とんとむかし3

二人長六

とんとむかしがあったとさ。
むかし、安中村に、長六という若者があった。
長頭の長六といわれて、長い頭して、仕事半ぱで、いつも寝てばっかりの、二十歳過ぎても、親に食わせてもらっていた。
「長六、また頭伸びたかいの。」
といわれて、にひーと笑う。
とうとう親も呆れて、好きな笹団子、風呂敷に背負わせて、
「してやれるのは、もうこれきりだ、どこなと行って、暮らしの道立てろ。」
といって、家を追い出した。
長六は、
「これまで育ててくれて、ありがとう。」
といって、長い頭さげると、笹団子の風呂敷背負って、出て行った。
村を外れ、山越え野越え、歩いて行くと、腹が減った。
風呂敷といて、長六は、笹団子を食った。
「うんまいな、笹団子。」
一つ食い二つ食い、十食って五つ食って、たったの一つになった。
「はてなあ、食ったらおしまい。」
長六は、川の水を飲み、一つきりになった、笹団子を、風呂敷にゆつけて、歩いて行った。
村を二つ過ぎて、夕方になった。
腹が減って、どうもならん、一つきりの笹団子出して、どうしようといって、水だけ飲んだ。
どこだって、泊めてくれそうにない、そこら横になって、
「これ食って、寝てりゃあ死ねる。」
といって、笹団子を出し、
「いや親の形見じゃ、食わずたって死ねる。」
といって寝た。
寒さと腹減って、目が覚めたら、星がべっかり、
「死ぬのも楽ではねえて。」
といって、目つむったら、
「もう少し先へ行ってみろ。」
声がする。
一つきりの笹団子が、しゃべった。
「長者どんのお通夜だ、行ってみろ、手あわせて、おうむしょじゅう、にいしょうごうしんといやあ、お斎食わせてくれる。」
「そうか。」
といって、起き上がって、長六は歩いて行った。
立派な門構えに、葬礼の提灯が出て、羽織紋付着た人や、そうでない人や、出入りする。
長六は、続いて入って、長い頭さげて、
「大麦小麦二升五合。」
といった。
「ありがたいお経の文句を、さあこちらへ。」
訳知りがいって、おときの席につける。
長六は、すっかり平らげて、酒は飲めなかったから、
「はい、ごっつぁまでした。」
といって、座を立った。
すると、
「どちらへお帰りで。」
と、家のものが聞く、
「はい、あっちの方へ。」
来たのと反対をさすと、
「そんなら、西の姉さまお送り申してくれないか、おつれが飲んでしもうて。」
といって、提灯を手渡す。
「よろしゅうに。」
西の姉さま、頭下げた。
長六は、提灯をとって、清うげな姉さま、西の長者屋敷まで、送って行った。
「ありがとうさん。」
と姉さま、
「はて、お見かけしたことのないお方じゃが、どなたさんであったか。」
笹団子の風呂敷、背負わされて、出て来たことを、長六は、正直に話した 。
「そうであったか。」
姉さま笑って、
「では、うちに一晩泊まって行きなされ。」
といった。
一晩泊めてもらって、礼をいって出ようとすると、姉さま、長六をつくずく見て、
「なんでもして働こうというのなら、ちょうど一人欲しいと思っておったが。」
といった。
「よろしゅうお願いします。」
長六は、長い頭下げた。
長者屋敷には、いろんな仕事があった。
寝てばっかりが、生まれてはじめて働いた。
水汲み、風呂焚きから、掃除から大仕事まで、
「働くってのも、いいもんだ。」
ぽかんとしていると、
「それ、長者どんのお帰りだ。」
一つきりの、笹団子がいう。
とんで出て、大門を開ける。
「今日は、大事のお客がある。」
掃除して、お庭に水を打って、蒲団から徳利茶碗まで。
長六は、かげ日向なく働いて、二三年したら、すっかり重宝がられて、お屋敷のことは、なんでも長六になった。
そうしたら姉さま、
「おまえさまも年だで、嫁もらえ。」
といった。
「へえ、そんなもんもらえるだか。」
「ちっとあれだが、先代どののおたねじゃ、おやそうすりゃ、身内にならっしゃるか。」

姉さまいって、娘を引きあわせた。
平らったい顔して、たけは低く、長頭の長六とは、われなべにとじぶた。
長六は嫁もらって、一つ屋根の下に住んで、今度は二人して働いた。
「ちょうずにたらい。」
人がいうと、にひーと笑って、
「めんこいかかじゃ。」
といった。
姉さまの、四つになった子がなついて、
「ひょーのくあたま。」
といってとっつく。長六は馬になったり、鬼のまねして、
「ぐわーお。」
「こわくない、やっ。」
と切られたり、竹やぶの竹をとって、笛を作って、
「ぴーとろ。」
と、吹いてみせた。
「そんなまねしたらいけん。」
平たいかかいったが、平気だった。
かかは、長六にまけず、稼いだが、お屋敷うちのことは、たいてい長六が仕切るようになると、
「おら屋敷。」
といって、あたり見る。
「そうではねえ、長者どんと姉さまの。」
といえば、そっぽを向く。
長者どんが、病気になった。
もともとおつよい人ではなかったが、外で飲んで倒れてあと、それっきりになった。

姉さまの看病も、長六の手立ても空しく、
「どうもならんか、笹団子。」
笹団子に聞けば、
「前の世からのきまりじゃ、どうもならん。」
という。
「どうもならんがおまえ、平らったいかかの、云うこと聞きゃ、長者どんになれる。」

悲嘆に暮れる、姉さまに代わって、長六は、葬礼から、万端取り仕切った。
一段落つくと、
「向こう山に、田んぼ三枚つけて、わしらを出してくれ。」
と、姉さまにいった。
「そりゃいいけど、外には出んでくれ。」
姉さまいった。
長六は、なんにもせんで、寝ていた。
「本家のおととが会うそうじゃ。」
平らったいかか云った。
「ああそうか。」
と、長六、
「弟どのが今夜来るそうだ。」
「そうか。」
と、長六、
「ちっと、釣りに行って来る。」
といって、魚篭に竿持って、出て行った。
川っぱたに、釣りしていると、ぎいっことろをこいで、舟が行く。
「どこへ行く。」
長六は声をかけた。
「まゆ玉乗せて、下の町へ。」
「そうか、ならわしも乗せてくれ。」
というと、
「西の長者どんのお人か、いいです。」
といって、岸へつけた。
ぎいっこと下って行くと、にぎやかに幡がなびいて、笛や太鼓に、どんがらぴーと、村のお祭だった。
長六は行ってみたくなって、
「すまんが下ろしてくれ。」
といって、舟を下りた。
山車も出る、屋台が並んで、赤いべべ着た子や、かすりの子や、
「楽しいな、やあ楽しいな。」
といって行くと、飛び入り角力をやっていた。
五人抜いたら、酒一升。
「酒はだめじゃが。」
寝てばっかりの、長六であったが、なぜか角力だけは、強かった。
ふんどし一つに、土俵へ上がった。
「でやこい。」
あっさり五人抜いた。
「ながあたま関の勝ちい。」
はあて、酒一升もらって、引き下がったら、着ものがない。
財布ごと盗られて、石のようになった、笹団子一つ。
「笹団子があったから、よかった。」
といって、ふんどしにゆいつけて、酒一升さげて、歩いて行った。
「うふう寒い。」
そういって見たら、同じような、ふんどし一つが、川原に燃し火してあたっている。

七人ほどもいたか。
「ごめんなっし、あたらせて下さい。」
というと、
「おう新入りか、気が利くな。」
といって、酒一升とって、すきを開けてくれた。
ふんどし一つは、川越人足で、川を渡る人を、背負ったり、台に乗せたりして運ぶ。長六は仲間になった。
冬だってふんどし一つ。
十日もやったら、慣れっこになった。
「さむいなっての着ていられっか。」
「きんたまのほかは、面と同じ。」
気のいい連中だったが、毎晩よったくって、ばくちを打つ。
させられて、長六はすっからかん。
「あっはっは、仕方ないのう。」
といっていたら、ある日担った台の人が、
「おまえは長六ではないか。」
といった。
「いえあの裸虫で。」
「その頭は間違いない。」
西の姉さまだった。
「おまえのおかげで、長者屋敷を追われずにすんだ、帰っておいで、子供が待っています。」
といった。
「平らったいかかはどうしたか。」
長六は聞いた。
「向こう山に、田んぼ五枚つけて、出しました。」
大町まで、三日の旅だといった。
長六は、潮時だと思った。
裸虫をやめるには、すっからかんで、着物一枚ない。
「どうしたもんだ。」
笹団子に聞くと、
「ばくちで取り返しゃいい、こっちのいい目にはれ。」
といった。
笹団子のいう通り、丁といえば丁、半といえば半にはって、あっというまに、取られた分は、取り戻した。
「はい、それではこれで。」
引こうとしたら、
「へんだ、負けてばっかりが。」
という、
「ふーん、そのふんどしにあるもの、見せろ。」
よってたかって、むしり取る、
「なんだこりゃ。」
川へぶん投げた。
「わしの笹団子。」
あとを追ったが、沈んでしまったか、あきらめて出て来たら、岸辺へ寄せる。
「まだ縁があった。」
長六は、笹団子をゆいつけ、着物を買い、身の回りを整えて、歩いて行った。
廻り歩いて、昼間うどんを食ったら、文無しだった。
「いつかも、こんなめにあったな。」
見知らぬ町の、お店を見上げて、つったつ。
もう真夜中だった。
人が湧いて出た。
七人、八人、黒ずくめの、頬かむり、
「ははあ、泥棒さま。」
「なんだこいつは。」
「切れ。」
ぎらり引っこ抜く。
千両箱が担ぎ出される。
「ぴー。」
と、呼び子が鳴った。
「盗賊からす天狗、御用だ。」
「神妙にしろ。」
御用提灯が並んで、大捕り物になった。
「こいつが見張り役か。」
「いえあの、通りがかりの。」
長六も、縄を打たれ、
「はてどっかで見たような。」
長頭を見て、役人が云った。
半月して、お白洲であった。汚れのないようにと、風呂へ入れられる。
「どうしよう、笹団子。」
というと、
「風呂から出たら、頬かむりして、歩いて行け。」
と、笹団子。
頬かむりして、歩いて行った。役人が来る、「にひー。」
と笑ったら、そっぽを向く。
またお役人、
「さあお早く。」
といって、頬かむりの長六の、手を引いて行く。
松にお鷹の、立派な部屋だった。
「ささ。」
長い上下に、大小をつっさして、烏帽子を乗せる。
どーんと太鼓が鳴った。
「お奉行さまのおなーり。」
ふすまが開いて、押し出され。
お白洲には、からす天狗一党が並ぶ。
(弱った笹団子。)
(心配いらん、お奉行さまは、おまえに生き写し。)
さわぎが起こった。
「お白洲じゃ、神妙にいたせ。」
「ちがう、無礼者。」
ほんにそっくりのお人が、縄をうたれ。
「これより、からす天狗一党の、吟味を致す。」
役人がいった、
「左々衛門、一党の首領、押し込み十件に、殺人放火並びに、かどわかし。」
(刀のためし切りをして、通行人を切った、去年の大火はやつの放火による、悪いことはなんでもする。)
笹団子が云った。
「押し込み強盗、太兵衛と長橋屋を切ったのもおまえじゃ、放火犯人であり、仲間を殺す、どれ一件にても、死罪じゃ。」
長六が云った。
(おそれいったか。)
「恐れ入ったか。」
「へへえ。」
と、かしこまる。
「次ぎ、まむしの六平太、同じく押し込みに、ゆすりたかり二件。」
(柄にもなく小心で、役立たず、女を売りそくなって、ほっぺたに傷。)
「走り使いのほかは、こそ泥と空き巣。」
「へへえ。」
といって、次々進んで、役人の調べ状に、獄門、島送り、百叩きと申し渡して、瓜二つの、お奉行さまになった。
「押し込みは新入りの、見張り役。」
「ちがう、わしは。」
烏帽子姿の、長六を見上げて、口をあんぐり。
(お奉行さまは、婿養子で、奥方がたいへんなりんき持ち、抜けだしては、夜遊びをなさる、借金が二十両ほど、好きなお方もいなさるようで。)
「からす天狗の賞金はいくらじゃ。」
長六は、役人に聞いた。
「五十両です。」
「ではそれを、この者に与えよ、烏天狗に入って探索し、しそかに通報致せしもの。」

(二十両でいい。)
笹団子はいったが、裁判は終わった。
大汗かいて、引き上げると、烏帽子、大小上下を投げ捨てて、長六は、逃げ出した。

「ひや、寿命がちじんだ。」
裏木戸を抜け出ようと、お奉行さまがいた。
「あいや、どこのどなたか存ぜぬが、見事であった。」
という、
「思いももうけぬ、五十両を頂戴し、これで借金も払える、どこぞでひっそり暮らそう、好きなこれもおってな、お主わしに代わって、名奉行をやってくれ。」
にひーと笑う。
「そ,そんな。」
「隠れもないその頭じゃ。」
といって、さあといなくなる。
長六は引き返す。
(弱った、笹団子。)
(なにじき、まげも伸びる。)
仕方なし、長六は、烏帽子大小つけて、
「しかと相違ないか。」
「恐れ入ったか。」
といって暮らした。
「たいしたもんじゃ、なんもお見通し。」
役人がいった。
「あの長い頭は、だてにはついとらん。」
名奉行の聞こえも高く、奥方どのは、鼻高々、りんきというたら、はしの上げ下げから、羽織のひもまで、
「あなたいけません。」
ともあろうものが、という、
「にひーたまらん。」
さしもの長六が、音を上げる、抜け出す才覚もなく、お庭の竹をとって、笛をこさえて、
「ぴーとろ。」
と吹く、
「そんなことなさいますな。」
笛をおやりなら、こうこう、
(姉さまの子は、大きゅうなったか。)
と長六、お奉行さまも、すっかり板について、笹団子の助けがなくとも、たいてい納まる、
「へんだなあ、笹団子。」
長六は云った、
「寝てばっかりの、仕事半端が、こうしてああして、生き延びて、あっは、お奉行さまだなどと。」
そうしたら、ふすまが開いて、
「なにしておられます。」
奥方が出た。
あわてて隠す、笹団子をむしりとって、
「汚いものを。」
お薬なら、わたしが用意しますといって、かまどにふっくべた。
「かわいそうな笹団子。」
長六はささやいた。
「長い間、大きにありがとう。」
あくる朝、長六は、お奉行屋敷を抜け出した。
町の木戸までやって来ると、うり二つの長頭が立つ。
「これはお奉行さま。」
「そっちこそお奉行さま。」
二人は挨拶した。
「して、どちらへお出かけで。」
「いやな、五十両の大金、使い果たしてしまってな。」
お奉行さまが云った。
「金の切れ目が縁の切れ目で、追い出されて来た。」
という、
「おまえさまはどちらへ。」
「村へ帰ろうかと思います。」
長六がいうと、
「ではわしもつれて行け。」
と、お奉行さま。
「ではそうしますか。」
といって、二人連れだって、村へ帰って行った。
二人長頭に、子供らが大喜び。
一人は笛をこさえたので、笛の長頭、一人は手習いを教えたので、手習いの長頭。
二人そろって、死ぬまで生きたとさ。めでたし。



天狗の術

とんとむかしがあったとさ。
むかし、そうや村の、こうやどん、山へふきなと取りに行ったら、にわかに雨じゃ。

そこら茂みかげに、雨宿りしたら、赤いきのこが、のーんと生いる。
それ取って、鼻へふっつけ、
「天狗さまじゃ。」
とて、やっていたら、ほんきの天狗さま、舞い降りる、
「青の丈じゃ、そっちの名は。」
と、聞かっしゃる、
「こうやの丈じゃ。」
と云ったら、
「わしの術は、谷わたり、秘中の術は、風倒しよ。」
天狗さま、術云いなさる、
「わ、わっしの術は、鼻かくれ、秘中の術は、芋ころがりじゃ。」
こうやどん云い抜けたら、ふうと笑うて、
「また会おう。」
とて、行ってしもうた。
鼻の赤いきのこもぐ、大汗かいた、こうやどん、ふき担うて、帰って来たが、それから三月ばかしも、たったころじゃ。
せわしい稲刈りどきじゃ、かかや娘たけて、朝のはよから、稼いでいたら、
「これ、こうやの丈。」
と呼ぶ。
茂みかげに、天狗さま、
「てえしたもんだや、かかや娘して、お里に住むた。」
という、
「鼻かくれな、わしに貸してくれ、いんや、わしだって貸す、秘中の術もな。」
人に見られりゃ、大ごとだ、こうやどん、
「わかった、わかった。」
手振りゃ、
「恩に着る。」
と、天狗さまふっ消えた。
あくる日、
「天狗は出たぞい。」
さわぎする。
「真っ昼間から、ふてえやろうだ。太郎んとこ娘に、手出した。」
「ふんでどうした。」
「かまや天秤棒でもって、追い払った。」
わいの。
こうやどん困った。
人にも云えぬ、はあて晩方、屋根にばっさり、天狗さま、
「鼻んがくれは、効かなかった、この上は、この家の娘、もろて行く。」
さあと舞い降りる、とたんにずでんどう、
「あっつう。」
「芋ころがりは、効いたぞい。」
こうやどん、
「わしは春べな、芋に転んで、腰や痛めた、人にもいわれん、秘中の秘。」
天狗さまおさえて、
「だば、谷わたり。」
といったら、人も天狗も宙に浮く、
「ぴえー。」
と、谷三わたりして、舞い戻る。
人が太息、
「ひ、秘中の術は。」
いうたら、
「そればっかりは、ご勘弁。」
天狗さまいうて、お山へ引き上げた。
はあて、三年もたったころ、大風吹いて、けやきの木が倒れた、こうやどん、
「風ん倒し、ー 」
云ったとたん、
「どかん。」
屋敷もなんも、吹っ飛んだ。娘は嫁に行った。かかと二人、そこらひっかかって、命ばかりは助かった。



金の櫛

とんとむかしがあったとさ。
むかし、荒井村の、三郎右衛門、三度の飯より、釣りが好き、嫁さま貰うより、川っぱたじゃて、親より、縁談の好きな名主さま、手焼いていなすった。
今日も今日とて、三郎右衛門、竿担いで、もっけの淵へとやって来た。笹山の入いりで、霧湧くとて、人はよっつかぬ。
人行かねば、大物はかかるとて、そやつが、ほんきに大物は、とっかかる。
釣り上げるはずが、ひっぱり込まれて、
「なにをこなくそ。」
追っかけたら、魚は逃げる、水底に何やきいらり、それ掴んで、上がって来ると、まばゆう、金ねの櫛じゃ、
「とんだ大物。」
三郎右衛門、云うて帰って来た。
するとその晩じゃ、見たこともねえ、美しい姉さま訪のいなさる。金の櫛は、わたしがものじゃ云う。
ついては、お願いがある、
「笹山の笹のしずくを、百日の間、もっけの淵に注げば、すればわたしは、解きはなたれる、そのあかときは、なんなりとも。」
お礼のほどはと、はと目覚めれば、三郎右衛門、夢の。
水濡れて、青い藻がひとすじ。
どうしようばや、どうしようばたって、三郎右衛門、まだきに起きて、でかけて行った。
笹山の、笹のしずくをとって、あしたの日の、消やさぬひまに、淵の水辺に。
五日十日、雨も降りゃ風も吹く、
「お礼のは、なんなりと。」
三郎右衛門、通いつめ、田んぼのせわしい秋、
「おれも男じゃ、こうと決めたからには。」
と、一日かかさず。
木枯らし吹いて、雪が降る。
雪を溶かし、氷を割って、三郎右衛門、
「姉さまも、切なかろ。」
とて。
ついに満願の日じゃ。
春はあけぼの、早いめに起きて行けば、なんとした、はなし好きの、名主さま触れかかる。
「おまえこのごろどこさ行く。」
と、名主さま、
「盗人は出るなと、よくねえうわさあるが。」「さ、笹山さ願掛けもうして。」
三郎右衛門云えば、
「なんの願じゃ。」
と、名主さま、
「あのう、嫁っこ欲しいと思いまして。」
つい云ったら、
「なに嫁じゃと、なばどうじゃ、五郎兵衛んとこの娘、ちいと色はくれえが、働きもんで。」
と、名主さま、
「安造んとこの、末な、とうがたったが、親孝行で。」
なんたって続く。
そやつ振り切って、すでに日の射すと、笹山の笹、風にさんさら。
見つけて、馳せ下りたら、干いえる。
「今日の今日とて。」
水辺に立って、三郎右衛門、思わず涙。
ぽっとり落ちると、どっと大波起こる、
夢に見えた美しい姉さま。
「百日の厳行、おかげさまにてこのとおり。」
にっこり咲まう、
「じゃが、たった今の、おん目の涙、それにてわたしの通力は失せ。」
今はただの人、この身にかなうことなればと云う。
三郎右衛門、
「嫁さまになって下され。」
といった。
名主さまに申し上げたことなど、ほんきになった。
もしくは山の神であったか、これは荒井村の名門、笹山家の由来である。



大力弥太郎

とんとむかしがあったとさ。
むかし、咲花の村字いくつ、それは大力弥太郎の、歩いて行った跡であった。
葦潟村
 洪水に流される橋を、大力弥太郎押さえ止めて、塩の荷を通したという、そのとき踏ん張った足の型、大岩にのめり込んで残って、あしがた村。
萩代村
大力弥太郎、川普請に大石つっさし上げて、どーんと落とした、空飛ぶつばめが魂消て、ぴいと糞ひった、そやつが代官さまの、禿頭に当たる、代官さま怒ってかんかん、
「大力弥太郎、村を出て行け。」
といった。
または、大力弥太郎、萩乃という妓とねんごろになる、萩乃ちんとんしゃんとて、清うげに歌う、
「磐代の、
萩は松がへ、
月は照るとて、
置く露の。」
横恋慕の代官さま、それ聞いて、
「いやしいはげは待つがいい、つきあうてやるのも、おっくうじゃと。」
といって、怒ってかんかん、
「大力弥太郎は出て行け。」
といった。
禿の代官さまで、萩代村。
稗田のひねり石
「稗田のお千代はお輿入れ、
鶴見の松に日が上る、
めでたいな、
めでたいけれども、
寝取られのぶおとこ。」
という歌があって、ぶおとこがひねったという、ひねり石。
飯盛村
大力弥太郎、角力に勝って、山を二つ咲花村に引っ張った、そのとき食った飯が、お宮のきざはしに、三段盛りになったから、飯盛村。
咲花村
暴れ牛押さえ込んで大力弥太郎、角を折ろうとしたら、すんでに助かった赤ん坊が、にっこり笑う、牛を放したら、あたりいちめんに山吹の花が咲く、咲花村。
塩入の神代桜
大力弥太郎、塩入峠に、熊に襲われた娘が、円いお尻つんだしてふるふる。熊をうって娘を助けたら、そこにあった桜の木、神代桜に生い茂る。
しおいりのみちのくまみかやへさくらひとにしられでとしなほちらへ
という古歌がある
斎藤の山の大家
大力弥太郎、助けた娘は、斎藤の山の大屋の、一人娘であった。斎藤の山の大屋は、しゃんしゃん馬こに鈴つけて、赤い羽織に金ねのた房、松山杉山檜山、十日九夜人の地は踏まずと。大力弥太郎は、山の大屋の婿になる。
「朝日射すいろは鶯三つ三日月さねかずら。」
という言葉の謎を解くと、山の大屋の宝蔵。
伊谷村
婿どのは、山犬のまねして、おーんと吠えた、木樵衆たまげて十町つっ走る。鳩のまねして、でんぽ鳴けば、木挽衆眠とうなって、木ひきたがえる。
木樵さんはひどいよ、好いた二人を斧で裂く。
木晩さんはひどいよ、好いた二人を引き分ける。
という歌があった。
「弥太郎いやだ。」
といって一人娘は、里の男と駆け落ち。
鳴沢村
大力弥太郎、悲しくって泣いたので、鳴沢村。
蕨村
木樵や木晩衆大笑いして、蕨村。
戦場原のさるのこしかけ
大力弥太郎、戦場原をさまよい歩く、膝ついて思案のあとを、さるのこしかけ、直径一メートルもあったりする。
めくらわし
岳の一つ目鷲が、大力弥太郎を呼ぶ、
「目玉石すげかえろ。」
と云った。すげかえると、
「阿賀野川海へさし入れて、沖の白帆が七つ。
一つ目鷲云っていたが、またすげかえろと云う、すげかえると、
「殿さま弓場の稽古、奥方さまお昼寝。」
といって、またすげかえろという。汗みずくしてやっていたら、手すべって目玉石、むぐら沢へ転げ落ちた、だからめくらわし。
引橋村
大力弥太郎、目玉石さがして、むぐら沢行くと、べったくたあと、いつんまにやらひきがえる。
「ひきや、橋かけろ。」
と、ひるめ神呼ぶ、木を倒しつる巻いて、橋かけると、どんがらぴっしゃ、雷落として、
「ひきや、こっちへ橋かけろ。」
と、あやめ神呼ぶ。
木を倒しつる巻いて、橋かけると、どんがらぴっしゃ、
「こっちへかけろ。」
と、ひるめ神。
あっちへかけ、こっちへかけ、二つ山神争い起こして、稲妻雷。今にいたるまで大荒れ。
塔の池のおみわたり
塔の池の水を呑む、呑めば呑むほど、喉が渇いて、大力弥太郎、龍になって天駆ける、そのあとをおみわたり。
日下村
大力弥太郎、龍になって嵐を呼び、雲を巻き、
「天下取ったようじゃ。」
といっていたら、こらえ切れずに一発、そのあたり日下村。
動鳴村
雨降らせて、ふり返ると、大力弥太郎、美しい乙女が咲まい立つ、とたんに雲踏み抜いて、まっさかさま。落ちたところを動鳴村。
白神の湯
咲まう美しい乙女は、虹の神であった。大力弥太郎、虹の神に仕えて一夏、髪もまっ白うなる、そうして浸かった湯を、白神温泉。
鬼やんま
大力弥太郎、鬼やんまになって、阿賀野川を行ったり来たり。

2019年05月29日