ショートショート15

2011年03月28日 08:57 せっちゃん ショートショート・金の太刀
  金の太刀
 むかし山の本田の長者さま、勝手気侭の悪業三昧、人の難儀を見るに見かねて、
「外道め成敗致す。」
 伊谷の十郎そっ首刎ねて、行方知れず。
 噂も絶えてとある夜半、十郎父母の家屋根に、月は二つとなりくらめいて、金ねの太刀が抜き立った。太刀には文がつく、
「十郎は妻と二人行く、ご不幸お許し下され。」
 月の光に涙流せば、形見の太刀が物語る。
 山の本田をあとに伊谷の十郎、武者修行の旅から旅へ、しかもあるときこう聞いた、
「美しいやな松の長者のさゆら姫。」
 雲は歌う草木もなびくと、やって来たれば苔むす巌に、一振り太刀が突き刺さる。
「引き抜いた者にゆら姫をやる、松の長者。」
 と札が立つ。
「なんのこれしき。」
 柄を取っては伊谷の十郎、雷鳴って巌の太刀を引き抜いた。
「天晴れ三国一の花婿じゃ、わしがそっ首刎ねたは三十人。」
 松の長者が引き合わす、朝日ににおうと美しいやなさゆら姫。
 子のないだけがたった一つの、三年三月は夢のよう。
 秋夜は更けて、思いは遠く父母の里、不意にあやしの気配、抜く手も見せず切りつけた。伊谷の十郎巌の太刀。なんたること、朱けに染まって倒れ伏すのは、美しいやなさゆら姫、返す刀に我れと我が胸を。
「待った。」
 と云うて、真っ白い松の長者。

2011年03月29日 08:56 せっちゃん ショートショート・金の太刀2
「家に伝わることわざ、末摘む花は宝の接ぎ穂。」
 なき姫へのはなむけ、わしへの孝養、千載一隅宝蔵、七つの海のはてにある、ねむいむーなの島へ行け。
 伊谷の十郎ゆら姫の太刀、西へ向って十五日、ざんざあ風に風鈴が鳴る、「ねむいむーなの宝の守りは、鳴子の太郎。」
 すすきっ原に白刃が舞う、すねをえぐり耳をそぐ、
「死なば死ね。」
 伊谷の十郎突っ走る、ゆら姫の太刀。
 鳴子はふっ切れ守りは抜けた。
 ふーわり跳んだ巨大なけもの、
「宝の守りは虎の次郎、千年生きて盲いになった。」
 くわえ込んだは、急所を外してもてあそぶ。
 雷鳴のように喉を鳴らす、すんでに逃れて伊谷の十郎、
「目ん玉の代わりになろうぞ。」
 首に跨り、ゆら姫の太刀を突っ刺す。千里を走って虎は倒れ。
 とっぷり暮れて、一つ屋敷に灯りが点る、宿を願えば、美しい女が案内する、飲んで食らって湯に浸り、床を取ったらこう聞こえ、
「宝の守りは屋敷の三郎。」
 古い書物が一冊あった、
「ゆめやうつつやたからぐら、ひとついのちをいくつながらえ、」
 二日を眠り十日を眠り。ゆら姫の太刀にももを突っ刺す、十郎ついに読み終えた、
「あやしのえにしむなしくおわる。」
 一つ屋敷が火を吹いた。
 あやうく逃れて旅の空。
 笛や太鼓に行列が行く、輿に乗る美しい花嫁、
「めでたいな。」
 伊谷の十郎。
「なにがめでたい。」
 若者が云う。
「くすのきさまの人身御供じゃ。」

2011年03月30日 08:39 せっちゃん ショートショート・金の太刀3
 ひよどり村の大くすは、あしたに二十の村を覆い、ゆうべに二十の村を覆う、七年ごとに花嫁をめとる。
「そんなものは伐り倒せ。」
 伊谷の十郎、
「祟りが恐ろしい。」
 と若者。
「木挽を十人。」
 そーしようと云って必死の若者。
 日も夜もなしに木は伐られ、
「よそ者がなんという。」
 石のつぶてが飛んで来た、四方八方うなりを上げ、
「宝の守りはつぶての四郎。」
 と聞こえ、十郎ゆら姫の太刀に払う、
「くすのきさまの花嫁じゃ」
 美しい娘が胸を押し広げ、つぶてはうなりを生じ、
「又の世に結ばれようぞ。」
 むくろを抱いて若者。
 さしもの大くすが倒れ伏す。
「くすのきにふねをこさえて、たからのたびはうみのうえ。」
 花嫁のむくろが口を聞く。
 大くすに舟をこさえて、伊谷の十郎ゆら姫の太刀、宝の旅は大海原の、島影消えて淋しいばかり。
 なんにしや、べったりないで五里霧中、
「宝の守りは霧の五郎。」
 同じところを堂々巡り、夢まぼろしやもののけの、七日七夜を帆柱腐れ、投げ入れたゆら姫の太刀、切っ先光って行く手を示す。
 霧の五郎のはらわたを抜け。
 とつぜん海は吼え狂い、雷稲妻、
「宝の守りは嵐の六郎。」
 かじは吹っ飛び帆柱は折れ、木の葉のようにもてあそばれて、海の藻屑と消ゆるには、七人乙女が舞い歌う、
「ちとせをへぬるくすのきは、ちたびのあらしにたえだえて」
 ゆら姫の太刀を抜きはなつ、雷撃って轟然、ひるがえり嵐の目ん玉を撃つ。どうと大波に押し出され。

2011年03月31日 09:07 せっちゃん ショートショート・金の太刀完
生臭い風が吹いて電光、波はうねり逆巻いて、
「宝の守りはおろちの七郎。」
 大蛇の七つの鎌首、こっちに向えばあっちが襲う、首がもぐれば尻尾が生える、伊谷の十郎死に物狂い。
 血潮がおもかげに、美しいやなさゆら姫。袖を振るにしたがい、おろちは海底に消え。
 物凄い臭いがして、いちめんに腐れ漂う、
「宝の守りは腐れの八郎。」
 おおぞろもぞろかき上る、生首や腐れ目ん玉、手足はらばた、うちすえひっぺがし、気も狂うかと十郎、引き抜いたゆら姫の太刀、鞘は衣に押し広がって、腐れのはてを清うに脱ける。
 塩を吹いて泡立つ海、
「宝の守りは日照りの九郎。」
 らんらんと光のレンズ、舟板は裂け帆柱は火を吹く。
 息も絶ゆると、
「お刀を日に。」
 ゆら姫の声。
 光になりくらめいて、冷たい雫にはうり落ちる。
 ひでりの海を抜けて、流転三界虹のかけ橋、浮世のはては、ねむいむーなの宝島。
 金銀珊瑚綾錦、紅玉碧玉しおみつの玉、かりょうびんがか歌う羽衣、へんげの壷にへらずのお椀、命の泉につくも石、浮き寝の梯子に天の速舟。
 数えたてたるこの世の宝。
 命の泉に太刀をひたせば、朝日ににおうと蘇る、美しいやなさゆら姫、ぬけがらは金ねの太刀に。
 伊谷の十郎さゆら姫、天の速舟に宝を積んで、その夕映えの大空に舞い上がる、姫の指差す天空は、
「鳴子の星に、めしいの虎に。」
「一つ屋敷につぶて星。」
 二人数える星の座。霧のカーテン、嵐の目、七つおろちのかま首、くされの星にひでりのレンズ。
「宝の守りは十郎おまえじゃ。」
 天の速舟が口を聞く。、
「ねむいむーなの宝を月へ。」
「よかろう。」
 伊谷の十郎、
「月のお里へ住む習い。」
 さゆら姫がうなずく。
 真っ白い松の長者が、
「その舟待てえ。」
 鬼になって追いかける。
 金ねの太刀は父母の家に。
 伊谷の里には、十五夜の夜、浮き寝の梯子が舞い降りて、月の国へも行かれるそうの。

2019年06月02日