津軽恋歌

津軽恋歌


風さへにじょんがら恋ほし枯れ尾花しのひも行けば津軽は吹雪

 じっさはもう寝るといって、一寝入りしたらたたき起こされた。告げだ。そりゃどうしようもないわ。支度して下りて行くと、まだみんな飲んでいた、接心の打ち上げだ、恒例になっていた。僧服を見て、
「お葬式ができたの、そんじゃだめ。」
 と、美緒ちゃん。
「そうな、明日はお通夜明後日は葬式。」
 冬の青森温泉行は、都合して接心明けの九日から十二日になった。じっさ垂涎のランプの宿を予約、
「ーーーー。」
「とにかく行ってくら。」
 昨日まで大雪の、どうやら溶ける雪道を走る、あれちょっと酔っ払い運転か、ビール一本ぐれえは飲んで寝たぞ、えらいこっちゃがあとの祭り。
 枕経を読んで帰って来た。
 風鈴さんがおれ代わりに行くといった、由紀ちゃんがいやだ絶対に行くといった、らっきょう和尚が、おれは法事あって残念だといった。てんやわんや。
 未緒ちゃん由岐ちゃん風鈴どの、この初春は歌舞伎町へ行った仲。
「わし青森のお寺に呼ばれて予定組んであっからって云って来た、えーとてっちゃんお通夜、末寺かたんぎょうさ導師にして。」
 じっさ云った。
「ふーん、じゃてめえで頼んでくれ。」
 せがれのてっちゃん憮然。
 末寺はだめで、弟子のたんぎょうさに頼む。
「うわやったあ行ける、ばんざい。」
 由紀ちゃん。
 ばさら坊主というんだ、いい年こいてわっはっは。途中拾って行く美代ちゃんは、子供インフルエンザで39度の熱が出た、行こう行こう、あたしマスクかけて行くからっていう。
 大雪が降ったし、東北道はどうなる。
 一人三万円の旅費なんだ、あとはじっさの援助交際、新幹線なんか乗ってらんねえ。
 じゃーん朝発ちだあ。
 雪の津軽へ温泉とおねえちゃん、葬式ほったらかしてモーツアルトだあって、がきと同じ。
 
青荷なるランプの宿をま悲しみしくしく降れる雪に問ひ越せ

 早暁五時、ラッセル車が反対車線に雪を残す、どかんがんがん40キロで激突、慌てて向こうへ、
「どうもならんかったか。」
 なんしろひでえ。
 三日も大雪が降って、どうやら溶ける。
 ハイウェイは大丈夫、待ち合わせは磐悌熱海IC、二時間というのは無理か。
 美代ちゃん由紀ちゃんは旅行仲間、新参の弟子と、彼がいとこの未緒ちゃんと。
 会津磐悌山あたりは圧雪。
 吹雪模様。
 たいてい覚悟していた。そろうり行ってなんとかクリアー。
 磐悌熱海、出口の駐車場に、美代ちゃんを拾う、八時半だ。
 東北道へ。
 黒石インターから二十分、道の駅、
「虹の湖。」
 で、待ち合わせ、送迎バスは二時三時四時あとはない。
 いい天気になった。
 宮城県境で飯を食った、北方ラーメンだの、なんとかうどん、名物カルビにジュース買って、
「あれ。」
 車のカバーがずり落ちる。ガソリンスタンドに寄った。ひんまがって取り外す他はなく、
「そうかやっぱりな。」
 きっと新亡者が取っ付いている。
 女ども三人でくっちゃべる、新宿で新年宴会、二次会オカマバー以来調子ずいて、そいつ紹介した明美ちゃんの、どうもあけすけなんが未緒ちゃんに伝染したか、いえ他の二人も年増ねえちゃんであって、
「うへえメル友かえよう、もっと初心なんにさ。」
 翌日横浜そごうに田中一村展を見て、中華街で昼飯食って熱海一泊。行き当たりばったりのそやつ。
 貸し切り風呂ってのがあって、ー
 夏行った青荷温泉、ランプの宿には七つも風呂あって、混浴、
(いっひいあいつら、ー )
 あっというまに過ぎる。
 男三人で北海道まで行ったときは、やけに長かったが、
「やっぱおねえちゃんだあ。」
 でも、こっちの立場ねえ。
 ちった景色でも見ろってんだ、無教養人が、すけべじっさ何云ってるの、いやわしは宮沢賢治。

白鳥の舞ふもかそけし賢さらがイーハートーボを雪にい寝やる

 青森へ分枝したとたん吹雪になって圧雪。
「さすがだあこりゃ。」
 命あっての、120キロで大型バスが追い抜く。
 吹雪いて晴れて、ほとんど通らない、雪掻いて道路族の食い物か。
 黒石インターは吹雪。
 カーナビがあってよかった。路肩もなけりゃ標識も見えぬ。
 前の車にとっつく。
「来たあにじの湖。」
 雪。大小のかまくらこさえて、観光客歓迎。
 おでんを売っていた。津軽味噌だれのおでん。
 トイレ行って来い、みなして食おう。
 デジカメに撮って、もう送迎バスが待っていた。
 客は十人ほどいたか。
 二メートルの雪を曲がりくねって急坂。
 対向車てずうっと戻ったり、雪掻きに十分も待って、山のてっぺんへ来た。
「雪上車に乗ってみたい人はどうぞ。」
 装甲車みたいのに乗り込んだ。
「新雪はどうもー。」
 といって、さっぱり進まない、西も東もないのを一周。
 初体験。
 やらせでなかったら恐怖。狐の足跡があった、熊がよったくるという木があったり。

聞きおよぶ死の行軍の八甲田万分の一が雪の辺なる

 ついた、もう一度と思った青荷の湯、二カ月先まで満杯という、予約が取れた。
 だがどっか違っていた。
 離れの一つ屋敷みたい所だった、みんな大喜びしたが、龍神の湯というのだけ混浴で、あとは別々。
(ちえそういうこと。)
 凶悪犯でも取っ捕まえてりゃいいんだ、警察は。
 くそったれ。
 女どもわあきゃあ。
 氷柱のっきり、雪のかけ橋、華のように凍るガラス窓。
 未緒ちゃんが、売店を冷やかして、
「お邪魔しました。」
 と云ったら、
「ほんとうに邪魔でした。」
 と云われた。
(へえ、ほんにそんなこと云ったんか。)
 ぎゃはっ爆発的お冠り。
 頭へ来たっても、女ってのは喋りまくる。下がかりにおっぱじまって、食堂へ入ってもやっている、じっさ火に油。
「ランプなんてもな、いやな思い出ばっかり。」
 という、娘二人と来た老人がいた、由紀ちゃん未緒ちゃんといっしょ風呂入った、拝ませて貰ったって、けえわしにサービスを間違えやがった。
 信心家で、瀬戸内寂聴を尊敬、こっちの騒ぎ見て、変な顔して座を立って行く。
 そういえば、坊主頭に会釈する女もいた。
 らしくせんけりゃ、はーい。
 一人だけ混浴風呂へ入って来た。男か女かうすぐらくってようもわからん、さすがランプの宿。
 精進料理にいわなの姿焼き。
 温泉はよかったって女どもが云った。
 夜更けまで騒ぐ。
 朝一番のバスで出て、民謡酒場に津軽三味線の山上進を待つはずが、都合で一日伸びた。今日はどこへ行こうか、青森なら高速へ乗る、弘前へ行くなら、
「おいおめえ宿賃払ったか。」
「いいえ。」
 未必の故意だあ。
 電話かけて貰って、バスの運転手に払う。
 無線飲食ラジオだって、一度やってみよう、おねえちゃんども卒業して、ホームレスになったら、うん理想は高くさ。

零下十何度氷の花に咲き満ちて人を迎へむランプの宿ぞ
湯のけむりだれを迎えむ雪女
円空仏に木食上人

 津軽は西も東も雪、
「座敷わらしの他になに出っかな。」
「美人から先に東京へ出るっていうの、秋田の話だっけか。」
 かもしかが出て困るってさ。
 ガソリン入れに寄ったら、左かわ後部タイヤがちょっとという、どっかで見て貰った方がいい、なぜみてくんねえんだ、とにかく弘前へ。
 市庁舎の前に弘前城公園があった。
 雪洞祭りをやっているという、よし見に行こう、ぐるっと回って追っ払われて、市役所の駐車場へ停めた。
「いいんかなあここで。」
「うん観光客さまだ。」
 交差点を渡りお掘りをわたって、ぼんぼりのでっかいやぐらが立つ。
 粋な黒い大門。
 桜並木だ。
 春はすんばらしいぞ。
 ボランティアのおばさんが、ほうきを手に雪洞の新雪を払う、津軽美人だなあも、
「いっしょ写真入ってくれ。」
「いいけんどもその手はなせ。」
 肩組んだら外せって。
 武者絵や女絵が貼ってある。
「夜くりゃいいんだ。」
「さみいんだろうがさ。」
 何百というぼんぼり。
 本丸跡に写真を撮って貰って、撮ってやって、雪にすべって転ぶ、お祭り広場には屋台が並ぶ。馬そりがある、馬が待ち呆け。滑り台があった。
 タイヤチューブで美代ちゃん滑る。
 由紀ちゃん未緒ちゃんワンカップ持って、おでんのくし握る、
「これさ昼飯食うんだっていうのに。」
 だってえへへ。
 重要文化財石家住宅というのがあった。人の住んでいる古い酒屋だ。ワンカップ手にのっこり、
「ひええやってらんねや。」
「いいですよ、どうぞ。」
 井戸があったり、縄で縛った大仰な仕掛けや、とっくりや大道具。
「そんじゃ飯を食いにさ。」
 ねぷた村へ。
 弟子の彼女は青森だ明日は案内する。
 未緒ちゃんは彼氏いるし、ピアノ弾きの由紀ちゃんは結婚した。美代ちゃんは小六の子いる。
 美緒ちゃんはどた靴履いて、そりゃすっ転ぶ。
 シングルマザーの美代ちゃん、うふうもうかび生えてるって、じっさからかいやがって。

行きずりの我もとぶらへぼんぼりや人の住まへる雪はも深み
年ふりてここに問はなむ花吹雪おのれ津軽を永のへの春

 青森はねぶた、弘前はねぷた館の一番奥へ、津軽三味線が始まる。法被を着た若い女の子、去年コンクールに優勝したんだって。
 へーえって弾き終わって、女どもが手習い。
 津軽三味線という、ようもわからん。
 大旦那の奥さま青森出身で、山上進長岡公演には、打ち上げに乾杯の音頭、たんび聞かされて。
「たいしたもんだあ世界の山上。」
 誉めてさ、ずいぶんよくなった。
 モーツアルトのほうがいい。
 高橋竹山の等身大の写真があった。
 絶句する。
 日本史の額縁に入れて飾っておけ。
 津軽三味線は、残り香ともいうべき。そうさなあ頂上。
 ねぷたは見ものだった。
 すんばらしい。なんで雪にやらねえんだ。夏なんだってえ、魔物みてえど迫力。
 独楽やこけしをこさえていた。
 金魚ねぷた。
 こぎん刺しというのがあった。
「すげえこいつ。」
 高えなあ。作務衣があった、女物かあちゃんにお土産、五万円うーん清水の舞台。
 着てみねえとわかんねえかなって、見ると五万じゃねえ十五万だ、売り子呼んどいて逃げた。
「和尚は着る物とんちんかん。」
 明美ちゃんが云った。
 生まれて初めて選ぼう。
 作務着きて、こぎん刺しのバッグ担いで、歌舞伎町オカマバーじゃなくって、東京さ行こうぜぶつぶつ。
 ねぷた太鼓をひっぱたく。
 スナックで、どっかいい宿ねえかって聞いたら、
「嶽温泉山の屋。」
 というの教えた。
 予約して、駐車場行くと貼紙してある。
 むずかしいこと書いてある、
 うわずるっと発車して、
「あそこ行く、すてきな可愛い建物。」
「二こぶ駱駝。」
 ぐるっと回って行った。
 明治から大正ロマンの、ハイカラな建物が一カ所に集る。外人教師の館とか、一時は喫茶店であった図書館とか。
 ピアノがあった。
 由紀ちゃん弾く。
 シルクハットを箱から引っ張り出して、わあきゃあかぶって写真に撮る。
 カーナビに嶽温泉を入れると、そいつが津軽弁バージョンの案内で、
「そこ曲がって右だ。」
 って、堂々たる津軽富士、雪の頂きは見えぬ。
「津軽人てあるなあ、あのかあちゃんさ、目のあたり。」
 そういえばそうかも。
 旅ってなんだろうって、糸の切れた凧、あっちへふうらり、女どもはこっち向いてホイ、少しは色付けたら。

ねぷたとふ阿鼻叫喚の地獄絵の舞へや踊れや炎熱の夏
孕み子の腹かっ裂いてねぷた絵の歌へや舞えや炎熱の夏
前世はバイオリン弾きとふ由紀ちゃんのシルクハットにドイツぶりせむ
門付けて我も行かめやじょんがらの津軽の郷に雪降りしきり
門付けてじょんがら行かめ花の春
雲井も聞こゆ鳴る神わたる

 雪の岩木山嶽温泉山の屋は、またぎ料理。
村田銃を担いだ絵があったり、囲炉裏を切ったり。
 女どもが歓声を上げる。
 湯の花で有名な温泉。
 雪の壁にはぼんぼり。
 うわあ風情だってさ。
 三品のうち好きなのを選べる。熊の肉鹿の刺身に、はたはた鍋。
 自慢はまたぎ飯、舞いたけを入れて珍味。
 未緒ちゃん由紀ちゃんは酒豪で、ご馳走を平らげて、今度は席を変えて飲む。
 じっさ寝たら、未緒ちゃんにたたき起こされた。
「度生心てなんだ。」
「そんなもん知らねえ。」
「由紀ちゃんが云ってたけど、禅宗坊さんは人を救おうとしないって。」
「へえそうかい。」
「どうやって救うんだ。」
「ほうらこうやって。」
 そこの柱を撫でると、そうかあって云う。
 由紀ちゃんもいた、すっきりしたあって、美緒ちゃん行く。
 不思議な子だった。
 誉める代わりに、サービスして行けったら、じっさはお金出してヘルスだとさ。
 その夜もめったくさ。
 ケイタイごっこする。
 院生の弟子が、得度のゼニ立替えで、腎臓売って払え。弟子二人たまたま売って、和尚さまに支払え、なにおめえ買うのか、おなべちゃんだめ。
 美代ちゃん口説く学生に、しつこいぞてめえ焼き入れたるなと。
 てっちゃんいい男、美緒ちゃん彼氏に、
「好きな男できたから。」
 とかけて、ケイタイ切られた。
 慌てこくって留守電、
「受けねらってたんだからさ、愛してる。」
 猫撫で声。
 大笑い。
 だって、追い出されたら行くとこないもーん。
 朝飯半分で、美緒ちゃんばたんきゅう、宿の人も大笑い。
 こぎん刺しの背負いバック買った。
 りんごのドレッシングとりんごの醤油と。
 けちで上手な買い物は由紀ちゃん。
 貧乏暮らし長かったってさ。
 日本海に出よう。
 山麓を回って鰺ヶ沢へ。
 二時には弟子の彼女と落ち合う。
 樹海の中の絶景をすんでに大事故。
 雪が凍っていた。

舞ひ行くはもがり吹雪か岩木山しのひ恋ふるはたが乙女子ぞ
湯の花のこは黄金の酒を酌め
命のたけを舞はふは舞茸

 荒れおさまった海へ出た。
 道の駅鰺ヶ沢。
 鱈ときんめの粕漬をうちへ送る。
 舞の海の出身地だった。
 立派な記念館が建つ。
 向こうの丘にホテルがある。そっちへ行った。海の見えるロビーでコーヒーを飲む。
 売店で知恵の輪買ったら、丸太ん棒削ったきりの、えっへえこりゃなんだ。
 ずっと下って行って、千畳敷という海岸。
 ほっけを釣る。
 海苔を取るばあさの話を聞いた。
 滝が氷柱になって凍っていた。
 山越えは剣呑で、鰺ヶ沢から青森へ。
 雪もないのにみな四0キロで走る。追い抜いたってまた四0キロの、あきらめた。
 じきに凍るんだな。
 弟子の彼女と合流した。
 アルガという名物海鮮市場へ。
 取れたていっぱい。
 蟹ありたらこあり刺身あり、どーんと魚の大小バライアティ。
 おたふくみていな見たこともないはぜ、昆布に漬物。
 うにかにいくら丼三色丼、豪華な昼を食べた。
 民謡酒場へ行って、山上進の三味線を聞く。
 二次会をどうしようか。
 青森オカマバー行こうって、女どもおこげちゃん。
 明美ちゃんにケイタイしてみた。
 青森は一見さんぼられるからって、弘前の店紹介して来た。
「別に義理ないから、行かなくたっていいよ。」
 という。そりゃ青森へ来ちゃったし、明美ちゃんに蟹といくら送った。
 弟子は彼女はデイト。
 わしらはそこら探索。
 雪の青森市内を歩く。西も東もようわからん、
「このみちはいつかきたみち。」
 吹雪に歌って、仰山ある空っぽタクシーををつかまえた。
「一見さんだ、どっか案内してくれ、せいぜいこのくらいでな。」
 はいよってんで、三内丸山へ行き半分は時間切れ、ねぶた会館はパスし、だってもあっちやこっち、しまいアスパムという三角の巨大建物でさいなら。
 なんでもある観光会館、てっぺんの回転喫茶店へ。
 絶景かな、吹雪の港から、八甲田山のスキー場、賑やかな繁華街の灯。
 うわきゃあ歓声を上げて、ケーキを食べ、ワインを、コーヒーを飲み時間までいた。
「ガラス吹きさせるとこあったんだって。」
「知らぬ存ぜぬだったなあ。」
 吹雪を民謡酒場坂久へ。
 生きるとは地獄だって、津軽人はようも知る、ねぶたを見に来ようって、お盆の夏には坊主だめ。

流れさへ凍てつくものか鰺ヶ沢ほっけや釣らむ海苔や摘むらむ
三内に日は入りはててもがり笛
なんに燃えたる縄文館
じょんがらのいつかな我は物語り津軽恋しや雪降り荒らび
六十我がワインに酔ふてアスパムの雪に暮れなむ海なも灯
 
 弟子が予約を取っていて、七時さか久に合流。
 田酒という地酒、ほやだうにだ、取れたての烏賊刺し、かんぱちの甲焼き、大間で上がったくろまぐろ。
 この烏賊吸いつくきゃあ。
 旅の終着乾杯。
 ピアノ弾きの由紀ちゃんは、お寺の独演会に、山上進と二人セッション。
 けっこうなもんだったけど。
 若いのが三味線弾いて、ちいっとかたいビンカラって音して、笛を吹き太鼓をひっぱたき、店中総出でやっている。
 由紀ちゃん美代ちゃん未緒ちゃん、引っ張り出されて太鼓打って、あとすけべそうな親父と踊って。
 笛吹かせろったら、だめだって、
「山上進さんは。」
 聞いたら、
「今はもう有名になったから、お店には出ないだべ。」
 とおかみ。
 看板に偽りありって、隣の二人連れは、東京から来たんだそうの、
「まそういうこったか。」
 縁が切れたあってもんの、ひとしきりして坂久を出た。
 青森一やすいといって、ハイパーホテルに予約、
「いやよそんなの、あたしにだって選ぶ権利あるんでしょ。」
 いいもの好きの美代ちゃん。
 新宿のホテルがそりゃひどかったし、廃虚みたい、野良猫がのっそり。
 風鈴さんのせいだ。
 美代ちゃんご満悦、こりゃは勉強のたまもの。
 ハイパーホテルはすてき。
 第一ホテルと第二があった。弟子は彼女と歩いて行く、由岐ちゃん取り残され。
 切れそうになって、
「へえそうだったですか。」
 てなもんの弟子は福相。彼女の案内でバーへ行った。
 グランドピアノのぐっと小型のあって、由紀ちゃん弾けやって、猿回ししちゃった。
 バーテンぼそぼそ。
 ロートレックのころの絵描きがどうの、津軽にはギターのバッハ弾きがいて。由紀ちゃん怒ってる。
 そのギターのバッハなんじゃこりゃ。信仰というものを知らんのか。うんじゃあとて先に引き上げた。
 一寝入りしたら、どんどん、
「あした何時に起きるの。」
 美代ちゃんに起こされた。
「うーん七時。」
 はなっからいすかのはしの食い違い。三たび四たび、とうとうあんないい子を抱けずじまい。
 しゃあないいつだって生まれついでさ、こっ恥ずかしいって、モーツアルトもくそもねえわな、とうに死んで。

竹山の津軽三味線なんにこれ飲んで歌ふて雪に寝ねやれ
吹き溜まりバーとは云はむ底なしやロートレックの風にしも聞け

 さあ帰ろう、美緒ちゃんは友達に会うっていう、
「新幹線に乗ってけ、これ援助。」
 なにしろどいつも文無しだあ、いくらか渡して青森駅へ。
 その方が車も楽だ、なんせ八十キロだ。
 美緒ちゃんは駅に突っ立って、泣いてたんだって。
 楽しかったんだって。
 あとは今日中に帰りゃいい。
「大旦那奥さんが、姉のやってる店によってけって云った、忘れてた。」
 弟子はカーナビに入れる。
「まだやってねえだろ。」
 ぐうるり回って来て、時間前。
 もう一回まわったらあたしもちょっと切れるって、美代ちゃん。
 九時過ぎハイウェイに入った。
 雪は消えて上天気、
「他わかんねえで、中尊寺はどうだ。」
「そうしよう任せる。」
 行ったきりなんだからって、由紀ちゃんぶつぶつ。じっさ反省なし。
 見渡すかぎり雪の中、
「中尊寺で昼飯だあ。」
 ぶっとばせって、カーナビの到着時間が次第短縮されて、びかっ取締装置をさけて、120キロに下げて。
 追い抜くやつがいる。
 中尊寺はICを下りて五分、なんせ観光目玉ってわけだ。。
 北上川から衣川が別れる。
 弁慶の立ち往生。
 花のころがいいか。
 中尊寺は天台宗だから、比叡山と同じ、大小の宿坊が建つ。
 金色堂。
 うわあ坂道だれか押してくれえ。
 月曜芭蕉記念館はお休み。
=五月雨の降り残してや光堂=
 教養のねえさっさと行く。
 弟子は信心で、たんびに手合わせ。
 あてずっぽうには、タイのエメラルド寺院風、美しいお堂があって、そうして藤原三代が眠るって。
 とんとむかしの表紙にした幔撞が、三つともあった。
 国宝だ。
「ふーんこれに導かれて来たんか。」
 なと。
 由紀ちゃんは南部鉄瓶を買った、貧乏暮らしにおさらばか、
「鉄瓶でお茶沸かせば、アルツハイマーならないって。」
 弟子と結婚した、最後の旅行だ。
 由紀ちゃん代わって、磐悌熱海まで。ひえーぶっ飛ばして五時半近く。
 女どもを下ろす。
 由紀ちゃんは美代ちゃんに、郡山駅まで送って貰う。
「これあたしたちからの、バレンタインのチョコと奥さんへのお土産。」
 といって、
「あれこれなに。」
 別に袋一つ。
 それがお土産で、渡されたのはわしが買ったこぎん刺し。
 うっふうしてやられ。
 車がおかしい。
 パーキングエリアで空気圧を調整した。
 帰ってから見たら、空気口が破損、バンパーもひびがはいっていた。
 雪に激突は新亡者通せんぼ、いやちがうぜ、無事に帰って来れたのは、守ってくれたおかげ。
 どっかおかしかったけど。
 混浴温泉はぱあになる、山上進にはすっぽかされ、それからえーと。
 明日は初七日だ。
 忘れたころに、弟子が書き付け持ってきた。
 立替えといたって、あの。

弁慶が仁王立ちせむ衣川散りしく花に我も訪のはめ
仁王立ちいにしへ花の衣川
年はふりつつ我れも音のへ
津軽には吹雪吹くらむ人住まふらむこぎん刺しとふこれな忘れそ