木造のさでっかいの。入ろうという三太郎を無視して、湯上がり由紀ちゃんと出発。

酸ケ湯とふしるべは何ぞ染め出ずる山を廻らひ妹に恋ふれば
みちのくのしるべは何ぞ萌え出ずる山を廻らへ妻に恋ふれば

 ちょっと早すぎたか、あと十分で十時、
「キョーレツ喫茶店あるはずだぜ。」
 混雑の市内を行く。
 青森新聞の記者っての知ってたがなあ、じゃ電話してって泥縄。官庁街へ出たり朝市へつっ込んだり、
「いいおねえちゃんいる、」
「振り返るな。」
「青森ファッションだあれ。」
「え。」
「すてきなばあさ。」
 車ぶっつけそう、
「そうだ青函連絡船の港行け。」
 連絡船は廃止になったけど、フェリーが往復する、喫茶店になったり、美代ちゃん納得とかあるはず。剣道の三太郎いっぺんに案内する。
 浜っ風が吹く。
 はぜとちんけなかれい釣っていた。
 あった、メモリアルシップ洞爺丸。
 台風で沈んだんじゃなかったか。
 どうだいいだろ、
「十一時からだそうです。」
 フェリー出るとこは向こうです。そっちへ行ってみた。売店はあったが、レストランは十一時から、
「めんどくせえフェリーん乗っちまえ。」
 じっさ仕切る、
「何時間かかる。」
 中学の修学旅行んとき、青函連絡船は、朝に乗って夕方着いた、九時間かなあ。
 海峡へ出たら、ぐうっと上がってどーんと沈む、ぐわその塩梅よかったことは、
「三時間五0分です、もうじき出るのあるって。」
 世の中進んだ、ようし乗ったあって下北半島ふっ飛んだ。
 フェリーけっこう快適だぜ、美代ちゃんも満足って、弁当買っときゃよかった、長距離フェリーとは違う。ごろ寝部屋にトラック運ちゃん、鯖にうで蛸弁当かっ広げてビールひっかけている、学生の一群は幕の内弁当。
「カップヌードルの無人ボックスしかねえです。」
 まあじゅーすも売ってらあな、セルフさーびす、しゃあないそれでもってごろ寝。
 由紀ちゃんが酔いどめの薬服む。
 外はどうっと風が吹いて、たしかに早い、
「仏ケ浦が見えるぞ。」
 削り取られたような崖っぷちを行く、奇岩絶壁は、だが見えなかった。
 三人分の空気枕があって、そこに頭のっけて両手に花、右に美代ちゃん左に由紀ちゃん、数学博士と同じだなあわしも。
「船酔いってさ、歌ったり踊ったりしゃべくったりしてりゃだいじょぶ。」
「そうしよ。」
 と云って、揺れもしない。
「ほらあの子たち学生だな、いっちこっちいいおしり。」
「どれ。」
 美代ちゃん沽券に関わる、いいおしりしてんだから、でっかいおしりの子振り返った、
「うわ違う止めた。」
「かわいい顔してるわ。」
 とうても可愛い顔。

さひはての仏ケ浦とふ舟の寄るいまだ届かじ波の辺なる
荒海の過ぎしは思はじ吾妹子や空ろ木の辺にかまめ寄せたる
吾妹子と二人松がへ住みよしの陸奥の国なむいや遠に見ゆ
吹き曝し野辺地田浦が帆立貝おのれ行くさはありやなしや

 函館は年間二五0万人もの観光都市、港へ着いたとたん、らっしゃいませじゃなく、とにかく観光案内で宿取れ、ビジネスホテルでいいぞ、素泊まりで名物行こう、じっさまた仕切って、弟子と三太郎頑張る。
 ホテル函館山ヴェイカンシイだった。そっちだ車二台山へ登る。
「ほらあそこ行くおっさん、三五00円でって云ったけど止めた。」
 受けりゃいいのにって、
「止めた、なんかあぶな。」
 客外して歩く後ろすがた。おかまみたい。
 百万ドルの夜景に行くロープウエイの傍らだった。
 荷下ろして、一休みもせずに出発。
 美代ちゃんも降参、高田屋嘉兵衛の立派なおしり眺めながら下る。
 あったお倉喫茶店。
 入って行くと、なつかしコーヒーの香りして、美人マダムが客あしらい、
「どうぞお二階へ。」
 一見の客追っ払うぞ、喫茶店博士のわしを知らんか。
 連れはいそいそ二階へ上がる。
 コーヒーとチーズ菓子と、
「どうだお寺のお倉喫茶店にすっか。」
「うんしよう、しよう。」
 歴代雲水と娘の大荷物にマンガ、そいつらなんとかして。
 黄表紙本の展示があった、読めるんかな、世話物だあなこれは、一服して港へ行く。
 賑わっている。
 赤煉瓦金森亭に夕食ってことにして、周りへ散る。
 女の子のショッピングは付き合い切れん、通りっぱたのベンチで大欠伸。
啄木の住まふも知らで夕暮れて石に戯れはぐれ烏も
啄木の問へるはなんぞ法華なむ知らぬ火村に散らへる落ち葉
啄木のけだし悲しき砂山の何を捨てあへ何に我が根無し草
   
 美代ちゃんと由紀ちゃんが上着を買ってくれた、それを着てさっそうと金森亭に入る、むかし舟会社だったという、見事な赤煉瓦。
 まりもを買ったんだ、天然記念物の、うれしかったと由紀ちゃん。サンタクロースに会った、とつぜんでびっくり、いっしょに写真撮ったと美代ちゃん。
 えっへとにかく。
 まずワインを注文、地物いらんスペインのにすっかたらぜんぜん来ない、冷えてないって、
「どうした。」
 ウエイターびびる、やっと来た グラスついで乾杯。
「きえまずいぞこれ。」
 高い。
 料理、絵に出てんの五品もって来い、老眼でメニューようわからん。けっこういける、魚介も肉もサラダも旨い。取り合って食べる、食べ終わったら別の五品註文、
「田舎もんのオーダーでさ、すまんね。」
 やくざと間違えてびびった連中も和む、
「人数多すぎる、アルバイトだってもさ、ちったデズニーランド見習え。」
 みんな必死こいてとか、いい加減云って、豪華な夕食になった、フルコースより断然安い、腹いっぱい。
 南米ワインの方うまい、また来ようってタクシーへ、
「五人だけどさ、なんとか乗せてくんねえ。」
「いいすよ、見っからんようします。」
 後ろ席四人押し込んで、由紀ちゃんすっぽり隠れて、
「ホテル函館山。」
「じゃすぐそこ。」
 ロープウエイ着けようっていう、函館の夜景見る、この人数ならタクシーの方安いと運ちゃん。そうしてくれって、夜の函館山登って行く。観光客は、大型バスがつけて何百人延々、
「夜景どうってことねえなあ、飛行機ん乗ってソウル空港の方いいで。」
 憎まれ口。
 でも灯火を工夫するらしい。なんかほろりとする。
 運ちゃんライトアップの夜景案内、教会や公会堂や、おっほう記念撮影しようって、ドア開けたら後続車とニアミス。
 わしらやくざってこと知らねえな、ばっきゃろめ。
 
悲しくは百万ドルの函館のけだし見えむ烏賊釣り明かり
 函館はご存じ朝市定食、うに丼かに丼いくら丼三つ組み合わせ丼、お粥食ってる人間にはきつう。
 紀宮さまお忍びでお出ましという、密かに撮った写真に、spが写っている。すんばらしい女sp、一分の隙もないってキャー惚れた。なんでこう物々しいお忍び、三カ月前から、当日はもうくったくたって、店の人云った。

朝飯に賑ひすらむ函館のかまめ鳴くさへ物悲しかも

 女どもは堪能した、こっちの番だ三太郎川を捜せ、釣れる川だぞ、
「いいんですかおれの案内で。」
「しゃあないおまえと心中する。」
 海岸沿いに車をぶっとばす、ちきしょうめ出掛けにすんだはずが、そんなもなもう少し我慢たって、茂辺地という所、男爵芋記念館というのがあった。トイレがある、
「見学だあ。」
 川田男爵と云う人の、日本最古の蒸気自動車とか、みんな突っ立ってるきり、しかたないソフトクリームを買った。
 男爵芋のソフト変わった味する。
 由紀ちゃんぺろりやったっきり。
 トラピスト修道院へ行く。
 すぐ近くにあった。日本最古のカソリック修道院。ビスケットだの黒ビールだ、自給自足の、いや小学校で習ったっけか。
 早朝を見学者の行列、バスが何台もつく。 林苑を行き、坂の向こうに塔が立つ、ふえ息切れ、
「修道院て聞いたことあっけど。」
 と三太郎、
「そうさ、西欧の歴史と文化の一翼は修道院が担うといってもいい、一0世紀一一世紀のころからだ、えーとあれなんて云ったかな、モーツアルトが入ったというフリーメイソンも元はと云えばー 」
 ふうはあ、
「日本には修行道場がない、選仏場はなくなった、作らんけりゃならん、こんな邪教じゃなくって。」
 どうしたって、
「三太郎も出家するなら、ー 」
 ふうはあ、
「祇園精舎ですか。」
「ちゃんと法を継げ、でないと同じ目くそ鼻くそだ。」
 扉が閉まっていて、見学は予約女人禁制と書いてあった、引き揚げた。
 あてになるやつの一人や二人。
 時流には拠らぬ、一箇あれば叢林、吹きさらしのもまったく収まる。
 絶学無為の閑道人。

 どこでも行け、わしはいわな釣ると云ったら、始めはみんなついて来た。橋のたもとに停めて、ウェザー着て入ると先客がいた、
「あめますいる、フライじゃだめかな、どばみみず。」
「そうかフライっきゃない。」
 別れる谷へ行く。
 釣れたいわな、リリースして感激ひとしお、
「釣れたなあ。」
 大物いそうになく引き返したら、美代ちゃん車でお寝んね、三太郎は木の枝にえらさし通して、
「釣れたほら、フライで初めて釣った。」
 という、はやだった。
 由紀ちゃんは川原で遊んでたし、弟子は橋の上からのぞき込んで、
「こーんなのいたで五0cmぐらいの、だから釣ってみようかと思って。」
 という、なるほどどばみみずの、
「ふーんまあ釣れねえなあ。」

コロンボックルおどろ神威をふきの下身のたけ丈の魚も雲か。
魚に似てコロンボックルふきの下醜き我れを流転三界

 女どもは追っ払った、これぞ本命と三太郎の云う沢へ入った。
 入れ食い、まんまるうやまめ。
 フライ長すぎて釣り逃がす、狭い谷だった、
「こんちくしょうめ。」
 のろまはいわながいい、やまめは食ったやつを吐き出す。足下にばしゃっがた大物、深場へ入ってもう出て来ない、
「ふう。」
 弟子は車に仮眠、
「三疋釣ったけどさあ。」
 と三太郎、
「おい持ってこうぜ、あんな太ったやまめいない。」
「だって尺物以下リリースって。」
「今日はお祭りだ、多少頂いてさ。」
 次の谷へ向かう。
 けっこう遠い。北海道の林道、馬鹿にしたらめに会う、なんしろ走った。
 薫製機ぶっこわれたって、弟子が云った。焼き付けすりゃ治るって、未必の故意か、手間食う仕事だった、あいつめ。
 あった。
 とんでもない川が。
 素人の三太郎が入れ食いの、こんなの処女地っていうんか、何十年前の土田舎。
 何匹釣った、帰ろうか。
 ハリいたどりにひっかかって、外そうとしたら、びんと跳ねて指に刺さった。かえしまで入る。
 手術しなけりゃ取れんというやつ、かえしのないハリ使わず罰当たった、ぎゅうねじくり回して外す。
 もう夕方の四時だった。
 なにせ凱旋。
 引き返すべきだった、川が何本あったって、必死に運転。どえれえ道だ、はてなあひぐまのうんち。
 国道へ出たのは七時を回る。
 ケイタイが通じた。松前の鉄口旅館だという、弟子が予約しておいた。
 八時近く。
「どうなの釣れた。」
 美代ちゃんと由紀ちゃん、
「釣れた。」
 林道一00キロ走ってさ、ひぐまがのっそり、きたきつね化かす、わしは大手術してハリ引っこ抜いて、いたどりだあ、うんでもって三太郎にも釣らせてやった、
「申し訳ないす。」
 三太郎心得てやがる。
 旅館も待っていてくれて、風呂へ入って、みんないっしょに晩飯。
 ビールきゅっとやって、ぐわあ人心地。
 女どもは、道の駅もんじゅでねぎとろ丼を食べて、三時には旅館へ入った。
 ここはむかし松前藩のさ、砲台があって、帆船開王丸が停泊する、
「そうかあれ三角のイルミネーション。」
 夜目に見える、飾るなら真剣にやれって、青少年研修のメモリアルシップだった。
 鉄口というのは、内地からのメモリアルネームだってさ。
 にしんのぬたとか美味い。
 美代ちゃんの腰のあたりくすぐった、
「キャハハハ。」
 だれも泊まってない。
 由紀ちゃんは逃げ足が早い、追いかけっこ、捕まえたってー
 でもじきバタンきゅう。若い連中はトランプしたり十二時まで。
 釣ったいわなを、板前どの塩焼きにして、朝のお膳。
「すげえ記念撮影。」
 色紙敷いてパゼリくわえて人数分。
 窓を開けると快晴。
 古い港にいわつばめが舞う。

我れもまたなんのえにしぞ松前の砲台跡に舞ふいはつばめ 




 ふきの下 三


 もう釣りは堪能した、ネイティブ最後の谷へ入った、フライフィッシャーの冥利に尽きる、さあ出発といって、
「もう一回挑戦しようぜ、女どもどっか追っ払ってさ。」
「ハイそうします。」
 三太郎はイエスマンになった、昨日は面白かったそうの、でもこいつほっときゃにしん御殿に入っちまう、鉱山の廃虚に、野辺地に、恐れ山の寺坊は三五00円なと。
 江差追分の、
「さぞや歌捨磯谷まで。」
 そこしか覚えてねえんだ、難しい尺八、越天楽と同じだってさ。
 信濃追分の、
「浅間山から鬼や尻出して、鎌でかっ切るような屁こいた。」
「それ知ってる、鬼押し出しにあった。」
 という、三太郎旅ずれしてる。
 そんじゃどこ泊まる。
 明日は札幌だ。いっちゃんに会うことなってる、いっちゃんというのは、年上の弟子で、弁護士大学教授やの偉い人だったけど、お先に遷化した。その二番娘で結婚して札幌にいる。
 ナースしていた、薬を送ってくれる。
 そう云えば薬箱忘れた、たらっと鼻水出たけどなんとか、
「越しの寒梅に万寿にお土産。」
 ニセコ泊まろう。
 千歳行って牧場でチーズ作るって美代ちゃん云う、
「それ予約制です、だめかなきっと。」
 と弟子。
 常山溪がいいか、積丹岬行くって由紀ちゃん。
 ニセコに決まった。出発。
「まっすぐニセコ行くのと、いわな釣り行くのと別れる。」
 ひぐまに食われる前に、写真撮ろう、全員は一枚きり。美代ちゃん車に五人。あとで見ると皿に乗っけたソーセージ、
「なんだこれ。」
 車が鏡になって、みんなの顔。
「いわな釣ってさ、なんたっけな、人生き埋めんなったトンネルある、開通したっていう、そこ行こう。」
 三太郎に云った。
「生き埋め。」
 開通第一号の生き埋めんなりゃ、高額保証金出る、じゃあそうしましょう。女どもは弟子連れて行った。
 何かと役に立つ。
 由紀ちゃんは、
「行こうか云ったけどやっぱこわいって。」
 と三太郎、
「なにわしがこわいって。」
 海岸沿いへ出る。
 函館から同じ風景、磯っぱたに寒村があって、それがときに賑わってまた磯っぱた。
 変わらねえってのがいいな。
 さいの河原に人気なく、
 風に嘆くは芹の花、
 ふーらり舞うか谷内烏、
 島影消えて淋しいばかり。

荒海やにしんは失せて寄せ返しせめて歌捨磯谷まで

 第一の川はやまめがいた。小さいのが飛びっつく、でっかいの見たって三太郎、あてにならん、たしかにいましたって。先客が一人行く、いい加減で引き揚げた。
 いわなの川あるって、どうもいない、車が草に滑って往生した、三太郎押して苦労して脱出。
 次は堰があって釣れぬ、魚道もない。
 トンネルが続く、
「どこかなあ生き埋めんとこは。」
 巨岩奇岩絶好の磯に、だーれも釣ってない、
「密猟禁止。」
 という看板はうにやあわびだ、鮭しか廻って来ないってさ。
 本命の一、すんばらしい川が海へ差し入れる、ようしって停車したら、
「釣り禁止。」
 の赤い看板。
 トンネルにトンネルが押し続く、改修トンネルが三つ四つあって、慰霊碑が建つ。
 開通一号の保険金にはならず。
 六人死んだってんで何百億。ふいー人の命は地球より重い。
 大本命のがあった、入ろうとしたら、
「二キロ先は行き止まり、この川でやまべを釣ってはいけません。」
 と書いてある、
「やまべなんか釣らない。」
 二キロ先へ行ったらゲートが開いていた、ダムの上で閉まる、
「ようし歩け三太郎、すんげえ川だぜこれ。」 ウエザー履いて竿持って歩いて行った、一キロも歩いた、すんげえ高巻き、
「だめだ、そういやゲートんとこ下りる道あったぜ。」
 引き返す。
 紐がぶら下がって伝い下りる。どん深淵がある、絶好の川、
「こういうとこで釣ってみたかったんだ。」
 尺ものいわなって、なーんも釣れぬ。遡って行っても、かすっともかすらない。
 人の足跡がいっぱい。
「わんさと押しかけてさ、とうとう駄目にしちまったんだ。」
 北海道中と云ったらいいか、だのにまだって、そりゃてめえっちのこった。流れん中で糞ひって、どうれ肥やし。
「気分いいぞおまえもやれ。」
「遠慮しときます。」
 おれ下流にいたのにって、そうかい。引き揚げた。
 ゲートとこにパトカーがいる、こっちの車調べてるんか、新潟ナンバーを。
「かくれろ。」
 藪かげへ隠れて、
「でもさ管轄違いじゃねえか。」
 Uターンして行く。

しゃもなれやみにくし我れを隠り井の神威かしこみ山辺の主ぞ
  
 女どもは弟子して洞爺湖へ行った、洞爺湖でなにしてんだ、もうニセコへ着いた、
「洞爺湖釣れっか。」
「さあ。」
 ケイタイが繋がった。ニセコのホテル昆布村というところ、もうあと行くよりないか。大地川の河口に、ウエザー着たのが並んで鮭を釣っていた、
「自衛隊だ戦争。」
 釣り人は大嫌いって、またてめえを棚に上げ。
 後尻別川の辺りを長万別方向へ走る、鮭の大網でいっぱい、支流があった、最後の挑戦、
「すこうし時間あります。」
 いい川が、生活排水が入る。
 対岸にぴくっと跳ねて、ハリ葦の根っこにひっかかる、ウエザー着てなかった、ぷっつん切れた。
 羊蹄山が真っ正面、富士山の五合目からそっくり。彼が男なら、ニセコアンヌプリはそりゃもう美人。昆布温泉という、場違いな名前んとこへ行く。
 ニセコいこいの村森林公園。
「女どもの趣味だあ。」
 池あり、遊具あり野鳥の林あり、
 じっさ気に入りそうだからって云われ。
 洞爺湖で何した、昼食食べた。遊覧ヘリ乗ろうとしたら、一人五000円で止めた。
「釣んねえし、混浴温泉ねえし一日端折って帰る。」
 わし云ったらブーイング。
 無理ごもっとも、かあちゃんが恋しいんだろ。
 洞爺湖で、
 ランチは望羊亭、由紀ちゃんハンバークじゃがいもの冷たいスープ、ブレンドコーヒーって、美代ちゃん記す。弟子と美代ちゃんカレーdeドリア、手作りチーズケーキ。近くの牧場でソフトクリームを頬張る、手作りナチュラルチーズは買わない、ひぐまといっしょに写真を撮る、200円て150円しか入れなかった、きっと50円でも撮れたとか。

 明日はいっちゃんに会いに札幌行って、小樽行ってフェリー乗ろう。フェリー朝の十時に出て翌日早朝五時に着く、明日一日遊べるから。
「いっちゃんから問い合せ来た、三度も。」
 弟子云った。
 ケイタイしたが出ない、
「明日午前中は寝てるって云った。」
 そうけえ。
 夕食、またビール飲んで、じゃがいもが絶品、
「なんで昆布温泉ていうんだ。」
 ウエイトレスに聞いたら、ちょっと待ってねって調べて来た。
「昆布市が開かれたからだっていう説と、いろいろあるそうです。」
「ふーん、もう一つ聞きたいんだけど。」
「はいなんでしょう。」
「あなたのお名前。」
 佃煮旨い。うにとしいたけだって、美代ちゃん書く。
 カラオケに押しかけた。
 由紀ちゃんの歌すごい、飯食えるぜってぶったまげ。弟子の胴間声けっこう歌う、美代ちゃんも三太郎も盛り上がる。
 わしは引き上げた。

羊蹄の響み聞こえむカラオケや星は全天でいだらぼうの

 いっちゃんのケイタイは沈黙、家の方は留守電になっている、何度掛けてもだめだ、旦那吹きでものの手術するっていってたし、
「いいや、札幌無事通過してどっか行こう。」
 真夜中走るんなら、サロマ湖も稚内も行けるぞ、ヌタクカムウシュッペ大雪山はどうだ、由紀ちゃんが積丹半島だって、
「積丹半島か、そんじゃこう回って小樽港。」
 どうも変な、
「積丹岬って小樽の南ですが。」
 三太郎、
「へえそうか。」
 いっちゃんから電話が来た、運転していた、
「運転してます。」
「しょうがねえ通過って云っとけ、二人おねえちゃんに絞られてミイラなった、三人めはとっても無理だって。」
 弟子そのまんま云う、
「酒送るから。」
 ニセコを廻る、ニセヌプリ、ニトヌプリ冬期間通行止め、ヌプリってなんだ。
「ええなに。」
 眺望のいい道を海沿いに出た。
 そう云えば昨日も海沿い来て、汀に立ったってことない、
「海浸るどっか付けろ。」
 三太郎に云ったら、じきに右折する、
「そうじゃねえ、魚港じゃねえったら。」
 停まった、駐車場がある、
「にしん御殿見学。」
 泊村。
「へえ。」
 そう云えば昨日にしん御殿あって入ってみた、西日当たって、だいぶしけたが贅沢な建物。
 ここは観光用に改築してある、なぜかほっとした、
「こんなんじゃない、昨日見たのあれがいいんです、小樽行きゃずーんと本物あるし。」
 三太郎演説。
 にしん御殿、主の住む母屋あり、女どものつなぎあり、労働者の棟あり、お倉に加工工場と、今のマンモス商社に較べりゃそりゃまあ。
 美しい着物や箪笥や鏡台かんざし。薬研があった。壺や器の宝物、なにやかやあった。どーんと板の間トイレに、道具類山と積んで、立派なタイムスリップ。お倉には帳簿がぎっしり。
 祝言のお座敷だって、
「おうい来いよう。」
 美代ちゃんと由紀ちゃん呼んで、重婚いや三重婚だ。由紀ちゃん、商談中の人形にとっくり持っておしゃく、写真はこれが一番。
 どっちも立入り禁止。
「農家の二、三男飯さえ食えりゃいいって、ただで扱き使って、そりゃ御殿出来らあな。」
 多額納税の勲章とか。
 出たら、魚が上がっている。美代ちゃん臭いって、漁港の臭い。
「なんだろうあの魚。」

ここにして何をし見なむ積丹の夕映え沈むにしん御殿も
手鏡に装ひこらし乙女らが空ろ鳴りせむ二十一世紀も

 海に足を浸けた。砂のない石だらけの浜だった、透かし見ると小魚が泳ぐ。ちかというけっこう旨い魚、さびきすりゃ釣れっか。
 昆布がいい匂い。
 虫食い、穴だらけに打ち上げて。
 トンネルをくぐり寒村を行き、同じい奇岩絶壁。
 神威岬という、
「なんだあこっから歩くのけ。」
「えーと、積丹はもう一つ向こうです。」
 ではそっち行こう。由紀ちゃんご所望だ、腹へった昼飯食おう、寿司屋の看板ある、うににあわびに取れたて、
「岬はかむいの方絶景だそうです。」
 と三太郎。
 そういうことは早く云え、寿司屋に入る。
 ごってり魚介うにいくら。
 もしや小樽行って食べりゃよかった。
 漁師の素人鮨、どんぶり物も今一か。
 うんまい貝の付け合わせ。
 ぶっとばされそうなおねえちゃん。
 積丹岬へ来た。
 登って行く。
 楽して行けそうなトンネルがある、人一人やっとの真っ暗け、
「浜辺へ下りるんだそうです。
 登って行くよりゃねーやうんさこら、
「三太郎押してくれ。」
 押されて楽ちんかな、なんせ妊娠十カ月の腹。
 百メートルのし上がるって風の、
 新潟と同じごそっと柏が生え。
 松があり、ブッシュやつたや芹に、紫のなんの花か、下は波の洗う磯っぱた。
 「積丹岬だあ。」
「うんナイス。」
 由岐ちゃんの大阪弁のボケ冴える、わしの前では歌わないしさ、ふん。
 展望台には烏。人間いっぱい。
「あれ東京の烏、はしぶとと違うんだぜ。」
 だれも聞いてない。
 トンネルくぐったら涼風。
 はるか下の海へは行かなかった。

 積丹岬ってでっかいのにもう一つ岬。由紀ちゃんのおおジェルソミーナに、大阪弁の唇。美代ちゃんのおしりに、止まった蝶。
 柏の木があった、冬枯れの柏にお地蔵さん、子供が溺れ死んだ、越後の海。
 おーい、ここからロシアへ行けるんか。
 何億ひしめいて、あっちも生きてるのが大変だ、舞い行く落ち葉。
 行き当りばったりの、知らぬが仏って。そこの兄んちゃん、うっはあ雲は同じ積丹岬。
 あれは都忘れ、なんていい色なんだ。
 とやこうこの烏。
 
へに立たば積丹岬の柏木の人を恋ふらむ大海淡し
 
 二台の車行きちがい、わしは超能力あるんだ、ここと云ったら向こうから来る。小樽は越中屋という所へ泊まった、一番の老舗旅館だという、三太郎が見て歩き、
「旧館があってさ、純日本風の、ステンドグラスなんか填めて外人専用、もっともあれ前はつながってたけど、今別個で人手にわたって、ー 」
 料理もいいらしいんだけど、街へ出る。小樽は運河と鮨とガラス工芸というぐらいで、フロントのかあちゃん、
「行ってらっしゃいませ。」
 はーい。ガラス工芸があった、何軒もあった、路上喫茶があった、海鮮屋敷だやら、そりゃもう鮨屋洋食屋、
「日本銀行小樽支店、ルネッサンス風だってさ。」
 珍しいの見学。
 人力車があった、赤いケットにむかしスタイルの車夫、美代ちゃんとすんでに二人乗り、なんで乗らなかったんだ。
 がらくた屋敷があった、我が垂涎のルパン車がでーんと座る。うへえなんでもあるぜ、三軒つなぎの石造倉庫。お土産げレトロ手拭い買って、
「あのトイレって売れるのけ。」
 レジの女の子に聞いた。
「ちょっと値が張るんでそうは売れません。」
 なんせ魂消た、ほんものトイレの隣に商品、ここでしないで下さいって書いてある。これは傑作。
 鮨食っちゃった、親切ですてきなイタリア料理って案内したら、スペイン料理海猫亭ってのに入っちまった。これも有名ブランド、
「そりゃもうスペインの赤。」
 註文したらない。
 ポルトガルのって、それもこくがなかった、どうしてワイン遅れてるんだ、日本人味知って、たいてい値段通りになった。
 一五00円も出しゃけっこういけるってえのに。
 由紀ちゃんちゃっかりビールを註文。
 弟子と美代ちゃん九月生まれ、ハッピバースデイ乾杯。
 なんのかんのってより、また五品取って別の五品取って、ケーキ取って、
「ばんざーい。」
 旅の終わり。
 アルバイトのウエイトレスからかって、女性恐怖症の数学博士紹介してやる、ぜひお願いします、うわーコーヒー旨い、そうです、じっさのだけ頃合計って出したんです。
 ありがとう、函館と小樽とさ、もうどっちもすてき、女ども大喜びでよかった。
 美代ちゃんが出家しようって、
「いいよ女の子の頭剃るのやだったけど、引き受けっか。」
 人ごとは平気って覚悟いるぜ。
「そんじゃ同じかな。」
「そんなんどうってことない。」
 由紀ちゃん云った。
「あたしもするうち出家する。」
 うん引き受けるさ。
 庵寺そこらじゅう開いてるし。尼僧堂っていう、いじめだけっていうどうもないの、ネグレクトする方法だ。小浜の発心寺はまだ尼僧受入れてるかな。
 女の子の頭剃るなんてうーん、はいはーい分かりました。

辿り着くみなと小樽にもがり泣き明かし浮き世ぞわたらひも行け
まどろめば萩し咲くらむ越中の月もいさよへわが女達

 にしん御殿はだれかさんに悪いけどパスした、宿へ帰ってから小樽の街を二人でぶらつこうっと思って眠いから止めた、フェリーのレストランでラーメンを食い逃げしちゃった、あー神様、こら仏様だっていうのに。快適フェリー生活、狭いけどキレイな部屋、高い高いフルーチェのようなデザートに茄子の煮びたし卵どうふで850円、トランプしたお弟子さんババ行くとあっていうからすぐわかる。キョーフノミソシル、アクノジュウジカネコノオンネン。チャイルドルームで五人いっしょくたにボールの投げ会い、世間冷たい視線キャハハ。美代ちゃん戸棚の中に隠れる、見つかって助かったって。デッキで強風に吹かれて、和尚さま上着のポケットからお札が飛んで行く。
 旅のノートにはこう書いてあった。