津軽釣歌

津軽釣歌


 秋になったら旅に出よう、津軽へ行って北海道へわたって、鱒も釣ろうきのこも取ってと云ったら、そんなひまはないとお寺の小林のほかには矢島、

津軽には食す国おはせ白神や追良瀬川の風の清やけさ

 十和田湖からは奥入瀬川と白神山中からは追良瀬川と、どちらもおいらせ。ぽんこつをフェリーに乗せて、秋田の矢島と土崎港で待ち合わせ。ごーがらん一晩中エンジン音と雑魚寝。

ぶっこわれタイムマシーンの仮眠みの思ひ起こせば波の辺なる

 矢島は四日しか付き合えんという、北海道は小林と二人きりか仕方ねえなあ、24時間営業で飯を買って飲み物を買って、まずは矢島の運転で出発。
 彼は磯っぱたで足を切った、ムール貝みたいの踏んづけたそうの、抜糸がまだ、
「昨日だったんだぜ、医者が忘れてどっか遊び行った。」
 八郎潟で鯉釣りのほうがいいという、べったり座ってさ。
 これは八郎潟の残骸といおうか、田んぼの真ん中に大沼、米余りがわかっていて干拓した、ゼネコン日本の草分けかな。

八郎のいにしへ知るや雀らや早稲の田浦は刈らむとすらむ

 能代市の風の松原は、美保の松原と天橋立と日本三大松原だという、いうだけのことはある。
 どっしり見事な松が何千、いや何万本、トイレ水道のある公園でもって、朝飯食って用足して、
「こういうところは夕方おねえちゃんとさ。」
「能代美人な。」
「美人から先に東京へ出る。」
「かもしか出るってよ。」
 目が青いんだぜ、日本人とちがう、秋田犬のDNAがヨーロッパ種だって、つまりロシア人かな、キリストの墓ってのもどっかあったぜ。

初秋は風さへ白き松原の辺にも廻らへ妹が袖振る

 川へ入った、まだ紅葉には早い山の林。やまめを釣り逃がし、よくみたら針がかけていた。おしょろこまのような、黄色いいわなを釣る。まだネイティブがいるんだ、川ごとに違うんだリリース。このあたりはもう白神山中か、

白神の社の旗しろ吹き立てば別れ来ぬべし妹をかも思ほゆ

 白神十二湖の絶景、三百年前の火山の噴火でできた、原生林の中に大小三十あまりの。三つ四つは見たか、巨大岩魚いとうを養殖する池があった。青池はほんに青く、たしかに魚がいたんだと小林が云った。森の遊歩道を歩く。

白神の十二の玉と聞こえしは津軽乙女が命を碧き
早乙女や青き水底に住まへりし伝へはぶなの空洞にも聞け

 夕陽で有名な温泉は人でいっぱい、止めたあといって、なんかあった五能線わきの、そう白神温泉という、名前だけは立派な、ー
 かあちゃんカラオケやってて出て来ない、
「なんだってね、泊まるってか、ああいいよ。」
 てなもんの、客はなく。
 食って飲んで、そいつがけっこうなご馳走で、三人うちの麻雀をやった。五能線が軒先を通る。

白神の夕の下しろ吹き荒れて二十一世紀を我は知らずも
白神の夕の下しろ荒れ吹けば湯舟にひたる蛸の八足

 追良瀬川は十三湖へ出る、長い流域をベテランのカヤック、カヌーというのかようも知らん、冒険家が挑戦して、助けてくれえと泣きわめいたとか。けわしい上流と激しいその水。
 釣り人の夢は、釣り荒れてやまめが一匹。
 さけますの禁漁区があった。
 車が何台もいた、ずんと歩くらしい。

二十年追良瀬川と夢に見えこはうつせみの滝のしぶきぞ

 殿様が難儀をした峠大間越えから、車力村へ入る。昼食は貝味噌定食という、よっぽどのご馳走かと思ったら、帆立てのでっかい貝殻の辺に、卵ご飯と煮干しが一本。ひえーといって、なんぼでも飯が食えるから不思議、

潮騒を荷ふてわたる平らには車力村なむ貝味噌の飯

 十三港の十三湖は、中世に大地震があって、一夜にして滅んだという日本のアトランティス、推定安藤氏館あとと立て札があって、発掘跡と思しきものがわずかに残る。
 しじみが取れる、でっかいしじみ。
「ちがうったら、ジパングのさあ黄金王国があって、世界中と取り引きして、逆転海流でもってこっちが中心、表日本だあ、ムー帝国と通じて、サブマリンがあってUFOがあって、美しいお姫さまが。」
 演説したって二人聞かず、

しじみさへ夢に見えむ波枕なほ黄金のよしやあし草

 小泊村竜泊温泉、日本海の夕陽の見えるという、残念ながら雨。島が見える、大小二つ、道路マップにはない。
「あいつら夜中に迫って来るぞ。」
 こわいといって、働きもんのかあちゃんに聞いたら、
「あれが大島と小島、天気よけりゃ青苗地区さ見える、こないだ津波あった、そう、ここらへんテレビも北海道。」
 と云った。
 珍味食べて一杯飲んで、トイレ行ったら、となりへ来たおっさん、
「定めし名のあるお坊さんでしょう。」
 と云った、へーえそういうもんすかね。
 翌る朝かあちゃんうっすら紅さして。

津軽にははてなむ旅を大島の流れ寄せぬか夕陽が沈む

 雨は上がったが霧と風と、木や草っぱがぶっとんで、道は竜飛岬の展望台へ、ふわっと晴れてどえらい絶景、真下には北海道、
 何百という蛾が落ちていた、逃げもしない烏。

津軽にはいにしへ竜の天飛ぶや人も草木もうちなびき見ゆ
花にしや凡百の蛾の散らへるは竜飛岬に生けるあかしぞ

 岬には青函トンネルの記念館や、自衛隊に測候所に民間ホテルに、すべて取っ払ったらすてきな岬。
 日本三大潮流という渦潮。
 豪勢な見ものだった。
 なでしこに似てそうではない、われもこうのような白いのや、エーデルワイスみたいのや、まつむしそうでもなくと、固有種かも知れないお花畑。
 それを引っこ抜くばあさ、
「そんなん植えたってさ、つかねえから。」
 よしなよって、日本人へんだしな。

ここにして咲ける花草いくつありし渦潮まける竜飛岬に
身のたけは丈の白髪になんなんに魚釣り暮らせ大渦潮を

 味噌垂れのおでんを売っている、そいつをみんなで食いながら三厩町へ

味噌垂れのおでんを食らひ三厩の西部劇とぞうそぶきも行け

 津軽半島からのフェリーはだれも乗らんで廃止になったってさ。
 矢島はあと一日の、
「いいよおれ五能線で帰る。」
「どっか行きたいとこあっか。」
「酸ケ湯まだ行ったことねえ。」
 じゃ行こうとて、今別町から鉄道沿いに入る。雨が降って山深くなって、濁り水ではフライは効かない、矢島がみみずと竿と買った、どうやら使い道なし。
 でっかいとんび、いやあれはわしだなぞいって、しばらくは晴れる、蟹田というところへ。

しかすがに霧らひも晴れて岬なむ舞ひ立つあらむこは大鷲の
これはこれ雨は降りつつ大平の蟹の田んぼと横這ひ行かな

 左折して海へ、瀬辺地郷沢橋内真部と下って、いや上って行くのか、池田せいさんは青森の人、先年つれあいをなくした、
「みやこぞやよひのくもむらさきに。」
 と、北大寮歌を、主人の好きな歌だったといって、涙流す。

茂みこも陸奥の国なる二つ松池田せいさのやしきはいずこ

 では人並みに観光しようといって、まずは八甲田山のロープウェイに乗る、1500円日本一値段も高いんとちがうか、紅葉と青森ひばとふーわり霧が。てっぺんはもう八甲田の七つ池。

鳴りとよみ紅葉になりてしかすがに霧らひ廻らへ飛天ぞ我れは
あかねさし月を七つに呑まむには八郎といふぞ笹をも深み

 有名な酸ケ湯へ入った、真ん中にあっち女湯こっち男湯と記すきりのでっかい木造風呂、かあちゃん若い娘けっこう入ってるぞ、ひーうわ絶景の、強烈おしり向こう向いて、ちらっと、
「オリンピックよりよっぽどいいや。」
 とか、もと人間本来のこれ清々。

哀しさは今する妹が奥の井の風呂にぞあらむ染め出でにけれ
悲しさは今する妹が奥の井の風呂にぞあらむ萌え出でにけれ

 酸ケ湯を出たら、指一本立ててヒッチハイクの子、
「きったねえ車だけどいいか。」
「ソーユーコトカマイマセン。」
 シニエちゃんというドイツ娘だった。
「酸ケ湯入って来たか。」
「ハイッテナイ。」
 十和田湖畔へ送って行った、そこでビバークするんだという、でっかいザック背負って、北海道の山を七つも上った、八甲田も登った、しまいは富士山へという、元気いっぱいの二十四歳、
「富士山で飛行機ヒッチハイクすっか。」
「ソレデキマセン。」

金髪のメーツヘンなむ物語り十和田廻らひなんぞ雨降る
舞茸のメールヘンなむ乙女子ぞぶなに乾杯あひ別れなむ

 シニエちゃんはお寺へ寄って行く、帰ったと思ったらいっときして、玄関にお菓子がある、お礼に買って来たらしい、歩いて行ったんか、
「そんなかたいことしてお嫁に行けんぞ。」
 といって、しばらくメル友していた。
 その晩矢島は、抜糸の糸を引っこ抜く、
「あっちー。」
 パン一になって奮闘。
 流行らないユースホステルに泊まった。
「ようしおれ田沢湖案内する、岩手もさ、じきだぞ。」
 という、彼は秋田へ来て二年。
 翌日は晴れて、爽やかな風が吹いて、あっちこっちりんごのなる道を、大館鹿角のストーンサークル見学。
 相当大規模な同じようなのが二つあって、小屋が四つ五つ建って、
「UFOが出るとこへ作ったんだぞ。」
 なんてさ、がせねた。

鹿角にはタイムマシ-ンと荘厳のりんごを赤く秋風の早き
UFOのいにしへ今を恋わたり二十一世紀は縄文の世ぞ

 田沢湖を一周、矢島が伝説を話す、
「うんでもって、水飲んで竜になってお姫さま争ってさ、なんとかって坊主がやきもちやいて、あれおれ買った本忘れて来た。」
 ヌードの像どっか立ってるんだがなって、
「松があって、そんで。」
 通り過ぎたか。
 そこらへん松林できのこ取り、小林は名人だった、
「あいつきのこの親類だで。」
 少しは取った。
 矢島は買った竿とみみずで釣り出す、玉川の酸性水が入って魚はいない。

龍人の伝へと云はむ底なしや松の影だに言問ひ忘れ

 角館の武家屋敷を見る、粋な黒塀見越しの松って、お古い歌いやさお富、現実は映画のセットよりもくすんでたけ低く、でもどっかシックな感じ。

吾妹子が小さ刀をしずやしずむかしを今に夕映え紅葉

 もうわしらも帰ろう、村上の黒岩んとこでいっぱいやろうか、きのこも取ったし、じゃわしも行こう、帰り四時間、間に合うといって矢島、スーパーでねぎと牛肉買って。
「すきやきだあ。」
 土崎港へついたら、抜糸に脱いだずぼんを、ユースホステルに置き忘れ、車のキイもアパートの鍵もない、
「しょうがねえ。」
「うん。」
 管理人呼んでアパートを開けてもらい、ここでお別れ、
 ずぼんなど盗むやついねーからって。

津軽ゆも田沢へわたる萩と月二人をのみぞ別れ来にけり

 四時間をぶっ飛ばした、国道七号線、むかしのように一00キロてわけにはいかんが、なんせ仲秋の名月だ、スーパーのスナックとコーヒーでもってさ、三面川はすすきさんさん。

名月やすすきなびかふ三面のたが住まへるぞ同行二人