おかま歌

  おかま歌


 世田谷のぼろ市を見て、新宿で新年宴会して、二次会はおかまバーへという。ぼろ市は寛政年間から続いた名所名物、十二月と一月年二度の開催、歌舞伎町はロスアンゼルスと並び世界二大おかま街だそうの、冥土の土産にさ。
 切符も買えんもうろくじっさの一人旅は、そりゃ心配だと云われて、
「うっさい、おねえちゃんどもが待ってる。」
 とか大奮発、例によってトンネルを抜けると快晴。高崎あたり、富士山がくっきり見えた。

世田谷へ雪ふりしきり関越や初春を迎へむはぐれ雲の行く
高崎に仰ぎ見なむは六十路なむ初春を迎えむ空の明るさ

 半世紀ぶりといってもいい新宿であった、風月堂はもうない、柳影はどこへ行った。
 文無しであったな、微苦笑もどおっと空っ風、変わらぬはこれか、一同の待ち合わせにどうにか滑り込み。

新宿の柳かげとぞ空っ風何十万人をかき別け行かな

 世田谷のぼろ市は、由紀ちゃん未緒ちゃんの計画、貧乏人の代表どもが、でもそいつにわしが乗ったんかな。
 わんさか混んでいて、吹きっ晒しのくっきり晴れ。
 下水たれっぱなしみたいに、むしろ敷いてさ、甘酒とあんころ餅食ったか。猫の筆だってんで、いいとこなしみてえおっさんに高い筆買わされ。わしの同窓生の朝倉が行方不明。あいつはのろまでもって。
 立派にこさえた代官屋敷があった。植え込みには梅や椿が咲いて、

世田谷のぼろ市となむ空っ風つらつら椿代官屋敷 
  
 大学院へ行っている弟子のアパートというより、三人で借りるおんぼろ下宿があって、ぼろ市でやきとりに缶ビール買って、そこへみんなでしけこむ、時間つぶしだ、
「泥棒の逃げ道になったことある、かぎも掛けてねえしさあ。」
 という。
 誇らしげに見せた本棚は、けっこう満載。 回りは高級住宅街、ベンツやポルシェだの金ぴか。わっはっはなーるほどってわけで。
 朝倉は一人喫茶店。
 てんまくさんは新宿に住む、その口聞きで車屋別館に新年宴会。南口であったか駅前の、西も東もあっち向いてほい。四階に行く、すっかり準備がしてあった。

花筵いざ祝がむ空っ風乞食坊主も梅が初枝を

 tomotomoというおかまバーへ、オーナーが新潟県人で、貸し切りの別時間設けて、同郷の生臭坊主ご一行さまを迎え。
 ショウとストリップで勇名、おっぱじまった。大音量にどんだばすっちゃん、
「おれ帰る。」
 といって朝倉が立つ。なら出資ぐれえして行けってのに間抜け。
 映画館行っても大音響で、そりゃわしら旧世代には。
「お金かかってんのよ、おっぱい一つ一五0万、日本じゃ手術できないし、保険ないしさ。」
 アメリカがあっこで、タイが、
「二週間にいっぺんホルモン打たなきゃなんないんだし。」
 真っ赤なドレス着たでっかいのが、まさか趣味かなあ、
「さわってみて。」
 といっておっぱい出す、
「ふーんなーんも変わらんなあ。」
「でしょ」
「うん、わしおふくろの以来始めておっぱい触ってみた。」
 げらげら。
「こういうの横に切るんじゃないん、縦に八つに裂いて埋め込む。」
 親指立てて講釈、
「でないと感じない。」
 うんごもっとも。
 すこぶるつき美人もいる、背の高いフィリピン系は言葉がわからない。
 tomotomoを紹介した明美ちゃんが、花電車ての、あんなんあたしできないわ、たいてい指でって云った。
「ばななちょん切れるか。」
 聞いたら、
「あたしできるわよ。」
 となりの、
「そうかけつあつ高いな。」
 げらげら。
 せショウと踊りの連中、わしのほうがたいこもちか。
 おなべちゃんもいた。
「おれんのがさ、あるときこーんなぐれいになった夢見て、」
 決意したんだという、唯一女であるはずがその、ー
 ストリップが始まった。
 女よりもよっぽど完全無欠。
 ふえーすげえな、前をはだける。
「ない。」
 取っちゃったんか、あとで明美ちゃんに聞いたら、
「なにさ、後ろへガムテープで貼りつけとくの。」
 と云った。
 風呂で試してみたけど、どうもそうは行かない。
 あんなに美しいのに興奮しない、なぜだ、先入主があるからか。
 美緒ちゃん由岐ちゃ美代ちゃん、ぎゃあわあ女ども大興奮。
「あたしたちだって負けちゃいられないわ。」
 出てからも喚いている。
 こういうのおこげちゃん。

歌舞伎にはさらで勝れるニュウハーフ田舎坊主をお出迎へ
歌舞伎にはおかまばあとぞネオン街華やかにして空洞がよき

 風鈴さんがネットで調べた、安かろう悪かろうホテルに、女どもぶうぶう、なんせ寒くってようも寝れん、野良猫がのっそり。
「ホテルなんかいらない、新宿は夜明けまでやってんの。」
 明美ちゃんが云った。
 翌日は横浜そごうに、田中一村展を見に行った。
 奄美に逝った孤高の絵描き。
 朝飯食って、湘南ライナーに乗る。
 由岐ちゃんと美緒ちゃん。満員電車に突っ立って、おかまばーのあけすけな話、
「うわ仲間と思われるぜ、知らん顔しよ。」
 と美代ちゃんとわし。
 横浜はかあちゃんの里。

大都市は外っぽを向いて故郷やあした見えむ沖つ白波

 田中一村は最後の三十枚に立ち尽くす、筆をもってする、極楽浄土。

我れやまた涙溢れて見えむは一村の世ぞ極楽浄土
ふだらくや生臭坊主が漂流ひに燦たるあだんの奄美が島へ

 由岐ちゃんと美緒ちゃんは、中国ばあさの大道売りにひっかかる、
「あんなんに吸いつかれたら、どうでも。」
 と云ってると買わない、さすが貧乏人、じゃなくってオバタリアン?
 中華街で食べる、長年の夢がかなう。そこらぶらついた。由岐ちゃんが手相を見てもらう。
 空いている隣に座った。
「もう七十だしさ、人生終わっちまったんけど。」
 といって、手差し出したら、中年の女占い師、
「九十までは生きられます、こんないい手相は見たことない、人が寄って来ます、本業もまた、志すところのものはみな完成し、お墓を大切にして云々。」
 そりゃ坊主だでお墓大切に、ー
 元気になって来る、
「あの彼女できっかな。」
「奥さんいるんでしょ。」
 うわ怒られた。幸せを売る商売な。
 教養あるご婦人がいっぱいつきますといった、
「教養あるって、こいつらかあ。」

初春やこれは華僑の朱に明かき門柱となりて年忘れせむ
あれもまた花でありしか深山木の六十を過ぎて初に知れりとは

「どうする熱海行くか、一万円出せあと援助交際。」
 たら行こうという。
 東海道線、わしは裕次郎と同じ湘南ボーイだ。大磯で生まれ藤沢育ち。
 江の島で泳ぎを覚えたのに、戦争で疎開。 大船に観音さんが立っていた、なに座ってるんだって。

ふたたびも過ぎし思ひを大船の観音さまは座しておはすか

 由岐ちゃんが用事ができて帰る、明美ちゃんが中二の、まんまる太った娘とやってきた、
「熱海はあたしの庭よ。案内してやる、うっふ評判わりーんだけどさ。」
 といって、でっかいランクル運転。
 海を見晴らす宿。
 わしは何十年ぶりだろう。

熱海には夕廻らへる半世紀大海がてに思ほへる美し

 貸し切り風呂がある。
「なんで入ってやらないのさ、あたしは娘いっから。」
 とかいって、明美ちゃん焚き付ける、
「おう入るべえよ、老人介護だあ。」
 美代ちゃんと未緒ちゃんが入ってくれた、なんせおかまちゃんに対抗意識、
「触ったら警察呼ぶ。」
 なんのかんのこわいこと云って、八十キロの美緒ちゃん、にっと笑って素敵、美代ちゃん後ろ向きになったら、丸ごと。

今をかも笑みみ怒りみはねかずら南無観世音付けし紐解く

 翌日は一月十七日であった。雪がふって、それも大雪。
 さすが今月今夜の貫一お宮。
 年に一回の観光熱海大イベントはすべて中止。
 明美ちゃんの案内で名所を尋ね、弘法大師が悟りを開いた所とか、二代目お宮の松、七つ七湯、熱海は雪の梅園。
 そりゃけっこうな案内だったんだけど、梅園は満開だしさ、そのあと明美ちゃんが帰れない。
 スノウを履いていない。
 どうにか帰ったってあとで聞いた。

ここもまた大師ゆかりの地にあらむお宮の松は二代目にして
幾人や七つ七湯を廻らひにしのふる雪の梅がへを行く
紅梅に雪ふりしきり白梅に雪ふりしきり初春やこの初春
津和野にはつらつら椿熱海に咲きのふ梅を去年今年して
吾妹子を梅が初枝と思ほえや降り降る雪にあひ別れなむ