人力車

人力車


おおひかげふきのつゆなむ羽化せむは夏を舞ひ行け雷門ぞ

 大好物のふきを摘ったら、十三もさなぎがつく、ふきごと挿しておいたら、羽化しておおひかげになった。美しい蝶。
 走り梅雨がそのまま梅雨になって、どうした、たらあり鼻水が出る。風邪を引いた。
 鼻ぴったあその苦しいったら。熱もなしの三日、治さにゃならん、東京へ行くんだ。浅草は雷門。

孟宗や虎の尾さへや雨うたれ行くも帰るも花のみずきぞ

 超ミニおねえちゃんと人力車に乗るんだ。男冥利に尽きるって、
「ちょっと寒いけど、履かなくっちゃ女がすたるっていうもんです。」
 頼もしいことを云った、まりーなちゃんというメル友だ。弟子のいとこの美緒ちゃんが、あたし彼氏いるからって、紹介してくれた、蕎麦屋へ勤めていて、通勤の電車からメールして来る、
「ゴールデンウィークのエキシビジョンしたら、掌が蕎麦になった。」
 とか、
「アパート引っ越そう、干せるベランダあって、いいにおいのふっかふか蒲団。」
「ねこのナナちゃん実家に置いて来た、今日は会いに行く日。」
 という、ふっかふかメール。なんいもしない彼氏追い出したら、淋しくって、吐きそうになったって。

七十のわが青春をメル友やまりーなちゃんは蕎麦屋へ勤め

 寮の同窓会があった。
 五十年振りに、なつかしんで佐藤が連絡して来た、わしのようなあばずれほうけも先輩は先輩だってさ、
「いやなつかしい。」
 でもって同寮会をしよう、親分の石塚先輩を云いだしっぺにして、佐藤が世話人、
「おれから云い出しといて申し訳ない、検査入院したらやっぱり手術だ。」
 石塚先輩がいう、大腸にポリープができた、秋に延期しようと、九州から宮島が云った、どうせみんな明日はわからん、やろうぜと名古屋の川村が云った。

玉杯にあひ別れては山へなり月は雲間ゆふきの下つゆ

 その日はおねえちゃんと人力車乗る、やろうと坊主、佐藤は辟易、
「あのう、和尚のメール家内に見せたら、とんだ生臭坊主、顔が見たいもんですって、あんたがたも不良老年で、よったくって何をなさるんですかって。」
「顔見せたるから、奥方もぜひどうぞ。」
 でもって、
「女の子にはゼニ出すさ、わし国民年金、おまえら高額所得者援助しろ。」
 と云った。
 乗りかかった舟です、
「気に入った子一人分の宿泊代を。」
 という、
「げすめ、まあこの際しょうがないか。」
 今日五月二十五日、K525はアイネクライネナッハトムジークですって、
「小林秀雄は当時のインテリゲンチャをくすぐったまでで、彼のもーつあるとをモーツアルトが読んだら大笑い。」
 といった。くそめが、
「小林秀雄が消えて、文壇そのものがなくなったんだ、文化もさ、由来モーツアルトを聞くなんてえやつを、わしはまるっきり信用しねえのさ。衣ばっかりてんぷら。」
 いやさ同寮会よろしく。
 なんせ出世しないで出家したでな。

八千代にもむらさきにほへかたかごの越し国中に風をしもとき

 美緒ちゃんとまりーなちゃんが考えて、
「浅草で人力車乗って、電気ブラン発祥の神谷バーでお昼、仲店冷やかして、水上バスに乗って花屋敷。」
 お年寄りプランかな。
 美緒ちゃん、恵美子ちゃんも由紀ちゃんも愛ちゃんに明美ちゃにりえぞうむしにはいろーちゃんに、院生の弟子にロシア文学に、上野駅しのばず口集合、十時半。
 てんまくさん夫妻が来るっていった。
 冥土の土産だ、浅草見物。
 だってポンコツじっさ、妄想がしわたかって歩く、ぎゃーお同窓会ての生類哀れみの令か。
「東大さんからかってみたい、車持ってくから、次の日は熱海でも行くか。」
 明美ちゃんは大張り切り。新年、オカマバーの翌日、横浜そごうに田中一村展を見て、中華街で昼飯食べて、それから熱海へ行った。
 雪降って明美ちゃん車立ち往生。一月十七日だった。

しかすがに今月今夜をふる雪の思ひ起こさば梅の咲くらむ

 鼻風邪治る、さつきの剪定をした、七割方終えて、どうしようか、やっぱり行こうってドライブに出て行った。
 中越は地滑り地帯の、山のてっぺんまで田んぼになったりして、道がつく。
 白い花は、あんにんごにはないかだに。
 小千谷の真人という村には、むじな退治の伝説。小出からまたぎが来て、薪五百束して、村中総出でいぶり出したが、親分は穴を掘って佐渡へ逃れたという。鼻みずがたらーり出た、くしゃみしてそいつがひどくなる、熱もある。
 帰って来て寝込んだ、明日一日余裕がある、なんとしよう、やっぱり年かな。

花筏越しの真人があしびきの山たず行くは浦島が子ぞ

 よれよれ脱いで、新品の作務衣に出かけた。薬で鼻水はなんとか納まる、しのばず口は一番はしっこ、なんでそこにした三十分早かった。
 てんまくさんが来る、彼は新宿に住んでいる。
「今女房あそこで飯食っているから。」
 洒落たコーヒー朝食の店を。
 八十キロだあ美緒ちゃんが来た、金髪、
「これまりーなちゃん。」
 黒いミニスカートにあんよがにょっきり、
「うふふっ。」
 なんかいい子だ、会うのは初めて、
「今日はあ。」
 うわ別賓さま、はいろーちゃんにりえぞーむし、派手だあ、せがれの大学の同級生だった、何年ぶりだろ、
「わかります、入江です。」
「あたし国見。」
 嫁にと思ったのにさあ、
「いい女になったなあ、強烈。」
 ときめくっていう、女の子四人もよったくりゃあ、ぱあっと花。
 セルフサービスのコーヒーを女房どの、引き受けて、
「いや恐縮。」
 美緒ちゃんはどでん平気。
「バア。」
「うわ。」
 サングラスして、洒落のめした明美ちゃん、つなぎ着てのべつ幕なし南京ピエロが、
「どうお、決めて来るって云ったでしょあたし。」
「うんすげえ。」
 スタイルいい。
 弟子が来て、ロシア文学が来て、知らぬ同士紹介してもって、いざ出発。
「先生。」
 女二人、かつての教え子だった、雨降るからって、こうもりの差し入れ、木綿かすりの折り畳み傘、
「すげえシック。」
 座禅しようと思っております、よろしくと云った。
 
しのばずの花はりょうらん咲きにほひ極楽とんぼが冥土の土産

 渋谷からの地下鉄に乗って浅草へついた。なつかしいようなお初のような、梅雨に入って雨ばっかりが、わしは晴れ男で、雨女だというまりーなちゃんをしのいだ。
 道ぱたに人力車がいた。ぴっかぴかの車輪と赤いケットと、股引きに法被の人、
「歴史コースと今様コースとありますが。」
 歴史コースかな、超ミニのまりーなちゃんと乗った、挽くのも女の子、
「いいのかなあ二人さ。」
「どんと任せといて。」
 軽く挽くのは、恐竜の平衡感覚てんかな。
 停めては案内する。
 浅草の観音さまはこんなくらいで、漁師の網にかかって、だから何とかで、お寺と神社と仲良く隣り合わせのまっ赤でもって、さくらのころはえーと芭蕉の句、鐘は上野か浅草か。
 田楽を人力車で食べる。
 雷門は松下孝之助が寄付して、それが風神雷神いるんだけど雷門。
 てんまくさん夫妻と行きちがう。はいろーちゃんりえぞーむしは大はしゃぎ。明美ちゃんは食べものだっていうロシア文学と、弟子は八十キロ美緒ちゃんと憮然。
 仲店をぶらついた。屋台で凍り水を食べ。おみくじ引いたら、りえぞーむしとまりーなちゃんが大吉。
 そりゃもう申し分なし。
 坊主は凶と出た。

御神籤は凶と出でなむ坊守りが鐘は上野か花は浅草

 バーの草分け神谷バーでお昼になった。むかし風シチューといっしょに、電気ブランを飲んだ。
 はあてどっかしびれるんかな。
 土曜は満員。
 それから水上バスに乗った。
 花を歌うには夏の真っ盛り。ホームレスの青いテントの行列、川の水を汲んで、まさか飲むってわけでは。
 宇宙戦艦大和風、ダイアモンドカットみたいな船とすれ違う、
「あれに乗りたい。」
 だってさ。
 花屋敷へ行くのはすっかり忘れた。
 お台場からUターン、銀座へ出て松屋へ寄る。弟子の姉がいた。どう使うんかようもわからんバッグを、かあちゃんの土産に買った。

神谷なむむかしシチューにお台場の宇宙戦艦トマトが行くぜ

 てんまくさん夫妻に別れて、本郷の東大前を総勢八人、わんさか歩いて行って、鳳明館別館という、鉄門を過ぎてはすかいに入る。
 佐藤と中村がいた。
 よく見ないと誰かわらん、年寄った風格というか、中村のぎっちり握手。
 花粉症らしい、なんのってしのばずの蓮ってうっふ、シャッツを替え薬を飲んだ。昭和三十年の旅館にクーラーとっつけた、なつかしいというには、そうなあつげ義春風でもなく。
 ドッペリ仲間の浅井と同室だった。川村が来た、まだどっかで教授商売やっている、大物らしい、好意満面なんだけれど、しゃべりだすと疲れる。
 飯田は社長業を先年辞めたという、白面の美男子が、でっぷり太ってご貫禄、アッハッハだれかわからなかった。わしを大嫌いな一級下で秀才、歌舞伎に入れ揚げているんだそうの、佐藤と同年だ。
 伊東というロボット博士と、土居というなんの博士か、いやこれは欠席したか。
 浅草ご一行さまは、汗だくでもって風呂へ入った、
「美緒ちゃんいっしょ風呂入ろうか。」
「やだよう。」
 男湯はトルコ風呂で、女湯は和風風呂だってさ。
 温泉ならよかった。
 宴会だ、男女交互に並んで、うん首尾ように。
「頭取というのはいやな顔している。」
「うんそうだ、たいてい社長よりもな。」
 とか、
「まだ生徒いじめてるんか。」
「どうかな。」
「薬事審議会っての、給料貰うほかになんか役に立ってるんか。」
「あるっていう役に立つな。」
 なんせ弾んで来た。
 坊主がど真ん中は恐れ入る。みんなわしの弟子だとさ、
(ゼニ出したでさ。)
 院生の二人分に、女の子はあて何人だ。よう心得て働くぜ。
 車を置きに行った明美ちゃんが来て、愛ちゃんが来て、爆発的に盛り上がる。先に帰る川村を、総員お見送りなと。
 坊主には関わりのない話ども。

彩るは夏のあしたの蚊帳にしぞ四半世紀を回り灯籠

 りえぞうむしっておしりが大きいから、仇名した、なんとも美しい、強そうだなお酒にほんのり。
「いい婿さんさがしてやってくれ。」
「うん択り取り見取り。」
 はいろうちゃんは酒も行けるが、話も行ける。家畜人ヤフーだ、O嬢の物語だの。
 美緒ちゃんは同じ苗字の吉井と意気投合。愛ちゃんは佐藤とキリスト教談義、盛り上がろうと思ったら鼻水たらーり、こいつはどうにもならん、わしは引き上げた。
 浅井と二つ床が敷いてある。一つににはいこんで、薬を飲みティッシュをおいて、ぴったりつまって口で苦しい呼吸して寝ていた。
 戸が開いた。
 浴衣姿の明美ちゃん、
「ほら。」
 下はすっぽろりん、
「浴衣んときはいつもこう。」
 なんという美しい体、
「和尚さんとこへ行ってもいいかって聞いたら、どうぞだってさ。」
 ぎゃお。

我をまた夏はむくげの日送りの浴衣に羽織るこは雪女

 夜が明けて明美ちゃんはいず、行ってみると宴会場に、佐藤浅井ら四人と明美ちゃん、ウイスキーがあって飲めという、なに一晩中やっていたって、
「年考えろよ。」
「飲んだら徹夜ってのよくあるよ。」
 浅井が云った。何を聞かれたんか忘れた、応じておいて、
「よせよ、仏教教談義なんてさ。」
 といったら、
「いやずっとおまえのこと話していたんだ。」
 みんなえらい目に会った。
 浅井はどっぺり仲間だったし、竹中のような秀才がさぼって土木へ行って、かえって大成功だったなと。飯田は勉強しねえとああなるってんで、勉強したし、伊東の同年はなんせわしを軽蔑した。
 あとで明美ちゃんが聞かせてくれた。わしがモーツアルトに熱中したら、みんなモーツアルトを聞かないようにした、なんせ対決するのしんどい、駆け出し時代のビートたけしだ、いやなやつだったぜとか。
「和尚のまわりにはいい面したのいる、そりゃいい仕事しているのさ。」
 浅井が云った。
「妄想かきだ、悟ってるなんて云えねえ。」
 ロボット博士の伊東が云った、
「うんまあさ。」
 酒を飲むと面付きも若くなる、なあるほど同窓会。
 飯田は心得て、浅井の肩を持つ、
「信ずるということなんかなあ。」
 佐藤が云う、人間の思想性と、
「アッハッハ、もとものはこのとおり、人間さまの信じようが信じまいがな。」
 はーい演説、
「こないだテレビで複雑怪奇な面したキリスト教牧師でてさ、そいつが最後には100%信ずるこったといった、ばかいうな100%信ずるって=忘れるこった、ものはすべてそいつで成り立ってるのにさ、山川草木も猫踏んじゃったもさ、牧師どの10%も信じたこたねえだろ、信は不信の始まりってな、共産党もキリスト教の成れの果て、つまりは歴史の証明するところ。」
 バツが悪くなって止めた。浅井と佐藤と、
「ふーん。」
 と云う、飯田は社長さま、
「妄想かいてちゃ悟っていねえ。」
 と、伊東、
「妄を除かず真を求めず、これができないんさ、妄想は止めようとする、必ず真実を求めずにはいられない。」
 へえ、さすがに一言で効いた。

取りえなし伝家の宝刀引っこ抜き八つ手の葉っぱか鼻水たらーり

 朝飯を食って、また盛り上がって、明美ちゃんが四方八方、でもって東大見学に行った。
 昨夜のうちにみな帰って、美緒ちゃんにまりーなちゃんに明美ちゃん愛ちゃん、浅井と佐藤が付き合った。
 四つの新築あるいは修復工事中。
 独文科のアーケードへ行ってみた、むかしと変わらない。浅井が云った、大学のドイツ語がなくなるそうだ、哲学はPR業とか放送局とか、けっこう就職あるんだとさ。
 わしは十日ほども学校へ顔出さなかったから、
「赤門てわかりますか。」
 佐藤のジョーク。
 母校ずらない。
 図書館にも、いや食堂には行ったか、うす汚い三四郎池があった。
「漱石かあ、あんなつまんねえ小説なかったがなあ。」
 浅井が云った。
「猫と坊ちゃんだけって、まああれ小説じゃねえしな。」
「うん。」
 工学部理学部、医学部は向こう、道をはさんで病院で、農学部はあっちで、
「でっけえみーんな税金、東大にしよっか。」
 未緒ちゃん云った、大験は取ってある、予備校行ってさって。生活保護のぐうたらが、賢い子だけど。
 御殿下グラウンドは、中学生が使う。
「なんだあれ、サッカーでもねえな。」
 といって新式スポーツをする。そういえばキャンバスは庭木の手入れもせず、新築中の建物がにょきっと立つ。
 月桂樹があったがな。
 立身出世の権化カイゼル髭の胸像が二つ、
「だれだっけあれ。」
 浅井と佐藤が一つあてとっつく、明美ちゃんがデジカメに撮る、赤門前には人頼みして撮って貰う。
 それからぶらぶら歩いて行った。

ローリエを取りて欲しいと云ひし女将つとにも逝けば世界さはがし

 昼飯に上野で鮨食って、残ったのは美緒ちゃんとまりーなちゃん、
 鶴見の総持寺に弟子がいる、美緒ちゃんのいとこだ、差し入れを買って見舞いに行く。
 本山は二十年ぶりになるか、道順を忘れてタクシーに乗った。
 十両時代の北の海をモデルにしたという仁王門を過ぎ、正面玄関知客寮へ来た。リックから出した絡子をかけ、受付に添菜料差し出して、明慧お兄ちゃんを呼び出して貰った。
 目向けたわけでもないのに、あほか、役寮が気圧されてら。
 弟子が来た、ちょっと青白いか、
「禁足が解けたところです、よかった。」
 という、その頭を美緒ちゃんがかっぱじく、
「どうだやってっか。」
 だってさ。
 恐れ多くも本山の修行僧をアッハッハ。
 差し入れわたして、あとはわしが案内する。
「嘘でなく八百人も入る太祖堂。」
 仏殿、長い回廊を、
「ここは勅使門、宮中からのお使いが通る。」 大黒様があって典座寮、曲がって行くと禅師さまの紫雲台。 庭のこっちは後堂寮に放光堂。
 お兄ちゃんのいる禅堂。
 あっち行くと裕次郎の墓ある。
 駅のスナックで冷たいものを飲んだ。
「アイスクリーム食べれなかったね。」
 そうだったな。

青夏やまりーなちゃんにアイスクリーム花は蓮すか彼氏はいたか