とんとむかし

とんとむかし1

ままくれ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、下田の村、雪はしんしんふる、夕っかた、
「ままくれ、まんま。」
というて、やって来た。
なんか切ねえて、開けてやると、白んれえものが、ふわーと入る。
屋の灯しにあたって、ふっ消えた。
火はぼおっと吹いたり、かたと鳴ったのは、踏んごんだ風のせい。
そうしたら、赤ん坊が、ひきつけ起こす、かかや娘なと、大熱出す。
寝たきりのじいさま、ころうと死んだりした。
ままくれは、こわ-い水子のたましい。
名もなし、闇から闇への、行きどもねえてや、そこらふらついたが、雪はしんしんふると、灯恋しと、軒のあたり、とっついて来た。入れてやらずも、たたりあった。
ふりつもる雪の辺に、もみからなと、撒いておく。
ままくれは来て、それ拾うて食って、泣きながら、どこそへうつって行ったと。



かまいたち

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しいでの村に、
「いたちのお供え。」
というものがあった。
いたちさま、十五夜お月さまに、お供えしたという、
「いたちのお供え、親にもやるな。」
とて、あったらすぐ含む。
さかさ名唱えて、食むんだそうの。
十五、七の娘っ子、草刈りに出て、やぶっ原に、いたちのお供え、めっけた。
精がつく、美しゆうなるとて娘、大わらわに含む。
そうしたら、
「ほう。」
叫んで、浮かれたつ。草刈りもなげうって、山っ原へ。
親、娘が戻らぬ、行ってみたら、影も形もない、どうしたこったと、人頼みして、捜して行った。
「けものに追われて。」
と思ったら、そこらあたり、娘の小袖やら、被りもの、しまい赤い腰のものまで、ひっかかる。
「けものでねえて。」
親青うなる、日は暮れて、ちょうど十五夜の、まんまるう月が上る。
月明かりに、呼ばわると、どこらほろとて、歌う声。
谷内であった。
生まれたまんまのなりして、舞いおどる娘、月明かりにきいらり、そやつは草刈りのかま。
まわりには、てんやいたちや、鹿やら熊や、よったくる。
親呼んだ。
かまかざす。
恐ろしいったら、清うげの。
舞い終わって、
「おう。」
とて娘、水辺に映る、月めがけて、身をおどらせた。
ごうと吠え狂うけものども。
親も人みな、逃げ帰る。
明くる朝、捜したが、むくろも浮かばず。
かまいたちという、大怪我したのは、こんな娘の仕業であった。



なでしこ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、川辺の村に、一郎次という、水ん呑みがあった。
日ようとりして、西の大家さま、牛の飼草頼まっしゃる、
「おらとこ草場馬飼う、どこなと行って刈ってこ。」
という。人の草場刈ったら、すまきにされて、河にざんぶり。
弱った一郎次。
刈らねば、まんま食えぬ、思いついたは、おいのの山じゃ。
なんか出るなと、人は行かぬ、草伸び放題。
「水ん呑みなと、お化けも食わん。」
とて、かま手にでかけて行った。
おいのの山、人面岩。
ざっくと刈りだしたら、
「そこな水ん呑み。」
と呼ぶ。
だれもいない、
「ひやあ、出たあ。」
一郎次、腰抜かした。
「礼はしよう、そのかまでもって、岩のこけら剥がせ。」
という。
ふうらり立って、一郎次、人面岩の、こけらはがす。
卍が出た。
「かぎのてに回せ。」
回した。
ぐるうりもとへ。
揺れて、
「ぐわらごう。」
岩かけ雨あられ。
突っ伏すのへ、
「うわっはっは。」
大笑い。
「わしは天の川原の、舟ひきじゃ。」
雲を突く大男。
「ちとわけあって、千年押し込めにあったが、出られたぞ、これから帰って、仕返しだ、そこらの花でも、取って行け。」
身ひるがえして、大空に消え。
一郎次、手には、なでしこの花を取り、牛のかいば止めて、引き上げる。
夢見たような。
ぶっかけ椀に、水汲んで花さそ、空き腹抱えて寝た。
うんまげなにおい。
見たこともねえ、美しい姉さま、まんまの支度する。
「召し上がれ。」
といって、前に置く。
腹へったで、夢見るか、夢なら食わねばとて、一郎次、はしつけたら、お代わり。
「あんまし夢ではねえようだが。」
美しい姉さま、三つ指ついて、
「おそうにお邪魔しました、わたしはよるべもない、旅の者。」
という、
「よかったら、どうかここへ置いて下され。」
一郎次ぶったまげた。
「お、お。」
おまえさまのような、美しいお方は、玉の輿、
「水ん呑みだて、わしは。」
といった。
姉さま、わたし嫌いかというて泣く、泣かれてはたまらん。
でもって夫婦になった。
天にも登る心地。
食うや食わずの、姉さま云った。
「峠の道に、わらしべ持って、立っていなされ。」
わらしべ持って、立っていたら、おさむらいが来る、わらじが切れた。
わらしべですげてやったら、
「ありがたかった。」
と、ぜにくれた。
一郎次、うんめえものをと、姉さまに、団子買うた。
姉さま、
「せっかくのお団子、ごんぞどのへ持ってっとくれ、あそこの子、物も食わずて、死にそうだ。」
と云った。
持って行くと、なんにも食わずが、食って、元気になった。
ごんぞどの、大喜びして、礼金くれた。
一郎次は、姉さまに、反物買うた。
姉さま、それでもって、もんぺと頭巾こさえて、旗竿作った。
「よくきくとっけの薬。」
としるして、薬草を取る。
一郎次が売り歩く。
薬はよう売れた。
西の大家さま、株よこせといって来た。
「田んぼ一枚ではどうか。」
姉さま、北の畑にしなされといった。
ひえもよう育たん畑。
そこから銀が出た。
一郎次は、長者さま。
二十年たった。
降るような星空、
「来たときと、同じように美しい、おまえのおかげをもってわしは。」
水ん呑み長者は云った。
姉さま、眉根くもる、
「わたしは天の川原の星くず。あの晩、お椀がかけておったで、吸い上げた、この世のえにしは、これまで。」
云い終わると、なでしこになった。枯れしぼんで、きいらり露の玉。



水呑み地蔵

とんとむかしがあったとさ。
むかし、河辺村に、三郎次という、食うや食わずの、水ん呑みがあった。
母親年で、目も見えずなる、
「白い飯に、塩引きそえて食って、あの世へ行きてえ。」
と云った。
白い飯なと、三年前のお祭礼に、食ったきり。
よくない病が流行った。
火のような熱、水のようにひったり、吐いたりして、まっくろけになって、ころっと死んだ。
犬神のたたりじゃといった。
医者も薬も、効かぬ。
三郎次のもとへ、暮れっかた、だれか来た。
「大家さまあととり娘が、まっくろ病になった、あったらべっぴんさまが、もったいなや。」
と云う、
「人の生き血すすりゃ、治るが、水ん呑みなと、生きていたって仕方ねえ。」
とて、一両。
べっぴんさまの娘は、三郎次も、かいまみた。こえかたぎに行って、松のお庭に、
「あれがはあ、天女さまつもんかや。」
と呆けて、天秤棒にどっつかれ。
水ん呑みだっても、命は惜しい。
めくらの親に、白い飯と塩引き。
三郎次は受け取った。
そうして地獄へ落ちた。
「ばちあたりが、てめえ売るような弱虫は、二度と出られん、無間地獄。」
えんまさま、云わっしゃる。
鬼はつかんで、血の池へ、音も通わぬ、まっくらやみの、奈落の底。
切り裂かれた、胸もとを、地獄の虫どもが、ひしめき寄せる。
叫べばとて、声にもならず、魂切るような、激痛に、未来永劫。
浮きぬ沈みぬ、夢まぼろしのように、亡者の姿。
鬼のさすまたに、貫かれ、恐ろしい虫どもにさいなまれ、もだえ苦しみ、泣きわめいて、足を引っ張りあいの。
人買い男が、重とうに沈む。
血の海を、大輪の花に咲いて、あれは天女さまのような。
まっくろ病に、目ん玉むきだし、口にはうじたかれ。
一瞬痛みを忘れ。
めっくらめいた。
どんがらぴっしゃ雷。
二たび、三たび、たんびに何か身をひたつ。虫どもが失せ、痛みは遠のく。
雷と見えたは、母親が、めしいの目に流す、涙のしずく。
白い飯に、塩引きは食らわず、お地蔵さまをこさえて、供養したと。
水ん呑み地蔵とて、今も残る。
「見えず、聞こえず、痛みもないという、そのような地獄を。」
観音さま、はるかにご覧になって、云われる。
亡者は一つ引き上げられた。
またこの世にも、廻って来る。



命のお水

とんとむかしがあったとさ。
むかし、おんぞ村の、三郎兵衛、恋しいかか、あしたもねえげな、命になった。
仏さま、ほっとかっしゃれ、神さま、かまわれんとて、三郎兵衛、なんとしようばや、なんじゃもんじゃの、木なとあって、
「あんなもんじゃ、こんなもんじゃ、妹ごの、神さま、どんげ病も、へろうりなおる、命のお水、たがえてなさる。」
取り行くには、めみるだども、いわっしゃる。たとい火の中、水ん中、三郎兵衛、
「なじょうも。」
願えば、
「したば入れ。」
と、おのれ木のうろ、ぽっかり開けた。
うろんな風なと、ふうらりと吹く。ふうらんどうごら、歩んで行けば、三郎兵衛、あたり明けて、まっしろすすきの、山っぱら、
「あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹ん神さま。」
大声あげて、呼ばわったれど、すすきゃざんざ、さんさしぐれか、降りかかる。
こりゃあさむげじゃ、辺り見れば、
「あったけえぞな、わらひもち。」
しょうがればんば、餅売る。
一つ食ろうて、三郎兵衛、
「うわばわっちっや。」
もちはぺったり、貼り付いた。たこの八足、ふりもがく。
「ふいっひっひっひ、ふいっくふいっく。ふわっははっは、笑いもち。」
もち売りばんば、大笑い、
もうはや死ぬと、三郎兵衛。美しい姉さま、ふをっほ笑もうて、
「しょうもねえったら、しょうがればんば。」 つゆふくんで、振りかけた。
とたんに餅は、ころうとはがれ、
「ふうっは。」
云うたは、三郎兵衛、
「もしやお前さま、あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹の神さま、だったらわしに、命のお水。」
こう聞いた。
「かか病で、死にそうですじゃ。」
「ふをっほ。」
美しい姉さま、
「神さまだあなんて、わちきはの、すすき野っぱら、お女郎狐、かかさま忘れ、すすきゃしっぽり、お茂りなんしゃあ、さっきなのお水は、わちきのおしっこ。」
「うわあ。」
いうて、三郎兵衛、逃げ出したりゃ、あっちやこっち、狐火燃える。
夜っぴで逃げて、かわたれの森、鳥も鳴かねば、やけにしーんと、静まり返る。
「なにか出そうじゃ。」
云うたときだや、
「ひょうろくだま、うらめしや。」
白んれえもな、尾を引いて出る。
そっやつひやっと、振り払うとは、
「うら、うら、うらめしやあ。」
次から次へ、湧いて出る。ひょうろくだま、とっつくは、おこりにかかって、がたがたふるえ、
「かかかかかかを、助けらんねや。」
涙ぼうろり。ひょうろくだま、涙のしずくに、ぼっしゃりしぼむ。
泣いてぼっしゃり、つぶしおおせて、かわたれの森、抜け出した。
歯の根もあわぬ、辺り見りゃ、天までそびえる、屏風岩、ほっかり温泉が、湧き出した。
天の助けと、三郎兵衛、つたうて行って、ひたり込む。
ぽっちゃりぱっちゃ、やっていたれば、ぴったくぱった、足音がする。
花恥ずかしい、乙女子ばかり、四たり五たり、
「とんだところで、正月。」
目細めたが、乙女子、おっぱい見つめちゃ、ため息ばかり。
にわかにあたり、どろうと暮れる。
生臭い、風吹くとは、
「身はきよめたか、どんれや一つ。」
大蛇の生首、ぬうと出る、乙女の一人、ぺろうと食んだ。
ぶったまげたは、三郎兵衛、残った乙女、身仕舞い帰る。したばそのあと、追いかけた。
「なんして、こんげなとこへ来る。」
かかに似た、めんこい子、お-と泣く。
「わし来ねえば、父うも母も、村さいらんね。」
「てめえ食われちゃ、おしめえ。」
村出ろとて、その手取って、三郎兵衛、ぴったくぱった、乙女子、のーんというたら、ひきがえる。
「きゃっ。」
というて、手つっぱなす、
「わしおいて、どこさ行く。」
ひきの乙女、ぴょーんと跳んだら、待ちかまえ、木よじれば、根っこぎする。
「こらえてくれえ。」
と、ひいたの山行きゃ、ひきの乙女、皮干いえて、ふん伸びた。
道は大がれ、いわの坂、雲の辺まで、のし上がる。
道よじれば、
「さぶろうべえ。」
だれか呼ぶ、
「おう。」
と答えりゃ、
「がらりんどう。」
とがれ落ちる。
知らぬ呼ぶては、知り合い呼ぶては、がらりんどうと、がれ落ちる。
父呼ぶては、母呼ぶては、十と八ぺん、のりつけりゃ、
「おまえさま。」
とて、恋しいかか。
見まい聞くまい、しまいのはて、死に物狂いの、のりつけりゃ、雲の辺なる、嬉し野じゃ。
鳥歌う、花咲くやら。
赤いお宮に、清うげな、女の神さま、
「ぴんしゃんからり。」
機織りなさる。
虹のようなる、から衣。
「あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹ごん神さま。」
おん前に出て、三郎兵衛、
「かか病で、死にそうですじゃ、命のお水、授けて下せえ。」
願うたば、女の神さま、
「わしの反物、欲しゅうはないか。」
云わっしゃる、
「いえあの。」
「欲しゅうはないか。」
「へい。」
云うたら、
「だば代わりに、これ貰う。」
両目抉る、その手にふうわり、虹の反物。
おうと喚いて、三郎兵衛、まっくらがり、手探り行きゃあ、ぼうぼうばっちと、嵐の原じゃ。
ぼうぼうばっちと、砂風当る。
反物、かすみに消えて、かつかついうて、蹄の音じゃ。
びったり止まる。
「嵐の原、目も見えずて、歩むは哀れ。」
云うてはばっさり、両の足斬る。
ぼうぼうばっちと、もがいていたれば、かつかついうて、蹄の音じゃ。
びったり止まる、
「嵐の原、目も見えず、足ものうてや、もがくは哀れ。」
ばっさり、両の手斬る。
目なし達磨の、三郎兵衛、ぼうぼうばっちと、埋もれて、
「かかやあ、わしなが、先に行く。」
とて、わかんのうなる。
ひったくさった、鷹の羽音、身はふうわり、宙に浮く。
はてやあどこじゃ、
「なんてやむごい、手足切られ。」
「目はえぐられ。」
やさしい声の、
ほうろり落ちる、涙のしずく、手足生ひる、目もぱっちり、三郎兵衛、
「おっかあと、おまえは、恋しいかか。」
おふくろさまに、恋しいかかじゃ。
「そうかやわし、間に合わねえで。」
あの世へ来たか、ぼうぼうばっちと、わしも死に。
「三人いっしょに、暮らせるなれば。」
手取り合って、ほんにかしこは、極楽の、かりょうびんがか、蓮の花。
二日暮らして、
「父はどうした、地獄へ落ちたか。」
聞いたとたんに、あたり地獄、おふくろさま、親父になった、
「おうやせがれ。」
三郎兵衛、
「うわあばけもの。」
叫び上げりゃあ、親父さま、のーんというたら、大ばけものに、
「助けてくれえ。」
つっぷしたりゃ、
「なんなりと。」
「云うてみなされ、助けてあげる。」
優にやさしい、その声は、
(あんなもんじゃ、こんなもんじゃの、妹ごん神さま。ほうろり涙は、命のお水。)
三郎兵衛、
「命のお水、授けて下せえ、してやわしこと、なんじゃもんじゃの、木の下まで。」
願い上げたば、
「はいなあ、こんなもんじゃや、命のお水の、水ん瓶。」
「あんなもんじゃや、なんじゃもんじゃの、兄じゃの前へ。」
命のお水の、かめ抱えて、三郎兵衛、なんじゃもんじゃの、木の下。
なんじゃもんじゃの木、茂みゆすって、大笑い。
「わしの妹ごは、あんなもんじゃ、こんなもんじゃで、押し込めておく、ようも帰った、三郎兵衛、早う行って、命のお水、恋しいかかにふふませろ。」
とて、恋しいかかに、ふふませりゃ、虫の息なが、
「おまえさま。」
とて、よみがえる、
どんがらごうと、がれは崩れず。
なんじゃもんじゃの木に、お礼申して、残ったお水、ふりかけりゃ、
「ぷっふぁ。」
いうたら、それっきり物を、云わのうなった。



暗闇神の隠れ蓑

とんとむかしがあったとさ。
むかし、はんのき村の、六兵衛どんな、たけも立たねえ、べったら田んぼ、こさえていたれば、田の足駄抜ける、
「たすけてくれえ。」
人は寄るたて、べったくった、
「白んれえまんま、ぬくてえうちに、かかやあ。」
わめいてあと、見えのうなった。
人ら寄って、
「はあや今年も、二人めじゃ。」
「ぬる田長者が、白んれえまんま。」
「なんまんだぶつ。」
手あわせたら、行ってしもうた。
六兵衛どんな、あっぷらかいて、ふりもがく、ぬる田ん底は、ずっぱり抜けた。
暗闇神の、ねぐらのようじゃ、
「ひやあお助け。」
目火吹いて、ねめすえる。
「人の天井、ぶち抜きゃがって、お助けたあこら、ぬる田ん百姓。」
暗闇神、がならっしゃるは、さやめいた。
「もしやわしこと、告げねえようなば、お宝つけて、返してやるが。」
「たとい死んだて。」
へいつくばりゃ、ふうわりよこした、帷子一枚。
それつかめば、宙に浮く。
六兵衛どんな、風に吹かれて、柳ん木下。
「助かったあれや。」
なんてやお宝、おんぼろけなが、着てみれば、
「声はすれども、姿は見えず。」
ふういと消ゆる、隠れ蓑。
さてや六兵衛、出歩いた。
酒屋へ入って、ただ酒食らう、となりの姉さま、風呂のぞき、
「うっほうわしにも、春は来たああや。」
あっちやこっち。小判三枚、宙に浮く、
「金とるなら、命取れ。」
と、ぬる田長者。
提灯ばっかり、辻っぱた、
「じんじ迎えは、まだ早ええ。」
五助のばあさま、腰抜かす。
するうち六兵衛、隠れ蓑、身にとっついて、はがれのうなる。
姿見えねば、なんてもならぬ。宵にまぎれて、かかんもと行けば、
「おら、そったでねえてや。」
泣くやわめくや。
兄ん家へ、ふれて行くとは、
「化けて出るなや。」
手あわせられ。
仕方なく泣く、六兵衛どんな、風に吹かれて、ぬる田んくろ。
したばばっさり、暗闇神、
「人にゃ見えねたて、わしにゃあ見える。」
まんまぐれえは、食わせてやらあと、つれて行く。
六兵衛どんな、毎日日にち、暗闇神の、お宝集め、
「姿見えねえて、人さまのものを。」
たんと食うては、爪くられ、稼ぎねえとや、ぶったくられる。
泣きの涙で、歩んでいたら、
「あーあ、夕んべの蚊はうめえ。」
ぬる田んひきは、そこへ出た、
「ぺったくぱあた、足音ばかし、暗闇神の、使いのようじゃ、いまにあやつも、ひきになる。」
六兵衛どんな、聞いてみりゃ、
「山んおがらの、芽吹き枝取って、よじて行け、谷内ん塔の沢の、みやず姫、みやの鏡に、映してみりゃ、もとへと戻る。」
おらなた、もうおせえったら、ぬる田へはまる。
山んおがらの、芽吹き枝取って、六兵衛どんな、谷内の塔の沢、よじて行く、
暗闇神、あとを追う、
「てめえのもとなと、まだ取らね。」
おそろしい爪、さし伸ばす。
山んおがらの、吹き枝光る、
「ふやあ、爪は曲がる。」
とて、引き返す。
山のおがらの、吹き枝茂る、ぴっかりしゃんと、黄金のたぶさ。
「西が曇うれば、夕べな雨。」
清うに歌えば、谷内ん塔の沢の、みやず姫、岩屋押し開け、
「やっと見つけた、わたしの着物。」
真っ白い手、さし伸ばす、
六兵衛どんな、岩屋の中へ。みやの鏡に、姿映る。
「なんたらこれは、おがらの葉。」
みやず姫、
「わし見えたら、八つ裂き。」
六兵衛どんな、逃げる、
「見えた。」
「はんずかしい。」
たら、どんがらぴっしゃ雷。
谷内の塔の沢、大荒れ。
はんのき村、たけも立たねえような、ぬる田んぼ。
2019年05月29日

とんとむかし2

きつつき

とんとむかしがあったとさ。
むかし、月潟村に、茂兵衛ともうす、名人大工があった。
木の駒も、水を飼う、梅のらんまには、鶯が鳴く。みなほんものそっくりに、こしらえた。
ある日、茂兵衛が、龍をこさえると、その玉が欲しいと、娘のお花が云う、
「神さまのものだで、だめだ。」
と云えば泣く。
目に入れても痛くないほどの、可愛がりよう、またこさえればとて、茂兵衛はくれてやった。
お花は大喜び、犬にも見せ、すすきにも見せ、空の雲にかざしして、水の辺りへやって来た。
どっと大波起こる。
お花もろとも、玉をうばって去る。
茂兵衛は、気も狂うかと、返らぬお花の、名を呼んで、山から谷から、走せ回ったが、一夜お社に来て、ぬかずいた。
「わしの娘を返してくれ。」
神さまに願えば、
「玉は龍のもの。」
と、神さま、
「じゃが、年月使えた、大工の願い、みたまは連れ戻そうぞ。」
ともうされる。
「はや、身はくたれる、大工のわざに、ととのえおけ。」
と。
名人大工は、身を潔め、神木をえらび、一心不乱。
七日七夜、神さまは、ことをたがえず、射し入る日に、黒髪ほどけ、ほんのりあかねさし、
「お花。」
名呼び、抱き上げりゃ、
「まっくらじゃ。」
とお花。
その目は、見れども見えずの、開きめくら。
茂兵衛は、つっ放す、泣きったけぶのをそのまんま、お社へ、
「大工のわざが、つたなかったか。」
と、問えば、
「悲しみ、過ぎたるゆえに。」
と、神さま。
お花は見えぬ目を、父親ののみに突いて、こときれ。朱けに染んだ、むくろを抱いて、名人大工はさまよい、しまいきつつきになった。
赤げら。



やどかり

とんとむかしがあったとさ。
むかし、にいはま村に、三郎兵衛という、漁師があった。
時化続きに、母親ねえなる、ねりやへやるとて、一そうきりの、舟売って、弔いすませたば、はあやなんにも残らず。
明日食うものもねえなって、なぎさ歩いていると、ねえなった母親呼ぶ。
「なのざま見ては、ねりやへも行かれね、あした浜の曲がりの松行け、いいことあらな。」 という。
あした朝、三郎兵衛、浜の曲がりの松、行いてみると、日にきいらり、何や光る。
清うげな衣は、かかる。
手にもふれりゃ、夢のようなる、
したば、
「もうし。」
と呼ぶ声、
「それはわたしのねりや衣。」
浜の曲がり、清水湧くとう、美しい乙女子が、ゆあみする。
「お返しなされや、ねりやの国へ帰れませぬ。」
と云った。
「にいはまのまがりまつがへあさひさすさやさやたまのねりやぎぬ。」
乙女子は歌う、
「さきほひのうしをみつとふふれなばか、
ねりやおともがうしをぎぬ。」
「お返しもうさぬ、わしの嫁になれ。」
浜の漁師はいった、
ねりやの乙女はたまげ、
「えにしはないが。」
「ねえけりゃこさえる。」
「ねりやの一日は、この世の百年。」
「たった一日じゃ。」
とやこう、海底に沈む、浮かび上がって、泣く泣く、浜の漁師に従った。
食うや食わずの浜の屋に、ねりやの乙女は住んで、幸も廻るよう、暮らしも立つか、

「そのうち舟を買うて。」
と三郎兵衛。着物やかんざしなども買うてやればとて、ねりやの妻は、咲まわぬ。
夜更けであった。
となりにうかがう様子、屋根に隠した、ねりや衣。
屋根の破れを、星の明かりにきいらり。
妻は寝入る。まだきに起きて、ねりや衣を下ろす、三郎兵衛、物持ちの家に売って、舟を買うた。
なぎさにつけると、にっこり咲まうて、
「お舟に乗せて下され。」
と、ねりやの妻。
漁師は、有頂天、舟にのせて、漕ぎ出した。
沖へかかると、かじさお利かず、まっしぐら、
「取らなかったは、おまえの子を、みごもったからじゃ。」
ねりやの乙女は云った。
「この世の縁もあったものを、この上はふかに食わせるっよりない。」
舟は張り裂ける。
おぼれかけて、三郎兵衛は、母親の声を聞いた。
「おれもおめえも、ねりやにあだした、しかたねえ、やどかりになって、荒磯渡れ。」




鬼無里紅葉

とんとむかしがあったとさ。
むかし、鬼無里村の、太郎右衛門さま、松のお庭なと、普請しなさる。石を置きかえようと、掘り返すと、くわの先にかっちと当る。 古い鏡があった。
年月埋もれていたのに、拭えば清うげに映る。
これはお宝じゃとて、太郎右衛門さま、
「水神さまの引き出物。」
という、桐のはこにも納める、お庭普請が終わって、人みなに披露した。
「さすがご人徳。」
「天が感じ、地がこたえた。」
というて、振舞酒に、人は誉めそやす。
鏡を取り出すとは、一天俄にかき曇る、雨さへほうと、はらつくのを、客も主も気がつかぬ。
この辺り、托鉢しなさる坊さま、見ればなにやらあやしの気配。
たまげて問えば、太郎右衛門さま、件んの鏡、坊さまとびすざる、
「天のものの、息吹がある、お宮に納めるか、水に返すかしなされ。」
と云わっしゃる。
太郎右衛門さま、せっかくのお宝もったいなや、神明さまに奉納。
吉日をえらぶでいとま、十五ばかりになる、一人娘が、桐のはこを開ける。
見るなり執心。
鍋の底なと、代わりに入れて、ねやにしまいこむ。
太郎右衛門さま、はこごとに奉納、お払いもすんで、帰って来たら、娘がものを云わぬ。
年頃じゃとて、ほっておけば、急に美しゅう。
もとよりにくさからぬが、太郎右衛門さまさへ、はっとと胸を突かれるほどに。
辺りの男という男どもが、よったくる。
文付けるやら、笛を吹くやら。
世を儚んで、大川に身を投げる者。
断わり切れぬ、縁談もあって、それとのうに問えば、娘はけんもほろろ。
春の花さえ、秋の月もかくやと、ろうたけて、そよとの風も、耐えがてな。
鬼がさらって行った。
奥山の岩屋へ。
こときれた娘の、たもとになにやら。
とって、見入るうちに、叫び上げて、鬼は姿をくらます。
鬼が消えたで、村を鬼無里という。
鬼の叫びで、山は紅葉したと。



金の太刀

とんとむかしがあったとさ。
むかし、山の本多の長者さま、人の妻はうばう、背く者には、田に水やらぬ。
手下をつれて、狩りに出た。
弓矢がそけて、娘に当る。
「お役をもって、ひしを取っておりましたのに。」
と、父親が云った。
「鴨と間違えるなと。」
「なんとな。」
と、長者さま、
「ふうむ鴨の親子ぞ、それ撃て。」
弓矢をつがえる手下ども。
なんということ。
そこへ、たくましい若者が立った。
「外道め、成敗いたす。」
十人、たたっ切って、長者さまに、
「わしは山の本多の長者。」
「伊谷の十郎。」
名告って、そっ首をはね。
「責めは、喜んでわしが受けもうす、お逃げなされ。」
父親が云った。
山の本多を、伊谷の十郎、あとにした。
行方も知れず、十年。
その家屋根に、なりくらめいて、金ねの太刀が、抜き立つ。
太刀には、文がついた。
「ご不孝お許し下され、十郎は妻と月へ行く。」
とあった。
父母が涙を落とすと、金ねの太刀が、物語る。
山の本多をあとに、伊谷の十郎、のさばるを退治し、弱きを助け、山を越え、野をわたれば、
「美しいやな、さゆら姫。」
松の長者の、さゆら姫と聞こえ、草もなびけと、やって来たれば、こけむす巌に、太刀が一振り。
「この太刀、引き抜いた者に、姫をやる。松の長者。」
仕損ずれば、命はないとあった。
「なんのこれしき。」
伊谷の十郎、柄を取る。
雷鳴って、太刀はからりと、引き抜いた。
「天晴れ花婿。そっ首、はねてくれたは、四十と九人。」
まっ白い、松の長者。
引き会わす、朝日ににおうと、美しいやな、さゆら姫。
三年三月は夢のよう。
伊谷の十郎、さゆら姫。
子のないだけが、たった一つの。
一夜巌の、太刀を取る。
思いは遠き、父母の辺。
あやしの気配に、抜く手も見せず、切り伏せたりゃ、倒れ伏すのは、さゆら姫。
「なんと。」
返す刀に、我と我が胸をと、
「待った。」
まっ白い、松の長者。
「我が家のことわざ、末摘む花は、宝の継ぎ穂と。子のない姫は、朱けに染まって、末の花、宝のつぎ穂は、その太刀じゃ。」
鬼神の残した、宝蔵、
「その太刀にとって、取りに行け、姫への手向け、まっ白い、わしへの孝養。」
松の長者の申さく、よってもって、伊谷の十郎、ゆら姫の太刀、行方定めぬ、旅枕。

西へ十日を。
ざんさあ風の、かやっ原。
とーんからころ、
「宝の守りは、鳴子の太郎。」
名告りを上げて、十方刃。
耳をそぎ、頬をえぐる、
十郎、ゆら姫の太刀、
「死なば死ね。」
とて、突っ走る。
とーんがらごろ、つなはふっ切れ、鳴子の太郎の、守りは抜けた。
ひょーんと跳んだ、巨大なけもの。
「宝の守りは、虎の二郎。」
十郎をひっとらえ、急所を外して、もてあそぶ。めしいになった、大虎。
雷のように、喉を鳴らす。十郎、ゆら姫の太刀をつっ刺し、またがった。
「めしいの目になろう。」
千里を行って、虎は倒れ。
とっぷり暮れて、一つ屋敷に、灯が点る。
美しい女が、案内する。
湯につかり、飲んで食って、十郎。床を取ったら、
「寝るが、よかろう。」
美しい女が、さやめく。
「宝の守りは、屋敷の三郎。」
古い書物が一冊。
「ゆめやうつつや、たからぐら、ひとついのちを、ふたつにかえて。」
言葉を追えば、眠くなる、うつらと眠り、ゆら姫の太刀を、ももにつっ刺し、
「あやしのえにし、むなしくおわる。」
と、読み終える。
一つ屋敷が、火を吹いた。
あやふく逃れて、十郎ゆら姫の太刀。
笛や太鼓に、行列が行く。
美しい花嫁。
「めでたいな。」
「なにがめでたい、くすのきさまの、生け贄じゃ。」
恐れ多くも、大くすのきは、あしたに二十の、村を覆い、夕に二十の、村を覆い、七年ごとに、女を娶る。
「伐り倒せ。」
伊谷の十郎、
「木挽を十人、わしに預けろ。」
十人そろえ、夜を日についで、伐り倒す。
「よそ者が。」
「なんということをする。」
八方にうなりを上げて、石のつぶてが、飛んで来た。
「宝の守りは、つぶての四郎。」
と聞こえ。
「わたしは、くすのき様の、」
美しい花嫁を、かばう若者に、十郎、ゆら姫の太刀、十人の木挽を守り、石はうなりを上げ、
「またの世に結ばれようぞ。」
倒れる若者。
ついにくすのきは伐られ、
「ちとせのくすに、ふねをこさえて、たからのたびは、うみのうえ。」
むくろの娘が、口を聞く。
くすのきの、舟をこさえて、十郎ゆら姫の太刀、行方も知れぬ、波枕。
島影消えて、淋しいばかり。
急にあたりは、まっくらめいて、
「宝の守りは、霧の五郎。」
一寸先も見えぬ、五里霧中。
べったり凪いで、同じところを堂々巡り、帆はくされ、かじさお空ろ。
「はやこれまで。」
と、十郎、ゆら姫の太刀を、海へ投げ。
太刀は波もに浮く。
切先光って、あとを辿れば、霧の五郎の、守りを抜け。
荒れ狂い、吠え狂う、
「宝の守りは、嵐の六郎。」
雷稲妻。
かじは吹っ飛び、帆柱折れて、舟は木の葉のように、もてあそばれる。
海の藻屑か、
「いけにえの、いのちのたけの、ここのたび、とたびの、あらしをたえだえて。」
いくたり乙女が、舞い踊る。
へさきに立って、十郎、ゆら姫の太刀を抜く。
雷、ひるがえりうって、嵐の目ん玉を抜く。
津波をどうと、舟は守りを押し渡る。
生臭い風に、電光、
「宝の守りは、大蛇の七郎。」
恐ろしい大蛇の、七つかま首、あっちを撃てば、こっちが襲う。
尻尾をなげば、胴がのたうつ。
十郎ゆら姫の太刀、その血しぶきに、おもかげ立って、袖を振る。
従い七つ大蛇は、海に消え。
あたりいちめん、くされただよう、
「宝の守りは、腐れの八郎。」
生首や、どろり目ん玉、腸手足、おおぞろもぞろ。
とっつくやつを、うちすえ、ひっぺがし、気も狂うと、十郎、ゆら姫の太刀を抜く。

鞘が衣に拡がって、においもよげに、押し包む。
ようやく、腐れの海を抜け。
塩を吹いて、海は泡立つ、
「宝の守りは、ひでりの九郎。」
らんらんと、ひでりのレンズ。帆は燃え上がり、舟は裂け。
めくらめいて、十郎、
「お太刀を日に。」
ゆら姫の声。
日にかざせば、光の渦は、冷たい水にほうり落ち。
ひでりのはてを、舟は抜け。
十郎ゆら姫の太刀、その鬼神の宝蔵。
かりょうびんがか、歌う羽衣。
紅玉碧玉、しおみつの玉、
へんげの壺に、命の泉、
へらずのお椀に、打ち出の小槌、
金銀珊瑚、綾錦、
天の速舟、浮き寝の梯子。
命の泉に十郎、太刀をひたてば蘇る、美しいやな、さゆら姫。
ぬけがらは、黄金に変わる。
伊谷の十郎、さゆら姫。
宝は天の速舟に乗せ、その大空に、舞い上がる。
姫の指さす、星の座。
「鳴子の星、めしい虎。」
「一つ屋敷に、つぶて星。」
二人指さす、星の座。
「霧のカーテン、嵐の目。」
「大蛇七首、くされ星。」
「ひでりのレンズ。」
と、九つの、
「宝の守りは、伊谷の十郎。」
天の速舟が云う、
「舟は地上には下りぬ。」
さゆら姫、十郎どこへ行く。
「月へ。」
と、さゆら姫。
その舟待てえと、鬼になって追う、まっ白い、松の長者。
父母の家屋根に、金ねの太刀。
真夜中、浮き根の梯子が下がり、月の国へも、行かれるという、伊谷の里には、云い伝え。



からすがかあ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、かんすけ村の、たろべえどん、田んぼ起こしに出て、ついでになまず釣ろうとて、凧糸に、どっぱみみずくっつけて、ぶっ込んだ。
そやつがどんと引く。
そうら来た。
いんや、大なまずではねえ、たぬきが引く、雑魚食ったか、どっぱみみず食ったか、

「わっはあ、たぬき踊りだ。」
ぶっつん切れる、うらめしいやの、たぬきは逃げる。
「化かされそうだ。」
たろべえどんな、帰りがけ、のんのんさまの、おつねばあさとこ寄った。
「かくかくしかじか、でっけえたぬきが。」
云えば、赤いべべの、のんのんさまの前に、おつねばあさ、どんかん、
「もうとっついてる。」
といった。
「たいへんだ、性悪だぬき、人は火つけすっか、人殺し。」
「ええ、なんとかしてくれ。」
「こん中へ首突っ込め。」
おつねばあさ、味噌がめ持って来て、たろべんどんに、おっかぶせ、
「ほかへとっついちゃなんねえ、したば追い込む。」
がーんと引っぱたく、
「なんまんだ。」
しりと云わず、ぶったたく、
「性悪だぬき、出て失せろ。」
ろうそくの火、押しつけた。
「うわあっちやがーん。」
たろべえどん逃げる、
「やんれ逃げるか。」
飛び出した。
なんたって逃げて、どこぞへずぽっとはまる。かき上がって、がーんたら、そこらへたり込む。
「なんとした、わらにおなとひっかぶって。」
声がする。
わら束ずぽっと抜くと、ごんすけどんだ、
「ひやくせえ、おめえこえたんごはまったな。」
見りゃほんに、
「いやおら、性悪たぬきに化かされて、そんでもって。」
「まんずいいっけ、川入って、ふんどしまでも洗っとけ、おら、おめえんちかかに云って、着物届けさせるで。」
ごんすけどん去る。
川へつかって、たろべえどんな洗う。
なんてえこったや、洗っても洗っても、
すすいでもって、ふんどし一つ、待てど暮らせど、かか来ない。
「くそうめ、肝心なときゃ、いつだって。」
たろべえどん、歩き出す。
見つからにゃいいがと、名主さま主立ちして、お役人を、案内する。
走った。
「あれはなんだ。」
と、お役人、
「あれはなんだ。」
と、名主さま、
「えーと、あれはそのう、ふんどし一つのたろべえどんでありまして。」
と、主立ち。
とっつきの、かんすけどんの庭先へ。
「うをわん。」
犬がいた、 ふんどしに、食らいつく。
「よせ。」
ひんむかれて、すっぱだか。
はんくろうどんの物干しに、女の浴衣がぶらさがる。それひっかけて、帯がない、
「またあの嫁、へんなの寄せたぞ。」
にすけのばば、うかがう。
「ちがう。」
「たろべえどんでねえか、うんま年がいもねえ。」
たろべえどん、飛び出した。
「えい、かか持ってこねえから。」
前を押さえて、そろうり歩く、
(見られりゃおおごと。)
じんべえさまの、木戸開く。
「きい-。」
裁縫の稽古終わった娘ども、わっと出る。
「女もんの単衣来て、へんな男見る。」
「帯もねえ。」
「あやーわかんね。」
「やだあ、嫁に行かんね。」
すっ飛んだ、まっくろかいて、家へとっつく、
「かか。」
こんげの、ばあさま見たら、なんて云うだか、ばあさま出る、
「なんてなりして、真っ昼間から、おらそったらしつけした覚えはねえ、じいさまに申し訳がねえ、おらあはあなんとせば。」
「おら、たぬきに化かされて。」
「そうだ、性悪の、たぬき嫁のせいだ、だからおらあんとき。」
「ごめんなっし。」
だれか来た。
「ちいとばかし、話があって来ただ。」
はんくろうどんの、馬つら、
「いい年こいて、なんてえこった、おらとこ嫁が- 」
さんべえのかかとよいちんかかと、世の中いっちうるさいのが、二人つるんで、
「おめえさま、今日という今日は、いってえ何してくれただ、嫁入り前の娘に。」
名主さま、羽織紋付着て、主立ち衆と、
「たろべえ、お役人さまの前で、今日のざまはなんだ。」
「大恥かいた。」
「じゃによって、今年のわりまえ、おまえが引き受けろ。」
「そんなあの。」
「うちらの娘を、名主さま。」
「おらとこ嫁を。」
「たぬき嫁が。」
「おまえさん、こりゃなんの騒ぎです。」
かか帰って来た。
「おめえこねえから、こうなった。」
「今日はおら、お七夜でもって、兄とこ行ってたが。」
なんだと、兄ねえなったか、そうではねえ、お七夜いうのは、赤ん坊生まれたんだ。

見れば名主さま、赤ん坊になって、
「ああ。」
と泣く、
羽織紋付着て、
「かあ。」
と鳴く。
たろべえどん、田んぼの真ん中で、あっちへ頭下げ、こっちへ下げ、烏がよったくって、かあと鳴く。
「すっかり化かされた。」
たろべえどん、帰って行ったら、むこうから来るの、おつねばあさ。

2019年05月29日

とんとむかし3

二人長六

とんとむかしがあったとさ。
むかし、安中村に、長六という若者があった。
長頭の長六といわれて、長い頭して、仕事半ぱで、いつも寝てばっかりの、二十歳過ぎても、親に食わせてもらっていた。
「長六、また頭伸びたかいの。」
といわれて、にひーと笑う。
とうとう親も呆れて、好きな笹団子、風呂敷に背負わせて、
「してやれるのは、もうこれきりだ、どこなと行って、暮らしの道立てろ。」
といって、家を追い出した。
長六は、
「これまで育ててくれて、ありがとう。」
といって、長い頭さげると、笹団子の風呂敷背負って、出て行った。
村を外れ、山越え野越え、歩いて行くと、腹が減った。
風呂敷といて、長六は、笹団子を食った。
「うんまいな、笹団子。」
一つ食い二つ食い、十食って五つ食って、たったの一つになった。
「はてなあ、食ったらおしまい。」
長六は、川の水を飲み、一つきりになった、笹団子を、風呂敷にゆつけて、歩いて行った。
村を二つ過ぎて、夕方になった。
腹が減って、どうもならん、一つきりの笹団子出して、どうしようといって、水だけ飲んだ。
どこだって、泊めてくれそうにない、そこら横になって、
「これ食って、寝てりゃあ死ねる。」
といって、笹団子を出し、
「いや親の形見じゃ、食わずたって死ねる。」
といって寝た。
寒さと腹減って、目が覚めたら、星がべっかり、
「死ぬのも楽ではねえて。」
といって、目つむったら、
「もう少し先へ行ってみろ。」
声がする。
一つきりの笹団子が、しゃべった。
「長者どんのお通夜だ、行ってみろ、手あわせて、おうむしょじゅう、にいしょうごうしんといやあ、お斎食わせてくれる。」
「そうか。」
といって、起き上がって、長六は歩いて行った。
立派な門構えに、葬礼の提灯が出て、羽織紋付着た人や、そうでない人や、出入りする。
長六は、続いて入って、長い頭さげて、
「大麦小麦二升五合。」
といった。
「ありがたいお経の文句を、さあこちらへ。」
訳知りがいって、おときの席につける。
長六は、すっかり平らげて、酒は飲めなかったから、
「はい、ごっつぁまでした。」
といって、座を立った。
すると、
「どちらへお帰りで。」
と、家のものが聞く、
「はい、あっちの方へ。」
来たのと反対をさすと、
「そんなら、西の姉さまお送り申してくれないか、おつれが飲んでしもうて。」
といって、提灯を手渡す。
「よろしゅうに。」
西の姉さま、頭下げた。
長六は、提灯をとって、清うげな姉さま、西の長者屋敷まで、送って行った。
「ありがとうさん。」
と姉さま、
「はて、お見かけしたことのないお方じゃが、どなたさんであったか。」
笹団子の風呂敷、背負わされて、出て来たことを、長六は、正直に話した 。
「そうであったか。」
姉さま笑って、
「では、うちに一晩泊まって行きなされ。」
といった。
一晩泊めてもらって、礼をいって出ようとすると、姉さま、長六をつくずく見て、
「なんでもして働こうというのなら、ちょうど一人欲しいと思っておったが。」
といった。
「よろしゅうお願いします。」
長六は、長い頭下げた。
長者屋敷には、いろんな仕事があった。
寝てばっかりが、生まれてはじめて働いた。
水汲み、風呂焚きから、掃除から大仕事まで、
「働くってのも、いいもんだ。」
ぽかんとしていると、
「それ、長者どんのお帰りだ。」
一つきりの、笹団子がいう。
とんで出て、大門を開ける。
「今日は、大事のお客がある。」
掃除して、お庭に水を打って、蒲団から徳利茶碗まで。
長六は、かげ日向なく働いて、二三年したら、すっかり重宝がられて、お屋敷のことは、なんでも長六になった。
そうしたら姉さま、
「おまえさまも年だで、嫁もらえ。」
といった。
「へえ、そんなもんもらえるだか。」
「ちっとあれだが、先代どののおたねじゃ、おやそうすりゃ、身内にならっしゃるか。」

姉さまいって、娘を引きあわせた。
平らったい顔して、たけは低く、長頭の長六とは、われなべにとじぶた。
長六は嫁もらって、一つ屋根の下に住んで、今度は二人して働いた。
「ちょうずにたらい。」
人がいうと、にひーと笑って、
「めんこいかかじゃ。」
といった。
姉さまの、四つになった子がなついて、
「ひょーのくあたま。」
といってとっつく。長六は馬になったり、鬼のまねして、
「ぐわーお。」
「こわくない、やっ。」
と切られたり、竹やぶの竹をとって、笛を作って、
「ぴーとろ。」
と、吹いてみせた。
「そんなまねしたらいけん。」
平たいかかいったが、平気だった。
かかは、長六にまけず、稼いだが、お屋敷うちのことは、たいてい長六が仕切るようになると、
「おら屋敷。」
といって、あたり見る。
「そうではねえ、長者どんと姉さまの。」
といえば、そっぽを向く。
長者どんが、病気になった。
もともとおつよい人ではなかったが、外で飲んで倒れてあと、それっきりになった。

姉さまの看病も、長六の手立ても空しく、
「どうもならんか、笹団子。」
笹団子に聞けば、
「前の世からのきまりじゃ、どうもならん。」
という。
「どうもならんがおまえ、平らったいかかの、云うこと聞きゃ、長者どんになれる。」

悲嘆に暮れる、姉さまに代わって、長六は、葬礼から、万端取り仕切った。
一段落つくと、
「向こう山に、田んぼ三枚つけて、わしらを出してくれ。」
と、姉さまにいった。
「そりゃいいけど、外には出んでくれ。」
姉さまいった。
長六は、なんにもせんで、寝ていた。
「本家のおととが会うそうじゃ。」
平らったいかか云った。
「ああそうか。」
と、長六、
「弟どのが今夜来るそうだ。」
「そうか。」
と、長六、
「ちっと、釣りに行って来る。」
といって、魚篭に竿持って、出て行った。
川っぱたに、釣りしていると、ぎいっことろをこいで、舟が行く。
「どこへ行く。」
長六は声をかけた。
「まゆ玉乗せて、下の町へ。」
「そうか、ならわしも乗せてくれ。」
というと、
「西の長者どんのお人か、いいです。」
といって、岸へつけた。
ぎいっこと下って行くと、にぎやかに幡がなびいて、笛や太鼓に、どんがらぴーと、村のお祭だった。
長六は行ってみたくなって、
「すまんが下ろしてくれ。」
といって、舟を下りた。
山車も出る、屋台が並んで、赤いべべ着た子や、かすりの子や、
「楽しいな、やあ楽しいな。」
といって行くと、飛び入り角力をやっていた。
五人抜いたら、酒一升。
「酒はだめじゃが。」
寝てばっかりの、長六であったが、なぜか角力だけは、強かった。
ふんどし一つに、土俵へ上がった。
「でやこい。」
あっさり五人抜いた。
「ながあたま関の勝ちい。」
はあて、酒一升もらって、引き下がったら、着ものがない。
財布ごと盗られて、石のようになった、笹団子一つ。
「笹団子があったから、よかった。」
といって、ふんどしにゆいつけて、酒一升さげて、歩いて行った。
「うふう寒い。」
そういって見たら、同じような、ふんどし一つが、川原に燃し火してあたっている。

七人ほどもいたか。
「ごめんなっし、あたらせて下さい。」
というと、
「おう新入りか、気が利くな。」
といって、酒一升とって、すきを開けてくれた。
ふんどし一つは、川越人足で、川を渡る人を、背負ったり、台に乗せたりして運ぶ。長六は仲間になった。
冬だってふんどし一つ。
十日もやったら、慣れっこになった。
「さむいなっての着ていられっか。」
「きんたまのほかは、面と同じ。」
気のいい連中だったが、毎晩よったくって、ばくちを打つ。
させられて、長六はすっからかん。
「あっはっは、仕方ないのう。」
といっていたら、ある日担った台の人が、
「おまえは長六ではないか。」
といった。
「いえあの裸虫で。」
「その頭は間違いない。」
西の姉さまだった。
「おまえのおかげで、長者屋敷を追われずにすんだ、帰っておいで、子供が待っています。」
といった。
「平らったいかかはどうしたか。」
長六は聞いた。
「向こう山に、田んぼ五枚つけて、出しました。」
大町まで、三日の旅だといった。
長六は、潮時だと思った。
裸虫をやめるには、すっからかんで、着物一枚ない。
「どうしたもんだ。」
笹団子に聞くと、
「ばくちで取り返しゃいい、こっちのいい目にはれ。」
といった。
笹団子のいう通り、丁といえば丁、半といえば半にはって、あっというまに、取られた分は、取り戻した。
「はい、それではこれで。」
引こうとしたら、
「へんだ、負けてばっかりが。」
という、
「ふーん、そのふんどしにあるもの、見せろ。」
よってたかって、むしり取る、
「なんだこりゃ。」
川へぶん投げた。
「わしの笹団子。」
あとを追ったが、沈んでしまったか、あきらめて出て来たら、岸辺へ寄せる。
「まだ縁があった。」
長六は、笹団子をゆいつけ、着物を買い、身の回りを整えて、歩いて行った。
廻り歩いて、昼間うどんを食ったら、文無しだった。
「いつかも、こんなめにあったな。」
見知らぬ町の、お店を見上げて、つったつ。
もう真夜中だった。
人が湧いて出た。
七人、八人、黒ずくめの、頬かむり、
「ははあ、泥棒さま。」
「なんだこいつは。」
「切れ。」
ぎらり引っこ抜く。
千両箱が担ぎ出される。
「ぴー。」
と、呼び子が鳴った。
「盗賊からす天狗、御用だ。」
「神妙にしろ。」
御用提灯が並んで、大捕り物になった。
「こいつが見張り役か。」
「いえあの、通りがかりの。」
長六も、縄を打たれ、
「はてどっかで見たような。」
長頭を見て、役人が云った。
半月して、お白洲であった。汚れのないようにと、風呂へ入れられる。
「どうしよう、笹団子。」
というと、
「風呂から出たら、頬かむりして、歩いて行け。」
と、笹団子。
頬かむりして、歩いて行った。役人が来る、「にひー。」
と笑ったら、そっぽを向く。
またお役人、
「さあお早く。」
といって、頬かむりの長六の、手を引いて行く。
松にお鷹の、立派な部屋だった。
「ささ。」
長い上下に、大小をつっさして、烏帽子を乗せる。
どーんと太鼓が鳴った。
「お奉行さまのおなーり。」
ふすまが開いて、押し出され。
お白洲には、からす天狗一党が並ぶ。
(弱った笹団子。)
(心配いらん、お奉行さまは、おまえに生き写し。)
さわぎが起こった。
「お白洲じゃ、神妙にいたせ。」
「ちがう、無礼者。」
ほんにそっくりのお人が、縄をうたれ。
「これより、からす天狗一党の、吟味を致す。」
役人がいった、
「左々衛門、一党の首領、押し込み十件に、殺人放火並びに、かどわかし。」
(刀のためし切りをして、通行人を切った、去年の大火はやつの放火による、悪いことはなんでもする。)
笹団子が云った。
「押し込み強盗、太兵衛と長橋屋を切ったのもおまえじゃ、放火犯人であり、仲間を殺す、どれ一件にても、死罪じゃ。」
長六が云った。
(おそれいったか。)
「恐れ入ったか。」
「へへえ。」
と、かしこまる。
「次ぎ、まむしの六平太、同じく押し込みに、ゆすりたかり二件。」
(柄にもなく小心で、役立たず、女を売りそくなって、ほっぺたに傷。)
「走り使いのほかは、こそ泥と空き巣。」
「へへえ。」
といって、次々進んで、役人の調べ状に、獄門、島送り、百叩きと申し渡して、瓜二つの、お奉行さまになった。
「押し込みは新入りの、見張り役。」
「ちがう、わしは。」
烏帽子姿の、長六を見上げて、口をあんぐり。
(お奉行さまは、婿養子で、奥方がたいへんなりんき持ち、抜けだしては、夜遊びをなさる、借金が二十両ほど、好きなお方もいなさるようで。)
「からす天狗の賞金はいくらじゃ。」
長六は、役人に聞いた。
「五十両です。」
「ではそれを、この者に与えよ、烏天狗に入って探索し、しそかに通報致せしもの。」

(二十両でいい。)
笹団子はいったが、裁判は終わった。
大汗かいて、引き上げると、烏帽子、大小上下を投げ捨てて、長六は、逃げ出した。

「ひや、寿命がちじんだ。」
裏木戸を抜け出ようと、お奉行さまがいた。
「あいや、どこのどなたか存ぜぬが、見事であった。」
という、
「思いももうけぬ、五十両を頂戴し、これで借金も払える、どこぞでひっそり暮らそう、好きなこれもおってな、お主わしに代わって、名奉行をやってくれ。」
にひーと笑う。
「そ,そんな。」
「隠れもないその頭じゃ。」
といって、さあといなくなる。
長六は引き返す。
(弱った、笹団子。)
(なにじき、まげも伸びる。)
仕方なし、長六は、烏帽子大小つけて、
「しかと相違ないか。」
「恐れ入ったか。」
といって暮らした。
「たいしたもんじゃ、なんもお見通し。」
役人がいった。
「あの長い頭は、だてにはついとらん。」
名奉行の聞こえも高く、奥方どのは、鼻高々、りんきというたら、はしの上げ下げから、羽織のひもまで、
「あなたいけません。」
ともあろうものが、という、
「にひーたまらん。」
さしもの長六が、音を上げる、抜け出す才覚もなく、お庭の竹をとって、笛をこさえて、
「ぴーとろ。」
と吹く、
「そんなことなさいますな。」
笛をおやりなら、こうこう、
(姉さまの子は、大きゅうなったか。)
と長六、お奉行さまも、すっかり板について、笹団子の助けがなくとも、たいてい納まる、
「へんだなあ、笹団子。」
長六は云った、
「寝てばっかりの、仕事半端が、こうしてああして、生き延びて、あっは、お奉行さまだなどと。」
そうしたら、ふすまが開いて、
「なにしておられます。」
奥方が出た。
あわてて隠す、笹団子をむしりとって、
「汚いものを。」
お薬なら、わたしが用意しますといって、かまどにふっくべた。
「かわいそうな笹団子。」
長六はささやいた。
「長い間、大きにありがとう。」
あくる朝、長六は、お奉行屋敷を抜け出した。
町の木戸までやって来ると、うり二つの長頭が立つ。
「これはお奉行さま。」
「そっちこそお奉行さま。」
二人は挨拶した。
「して、どちらへお出かけで。」
「いやな、五十両の大金、使い果たしてしまってな。」
お奉行さまが云った。
「金の切れ目が縁の切れ目で、追い出されて来た。」
という、
「おまえさまはどちらへ。」
「村へ帰ろうかと思います。」
長六がいうと、
「ではわしもつれて行け。」
と、お奉行さま。
「ではそうしますか。」
といって、二人連れだって、村へ帰って行った。
二人長頭に、子供らが大喜び。
一人は笛をこさえたので、笛の長頭、一人は手習いを教えたので、手習いの長頭。
二人そろって、死ぬまで生きたとさ。めでたし。



天狗の術

とんとむかしがあったとさ。
むかし、そうや村の、こうやどん、山へふきなと取りに行ったら、にわかに雨じゃ。

そこら茂みかげに、雨宿りしたら、赤いきのこが、のーんと生いる。
それ取って、鼻へふっつけ、
「天狗さまじゃ。」
とて、やっていたら、ほんきの天狗さま、舞い降りる、
「青の丈じゃ、そっちの名は。」
と、聞かっしゃる、
「こうやの丈じゃ。」
と云ったら、
「わしの術は、谷わたり、秘中の術は、風倒しよ。」
天狗さま、術云いなさる、
「わ、わっしの術は、鼻かくれ、秘中の術は、芋ころがりじゃ。」
こうやどん云い抜けたら、ふうと笑うて、
「また会おう。」
とて、行ってしもうた。
鼻の赤いきのこもぐ、大汗かいた、こうやどん、ふき担うて、帰って来たが、それから三月ばかしも、たったころじゃ。
せわしい稲刈りどきじゃ、かかや娘たけて、朝のはよから、稼いでいたら、
「これ、こうやの丈。」
と呼ぶ。
茂みかげに、天狗さま、
「てえしたもんだや、かかや娘して、お里に住むた。」
という、
「鼻かくれな、わしに貸してくれ、いんや、わしだって貸す、秘中の術もな。」
人に見られりゃ、大ごとだ、こうやどん、
「わかった、わかった。」
手振りゃ、
「恩に着る。」
と、天狗さまふっ消えた。
あくる日、
「天狗は出たぞい。」
さわぎする。
「真っ昼間から、ふてえやろうだ。太郎んとこ娘に、手出した。」
「ふんでどうした。」
「かまや天秤棒でもって、追い払った。」
わいの。
こうやどん困った。
人にも云えぬ、はあて晩方、屋根にばっさり、天狗さま、
「鼻んがくれは、効かなかった、この上は、この家の娘、もろて行く。」
さあと舞い降りる、とたんにずでんどう、
「あっつう。」
「芋ころがりは、効いたぞい。」
こうやどん、
「わしは春べな、芋に転んで、腰や痛めた、人にもいわれん、秘中の秘。」
天狗さまおさえて、
「だば、谷わたり。」
といったら、人も天狗も宙に浮く、
「ぴえー。」
と、谷三わたりして、舞い戻る。
人が太息、
「ひ、秘中の術は。」
いうたら、
「そればっかりは、ご勘弁。」
天狗さまいうて、お山へ引き上げた。
はあて、三年もたったころ、大風吹いて、けやきの木が倒れた、こうやどん、
「風ん倒し、ー 」
云ったとたん、
「どかん。」
屋敷もなんも、吹っ飛んだ。娘は嫁に行った。かかと二人、そこらひっかかって、命ばかりは助かった。



金の櫛

とんとむかしがあったとさ。
むかし、荒井村の、三郎右衛門、三度の飯より、釣りが好き、嫁さま貰うより、川っぱたじゃて、親より、縁談の好きな名主さま、手焼いていなすった。
今日も今日とて、三郎右衛門、竿担いで、もっけの淵へとやって来た。笹山の入いりで、霧湧くとて、人はよっつかぬ。
人行かねば、大物はかかるとて、そやつが、ほんきに大物は、とっかかる。
釣り上げるはずが、ひっぱり込まれて、
「なにをこなくそ。」
追っかけたら、魚は逃げる、水底に何やきいらり、それ掴んで、上がって来ると、まばゆう、金ねの櫛じゃ、
「とんだ大物。」
三郎右衛門、云うて帰って来た。
するとその晩じゃ、見たこともねえ、美しい姉さま訪のいなさる。金の櫛は、わたしがものじゃ云う。
ついては、お願いがある、
「笹山の笹のしずくを、百日の間、もっけの淵に注げば、すればわたしは、解きはなたれる、そのあかときは、なんなりとも。」
お礼のほどはと、はと目覚めれば、三郎右衛門、夢の。
水濡れて、青い藻がひとすじ。
どうしようばや、どうしようばたって、三郎右衛門、まだきに起きて、でかけて行った。
笹山の、笹のしずくをとって、あしたの日の、消やさぬひまに、淵の水辺に。
五日十日、雨も降りゃ風も吹く、
「お礼のは、なんなりと。」
三郎右衛門、通いつめ、田んぼのせわしい秋、
「おれも男じゃ、こうと決めたからには。」
と、一日かかさず。
木枯らし吹いて、雪が降る。
雪を溶かし、氷を割って、三郎右衛門、
「姉さまも、切なかろ。」
とて。
ついに満願の日じゃ。
春はあけぼの、早いめに起きて行けば、なんとした、はなし好きの、名主さま触れかかる。
「おまえこのごろどこさ行く。」
と、名主さま、
「盗人は出るなと、よくねえうわさあるが。」「さ、笹山さ願掛けもうして。」
三郎右衛門云えば、
「なんの願じゃ。」
と、名主さま、
「あのう、嫁っこ欲しいと思いまして。」
つい云ったら、
「なに嫁じゃと、なばどうじゃ、五郎兵衛んとこの娘、ちいと色はくれえが、働きもんで。」
と、名主さま、
「安造んとこの、末な、とうがたったが、親孝行で。」
なんたって続く。
そやつ振り切って、すでに日の射すと、笹山の笹、風にさんさら。
見つけて、馳せ下りたら、干いえる。
「今日の今日とて。」
水辺に立って、三郎右衛門、思わず涙。
ぽっとり落ちると、どっと大波起こる、
夢に見えた美しい姉さま。
「百日の厳行、おかげさまにてこのとおり。」
にっこり咲まう、
「じゃが、たった今の、おん目の涙、それにてわたしの通力は失せ。」
今はただの人、この身にかなうことなればと云う。
三郎右衛門、
「嫁さまになって下され。」
といった。
名主さまに申し上げたことなど、ほんきになった。
もしくは山の神であったか、これは荒井村の名門、笹山家の由来である。



大力弥太郎

とんとむかしがあったとさ。
むかし、咲花の村字いくつ、それは大力弥太郎の、歩いて行った跡であった。
葦潟村
 洪水に流される橋を、大力弥太郎押さえ止めて、塩の荷を通したという、そのとき踏ん張った足の型、大岩にのめり込んで残って、あしがた村。
萩代村
大力弥太郎、川普請に大石つっさし上げて、どーんと落とした、空飛ぶつばめが魂消て、ぴいと糞ひった、そやつが代官さまの、禿頭に当たる、代官さま怒ってかんかん、
「大力弥太郎、村を出て行け。」
といった。
または、大力弥太郎、萩乃という妓とねんごろになる、萩乃ちんとんしゃんとて、清うげに歌う、
「磐代の、
萩は松がへ、
月は照るとて、
置く露の。」
横恋慕の代官さま、それ聞いて、
「いやしいはげは待つがいい、つきあうてやるのも、おっくうじゃと。」
といって、怒ってかんかん、
「大力弥太郎は出て行け。」
といった。
禿の代官さまで、萩代村。
稗田のひねり石
「稗田のお千代はお輿入れ、
鶴見の松に日が上る、
めでたいな、
めでたいけれども、
寝取られのぶおとこ。」
という歌があって、ぶおとこがひねったという、ひねり石。
飯盛村
大力弥太郎、角力に勝って、山を二つ咲花村に引っ張った、そのとき食った飯が、お宮のきざはしに、三段盛りになったから、飯盛村。
咲花村
暴れ牛押さえ込んで大力弥太郎、角を折ろうとしたら、すんでに助かった赤ん坊が、にっこり笑う、牛を放したら、あたりいちめんに山吹の花が咲く、咲花村。
塩入の神代桜
大力弥太郎、塩入峠に、熊に襲われた娘が、円いお尻つんだしてふるふる。熊をうって娘を助けたら、そこにあった桜の木、神代桜に生い茂る。
しおいりのみちのくまみかやへさくらひとにしられでとしなほちらへ
という古歌がある
斎藤の山の大家
大力弥太郎、助けた娘は、斎藤の山の大屋の、一人娘であった。斎藤の山の大屋は、しゃんしゃん馬こに鈴つけて、赤い羽織に金ねのた房、松山杉山檜山、十日九夜人の地は踏まずと。大力弥太郎は、山の大屋の婿になる。
「朝日射すいろは鶯三つ三日月さねかずら。」
という言葉の謎を解くと、山の大屋の宝蔵。
伊谷村
婿どのは、山犬のまねして、おーんと吠えた、木樵衆たまげて十町つっ走る。鳩のまねして、でんぽ鳴けば、木挽衆眠とうなって、木ひきたがえる。
木樵さんはひどいよ、好いた二人を斧で裂く。
木晩さんはひどいよ、好いた二人を引き分ける。
という歌があった。
「弥太郎いやだ。」
といって一人娘は、里の男と駆け落ち。
鳴沢村
大力弥太郎、悲しくって泣いたので、鳴沢村。
蕨村
木樵や木晩衆大笑いして、蕨村。
戦場原のさるのこしかけ
大力弥太郎、戦場原をさまよい歩く、膝ついて思案のあとを、さるのこしかけ、直径一メートルもあったりする。
めくらわし
岳の一つ目鷲が、大力弥太郎を呼ぶ、
「目玉石すげかえろ。」
と云った。すげかえると、
「阿賀野川海へさし入れて、沖の白帆が七つ。
一つ目鷲云っていたが、またすげかえろと云う、すげかえると、
「殿さま弓場の稽古、奥方さまお昼寝。」
といって、またすげかえろという。汗みずくしてやっていたら、手すべって目玉石、むぐら沢へ転げ落ちた、だからめくらわし。
引橋村
大力弥太郎、目玉石さがして、むぐら沢行くと、べったくたあと、いつんまにやらひきがえる。
「ひきや、橋かけろ。」
と、ひるめ神呼ぶ、木を倒しつる巻いて、橋かけると、どんがらぴっしゃ、雷落として、
「ひきや、こっちへ橋かけろ。」
と、あやめ神呼ぶ。
木を倒しつる巻いて、橋かけると、どんがらぴっしゃ、
「こっちへかけろ。」
と、ひるめ神。
あっちへかけ、こっちへかけ、二つ山神争い起こして、稲妻雷。今にいたるまで大荒れ。
塔の池のおみわたり
塔の池の水を呑む、呑めば呑むほど、喉が渇いて、大力弥太郎、龍になって天駆ける、そのあとをおみわたり。
日下村
大力弥太郎、龍になって嵐を呼び、雲を巻き、
「天下取ったようじゃ。」
といっていたら、こらえ切れずに一発、そのあたり日下村。
動鳴村
雨降らせて、ふり返ると、大力弥太郎、美しい乙女が咲まい立つ、とたんに雲踏み抜いて、まっさかさま。落ちたところを動鳴村。
白神の湯
咲まう美しい乙女は、虹の神であった。大力弥太郎、虹の神に仕えて一夏、髪もまっ白うなる、そうして浸かった湯を、白神温泉。
鬼やんま
大力弥太郎、鬼やんまになって、阿賀野川を行ったり来たり。

2019年05月29日

とんとむかし4

一夜神

とんとむかしがあったとさ。
むかし、とりや村の、よそうべえさま、女人禁制の、おくら神の森に、うっかり嫁さまのこと、口のはにした。
「どんがらぴっしゃ。」
雷鳴る、よそうべえさま、まっくろこげと思いきや、ふいっと姿消えた。
美しい嫁さま、長い髪の毛、すいていなさった。
手鏡にぺっかり稲光。
よそうべえさま浮かぶ。
「はあ。」
と、叫び上げりゃ、消え。
それっきりよそうべえさま、行方知れず。
遠くの親戚、知り合い、さがしてみたが、天に消えたか、地にもぐったか。
美しい嫁さま、手鏡を形見に、昼の間は、香を焚き、夜には、夜の床には抱いても寝た。 お山の修験者なと、ふれて来た。
「のうまくさんまんだ。」
祈って云わっしゃるには、
「黒髪につなぐ命、水にひたてばおもかげを、火にふっくべりゃ声。」
と、聞こえ。
形見の鏡を、水にひたてば、よそうべえさまの、おもかげ浮かぶ。
ものも云わずは、火にふっくべりゃ、
「おうわえわれな。」
つぶやくようの、はあやそれっきり。
嫁さま、おくら神の森に、身を投げ入れた。
その身八つ裂き、
ふうらり、よそうべえさま、もとへと戻る。
名も云われぬ、ふぬけになって、三日後、みぞへはまって、死んだと。



青葉の仙人

とんとむかしがあったとさ。
むかし、日向村に、清兵衛という人があった。
野伏せりが出て、村をかすめ取って火を放つ。手向かう者は殺す。におに隠れて、清兵衛、命ばかりは助かったが、かかいない。
盗人に取られた。
くわがら担いで、取り返そうとて、清兵衛、向かって行ったが、
「どうしようばや。」
そこへかがまりついて、思案。
まっしろいひげのじいさま出た。
「こええかどんびゃく。」
と聞く。
「こええわや。」
云えば、
「ほっほ、かか取られて切ねえか。」
「切ねえわい。」
「かかと泣いて蛙にでもなっか。」
「うっせえ。」
「ほっほ、」
ひげのじいさま笑って、
「ふわ-あ。」
大あくび、くわがら抱えて、清兵衛、ふいっと吸い込まれ、じいさまん腹の中、
「あわ。」
「静かにせえ。」
じいさま云って、風のように山川わたる、野伏せりどもの、砦へ来た。
さらったお財と、かかや娘らたけて、盗人どもは、酒盛りだ、
「青葉の仙人か。」
頭云った。
「いい声だってなあ、飲んで歌え。」
「すっけえ酒が飲めるか。」
「なにを。」
手下ども、
「まあまあ、世の中どなってばかりが能じゃねえ。」
「うっふう。」
ひげのじいさま、
「一つ歌の代わりに、手妻見せてやろうか。」
と云った。 「おうやれ。」
「土百のくわ踊りとござい。」
長い舌べろうりと出す、先にくわもった清兵衛。
「ほんにこいつはどんびゃくだ。」
「目むいてやがる。」
「わっはっは。」
盗人ども、
「どうじゃ、わしの土百と手合わせするものはいねえか。」
ひゅーるり納めて、じいさま。
「おんもしれえ、人を殺すのは飯食うより好きだ。」
だんびら引っこ抜いて、ひげの大入道、ひゅーるりどん百、
「どんかつっ。」
入道頭、血しぶき上げてふん伸びた。
「なんとな。」
「酒と女に目ねえからな、あいつは。」
槍をしごいて、かにのような毛むくじゃら。
「でやーがち。」
かに男が泡吹いた。
しーんとする、
「仙人だと。」
「意趣あるってか。」
「やっちめえ。」
八方からおそう、てんでの柄ものが、
「かんぴっかり。」
電光石火。
のたうつ盗人どもの山。
「お見事。」
野伏せりの頭、
「なんとな。」
「役立たずなどいらん、わしとおまえが組めば。」
「では、つるべの重石にでもしてやっか。」
ひげのじいさま、頭呑み込んで、行ってしまった。
「なんてお強い、せいべえさま。」
「助かりました。」
泣いてかかや娘らとっつく。
「お、おれじゃねええ、ひげのじいさま。」
じいさまいなかった。
「神さませえべえさま。」
よわった。
清兵衛のかか寄り添う。
お財大八車に、かかや娘らして村へ凱旋。
日向村に豪傑あり、
「くわの清兵衛。」
とて、一生びくついて暮らす。
「かかと鳴く、蛙になったほうがよっぽど。」
と、青葉の仙人のことは、ようもわからん。



天狗のわび証文

とんとむかしがあったとさ。
むかし田安の、三郎右衛門、
名に聞こえた、力自慢、
嫁さまきっての、器量よし。
お山の天狗が、力比べ、
「勝ったらかか、貰うて行く。」
「力自慢は、無用のことじゃ。」
きええおうりゃ、天狗は叫ぶ、
そこの大石、つっさし上げる、
どーんと投げりゃ、屋鳴振動、
三郎右衛門、大石もたげ、
あった処へ、そろーり置いた、
「互角じゃな。」と天狗、
ふわーり舞い飛ぶ、神明さまの、
しめなわ取って、下りて来る、
「そんでは次は、綱引きじゃ。」
二抱えもあるしめ縄、びーんと張った、
「おうりゃ。」「うむ。」
真っ赤な面、火吹くようの。
天狗はむうと、引かれ立つ、
ばんとしめなわ、ふっ切れ、
人と天狗は、もんどりうった。
「またあいっこじゃ。」天狗、
「はっけよい、今度は相撲。」
がっきと組んだ、赤山大岩、
一押し二た揉み、天狗はぷうと、
鼻の目潰し、ぺったりひっつく、
「なんたらこやつ。」どうと投げりゃ、
天狗はふうわり、宙に浮く、
その手とって、土に付け、
「勝った、嫁さまもろうて行く。」
卑怯云うたて、まっくらけ、
嫁さまきっての、器量よし、
にっこり咲もう、「お力自慢の、
天狗どの、わたしと勝負。」
「おっほう。」天狗は喜ぶ、
「どりゃ祝言の、前祝い。」
嫁さまそこにへ、水を汲む、
「たらいの水を、真っ二つ。」
「きええおうりゃ。」天狗は、
真っ赤な腕を、ふり回す。
水はどうと、溢れるばかり、
「ううむなんと、おまえはどうじゃ。」
「はいこのとおり。」嫁さま云って、
水を二つに、汲み分けた。
「卑怯。」天狗は怒る、
「卑怯というは、おまえさま。」
三郎右衛門、目つぶしとれる、
天狗の前に、仁王立ち。
「失せろ。」というに、天狗は退散、
日本一と、人の申すは、
「かかのほうなが。」三郎右衛門。
嫁さまぽっと、赤うなる、
仲のいいのも、天下一品、
神明さまには、天狗の足駄、
「里へは二度と、現れ申さぬ。」
わび証文が、くっついた。



うばっかわ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、下田村の、太郎兵衛どんな、七八人もして、秋は紅葉木山に、たきぎ取りに行った。
日和もよげじゃ、上倉山には、鬼や住まうというし、すすきっ原には、山姥、こおっと谷内っぱら光る、村の一人三人、いねえなったそうの。
かっつと、なたうっていたら、のっかり、うんまげなしめじ生いる。
「におい松茸、味やしめじ。」
「谷内んみ山の、やぶの露。」
「おくのしめじは、人にはやるな。」
「山でうんまいのは、おけらにととき。」
火に炊いて、食おうという、
「よしたがいい。」
太郎兵衛どんな云った。
「あたったらおおごと、かかの炊く飯食っとけ。」
なもなほっとけと、燃し火に、あやしげなしめじ炊く、
「かかと鳴くのは、田んぼの烏。」
「西が曇れば、雨が降る。」
みなして平らげた。
平らげるとからに、馬鹿陽気、木山、紅葉かざしに、舞い踊る。
「さるけ田んぼの、谷内っぱらすすき、腰もぬかるよな、深情けハイ。」
「情けねえったら、からすがか-お、夏は過ぎたって、芽は生ひぬコリャ。」
「老いぬはずだよ、姉ケ峰さまは、万年ま白の、雪化粧ハイ。」
「雪ん中だて、願生寺の鐘は、八里八方に、がんと鳴りわたるコリャ。」
「雁が渡れば、十寒夜、食うや食わずも、米の餅ハイ。」
「米の餅食って、お蚕包み、生まれ中野の、大家さまコリャ。」
「大家さまには、およびもないが、せめてなりたや、殿様にハイ。」
おう苦しやの世は、と云って、七人八人、急に四つん這いになって、這い回る。
たまげたは、太郎兵衛どんな、
「次郎兵衛、三左、与右衛門。」
名呼び馳せまわったが、つゆの一人も、聞き分けず、
「だから云はねえこっちゃねえ、あんげなもの食らいっやがってからに。」
おろおろ云うて、つっ立った。
どうと風、吹き散る紅葉。
すすきっ原の山姥、丈の白髪さらして立つ。
「ふは。」
太郎兵衛どんな、四つん這い、
「こうやあ、
めんこい牛ども、
おらがしめじの、
味やみたか、
山はだし風、
雨は降る。」
杖ふるって、人牛どもの、けつっぺた、かっ食らわせる、散らう紅葉を、奥の岩屋へと、追い立てた。
太郎兵どんなんも、いっしょくた。
どんがらぴっしゃ、雷。
雨はさんさ、すすきっ原の、洞屋。
洞屋ん中には、屋敷のような、大臼が回る。
何をひくやら、どんがらごおろ。
人牛どもと、太郎兵衛どんな、くびかせして、そやつを押し回す。
「姥の洞屋は、この世の地獄、
生きて日の目は、拝まれぬ。」
山姥、ひき粉さらうて行って、釜にがんがら煮え立てる。
「どんがらごおろと、堂々廻り、
味噌も糞だて、いっしょくた。」
燃し火に、牙てっかり、
「一つへんごが、引かれて行かあや。」
杖ぴっしゃあ。
山姥なにやら歌う、
「七つ七草、龍のひげ、
陽の鼻くそ、月のもの、
月の十五夜に、こねくりあわす、
千載秘法の、天の速舟。
 かみくら山の、鬼や教えた、大食らいめが、すかしっ屁。」
かかや子は、なんしているやら、日も夜もなしの、杖にうたれて、おうおうさかり狂う、人牛ども、いっそしめじ食って、気ふれていりゃあと、太郎兵衛どんな。
釜沸き立つ、山姥の歌、
「もずのはやにえ、高うに刺せば、
雪は早ええぞ、熊ん肝、
だけのかんばの、さらやぐ春にゃ、
いもりゃ蛙の、つかみ取り。

なんで年寄る、牙生にゃならぬ、
てめえの親を、食たわけでなし、
丈の白髪は、まっしろけ、
めくらの鬼だて、そっぽ向く。

髪蔵山の鬼さへ、来ねえば、
請うて急かれて、玉の輿、
小町娘と、云われたわしじゃ、
日もまぶしっや、花嫁御料。

人は来たかと、外に出て見れば、
すすき洞屋に、四日の月、
浮き世のはてを、ふえくたばりゃ、
鳴るは氷柱か、もがり笛。

お月さん、
あした目覚めの、
涙のしずく、
ひとたれ飲みゃ、
十五七娘に、若返る。」
何日たったか、地獄の洞屋に、うら若い、乙女子が、さらわれて来た。
なんぼ萎れたが、蓮の花。
見れば、
「お花でねえかや。」
太郎兵衛どんな、大声。幽霊でも見たかと、お花、
「おれだ、太郎兵衛どんだ。」
「おう。」
と、泣く、
「夕べな、井の水汲みに出て、したらお-ん、わかんのうなった。」
「泣くな、きっとおれが助けてやる。」
太郎兵衛どんな、どんがらごうろと、あっちへ行けば、杖ぴっしゃあ。こっちへくりゃ、お花にっこり。
瓶抱えて出て、山姥、むりやり、お花の口へ含ませた。
お花倒れる。次の日、よだれたらしてけったり。
「お日さま赤かい、
すすきゃ白ろい、
狐の嫁入り、
雨さんさ。」
云っても聞こえぬ。太郎兵衛どんな、
「雷ごおろ、
杖はぴっしゃあ、
おらが死んだら、
かかは後家。」
わかんのうなって、引かれて行く。
やけにしーんと静まり返る。
一人二人、死んだか生きたか、洞屋押し照る、月明かり、
「きええ、この舟は、こそともせん。」
わめき声。
太郎兵衛どんな、ふうらり立った。
寄って行くと、外は満月、真昼のようなな月明かり。
丈のしらが逆立てて、山姥、
「十日九夜、眠らず食わず、屁もひらずは、白髪焼きっぷくって、こさえたこの舟は、こそとも云はん、ぴくともしねえ。ええ、たらかしおったな、かみくら山。」
月の光を、しらじら浴びて、丈八尺の土の舟。
けったり、まんまるう月を指さす、生まれたまんまの、狂ったお花。
「女までこけにしくさって、ええい、この舟は、こうしてくれるわ。」
山姥、杖振り上げる、
「待った。」
闇を大声、
「しらみったかしの白髪婆あ、そこらかいいたって、りんき起こすな。」
ぬうっと一本角、目鼻くしゃげて、口ばっかりの、とんでもしねえ、大鬼。
「すかしっぺえめ、よくもまた。」
つかみかかる山姥をいなして、
「ふんがあ。」
丈八尺を、嗅ぎまわす。
「こやつは、ぬえこの草がちいっと足りん。」
鬼は云った。
「七草か。」
「おうさ。」
「わしもそったでねえかと思った。」
「今からでも間に合う、取ってこう。」
「よっしゃ。」
山姥、杖をとって走る、見送って、かみくら山は、大欠伸。ふわあと、洞屋の、太郎兵衛どんまで、吸い込まれそうな。
月が傾く。
「たらかされおったな、ばばあめ、舟は夜明けの露、吸うて飛ぶ。」
きいらり光る、丈八尺の、土の舟。
くらめき透る。
「来たか。」
鬼は乗り込んだ。
ふうわり浮かんで、かっ消えた。
「うわっはっはっは。」
天をゆるがす、大笑い、
「悪う思うな、月の神さん、
涙しずく、一たれとって、
二十壮男に、若返る、
しらみたかしが、くたばるころにゃ、
十五七乙女が、よりどりみどり。」
山を裂く山姥の声、
「きええ、たらかしおったな、すかしっ屁めは、てめえ大食らいの、どくされ腹、鎌でかっ裂いて、千間谷内はめこんで、犬は百匹けやしっかけて、ー 。」
「その舟待てえ、おめえとおれの仲じゃねえか、つれないことすな。」
しーんと谷内。
「舟は丈と八尺、大食らいの図体じゃ、行くは行ったが、帰りはもたねえ、月はうまずめ、おまえは一生、やもめ暮らし。」
 太郎兵衛どん、我に返った、
「逃げ出すんなら、今のうち。」
洞屋の戸を、押し開ける。
そろうり歩むと、
「ふやわあおう。」
なにやらまといつく。
生まれたまんまの狂ったお花、ぶったまげたは、
「こらえてくれえ。」
夢中でお花、ひっぺがす、
「この上人めらに。」
声聞きつけて、山姥、嵐のように、もうそこへ来た。
どうしようば、袋のようなが、ぶら下がる、太郎兵衛どんな、それ取って、ひっかぶる。
「ふんが、ここらで見たが。」
行き過ぎる。
隙に突っ走る。
夜っぴで、山馳せ下りた。
あしたの明けには、村へ、
「助かった。」
太郎兵衛どんな、ぶったおれて寝入る。
日は高うに上る。
向こうへだれか来た。
ありゃあ出戸の、
「おーい三兵衛、おれだあ。」
三兵衛きょとん、
「声はすれども、姿は見えず。」
出たあといって、逃げる、はあて、太郎兵衛どんな、ひっかぶった、袋のようなな、着たっきり。
なんとそやつ、死んだ仲間の、なめし皮。
「なんまんだぶつ。」
声はすれども、姿は見えず。
「そんではこれが、姥っ皮。」
どうせのこんだ、着て歩く、
酒屋へ入って、ただ酒食らう、おめえも飲めや、二人痛飲、なにはなんたて、帰って来たあや、歌声ばっかし、道を行く。
「しらがばばあは、くされ死に、
かみくら山は、やもめ暮らし、
死んだ仲間に、酒一献、
お月さん、十六夜、
かわいそうなは、狂ったお花、
すすきゃしいろい、雪が降る。」
雪が降って、ぴえーと風。
姥っ皮、そのうち、身にとっついて、はがれのうなる。
はあてや。


谷内のたにしも

とんとむかしがあったとさ。
むかし、戸口村の、七郎兵衛、春はしんどい田起こし。のったくばった、日んがなに花咲く。
ひらりほらり。
花の辺りに一休み。
「あんりゃあ。」
まっしろい足が、にょっきり。
「しれものめえが。」
お声はぴっしゃり、かすみはほおっと、花に花。
「はてやあ。」
そのあと、汗みずくして田起こし、七郎兵衛、夕べな帰ったら、かか、
「まんずは、今んごろから。」
と、そっぽ向く。
でもって、飯まもろくに、よそっちゃくれぬ。りんき起こしやがってと、七郎兵衛寝入る。
あしたの朝、出て行くと、
「なんてや、ばちあたりめが。」
と、人は云う、
「お天道さま出るってがに。」
犬は吠え立てる。
かかや娘ら、戸をぴっしゃり。
七郎兵衛引き返す。
田起こしもならぬ。
かかお面を買うて来た。
「これかむってけ。」
と、まっしれえ役者の面。
かむって出りゃ、
「うへえ気味わりい。」
「あの面の下。」
人は後ろ指さす。
かかに手引かれた子、わあと泣き出す。
まずかったか。
ひおとこの面はどうじゃ、
「なんだああいつ。」
「仕舞いでもしようってか。」
そっぽ向く。
おかめの面、
「いいっひっひ。」
へそ曲がるという。
板っぺらに、目ん玉の穴だけ開けた。
「うわっはっは。」
大笑い、
「こらえてくれえ、しちろべえ、いいっひいっひいてえ、うへ。」
名主さまなと、腰たがえる。
くそうめ、七郎兵衛、ほんもの真っ赤に隈取りして、ぬうっと出た。
「おっほう、こいつは一丁さけた。」
と人、
「どっとな。」
「うっふう。」
「触らせてくれえ。」
と、かかや娘までよったくる。
しんどい春の田起こし終わる、めでたや今日は、お田植え祭り。
赤いけだしの、娘たちにまじって、へんごなお面だの、赤いくまどりしたのが、差す手引く手に、舞い踊る。
「さーやさやさや花の、
花のさくや姫さま、ほ。
どんがらぴー。
お好きなようじゃて、ほ。
じゃもんで、
谷内のたにしも、
ぷったかふた開く、ー 」
花のさくや姫さま、たまげた、
「あらいうがいなの、」
へんごなのもとへ戻したって、お好きなようじゃての歌は、続く。
「さーやさやさや花の、
花のさくや姫さま、ほ。
どんがらぴー。
お好きなようじゃて、ほ。
じゃもんで、
でとのどじょうも、
にょろり太って、ー 」



珊瑚樹

とんとむかしがあったとさ。
むかし、こうのもりの鳴王という人が、みことのりを奉じて、海を渡るついで、竜宮の使いが現れ、
「乙姫さまが、ほうらいに里帰りされる、ついては三日ばかり、預かって欲しい。」
といって、玉を手渡した。
鳴王は預かって帰り、三日たったが沙汰もない、竜宮の三日は、この世の百年であった。 こうのもりの清い清水に、鳴王は、玉をひたち、寿をまっとうしてこの世を去った。
清い清水の辺りに一樹が生える、百年めに花を咲かせた、美しい花であった、風鈴のようにころと風に鳴る、花片が落ちると、清い清水は溢れ、川になって、海にさし入れた。人々は、この樹をもって舟をこさえ、玉を乗せて、竜宮に返したという。
玉を迎えに、たいやひらめや、海の魚が押し寄せた。川は閉じて、湖となった。山を深くに、たいやひらめが取れたという。
湖は干上がって、こうのもり、たいら、うさの三ケ村になった。このあたり井戸を掘ると、時に塩気があって、それを飲んで育った子は、力持ちになった。
平らの女角力といって、神社には、女角力の奉納があった。
別の伝えでは、ひいだかという漁師の網に、しおみつの玉がかかった。
その夜の夢に、乙姫さまが恋をした、月の神さまと逢い引きする間、玉を預かってくれと聞こえ。
ひいだかは玉を祭り、三日に一度網を入れると豊漁であった、玉は預かりっぱなしになり、ひいだかが死んだあと、一樹になった。
珊瑚樹というのだそうで、月の光には、くらめきとおって見えなくなった。



川役人

とんとむかしがあったとさ。
むかし、清洲村の、大河っぱたには、よく土左右衛門が上がった。
上で流されたり、心中者が出ると、どういうものか、この辺りに上がる。
役人が、村当番を指図して、引き上げ、こもをかぶせたまんま、仮供養する。
「なんまんだぶつ。」
坊さんが間に合わずとも、手をあわせて、なれっこになっている、村人もいた。
彼岸もじきだというのに、喧嘩出入りがあったそうで、この日は次から次へ、土左衛門が上がった。
たいてい現場にも行かぬ、お役人が、
「どんな塩梅だ。」
と聞いた。
「へい、向こう傷があるみてえで。」
「それは、お取調べの方だ。」
「あのう。」
と年かさが云った、
「仏さんは、おはぎが食いてえそうで。」
「そうか、彼岸であったな、供えてやれ。」
とお役人、
「ありがてえことで。」
といううち、また一つ上がって、
「今度は、茶が飲みてえんだそうで。」
「供えてやれ。」
また上がった、縁起でもねえで、今度はお清めの酒だという。
いやおおごとだと、お役人も、重たい腰を上げて行ってみた。
みなして飲んだり食ったりしている。
「どういうこった。」
「へい。」
年かさが云った。
「おかげさんで、腹いっぺえだと申しておりやす。」
だれかこもをはぐ。
土左衛門は、ぱんぱんに膨れ上がる、
「うっぷ。」
といって、お役人は突っ走った。
そのお役人に、お神酒が上がる、
「ここはわしらでもって。」
と云う、
「十日たった心中者だそうで。」
といって、三人の村当番が、十人もして行く。
まあそういうことかといって、飲んでいたが、いやこうしちゃおれぬといって、出向いてみた。
十人よったくって、大騒ぎして水鳥を捕まえている。
「どうした、そやつは取ってはならん鳥だが。」
と云うと、
「へい。」
と年かさが云った。
「こやつが出ると、仏さんが、また流れってことになって。」
「なんとな。」
「鳥はやつめをつうるり、このう。」
「え。」
「やつめはとくに心中者にたかって、傷口やら穴という穴に、何百も。」
お役人は、まっさおになった。
「お見せしやしょうか。」
かたっぽうは上がったんで、という。
「いやそんな鳥を、人が食うわけないな、うっぷ。」
といって、突っ走った。
なにしろ、いやな役であった。



飯沼大明神

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ほうのつに、飯沼という大沼があって、飯沼大明神を、お祀りする。
沼は時にふくれ上がって、七つの村を、水浸しにする。
「仕方がない、大明神さまじゃ。」
といった。
ひでりには雨乞いをする、一天俄にかき曇って、大雨が降った。
乙女を人身御供にしたともいって、にわとりに、お神酒を供え、そうして箸を投げ入れた。飯沼の名は、そこから出た。
あるとき、雨が降らず、さしもの飯沼が干上がった。
大明神さまがお姿を現わした。
大だらいをこさえ、そこへお入れ申して、青竹をつないでもって、人々は、山清水を注いだ。
雷鳴って、三日も大雨が降り、たちまち飯沼は、もとへもどった。
波がうねって行った、雑魚が滝のように跳ねた、流木かと思ったら、ひげであった、山のような口であった、なと云う人は大勢いた。
だがもう忘れられていた。
お宮の中に、古い木片の束が、十も二十も見つかった。
「このじゃまっけなもな、なんだ。」
「ゆっくりお神酒も飲めねえ。」
きっと、大明神さまに、てんご盛り、まんま持ったおひつじゃ、という人がいて、みなして、たがをこさえて、はめこんだ。
まんまるではない、三間に、十間もある。
「おひつってより、たらい舟だあな、これは。」
ころを噛ませて、そうろり水に浮かばせてた。
十二、三人乗り込んでも、びくともせん。
かいや棹で漕いだ、のったりどっちへ向くかわからない。
「こりゃ、おもしれえや。」
よったくって、支えなと入れて、大明神さまのお祭りに、しめ縄張って漕ぎ出した。

三年たったら、七つの村に、各いっそうずつ仕上がって、にぎやかにお飾りつけて、

「大明神さまへ奉納。」
といって、漕ぎ比べ。
のったりばった、張り裂けたり大騒ぎ。
一等は、花嫁姿の娘を乗せて、沼の真ん中に、酒を注ぐ。
そうしたら、とつぜん水が盛り上がって、舟ごと呑み込んで、行ってしもうた。

2019年05月29日

とんとむかし5

うらめしや

とんとむかしがあったとさ。
むかし、六兵衛という、何やらしてもさっぱりな役者があった。
馬の足やらせりゃ半歩多い、たった一つのせりふ先にいっちまって、主役が台なし。

「しょうがねえなあ、おめえは面だきゃ一丁前なんだが。」
といわれて、のっぺり面なでさすって、
「そんでもおらあ、芝居が好きなんだ。」
といって、松の木なんかかかえていた。
ところがあるとき、首くくってぶら下がる役があって、みな縁起でもねえっていうのを、六兵衛が引き受けた。
それが、とてつもなくうまく行った。
三尺高い木の上から、ぶら-りぶら下がって、目ん玉むく。
「ひええあいつ、ほんものじゃねえか。」
といって客がざわめく。
のっぺり面の妙に生々しくって、ぬうっと突き出た足の、ばかでっかいのがいい。
芝居よりその首つりを見ようとて、客が押しかけた。
六兵衛は得意満面。
袖をなのめにしてきせるはこうと、草履の揃え方はまっすぐの方がいいか、
「おれも役者のはしっくれ。」
というには、みんな、たかがちょんの間とはいわぬようにした。
飯どきに、飲めない酒をちびいと飲んで、
「こういったぐあいに。」
目をむいて、べろうり舌を出す。そいつは、やり過ぎだともいわないようにした。
そのうち、
「首くくって死ぬるのが、人間本望ともうすもの。」
といいだして、はてみんなそっぽ向く。
それがあるとき、とつぜん仕掛けのかぎが外れて、縄がしまる。満座の客が息を飲んで見つめる間、六兵衛はほんとうに行ってしまった。
幕になって、
「どうした、もういいから下りてこい。」
といったが、ぶら下がったまんま。
役人がやって来て、大騒ぎになった。
「首吊り六兵衛、本望を遂げ申し候。」
と、小屋の前に札を立てて、出しものはそれっきりになった。
そうしたら、その六兵衛の幽霊が出た。
そんなはずはないがといって、待ちもうけたら、ほんとうに出る。
「どうした、本望ではなかったか。」
と、座長が聞くと、
「一度でいいから、見得切ってみたかった。」
と、幽霊がいった。
「ようしやってみろ、みんなで見ていようから。」
といってみんなして待つと、両手をだらんとぶら下げて、幽霊が出て、
「うらめしや、本望でござる。」
といった。
「やっぱり一句多いか。」
とは云わぬようにした。



ひとりぼっこ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ひとりぼっこという、これもこわ-い、お化けがあった。
ひとりぼっこが、おっかさんに化けて、みよという子を、さらって行った。
みよは、歌が上手だった。
みよが歌えば、人も草木も、ほろりした。
ひとりぼっこは、みよに、白いどんぐりを食わせた。みよはそれっきり、ものを忘れて、ひとりぼっこのために、まんま炊いたり、洗濯したりして、働いた。
歌うのだけは覚えて、その歌は、高い峰や、木々の梢に、響きわたった。
竹の太郎という者があった。
山中を行くと、ほろとて歌う声がする、さがすと、昆布のような着物を来て、はだしの女の子がいた。
行ってみると、もういなかった。
村へ出て、人々に聞くと、その子は、ひとりぼっこに、さらわれたという。
ひとりぼっこは、なんにでも化ける。
姿は見えない、刀で切っても、槍で突いてもだめだ、
「たった一本きりある、頭の毛を抜けばいい。」
といった。
竹の太郎は、犬をつれて、山へ入った。
犬が吠える。犬の先に、焼き灰を撒いた。かすかに異臭がして、あとをつける。
犬は、泡を吹いて死んでいた。
なおも行くと、石の上に、ひものような着物を着た、はだしの女の子が立つ。
「これをお食べ。」
といって、白いどんぐりを、差し出した。
「なんでおまえは、ひとりぼっこという。」
竹の太郎は、聞いた。
「ひとりぼっこだからさ。」
「どうして人をさらう。」
「みんな槍で突いたり、刀で切ったりするからさ。」
「そうかな。」
女の子はふうと笑う、その手から、白いどんぐりをとって、竹の太郎は食べた。
それっきり、ものを忘れて、みよと二人、ひとりぼっこに使われて、水を汲み、たきぎを取って働いた。
みよが歌を忘れぬように、竹の太郎も、達者な字を、忘れなかった。
天に月、地に風、人に竹の太郎。
土の上に、三べん書くと、自分を思い出した。
みよが歌う、清うげに歌うと、
「おうほろ。」
といって、ひとりぼっこが、姿を現わした。
平らったい頭に生えた、一本きりの毛を、竹の太郎は、引き抜いた。
「きえおう。」
叫び上げて、ひとりぼっこは、かすみになって消えた。
正気にもどった、みよをつれて、村へ帰って行った。
竹の太郎の話は、また他にもある。



草笛

とんとむかしがあったとさ。
むかし、柿川の村に、三郎という、草笛を吹く、子どもがあった。
ほうほけきょと、鶯に吹いたり、ころころ虫の音に鳴いたり、だれ聞かずとも、そこらに寝そべって、一人吹いた。
ぽっかりと雲が浮かぶ、
「雲はどこへ行くんか。」
三郎は、ぴ-と吹いた。
京の都へ行くのか、それとも坊さまのいわっしゃる、天竺の国へも、
「そうさ、行ったら帰って来んな。」
とつぜん、明るい声がして、ひげも髪も、雪のように白い、大じいさまが立った。
「おまえはだれじゃ。」
たまげて聞くと、
「草笛をよくするな、子ども。」
じいさまは、ふうと笑って、手にもった杖に、大空の雲をさす。
「どうじゃ、あれを吹いてみろ。」
「あんなものが吹けるか。」
「そうかな。」
じいさまは杖を振った。
とつぜん雲は、哀しい笛の音になって鳴る、めくるめく、山川も舞い踊り、草木も歌う。
我に返った時には、だれもいなかった。
「なさんらい。」
と、聞こえたような。
よそものは、滅多に来なかった。
戦の世であった。
三日のちに兵が襲い、村を焼き、人を殺して、掠め去った。
兄は殺され、父母は行方知れず。
三郎は歩いて行った。
真っ暗闇に、灯が見える、よって行って、倒れ込んだ。
「どうした。」
ぎらり槍に刀。
「面倒だ、殺せ。」
が-んと何か。
「ほおっ、こいつかわしおった。」
虎のようなひげ面が覗く。
「わっぱ、ついてこれたら飼ってやろう。」
「よせ、伊太夫。」
若い声がいった。
「一思いにやれ、その方が、そやつにとっても幸せだ。」
「二の槍は使わん。」
「では、勝手にせえ。」
一行は馬にまたがった。
あとを追う三郎を、伊太夫のひげが、わしづかみにして、鞍へ押し押しつけた。
雨になった。
夜通し走って、山中の砦についた。
霧に旗が浮かぶ。
「山磊清花。」
さんらいきよはなと読む。
一団を清花党といった。
党首はまだ若かった。
「ええい、あやつも死んだか、戦はこれからぞ、寝たいやつは寝ろ、飲みたいやつは飲め。」
といって、立ち去る。
三郎は追い使われた。
水を汲め、酒だ、
「こっちだわっぱ。」
「ばかったれ。」
こづかれ、なぐられ、何かを食らい、まどろみついでに寝る。
十日もすれば、馴れつく。
戦があった。
ぬうっと腕が伸びる。夜は酒を飲んで、女の声も聞こえる、
「わっぱ、おどれ。」
という。
「踊れません。」
「では歌え。」
「歌は歌えぬが。」
三郎は、草をむしって、口に当てた。
「てえつまらねえ、あっちへ行け。」
追っ払われ。
負け戦があった。
どまんじゅうが並び、刀をつっさして、酒をあおって、なにやらわめく。
「くさぶえ。」
だれかいった。
三郎は草をとって吹いた。
雲のぽっかり浮かんで行った、故郷の山川が、いつか草笛の調べになっていた。
いかついやつらが、号泣する。
山磊清花の旗がなびく。
「きっとあの旗を。」
「うぬらが手向けにしようぞ。」
おうと槍をつっさし上げる。
月が上る。
「笛は好かん。」
ぼそりと、若い党首が云った。
また戦があった。
勝ち戦であった。
「これは、おまえにやろう、わっぱ。」
といって、ひげの伊太夫が、一管の笛を、三郎の手に置く。
見事なこしらえであった。
三郎は、吹き鳴らし、吹き鳴らし、どうやら鳴るようになって、ほうほけきょと吹き、ころころと吹く。
雲の浮かぶ調べ。
「笛というのはあのー。」
伊太夫に聞いた。
「そんなものを、わしが知るか。」
とひげつらは、三郎を、砦の奥へつれて行った。
おんなと呼ぶ。
「楓の衣。」
美しい女が立った。
「おい女、このわっぱに、手ほどきしてやれ。」
「笛か。」
「あなたさまのものであれば、お返しいたします。」
「吹いてごらん。」
女はいった。
三郎はたった一つ、覚えのものを吹いた。
「よく吹けた。」
女は笛をとって、朱い唇にあてた。
三郎の、生まれて初めて聞く、おかしくも悲しい、なんと云をう、浮きぬ沈みぬ、流れにもてあそばれる、楓の葉。
一つが二つになり、四つになりして、またさま変わる。
「はらとうの曲。」
女は笑い、こうと涙にむせぶ。
笛は三郎の手にあった。
三郎は、笛をとって、吹き鳴らし、二へん三べんすると、砦をわたる雲も、群れ行く鳥も、はらとうの曲になった。
ついには戦の世も、はらとうの。
 楓という女が、身を投げて死んだ。
「西明寺の女よ。」
いかついやつらがいった。
「西明寺は我らがかたき。」
「西明寺の大叔父が加担するぞ。」
若い党首がいった。
「しなの原の合戦を、一時支え切れば、おぎの城に、清花の旗が立つ。」
「そいつはあやかしだ。」
と、ひげの伊太夫、
「西明寺も、高取を抜く。」
「高取を抜くのはわかる、肥沃の三州への足がかり、そうさ、しなの原に、わしらを見殺しにしてな、ていのいいお供え餅さ。」
「一か八かだ。」
「感心せんな。」
「他にわしらの浮かぶ瀬があるか。」
いつかは死ぬる身の、清花党は撃って出た。
「くさぶえ、おまえも行け、戦はおしまいよ。」
ひげの伊太夫がいった。
「わっはっは、どっちにしてもな。」
三郎は笛を背負い、半分に切った槍を手に、伊太夫のわきを走った。
敵はいったん引いて、三方に押し囲まれ。
「清花とな、そんなものは知らん。」
西明寺はいった。
「夜盗を始末する。」
あっというまのこと。草笛失せろ、伊太夫がいった。半槍を捨てて、三郎は抜け出した。あとはわからぬ。どこをどう歩いたか、膝をついたら、動けなかった。
往来であった、
背中の笛をとった。
一曲吹き終わったら、銭があった。
そのようにして、村から村へ、町から町へ、三郎は、笛を手に、渡り歩いた。
三日も食わずに、橋の下に寝ていたり、祭りのお囃しを吹いたり、酔客にからまれ、貴人の縁先に呼ばれたりした。
夏は過ぎ、秋が来た。
冬になって、また春が来た。
花が吹き散って、きぎしが鳴く。
一人三郎は、笛を吹いた。
はらとうの一曲を、四つに吹き分ける、おもしろおかしい笛と、悲しい愁いの笛、おどろに激しい笛と、平らに静かな笛と。
文字も見えぬ三郎の、たった一つの。
とつぜん別の音が加わった。
拍子を合わせるようでいて、月と雲のように、流れと淵のように、それはまったく相容れぬ。
三郎は必死に吹いた。
終わった。
においたつ、春の装いに着飾った人が立つ。
「そのはらとう、どこで覚えた。」
手には、白がねの笛を持つ。
三郎は、身を投げて死んだ、楓という、女の人のことを話した。
「そうか、死んだか。」
その人はいった。
「よく伝わった。」
三郎を見据える。
「戦の世であっては、先の知れぬのは、乞食のおまえもわしも同じ、よし、わしのを伝授しよう。」
一曲を吹き終わって、
「かんだは。」
といった。吹き散らふ花の、永しなえの春を、対になって舞う鳥の、あるいは剣の、めくるめくようなかんだは。
短冊を引き抜いて、なにやら書いてわたす。
「京へ行ったら、西九条の、あやなまろの屋敷へ行け、少しはましなめも見るであろう。」

といって、立ち去った。
さすらい歩いて、三郎が、京に入ったのは、すでに秋も末であった。
死人や行き倒れや、盗人ども、いっそ生きていたのさへ、不思議であった。
西九条のそれは、冠木門をくぐって、草は伸び放題、紅葉の美しい、あやなまろの屋敷であった。
二度追い返されて、三郎は、漆黒の髪の、大きな目が張り裂けるような、あやなまろという人に会った。
「ほっほっほ、やすひでは、歌がうまいな。」
持参の短冊を見て、あやなまろはいった。
「はらとうにかんだはとな。」
ふうむといって、あごをしゃくる。
三郎は笛を吹いた。
「字が見えぬな。」
ふをっと笑って、先をうながす、吹きおわると、人を呼んで、
「典楽寮へつれて行け。」
といった。
 隣り合わせの、林苑の中に、お寺の伽藍のような、建物があった。
三郎は、鼠色の、お仕着せを着せられて、北のはしの、わらわべの寮へ入った。
「よくな、空んずることじゃ。」
目の大きな、あやなまろはいった。
そうして、年下のわらわべまでが、三郎を追い使った。
いっそ席にもつけず、わっぱという他に、名まえもなく。
三郎はよく空んじた。
十三ある典楽の七部に別れ、三つになるそれを、あるいは盗み聞き、かつがつに習い覚えて、一切を空んじた。
三年たっても、三郎はわらわべだった。
あとつぎたちは、一曲二曲して典楽へ上って行く。
三郎は代役として、幕の影にあって笛を吹いた。
人は影と呼び、草笛と呼んだ。
広大な林苑に一人別け入って、三郎は笛を吹いた。
心行く、また即興に我を忘れ。
吹き終わると、咲き乱れる花の中に、美しい女の人が立った。
「なんという名手じゃ、あやなまろのわっぱじゃな、典楽四家の阿呆どもとは、比べものにならぬわ。」
その人はいった。
「清花の三郎も、そのように吹けばよいものを。」
「なんと申されました。」
だが、女の人は立ち去る。
二度三度、典楽寮の絵に見る、天華乱墜して、天人の舞い舞い行くありさまを、三郎は一曲に工夫した。
西九条の、あやなまろの屋敷へ、呼ばれた。
行ってみると、天人のようなその人がいた。
山磊清花の党首と。
(伊太夫さまはどうなされたか。)
「塔家の姫君じゃ。」
しっこくの髪の、あやなまろがいった。
「これは清花の三郎、天楽の総家じゃ。」
党首はなんにも云わぬ。
「わっぱの草笛じゃ、人は影とも呼ぶ。清花の三郎はな、塔家にあずけられて、姫といっしょに育った。それがどうじゃ、まだほんのこんなころに、後見の西明寺に切りつけおった、笛をとる手に、刃を持ってな。」
あやなまろはいった。
「戦はさんざんだった。」
男ははうそぶく。
「伊太夫さまは、どうなされました。」
「そうか草笛とな、死んだわ。」
清花の三郎はいった。
「そうであろ、ぶかっこうな戦など、大夫のするものでない。」
「うるさい、笛なんぞ吹いて、戦乱の世がわたれるものか、じじいの株が奪われたんなら、弓矢に取り戻すまでよ。」
「命一つに逃げ帰ったのはたれじゃ。」
塔家の姫君、
「あたしはもう二十を過ぎる。」
「まあまあ。」
と、あやなまろ、
「こたびは、願いがかなって、天楽の棟梁清花の、失ったものは、取り戻せることになった、塔家には、たいへんな苦労があったがの。

「秘曲さんらいじょうをおまえが吹く。」
塔家の姫がいった。
「笛なんぞ忘れた。」
「笛は草笛が吹く。」
あやなまろがいった。
「名手じゃ。ぬしは吹く真似さえすりゃいい。一曲を奏し、さらに一曲のお召しがあって、秘曲さんらいじょうを吹く。」
「そういうことじゃ。」
あやなまろは、手に黒うるしの笛をとって、一曲を吹いた。
奇妙な笛であった。
「わしはこの程度じゃが。」
といって、影の三郎を見る。
「影は命を吹き込むであろう。りょううんというこれは、なさんらいのへんげに次ぐ、名笛じゃ、おまえに授けよう。」
黒うるしの笛は、影の手にあった。
さんらいじょうという、さても、萩の池にもよほす、月の宴であった。
召し人の歌をえらぶあいだ、一曲を奏する。
月明かりに、白がねの笛をとって、清花の三郎が立つ。
影は、黒うるしのりょううんをとる。
笛の一音とも思えぬりょうらん、天花乱墜して、飛天に羽衣の舞いを舞い行く、とよみわたって切々の。
水をうったように、静まり返った。
「更に一曲をとのおおせじゃ。」
と聞こえ。
とつぜん二つの月に鳴りとよむ、秘曲さんらいじょうであった。空華は失せ、人は手を取り合うて、三千世界夢幻の。
ことはなった。
「あまりにも首尾よう。」
張り裂けるような目の、あやなまろ。
「心配じゃ。」
「そんなことはない、おそうはあったが、めでたく、清花の棟梁。」
塔家の姫君。
「まったく阿呆な話よ、あいつおれの手の中で、鳴っておったがな。」
と、清花の棟梁。
またのお召し出しがあった。
「伝説のなさんらいをという仰せじゃ。」
と、あやなまろ、
「ううむ、あれは吹いてはならぬ。」
影の三郎は、知らぬはずだが、西明寺め、これは典楽三家とつるんで、画策しおった。

「なんで吹いてはならぬ。」
清花の三郎がいった。
「あれを吹いたものを、なさんらいという、おまえの爺は、あれを三度び吹いた、主上のご病気平癒のため、またひでりに雨乞いのため、そうして道ならぬ恋のためじゃ。」
「とつぜん竜巻が起こって、みんな吹っ飛んだというんだろう、じじいとへんげは、行方知れず。」
あやなまろは押し黙る。
「この人を塔家に預けたのは、おまえか。」
と、姫君、
「他にすべはなかった。」
「三郎はいったいだれの子じゃ。」
答えはなく。
「そのなさんらいってのを、草笛に示せ。」
「わしごときの、知るものではない。」
「なんとな。」
一同押し黙る。
「譜面がないと。」
「山磊清花の旗印です、あれはもしや、楽譜ではないかと。」
影の三郎がいった。
くしゃくしゃになった、山磊清花の旗を、清花の棟梁は、そこへ取り出してひろげ、

「まさに、なんと字も見えぬ、おまえがな。」
あやなまろがいった。
あしの池に、雪の宴であった。
召し人の中には、西明寺あり塔家あり、かかわりのあるものは、みな集まった。
一曲は、変じつくした、故郷の空に浮かぶ、雲の笛。
清花の三郎は、白がねの笛をとり、影は黒うるしのりょううんを。
なさんらい、なんのへんてつもない笛の音に、わしづかみにされて、影の三郎は、宙に舞い上がる。
その身は失せて、笛だけが鳴る。
「塔家の姫がほしいか。」
声がいった。
「字が見えぬと、だったら歌詠みの三人も雇え、そうさ、おまえが清花の三郎だ、刀を振り回す、でくのぼうではない、主上のお声を聞く、おまえこそが、典楽総家の棟梁だ。」
押さえ込もうとして、りょううんは張り裂けた。
笛は鳴っている。
でくのぼうのの手に、刃が握られ、血まみれの生首が、ぶら下がる。
けったり笑う姫。
影は、枯れあしをひっつかんだ。
草笛の一声。
ものみなとつぜん止んで、されこうべが一つと、へんげの名笛が転がった。
事件は人の噂にも上らなかった。
あやなまろの漆黒の髪は、まっしろになった。その目はめしい。
「へんげは草笛、いやなさんらいの手に。」
といって、息を引き取った。
典楽寮は閉ざされ、戦は百年に及ぶ。
なさんらいとその名笛は、はて、柿川の流れに聞こえるという。



ささ酒

とんとむかしがあったとさ。
むかし、松代村に、ひょうろくという男があった。ふた親ねえなって、かしがった家に住んで、なんにもせん。
となりの姉、食うもの持って来て、
「ちったあ稼げ。」
といったが、
「はあ。」
といって寝ていた。
それがある日、旅支度して、
「いい夢見た。」
といって、出て行く。
「まあ、ちった歩いたほうがいい。」
となりの姉は見送った。
ひょうろくは、歩いて行った。川があって、川をわたると、さんさ笹が鳴って、立派なお屋敷があった。
ご門を入って行くと、
「お帰りなされませ。」
といって、きれいな女が、手をついた。
「うむ。」
ひょうろくは上がった。なんにも描いていない屏風があった。
大広間には、お屋敷中の人が集まっていた。
「なげしの槍をお取りなされ。」
雪のように白い、年寄りがいった。
ひょうろくは、長柄の槍をとった。
「おさやを。」
さやを払うと、白い年寄りが、
「お突きなされ。」
といって、胸を広げる。
「おまえは止めた。」
ひょうろくがいうと、
「ありがたいことじゃ。」
と、引き下がる。
次ぎには大男が、
「突け。」
といって出た。
どんと突くと、樽になって転がった。
あやしい目をした女が、
「あたしは。」
という、突くと、
「こうっ。」
と鳴いて、鶏になって飛んで行った。
ぶおとこが三人、
「わしらは突かんでくれ。」
という。
「ならん、ならん。」
突くと、ひょっとこのお面が、三つになった。
ひょうろくは、突いたり、突かなかったりした。あと転がったのは、座蒲団十枚に、たくあん石が一つ。
「では、お使えもうしてくれ。」
白い年寄りがいった。
ひょうろくは、高膳に食べ、きれいな女たちが酒を注ぎ、そうして舞い踊る。絹の蒲団に、くるまって寝た。
あくる日、
「東を、見回って下され。」
という、ひょうろくは、見回った。
千枚田んぼに、びいと燕が飛んで、早苗にさわさわ、はては見えぬ。
「どうであったか。」
白い年寄りが聞く。
「見事であった。」
ひょうろくは答えた。
その夜も、高膳に食べ、とりわけ美しい子の、ひょうろくは、手をとった。
あくる朝、
「西を、見回って下され。」
といった。ひょうろくは見回った。
とんぼが群れて、さんさ稲穂の、金色にはてもなく。
「どうであったか。」
年寄りが聞く。
「立派であった。」
ひょうろくは答えた。
美しい子は、清うげに歌い、あとはにぎやかに、はやしを入れた。
あくる朝、
「山を、見回って下され。」
といった。
松には白雲が、杉はさんさん雨、
「ほっきょかけたか。」
檜には時鳥が鳴いた。
「どうであったか。」
「よかろう。」
ひょうろくはいった。
美しい子と二人食べ、そうしてほんのり酔うた。
あくる朝、
「川を見回って下され。」
という。
鱒が跳ねとんで、川はゆたかに。
「どうであったか。」
「うむ。」
とひょうろく。
ひょうろくは美しい子と、夫婦になった。
あくる朝、
「お倉を案内しましょう。」
と、美しい妻がいった。
米倉金倉宝倉と、松とぼたんのお庭に建つ。
「どうでした。」
「さよう。」
そうして二人仲良うに暮らして、十年たった。
雪のような年寄りが、死んだ。
なんにも描いてない屏風に、龍が浮かび上がる。
らんらんと目が光る。
「お逃げなされ。」
美しい妻がいった。
「おまえも。」
「だめです、なげしの槍に、どうしてわたしを突かなかった。わたしはお倉のかぎです。」

「夢では突いた。」
長者屋敷は沈む。
雷が鳴って、龍が舞い飛ぶ。
ひょうろくの手に、笹の葉が一枝。
となりの姉、かしいだ家のぞくと、ひょうろくが寝ていた。
「あや-、いつ帰った。」
たくあん石が転がって、座蒲団十枚。
ひょっとこのお面が三つ。でっかい樽に、雨漏りがして、水がたまっていた。
笹っ葉がつかる。
「酒だや、これ。」
姉がとんきょうな声を上げた。
いい酒だった。
姉は夫に死なれて、やもめになっていた。ひょうろくは、姉といっしょになって、酒屋を開いた。
「ひょうろくのささ酒。」
という。十枚の座蒲団には、いつも客があって、ひょっとこ三つで、三代は火事を出さぬという。
たくあん石は、いい漬物。

2019年05月30日

とんとむかし6

はなたれ小僧

とんとむかしがあったとさ。
むかし、はなたれ小僧といって、これもこわ-い、お化けがあった。
いだ村の、次郎兵衛屋敷に、汚い下駄はいた小僧が来て、
「まんまくれ。」
といった。
まんま食わせてやると、
「気に入ったで当分いる。」
といって上がり込む。つかんで投げ出すと、おんぼろ着物が、ずるっと抜けて、
「ぶっふう、さむいで借りる。」
といって、いつのまにか、子どもに買った、一丁羅を着込む。
「このはなったれが。」
といって、力自慢の下男が、つら張ったら、反対にひっくりかえって、泡吹いた。
「親切にしてくれて、あんがたい。」
はなたれ小僧は、涙と鼻水とくっしゃり流す、その汚いことは。
くさいにおいに、三日も物がのどに通らない。
「吉井先生を呼んで来い。」
次郎兵衛さまはいった。
吉井先生は、剣術の達人で、たとい妖怪変化もまっ二つ、といった。
先生はやって来て、一両もらって、
「えいやっ。」
とばかり、切り伏せて、
「たいしたことはない。」
といって帰った。
すると、はなたれ小僧が現れて、まっ二つになった、着物つん出して、
「かわりをくれ。」
といった。
そのまんまいついて、夜になると、
「あったかいふとん。」
娘のふとんにはいこんで、ごうごう大いびきかく。
娘はばかのようになって、口も聞かれぬ。
次郎兵衛さまは、困じはてた。
竹の太郎という者があった。
天に月、地に風、人に竹の太郎と、知る人ぞ知る。
伝え聞いて、次郎兵衛屋敷へやって来た。
一晩泊まって、はなたれ小僧に聞いた。
「むこどんになりたいか。」
「なってもいい。」
刀を引き寄せると、
「くっふう、親切なおさむらいか。」
といって、涙とはなをくっしゃり流す。
「そうでもないが。」
竹の太郎は、申しつけて、次郎兵衛屋敷一番の、高膳をすえ、
「一献まいられよ。」
といって、酌をした。
存分にもてなして、飲んで食べたら、上がりかまちに、新しい下駄をそろえ、
「お帰りなされます。」
といった。
それを履いて、はなたれ小僧は出て行った。
竹の太郎の話は他にもいくつかある。



青いうめ貝

とんとむかしがあったとさ。
むかし、なよろ村の、おんだね長者には、ふうろという美しい娘があった。
「美しいふうろが欲しい。」
「長者どんの、婿になりたい。」
という、若者がやって来た。
「魚取りの名人。」
「弓矢をとったら、引けを取らぬ。」
「うそつきの天才。」
「漬物をこさえたら、天下一品。」
だから、美しいふうろを幸せにする、といって来る若者に、おんだね長者は、
「つばめの青いうめ貝を取って来たら、娘をやろう。」
といった。
つばめの青いうめ貝は、不老長寿の薬といって、この世に二つとない宝であった。
あらやという若者がいた。
「つばめの青いうめ貝を、取りに行くより、わたしをつれて、逃げておくれ。」
美しいふうろがいったが、
「愛しいおまえのために、きっと手に入れる。」
といって、出かけて行った。
魚を取る若者は、どんざん波のたつ、ひいろの磯にくぐって、きれいな青い貝を、取って来た。
「つばめのうめ貝ではない。」
おんだね長者はいった。
弓矢をとる若者は、あだかのがけに、つばめの巣をさぐって、みどり色のうめ貝を、取って来た。
「似てはいるが、これではない。」
おんだね長者はいった。
うそをつく若者は、だれかに聞いて、そっくりにこさえた、青いうめ貝を持って来た。

「水にひたせば、いい声で歌う。」
おんだね長者はいって、貝を水にひたすと、歌うかわりに、ぷっくり笑った。
漬物をつける若者は、白いうめ貝となすびを漬けて、真っ青になったのを、持って来た。
「とっくに死んでいる。」
おんだね長者はいった。
あらやは、山川、とうろの原の外れまでさがしまわって、
「なかった。」
といって、帰って来た。
その夜、美しいふうろが、忍んで来た。
「つばめの青いうめ貝は、とうやの氷室にあります、とうやの氷室に入って、帰って来た者はいません。」
美しいふうろはいった。
「どうしても行くというのなら、これをお使いなされ。」
といって、あらやに、赤い糸玉と、舟のかいと、あしのずいを渡した。
「こんどはきっと取ってこよう。」
あらやはいって、赤い糸玉と、舟のかいと、あしのずいを持って、とうやの氷室へ、入って行った。
魚をとる若者と、弓矢を引く若者と、うそをつく若者と、漬物をつける若者が、あとをつけた。
氷室の入り口に、赤い糸のはしをむすんで、あらやは奥へ行った。
とうやの氷室に、つばめが巣をかける。
青いうめ貝はなかった。
氷室の百穴といって、氷が溶けて、底なしの穴が開く。
舟のかいをかって、あらやはすんでに、身を支え。
叫びあげて、漬物をつける若者が、落ちた。
あらやはかいをとって、助け上げた。
「助けてもらって、礼はいおう、だが、青いうめ貝は、おれが取る。」
漬物をつける若者はいって、先へ行く。
氷室のもやい釜は、霧がもやって、一寸先も見えぬ。
「おうい。」
うそをつく若者が、迷い込んで人を呼ぶ。
「おうい。」
あらやは答えて、助け出した。
「助けてもらって、礼はいおう、だが、青いうめ貝は、おれのものだ。」
うそをつく若者はいって、先へ行く。
水の大戸は、水がひたって、わずかに隙が開く、あしのずいに、息をついで行くと、魚をとる若者が、おぼれかけていた。
あらやは、あしのずいを手渡して、助けた。
「助けてもらって、礼はいおう、だが、青いうめ貝は、おれが取る。」
といって、魚をとる若者は、先へ行く。
氷のたなに、つばめの巣をさぐって、弓矢をひく若者が、宙吊りになる。
あらやはどうにか、かかえ下ろした。
「助けてもらって、礼はいおう、だが、青いうめ貝は、おれのものだ。」
といって、弓矢を引く若者は、先へ行った。
合天井に、青い光さして、無数のつばめが、巣をかける。
あらやと四人の若者は、危うい氷の壁をよじて、つばめの青いうめ貝を、さぐった。

「あったぞ、つばめの青いうめ貝だ。」
弓矢を引く若者が、叫んで、足を踏み外して、落ちて死んだ。
その手から、青いうめ貝をもぎとって、
「かわいそうだが、これはおれが受け継ごう。」
と、魚をとる若者がいった。
「おまえが死んだら、おれが受け継ごう。」
うそをつく若者と、漬物をつける若者がいって、あとを追った。
あらやは、氷のつかに、死んだ若者を、ほうむった。
つばめのつがいが、奥へ飛ぶ。
氷の谷戸を抜けて行き、赤い糸がつきかけて、三つのつばめの巣があった。
まん中の巣に、それは大きなうめ貝があった。
夢見るような、海の青。
しずくにひたって、貝は歌う。
「赤いえにしの、糸は尽き、
あらやよあらや、どこへ行く、
生まれる前の、故郷へ、
あしの小舟に、かいを取る。」
氷は失せて、金色の沼になった。
あし舟が一そう。
あらやはかいをとった。
うそをつく若者が、帰って来て、おんだね長者にいった。
「弓矢を引く若者は、落ちて死んだ。魚をとる若者は、氷の穴にはまって死んだ。漬物をつける若者は、もやい釜に迷い込んだ。あらやのことは、わからない。」
「不老長寿の、青いうめ貝はどうした。」
おんだね長者が聞いた。
「つばめの青いうめ貝は、手に入れた。」
うそをつく若者はいった。
「もやい釜に、危うく死ぬるところを、青いうめ貝を飲んで、命一つを助かった、だからこうして、帰ってこれた。」
うそをつく若者のいうことは、だれも信じなかった。
美しいふうろは、あらやを待ち暮らし、世の中は、うそばっかりはやったそうの。



龍神の井戸

とんとむかしがあったとさ。
むかし、越後の国の、どこらあたりか、吉尾の三郎という、大盗人がいた。
この世に人が住んだら、もう盗人がいた。
天人の羽衣を盗んで、気のふれた男もいたし、竜宮の玉手箱を取って、煙になった男もいた。
吉尾の三郎は、おおむかしから、吉尾の三郎だった。
わたつみ神が、やひこの山に恋をして、
「しおみつの玉をやるから。」
といって、吉尾の三郎に、仲介ちを頼んだ。
三郎は、せっかく口説いて、やひこの山を、波打ぎはに、引っ張って来たが、角田の山が、袖を取ったので、それっきりになった。
わたつみ神は怒って、荒れ狂う。
どんなに荒れようが、温泉が出て、あつあつ。
のちの吉尾の三郎は、曽根の代官さまに、
「金のかたつむりをやるから。」
と云われて、一仕事したら、知らん顔をされる、三郎は、信濃河の水を、そっくり盗んだ。
「河が失せた。」
といって、代官さまとお役人がさわぐ。そこへどっと流して、みんなかわがうせたの、かわうそになった。
そのあと信濃河は、中之口と二流れになった。
長尾家のすえよし鶏は、ただのにわとりにすりかわる。
新潟村の、大平長者の千枚田は、一夜のうちに、消え失せる。
加茂神社の、とこよ乙女の、清うげな心を盗む。
野方屋敷の、せんぷく釜は、いったいどこで、雪のような銀を吹くやら。
浮き世の宝は、吉尾の三郎に、目を付けられたらおしまい。
大盗はたったの一度、人前に姿を現わした。
蒲原神社のお祭りであった、大力兵衛という乱暴者が、店をひっくりかえし、
「どうれ、挨拶してもらおうか。」
といって、手下をつれてたかり歩く。
その足を、ひょっとこの面をかぶった、男が踏んだ。
「これはとんだそそうを。」
ひょっとこ面は、平謝り。
「無礼者、そこへなおれ。」
「なおれったって、このとうりひよっとこで。」
大力兵衛は、刀を引っこ抜く。
「うわっ。」
鮮血が走ったと思ったら、刀身は、紅白の布を結んだものに、すりかわっていた。
「いや、名うての御仁の、しゃれたご趣向。」
やんやといって、納まるかと、
「うぬ、愚弄しおったな。」
大力兵衛は、手下の刀をひったくる、どっと斬りつけるのへ、大盗は、ふうわり刀の上に乗る、兵衛の顔に、ひょっとこ面を押しつけて、行ってしまった。
面は十日も取れなかった。
「見たか、あれが吉尾の三郎だ。」
水もしたたるいい男、人々はいった。
その吉尾の三郎が、とうとう捕まったという。
捕まって殺されたという、うわさが立ったが、すぐ消えた。
それは何代目かの、吉尾の三郎に、おいらんあげは太夫から、手紙があった。
先のいろは太夫のことといって、次のような歌が付く。
「つきもつきはなのいろさへおちつはのよせぬきしへをたよりこそすれ。」
いろは太夫は、先代吉尾の三郎に、縁りがあった。年ふり今は病にふす、ついては水原の桃を、手に入れてはくれまいかという。
水原の桃は、五十嵐さまか、本成寺和上の、召し上がり物で、龍神の井戸ともうすものがあった。桃はその水が育む、金と同じあたいの、不老の仙薬であった。
「おいらんいろは太夫の頼みじゃ。」
吉尾の三郎は、名を名告って、水原屋敷とかけあった。
主水原の多門は、
「吉尾の三郎どの、わしはおまえさまが、大好きじゃ。」
といってよこした。
「むしろ尊敬しておる、水原の桃は差し上げもうす、だが、はいと差し上げたんでは、面白うもなく。こちらもちいっと趣向するで、ここは一つ、おまえさまの大盗の腕にかけて、見事取ってごらんあれ。」
そういって、水原屋敷は、百人の兵を並べ、夜も真っ昼間のように、明かりを点し、掘をうがち、鳴子を張って、中に仮り屋を建て、多門自ら、槍を引き寄せて、不老の桃を見張った。
「大事な客だ、殺してはならんぞ。」
といって、三方に桃を盛る。
「ふっふっふ、吉尾の三郎、これしきの趣向は、破らにゃな。」
といったら、
「そいつは偽物じゃな。」
と、声がした。
「き、吉尾の三郎。」
「不老の桃は、いつからならぬ。」
水原多門は、がばとそこへ、はいつくばった。
「天下の大盗どのに、水原の多門、三拝九拝してお願いもうす。なぜか半年前に、井の水が涸れた。龍神の井戸ともうしてな、その水をもって、桃は不老の仙薬となる。」
多門はいった。
「このまま行けば、せっかくの木も枯れる、そこでじゃ、頼りの綱は、吉尾の三郎おまえさまじゃ、なにとぞ行って、龍神屋敷とかけあってくれ。」
声は笑った。
「そんなつもりはない。」
「これでもかな。」
桃の木に、病にやつれた、いろは太夫が吊り下がった。
槍がひとりでに、持ち上がる。
多門の首に、ぴたりとつけた。
「下ろせ、さもないと。」
涼しい目がそこにあった。
「ううむ、さすがは吉尾の三郎。」
負けたわといって、多門は手を振った、とたんに仮り屋は、どんでん返し、どういう仕掛けか、多門は外へ、吉尾の三郎は、奈落の底へ。
「わっはっは、そいつが涸れた井戸の底じゃ、龍神屋敷へ、つながっておるそうじゃ。」

声が降ってきた。
「いろは太夫は、大切にする、不老の桃に、命をつなぐまでな、あいや、おん手の槍は、かの源の頼光が、酒天童子を退治した折のものじゃ、ぬえをも貫く、そいつを、おまえさまに差し上げもうす。なにさまお願い申す。このとおり、このとおり。」
井戸の底へ向けて、多門はぺっこりぺこり。
三郎は大笑いした。
「ひょうきんなやつめ、わかったわ、食いものを下ろせ。」
といった。
「頼光の槍さ、こやつを損こなわんために、これしきの井を、駆け上らなんだ。龍神屋敷か、まんざら縁のない者でもない、お主の頼みは、引き受けよう。」
吉尾の三郎は、たらふく食って、井戸の底の道をたどった。
はてもなく続くようで、ほんのり明るみに、女が立った。
「かくはわが命なれやも浮き世草。」
歌の上をいって、下をうながす。
「夢や現つを流れ漂ふ。」
下をつけると、けたたましく笑う。
「せめて涙が欲しい。」
「なんとな。」
「わたしをお忘れか、吉尾の三郎。」
女は蜘蛛になって、糸を吐きかける、三郎はがんじがらめ、
「卵をうみつけよう。」
妖しい八つの目、頼光の槍がすんでに糸を切った。
免れ出ると、
「うたのあたまを。」
といって、女は失せる。
林の中に、一つ屋敷があった。月明かりに、いつか覚えの軒、
「善悪の彼岸といはなみずとりの、」
一つ屋敷が、上の句をいう、
「行くも帰るも法は忘れじ。」
下の句をいうと、戸を開く。
吉尾の三郎は入った。
「そうさ、ここはおまえの隠れ家よ。」
ざわめいて大百足が、取りかこむ。
「盗人の恐怖というやつをな。」
毒にめしい、頼光の槍に突いて、千たび突いて、ばけものは息絶えた。
「はいでみろ。」
大百足がいった。
皮をはぐとなんにもなし。
それは百花繚乱の花苑であった。
春風が、歌の上をいう。
「涯てしなき流転の沙汰と思ほゆれ、」
「闇夜に鳴かぬその声を聞く。」
あとを付けると、
「三郎、おまえの盗んだ宝どもじゃ。」
と聞こえ、花は仮面をつけた、恐ろしいものになって襲う。
頼光の槍をふるった。
貫ぬくと、あしたの露に消える。
底無しの沼であった。
あしがさやめいて、歌の上をいう、
「身は破れ心は失せて明星の。」
「天上天下唯我独尊。」
下を付けると、あしは、金輪際の手かせ足かせにまといつく。
三郎はもがきうめいて、底無しに沈む。
「えい、どうせ獄門さらし首。」
云い放つと、水の上に浮く。
草は生い伸び、手が抜け足が抜けた。
やぶにらみの、雲つくような大鬼が立つ。
「何ぞこれ知るべうもなし真実とは、」
歌の上をいった。
「茹でたる蟹の七足八足。」
下を付けると、
「ふうっふ、吉尾の三郎、おまえの吹いた、大ぼらというやつよ。」
どうと息を吐く。
逆戻り吹っ飛んで、三郎は、井戸の上まで押し上げられ、
「せっかくだから、旅を続けよう。」
頼光の槍をかって、舞い戻る。
過ぎ越すと、鬼はひっくりかえって、巨大な木株になった。
「そうやって、待ちぼうけか。」
応えもなく。
険しい谷を行く。
鷲が滑空して、歌の上をいった。
「見よやこれ信や不信を脱け出でて。」
「波も光にうち寄せぬ月。」
雪の峰を行き、真っ暗闇の洞穴を行き、
「寄りあへば万ず思ひも空ろ舟。」
「彼岸にわたる法のかい。」
取り付く島もない断崖であった。
「来たるとはおのれも知らぬ如来かな。」
こだまに聞こえ、
「柳は緑花は紅。」
答えると、足下に虹が立つ。
虹のかけ橋。
わたろうとして、すんでに踏み抜く。
「これか。」
吉尾の三郎は、頼光の槍を捨てた。
かろやかにわたる。
「せっかく獲物を捨てては、盗人もおしまいよ。」
虹をわたると、龍神屋敷だった。
珊瑚樹の扉ががっしり閉ざす。
返事はない。
「歌のあたまをとな。」
吉尾の三郎は、あたまを綴った。
「かぜはみなみよりきたる。」
珊瑚樹の扉が開いた。
「なんの用だ。」
龍神が立つ。
「水原の不老の桃がならぬという、水を通してくれ。」
「すでに通っている。」
「ではおれの役めは終わった。」
吉尾の三郎は背を向ける、
「水はただの水さ、桃はふつうの桃よ。」
「もとからそうか。」
「まあな。」
首をめぐらす三郎に、龍神はいった。
「海神が、しおみつの玉を返せといっている。」
「そんなものは知らんが。」
「これさ。」
龍神は、吉尾の三郎の胸に、手をつっこんだ。
まばゆうに光る玉。
すべてはふっ消えて、賑やかな往来に、吉尾の三郎は、立っていた。
とんぼの群れ。
「もう秋か。」
ささやいたら、
「いろは太夫の病は治してやろう。」
龍神の声がした。



ぶらんど薬師

とんとむかしがあったとさ。
むかし、滝谷の、ぶらんど薬師は、もとは、山の頂きにあった。
ぶ-らんゆれるから、ぶらんど薬師という、ゆれ落ちそうな岩鼻にあるわけは、こうだった。
ある年、洪水があって道をふたぎ、お殿さまの行列が、滝谷を回ることになった。
先ぶれが来て、田んぼの畔から検分して、しまい、
「あれが危ない。」
といって、こぶのような岩鼻を、指さした。
「落ちぬよう、あれをしばっておけ。」
という、
「へい。」
おさむらいさまの申し状、みなして縄なって岩をくくったが、
「こんなん、落ちるわけねえが。」
といって、縄のはしっこを、そこらへんに、つっこんでおいた。
そいつが、こともあろうに、
「下に、下に。」
とやって来た、お殿さまの行列の上に、垂れ下がる。
「どういうことだ。」
名主の清兵衛主立ち、呼びつけられた。
「たとい岩は落ちぬというて、ふざけたことを。」
「ごもっともでござります。」
「責任を差し出せ、手打ちにいたす。」
「へへえ。」
かしこまる他はなく、だれか、
「おおそれながら。」
と、申し上げた。
「あの岩鼻には、お薬師さまがありもうす、ありがたいあの仏さまを、ふんじばっては、そのう、なんだと思いまして。」
「それはまことか。」
「ははあ。」
「なんでしたら、ご案内申し上げますが。」
ゆり落ちそうな、岩鼻を見上げてもって、おさむらいは、
「それには及ばぬ。」
といった。
どうやら、お手打ちはなし。
山のてっぺんにあった、お薬師さまが、岩鼻の辺に、鎮座まします。
おさむらいの行く前に、必死に担ぎ下ろしたという、いやお下りなすったという、命がけ。
人力では到底その。
縄がぶうらんたれて、ぶうらん薬師ともいって、下の病に効く、いや万ず病に霊験あらたかであったそうの。



しぶうちわ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、六兵衛という、のらくらものがいた。
まんま食っても、食わなくっても、ばくちうって、喧嘩して、
「世の中つまらねえ。」
といって、のし歩く。
あるとき、すってんてんになって、ふんどし一つに、重石つけられて、烏池という、底無し沼に、投げ込まれた。
「わび入れろ、そうしたら、身一つまかってやる。」
といったが、
「世の中の、うらっかわっての、見てくるさ。」
といって、沈んで行った。
三年たったか、その六兵衛が、生きていた。
人に聞かれると、
「世の中のうらっかわってのは、美しい女がいて、うんめえもの食って、日は西から昇って、おれみてえ、のらくらものは、おとのさまってわけよ。」
といった。
「だったらなんで帰って来た。」
「それさ。」
といって、持っていた、しぶうちわ振る。
「これ取りにけえってきた、むこうの世で、しぶうちわ振ったら、小判がざっくざく。」

だれも、いうことなんか、信じなかったが、その夏、すっぱだかで、しぶうちわ持った、六兵衛が、烏池に浮かんだ。
にんまり笑っている。
沼には、蛍が湧くように出た。
「う-ん、ひょっとすりゃ。」
と、人は首をかしげた。



百一婆さま

とんとむかしがあったとさ。
むかし、百一婆さまといって、これもこわ-い、お化けがあった。
百一婆さまに向けて、ばりこいた嫁が、かまいたちといって、骨も抜けるような、大けがした。
酒に酔って、あくたいこいた、五郎兵衛というのが、みぞへはまって、すんでに死ぬとこだったという。
なんでもお見通しだった。
どこにいたか、わからない。
百一婆さまは、わるさなどせんと云う人がいたが、よそ者が来て、
「百一大明神。」
と、赤いのぼり立てて、どんがん鉦や太鼓にごきとうして、そりゃもういっとき、大流行した。
もうかったと思ったら、とつぜん泡吹いて死んだ。
おそろしい形相であった。
怪力もって、首しめられたような。
竹の太郎という者があった。
天に月、地に風、人に竹の太郎と、知る人ぞ知る。
伝え聞いてやって来た。
無明丸を手に、十日をさまよう。
妖気はなく、熊が行く手に立ったり、狐火が囲んだりする。
月夜であった。
「ふおっほ、取って食おうとすりゃ逃げる、そんなまんじゅうがあるかや。」
声が聞こえて、
「ぴい。」
とたぬきが、姿を現わす。
月明かりに、ふうとまっしろい髪の、ばあさ立つ。
「女郎衆はな、そんげなまっくろい襟しとらん。」
「けーん。」
と、女郎衆が、狐になった。
「おっほっほ、お小僧さまがどじょうひげ。」
どんと大だぬき、
「坊さまがなまぐさ。」
これは狐。
竹の太郎の前に立つ、
「ほう、こりゃよく化けた。おさむらいも一級品じゃな、いったいなんとして、いやこりゃほんものじゃ。」
といった。
「気を消すとは、ただものでないな。」
竹の太郎は名告った。
「百一婆さまともうされるは、おまえさまか。」
聞くと、
「人はそういうておる。」
とばあさま、
「こわいお人じゃというが。」
「そりゃうわさというもんじゃ。」
「かまいたちんなったのは、かまを怒らせたせいだし、川へはまったのは、酔っ払っていただけじゃ、よそものは、そりゃうんまいもの食い過ぎて、中風になった、ふをっほっほ。」
月の光になって、ばあさま笑う。
竹の太郎も笑った。
「なんでこんな所に住まいなさる。」
と聞けば、
「天のかぶら矢のうわなりを聞いて、生まれたそうじゃ、その故に長寿を授かった。わしはな、人の心や、その行く末が見える、それが切のうなって、いつか山中に住んで、きつねやたぬきどもとて、暮らす。」
百一婆さまは云った。
「おまえさまは、波の心というのじゃな、人のまあ姿をそのまんま。」
竹の太郎は一礼した。
「村へことづてがあったら、申し伝えます。」
「ひえたろ村の、三郎兵衛は、ひいひい孫にあたる、十年めの明日、ここへ参るよういうてくれ。」
といって去る。
あとを見送る耳へ、
「しいやの姫さまが、お待ちのようじゃ。」
と聞こえ。
竹の太郎は立ちつくす。
竹の太郎の話は、他にもいくつかあった。


山姫

とんとむかしがあったとさ。
むかし、さいべ村の、とうすけどん夫婦は、子持たずであった。
なんとしても、子が欲しいというのに、秋も暮れっかたじゃ、山へそだ取りに行って、とうすけどんは、道に迷った。
どっと暮れ落ちて、灯が見える。
山の一つ屋であった。
「ぴんしゃんからり。」
見たこともねえ、美しい姉さまが、機織りなさる。
一夜の宿を乞うと、泊めてはくれたが、姉さま、夜っぴでもって、機織りなさる。
ぴんしゃんからり、それが切のうて、
「なんとしてそんげにかせぐ。」
と聞けば、
「鬼や取りに来る。」
と云う。
あしたの朝も、ぴんしゃんからり、
「山には、鬼や住むかも知らん、里には出ん、八幡さまいなさる、おまえさまのような、美しい姉さま、玉の輿。」
とうすけどん、たまらず姉さま抱えて、山馳せ下りた。
「ここまでくりゃ。」
とて、姉さま息もせん。
清うげな衣が、落ち葉になって、吹き散る。
見上げる空を、ひいらり雪の。
年が明けて、美しい姉さま夢に、
「月明かりに水を汲めばや。」
と聞こえた。
雪の十五夜に、井戸の水汲んで呑み、かか身篭もった。
それは女の子であったそうの。

2019年05月30日

とんとむかし7

お月さんのくし

とんとむかしがあったとさ。
むかし、雪がしんしんふって、お日さまが、
「あ-あ。」
と、あくびしたら、
「え。」
といって、長い髪をすいていた、お月さまが、くしを落とした。
「拾っておくれ、わたしのくし。」
そういったら、木のうろの中で、くまはまんまるくなって、
「めんどうくさい、さむくってもういやだ。」
といった。
りすは、どんぐりをもぐもぐ、聞こえないふりをした。
へびはとぐろをまいて、こそともせず、さるはおしりを向けて、あかんべえした。
うさぎだけが、耳を立てて、
「はーい。」
と、跳ねまわってさがした。
くしは金であったし、お月さまの髪の毛は、銀であったし、雪に埋もれて、いっそ見つからなかった。
うさぎは、目を真っ赤にしてさがした。
しんしん雪がふっても、だから、うさぎだけは、外を跳ねまわって、お月さまの光に、元気な子を生んだ。
お月さまのくしは、どこにあるかって、うらの竹やぶにあるよ。



げたとはしとこんにゃく

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ちびたげたと、一本きりのはしと、くさったこんにゃくが、いっしょくたに、ごみために捨てられた。
いい人生だったと、三人はいった。
「きれいな足に、はかれたかったが。」
「白魚のような指になあ。」
「うんまいおでんになりたかった。」
そうさなあといって、三人はつれだって、冥土の土産に、お伊勢参りに、でかけて行った。
ちびたげたは、はすっかいに歩く、一本きりのはしは、ぴょうんと跳んでは、はあと叫ぶ。くさったこんにゃくは、なーんまんだぶとよだれをたらす。
宿をとったら、くさったこんにゃくは、まんま食っては、おならする、一本きりのはしはいっぱい飲んで、茶碗をたたく、
「ちんとんしゃん、
こんにゃく息子が、
一念発起、
お伊勢参りは、
はあ上天気。」
ちびたげたは、一晩中ごうごう、いびきかいた。
仲良く旅をして、峠の茶屋は、大流行りする。
だんごを食ったら、
「わしも、いっぱしになって、帰ってめえりやす。」
といって、やくざもんが挨拶する。そうかわしはいっぱしのもんだと、一本きりのはし。
商人が、
「百両だと、そいつはたまげた、さつまげた。」
といって、はげ頭に手をやった。そうかわしは、たまげたもんだと、ちびたげた。
ひげのお侍が、
「かんらかんら。」
と笑って、焼きはまぐりは、今夜食うといった。そうか、わしは大もんだと、くさったこんにゃく。
そろって立派になって、肩肘張って、歩いて行くと、み-んと鳴いた蝉が、しょんべんひっかけた。
「せみのしょんべん。」
「きにかかる。」
「う-んやっぱり大もんだ。」
と云って行くと、町があった。
泥棒が出たといって、大さわぎする。
千両箱とって、あっちへ逃げたという。
「ではつかまえよう、わしらは大もんだ。」
三人はあと追いかけた。
日はとっぷり暮れて、森かげ。
逃げ込んだ泥棒が、一本きりのはしを、踏んづけた。
「いてえ、やぶっぱらめ。」
そこらにあった、ちびたげたをはく。
抜き足さし足、忍び足、くさったこんにゃくが、よこっつらぺったり、
「ぎゃあ、がらごろ。」
といって、泥棒はとっつかまった。
手柄立てて、代官所から、褒美をもらったのは、そいつを押さえ込んだ、力自慢であった。
「仕方ない、いや大もんは、縁の下の力持ち。」
といって、三人は旅をつづけた。
川があった。
水が出てわたれない。
お伊勢参りの人も、みんな立ち往生。
「ようし、大もんぶりを見せよう。」
三人はいって、くさったこんにゃくを、一本きりのはしがつっさして、ちびたげたに、帆を上げた。
「わしらは大もん、
どんぶらこ、
お伊勢参りに、
帆を上げて、
はーやえんさ。」
水の出た川へ押し出すと、流れにはまって、つっ走る。
「そうではない、向こう岸へ。」
「なんまんだぶつ。」
「わしはもとっから、足の向くまんま。」
といって、三人は流れて行った。
どんざん海へはまって、しまい竜宮城へ、ただよいついた。
「こんなごみっさら、よこしおって。」
と、竜宮城の番人がいった。
「世の中まちがっとる。」
「いやわしら三人、お伊勢まいりじゃ。」
ごみっさらがいった。
乙姫さまが、
「お伊勢さまに、失礼があってはならん。」
ともうして、ちびたげたはかれいに、一本きりのはしは、へらやがらに、くさったこんにゃくは、くらげになったとさ。めでたし。



河童大明神

とんとむかしがあったとさ。
むかし、松之山村に、三太郎という、おじごんぼうがいた。
いつだって、仕事はんぱの、川っぱたへ来て、雑魚釣りする。
「むこどんのあてもねえようだし。」
と、三太郎、まっ赤なかおの、げたのような娘に、田んぼ六枚ついてとか。
兄にゃの畑から、かっぱらって来た、きゅうりに手のばすと、それがない、
「またやられた。」
ぽかっとへたが浮かぶ、そこは、にょっきり大岩のつきでた、出の青っぷちといって、青っぷちのかっぱが、悪さする。めったに、人まえには出ぬくせに、かかったと思った魚が、ぼうっきれに変わったり、まっ平らな面が見えたり、
「おじごんぼうだと思って、この。」
どうしてくれようと、三太郎、あくる日、かっぱらったきゅうりに、とんがらしつめて、持って行った。
つめぬのを食って、かすまいて、知らんぷりして、釣っていると、
「ぴえ-。」
といって、目の前に、かっぱが浮かぶ。
灰色だんだらになって、泡吹いて、岸によった。
「もとはといや、そっちが悪りいんだぞ。」
三太郎はいって、水ふくませた。目を開けるなり、かっぱはがばと、川へはまる。
それから三日たった。夕方、兄にゃに云いつけられて、くわの刃つけに、鍛冶どんへ行った帰り、だれかいる。
鍛冶どんの、色っぽいかかだか、かがみ込む。
「へ! 」
よって行ったら、ふわ-っと、五メ-トルも飛んで、しょんべんが、ひっかかる。
「ぎゃっ。」
と、三太郎は、目押さえた。
「どすけべえの、おじごんぼうが。」
と聞こえ、ぺったら足音が、遠ざかる。
焼けつくように痛んで、三日も、目は見えなかった。
「なんしただ。」
兄にゃのかか、聞いた。
「蛙のしょんべん、目に入れた。」
「なまけてばっか、いるからだ。」
といって、ろくすっぽ、まんまもくれぬ。
やっと治って、三太郎はまた、きゅうりかっぱらって、青っぷちへ行った。
はややふな釣ったら、どんと大物がかかる。
「おう、こいつ。」
やっといなして、こいを釣り上げたら、
「釣れたな。」
といって、かっぱが出る。
「そうか、おまえがくれたんか。」
「うん、そいつで栄養つけろ。」
灰色だんだらでなくって、緑色。三太郎は、青っぷちのかっぱと、仲良うなった。
「おじごんぼうじゃねえ、三太郎というんだ。」
「おれは、きょんすっていう。」
二人は名告った。
「きょんすは、青っぷちの主か。」
「ちがう、かっぱは、一滴の水ありゃ、どこへでも行く。」
「ふ-ん、かってのいいもんだな。」
「三太郎はどうだ。」
「どこへも行けん、兄にゃの嫁に、頭上がらねえしな。」
と、おじごんぼう。
「そったら人間止めっか。」
「止めてるようなもんだ。」
きゅうりと、大好物のこんにゃく、都合したり、魚の居場所、おそわったり、泳ぐのは、不得手なもんで、いっしょに甲羅干したり。
盆踊りに出たいと、きょんすがいった。
「ふんづかまったら、えれえめみるし、なんとかならねえか、三太郎。」
「なんとかしよう。」
三太郎は、兄にゃの浴衣、かっぱらって来て、手拭いといっしょに、きょんすにあずけた。
「帯はこう締めて、手拭いはこうな、おそうなって行きゃ、だれもわからん。」
「蓮っぱに、露ためて、持って行ってくれ。」
きょんすはいった。
露ためて、蓮のくき、持って行くと、そこからにゅっと、きょんすが現れて、
「えっへ。」
と笑って、踊りの仲間に入る。
浴衣ちょっとなんだが、よう踊る、
「なかなか。」
といっていると、頃合いになって、男と女と、つれだって行く。
きょんすは、赤いげたの、娘の手とる。
うまくいきゃいいがと、三太郎も、頃合いやっていると、とんでもしない、声が聞こえる。
「達者なやつがいる。」
「いいから、ねえ。」
そんで、あしたになった。
「美人に当たって、えっへ。」
と、青っぷちへ行くと、きょんす。
「そりゃよかった、そんじゃ、手拭いと浴衣、返してくれ。」
「あんれ、手拭い、置き忘れた。」
浴衣は返す。
「そいつは大ごとだ。」
と、三太郎、もし、夫婦になろうと思ったら、手拭いを置く、
「そうなったら、おれまかるから。」
「まかるたって、おまえ。」
どうしようと思っていたら、赤いげたの娘、与作んとこの、おじごんぼうを、追っかける。
「そうか、あの手拭い。」
与作んとこが、忘れて行ったのを、兄にゃのかかが、洗っておいた。なんせめでたいって、田んぼ六枚に、山一つくっつけて、この秋には、祝言の運び、
「与作んごんぼうも、がんばったんだ。」
「あんな美人をな。」
と、きょんす。
「三太郎は、くやしくねえか。」
「おれ、あんまり美人は、だめなんだ。」
「そうかいのう、だったら、どこへ行きてえ。」
「そうさな、西の大家さまんとこにすっか。」
七里八町、人の地は踏まずと、名に聞こえた、西の大家さまには、美しい一人娘、
「だったら行きゃいい。」
「ばかいうな。」
きょんすは、知恵さずけようといった。
美しい一人娘は、とつぜん、口を聞かのうなる、どこの医者頼んでもだめだ。
「河童大明神が、夢枕に立っていう、松之山村に、三太郎たら、いい男いる、そやつの手取りゃ、ぴったり治る、口聞いたら、むこどんにしろってな。」
「そりゃあんがとよ。」
すっかり忘れていたら、西の大家さまの、美しい一人娘が、お池のはたに立って、
「は-あ。」
と、欠伸したとたん、口になんか入る。それっきり、なんにもいえなくなった。
医者という医者、ご祈祷だの、頼んでみたが、どうもならん、そうしたら一夜、河童大明神が、まっ白いひげ生やして、夢枕に立った。
「夢にもすがるとは、このこっちゃ。」
西の大家さまは、松之山村に、使いを立てた。
「うちの、なまけものの、おじごんぼうが。」
兄にゃの嫁は、仰天した。三太郎は、とっとき着て、あとついて行った。
お寺のような、大門をくぐって、どこをどう通って行ったか、美しい一人娘は、手にぎられて、真っ赤になって、
「はんずかしいことで、ございます。」
といった。
「娘が口を聞いた。」
西の大家さまは、よろこんで、
「礼じゃ。」
といって、小判三枚出した。
はあて、でもってそれっきり。
「なかなか。」
三太郎は、きょんすにいった。
「ではまた、手立てしようかいの。」
と、きょんす。
「もういい。」
と、三太郎。
「美人であったか。」
「美人だった。」
そうしてまた、今度は秋茄子、かっぱらったり、雑魚釣りしていたら、とつぜん、西の大家さまの、使いがあった。
一人娘が、まんまも食わず、寝たっきりの、よく聞いたら、
「おまえさま、恋しいそうじゃ。」
といった。
おらだって、三枚の小判はそっくり、
「そんなことがあっていいものか。」
「あったんだなあ。」
と、きょんす。
そんでもって、なまけもんの、おじごんぼうが、三代語り草の、西の大家さまの、美しい一人娘と、祝言。
なんせめでたやの、三月たった。
むこどんは、やっとのことで、青っぷちのきょんすに、会いに行った。
きょんすが待っていた。
「むこどんてえのは、てえへんだ、足はしびれて、うっかり屁もこけねえ。」
「いや、てえへんなのは、おれのほうだ。」
と、きょんす。
「河童大明神かたったの、ばれた、盆踊りんことも知れて、もうここへは来れね。」
「どういうこった。」
「百年お仕置じゃ。」
きょんすは、灰色だんだらになる。
「そりゃてえへんだ、おれにできるこたねえか。」
「河童大明神の社でも、建ててくれ、西の大家さまん屋敷うち、建てれば、功一級だ。」

「きっとそうする。」
きょんすは姿消した。
むこどんの三太郎は、とっときの小判、三枚出して、西の大家さまの、しゅうとどのに、掛け合った。
「そんなもの、屋敷うちには、建てられん。」
しゅうとどのはいった。
「むこどんが、何をいいやる。」
しゅうとめどのがいった。
そうしたら、美しい嫁さまの、一人娘、
「わたしっきり、知らない、屋敷うちの、原っぱあるで、そこへ建てなされ。」
といった。
三太郎は、こっそり宮大工頼んで、河童大明神の、ほこら建てた。
きれいな花が咲く。
「子どものころ、ここで遊んだの。」
と、美しい嫁さまいった。きゅうりを供え、酒をそなえして、お参りした。
夫婦二人っきりになりたい時は行く。
むこどんは、書き付け見るたって、あっちやこっち、しきたりあって、その他あって、どもならん。
必死だった。
三年たって、どうやらおさまる。
 歌の会というものがあって、むりやりさせされて、存外にうまく行く。
「歌のうまい、あのむこどんか。」
といって、人にも知られる。
ある日、河童大明神に、水を供えたら、そこからにゅっと、きょんすが現れた。
「おかげさんで、助かった。」
ときょんす。人と河童は、手を取り合った。
「役に立ったか。」
「おおさ、おまけに、河童文庫の、一等書記って、役までついた。」
という。
きゅうりのつるのような文字で、かっぱだいみょうじんと、お札書いて、納めて行った。 それからは、にゅっと出ては、飲んだり食ったりして行った。
美しい嫁さまの前にも、姿現わした。
「きょんすさまでありますか、夫が世話になりもうして。」
と挨拶に、
「いえその、おらあまあ。」
といって、黄色だんだらになる。
「赤くなったってこった。」
あとで夫婦は、大笑い。
十年たった。子どもが二人できた。男の子と女の子で、かっぱのきょんすと、よく遊んだ。
「なんとな、かっぱだと。」
しゅうとどのは、孫のお相手。
「尻こ玉抜かれりゃおしまい、しりこだまっていうのはなあ。」
「こわい。」
「そりゃこわい。」
「でもこわくない。」
その十年めに、きょんすが来て、
「大水がでて、あたりいったい水びたし。」
といった。
「河童大明神のある、ここはよける。」
きょんすのいうとおり、十日も大雨が降って、あたりいったい、水びたし。
西の大家さまの、田んぼは残る。
「高台でもねえのに。」
「河童大明神のおかげ。」
と、人は云った。
そのあとを、三年にいっぺん、水が出るようになって、人々は難儀する。
水の引いたあとをもめる。
「人ってのはまあ、面倒くさいったら、おら、かっぱの国へ行きてえ。」
中に入って、むこどんはこぼす。
「水出ぬようにするには、どうしたらいい。」
きょんすに聞くと、
「水は流れたいように、流れる、田んぼ止めりゃいいさ。」
と、きょんす。
「そうはいかねえってわけよ。」
図面を見る。
「向こう山けずって、川まっすぐつけりゃ。」
「かっぱにとっても、都合いいか。」
きょんすが、きゅうりのつる文字で書いた、河童文書持って来た。
「向こう山には、銀が出るって、書いてある。」
「そうか。」
と三太郎、三日三晩、寝ずに考えた。まとまったところを、必死の思いで、西の大家さまの、しゅうとどのに、ぶっつけた。
「三年に一度の洪水で、水のついた田んぼは、よく見りゃ、いっぺんに二年分の米がとれる。向こう山、調べさせたら、どうやらいい銀が出ます。思い切って、お屋敷の田んぼ、水のつく田んぼと交換します、面倒ことはのうなるし、みな二つ返事です。水つく年には、銀を掘ります。」
しゅうとどの、怒鳴るかと思ったら、
「むこどん、おまえの好きなように、すりゃいい、わしは代譲りしようと、思っとる。」

といった。
「じゃが、向こう山掘るには、お殿さまの、許しえにゃならん。」
「さようでありますか。」
「わしが掛け合うてやろう。」
そういって、でかけて行ったが、しゅうとどの、
「なかなか。」
といって、帰って来た。
「なにかいいものはないかとおっしゃる。」
お殿さまは、聞こえた好事家で、珍品をといっては、召し上げなさる。
しゅうとどのは、一品を取り出した。
「これはむこどん、おまえに伝えようと思ったが、せんない。」
松を金蒔絵に描いて、りっぱな文箱であった。
大江山生野の道の遠ければまだ文も見ず天の橋立
と、歌が一首。
たとえようもない品に、むこどんはため息。
きょんすにいうと、
「見せてくれ。」
といった。そうして、あくる日、まったく同じものを、持って来る。
「どういうこった。」
「かっぱの物化けという。」
物化けの品を、お殿さまは、いたくお気に召して、
「おっほっほ、上代の作よのう、苦しゆうない、向こう山でもなんでも掘れ。」
といった。
三太郎の計画通り、事は運び、
「ばかむこが、あほうなまねしおって。」
と、物笑いの種であったのが、五年十年過ぎるうち、西の大家さまの、財産は、三倍にもなる。
向こう山には、良質の銀が出た。
西の大家さまの、しゅうとどのは、
「わっはっは、お財増やすなら、むこどん貰えってことよ。」
鼻高々に云って、あの世へ旅立った。
向こう山に、水路のついたのは、三代のちのことであった。
かっぱのきょんすは、三太郎が死んだあとも、とつぜんにゅっと、現れたりしていたが、河童大明神が、りっぱなお宮に、建てかえられたあと、出なくなった。
きゅうりのつる文字の、お札が残る。
三太郎夫婦も、二人の子どもも、河童の国へ行って来たという。
夢のような世界であったと。
物化けの文箱は、ある日とつぜん、歌の文字が、空中に浮かんだ。
美しい乙女の姿になって舞う。
「おう、おう。」
お殿さまは、見取れほうけて、ぼけてしまった。
あとに石ころ一つ。



雲竜の柳

とんとむかしがあったとさ。
むかし、もえぎ村に、六郎という子があった。
夕方、使いに出て、家のとぎれる、一つ屋敷行くと、
「もおし、水を。」
といって、女の人が倒れ込む。ふきの葉っぱに水くんで、含ませると、
「これを、えちぜの殿さまに。」
といって、書き付けをわたして、息絶えた。六郎は、もえぎの親さまのもとへ、駆け込んだ。
「これこれしかじか。」
書き付けを出すと、
「わしらが見るわけにはゆかん。」
といって、人をつれて、六郎といっしょに、一つ屋敷へ行った。
女のしかばねが、くさっている、旅衣が、ぼろっとくずれて、されこうべになった。

人みな立ちすくんだ。
「これはどういうことだ。」
「水をくんだ、ふきの葉っぱがあります。」
六郎はいった。
石の塚があった。
「三日まえの豪雨だ、なでついて、仏さんが転げ出たんだ。」
一つ屋敷には、行き倒れや、名も知れぬ人を、ほうむった塚がある。
「わしらの見たものは、まぼろしじゃ、手厚く、ほうむりなおしてやれ。」
親さまがいった。書き付けがあった。
「それもじゃ。」
「待ってください、お殿さまにといいました。」
だれも届けようとは、いわなかった。
「百何十年もまえのこと。」
「へんなもの届けて、打ち首になっては。」
「わたしが行きます。」
六郎がいった。
えちぜのお城には、一晩二日の道のり、親さまと肝入りが、子どもの思い、一途のゆえにと添えて、六郎は、お城へむかった。
松の向こうに、真っ白にそびえる。
はじめて見るお城だった。
お取り次ぎに、差し出して、半日というもの、お庭にかしこまる。
「もえぎ村の六郎、おもてを上げい。」
まっすぐ見上げた。
「いい面がまえじゃ。」
お殿さまであった。
「すべてをお話しもうせ。」
六郎は、水をと、女の人がいったことから、申し上げる。 
「だれに頼まれた。」
「はあ。」
「だれに頼まれたかと聞いておる。」
別にあの、どう聞かれたって同じの、
「村長は見なかった、おまえは字が読めぬとな。」
「はい。」
「いかがいたしましょう。」
「よしなにせい。」
六郎は帰されなかった。
牢屋のような、食事が与えられ、二日にいっぺんは、とやこう聞かれる。
「水呑みの、六番めの子とな、父母はなんで死んだ。」
「流行り病です。」
「そうかな。」
そんな一夜、いいにおいがして、美しい女の人が、入って来た。
「六郎とやら、これを着なさい。」
旅衣を投げる、おさむらいのものだった。
「ついて来なさい。」
といって、先に立つ。
外に人が立つ。
「どうしても行くのか、かえで。」
お殿さまであった。
「腹ちがいの、はねっかえりのおまえを、わしはとりわけ好きであった。なぜか、もう帰って来ないような気がする、その子はしっかり者じゃ、きっと役に立つであろ。」
「わたしたちが今あるのは、刀という、あの人方のおかげです。」
かえでという、女の人はいった。
「今もわたしたちを、救ってくれました。」
「うむ。」
かえでと六郎は、お城をしのび出た。
夜明けには木戸を抜け、
「いうことを聞くのよ、取り立ててやったんだから。」
おしのびだといいながら、お茶を飲み、団子を食べ、昼を過ぎると、もうくたびれたといって、宿を取る。
「一つ部屋でいいの、まあお聞き。」
かえでさまはいった。
「おまえの持って来た、書き付けには、おかたなはうんりゅうのやなぎのしたにとあった、お刀は雲竜の柳の下に、将軍さま御拝領のお刀が、なくなったんです。一人二人切腹したって、追っ付きません。よからぬことばっかりして、押し込め同然の、中の兄が盗み出したんです、それがあったんです、西のお庭の柳の下に。」
六郎にはさっぱりわからなかった。
「そうです、古い紙片でした、文字もかすれて。百何十年のむかし、刀と呼ばれる、戦国往来の一党がありました。わたしたちの祖先は刀を利用したんです、お刀は雲竜の柳の下に、あるいはおなんりゅうとつづめて、首尾よう敵の陣中に入った、合図を待つという、知らせだったんです。」
「そうですか。」
「祖先は刀を見殺しにして、そうです、そのむくろを引き取って、ほうむったといいます。」
六郎にはどうでもよく。
「でもつながりがあったんです、西の柳はそのしるし。」
わたしたちは、そのお墓にお参りするんですという、次の日は、山越えに行く。野育ちの六郎は、息を切る美しい人の、手となり足となった。
「ちょっと休んで。」
一町も行くという、
「おっほほ暑い。」
めくらむような襟元。ふきの葉っぱに、水を汲んでわたす。
「六郎はなんで飲まぬ。」
「飲むほどに疲れます。」
その夜を、六郎は眠れなかった。あっさり死んだ両親、使い走りから、なんでもして生きて来た、すやすやと、寝息を立てるかえでさまの、それは、咲きこぼれる大輪の花の、とつぜん、鬼のようなものが、にらまえる、六郎ははっと目覚める。
ぬうとまっ白い腕が。
次の日、村人に尋ねた。
「三つ柳という里とな、はあて。」
だれかれ、首をかしげる。
「せせらぎの右はもやい、左は山二つと伝わっております。」
死人が甦る里じゃという、年よりがいた。
「柳の葉をとって吹けば、迎えに来る。」
たしかにそう聞いたという。
二人は歩みたどった。
山二つを見る谷あいに、右は夕もやい。
「きっとここよ、六郎。」
柳の葉をとって吹いた。返しはなく、そこへ油紙をしいて、二人は宿る。
「里は失せたんです、えにしあればきっと。」
といって、かえでさまはじきに、寝息をたてる。
星が出た。
くらめくような星、六郎はいつか、若者になって、美しい人をそのたくましい腕にする、青雲の春を、でもやっぱり、水呑みの子、まどろんで目が覚めた。
柳の葉をとって吹いた。
応えがある。
六郎は歩んで行った。おそい月がさし上る。
古い塚があった。十二十、刀が抜きたつ。
刀をかざす兵になった。
「こう、こう、死人の里へなんの用だ。」
空ろな声がいった。
「三途の川を、わたろうというのか。」
「ゆかりのお墓に、花を供えに。」
「そいつはきとくなことだ。」
ほっほと笑う。
おっほっほと明るい笑いになった。
「まやかしよ、六郎。」
かえでだった。
「こんな子ども相手に、いったいなんのまね。」
一瞬闇がざわめく。
鬼のような、みにくい男が、そこへ転がった。
「おまえたちが、つれて来た男よ。」
声がいった。
「どうして。」
「かえでといったな、はねっかえりのお姫さんよ、よくわしらの術を、見破った。」
「この子の話を聞いて、伝えのとおりではないかと思ったのです。」
「伝えとは。」
「お刀はなほも生きて、雲龍の柳をえにしにすると。」
「柳は切った。」
「なぜです。」
「その男だ、二の兄をそそのかして、ご拝領のお刀を、柳の下に埋めて、わしらの出方を待った。」
半月がぶら下がる。
「それに乗ったというの。」
かえでは云った。
「そうだ。」
「こんな子どもを使って。」
「わしらは自由人の集団だ、だれの支配も受けぬ、支配もせぬ、今の世は、それを許さぬようじゃ、わっはっは、あの手この手で、さぐりを入れてくる。」
屈強の男たちが現れた。
「知ったからには、生きて帰れぬが。」
「ごたいそうなこと。」
「わたしはかまいません。」
六郎がいった。
「わたしも、できれば、おまえさま方のような、自由人になりたい、でも、かえでさまは別です、お城にお返し下され。」
「都合のいいことをいうではないか。」
六郎は、倒れた男の刀を、もぎとって首に当てる。
「このとおりです。」
「なんのとおりだと。」
「わたしの命と引き換えです。」
「命は二つ取ろうというんだ。」
刃は、はね飛ばされ。
「こやつ、見込み通りだ。」
男たちはいった。
「わっはっは、わしらも外からの人間が、欲しかったんだ、それでちょっと、仕組んだのよ。」
「死んだつもりになって、ついて来い。」
「かえでさまは。」
ふむという。
「年上だがどうじゃ、こやつの嫁にでもなるか。」
六郎は仰天した。
「いいわ。」
かえでさまはいった。

2019年05月30日

とんとむかし8

ほうらいちょう

とんとむかしがあったとさ。
むかし、清ケ瀬村に、あっけしという、鳥を飼う名人がいた。
鳴かぬものも、鳴かせてみようし、抜けかわった鳥も、黒うるしのような、長い尾羽根を持つ。
めくらのわしだって、飛ばせようというあっけし。
「とさかのないのが、不思議だ。」
と、人はいった。
「とさかはないが、くちばしはある。」
というのは、ふうととんがった口に、餌をとって、ひなに含ませる。
「もう一つ不思議は、あの出っ歯が、きれいな女房。」
という。
あっけしには、さよという、美しい妻がいた。
あっけしは、さよにいった。
「天竺には、ほうらい鳥といって、夢のように美しい、鳥が住む、きっとおまえは、その生まれ変わりだ。」
「おまえさまは、鳥のことっきり。」
さよは笑った。
 美しい妻は、どっちかというと、鳥のにおいが、きらいだったが、出っ歯の夫と、仲良うにつれそった。
そうしたら、ある日、
「鳥飼い名人の、あっけしはおまえか。」
といって、お殿さまの、使いが来た。
「あっけしはわたしです。」
「さようか。」
といって、きじの四倍もありそうな卵を、三つ取り出した。
「唐の国から、もらい受けた、ほうし鳥という、珍鳥の卵じゃ、これをかえして、育てるようにとのおおせじゃ。」
「さて、かえるかどうか。」
「一つでもよい、かえせ。」
といって、置いて行く。
「唐の国の、ほうし鳥とな。」
どんな鳥か、あっけしは、よく抱くめんどりに、その大きな卵を抱かせた。
三七二十一日めも、三十日たっても、卵はかえらない。
二つはくさった。手当して、
「うむ、まだこいつは。」
一つ残ったのが、四十日めにかえった。
おそろしく、みにくいひなだった。
ひょろんと長い首に、わし頭が乗って、目は真っ赤、くまでのような足に、けづめがつく。
「いったいこやつはなんだ。」
見に来た、お使いがいった。
「そのうち、羽毛が生えますで。」
あっけしはいったが、それが一向に、生えそろわず、なりだけは、もうしゃもなみで、お忍びでやって来た、殿さまの前をつっかけまわって、しゃがれ声で、
「ほうし。」
と鳴いた。
「なるほど、ほうしと鳴くから、ほうし鳥か。」
殿さまは、さよのささげる、お茶をとって、
「まあよい、飼っておけ。」
といいおいて、帰って行った。
ほうしと鳴く、ほうし鳥は、たいていなんでも食った。ひえを食い、みみずをついばみ、鳥小屋に、蛇が入ったのを、つっつきまわして、食ってしまう、
「蛇食い鳥かこれは。」
わし頭に、うっすら金毛が、生えたっきり。
「捨てちまうわけにも行かんが。」
あっけしはいったが、一向に馴れつかず、さよが寄ると、真っ赤な目が、みどり色になって、とつぜん飛びかかった。
さよは血まみれ。
たいしたことはなかったが、
「ううむこやつ。」
あっけしはねめつけた。
「にくしんではだめ。」
さよがいった。
「きっと夢のように、美しい鳥になります。」
「そうであろうか。」
「おまえさまも、そう思っていなさる。」
その年、笹の花が咲いた。
笹は、六十年にいっぺん咲いて、たいていは、飢饉の年に当たる。
田んぼは、立ち枯れて、いちめんに、笹が稔る。
殿さまからは、なんの沙汰もなく、あっけしは、みにくいほうし鳥を、飼うために、他の鳥どもを、手放した。
花のような、金けい鳥も、黒うるしの尾長鳥も、鳴る鐘のような声よし鳥も、みごとな鶯も、次々に、あっけしのもとを去った。
「とうとうさよ、おまえだけになった。」
「あたしともう一羽。」
さよはいった。
そのもう一羽に、笹の実を与えると、むさぼるように食う。
見るまに、羽毛が生えた。
龍のうなじは、灰色を青く縁取るうろこ、虹の七色にたくましく盛り上がる胸、しろがねに金ねに、きらめきわたる翼。脚はきわだって高く、むらさきに緑に、金を加えて、亀甲にあやなす。わし頭のてっぺんには、玉うさのついた冠がつく。
「夢のような鳥って、これはもう。」
あっけしは絶句した。
「あたしが生まれ変わったという、ほうらい鳥。」
美しい、さよがいった。
すっかり、大人しくなって、さよの手ずからに、餌をついばむ。
「さっそく、お殿さまに申し上げて。」
というあっけしに、鳥はとつぜん、小屋をけやぶって、行方知れず。
どうやら、笹やぶに、笹の実をついばむらしい。
それを、どうしようもなく。
「帰って来ます。」
さよがいった。
鳥は何日かたつと、帰ってきた。美しい妻が招くと、小屋へ入る。
「いいにおい。」
不思議な香りがする。
何日かすると、またけやぶって、姿を消す。
「もう帰って来ぬか。」
「いいえ、もう一度帰って来ます。」
なぜかさよがいった。
十日ほどに帰って来た。
その姿は、神々しくさへあって、長いしり尾の先に、紅孔雀のような、玉うさがついて、光ゆらめく。
鉄格子を組んで、あっけしは、もうがっしりと、鳥小屋をこさえた。
「お殿さまに、申し上げる。」
あっけしは走った。
お行列を作って、お殿さまのお越しは、一夜宿って、あしたの朝になった。
来てみると、先についていた、あっけしが、呆けて突っ立つ。
鳥小屋は、開いていた。
心臓をえぐられて、さよが倒れ。
「おまえを責めようとは、思わぬ。」
お殿さまはいった。
「天竺にほうらい鳥という、まぼろしの鳥が住む、その雄をほうし鳥というとは、わしも書物を見て、初めて知った。龍を食らって、天に舞い上がるという、なんでそのようなものが、手に入ったか。」
さよのむくろに、手を合わせ、
「手厚く、ほうむってやれ。」
といった。
そのとき、はるかな天空に、この世のものならぬ、鳴き声を聞いた。



はすの紋章

とんとむかしがあったとさ。
むかし、さるかんどうの、お館に、やまと人の軍勢が、押し寄せた。
さるかんどうの、にしなあやとは殺され、世にも美しい、くしいな姫は、のどを突いて死に、戦い抜いた兵は、弓矢に果てるか、柵にはりつけになった。
叔父にあたる、腹黒いさいやあらとを、お館にすえて、やまと人は、引き上げた。
さいやあらとは、取り立てた。
やまと人に、大枚を、払わねばならぬ。
人は、にしなあやとを慕い、美しいくしいな姫を思った。
あらとの兵は、袖に赤い返しを付ける、やまと人の兵の、半分であった。
半赤と人は呼んだ。
「半赤が来る、娘をかくせ、ひん曲がった杖もだ。」
ひん曲がった杖を、弓だといって、死ぬまでうった。
殺されるお役が、あとを絶たず、当のさいやあらとさへ、命を狙われ。
西門に、大きなにれの木があった。
見せしめに、それに吊るされる者、十や二十では、きかず。
「同じおくなんとうを、なんという。」
やまと人に対して、おくなんとうという、人は恨みを呑んで、押し黙った。
「おくなんとうだと、欲の皮の突っ張りあいで、天人のような、にしなあやとをさへ、見殺しにした。」
さいやあらとは、うそぶいた。
「なにかやってみろ、あっというまに、やまと人の軍勢だ、やつらの柵は、たった三日の距離だ。」
吊るされる者もなくなった。
乞食があった。
さまよい歌う、
「おくなんとうの、赤とんぼ、
霜が降ったら、おしまいさ、
ぽっかり浮いて、ささら雲、
いったいわしは、どこへ行く。」
半赤が引っ立てた、縄の帯しめて、汚いことは、
「なんかくれるか。」
爪さし伸ばす。
「ええ、こんな者は、連れて来るな。」
そっぽを向くお役に、とつぜんいった。
「さるかんどうには、貸しがある、お役さま、かけあってくれ。」
たたかれりゃ、わめきちらす、ふれ歩くという、とやこうお館の庭に、ひきすえられた。
みそぎして、ひげを剃れば、若々しい目鼻立ち、
「云うてみよ。」
すだれ越しに、さいやあらとが聞いた。
「返してくれるか。」
「次第によってはな。」
「はすの紋章。」
若者は、ぶっきらぼうにいった。
回りはさやめいた、はすは、世にも美しい、くしいな姫の紋章。
「しからの者か。」
「ちがう、わしは京人じゃ、おくなんとうまで来て、玉を作ってやったのに、戦があって、支払って貰えん、だからこうして、物乞いする。」
若者はいった。
「払ってくれんなら、紋章を貰って行く、どっかへ売れば、ちったあ売れる。」
さいやあらとは、手をふった。
わめくのを、お役が引っ立てる。
ふたたび、引き出され、
「紋章作りのなこそとな、そちのいうことは、まことらしい。」
牛のような、さいやあらとがいった。
「一つわしの為に、紋章を刻まんか、金は払うてやる。」
「金をくれ。」
「仕上がってからじゃ。」
「はすの紋章。」
「それはたしかにあったそうじゃ、だがさがしても見当たらん。」
「だったらまた、ただ働きじゃ。」
なこそという、京の玉造りは、いくらか貰って、下屋に住んだ。
たがねをふるって、何日いたが、女をこさえて、いなくなった。
「ほっておけ。」
さいやあらとはいった。
「京の玉造りも、物貰いになり下がったか。」
京の玉造りと、その女というのが、西門の、にれの木に吊り下がった。
「しからの里の者だそうな。」
「仕損じたは哀れ。」
人々はうわさした。
さいやあらとは激怒した。
「だれがやった、ええ、草の根を分けても、捜し出せ。」
半赤が八方に飛んだ。
それらしい者は、見当たらず。
やまと人の柵から、ひいえのあたいというものが、十何人も引き連れて、やって来た。

「なこそのおむらという、京の玉造りについて、尋ねる。」
「身に覚えのないこと。」
さいやあらとは、申し開きをするよりは、大いに宴会を開いて、もてなした。
「いやの。」
と、ひいえのあたい、
「おもてなし、痛み入りもうす、おっほっほ、それさ、おことのもとに、世にも美しい、くしいな姫の紋章とやらが、あるそうじゃ、それをゆずって欲しい、悪いようにはせんがの。」
「それが見当たりませぬ。」
「では、見当たるまで、待っておろうかの。」
そんなことをされてはと、捜させると、造りかけや、ひしの紋章や、柏なといくつかあった。
「はすとはいわなかったな、やつは。」
ひしの紋章をわたすと、
「ほう、これな。」
食い入るように、見つめて、
「ほっほっほ、田舎人は、かようなものが、大事であるか。」
といって、それを持って、引き揚げた。
そのごたいそうな一行が、襲われた。
総勢、弓矢にいぬかれて、そのひしの紋章から、身ぐるみ剥がれ。
「ううぬ、なにやつ。」
さいやあらとは、必死にまいないして、ことなきをえたが、その引っ立てる中に、一人の男がいた。
「なこそというは、こやつの兄だと申しておりますが。」
お役がいった。似ていなくもない。
「兄を返せ。」
男はわめいた。
「その兄を吊るしたは、おまえらであろうが。」
さいやあらとはいった。
「どういうつもりだ、死にたいのか。」
 杖に打ち、煮え湯をかけて、責め立てた。
「云え。」
「くしいな姫の紋章とはなんだ。」
口を割らぬ。
夜更けであった。
息も絶ゆる、男のかたわらに、世にも美しい、くしいな姫が立った。
「哀れいとしいものよ、なんというむごい。」
男の声、
「われらは弓矢、たとい身は張り裂けようとも。」
「そうです、大切なもの、わたしの紋章は、戦の最中に隠しました、わたしと、さるかんどうの、しから者にしか、知られぬところに。」
「そうであったか。」
「さいやあらとを、彼を責めてもせんない、まことの敵は。」
「為にす。」
「永遠のうてなに。」
「どうか、お声をかけてやって下され、われら忠誠の、しから者に。」
まぼろしは消えて、男の口に、
「とよや、みと、うるか、しんない、ひよ、わらぎな、あよ。」
と、しからの名が聞こえ。
「あの男を放してやれ。」
見守っていた、さいやあらとがいった。
倒れ込んだ、術者を引いて、お役が去る。
男はやみの中を這っていた。
池をめぐって、七本あるひばの木の、三つめの石をはぐ、中の物をひっつかんだところで、押さえられた。
そうして、その口に上った、七名のしからは、順繰り捕われて、にれの木に、吊り下がった。
「世にも美しい、くしいな姫の紋章とな。」
それは、さいやあらとの手にあった。
瑠璃の大海に黄金の島を浮かべ、美しいひすいの蓮が生い伸びる、その六弁の花片は、ほのかな紅玉、一片ごとに、大小の観音如来を刻み、荘厳の極みを尽くす。
「見事なものよ。」
さいやあらとは、嘆息した。
「だが、これだけのものではあるまい。」
海はおくなんとうであり、蓮の葉脈は、伝え聞くしからの黄金。
京の都から、紋章読みが、招ばれた。
うらほんにという、名うてのお人は、すそをひきずって歩く、馬鹿のような、その道のことだけは、やけにくわしく。
「おうや、これは御仏のうてな。」
かの天竺の蓬莱王が、僧迦しおんに-ずに、作らせしをもって、創始となす。伝教大師、伝えしものありと聞くが、世俗の者の知るべきにあらず、即ち秘中の秘仏にして、東西南北にみそなわす仏は、ふくうけんじゃく観音、大日如来、薬師仏、ぐぜ観音、人が聞かずとも、絶え間もなしに、
「このものがなんで、おくなんとうに。」
大真面目が、どうも、
「もしや宝の在処を示すのではないか。」
さいやあらとが聞けば、
「さよう、仏法僧宝そのものじゃ。」
という。
「いや、どこそへ行く道でも。」
「まこと、お悟りへ行く法の道じゃ。」
坊主と同じいいぐさが。
さいやあらとには、しふうりという、美しい娘があった。
世にも美しい、くしいな姫なきあと、おくなんとうに、その名は聞こえ。
こともあろうに、美しいしふうりが、馬鹿のようなうらほんにに、一目惚れ。
激しい思いを、ぶっつけようにない、
「あいや、そのようになされては。」
「あたしといっしょに、死んで。」
「そも生死ともうすは、御仏の教えの、第一の関門にして、これを透過せるを、羅漢と称し、再度脱するを菩薩と称し、- 」
「人ごとでなく、わたしとあなたの。」
「ものみな人ごとというはなく。」
「御仏ではなくって、この胸に。」
「う、美しいおん娘ごが。」
いっそ、うらほんには逃げ出した。
さいやあらとは怒った。
「娘までばかになりおって。」
そうして、一年が過ぎた。
山人、やまなんとうという、その三つの館が、結束して、勢力を伸ばす。
荒々しい山人の、じきにごうやの平らを手中にして、次いで、十の館が加勢する。
「われらが、おくなんとうの旗を。」
と聞こえ、旗じるしは、さしむかうはすの花。
やまと人を追い払って、おくなんとうに国をという、
「はすの花とな。」
首を傾げる、さいやあらとに、その総大将、あれのすぎひらという者から、使いが来た。
「むかい蓮に、やまと人を追え、でなくば、さるかんどうを、明け渡せ。」
という。
「阿呆め、おくなんとうの結束など、当てにならん、お館同士、欲の突っ張りあいが。」

嘆じたが、手は打たねばならぬ、さいやあらとは、ゆんぜのかみという、男を呼んだ。

半赤を束ねて、さいやあらとの、あとを狙をうという。
「顔は立てねばならぬ、手勢を率いて、あれのすぎひらの下へ行け。」
さいやあらとはいった。
「危ふうなったら、やまと人の柵へ入れ、そのようにはしておく。」
「なかなか。」
と、ゆんぜのかみ。
「娘のしふうりを、ともなえ。」
と云った。
ゆんぜのかみは、一も二もなく承知した。
さいやあらとは、やまと人の柵へ、手紙を書いた。
美しいしふうりと、ゆんぜのかみは出発した。
おくなんとうの結束は、以外に固く、山人に呼応して、海人が立ち、大小のお館が、むかいはすの旗になびく。
蓮の黄金と聞こえ。
どこからか、莫大もない黄金が、出ているという。
「くわを弓に、なたを刃にかえて、おくなんとうの太古を守れ。」
太古心をと人はいった。
いにしえに栄えし。
「やまとから大将軍が、やって来るまでな。」
さいやあらとは、目をつむった。にしなあやとの、無惨な姿が浮かぶ。
美しいしふうりは、父親の仕打ちに怒ったが、
「お館にて、お待ち下されば、ごうやの七谷を引っ提げて、お迎えにまいります。」
という、ゆんぜのかみに、
「行きます。」
 といった。
「戦はわれらが弓勢に。」
「わたしをともなえという、命令じゃ。」
総大将、あれのすぎひらの、陣屋であった。
豪勇をもって鳴る、あれすぎひらの目が、一瞬子どものように笑う。
「ほう、けちのさいやあらとめ、考えおったな、名うての娘を、差し出されちゃ、たたっ切るわけにも行かん。」
二人を引見する。
「それで、どうする。」
「なんなりと、お申しつけのほどを。」
ゆんぜのかみはいった。
「ふうむ、では働け、使えそうじゃな、うってつけの、むずかしいのが、山ほどあるわ、わっはっは。美しいしふうりどのは、大切に預かっておく。」
「よろしゅうに。」
「黄金はある。」
「は、はい。」
ゆんぜのかみは、働いた。
(阿呆のすぎひらめが、さてどうなる。)
時の運は、しばらくすぎひらにあった。
名うてのしふうりは、引っ込んではいなかった。
女の帳を出て、陣中に出入りする。
その美しさと、大真面目、
「おくなんとうに、強国を築くには、雇われでない兵が必要です。」
しふうりはいった。
「お館同士の、足の引っ張りあいでは、いつまでたっても、やまと人にかないません、戦時の兵は、平時の民であるというのには、もっと思い切った策が必要です。今のお役を、お館の使用から外して、そうです、上中下の三つに分けるのです。上は参謀、中は統率、下は兵を受け持つ、百人隊長です。兵には土地と川を与えます、それが奪われたら、命のないことを知るんです。」
かねて思いのたけを、しふうり。
「おっほう、聞き及んだ、さいやあらとの、これが自慢の娘か。」
「なるほど美しいわ。」
「演説もする。」
男たちは大喜び。
「父はやまと人のくびきに、だれよりも苦しんでいます。」
「弓矢もとらぬ女が、たいそうな口を聞くではないか。」
「たいそうなことではありません。」
「いやおおきに。」
「戦も政治も男の仕事だ。」
「女がいなければ、男も戦に勝てません。」
「わっはっは、そりゃもっともだ。」
しふうりは、どこへ行っても大もてだった。
あれのすぎひらがいった。
「美しいしふうりよ、おまえの云う通りじゃ、わしらの軍勢は、鵜合の衆よ、貼り合わせる糊がなけりゃ、今だって、てんでばらばら。」
「糊はまた、豪勇のあなたさま。」
「ふっふっふ、わしはおまえが好きじゃ。」
総大将は、目を細めた。
「必ずやまた、やまと人の大将軍が、押し寄せる、それまでに、戦えるだけの結束と、地の利を生かそう、戦は五分五分だ。だが、たとい戦に勝ったとて、そのあとが問題じゃ、ふっふ元の木阿弥の、たいていなんにもならぬ。」
「なにをお考えです。」
「人妻を奪って逃げるなど、できぬ相談だとな。」
すぎひらはにゅっと笑った。
「おまえの亭主になりたい人は、よう稼ぐぞ。」
「ゆんぜのかみは、大事な時に、きっと軍勢を裏切るでしょう。」
「ほっほ、そいつはこわいな。」
戦は三月の間に、やまと人の柵、たんがのじょうを、三方から取り囲む。
たんがのじょうは、しらい川の辺にあり、要路を占めて、後ろにひらいの岡を背負う。

「そうさ、やまとの強大を頼んで、あのとおりの平柵だ、だが、そうやって、すでに柵の中の一千しかおらん、まずはたいてい片づけ終わった。」
あれのすぎひらはいった。
「踏み潰すは簡単だ、だが戦はそのあとよ。」
会議があった。
意見は真っ二つに別れた。
「むかい蓮の旗に、太古心はよみがえった、もはや一兵たりとも、やまと人は入れぬ。」

焼き払って、おくなんとうの勝どきを上げよう、という者と、
「なにが太古心じゃ、思い通り行っている、戦はいい。」
やまと人の、いつもの策略にあって、四分五烈、もしやそうならぬためにはと、互いにいっそののしりあって、決着が付かぬ。
「やまと人の大将軍は、いつやって来る。」
「そこじゃ、あれのすぎひら。」
「さようさ、まずは半年後。」
と、すぎひら。
「そこまで持つか。」
「もたなきゃ、身の破滅。」
とやこう、ここは総大将の、すぎひらに任せよう。
おくなんとうの一粒の米も、一兵たりとも、やまと人の軍勢に、加担はさせぬ、そうして、大将軍を、たんがのじょうへという。
いたるところ追い払って、
「さよう、大将軍の軍勢を、三万に減らす。」「ううむ、なかなか。」
「柵をどうする。」
「兵糧攻めか。」
口をさしはさまんほうがいいと、あれのすぎひらがいったので、美しいしふうりは、黙って聞いていた。
ふいに頭を上げる。
いっとき忘れえぬ、ー
しふうりは後を追った、陣屋を出て、立ち去って行く。
茂みの中、
「待って、あたしのうらほんに。」
「ついて来てはならぬ。」
闇に振り返る、しふうりは、その胸に飛び込んだ。
「おまえをさがして、やってきた。」
「うむ。」
たくましい腕が抱きしめる。
それは一軒家であった。
うらほんには、美しいしふうりを置いて、すでに三日がたつ。
ものいわぬ女がかしずく。
昼下がりであった。
まっしろい老人が、七人のまた、屈強の若者をつれて現れた。
うらほんにがいた。
「われらは、しからの者じゃ。」
長老がいった。
「それが、美しいしふうりの思い者、うらほんにではない、うるかという、あとの者は、名を名告れ。」
うるかは黙礼し、とよや、みと、しんらい、ひよ、わらぎな、あよと名告る。
「欠けることなき、精鋭じゃ。」
長老はしふうりを見据えた。
「われらは、おくなんとうでも、やまと人でもない、はるかな遠い地より、やってきた。」

海を越えて来たり、やまと人の中に住み、おくなんとうにいたり、
「世にも美しい、くしいな姫は、さるかんどうの、にしなあやとと結ばれて、われらはようやく、この地に安住した。」
「われらは平和の民だ。」
いとしいうるかがいった。
「戦を避け、いさかいを免れてここに来た。」
束の間の安穏は、破られた。
「見たであろう、はすの紋章といわれる、あれがわしらの、太古心を。」
とつぜんしふうりは知った、なぜにうるかを、うらほんにを追うて来たかを。
「あれにはもう一つの秘密が、隠されておった。」
しからの長老がいった。
「おくなんとうに、われらの黄金の在処を示す。」
そうであった、それがことの起こり。
「ことはもはや、われらの手を離れた、あれのすぎひらは、死にはつるであろう、頼もしいあの男は、大将軍の軍勢と、一歩も引かずに戦ってな。」
「ではまた、やまと人の、むごいくびきの下に。」
「そうはさせぬ。」
一同はおしだまった。
「美しいしふうりよ、われらがうるかと、共にするという、まことであるならば、今は陣中に戻っておれ。」
「いやじゃ、もうはなれぬ。」
「みなまた使命がある。」
「ではわたしにも、お云い付け下さい。」
「生き残ることじゃ。」
うるかがうなづいた。
しふうりは陣中に戻った。
「帰って来たか、尻尾を巻いて、退散かと思ったが。」
あれのすぎひらがいった。
すぎひらは、ゆんぜのかみを呼ぶ。
黄金をとって与え、
「そちの働きは抜群じゃった、よってこれを与える。」
といった。
「もう一働きして欲しい、手勢とともに、たんがのじょう、やまと人の柵に入る。」
「そんなことをしたら、みな殺しじゃ。」
「追手をかけてやろう。」
黄金と、そこへ美しいしふうり、
「こと終わったら、望み通りの品よ。」
あれのすぎひら。
「行って、あることないこと、いいふらせ。わっはっは苦肉の策というのじゃ。」
「わかりもうした。」
まんまと、ゆんぜのかみは、たんがのじょうへ、逃げ込んだ。
「筋書き通りだがな。」
総大将はいった。
「さいやあらとの使いをとらえた。手紙にはこう書いてあった、ゆんぜのかみという者が、娘を奪って、反乱軍に加わった、節操のない者ゆえ、そちらに逃げ込むやも知れぬ、その時はよしなに、せっかく娘はお返し願いたいとな。」
しふうりは、そう聞かされて怒った。
「それで、どうなさったんです。」
「手紙はそのまま送り届けた。」
「女心は一途なものです。」
「いやわかった。」
二位のえらぶのおおどを、大将軍に仕立てて、やまと人の十万の軍勢が、反乱軍の鎮圧に向かったと、知らせが入った。
「ほほう、意外に早かったな。」
「助かる。」
すでにおくなんとうに入る。
「おくなんとうを、繋ぎ止めた黄金が、じきに底を突く、短期決戦じゃ。」
と、あれのすぎひら。
戦は激しいものとなった。
「十万を一万に減らせ、おくなんとうの、何十万のかばねを、築くとも。」
総大将の勇猛に、おくなんとうの兵は、よく戦った。
迎え撃っては、むかい蓮の旗になびく。
寝返りはほとんどなく、一千五千と、やまと人の軍勢を、切り取る。
一群の弓勢が急襲して、敗勢を立て直し、敵の本拠を突いた。
しふうりのもとへ、若者がやって来た。
まだ、あどけなさの残る。
「あなたさまをお守りします。」
「おまえはあよ。」
「兄たちは戦っています、世界最強の弓勢です。」
あよは笑った。
「わたしも弓をとれば、兄たちに引けは取らぬ。」
戦は運ぶ。
たんがのじょうを、一日の距離にせまる、せんどやの谷に、最後の大決戦となった。

陣屋が移る。
「えらぶのおおどは、ここを踏み渡るであろう、もはや去れ、美しいしふうりよ。」
あれのすぎひらがいった。
「すぎひらが死ぬなら、さるかんどうのしふうりも、一矢なりと。」
「生き残って、いつの日か、おまえのいう、おくなんとうの、百人組をこさえてくれ。」

まっしろい、しからの長老が現れた。
「限りある黄金を、立派に使った、あとのことは引き受けよう。」
総大将と長老は、手を取り合った。
「なあに、むだには死なぬ。」
総大将は、撃って出た。
戦は一昼夜におよび、一進一退を繰り返し、勇猛のあれのすぎひらは、大将軍、えらぶのおおどと、渡り合って、その右腕を切り落とし、槍ぶすまにあって果てたという。
やまと人の軍勢は、五千にも足りずなって、ようやく、せんどやの谷を押し渡った。

あよの弓がうなって、何十となく倒し、しふうりは見た、しからの長老が、白髪を染めて、すぎひらの甲鎧を着て立つ。
勝ったは名ばかりの、軍勢が、深手を負った、大将軍を担いで、たんがのじょうへ向かうと、柵にはむかい蓮がひるがえる。
「おそかったか。」
急ぎ引き返すと、あれのすぎひらが待ちかまえ。
「死んではいなかった、柵へ入れ。」
死に物狂いに、血路を開いて、柵へなだれ入ると、その手にかかるはみな、みなやまと人。
「死守して、お待ちもうしておりましたのに、お恨みもうす。」
といって、柵の長者は死んだ。
さんざんであった。
何日かたった。深手を癒す、えらぶのおおどのもとに、おくなんとうから、使者があった。
「なに、このわしがおしまいでも、大将軍のなり手など、いくらでもおる。」
えらぶのおおどはうそぶいた。
「御前さまが、お勝ちになったのです、おくなんとうは、平らげ終わったと、なんならわたくしめから、ご報告申し上げます。」
さいやあらとであった。
さいやあらとは、報償をというお館どもを、説得して回った。
二度の戦はない。
さよう、なによりもたった今の優勢をと。
「それでであります。」
使者はいった。
「これを機に、おくなんとうに、大将軍のお力をもって、すめらこをお迎えしまする、永久の平和の為にであります。」
「うむ。」
大将軍は、仰山なはなむけを貰って、凱旋し、ことはそのとおりになった。
すめらこに、弓を引くやまと人はおらぬ。
美しいしふうりは、あよと二人、森を歩む。 ゆんぜのかみははりつけになった。
「そうです、たんがのじょうに、むかい蓮を立てたのは、その手勢に紛れ込んだ、兄うるかです。」
一隊が現れては、二人に従う。
「うるかはいつ来るのです。」
「兄たちは、まもなく来ます。」
一人の兄も現れなかった。
まっしろいしからの長老も、現れず。
あよは背負っていた、包みをおし開いた、
世にも美しい、くしいな姫の紋章、さんぜんと輝く、それはもう一つの。
「これには別の、黄金の在処がしるされています。」
あよがいった。
「この黄金をもって、新しいしからの郷を築く、平和郷です。残されたものの使命です。」

光にかざすと、くっきりと文字が現れる。
「どうか、わたしどもの姉になって下さい。」
しふうりは、あよの言葉を、空ろに聞いた。

2019年05月30日

とんとむかし9

いるーじょの行列 一

とんとむかしがあったとさ。
むかし、せんのだ村に、むくげが咲いて、いるーじょという幻の行列が通った。
「狐の嫁入りだ。」
という人もいたが、見る人によって、いろんなふうであった。
一太と藤丸と、さよという女の子が、同じいるーじょを見た。がき大将の一太は、
「馬に乗った、立派なお侍の行列だった。」
と云った。字の書ける藤丸は、
「きんらんのお坊さまが行く。」
と云ったし、女の子のさよは、
「きれいなお姫さまのお輿入れ。」
と云った。
田んぼの草を刈る、二つ年上の六郎という子には、なんにも見えなかった。
戦の世であった。
一太は、おさむらいになるといって、家を飛び出した。
西へ向かって歩いた。
刀が欲しかった。かっぱらったり、食うや食わずに、三日歩いて町があった。
鍛冶屋だった。ふんどし一つがとんかん、つちをふるう。
一太はつったって見ていた。
仕上がったものが置いてある。そいつはずっしり重い。
「刃がついておらん。」
うっそりと男が立った、右腕がない。
「刀が欲しいのか。」
「欲しい。」
一太がいうと、
「ついて来い。」
といって先へ行く。道はうねって林に入る、にれの木があった。
「登れ。」
男がいう、枝にとっつくと、
「向こうを見張れ、だれか来たら知らせろ。」
男はいって隠れる。
「一人来た。」
商人が来た。男はあっさり殺した。
身ぐるみはぐ。
そうやって渡り歩き、何人めかさむらいがいた。
刀をとって、投げてよこし、
「かかって来い。」
といった。
一太は刀を抜いた、
「うおう。」
と、叫んで切りつける、
「だめだな。」
うち落として、男はいった。
「帰ったほうがいい。」
「帰らぬ。」
追剥ぎして歩いて、一太は、
「どりゃ。」
「おう。」
たんびにうってかかって、男の一本きりの腕を、たたっ切った。
「おいはぎのあとつぎか。」
へらーり笑って、男は息絶えた。
刀を背負って、一太は歩いて行った。
「おれはさむらいだ。」
そうだおれはさむらいだ、つぶやいてのし歩き、食わずの三日、
「おいはぎするしかないか。」
限界だった。
なんという乗物であろうか、美しい女が二人、供のものをつれてさしかかる。
「えものだ。」
一太はよって行った。
先客がいた。
野伏せりが二人襲いかかる。
一太は一人をたたっ切った、あとは逃げる。
「あやふいところを、おおきに。」
女声が聞こえて、一太は目を回した。
まるまっちい髭っつらが、にゅっと笑ってのぞき込む。
「礼をおいて行っちまったぞ、あれは上の山の女衆だ。」
ひげずらは云った。
「幾つだ。」
「いくつだっていい、腹がへった。」
「あっはっは、では来るか、食わせてやろう、侍になりたけりゃ、仕事もある。」
ひげ面は一太を連れて行った。
「刀を引っこ抜いて、かせいだ金だ、取っておけ。」
なにがしかを手渡す。
砦があった。
野伏せりか、
「野伏せりではない、さくら党といってな、戦の助っ人だ、さよう頼まれりゃ、どこへでも行く、敵も味方もない。」
ひげ面は云った。
「稼ぎによっては、一国一城の主よ。」
にゅっと笑う、名は海野十左衛門といった。
藤丸はお寺へ上がった。
口べらしの小僧さまになって、村のお寺から、大現寺という、これは大寺へ差し出された。
日も夜もなしに、こき使われ。
わらしといい、くろんぼうといって、雲水や上品の、洗濯から使い走りから、一から十まで、衣もなければ、お経も読めず、
「こんなではどうもならん。」
年上がいった、
「そこらへんの堂守りにもなれん。」
「どうすりゃいい。」
藤丸は聞いた、
「三年もいりゃ坊主のこた、見よう見真似でたいていできる、お袈裟から一式、上品のやつかっぱらって、ご本山にでももぐり込むか。」
「そうだ、ご本山の僧には、お上人さまだって、頭上がらん。」
ではそうしようといって、文字が見えねばならん、
「それさ。」
という、
「でなきゃ一生くろんぼう。」
「ふうん、わっぱでな。」
藤丸は字を覚える、たいていのことではなかった。捨てられた筆に、かけた硯を使って、片仮名や、どうやらお経の文句をなぞる。
三年たった。
坊主ごとは、おおよそ覚える。
しろうさという上品がいた、青っ面して、まったくよく、くろんぼうを扱き使う。
「おいわっぱ。」
そこな藤丸を呼んだ、
「この手紙を、客殿の僧に手わたせ、よいか、知られんようにな、文字も見えんわっぱならいいか。」
 ぬすみ見するのも修行、藤丸は読んだ。
「二日の開枕後になる、ご用意のものを薬石に、迎えは四人、こっちはお主と二人。」

とある、開枕とは就寝、薬石の夕飯にとは、ー 大現寺は、稲田の若殿を預かっていた。しろうさは今村の出身で、清志につながりがある、稲田の大叔父、かもんの守のそれは。
二の上に一本足して三日にして、藤丸はその手紙をつなぐ。
二日の開枕後騒ぎが起こった、
しろうさをとらえて、たくましい声、
「なにごとだこれは。」
「薬は、かんにん坊。」
しろうさの悲鳴。
境内をさむらいどもが走る。
藤丸は板を打った。
さむらいどもは消え、夜目にもそれは稲田の若殿であった。しろうさと、客殿の僧かんにん坊がつかまった。
「ものもうす。」
といって藤丸は、お上人さまに取り次いでもらった。緊急時には、わらしにもそれができた。
手紙を覚えていきさつを話す、
「二の上に一本足したとな。」
お上人さまはいった、
「そうか字が見えるとな、人の手紙を読むなとは、以後慎まねばならん。」
「はい。」
藤丸は平伏した。その辺へお上人さまは、
「得度させよう。」
と云った。
あくる日、藤丸は、せんじゅという名を受け、墨染めに、お袈裟一式を頂戴して頭を剃った。
そうして若殿付きの行者になった。若とのが望んだという。
お預かりの身が命さへ危ふかった。
「さむらいの中に、一太そっくりがいたが。」
藤丸あらためせんじゅは思った。
さよは十二になって、上の山の使いがってになって行った。
上の山は、稲田さまのご支配であって、湯治場があり、美しい女たちがいて、戦の世にも大いに賑わっていた。
殿さまは負けたが、上の山は流行る。
さよはくるくるとよく働いた。疲れて湯に浸かるのが、たった一つ楽しみだったが、それより寝たほうがよかった。
おとうという、人気の女衆がいた。さよを気に入って、
「おさるのおさあちゃん。」
といって、かわいがった。
手拭いや、浴衣のお古をくれたり、客の余りものをとっといたり、
「おさあちゃん、あんたも女衆になるかい。」
と聞く。
「ううん、あたしみっともないから。」
「器量なんて二の次さ。」
つくずく見て、
「ひょっとして上品になるかも。」
「あらあたし、お姫さまになろうと思ったのに。」
おとうは笑いころげて、おさあちゃんのそういうとこが好きといった。
「丹波笹山のお猿だって、みやこのお花見ってね。」
「でもあたし、歌を読んだり、ちんとんってしたりするの、とってもできない。」
「耳を澄ませているの。」
さよは一心に耳を澄ませた。
おとうの客に、海野十左衛門という、まるまっちい顔に、ひげを生やした、おさむらいがいた。
飯を食って、一寝入りしたら、もういなかったり、十日も流連ずけたりする。
「ここにいると、世の中の動きがわかるんじゃ。」
十左衛門がいった。
「世の中って、女の眉毛の間にあるんですって。」
「どうして。」
「ここにへの字を書くと戦争になる。」
「ふうん女へんにへと、さあちゃんかこれ。」
さよの顔にへの字を、
「あたしへの字もほの字も書けない。」
ふっくら顔のおとうがいった。
「いやおかげさんでおん身安泰。」
「アッハッハ。」
「また戦があるの。」
さよが聞いた、気安くできるのは十左衛門、
「うんまあな。」
にゅっと笑う、
「どう、この子お姫さまになれる。」
「お姫さまとな、なんならわしがしてやろう。」
「どうやって。」
「うっふっふ、今どき犬ころだってお殿さまになれる、命のほどは知らんがな。」
恐い人のようでもあり、
「ねえあたしは。」
「間抜けな亭主でも世話しようか。」
「そんなのいや。」
「上の山の大明神。」
「こんこんさまじゃないのさ。」
上の山には稲荷神社があって、お祭りには、売れっ子の女衆が、輿に乗ってねり歩く。

遠くに戦があって流れて来る人や、新興の依田と清志の間で何かあったそうで、刀きずのさむらいが湯治に来たり、伊東に雇われに行く一団があったりする。三年たった。さよは、見違えるように、垢抜けた。
おとうはさよを引き回す。
でもまだ使いがってだった。
遅くにさよは、湯につかっていた。
うつらとして見上げると、
「ほう、いい女だ。」
精悍な男が見据える。
さよは声も出なかった。無造作によって来て、あてみをくれる。
どこかへ押し込められていた。
売れっこの女衆のような、美しい着物を着せられる。
「悪いようにはせぬ、はいといって従え、へたに騒ぐと命はないぞ。」
低い声が聞こえた。
大現寺は稲田の菩提寺であった。若殿は清志の大叔父、かもんの守預かりとなって、身は大現寺にあった。
「戦に負けりゃ、せんもない。」
若殿はいった。
「わしを殺すわけにも行くまいと思ったら、そうでもないらしい。」
「きっとわたしがお守りいたします。」
藤丸ことせんじゅがいった。
「はっはっは、わしとおまえは同い年だそうじゃ、無理するな。」
せんじゅは飯台のたんびに、毒見をし、いっとき離れず、お上人さまのお許しがなければ、人を通さなかった。
「朝のおつとめに出て下さい、うさばらしになります。」
「あの退屈なのがか。」
せんじゅが出ると若殿だけになる、お上人さまに願い出て、朝のお経を位牌堂に上げることにした。
「ふりでいいんです、辛抱なされませ。」
そうやっていると、檀下の羽目板がそけて、屈強な面がまえがのぞいた。
とっさにかばい立つと、
「読み続けろ、手のものだ。」
若殿がいった。
「おまえがあんまり厳しいから、ここへ出た。」
「殿、位牌堂とは考えましたな、ご先祖さまに手をあわせるとは、わっはっは清志の覚えもよく。」
「どうであったか。」
「上の山からの二千両、有効に使いましたぞ、依田も追い込まれて一か八かー 」
あとはせんじゅには聞こえなかった。
三日して若殿がいった。
「世話になったなせんじゅ、わしはここを出る、三日ほどはお上人さまにも、知られぬようしてくれ。」
せんじゅは黙ってうなずいた。
四日ばかり知られなかった、隠しおおせるものではなく、せんじゅは引き出されて、明日はせんぎという晩、お上人さまが呼んだ。引っ立てられて行くと、人払いする、
「これはご本山の安居許可状じゃ、これをもって夜のうちに抜け出せ。」
といって、書状を手渡す。
九拝してもって受けて、
「あのお上人さまは。」
と、せんじゅは聞いた。
「はっは心配するな、わしだってもとは稲田のさむらいよ。」
まっ白い眉にお上人さまはいった。
せんじゅは寺を抜け出した。
一太は雑兵を集めていた。あと三百は欲しい。
「どうせこいつら、おっ始まりゃ逃げの一手だ、だが一千ありゃ格好がつく。」
というわけの。
槍に具足を手渡して、一応の手立てはする、
「いいか、背中向けりゃぐさっと来る、どうせ逃げるんなら前へ逃げろ。」
その日は百四十連れて、十左衛門のもとへ行った。
「たいてい二千にはなった、もういい、そいつを置いて、おまえは本隊のほうへ行ってくれ。」
十左衛門はいった。
駆けつけたその本隊がおかしかった。さくら党の精鋭が、朱塗りの槍を持ち、派手な旗もあれば、吹き流しもある。
長持ちを担ぐやつ、
「こりゃお輿入れの。」
「狐の嫁入りよ。」
半蔵という頭株がいった、
「こいつで伊東と依田のまっただ中を押し渡ろうっていうんだ。」
「戦の真っ最中か。」
「わっはっは決死隊さ、歌えるやつも笛吹くのもいる。」
若い二十人ばかりと、一太は具足の上に女物を羽織り、面に白粉を塗ったくる、行列は上の山へ向かった。
稲荷明神のお社に、狐のお面をかむった、花嫁が現れた。
輿に乗せて、しずしずと行く。
「めでたや稲田のお殿様、
上の山からお輿入れ、
笹に黄金の雨さんさ、
晴れては虹のかけ橋。」
十万と一万の睨みあい、原を埋め尽くして、赤い四つびしの伊東と、青い浮き雲の清志の連合軍、一か八かの戦いを挑む新興の依田は、えんじの巴に染めて、これは小高い丘に陣取る。
三日がたって依田は動かぬ。
狐の嫁入りはかもんの守の本陣へ行く。
「なんの騒ぎだ。」
たちまち取り囲まれた。
「今日はみなずき四日にござります、千年続きましたる、上の山から稲田のご門にお輿入れ。」
口上がいった。
「まずはかもんの守さまにご挨拶。」
祝儀は相当だぜ、ご本家っていうではないか、いや大叔父だ、ではなおさらとか声高にいう。
「いまは戦じゃ。」
ずいとよって、輿の上の狐のお面をはぐ、美しい顔が現れた。
「なんという罰が当たり申す。」
「うむ。」
さっさと行けとて、なにがしか祝儀が出た、行列は歓声が上がって、
「これはかもんのお殿さま、
年も豊年満作の、
旗は青天浮き雲の、
上の山へと草木もなびく。」
歌い上げてねり歩く、縦横に行くにしたがい、人数が増える、えんじの巴が走りでる、戦になった。かもんの守から、若殿の軍勢が抜け出る、槍を押し並べて、まっしぐらに駆け抜ける雑兵、行列はあっというまに、膨れ上がった。
「ようし突っ走れ。」
女ものをかなぐり捨てて、一太と二十人輿を担いで突っ切った。
稲田の城門が押し開く。
輿を担ぐ中に若殿がいた。雷が鳴ってごうぜん雨が降る。
えんじの巴が急襲する。
「勝機があるぞ、うって出よ。」
若殿が叫んだ、ふって湧いた稲田の軍勢の先頭に立つ。
戦は一時に終わった。依田は不意を突いて、伊東の首級を上げ、かもんの守は敗死し、十万の軍勢は総崩れになった。
稲田のお城に主が帰った。
墨染めの衣がいた。
「ご苦労だが行列を返してくれ。」
若殿がいった。
「米百俵は送り届ける。」
一太は行列を作った。狐のお面をとって、まぶしい花嫁姿が、
「一太。」
と呼ぶ、
「おまえはさよ。」
「わしは藤丸ことせんじゅ。」
雲水がいった。
せんじゅも行列に加わって、三人は上の山へねって行く。
「これは稲田の若さまの、
天晴れ迎える唐衣、
からくれないに振り袖の、
返す刀を米百俵。」
「いるーじょと同じ、あたしはお姫さま。」
さよがいった。
「さむらいにはなった。」
と一太、
「わしはご本山の僧。」
藤丸ことせんじゅ。
上の山には総勢出迎えた。
「米百俵とって来たわね、上の山衆の女棟梁よ。おさあちゃん。」
おとうがいった。
「あらどうして。」
「そういうきまりになっているの。」



いるーじょの行列 二

とんとむかしがあったとさ。
むかし、せんのだ村に、むくげが咲いて、いるーじょという、幻の行列が通った。
六郎という村の男が、田の草を刈っていると、いるーじょの行列が通る。物持ちやお付きの者や何人もして、台傘さして美しい人が行く。
その人がにっこり笑まう、
「六郎ではないか。」
いるーじょが口を聞いた。ほうけてつったった。
「おっほっほ、あたしはさよ。」
上の山から里帰りした、おさよであった。
三日いて、先祖のお墓参りをして帰った。さよといわず、上の山の棟梁光山太夫、光山太夫に会いに行こう、この手に抱きしめてと、六郎は思った。
田んぼを売っても足らず。
六郎は会いに行った。
めくらむような朱塗りの大門に、
「せんのだ村の六郎どの。」
と、呼ばれるまでに三日かかった。
白い扇を手渡された。そこへ歌を読むのだと知って、どうにもならなかった。
つったっていると、まるまっちいひげ面が通る。
「金山人足に身を売って、はあて幾ら使った。」
とう。
「もうたいてい使った。」
六郎はいった、どう使ったのかもわからぬ。あっちやこっちへ。
「会わせてやろうか、光山太夫に。」
ひげ面は云った。
「ほんとうか。」
「ついて来い。」
六郎はついて行った。紅葉の庭を廻り、しとみ戸を開けて萩の小路を行く、ぬれ縁があった。
「これ。」
声をかけた。
「はーい。」
小女が出る、
「あれ十左さま。」
「ござらっしゃるかの。」
「あい。」
光山太夫が出た、光山太夫というより、それは着流しのさよだった、にをうがように美しく、
「おっほ、おまえさんの幼なじみってお人じゃ。」
十左衛門がいった。
「六郎どのかえ。」
六郎はまっしろい扇を差し出した、光山太夫は笑まう、小女もころころ笑った、その扇をとって、文箱を持って来させて、さらさらと書き、
「いくら使ったの。」
おさよになって聞いた。
六郎は使った額をいった、その倍額扇の上にのせて、
「もう来てはだめ。」
といってさし渡す。何かいおうとしたときには、引き込んでいた。
「もう会えんよ。」
まるまっちいひげがいった。
「光山太夫はな、お姫さまにならっしゃる。」
半月のち、太夫はもとのおさよになって、依田の遠縁に当たる、いぬいのお館に入る。

いぬいの養女になった。
「なにはえのあしのかりねのひとよゆえみをつくしてやこひわたるべき。」
扇にしるした歌を、六郎が知るよしもなく。
稲葉の若殿は所替えになって、依田の飛地、ひえだのお城へ行った。
そうするよりなく。
「かんの沢の三つも抜けば。」
ふっと笑って依田がいった。かんの沢は伊東の次の、会田の所領であった。そうしたらどうなる。
「仕方がないよ、こういう時代だ。」
一夜の契りを交わして若殿はいった、再び会うことはなかろう、おさよは依田の姫君の一人になって嫁ぐ。
「おさあちゃんのお姫さまもたいへん。」
おとうがいった。
「オッホッホ。」
それは笑まうよりなく。
一太はたのも重太郎という名になって、依田のこ従佐野源兵衛の家来になった。戦には源兵衛の馬にくっついて走る。
「それだって、大将首を上げるということがある、しっかり勤めよ。」
十左衛門がいった。
「だがな、さくら党はさくら党だ。」
そういうことであった。
佐野源兵衛は、依田の七本槍といわれて、知られた豪傑であった、馬に乗ると、どこへ突っ走るかわからない。
「ついて来れたら飼ってやる。」
ごうけつはいった。一太の重太郎は、たくみに走って先を読み、馬わきを離れなかった。
「ふうむ、なかなか。」
「油断なされると、首を横取りしますが。」
わっはっは、そいつはいいと豪傑は笑った。なんなら娘の一人半分取ってもいいぞといった。
「飯が食えるようなりましたら。」
重太郎はいった、三人いる娘のうち、末娘は親の源兵衛に似ず、清うげで愛くるしかった。
戦はじきやって来た。依田をたたきつぶそうとする、でなくばやられるというものは、幾多あった。源兵衛主従は一番槍をと、真っ先駆けて、連合する相手の軍勢の、うすみを突いた。
叩き伏せ駆け抜けて、二人の前に大兵のひげ面が現れた。
「依田のへな槍か。」
「ううむ大月兵衛。」
「覚えたか、そりゃ大きにな。」
「佐野源兵衛見参。」
佐野の馬はあっけなくひっくり返った。敵の丸太ん棒のような槍の一なぎ。すぐ立ち上がって、互角の戦いもやや分が悪い。
一太の重太郎が出た。
「わっぱ、のけ。」
さくら党は具足をつけぬ、弓矢をよけ刀を払う技さえあれば、存分に働ける、名乗りを上げるなと、相手が鉄砲なれば、いらんこと。
「一刀に決めろ。」
十左衛門はいった、
「あやふけりゃ逃げろ、名分ではない。」
大兵に丸太ん棒の槍なと、隙だらけ。
その日、依田は一敗地にまみれたが、手柄を立てたのは源兵衛主従だった、一方の大将、やすだ広江の首級を上げた。
二度の合戦ののち、たのも重太郎は、依田かずさ、上総之介良雲の側近に、召し上げられた。
お目見えに依田、
「ふん、用済みにならんよう稼げ。」
と云った、そういえばお手打ちになった者、一人や二人ではなく。
ひどい仕事であった。
戦の最中に、相手の陣中にお茶を煎てに行く、文字通りそんなふうの、
「なにをこやつ。」
 戦う前に首を抜く、
「首とは脳味噌のこった。」
依田は能書きが大嫌いだった。ある日云った、
「源兵衛の末娘とな、おれが仲立ちだ、貰っとけ。」
祝言を上げたら、翌日は会田の居城、やすしろの城下に物見に行かされた。
さくら党の吉城というのが、そこにいた。
「依田の側近か、首が幾つあっても足りんが。」
「あっはっは出世しようと思ってな。」
物見は吉城の情報で足りた。
「ところで大野田が動く。」
「なんとあのど阿呆がか。」
「稲田をお供え餅にしてな、見事に依田が仕組んだ。」
吉城がいった。
大野田に倍の兵力を注ぎ足せ、そういうこった、十左衛門どのの企てはな、なるほど、重太郎はうなずいた。
一気に依田の世の中を作ろうという、動かぬ大野田を派手に動かして、
「ことはそれからよ。」
いよいよ化物が出る、十左衛門どのはそういった、
「稲田の若殿を救い出せ。」
「わかった。」
いうとおりの他はなく。
稲田の若殿は、苦労の末に、かんの沢の三つを抜いて、大名というにはほど遠く、
「これじゃ、上の山の女衆の半分の稼ぎにもならん。」
稲田の精鋭どもは苦笑した。
だが大野田と依田の小競り合いには、別行動が取れる。
「稲田へ帰れるのは、いつの日か。」
「天下を取ったらな。」
それとも死んだ後か。
依田から鳴海へ縁組みをしろといって来た、二つ城を会わせ持つ、
「上の山の倍は稼ぐぞ、めっかちの嫁さんに、肥沃の河岸をつけるってこった。」
そうする他はなく。
せんじゅはご本山の安居僧になって、三年が過ぎた。
新到三年白歯を見せず、死んだもののような年月が過ぎて、せんじゅは副司(ふうす)さまの行者(あんじゃ)になった。
副司さまは立派なお方で、詩文の才に秀で、ご修行もたいていでなく、貴人やなにがしさまという信者が多かった。
行者は五人いた、上の四人は公家やさむらいの出であった。
せんじゅは発奮した。
気の遠くなるような、経蔵の山。
「副司さまには及びもないが。」
たいへんに苦労する、苦労のしがいもないのかもしれぬ、ようやくできた詩を、兄弟子に見てもらうと、鼻にしわを寄せて、
「ひょうそくはあっている。」
と云った。
「懍々たる孤風自ら誇らず、
寰海に端居して龍蛇を定む、
大虫天子曾て軽触せず、
三度び親しく爪牙を弄するに遭う。
黄ばく禅師は生まれついての大宗師、生得の解脱人と云われる、汝ら妄りにこれを用うる能わず、観音大士時に変化して彼が道連れとなり云々。」
頌古を提唱する副司和尚の、ああおれもこのもういっぺん生まれ変わってあんなふうにと、せんじゅは思うには思う。
冬であった。
破れた土塀をくぐって、雪をかきわけて、乞食坊主が現れた。
副司寮の美しい障子に、無遠慮に手をかける、
「あの。」
「えいじゅはいるか。」
副司さまを呼び捨てにする。絶句する兄弟子ども、
「ただいま他出中であります。」
「では待たせてもらおう。」
わらじを脱いでずかずか上がり込む、あんなのを上げたら叱られる、でもひょっとしてその、―
 兄弟子どもはせんじゅを突き出した。
「ご用はなんでありましょうか。」
お拝して伺うと、
「別に用事はない。」
「はい。」
「茶を所望する。」
といってごろり横になる。せんじゅは茶を煎てて持って行くった。起き上がってうまそうに服む。
引き下がろうとすると、
「目に一丁字もないったってな。」
といった。
「一個天上天下。」
その目が笑っている。
手枕して、すやすや寝息を立てる。
せんじゅは仰天した。
いったいあの御方さまは、あとになって古参がいった。
「かいせん和尚じゃ、禅師さまとて頭上がらぬ。」
かいせん和尚は、あくる日にはもういなかった。
法要があった、たいへんなお布施が上がって、下っ端のせんじゅにまで白衣一枚。
そうしてそのあと、せんじゅは兄弟子と旅に出た。
副司さまの手紙をお届けする。
戦の世、ご本山の雲水姿はかえって通行手形になった。
依田に立ち寄って西へ向かう。
途中に、引っ立てられた。
「わたしどもはご本山の。」
兄弟子の弁舌も功を奏さず、書状を取りあげられて三日、
「まちがいであった。」
といって放免された。
京の別院にわらじを脱ぐと、兄弟子は、
「あとはわし一人でいい、見物でもして帰れ。」
といった。見物をして歩き、せんじゅは京の街中に、かいせん和尚を見た。
あとを追って見失う。
さよは依田のお城へ上がった。
依田上総之介、若殿と年はいくらも違わぬはずが、
「おれの妹になれ。」
いきなりいった。
「美しいおまえを、おれが欲しいところだが。」
この人はとつぜん死ぬ、さよはどういうものかそう思い。
戦の世はいっときこの人を中心に回る、
「なぜです。」
どうして聞いたのか、
「知るか。」
透明な笑い。
「負けるなよ、日はまた昇る。」
まっすぐに見る。さよは依田くみという名になって、館山のお城へお輿入れ。館山は大野田の首根っこ。
館山治信は凡庸の人物で、美しい光山太夫に首ったけ、依田の狙い通りというか、そうしていつ寝返るかわからぬ、
「ばかめが、それが現代風だと思っている。」
依田はいった、
「ずいぶん持たせろよ。」
というのが、妹依田くみへのはなむけだった。
小競り合いの末に、大野田と依田の大戦になった、
「痛いかゆいはいっとき、煙ったいのは我慢ならぬ。」
というのが大野田の言い種、外野の稲田が、何かあるつどうるさったい、
「ええひねりつぶせ。」
一息にというのが、そうは行かぬ。
大軍を押し破って依田は、胸の空くような勝利を納めた。
世の中はいっぺんに依田になびいた。
館山と鳴海の間がおかしくなった。
館山はよく戦って、依田の期待以上の成果であったが、稲田はたいした功もなく、というよりいっとき破れて、死んだと思ったやつが甦る。
だのに鳴海は領土を増やし、館山には誉め言葉以外になく。
依田に掛け合うと、
「親類ではないか。」
という、
「たとい親類だって、必死に戦った兵どもには、恩賞もできぬ。」
「だったら鳴海にいって、なんとかせい。」
という乱暴な返事。鳴海にかけあってどうなるものでもなく、
「館山は京へ上る要衝、依田はここが欲しいのです、お気をつけなされ。」
美しい奥方がいった。
「ではなおさらだ。」
稲田のへな槍をといって、大野田の引きと二三語らって、攻め寄せようという、あっというまに稲田の軍勢に囲まれた。
なにさまへな槍どころではなく、
「おれは依田の親類だ。」
「寝返ったものは致し方ない。」
見る間に壊滅した。
さよの奥方は、具足も付けぬ、刀を差したっきりの三、四人に連れ出された。
半日輿に乗せられて、山中の館についた。
一太がいた。
「そうだ、今は頼母重太郎という、けっこうな名までついている。」
「あたしはどうなるの。」
自分の言葉ではないような、
「光山太夫から館山の奥方さまは、美しい。」
「せっかく嫁いだものを。」
重太郎は消えて、十左衛門が現れた。
まるまっちいひげ面が、にゅっと笑う。
「つまりお前さまは、館山どのといっしょに死んだことになっておる。」
といった。
「ここはどこ。」
「稲田の金山館じゃ、人に知られぬ隠れ里。」
「そう。」
歌は読めるなと、十左衛門はいった、
「おまえさまは、さる高貴なお方の、お側室に上がらっしゃる。」
さよはだれということも聞かなかった。
成り行きはだが急転直下する。
依田は窮地に立つ。
大枚を使って手立てした、さる高貴なお方が、どういうわけか寝返って、天下に令を発して、依田の追討軍を起こした。
依田上総之介はいっとき逃れて、情勢を見る。


いるーじょの行列 三

とんとむかしがあったとさ。
むかし、せんのだ村に、むくげが咲いて、いるーじょという、幻の行列が通った。
「おっほっほ、いるーじょの行列。」
光山太夫の美しい奥方が笑った。依田とその手勢がやって来る。武将もいたし、稲田の若殿もいた、刀折れ矢つきた兵ども、商人もいたし女たちもいた、それにあれは雲水姿のせんじゅ。
「なんというまあ、地獄に向かっているーじょ。」
地獄ではなく、稲田の支配になる金山があった、人には知られぬ隠れ里。
いっとき敗軍の勢をかくまう。
依田とその武将たちがせんぎする。
「あれだけの黄金を手配したというのに、このざまだ。」
依田はわめいた。
「どういうことだ。」
「敵というのは、西に松井東のこうの山、浅井に重信に、たいてい同じ勢いだ、日和見があおり門徒がいる。」
「なびくか各個撃破であった。」
「それがさ。」
「うーむ。」
とやこうらちあかぬ。
「うすみはないか。」
「討って出りゃ、しりえに囲まれる。」
「なんでこうなった、天下は依田にってときに、時を逸しては消えるばかりよ。」
「松井もこうの山も、例のお方を担いでどうのってことではない、新興の依田がぽしゃって、領地の一つ二つ稼げればってな、できりゃ元の木阿弥の、門徒にしてやられるってのが落ちだ。」
「どうする、松井こうの山と手を組むか。」
「門徒だけは真っ平だ。」
依田は居城に入っていねば、
「十左衛門。」
上総之介が呼んだ。
「そちの手勢をもって、やつを盗み出せ、よしあきをな。」
人みな唖然とした、例の高貴なお方を盗み出して、さてどうなる、
「空手形なら、そいつを破り捨てりゃいい。」
依田はいった、なるほどそうかも知れぬ。
「そうしますか。」
十左衛門はあっさりいった。
「三日もあれば十分、わしらが依田の差配でないということを、お忘れなく。」
どういうことかとも、依田は問わず。
手勢の中に重太郎は入っていなかった。依田の意向を伝えに、おさよのもとへやって来た。
「せいぜいめかし込んでおけっていうのでしょう。」
さよがいった。
「気に食わなかったら、そっぽを向けってことです。」
「それはおおきに。」
稲田の若殿に会うかいと重太郎は聞いた、さよはかぶりを振った、だが若殿は会いに来た。
扇を差し出す、
「これは光山太夫の手じゃな。」
白い扇に、
「難波江の葦の仮寝の一夜ゆえ身を尽くしてや恋ひわたるべき。」
と書いてある。
「どうしてこれを。」
「金山人足が死んだ、足を踏み外したそうの。荷物の中に、法外な大金とこれがあった。」

「六郎という同郷の者です。」
「そうか、あきらめ切れなかったのだな。」
若殿はいった。
二人は見つめあった。
「なにかできることはないか、わたしに。」
「いいえ。」
ふっと笑った、透明な笑い。
依田の策は成功した。十左衛門配下は、さる高貴なお方、よしあきという年寄りを連れて来た。年寄りに見える、ふっさりと白髪の、だがさして年取ってはおらぬご様子、
「どこにおられた。」
「ふっふそれがお城を抜け出して、山の手の道を歩いてござった。」
十左衛門はいった。
「こうの山から松井に所替えか。」
「そうでもないらしい。」
依田上総之介とふっさり白髪のよしあきどののご対面。
「仰せのほどはご用意したつもりですが。」
依田はいった。
「ふむそうであったかの。」
「なぜにわたしの追討令ですか。」
「はて困ったの。」
よしあきは笑った。
「何ゆえであったかの、たとえばじゃ、
懍々たる孤風自ら誇らず、
寰海に端居して龍蛇を定む、
大虫天子曾て軽触せず、
三度び親しく爪牙を弄するに遭う。
とな、碧巌のこれをもじった詩をもって、わしを迎えようなど、失礼というより、大虫天子とは唐の宣宗であっての、わしなぞ格好とて及ぶべくもない、龍蛇を定めようにも、ふをっほっほ、さっぱりだれもいうことを聞かん、依田が三度び戦に勝ったろうが、そりゃ腹を立てさせようってわけが、耳の中の蚊だってえのは、たしかに片方の耳は聞こえにくい、これを知ってるものは、いや大枚たしかに頂戴した、忘れたってわけではない、懍々たる孤風ってこってな。」
高貴のお方は何をいうのか、ちんぷんかんぷん、漢詩の見えるのは坊主だ、そういえばだれかいた、せんじゅが呼び出された。
せんじゅは京の街にかいせん和尚を見かけ、あとを追って、戦に巻き込まれた。
稲田の軍勢であった。
奇妙なことをしている。
音に聞こえた稲田の精鋭が、三列に並んで日向ぼっこをする。
「これ坊主、年寄り坊さんは、向こうへ行ったぞ。」
だれかいった。
「はっはっは、じじいのくせに、おまえより元気だったがな。」
通り過ぎて、肝をつぶす轟音を聞いた、三段に聞こえる。
鉄砲というものだとは、後に知った。
「この詩は雪竇禅詩が黄ばくを称えたものです、臨済の師であるおうばく禅師です。」  せんじゅは説明した。
「でも変ですね、おうばくのような別格の御方のことは、みだりに用いてはならんと、副司さまは常云うておられましたが。」
「高名のあの和尚にな、たしかに仲立ちを頼んだ。」
依田がいった。
「ひょっとすると。」
せんじゅは使いに出て、途中引っ立てられたこと、兄弟子に追っ払われたことを話す、

「手を見ればわかります。」
「あれはえいじゅ和尚の手ではないな。」
よしあきがいった。
「わしは禅坊主なと、あまり好きではないが、如才ないあのお人の、書の頃合は知っておる。」
「すると。」
「そうさな、わしのたちをよう知っておる、何者かの仕業じゃな、へたな持ち上げようは、ひょっとして化けて出ようっていう。」
ふをっほとよしあき、せんじゅをつかまえて、
「薫風南より来たる。」
「殿閣微涼を生ず。」
問答に興ずる、
「おっほ禅坊主よの、でそのあとをなんという。」
「行って帰らぬ旅のはて。」
「どくろの杖に花開く。」
依田上総之介とその一党は、それどころではなかった。
「あの煮ても焼いても食えぬ、よしあきを手玉に取るとは、なにやつ。」
「ひょっとして陳祭樹という中国人では。」
稲田の若殿がいった。
「詩をようする、中国貴族としかわかりませぬが、黄金と鉄砲、これからの戦はこの二つじゃといって、わたしに金山の発見と精錬法を伝授して、鉄砲鍛冶を引き合わせた。」
「ふうむ、そやつが何故に。」
「いえ、天下統一に向けて、主導権を取るは依田と。」
そのあとを稲田はいわなかった。
「そのものもしや、日本名を山名清山といわなかったか。」
依田の武将かんのなにがしがいった。
「茶人であり、すきものであり、三千世界のことは、何一つ知らぬものなしといった、とてつもない男だ。」
「わしの知る男は、海の向こうの広大を解く、左かねよという人物だが。」
十左衛門がいった、
「お椀の中のような島国を制覇したって、せんない、個人の時代をきずけ、万里の波頭を越えてと説く。」
不意にいるーじょの行列を見る、たのも重太郎は愕然とした、みなまた何者かによって、たぶらかされ。
「よしあきに聞いてみよう。」
依田がいった。
「わしの知己というかな、知己というより面白い男がいる、果林居士というてな、幻術をよくする、年はいくつか、他愛ない男よ。」
高貴のお方はいった。
「ええわかった、そんなことはほっとけ、敵中突破だ。」
依田上総はいった。
「よしあきどのには、美しい妹を授けよう、逃げられぬよう見張っとけ。向こうにいないとなりゃ、天下はこっちのものよ、錦の御旗でも作っとけ。」
「敵中突破はお任せあれ。」
稲田がいった。
「使える鉄砲は今は百挺、ですがこれにて十分。」
よしあきの旗がなびいた。
黒ずくめを着た、稲田の鉄砲隊が行く、そのあとへ総勢がついた。
一斉射撃が間断なく続く。
それは稲田の工夫といえる、三十挺づつ交代して三段構え、十万からの敵の包囲網がどっと崩れて、敗走する。
あっけないほどの道行きだった。
「鉄砲か、これは人間を変えるな。」
依田がいった。
「人の命が数の問題だ、戦は鉄砲よ。」
「わたしはそれに苦しんでいます。」
稲田がいった。
「苦しもうが呻きもがこうが、浮き世の車輪は回って行く、恐ろしいか、恐ろしければ、その恐ろしいっていうやつになれ。」
呻くようにいう、
「人には臓物がある、血塗れにうごめくやつが。」
依田も稲田も同じふうつきの。
かばねを踏みわたり、しまいには空鉄砲を撃って押し渡る。
かちどきを上げて、依田の本隊は居城に入った。
戦は終わりだった。
まだ大敵はあり、従わぬ十や二十、門徒あり馬借ありする、自由の夢を見る死に損ないと脳天気と。
勝っても負けても、明日ということがわからなかった。
「もう少しすっきりすると思ったがな。」
十左衛門がいった。
「三人死んで一人生きる、どいつもこいつも化物よ。」
「みんな生かそうっていう変なのがいます。」
重太郎がいった。
「稲田の対抗馬でみつよしという天才です。依田が鉄砲を向けるのを、次次説得して歩く、どういうものか納まる、依田の手足になって、天下統一はみつよしによる。」
「ふうむ。」
十左衛門はいった、
「わしらはなんせ死なぬ工夫だ。」
みつよしか、しまいには色ぼけの強欲たかりと聞こえ。
「はっはっは、化物はおれ一人でいい。」
依田はいった、息をするよりたやすく人を殺し。
みつよしが手懐けた、門徒と海賊一揆を、稲田の鉄砲が皆殺しにする。
せんじゅはかいせん和尚を捜し当てた。
かいせん和尚は、稲田の金山にいた。時にもっこを担いで、金山人足とともに暮らす。

せんじゅは三拝した。
「地獄を見るかいの。」
和尚はいった。
せんじゅは師とともに、金山人足になった。
水替え人足という、無間地獄の。
抜けようとして、半殺しの目に会う者、病みほうけてうっちゃられる者、きちがいもいれば人殺しも。
喧嘩をし、ばくちをうち女を買い。
「どうしてこんなふうに。」
たまりかねてせんじゅは聞いた。
「夢見るというやつか。」
かいせん和尚は笑った。
「夢破れて無惨。」
「おまえが夢を見ている。」
「はい? 」
「水を替えるとき水を替えりゃいい。」
せんじゅにはわからなかった。
「稲田が依田を殺さにゃいいが。」
かいせん和尚はぼつりいった。
一日金山を抜け出した。
地獄の門を抜けて歩いて行く、かいせん和尚は、いったいどこでも素通り。
金山館の別邸であった。
「いたな。」
かいせん和尚はいって、せんじゅをつれて入る。
瀟洒な今様作りの、高貴なお方よしあきが、美しい側女と暮らす。
客があった。
「ほう今様一休どのか、よいところへ来た、名物男を紹介しよう。」
ふっさりと白髪のよしあきがいった。
よしあきとおさよの前に、のっぺりと長い顔の、ひょろり口髭を生やした男が坐る。

赤ん坊のようなといをうか、奇妙な老人。
「これは果林居士。」
よしあきにいわれて、目を上げぬ、立ち上がって出て行こうとする。
「せんじゅ、とらまえろ。」
かいせん和尚がいった、せんじゅは立ちはだかる。不思議なことに、よしあきはいなくなった相手と歓談する。
「かいせん和尚はの、斗酒なほ辞せず、酒を飲ませりゃ一級品で、それだけでも国師号は間違いなく。」
老人はうつろな目を向ける、おさよの方が、ふうわり立って、着ているものを脱ぎかける、まぶしいようなその。
見てはいけないもの、
「おっほっほおいでせんじゅ、肉身の仏とやらもうす。」
「や、やめ。」
というのへ、まっしろい指が、
「とおーつ。」
かいせん和尚の一喝。逃れ出る果林居士の腕を、せんじゅはとらえた。
「そこへひきすえろ。」
老人は半分にちじまって、へたり込む。
「いたずらもいい加減にせい、でなくったって浮き世は騒がしい。」
「いやおほん。」
果林居士なる老人が口を開く、
「陳祭樹というは唐にモデルがあってな、なにすこぶるまじめな男よ、稲田よりゃだいぶ賢いな、おっほっほ、山名清山は茶人でな、どっかに死体が転がっとるは、あいつは面白いとこがあって、うまいもの食いでそいで― 」
際限もなくしゃべり出す。
「そりゃまあ化けたよ、左かねよってのは魚の骨に細工した、ほっほっほ、いやこんな楽しい時代ってのはそうはない。どやつも坂道のてっぺんに目白押しでな、車つけてひょいと押してやりゃよかった、妄想に車、ぐるぐる回りがまっしぐらってえのは、ひゃっはこりゃ面白かった。」
「そうかい。」
「心頭滅却すれば火もまた涼しって、焼け死ぬのも一興。」
「わしをたらかそうたって、そりゃだめじゃ。」
とかいせん和尚。
「おまえの年は二四0歳、まっちょうな形になって貰おうか。」
「やめろ、一休の相手だってしようという、わしのいない世の中なんて、わさびの効かん刺身のような、あほうのよしあきだって、ほれあんなに楽しそうな。」
「えい、こいつがまちっとしっかりしてりゃ、戦は起こらなかった。」
かいせん和尚は払子を振る。
「う、浮き世はたのしい、いーいーー。」
奇妙な老人はちじこまり、されこうべになって転がった。
ぽかんと口を開けるよしあき、急に田舎娘に返ったようなさよ。
「古い書物にこいつのことが載っておる。梨の種をまいて、そいつが芽を出して木になる、花が咲いて葉が茂って、見る間にたわわに実る。木に登っ実を取って見物人に食わせる、うまいといってそれを食って、気がついたら財布がなかったという。まずは世の中そっくりってやつか。」
されこうべを拾って、和尚は去る。
「えいじゅの詩がな、物まねばっかりだったのが、急に色っけずいてな、変だと思って、それで気がついた。」
去って行くかいせん和尚に、せんじゅはとりすがった。
「どうか、わたしを弟子にして下され。」
「わしといっしょに行こうというには。」
かいせん和尚は、病みほうけた金山人足の、吐き戻すものを示して、これを食えといった。
せんじゅは食えなかった。
それを平らげて和尚は去る。
天下統一の前夜依田上総之介は、稲田の闇討ちに会った。みつよしが稲田をとらえて、首をはねた。
稲田は逃れて、しまいには金山人足になったともいう。
果林居士の車は止まらず。
海野十左衛門は、依田から免許状を貰って、大船を仕立てて、海の向こうへ乗り出した。
せんのだ村の三人も従った。
依田が死んで免許状は無効になる。
帰って来れなくなった。
いるーじょというのは、まやかしとか幻という、外国語だそうの。

2019年05月30日

とんとむかし10

富士山登山

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ばっちょろ村の、きーおっくとてんがいとざんごの三人が、日本一の富士山を見ようとて、旅立った。
田んぼが長くなった、どうしたって帰りは雪になる。
「なにさ。」
きーおっくがいった、
「富士山見たら、死んでもええ。」
「孫ん顔見に帰って来らさ。」
てんがいがいった。
「雪んなったら、熊みてえ、来年出てくりゃええさ。」
ざんごがいった。紅葉の山は、さんさ日の光、河をわたり、里を越えて行ったら、みっしり曇って、ざんざしぐれになって、そこらあたり、油紙敷いて宿るってわけに、いかなくなった。
だんべら温泉に宿があった。
上宿は大名行列が泊まり、たいてい宿は空っぽで、安い宿には猿が出た。
しぐれが上がって、月が出て、露天風呂があった。三人は、着物脱いで、ひたりこんだ。
「きれいなねえちゃんはいねえが」
「酒もねえけど。」
「じゅんのびたあや。」
ぽっちゃりぱっちゃやっていたら、猿が出た。
着物は取られなかったが、笹団子のふろしき取られた。
笹がひいらり、ふろしきが舞い飛ぶ。
どうもならん、腹へったいってたら、村人が来た。
「お客さあ、風呂へえるときは、荷物きもの頭の上へのっけてと、云いに来たば、はいおそかったか。」
といった。
「食うものねえか。」
「そば団子でよけりゃ、持って来てやるが。」
いう。
そば団子、えれえうまかったが、ばかたけえ、
「猿とぐるんなってんじゃねえか。」
そんなこともねえだろうがといって、あした朝はよう晴れた。
三つ峠越える。
松の林あって、きのこ取り名人、きーおっくが、まつたけ取ろうという。格好の川があって、雑魚取り名人てんがいが、鯉をつかまえようという。
「ばかいわんのはおれだけだ。」
といって、ざんごは、大根取るおっかさつかまえて、話し込む。
とうとう峠越えられずに、日が暮れた。
一軒屋にばあさいて、泊めてくれるといった。
「死んだじいさま、やまどり飼ってた小屋だがな。」
「まんず助かる。」
といって、とりの糞こびりついたか、むしろ三枚しいて、なんとか宿になったら、どうれといって、きーおっくがまつたけ出した。
「おらも。」
といって、てんがいが大鯉を出す、
ざんごが、うまそうな大根を出す。
「今夜はごちそうだ。」
鍋借りて煮たら、
「酒出すで、おらにも食わせろ。」
といって、ばあさ、どぶろく持って来た。
三人は大喜びした。
飲めや歌えや始まった。
なにを歌ったか、どうせたいした歌出ぬ、ばあさ酒強い、うわばみみたい飲んで、
「ひいっひ男がどうした。」
 ひっかけ歯鳴らして、かき口説く。
「おらだまされて、こんげなとこ来た、親大酒飲みで、酒のかたに娘取られた。」
そりゃそうかも知らん。
「鬼ばばでねえってや、生んだ子はみな出っちまうし。たいてい人並みんこたしたあに。」

おうんおうと泣き上戸。
日高う上って、やっと目覚めた。
ばあさとっくに起きて、
「もう追加料金だ。」
といった。
「鬼ばばだ。」
「うんなこたねえ。」
しかたねえ三人、割増し払って出た。
伊石の飯綱原は、もとは飯砂といって、砂が食えるんだそうの、そういえば、焼き飯のような、うんまげな砂つぶ。
「ぐ、ううむ、こいつは食える。」
きーおっくが食ってみて、
「ぶう、うんめえ。」
てんがいが食ってみて、ざんごも食って、
「だめだこりゃ。」
三人ぺえと吐き出した。
ふもと村へ着くと、
「へえあれ食ったってえのいたか。」
人は呆れていった。
「よっど腹へっとったか。」
大昔戦があって、しなの大尽の米倉火が入った、焼けた米砂になったという。
むかし食えたって今はだめだとさ。
はるやま寺の門前町に来た。
なにはなんたってお参りせにゃあ、ご先祖さまなんまんだぶつ、道中安全祈願。
でっかい仁王さまあって、紙つぶてがいっぱい貼っつく。
紙つぶてして、力持ちになれると。
力持ちはいいが、おみくじ引いた。
きーおっくがひいたら大吉で、
「犬もあるけば幸にあたる。」
とあった。
あとの二人は小吉で、
「ゼニを落とせば拾う者あり。」
「拾ったゼニは人の物。」
というのだった。
門前は大にぎわい、物見遊山が行ったり、商人が行ったり、美しい女や、さむらいが歩いていたり、乞食がいた。
「お土産買うな帰りにしよう。」
「そうだなあて。」
あっちを見こっちを見、人をよけた拍子に、きーおっくが、でっかい看板に、頭ぶっつけた。
鉄棒持った赤鬼に、幸運と書いてある。
煙草屋だった。
「おーいて。」
たんこぶが出た。
「わっはっは大吉。」
「煙んなった。」
通りかかった姉さまが、ころころ笑う。
「美しい姉さまじゃ。」
といって、身かがめて、ざんごが一文拾った、
「いやそりゃわしのじゃ。」
てんがいがいった、
「小吉じゃ。」
なんてえこった。
三人は安宿に泊まって、あくる日は川船に乗る。
船付き場に、美しい姉さまいた、
「あれま、きつう幸運の人。」
きーおっくの頭見ていった。舟に乗り合わせて、三人は姉さまと、よもやまの話した。姉さま用事に来て帰る、
「えちごのお人でまあ、日本一の富士山を。」
いえそんなめでたい人は、どうか家へ泊まっておくれと、姉さまいった。
「じいさま縁起担ぎだで、喜ぶ。」
道すじだった、
「ありがてえ、やっぱり大吉であった。」
「わしら小吉。」
三人はその家に泊まった。お倉があって、黒塀と立派な松があって、ばっちょろ村の、そうさ、次郎兵衛さまんお屋敷みたいだった。
三人床の間へ座らせられて、お膳にはとくりもついて、品のいいじいさまそこへ出て、

「いや旅のお方、えちごより仰ぐ高嶺も富士の山、お一人づつどうか、あとを付けてくれ。」
といった。
おもてなしじゃ、めでたいこといわんけりゃ、
「たんこぶさえも大吉祥。」
まっさき、きーおっくが付けた。
「ほう、富士山のこぶ知ってなさるか。」
じいさまひおうぎ開く。
「見越しの松に風吹き寄せて。」
てんがいが付けた。
「ほう、わしらが松をな。」
「酒を汲んだら清うげな姉さま。」
ざんごがいうと、
「わしらは酒屋ですじゃ。」
 じいさま大喜びして、ご祝儀までついた。
あくる日行くと、だんご一皿四文と幟がたった。
ようし、ご祝儀貰った、食うべえといって、三人は坐りこんだ。
きーおっくが二皿食って、てんがいが八皿食って、ざんごが五皿食って、まあこのへんでといって、祝儀袋開いたら、六文しか入ってなかった。
「金持ちほどしわいってな。」
「そういや次郎兵衛さまも、えっへ。」
三人はなけなし払った。
「六文銭というの、縁起ええと。」
なんでだあ、そうかいのといって歩く。
平らの町は大繁盛、富士見橋というのがあった。天気のいい夕方、富士山が見える。

夕方立ちつくした。
あっちの山の向こうといって、赤い三角が見えた。
「富士山け。」
「やっぱり行ってみなくっちゃなんねえ。」
「でも拝んだ。」
今夜はどこへ泊まる。
宿はねえようだし、ねずみの百穴という、山に百八つ岩穴が開く。
「むしろなら貸してやるで。」
村人がいった。
「でもな、変なのいたり、盗人のすみかなったりするで、気いつけろ。」
なんせありがてえといって、むしろ借りて三人は、ねずみの百穴に宿った。
盗人の大黒ねずみ一党が住んでいたで、ねずみ穴、戦んとき、寝ずの張り番したから、寝ず見穴と、二通り伝えがあって、草ん中の、けっこうきれいな穴だった。
寝ていたら、ぼおっと灯がともる。
「十ばか向こうの穴だ。」
「盗人か。」
男と女の姿が浮かび上がった。
「ゆうれい。」
そういえば、幽霊が出るってだれかいった。
ふっ消えてあと、まんじりともせず。
あくる朝、むしろ返して、旅立つと、人止めする。
押し込みがあったそうの、大店入って、百両の金取ってからに、一人娘さらって行った。
「そりゃおおごった。」
「とんでもねえって、昨夜見たあれ。」
「足ねかったで、あれ。」
半日止められて、そんげ間抜け面、押し込みなと、気のきいたこたできんと、お役人がいった。
「行け。」
はいなあ、なんてこったといって、歩いて行くと、若い男女が先へ行く。
旅は道連れじゃ。
聞いたら富士山へ行くんだという。
「いえあの、新婚旅行でして。」
「そうか、そりゃま。」
「あのな、押し込みあったいうで、気い付けろ。」
「はい、それは。」
と二人、ぽおと顔見合わせる。
「あったりめえじゃ、とっつくな。」
きーおっくが云って、先へ行く。
「わしらも若いあんげとき来りゃな。」
「ひっひい、よだれたらすな。」
先へ行きすぎた。人里通り越して、山ん中で日が暮れた。
おおかみが出る、
「寝ていて食われる法知ってるか。」
「おおかみの穴の前で宿れってな。」
とっぷり暮れて、油紙しいて宿った。
晴れてよかった。
星空になった。
あっちへ流れ星、
「願いごとかなうってや。」
「死ぬまで生きるってえのかあ。」
すうとそいつが足もとへ、あっちこっち、天地みんな星空。
「ええ、星ではのうて。」
「おおかみじゃ。」
だめじゃ、死ぬまで生きられねえ、どうしようばって、どうもそうではないらしく。

夜が明けると湖が広がった。
もう雪をかぶった富士山。
さかしまに映る。
「うおうなんまんだぶ、とうとう来たぞ。」
「極楽往生の富士山じゃ。」
「たんと拝んで。」
三人仰いで突っ立つと、その向こうに、昨日の新婚旅行がいた。
二人寄り添って仰ぐ。
「おはようさん。」
といったら、
「おはようさん。」
といって、眠いたい目こすったか、涙拭いたか。
「二人きりがええんかもなあ。」
「うっひい、どこだっても。」
といって、先へ行く。
ほうとうというものを食った。
うどんにかぼちゃが入っている、精がつくでといったが、
「おらとってもだめだ。」
ときーおっく、
「飯綱の砂よりゃよっぽどええで。」
とてんがい、
「こんなにうめえもの、帰ったらおら、かかに作らせる。」
とざんご。
ほうとう食ったら、いよいよ富士山、そこら馬子がいて、馬に乗れといった。
「ここ馬に乗らんと、あと続かん。」
という。
「そうかあ。」
「じゃ乗るか。」
「はーい馬三頭。」
と呼ぶ、
「いや一頭でいい、代わり番こ乗るで。」
と、一頭にした。
「えちごっぽうのけち。」
馬子がいった。
ほんの三町も行ったら、はいここまでという、けっこういい料金だ。
「ふんだくり馬子が。」
ほんのちょっと行ったら、
「馬に乗れ、お客さ。」
と出る。
「ここ乗らんと、あとが続かん。」
なんしろ手振って歩いた。
夕方には、宿坊に着いた。
がっしりとまあ、じょうがん寺さまみたい、でっかい建物。
手洗い水があって手を注ぎ、口を注ぎ、鈴鳴らして、お賽銭投げて、でもってここに一晩宿って、あしたは登山。
ばっちょろ村きーおっく、てんがい、ざんごと書いて、白い着物に、金剛杖買うた。

大広間に何十人もが寝る。
飯はまた馬の食うほどに出た。
「ありがてえこっちゃや。」
といって、三人は一粒残さず食べた。
真っ暗いうち起きて、行列して登る。
行列が一列になって、てんでんになって、きーおっくとてんがいとざんごの、三人きりになって、登って行った。
水だ休もう、松がある休もう。
「いい眺めだ。」
といって、雪降った天頂までは、もう行かれない。
五合目ほどへ行く。
「水だって。」
行ってみると、今は涸れております、飲めませんと書いてある。
「なら、水ってとこへ書いとけ。」
「ちいっとおかしいと思わんか。」
きーおっくがいった。
「道順か。」
「そうでねえ、あの新婚旅行だ。」
「へ。」
「さっきあっち入って行った、入ったら出れねえって林だ。」
三人は顔見合わせた。
「さがせ。」
なにしろ捜し当てた。
松たけ取る名人だ、そうでねえ雑魚取り名人、大根足てのはおらに任せとけと、見つけだす。
心中だという、もとの道へ連れ戻した。
「どういうこった、話してみろ。」
きーおっくが聞いた。
「わたしどもは、富士見橋のある平らの町の。」
若者がいった、
「これは大店の娘で。」
「ほんのこんなころから、好きだったんです、この人のことを。」
娘がいった。
親の許さぬ仲を、どうしようばたって、狂言強盗やって、百両取って、娘と駆け落ちした。
「そいつはちいっとやり過ぎでねえか。」
「お嫁に行くときくれるっていったんです。」
娘がいった。
「でもこの人、そんなの駄目だって、取った百両は、百八穴ねずみ穴の、五十六番に埋めたからって、昨日家に手紙書きました。」
「でもって心中か。」
二人は俯いた。
「だからさ、富士山へ登ってからにしろ。」
てんがいがいった。
「わっはっは、そういうこった。」
「さあ行こ。」
総勢五人して登って行った。
五色の雲がなびいて、雪をかぶった富士山が、世界中みたい、まん前にある。
「手を伸ばせば届きそう。」
ぼつりいった。
「でもあと一日かかるってさ。」
「そうさなあ。」
寒い風が吹く。
「川越人足でもなんでもして、わし働こう。」
若者がいった、
「添い遂げよう。」
「人足なんていや。」
娘がいった。
「だって。」
「わしら立ち寄って、親父さまに話しよう。」
きーおっくがいった。
「娘の顔見たくねえ親なぞいねえ。」
「そうさな。」
てんがいとざんごがいった。
ばっちょろ村の三人は、心中の二人を送って行った。
富士見橋のある大店だった。
親は涙流す。
六根清浄の白装束に、金剛杖の三人、
「富士山のお使いさまじゃ。」
といって、ついに二人の仲を許した。
百穴から大枚も出た。
よかったといって、雪降らぬまに、ばっちょろ村へと、帰って行ったが、三つ峠で追いつかれた。
なんとか、年のうちに村へ帰った。
大酒飲みのばあさとこで、一冬過ごしたって、そんなもう、そりゃ何かの間違いだ。



忍術修行

とんとむかしがあったとさ。
むかし、びんちょろ村に、ちんちろりんとたんげんという、兄弟があった。
ちんちろりんが十で、たんげんが八つ、二人忍者になろうといって、忍術屋敷のどんでん山に向かった。
「さるとびいのすけ大先生の、弟子になろう。」
といって行くと、
「きよい清水。」
という札が立って、水が湧く。
「これを飲むと百人力。」
と書いてあった。
 そうかといって二人、飲もうとしたら、ねこのような兎のような、三つ口が立つ。
飲もうったらとっぱらう、一回、二回、
「なにする。」
といったら、
「飲めるもんなら飲んでみろ。」
と、三口がいった。
ちんちろりんが三口をひっぱたく、そのまにたんげんが飲んだ、と思ったら、二人ひっぱたかれて、吹っ飛ぶ。
「なんとな。」
足を払えば頭ごなし、押さえようとすりゃ、二人宙吊り、夕方までやっていて、どうにか飲むには飲めた。
「ふん、まあまあか。」
三口はいって、兎になって消えた。
二人疲れきって、ふんのびていたら、まっくら闇夜を、どんとおっかぶさる。
「やみんたぬきの、大ぶろしき。」
と聞こえた。息の根も止まって、もがいたろうが、そこへ押しつけられてうずむ。
「歩け。」
という、
「こなくそ、ううむ。」
二人起き上がって、歩いた。
清い清水の、百人力。
死に物狂い、夜っぴで歩いて、夜が明けたら、二人の上に、親たぬき子だぬき、孫だぬき孫々たぬき乗って、親だぬきのきんたまどっかとかぶさる。
「なんだこら。」
「よっこらしょ。」
ほうりだしたら、そこへ転がってふうっと消えた。
ちんちろりんとたんげんは、ぐっすり眠った。
何日眠ったか、草生いのびて、両手両足ふんじばる。
身動きできんのに、天からまっくろい雨降る。
雨ではなくって、ひーるだった。
めったらついて、血を吸う。
「脳天しびれて死ぬ。」
と聞こえ、脳天しびれて、二人夢を見る。うんまいたら汁食って、おっかさんのおっぱい吸って、
「たんげんしっかりしろ。」
「ちんちろりん。」
必死に呼びあって、やっぱりしびれ。
「ううむ、こな。」
二人気張って、ひーるの血反対に吸い上げて、しょんべんにしてひっかけた、ひーるはふんのび、草も枯れた。
二人は起き上がった。
先へ行った。
からす天狗が立った。
「わしの鼻をもいだら、通してやる。」
といった。
「ようし。」
「いざ。」
二人とっかかると、からす天狗はからすになった、二羽が四羽になり、四羽が八羽になり、棒きれとって、打てば打つほどに増える。
「ふーんこいつら。」
つっつかれるやつを、
「もとは一羽。」
一羽のからす浮かぶ、そいつのくちばしぎゅっと押さえた。
くちばし、からすてんぐの鼻になってもがく。
鼻はもげなかったが、からす天狗は消えた。
どうめきの滝へ出た。
滝の上にお月さんがかかって、
「どうだ、わしを取ってみろ。」
と、お月さんがいった。
「なんとな。」
「天までとどく投網。」
そんなものない、滝かけのぼって、手届きそうになって、どんぶり、ざんぶ落ちる。

弓こさえて射たがだめだ。
「これだ。」
ちんちろりんがいって、ふきの葉っぱに、水汲んだら、中に、お月さんがあった。
ふきの、お月さんとらまえて行くと、大岩があった。
「さるとびいのすけぞ、ようここまで来た。」
岩がいった。
「二人はいらん、強い方を弟子にする、戦え。」
ちんちろりんとたんげんは戦った。めったら戦って、
「ちんちろりんを弟子にしろ。」
「たんげんを弟子にしろ。」
と、兄弟はゆずりあった。
「うるさい、負けたほうを食う。」
岩がいった。
まためったら戦って、腕も足もげかかって、
「わかったおれを食え。」
ちんちろりんがいった。
「おれのほうを食え。」
たんげんがいった。
大岩がとんがって、くちばしになる。
二人うまくそけたら、のびきって割れて、洞穴になった。
中に槍と刀があった。
ちんちろりんが槍を取り、たんげんが刀を取って行く。
お宮があった。
「忍術神社。」
と額がかかる。
「中へ入れたら弟子にする。」
と聞こえ、ぎいっと扉がしまった。
押しても引いても開かぬ。
「からくりがある。」
屋根にとっつき、壁にとっつきしたが、なんにもない。
どうもならんで、日が暮れた。
二人寝入ったら、おっかさんが夢に見えた。「人にわるさする忍者なぞ、ならずたっていい。」
という、
「どうしてもなりたいんなら、一本杉の下に、抜け穴があるが。」
とおっかさん。
あしたの朝見ると、一本杉の草むらに、穴が開く。
「ようし。」
二人はしば刈って火点けた。燃えて穴へ吸い込まれ、忍術神社に、煙がもくもく。
「火事だ。」
大声上げたら、
「お宮を燃してはならん、ものども。」
といって、騎馬武者がすっ飛んで来た。
三つ口に、ひーるに、親孫たぬきに、からす天狗に、月夜女に、岩女にすっ飛んで来た。
水をかける。
ぎいっと扉が開いた。
ちんちろりんとたんげんが、飛び込んだ。
「中へ入ったぞ。」
「火はもう消えている。」
騎馬武者が馬ごと人間になって、
「仕方ない、弟子にしよう。」
といった。
「さるとびいのすけさま。」
二人はそこへ、平伏した。
兎男はぴょーんと跳んで、そこへ立ち、親孫たぬきは、一匹大だぬきになって立ち、ひーるは無数のひーるが一人になり、からす天狗はからす天狗、美しい月夜女に、しこめの岩女に、
「七番目と八番目が来た、名はなんとしよう。」
「ちんちろりんとたんげんでいいです。」
「よろしい、ではちんちろりんとたんげん。」
さるとびいのすけさまがいった。
「お城へ忍び込んで、殿さまを連れ出せ。」
忍者はわけを聞いてはならん、ちんちろりんとたんげんは、お城へ忍び込んだ。
女部屋へ入って、まっ赤な着物を着て、
「大忍者さるとびいのすけさまが、お城の外でお待ちもうしております。」
といった。
「あやしのもの。」
家来衆が取り押さえると、赤い着物だけだった。
そんなことが三度あって、
「これは一大事。」
というのへ、
「わしが外へでればよかろうが。」
殿さまはいってお城を出た、お付きも六人。
「あんなんでいいんか。」
「知らんけど、連れ出した。」
ちんちろりんとたんげんはいって、忍術神社に引き上げた。
だれもいない。
三日待ってから、お城へ忍び込んだ。
「おそかったではないか。」
殿さまがいった、殿さまではない、さるとびいのすけさまだ。
お付きの六人は、兎男に大だぬきに、一人ひーるに、からす天狗に、月夜女に岩女だった。
「どうじゃ、いい暮らしができるぞ。」
という。
ちんちろりんとたんげんは、おっかさまの墓参りをしてきますといって、お城を出た。

「どうも納得いかん。」
「忍者は悪者だ。」
「やっぱりまじめに働こう。」
そういって寝たら、また夢におっかさんが出て、
「忍術神社のからくりがわかった。」
といった、
「さるとびいのすけと六人衆の、髪の毛とっておいで、それ屋根のてんがいにゆいつけて、回せ。」
いわれたとおりすると、ぴえーと音がして、さるとびいのすけの馬つら、兎男たぬき男、ひーる月夜女岩女、まっくろい霧になって、忍術神社に吸い込まれ、かわって殿さまと家来六人衆が、お城へ帰って行った。
忍者一党は成敗された。
ちんちろりんとたんげんは、おっかさんのお墓守って、はたけたがやして暮らした。



鬼の面

とんとむかしがあったとさ。
むかし、黒石村の、三郎兵衛、お宮のお祭りに、鬼の面つけて、おかぐらを舞った。

そのお面がとれなくなった。
とっついてはがれぬ。鼻くそもほれぬし、なんとしようば、かかわめくし犬は吠える、

「石槌山の岩戸くぐりゃとれる。」
という、
「とれるかも知らんが、あの世へつながってる。」
と、だれか云った。
三郎兵衛は、石槌山へ向かった。
「ききーぴよ鬼が来た。」
鳥が鳴く。
「おにんきたおうほうひいらぎ。」
ひいらぎが揺れる、
「鬼の面とっついたって、人間さまだ。」
と、三郎兵衛、
「おにんつらつらとっつたつらつら。」
つばきが云った。まっ赤な花が三つ落ちて、三人巫女さまになって招く。ついて行くと、石の柱がのっきり立って、真っ青な空に消える、
「生まれる前がいいか、死んだあとがいいか。」
と聞こえ、
「いやだ、生きていてえ。」
といったら、
「おうほっほっほ。」
三人巫女さま笑って、大空から、金の糸が垂れる。それつかまって底なし、
「助けてくれえ。」
三郎兵衛ふりもがく。墜落した。
目が覚めると、
「おっほうごうや。」
「ごうやのほうや。」
鬼どもが踊る。
「鬼なら踊れ。」
といわれて、三郎兵衛は踊った。
飲めという、小便のような。食えという、人間の手や足や、
「ぎゃっ。」
と目を回し、そうしたら、石の大門だった。
「開けてくれ、鬼の面をとってくれ。」
わめいていると、ぎいっと開く。
牛頭が現れた。
「とってくれるか。」
「こっちのほうがいいとでも。」
牛頭はいった。
「来い。」
ついて行くと、なんにもない部屋に、まっ黒い大仏さまが座る、
「でいだらさま、面をとってくれといってますが。」
牛頭がいった。
「つらの皮もはがれるが。」
大仏がいった。
「なんしてこんなめにあう。」
「さいころを振ったら、鬼と出た。」
「だで仕方がない。」
馬頭が来た。
「そろった、おまえが勝ったら、鬼の面外してやろう。」
そういって、ばくちをうつ。
びったくた。負けりゃ、せがれの寿命で払えという。勝ったら、もういっちょうという。
びかっと光った。
牛頭も馬頭も大仏も、石になった。
「ちょっと目をはなすとこれだ。」
ひいらぎの杖が浮かぶ。
「人ではないか、どうしてここへ。」
といった。
おかぐらのお面がとれなくなった、ばくちをうたされた、なんとかしてくれと、三郎兵衛はいった。
「三月たつ、身は腐れておる。」
ひいらぎの主はいった。
「死ぬのはいやだ。」
「では、そっくりに引き返せ。」
という。
三郎兵衛は、石の大門を出て、引き返す。
「ぎゃっ。」
といった、腐れかかった手や足だった、食えという、食うに食えぬ、飲めという、小便を。
「踊れ。」
鬼の踊りを、
「ほうやのごうや。」
「ごうやおっほう。」
めっくらめいて、なにかをつかんだ、金の糸にぶら下がって、真っ青な空へ、
「死んだあとがいいか、生まれる前がいいか。」
と聞こえ、
「いやだ、生きていてえ。」
「おうっほっほう。」
三人巫女さま泣く、赤い衣が、三つの花になってとっついた。
「つらつらおにんつら。」
椿が云った。
「鬼ではねえ。」
「はがれんひいらぎ。」
ひいらぎが揺れた。
「ぴーよききー。」
鳥が鳴いて、手も足も生え。
おかぐら舞いが終わったとこだった、年男の三郎兵衛は、大役を果たして、
「精進落としじゃ、さあ飲め。」
という、
「なんせめでたや。」
村一番の小町娘、おみよを射止めて、じきに祝言だった。
ぱちっとかわった。
ひいらぎの杖が見え、
「あんまし飲まんで帰って来てくれ。」
みよに振られて貰った、おっかさいった、
「用もねえに、おかぐらなんぞ出おって。」
六十じっさになっていた。
おかしいもっと-といって忘れてしまった。

2019年05月30日

とんとむかし11

鬼泣き橋

とんとむかしがあったとさ。
むかし、のうめんこ村に、じっどとはいどという、二人の男があった。
じっどはでぶの禿頭で、そんなこたあおめえ、えっへえと笑った。はいどはのっぽで、あごつんだして、だってさあといった。
「そんなこたあおめえ、お天道さまが、許さねえ。」
「だってさあ、世の中おめえ。」
二人はいつもいっしょだった。
西のいわたん守と、東のたんがの丈が喧嘩して、世の中は戦争になった。
「槍一本で、田んぼ十枚。」
「きれいな嫁。」
「えっへえ世の中。」
と笑って、あごつんだして、
「だってさあ、ぶすっと。」
といって、どっちが勝つか、西が強そうだと、のんのんさまの、松の木のおっかさ云った。
二人はいわたん守の軍についた。
さむらい大将さんだゆうの一の家来、とうえもんの下のいつえもの下働き、はんべえの十人組にかけつけた。
「ようしそろった、二人おまけもついた、出陣だ。」
槍をしごいて、はんべえがいった。
「おまけだって手柄立てりゃ、馬一頭。」
わあといって、討って出た。
野っ原つっ走って、どこで戦になったかわからない。
「おまけ、槍はまっすぐ。」
「へい。」
「そっちじゃない。」
「はい。」
ざあと弓矢が降って来た。三人倒れて、五人わめいてと思ったら、槍にはらわれて二人死に、えーと十人が何人残った、おまけは口をあんぐり。
よろいかぶとの、騎馬武者が来た。
「とうえもんはおらんか、雑兵はいらん。」
「とうえもん配下いつえもん下働き、はんべえだ。」
「のけ。」
騎馬武者は、はんべえを一なぎして、行ってしまう。
「ううむ、やられた。」
とはんべえ、おまけはいつか二人っきりになった。
敵のかさかむって、同じようなのが二人立った。
「えいえいやるか。」
「えいえい、来るか。」
「そんなこたおめえ、えっへえこええか。」
「だってさあ、向こうも腹へった。」
敵味方別れて、そこらやぶへ入って、飯食っていると、
「わあ。」
といって、逃げるの追っかけるの、手負いのはんべえ、食いかけと槍と、じっどとはいどは、やぶから棒に突き出した。
敵はたおれて、
「首をとれ。」
息ついてはんべえ。
顔見合わせて突っ立った。敵は起き上がって逃げる。
「せっかくの手柄を。」
二人は我に返った。
「そうだ手柄だ。」
「きれいな嫁。」
槍をかざして走って行った。
あっちへ抜けこっちへ駆け。じっどがたおれ、はいどが投げだされ、わめいてはまた起き上がり、二人背中合わせに、ふん伸びた。
気がついたら、真夜中。
「えっへえ生きてたか。」
「死んでねえ。」
のっこり立って歩いて行ったら、手綱ひきずって、でっかい馬が立つ。
「そうさなあ、これ乗って村へ帰ろ。」
二人はよじ登った。とたんに馬はつっぱしる、必死にしがみつき、味方陣中へまっしぐら、
「村はあっちだ。」
「うへえ。」、
「だってさあ松の木のおっかさ、西が勝つっていった。」
「そんなこたおめえ、終わって見にゃ。」
陣中幕の内、
「どう。」
押し止めて、
「なに、だてが松の木の丘を西へ。」
「そねの小わっぱが、押しわたる。」
二人は担ぎ下ろされた。
「物見ご苦労であった。」
「えらいやられとる、休め。」
敵ながら天晴れの布陣じゃ、そうなっては勝ち目がない、そねの小わっぱがな。引き上げるか、いや急襲じゃ。
夜討ちをかけよう。
二人は飲んで食って、いい着物があった。立派なまあそいつは、
「もういいか、この着物きて村へ帰ろう。」
「生きてりゃあ、嫁もな。」
のっこり抜け出した。
遠回りして、河っぱたへ、葦が茂って、舟が一そう、
「これ乗りゃのうめんこ村へ行く。」
「そうかな。」
二人は乗り込んだ。
棹さして、本流にはまる、
「えっへえだめだ、あっち行け。」
「だってさあ、棹立たねえ。」
 青い旗が立って、東のたんがの丈、
「どうしよう。」
「だっておめえ。」
岸へ乗り上げた。
よろいかぶとが立つ。
「派手に着おってからに、なんだおまえらは。」
「のうめんこ村のじっど。」
「はいどです。」
「能衣装か。」
東の陣屋に引っ立てられた。
「ほう、道化か、さすが好きものいわだの守だ。」
「なんで逃げ出した。」
「いえあのくわもってこう。」
こわくなってしゃべる、
「痩せ地掘っちゃ、小金も出ねえ、花咲かじっさの、足腰やきーんと痛むっきり、からすの鳴かねえ日はあったっても、かかやがきわんと泣いて、犬っころじゃねえや、年が年中、食うや食わずの、水ん呑み。」
身ぶり手振り、
「泣かすがきも、かかもねえで、夜な夜なにぎってるやつ、おらあは槍に代えて、一旗上げようたって、情けねえったら、上がりやしねえ。」
そんなこたあおめえ、だってさあ、二人息合って、
「うわっはっは、達者な連中だ、こんなお宝手放すようじゃ、戦は知れた。」
陣中腹抱えて笑って、
「京人か。」
「ゆるりくつろげ。」
といって、今度は女たちのいる部屋へ、案内された。
酒が出て、幕の内にはご馳走が出て、
「京のお人となあ。」
「ひょんなお顔があかぬけして。」
うひゃあ、生まれて始めてもてた、
「のうめんこ村に嫁にこねえか。」
「能面小村どの。」
「いんにゃ水ん呑み。」
「印南美濃さま、はいなあ。」
酔っ払って、よだれたらして寝入ったはいいが、なにしろずらかるこった、ばれりゃ首が飛ぶ。
槍に具足があった。
「軍勢の中の軍勢ってこった。」
「のっしのっしと、抜け出りゃいい。」
派手な着ものを、こりゃ一生かかっても稼げぬってえ、戦利品だ、上に具足つけて、抜け出した。
十人百人たむろする。
「向こうの丘抜けりゃ。」
丘を抜けると、何千人。
「方向ちがい。」
法螺貝が鳴って、全員整列。
「おう、さのじょう、お主生きておったか。」
「へ。」
「おっほう、ごんのすけも。」
「は。」
肩を叩かれて、気がついたら、じっどもはいども、一隊の先頭に立つ。
「昨夜は不意を突かれて、不覚を取った、戦はまっ昼間よ、行け。」
おうと全員突撃。
じっどとはいど、ぶったまげの逃げ足が、先陣切って走る。
浅瀬を駆けわたって、向こう岸、
「のうめんこ村あっちだ。」
「なむさ。」
弓矢が雨のように降る、
「だってさあ、こんなもん、村へ連れてってどうする。」
「そんなこたおめえ、引っ返せ。」
向きをかえる、ちょうど激戦の、まっただ中。
敵も味方もめったらが、とんでもない戦になった、ついたりぶんまわしたり、水ん呑みの、へっぴり腰、
「があうわ」
五十回死んで、五十回生きたと思ったら、ふうっといって、ふん伸びた。
うーんと息吹きかえしたら、二人立派な敷物の辺に。
「お呼びにござります。」
使いの者が来た。
とにかくついて行った。
参謀総大将から、たいてい喧嘩の張本人まで、さしむかい居並ぶ。
なにを話し合うたって、
「河向こうたったの十三町歩、そりゃあっちへ行ったり、こっちへ行ったりの。」
「さよう、意地の突っ張りあい。」
「浦廻の松はわしのもの。」
「いんやこっちの。」
「お連れいたしました。」
二人立った。口上が云う。
「西には決死の物見の末、夜襲の一勝を与え、東には、陣中突破の奇襲をもって一勝を与え、よって双方痛み分けの、かくは和議にいたった、天晴れ見事なる。」
「さよう、松がどうの、意地の張り合いには。」
「最少の死者。」
「定めしさるお方さまの。」
「ははあ。」
といって、総勢かしこまる。
二人弱った。
「うらみの松ってなんじゃい。」
「むかしの葛っぱら。」
「ごもっともであります。」
妙なことになった。
黄金五十枚に、お供のさむらい三人つけて、京までつれてってくれという、女たち何人か、
「さるお方さまによろしく。」
といって、二人行列仕立てて道行き。
戦は終わった。
「だってもおめえ、のうめんこ村と反対。」
「そんなこたあ、しい首が飛ぶ。」
 なんしろ行列。
供ざむらいども、大名旅行の、あっち宿りこっちへ宿り、二人さしおいて、飲めや歌えや。
「いやご安心あれ、まかないのほうはわしらが。」
「夜盗のたぐいも恐れをなし、うっひー女たち踊れ。」
うわさを聞いて、盗人がつけねらう。
そこら野っぱらに、襲いかかった。さむらいども、あっさり切られ、あとは逃げる。

二人女たちを背に、戦った。
二度の戦場往来、盗人どもうち伏せた。
「小村さま。」
「さすがは美濃さま。」
とりすがる女どもに云った。
「この五十両みなで別けて、散れ。」
「さよう、わしらには任務がある、縁があったら嫁にも迎えよう。」
ちった覚えた、さむらい言葉でいった。
なんせ退散。
「えっへえ、せめて十両に女二人ぐれえ。」
「だってさあ、あとどうする。」
大枚もったって、そうかあ一枚ぐれえといって、のうめんこ村めざした。
野こえ山こえ、峠の一軒家があった。
ばあさま一人住む、泊めてくれといったら、
「のうめんこ村とな。」
ばあさま、
「谷でくそひりゃ、あした朝のうめんこ村よ、ヒッヒッヒ。」
「いくつだばあさ。」
「百と一歳。」
「ひえーてえしたもんだ、屁たれりゃ、あの世へまっつぐ。」
ばあさまのうったそば食って、ぐっすら寝入ったら、ばあさま出刃包丁かざす。
「黄金一枚もってるだろ、出せ。」
「へえそうだったっけか。」
「とぼけんな、身ぐるみ脱げ。」
「アッハッハ、百一歳のばば、大枚囲ってなんとする。」
ばあさまきょとんとして、それからおーっと泣き出した。
「そうであった、おれはここで鬼婆して、人ぶっ殺して、ため込んだ金が一千両、おうおう、そいつをなんとしたらいい。」
目覚ましたら二人、やぶに露ぬれて寝ていた。
「へんな夢見た。」
「いやおらも。」
たら同じ夢見た。
二人のうめんこ村へ帰って、ひえとあわまいて、ちった田んぼもこさえて、水ん呑み暮らし。
戦でおんぼろになった衣装、つくろいなおしてかかに着せ、じっどのほうは、そいつでもって嫁貰った。
そうしたら、西のいわだん守と、東のたんがの丈の仲が、またあやしくなった。
「戦はよくねえ。」
二人がん首そろえて行って、はてどっちも門前払い。
のんのんさまの、松の木のばあさに聞くついで、ふっと思い出して、同じ夢の話した。

「鬼婆とな、たしか伝えある。」
たんまり貯めてそれっきりだったって話。
念のため、掘ってみべえといって、二人宿ったあたり行って、掘ってみた。
そいつが出た。
千両はなかったが、百両はある。
「うわー戦利品よな。」
「さんざ苦労のかいあって。」
といったが、
「だってさあ、人殺した金だ。」
「そんなこたあおめえ、戦ってなあ人殺し。」
えっへえ、こいつで橋かけようといった。 向こうとこっち、橋かけりゃ、戦にゃならぬ。
鬼婆の供養、これに過ぎたるはなし。
うわさぱあっと広がって、みなしてもって橋かけた。
鬼泣き橋といって、由来戦はばったり止む。



長兵衛地蔵

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ぐんじょうえ村に、しびると長兵衛という、子と父があった。
しびるは、おっかさねえなってから、口聞かん子になった。
口きかん子は、だれとも遊ばず、そこらで拾った犬を、名もつけずに飼っていた。
川にはまって、溺れかけたのを、どんきという大きい子が、助けたが、そのあといじめっ子になって、先立っていじめた。
犬はどんきが呼ぶと、ついて行く。
でもその犬と、しびるは、げんげ田転げまわって、
「ばかののみったかり。」
と、口きくのを、だれか聞いた。
長兵衛が、のちを貰おうとしたら、しびるが、真っ赤になって、もの云おうとする、

「そんだっておまえ、しようもねえだし、よくよくいってあるしな。」
長兵衛が困っていうと、
「あき。」
とひとこといった。
どんきは奉公に出た。
のちぞえのおっかさ、二年めの秋、風邪引いたがもとで死んだ。
「そうかあんとき。」
といったが、しびるももう、覚えていなかった。
二度めのおっかさは、着物を大きくこさえて着せて、しびるは、すそ踏んずけて歩いていたが、名もつけなかった、犬が死んだ。
土かぶせたら、赤のまんまが、ゆうらり生いつく。
しびるは、それかざして、
「こうやのほうや。」
といって、歩いて行った。
それっきり帰って来ない。
長兵衛はかけずり回り、人頼みしてさがすと、子はがけから落ちて、うっぷせになる。

息があった。
背中にぶって、あっちこっち行ったがだめで、清すの、げんのうさまで、
「こういう薬飲みゃ、なんとか。」
といわれた。
高価な薬だった、長兵衛は、田んぼに畑売ってまかなった。
しびるは生き返った。
口を聞く。
ものみな覚えて、目から鼻へ抜けるように、利口になった。
「田畑売ってまかなった、この上は、お寺さまへ上げるよりねえ。」
といって、長兵衛は、しびるを、坊さまにした。
村の寺には、大根や菜っ葉持って行ったけど、それから大寺上がって、もう会わなかった。
何年もして、知らせが来た。読んでもらうと、
「こりゃだいげん寺さま手紙だ。」
という、
「てっしゅうさま、長老さまんなりなさる、お式に親のおまえ呼ばれた。」
てっしゅうさま、しびるのこと、長兵衛は、なんもかも売って、祝儀こさえて、でかけて行った。
そのお式の立派なことは、
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
という言葉だけおぼえた、
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
ようもわからんが、お上人さまが来て、
「てっしゅうさまは、本山にまいる、えらいお方になられる。」
といった。
長兵衛は日ようとりして、暮らした。
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
今にえらいお方になる、
「そうじゃな。」
「きっとさ。」
と人々もいった。
十年過ぎたか、てっしゅうさまが、どこそのお寺にという、噂が聞こえた。
「たしかぐんじょうえ村の出と聞いた。」
長兵衛はたずねて行った。
日ようとりしたり、乞食したりして、一月の余も歩いたか。
年であったし、道っぱたに行き倒れ。
たすけ起こされた、
「おうむしょじゅうにいしょうごうしん。」
そういって、息絶えた。
「父ではない、仏じゃ。」
その人はいった。
「そっくりの風景であった、遠いむかしに見た、あまりのことに死のうと思ったが。」

てっしゅうさま、げんしゅう禅師はいった。
「さよう同じ仏の仲間入り。」
なきがらを葬って、長兵衛地蔵という。
辻っぱたのお地蔵さま。
げんしゅう禅師のことは、別に伝わる。



歌の池

とんとむかしがあったとさ。
むかし、いや村に、笹池という谷内があった。
美しいお姫さまが、お館とともに沈んだ、そのあとにできたという、伝えであった。

かんやという、笛吹きがあった。雪の水辺に吹けば、名手になるといわれて、寒の十日を吹いた。
 すると、美しいお姿が現われて、こう歌った。
山を深みしのふる雪のおとづれて笹の浮き寝をさひさひしずみ
かんやは名手となって、その笛の音に、何人もの女たちを狂わせ、その身はしまい、石になってはてたという。
のちに都の歌人がここを通って、
「笹をさひさひふる雪の」
と聞いて、その上が思い浮かばぬ、夢に美しい人が現れて、
「かんなびの、」
といった、それで、
かんなびの浮き寝の笹にふる雪の物狂ほしき恋もするかな
と歌ったという。
大現寺は、十町ほど西にあり、梵鐘を引いて来るときに、池の辺りで動かなくなった。観音経を誦すと、美しい女人が現れて、長い黒髪を切ってわたした。それをつなにないまぜて引くと、動いたという。次の二首が門前の石刻にある。
やまをふかみさのうきねにふるゆきのながれてなほもゆめのやまかは
かんなひのおほささこささふるゆきのすぎにしごとをおもひまどふな



うさぎ年

とんとむかしがあったとさ。
むかし、うさぎのご先祖さま、因幡の白兎は、沖の島から、わにの背中に乗って、やって来た。
わにとうさぎと、どっちが多い、そりゃわにだ、ようし数えてやろう、並べといって、並ばせといて、ひいふうみいようんぴょんぴょーんと、跳びわたって、
「やーいだまされだ。」
といったら、しまいのわにががぶっとやった。
生皮はがされて、泣いていたら、八十神が通りかかって、
「海水で洗って、日向ぼっこしな。」
といった。云うとおりして、火ぶくれになって、どうもならん、死ぬかと思ったら、大国主命が来て、
「真水にすすいで、がまのほわたにくるまれ。」
といった。うさぎはそうしてもって、もとの兎に戻った。
だから、うさぎの神さまは、大国主命であったし、いじわるの八十神からして、うさぎの敵はいっぱいいた。
でもどんどと増えて、もうわにの数の三万倍はある。
因幡の白兎から三三三一四代め、ほわた月夜之介の、二十四番目の子の、めいっ子の腹違いの、その友達の彼氏のまたいとこかなんかに、とろっこという、うさぎがいた。
ほわた月夜之介は、一跳びぴょーんと十三メートル跳んで、雪伝い、お寺の屋根のてっぺんから、十五夜お月さんに、跳びついた。これは惜しくも失敗して、寝たきりになったというけれど、とろっこはたいてい三メートルしか、跳べなかったし、笹っ葉食って、竹にはねられたときも、目を回しただけですんだ。つまりふつうのうさぎだった。
でもかたっぽうの耳を立てて、かたっぽうの耳を伏せることができた。これができるのは、もう一匹、しろっこという、うさぎだけだった。
きつねに追われて、しろっこと二匹、ともえになって逃げて、あっちへふりかえり、耳を伏せ、こっちへふりかえり、耳を立てやったら、さしも八十神の筆頭、性悪狐が、キャンといって目を回した。
とろっことしろっこと、ふうりという美人うさぎを、追っかけて、あっちとこっちで、伏せたり立てたりやったら、
「そうしていたら。」
といって、二人ふられてしまった。
「おまえがあほうだから。」
「おまえが間抜けだから。」
ふんといって、しろっこは、他の子おっかけて行ってしまった。
八十神の筆頭はきつねだとして、どうもならんのは、そりゃ人間だ。生皮むかれたまんまの、間抜けな格好して、獰猛なことは、ぜにかねというもんで、着物を着る、着れなくなると、首くくって死ぬ。なんの因果か、ばちあたりが、こっちの皮はいだり、なっぱもにんじんも食うくせに、うさぎや犬だって食う。
雪山に、わいわいおったてられて、十匹いっぺんに、とっつかまって、おったてた犬と、ごぼうといっしょに、なべになったっていうの聞いた。
「うさぎわなには気をつけろ。」
首っちょというんだそうの、うさぎはうしろへ下がれないって、そんなことあるもんか。
雪の夜はうさぎのものだった。
どうもならん人間の、なっぱや大根や、かこっておくの、ばりばり食ったり、杉の芽もうまいし、笹っぱが以外に栄養があるし、青木の赤いみも、ゆずり葉もまあまあ。
月明かりの笹やぶは、うさぎの恋の運動会、どっかに首っちょがあるって、単純だから剣呑だって、だれかいってた。
雪は二メートルつもって、とろっこはぴょーんと、はね跳んで、家の軒先を行き、縄のきれっぱしは食えぬし、つららの先から、跳び上がって、また跳び下りて、明かりの窓辺に、どうもならん人間の、女の子がいた。
「うさぎ。」
女の子は窓を開けた。
「そうねえ、雪があんまりふって、食べものがないんだ。」
女の子がいった。
(なべにして食うつもりだ。)
とろっこは跳んで逃げた。逃げてっからに、ばかにするな、女の子になんか、とっつかまるものかといって、引き返したら、窓明かりが消えて、雪の辺に、にんじんが置いてあった。
「わなだ。」
あれが首っちょだ、とろっこは本気になって逃げた。
次の夜もにんじんがのっていた。
次の夜はさらっとふって、その辺にもう一つ。
「ひっかかるもんか。」
とろっこは、あっちへ抜け、こっちへ抜け、それから耳を立て、耳をふせ、からかってやれといって、にんじんのはしをかじった。
えらくうまかった。
もう何日も笹っぱしか、食っていなかった。
ぐうと腹が鳴る、気がついたら、まるごと一本もうかじっていた。
「いかん。」
とろっこはつっ走る、もう一本がきっと首っちょだ、ひっかかるもんか。
次の夜も、やっぱりにんじんは二つあった。
つららの家には、八十神の何番目かになる、のろまの犬もいなかったし、筆頭よりも、わるがしっこい、猛烈猫は、冬のあいだ出張して、三キロ先の駅で、ストーブにあたって、人間のばかっつらを研究していた。たしかにあの猫は、同いねこにそういっていたいた。
あいつがいたら、寝たっきりになった、ほわた月夜之介もどうかと。
そのあいつを、
「キャワイイ。」
といって、めったくさにする女の子だ、獰猛っていうか、なりに似合わず。
ふう首っちょなんか、丸見えさといって、足が向く、口が向くといったら、腹から先、夢中で食ったら、
「二つあるのに、なんで一つ。」
女の子の声がした。
「もう一つお食べ。」
やっぱりだ、とろっこはまっしろけになって、逃げた。
それから行かなかった。
お月さんが、まんまるうなって、まぶしいっていうか、雪の山っぱらは、まっ昼間。

さらさら笹やぶは、月の向こうっかわの、銀河とつながって、うさぎの国。
とろっこはふーろの、もっと四倍も美しいうさぎ、しーろとおっかけっこ。
競争相手のくろっこや、どろっこを、おっぱらえたのは、そりゃきっとにんじんを食えたせいで、美しいしーろと二匹、笹っぱを食べて、笹っぱのふとんをしいて、さあてそれからっていうときに、どっかで歌っている。
「うーさぎ、うさぎ、
なに見て跳ねる、
まーあるいお月さま、
見てはあーねる。」
まっ昼間のような、月明かりに、女の子がそりに乗って、遊んでいる。
「うさぎの足跡いっぱい、二つ並んで前足、ちょんちょんななめに、うしろ足。」
それはまちがっていた、まちがいはたださなけりゃならぬ、とろっこはすっ跳んで、そりのわきをよぎった。
「あら、ちょんちょんが前足で、二つ並ぶのが、うしろ足。」
女の子は、そりを下りて、雪の辺に跳ねる。
「あっはっはあ、とってもむり。」
雪だるまになって、大笑い。
こわいってしーろがいった。
「おれがついてりゃ、こわいもんなんかない。」
とろっこはいった。
「あしたの晩は、おいしいディナーをご馳走しよう。」
とろっこは約束した。
美しいしーろを、つららの家の窓辺へ、つれて行った。どうかなと思ったら、にんじんが二つあったし、いもが一つに、青いなっぱもあった。
こわいといっていたのに、女というのはわからない、美人ほど、食いしん坊だというし、しーろはばりむしゃ、食い出したら止まらない、二本目のにんじんも、食って、
「二匹分て思ったのに、足りなかった。」
声が聞こえて、女の子が、もう一本にんじんを、つき出す、
「首っちょだ。」
とろっこはかみついた。美しいしーろを、守らにゃならん。
ほんとうは、こわくって後しざるはずが、どういうものか前に行く。
血がしたたる、
「いたーい、あーん。」
泣いた、だってうさぎの歯だもん、朴の皮だって、簡単にかじる。
たいへんだ、どうもならん人間の子を泣かせた、あしたは、いっしょに食う犬をおったてて、うさぎ狩りだ。
しろっこはしーろと逃げた。
三日たった、うさぎ狩りはなく、にんじんが三つに、いもがのっかって、雪の辺に、ほわた月夜之介よりも、ずっと立派な、うさぎの絵がかいてあった。
赤い目は、血ではなくって、南天の実。
しーろは七つのかわいい子を産んだ。
「そうか、首っちょなんて、なかったんかも。」
とろっこは思った。
そんなら、あの子にだけ教えよう、三三三三三代ほわた月夜之介のときに、アンゴラ大王が、天からふって来て、どうもならん人間に、取ってかわって、世の中はうさぎ年になるんだ。
でもまだいいか、あと二十代ある。



あれこのいたこ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、みつの村の、あれこ山には、荒神さまがあって、こけむす大岩に、しめなわ張って、社には宝剣が、祀られていた。
荒神さまは、男神と女神とあって、女神さまの飼う蛇が、いわだの葉っぱを食べて、うわばみになった。
飼い主の女神さまを飲み込んで、大岩にとぐろを巻く。
男神さまは、宝剣をとって、うわばみの腹を裂いて、女神さまを救い出した。
あれこ山には、いたこがいた。
「あれこおんばさら、うんけんそわか。」
ととなえて、刀を抜いて、頭上にかざし、一歩も動かずに、うねうねと踊って、倒れ込む。
そうして口寄せした。
おわって、なんにも覚えない。
よく流行った。
ある日男が、かか引っ張ってやって来た。
「これになんかとっついて、わかんのうなって困る。」
という、いたこは、刀をとって、
「あれこおんばさら、うんけんそわか。」
といって、倒れ込んで、かかの父親の声になっていった。
「おれ死んだとき、おめえはあれこ山向いて、ばりこいた。うんだでおれは、犬っころんなって生まれた。犬っころに生まれたはええが、おめえはおれに、ろくすっぽ飯まもくれず、ぶったったく、焼け火箸でひっぱたく、つらくってなんねえ、おれはそれ云おうとして、おうわんわん。」
いたこは犬になって、
「おうわん。」
と吠えて、それっきりもとへ返らぬ、
泡吹くばっかりであった。
たまにそういうことがあったという。
なんでかわからない。

2019年05月30日

とんとむかし12

青いかだ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人があった。
本名はわからない、浪人さんであったか、人呼んで、けんか安兵衛に、まとめ歌右衛門といった。
たとえば、こんな話があった。
夏であった。破れ屋敷に、昼寝していると、
「竹屋、さお竹。」
といって、竹売りが行く、
「金魚売りと、竹売りじゃどっちがその。」
とくり歌右衛門が、いっていると、
「売れんで止めた、置いてく。」
竹売りは、ばっさり竹を投げ出して行く。
飛び出して、
「おーい。」
と呼んだが、十四五本の青竹に、人影はない。
「へえ、よく担うものだな。」
とくり歌右衛門は、竹を担ってみた、せいぜいが五本、
「こんなんでは商売にならん。」
十本かついだり、七本になったりしていると、角屋のおかみさんが、昨夜の余り物など持って、やって来た。こぼしたくなると、顔を出す。
「とうとう食いつめて、竹屋おっぱじめたってわけ。」
「そういうこっちゃないんだが。」
「うちの塀垣直してくれる、その青いのでもってさ、うっふだいぶ痛んでるわ、払いの足し。」
「そりゃ竹屋じゃなくって。」
「ひどい話っていうとね、山善の番頭がさ、汚い遊びして、好きな男ほどけちだっていうけど、人のおしりまでさわっといてさ、玉代負けろって、いけすかないったら、あんなんでよく商売できるもんだわ、おさむらいみたい、しゃっぽこ顔。」
「しゃっぽこ顔って。」
「そうよ、人のゼニで遊んどいて、よきに計らえってんでしょう。」
「いやわしはその。」
「あらとくり旦那もおさむらいだった。」
忙しいっちゃいっとき余り喋って、帰って行った。
あくる日、十四、五本の竹を二度に担いで、とくり歌右衛門は、角屋へ行った。
「なにしに来た、お店はまだ。」
「いや塀垣直せっていうから。」
「あらそうだったアッハッハ、でもとくりの旦那に直せるかな。」
角屋のかみさんはいった。竹を波模様に編んで、すかしの入る、しゃれた塀垣。
「さし替えてきゃいいんだろうがさ。」
昼までにというのが、とくり歌右衛門四苦八苦、夕方終わってきゅっといっぱいたって、
「あらとくりの旦那が、植木屋って、いくら払いがたまったっても、オッホッホおかみさんもまあ。」
 うるさい女達がやって来た。
竹というのはままならぬ、半分にそいだつもりがそけ、
「塀垣ってよりも筏。」
「さわると手切れちゃう、昼下がり手切れの三本松。」
「それをいうんなら、とっくり深情け手切れの青竹。」
これは駄目だ、植木屋雇ってなんとかしようと、歌右衛門そのまんまして、歩いて行った。この時期いつも入るお金が入らない、楽な仕事があったのに、なんにもいってこん。
十番町を右へ回ると、
「ひょうたんなまず」
という、看板がぶら下がる。
なまずというより、たぬきそっくりの親父がいた。
「なにかいいのあるか。」
「いっひっひ、相当お困りのようで。」
まっ黒い歯して笑う、表向きは古物商なが、
「物交でな、植木屋頼んで、塀なおしてくれ、角屋の。」
「なんとね、ああゆうとこは三倍方。」
土倉屋敷の留守番という仕事があった。
川っぺりに、幾つか並ぶうち、これは年数がたって、なんでも倉庫業というか、お役人から商人、札差小悪党のたぐいまで、品物預けてほっておく、寝かせておけば儲かるという。
浪人寝かせてどうなる、がらんどうだった。
「たいていなんにもねえですな、とくりの旦那となりゃオッホッホ。」
たぬき親父がいった。
二日めに忍び込んだのがいた。
首根っこ押さえると、なにやらわめく、
「川野の身内と知ってか。」
三下だ、
「だからなんの用だ。」
「い、いて、様子見てこいといわれただけだ。」
しめあげても、どうってこたない、おっぱなした。留守番雇い主の、志田というさむらいが来て、
「忍び込んだのは、ふんじばっといて下さい。」
といった。
「そうかい。」
といって、うたた寝していると、また二人忍び込んだ、今度は屈強で、鞘ごとぶったたくより、仕方なかった。
「川野の身内か。」
「知らん。」
泥を吐きそうにない、志田が出た。
「いえどうってこたねえんです、あと三日ばかり、ここから出さんようにしときゃいいんで。」
「地回りの身内が、肝だめしってこっちゃあるまいが。」
志田はうっふと笑った。
一日たって、また忍び込んだ。
頭はげて、どう見たって、
「なんていうこった、がらんどうだ。」
 押さえ込まれて、中年がいう、
「山善の番頭を出せ、わしらは大枚を注ぎ込んだんだ、どこにもおらん、あいつはここにおる、一千貫の昆布といっしょにな、いやさそいつの空手形とな。」
とくり歌右衛門は、中年に聞いた。
「松前船の昆布を、係のお役人が横流ししたという、そりゃお偉いさんで、たしかにそういう。」
念のため、現物をさぐらせたら、そいつが梨のつぶて。
「ぐるんなって悪いことしようという。」
「いえそうじゃないです、緊急のお金を用立てるということがあって、わしら商人です、寝せときゃ値が出ます。」
どうもまっとうらしい。志田が来た。
「そのおいぼれも、あと二日ほど。」
とくり歌右衛門は、志田にあてみをくれた。地回りも、はげ頭の商人も、おっぱなして歩いて行った。
松前船の取り扱いは吉野重兵衛といって、きわめて温厚な人物だった。
「いやそんなことはせぬ。」
といった。
「しようにもなにも、船が潮をかぶって、御献上の塩引きまで用無しになった、昆布ずらない。」
責任を取って、海野十三という役人が、えぞの地へ赴く。
飛ばされたっていうことか、とくり歌右衛門は、役宅へ回った、海野はいなかった。

松前船は二日後に出る。
山善の番頭もいない。海野十三は知っている、面白い男で、
「はて、そんなあこぎなことは。」
でも海野が、遊ぶ金欲しさの山善の番頭を利用したんだ、さがしまわって、なんのことはない角屋にいた。
五人いる女のほかに、別誂えもいて、派手にやっていた。
下役のさむらいもいれば、商人もいる、山善の番頭もいた、土倉屋敷で押さえ込んだ、はげ頭も。
「あら貧乏どっくり。」
女達が酔っ払っている、
「ほうとくり歌右衛門ていうお人だ、いい声聞かせて貰おうか、まとめ歌。」
海野十三がいった。
「わたしを押さえたのはこのお人です。」
はげ頭がいった、
「まさか、ほんものは十番屋敷とは知らなかったもので、あっはあたしかにありましたとも。」
「潮かぶった残りか。」
とくり歌右衛門はいった。
「おれの仕事は猫またといってだな、御献上の品、塩引きの毒味役だ。アッハッハあの塩っぱいの、箸つけて見せるってことか。上下つけると、そっくりだっていう人がいてな。」
歌右衛門はいった。
「今年はそれが、キャンセルになった。」
「なんのこった。」
と、海野十三、
「潮かぶって駄目になったんだ、昆布はないよ。」
「海野さま、もしや。」
商人が詰め寄った、はげ頭と山善の番頭も、
「わっはっは、なんだあもう飲み飽きたってかい。」
と海野、
「ここでどんちゃん騒ぎして、頃合見計らって抜け出そうという、沖には松前船。」
「そうさひぐまとな、雪ばっかりの帰りなしっていう、さいはてのお勤めだ、江戸の女と酒で、ちったあ羽目外したって、ばちあたらんだろうが。」
海野十三は開き直る。
「わたしらの大枚はどうなるんです。」
「ここのつけといっしょに、吉野んとこへ回しとけ、やつめスキャンダルには弱いで、なんとかするだろ。」
さあ大騒ぎになった、
「わたしらもいっしょにってあの。」
下役がいう、
「うるさい、楽しんでたではないか、女と、それに欲の皮突っ張った問屋ども、いいめも見させてやったし、こりゃ税金だ、いや餞別か、わっはっは。」
とうてい収まりようになく、とくり歌右衛門がいった。
「わり食った海野さんかい、あんたを二年もすりゃ帰れるよう、なんとかしてみよう。で、そんとき連中の大枚分、船に積んで来い。また潮につかったら、そりゃ運がなかったな。」
それよりなく。
角屋のおかみが来た、
「あんまり待たせて、帰ってしまいましたが、ちょきが。」
という、さすがの海野が青くなった。
「船へはどうやって行きゃいい。」
「いかだがある。乗ってけ。」
とくり歌右衛門がいった。



富士山

とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人がいた。
本名はわからない、浪人さんであったか、人呼んで、けんか安兵衛に、まとめ歌衛門といった。
こんな話があった。
冬だった、雪まじり雨が降る、とくり歌右衛門、傘さして歩いて行くと、鉄砲弾のようなのが、ふっ飛んで来た。
「ばかったれめが、前見て歩け。」
見りゃ、吉井のくまぞうという、下っ引き、
「こりゃとくりの旦那、失礼しました、世の中剣呑てやつで。」
「なにかあったか。」
「心中でさあ。」
という。
「この寒空に、川ん中飛び込みやがった、それも貞節の聞こえも高い、山善の姉さんと、四つも年下の、こうぞうってのなんだが。」
「そりゃたいへんだ。」
たいへんだ、下っ引きは去る。山善の姉さんは、美しいというより、清うげな感じの、こうぞうって、どっかで聞いたような。
不義密通は、御法度だが、地獄耳の、角屋のおかみさんは、
「あれはきれいに晴れて、富士山の見えた日。」
といった。
三日前から行方知れずで、どっちとも、そんなだいそれたことするって、
「世の中わかんない。」
あんな大人しい姉さんがという。
「西方浄土は夕日の向こう。」
鬼ばばの涙。
小太郎がやってきた。
近頃めったに来なかったが、
「男と女の仲って、どういうこった、親分さあ。」
と聞く、
「こうぞうって、おれより年上で、ともえ組の副長でさ、なんせまじめばっかの、心中のかたわれなんてとっても。」
そうか海賊仲間の、
「おれはわかんなくなった、世の中って面倒なんか。」
「世の中って。」
男と女の仲だ、よっぽど勉強しなきゃあって、そういうことは姉に聞け、いや義兄さんにさ、だめだ、おさよ平之介なんて、三つのときから許嫁やっていて、手一つ握れねえって、犬のうんこだあ、だれも拾わねえ、これそんなこというな。やっと追っ払ったと思ったら、仲間四人も連れて来た。
「舟宿に入り浸りっていう、とくりの旦那だ、そりゃもうくわしいぜ。」
と、小太郎、
「とっくりと聞こう、男と女のあれさ。」
「うんあれな。」
「そうだ、おれっちも。」
「親とやこうっていう前にさ。」
ぐるり取り囲む、歌右衛門は弱った。
「心中の現場へ行こう、そうさ、ことはそれからだ。」
といった。うまく乗って来た。
大川っぱたには、波が打ち寄せて、枯れあしの向こうに、今日は富士山は見えぬ。
もうなんにもないはずが、ちらっと何か光る。足袋のこはぜだった。
「こいつは女物だ、立派な手がかりになる。」
小太郎の手に載せると、中途半端どもが、急に探偵団になった。
「そうさ、あいつがへんなことするわけがねえ。」
「仕組まれたんだ。」
「このこはぜが物を云うぜ。」
なんせ捜し回る。歌右衛門はおっぱなして帰って来た。
そうしたら、何日かたって、とつぜん呼び出された。紙谷三兵衛というお役人が、番所で待っていた。
山善の若旦那と番頭がいた。こうぞうの母親という人がいた。
「さっそくだが、こういうことだ。」
紙谷三兵衛がいった。
「心中者の揚がったあとに、足袋のこはぜがあった。左っかわのいちばん上だ、片づけるときにはじき飛んだらしい、二人とも白足袋を履いていたんだ、男の足が大き過ぎた。」
どうもいやな予感がした。
「こうぞうさんは一年振りに帰って来た、そうだな。」
お役人は母親に聞いた。
「そうです、父親の三回忌でした。」
「今のお店では素足であったという、番頭さん、そうですな。」
「はい、山善にいたときはお茶出しで、白足袋履いてましたが、向こうのお店では、丁稚奉公の外回りでして。」
はげかかった頭を下げて、番頭がいった。
「二人に足袋を履かせて、似合いの心中に見せかけた、それはそいつが、印象的であったしという、そこにおられる、とくり歌衛門どのが、推理して、この通りわたしのもとへ、手紙をよこした。」
紙谷三兵衛はそういって、手紙をさしだす。
「調べてみると、はたして。」
山善の番頭が、相当の使い込みをしていて、
「こうぞうは大旦那の隠し子であって、若旦那もとやこういわぬのをいいことに、彼を脅して、帳場の金を盗ませていた、そうだな番頭さんよ。」
「いえその。」
「番頭さん、あなたはやっぱり。」
しんねりと若旦那、
「帳場のゼニのような、はした金では。」
「なんとな。」
たしかに穴をあけたお金は、そんなものではなく。角屋のいくという、なじみの女を後ぞえに上げてー
「め、めっそうもない。」
番頭はあわてる、ちょっと待ってくれと、とくり歌右衛門はいった。
「二三日でいい。」
お役人は承知して、とにかくその場を抜け出した。
あくる日こうぞうの母親に聞いた。
「大旦那の隠し子ってのは嘘だろう、なぜだ。」
「うそです、でもそうしとけって。」
「若旦那がいったんだな。」
「はい。」
それから若旦那を、お宮の境内あたりに呼び出した、
「別に白状せんたっていい、瓦版が大喜びでとっつくが。」
「それは。」
若旦那は女には興のない男だった、表向き嫁を貰って、こうぞうのような少年に手を出す。
「くせはしょうがないったってな。」
番頭にもゆすられて。
紙谷三兵衛には、小太郎の探偵ごっこから、くわしく話した。
よくできの男で、たいていは納まった。
「そうかやっぱ心中なんか。」
小太郎がいった。
「大人のどすぐろいってんじゃなくってな、同情心中か。」
とやこう聞かれたら、なんせ弱っちまう。
「富士山がきれいだったんだ。」
感に耐えて小太郎がいった。
「足袋をとり違えて、姉さんが履いた、それっからさな、一年たったら、こうぞうさんの足大きくなってた。」
「うんそれはわかってたんだ。」
中途半端がつったつ。
どうやら富士山が見えた。



とんぼ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人がいた。
本名はわからない、浪人さんであったか、人呼んで、けんか安兵衛に、まとめ歌右衛門といった。
たとえばこんな話があった。
まだ風のうらっ寒い夕方、下っ引きのくまぞうというのが、だれか連れて来た。
「とくりの旦那、お知り合いだそうで。」
はあてだれであったか、
「花田仁左衛門と申します、お初にお目にかかります。」
うっそうとした、田舎侍、
「一手御指南願いたい。」
「なんとな。」
下っ引きは引き上げた。
「ここは町道場ではないが。」
「かまいません。」
そっちかまわぬたって、
「先生は柳生の、市井ではたったお一人、免許皆伝と伺いました。」
めんどうになった、とくり歌右衛門は、そこらへんの棒きれをとって、
「これでいいか。」
といった、用意の木刀をとって、花田仁左衛門は立ち向かう。かなりの腕前であった、ごう腕である、馬庭念流かというと、
「はい。」
といって、そこへかしこまった。
「いえ、それが今度び、示現流につこうかと思いまして。」
という、
「示現流とな。」
「天下無敵の剣です。」
「ふうむ。」
何流だって天下無敵、海内無双というが、
「明後日入門の立ち会いがあります、先生に見定めて欲しいのです、邪剣かそうでないか。」
「それでわしを見に。」
「わたしの腕をまず見ていただいて。」
都合のいいやつだ。
どうもひっかかる、歌右衛門は承知した。
破れ寺の門前であった。へんな試合だった。
花田仁左衛門という、そのごう腕が仁王立ちするのへ、およそ八間の間合いをふうっとつめて、ぽんと打った。
ひっかつぐような剣。
歌右衛門は戦慄した。
「万が一にも勝てそうにないな。」
正直にいうと、先は清うげに笑う、波のような身のこなし、
「失礼しました、わたしは井草三四郎と申します、示現流について五年、ようやく二の位まで行きました。」
という、
「はいあれは、とんぼといいます、大上段他無駄が多すぎます。」
秘伝もない、逐一説明する。
スピードだけが物を云う、他にはない。
「恐るべき品じゃな。」
「はい、いらんものはいらんです。」
なるほど、歌右衛門は歩いて行った、宮本武蔵も柳生石舟斎も、いい面の皮だ、やっとうの術も五輪の書もない。
なにしろ歩いて行った、柳生屋敷へ、
「待てよ。」
きびすを返す、頼まれたわけではない、いつだってそうだ、大目付けだと、
「ずるいったらさ。」
とくり歌右衛門は、角屋へ上がり込んだ。
「大ばん振るまいだ、じゃんじゃん持って来い。」
「はいはい、でもねえ、払いはどうなるんです。」
角屋のおかみさんがいった。
「硯と筆をよこせ。」
とくり歌右衛門は、なにやらしたためて、
「こいつを柳生屋敷へ持って行け、大枚が入る。」
といった。
「やですよう、ばっさりやられる。」
とにかく持って行った。
信じられぬほどの大枚が来た。
「あのこれ。」
「いいからきれいに使ってしまえ。」
どんちゃん始まった、舟宿は貸し切りになって、女たちは歓声を上げて、好き勝手している、鬼ばばのおかみさんまでえびす顔。
(掃除をさせようたって、できる相手ではない。)
とくり歌衛門は飲んだ。
「これ阿呆どっくり、おかんが冷めちゃってる。」
「そうよいつだって冷や酒のくせして、はいどうお馬走れ。」
赤いけだしが歌右衛門にまたがる。
植木屋がいたと思ったら、小太郎と腰ぎんちゃくがいた。
「男と女の道だって。」
「あら知りたい。」
腕を組んでわらべ歌を歌っていた。
(人畜無害だあれは、一の位ーよそっことの入る余地はない。)
三日いつづけて、破れ屋敷に帰ってみると、花田仁左衛門がいた。
「どうした化けの皮、故郷へ帰らんのか。」
「柳生から刺客がやって来ました、襲った三人みな討ち取られて、大先生と、井草三四郎どのは、行方知れず。」
化けの皮がいった。
「わたしはどうしたらいいか。」
刺客を向けたと、
(手をつけるなと、あれほどいってやったのに。)
大枚の意味ははて、
「弟子になったのです、田舎へ引き上げるわけには行きません。」
花田仁左衛門がいった。
「わしにどうしろと。」
「大先生の居場所を知りたいんです。」
虫のいいやつが、とくり歌右衛門はめんどうになった。花田仁左衛門をつれて、歩いて行った。
大先生とその弟子は、薩摩屋敷の別邸にいた。
柳生から身を隠すとなれば、
「あなたさまを警戒する気には、なりませんでな。」
大先生なる人は、とくり歌右衛門にいった。
小柄な好好爺という。
「この田舎侍を引き取ってくれ。」
歌右衛門はいった。
「一の位は無理だが、二の位をめざすころは、化けの皮も吹っ飛んでおる。」
「わかっております。」
好好爺は笑った。
一瞬鳴りとよむような。
 花田仁左衛門がそこへかしこまった。
(ばかな、そいつが柳生流だってのに。)
とくり歌右衛門は引き上げた。
あわよくばって、高足を三人殺して、薩摩に人を入れたつもりだろうが、
「うっふう。」
とくり歌右衛門は笑った。
「ゼニだけの仕事はせにゃな。」



あんべえさんの話

とんとむかしがあったとさ。
むかし、大塩村に、あんべえさんという人がいた。
剽軽もので、貧乏人のくせに、人を笑わせることしか考えなかった。
よう稼ぐかあちゃんがいた。
寝るのが、たった一つ楽しみという、
「うちの沢庵石が。」
と、あんべえさんはいった。かあちゃんはどんと太って、あんべえさんは痩せて、いばってばかりいるくせに、婿どんだといった。
「どんと重石でもって、やせの婿どんは、ぬかずけ。」
「いい塩梅のあんべえさん。」
「そろっとどっかへ売って来るか。」
「買う人あったら。」
太ったかあちゃんは、風呂入ったら出て来ない、やせのあんべえさんは、からすの行水。なんでも、
「おいかあちゃん。」
といって、やらせといて、風呂焚くのは、好きというか、あんべえさんの仕事。
「かあちゃんおっかねえ、むこどんは風呂焚き。」
人が聞いたら、ほんきにするって、かあちゃんがいう、だってほんとだもんて、あんべえさん。
「おぎゃあと生まれて、
うぶ湯つかって、
なんまんだぶつ、
死んだら湯かん。」
あんべえさん歌う、
「どっきたねえったら、
浮き世の垢、
あの世へ行ったら、
かまゆでだ。」
火焚いていると、からすがかあっと鳴く。
「あれ、おふくろが鳴いてらあ。」
とあんべえさん、十年前のうなった、おふくろさま、死んでからすになったという。

「まっくろんなって、稼いでさ、田んぼ畑つっつきまわして。」
おらあほうだで、心配して、かあっと鳴くんだといった。
風呂桶作ろうといって、竹のたが編んで、三回作って、三回ともしくじった。
「風呂できる前に、まきができた。」
といっていたら、見かねて、かあちゃんのお里から、
「これでよかったら、つかってくれ。」
といって、中古の風呂桶持って来た。
でもって、
「むこどんは、風呂桶持参の嫁さんに、風呂焚かねばならん。」
と、あんべえさんはいった。

冬にはどっさん雪が降る、三回四回あんべえさん、屋根に上って、雪下ろしして、あるとき屋根から、落っこちた。
ぴえーと吹雪して、雪に埋もれる。かあちゃんやっと見つけて、みなして掘り出して、なぜたりさすったり。
あんべえさん息吹き返した。
「だめかと思ったが。」
いうと、
「おふくろが迎え来た、おらかあちゃんおいて、行かれねえっていうと、おふくろからすになって、おらの口入って来る、うわわめいたら、おめえの好きな飴玉だといった、まっ黒えあめ玉、うんめえっていって、なめてたら生き返った。」
と、あんべえさんはいった。

なんせよかったといって、みなして雪下ろしてくれた。
「ならごっつぉする。」
あんべえさんいって、うさぎわなかけた。
うさぎ取りは、人のものはおれのものという、強欲の余市が、名人だった。うさぎは取れぬ、余市に頼んだ。
余市は三羽取った。いくらだって聞いたら、
「いいよ、お宮のあっこ、伐らせてくれりゃ。」
といった。お宮にかぶる雑木、あんべえさんが伐ってもいいことになっていた。
「へえ、そうかい。」
といって、あんべえさん、とっときのどぶろく出して、三羽のうさぎ、ごぼうと野菜と、ぐっつぐつ煮て、みんな呼ばって、わっとやった。
「月のうさぎも、雪下ろし、
死にぞくないの、あんべえさん、
どぶろく飲んで、踊りおどって、
ぴょーんと跳んで、月の中。」
なんだって歌うのが、あんべえさん、みんな酔っ払って、明け方まで。
強欲の余市、お宮の木は、その年っきりと思ったら、毎年伐る。
そのうち、
「ここはおらの山だ。」
といい出した。
「うさぎ食ったむくい、
お宮ん太鼓のばちあたり、
山取られてあんべえさん、
どんさんやっぱり雪が降る。」
だってさ。

せんど川が大あばれして、あっちこっち田んぼ埋まって、橋も落ちて、たいへんな年になった。
村役が、あんべえさんと、作造だった。
「今年のお年貢へらしてもらわねば。」
といって、二人して、願い出た。
お役人がかたぶつで、らちあかん、
「見に来てくだされ。」
というと、
「三ケ村にかかる場合には。」
という。だっておらとこたいへんだ、どうしよう、
「そうだ、田口さんに頼もう。」
といって、たずねて行った。
田口さんは、前のお役人で、よう面倒見てくれた、今は奉行所にいなさる。
会ってはくれたが、
「おれももう年じゃ、役に立てるかどうか。」
といって、白い眉毛ふる。
作造は、
「村人難渋しとりますけに、ここはなんじょう一つ。」
といって、座り込んだ。
「水は天下の貰い水、とくら。」
あんべえさん、
「ひでりんときもあるわいな、
どうしようもねえったら、
がきゃ泣いても、お奉行さん。」
と云ったら、
「おまえはあんべえ、思い出したぞ。」
と、田口さん、
「なつかしいのう、大塩村。」
「へたなこれ、まだやってなされますか。」
あんべえさんは聞いた。
田口さんに、釣りの手ほどきしたのは、あんべえさんだった。
「へたなもんか、今では名人も名人。」
ひとくさり、釣りの自慢してから、はたと膝打った。
「お奉行さまに、教えたのはこのおれだ、あんべえ、おまえの孫弟子だな。」
そうさ、せんど川につれて行こう、お奉行さまを、大塩村になといった。
ことはそのとおりになった。
その年のお年貢は、免除になったそうの。

えらい暑い日だった。あんべえさん、かあちゃんにせっつかれて、草刈りやっていたが、「いーあちい。」
ふんどし一つになって、川へ行く、ふきの葉っぱ頭にかぶって、ひたりこんだ。
二人ばかり、通りかかって、
「ふうあちい、おいあれあんべえだぜ。」
「むこどんだっちゃ、さぼってばかりいるやつ。」
という、もう一人増えて、
「どうだ、あいつを水から出したら、一文。」
といって、かけをおっぱじめた。
「おういあんべえ、いいあんべえかよう。」
声かける、
「けつのあたり、どじょうがいかねえか、ぎんぎ入り込むと、出てこねえぞ。」
「けつの穴しめるで、でえじょぶだ。」
あんべえさん、こそっともせぬ。
「むこどんよう、かあちゃん風呂焚いてくれってよ、さぼっててええんか、ふんどし流れるよう。」
「草刈り途中だ。」
「草伸びるよう。」
「こっちふんのびた。」
どもならん。
「そうだ、やぞうんとこの犬、おめえっちのにわとり食った、犬ってな血見るときちがいんなって、次から咬み殺す。」
「食ったもなしょうがねえ。」
「あほう。」
「えっへえ、今日はとり鍋だあ。」
だめだ。
「これ強欲余市が、かあちゃん寝取るってさ、人のものはおれのものってな、そうやってる場合か。」
「沢山石の、かあちゃんも、
ふきのしゃっぽの、
夢見るてや、
寝取られた。」
なんか眠ったそうな。
「お、ありゃなんだ。」
「火事だ。」
ほんに煙が見える、
「てえへんだ、ありゃ太兵衛んあたりだぞ、こらあんべえ、ほんきだ。」
「行くぞ。」
みんな行ってしまった。
「その手は食うか。」
あんべえさんひたっていたら、どっかおかしくなって、ぼああと一発、ぷくぷく、
「ひやあくせえ。」
つったち上がった拍子に、ふんどしほどけて流れて行った。
「これ待てえ。」
火事騒ぎだっていうのに、あんべえさんふんどし追っかけていた。

三太郎というのとあんべえさん、町方へ買い物に行った。お宮さまの幟おんぼろけになって、作りかえる。絹一疋買って、ついでにくわがら三太郎は買って、あんべえさんはかあちゃんにくし買った。
「婿どんはつれえだろ。」
「うんそういうこった、でもってどっかでいっぺえやっか。」
二人は三好という、のれんをくぐった。
いもの煮ころがしに、とくり一本飲めば、あんべえさんは足りる。
「もういっぺえ。」
三太郎がいった。
「じゃもういっぺえだけ。」
というのが、三ばいめになって、三太郎はすっかりできあがる、書家の次郎兵衛さまに、のぼりの字書いてもらう、その礼金もってたのがいけなかった。
「いもの煮ころがし、
ごーろごろ、
いいあんべえの、
もういっぺえ。」
ちんとん箸叩く、
「がきゃ泣こうが、
かかわめこうが、
三べえ飲んで、
三太郎。」
「次郎兵衛さまは、
墨すって、
なんまんだぶつ、正一位。」
「三好よしのの、
うばざくら、
猿んけつだて、
大明神。」
すっかりごきげんで、帰ったはいいが、いったいだれが、お宮の幟書く。
「弱った、だれかいねかや。」
「字見えるもんなんていっかや、どあほ。」
仕方ないあんべえさん、硯と筆借りて来て、ところどころ破けた、古い幟の文字たどった。
「豊年満作天地皇光、正一位稲荷大明神。」
えらいいっぱい字ある、大汗してなぞくった。
「豆年流作大池星光、上一仁稲何人月神。」
それ押し立てたら、変な字だとは思ったが、たいていだれも、文句はいわなかった。

通りかかった人が、つったちつくして、はてなと思案する。

かあちゃんの姉の、十も年上のおつねさは、しゃべり中気といって、しゃべり出したら止まらない。だいこん一本持って来て、半日いる。
「あの人むこ取りだから。」
「おらもむこどん。」
「ごはんちょっと遅れりゃ、ぶうぶういって。」
たくあん石のかあちゃんは、笑う。
かちゃんが出たあと、おつねさが来た。
「そうかや留守だば、そんなば。」
残念そうで、うっかり、
「まあ、上がれや。」
いったら、上がり込んで、
「でまあ、わしらんとこも池あるで、太兵衛の持って来たそのどじょう、ああいれとけいっただ、どじょうなんておら貰ったと思ってた、むこどんだって、たいした好きでもねえ品、だからやだってのもなんだ、入れとけいっただ、それ秋んなったらやって来て、水揚げするだべ、どじょうけえせっていう、水揚げしたらどじょうなんてどこにも見えね、地にもぐったって、そりゃそったもあらあが、人さまに聞いたらどじょう逃げるってえ、雨ふった晩なと地面はって逃げると、おらあちは山清水で、山清水だからどじょうしまってそんでもってうんめえたっても、どじょうにょろりっちゃ、おっほう太ってもっとやっけえもんが、ー 」
おっぱじまった、
「うんそりゃあ。」
とか、相槌打ったってうたなくたって、
「今年のだいこはようできすぎて、そりゃこやしくれんなってむこどんいっただども、わしらこやしくんねなんて、じっさまの代からそんげな。」
「へえ。」
「うんだから山行くときゃ気をつけにゃなんねえ、庭先へ出るだぞ、そうでねえまむしのこった、出のじっさま咬まれてもって、あんまり切ねえで、台所行ってなめくじ取って飲んだ、ほれ三すくみっていうでねっけ、蛇にゃなめくじ、蛙にゃへび。」
「はい。」
さすがのあんべえさん、目ん玉こーんなにして、どうしようばたって、半日いて、おつねさ帰って行った。
「おら死ぬとこだった。」
かあちゃんにいうと、
「あら存外だねえ、ただ聞いてりゃいいに。」
相槌打ってもうたなくっても同じ、あんな気の楽な人いないっていった。

2019年05月30日

とんとむかし13

あかえい

とんとむかしがあったとさ。
むかし、にいはま村に、よっこという漁師があった。
あるとき、嵐に、舟はくつがえって、よっこは荒海に投げ出され、見知らぬ島に、ただよいついた。
島には美しい娘がいた。
泳ぎが達者で、おいしい魚や貝をとって来て、よっこに食べさせ、
「どんざん波の、
寄せ返す、
日はくうらり、
ねりや衣、
だし風吹けば、
降る雨の。」
と歌って、同じように美しい妹と、けわしい目をした兄が来て、
「どんざん波の、
寄せ返す、
月はくうらり、
ねりや衣、
満ちては海の、
引いてはしずく。」
とまた歌って、くじらのまっ白い骨と、青いこんぶと、赤いさんごとで、よっこと美しい娘の家を建て、二人はそこへ住んだ。
楽しい日であったが、よっこが思い出して、
「村へ帰りたい。」
というと、
「さんごが白くなったら。」
と、美しい妻は云った。
赤いさんごは白くならず、美しい妻はみごもって、産み月が来ても、泳ぐことを止めぬ。
「どうして止めぬ。」
と聞けば、
「だって泳ぎたい。」
妻はいって、その子は海に流れた。
よっこは村へ帰りたかった。
藻くずをよせて、火を燃やせば、うっすら煙が立つとみるまに、妻が消やす、
「煙を見てあかえいが来る。」
と云った。
「あかえいってなに。」
「恐ろしいばけもの。」
美しい妻は、みぶるいした。
次の子も流れた。
よっこは火を燃やした。
煙に赤いさんごが白くかわる。よっこは妻を呼んだ。妻もけわしい目をした兄も、美しい妹もいなかった。
沖へ舟が来た。
ふかひれを取る舟だった。赤い布を巻き、赤いふんどしの男たちが、もりを投げる。

鮫の血で海はまっ赤に染まる。
よっこはその舟に拾われた。
その夜、妻の声を聞いた。
「あたしも兄も死んだ、でもあたしたちの二人の子は逃がした。」
どんざん波に、くうらり月の。
「引いてはしずく、
満ちては海の。」
よっこが歌うのか。



三姫将軍

とんとむかしがあったとさ。
むかし、どっこ村に、からろくべえという力自慢と、いっとうだという韋駄天と、しんげんさいという刀使いが、住んでいた。
三人は大の仲良しで、
「三人よれば、この世にこわいものはない、では武者修行の、旅に出よう。」
といって、三人そろって、旅に出た。
どんどん歩いて行くと、たんだ村に、まっくら闇夜のお化けが出るという。
姿を見たものはいない、その指にふれて、人をうらっかえしにするという。強いものは弱くなり、男は女に、女は男になって、年よりは子供に、死にそうなのは赤ん坊になる。
「からろくべえはからっきし力なしに。」
「いっとうだは足なえ。」
「しんげんさいははしも持てぬ、どうしたらいいだろう。」
三人は、たんだ村神社に、こもってお祈りした。お告げがあって、井戸の水を汲めという、汲んで飲むと、からろくべえは力なえ、いっとうだは足なえ、しんげんさいは刀もとれなくなった。
そうして夜を待った。夜がまっくら闇夜になっていった。
「まっくら闇夜は、世界最強。」
「そんなことはない、どっこ村の三人。」
といったら、まっくらがりがその指にふれる。からろくべえは力自慢になって、まっくら闇夜のお化けをほうり投げ、いっとうだが韋駄天になって、逃げるのへ足をかけ、しんげんさいが抜く手も見せず、切りつけた。
「やっつけた。」
といって、夜明けを待つと、なんにもなし。
「どうしたこった。」
と見合わせる顔は、三人女だった。
「恥ずかしい。」
「オホ。」
「もうもう村へ帰れない。」
どうしようといって行くと、まっ白い犬が、あとになり先になりする。
りっぱな松の門がまえ、
「しろが帰った。」
「一月ものあいだ、どこへ行っていた。」
といって人が飛び出す、犬がとびつく、
「はあておまえさんたち。」
という、
「ひげが生えたり、 そんないかつい手足して、うちの弁天さまに、お参りしな、きっとちった美人になれる。」
といった。
どっこ村の急に三人女は、他にすることもなし、お参りした。
ぴっかり美しい弁天さま。
「はあや、なんてお美しい。」
ため息ついたら、三人とも男に戻った。力自慢のからろくべえに、韋駄天のいっとうだ、刀使いのしんげんさい。
にっと笑もうて、弁天さまが口を聞く、
「わが生国エチオピーアに使いに出した犬が、帰りたがえてお化けになった、もとへもどしてくれて礼を云う。」
といった。
三人は天にも上る心地になった。
しばらくは、どこをどう歩いたかわからない。
ぞっと正気にもどったら、高札が立つ。
「いや城のお姫さまが、おおかみどもにさらわれた、首尾ようつれ戻した者に、褒美をやる。」
と書いてあった。
「姫さまとな。」
「きっと大枚のごほうび。」
「これぞわれらが仕事。」
三人はおおかみどもの、とりでへ向かった。
入ったら出られぬやわたの森に、つうるりなめとこ川があって、断崖の上に、おおかみのとりでがあった。
おおかみどもは、いや城の姫さまに、身の代金三十万両という、
「それじゃ褒美は一万両は。」
「人助けだ。」
「行こう。」
といって、つうるりなめとこ川は、急流で、韋駄天いっとうだの足もどうかと、そうしたら、白いあの大きな犬が、背中にわらじを担ってやって来た。
「しろを救ってくれたお礼。」
と書いてあった。
三人は、白い犬のわらじをはいて、つうるりなめとこ川をわたって行った。
崖の一枚岩に、おおかみどものとりでがあって、
「われこそは力自慢のからろくべえ。」
「韋駄天いっとうだ。」
「刀使いのしんげんさい、どっこ村の三人、いや城の姫さまをうばい返しに来た。」
といって、名乗り上げたら、返事の代わりに、矢の雨が降る。
「これはいかん、引き返そう。」
三人は引き返して、出るに出られぬやわたの森へ入った。
霧のわくという、一つ大池をめぐって行くと、小屋があった。
戸をたたくと、
「食われたいんなら入れ、おおかみなら、今日の薬はないぞ。」
という。
「食われたくないし、おおかみでもない。」
「なんでもするで、泊めてくれ。」
「道に迷った。」
というと、
「どんがめに水汲んだら、泊めてやろう。」
といって、白髪を丈の、やわたの山姥が、戸を開けた。
三人は水を汲んだ。たいしたかめでもないのに、半日汲んでも、いっぱいにならぬ。

ようやくみたして、
「腹がへった。」
というと、山姥は、やまいもとどんぐりと、大ごちそうして、
「アッハッハ、どんがめをいっぱいにしたか、たいしたもんだ、しておまえらはどこへ行く。」
と聞いた。
「いや城の姫さまを助けに、おおかみどものとりでへ行く。」
「そんじゃこれを食らえ。」
といって、薬のおわんを出す。
飲んだら、三人ともげんごろうになった。
「どんがめを伝って行け、とりでの井戸へ抜ける。」
山姥はいった。
「水から出りゃもとへもどる。」
「そいつはありがたい。」
げんごろうの三人は、どんがめへ跳び込んだ。おおかみの井戸へ抜けて、力自慢のからろくべえ、韋駄天いっとうだ、刀使いのしんげんさいになって、取っては投げ、足蹴にし、ばったばったと切り伏せて、おおかみどもをやっつけた。
「なんとなどこから来た。」
おおかみの頭がいった。
「姫さまを出せ。」
といったら、美しい姫さまが出た。
「たわいないおおかみどもじゃ、せっかく面白うなると思ったのに。」
という。
「そこの三人なにものじゃ。」
「はっ、力自慢のからろくべえ。」
「韋駄天いっとうだ。」
「刀使いのしんげんさい、どっこ村の三人、いや城の姫さまを助けに来ました。」
「ふうん。」
と姫さま、
「三人でなにをする。」
「武者修行の旅に出ました。」
「武者修行とな、ではわたしも連れて行け。」
「めっそうもない。」
とにかくおおかみどもと頭とを縛りあげ、姫さまをいや城へともなった。
三人は褒美をもらって引き上げた。
「三人で一両とはな。」
「まあ人助けだ。」
「いっぱい飲めりゃいい。」
三人居酒屋で飲んでいると、おおかみの頭が、姫さまを縛って、縄のはしとってやって来た。
「斬らんでくれ。」
という、
「姫さまが、自分を盗み出して、おまえさま方とこへ、連れて行けという、盗みは得意であろうと。」
頭がいった。
「そりゃ得意じゃろうが、弱った。」
「弱ることはない、武者修行の旅へ行く。」
姫さまは云った。
「このものも、かわいいやつだ、いっしょにつれて行け。」
「そんなあのお断わり申す。」
「誘拐犯は打ち首じゃ。」
姫さまは涼しい目。
仕方なく、力自慢のからろくべえと、韋駄天いっとうだと、刀使いのしんげんさい、どっこ村の三人は、おおかみの頭と姫さまと、五人になって、武者修行の旅を続けた。
どんげん峠に大蛇が出て、人を食うという。
ふたら山に、七つ池があって、大蛇は七つの首を、そこへ突っ込んで、水を飲むという。
「そいつはねらいめじゃ。」
「おおかみの頭は、姫さまを守れ。」
「なあに大蛇など、どっこ村の三人で十分。」
月夜の晩であった。
どんがらぴっしゃ、とつぜん雷鳴って、ふたら山が二つになって、おそろしい大蛇が、七つの首を、七つ池に突っ込んで、水を飲む。
「力自慢のからろくべえ。」
「韋駄天いっとうだ。」
「刀使いのしんげんさい。」
うってかかったどっこ村の三人を、大蛇はしっぽの一振りで、大空へ跳ね上げた。
「こりゃだめだ、てんで歯が立たん。」
「ううむなんとしよう。」
「山姥の薬だ、いっとうだ使いに行ってくれ。」
といって、韋駄天いっとうだが走った。
あっというまに帰って来た。
「姫さまを跡継ぎにくれるなら、薬をこさえようといった。」
いっとうだがいう。
「なんとな。」
「ばあさまも年だし。」
「そりゃおまえ。」
「いっとうだ、わたしをおぶって、山姥のもとへ行っておくれ。」
姫さまがいった。
「わたしが話す。」
姫さまはいっとうだの背に乗って、野山を風のよう、
「うっふふ、山姥の跡つぎより、おまえの嫁になろう。」
「それはー 」
一つ大池の小屋へ来た。
「人々が難渋しています、薬を作っておくれ。」
姫さまがいえば、さしも山姥が、
「わかった。」
といって、強力な眠り薬を作った。
次の十五夜、ふたら山の七つ池に、山姥の眠り薬を入れて待った。
どんがらぴっしゃ、やって来た大蛇は、七つ池に七つ首突っ込んで、たらふく飲むと、どーんと眠り込んだ。
「力自慢のからろくべえ。」
「韋駄天いっとうだ。」
「刀使いのしんげんさい。」
「おおかみの頭。」
四人うってかかったが、半分しびれて大蛇は強い、あっちこっちにうちのめし、おおかみの頭を、半分飲み込んだ。
月光に姫さまが立った。
「さあわたしをお食べ、そうして二度と里へは出るな。」
大蛇はとぐろを巻いて、姫さまをおし包む、そうして行ってしまった。
三人と、吐き出されたおおかみの頭と、あとを追った。
捜して行く四人の前に、立派な若者が立った。
姫さまを連れている。
「わしは源氏の大将であった、ふたら山の権現さまに弓引いて、その身大蛇になった。しては何百年、ついに人を食うまでになった。今姫のいさおし、おまえたちが性根によって、人心を取り戻し、かつての姿に返った。」
という。
「この上は姫と祝言をかわし、いや城のあとを継ごうと思う、つわもの三人といま一人、来てわしらを助けてくれ。」
「そうじゃ。」
と姫さま。
「ありがたいが、武者修行をおえましたら。」
と三人はいった。
「わしもそうしよう。」
おおかみの頭が云ったら、白髪の山姥が出る。
「姫さまはめでたいこっちゃ、おまえを跡継ぎにしよう。」
と頭にいった。
「そいつはこらえてくれえ。」
「たんとしごいてやる。」
姫さまと源氏の大将は、いや城へ帰り、山姥はおおかみの頭を連れて行って、どっこ村のつわものは旅を続けた。
道は三つに別れた。
右へ行った力自慢のからろくべえは、道っぱたに、赤ん坊が泣いている。
おぶえという、背中におぶったら、だんだん重くなる。
ふんばったって、水をいっぱいの風呂桶。
「あっはっは、降参だ、はなれてくれえ。」
といったら、ふうっと軽くなって、
「力自慢が降参か、たいしたものだ。」
といった。
「なんでさ。」
「おのれを知る、百戦危うからず、倍の力をやろう。」
といって消えた。
真ん中へ行った韋駄天いっとうだは、日が暮れて燃し火が見える、行くと商人がいた。

「塩をお持ちでないか。」
と聞く、
「残念ながら。」
というと、そうかといって色んな話をする、変に眠くなる、ちょっと用足しといって外す。とうろり眠くなったら、商人はとつぜん大なめくじになって、食らいつく。
いっとうだは塩を撒いた。
「どうしてだ。」
なめくじが聞く、
「あやしいと思ったで、用足しのふりして、町へ行って買うて来た。
「くう、なんて足だ、わしをやっつけたら倍も早くなる。」
といって、なめくじはとろけ死んだ。
左へ行った刀使いのしんげんさいは、薪割り百兵衛というのに会った。
「子供のかんの虫をおさえる、女のしゃくのたねをとる、増長満をひしぐ。」
と看板が出る。
 人の頭へ、おおまさかりをうち下ろす、紙一重に止める。
「そうさ、たいていの病が治る。」
薪割り百兵衛はいった。
「病はないが、やってくれ。」
しんげんさいが立った。
ぴたりと止まるのが一寸深く、しんげんさいは一寸かがむ。
「ほう、わざとやってみたが。」
百兵衛はいった、
「とうていわしのかなう相手ではない、弟子にしてくれ。」
「いやおまえさんもなかなか。」
二人は手をとりあって別れた。
道はまた一つになった。
「そうかい武者修行したか。」
「力もわざも倍になった、しんげんさいは同じ。」
「知己をえること、倍以上。」
野越え山越え、のっぺり田んぼに、へのへのもへじのかかしが、突っ立って、それが軍隊をこさえて、攻め寄せるという。
こっち村も襲われ、あっち村もおそわれ、
「おそろしいこっちゃ。」
生き残った村人が、ふるえていう、
「切っても死なん、うっても死なん。」
「ひやーはあ。」
狂った女が笑う。
力自慢のからろくべえ、韋駄天いっとうだ、刀使いのしんげんさい、どっこ村の三人は、のっぺり田んぼへ向かった。
へのへのもへじのかかしが立つ。
「ただのかかし。」
「どこが軍隊だ。」
「ふん、口をきいてみろ。」
しんげんさいがつっついたら、ふうっと風が吹いた。
まわりは何百という、軍隊だった、刀を持ったり、槍を持ったり、くわがらやかま。

そいつがいっせいに襲いかかる。
三人は死に物狂いに戦った、韋駄天いっとうだが、血路を開いて、どうにか逃げ出して、
「こりゃかなわん。」
「切っても死なん、うっても死なん。」
「源氏の大将に加勢を頼もう。」
源氏の大将はいや姫と二人、新婚旅行中。
「しかたがない。」
三人は思案投げ首。
かかしを燃そう、燃すまえに軍勢だ、水攻めか、嵐を待とう、三日考えて、
「かかしではない、かかし使いだ。」
といって、かかし使いを捜した。
井戸の底に、だれか住んでいた。
げーろびという、蛙そっくりの男だった。
「わしがかかし使いだって。」
げーろびはいった。
「だったらどうする。」
「どうもせん、無益な殺生は止めてくれ。」
げーろびはけったり笑った。
「無益も殺生も、面白うて止められん。」
「なんの不満がある。」
「きれいな嫁さま、世話してくれたら考える。」
といった。
三人は、嫁のなり手を捜した。井戸の底に住む蛙では、だれもうんと云わなかった。

しまいとうや村一の、美しい娘が、
「人々が苦しまずにすむなら、行きましょう。」
といった。
三人はため息をついた。
夢のように美しかった。
美しい娘は、井戸に立っていった。
「わたしがお嫁に行きます、でもそんなところに住むのはいやです、井戸から出て下さい。」
「おうほきれいな嫁さま。」
といって、かかし使いのげーろびは、井戸の底からはい出した。そうしたら三日めに、ひっからびて死んだ。
祝言の日だった。
とうや村一の美しい娘は、村へ帰った。
「わしが嫁にほしかった。」
「姫さまがその、わしに。」
「とぼけてないで、武者修行の旅じゃ。」
といって、三人は歩いて行った。
のへじっぱらの汀に、大波がたって、家ほどもある魚が、口をあけた。
「力自慢のしんげんさい。」
「韋駄天いっとうだ。」
「刀使いのしんげんさい。」
名乗る先から、ふういと魚の口に、飲み込まれ。
三日して吐き出され、
「なんでも食ってしまう、しいらん魚じゃ、失礼の段は許せ、龍王の館へようこそ。」

声が聞こえて、虹の冠に、うろこの青衣をつけた、龍王が立った。
大空と同じ高さの天井に、金銀珊瑚の宮殿、よろいかぶとの家来と、美しい女官と。

「力自慢のからろくべえ、韋駄天いっとうだ、刀使いのしんげんさい、その名は早く聞いておる、余の三人の娘をめとって、三将軍になってくれ。」
龍王はいった。
一の姫をめとって、からろくべえは稲妻将軍に、二の姫をめとって、いっとうだは疾風将軍に、三の姫をめとって、しんげんさいは怒濤将軍になった。
南海大王が一千の船に、百万の大軍を率いて、攻め寄せた。
稲妻将軍は黄旗、疾風将軍は紅旗、怒濤将軍は青旗をおしたてて、黄紅青に三つ巴になって、迎え撃った。
南海大王の、まっ黒い津波を、黄紅青の大渦潮がとらえ込む。
敵の百万の軍勢が、十万になって丘へ逃げ上がった。
十万が三千になる。
戦はおしまいかと思ったら、盛り返す。
一進一退を繰り返していると、使者が来た。
「龍王の軍勢がなんで、丘を攻める、早々に引き揚げよ、いやの源氏。」
とあった。
姫さまの婿どの。
「われらは南海大王の軍勢を追って来た、戦を止めたいのは、こっちだ。三将軍こと、からろくべい、いっとうだ、しんげんさい。」
と返事して、戦は終わった。
のへじっぱらに会談。
「なつかしい話はあとだ、始末をつけにゃならん。」
源氏の大将がいった。
「南海大王の三千人だ。」
「のへじっぱらには人住まぬ、ここを与えたらどうか。」
そうしようといった。のへじ野っぱらに、村ができた。
「一人だけ山姥の弟子にしてくれ。」
「おおかみが音を上げる。」
「あっはっは。」
千人の兵の賄い頭、ぴいとろという女が申し出た。
「だんなも死んだしさ、山姥の弟子って面白そう。」
という。
「たすかった。」
といって、おおかみの頭は、いやの源氏の家来になった。
ぴいとろは山姥になって、八00年生きた。
龍王の軍勢は引き上げて、どっこ村の三将軍が、引き揚げようとすると、道が閉ざす。

しいらん魚も見えぬ。
力自慢のからろくべえ、韋駄天いっとうだ、刀使いのしんげんさいになって、旅を続けた。
「一の姫がいっちよかった。」
「ちがう二の姫じゃ。」
「そりゃ三の姫。」
といって行くと、のへじっぱらに、思い出の三つの花が咲いた。



お地蔵さまの傘

とんとむかしがあったとさ。
とうよの村に、みよという女の子がいた。とつぜん父母がなくなって、そうしたら家もなくなって、一人歩いて行った。
お腹が空いた。
お地蔵さまがあった。
「浮き世のことは、なんにもしてやれぬ。」
お地蔵さまはいった。
「おそなえの団子をお食べ、かさをやるから持って行け。」
「はい。」
みよはおそなえの団子を食べ、お地蔵さまのかさをかむって、歩いて行った。
しばらく行くと、男がそのかさをとってかぶり、みよの手を引いて行く。
二、三人走って来た。
「男をみなかったか、汚い男だ。」
やり過ごして、お宮の社へ入る。
「みなし子か。」
男は聞いた。
「みなし子じゃない、お地蔵さまのかさといっしょ。」
男はかさを返した。
「今日のねぐらだ。」
といってこもをさし出す。男は別のこもをしいて、お宮のきざはしに寝た。
夜が明けると、お地蔵さまのかさをかむって、みよは男と物貰いした。
「二人の方が実入りがある、おれは六つのとき、ぜにを盗ったといって、村を追われ、それからこうしてるさ。」
男はいった。
乞食から盗人へ、
「人さまのものとったらだめ。」
みよがいうと、
「がきが。」
 といってなぐり、かと思うと、
「この世には、おまえとおれと二人っきりだ。」
といって抱き、ときには腹いっぱい食わせ
「ふとんがあって、おいしいものがいっぱいあって、いいにおいがして、暑くも寒くもない、極楽さ。」
男はいった。
「生きてるうちに行こうな。」
といって盗んだ。
そうしてつかまった。男はめったらうたれ、
「止めてやめて、あたしをぶって。」
といってとりすがるみよも、ほうり出され。
「水をくれ。」
男はいった。
みよのさし出す、ふきのはっぱの水を飲んで、
「きれいな花が見える、もう盗まなくっていい。」
といって死んだ。
みよは一人で男をほうむった。
疲れて寝入ったら、風景が見えた。
水はしぶきして流れ、うるうる茂る、大空の、男は八つの子になって笑う。
みよはおじそうさまのかさと、物貰いして、旅して行った。
破れ寺があった。
寝ていたら、真夜中明かりがともって、何人かよったくって、ばくちを打つ。
なんだろうと思って、のぞいたら、
「ほう、女の子のおこもさんか、こっちへ来い。」
といった。
「おこもさんは縁起がいい。」
その人は大勝ちして、みよをつれて行く。
「よしよし食わせてやろう、風呂にも入れてやろう。」
風呂に入り、おいしい食べものと、あったかいふとんと、極楽のような暮らしがあった。
「なによこのおんぼろがさは。」
女の声がした。
「汚い子を、どうするつもり。」
みよは、三日めにほうり出された。
みじめだった。
雨が降る。
寒さにふるえて、歩いて行った。
お宮のきざはしや、橋の下に寝たり、草むらやに宿った。
おじぞうさまのかさが吹き飛んで、追いかけて行くと、木のうろがあった。みよは冬をそこで過ごした。
「ひとっところにいるとな、よくない。」
男はそう云った。
物貰いがふれて来た。
みよはさけた。
大きな家の、お葬式があった。
せがきのお棚があって、おいしそうな食べものを、山盛りにする。
貧しい子や、物貰い、病気や、目の見えないのや、よったくる。
みよも手を出して、とって食べた。
その手を引く、
「いなくなったあたしの、お花がいた。」
「お花でない、みよです。」
「さあこっちおいで。」
力のつよい女だった。
でっぷり太って、それはもうれっきとした、物貰いで、同じ仲間のもとへ行く。
ぼろを着て、大人も子供もいたし、病気やら、手足のないのや、ぴんぴんしてるのやいた。
まっ白い年寄りの前へ、みよをすえる。
「あたしのお花がいた、また親子連れします。」
女はいった。
「あれは売ったんではなかったか。」
「こうしてここに。」
手押し車があって、女がそこへ乗り、みよが押して歩く、太った女はたいそう重かった。
「哀れな足なえに、おっちの子。」
女は声を張り上げた。
「ああああなんの因果か、おっちに生まれ、いざりいざっておろかな母の、これは重たい、手押し車のお貰い歩き、廻る因果の小車の、悪因悪果はてもなき、風はぴゅうぴゅう針の山、雨はざんざあ血の池の、云うかいもなや、衣は破れ手足は腫れて、思うはおあしか、飯まのつぶか、生まれぬ先の父母の、観音さまや神さまの、お情け深い人さまや、どうか一文お恵みくだされ。」
きりもない口上の。
実入りはずいぶんあった。それを女はんみんな食べてしまう、食べて食べていよいよ重く、
「きれいな赤いべべ着て、みんなにちやほやされて、贅沢して、今にそういう極楽稼業させてやるから。」
女はいった。
「いい思いすると、あとつらいから。」
みよがいうと、へんな目で見る。
女は病気になった、あっちこっち痛くなって、太った体を、えびのように折り曲げて、一晩中ほえ狂う。
だれもよっつかぬ。
「車ごとつき落としておくれ、死にたい。」
といった。
そんな女を、手押し車に押して、貰い歩く。痛い痛いああ死ぬといって、女は転げ落ち、車だけこわれた。
「ああああ駄目だ、目も見えぬ、あたしは三人のお花を、食いつぶした、ばちがあたった、たたらないでおくれ、助けておくれ。」
泣きわめいて、やっぱり貰い歩いた。
そうして、崖から落ちて死んだ。重くって、助けられなかった。
手をとると、
「痛くなくなった、ありがと。」
といって、涙を流す。
その夜みよは、きれいな赤いべべ着て、ひなあられを食べて、にっこり七つの子になった、女の夢を見た。
物貰いの仲間を抜けて、みよはまた歩いて行った。
おじぞうさまのかさは、破れてもうなかった。
でもやっぱりおじぞうさまのかさといって、歩いた。
日が暮れて、向こうに明かりが見える。
雨が降っていた。
よって行くと、鬼どもが集まって、焚火をする。
鬼のような男たちであった。
「あたらせて。」
みよが火明かりに立つと、
「うわあ出た。」
といって、
「なんだおこもさんか、こんな夜中どうした、うれし野の亡霊かと思った。」
鬼どもが笑った。
逃げ出すわけには、行かなかった。
みよは見張り役になった。
「いいか、あっちの角へつったって、だれか来たら知らせろ、一人なら一つ、二人なら二つ、ぽっぽうと鳴け。」
うれし野っぱらの追剥ぎといった。
「そうさ、ものは平等に分け合ってこそ、うれし野ってんだ。」
角に立った。商人が来た。
「ぽっぽう、あたしはぼうれい。」
みよはいった、
「向こうへ行くとよくないことがあります。」
「わたしは急いでるんだ、のけ。」
ぜにを投げて、商人は先へ行く。そうして身ぐるみ剥がれた。
二度三度して、ところを替える。
みよがいって、引き返す人もいた。
あるとき刀をさした、おさむらいが来た。
「ででっぽっぽう、あたしはぼうれい。」
「向こうへ行くと、よくないことがあるか。」
「そうです。」
おさむらいは先へ行く。
ピーと呼子が鳴った。捕り方が湧いて出て、鬼どもは斬られたり、つかまったりした。

こわくって隠れていると、だれか手を引く。
鬼の一人だった。
「いつかこうなる。」
とりわけこわい、
「別の商売を考えよう。」
鬼は町へ行って、下駄と着物を買って、みよに着せて、その手を引いて歩いて行く。

塀をめぐらせた、立派なお屋敷があった。
「ここがよかろう。」
鬼はいった。
「いいか思いっきり、泣きわめけ。」
みよを抱きあげて、塀の中へほうりこんだ。
松の木や、ぼたんの花のある、広いお庭だった。
犬がいた。おそろしい大きな犬だった。着物を咬みっさく。なんにもできずいると、とつぜんおーんと、悲しげに泣き出した。
「どうした。」
声がして、わしのような目をした、大年寄りが立った。
犬をひきはがして、けがはなかったかと聞く。
「塀が破れていたか、おいで。」
といって連れて行き、その手に大きな柿をのせた。
「お食べ。」
「よくないことがおこります。」
みよがいうと、騒ぎが起こった。
「おれの子をどうした、おーいおみよ、父ちゃんが来たぞ、もうだいじょぶだ、さあ出せ。」
鬼がわめく。
「兵六という、ちっとは知られた男だ、挨拶してもらおうか。」
 大年寄りが立った。
「はっは、おまえさん、場所を間違えたな。」
兵六はぎょっとして、あたりを見回した。
「ここをどこだと思う。」
みよは道を歩いていた。
あたしがいなければいいといって逃げ出した。
大きな柿はおいしかった。
かじっていると、
「こーい。」
と呼んで、さっきのおそろしい犬と、若者が来る。
「大じいが待っている、来い。」
太郎がすりよる。
「なるほど人を寄せつけぬこやつがな。」
若者がいった。
塀のあるお屋敷を、いわいの山の大家といった、松杉ひのき、七里八方人の地は踏まずという。
みよはその家の子になった。
「物貰いしても心を失わぬ、いい子だ。」
わしのような目に、大じいさまがいった。
おじぞうさまのかさのおかげ、お地蔵さまがみちびいてくれたと、みよは思った。
その夜みよは、花嫁衣装を着て にっこり笑う夢をみた。
十年ののちそのとおりになった。

2019年05月30日

とんとむかし14

とっけ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、飯石村に、とっけという、悪たれがいた。
吉兵衛さまのたる柿盗って、売っぱらおうとて、見つかった。手下逃がして、とっけがつかまる、
「なんたっておまえだ。」
作男の石蔵が、とっけをふんじばって、こらしめだとて、大門の上からつるくした。

「からすに目ん玉、つっつかれろ。」
とて、恐怖の半日、
「もうしねえか。」
というと、
「もうしねえ。」
といって、涙流す。引き下ろすと、
「屋根へぐれて、蛇がいっぺえいる。」
といった。石蔵の、屋根へ上って行く、はしご押さえて、
「そうでねえ、そっち。」
と教えて、のりつくところで、
「あったあ重てえ。」
といって、はしご倒す。
蛇はほんとうにいた。
「うわ。」
作男はつり下がる。
とっけはいなかった。
村では、田んぼに鯉を飼って、秋になったら揚げ、池すに入れたり、年子のまんま売ったりする。
大水で流れることがあった。
とっけが買えといって来た。数百はいる、手下どもと、川ですくったという、
「おまえら、盗ったんでねえのけ。」
「いらんなら、おっぱなす。」
仕方なし、買い取る。
どうも、かわいげがない。
でめきんという、きれい好きの、目のでっぱった女がいた。
余市というのが、いいよって、はねつけられたのを、
「でめきん余市がのーえ。」
といって、はやす。
「出戸のからすも、かあと鳴く、
無理もねえてや、春じゃもの。」
その仕種大うけで、にっくきとっけを、余市がとっつかまえた。三つなぐったら、
「板谷の後家さま、夜這いさせる。」
といった。
「うそこけ。」
「ひも下がる、それ引っ張ったら、戸開く。」
旦那のうなって、つやっぽい板谷の、後家さま、
「ひもねえときは、その気にならねえってこった。」
もう一つぶんなぐって、おっぱなした。
日暮れて、たしかにひもが一本ぶらさがる。ためしに、引いてみると、
「どんがらぴっしゃ。」
とんでもない音がして、お宮の鈴が、転がり落ちた。
「でめきん余市が、こりねえで、
鳴物入りで、よばいする。」
そんなのはやって、余市は戸しめて、ひっそり。
お宮の世話人、伝三郎が、とっけの家にやって来た。
「おまえだということは、わかっておる。」
とっけと両親、かしこまって、
「わしは世話人を辞める、じゃによって聞け。」
といって、説教する。
「そもそも神と、仏は、人心のいしずえ、天道のもとい、― 」
もとより長いのが、とっけが神妙に聞くから、ずうたら、とろろいものように、切りがない。
ふと見ると、とっけが相槌うつ、それが神妙といおうか、絶妙という、
「仏をいえば蓮すの花のにごりなく。」
「にごりなく。」
「鏡くもらず、破邪の剣はとぎすまされて、まがたまの。」
「まがたまの。」
うらみつらみ、聞き手も、へんになる。
その帰り、伝三郎は、狐に化かされて、こえためにはまって、いい湯だやっていた。

飯石村は、河はさんで、横越村と、毎年節句には、凧合戦があった。
その大凧と道具一式しまっておく、小屋があった。
忍び込んで、凧の綱の麻なわむしった。手下に配る、わらじこさえる。
その年の相談が三日早く、とっけはつかまった。
「またとっけか。」
「どうしようもねえ。」
男たちは、頭に来た。
「ためし凧に、くくりっつけて飛ばしてやれ。」
「ちったこりらあさ。」
といって、とっけを大凧にくくりつけて、河原風に、頃合はかって、飛ばした。
二十人して引く、ふうわり上がる。
「へえ景色いいで、ご苦労さん。」
「なにをこの。」
突風が吹いた。
大凧は、おそろしげに舞い上がる。二十人、必死に押さえ込もうと、そいつがぷっつり切れた。
とっけがむしったあとだ。
山向こうへ飛んで、見えなくなった。
「とっけなら生きているだろ。」
といったが、そいつが三日さがして、行方知れず。
くーるりとっけは、まっさかさま。大凧ごと、河へざんぶとはまった。
むかし、ばあさまにつれられて行った、瑞巌寺の、仁王さまが、恐い目してにらむ。

「このわるをどうしたものじゃ。」
うんの仁王さまがいった。
「西方浄土の船へ乗せよう。」
あの仁王さまがいった。
「ふだらくや、
浮き世の波を、
こぎわけて、
彼岸にわたる、
のりの櫂。」
えんさあこげやといって、とっけは重たいかいを漕ぐ。日も夜もなしの、波は荒れ狂って、舟はゆれ。
海を鎮めに、坊さまが、身を投げるという、
「お待ちなされ、この子じゃ。」
だれかいった。
「なまけてばっかりの、こやつを投げ入れもうす。」
ざんぶと投げこまれた。
その苦しいことは、
「あわ。」
ふりもがくと、
「さわぐな、今助けてやる。」
声がして、助け出され。大凧は柳にひっかっかって、ゆれるたんび、さかさのとっけが、河へつっこむ。
「凧ん乗って、河流れたあ、河童の神さまも、気がつくめえ。」
「ちがう、天からふった。」
とっけは、村とははんたい指して、
「海まで行こうと思って、しくじった。」
といった。そうして、反対っこへ、歩いて行った。
瑞巌寺のある、門前町へ向かった。
畑のものかっぱらったり、荷車押して、駄賃もらったり、三日かかって、大にぎわいの、門前町。
「そうさ、こういうとこで、稼いで。」
いろんな店が並ぶ、商人が行ったり、傘さした坊さまや、きれいな女の人や、お大尽や乞食や、団子を売っていたり、赤鬼の看板がぶら下がる、大きせるがあった。
おっぱらわれるっきりで、どこも雇ってはくれなかった。
河原に、石を洗う男がいた。ざるいっぱいの、小石をになえという。
「ほう、めし食いたいか。」
「食わにゃ死ぬ。」
ざるは死ぬほど重かった。
でっかいお地蔵さまがあった。赤い頭巾と、赤いべべ着て、子供を三人抱える。
人々は線香立てて、小石を一つ、また一つ置く。
子がまかるよう、病気がなおるよう。
洗った小石は、いくつとっても一文。
めしだけ食って、一カ月。
「いろはだって、なんまんだぶもいい、石に文字かいて一文。」
とっけはいった。
「赤いべべ着せて、三文。」
男は坊主くずれで、かたことぐらい書けた。それが流行った。
もうけ半分寺にとられて、男は女こさえて、たわけ歩く。
とっけが、寺へ上げる半分、おれの分といって、かっぱらった。
でもって別商売はじめて、それがどうやって稼いだか、とつぜん立派な身なりして、村へ帰って来た。
親に大枚置いて、あっちこっち、わるさのしっぱなしを、みんなそれぞれにして、お寺にも置いて、ぶっ魂消て、よったくる連中にいった。
「大凧に乗ってさ、舞い飛んで、ふうらりついたところが、丸に一の字のさ。」
という、名の売れた酒屋。
「そうさ、酒屋にとっちゃ命の、井戸の上な、わしゃ天の申し子だってんで。」
そうしてこうして、ああなって、とやこうはやらかせて、
「どうじゃ、わしに出資しろ、三年で三倍ってわけにゃ行かぬが、二倍くらいには。」

といった。
みんなこぞって、持って来た。田んぼや畑売っぱらう者もいた。
とっけはそれ懐にして、出て行った。
そんでもってどうなった。
出て行ったっきり。
瑞巌寺の、仁王門わきに、夫婦ものの乞食がいた。
とんがらしと、みかんの皮なと、竹筒につめて、売っていた。
いっぱし溜め込んで、
「とっけのとんがらし。」
と、看板ぶら下がったころ、もうその名知る者はいなかった。



じょうごん池

とんとむかしがあったとさ。
むかし、三郷村に、じょうごん池という、またの名を蛙合戦という、池があった。
龍が棲んだそうで、葦原に月影を宿す。
田辺貞元という、儒学者があった。
新婚早々の、美しい妻がいて、刀は差しているというだけであったが、ある日殿様に、

「名人達人如何。」
と問われて、
「名人は惑わず、達人は忘ず、その道に迷わぬを名人、意を用いぬを達人ともうすかと存じます。」
と答えて、評判になった。剣術指南役の、伊東又兵衛という者が、教えを乞うといって、やって来た。
「わたしの知っておりますのは、言葉の上だけのこと。」
貞元はいった。
「名人達人どちらが上か。」
と剣術指南、
「名人は名を尊び、達人は足るを知るともうします。」
「名によって名に倒れ、足るを知ってついに終わる。」
「名を覚えぬを、真名となし、足るを知らぬを、自足というとあります。」
ではといって、伊東又兵衛は、飯粒をもってこさせて、貞元の頭髪に置き、一刀を抜きうちざまに、真っ二つにした。
髪の毛が一本だけ切れた。
「わしは名人にはほど遠い。」
又兵衛がいった。
「いえ、髪の毛の切れるほうが、達人です。」 貞元がいった。
「そういうお前さんは、眉毛一つ動かさなかった、若いに似合わずたいしたもの。」
二人は親友になった。又兵衛は四十近い、みにくい男だった。修行時代に、過って人を殺めた、そのためというではないが、頭を剃ったも同然といった。
「男児が二人生まれたら、一人くれ。」
ともいった。
「わしの剣を授けたい。」
美しい妻は、みにくい四十男を敬愛した。
発明であった殿様が、急に退いて、元服前の次代さまが、あとを継いだ。幕閣の差し金という。若い者に、不穏な動きがあった。
「さぞやご無念のこと。」
「城代平沼左門と、その取り巻きだ。」
坂下の三玄寺にこもって、ことを起こそうという、指南役の又兵衛が、家老なにがしと、駆けつけた。
「なによりも、お主らに科なきようと、お殿さまは申された。事を起こすなら、わしのかばねを踏んで行け。」
といって、一枚脱ぐと、下は白装束であった。
説得ははか行かず、貞元が来た。
「人一人殺して、よきことのあろうはずもない。」
貞元は事と次第を説いた。若い連中も、目から鱗の落ちる思いであった。
「しかし、あのように明かしてしまって、大丈夫なものか。」
若い人が、かえって心配したが、案の定、又兵衛はお役を果たし、貞元は、
「呼ばれもせぬ出張。」
といって、閉門になった。
一派にとって、貞元は危険であった。
閉門は五年続いた。
「この上は、お主のためにも理非をただし― 」
又兵衛はいった。
「いや。」
貞元は首を振る。暗殺の恐れもあって、又兵衛は、夜毎に見回った。
美しい妻が忍び出る。
あとつけると、じょうごん池に行く。
月の光に水を汲む。
閉門を解かれて、二人の男児が生まれていた。
「ほかにすることがなかったでな。」
貞元は笑った。
お殿さまがみまかる、貞元は又兵衛に、 「殉死するなら、子供のどっちかに、剣を伝えてからにしなされ。」
といった。
じょうごん池の水を、月光に汲むと、みごもるという、伝えがあった。
じょうごんとは、貞元のなまった語というし、ひきがえるがよったくって、蛙合戦をする、ひきがえるを又兵衛ともいった。



いそめ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、太郎という子があって、父母流行り病に死んで、遠縁の家に、引き取られて行った。
食ったり食わずの、いじめられて、そんなもんかと思っていたが、ある日、焼け火箸で、ひっぱたくのを、よけた拍子に、相手をつっころばした。
どんと大人がふんのびる、困って逃げ出した。
古い社があって、そこへ寝泊まりした。
村の子がよったくって、
「かさっかきの、ものもらい。」
といって、石投げたり、追っかけたりする。太郎は、木っかぶにこもかぶせて、寝たふりして、
「ねこばっち。」
といってつっつくのを、二人いっぺんにつかまえた。
「かったいもんじゃねえ、人食いだ。」
太郎は、二人木の又に、しばりつけて、
「じゅんぐりに食ってやる。」
といって、でかけた。
帰って来たら、二人いない。
大きな犬をつれて、村人がやって来た。
太郎はどうにか、やり過ごし、あとつけて行って、石で犬の頭を、かちわった。
犬を食って、はいだ皮を、鳥居につるして、旅に出た。
山まわりの街道に、追剥が出るという。
「待ちな。」
と聞こえて、ふりかえると、縄の帯しめて、頭ぼうぼうの、怪童が立つ。
「ぜにをよこせ。」
出せばよし、でないと、手にとった、まきだっぽうでなぐ。足折るか、ふんのびた。

しくじったことはなかった。
大勢いたり、面倒なのは、やり過ごす。
きれいななりした、若ざむらいだった。生っ白い面が、
「待ちな。」
「なんとな。」
「ぜにを出せ。」
「へえ、山犬ってのはおまえか。」
まきだっぽうが、ぶんとうなった、まるっきり手応えがない、ぶんばすっ、ぶんまわす、目の前に、若ざむらいは、つっ立つ。
太郎は太息をつく。
「来い。」
背を向けた、さっさと行くのを、逃げられず、太郎は、ついて行った。
どんざん波の洗う、磯っぱたに、洞穴があった。
むしろ一枚しいて、なべや茶碗がある。
「わしはいそめという、海の化物だ。」
若ざむらいは云った。
「人の道を踏み外して、おまえも、化物になるより、せんなかろうが。」
といって、ぼうきれを取る。太郎はうってかかった。
ぶちのめされては、うってかかる。情け容赦もなかった。
食い物はあった。磯のものを取って食え、ともいった。
いそめはやって来て、ぼうきれを取る。
逃げ出すたんび、連れ戻された。
三年たった。
ぼうきれでは、負けなくなった。
「たいてい立派な化物になった、次は人に化ける術だ。」
いそめはいった。波の洗う、岩の上に、太郎を立たせ、
「波を刃と思え。」
という、なぎの日はうねりよせ、大荒れには、ずたずたに引き裂かれ、来る日も来る日も、岩の上。
しまい、太郎は消えて、波だけになった。
「アッハ存分お化けが、人ってえのはつまらんことを知る、ほれ。」
といって、いそめは文字を書いた紙片を、つきだす。
波のまに、太郎はいっぺんに覚えた。
半年ほっておかれて、どこへ行く気もなく。
いそめが現れて、
「ついて来い。」
という。
さむらいの物を着る、いつやら覚えて、するりと付けて、大小を差し、そいつは立派な門構えの、さむらい屋敷。
「ここのせがれが、行方知れずになった、たった今帰るところだ、行け。」
といって、おっぱなす。
入って行った。
「お帰りなさりませ。」
郎党が出迎える。
「どこで何をしておったかは問わぬ。帰ったが、なによりじゃ。」
父なる人はいった。
「たくましゅうおなりになって。」
母なる人は、涙を流す。
新之助という名前であった、洗水と松のお庭があり、うまやがあり、弟が一人、家の子郎党若干あり、だれかれまた出入りする。
兄弟は抱き合って泣き、生まれついてのように、ものみな行く。
寄せては返す波のように、思いの他の、―
一年が過ぎた。
見破ったのは、許嫁という人であった。
お目見えの年がきて、二人庭を歩く。
「どんぐりのにおいがしたのに、なぜ。」
ふいにいった。
化物であったのを、太郎は思い出した。
「不思議な潮のかおりが。」
美しいその人はいった。
いそめが来た。
いとこの重太郎であるという、
「新之助は死んでいる、骨を拾って弔うか。」
「このお方は新之助さまに、まこと生き写し、いえ新之助さまより、ずっとすばらしいお方です。でもそうすることが、きっとわたしどもの務めです、おこころざし、ありがとう存じました。」
太郎はさむらい屋敷を出た。
いそめがいった。
「化物はまず化物じゃ、人食い女がいる、行って退治して来い。」
さがしあてると、それは鳥居に、犬の皮をつるくした、神社だった。
妖気はない。
天井うらに女がひそむ。
気配を消すと、出て来た。
「食うか。」
太郎は、腕をつきだした。
「食わん。」
女は泣く。
「なんにも食うものがなくって、赤ん坊を食った、三つ食った、それから気がふれて、どこをどう歩いたか、神社に宿ったら、人がこわがってだれもよっつかん。」
女は正気にもどった。
そうして首をくくった。
磯っぱたの、洞穴に帰ると、一振りの太刀があった。手紙がついて、
「無明丸と申す、この太刀を継ぐ者を、竹の太郎という、天に月地には風、人に竹の太郎。」
とあった。
いそめが海の化物であったか、重太郎という侍であったか、竹の太郎は、二度と会うことはなかった。



ぴったらとだったひら

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ひいらぎ山に、ぴったらという牛飼いと、だったひらという、鷹匠が住んだ。

世の中ではこう云った。
「こわいものはなーんだ、
目のないトンボと、
食うばっかりの女と、
ざんざん大雨。」
ぴったらが、笛を吹くと、目のないトンボも水を、食うばっかりの女も、夢を見る。

世の中ではこうも云った。
「困ったものはなーんだ、
しっぽの二つある犬と、
うしろ向きに歩く男と、
かんかんひでり。」
だったひらが、ナイフを投げると、しっぽは一つに、うしろを向いた男も、前を向く。

ぴったらは、海が見たいという、だったひらは、雪の峰が見たいという。
二人は旅に出た。
牛飼いは西へ、鷹匠は東へ。
牛が草を食べたら、昼寝して、その背に乗って、ぴったらは行く。
わらを山のように積んだ車挽きが、牛をかしてくれといった。
「そうしたら、かあちゃんのとっときのシチューを、ご馳走しよう。」
「いいよ。」
ぴったらは牛をかした。
山のようなわらを挽かせて、車引きと二人行くと、赤いしゃっぽの子どもが三人、乗せてくれといった。
「いいよ。」
という、三人の子どもは大はしゃぎ、わらの山に乗って歌った。
「てっぺん禿げて雨ざんざ、
川はどんぶら大風、
あっちのほうはどろんこで、
夕暮れ橋は流された。」
野を越え山を越え、風がどうっと吹いて、河があった。
「あと一人だよう。」
渡し守りがいった。
「おれの家は河の向こうだ、そうさ立派な橋があったんだがな、牛飼いには、かあちゃんのとっておきシチュー、子供は三人赤いシャッポだし。」
車引きがいうと、
「まいいか、わらの束なら沈みやしねえ。」
といって、ぴったらと車引きと、三人の子どもと、牛ごと山のようなわらの車と、いっぺんに乗せた。
渡し守りが棹さす。
舟には大商人と、中くらいの商人と、そうでないのと、腹のへったさむらいと、ひげを生やした侍と、赤ん坊をおぶった母親と、きれいな女と、そうでもないのと、すきやかまを持った何人かといた。
真ん中へ来たら、水かさが増す。
「だめだ、云うことを聞かん。」
渡し守りがいった。
「乗せ過ぎだ。」
流れて行った。
「金は出す、牛とかわらの車と、そいつに乗ったのを下ろせ。」
大商人がいった。
「あんたのでっぷり腹を下ろしたらどう。」
きれいな女がいった。
「いっとき一両。」
「借金を返さずにすむ。」
中くらいの商人がいった。
赤ん坊がわあっと泣いた。
「どっちみち動けん。」
腹のへった侍がいった。
「河童が出る。」
すきやかまを持ったのがいった。
「みぐるみ剥がれる。」
「河童ってなんだ。」
「河の海賊だ、身の代金払えなきゃ、頭の皮はぐ。」
「たいへんだ、逃げられん。」
渡し舟は大騒ぎ、
「どうってことないか、どっちみち身一つ。」
「そんなこと云わないで、おさむらいさん。」 きれいな女がいった。
「武器になりそうなものを、そこへ集めて下さい。」
「おおそうだ。」
みなして、すきやかまや、用なしになった船頭の棹から、そこへ集めた、
「おさむらいさんの刀二本。」
刀を抜き取って、きれいな女がいった。
「大商人はたんまり身の代金、中くらいのも、そうでないのもそれなりに。身ぐるみはいで、舟のこぎ手がひげとやせ。頭の皮が三枚に、女は役立つ。牛はステーキにして、三人の子供はトランプの相手、もう一人いたっけ、あたしは河童の頭領、美しいひいえるさ。」
かっぱ舟が十三そう、弓矢をとって、まわりを囲む。
舟は、河童のとりでへ引かれて行った。
どさくさあって、わらの山にもぐって寝ていたぴったらを、三人の子どもが、ゆり起こす。
「大商人は身の代金、
やせとひげはこぎ手になって、
頭の皮三枚と、
牛のステーキ何人分。」
ぴったらは飛び起きて、笛を吹いた。
美しいひいえるさと河童どもは、酒盛りの真っ最中、わらの山に火をつけて、牛を丸焼き。
ぴいっと笛が鳴る。
牛はもうっと突っ走る。ごおっと燃えるわらの束。
渡し守りがいた。
「河童舟のせんを抜け。」
ぴったらがいう。
「ようし任せとけ。」
車引きがいた。
「かあちゃんのシチュー食いたかったら、物見へ上ってがんがん叩け。」
「ようし。」
といって、物見へ上ってがんがん叩く。
「そうれ獲物だ、でっかいぞ。」
河童どもは弓矢をとって、乗っ込んだ。
そいつが沈没、あわてて引っ返したら、とりでは大火事。
朝になった、身の代金も頭の皮も車引きも、みんな帰って行って、美しいひいえるさと、河童の一00人が残った。
「舟もとりでもなくなった、ぴったら大将につく。」
「美しいあたしは、お嫁さん。」
そう云って、牛飼いのぴったらと牛のあとへ、行列を作った。
青い石塀に、花と緑のかんのーきの町があった。
三人の子どもが歌う。
「人もうらやむかんのーき、
泉にあふれ花に花、
女ばっかり多くって、
それになんだか臭うぞ。」
町長が、白い旗をかかげて出る。
「云うことは聞こう、どうか攻めんでくれ。」「河童の一00人とわしらに、飯を食わせてくれ。」
ぴったらがいうと、うどのスープとにらのカレー百四人分、たいへんにうまかったが、におう。
「十日は食わせてやれるが。」
町長はいった。
「十日で、この町に下水を作ろう。」
ぴったらがいった。
河童の一00人と、
「えんさあほい。」
石を担いでみぞを掘り、
「さあさほい。」
町中の、たいてい女たちが手伝った。
下水道ができた。臭いは消え、河童の一00人は、かんのーきの一00人女たちと、夫婦になった。
赤いシャッポの三人と、美しいひいえるさと、牛飼いのぴったらは旅を続けた。
霧のふーたら山を背に、古いあーたらのお城がたっていた。
三人の子供が歌う。
「あーたらの古いお城に、
むかしは立派な王様がいた、
霧のふーたらに食われて、
三人博士も赤とんぼ。」
まっ白い年寄りが、謎をかけた。
「二本足、双子はあべこべ、追っても追いつかぬもの、なーんだ。」
「それは虹だ。」
ぴったらが応えると、ふーたらの霧が伸びて、年寄りをぺろーり食って、云った。
「朝は長く、昼は短く、夕は長いもの。」
「ないものにおびえる、それは影だ。」
ぴったらは云い、
「今度はこっちからだ、知りえないのに、知ろうとするものはなーんだ。」
と聞いた。
「それは心だ。」
ふーたらの霧は晴れ、黄金のあーたらのお城が門を開く。
「ばんざい。」
人々が叫んだ。
「ふーたら千年のなぞを解く、牛飼いのぴったら。」
「われらが王さま。」
ぴったらと牛はお城に入った。
美しいひいえるさはお后になった。三人の子供は、三博士になった。
だったひらは、鷹を腕に歩いて行った。
行く手に、巨人が立った
「ここを通るなら、おれを倒して行け。」
という、だったひらの鷹が、その耳をつん裂いた。
「次は目だ、そこをのけ。」
「いやのおーろだ、国は荒れている、おれを倒す勇者を待っていた、家来になろう。」

といって、あとへ従った。
山のやしんの郷に、六人の男が立った。
「山のやしんの、槍のいっこう。」
「刀のにこう。」
「弓のさんこう。」
「旗のしこう。」
「太鼓のごこう。」
「縄のろっこうだ、ここを通るなら、わしらを倒して行け。」
任せてくれといって、巨人のおーろが戦った。
六人は巧みに動いて、決着がつかぬ。
だったひらの鷹が、しこうの旗をつんざいた。
六人は乱れて、降参した。
「山のやしんの六人、国は荒れている、わしらを倒す者を待っていた、家来になろう。」

といって、六人はあとへ従った。
山川を行き、一行はのべんこーやの王、ぴらとーの客になった。
「ぴらとーだ、国は荒れている、みなで力を合わせて、治めよう。」
といって、美しい奥方うーらぴが出て、もてなす酒に、しびれ薬が入っていた。
酒を飲まぬだったひらの他は、巨人おーろも、山のやしんの六人も、気がついたら、牢屋にいた。
「ひーひらきんきろの黄金の羽根を、拾って来い、でないとみんな死刑だ。」
ぴらとーが、だったひらにいった。
「すまん、奥がそういうもんでな。」
ひーひらきんきろの羽根にふれると、不老長寿。
ぴっかり若返る。
ひーひらきんきろが睨むと、人は石になる。
たーら山の、めしいのばあさんは百歳で、水を汲んでやると教えた。
「あしたは満月、湖が凍る、ひーひらきんきろの鳥が舞う、黄金の、虹の七色をうつす、そこ狙え。」
満月の夜。
ものかげに隠れて、だったひらは、鷹を飛ばせた。
ひーらりひーひらきんきろの長い尾羽根。
それを拾って、持ち帰ると、
「永遠の美しさ。」
美しい奥方のうーらぴはいった、
「用なしはいっしょに死刑にしておしまい。」 巨人と山のやしんの六人は死刑台、そうして夫のぴらとーもだったひらも。
だったひらのナイフが飛んで、巨人おーろの縄を切った。巨人は山のやしんの六人を助け出し、むらがる兵をかたっぱしから、投げ飛ばして、お城を占領した。
美しい奥方は、ひーひらきんきろの羽根に、あおり過ぎて、
「あーん。」
赤ん坊になって泣いた。
「ばんざい。」
と人々は叫んだ。
「よこしま王の世は終わった。」
「ひーひらきんきろの羽根は、大将軍のしるし。」
だったひらは、巨人と山のやしんの六人の家来と、大将軍になった。
東は治まる、西を平らげようという。
大将軍は、戦の先頭に立った。
黄金の虹の七色に攻め寄せる、
美しいひいえるさは、心配のあまり、食べに食べた。
「一睨みで石に。」
三博士は赤とんぼになった。
ぴったらは笛を吹いた。
ひーひらきんきろの羽根が歌った。
「ぴったらは海を、
だったひらは雪の峰を、
牛飼いは西、
鷹匠は東。」
「そうだった。」
だったひらは云い、ぴったらは云い、二人は旅を続けた。

2019年05月30日

とんとむかし15

いちろじ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、はんのき村に、いちろじという、お化けのような、頭でっかちの子があった。

みんな十五になったら、田んぼこさえたり、大工の見習いになったりしたが、いちろじは、ごくつぶしであって、そこらとことこ歩いていた。
「ああいうのは、じき死ぬんだが。」
死んだほうが、親孝行だと云われて、お化け頭のいちろじのあとを、子供らがとっついて行く。
いちろじは、遊び方を工夫し、しんけんに喧嘩したりする。時には子供が物を食わせた。
「いちろじ、食ったもん頭にたまるんか。」
と聞くと、
「わかんねけど、お地蔵さまいなさる。」
と云った。
お寺にある、六地蔵の一つが、そっくりという人がいた。
「目がよう似る。」
と。石かけ拾って、飲むまねしたら、頭の中に入ったんだ、
「ごとっといったりする。」
いちろじは、なんでも知っていた。
「今何時だ。」
と聞くと、
「二つ半。」
ぴったり当てたし、
「あっこに鯉は何匹いる。」
と聞くと、三びきといって、川さぐると、たしか三尾いた。
子供は子供の仕事がある。
一人きりでいるときは、でっかい頭に、とんぼを四疋ものっけて、せんど川という、流れに見入っていたりした。
ありゃ売れると、だれか云った。
お化け頭の子を、ふくすけといって、商売繁盛の神さま、ほんとうに売れた。
ごくつぶしが、ぜにんなったかといって、いちろじは、大きな呉服屋の店先に、あつい座蒲団を敷いて、すわっていた。
にぎやかな通りの、お客がいっぱいあって、
「おじぎをして。」
と云われ、
「笑って。」
と云われて、ちぐはぐ。
「そんなんでは、ご飯は食べられませんよ。」
と云われて、どうしてよいか、わからなかった。
夕日がさしいって、お客も店も、せんど川のように見える、いちろじはふっと笑った。

大きな頭を、上げ下げする、はいとか、いいお天気ですという他、云ってはいけなかった。
子供がよったくる、いつか人気者になった。
お店のお金がなくなって、中年の女が疑われた。
申し開きに困って、
「あたしではない、いちろじ。」
と聞くと、
「はい。」
と云った。
「ではだれが。」
と聞くと、だまっている。だれかれ指さして、それは思いもかけぬ男に、こっくりと頷いた。手代の与助であった。
そのとおりであった。
きっとなんでも知っていた。
いちろじは、とつぜん又売りされて、場末の小屋で、大きな頭を上げ下げしていた。

ひどい扱いであった。
「はい。」
と云い、
「はーい。」
という、ばくちの合図だった、げんこが飛び、刃がかすめたりした。
いちろじの命はつきかけていた。
村を出て、三年とはたっていなかった。
子供らがいた、川の流れであった、なっぱやはしが行く、こいやどじょうや、
「いちろじ。」
と呼ぶ、それはお地蔵さんであった。
「はい。」
と答えて、息を引き取った。
その姿に、親方が号泣した。
鬼のような男が、
「もうわるいことはすまい。」
と云った。



鬼の舞い

とんとむかしがあったとさ。
むかし、あんだたら山に、鬼が三匹住んでいた。
灰色鬼のザンカと、青鬼のドンカと、桃色鬼のシンカと、それかびゅうっと山下ろしに、春のぼっけの花に、ぺっかり月と、鹿の鳴き声とだった。
空が真っ赤になって、ガラスの雨が降る、寒い日が続いて、ザンカの鼻は黄色になり、ドンカの角は赤錆びて、シンカのおしりはくされ、
「もうここにはいられん。」
「ぼっけの花も咲かぬ、ますも取れん。」
「三日月も見えん、住むところを捜そう。」
といって、三匹は旅に出た。
風は凍って、ぺっかりみどりの月が見送った。
三匹は川伝い、峰伝い歩いて行って、おっとろぞ山の白鬼、トオイを訪ねた。
「住むところがなけりゃ、ここに住め。」
といって、トオイは毛むくじゃらの、背中をかいた。
「ぼっけは咲かんが。めっかちきのこは生える。」
「ありがたいが、一宿一飯でいい。」
「わしらのお里を捜してみる。」
「それから世話になろう。」
といって、三匹は、干物のますをご馳走になって、
「いい舞いをな。」
「そっちもな。」
といって、あしたは出て行った。
おっとろぞ山の向こうに、いるの川があって、蛇を首に巻いて、川神が呼ぶ。
「三匹の鬼。」
三匹とも、面倒みようという、
「灰色鬼は門柱にしよう、青鬼は水おけがいいな、桃色鬼は、わたしと夫婦になろう。」

「ありがたいが門柱はいやだ。」
「みずぶくれになる。」
「ひとりもんがいい。」
といって、すり抜けると、
「云うことを聞かない、くされ鬼め。」
といって、首に巻いた蛇を、投げつける。
蛇はうわばみになって、襲いかかった。
三匹鬼は、手をつないで広がった。うわばみは、それをいっぺんに呑み込もうとして、口が裂けた。
そこで、ここをくっさけという。
いるの川をわたると、霧が晴れて、かやっぱらが、ふーらんさやと鳴った。
「ここにしようか。」
と、ザンカが云った。
「すすきはまっしろけだし。」
「雲はどっしろけだし。」
ドンカとシンカが云った。
三匹は鬼の舞いを舞った。
「どっしろけ、まっしろけ、
三匹鬼が、ます食って、
百年生きたら、三百年、
ぼっけの花は、春に咲く。」
三匹は舞ったが、影法師は笑わぬ。
「食っては行かれん。」
「風がきつい。」
「霧もな。」
といって、そこをあとにした。
真っ青な山が、いくへにも重なって、ここは花の原、
「しかろっぺの花の原。」
「むかしからだれも住まん。」
「古いかばねが埋まっている。」
念のため、三匹は鬼の舞い。
「どっしろけ、まっしろけ、
鬼は三匹、いも食って、
一晩寝たら、へは三つ、
ぶうっといったら、山下ろし。」
影法師は、すすり泣き。
こけももを食って、きつねが狂った、それを見て、鹿があかんべえした、だからしかろっぺ。
うるの海岸を行くと、塩が吹きつけて、三匹鬼はまっしろになった。
白い海の怪物が出た。
「わしはもとは、竜宮の使い、鬼のきもが食いたい。」
といって、虹の冠をかざす。
「角一本ならやらんでもないが。」
ザンカが云った。
「きもが欲しい、腹が減っているし、三匹分だ。」
「なんできもだ。」
「きもはうまい。」
「強欲め。」
三匹は、もと竜宮の使いと戦った。
虹の冠をむしって、おひれを半分千切って、とうとう追っ払った。
すると、村人がやって来た。
「うるの祭りには、怪物が出て、人を取って食う、鬼を三匹飼うと、いったい何人食う。」

と聞いた。
「そうさな、二人あて食って、年に六人かな。」
ザンカが云った。
村人はよったくって、協議する。
「年に六人ずつ、一00人食われるには、十六年とちょっとかかる、怪物は十五年で、九九人食った、すこしはいいか、いや三匹ではなく二匹にしてくれ、一匹ならもっといいが。」
と云う。
「三匹でなくては、怪物に食われる。」
「一匹で年に六人食えば、別だ。」
村人は困った。
「それじゃたいして変わらん。」
「わしらは人食い鬼ではない。」
シンカが云った。
「怪物が出たら、ひょっとまあ、三人食われる間には、駆けつけよう。」
「痛めつけておいたし、当分は出んだろう。」
といって、白い海をあとにした。
かっこうのお里があった。
山にはけものがいっぱいいて、しゃんしゃこの実がなって、さけやますの川が流れ、しろうずの花が咲く。
鬼は三匹、舞いを舞った。
「どっしろけ、まっしろけ、
鬼は三匹、叫んだら、
月はぺっかり、一つきり、
しろうず山に、虹が出た。」
ぴーとろと笛が鳴って、影法師ではなく、白鬼赤鬼だんだら鬼が、降って出た。
「どこから来た。」
と聞く。
「あんだたら山から来た。」
「戦をしに来たか、それともトーロ餅を食いに来たか。」
と云う。
「トーロ餅ってなんだ。」
「うんまい餅さ。」
「ではそれを食おう。」
三匹の鬼はトーロ餅を食った。
「うんまいっていうより、あんましうまくねえが。」
と云おうとしたら、口が聞けず、手足がしびれて、
「うう。」
「おう。」
「ああ。」
と云った。
三匹は白鬼赤鬼だんだら鬼の、けんぞく十七匹の、いいなりになった。
けものの柵をこさえ、しゃんしゃこの実をすりつぶし、ますのかごにますを取り、ぶんなぐられ、むち打たれて働いた。
三年めに、
「うう。」
ザンカが云うと、
「うう。」
「うう。」
ドンカとシンカが云って、心が通じて、手足も生きた。三匹鬼は、怪力を発揮して、白鬼赤鬼だんだらを、ひっとらえた。
「うう。」
「もっと食わせろって。」
「うう。」
「嫁が欲しいって。」
「うう。」
「わかった、止めろ、シーロの葉っぱをとって、舐めたら、もの云えるようになる。」

と云う。
シーロの葉っぱは苦かった。
三匹鬼は、こらしめだといって、白鬼赤鬼だんだら鬼に、余ったそやつを舐めさせた。

「苦い、助けてくれ。」
といって、涙と鼻水を垂らしたので、ここをおにんはなみずという。
三匹鬼は歩いて行った。
深い谷であった。
埋もれ木が、お化けになって出て、
「そっちへ行くな、虻が出る。」
という、引き返すと、
「そっちへ行くな、蜂が出る。」
という、どっちへ向かっても、ぶよが出る、ひーるが出るという。
三匹鬼は怒って、埋もれ木をぼこぼこにしたら、三匹は病気になった。
大熱が出て、
「おーい、こーい。」
と叫んで、谷川を流れて行った。
ここをおによびといって、今でもおーいこーいと聞こえる。
ザンカとドンカとシンカは、元気になって、きーきろの山を越えて、たいがの河をわたった。
そこに百年は住んだという。
だからここを、ひゃくねんという。
きーきろさんがの神が、こだまに呼んだ。
「灰色鬼のザンカ、おまえは雪の門を守れ。」 と云った。
「青鬼のドンカはしいらん森を守れ。」
「桃色鬼のシンカはわしの巣を守れ。」
と云った。
三匹鬼は、はーいとこだまに返して、それぞれに守った。
雪の門は崩れる、きーきろの風が吹いて、黄金の氷を押し包み、そいつが解けると、のーげの林が芽を吹いた。
その実を食べに、たいがの大烏がやって来る。
烏を追い払い、追い払い、灰色鬼のザンカは、
「ひーらきーらきろ。」
といってそびえ立つ、雪の門を守った。
しいらん森は、銀色の雨が降る、雨にはしいらんのきのこが生えて、それを食べに、たいがの大鼠がやって来る。
ねずみ網にねずみをとり、ねずみを取り、青鬼のドンカは、
「しいらんふわんきろ。」
といって、霧にしげる森を守った。
風のしっぽが鳴って、夏になると、きーきろのわしが、双子を生んで育てる。
その卵を取りに、たいがの大蛇がやって来る。
蛇をひっとらえ、またひっとらえ、桃色鬼のシンカは、
「どうがんさったく。」
と、大空を舞い飛ぶ、わしを守った。
「ようやった。」
きーきろさんがの声が聞こえた。
「眠れザンカよ雪の門、
眠れドンカよしいらんの森、
眠れシンカよ峰のわし、
今はこれまで、きーきろさんが。」
たいがの風が吹くと、三匹の鬼は眠った。
人々がやって来た。
紅葉の谷あいに、三つの大岩が立つ。
灰色と青と桃色の。
「あの大岩を鬼に見立てて、このあたりを鬼の舞いともうします。」
ガイドが云った。
吹き下ろす風に、こんなふうに聞こえ、
「どっしろけ、まっしろけ、
三匹鬼が、昼寝した、
ぴいっと鳴いて、鹿の声、
千年たったら、大欠伸。」
千年めだという、どうやら今年。



美しい花嫁

とんとむかしがあったとさ。
むかし、みよしの里の、美しいうるか姫は、やまどりのお城に、お輿入れ。花嫁行列が行くと、田んぼの一本けやきが云った。
「三つのとき、わしの所へお嫁に来るといった、だのにどうして。」
「そんなの知らない。」
「だって、天のように頼りになるって。」
「ついて来たら、考えてあげる。」
うるか姫は云って、花嫁行列は行き、一本けやきは、ぶるぶる揺れた。
かえるが鳴いて、あやめ池が云った。
「四つのとき、わしの所へお嫁に来るといった、だのにどうして。」
「そんなの知らない。」
「だって、まっ白い雲の枕だって。」
「ついて来たら考えてあげる。」
うるか姫は云って、花嫁行列は行き、あやめ池は、おうそろと泡だった。
大火事のような、つつじ小路が云った。
「五つのとき、わしの所へお嫁に来るといった、だのにどうして。」
「そんなの知らない。」
「だって、二人でお祭りに行こうって。」
「ついて来たら、考えてあげる。」
うるか姫は云って、花嫁行列は行き、つつじ小路は、ほおっと花を吹き上げた。
ついたてのような、崖が云った。
「六つのとき、わしの所へお嫁に来るといった、だのにどうして。」
「そんなの知らない。」
「だって、平たい石がきれいだって。」
「ついて来たら、考えてあげる。」
うるか姫は云って、花嫁行列は行き、崖は六つの石を落とした。
ホーホケキョと鳴いて、うぐいすが云った。
「七つのとき、わしの所へお嫁に来るといった、だのにどうして。」
「そんなこと知らない。」
「だって、谷わたりして遊ぼうって。」
「ついて来たら、考えてあげる。」
うるか姫が云ったら、うぐいすは、花をくわえて、かんざしになって髪に止まる。花嫁行列はねって行った。
やまどりのお城の、清うげな若さまが、お出迎え、
「美しい、わたしのうるか姫。」
といったら、かんざしが、
「ホーホケキョ。」
と鳴く。若さまは首をかしげた。
二人座って、めでたいな、固めのおさかずきというと、花のかんざしが、舞い飛ぶ。

若さまは仰天した。
花嫁があーんと泣く。
「なんで泣く。」
と、聞いたら、
「三つのとき、一本けやきにお嫁に行くといって、四つのとき、あやめ池に行くといって、五つのとき、つつじ小路にお嫁に行くといって、六つのとき崖にいって、みんな忘れたのに、うぐいすがついて来た。」
と云った。
「そんじゃみんないっしょに暮らせばいい。」
優しい花婿は云った。
「花のかんざしとなあ、ふれて来てくれ、うぐいす。一本けやきは橋にして、あやめ池の水を汲んで、つつじ小路の花をさし、がけの石は置物にしようって。」
うぐいすは行ったきり、帰って来ない。
「はあてどうした。」
花婿は、お吸いものをべろうり飲んだ。
うぐいすは、花をくわえて舌足らず。
「けやきは死んで、あやめ池の耳を切って、つつじ小路の鼻をそぎ、崖はお仕置だ。」

と聞こえた。
しまいぱくっと口を開けて、花を落とした拍子に、うぐいすは、みんな忘れてしまったとさ、めでたし。



ふたおうの実

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ゆうわの由良の港から、三艘の舟が出て行った。
一そうには、白銀の弓とあらとうの武士が乗り、一そうには、黄金の笛と、にっただの舞い手が乗り、別の舟には、かんの君といよの姫君が乗った。
あらとうが先に、鳴りしをの海を行き、げんのなだにさしかかると、おうだいの旗を押し立てて、いんずの舟が行く手を遮った。
「みつぎ物は持って来たか、例外はないぞ。」
いんずの使いは云った。
「黄金一枚。」
「黄金三枚、一そうにつき一枚だ。」
「何そうでも一枚と聞いた、不当の品は払わぬ。」
いんずの射手が弓をつがえるより早く、あらとうがその胸を射貫き、
「一枚はわたそう、受け取れ。」
黄金を受け取って、いんずの舟は引き上げた。
三そうの舟は、向きを変える、戦は避けたほうがいい。
青炎を吐いて、いんずの水龍が、行き過ぎる。
にっただの笛が鳴り、
「かんの君といよの姫君を、われら大王の洞へ、ともなうものなり、ゆめ疑うなかれ。」

と告げ、水龍は、
「せんもない、その帰りには、待ち受けようぞ。」
とて吠え狂う。
三そうの舟は、えるのおの入り江に、潮を待つ、えるのおは、流れ寄せる舟を、剥いで暮らす。
ものはこの世の縁と、襲いかかる弓勢を、あらとうの白銀の矢が、薙ぎ倒す。
「われらにいつーはしの紫を。」
えるのおの長が云った。
若衆が、毛槍の舞いを舞う、華麗であった。
「かんの君のお言葉が欲しい。」
「盗賊に与える辞はない。」
白刃の舞いに変わる、にっただの笛に、血しぶきを上げて倒れ。
潮に乗って、三昼夜、とつぜん大海に虹がかかる。戦の旗であった。
喚声が上がって、弓矢の嵐。
「幻影だ、射つな。」
矢は貫き、槍はへさきをつんざいて、手応えはなく。
「耳目をふたげ、見ても聞いてもいかん。」
でくとおの幻影という、空しく行き過ぎるもの、あらとうの弓がうなり、にっただの笛が空鳴りする。
「犬に身を変えしでくとうねえのやから。」
行き過ぎて、にっただの長が云った。
くろなごを右に、あみんの海を過ぎ、しらさぎの舞う、あまうさの浜であった。
みそぎの島という。
あらとうはいつかしにつなぎ、にっただはたちばなにもやい、かんの君といよの姫君のいつーはしは、波間に漂った。
いつかしにみそぎ、たちばなにみそぎ、両三度して、朱よりも赤い酒が、いつーはしのへさきに、注がれた。
あらとうの弦と、にっただの笛に、弧を描いて、しらさぎの群れが飛ぶ、その向こうに、茂みゆれるかんだちの丘があった。
そこに食事をとる。
三そうは大海へ出て行った。
ついにここへ、かんの君は黒衣をつけ、いよの姫君は白衣をつけ、金の冠をし銀の冠をして、舟を廻る、お互いの冠を換えて、もう一回廻る。
いつーはしの還が現れた。
二人は還の内側に、浮き上がって見える。
虹がたつ。
白衣の人の手にしずくする。
巨大な蟹が、ゆらめき現れた。
右のはさみに、あらとうがつき、左のはさみに、にっただの舟がついて、巴にめぐる。

大王の洞がぽっかり開いた。
白衣と黒衣の人を飲み込んで、消えた。
あらとうとにっただは待った。
七日七夜ののちに、白衣の人は西へ漂い、黒衣の人は、東へ漂う。
「東をとるか。」
「西をとるか。」
黒衣をすくいあげると、かんの君は舟に乗り移り、白衣のまぼろしは、あらとうの舟につき、裸身のまぼろしは、にっただの舟につく。
三そうは帰途についた。
あみんの百の、戦舟が待ち受けた。
火矢が襲い、水牛の盾を押し並べる。
「いつーはしを、その郷に帰すわけには行かぬ。」
「なぜに。」
「現し世はまだ終わってはおらぬ。」
「あらとうは知らぬ。」
水牛の盾がゆらめく。
「藻屑にしようぞ。」
「なぜに。」
「悲しみのゆえに。」
「にっただは知らぬ。」
命を捨てての、はげしい戦いに、あらとうの白銀の一矢は、一そうを引き裂いて、にっただの黄金の笛は、二そうをぶっつけあった。
あらとうの三人が死に、にっただの四人が狂った。
次いで、くろなごの百の、戦舟が待ちかまえ。
石弓が襲い、白象の盾を押し並べる。
「いつーはしを、その地に返すわけには行かぬ。」
「なぜに。」
「三界は我らがもの。」
「にっただは知らぬ。」
石弓がうなる。
「血しぶきにしようぞ。」
「なぜに。」
「苦しみのゆえに。」
「あらとうは知らぬ。」
身を投げうっての、はげしい戦いに、六日七夜して、かろうじて生き残って、二そうの舟は、いつーはしを守る。
守り守って、襲い来るものをほうり、げんのなだを過ぎて、いんずの水龍に、不意を突かれた。
あらとうのへさきは張り裂け、にっただのの舟はかじを折られ。
かんの君の黒衣がひるがえって、水龍をほうり。
そうして嵐が襲った。
由良の浜辺に、ふたおうの実が流れついた。 かんの君が変化した果実。
芽が吹いて、次の世を花開く。



石灯籠

とんとむかしがあったとさ。
むかし、いらこ村に徳兵衛という、石工があった。
徳兵衛に、このあたりきっての、太郎右衛門屋敷から、石灯籠を、こさえてくれと云って来た。
雪見灯籠というもので、お池の辺りに建てる、むかしそこにあったという、なにかあって先代さまが、取り払ったという。徳兵衛は、松の按配や、雪の風情を見して、じっくりと手間をかけた。
すると夢に、美しい人が現れて、
「西びさしから、こう灯が見えるように。」
と、指図する。
「ようわかりました。」
徳兵衛はそう云って、行ってみると、むかしも、たしかにそうあったに違いぬと、
「たましいであろうか。」
せんさくは、石工のするこっちゃない、見事な石灯籠が、そこへおさまりついた。
さすが名人と、これは評判になった。
西のはなれには、年寄りが住む。
「お屋敷の人ではないらしい。」
と、だれか云った。
三代まえに、さよという美しい人がいて、男狂いして、婿どのがあったのに、だれそれと駆け落ちして、大騒ぎであったなと、耳に聞こえる。
「それじゃあの。」
なと思ったが、それから三年して、太郎右衛門屋敷の、西のはなれが焼けた。
年寄りが焼け死んだ。
石燈篭もどうかしたといって、徳兵衛は見に行った。
さいわい欠けてはいず、以前はさしても思わなかった石かけがあって、取りのけようとすと白骨が出た。
徳兵衛は、お取調べを受けたが、古い骨であることがわかった。
太郎右衛門さまから、お墓をこさえてくれと云って来た。
火事以来、主の太郎右衛門さまは、ふせったきりだそうで、奥様が切り回す。
「はなれの年寄りは、孤児であったのを、引き取って育てた、それがおさよさまと駆け落ちして、ー 」
という、どういうことになったか、うらぶれて帰って来て、行きどもなくって、はなれに住んだ。
「おさよさまはすぐ帰って来て、二三年はお屋敷にいて、行方知れずになった。」
白骨はおさよさまのものだ。
二人ともに葬ろうという。
えにしの糸だといって、一つ墓に納める。
すべて終わって、石灯籠の具合を見に行った。
と見こうみしていると、太郎右衛門さまが、取り乱してふらつく、
「むかしの石燈篭をこさえろっていうから、こさえてやった、灯をつけて楽しんだ、めぐりめぐって童歌を歌った、そうしたらはなれに火をつけろという、わしは火をつけた。」
奥様がその手をとって、つれて行く。
狂っている。
おさよさまというのは、もしや太郎右衛門さまの親に当たる、いいや殺して埋めたのが、ーそういえば変なうわさが。
徳兵衛はかぶりを振った。
石工にせんさくはいらぬ。



流人花

とんとむかしがあったとさ。
むかし、にいみの沖の島に、げんのうと呼ばれた、流人があった。本命はようもわからない。
鉄の足かせつけて、歩き回って、げんのうは、砂金を取る。
それをもって、どうにか飯にありつけた。時には、いくらかになることもあった。
番所の犬に吠えつかれ、噛みつかれして、げんのうは、もう長いことそうしていた。

浜百合の花が咲く、御赦免花といった。
三つ四つ花をつけ、時には四五十もつけることがあった。
舟が来て、一人二人、また何十人となく、許されて帰って行く。
げんのうの番は、ついに来なかった。
浜百合が、たった一つ咲いた。
げんのうの番であったか、一つきりの花を手折ると、死ぬという。
げんのうは、手を伸ばす。
「死ねば許される。」
母を殺し、弟を殺した。
獄門を免れて、ここに来た。
なんでおれはという、思い起こしてもわからなかった。
それがわかった。
げんのうはにっと笑った。
母と弟が迎えに来ていた。
三日ほどして、流人の死んでいるのを、島の人が見つけた。
百八つも花をつけた、浜百合の下に。
流人を手厚く葬るのが、島の習わしであった。
げんのう塚という、お墓が今もある。
船頭であったという、嵐に舟が沈むときに、たまたま乗り合わせた、母と弟を、見殺しにして、人を救ったという。
おれのせいだと云い張って、流人になった。
まことかどうかは、知れぬ。

2019年05月30日

とんとむかし16

四つのされこうべ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、だいばさったの村を行く、しんの川に、銀の箸と、金のお椀が流れついた。

それは水に浮かぶ、銀蒔絵金蒔絵、
「上の村はえるさった、その上の村は、ひーえるさった、その上はない。」
村長はいった。
「どこにもこのような品を持つ家はない、尋ねてみようと思う者はないか。」
だがだれもいなかった。
しんの川は、あーらわいかんのけわしい山をめぐる。
あーらわいかんの道は、今はどうなっているかわからない。
海から、大男とるきーおがやってきて、しんの川をさかのぼって、雪の峰に腰を下ろした。そこで、あわびを焼いて食べたという。あわびの煙から、ひーえるさった、えるさった、だいばさったの、三つの村ができた。
百年前、雪の峰から、青いいちげの花をとってきた男がいた。よろずの病に効くという。
美しい金銀の、箸とお椀を見て、十六になる村長の娘、ひーろきがいった。
「銀の箸には銀のお椀、金のお椀には金の箸、だのにかたほうずつ、きっとわけがある、あたしが行ってたしかめる。」
「女の足ではむりだ。」
村長はいった。
「きっともう一つ村がある。」
「今までになんにも流れて来なかった。」
海のむこうには、とるきーおの一千の孫が住む、きっと雪の峰の向こうにも。
「だれも行ったきり帰って来ない、青い龍に食われてしまった。」
「龍に食われても、行ってみたい。」
ひーろきはいった。
だーおるとみーかくという、二人の若者が、ついて行こうといった。
「ひーろきが行こうというなら、どこへだって。」
一つ年上のだーおるがいった。
「そんな美しい品を、わたしも手に入れて、少しは世の中の、お役に立ちたい。」
ずっと年上の、みーかくがいった。
えるさったの村に、じんだのーるという勇者がいて、村長はその男に、ひーろきとその一行のことを頼んだ。
「途中で引き返すもよし、お願いする。」
「だいばさったの村長には、恩義がある、行けといえば、行かずばなるまい、だが一つきりの命は、大事にせねばな。」
といって、勇者じんだのーるは笑った。
噂では海の向こうへ行って来たという、
「そんなはずはない、だったら、ー 」
村長はあとを濁した。
ひーろきは、流れついた品を持ち、だーおるとみーかくを伴い、えるさったの村へ行き、勇者じんだのーるに迎えられた。
一行は出発した。
あーらわいかんのけわしい谷間を行く。
「大男とるきーおの歩幅は、十メートルはあったな、これはたいへんだ、では帰りは舟をこさえて、一気に下ろう。」
じんだのーるがいった。
あわだつしんの川を見おろし、岩棚の道をたしかめて行く。通れないこともなく。水飼い場があった、馬の水を飼う、
「馬なんか通ってこれないけど。」
ひーろきがいっだ。
「名まえがついているだけだ、水を汲めるのはここだけだし、魚をとって食う者もいる。」

じんだのーるはいって、ほんとうに川へもぐって魚をとって来た。赤い斑のある魚、みなして焼いて食べた。
「青いいちげってどんな花。」
「夢を見る花っていう。」
月の光に咲くという、雪の峰の、死んだ魂が甦える、云伝えの他には、さしもじんだのーるも知らなかった。
深い谷間には、松明を点して行く。
平らなところと、危うい所とあった。
じんだのーるは見た。雲の切れ間を、のっぺりと金色の仮面が笑う、赤い衣をひるがえし、あれは何か。
「ごら-おん。」
流れが渦巻いて、洞穴に入った。
日が暮れて、朝が来た、しばらくは眠り、また歩き、そうして三日、松明が照らして、されこうべの棚があった。
通る人数だけ、されこうべが並ぶ。
「自分のされこうべが、わかるという、とって耳にあててみろ、何かささやくはずだ。」

じんだのーるは云って、四つのうちの一つをとった。
ひーろきがとった。
されこうべがささやく。
「涙のしずくのように、あるいはおまえは少女のまんま。」
だーおるがとった。されこうべがささやく、
「海を越えて行き、大金をつかんで帰って来る、ふっふっふ。」
どうして笑う、だーおるが聞いたが、それっきり。
みーかくがとった。されこうべがささやく。
「まっさきに死ぬのはおまえ、幸せを知るがゆえに。」
じんだのーるのされこうべがささやく。
「云い負かせ、でないと―」
使いを云い負かせ、のっぺりと悲しみの仮面を。
洞穴を抜けてまた洞穴へ。
くっきりと見えた、赤い衣をひるがえし、いいやそれは夕焼けか、へらーり笑う黄金の。
「あれはなんだ。」
だーおるが指さした時には消え。
「なあに。」
「いえ。」
追って来る、たしかに。
洞穴を抜けた。
「どんだら。」
雷鳴ってくっきりと晴れる、世の終わりと思うほどに、しんの川はうねり流れ。
虹の向こうに、雪の峰。
だーおるは歩いて行った。
雪の谷。
青い太陽が見える。
ひーろきが倒れた。
命を救うのは、青いいちげの花。
「おれが取って来る。」
そういって先を辿る。
みーかくはふり仰ぐ。
雲がうずまいて、青龍が火炎を吐く。
すももの花が咲いて、雪は消え。
朱塗りの門があった。
繁盛する町であった。
「一年で黄金三枚になる。」
人を求める店があった。
みーかくはかせいだ。
大鷲がじんだのーるをひっつかむ。
大空へ舞い飛んだ。
ゆいつけた、四つのされこうべが、からからと鳴った。
赤い衣をひるがえし、仮面が襲う。
そやつに足を取られ。
舟に乗ってひ-ろきは、舟つき場へ。
花に着飾った少女らが迎える。
今日は結婚式。
「いったいだれの。」
「あなたの。」
真っ白い衣装に、ひーろきは座っていた。
金蒔絵のお膳がある、金の箸に金のお椀。
隣は銀蒔絵のお膳、銀の箸に銀のお椀。
真っ赤な衣のはしが見えた。
へらーり笑う仮面。
ひーろきは悲鳴を上げた。
「おまえを娶って、幸せをな。」
空ろな声がいう。
(だれなの。)
(この世でたった一つの真実さ。)
月の光には、真っ白い花を摘んで、だーおるは息絶えた。
氷河に運ばれてしんの川へ。
青いいちげを手に、むくろは流れ。
見つけたのはみーかくだった。
黄金三枚は、だーおるの棺に代わる。
結婚式であった。なぜに結婚式の。
青いいちげの花を抱いた、だーおるの棺は、花嫁と花婿の前にすえられ。
腰のされこうべを鳴らして、蓋を取るのはじんだのーる。
「むくろが蘇ったら、おまえの負けだ、この世の真実だという、名なしの仮面。」
だーおるはよみがえって、青いいちげの花をさし出す。
代わって、じんだのーるが座っていた。
みな消えて、古いほこらがあった。
扉を開けると、銀蒔絵の膳椀と金蒔絵の膳椀があった。銀の箸と金のお椀の一つが欠けていた。
「しんの川に流れたんだ。」
持って来た箸とお椀を供えた。
「どうしてここに。」
ひーろきの問いに、答えはなかった。
「わしが答えようか。」
と、じんだのーる。
いえ、じんだの-るの記憶が消え、ひーろきは頭を振る。
しんの川を流れて行くのは、されこうべ。



二度死んだ男

とんとむかしがあったとさ。
むかし、そねの村に、やたろうという、ぐうたらがいた。
あんまりどうもならんで、和尚が、お寺の留守番にでもと、
「わしがご本山へ行ってるあいだな、ちゃんとやったら、おあしもやろう、嫁も世話しよう。」
といった。
お寺なんて、面白くもねえが、寝て食って、おあしになる、まいいかといって、やたろうは、引き受けた。
食っては寝していたら、賄いのかか来て、
「薪わっとくれ。」
という。
「なんでも頼めって、和尚さまいったで。」
といって、にかっと笑う、どうもさからえん、山のような薪だった。
「しょうがねえ。」
ぐうたらが、汗水すると、こんだ水を汲めっていう、
「さしも達者なもんじゃのう、オッホ。」
いわれてやたろう、首かしげながら、水汲む。
小僧さま出て、
「向こう村でお通夜じゃ、お道具担いで来ておくれ。」
といった。
重い荷物、背負わされる。
「落としたら、ばちあたるで。」
と、小僧さま。そりゃ困る、やたろううんせ、
(お通夜じゃ、いっぺえ飲めるぞ。)
と、せっかくがんばったのに、小僧さま、お経が終わると、
「あしたありますので。」
といって、引き揚げる。
(だめだ、おん出よう。)
やたろう、あしたんなったら、
「おはようさん。」
といって、おみよという、評判の小町娘が来た。
「あれおめえ、どうしておれ、ここにいるのわかった。」
「だって、― 」
おほほと笑う、
「小僧さまいなさる。」
「今留守だ。」
「あら困ったわ、願いごとあったのに。」
「おっほ、わかってるで。」
やたろう、手出そうとしたら、にかっと笑って、賄いのかか出た、
「また来ます。」
おみよはふわっと逃げる。
草むしれという、
(おみよが来るか。)
だったらもうちょっといてと、畑の草むしった。
おみよは来ず、縁起でもねえって、お寺のこった、棺桶が担ぎ込まれた。
行き倒れだそうで、引き取り手もなく、身元が知れればよし、お寺でお経を上げて、無縁仏にする。
小僧さまが、お経読んで、村役のきちぞうという男と、賄いのかかと、やたろうと立ち会った。かかは帰る、
「すまねえ、もう一つ死にごとあってな。」
といって、きちぞうも行く、やたろう一人お通夜。
「な、なんてこった。」
袖ふれあうも多少の縁、ろうそく点してやたろうは、棺桶と差し向かい。
うつらと眠ったら、ろうそく消える。
月明かりに、棺桶の蓋が動く、
ええったら、ぬうっと腕が伸びた。
「ぎゃあ。」
やたろうは、目を回した。
あした朝、小僧さまに云えば、
「こわいと思ったら、すすきも幽霊。」
と笑う。
やたろうは、
(もういやだ、坊主と棺桶。)
といって、まんま食ったら抜け出した。
うら道行くと、何やらふうらり立つ。
ひたいに三角のきれつけて、白い衣。
「きゃあ。」
やたろうは二度ふん伸びた。
気がついたらせまい、まっくらけ、お経の声が聞こえる、ばらり土、
「うわあ。」
わめいて、飛び出した。
墓穴に入る棺桶だった。
いや騒ぎといったら、大笑い、
「そりゃ仏さんよみがえって、ふんのびたおまえはいで、代わりに着せてったのさ。」

「身代わりにって、ー 」
でもってやたろうは、死にぞくない、
「あのぐうたら、死んだか。」
「そりゃ気の毒に。」
あっはと人は笑う。
おみよが来た。
何やらとたんに帰る。
「あの子もかわいそうに。」
賄いのかか云った、
「お小僧さまに、首ったけだあな。」
「そりゃ、かなわぬ恋だ。」
と、やたろう。
てやんでえ酒だといって、賽銭箱に手つっこんで、そいつもって、町へ行った。
どこそ飲み歩くうちに、へんな男と、肩を組んでいた。
「ひいっく、行くも帰るも、
いろはにほへとって、くらあ。」
そうだって歌う。
「花の命も、
行き倒れ、
なんまんだぶつ、
二度とは死なぬ、
死なれぬはずが― 」
見りゃ、三角のきれつけていた男。
そやつ、ぎゅっとふん伸びた。
酔いもいっぺんに覚めた。
同じ死人に、二度でっくわした、さしものやたろうも、まともになった。これも何かの縁たって、
「まあそういうこったな。」
ご本山から帰って来て、和尚がいった、
「それでどうじゃ、割れ鍋に閉じ蓋ってやつだ。」
といって、賄いのかか、子なしの後家さまであったのを、やたろうに世話した。
ぐうたら虫起こりかけると、にかっと笑う、どうやらそれでおさまったとさ。



海賊ごっこ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人があった。
浪人さんであったか、本名はわからない、人呼んで、けんか安兵衛に、まとめ歌右衛門といった。
こんな話があった。
とくり歌右衛門の、やぶれ屋敷に、神野曾呂兵衛という、これは立派なお侍が、尋ねて来て、
「娘をさがしてくれ。」
といった。
「昨日の昼ごろいなくなって、こんな手紙が舞い込んだ。」
といって、紙きれを突き出す。へたくそな字で、
「つじのろっぽんまつじゅうりょう。」
と、書いてある。
「さっぱりわからん、十両だといって、いつ持って行ったらいいか。」
辻の六本松は、お祭りがあって、夜店も出て、ちっとは流行ったそうなが、今は破れ堂があるっきりで、ときおりよからぬ連中が、巣くう。
「で、どうなさった。」
「それが馬鹿な話で、持って行かせたんだが、金を取られて、それっきりだ。」
「ふうむ。」
「置けと聞こえたんだそうな、置いて見張っているうちに、なくなった。」
神野曾呂兵衛は青筋を立てる、
「そういうのは十手持ちかなんかに。」
金を取られたっていうんで、人ずてに願い出た、すると破れ堂に寝起きしていた、坊主くずれのようなのと、わけのわからんのと、二人つかまった、
「今調べておる。」
「ならもういいではないか。」
「娘の誘拐だ、せがれは十一になる、やっとうと学問と、そのうこっちの方はなんだが、娘は親に似ず、おっとりと器量よしで、いや一通りのことはしつけた、この秋には嫁ぐことになっておる。」
曾呂兵衛はまくしたてた、
「町方に云うわけにはいかん、なんもなけりゃいいが。二日になる。」
引き受けることにした。嫁入り先は、島田平之介という、まずは申し分のない。人一人まっ昼間かっさらうって、忍者でもあるまいし、とくり歌右衛門は辻の番屋をのぞいてみた。
坊主くずれというのは、のっぺりした面の、玄明というのだそうだ、わけのわからんのは、すが目の甚三郎という、
「そりゃあいつらですよ、わらじ切れたたって、十両の金あんなとこへ置くのが悪い、ひょいと手伸ばしゃもう。」
 番屋がいった。
「じきに泥吐く。」
いつだったか二人、かたなしというゆすりの手下やっていた。行ってみた、形無っていう、こいつうすっ気味悪い目つきする、
「いえね、あいつらそんな誘拐だなんて、ましなことには使えねえ。」
かたなしは云った。
「なんか目論んでるんだろう。」
「がきが裸馬に乗ってんです、見張れっていってあった。」
歌右衛門が隠し立ては嫌いだってことを、よく承知していた。
「まだ商いはしとらんか。」
辻の六本松あたりな、歌右衛門は、裸馬を待った。
「えい、すべた馬めえ、止まれ。」
そいつがやって来た、
歌右衛門は放れ馬をおし止めた。びっこ引いて、がきが追っかける。
「すんません、そいつ乗ったら、仲間に入れてくれるって。」
「なんの仲間だ。」
「いえない。」
歌右衛門は、馬の背中に子供をのっけた、
「案内しろ、ほれ落っこちるぞ。」
子供はしがみついて、あっちと云う。
野っぱらに子供が十二三人、
「おい、そんなぶかっこうのはだめだ。」
年かさのがいった。
「その三ぴんはなんだ。」
「知らん、馬を止めた。」
十二三人まわりを取り囲む。
「お姫さまさらって十両取ったんか。」
歌右衛門が聞いた。
「やっちまえ。」
木刀だの石つぶてや、へんな槍やくさり鎌だの、めったらに飛んで来て、歌右衛門は、ぼこぼこになった。
「まいった、かんべんしてくれ、そんでお姫さまどこにいる。」
「あれこいつ平気だぞ。」
「いいからふんじばっとけ、もう行こうぜ、かもがねぎ背負ってやってくる。」
歌右衛門をしばりつけて、年かさがはだか馬を乗りこなす、一行は従いつく。
歌右衛門は縄をほどいて、あとをつけた。
雑木林だ。
けやきの大木に小屋が乗る、歌右衛門は笑った、がきのころだれもやる、女物のはきものがあった。
「神野さんの娘御か、親ごさんが心配しておられるが。」
声をかけると、
「はい。」
と返事がある、
「すみません、今下りて行きます。」
縛られてもいないようだ。
歌右衛門はがきどものあとを追った。
雑木林に空き地があって、そこへ並ぶ。
だれかやって来た。
島田平之介だった。
「わたしと決闘するって、小太郎おまえか。」
「そうだ悪いか。」
小太郎という年かさが、はだか馬を下りていった。
「なんで弟になるおまえと、決闘せにゃならん。」
「うるさい、負けを認めるってんなら、結納金百両を払え、姉の代わりに受け取ってやる。阿呆が大威張りの腐った世の中、建て直そうっていう、われら海賊巴団の旗揚げだ。姉は女首領になることをついさっき承知した、なんならおまえも、舟夫になら雇ってやる。」
島田平之介はぷっと吹き出した。
「姉さん、おさよどのはどこにいる。」
一歩踏み出した。それっといったら、落とし穴がある、網のようなものがばっさり落ちる、竹槍がもたがったり、これは今の世生侍にはとうてい、ー
 平之介は抜け出てそこへ立った、
「ちっと頭冷やすか。」
おさよどのが来た。
父親が自慢するだけあって、これは美しい娘ごだ。
ほんのり頬を染める、
「すみません、弟にはほんとうに困っております。」
二人お似合いの。
海賊どもへ、とくり歌右衛門が云った。
「そのなあ十両ての返さにゃなあ、きれいなおさよさんとさ。」
といった。
「あれふんじばった三ぴん。」
「申し遅れた、親父さまに頼まれて、この一件に首突っ込んだ、とくり歌右衛門と申す。」

「おうわさはかねがね。」
「手も出さねえ、平之介のために仕組んでやったんだ。」
 小太郎がうそぶく。
「アッハッハ、それにしちゃおおぎょうだな。」
「わかった十両返す。」
「あの字おれ書いたんだ。」
真っ黒けなちびが云う。
「海賊なんてうらやましいですな、とうのむかしに忘れてしまった。」
平之介がいった。
「おっほほ、あたしもうっかり引き受けちゃって。」
おさよどのがいった。



お美代どの

とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人がいた。
浪人さんであったか、本名はわからない、人呼んで、けんか安兵衛に、まとめ歌右衛門といった。
こんな話があった。
花は七分の宵っ方、いっぱいひっかけて、川堤を歩いていると、きわだって美しい女をつれて、ひょっとこの面が来た。
「これはまとめ歌右衛門の、とくりどので。」
ひょっとこ面が、小腰をかがめる、
「おうさ。」
「では、よろしゅうに。」
ひょっとこはふうっと消えて、美しい女の手を取って、とくり歌右衛門は、立っていた。
「はてな。」
女は笑まいもせず、寄り添って来る、さすがの歌右衛門も、立ち往生ではなくって、なにしろ歩く。花の下を、まっすぐに見る、哀しいような、なんであろうか、
「名はなんと申す。」
「おみよと申します。」
「お武家の娘御か。」
ふうと笑ったらそれっきり。
破れ屋敷までやって来た。
「おーい番頭。」
歌右衛門は声をかけた。
小太郎がすっとんで来た。
海賊になろうってんなら、そりゃ鍛えなくっちゃといって、手下ども十二三人と、島へつれて行った。ちったお灸をすえてと、たいてい音を上げたってのに、小太郎はけろんとしている、由来番頭だってんで、かってに住み着いた。
「うへえこりゃなんだ。」
つれを見て、ぶったまげ、
「こりゃなんだじゃない、角屋のかみさん呼んで来い、ちょっとばかし、頼みたいことがあるってな。」
「へーい。」
とんでいった。
さむらいなんて止めだ、はいじゃなくへーいなんだってさ、手ぶらで帰って来た。
「今手が離せないってさ。」
「はて、せわしいのは夕っ方だが。」
「なんでか知らん、一つ屋根の下に女二人はいけねえって、だれに聞いたっけかなおれ。」

苦笑するよりなく。番頭は甲斐甲斐しく働いた。角屋からふとんを借りて来る、夫婦茶碗がそろってみたり、へんなついたてから、しぶうちわまで。
「おさよ平之介なんて、手握ったこともねえのに、さすがは海賊の頭領。」
「これ、へんな目つきするな。」
「祝言上げるばかりが夫婦じゃねえ。」
わかったようなことをいう。
おみよどのは、起居振舞おっとりして、番頭のさしだすお茶を飲み、座蒲団を敷き、はいといい、お早うございますといい、にっこり笑う。
そうしてそれっきりの、歌右衛門が他出すると、ついと寄り添って従う。
番頭は逐一気を利かす。
三日めの、花は散りきわのあした、お美代どのと、仲睦まじそうに歩いていると、ひょっとこ面が立った。
「お世話になり申した、それでは。」
といって、その人を連れ去る。
「おいあの。」
声を掛ける、そのたもとがずっしり重い。歌右衛門はそのまんま帰った。
番頭がしつこく訊く。
「なんだって、手切れ金もらって、あっさり帰って来たって。」
「違うったら。」
「ふうん、そういう汚ねえ商売か、金よこせ、つっかえして来る。」
「これ、止めとけ。」
そこへ置いたやつを、ひったくりざますっ飛んで行った。
行くあてもないはずがって、それが帰って来ない。
歌右衛門は、角屋のかみさんに聞いてみた。
舟宿である。
「あらまあ文無し遊びですか。」
「うちの番頭のこったが。」
「矢場の仁吉っての知らねえかって、あんな男のこと、教えたかなかったんだけどね。何かあったの、そういや内縁のこれって、おっほっほまあどういうことさ、ふとん担いで行ったけど。」
「ふとんは返す、仁吉ってあの。」
そういえばあいつ、ひょっとこの面を、矢場の矢拾いに、とっつけていた、そりゃ違う、歌右衛門は慌てた。
「だいぶたまってるの、知ってりゃいいわよ。」
「うん。」
今度は歌右衛門がすっとんだ。川っぱたの三軒長屋に、何人かたむろしているのを、歌右衛門は知っていた。すんでのとこだった。大枚を持っていたのが悪かった、取り上げて小太郎は土左衛門、
「とくりの旦那じゃしょうがない。」
仁吉がいった、しゃべると右っつらぎゅっと吊り上がる。
「でもな余計なこと知ってやがった、武家娘ってなそりゃ、それなりの、いや。」
歌右衛門は半歩寄った、
「や、やめろ、金は返す、小僧っこもな。」
だいぶやられた番頭を、手下がつれて来た。
「どっきたねえやつらよ。」
ぺっと唾吐こうたって、口ひん曲がる。
番頭の、歌右衛門を見る目がすっきりしない。
仕方がない、つれだって行った。
立派な門構えのお屋敷だった。そこへ待たせた。
とくり歌右衛門といったら、じきに通された。
一室へ入った。真っ白い上に、白装束の老人が座る。
「おまえさまとここで、碁を打ったのはいつであったかな。」
「さよう、もう十何年も前か。」
老人はふっと和んだ。
「末娘のお美代がな、ご拝領の天目を割ってしもうてな、潔う自刃し果てた。それ故のおとがめなしであった。」
「内分のことであったと聞くが。」
ふすまが開いた。
一刀を抜いたこの家の主と、槍を持ち刀を抜く何人か、
「幼いころ見た、お主に会いたいといったんだ、仕方がない、お命頂戴つかまつる。」

主である、お美代どのの兄がいった。
歌右衛門は、刀をおしやった。
「切られてやったら足るか。」
「それは。」
絶句した、ややあって、
「どうだ、二十両でまとめ屋に任せぬか。」
歌右衛門がいった。
「死んだものはもういない、堀田がな、養女を求めている、とやこうそうさ、なんにもないのがいいってさ。」
柄にもなく能弁に幕し立てた、坊主のお経効果っていうやつ。
その立派な門構えを、生きて出て来たんだし、話はまとまった。
「なんで二十両なんだ。」
番頭が聞いた。
「在所を見つけてそれなりにする、そりゃやつが動くわけにゃ行かんだろうが。」
「ふうん。」
しばらく納得して、
「でもさ、手切れ金もらったじゃないか。」
「心の痛手をなあ、癒やすのさ。」
あっはあ惚れたってことか。
そうじゃなくって、大分たまった角屋のつけ。



虎吉

とんとむかしがあったとさ。
むかし、花のお江戸に、とくり歌右衛門という人がいた。
浪人さんであったか、本名はわからない、人呼んで、けんか安兵衛と、まとめ歌右衛門といった。
こんな話があった。
台風一過のあした、歌右衛門の、破れ屋敷の前に、赤ん坊が捨てられていた。
小太郎の番頭は、ようやく家へ帰って行った、ちっとはそりゃ勉強もせにゃならぬ。歌右衛門はなにしろ、抱き上げて、舟宿の角屋へ持って行った。
「なにさ、ここの払い赤ん坊でするつもり。」
おかみさんは受け取って、
「ほっほかわいい、あたしの鬼ばばつら見て笑っている。」
女たちがよったくって、
「ほんと、とっくりの旦那にそっくり、目もとなんか。」
「へーえいつ作った、抱かせて。」
「あたしこさえてもいいてったのに、十両ってとこで、きゃはかーわいい。」
たって、ちがう、今朝庭先に落っこってたんだ、
「じき腹へって泣き出す、おっぱいの出る女いないか。」
そりゃ舟宿ではむりだった。
とくり歌右衛門は、赤ん坊をおぶって、門付けして歩いた。
貰い乳のできる、一軒二軒。
四苦八苦していたら、向こうからお乳の張った女がやって来た。おっそろしい馬っつらが、あとへひっつく。
「とっくりか茶碗か知らねえが、不行跡の後始末は、ちゃんとやって貰いてえ。」
「ええなんのこった。」
「はっきりさせりゃ、考えねえでもねえ。」
押しつけられた女は、泣きっつらの、目を伏せたっきり、乳をふくませ、たしかに赤ん坊は、この女の、おしめをかえ、頬すりよせて、煮炊きから、洗濯して働く。
なんとか云えば、押し黙っちまう。
番頭がやって来た。
「だらしねえ聞いたぞ、滅法界の美人つれてくるってなわかる、町娘はらましたってな、そりゃひひおやじのするこった、君子豹変だ、えーと、危うきに近寄らずってんだっけ。」
「その、なんか事情もあってだな。」
「娘に手出す事情ってのか。」
まくしたてて、一つ頼みを聞いてくれという。
「ひょんなやつと知り合いになってな、どっか大店のどら息子さ、凧作りの名人だ、でっかいの作って、人乗っけて飛ばしてみてえとさ、おれそいつに乗った、いや乗るのこれっからさ。」
「海賊は止めたんか。」
「あいつおれの手下になった、だから孫弟子。」
すてきな親分だっていっといた、ところで人夫集めてくれという。
「風出てそいつ引くのに、二三十人はいる、酒井の殿さま、上様ご覧の虎ってえのかな、支那から来たとかいう、あれもらい下げて飼ってるそうだ、おれ凧ん乗って、その虎見ようと思って。」
そういえば、どっか聞いたことがある。
「ふうむ、でもそいつは。」
首かしげたが、
「じゃ、頼んだぜ。」
風待ちだといって、番頭は帰る。
人足なと一声かけりゃ何十でも集まったろうが、近頃の評判でさっぱり、でもとにかく集めて待った。
風が吹いて小太郎がやって来た。
空き地に立派な凧がある、
「あっこが酒井の隠れ屋敷だ。」
坂下の、森がうっそうと茂る、あれはお取り潰しの―
「親分、これ凧作り。」
利口そうな若者が立った。わき向いて挨拶する。はてどっかで見たか、
「大丈夫か、こいつは危険な遊びだが。」
「凧は大丈夫です。」
小太郎は大凧に、手足十文字にからげて、風を待つ、二三十人引っ張って、物の見事に舞い上がる。
「ほう上がった。」
「云った通りだろうが。」
得意満面凧つくり。酒井の隠れ屋敷へ行く、ふうらり傾いた、
「引け右の手だ。」
持ちなおすかに見えて、
「引け。」
凧作りはつっ走る。森の上に墜落。
行ってみた。凧作りもいない。
訪うたが返事がない。
塀を乗り越えた。
いきなり白刃が取り囲む。
「どういうこった。」
物も云わず切りかかって来る、とくり歌右衛門は、当て身をくれてのした。
奇妙な男がつったっていた。
四十格好の、ほう髪にする。
「絵描きの光興か、虎を描かせたら、天下一品というやつな。」
「そうだ。」
光興はいった。
「人食い虎ってのを、描こうと思ってな、やくざみたいのはだめだ、何人か食わせてみたが、どうもそれが今一つ。」
「格好なのが手に入ったか。」
ふうと絵描きは笑った。あて身をくれて、行ってみると、檻があった。
虎というものは、ほんとうにものすごい。
凧に乗っても、見てみたいっていう気持ちはわかる。
檻は二つあって、落っこちたやつと、そいつを作ったやつが入っていた。
「早く出せ。」
「虎に食われりゃ本望ってな。」
飛び出して、小太郎がいった。
「こいつ親分とこ赤ん坊の父親だってさ。」
「へえ。」
「もう死ぬってんで、泣きながら白状しやがった、なんせ馬面の親父がうんと云わぬ、愛しちゃってるのにさ、うんというまで、すてきな親分とこに、面倒みて貰ってって、あれおれにも責任あんのかな。」
「引き取り行きます。」
利口そうなのが、涙と鼻水でくしゃくしゃ。
「とらきちってのどうだ、赤ん坊の名。」
小太郎がいった。
光興引っ張って来て、代わりに檻ん中へ入れた。
「食わしたろうか、ほんに。」
「これ酒井屋敷じゃないな、どうしたこったこの虎。」
調べてみるか、絵描きを雇ったやつがいる。
一枚千両という、きちがいの絵。

2019年05月30日

とんとむかし17

ウイチーオロ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、トミオの村に美代という女の子がいた。
美代は歌が上手だった。
もっとうまくなって、トミオの村からハラノバル一になって、そうしてウイチーの宮に、あけぼのの旗をかかげたかった。
美代の名は、国中に知れ渡って、たのもしいとのごに見染められて、北のゆきえのように、おおどの奥方にもなれる。
美代が清うげに歌うと、男たちは、
「わしのためだけに歌ってくれ。」
といって、アイラの花を手折り、冷たい瓜を二人で食べて、
(この種が生いついたら、)
きっといっしょになろうと云った。
だが美代はウイチーの神に誓った。
(わたしが一番になったら、)
貧しい美代にはなんにもなかった。男たちは耳がかわいいと云った。
「この耳を捧げます。」
そうして美代は歌った。うったえあしという、風に鳴りわたる、オイ沼の芦に向かって歌った。
歌はとよみわたって、声が聞こえた。
「耳をくれるというはまことか。」
「一番になったら。」
美代は云った。
「引き受けよう。」
うったえあしは云った。
美代は歌った。トミオの村からハラノバル一になり、ユウバルを勝ち抜いて、ウイチーの宮に行けば、イクリ村のあよがきわだっていた。
名誉のあけぼのはだれ。
「空のように哀しい美代。」
「花のように切ないあよ。」
人気は真っ二つ。
ウイチーの宮に二人は歌いあった。
「しのびねを、
うったへあしの、
一夜草、
月のしずくに、
みをつくし。」
美代は歌った。
「何を夢見る、
憂いかげ。」
「棹さして、
流れただよう、
浮き寝には、
なほも残んの、
あやにしき。」
あよは歌った。
「運命を知るか、
星のかげ。」
「ぴいと尻尾をさを鹿の。」
「ほろと鳴くのはなんの鳥。」
「うわさも聞こゆ、」
「秋の風。」
「つゆの命に明け行けば。」
「人目も草も枯れはてて。」
「なにが降るとて。」
「なにが降るとて。」
「年をふるとや、」
「さむさ雨。」
甲乙はつけがたかった。ウイチーの神官が大空へ弓を射る、右へ行けば美代、左へ行けばあよ、
「ウイチーオロの御心である。」
白羽の矢は空中に弧を描いて、美代の耳をつん裂く。
みどり色をした、おどろしいものを射貫く。
「耳をうばうものは神ではない。」
そう聞こえて、おどろしいものは失せた。
美代はおばあさんになり、赤ん坊になり、一番になって、一生を独り身に、歌い過ごした。



しんらの芦舟

とんとむかしがあったとさ。
しんら国の前の王、ゆのおおとのがなくなった。
あし舟に柩をのせて、ゆうわの河に下ろす。
ゆうわの河を流れ下って行って、おおとののみたまは、さんかじに帰り、そうしてまたこの世によみがえるという。
ゆのおおとのは早くから、弟のしゆに国を譲って国はよく栄えた。
しゆのとのには三人のひめがあった。
末のひめミユメは狂って、花の雨を降らせ、地は黄金にくらめいて実りもなく。上のひめアユメは三人のむこを取り替えてのち、神殿の大門にたてこもった。
松明を点し、百人の乙女が告げを待つ。
「滅びの雲がある、みそぎせよ。」
乙女らはみそぎし、それを見たものは目を抉られた。
「ミウメを捕らえて岩につなげ。」
ミウメは逃れ、身代りがセトの大岩につながれた。
中のひめヒユメはもっとも期待されたが、だいえのわかとのに見染められて、隣国へ行ってしまった。
しゆのとのは、大門を開けるように云ったが、神殿の長イヤツクニヒは、折れ曲がったかぎを示し、
「かくはひめのお力によって。」
と云って倒れ込んだ。
国はようやく乱れ、外にはうかがい見る動きがあった。しゆのとのはきさいヒルアーガとともに、宮のなんぐうに籠もって、現れなかった。
アユメの乙女たちは、眉を青く塗って、信者を従えて歩き、人は戸を閉ざしておそれわなないた。
ゆのおおとのは、シイヤの森に狩りをして、世になんの関心もないかに見える。
十六の年には、すでにてきの大軍を破り、内外を掌握して、智恵天空の如く、弓は岩をも貫くと云われ、だが従者は一人去り二人去りして、ついにはいなくなった。
宮のなんぐうに立ち寄って、ミウメが狂って花の雨を降らせる時に当る、ゆのおおとのは剣を抜いて、
「ひめたちをこれへ。」
と云った。ヒウメさへ切り捨てるかも知れなかった。しゆのとのはおおとのを宥め、三人のひめはその礼をとってひざまずき、明日にはおおとのの姿はなかった。
十数年がたった。
ゆのおおとののみまかることは、弟子であるハルノという者が知らせて来た。
弟子たちにみとられて、雷雲山をのぞむ洞穴にみまかるという。
あし舟に乗せてゆうわの河に下ろす、しんらの王族の古式は絶えて久しく、六十年前に身代わりをもって、なすという、
「おおとのは、とのの身代わりと申されました。」
弟子が云った。
「どういうことじゃ。」
「わかりません。」
しゆのとのは、すでに心痛の長きにわたって、ものを捉えることが難しかった。
あし舟が浮かぶ。
かつてもがりに従う者は千人を超え、そうしてだれも帰っては来なかった。
おおとのに従うは四人であった。
身の回りの世話をした、ユイという女であり、黒衣に身をおし包んで、なを美しく、ハルノという弟子の一人であり、大戦士イゴールという、国の内外に無双の豪傑として知られた男であった。
「わしがかってにこれに誓ったのだ。」
戦士イゴールは剣を叩いて云った。
「しまいまでつき従うとな。」
もう一人は仮面を被った男であった。
舟は出て行った。
霧が晴れて真っ青な大空、河面はくらめいて島影が現れる。
「お弟子さんは幾人おられる。」
戦士イゴールが聞いた。
「さて何人になりますか、行ったり来たりの四五十人には、ー 」
「はておまえはハルノではないが。」
「ハルノはうっかり忘れて他所事を引き受けてしまったんです、わたしはキーオと申します。」
弟子は云った。
「おまえらの師弟というのはさっぱりわからんな、おおとのと鬼ごっこしてみたり、笛を吹いたり、おかしな太鼓を叩いたり、ええ、生きて帰って来た者はないんだぞ。」
「大戦士、イエ・イワ・イゴールどのもそれは同じです。」
「なにわしは生きて帰って来るさ。」
イゴールは云った。
「この世に不思議なものなどない。」
「すべてが不思議です。」
「あっはっは、わしは弟子ではないが、おおとのを師と仰ぐはやぶさかでない。」
あし舟は流れに乗って、いくつ島影を廻って行く。
ゆうわの河に二日が過ぎた。
急流になった。
断崖がせまり河は泡立つ。黒衣の女は懸命におおとのの柩を覆い、仮面はへさきに立ち、キーワとイゴールは必死にかいをあやつった。
流れは納まった。猿の吠えわたる岸。
「しんらの国のはてじゃ。」
戦士イゴールのひげが濃かった。また島影がせまる。
「すでに千里を来た、おおとりの島が見えるはずだ。」
仮面の男が云った。
「ゆうわの河に、三つの卵を抱くおおとりの。」
「時は空ろ木の羽根をやすらう。」
戦士イゴールが云った。島と云えば無数の、河は流れて網の目のように。
「流れのままに行けばよい。」
「さようまた一つになる。」
イゴールは赤い布をとりだして、手にした槍にかかげた。
「なんのしるしです。」
キーワが聞いた。
「このあたりには、流れ者やら無法者が巣食っている、押し渡るのさ。」
「もがり舟のしるし。」
「そう云えばかえってよったかる、こいつはわしの挑戦状よ。」
イゴールは云った。
「さすが大戦士。」
「このあたりへも来たことがおありか。」
仮面の男が聞いた。
「わしはどこへでも行った、ゆのおおとのの心の辺際までは届かぬがな。」
島影に一そうの舟が現れた。速舟であった、矢のように近づく。
赤い布は動かず。
美しい乙女と七人の兵であった。
「ゆのおおとののもがり舟か。」
乙女が云った。
「礼を尽くそうぞ。」
空手に花を注ぎ、七人の兵は槍をかかげ、音楽が流れ。
「末のひめミウメじゃ、世のはての族を兵にする、大戦士イゴールは我らにつどへ。」

「なにゆえに。」
「上のひめアユメは愚行によって国を滅ぼす、あとを狙うは隣国のヒウメじゃ。」
美しい乙女は云った。
「ゆうわの河を下って、もし生きて帰って来たら考えよう。」
大戦士イゴールは云った。
「よろしい、安全は保障しようぞ。」
ミウメは笑った。
速舟はすでに十町を行く。
「あのようなお方は大好きです。」
キーオが云った。
「ミウメの兵になるか。」
「いえ戦のようなおろかごとはしません。」
無数の島に、網の目の閉じるところ、河は急に流れる。
「行って帰らぬゆうわの河の。」
「この世のはてには滝があり、たましいの忘れ郷がある。」
島があった。
おおとりの翼をやすらう空木の島、三つの卵を抱くように見える、卵とは激流の渦。

「あのくちばしに舟をつける。」
仮面の男が云った。
「でなくば我らも死人の仲間。」
あし舟は狂ったように突っ走る、大戦士イゴールがかじを取った。
「なに死ぬか生きるかよ。」
舟はなめらかに寄る。三たび死の淵にゆらいでぴったり付ける。
四人は丘へ上がった。
すでに夕闇がせまる、柩を下ろし、空ろになったあし舟を燃やして、最後の食事をとる。
柩を開けると、ゆのおおとのは眠るが如くにあった。
「イツカシ、死者の魂を口うつしするもの。」
戦士イゴールが云った。
仮面の下には端正な顔があった。
「わしが最後のイツカシであろう、よもやこの術が役に立とうとは思わなんだ。」
という。
キーワはイツカシの手助けをし、黒衣の美しいしゆが柩によりそい、戦士イゴールは微動だもせずに見守った。
イツカシはむくろに息を吹き込み、吸い込む。不思議なことが起こった。
むくろはイツカシであり、起き上がってもの云うは、ゆのおおとのであった。
「しんらの王たる我がゆの一族は、天を動かし、星の廻りをかえたという、先人オイライの血を受け継ぐ。その力故に滅び、あるいはこの世を去った、かの恐ろしきものが末裔ぞ、母ネムイムーナはかつてその力を具有す。」
声は空ろに闇に響く。
「雷雲山に龍を招き、王宮にはとつぜん蓮すの池と水を現わす、龍をともない花に遊ぶ、我が幼い日ではあった。」
「母は云った、おまえにはオイライはない、王たるもの他力は不要じゃ、したが一指を授けよう、人の心を見通せる力。」
「我はわずか一千の兵を率いて、敵の三万の軍勢を破る、十六の年であった、即ちこれが一指頭のゆえに。」
しかりおおとのはしんらの危難を救い、しゆのとのにゆずって後も、その人ありと云われて、国は安泰であった。
「我は美しいサイヤひめを愛し、ひめも応ずるを知る。」
「だが我が一指頭はさかしまに行く。」
「ひめは枯れ死ぬ。」
雷雲に天駈ける龍、天宮の柱をうち、須弥山に虹をかけ、世の輪廻をくつがえす。
敵というは幻であったか、皮を削げばくされはらわた、骨を断てば空虚、大地は揺らぎ民心は荒れ、あるいは青春という、
「敗北は春の雨であり、凱旋は北風の。」
おおとのの声が聞こえ、まぼろしは失せ、
「ついに我は得た、太古心を。」
ねむいむーなは去る。
河音をのみに、四人は眠った、夜の明けはなつまでを。
おおとりのつばさは茂み覆うサルマージュであった、サルマージュの空ろ木は巨大なさやを付けた。イゴールとキーワとさやを取って中身をくりぬいた。
「世のはての滝を下るにはこれしかない。」
おおとののむくろは腐れ、流され、イツカシは沈黙する。
「このお方はおおとのに変化したのです、わたしにはそれがわかります。」
美しい黒衣のしゆが云った。四人はサルマージュのさやに乗った。さやを閉ざして世のはての滝を墜落する。
四つのさやは漂いついた。
それは忘却の入り江であった。
四人は魚釣り暮らす。
イゴールの槍が突き立たつ、小鳥がその上に止まってさえずった。キーワが二人になった、四人になり五人になり、ハルノもいれば兄弟子たちも、
「魚釣り暮らしてもいいが。」「おおとのはなにをしようとしていたんだ。」「ようもわからんが。」「遂行しようか。」「ではみなに告げよう。」「追憶を。」
一人になってキーワは目覚め、みなをゆり覚ます。
四つのさやをつなぎ会わせ、かいをこさえて乗り込んだ。
三たびゆうわの河を下る。
ゆるやかにあるいは早く、光満ちて時は停止する。
「声が聞こえる。」
にわかに黒衣のしゆが云った。
四人は微かに聞いた、たった一つの弦の音を。
「告げの館がある。」
数多の声をもってキーワが云った。
たゆたう水が盛り上がるように、巨大な塚があった。
「こやつは蟻塚ではないか。」
大戦士イゴールがいった。
「なんで河の真ん中に。」
さやのいかだは吸い込まれ。
投げ出されて四人は乾いた地を歩く。迷路であった。羽音がざわめく、何億という羽根蟻だった。
「わしらはもう何日も飯を食っておらん。」
イゴールはつかみ取って食った。そいつはまずかった。
食い足りて迷路を抜け出ると、大ホールであった。
イツカシと黒衣のしゆが舞いを舞う。
二人舞い踊って、羽化寸前の巨大なさなぎになった。
彩りが透けて見える。
美しい、
「そうであったか、おまえはサイアひめ。」
「はじめてお声をいただきました。」
「世の中も少しはましになったか、相変わらずの阿呆どもよ。」
「すべては過ぎ去って、わたしのおおとの。」
たとえようもない羽化であった。
荘厳の楽の音に、大ホールの天井が開いて、真っ青な大空が覗く。
「ねむいむーなだ。」
大戦士イゴールはたしかになにかを見た。
何億という羽根蟻が襲いかかる。
払いなぎ倒し槍をふるう、キーオに羽根が生えている、
「そうかこやつらは死者のたましい。」
二羽の、舞い上がる蝶。
イゴールは脱出した。
さやの舟に乗る。
「わしは生まれ変わったと伝えてくれ。」
おおとのの声が聞こえた。
「今の世に戻るつもりもないがな。」
大戦士イゴールは、十年の旅ののちに故郷へ帰る。
その物語はまた別の折りに。



犬神の子

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ひえたろ村に三郎という子があった。がみんこといっていじめられた。
がみんこ犬神の子という、犬神さまのほこらで泣いていたのを、じんべえさまが拾って育てた。
じんべえさまの孫は二人いて、たいてい同じ年ごろの女の子で、とんでもなく意地悪で、つねったり耳をひっぱったり、うそついたり飯に砂入れたり、したいほうだいが、犬ん子といって扱き使った。
奥さまがいくら子供だって、男女は近づけんでくれといって遠ざけたが、二人のいじわるはとどまらず。
かっぱぶちに水の引いたとき、女の子たちは棒を投げて、
「犬ん子とっといで。」
といった。
「でないと手提げよごしたって云いつける。」
二人は手習いの道具を、犬ん子に持たせた。棒を取って来るとまた投げる、もう一度さあもう一度といって、犬ん子は深みにはまって見えなくなった。
それっきり出て来ない。二人はこわくなって、家へ帰って来て口を閉ざしていた。
「三郎はどうした。」
と聞かれて首をふる、とっぷり暮れて二人かわやへ行くと、犬ん子がそこにゆうれいのようにつったつ。
きゃあといって目を回した。
「そうさ、犬神さまが助けてくれた。」
三郎は云ったが、ふちを泳いで、あしの茂みにひそんでいた、とって行けばまた投げる。
七つになった。
がみんこも清介という、喧嘩仲間ができた。 清介は遊んでいたが、三郎はじんべえさまのお使いや、風呂の水組みや、女の子たちの送り迎えして、それから遊ぶ。
清介の本家は、松のお庭に牡丹が咲いて、そこにまんねんたけというきのこが生えた。たいそう高価な薬という、二人はひっこぬいて、
「じんべえさまも欲しがっていた、売れる。」
といったが、そうもいかずそれっきり忘れていた。
二人は柿や瓜を盗み、怒ると息のつまる、多助のじいさまをからかったり、いったい悪さはなんでもした。
けんかもしたが、清介は男気があって、がみんこを逃がして、自分がとっつかまったりした。
二人だけの穴があって、むしろしいて盗んだものなど貯め込んだ。
女の行き倒れがあった。街道筋で行き倒れはときどきあった。
「助けてやろう。」
清介がいった。
「うん助けてやろう。」
どうにか助けおこして、穴ぐらに担ぎ込んだ。汚い年寄りかと思ったら、まだ若いようであった。
二人は米をかっぱらって、かゆを炊いて食わせ、それからまんねんたけを思い出した。

「すごい薬だっていうぞ。」
かびの生えたのを探し出して、煎じて飲ませた。
女は半日いびきかいて寝ていたが、起き上がるとすっかり元気になって、帰って行った。
それがなにかわけありの、大店の娘であったそうで、村人には目を回すようなお礼が来た。
「こういう子どもの。」
と、使いがいった。
三郎は、清介が本家のまんねんたけをとって、塀の外に生えたもので、かゆも食べさせてと、じんべえさまに申し上げた。
それが通った。
清介はいい着物買ってもらって、歩いていた。
ふんとそっぽを向く。
「もう嫌いだ。」
犬神ん子が神通力でもって、行き倒れを治したんだといったが、親も本家も取り上げなかった。
「絶交だ。」
といった。
「うん絶交だ。」
絶交して三日めにばったり出会った。三郎は二人の女の子の、お花と手習いの道具を持って、あとついて歩いていた。
「こらおまえら、帰りにしのっぱらへ来い、がみんことな。」
女の子たちに清介は云った。
「はい。」
「あの。」
村の有名人の云うことだ、二人はその帰り、犬ん子つれてしのっぱらへ行った、村外れの草っぱら、清介がいた。
「向こうをむいて、こうやってな。」
おしりをまくれと清介はいった。
二人は否応もなく。
「犬神ん子になでてもらうと、後生安楽。」
それと云われて、三郎は二人のまだ幼いお尻にふれる。
「わっはっは。」
清介は笑って、行ってしまった。
それあってから、女の子たちの見る目が変わって、同じ荷物持ちにしたって、つれだって歩いたり、おいしいものをとっておいてくれたりした。
姉が来いというと、妹がおいでという。
「ごしょうあんらく。」
とおしりすりつけて来る、別段のことはなかった。
清介はその年のうちに、見込まれて大店の養子になって行った。
がみんこの三郎は、とつぜん遠くの村に追いやられた。
漁師の村であった。
漁師の仕事のきついことは、ひえたろ村の比ではなかった。
なぐられぼったくられ、食うものだけはあった、がっつり食らい眠りほうけ、海へ落ちて死にかけたことも、一度や二度ではなかった。
三郎はくじけなかった、くじけるひまもなかった。父母も思わず、みるみるたくましくなって、思いの他に手足が動く。
十七になった。
いわしを取り過ぎた舟が、突風にあおられてあっけなく沈んだ。乗っていた十二、三人一人も助からなかった。
三郎は清介の声を聞いた、清介ではなく犬神だといった。
「おまえには余命がある、ここでは死なぬ。」 するとよみがえって、波間を漂った。

一昼夜して見上げると、山のような舟があった。
「人だ。」
「まだ生きているぞ。」
声があって、三郎は助け上げられた。
手も足もふやけて切って、気がついたら絹の蒲団に寝かされていた。
「おまえは、三つのときに行方知れずになった七之介、夢にお告げがあって、舟の行く手にさまよっておると。」
涙のしずく。
それは江戸の大店の主という。
江戸へは舟は三日でついて、住まいはお庭があって立派なお屋敷の、
「七之介にまちがいはない、ようも帰っておいでた。」
母なる人も涙を流す。
人さらいにつれて行かれて、大声で泣いてきっともてあまして、犬神さまのお社へという、それ以外わからなかった。
生き馬の目を抜くという、花のお江戸であった、繁盛を目の当たりして、たとい何あろうと三郎は驚かなかった、あるがまんま受け入れる、そうとしかない暮らしであった。
七之介とてぞろっぺい着て、だが生まれてはじめて筆をとる、よみかきそろばんと云われて弱った。たいてい、苦労のしがいもなかった。
なんにも覚えぬといっていい。
「わしはひひのしけさまではなひようてす。」
やっと書けた字で記して、三郎はお店を抜け出した。
置かれた所を抜け出すのは、はじめてだった。
あてもなく歩いて行く。
荷を山のように積んだ車が、みぞへはまる。四苦八苦するのを三郎は、苦もなく抜き上げた。
「これはどこその旦那で。」
着ているものを見て、車夫が云った。
「送ってやろう。」
またぬかるみへはまったらとて、押して行く。
人や荷を運ぶ車屋だった。
三郎はそこへ居座った。
「ありゃきっとどこそのこれで。」
今に大金が入るとて、飯を食わせていたが、そのこれが人の十倍もかせぐ。
云ったり思ったりのまに、三人前は終わっている。
「ゼニいらねえってとこみると、やっぱりこれか。」
荒っぽいところで、よく喧嘩があった。
さむらいくずれなと、だんびら振り回すやつを、これの若旦那が出て、あっさり片づけた。どう動いたか、知ろうともせぬのは海の仕事であった。
「ひえ。」
あざやかというか、とたんに名が上がった。
「おまえさまなんて呼びゃいい。」
「犬神の三郎。」
名告ってみたら、今度はそいつを担ぐのが現れた。
軒を借りて、赤い鳥居を建てる。
犬神一家といって、いつのまにか十二、三人たむろする。けんかの仲裁と看板を上げるところだったが、いったい主の三郎がなんでもして働く。
「重宝屋三郎」
の看板になった。
これが流行った。
「人の役に立つには、よみかきそろばんなんてもないらねえんだ。」
一の子分と称するのが云った。
「思ったりしたりはできねえんだ。」
無敵だぜという。
「おしりにさわってもらうと後生安楽。」
きれいなおねえさん方が云った。
「なんていうんだろ、あの人きいっと海みたい。」
ある日、柳生のおさむらいというのが、三郎の前に立った。
ふっと目を細める。
「なにか御用で。」
「すきがないな。」
おさむらいは云った。
「いえ斬りゃあっさり斬れます。」
切りつけて寸留めする、
「すばらしい。」
「どうにもできなかったからで。」
面倒なことをと云いたかった。
それあってか大いに名を売って、総勢百人から出入りした。犬神三郎にも女房ができて、欲のないかみさんで、
「おまんまさへ食えてりゃいいの。」
といって、何人たむろしようが食えていたから、不思議だった。
犬神の赤い鳥居に捨子があった。
捨ててから拾って育てると、きっといい子に育つというのだ。
中に拾って行かない、ほんとうの捨子があった。着物やお金が入っていて、めんめんと書きつらねてある。
三郎もかみさんも字が読めぬ。
二人で育てた。
いい子に育った。
そうさなあ、清介にもう一度会いたいと思うことがあった。

2019年05月30日

とんとむかし18

鬼嫁

とんとむかしがあったとさ。
むかし、せんのだ村に、とくべえという男がいた。
嫁が来たが、しゅうとさまきつくて出てしまう、次の嫁も出て行った。
嫁なしとくべえと人は云う、
とくべえは酔っ払うと、さす手引く手に舞うて、みんなを笑わせた。
猫の紙袋という、ふんどし頭にかぶって、
「よいよい、
まえが見えねで、
うしろへ下がる、
こわいうしろへ、
にゃんごろたら、
なで下がる。」
 よたよた踊って、ひっくりかえったら、いちもつが見えたりする。
落ち武者といって、ふろしきに耳作って、長い面こさえ、すりこぎぶらさげて、座蒲団背負って、そいつをゆっさりゆすって、落っことす。
「馬もおったちゃ、
さむらいよりか、
いきな姫さま、
おっほん、
乗せにゃなんねえ。」
だれかれ大笑い。
たんびいろんなことをした。
雷さまの腹下しどんがらぴっしゃとか、花咲爺さん中風といって、手足つっぱらかって、だれかれ花つっさすのが、もの悲しくって、やんやの喝采。
そんなこんなでいたら、
「おら、おまえさとこ嫁に行く。」
という女がいた。
十人並みよりゃよっぽどきれいで、云うことも発明だし、
「そりゃ、おらもよっぽどおまえ好きだ。」
とくべえは云った。
「でもな、しゅうとさまいて。」
女はふうと笑って、押しかけ嫁になって来た。
押しかけ嫁は、しゅうとの先読んで、たいてい無理難題も、あっさり片づける。
しまいしゅうとさま、物も云えずなった、
「いえ、やっぱり怒られんけりゃいけん。」
すきこさえて、文句云わせたりする。
「なんてえめんこい嫁だ、とってもおらなぞへ来る玉じゃねえ。」
とくべえは喜んだり、呆れたりした。
三年たった。仲のいいのに、子が出来なかった。
子なきは去れといって、家には跡継ぎがいる。
「そのうちできる。」
と云ったのは、しゅうとどのだった。
「できんけりゃ貰いっ子すりゃいいで。」
という。嫁は涙流す。
「それよりも、押しかけで来たっきり、お里帰りせんが、行って来たらどうだ。」
と、しゅうとどの云った。
「婿振舞ってのもあるが。」
 婿振舞は、お里でむこどの呼んで、もてなす。
「おらのお里は山ん中だで。」
押しかけ嫁はうつむいた。
「そうけえ、山ん中でえすきだ。」
とくべえはいった。二人しゅうとどの心尽くし、山のような土産背負って、でかけて行った。
そりゃ恐ろしい山の中だった。でも村があって、立派な屋敷があって、なりはごついが、いい人たちで、押しかけ嫁の婿どんは、大歓待を受けた。
酔うほどに、さす手ひく手に、とくべえは舞う。
やんやの喝采で、みなまた踊る。
舞いの好きな連中だった。
嫁は得意そうで、それは楽しい宴だった。
とちや栗や稗や、ごつい大男が薪を山のように荷って送って来た。
何年かして、やっぱり子がなかった。
嫁はお里へ行って来るといった。では行こうと云ったら、
「今たびはわたしだけで。」
という。なぜか帰って来ないような気がして、とくべえはあとをつけた。
いつか迷い込んで、それは山の中の、月明かりに嫁の声がする。
「子を生んでもよかろうが。」
と云う。
「ならん、わしらの子は人には向かん。」
と聞こえ。前にあった屋敷も村もなく、巨木の森に、角をはやす鬼どもがいた。
嫁も鬼の姿だった。
とくべえは逃げ出した。
かさと音立てたが、追っては来なかった。
嫁は帰らなかった。
「鬼ん子だっても。」
とくべえは、ささやいた。
鬼の舞いというのが残っている。
「なんで逃げたや、
角を生やそが、
はあやそれ、
乳ふふませりゃ、
めんこい子。」
不思議な切なさというのか。



鬼の耳掻き

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しんど村に、さんべえという三男坊がいた。
二十過ぎても、どこへ行くあてもなく、兄にゃの嫁に追い使われて、ごろごろしていた。
竹切って、孫の手こさえて、背中かいたり、それで物取ったり、
「あーあ舟浮かべて、桃太郎の鬼退治。」
とかいって、
「飼い殺しじゃしょうがねえ、どっか行くあてねえんか。」
だれか云うと、
「ねえ。」
と云った。
だっても三郎んとこのおじは、なと云えば、
「そりゃもうお大尽さまの、むこどん。」
とか。
そうしたらほんき、大家さまで、婿どんの募集があった。一人娘は、赤い下駄みたい面したが、そりゃ背に腹かえられぬ、
「さあ行ってきな。」
兄にゃの着物借りて、三男坊は出かけた。
そうしたら、これはという三人の中へ入った。
男ぷりもいい、寝てばっかりが弁も立つ。
下駄っつらかと思ったら、それが清うげの、咲くは一輪椿花、
(惚れちまったってことか。)
物も云えずなった。
娘のほうからさんべえを指す。
「ええ。」
そりゃ下駄娘。
清うげなは、下働きであった。
どういうわけかぶわっと出た。屁一発、婿どんのこたおしまい。
「かせぎもしねえで、寝てばっかり、溜まってたのさ。」
兄にゃの嫁が云った。そうかいといって、孫の手とって、背中かいて寝ていたら、
「旅してこい、てめえの行く道開け。」
兄にゃこわい目していった。なけなしはたいて、せんべつくれた。
「がんばってな。」
兄にゃの嫁も涙。
「ようしおらだって。」
必ずきっといって、さんべえは旅に出た。
なんたって、まんま食わねば。
橋のない川があった、ふんどし一つが、人や荷物担って渡す。
「こりゃ元手いらず。」
さんべえは、裸虫になった。
やなときゃ出なけりゃいいし、うるさいこた云わんし、
「なんせ稼げる。」
といっていたら、毎日ばくち打つ。
見ていると面白そうだ。やってみたら、へえそやつがけっこう、さんべえ、
「ぜにてえものは、ばくちうつためにあるんか。」
といって、三月たった。
ある日喧嘩になった。なにがどうなった。でもって、半殺しんなって、
「へえ、同じ椿も、血いだら真っ赤。」
と云って、川流れて行った。
命だけは助かって、下流に店出した、舟大工に拾われた。
「しょうむねえごくつぶしが。」
といってこき使われ。
拾った命だ、
「飯食ってる間は、生きてらあ。」
とさんべえ、苦にもせずかせいだら、見よう見まねで、舟大工になった。
一丁前とは云われねえが、たいていできると、親方が云った。
「人求めている処がある、行け。」
「へえ。」
さんべえは、道具一式担いで、旅して行った。
先は、千石舟の大きな大工で、さんべえは物覚えもよし、目はしも聞いて、たちまち頭角を現わした。
さんべえと云えば、ちったあ聞こえ。
「しょうむねえごくつぶしもさあ。」
といっていたら、お殿さまが、舟をこさえる。
さんべえが主だちになった。
半年、わざのありったけに、見事な舟をこさえ。
「鬼退治たあいかねえが。」
初舟に乗り込んだ。
「首尾よういったら、跡取りにしよう。」
棟梁が云った。
相手は十五にもならぬか、愛くるしい娘だった。
椿よりも山茶花。
「どっちかといえば、おら山茶花。」
といって、舟は都へついた。
さんべえはさそわれて、きれい所のいる、お里へ行った。
それはもうべっぴんさま、
「お忘れかいな。」
にっこりおいらんが笑った。
花というより日のまぶしさ。
「はあてのう。」
それは下駄娘の下働き、清うげなあの子であった。
「椿のー 」
「あちきはおまえさま恋しゅうて、そうしてこうしてああなって、今では、かように、おいらん太夫じゃ。」
おいらん太夫はいった。
「思いをというのなら、どうか椿の花のお歌を。」
といった。
さんべえはどうもならん。舟大工の代え歌歌った。
「つらつら思ふは椿花、
さんざ焦がれて山茶花の、
雪がふるては、
雪の軒、
降るがよかろか、
消ゆるがよいか。」
おいらんは悲しい眉を、ー
「きっとぜにを貯めて、もう一度。」
さんべえは帰り舟に乗った。
海はとつぜん時化て 木の葉のように揺られ、舟はびくともせん。
「そうさおらの工夫だ。」
鬼のみみかきというものを、用いた。たわみがきいて、もちこたえる。
「これさ。」
手に取って、ざんぶり落ちてもがく。
「こうれ起きんかいな。」
兄にゃの嫁がゆさぶった。
「孫の手なんかにぎってねえで、そろっと畑へ出ろ。」
「あーあ。」
さんべえは伸びした。
鬼の耳かきなといって、出て行った。
大家さまで人手欲しいという。
行ってみたら、夢に見た、あの清うげな子がいた。
「こ-れ、こっちへ。」
とんでもしねえ作男が云った。



星の器

とんとむかしがあったとさ。
むかし、弥平の村に、婚礼があって、りんしゃん、牛の背に揺られて行った花嫁が、それっきり消えてしまった。
待ちぼうけを食った花婿が、さらわれたと、あと追いかけたら、道っぱたに、首かっさかれて死んでいた。
花嫁はお祐さんといって、たいそう美しいお方で、あんまり美しいので、お天道さまがやっかんで、神隠しにあった、いや鬼がかっさらって行ったと、人みなうわさした。
「婿どのが殺された。鬼でなくとも、鬼のようなうからの仕業に違いない。」
お祐さんの兄の、平史郎は云って、
「ううむ、嫁になぞくれてやらずはよかった、まだ生きている。」
と云って、美しい妹を捜しに行った。
おぼけ谷内に新村があった。都からの落ち人が住むという、強盗殺人かっぱらい、たいていのことはするという、そんな人の噂であった。
皿や器を作る業いという。うら若い女の鮮血をもって焼く、秘伝の皿があるという。兄の平史郎は、くれないというその部落へ入った。
どこもかしこも空家だった。一軒ばかり人の住む家があって、とっつかまえて、吊るし上げると、
「知らぬ、許してくれ、わしは地のもので、習い覚えて、見様見真似に器を作る。」
と云った。
「他はどうした。」
「一夜明けたらだれもいなかった、向こうに一人だけ残っている。」
と、指さす。
行ってみた。物云えぬ男がいた、舌を抜かれていた。男はへらーり笑って、山を仰ぐ。

そうして涙を流す。
平史郎は山に向かった。
 道が失せる。かすかにけもの道が通い、その先に、六軒ほどの村があった。
とつぜん、山刀に取り囲まれた。
「妹を捜している。」
平史郎は云った。
「花嫁のまんまさらわれた。」
襲いかかる。
平史郎は四、五人を叩き伏せた。
「近頃、女をさらっては来ぬ。」
頭株が云った。東を指さした。橋があるという、夜中にだれか渡って行った。
吊り橋があった。
それを渡って、村があった。
かつてはここを通って都へ行ったと、村人が云った。
「今は行けぬか。」
「石の塚がある、飯塚とお汁塚という、そこから道は跡絶えた。」
行ってみた。
飯塚と汁塚という、二つ塚があった。
そこに平史郎は宿った。
夢に、戦に破れた将軍が現れて、村人に一汁一飯の施しを受ける、追手が迫っていた、

「ありがとう、代りにわしの首をやろう、黄金二十枚になる。」
敗軍の将は、自ら首をかき切って果てた。
とつぜん美しい娘が立つ。
妹であった。草を指さす。
平史郎は目覚め、草むらへ行ってみた。
清水が湧く。おいしい水であった。
「なぜに。」
幻の泉といって、あるときとつぜん湧き出して、一月あるいは半年たって消えるという。瑞兆であった、いいことがあると、村人は云った。
平史郎は里へ下りて、それから別途を辿って捜した。
鷲がいた。
梢に停まって、案内するように舞い立つ、
「瑞兆というはこれか。」
鷲は大空を舞い、じきに山の向こうへ消えた。
山を廻って、道は奥深く続いて行って、ふたたび里へ通う。
だれも住まぬ村があった。すでに崩れかける。
「どうしたことだ。」
「どうしたことだ。」
谺が返る。
谷を越えて、百花繚乱に花が咲く。
「親を知らぬであろう、おまえら兄妹は。」
声が聞こえた。
たしかに親を知らぬ。平史郎は、気がついたら兄と妹だった。
「里を云え。」
「知らねば云えぬ。」
足下を雉子が飛び立つ。
雉子をつかんで鷲が行く。
雉子は妹、鷲は兄の平史郎。
頭を振ると、もとの百花繚乱。
生き残りがいた。
「鬼が来た。」
という、食われ八つ裂きにされ、ついには、村を投げ出した。
「鬼はどこから来た。」
大空から降って湧いた。
鬼の村がある。
平史郎は捜した。
(身は八つ裂きにされようとも。)
二たび三たびめぐって、捜し当てぬ。
妹が指さした、草の泉へ行ってみた。
「瑞兆のまいたけが出た。」
村人がいった。
平史郎は山へ分け入った。
あまりのうれしさに舞いを舞うという、まいたけが首なしの将軍になった。そやつが宙を舞う。
平史郎は追った。そやつが消えるあたり、屈強の男どもが立った。
「お迎えに参った、さようさ、我らが主を。」
連中は云う。
けわしい山を行く。
道なぞなかった。
滝があった。裏に洞穴があった、抜け出ると、隠れ里であった。
「花の園には、祖先が埋まっておる。」
という、夢のような里であった。
美しい妹がいた。都にも見ぬ、みやびやな衣装を着る。
「むこどのは、かわいそうなが死んでもらった。」
白髪の長老が云った。
「これは妹ではない、おまえの妻となるべき女。」
平史郎は飲み込めぬ。
家は八百を数え。
主だちが寄って、主であるという平史郎に、先祖の記憶を呼び覚ます、何人か、朱塗りのかさをかぶって舞う、それは奇妙な儀式であった。
隠れ里は、天子が御即位に、
「星の器。」
を所望するときにだけ、この世に現れる。
あとは幸いの村とて、永遠に安堵する。
天子のお使いの来ることは、何十年も前に知られて、その準備に入る。
「主とその伴侶。」
が世の中へ出る。なぜに世に出るか、ようも知らぬ。
「くれないの村は、行き倒れを助けてやったのが、技を盗んでかしこへ逃れた。器は半端物ではあったが、それでも高価に売れた。」
われらは抹殺したと。
先祖のおくつきの村は退いて貰った。
首なしの将軍は、我らが財を狙って破れ、
「今ではお里の守り役よ、わっはっは。」
と笑う。
平史郎は主であった。
祖先の記憶は大抵のものではなかった。
妹であった美しい妻と二人、星の器というものを作る。
 二人の命と引き換えに、器にはきらめく星が現れる。
人の世は滅んでも、これは残ると云う。



貝の紫

とんとむかしがあったとさ。
むかし、うんなべいどの村に、うーろという女の子がいた。
うーろも十六になる、初々しい体を衣におし包む。どんなに美しい衣も、貝の紫にはかなわなかった。
空の明るさ、海の底なし、幸せのときめき、光さやめく。
生きているようなとりどり。
男は有礒に貝を取る。
荒れ狂う海。
小指の先ほどの貝であった。何十何百集めて、ひがいの木の灰汁と煮出す。
糸を染め、真水にさらすと、吹くような紫。
恋する女にそれを捧げる。
むらさきを着る。
永えの愛を誓う。
二つ年上のゆーらは、よっほという若者の紫を着て夫婦になった。
同い年のしーにやの男は、波に飲まれて帰らずなった。
いとこのみとの若者は、数が足らずに、あわいピンクのような、それでも二人は夫婦になった。
紫を着る。
男には命がけの仕事だった。荒れ狂うほどによい貝がつく、いっぺん潜ってせいぜい六つがほど。
うーろのためにという若者は、まだいなかった。
いない。
欲しいと思った。一生に一枚の紫を、
「いさおしは、
命のたけの、
 紫を、
ほう、
月にまぶしや、
えんやーさ。」
「みさをには、
心を永久の、
紫を、
はあ、
日にまぶしや、
えんやーさ。」
と歌われて、一の花嫁衣装であり、ここ一番の晴れ着であり、年月に紫はあでやかに、さわやかに行く。
そうしてお墓に持って行く。
愛のしるしであり、女の誇りであった。
うーろは欲しかった。
おおむかし、ゆーわという美しい娘があった、男という男が懸想して、中におおとりという若者が、猛り狂う海に潜って貝を取った、だれよりもよい貝を九百九十まで取って、一千にしようとて帰らずなった。
ゆーわは九百九十の、かつてない紫をこさえ、その紫に、一生を独り身で過ごす。
そんな夢のような話は。
うーろはため息をついた。
云い寄る男はなくはなかった。
でも尻込みをする。
崖の辺に林があった、
涼しい林に恋人たちが歩む。
その辺にもう一つ林があった。巨木に茂み、歩み入る恋人もなく。
月夜であった。
云い寄る男を尻目に、うーろは一人行く、巨木は夢見るような月明かり。
十七も過ぎる、
「紫が欲しいか。」
ぞっと声がした、
「欲しい。」
うーろは云った。
「取って来てやろう。」
「だれじゃおまえは。」
「だれでもよかろうが。」
たとい鬼でもいい。
そうして鬼の胸に抱かれた。
うーろは、極めて美しい紫を手に入れた。かつて見たことのない、
「よほどの貝を、一千も取らなくては、だれがいったい。」
人みなため息をついた。
「よそ者が持って来た、夫婦になる。」
うーろは云った。
おやめと母親が云った。
「なぜに。」
「式を上げるまえに、紫を着るのはお止め。」
うーろは着て歩く。
世はうーろの紫。
日も月もなし、うーろは美しく変化する。
月明かりにうつろに響く。
「えんさー、はーや、
あだし思いは、海の底。」
「月のしずくを、千の貝、
ついに巨木の、茂むまで。」
かつてよい貝の取れた磯の、その上にはお墓があった。
伝説のその紫を取って、鬼がうーろに与えた。
うーろに取り付く、それは別の霊。
むくろは鬼に食い裂かれ。



首塚

とんとむかしがあったとさ。
むかし、おうけ村に三郎兵衛という、聞かぬ男があった。
ねだゆるんだの直して、いするぎ神社の、巫女さま呼ばって、お払いして貰った。
巫女さまいい女が、三郎兵衛なんぞには、鼻もひっかけぬふうで、
「これや、お包み少ねえし、ねぎやごんぼうばっかでなく、お魚もお供えして。」
と云った。
「建て前てんじゃねえんだ、欲たかりのすべためが。」
 云うと、
「神さまん悪口云うと、たたる。」
「そうかあ、たんとたたってくれ。」
三郎兵衛、巫女さまのおしり、つるうとなでたら、
「きーっ。」
と、にらんで帰って行った。
そうさお宮さま、戦に破れた将軍が、首切り落とされて、おそろしい生っ首が八方に飛ぶ、あたけんようにって、首塚こさえたのが始まりだ。
時にゆれるから、いするぎ神社という。
祟りある。
物知りが、語って聞かす。
「魚持ってあやまって来う、巫女さまなんてもんは、箸にも棒にもかからんで。」
「そうなあ。」
と、三郎兵衛、
「ふん、がん首こわくってきせるが持てるか。」
といって、そのままにした。
三日たった。どっかで酔っ払って三郎兵衛、帰って来たら、山鳴りしてごうっとまっ暗闇を、ものすげえったら生っ首が飛ぶ。
そやつががっぷり噛みついた。
三郎兵衛目回した。
「噛みつかれたら鬼になる、免れようには、他のだれかに噛みつけ。」
巫女さまの声がした。
三郎兵衛は鬼になった。
両腕ふしくれだって、着物はおんぼろまつわりつく、目ん玉張り裂けて、にょっきり角が生えた。
そうして空を飛んで行った。
そこは三本杉に痩せ田んぼ、はあてなんべん行き過ぎる。
清兵衛がやって来た。
先年かかに死なれて、人のいいだけが取り柄のじっさ、
「鬼んなったがよっぽどまし。」
思い決めたとたん、ふうと笑う。
清兵衛め。
三郎兵衛は行き過ぎた。
ここは裾野小路、森のあたり、なつかしい道が行く。
振られた女のお里がある、なぜかおれは喧嘩早くって、兄をぶんなぐった。
どうして喧嘩って、ええそんなこたいい、女は行かず後家になった。おれはかか貰った、嫁に行ったって聞いたんだ。
がっぷりやろう、あいつ抱くよりゃましの。
行き過ぎる。
鬼は引き返す。
これは広小路、尾崎の六兵衛が行く、ぐうたら飲み仲間だ、ようしあやつに噛みついて、二人鬼して。
なんかろくでもねえ。どいつもこいつも役立たず。
ええ一匹じゃ面白うもねえ、百鬼夜行だ、村中よりどりみどり、三造も仁助もそのくされかかもさ。
でもって鬼ってもな、なんで鬼だ。
鬼のおれは見えねえのか、噛みつきゃ見えるのか、ようしと三郎兵衛。
ばちばちっと音がした、人みなよける。
がぶりとやったのは 地蔵さまの石頭だった。
さすが鬼の牙もげぬ。
「しゃれにもならねえや。」
娘がかがんで用足しする。
「ようしあいつだあ、女ってもなどだい性悪の。」
そのまあのっぺりおしりにがっぷり、ぷわあったら屁一発、そける。
「鬼よけか。」
一郎んとこの三番子だった。
あんな他愛ないのをさ、鬼にしたら一生浮かばれぬ。
「おまえの一生は終わった、あとは鬼をまぬがれて、成仏するっきりだ。」
巫女さまが云う、
「うるさい、鬼んなれ。」
「オッホッホ、おまえなんかするったら、鳴りもの入りだ。」
巫女さま、
「ただ噛みつけ。」
かぷりとやったら、ひーっと聞こえたような。
説教する門徒坊主がぶりっとやるか、色っぽい奥さまおれが面倒みて。
坊主鬼にしたって、さっぱり変わらなかったり、意気地もねえあいつら。
世直しだ、代官さまがぶりっとやろう、姿見えねえ天下無敵。
ばちっと音して、おさむらいのだんびら、ばっさりやられる。
なにさもとっこ成仏。
代官さまお留守だった。
小役人に用はない、ほっと安堵。
代官さまとお役人鬼にして、やっぱりもとっこかあ。
どっか空しいような。
そうだ、余市の強欲たかり、なんでもてめえのものにしちまって、なんだって人の悪口ばかし云ってる、きったねくせえあいつならいい、ばち当たって当然だ。
余市がいた。
けえと三郎兵衛、
「あんなもん噛んだら、鬼がすたる。」
と云って、行き過ぎた。
でもって、何十年そうやっていた。
せがれあと継いで、かかばばあになって、強欲余市に、山一つ取られそうんなって、出てやろうと思ったが、そうさ、鬼の出る幕はねえわな。
さんさん雪が降っていた。
雪が涼しいってのは退屈だ、鬼の幸せってのはなんだ、なといっていたら火事だ。
へえ三郎兵衛ってやつの家だ。せがれにばばどうした。
きっと助けねえば。
鬼は火なんか熱かねえし、手突っ込んだら、
「あつう。」
と云って、目が覚めた。
お灯明しの火が燃える、あわてて消し止めた。
三郎兵衛お払いのお神酒飲んで、酔っ払って寝ていた。
「ふうなんてえ夢だ。」
巫女さまに会った。
おまえさに惚れた、口説いてもいいかと聞いたら、
「いいけど、しっかり口説け。」
とさ。
いい女だけどかかいたしな。

2019年05月30日

とんとむかし19

鬼の面

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、かみのの大家さまは、
「おおやさまにはおよびもないが、せめてなりたやとのさまに。」
 と歌われたほどの、大大屋であった。
 ずっと離れたところに、西のかみのという、分家があった。
 これはその縁起である。
 よのの村に、かんぞうという男があって、いよという娘と、手に手を取って駆け落ちした。
 ひようとりしたり、危ういめして、あちこち渡り歩いたが、雪のちらつく日、磐井神さまの前に、二人してこごえていた。
 いわい神のほこら、用もなし開けると、鬼がとっつくという、鬼に食われたっていい、もう行きどもねえといって、開けて中へ入って寝た。
 朝になって、変わったこともなかった。
 ではまたかせごうといって、村へ下りて行った。
 大きなお屋敷があった。
 かんぞうが行き、だめじゃったといって出て来た。
 手に三両の金を持つ。
 いよがどうしたのと聞くと、
「はてさ、くれたんだ。」
 と云った。
 どうしてとも聞かず、港へ行くと舟が出る。 
「あれに乗ろう。」
「そうしますか。」
 と云って乗り込んだ。
 そこへお役人が来た。
「かみのの大家さまに、押し込みが入った、舟を調べる。」
 という。引き出され、駆け落ちが知れたら困ると思い、きついせんぎもあったが、まぬがれた。
 舟は出て行った。
 急に荒れ模様、戻したほうがいいと船頭が云った、
「このまま行け。」
 だれか云った。
 目つきのよくないのが脅しあげる。
 時化になった。
 舟は、木の葉のようもてあそばれて、かんぞうといよは抱き合った。
「そうか、おまえらが押し込みだな。」
「なにをいう。」   
「ばちあたりめが。」
 海は荒れ狂い、
「だったらどうした。」
「うばった金を返せ。」
 争いが起こる。
 気がつくと、いよとかんぞうの二人だけだった。
 舟は流されて行って、浜に押し上げた。
 村人に救われた。
 破船を小屋にして、二人は住んだ。
 そうして、子どもが生まれた。
 五つには、もう大人なみの、大きな子だった。
 よしぞうといった。
 大きいくせに、流れもん、お拾いさんの子と云われて、泣きべそかいた。
 流れ木を引かせると、牛のような力があった。
「なんで泣かされる。」
 と聞けば、ふうと笑う。
 みんな、よしぞうの大力を、いいように使う。
「だってさ、こわれそうだで。」
 と、よしぞうが云った。
 母はにっこり笑った。
 一家は、流れ物を拾って、たきぎをこさえ、売れるのは売ったり、日ようとりして、かつがつ暮らした。
 ある年、行き倒れがあった。
 女の子をつれていた。
 夫婦に助けられて、
「流れつかなかったか舟が、十年まえ。」
 と聞いた。
 息を引き取る。
 鬼が出たんだといった。
 ぶんなぐり、腕へし折って、だれかれ海へ投げ込んだ。てめえ飛び込んだのもいる 船頭のわしだけ助かった。
 見たんだ。
 押し込みが大金を舟へ隠した。
「どうか娘を頼む。」
 と云った。
 かんぞうはその子を育てた。
 行き倒れん子というのを、よしぞうはかばった。
 手をなぐだけが、何人吹っ飛んだ。
 流行り病で、夫婦はあっけなく死んだ。
 いまわのきわに、
「かくかくしかじか。」
 と云った。
「若しや、わしには鬼がとっついている、三両の金は使ってしまった、屋を捜してみてくれ、大金があったら、かみのの大家さまのものだ、お返し申し上げて、わしの証を立ててくれ。」
 鬼であっても、おまえにはかかわりはないと云った。
 よしぞうは舟を捜した。
 帆柱であった底に、大金があった。
「かみのの大家さまに。」
「きっとあたしも返しに行く。」
 みよというその子が云って、二人は旅立った。
 辛い旅だった。何十日もかかった。
 楽しかったと、みよは云った。
 かみのの大家さまの門前であった。
 あっちへ行けというのを、
「長い道を来た、会ってくれねば押し倒す。」
 よしぞうが手を掛けると、大門がゆらぐ。
 門番は肝をつぶした。
 まっしろい髪の主が出た。
 わけを云って大金を出すと、涙を流す。
「押し込みが入って、一人二人殺され、悪党どもは、お倉を破って担ぎ出す。そこへ鬼の面をかぶった人があらわれた。」
 という。
 叩き伏せた。
 押し込みは命からがら逃げた。
 面を脱いだその人に、盗人の落とした三両を押しつけた。
 はてと思ったらもういなかった。
 おまえさんがお子か。
 大恩人だ。
「金はおまえのものじゃ。」
 と云い、
「わしらの分家を名告れ。」
 と云った。
 かみのの名とともに、いわい神も分家した。
 よしぞうはみよと夫婦になって、西のかみのは十何代も続く。
 いわい神の記述は、他にはない。



いかだの海

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、あいおい村に、じーたらというわるがきと、さんにという女の子がいた。
 さんにはままっこで、おんぼろ着て、あかぎれこさえて泣く。
 じーたらは、手下つれてのし歩き、かっぱらったり、召し上げたり、どっついたり、しようもないことして、なりはもう大人並だった。
「泣き虫たにし。」
 まっくろけの、なんか云うと、だまっちまうきりの、さんにに、じーたらは云った。
「食え。」
 盗んだ柿や、手下のもの取って、食わせたり、がきかっぱじいて、女の子をかばった。
 あるとき手下どもが、もちなと焼いて食って、明神さまのお社、燃してしまった、
「おらがやった。」
 じーたらは云って、
「村に顔向けならねえ、勘当だ。」
 親は云った。
「あとはおじに取らせる。」
「そうかい。」
 といって、じーたらはおん出て来た。
 持ち物といったら、おっかさんが持たせた、ふろしき一つ、泣き虫たにしの、さんにが見上げる。
「ばか、おらは追ん出されたんだ。」
 といっても、あとついて来る。
 昼になった、ふろしきには、でっかいむすびが四つ入っていた。
 二人分けて食った、
「塩むすびはうんめえなあ。」
 というと、さんにはじーたらに三つ、一つでいいからって、腹へって水飲んで、夕方になった。
「宿るとこねえか、まんま食わせてくれてさ。」
 といって行くと、舟つき場があった。
 明かりがついて、のっこり入って行くと、
「いかだ師が風邪引いて、寝込んだ、だれかにいどまで行ける者ねえか。」
 と云う。
「いかだなら任せてくれ。」
 じーたらは云った、
「じいさまいかだ師であって、赤ん坊のころから乗ってらあ。」
「じいさまってだれだ。」
 あてずっぽう云うと、
「そうかたけしの孫か、頼りがいがあるってもんだ、あした早くに出て、向こうへついたらだちんもらえ、おめえのもんだ。」
 と云った。
 あした、じーたらはさんにと、いかだに乗り込んだ。
 棹をついて押し出すと 流れに乗る。
 筏は七つ、どうやら川を下って行った。
「どこ棹使えばいいか、ほうら。」
 あぶなっかしく。
 泣き虫さんにがはしゃいで歌う、ふた閉じたにしが、
「日は照っても、
 雨さんさ、
 狐の嫁入り、
 虹が出た。」
 でもって、じーたらのいかだ師も歌った。
「いかだどんざん、
 大蛇になった、
 かま首もたげりゃ、
 おっぽはふるえ。」
 早瀬は大苦労して、とろにはまた、大苦労して、日は照って、川風吹いて、
「狐のおしろい、
 まっしろけ、   
 涙流して、
 あばた面。」
 さんにが歌って、
「おっかさんの、
 塩むすび、
 四つ食ったら、
 いかだぎいっこ。」
 じーたらも歌って、長い一日が過ぎて、岸辺に寄せて、しっかりつないだ。
 鍋やかまもあった。
 三日分の食い代。
「いかだ師は食いっぱぐれん。」
 二人はまんま炊いて食って、ぐっすり眠った。
 二日目は、急流があった。
 危ない瀬があった。
 深い淵があった。
 河童がいて、しりこだま抜こうと、待ちかまえる、
「見た、かっぱのお皿。」
「うん見えた、あれはしっぽだ。」
「こわくない。」
「さーてな。」
 流れに、いかだが重なって、
「ぶーいどんどん、
 しりこだま、
 かっぱのあたまも、
 へのかっぱ。」
 と聞こえ、
「りんき起こすな、
 よーいどっこい、
 たぬきぶんぶく、
 坊主に化けた。」 
 じーたらのいかだ師は、七つあるいかだの、一つをほどいた、
 そうしたら、
「ちちんぴよぴよ、
 ごよのおんたから、
 ごーんどん、
 花見に一杯。」
 と云って動いた。
 とろへ来て、
「あっちの水はにーがい、
 こっちの水はあーまい、
 どんどら。」
 よどっぱたに、かき集めたら、半日かかった。
 まんま食って、くたびれて眠った。
 その夜ひょうのせが出た。
 ひょーのせは、まっくらがりと同じで、青い目ん玉が二つ、
「でっかいのとちっさいのと、なんでまたいかだをわたす。」
 ひょうのせが聞いた。
「まんま食うんだ。」
 じーたらがいった、
「うち追ん出されたか。」
「うん。」
「とって食おうか。」 
「食うな。」
「あたしは泣き虫たにし、あたしをとって食っべて。」
 さんにがいった。
「食われたいか。」
「食われたくないけど。」
 ひょうのせは、灰色のながーい舌で、二人の背中を、べろうり舐めて、行ってしまった。
「こわかった。」
 さんにはふるえ、
「あいつは、影法師を食うんだってさ。」
 じーたらが云った。
「影なけりゃ、いじめられる。」
「舐められたで、もういじめられん。」
 二人はぐっすり寝た。
 川はゆるやかになって、にいどの町はもう三日。
 急に水が増した。
「どっかで雨が降ったんだ。」
「ずんずん行く。」
 じーたらのいかだ師が、棹をさすと、七つのいかだが、拍子をとって歌う。
「どんがらぎいっこ、
 早い流れに、
 百合の花、
 ごうろごっとん、
 おそい流れに、
 まくわうり。」
 しぶきが云った。
「泣き虫たにしは、
 ふたをぷったか、
 いもりのしっぽに、
 とっついた。」
 さんには耳をふさぐ、
「どんがらぎいっこ、
 深い淀には、
 星の影、
 ごうろごっとん、
 浅い淀には、
 月の影。」
 流れが云った。
「わるがきべろうり、
 舌を出し、
 追ん出されたら、
 影ばっか。」
 虹がたって、そのむこうにでっかい影法師。
 そいつはかわうそだった。
「化かすっていうぞ。」
「いいもん、泣き虫たにしが、とっついてやる。」
 かわうそがのっぺり。
 もう忘れてしまった、それはおっかさんの顔。
 さんにはおーんと泣いた。
 じーたらにしがみつく。
 虹が消えて、雲がぽっかり浮かぶ。
 流されて宿れず。
 まっくらがりを行くと思ったら、ぽっかり月が出た。
「ようし、いかだ師は眠らず食わずだ。」
「うん、眠くない。」
 とき色の月、
 水色の月。
「お月さんいくつ、
 十三七つ、
 じーたらいかだ師、
 泣き虫たにし。」
 さんにが歌う。
「月に棹さし、
 おいらのいかだ、
 てっぺんかけたか、
 ほととぎす。」
 じーたらは棹をさし、
「流れは速い、
 お月さん、
 どーんと過ぎて、
 どこへ行く。」
「塩にぎり食って、
 雲のうえ、
 大人のいない、
 夢の国。」
 いかだは流れて、にいどの町を過ぎた。
 どうしようもならん、二人は押し出されて、海の上。
 棹はとどかん。
 いかだは、七つつながって、もう水も食べものもなし。
 舟が通る。
 おーいと呼んでも、聞こえん。
 夜が明けた。
 くじらが浮かんで、潮を吹いた。
 気がついて、舟がよって来た。
「子どもではないか、いかだに乗ってどこへ行く。」
「にいどの町へ届けに行ったら、大水に押し出された。」
「そいつはたいへんだった。」
 いかだを引くわけにはいかん、二人舟へ乗れといった。
「いかだ届けんけりゃ。」
 じーたらが云った。
「では町へ知らせよう。」
 舟は、水と食べものおいて行った。
 夜になった。
「波はくうらり、
 十五になっても、
 ままっこで、
 赤かいべべ着た、
 お地蔵さん。」
 さんにが歌った。
「飛び魚ぴっかり、
 あっちへ飛んだ、
 しいらの口に、
 とびこんだ。」
 じーたらが歌った。
「わるがきどんざん、
 泣き虫たにし、
 波はくーらり、
 どこへ行く。」
「ぎっちらゆーらり、
 七つのいかだ、
 竜宮城へ、
 とどかった。」
 夢のような一夜が明けて、島影がない。
「どうしたんだろ。」
「いかだが流される。」
 西も東も世のはて、
「おしまいだ、さんに。」
「うん楽しかった。」
 こんぶが漂いついた。
 七つのいかだより、長いこんぶが。
 くらげや魚がとっついた。
 虹のような冠つけた、竜宮の使いが来た。
 竜宮城へ行く。
 泣き虫さんにが乙姫さま、
「どうしてあたしが乙姫さま。」
 かがみだいに映したら、なんという美しさ、
「ではおれは浦島太郎。」
 じーたらのいかだ師は、たくましい若者になって、
「玉手箱さえ、あけなけりゃいいんだ。」
 と云って目が覚めた。
 二人こんぶをなめていた。
「おーい。」
 と呼ぶ、
「にいどから、迎えにきたぞ。」
 といって、舟が来た。
「よくまあそこまで、守ってくれた。」
「たけしの孫ではないようだが、立派ないかだ師だ。」
 と、そう聞こえ。



太った姉さま

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、よののさんべえ村に、いっかくという男があった。
 いっかくは、烏天狗の仲間で、夜な夜なこうもりになって飛んで行くと、人の噂であった。
 よいちの子が神かくしにあった時、いっかくのこうもりがさがし出したし、山ノ内の嫁をひっさらった男を、ふん捕まえたのは烏天狗、いやさらったのは烏天狗だ、という人もいる。
 人はよっつかなかった。
 田部の十郎兵衛さまに、安の守からお輿入れという、やんごとなき安の守から、そりゃ美しく清うげな、
「あんまりもったいなやの。」
 といって、姫さまご馳走が大好き、食っては食って、婿どんのもう三倍はあるという、
「うちは倹約の家柄だ。」
 人のものはおれのもの、爪に火点して、成り上がった十郎兵衛さま、押しつけの嫁さま、
「断わったら、立ち行かなくなる。」
 なんとかならんかといって、烏天狗のいっかくを呼んだ。
「どうなさろうというんで、その女殺しますか。」
 いっかくはあっさりいった。
「穏やかに行くてだてはないか。」
「穏やかにというんなら、祝言上げりゃいい。」
「ほかに良縁を。」
 ていのいい、
「十両で引き受けんか。」
 引き受けないと、いっかくが立ち行かぬ。仲間に女たらしがいた、そっちの方は不得手だった。
 やんごとなきお方に、烏天狗一党こそお仕えもうしたのに、今はなんせ汚い仕事をする。
 因みにいっかくは歌を詠む。
 そりゃもうその、
「じつはさるお方さまの。」
 といって、やすだという女たらしを呼んだ。
 十両やるから駆け落ちしろ、
「なにいっときでいい。」
 一丁さけたと思ったら、やすだが来た。
「あの女にはおれの手管が利かぬ、音を上げた、もう食っては寝たっきり。」
 と云う。
「名うてのおまえをもってしてもか。」
 そりゃ恐ろしい、
「けっこう美しいのだ、こっちがしまいにゃ惚れた。」
 口惜しそうに、十両返す。
 では襲うしかない、かっさらって、木の上にでも置いとけ、食っちゃ寝の太ってりゃ、十日たっても死にゃせん、ほとぼりの覚めるまで、
「高貴のお方お一人分で、われら何十人食えるか。」
 いっかくは憎々しげに云う。だが殺しは嫌いだ。
 しずしずと、お付きのもの二十人も従えて、花嫁行列はやって来た、
「うーむあれか。」
 辺りを払う風の。
 向こうの山影だ、仕掛けは用意万端、
「白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける。」
 場違いをいうのが、いっかくで。
 ふわっとさらい上げるつもりが、
「う、ううむ。」
 骨が折れる。
 ぎりっといって、すんでに墜落。 
 花嫁御料が姿を消す。いや大騒ぎ。
 どさっと茂みへ。
 声が近づいた。花嫁の口をふさいでいっかく、
「世の中は常にもがもな渚漕ぐ海士の小舟の綱でかなしも。」
 場違いを、急に大人しくなった。
 いっかくの一人住まいへ、連れ込んだ。
 逃げたらそれもよし、十郎兵衛さまへ行って、
「なんとかなりそうですか。」
 そらっとぼけた。
「神隠しにあった花嫁というわけか、そういうこともままあった、たいていは泣き寝入りする、沙汰止みってことでな。」
 自ら能書きして、
「こうもりがさらったと、云っていたぞ。」
「見られたか、なんせ重たいもので。」
「ふむ。」
 婿どのは捜した。
 なんにもせぬってわけには。
 いっかくの住まいだった。
 太ってはいるが美しい、哀しいような魅力があって。
 これはと思う。
 云いよったらけんもほろろ、
「決まった殿ごがおります。」
 と云った。
「いやそれはわたしだが。」
「ちがいます、この家の主です、しばらく辛抱しておれと申され、こうしてお待ちしております。」
「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいずこに月やどるらむ。」
 え、なんのこった。
 せがれは親を問いつめた。
 困ったのはいっかくだ。
 とんだ醜態が、きっとこれは仕返しだ。意趣あるって、なんでだ。
 姫さまはほどよく痩せて、
「お待ち申しておりました。」
 といった。
 恥じらい艶然。
「父から、わたしをさらって下さった、頼もしいとのご。」
 という、
「どんな仕返しを。」
「いえ仕返しなんかもういいんです。わたしは幸せです。父からたんまり持参金を、うっふ、あらはしたない。食べてばっかりの、もう女ではない、この世を辛く、やるせないものと思っておりました、でもそうではなかった。」
「あひみての後の心にくらぶれば。」
「むかしは物を思はざりけり。」
 二人場違いか。
 しがない天狗稼業を、なぜに。
「商売替えだ、おたがいにな。」
 女たらしのやすだが大笑いした、
 それが、持参金の上に土地までついた。
 田部の十郎兵衛さまは没落し、烏天狗が取って代わった。
 場違いの姉さま、にっこり笑まうと、万人を魅了する。やんごとなきどころではなく、いっかく千金とは、これを云うんであったとさ。



きよらんばいのかぼちゃのスープ

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、しんくーい村にきよらんばいという、かぼちゃ作りの名人がいた。
 かまどのようにでっかいかぼちゃや、数珠つなぎになったのや、だれかの顔だったり、牛の角だったり、うさぎのように、ぴょーんと跳んだり、いっぱいこさえて、なんにもならん。
「あたしそっくりが、一番かぼちゃ。」
 と、かぼちゃそっくりの、かあちゃんが云った。
 とのさまは、げてもの食いで、きれいな女の人が好きで、かぼちゃなんか、見向きもしなかったが、浜に釣りに来て、
「なにかうんまいものはないか。」
 と云った。
 家来が、あっちこっちかけずり回って、天下一品、かぼちゃのスープというのがあった。
 いっぱい飲んで、
「うーんすっきり。」
 とのさまは、ささげもった、かぼちゃそっくりのかあちゃんに、
「これはなんだ。」
 と聞いた。
「きよらんばいのかぼちゃのスープです。」
 苦しゆうない、下がっておれと、とのさまは云った。
 秋になった。
 きよらんばいのいっぱいかぼちゃを、子供らが担いで、海へ押し出す。
 かぼちゃ流しは、先祖の祭り。
 みんな浮かべて、
「どんぶらかぼちゃの、ぼっちゃぼちゃ、
 花が咲いたら、実がなった、
 でんぐりかえって、ねーこの目、
 世界一周、鼻提灯、
 くじらがどーんと、潮を吹き、
 どんぶらかぼちゃの、ぼっちゃぼちゃ。」
 きよらんばいのかぼちゃは、流れて行った。
 スープはだめだで、スープのレシピも。
「どんぶらかぼちゃの、ぼっちゃぼちゃ、
 種を蒔いたら、芽が吹いて、
 くーるりまわって、とんびぴーとろ、
 竜宮城のお使いは、
 百疋いるかの、行列だ、
 どんぶらかぼちゃの、ぼっちゃぼちゃ。」
 かぼちゃと、スープのレシピは、流れて行って竜宮へ。
 天下一品、きよらんばいの、かぼちゃのスープ。
 そりゃあもう、天下一品。
「ほうびに何が欲しい。」
 乙姫さまが云った。
「かぼちゃそっくりのかあちゃんを、美人にしたら。」
 と、たいやひらめが云った。
「そうかな。」
 乙姫さまは、きよらんばいのかあちゃんを、乙姫さまそっくりにした。
 かあちゃんが咲まうと、雲は歌い、草木もなびき、
「乙姫さまそっくりの。」
 といって、知れわたった。
 げてもの食いで、きれいな女の人の好きな、とのさまが、召し出す。
「すっきりかぼちゃのスープを、もってまいれ。」
 きよらんばいは困った。
「行ったら帰ってこれん。」
 美人のかあちゃんに、かぼちゃをかぶせ、きおーかのしびれ薬を、スープに入れた。
「ひいひいういやつ。」
 とのさまは、スープを飲んだ。
 きおーかの、苦い味。
 かぼちゃのかあちゃん。
「苦しゆうある、下がっておれ。」
 と云った。
 でもって、きよらんばいが、かぼちゃを作っていると、軍隊が来た。
「しびれ薬を飲ませ、かぼちゃをかぶったり、とったりしたな、国家争乱罪だ。」
 といって、乙姫さまのかあちゃんを、引っ立てた。
「もうだめだ死のう。」
 きよらんばいが云ったら、子供らが、
「ばくだんかぼちゃに、たいほうかぼちゃ、数珠つなぎのマシンガンに、げんばくかぼちゃ。」
 といって、かぼちゃ軍団を編成。
 美人のかあちゃんは、搭に押し込め。
「わあ。」
 といって、塔を攻め寄せた。
 どかんぼっかん、ばか。
「子供は、うちへ帰って勉強だ。」
 ひげの大将ににらまれて、退散。
「ありがとう、死なんで生きるから。」
 と、きよらんばい。かぼちゃばくだん、じゅずやら、げんばくかぼちゃの種が生え、見るまに伸びて、搭のてっぺん。
 美人のかあちゃんは、伝いおりて逃げた。
 乙姫さまに頼んで、かあちゃんをもとに戻したってさ。
「でも。」
 かあちゃんが云った。
 水に映すと、乙姫さまにそっくり。

2019年05月30日

とんとむかし20

梅の宿

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、いかずち村の温泉宿に、こんな縁起があった。
 梅の老木にまつわる話である。
 三郎兵衛という嫁なしがあった、年もいいかげんになった。母親の面倒をみて暮らそうかという。
 機神さまのお祭りに、のぼり担いでねり歩いていたら、おしろい塗って真っ白けの女がにっと笑って、
「嫁っこ欲しいけ。」
 と、聞いた。
「うっさい、いい女ならもらってやってもいいけんどな。」
 と、三郎兵衛、
「強がりいうな、ねえくせに。」
「ふん。」
「西のほう十里行って山入ると、女ばっかりの村ある、うっふう、そりゃもうみんなあたしみたいに別品さまじゃ、惚れっぽいしすぐ嫁に来るで。」
 と云った。
 そういえばおしろいぬったくっても、こりゃ満更でねえが、
「手っ取り早くおめえでも。」
 といったら、もういなかった。
 お祭り終わって、なんやかやして十日もたって、思い出した。
 三郎兵衛は尋ねて行った。
 十里行って山の入り口に、十軒部落があった。そば食いに来たことがある、女ばっかりの村のこと聞いたら、
「そんなもんあったらわしが行く。」
 と、おやじ云った。
「道はある、抜け人の通り道だちゅうで、山賊も出たが、今はだれも行かん。」
 険しいといった。
 女ばっかりの村、あるはずもねえしなといって、引き揚げようとしたら、ばあさいて、
「いわな取るか。」
 といった、
「一干し三文。」
 川干しあげて、さかな取る、
「ええ子生まれるぜ。」
「たっても嫁ねえが。」
「えへへ。」
 とばあさ。三郎兵衛は三文払った。
「女もあんなばあさになっちまうんだ、ひい。」
 と云って、こまいのが三つ、もう一つ欲張って、ものにならず、三つめに、ぼうくいみたいでかいのいた。
 押さえ込んで出ると、ばあさ来て、
「三場所な、五文に負けてやる。」
 と云った。せっかく取ったって五文、
「そうかよ。」
 といって投げた。
 ぽかっと浮いて、死んだかと、
「四文。」
 ばあさ云ったら、ふっと消えた。
「嫁なしは魚も取れねえ。」
「うっさあ。」
 といって、帰って来た。
 あくる年、雪消えに夢を見た。
 谷を行くと、ずんと開けて美しい川があった、えらくなつかしい川の。
「ふ-ん。」
 三郎兵衛は行ってみた。
 さんさん芽吹き山抜けると、夢にみた、夢よりもなつかしい川があった。
 なんというんだろう、
「浦島太郎はこういう川辿って。」
 と、思ったら、梅が咲いていた。
 巨木を満開に咲く
 それ見呆けて、帰って来た。
「梅はお里に咲くもんさ。」
 母親云った。
「そうかよ。」
 夏が過ぎた。
 野分けのあした、行き倒れがあった。
 若い女だった。
 かゆを食わせて、十日めには起き上がった。
 山向こうの、ひえ村の娘で、両親ともなくなって、身寄り頼って行くという。
「だったらうちの嫁になれ。」
 母親いった。
「だどもあの。」
「だどもなんだな。」
「わたしのようなもんでよければ。」
 そりゃもういいともさといって、形ばかりの祝言上げて、三郎兵衛と行き倒れの娘といっしょになった。
 気立てのいい子で、しゅうとどのによう使え、親子三人仲良う暮らしたが、どういうものか子がまからぬ。
 いわな取れなかったからだと、縁起にはある。
 祭りに嫁さま、おしろい塗ったくって踊ったら、はてどっかで見た、そうであった、
「女ばっかりの村あるで。」
 といったあの女。
 そう云ったって、
「なんにねえ。」
 笑うきりだし、三郎兵衛もべつこと思わず。
 嫁が来た年に、梅を植えた。
 その梅咲いたら、男の子がもらい子になって来た。
 梅は十八年。
 梅屋敷という名の、温泉宿だった。
 梅屋敷という村もあったというて、しまい女だけになって絶えたと。


  
さんち

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、ゆきえの村に、むしろ小屋掛けて、だれか住んだ。
 乞食かというと、何かして稼いでみたり、そうかというと、たいていなんにもしなかった。
「さんち。」
 という、三兵衛であったか、さんちは歩いて行く。
 向こうのお寺に、蓮池があった。蓮を渡って、弁天さまがある。お堂の扉を開けて入ったっきり、出て来ない。
 はあて、茶屋で団子なと食っていた。
 弁天さまでもあるまいしと、川っぱたに釣りをする、
「釣れたかいの。」
 と、寄って行くと、
「ふう。」
 と笑う。
 魚篭は空っぽだった。
 おさむらいであったか、年寄ったか若いか、ようも知れなかった。
 さんちのむしろ小屋に、男の子が来た。
 手におえぬがきんちょで、盗みやかっぱらい、女の子にわるさする、一人二人かたわにしたとか、
「追ん出されたで、おいてくれ。」
 と云った。
「おいてやってもいいが、てめえんことはしろ。」
 と、さんちは云った。
「そうする。」
 子供は、ふとんをかっぱらって来て、なべかま茶碗なとして、余れば分けて食い、なきゃ食わぬで暮らした。
 手前味噌で、飯まこさえたりした。
 さんちの面倒を見る。
 楽しそうな。
 すっきりしている。
 親が、
「もういい、帰っておいで。」
 というと、
「帰る。」
 と云い、
「うん。」
 というんで、帰って来た。
 それあってか、人は何かあると、さんちのむしろ小屋へ行く。
 かかに逃げられた、じいさ口聞かね、ゼニに困った、子は云うこと聞かねえ、
「そうかい。」
 一こと二こと。
 人はなっとくして帰って行く。
 仲間はなかった。
 野菜や米上げて、人が、
「おまえさまは、なんてえ賢いお人か。」
 と、聞くと。
「人は独り合点するきりさ。」
 といって、ふうと笑った。
 なにがしというさむらいが来て、
「だれあって、かってに暮らすわけにゃいかん、目障りだ。」
 といって、刀をひっこ抜いた。
 大上段の真っ二つ、と思ったら、
「おさむらいさまがまあ、蓮の葉っぱ相手に。」
 といって笑い物。
 蓮のくきが切れていた。
 上尾のおくみは、美しい人で、たとい浮き名を流しても、
「上尾のおくみがさ。」
 といって、人は悪いことは云わぬ。
 なぜか、さんちに惚れて、通いつめる。
 むしろ小屋に、大輪の花。
 言い寄ったって、気の利いたせりふの一つも云わずはと、さんちが貴人になった。
 おさむらいではなく、とつぜん烏帽子すいかん、もえぎのあやもの着て、おくみの手を取って行く。
 蓮の花がぽっかり。
 水の辺を渡って、弁天堂に入る。
 二人消えた。
 何日かして、おくみは帰って来た。
 どういう道行きであったかと、人が聞くと、喜悦満面、
「大切な一生の思い出を、なんで人になんか云うものか。」
 といった。
 浮き世の無上楽だってさ。
 さんちは、いつかいなくなった。
 十二神将に、さんちらという、巳の神さまがあったのを、きっとその化身だと、人のいう、
「へびの化身だと。」
 そんなことあるもんかと、がきんたれであったあの子が云った。



美人幽霊

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、いつ勘十郎というおさむらいがあった。
 やっとうの腕はたしかであったが、部屋住みで、たいして飲めぬ酒を飲んだり、店冷やかしに覗いたり、川で魚を釣ったりしていた。
 三十過ぎの山のような娘が、十石取りの加藤左衛門のさ、うん婿入りという、ちっとそいつは、
(おれだってこう見えて。)
 勘十郎は、ふところ手して歩いて行った。 思い出した。部屋住み仲間の、せんの由造が行方知れず、
 岡場所は、
「たいていおまえが連れて行って、ゼニもないのにいつづけて。」
 なと云うのは、口八丁で婿に行けた、いとう藤中だ。
 惚れられたんで仕方ねえとさ。
(ふんつまらん。)
 由造はどうしたんだ、魚釣りはせんし、飲み一丁の、辻っぱたに手招きする。
 古物屋の六兵衛んとこの、
「なんだあ娘。」
「お父さんがいいもの手にはいたって。」
「ふ-ん。」
 またろくでもない品を。勘十郎の文無しは知っている。
 だが親父の見せたのは、印伝の煙草入れ、
「知ってるぞこやつ。」
「そうでしょ、由造さんの兄貴の持ち物で。」
 ぎょろり見上げる。
 人のいい狸親父で、
「使いごろの。」
「ねえのはわかってるだろうがさ。」
「でも欲しいんでしょ。」
 くそたたっきってやろうか。
「どうして店へ出た。」
「由造さんがもって来たです、三日めに引き取りに来なきゃ、兄貴に売れってんです、いやね、そのお兄さんがさ、こんなものは知らねえっていう。」
「ふーん。」
 でなんでおれに、
「器量よしの娘、もらってくれりゃその。」
 世の中物騒だ、用心棒の婿どんて、
「娘だけなら。」
「食わせて行けねえでしょ。」
 店を出た。
 由造を探そう、三本に一本は負けてやった、そいつを真に受けて、いっぱし腕に覚えのって、今ごろはおだぶつ、
「いくまつ。」
 に寄ってみた。
 縄のれんだけど別こともする。
「いないわよ。」
 生っ首が云った。
「同じふうねえいつさん、でもつけはだめよ。」
「どこへ行ったか知らんか。」
「知るわけないじゃん。」
 由造が顔を出した。
「まっさきここへ来ると思ってな。」
 探してくれたか。
 勘十郎は引っ張り上げられた。
「聞いてくれ。」
 女を退けて云うには、どうも人一人殺しちまったらしいという、
「椿屋敷を知ってるだろう、あそこへ雇われたんだ。」
 やっぱり用心棒か、
「ありゃ空家になってるはずが、よったくって博打でもやるんか。」
「違うんだ、幽霊が出る、女のそれもどえれえべっぴんさまだ。うそかほんとうか、噂ってもなおそろしい、一目この目で見ようってのが、四人五人と来る、でもって、そこらひっぺがして一晩中焚火したり、お祭り騒ぎだ。」
「へえ。」
「それ追っ払う役よ。」
「幽霊は出たんか。」
「見たぜ、ありゃあたしかに。」
 ぞっと由造は云った。
「でもそりゃそれだ、何人か忍び込んで来てな、とやこうと云う、いやわしにさ、野暮な幽霊だ、そんなへっぴり腰で、生きてるのが切れるかってんで、おうさって叩っ切った。」
 倒れたやつ、仲間がひきずって行った。
「ふうん。」
 そいつが兄貴に呼ばれた。
 石津で騒ぎがもたがった。若とのがどうかしたっていう、
「なに石津の若を。」
 なんしろお殿様、
「死んだわけじゃねえって。」
 そりゃおおごとだ、
「そそのかしたのは部屋住みだって、腰巾着が藤中だ、おまえは何をしとったと、兄貴がさ。」
 その足で逃げて来た。
「様子をさぐってもらおうと思ってな、垂涎の煙草入れをさ、婿どんになる古物屋に。」
「ならねえったら。」
 頼まれて、勘十郎は石津屋敷をさぐった。
 のぞき込んだら、いきなり、襟首掴んで引っ張り込まれ。
 どういうこった。
 いえ怪しい者では、
「おや、こいつ勘十郎といって、部屋住み仲間だぜ、由造はどこにいる。」
「由造がなにをしたって。」
「殺されたのは藤中ってのだ、死ぬまぎは云ったぜ、由造みてえなまくらにやられるとはなって。」
 腕はたしかっていう勘十郎の手を、赤子のようにひねる。うへえこやつこそ用心棒だ、もうありていに白状した。
「それじゃ、由造と藤中の私闘ってことにしよう。」
 用心棒は云った。
「若にも困ったものだ、いいかげんにせんと。」
 椿屋敷へ行け。
 友達甲斐だ。
 見届けてこいという。
 幽霊を見届けようっていう、そんなもの出るわけない、ふんいったいなんの騒ぎだ。二三匹やってきたやつを追っ払って、そこは由造とは違う、勘十郎は七日いて引き上げた。
 かってに果たし合いをしたというので、由造は切腹。
 それが、死ぬ前に幽霊に会いたいと云う。
 美しいといって、あんなに美しいものはない、
「死んだら会える。」
 介添えが云うと、
「生きているうちにだ。」
 と云った。
 どういうこった。
 椿屋敷の幽霊とはなんだ、人騒がせな話だといって、探索が入ったそうなが、途中沙汰止みになった。
 美しいお姫さまが色狂いして、困り果てて空家の椿屋敷に押し込めになった、でもってな、という話がささやかれた。
 それはもうお美しい方で、男とみれば、
「にっと笑って、かんざしでこう。」
 勘十郎の入った時には、もう他所へ移されていたと。
 仲間二人失ってぼんやりしていたら、由造がふわーっとそこへ立つ。
「その体をかしてくれ、のり移って椿屋敷の幽霊に。」
 といった。
 成仏できねえって、
「あれは幽霊ではないっていうぞ、それにもう椿屋敷にはいない。」
「どっちだっていい、また帰っている。」
 仕方がない、椿屋敷に忍び込んだ。
 妙なもんだ、由造に軒貸して、ではおれはいったいなんだ。
 そいつが出た。
 美しいといったら、月明かりにうわあーと浮かんでにっと笑う、身も心もって勘十郎、いえさ由造の霊はほうりだす。
 うっとりわがものったら、かんざしがこう、
「オホホ、幽霊にした男は、おまえで十一人か。」
 と云った。
「うらめしや、みんな若のせいじゃ。」 
「若をどうした。」
「幽霊一号よ、いえあれはあたしの兄、おっほっほっほ。」
「ぐわ、そ、そういう。」
「知ったら死ぬしかー 」
 あれどっか空気が抜ける。



牛をべろうり   

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、たのすけ村のじんべさ、牛追って田んぼすきおこしてたら、ふんどし一つの天狗が出て、よこせという、
「うんまそうな牛、べろうり平らげて、皮で衣こさえてな、ありがたく思え。」
「ありがたく思えって、牛はかわいそうだし、どうやって田んぼおこす。」
 じんべさ云ったら、ではこれをやろうといって、天狗うちわくれた。
「空飛べるしな、使いようによってはいかようにも。」
「なこといったって。」
 それふるって、追っ払おうとしたら、牛も天狗さまも消えて、
「その手は食わん。」
 と、声だけ聞こえた。
「ちえどうやって。」
 天狗うちわふったら、田んぼはどうもならん、じんべさふわっと宙に浮く。
「へえこりゃ面白えや。」
 天狗うちわに、空飛んで行った。
 川をわたる。
 大きな鯉が行く、うわあいつと思ったらまっさかさ、ざんぶと川へはまって、じんべさ岸へ上がった。
 がんたとこの嫁いて、
「どうしたや。」
 と聞く、
「天狗さまに牛取られて、うちわ貰った。」
「またそったらてんぼこく。」
「うそじゃねえって。」
 天狗うちわあおいだら、
「きゃっ。」
 嫁の着物はがれて、すっぱだか。
「うわえれえこった。」
 見るもな見てすっとんだ。
「なるほど、使いようによっては。」
 うちに帰って、かかにみっからぬよう、味噌蔵へ隠した。
 しょうむねえ、人力ですきおこして、ようやっと田植えして、今日はお祭りだ。
 どんがらぴー、娘は赤いけだしに舞い踊るって、朝っぱらから、よったくって飲んだ。
「おめえ、女っこの尻まくる術、知ってるってじゃねえか。」
 だれか云った。
「なんのこった。」
「がんたとこ嫁、どうとかって。」
「そりゃ違う。」
「めっこがんたうるせえぜ。」
 天狗うちわだって、そいつがそのう牛取られて、
「今年のお水取りだ、おめえ、がんたの代りに行ってこう。」
 名主さま云った。
「村一番のすけべ、お水取り行かせりゃ、豊作間違いなしよ。」
「あっはっは。」
 みんな云う。
「いえそんなあの、牛いねえしおらとこ。」
「行くんだ。」
 文句帳消しだって、そりゃしたが戸隠さままで、海ぱたずうっと行って、けわしい山路行って。
 じんべさ、まいない受けて、家帰ったらかか、天狗うちわで、かまどあおぐ。
「味噌つけて、こんげのあった。」
 うわあったら、危うく大火事になる。
 じんべさ、天狗うちわもぎとって、
「せっかく留守番してろ。」
 と、でかけて行った。
 道中どっかの娘のおしりとか、そうは問屋が下ろさず、じんべさ、さっとあおいで、海っぱた行き、山三つ越えて、もう少しで戸隠神社というとこで、とんびと烏と来た、
「うんめえにおいがする、わしが、いやさとんびがめっけた。」
「味噌くさいは上味噌にあらず、かーお。」
 二羽でつっつく。
「や、やめとけ。」
 天狗うちわ破けて、じんべさまっさかさま。
 それ善光寺さまの、大屋根だった。
 まいないと、お水取りの器と、じんべえさ、てっぺんにひっかかる、
「なんだあいつ、夕立さまか。」
「どんがらぴっしゃって、いや人だ。」
「へそ取られてほうり出されたか、わっはっは。」
 お参りの人が、よったくって見上げる。
「笑ってねえで下ろしてくれえ。」
 と、じんべさ、
「ちっとむりかいな。」
「そこまで届く梯子がねえ。」
 という。
「善光寺さまの、屋根上がるなと、なんてえばちあたり。」
「そうではねえ、かくかくしかじか。」
 じんべえさ語った。
「なんだとお。」
「拍子とってやらあ、歌ってみろ。」
「そうしたら、蒲団敷いて、飛び降りられるようしてやる。」
 じんべさ、屋根のてっぺんに歌った。
「ふんどしべろうり牛を食べ、
 じんべがもらった天狗うちわ、
 さっとあおいで空飛び、
 んだ大鯉川へざんぶり、
 がんたの嫁はすっぽろりん、
 水を取りに戸隠神社、
 えれえこったやすんでに大火事、
 たにしじゃねえて味噌蔵うちわ、
 からすかーおとんびつっつく。」
「わっはっはあいつしゃれてるぞ。」
「なんでさ。」
「頭つづってみろ。」
「富士山が見えたかだってさ。」
 富士山見えねえけんど、下ろしてやろうてんで、千人分の蒲団ひっぱりだして敷いた。その上に、じんべさ飛び降りた。
 宿坊には、千人泊まれるっていう、善光寺さま。
 だれかじんべさに牛さずけた。
 牛に引かれて善光寺参りの因縁。
 めでたしって、また天狗が出たとさ、帰り道。
 うちわの代りに、ふんどしやるって。



ねこの奥方

 とんとむかしがあったとさ。
 むかし、どーよ村に、かべの金時という、おさむらいがいた。
 にゃーおというねこを、飼っていた。
 どうよ館の、ものすごーわる・もすによーるを、かべの金時は、正義の一太刀、
「きえーおうりゃ。」
 と、ぶった切って、
「ばんざい、世の中は平和になる。」
 と、みんな云ったが、どうよ館の、美しい奥方、とんでもねーわ・よーろぴが、
「犯人をひっとらえておいで、火責め水責め、ぎろちんの刑だ。賞金一万両。」
 と云って、かべの金時は、指名手配。
 美しいよーろぴが、こわくって、だれもかくまおうとは、しなかった。
「仕方がない、旅に出よう。」
 かべの金時は、ねこのにゃーおと、旅に出た。
 ねこのにゃーおが、先に行く。
 のっそり真夜中、
「おいどこへ行く。」
 どうよ館の塀の上。
「さようか、灯台もと暗し。」
 毒を食らえば、皿までだっけか、にゃーおのねこはすっとんで、ここは、美しい奥方の、寝室。
 かべの金時は、刀を抜いた、
「ねことわしを、おかまいなしにするか、それとも一つきりの命を。」
「さすがなもんじゃ、かべの金時。」
 美しい奥方は、ぱっちり目を開けて、
「では、おかまいなしにしよう。」
 と云った。
 にゃーおのねこが、喉を鳴らして、寄りっつく。
 人にはなれつかぬねこが、どうした、
「ねこと女は、あてにならないって、おっほっほ。」
 美しい奥方はふーいと消えて、にゃーおのねこ。
「くせものだ、出会え。」
 声がした。
 槍にさすまた、大だんびら、小だんびら、
「なにはなんたら、おうりゃ。」
 死に物狂いに、かべの金時は、血路を開いて、抜け出した。
 にゃーおのねこと、歩いて行った。
 では、野越え山越え、三日二晩、
「たいてい旅もやんなった。」
 と云ったら、西の方、美しい花嫁さまが、こしに乗って行く。
 はあて、泣きの涙の、花嫁御料、
「めでたいなあ。」
 と、かべの金時、
「めでたくない。」
 と村人。
 おおえの山に、鬼が住む。毎年娘を、差し出さないと、暴れ回って、人を食う。
「人の肉はうんまいそうだ。」
 ぶるうふるえ、
「ではわしがとって代わろう。」
 かべの金時が云った。さしも豪傑、花嫁衣装をひっかぶって、にゃーおのねこと、こしに乗る。
「ねこはなんだ。」
「鬼の好物。」
 にゃーおのねこと、かべの金時のこしは、山のほこらに、置き去り。
 ふわあと鬼火が見えて、七つになって、そやつが一つになって、
「おっほう花嫁。」
 鬼が云った。
「二人いる、あっちの方がいい。」
 にゃーおの猫を、ひっさらう。
 花嫁衣装をひっぱいで、かべの金時は追いかけた。
 鬼の岩屋に、美しいよーろぴがいる。
 どういうこった。
「きええ。」
 かべの金時は、切りつけた。
 鬼の耳がぶっ裂け、
「こおりゃ。」
 ぶんまわす腕に、刀は真っ二つ。
 あわやよーろぴ。
 はてな、にゃーおのねこが、鬼の目ん玉を、ひっかいた。
「ぐわあかん。」
 目ん玉押さえる。
 ここぞと責めたてりゃ、鬼はたまらず、ぼあと一発屁こいて、ふっ消えた。
 にゃーおのねこと、かべの金時は、凱旋。
「ばんざい。」
 村中、お祝い、飲めや歌えの、大騒ぎ。
 その夜、美しい花嫁が、忍んで来た。
「わたしの命は、あなたさまのもの。」
「おっほうん。」
「無礼もの、下がりおろう。」
 にゃーおのねこが、口を聞く。
「あれ、美しい奥方さまが、おられますとは。」
「ねこっきりいない。」
 娘は下がる。
 にゃーおのねこしか、いなかった。
 では旅して行った。
「なんだか変だぞ。」
「にゃーお。」
 にゃーおのねこが鳴いた。
 のったり行く手をふさぐ、たいら河。
 舟に乗ったら、渡し守りが、
「お客さん、この河には、うわばみが住む。」
 と云う。
「悪さするのか。」
 かべの金時が聞いた。
「牛や馬を、べろうり食ったり、人を呑んだり。」
「見たやつはいるのか。」
「見たらおしまいで。」
 舟と渡し守りが、うわばみになった。
「ねこなんてえのも、好きだあな。」
 にゃーおのねこを、ぺろうり呑んだ。
 襲いかかる。胴を切りゃ、かまっ首もたげ、頭を突きゃ、しっぽが襲う。
 とぐろを巻いて、なにはなんたって水ん中。
 ぴえーといって、血いだら真っ赤。
 うわばみの腹かっ裂いて、美しいよーろぴが立つ。
 ひとふりの太刀を、と思ったら、ねこのにゃーおが、太刀をくわえる。
「いするぎ神社の太刀。」
 村人が云った。
「きおいのよろずという、名うての、大泥棒がいて、百三十年前に、太刀を盗んだ。」
 太刀は、永遠の命をしるす。
 よこしま者が持つと、
「そうじゃ、うわばみになる。」
 といって、うわばみの皮、かき寄せたら、きおいのよろずになった。
 くさい臭いの、そやつは燃やし、永遠の太刀は、いするぎ神社に納めた。
 めでたし。
 旅を続けた。
 どぶくろ峠に、盗賊の砦があった。
 東西南北掠め取って、人は殺す、火はおっぱなす。
 女はうばう。
 なんせたいへんだ、
「なんとかしてくれ。」
 西の村も、東の村も願った。
「よかろう。」
 と、かべの金時、
「ふうむ一人ではな、加勢する者はないか。」
 だれもいない。
 そんじゃ止めたと云ったら、
「わたしは天童丸、加勢しましょう。」
 といって、そこへ大人よりたくましい、子供が出た。
「子供じゃしょうがない。」
「見ておれ。」
 天童丸は、刀をふるって、柳の枝を切って、水につくまでに、十三にした。
 たいしたもんだ。
 かべの金時と、にゃーおの猫と、天童丸は、賊の砦へ向かった。
 砦山には、息抜きの穴があく。
 にゃーおのねこが、偵察。
「ねこでいいんだろうか。」
 と、天童丸、
「七三でまあな。」
 引き返し、ねこが云った。
「強そうなのが三人、中くらいの十二人、どうでもいいの三十人。」
「強いのを、退治しよう。」
 と、天童丸、
「火矢を射込めばいいのよ。追い出すの。」
 美しいよーろぴが云った。
「はい、奥方さま。」
「そうではない、お化けだ。」
「いい子ねえ、気に入ったわ。」
 夜を待って、息抜きの穴から、火矢を射込んだ。
 つなを張って、待ちもうけ、
「うわあ煙ったい。」
 どうでもいい三十人が、飛び出した。
「火事だ、ねこのお化けだ、うわ恐ろしい、美しい女だった。」
 わめいては、ばったと倒れ、かべの金時が、いっぺんにのした。
「もうおしまいだ、逃げろ。」
 大声上げると、中くらいの十三人が出た。
 ついでそやつらをなぎ倒し、かべの金時と、天童丸は、強い三人と戦った。
 明け方までには、ふん縛って、盗賊のお財と、女たちの行列と、村へ凱旋。
 さて、
「あーあ。」
 かべの金時が云った。
「もう止めた、どうよ村へ帰ろう。」
「強きをくじき、弱きを助け、正義の旅、おともします。」
 天童丸が云った。
「そうよ。」
 美しい奥方さま。
「どうよ館には、拷問が待ってます。」
 にゃーおのねこが云った。
 ぶつくさかべの金時。
 旅を続けた。
 さまざまあって、てやんでのご城下に入った。
 高札が立つ。
「姫さまに、化物がとっついた、退治した者を、花婿に迎える。」
 てやんで城、とあった。
 にゃーおのねこと、かべの金時と、天童丸は、名告りを上げた。
 姫さまの寝所の、となりへ宿る。
「それはもう、お美しい。」
 忍び込んで来て、にゃーおのねこが云った。
「奥方さまより、美しいお方はありません。」
 と、天童丸。
「そうかよ。」
 と、かべの金時。
「おっほっほ。」
 一寝入りした、真夜中、恐ろしい叫び声に、お城中わななく。
 なんという、姫さまの衣装を着た、九尾の狐が歩く。
「えやー。」
 かべの金時は、刀を抜いたまんま、よだれを垂らす。
 にゃーおのねこは、総毛立つ。
 かろうじて、天童丸が、一太刀。
 化物はのし歩く。
 さむらいは狂い、お女中は呆ける。
 かすかに血のあとがついて、にゃーおのねこと、かべの金時と、天童丸は、明け方、辿って行った。
 深い山中のやぶに、穴が開く。
「たしかにここだ。」
「飛び出す所を、弓矢で射よう。」 二人は待った。
 夜中に真っ青なものが、炎を吐いて、飛び出す。
 かべの金時が射たが、弓矢はそける。
 しくじったか。
 物知りのじっさまが来た。
「五百年の狐は、尻尾が二つ、九尾の狐は、四千五百歳、それ以上たった、弓矢でないと射貫けぬ。」
 という。
「そんなものがあろうとは。」
 かべの金時。
 思案投げ首を、天童丸が、
「もしや。」
 といって、石を三つ拾って来た。
「おおむかしの矢尻だそうです。」
 それをくっつけて、弓矢を三本。
 深夜、九尾の狐が、飛び立つ。
 一の矢、二の矢も外けた。
「追い矢ではいかん。」
 夜明けを待った。
 しまいの一本を振り絞る。
 そやつは、眉間へ吸い込まれ、
「おひょーかんかん。」
 狐は墜落。
 どうと、九尾の谷ができた。
 お城へ引き揚げた。
 美しい姫さまが、目覚める。
 天童丸を見て、ぽおっと赤くなった。
「花婿は決まった。」
「てやんで城の主。」
 ばんざい。
「どうせそういうこったろうと思った。」
 かべの金時。
「にゃーんとお似合いの二人。」
 にゃーおのねこがいった。
 にゃーおのねこと二人は、たっぷりご馳走になって、かべの金時は、
「兵隊をかしてくれ。」
 新城主である、天童丸に云った。
「どうよ館へ押し入る。」
 新城主はうなずいた。
 にゃーおのねこは、天童丸の肩へ。
 かべの金時は、兵隊をつれて、どーよ村に押し渡り、どーよ館を占領した。
 美しい奥方が出た。
 にっこり笑まうて、云うことにゃ、
「ここに手紙があります。命令、兵隊はどーよ館に入ったら、かべの金時をひっ捕らえろ、新城主。」
 多勢に無勢、
「ひきょうなり。」
 かべの金時は、とらえられて、拷問台。
「ものすごーわる・もすによーる、私の夫を殺した者は、死刑じゃ。」
 美しいよーろぴが云った。
「でもあたしと結婚したら、許す。」
「いやだ。」
 そいつはとんでもない拷問で、
「まいった。」
「うっふん愛してる。」
 さても、どーよ館は、盛大な結婚式。
「ねこを飼ったのは、一生の不覚。」
「あらなにかいった。」
 にゃーおと聞こえて、めでたし。

2019年05月30日

とんとむかし21

徳兵衛のお山

一、夜逃げ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、田尻村に、徳兵衛という少うし足りない人がいた。
戦があって、三日の戦いの末に、ご支配であった、稲田さまが破れた。
お侍が来て、国境いまで行く、案内を頼むという。負けた方の侍だった。
逃がしたとあっては、責めを受ける。
だれか、足んない徳兵衛にさせろといった。
「頼まれりゃ、いやとは云わんで。」
ていのいいまあ、案の定徳兵衛は、
「いいともさ。」
といって、その宵やみかけて、先頭に立った。
お侍と二人のお女中に、お付きの男衆一人、四人連れであった。
徳兵衛と五人、
「夜っぴで野越え山越えだでなあ、まず腹いっぺ食わねば。」
徳兵衛は云って、なれずしこさえる店へ連れて行く、天の屋といって、戦の間閉めていたが、今は敵方の兵や女どもで賑わう、
「そりゃ困る。」
気がついて、お侍が云ったときは、もう遅かった。
「ありゃなしてこんげ混んでるけ、そうか戦終わったな、アッハおらも戦人連れてきた、おらのおごりだ、たーんとごっつぉしてやってくれ。」
のんびり、どでかい声張り上げる、
「とくべえどんか、いいよ。」
ずっと通されて、人はあやしまぬ。
酒も出た。
あやしむというか、美しい二人の女に、寄って来る男がある。
「ようべっぴんさま、どうでえ、ちょいとこう、飲んで歌え。」
ぴしっとはねつける、その手とって徳兵衛が、
「だめでえ、お高いお人じゃあて、おめえさま方じゃとってもな、えっへ、おら代りに歌おうか。」
と云って歌い出すのが、いい声だった。
おおかたやんやの喝采。
「ふうん。」
といって、敵は行ってしまう。
飲んで歌って、案内人は大いびきかいて眠り込んだ。
一行は顔を見合わせた。
「こんなんでよかろうか。」
「さあな。」
揺り動かすと、
「そうだ、弁当五人分な。」
と云う。頼んであと、寝入ったらどうもならん、仕方なし、みなして寝た。
その明け方、なれずし竹の皮に包んで、店を出た。
お侍は山野十蔵と云った、二人の美しい姫は、千代姫恋姫と云った、そのお付きはしの介という、十五、六でもあったか。
「明日には、国境いを越えたい。」
山野十蔵が云うと、
「さっきなから見てりゃ、お姫さまも、そうさなあおめえさま方も、山のやぶっ原こぐのは無理だ。」
徳兵衛は云った。
「うんだで街道を行く。」
のっこと歩き出した。
片づかぬ死体がある、
「なんまんだぶつ。」
といって、手合わせて行く。
なぜか否めぬ、五人そろって手をあわせてる。
被りものをしたって、におうような女性二人に、いかついお侍、品のいい若者、たいてい笑っている徳兵衛。
道々とむらうて歩く。
こんな目立つ一行はない。
くたびれたかといって、間延びして歌って行く。
なんどか探索に会った。
「殿もおあとも、腹かっさいて死んだ、お家再興を計ろうという。」
「秋月を頼って、手練れの者が。」
「奥方は、大大名山名右京の娘、美しい二人姫を、山名に返せば軍資金が。」
「大殿も若殿も、身代わりだった。」
なと聞こえて、右往左往。
数人に取り囲まれて、
「申し訳ねえですはい。」
徳兵衛はぺっこり、
「三好の大光寺さまへ、お参りしようって、戦の前から云ってたで、戦終わったでこうして。」
といって、云い付け通りの口上と、用意の大光寺さま認可状を出す。
あやしそうなはずが、頷いて行ってしまう。
戦跡の追剥ぎなぞは、山野十蔵が、刀も抜かず追っ払う。
槍侍が馬を駆って来た。
「待てい、天の屋にあやしい一行がいたという、察するに千代姫恋姫の、お二人じゃな。」

「はいそうですが。」
と、山野十蔵があっさり云った。
徳兵衛があとを引きつぐ。
「こちらが千代姫さま、こちらが恋姫さま、強いお侍どのは用心棒で、おらあみてえにはわかんねえが、戦に負けたで、おかわいそうに、そこな人買いしの介というのが、京へ売りに行くそうで。」
本当のことはと、徳兵衛はそう云われていた、
「お殿さまに、うんめえものの一つも食わせてやれって、けなげに身売りしてと申しての。」
涙流して、感極まって徳兵衛は歌った。
「はあ、三好吉野の、
狐であっても、
今生身売りは、
せぬわいなあ。
切なや、
涙の道行き。」
槍侍は、馬を下りてつくづく見る。
「ふうむ、二人姫は七通りも出たというが、こやつが一番真っ赤な偽物だあな、アッハッハ、この男もよう似せた。」
と云って、引き返して行く。
関所ができていた。
捕まって一行は、牢屋につながれた。
「三好の大光寺へお参りの。」
という、徳兵衛の口上は、
「ちいと休んで行け、どうもあやしいふしがある。」
と、当役が云った。
あくる日、
「にせものは殺せ、本物は引っ立てよというお達しだ。」
 と云った。
「ではわしらはどっちだ。」
山名十蔵が聞いた。
「どっちだって、首を持って行きゃあ、報奨物よ。」
「わたしの刀をくれ。」
十蔵が云った。
「では、女たちの首をはねて、侍二人腹かっ裂こうぞ、この者は、百姓の案内人ゆえ、放免してやってくれ。」
徳兵衛をさす。
刀が手渡された、
「ではやれ、見届けようぞ。」
「田尻村の徳兵衛だ。身売りするのが何が悪い。」
徳兵衛がどなりだした、
「どだい、こんげとこに関置くとは、なんてえこった、ここはしょうげんさまの首塚のあるとこだ、化けで出るぞ。」
と云う、
「しょうげんさま、頭剃らっしゃったのを、首刎ねられた、祟りある。」
徳兵衛は云った。
「そうだ坊主んなりゃいい、生きて菩提を弔うだ、そのほうが死ぬよりゃいい、身売りするよりゃいい、ではまんずおらからやってくれ。」
と云って、頭差し出した。
十蔵はそれを剃り、しの介の頭を剃り、二人姫の、長い髪の毛を切った。
しまい、しの介におのれの頭を剃らせて、みなそこへ坐った。
こうなると殺すに殺せぬ。
その夜恐ろしい嵐になった。
当役は、たたりを恐れ、一行を放免した。
坊主頭になって、なんまんだぶつと、手合わせて行く。
国境いを越えようとして、また捕まった。
「どうやらおまえらが本物じゃ、頭まで剃って、すんでに逃げられるところだった。」

と云う。
「しの介が若殿じゃ、手だれの十蔵をつけて再興を図る、二人の姫が隠し金の在処をしるす。そうしてだ、その阿呆の田舎者が、大殿のほんものだったとはな。」
「へえそんなことってあるか。」
徳兵衛がいった、
「どうしようっていうだ。」
「二人の姫は生きたまんま、あとは首だけありゃいい。」
「おまえら美しい女に目がくらんだな、野盗か。」
「うるさい。」
少し待てと十蔵がいった。
「まことに云うとおりじゃ、逃れ出る所であったが致し方ない、身支舞をしようぞ。」

でなくば、十人二十人叩っ切ろうという、
「よかろう。」
追手は待った。
行ってみるともぬけの空で、一つ欠けた六地蔵が立っていた。
「ふうむあいつらは。」
一行は徳兵衛の先導で、けもの道を行く。
国境いを抜けた。


二、金山総領

三好の大光寺であった。
「お寺へ来なさるのに、頭まで剃らずとも。」
住持が云った。
「アッハッハ、徳兵衛どのの、とっさの知恵でな、おかげで四つの命を助かった。」
山野十蔵が云った。
「あれはどういうお人かの。」
「もう用済みなが、大光寺へお参りじゃというたらついて来た。」
「女人は売られずにすむのかと、聞いておったが。」
「さようか。」
 今は般若湯を召し上がって、死んだように寝ていると云った。
「秋月の使いが待っておる。」
「会おう。」
「大博打が当たったようじゃな、だいぶ派手な道行きであったと聞くが。」
「さよう、かえって大殿に似ておるという、それを用いてな、他のものは召し捕られたか、首を切られた、たいてい危うかった、戦に負けるとはかようなものよ。」
「うむ。」
「ともあれ、菩提を弔ってくれ。」
十蔵は使いに会った。
秋月と椎名に頼る。
大大名の山名は動きそうになく。
先ず秋月へ、しの介と連姫を連れだった。
加勢のことは二つ返事であった。
そのあとが問題だ。
稲田は金山を持つ、破れた戦も、それを狙った冬桐の急襲だった。
冬桐に先を越された。
眺め暮らすかという所へ、名分が頃がりこんだ。
「山野十蔵とな、剣を取っては並ぶものなき、してなんの用だ。」
会っていながらとぼける。
「これにおわすはお代継ぎ、八千代君。」
仮にしの介という、
「ふむ。」
「主君相果て、若君を戴いてそれがし、国を奪い返す所存、何卒お力添えのほどを。」

「して軍資金は。」
十蔵は連姫を押しやった。
「戸倉金山の総領連姫。」
秋月は目を剥いた。
「よ、ようわかった、必勝の軍勢をさしむけようぞ。」
秋月はとめたが、十蔵は清姫と椎名へ行く。
「お代継ぎは、一先ず秋月に入られた、これは別所の総領清姫。」
と云う。
椎名も否やはなかった。
引き返すと、徳兵衛がまだいた。
「みなさま先行き聞かねえば、心配でな。」
といった。
案内の礼をし、十蔵は別にまた包んで、
「国のお寺へ行って、あい果てた者の菩提を弔ってくれ。」
と頼んだ。
徳兵衛は帰って行った。
日ならずして軍勢は整った。
八千代君を立て、稲田の旗竿、名うての十蔵を大将の軍は、なるたけ少なく。秋月椎名の連合軍は、総勢繰り出す勢いの、これを冬桐の本拠へ向けた。
「秋月と椎名で冬桐を二分すればよし、我らは国を取り返す。」
 十蔵は云った。
「金山が欲しいっていうんでは、外聞に悪かろうが。」
とは云わず。
急襲には破れたが、浮き足だった冬桐など敵ではない。
姫二人の命は、ないかも知れぬ。
金山が別天地と云うのは、稲田の手厚い庇護による。
きつい仕事も極楽浄土、人みな上下の別なし。治外法権の総領、清姫連姫。
戸倉と別所は、お祭りに競い合った。
祭り競り合いという。
「他が支配になれば、必ずや地獄を見る。」
命は草露に消えてもと、お互いに思った。
「いざとなったら。」
「そう、いざとなったら。」
奇妙な噂が立った。
八千代君は脱出に成功した、冬桐の退散もじきという、だが奥方と自刃して果てた、大殿が生きているという。
頭を丸めて菩提寺におわす。
「金山を知ろうとて、生かしておいたな、冬桐め。」
ということ。
稲田の残党が訪ねると、たしかに頭を剃って数珠をとる。
おらあ百姓だでと云った。
坊主頭のくせに酒を飲んで、間延びした声で歌う。
「もったいなや、察するにあまりある。」
人々が寄った。
いざという時にはと、その坊主頭が、引っ立てられた。
死んだのは替玉ではないか。
すればおまえが本当の大殿であって、戦死の菩提を弔う、
「なんにしても山を案内せえ。」
と云った。
どう捜しても金山の里がわからない、
「いいともさ。」
二つ返事で、坊主頭が云った。
「細道じゃ、そんなん来たったって。」
百人もの大勢、
「いいから先へ行け。」
谷あり山あり、険しい道あり。
きのこは出るし熊取れる、ここらへんは、おらの庭だと云った。
一隊へばってついて行くと、
「先は行ってはなんねえ。」
と云ってとどまる。
谷川には吊橋があった。
「なるほど。」
隊長は、坊主頭を残して渡って行く。
渡りきって、そのまんま百人行方知れず。
坊主頭は寺へ帰って、数珠をもんでいた。
「だってもさ、おら十蔵どの、めんこい女たち、うんでしの介の顔見るまでは。」
ここにいべえといって、居眠りしたり念仏唱えたり。
酒も食い物も、金子まで上がる。
「お参りがきいた、ありがてえこっちゃ。」
と云う。
冬桐は、気味が悪かった。
一隊煙のように消えた、
「あやつは平然と。」
「狸が化けたか。」
「いいや稲田の亡霊だ。」
ともあれほっては置かれぬ、今一度引っ立てようとして、風雲急を告げた。


三、隠れ金山

八千代君を立てて、十蔵の軍勢が押し寄せる。二つの柵は破られ、戦上手の名に恥じず、向かうところ敵なし。
呼応して、ふくれ上がる。
本国は秋月と椎名が、攻めにかかる。
冬桐はよく戦った。
砦の守備もよく、勇猛果敢であったし、引き返さぬ。
十蔵は首を傾げた。
何かある。
戦は目に見えていた。
地の利人の利という、山から急に、味方が湧いて出る、
「大殿はご無事だ。」
という、
「大殿のたましいが抜け道を。」
とも云った。
戦は、稲田のつわもの、秋月椎名は、棚上げの客。
お城に攻め入ると、これがもぬけの空だった。
「国へ逃げ帰ったな。」
退路は開けておいた。
「違う。」
十蔵が云った。
「金山へ行った、戦を捨てて。」
して、救援を待つ。
「冬桐が持つわけがない、それはない。」
「さようか。」
十蔵は、精鋭を向けた。
「よもやはあるまいが。」
自治領の二つの里は、大殿と何人かと、山野十蔵も知っていた。
多少の軍勢なと、歯が立たぬ。
今は総領の清姫連姫を欠く。
「徳兵衛を呼べ。」
十蔵は云った。
「頼みたいことがある。」
頭もだいぶ生えて、なんまんだぶという徳兵衛を、別のさむらいどもが連れ去った。

「山へ行け、百人行方知れずになった所だ。」
という。
徳兵衛は案内した。
吊橋のある谷へ来て、
「ここから先は。」
と云うと、
「いいから渡れ。」
と云う。
とつぜん軍勢が湧き出した。
「さよう、こやつ百姓だろうが、亡霊だろうが、大殿の姿をさせてやれ。」
徳兵衛は、立派な衣装を着せられ、刀持ちがついて、むりやり押し出されて、吊橋を渡る。
軍勢が従った。
幾通りにも別れる、立派な身なりをはいつくばって、徳兵衛はこっちだと云う。
足りなかろうが、山歩きを知る。
作ったばかりの柵があった。
張り番が下りて来る。
「稲田の大殿さまのお越しじゃ。」
冬桐が云った。
「いや、おら百姓の徳兵衛というだ、こいつらさむらいどもがなあ。」
「うっふ少うしばかりその。」
脇へ押しやると、張り番が、
「わしら正直に、人を見るだけが取りえの、山んちゅじゃ、見張りをするのは、行き止まりじゃで。」
と云った。
「向こうは障気が出て通れん、こないだ百人も死んで、えれえめじゃった、むくろも片づけられん、引き返して、三の別れ道を行ってくれ。」
「ふむ。」
念の為に、先へ行かせた二人、鼻口を押さえて引き返す。
「ひどい匂いだ、腐れ死体も転がる。」
軍勢は引き返して、云われた通りに行く。
徳兵衛に大将が残った。
人質だと云う。
「もっともじゃ。」
といううち、何人か降って湧いた。
大将の腰の物を召し上げ、徳兵衛と二人引っ立てる。
途中障気がして、むくろが転がる。
「おかしな匂いがするだけよ、死体は死体だがな。」
連中が云った。
「危険なのは、なんの匂いもしないやつよ。」
「おまえさんの軍勢は、たいてい片づいている。」
金を狙う悪たれどがさ、
「仕掛けは他にもあるが。」
三四人引っ返したのを、跳ねつるべが絡め取った。
「冬桐どのはとりこじゃ、用なしになってもここは出られぬ。」
徳兵衛に振り返った。
「大殿さまという、似てはいなさるが、おまえさまは別人だ、悪げもないお人よのう、せっかくだ、戸倉を見て行かっしゃるか。」
「帰ろう、こんげな恐いとこはごめんだ。」
徳兵衛は云った。
「いやお恥ずかしい、こんなこたしたくない。総領の連姫さまがおわせば、きっと一献なりとも。」
そうじゃ、
「連姫さまはどうなされた。」
「秋月に人身御供じゃ。」
「なに身売りしたと。」
そんじゃ、救い出しに行かねばと徳兵衛。
「清姫さまもな。」
「どうやってお救い申す。」
「なにかけあってみるさ、だれあって人間さまじゃ、戦はそろっと片づいたし、もう用無しだあな。」
金山男もあっけに取られ、つくづく徳兵衛を見て、
「待て。」
と云った。
金の塊を持って来た。
「二人姫に二つの金塊、もしやなんとかなろうというなら、これを。」
と云った。
重たかった。
袋に背負った。
徳兵衛は国境いを越え、秋月へ行き、椎名へ行った。
どうなるわけもないがと、二人の姫を徳兵衛は連れ帰る。
十蔵が、冬桐へかかりっきりの隙を突くように、清姫連姫を救いだし、徳兵衛に委ねたと云う。
「とくべえさんなら安心じゃ。」
二人の姫は云った。
徳兵衛が行き、
「はいなあ。」
といって、金塊を置いて、二人姫を受け出したという、信じられぬ話がある。


四、連合軍

姫の失せたあとに、金塊。
「亡霊物語の続きか。」
十蔵は笑った。
このままではすまぬ。
どうやら大大名の山名が糸を引く。実の娘の奥方まで殺して、稲田の金を狙ったらしい。
冬桐をあやつって。
秋月と椎名の両軍は、冬桐と和議を結んだ、攻めあぐねてというより、山名の仲裁が入った。
一月たった。
山名を総主にして、稲田包囲の連合軍が出来上がった。
諸国統一の名告りを上げる、使者がやって来た、
「我ら連合の賄い所となるべく。」
八千代君を、中将としてお迎えしようという、
「山名という旧勢力がか。」
山野十蔵は云った。
「いい顔をするには、手元不如意となった、われらが金を欲しいとな。」
秋月椎名、そうさ、冬桐もおこぼれに預かろうと。
伺いを立てると、
「おまえが大将、その上のわしを中将で迎えるとさ。」
と、八千代君、
「戦術のことは預けた、命など惜しゆうはない、アッハッハ徳兵衛どのに笑われるわ。」

と云った。
十蔵ははっとした、諸国統一というなら、これはもしや我が君。
もとより英明ではあった。
使者を追い返す。
物見を捕えた。
たしかに山名の者であった。
こちらも探りを入れた。手に取るようにわかる。図体ばかり大きいいい加減さ。
また物見を捕えた。
戸倉別所金山の、見取り図を持っていた。
だれか逃げ帰ったか、
「これは容易ならざる。」
十蔵は策を練った。
戦になった。
大虫山という格好の地に、盟主山名右京は陣取った。赤い菱の旗が林立する。広い裾野を冬桐の黄旗、右を秋月の青旗、左を椎名の紅の、三つ巴が占める。
あわせて、十万の大勢力であった。
味方は一万に足らず、
「居並ぶだけで戦は終わりよ。」
という噂。
天候が荒れる。
十蔵はそれを待った。
雷鳴りはためいて土砂降り降る。大虫山より小高い峰に、稲田の本陣があった。
ほら貝が鳴って、繰り出す。
まっしぐらに敵の本陣、山名を目指す。
もう一軍が巴の軍を横断した。
悪天候には戦わぬ旧勢力が、あわてふためいて、同士討ちを始めた。
旗もなびかぬ雨。
いっときに、右京の首級を挙げる。
戦は終わった。
稲田の兵の半数は死んだ。
それを他所に、両金山を襲ったのは、秋月と椎名であった。
「金塊に消えた姫さまを。」
という。
大戦なんぞ、どっちが勝っても当分は、という。
仕掛けにひっかかっては、兵を失うものの、秋月は戸倉、椎名は別所の、表舞台をほったらかしに、両金山を乗っ取った。
「どうじゃわしの妾になれ、悪いようにはせぬ。」
二人また、清姫連姫を口説く。


五、祭り競り合い

「すれば里人もおとがめなしよ、オッホ金山も安泰。」
清姫連姫は云った。
「世の中は変りもうす、ついのお祭りをしたい。」
「ほう、噂に聞く、祭り競り合い。」
兵を労うによし、ではやれと云った。
神輿に乗って、戸倉は銀のお面、銀の稲穂をとる女、別所は金のお面、金の稲穂をとる女。
白衣と青衣の男たちが、押し合いへしあい担ぐ。
そのまわりを、ふんどし一つの喧嘩舞い。
被り物して、さす手引く手に舞う女群。
子供らが稚児行列。
老いたものもいっせいに行く。
「盛大なものよな。」
「競り合いというは、どうするのじゃ。」
「いったん練って行き、里を廻って来てからです。」
清姫が云った。
「そうです。」
連姫が云った。
最後の一人が、向こうへ消えた。
どーんと、腹に答える音がした。
戸倉の山が、一瞬盛り上がる。
恐ろしい光景だった。
崩れ落ちる。人も草木も屋も。
そうして、占領軍のすべてを、押し包んだ。
別所金山は、水が噴き出した。
一切を飲み込んで、湖になる。
徳兵衛は、十蔵に金山へ行け云われた。
二人の姫を頼むという。
そうして、
「死ぬな、生きてりゃ、きっとええこともある、おらの嫁に来いたって、おら足んねえからだめだども、二人娘になれ、食うぐれえは食わせてやる。」
と云った。
「先祖さまの云い伝え、金山の終いには、山路湖の底を抜けと。」
清姫連姫は云った。
山路湖は、さすがのとくべえさんも知らぬ、われらしか知らぬ、奥の水じゃ。
「だども先祖さま、人も死ねとは云わっしゃらねえ。」
「自由の里は終わった。住人の命は救をう、わたしらは金山の命。」
云い張るのを、ふうと笑う。
その悲しむ面を、見たくはなかった。
すべては終わった。
二人の姫はともに、徳兵衛の、抜け道を伝う。
戦には勝った。
だが領土も増やせぬのは、目に見えていた。
「案ずるな十蔵。」
八千代君が云った。
「我らの世の中が来る、志もない、鵜合の衆に何ができようぞ。」
そういうことじゃ。
残党の放った矢に当たって、徳兵衛が死んだ。
あやつのせいでと、引っ捕えたら云った。
「さよう亡霊じゃ。」
たたりじゃという。
みな嘆き悲しんだ。
山路に葬ろう、葬らせてくれと、二人の姫が云った。
「だってわしらが親じゃもの。」
ひつぎを奥の水に担いで行くと、空っぽの湖の底に、金鉱床が覗く。
「先祖の伝えとは、これか。」
清姫連姫。
稲田には、見所はないと云う。
新しい金脈を、人は知らなかった。
これを徳兵衛のお山と云った。

2019年05月30日

とんとむかし22

二人妻

とんとむかしがあったとさ。
むかし、上尾村に、茂吉という若者がいた。
嫁取りの日に、嫁さまいのうなった。
美しい嫁さま、神隠しにあうという、人は、
「どうしようもねえ。」
といって泣き寝入り。
親きめたっきり、見たこともねえ、好きあった同士駆け落ちしたって、神隠し云うかも知れん、
「そんなこたねえ。」
と、嫁の兄にゃ云った。
「おまえのことは、お祭りの日に見たそうじゃ、そうさ、嫁入り前ほどの、幸せはねえって云ってた。」
「鬼にさらわれたんでも、捜し行く。」
茂吉は云った。
お宮にあるかんばの木、しらびそさまといった、願い事聞く。おらの嫁はと聞いたら、

「しらびそ知らねえたら、行くな。」
いう、なんとな、
「達者でいる、むくろなら拾える。」
巫女さまは告げた。どういうこった、茂吉は捜して行った。
山井村時村過ぎて、日い出の村があった。
またぎの里で、よそ者は入れぬ。
茂吉はつかまった。
「嫁さま神隠しにあったで、捜し来た。」
と云ったら、
「とちを一俵拾え、そうしたら教えてやる。」
という。茂吉は山へ入って、とちの実を一俵拾った。
「では、たにしを一俵取れ。」
という。茂吉は谷内へ行って、たにしを一俵取った。
すると、
「だいろの娘が空いている、行って婿になれ。」
といった。なんのいったって、連れて行かれて、美しい娘がいた。
二日三晩。茂吉は、
「きっと、おまえより美しいとはいえぬが、捜すと決めたんだ。」
と云った。
またぎの娘は、
「もし捜せなかったら、帰ってきておくれ。」
といって案内する。滝があった。その裏に洞穴がある。
娘は茂吉の手をとった。あたたかかった。
「またぎの血じゃ。」
娘は云った。
「おまえが帰って来るなら、いつまでも待つ。」
茂吉は、いっそ引き返そうと思ったが、
「わかった。」
と云って、滝をくぐった。
洞穴はまっくらだった。
この世の終わりかと思ったら、ひーるがいっぱい取っ付いた。めったらそいつをひっぺがして、
「わしももうこの世では、用なしに。」
とつぜんそう思い、
「とりにくる! 」
と云って、わからのうなる。
向こうに明かりが見えた。
ぽっかり、美しい里であった。夢見るような、
「清いの里。」
と聞こえ。
七年が過ぎた。
家では茂吉の葬式があった。
「神隠しにあった嫁さま、捜しに行って神隠し。」
という、では死んだも同じが。
村を乞食が歩く。
口もきけぬふうで、おんぼろまとって、ぬっと手差し出す。茂吉に似ていると、だれか云った。
そうして姿を消した。
茂吉は目覚めた。
またぎの娘が見つめる、その親かも知れなかった。
「おまえは。」
と云ったら、
「七年たった、ひどい身なりして、帰って来た。」
娘は云った。
「またぎには薬があって、もとへ戻る。」
滝から出て来た者は、おっちでつんぼで、何一つ覚えぬといった。
薬は効いた。
口が聞けた。
七年待った娘と、茂吉は夫婦になった。向こうのことは、何一つ覚えず。
またぎの術も覚え。
どうやら生業も立って、そうしてある日、山の尾根を越えた。
伝い下りた。けわしい崖であった。
道伝ひ行くと、お屋敷があった。門をくぐると、松のお庭があり、しゃくやくが咲いて、金鶏鳥が遊ぶ、
「お帰りなさりませ。」
と云って、美しい人が迎える。
とつぜん茂吉は思い出した。
お葬式はどうでしたと聞かれて、それは覚えず、
「いえ、よろしいのです。」
と云ってにっこり。
「向こうのことは、わたしも覚えていますのは、あまりの幸せに、嫁ぐより、このまんまでいたいと思った、それだけです。」
という。
何十年が過ぎた。
またぎの妻がまっしろうなって、茂吉のせがれが来た。
せがれではない、茂吉であったかも知れぬ。
銀のはしを置いて去った。
それで食べると病気が治った。



首切っても

とんとむかしがあったとさ。
むかし、河野又十という、侍があった。
やっとうの腕も立ったが、それより飲ん兵衛で、飲んだら口を聞かぬ、
「むっつり助平というは、おまえだ。」
飲んではしゃべりまくる、印南東悟が云った。
馬が合うというわけではないが、二人はたいていいっしょだった。
「石見の末娘な、あんないい子、向こうも気があったのに、むっつりそっぽ向いているから、とうとう。」
又十は盃をかんと置く。
その話は止めろというのだ。
「なんとかしてやろうと、聞くには聞いてみた、けんもほろろだ。」
かんかんと置く。
又十なんたって、たった一度の、そやつが振られ、
「飽きれた、むっつりのおまえが口説いたって、あっはっは、ものは好きだ、やろうってわけには行かん、何云ったんだおまえ、ひや、わかった抜くな、もう云わん。」
人をえぐるのが大好きな東悟が、すんでにかわすのは、また面白かった。
「だがな、そういうときこそおれを使え、娘っこなんてものは。」
でもって二人、てんでに飲んでという。
また飲んで、
「うひゃおまえ、椿の花より山茶花が。」
かん、
「あるまじき大演説をしたもんだぜ、ぽっつり落ちる花よりも、つらつら長い冬を耐え、ちんとんしゃんとくら、ほんにおまえのせりふかこれ。」
か、かんかん。
「なんで振られた、とちって、ぽっくり落ちる首よりも、つうらり垂れる鼻水ほどにって、こうんな目した、うわっと、もう云わん。」
でもって、てんでに飲み。
「ぽっとり落ちる雪よりも、恨み氷柱の主さんが、はーあ、溶けて流れりゃ。」
ばたっと音がして、首が吹っ飛んで、その口から、ちんとんしゃん。
「し、しまった斬っちまった。」
又十呆然。なんとしようば、ほったらかして逃げ出した。
帰ろうたって、もはや帰れぬ、浪人してうそぶき歩く。
飲むきりの、たいして仕事もなし。
やくざの用心棒が、相場ってとこか。
ならず者相手に、刀を抜いたら、
「親の恩を仇で返すは、いすかのはしの食い違い。」
声がする。
「たたっ斬られて、ぐうというなあひきがえる、かかと鳴くのは田んぼの烏、ここにいなさるお兄いさんは、一刀流免許皆伝、元はと云えば、ー 」
生っ首が空中に浮かんで、しゃべる。
「ひええ。」
そりゃたいてい逃げる。
かんと又十、刀をおっ立てて、商売にならんといって、そばを食っていると、
「これ親父、まちっとしゃきっと入れろ、なんだあ、昨日皮むいたような葱。」
「へい。」
と、見上げりゃ東吾の。
親父は目回す。
箸をかんと、
「なことしたって、もう斬れめえ。」
「そりゃそうだが、死んだはずがなんでとっつく。」
「ならわしになっちまった。」
 ひょんな場所へ上がったって、ふとんの向こうに、
「こっちゃへそから下はねえんだ、遠慮するな。」
たって、どうもならん。
何年かつれ歩いた。
仕事も切れた。江戸を出る。
渡しに乗っていると、
「おい船頭ちゃんと漕げ、自慢じゃねえが、おれは泳げねえんだ。」
生っ首が云う、
「けえ。」
船頭、ぶったまげた拍子に、舟が揺れて、川へざんぶり。
こっちは達者だから、泳いでいると、
「助けてくれえ。」
と、首が流れて行く。
「つれそった首だ。」
といって、又十は拾いに行った。手に取ると、
「そうか助けてくれたか、幸せ。」
といって、ふっ消えた。
さすらい歩いて又十は、首がなつかしくなった。
江戸へ舞い戻って、とくり担いで、東悟の墓を訪れた。
墓に傾けて、飲んでいると、
「おい又十。」
といって、体ばっかり出た。
「なんてえこった、今度は首なしか。」
「首だけ成仏しちまって、置いてけぼりだ。」
首なしがなぜか、口を聞いた。
「置いてけ掘の土左衛門か、飲もうたってくちなしだあな、くちなしに酒ってのはアッハアこっちのこった。」
云ってからに、
(これは東悟のせりふだ。)
と思った。
なりかわって口を聞いている。
やつの真似して、女なんぞ口説いたから、振られたんだ。
「今更しょうもねえ。」
と云ったら、体も消えた。
「そうか飲め。」
酒そそいだ。いい匂いがする。
くちなしの花が咲いていた。



かごのような

とんとむかしがあったとさ。
むかし、千田村に、たがだしという乱暴者がいた。
身のたけ丈をこえという、十尺だから三メートル余り、そんなわけはないが、丈六の金身とも伝わる。
金色の汗を流したという。
大石を持ち上げて、どーんと落とした。屋鳴振動して、村長の家が傾いだ。村長が怒った、とやこういうのを、かっぱじいたら死んでしまった。
村を追われ、たがだしは曽根の村へ来た。
娘が追って来た。村長の横恋慕した娘で、見兼ねて、軒ごとゆすり上げたという、たがだしびいきの話だ。
ともあれあちよという女がいた。
惚れて通うのを、
「あんなもん、婿になられたら困る。」
といって、曽根の村中よって、たがだしの通って来るところへ、火をかけた。火は八方から押し寄せた。火達磨になってあちよを奪い、たがだしは、せいどの池に飛び込んだ。
池には、笹島という島があって、そこで二人暮らした。
あちよは死んだ。
たがだしは悲しんだ。
せいどの池が青く変わる。怒り狂って、曽根の村を襲い、たいてい男は皆殺しにしたという。
「嫁がねえんなら曽根へ行け。」
というほどに、今も女ばっかりの村という。
たがだしが大きく、たくましく育ったのは、赤ん坊のとき、母親が松の平らへ行って、乳を含ませた。
松の平らに松はなしといって、山おくの塩のきつい水に、鳥やけものが寄り、体の弱い人や、産後の肥立ちの悪い女が汲む。それがとつぜん黄金の水を吹く。
玉清水という。
浴びたら龍になるという。
「おれは龍のなりそこない。」
たがだしは云った、
「人の世には住めぬ。」
日並の村長になって、たがだしは三年を過ごす。
公平でもめ事はなく、田んぼはよく稔り、山川また豊かであったという。
ひよという美しい娘がいた。
美しかったが強欲で、ただがしをとりこにし、村をわがものにする。
沈む夕日を押し止めてくれといった。
「もうすこしで衣が縫い上がる。」
という、たがだしは、沈む夕日を押し止めた。
すると日の光が衣をのっとり、衣は村を覆い尽す。
だから日並、ひなめし村という。
ひよは息絶えて、百年の間、村に稔りはなく。
たがだしはしいでの川を越えた。
しいでの川を越えると、迷い道が続く。
たがだしは鹿と暮らした。
山神のお使いになって、群れを率いた。
こだまを聞いて、あっちへ行き、こっちへ行き、たんびに行き止まり。
今も行くと、
「こうや、たがだし。」
と聞こえ、行くと、
「ああや、たがだし。」
と聞こえ。
たがだしは、鬼の首を取ったという。
ごうやの原をさがすと、にょっきり岩が生える。鬼の首塚という、いくつもあって、どれかわからない。
うちでの小槌があるそうな。
たがだしは、松の平らに行った。玉清水を浴びて、龍になろうという。泉の吹き出るのを待った、だから松の平らという。
黄金の水は吹かず、たがだしは雪の尾根へ行く。
雪の尾根の向こうに、清いの里があるという。
年も取らぬ、楽しい暮らしが待つ。
たがだしは雪をよじ、滑り落ち、百回もそうしたので、百谷内ができた。
清いの里へ行ったという説もある。
疲れて寝ていると、
「吹くぞ。」
と聞こえて、たがだしは走った。
行きつく所へごうっと吹いて、黄金の水を浴びて龍になった。
そうして天駆ける。
松の平らと笹ケ峰の間に、七つの沼があって、龍の水飼い場であった。
雨を降らせ雷を落とす。
人身御供に里の娘を取るというのは、それは別の話だ。
松の平らのみやず姫が、笹のおとだまの神にお輿入れの時、龍はその背に姫を乗せて、お送りしたという。
松の木が従いついて、松の平らから松が失せた。
盆の窪池に松林がある。
その時頂いた品というのが、松の平ら神社にあった。
藤で編んだ、できそこないの籠のようでもあり、
「この中に宝物が入っていた。」
という人と、
「このものが心を清める。」
いう人とあった。
藤ではなく、鉱物であることが、最近わかった。



ひょうたんの中

とんとむかしがあったとさ。
むかし、いんの村に、じょうえんげという仙人が住んでいた。
じょうえんげは、ひょうたんを持っていた。
杖を引いて、そのあたり幽玄の松や、糸を引く滝や、霧を吹く岩や、紅葉や、気に入った風景があると、
「ぽん。」
と栓を抜いて、ひょうたんに取り込んだ。
持ち帰って、一人取り出して、心ゆく楽しんだ。
飽いたら返しておく。
仙人は雲に乗って、唐や天竺までも行く。まっしろいひげは一メートル。ひょうたんはお宝、
「じょうえんげのひょうたん。」
といって、そいつは稼げそうだ、盗人が伝え聞いて、ひげをひっとらえて、じょうえんげを殺し、お宝を奪った。
「なんだこやつは。」
なんのへんてつもない、栓を抜いたら、
「ふーい。」
と、盗人が吸い込まれた。
風景が吸い込まれ、山川町村すっぽり入る。
とどまるところを知らず。
世の中呑み込まれ、今も吸い込んでいる。
宇宙のはてもじき。
人はじょうえんげのひょうたんの中に住んでいる。
どっかの猿が来て、ぽんとおしりを叩くまで。
ひょうたんの口が見えると、幸せになるという。



日のさす

とんとむかしがあったとさ。
むかし、椎谷村にあよという、女の子があった。
あよが六つの年、大飢饉があって、だれかれ食べて行けなくなった。
貧しいあよの父母は、
「娘を、あよさへ生きていれば。」
といって、ふだらくとかいの舟に乗った。
夕日に舟をこいで、極楽浄土へ行く。きっと観音さまが聞き届けて、人の難儀を救ってくれるという。
父母は行ってしまった。
あよは食べさせて貰っていた。
飢饉は去る。
実った柿に雪が降った。
鳥が群れて、ふうらん揺れてついばむ。
「ふだらくとかいってなあに。」
あよは聞いた。
「ひーよぴーよ西へ行け。」
ひよ鳥が鳴いた。
あよは西へ行った。
どうと風が吹いて、日差しがぽっかり。
崖を、くるくる巻いて、雪が落ちる、
「父も母もどこへ行った。」
あよは聞いた。
「風は南から。」
雪の壁が云った。
あよは南へ行った。
そろいの傘さして、杉の林が、
「おいさ。」
と、大声を上げる。
「東だ、ほう日が上る。」
あよは東へ行った。
雲がよぎる。
「北へ。」
という。
あよは走った。
ぞうりが脱げて、はだしで走った。
荒海であった。
かもめが狂ったように飛ぶ。
光が射す。
あよは忘れなかった。
云い表わせば、それは、
(自分の苦しみはいい、人がもし困っていたら。)
という。
七十まで生きた。
死ぬるとき、光の雲に乗って、父母が迎えに来た。



松のかぎ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、みほという、女の子があった。母が星を呑んだ夢を見て、生まれた。
「きっと幸せになる。」
といって、みほしでは呼びにくい、みほになった。
みほじゃ美穂になっちまう、でもいいかと父親が云った。
母は美しく、はきだめに鶴だと人は云った。
「もとはなあ。」
と父は云った。
笹の御殿というお屋敷があって、わしらはそこから来た。
みほがわしらを救ってくれる、男の子ならこの世を救うといって、酒を飲んだ。
みほは、しろという大きな犬と、お宮まで行き、お化け杉や、宝が埋まっているというつつじ山や、あたりを走り回った。
笹鳴って、母が呼ぶ、天から降り立つような。
そうしてにっこり。
お宮に泥棒がいた。
ばかのような目をする。
「売れそうな子だな、おいで。」
といった。
みほは飛んで逃げた。
村人が行って、つかまえた。大きなしろは吠えもしない。
「きざはしに寝ていただけだ。」
泥棒はうそぶく。すきをみて逃げた。
「あいつは、ばんたかという、人殺しはするし、えらい悪たれよ。」
人が云った。
美しい母がいなくなった。
なぜかわからない、父は飲んだくれて、
「そうさ、もうおしまいだ。」
首吊って死ぬといって、かけた縄が何本になったか、戦になった。
兵が村に火を放つ。
「この子は星の。」
といって、父は殺され、みほは逃げた。
草に伏すのを、引っ立てられた。
柵があった、子供も大人もいた。
そこへ、兵をつれた大将が来た。
「使えそうなのを五十人。」
という
「しろ。」
呼ぼうとして、すんでにこらえた。犬にそっくりな大将、しろはどこへ行ったか。
「がきは捨てろ。」
「役に立ちそうな子もいますが。」
と云うのは、ばんたかという、お宮にいた泥棒だった。
みほはふるえ上がった。
どうしよう。
柵を抜けようとして、その手をつかむ。
にっと笑って、大きな男の子が、
「おともするぜ。」
と云った。
抜けて、二人は走った。
「おまえ星の子だろう。」
男の子が云った。
「みほ。」
「きれいなおっかさんがいたな、由紀の大殿に見染められてさ、行ってしまった。」
「どういうこと。」
男の子はかぶりを振る。
いゆといった。
食い物を盗み、兵からもかっぱらい、魚を取り、栗を拾ったりなんでもした。
焚火をして、二人は宿った。
みほは楽しかった。
冬になるといって、いゆは牛を盗んで来た。
京へ行こう、牛方になろうという。
みほを背に乗せたり、二人牛と温まって伏す。
追手が来た。
兵と牛の飼い主と。
みほを逃して、
「さあこっちへ来い。」
そう呼ぶいゆの声。
みほは歩いていた。
雪の中を。
しまいわけもわからずなる。
目を開けると、どうと風が吹いて、笹が鳴る。
お屋敷があった。
朱塗りの大門に、白虎が見下ろす。
廻って行くと、とつぜん犬にそっくりの大将と、泥棒がいた。
叫び上げると、さらし首であった。
「極悪非道はかくのごとし。」
と、金文字に浮かんで、札が立つ。
くぐり戸が開いた、
「こっちへ。」
みほは入って行った。
めくらむような、黄金のきざはし。
「おまえは何が出来る。」
草の衣の人が立った。
「なんにも。」
「ほっほそうかな、じゃが扉が開いた。」
その人は云って、みほをさくらの衣に引き合わせた。
恐そうな女、
「よう云うことを聞け。」
「返事は。」
「はい。」
うっふと笑う。
存外人のよさそうな、みほは空色の衣に働いた。
なんでもした。しくじったり、しかられたり、ようもかせいで、かわいがられた。
「にしきさまのお越しじゃ。」
ある日、さくらの衣が云った。
「ついておいで、そそうのなきよう。」
控えの間にあって、呼ばれた。
鳳凰のかんざしに、輝くうちかけ、なんという、そうあれは十二単という衣、
(お母さん。)
みほは、すんでに声を飲む。
母が月なら、このお方は日輪。
「ようもお務めかいな、おいくつになられた。」
と聞かれ、
「十二になりまする。」
と答え、
「お声をかけられた。」
たいへんなことであった。
一年たった。
みほは部屋をたまわり、七つあるお倉のかぎの一つを預かった。
「それは松のお倉の鍵です、たいそうなご出世です。」
さくらの衣がいった、
「わたしどもには到底。」
ほっとため息をつく。
いいお婿さんが来ますと云った。
松のお倉には、お膳やお椀があって、さかずきや水差しや。
数ある掛けものの中に、なんにも描いてない、白い屏風があった。
接待には、松のお倉を開けて、貴品に応じて、みほは出し入れした。数十人の空やさくらの衣がついた。
触れてはならぬ屏風。
息を吐きかけると、どっと応ずるような、みほは慌てて飛びのいた。
十五になった。
美しく生いなる。
呼ばれて行くと、若い公達であった。きらを尽くした、るりの器のような、
「いいお方を択びなさい。」
聞こえて振り向くと、今日は、きりんのかんざしさして、にしきさま。
「いずれおまえが欲しいといって、こうして押しかけた。」
ほおと笑まう。
長い袖に押さえる、泣くように美しく、押しかけの若者よりも、みほはそっちの方に見とれ。
(お母さん。)
「いいのですよ、今は決めずとも。」
さんざめいて、みほは引き下がる。
いゆはどうしたか。
死んだであろうか、手傷を負うて。
公達のいおりがやって来た、
「これはきゃらという。」
良き香りのものを手土産に、
「女というものは、おっほっほ、宵待ち草より立ち待ちの月。」
おもしろおかしく、
「むらくもよりは出ぬほうが。」
みほも負けてはいず。
続いてみさといくおがやって来た、松のお倉の御用も、そっちのけ。
お倉のかぎは、使をうとすると手にある。
双六をし、碁を囲み、山吹が咲いたといっては野に行き、でもみほの歌には、手も足も出なかったり。
笹のお屋敷という、
「そうじゃのう。」
と、
「だれも主を見たものはない。」
「接待するは、人にはあらずその宿世。」
という。みほをわがものにすればと、勢い込む。
二月は過ぎた。
騒ぎが起こった。
「触れずの屏風におもかげが。」
さくらの衣が云う。
まっしろい表に、龍の姿が浮かぶ。
日増しに写し出す。
目が開いてらんらんと輝く。
草の衣の人が立った。
「あれに息を吹きかけたとな。」
という、
「ではおまえのここでの暮らしは終わった。行かねばならぬ、龍の抜ける前にな。」
だれかれ騒然。
急かれてみほは走った。
大門を走り出ると、雷鳴りとよみ雲を呼んで、おどろに渦巻く。
天駆ける龍。
みほは突っ伏して、そうしてなんにも見えずなった。
雪がふって来た。
風に笹が鳴る。
すべては夢であったか。
におうような衣に、みほは十五。
奥深い山中であった。
歩いていると、
「おおい。」
と呼ぶ、
「わしだ、かつてはいゆと云った。」
狩り衣に弓を持つ、立派な若者が立つ。
「星がここへ導く夢を見た、やって来た甲斐があったぞ。」
という、
「わしは石見の中将ともうす、けはやという犬と、盗人のばんたかを退治してな。出世したわ。由岐の大殿さまの、覚えもめでたく。」
わっはっはと笑った。
「ずっと捜しておったぞ。」
雪の中を二人の道行き。

2019年05月30日

とんとむかし23



とんとむかしがあったとさ。
むかし、ゆうげん村に、いいらこという娘があった。
いいらこの恋人を、友達のああらいがうばった。月の汀を歩き、うつくしい子安貝に末を誓ったたいへいを。ああらいをなじると、
「蛙足のおまえより、春風にうねるような髪のあたしを。」
たいへいはと、ああらいはいった。流れ寄る椰子の実だって、岸をえらぶ。
たいへいはああらいの手をとって行く。
蛙足のいいらこは、でも、赤いその髪を、しんさあは美しいといった。
耳がかわいいと云った。年下のしんさあと二人、腕を組んで行く。
ああらいが来て、その腕を取る。たいへいはもう飽きた、返してあげようと云った。

しんさあは行く。
いいらこは口惜しかった。
貝を剥く、鋭いナイフを取って、浜辺に立って、ああらいを待ち受ける。
にくいああらいを、一突き、
生きていたってせんもない、みにくいあたし。たいへいは去り、しんさあも行き。
ナイフを、我と我が胸に、-
よせかえす波が云った。
「美しくなりたいか。」
と聞こえ、
「美しくなりたい。」
いいらこは云った。
「ではそうしてあげよう、何をしようが、美しいおまえの思うさまに、一人舟をこいで、西へ行け、衣がある。」
そう聞こえ。
いいらこは一人、舟をこいで西へ。
波の洗う島に、衣があった。
白い面を見たような気がして行くと、衣だけであった。
軽やかに袖を通す。
衣は消えて、いいらこ。
男という男どもがよったくる、日輪のように美しいいいらこ。
恋いこがれ、云い寄る目。
浮き世は廻り。
ああらいは狂い。
とつぜんひっさらわれて、いいらこは漂いついた。
波の洗う島へ。
衣をつけて横たわる。貝や潮のものが食い荒らし。
そうして死なずにいる、
次のいけにえが来るまでは。



犬神のほこら

とんとむかしがあったとさ。
むかし、三瀬村に、大きなにれの木と、犬をほうむった塚があった。
そこへみなしごの女の子が宿った。雨つゆをしのいで寝ていると、夢にお侍が立つ。

「姫さま、お待ちもうしておりましたぞ。」
という、
「殿さまも奥方さまも、討ち死になされた、だが我らがある、戦はこれからじゃ。」
お乗りなされといって、侍は大きな犬になった。
女の子はその背に乗った。
弓矢の嵐。
戦場をかけ抜ける。
叫び上げて、犬は倒れ。
女の子も射貫かれ。
そうして、天を行く。
犬と美しい姫の星座があった。
「かくしておいた宝がある、それにてお家をおこし。」
と聞こえ、女の子は目が覚めた。
みなしごは、お金を拾った。それでもって、幸せになったという。
いえ夜露に死んで、てんとう虫になったと。
七つ星、十二や星てんとうは、宝のありかを教えるという。



月見うどん

とんとむかしがあったとさ。
むかし、鳥越村の三太郎のところへ、借金取りが来た。
「大年だで、払ってくれねえと、なべからふとんから、持ってっちまうが。」
と云うと、三太郎が、
「腹へったで、うどんを買ってな、そいつ、雪の上へ落っことしちまった。」
という。
「さがしても見当たらねえ。」
「だからなんだ。」
「狸が拾ってな、卵うどんにして食ってた、月夜の晩でさ、卵と思ったら、お椀に映ったお月さん。」
月見うどんだ、あっはっはと笑う。
「だでからっぽ、おたからなんにもねえよ。」
「なんでからっぽだ。」
「たからからた抜き。」
たぬきうどんではねえかって、そうさ。
借金取りが、
「このてんぼうこき。」
と云って、三太郎をぶんなぐったら、かすってよけた。
たぬきうどんは、てんかす。
どうれ一丁さけた。
なんだって、きつねうどんだって。
ええ、とんびに油揚げさらわれた。
鉄砲うちがどうんとうった。
とんびは逃げた。お稲荷さんの油揚、きつねどうん、はいきつねうどん。
そんなのねえやって、いいから寝な。



五木の雪女

とんとむかしがあったとさ。
むかし、五木村あたり、山また山に、雪女が住むといった。
晴れわたった空に、どっかり雪女の姿が浮かぶ、泣くような笑うような、雲になって消える。
いい男に惚れるといった。
それは美しい女で、吐く息一つで、人を殺したり、活かしたりした。
腹ちがいの子や、母親のない子を、
「雪女が産んだ。」
といった。
たいていいいかげんだった。
ゆきは雪女が産んだから、ゆきと名付けたと父親が云った。
だったらきれいなはずが、二人の姉は、はっと振り返るほどであったが、ゆきは霜焼けのはれぼったい目して、手も足もあばただった。
腹ちがいの子は、引っ込み思案で、なにか云えば俯く、いじめられてばっかりいた。

二人の姉が、ふりそで着たり、美しい浴衣着て、お盆に踊ったりするのに、ゆきはいつもそこら掃除して、すすだらけになって、かまどにいた。
殿の若子が、よそうべえさまのお屋敷に泊まった。
われと思う娘や、ゆきの二人の姉も、いい着物着て、どっとめかしこんで、手伝いに行った。
若子やお付きに、お膳を出したり、歌ったりする。
ゆきは、よそうべえさまに行くなぞ、思いもよらず、使いから帰って来たら、道ばたに見知らぬ女がいた。
被りものをして、面は見えぬ。
「おいで。」
という、寄って行くと、
「いくつになる。」
と聞いた、
「十四です。」
「そうなるか。」
女は云って、かぶりものから、ほうっと息吹きかけた。
ゆきは帰って来て、なべかま洗っていると、手がすべすべする、まっしろうなって、あばたは消える、汲んだ水に面が映る、
「これはだれ。」
そんなに美しいものを、かつて見たことがなく。
引っ込み思案のゆきは、きっといじめられると思い、よそうべえさまにも行かず、どうしようかと、その顔にすすを塗った。
「五木村に美しい子がいると、夢に見えたが。」
殿の若子は、夢は夢であったかと云って、帰って行った。
二人の姉は、じきに、似合いのところへ嫁いで行った。
ゆきは一人畑仕事へ出されて、山の井戸にすすを落として映す。
「なんていう美しい、もうどこへでも嫁いで行ける。」
そう思うたって、ままならず。
炭焼きがゆきを見染めた。
どうでもという。
ゆきは炭焼きと過ごす。いい男ではあったそうの、でも暑いのはいや、
「さむいのもいや。」
と云って、帰って来た。
 とつぜん花が咲いたよう。
あでやかな大輪の。
知れわたって、あたり一帯の、男という男どもがよったくる。
好きな男に、ゆきはついて行った。
いい着物を着て、流行りの舞いを舞ったり、おいしいものを食べて、そうして、十日もすると飽きる。
どこに暮らしたかわからない。
「たしかにおおむかし、ゆきのような女がいた。」
物知りが云った。
ゆきと、殿の若子も浮気をした。
「そうさ、そんなこともあったぜ。」
という、
「しまい刃傷沙汰があって、行方知れずになった。」
やっぱりそうなった。
「どこへいつくか、いつき村、
あっちへひらり、雪がふる、
こっちへはらり、雪女、
あだし男が、なんとした。」
という、五木村の縁起だって、そんなのないったらさ。
ゆきを争って、二人刀を振り回す。
すんでに逃れて、ゆきは山へ走った。
息吹きかけた女が立つ。
「あとつぎが来た、死なねばならん。」
女は云った。
「そうならぬよう、殿の若子にも嫁がせて、と思ったのに。」
「あとつぎって。」
「雪女になって暮らすのさ。」
と云った。
冬であった。
またぎが鉄砲をうった。
手応えがあった。
倒れ伏すのは、美しい女であった。
それが消える。
「雪女だ。」
死んだんだ、またぎは云った。
どっかり晴れた空に、雪女は現れなくなった。
ゆきは、引っ込み思案であったと。



花の子守歌

銀のお椀に雪を盛り、
金のお椀に月を盛り、
一つぽっかりねんころろ、
二つ風呂がわいたとさ。

人の舟には吹き流し、
天の舟には酒を乗せ、
三つ三日月ねんこころ、
四つよそゆきおべべ着て。

浅い井戸には花の影、
深い井戸には星の影、
五つごーんと寺の鐘、
六つは村々鎮守さま。

遠い橋には笛太鼓、
近い橋には流行り歌。
七つ泣き虫ねんこころ、
八つ痩せ田のひきがえる。

金のかんざし春の雨、
銀のかんざししぐれ雨、
九つ今生水ん呑み、
十は冬夜の米ん団子。

米の倉には影法師、
繭の倉には棉帽子、
十一じゅんのび正月だ、
十二重兵衛二本差し。

はやい流れに振り袖を、
おそい流れに帯を解き、
十三七つのねんころろ、
十四お父は死んだとさ。

高い塀には龍の角、
低い塀には獅子頭、
十五夜お月さん嫁に行き、
十六夜月ふうらりささのやぶ。



出世名代

とんとむかしがあったとさ。
むかし三川村に、さいのうという子があった。十の時戦があって、村中燃えて、父も母も殺された。さいのうはそこらほっつき歩いたが、腹がへる。
兵のうぶら下げた侍が来た。
そいつへぼうきれ持って、向かい立つ。
「のけ、こわっぱ。」
「きえおうりゃ。」
あっさりのした。強そうなのが、ふん伸びる。
「あほうみてえだ、父も母もなんで死んだ。」
くそうめと、さいのうは、でもってそうやって暮らしていた。
侍だろうが商人だろうが、十の子がうちのめす。
十何人、殺したかかたわにした。
立派な侍が来た、
「野良犬というはおまえか。」
という、
「おっほう、こやつはたんまり。」
やったつもりが、さいのうは襟首つかまれ、
「えい殺せ。」
「そうさ、おまえは死んだ。」
侍は云った。
「ではわしのものだ、云うことを聞け、寸分違わずな。」
さいのうは引っ立てられた。
お屋敷であった、山あり谷ありする。弟子が何人もいた。月光殿と呼ばれ、逃げ出そうたって連れ戻される。
こき使われて、刀術を仕込まれた。
「月光だと、なんてえつまらねえ。」
へらず口を叩くだけましの、死んだものに容赦はなく。
若かった。
生き伸びて三年、その名も知らぬ主が来た。
立ち会って一本取った。
「さいのうか、ふうむ。」
と云った。
「わしは月の宮兵道という、知られた兵法者だ。」
ふっと笑う、
「戦人を育てて、売り込む商売だな。おまえは一つ上だ、師のしんさ弘道どのに預ける。」

さいのうは刀を一振り貰って、月光殿を去った。
しんさどのは、一つ家に住む、ふっさりと白髪の、それが手も足も出なかった。兵道どのにはついに一本取った。
違う。
初めて人を見る思い、
「風みてえな。」
風というより水か、
「水は切れんわい。」
身の回り、走り使いから、極意を得ようと、
「見切りだ、違う。」
すきだらけが鉄壁。
しんさどのは、めったに太刀を取らず、
「さいの来い。」
と云って連れて行く。
花やいだ席であったり、茶の湯であったり。
詩を作り、歌を詠む、
「ほっほ才があるな、文字も書けなかったやつが。」
と云い、そうして能を舞う。
ただの棒切れが、貴公子になった。
忍びの術を知った。
だれやら来て教え込む、いっぺんにこなした。
「売れたな。」
ある日、しんさどのが云った。
「いい価が付いた、おまえは田無のお城へ行け、巴摂津守が主だ、ようも仕えな。」
「はい。」
一つ返事で行く他はなく、さいのうは巴せっつの、お小姓になった。
どじょうひげを生やした、大兵肥満摂津守の、所用もあるにはあったが、夜伽の相手をさらって来いという、
「いい女をな、でないとおまえを。」
ぐえ死んだがましだ。仕方がないさらって来た。云い含める、金も使った。
嫌な仕事だった。
「おまえにというなら。」
女の恨み目。
せっつをぶった切って、逃げようかと思ったら、戦になる。山木丹後のいわきのお城を攻める。
ようやく戦働きかと、
「うってつけの仕事がある、山木のおてんば娘、名に聞こえた、豊姫をかどわかせ。」

巴せっつが云った。
「さらって来るんですか。」
「逐電したいそうじゃないか、どこへなと連れて行け。」
娘をかっさらわれたとあっては、山木の面目丸潰れ。
「わしがってのは困る。」
 巴せっつめ、阿呆が。
いわき城にさいのうは忍び込んだ。
戦を苦もなく抜けて、寝処に入る。
夜目にも美しい姫であった。
「申し訳ないが、おまえさまをかどわかす。」
「なんとな。」
たまげる様子もなく、
「ほう貴公子じゃな、面白そうだの。」
当て身をくれた。
敵陣も味方も抜け、はてどうしようかと、結城のみずきのお城へ運んだ、たしかお似合いの若殿がいた。
結城ともやすという、その寝処へほうり込んだ。
「いま少し大切に扱え。」
とっくに覚めていたらしい、おてんば娘の豊姫が云った。
「おだやかならぬ訪問じゃな。」
結城ともやす、若とのが云った。さいのうはいなおって、成り行きを語った。
「わたしを切っても、たいてい手間がかかるだけですが。」
と云うと、
「では、飯を食わせてやろう。」
ともやすはあっさり云った。
「それでお姫さまはどうなさる、山木へ帰らっやるか。」
豊姫に聞く、
「そうなあ、せっかくのえにしじゃ、わたしに兵を預けて下され、すけべえのひひおやじ巴に、不意討ちを掛ける、お礼は戦に勝った暁にな。」
「わっはっはそいつは豪気だ。」
結城ともやすは豊姫に兵をつけ、さいのうにも行けと云った。
「一人千人分の働きをするという、しんさ名代、聞いておるぞ。」
と云った。
さいのうは、草でも刈るように敵を倒した。おのれのほどを初めて知った。
「呼吸をするよう、飯でも食うようと、師はいわれたが、なまなか兵法とは。」
と感じ入る。
巴は破れ、山木と水城が縁を結んだ。
名うての豊姫さまの、八方に聞こえたお輿入れ、
さいのうは、水城の忍になった。
じきまた戦であった。
下に十人の男女がいた、男女まったく変わらず働く。
うちとけて、さいのうに云った、
「わしらは山の者よ、敵味方もないさ、金で雇われて働く、まあそういうこった、わっはっは。」
変わっている。
のびのびと屈託がない。
風雲急を告げた。手を組んだいがしが寝返って、水城は危うい。
山木は破れ、
「知れなかったは、われらが責め。」
さいのうは配下たったの十人と 不意討をかけた、土砂ぶり降る雨に、囲みを破って、いがしの首級を上げた。
十人のうち、生き残ったのは二人。
「骨を拾って山へ帰る。」
生き残りは云った。
にっと笑って、
「おまえさま御用とあれば、十人二十人、すぐ馳せ参ずるが。」
と云った。
しんさどのからさいのうに、伊能へうつれと云って来た。
「侍大将からさて、一国一城の主だ、ようも狙え。」
とある。
野放図の勢いといい、地の利からも、こうずの伊能は天下取り。
立派な紹介状に、さいのうは表門から入った。
「そんなものは、くそ役にも立たん。」
いくらも年の違わぬ、伊能は云った。
「そのようで。」
つっかえされた紙片を破ると、わっはあと笑って、
「では一兵卒からだ、そちの名を再度わしの耳に入れろ。」
目覚ましい働きを、手足ごとではなかった、これは油断もすきもない知恵比べ、一発でも外れたら終わり。
百人頭になって、さいのうは山の民を呼んだ。
どこに住んだか知れぬ。
つなぎがあった。
川向うの光山の、あれはどっちつかずで剣呑だ、なんとかしろという、伊能の難題であった。
さいのうは引き受けた。
「見たことがあるな。」
「紹介状を破ったさいのうです。」
「そうか、しくじったら打ち首ぐらいにはしてやる。」
「ありがたき幸せ。」
山の民を使って調べた。
聞こえた将もいた、光山が愚かであった、風雲急に立とうとはしない。
二三引き抜いた。山の民に細工して、ぼんくらの光山を入れ替えた。
「敵は伊能じゃ、ひねりつぶして、斎藤に手土産にする。」
ぼんくら殿が云った。
「斎藤の娘おりんがほしい。」
見える連中は逃げ出した。大大名の斎藤は、もう落ち目であった。光山太夫は攻め寄せた、
「手薄の成り上がりものを。」
という、さいのうは派手に討ち勝った。
手柄をもって侍大将になった。
一方の旗頭である、北門の大将。
「城が欲しいか、だったら一つやろう。女房も貰え。」
伊能がくれたのは、きわという小城で、合戦には、敵を食い止めて破れる、
「生き残るほうがたいへんだ。」
女房どころか住まぬほうがいい。
伊能の兵は城に入れ、さいのうは精鋭を引き連れ、山の民と野に伏った。
掘や、仕掛けも作った。
「猿渡り忍法という、ちいとえげつないが。」
といって、三回の戦を守り抜いた。
奇跡のようであった。
何年をいったい合戦に明け暮れて、ついには西の侍大将に、さいのうは大抜擢された。筆頭である、りっぱなお城も手に入った。
一国一城の主。
しんさどのから何か云って来るはずが、戦は止んだり、とつぜんに起こったりした。

茶の湯があった、歌を読んだりする。
能舞台に立つ。
さいのうがこれも面目を、とつぜんいやになった。
「さむらいなんぞ、殺し合いだけやってりゃいいんだ。」
伊能か、
(ふーん大根役者め。)
しんさ流、みやび刀法がなつかしかった。
殺戮と阿鼻叫喚。
一敗地にまみれた。
人を信じてみせる伊能のくせ、そいつがあだになった。
面目だけの大将が抜かった。
伊能を逃がした。
さいのうはしんがり。
大切な山の民を失った。
たといだれ死んだがなんとも思わずが、悲しくなった。
すんでに盛り返し、戦は大勝する。
なぜか一人歩いていた、手勢もつれず林の中の、ここはいったいどこだ。
人影が立つ。しんさどのの使いだった。
「伊能を殺して、おまえが取って代われ。」
とある。
(そうかなるほど。)
さいのうは知った。
「とんだ見込み違いってな、そうは思わなんだか。」
 伊能を殺すは簡単だ。
暗殺ではせんない。
今井を遠方にやり、片棒を担ぐは品川がいい、しばらく思案する。
とやこうお膳立てよりも、機を待つが肝要。
まあそういうこったと、さいのうに女が訪ねて来た。
それはうまく変装した、水城へ嫁いで行った豊姫だった。
「わたしはやっぱり、おまえが恋しかった。」
豊姫は云った。
「わたしをさらって逃げておくれ。」
「いったいどこへ逃げる。」
居直りでは納まらぬ。戦で分取りゃ別だが、ばからしいか。
どっちがばからしい。
「山の民のところへ行こう、戦国往来の、そうさなあれは自由人。」
わたしらも自由の民、
「ほっほ。」
豊姫が笑った。
「殺しあいはもういい。」
つなぎにことずてると、受入れようぞという返事。
忍び出た。
二人道行きの。
十のころからして こんな楽しいことはなかった。
せせらぎの水を飲み、ほしいを食らい、抱きあい、大声で笑い、おにごっこをし。
迎えが来るというときに、うっそりと人影が立つ。
しんさ弘道であった。
「なんで来たか、わかっているであろうな。」
立ち会いは一瞬に決まった。
ひざをえぐられ、谷を流れて行く。
「命だけはくれてやろう、好きであった。」
と、声が聞こえた。



宝船

とんとむかしがあったとさ。
むかし、さんざし村に、六兵衛という、ぐうたら者があった。
しんしん雪が降る。
雪ばっかし降っている。
「あーあ雪降らんとこ行きてえ、常夏の島ってあるがさ、いい女いて。」
と云ったら、かあちゃんが、
「今日は竜神さまの日じゃで、お参り行け。」
と云った。
するこたねえし、六兵衛は出て行った。
竜神さまは、お寺の境内にあって、大寒になっても、いい水がわいて、ひでりんならんように、田んぼのおまいりだ、
「めんどくせ、いやそうじゃねえ。」
六兵衛お参りしたら、宝舟がある。
七福神が乗っている、どうせのこんだ、お寺へよって、坊さまに聞いた。七福神てなんだ。
「名まえ七人なんていうだかな。」
「えびす、大黒弁財天、寿老人布袋和尚に、ふくろくじゅ毘沙門天。」
さすが和尚、いっぺんに答えた。
「大黒天と申すは、仏法守護の神さまであったのが、大黒さま大国主の命になった。えびすというは海人の神さまで、釣竿と大鯛を抱える、豊漁祈願じゃな。弁財天は弁天さまじゃ、女のいろっけに銭金が儲かる。寿老人は長寿、ふくろくじゅと同じだってことで、片方吉祥天にする、これはもう天女さまだな。布袋和尚はほてい腹して笑っとる、むかし中国の高僧であるな、毘沙門さまは四天王の一、やっぱり仏法守護の神さまだ。」
「へえ。」
右のから入って左へ抜ける、なにしろ感心して帰って来た。
もとは弁天さまであったのが、竜神さまになった、いろっけ抜きだって、和尚は云った。
「弁天さまのほうがいいで。」
田んぼの神さまじゃしょうがねえと云ったら、その夜の夢に、竜神さまが現れて、
「どうだ舟をやろう。」
と云う、
「ぐうたらんとこが気に入った、常夏の島へ行って来い、弁財天の代りというはしゃくだ、舟がなけりゃいい、宝舟を持って行け、そうさ、七人乗せりゃ海をわたる。」
はあて、あした朝、雪の上にどっかと、空ろ舟が横たわる。
石の舟が、手をふれると、ふわっと宙に浮く。
「こりゃおおごとだ。」
お寺へすっ飛んで行った。
「かくかくしかじか。」
というと、
「そりゃあ、天竺へ行けということだ、永年信心のわしに代わって、六兵衛の夢枕にたった。」
と、和尚は云った。
「大黒さま毘沙門天をのせ、布袋大和尚の先達で、寿老人にかわって本寺の和尚がいいか、ご本尊の観音さまがいいか、わしはええ弁財天、ちがう羅漢さまじゃ、むろん吉祥天も連れて。」
目が裏返っちまって、こいつはただごとじゃねえ。
「よいか、だれにも云わずと、宝舟の番をしとれ。」
「へいへい。」
六兵衛帰って来た。
舟はちゃーんとある、
「坊主来るまえに、七人。」
かあちゃんは行かないという、
おまえさまとじゃ、どこへも行かねって、へえそういうもんかね。太吉のせがれ、
「あいつ魚取りうまいで、えびすさまな。」
飲み屋の美代ちゃん、ありゃもう弁天さま、たくあん名人のおっかさいた、長生きしそうだで、ふくろくじゅ。
男でも女でもいいや。
娘が連れてけといった。
「しゃあない、おおまけにまけて吉祥天。」
おれがほていっぱらで、布袋和尚。
酒止めた五郎がいた、毘沙門天だ。
あとはわかんねえ。
「六人でいいか。」
舟に聞いたら、
「おっつけどっかで拾え、六兵衛だでまけてやる。」
空ろ舟が云った。
六人乗り込んで、どかんと浮いた。
雪のさんざし村をあとに、大海へ出る。
舟は順風満帆。
「さすが宝舟だあ。」
六兵衛うつらと眠った。いっぺえひっかけたのが効いた。
おんや七人めが乗ってる、どじょうひげを生やす、太鼓腹、
「おまえさまはだれじゃ。」
「布袋和尚よ。」
そやつは云った。
「じゃおれはなんにしたらいい。」
「ふんなこた知るか。」
「なにを。」
どやすと狸になった。
「うへえ狸が化かす、じゃこの舟はなんだ。」
「たぬきのきんたま百畳敷き。」
とたんにぶっくら沈む。
「うわあ。」
おぼれかけて、目が覚めた。
「なに。」
順風満帆で舟は行く。
どういうこった。
「七人めがもうじき来る。」
舟が云った。
アッハッハだれかこのあとを、くっつけて下さい。

2019年05月30日

とんとむかし24

鳴姫

とんとむかしがあったとさ。
むかし、京の西に、豊海なにがしという者があって、女三人のうち、長女を文章博士にしようとて、財を傾けた。
その甲斐あってか、長女なり子は賢く、論語詩経をはじめ文選や、唐の詩集あるいは源氏と、十六のころには、もはや尽くさぬものとてなかった。
人並みのことはさて、どこかで双六をして、大仰なはしゃぎぶり、
「はじめてですか。」
と聞かれ、頬を染める。人呼んでしみ子、古い本に巣食う、しみという虫の、
「それは聊斎志異に一話あります、貧相な文人のお話、女ではありません。」
という、
「りょうさいしい? 」
人は呆れる。
なり子、どういうわけか鳴姫と呼ばれ。
世は乱れて、野伏せりが、徒党を組んでは、攻め合う。
房の付いた朱塗りの輿が、門前について、
「なり子どの、文章の司のお召しにてあります。」
と云った。
はてこの立派なこしはと、父は娘に、とっときの衣装を着せて、こしに乗せた。
「だれその推薦であんなるか。」
と、それっきり行方知れず。
途中に奪われたという。
ほくそ笑んだのは、文章の司とは関係のない、一佐良忠という、一方の棟梁であり、これは右大臣である。
「ホッホッホ、ねらいどおりに、しみ子を姫と間違えて、さらって行きおった。」
一気に息の根を止めて、と思う先に、矢文が立つ。
「姫は頂だいた、この上は錦の御旗を押し立てて、獅子心中の虫、右大臣一派を成敗いたす。」
とあった。
これあればよし、一佐良忠は大笑いした。
「しみ子はかわいそうなが、ひねりつぶせ。」
なにがしか、野伏せりの烈中というのを立てて、ことを起こす。
 野伏せり方は知れていた。
それが潮姫、久しぶりの女帝かと云われる、姫宮を担がれては、厄介になる。
「よし行け。」
手勢をくり出した。
夜討ちであった。念には念をという、それがさんざんの目に合った。
砦山のまわりが、いつか沼池になって、草や木を植える、はまりこんで右往左往、火矢が降る、明るくなっては狙い討ち。
砦山はもぬけの空。
みな引っ捕えられた。
右大臣家には、屈強の七、八人が押し入って、一佐良忠はすんでに命拾い、
「首をすげ替えたって、同じようなのが立つ、まぬけな良忠の方がよいわ。」
という張紙。
「諸葛孔明でも雇ったか。」
だれか思い当たるほどの、ー
次は、敵のいない野原で、味方同士が攻めぎあう、青旗じるしが、どういうわけか赤く染まる。
うつせみというらしい。
「命乞いをしたにより生きざらし、鬼より悪い能無しども。」
という札が立つ。何人か三条川原にさらし者。
それはしみ子であった。
こしは、いつのまにか荒くれ男に担がれて、しみ子ことなり子は、宮廷ではない、砦山の森に入り、
「ひどいことはしないで。」
というのを、一斉に平伏する、
「烈忠にてありまする。」
目のまんまるう髭面がいた。
「主上のおん為におつかえ申す、非力の我らにお力添えを。」
どこか剽軽で憎めない。
やんきいとも、かぶきともいう侍が、恐れかしこんで、三歩も行かぬ。
人前で手下を打つ、
「お止めなさい。」
思わず云ったら、黄金の房のついた鞭をよこして、
「どうか私めをもお叱り下され。」
と、烈忠が云う、なり子は困った。
回りが慌ただしい。
どうしたのかと聞くと、戦であった。
「姫はご安泰にありもうす、たとい何万の軍勢、鴨川の水の如くに寄せようとも。」
しみ子は首を傾げた。
戦況を聞いた。
「敵を知りおのれを知る、百戦危ふからずと、孫子の兵法を待たずとも。」
といって、黄金の鞭をとって、
「これはこう。」
とて、策を授けた。
それがなんじょううまく行く。
奇妙な気がした。
世の中はもしやこういうものか、戦は負けぬよう、人は殺さぬように、
「人生とは大冒険。」
という、右大臣一派の天下を横領するありさま、命乞いの相手からにも聞き、
「汚いことは嫌い。」
という潔癖。
困ったのは、どうしてもと云われて、鞭をふるうと、荒くれが奇妙な声を上げる。
お仕置志願がぞっと増えたり。
谷間の村に敵を誘い込んで、弓矢の代わりに、酒と女で味方にしてしまったり、大軍のにらみ合いかと思ったら、精鋭が駆け抜けて、あっというまに決する。
負け戦もあったが、たんびに味方はふるい立つ。
「姫宮に申し訳がない。」
という。
そりゃ、鳴姫という仇名はあったが。
錦の御旗をこさえる。
「金烏急に玉兎速やかなり。」
という、お日さまに烏がいて、月には兎だったけど、思うそのまんまに、心の星を添えて、黒地に染め抜いた。
「やたがらすの御旗。」
と云った。不思議に大勢がつく。
ついに八方なびく。
宮廷から使いが来た。
橘の直江を右大臣にする、一党の主だちを各要職に付け、野伏せり烈忠は、北軍の大将にする、右大臣一佐良忠は追放、以下島流しなどのこと。
戦は納まった。
やたがらすの御旗は、宮の西庇を飾り、鳴姫は、潮姫というその人に会った。
瓜二つであった。
「わたしたちは双子の姉妹であった、占い博士によって、妹の鳴姫、そうですあなたは、豊海の長女になること、天下の争乱を納めるには他なくといって、ことはその通りになりました。」
百花開く如く、潮姫は云った。
「あなたにいいお婿さんがいます。」
数学博士であった。
清廉をもって聞こえる、橘の直江の弟。
鳴姫は気に入った。



つらつら椿

とんとむかしがあったとさ。
むかし、おーらんこらんという神があって、山のうちなに、美しい奥方さまきーさらがあったのに、海の京うーくらの姫かんなに恋をした。
海神が怒って、おーらんこらんを鯨にし、姫のかんなは追放した。
追はれたかんなは、たましいになって、おーらんこらんときーさらの三人の娘のうち、中の娘さーさらにとりついた。
さーさらは七人の男を愛して、きいろいという男とまぐわって、おうくなの国が出来、かんぞうという男とまぐわって、きゅうどの国が出来、しんらいとまぐわって、よつらの国が出来、あんそとまぐわって、なかつの国が出来、てんしんとまぐわって、えんどの国が出来、どんしんとまぐわって、かんどの国が出来、おくらという男とまぐわって、とおくの国が出来た。
そうしてしまい、火を吹く山になった。
火を吹く山が、火を吹かずなって、しばらくたったころ、抜きん出て高いその雪の峰を、一人の女が辿って行った。
老婆のようにも見え、長い髪をふり乱して、裸足で歩く。
「死のうというのに、死ねぬ。」
女はささやいた、
「わたしのような悪たれが、どうして死ねぬ。」
雪は足を刺し、身は破れ、深い霧がようやく押しつつむ。
二日を歩いて、女は行き倒れ。
虹が立つ。
 ゆくらかに衣をまとい、美しい神が現れた。
「女よ、死ぬるはそなたの勝手、わがおくつきは汚すな。」
と云う。
 ひれ伏すと、
「云うてみよ。」
と促す。
女は云った。
「わたしは母親を食った、母と通じ、鹿の肉だと偽って、食わせた男を、この手に殺した、気が触れてさまよい歩く、いっそ正気に返った今は、行き処がない。」
美しい神の手には、玉があった。
「しおみつの玉という、ふれてみよ。」
おずおずと女は触れた。
身も心もしおみつの玉になる。
来し方行く末、万ずの思いは、かすみに消える。
「たとい何あろうと、心は傷つかぬ。」
聞こえて、玉は見えず。
「わたしはあよと申します。」
女は喜びに溢れて云った。
「名告りをさへ上げられる、この上は、人みなに、しおみつの玉のありようを告げて、遍歴して行こうかと思います。」
あよは遍歴して行った。
おうくなの国を行き、きゅうどの国を行き、よつらの国を行き、なかつの国を巡り、えんどの国を巡り、かんどの国を行き、とおくの国を巡って行った。
一説には、浜辺に出会ったくじらから、椿を授かったという。人心を救い、その花を咲かせ。
とおくの国まで椿は咲いて、えんぞの国へ行く。
あよは八百歳を生きた。



少将と狐

とんとむかしがあったとさ。
むかし、源氏の少将もりとおは、捕らえられて、日向の国山東の村に、流された。
じきに刺客が来て、もりとおの命はない。
庶民に落ちて生きたとてせんない。
もりとおは覚悟した。
秋であった。
狐が死んでいた。
配流の人は、すすきを取って手向け、
「九尾の狐は天竺から来たという、おまえのたましいもかしこへ帰るか。」
といって、手を合わせた。
その夕、西の山を、暮れ落ちる夕陽に、行列が行く。
東は雨がはらつく。
狐の嫁入りという。
そうではない、たましいを西へ送る。
もりとおの軒に、美しい女人が来た。
身の回りの世話をして、二月をともに暮らし、もの云いもよろしく、悲しゆうに笑まう、
「そうか、おまえが刺客か。」
もりとおは聞いた。
女はうなずく。
「なんという美しく楽しい、わしがためのはなむけであったろう、感謝する。」
「京のなにがしというものの女、お慕い申し上げておりました。」
女はいった。
「おそばに何日。」
一刀があった。
とつぜん別の声が云った。
「われらが畜生に、貴人の手向けを頂戴した、刀は刺客の手から奪って、その女に渡した。」
もしや、添い遂げるかという、
「ならば刀を別ものに替えよう。」
うなずくと、手には、狐の面があった。
天竺から伝わる、伎楽面。
もりとおはかぶり、かつは巨大な男根をかざし、女人は手拭いを被り、
「大空に、
笠さして、
けんと鳴くかや、
笑まうか
きつね、
月に舞うかや、
雨さんさ。」
朗々歌って行く。
二人舞いながら、配流の地を去った。



姫地蔵

とんとむかしがあったとさ。
むかし、山吉田の有賀の村に、ふうりんという娘が来た。
きわめて美しく、山の者であったらしく、女もまた作るといって、木を削って、器用に椀や鉢をこしらえた。
云い寄る者があると、
「ふう。」
と笑って、一夜を共にした。
美しい上に優しく、男が真剣になると、首を横に振る。
太郎兵衛方に宿ると思ったら、三郎に泊まる、平気で野宿した。
女や年寄りが、眉をしかめて、
「どうにかしてくれ。」
といったが、山の者に、石を投げたり、追っ払ったりしないという、それは昔からのしきたりだった。
ふうりんは仲間を連れて来た。
大女でゆとうといい、力があって気立てがよく、なんでもして稼ぐ。
「嫁に来るかい。」
というと、むっとして、
「あたしには、決めた男がいる。」
といった。
ゆとうの次に、なんのという子が来て、これはまあ、食っては寝ていた。
なめくじみたいな。
市之丞さまに入り浸って、
「めんこい子じゃ。」
とて、市之丞さま、年であったが若返る。
もう二人三人来た。
手を出すのをいきなりねじまげる、まなというけっぺきな子や、おしゃべりをするっきりの子やいた。
あっけらかんといをうか、貰うものは貰う、食べたり寝たり、別段のこともなく。
村になにがしという、祈祷師が来たときに、
「あれはいけない。」
と、ふうりんが云った。
「なんでまあ、おまえらも風来もんのくせに。」
といったら、ふうと笑う。
村長の弥五郎どのが、
「山の者のいうことは聞け。」
といって、ていよく追い払った。
案の定祈祷師は、二つ向こう村で、人妻に懸想して、その夫を殺してちくでんした、大事件であった。
二月たった。
ふうりんと娘たちは、いっぺんにいなくなった。
「男たちが帰って来るから。」
と云ったという。
鳥も通わぬ山奥に、おにという山かの村がある。男たちが出稼ぎに行く、
「戦があったりするとな。」
物知りが云った。
なんだかいいようもなく淋しかった。
「いい思いもしたのに。」
いい思いしなくたって淋しい。
「どうしてか。」
「はてなあ。」
みんな首をかしげた。
お地蔵さまにお白粉を塗って、まっ赤な衣を着せる。
それを真夜中担いで行って、人の軒先に置いて来る。
それをまた、担いで行く。
三日三晩やっていた。
「ふうりんさん。」
という祭りだそうの。



歌の池

とんとむかしがあったとさ。
むかし、祝の九郎という者があって、笛をよくし歌を詠んだが、旅のついで、かんなの里に、月の池と云われる所へ来た。古い森に茂り、水は底無しのよう。
祝の九郎は笛をとって吹いた。
笛は鳴りとよみ、水はさやめいて、かつてない、美しい乙女が現れた。
「だれじゃ、わたしを呼ぶ者は。」
と云う、
「祝の九郎と申しまする、笛を多少。」
といって、九郎は、
「かんなびの月を浮き寝の笹枕。」
と歌った。
美しい乙女は、手紙をしたためて、それを渡し、
「山二つ向こうの日の池に、妹が住む、頼まれてくれ。」
と云った。
祝の九郎は日の池を訪ねた。
笛を吹くと、美しい乙女が現れる。
「だれじゃ、わたしを呼ぶ者は。」
「祝の九郎と申しまする、笛を多少。」
といって、九郎は、
「鳴りとよみけむ玉のしずくは。」
と歌って、月の池の、姉の手紙をわたした。
それには、
「この者、笛も歌もいまだしかと思うが如何、よしなに。」
と書いてあった。
日の池の乙女は、祝の九郎を牛に変えた。
九郎は牛になって、土を鋤きおこし、日の池には粟をまき、月の池には稗をまいた。

年ごろそのように過ごし、ある日その身を嘆いて、牛のよだれに書きつづった。
「われは知られた名笛祝の九郎、たとい心は届かずとも、牛になって生きるとは。」
という。
九郎には子があった。
父の無念を伝え聞いて、笛を鍛え、そうして月の池に立った。
笛を吹けば、美しい乙女が現れて、
「かんなびの月は今夕も渡らへど。」
と歌い、それを聞いて石に変わる。
石になって、なを笛は鳴りとよみ、日の池の乙女がこう歌った。
「浮き寝の雲は待つには待たじ。」



激痛

とんとむかしがあったとさ。
むかし、結城村に、どこんじょという、これもこわーいお化けがあった。
まっ白い着物着て、それが美しい女の幽霊で、
「うわ止めてくれえ。」
とて、わななく男に取りつく。十日もふ抜けになっていたり、物云わずなったりする。年でぽっくり死ぬのもいた。
朝見ると、水濡れて、くさったねぎや大根のしっぽがあった。
どこんじょがとっついた、
「ふははやええ思ひ。」
とか、
「くせえったら恐ろしいったら。」
もうかあちゃんがそっぽ向いたきり。
どうしようばったって、月に二度出たり、半年も音沙汰なかったりして、何年も続いていた。
田植えどきなど、なんたって困る。
伝え聞いて、竹の太郎という者がやって来た。
天に月、地には風、人に竹の太郎と、知る人ぞ知る。
村のあたり、はるかに雲が渦巻く、
「はてあれは。」
竹の太郎は、妖気を計るという、無明丸を抜いた。
「妖気ではない。」
天の物の息吹がある。
竹の太郎は、人ごとに聞いて歩いた。
たしかに妖気はあった。
老人が云う、
「むかし、唐の国から、龍の角を売りに来た人がいた。」
それを、かんざし作りが買って、かんざしにこさえて、お館さまに、黄金三十枚で、売りつけたという。
結城のお館は栄えておった、美しい三人の姫がいて、龍のかんざしは三つ。長い黒髪にさすごとく、三人三様に狂って、いやもうえらいことになった。
「ために結城は滅んだ、かんざしは鉄の箱に容れられて、井戸へ投げ込まれた。」
という、千年もの伝えであって、ようもわからん。
竹の太郎は井戸を捜した。
「清い清水。」
という井戸はなく、村外れに、野菜などのうっちゃり場があった。
たしかに妖気がある。
人を呼んで、腐れ物などさらい上げてみようとて帰って行った、その夜であった。
鳴りくらめいて、百花燎乱の。
美しい乙女であった。ゆらめいて三人になり二人になる。
「竹の太郎とな、婿どのには不足なが、堪らえてやろう。」
ふうっと咲まふ。恐ろしいったら、竹の太郎は金縛り、
「あかしの契りじゃ。」
「どこんじょというはおまえか。」
竹の太郎は、やっと口を聞いた。
「ほっほ、あれは野菜どもじゃな、なぜかって。」
「わたしらの気をな。」
「あんなものを捨てるからじゃ。」
「さあはよう。」
無明丸を抜こうにも抜けぬ、
「おまえたちは結城館の姫君。」
「だからどうした。」
「いえあの、では一千年のむかしに命はないはず。」
「こうしてあるが。」
「かんざしに取りついた怨霊。」
「なんとな。」
「いい男じゃというに。」
「つべこべ抜かすその口を。」
三つの手がかんざしを引き抜く、
「口はのうてもさ。」
竹の太郎の口唇に激痛が走った。わずかな隙に、刀を抜き放つ。
すざましい悲鳴。
光くらめいて闇。
夜が明けて、くちびるの激痛だけが残った。
竹の太郎は、村人に云って、野菜溜まりのやぶを、片づけさせた。
井戸が現れた。
「伝説の清い清水じゃ。」
老人が云った。
「かなっさびが出て、忘れ去られておったが。」
水は澄みわたる。
かなっけはなかった。
とつぜん竜巻が起こって、清い清水を襲い去る。
かんざしとともに、どこんじょは失せた。
竹の太郎は、口辺の痛みとともに、村をあとにした。



金焼け

とんとむかしがあったとさ。
むかし、とんだ村に、金焼けという、これもこわーいお化けがあった。
とつぜん、陽炎のようにもやいかかる、気がついたときは、三日もたっていた。
覚えた者もいたし、ついたった今という者もいた。
「古いかまどがあって、金色の女郎ぐもがいて。」
という人や、
「柄のくさったくわで、畑をこさえた。」
とか、
「変な酒を飲まされた。」
「かわらけがあった。」
というのやいて、半月は寝たっきりになった。
伝え聞いて、竹の太郎という者が来た。
天に月、地には風、人に竹の太郎と、知る人ぞ知る。
竹の太郎は、村人に尋ねた。
「金焼けは、それがなあわからん、真っ昼間、こおろぎの鳴くときと、夏はおけらの鳴くとき。」
という。
埋もれた財があるとて、捜し回る者もいた。
妖気を計るという無明丸を抜いた。
おおむかしの塚が、二つあって、草むすばかりに、なんの気配もなかった。
竹の太郎は村をあとにした。
旅のついで、とつぜんお寺が、丸焼けになった。
妖気がある、行って見た。
狂った坊主がわめいていた。
「様になったではないか、ほっほっほ、大火聚の如しだ、ひっつぶれて、踏み絵になった金仏だ、ちいろりおき日に夏の宵。」
という、
「大空こそは美しい、なんという駄作か。」
「名仏師さまそうの本尊仏と、いくつ仏を。」
人々が云った。
「そっくり失った、坊主が火を付けた。」
「取りつかれておる。」
竹の太郎が云った。
さやごと無明丸に、坊主はきょとんとそこへ坐る。
問うてもさっぱり。
「踏み絵とななるほど。」
竹の太郎が云った。
「そうであろう、さまそうという駄仏師よ。」
声だけが聞こえた、
「仏に会うて仏に会わず。」
「さようか。」
「今ようやくに。」
という、金焼けについて、竹の太郎は聞いた。
「ほっほっほ、とよ子はわしより才があった、なんという無駄遣いを、ごっほ。」
と、それっきり。
竹の太郎は引き返した。
待った。
とつぜん夕もやふ、炎に燃えて土饅頭と、古いくちかけた大門が開く。
朱塗りの門であった、竹の太郎を迎え入れる。
「今たびは京人であんなるか、ようまあひなの館へ。」
美しい人であった。
「主もお待ちもうしておりました。」
主というは、でっぷりこえた、卑しい目つきの、
「いや痛み入りもうす。」
少しはそのう、さすればえびすのわれらも、
「お役をもって来たわけではない。」
波切りの術をもって、竹の太郎は応ずる。
「オホ、わかっておりまする。」
宴であった。
舞いに遊ぶ。
美しい人が歌う、
「あやしやの、
空ろ鳴るらむ、
鈴の音の、
流転三界、
夏の風。」
すぐれた手振りを、
「もしや奥方さまの。」
竹の太郎は聞いた。
「さよう。」
つまらなそうに主は云う、
「あやしやの、
京の手振り、
忘らえて、
 花に咲くとや、
月はおぼろか、
日は西に。」
とうとう舞い納め。
「なんという雅び。」
竹の太郎は、いつか子供のようにはしゃいで、詩歌管弦のこと、三跡を云い、引いては世の風潮を問い、軒の辺の萩を読み、
「心ばへ山の風さへうちなびき萩の花ふに衣うつなれ。」
返しは、
「山風は清やけくあるに萩の花つゆのまをさへ思ひ乱れて。」
竹の太郎は、達者なその書を書かいた。
「これは、ー 」
奥方が絶句する。
その書は、ずっと後の世のもの。
にわかに騒がしくなる、
「柵のお使いともうして、待たされてお怒り遊ばす。」
という、どうやら待ち人が来た。
竹の太郎は取り囲まれた。
これは双方の手勢、
「何者じゃ、官権をかたろうという。」
竹の太郎は遠慮しなかった、二、三十は叩き切って、刃をでっぷり肥えた、喉首に当てた。
「殺せ。」
という、
「これですむものか。」
命乞いをしたのは、美しい人であった。
「仏師のさまそうは、あったら才を能無し亭主の為にと云った、でもわたしは夫を取るよりなく。」
竹の太郎は無明丸を引いた。
金焼けは消えて、もとの原。
その耳に、
「竹の太郎とな、そなたを待とうぞ。」
と聞こえ。
はて金焼けは、竹の太郎のゆえに。

2019年05月30日

とんとむかし25

さんご太郎

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ごんぞう村に、さんご太郎という、またぎがいた。
犬をつれ、鉄砲と山刀を持って、熊うちに入る。
あるとき、熊はいず、ひきあげようとしたら、美しい女が、雪の上に立つ。
「あやしのもの。」
鉄砲をかまえると、
「なにをしなさる。」
と女、
「いやすまなかった、ここは人住まぬ山奥だが。」
鉄砲を下ろすと、
「わたしはたんなの里の者、どうか頼まれてくれ。」
という。
たんなの隠れ里は、知らぬでもなかった、またぎでも近寄らぬ、どのようないわれか、山また山奥に隠れ住む。
「鬼が出たのじゃ。」
女はいった。
「男は殺し、女子供はさらって行く、どうかその鉄砲で、鬼を退治してくれ。」
「鬼とな。」
さんご太郎はいった。
「退治したら、わしの女になるか。」
「よろしいように。」
女は目をふせた。
犬をつれ、さんご太郎は、女のあとへついて行った。
雪深い、たどったことのない谷あいだった、急に開けて、村があった。
槍を手に、村長が出迎えた。
「里のことを、よそ人に頼むは、ふがいないことである。」
村長はいった。
「男はもはやおらん、このわしのかばねをまたいで、加勢してくれ。」
先にたって行く。雪のふる巨木の林であった。とつぜんおたけびが聞こえ。きっかいな声が、こずえを走る。さんご太郎は鉄砲をうった。一発二発。てごたえはなく、胸をかっさかれて、村長が、たおれていた。
さんご太郎は、犬を放った。
犬はあわを吹いて死んでいた。
一発うち、気配を感じてうち、たしかに手応えがあって、さんご太郎は、雪の林をさまよった。
二発うった。
まっさおなものの走るのへ、うちこんで、さんご太郎は、命弾を使ってしまった。
またぎが、一発だけはとっておく弾。
鬼は、三発の弾を受けて、死んでいた。
ふたかかえもあるその首を、山刀にかっ切って、さんご太郎は、美しい女のもとへ、かついで行った。
「このとおりだ、二匹いるというのなら知らん。」
「そうか。」
女はいった。
「わたしが欲しいか。」
とっさに、さんご太郎は、鉄砲をかまえた。その先に両腕をかかげた、巨大な熊がいた。
弾はなかった。山刀ははじきとばされ、またぎは、熊の一撃にふっとぶ。
もうだめかというときに、犬が吠えついた。
犬は死んではいなかった。
熊は去った。
さんご太郎は、すんでに助かった。
深傷は、春までいえなかった。
「山では、いろんなことがある。」
さんご太郎はいった。
そのときのものだという、一尺もある、ひからびた鬼の指か、木のきれっぱしかどうか、わからなかった。

さんご太郎は、一生を独りものであった。
みにくいいごっそうの、子供もよっつかぬ、口べただった。
それに美しい嫁が来た。
親の取り決めた、縁組みだった。
「殺生のもとへ、観音さまじゃ。」
 人はいった。美しい嫁は、蓮の花のように笑む、そうしてみごもった。
「生まれ月には、猟に行くな。」
というのへ、さんご太郎は、
「殺生のこれがおれの、なりわいだ。」
かたくなに云って、でかけて行った。
死産であった、その母もまもなく死んだ。
ちょうど鉄砲をうったときだ、赤ん坊は三口だった、ばちがあたったと人はいった。

「おれのような、罰当たりのもとへ。」
息を引き取る妻に、さんご太郎は云った。
「いいえ、わしは、おまえさまが好きだで来た。」
美しい嫁は云った。
またぎは、あとを貰わなかった。

くまのいは、黄金と同じあたいという。いいものとそうでないものがあった。さんご太郎に頼めば、最上の品が手に入った。
まっくろい熊のいに、さんごのようなつやが出る、それは、さんご太郎の異名を取る、逸品だった。
熊に、ふたまわりもみまわりも、大きいものがいた、目が青く光るという、そいつを狙うよりなく。
さんご太郎は、はくびしんという、珍獣を追っていた。
むじなに似て、気性が荒く、鼻に白いすじがつく、たった一度だけ見たことがあった。

さがしまわって、さんご太郎は、国ざかいを越え、しなのの重蔵という、これも知られた、熊うちのまたぎに会った。
「えちご者がなぜわたる。」
重蔵が聞いた。
「熊はうたぬ、はくびしんという、めずらしいけものを、追っている。」
さんご太郎はいった。
「はくびしんとな、なんに使う。」
「ようも知らぬ。」
たんがのお殿さまが、奥方さまのろうがいという病気に、ぜひにと願われたそうの。はくびしんと茄子を漬け込んで、これを食すといいという。
「さんご太郎の名は聞いておる、その異名のくまのいのありかを、教えてくれ、すればおれが、はくびしんは取って来てやろう。」
しなのの重蔵はいった。
「よかろう、えものを受け取ったら、教えよう。」
さんご太郎は云った。
重蔵は、はくびしんを取って、さんご太郎にわたし、そのすみかを知って、異名のくまのいを取りに行った。
そうして、それっきり帰らずなった。
「相手は知恵者だ、一頭だけと思うな。」
たしかおれはそう忠告したと、さんご太郎は云った。

うち損じたことがあった。手負いにてこずって、けがをして、さやばの湯という、山中の温泉にひたった。
うちみ、切り傷、まむしに噛まれなどに効く。
日も暮れて、ひたっていると、大きなけものが来る、まさかと思ったが、うち損じた熊であった。
いっそ背中合わせに、一晩を過ごす。
食ったり食われたりのけものどうしでも、同じこったと、さんご太郎は云った。

山に宿ると、いろんな音がするという、
「かん、かん、かーん。」
と、あれはたぬきがたたくのだ、聞いているうちに、物を忘れてしまう、するとどこへどう泳ぎ出すか、谷へはまって死ぬ者もいる。
「これはその時の。」
といって、さんご太郎は、ふとももを見せた。
忘れほうけぬようにと、山刀を押しつけた傷あと。
「それからな、女の声が近づいて来る。」
何人でもやって来る、見てはだめだ。腹の上跨いで行っても、また来る。
おそろしさに、屈強の男も、わなわなふるえ。
「あしたの朝―、いやなんでもない。」
またぎは首をふった。

たんなの隠れ里へも行った。
「いやあれは夢であったか。」
さんご太郎はいった。
三日もさまよって、えものがなく、蛙やいわなをとって、飢えをしのいでいると、
「ほう。」
と叫ぶ。
ほうほうと聞こえ、叫びに追われて走った。赤い帯をして、山吹の衣をきた男たちに、取り囲まれた。
「川の魚をとったな、わしらがものを。」
という。
さんご太郎の、鉄砲を取りあげて、ひったてる。村があった。すっぽりと屋根だけの家。
格子に組む、穴ぐらへほうりこまれた。
「春になったら、出してやる。」
牛のかわりに、飼ってやろうという。だがその晩、松明をもって女が来た。
「わたしがおまえをとった。」
女はいった。
三晩通ってきて、そこへ鉄砲と、笹の包みを置いた。
「おまえを逃がす。」
かぎを開けて行く。
鉄砲をとって、さんご太郎は逃げた、逃げのびて明け方、笹の包みを開いた。とちの餅だった。
 食いおわると、ふうっとものみな忘れ。
十何年もして、椿と山吹の咲くのを見て、思い出したという。
本当にあったことか、ようもわからぬと、さんご太郎は云った。

熊はすばやい、泳ぐし木にも登る、あきらめない、三日も追いかけてくる、こんな太い枝をねじって、しるべにする。
よく人の心を読む。
熊の道すじと、どこで鉄砲をうつか、名人とも云われれば、間違いはなかろうと、人はいう、そんなことはないと、さんご太郎は云った。
「知恵比べだ。」
よくたしかめて、道すじへ追い込んだ、やって来た、鉄砲をかまえると、別の熊だった。
気配を感じて、ふりかえると、そこに狙いのえものがいた。
両腕をかかげて立つ。
危うくに鉄砲を向けると、なんとひばの木であった。
別の熊もいなかった。
「命を取られずにすんだ。」
またぎは苦笑した。

半ぱものの熊もいた。半蔵というまたぎがうち損じて、その半蔵を食ったので、はんぞうという仇名がついた。
右目がつぶれ、足をひきずって歩く。
はんぞうは人を食い、牛や馬を襲った。
大熊であった。
かけつけたときはもぬけのから、犬もその跡を見失う。
川をわたって、においを消す。
わたっておいて、また引き返すのを、さんご太郎は、あとで知った。
ある夜、飼い牛を食われて、大騒ぎになった。
犬を先頭に、さんご太郎とまたぎらと、みなあとを追った。
ばあさだけ残った。
くらがりに巨大なものが、うずくまる。ばあさは錆びついた、なげしの槍をとった。

はんぞうはつったち上がる。
「なんまんだぶ。」
はんぞうは、ばあさの上に重なって、死んでいた。
かがみこんで突き出した、槍に貫かれ。
ばあさには息があった。 
 やっこという熊は、鉄砲でねらう先に、犬のちんちんのようなまねをした。
うたずにおくと、しばらくついて来たりする。
そのあとも出食わして、見逃したが、別格中の別格、名うてのさんご太郎の鉄砲を外す、主のような大熊といっしょにいた。
首尾ようにねらうと、やっこがよっつく。
あきらめるよりなかった。
やっこは、何年めかの冬を、越せずに死んだ。
飼われていた熊であった。
「半ぱものをこさえるのは、人間だ。」
さんご太郎は云った。

山奥深く、ささらの丘と、さんご太郎の呼ぶところがあった。
そこへ立つと、海のような、潮騒の響きがする。
そこへ立ったのは、さんご太郎の他に、二人いた。
一人は弟だった。
弟は十も年上の兄について、またぎの修行をした。
兄弟とは思えぬ、涼しい目鼻立ち、鉄砲の腕は兄をしのいで、百発百中であった。
風に舞いとぶ木の葉さへ、うち抜く。
それが肝心のえものをし損じる。
「よすか。」
さんご太郎はいった。
「いや止めぬ、熊うちの。」
という、さんご太郎は弟に、手負いにした熊を、さし向けた。
すんでに射貫いて、血まみれになって、笑う。
達者なまたぎになった。
兄は弟を、ささらの丘に立たせて、云った。
「わかるか、海の音だ、いいか、飢えぬかぎりは、うさぎ一匹うってはいかん。」
弟は、うなずくようであったが、それからまもなく、し損じて死んだ。
伊能又右衛門家は、ぞくにまたぎ屋敷と呼ばれ、さんご太郎も、彼岸と正月には、挨拶にうかがう。
弟はまたぎ屋敷に、三年奉公した。
ある日、さんご太郎の軒に、美しい娘が立って、
「伊能の末娘りん、弟どのをとむらいたい、お墓はどこじゃ。」
といった。
「ちっと遠いが。」
さんご太郎がいうと、
「かまわぬ、案内せ。」
という。山支度をさせ、二人奥山へ別け入った。達者なまたぎの足でも、どうかという、おりんどのは、音を上げなかった。
ささらの丘へつれ立って、
「ここじゃ、海の音がする。」
といった。
おりんどのは、声を上げて泣いた。
さしも気丈の娘が、帰りはさんご太郎の背中に、すやすやと寝息を立てていた。

さんご太郎は、鉄砲名代の格をさずかって、引退した。
おそれおおくて もはや鉄砲は持てぬと云った。
自慢話なぞなかった。
一生に何頭の熊をしとめたかと聞くと、たった一頭だと云った。生まれ替わったら、おれがうたれてやろう、たった一回きりだと云った。
日差しのまぶしい、昼下がりだった。ぶつぶつという、
「なんならおまえをうってもいいが。」
と聞こえ。

引退してから、引っ張り出された。
人がつかみ殺され、赤ん坊が失せた。
なにものかのしわざであった。
またぎ仲間とさんご太郎は、犬を放って、あとを追った。
深い森であった、空鉄砲をうつと、すざって行く気配がある。
岩場に追いつめた。
破れ衣をつけた、ばけものが、食い残しの、赤ん坊を抱える。
ばけものではない、老婆であった。
なんという、水のようなその目を、さんご太郎は、生涯忘れなかった。
鉄砲がうち抜いた。
破れ衣が、風になびいたのだった。



笹蔵銀山

とんとむかしがあったとさ。
むかし、日吉村に、与野源左衛門ともうす、旧家があった。
みずうみと呼べるほどの、池があって、与野の大池といった。
先祖にたいしたお方がいて、田植えするのに、日が暮れかかる、ひおうぎをふって、お日さまを、呼び戻したという。田植えはおわったが、一夜明けると、みわたすかぎりの、みずうみであった。
平家伝説では、平の清盛は、熱病で死ぬことになっていたが、かわりに河童のほこらがあった。
中国から、海を渡って、河童がうつり住んだという。
与野の末娘、おみよさまは、たいそう美しかった。
お殿さまが、お召しじゃといって来た。浮気ものの、お殿さまが、今度は若い娘に、目をつけなさった。
「与野の末はあとを取るか、独り者ということになってます、河童のたたりがありもうす。」
十も年上の、これはみにくい、なりは大きい兄が、そういって断った。
「河童のたたりだと、ふん笑わせるな。」
お殿さまはいったが、それっきりになった。
みにくい兄は人望もあつく、末の妹おみよさまを、かわいがっていた。
「なに、いざとなりゃわしだってな。」
兄はいった。
「与野には日の神の子と、わしのような河童の別されが出る。日の神は大切にせにゃな。」

といって笑った。
おみよさまは、三郎という、大きな犬をつれ歩く。
日吉の村から、大池のほとりから、河童神社にお参りをし、一本杉の下に寝っころがったり、むかしは銀を掘ったという、穴ぐらをのぞいたり、あしの生えたみぎわや、
「おみよさま、あんまりきれなお顔うつすと、河童に取られるで。」
人がいうと、
「河童神社にお参りするから、取らない。」
おみよさまは、必ず返事した。
めったに吠えない三郎が吠えて、行きだおれを助けたり、子供の喧嘩を仲裁したり、荷車のあと押しする。
「はあいやな、照るは日吉の、
お日さま育ち、
なあんで河童がまつられた、
お皿が干上がる、
はーいとな。」
いい声で歌った。
 笹蔵という、漁師の子があった。一メートルにもなる、魚を担って行く。
「すごい、見せて。」
おみよさまがいうと、
「さわるな、河童神社のお供えだ。」
という、
「どうして。」
「女は穢れじゃ。」
「おっほっほ。」
おみよさまは、いたずらっ気を起こして、りっぱなその尾ひれにふれた。
「ぎゃあ。」
漁師の子はわめく。
「こんな魚は、そうは取れんで。」
へたり込む。
「だいじょうぶ、あたしがお供えして上げる、きっと大漁。」
おみよさまがお供えしたら、その年大漁であった。
笹蔵は十五になると、もうたくましい漁師だった。
おみよさまのいうことは、なんでも聞く。
蓮の花をかざし、河童のお面の笹蔵と、お盆にはいっしょに踊ったり、
「こんなにきれいな花だのに、どうして一夜で散ってしまう。」
おみよさまはいった。
「笹蔵、おまえわたしのお婿さんになる。」
「婿さんになんてなれん。」
笹蔵はいった。
「一生お仕えもうす、もしものことがあったら、わしの命に代えても。」
お殿さまの若君、龍之介という、お世継ぎどのを、お忍びの舟遊びに案内したのは、漁師の笹蔵だった。
笹蔵のこぐ舟に乗って、お世継ぎどのは、魚を釣り、釣り上げては放す。
「わたしらで、魚はこさえますが。」
「いらん、なまものはきらいだ。」
若君は云った。
「与野の先祖は河童というではないか、たたりでもってみにくいのばっかり、生まれるそうだが。」
と聞く。
「いえ、末のおみよさまは、それはたいそうお美しく。」
笹蔵はいった。
「河童を見た者はいるか。」
「へい、大勢見てます。」
笹蔵もそれらしい姿や、夜中にとつぜん水の盛り上がるはなしをした。
「その末娘に会おう。」
龍之介はいう。
「あのそれは、わしのようなもののその。」
「そうじゃない、そこらへんで待ち伏せだ。」
龍之介は聞かぬ、二人して、おみよさまの通う、あしっぱらに身を伏せた。
そのときはもう、三郎はいなくって、おみよさま一人が来た。
雷にうたれたように、龍之介はつったつ。
「だあれあなたは、おまえは笹蔵。」
「あ、あのこのお方は。」
「わたしはお城のさむらいで、龍之介ともうす。」
そういってあと、龍之介は言葉が続かなかった。
「そう。」
おみよさまはさっさと行ってしまう。
笹蔵は二人の会う瀬を工夫した。
いつもだが笹蔵がいっしょだった、そうせいと云われて、
「おっほっほ、おさむらいさま、わたしのお婿さんになりたいっていうの。」
三度めかに、もどかしくなって、おみよさまがいった。
「いやそのあの、おまえさまはそうして、縁談なとあったか。」
若君は聞いた。
「あったわ、女狂いのお殿さまから。」
「そうではない。」
龍之介はあわてていった。
「父上ではない、わたしの、その、は、花嫁にってことだ。」
「なんですって。」
おみよさまは怒った。
「お世継ぎさまなら、そうと初めから云えばいい。」
笹蔵を呼んだ。
「舟を出して。」
笹蔵のこぐ舟に、二人は乗り込んだ。
大池のまんなかあたり、
「笹蔵、おまえわたしのためなら、命も捨てるっていった、あたしの身代わりになって、河童神社まで、泳いでおくれ。」
おみよさまはいった、
「お世継ぎさまと二人、泳いでおくれ。お世継ぎさまが勝ったら、お城へお嫁に行く、笹蔵が勝ったら、もう、二度と来ないで。」
「ようし。」
二人はふんどし一つになって、飛び込んだ。
龍之介も達者だったが、漁師の笹蔵にかなうはずもなく、途中で姿が見えなくなった。

おみよさまがこいで、二人であわてて引き上げた。
「なんで助けた。」
水を吐いて、龍之介はいった。
「もういっぺんやりなおしだ。」
次には、半分死んで、
「ふうもう一度。」
とうとう根負けした、
「仕方がない、お嫁に行く、でも身代わりになった笹蔵を、銀山奉行にしておくれ。」

おみよさまはいった。
「銀山奉行だと。」
銀山は閉じたが、奉行職だけは残っていた。
「わかった、わしの負けじゃ、借りは返す。」 捨てぶちぐらい、どうってことはない。

おみよさまは、その年お城にお輿入れして、笹蔵は銀山奉行の、お墨付きを頂戴した。

「なんだ、せっかくあとの工夫もつけてやったのに、女のことはわからん。」
みにくい兄は笑って、せいぜい支度を調えてやった。
おみよさまは、その兄が、河童神社に伝わる、河童文字を解いたのを、知っていた。

「みにくきやかはのかみなるしろがねのいくよをへにていぬひめのてに。」
という紙片を、
「みやなか」
の文字に辺に折って行くと、銀の在処をしるす。たとい与野の土地も、銀山は銀山奉行の差配。
兄と笹蔵は、何年か研究の末、ついに掘り当てた。
旧にもます銀山であった。
今はお殿さまである、龍之介が血相変えて、乗り込んで来た、家来もつれずの、
「奥を出せ、どこへ隠した。」
「お殿さま浮気なすったな。」
「いやその、あやまる。」
お殿さまはあっさり云った。
「奥がおらんだら、どうもならぬ。」
おみよさまは、兄がこさえてくれた隠れ屋敷に、銀山奉行の笹蔵と、銀山の指図をしていた。
「銀に頭を下げますのか、あたしにあやまりますのか。」
「そういうな。」
みにくい兄がいった、
「しおどきってものがある。」
おみよさまのお子は二人、男子はみにくくって、女子はお殿さまとあわせもって、光輝くように美しかった。
みにくい子は、ふうつきに似ずおおらかで、賢かった。
おみよさまは愛した。
五代ののちか、与野の大池の底をぶちぬいて、銀山は終わった。
河童というのは、中国渡来の、金山掘りであるという。



河原乞食

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しのぶ村の、河っぱたに、こうやの仙三という、顔に、向こう傷のある男が、住み着いた。
流れ者が住むには、村は狭すぎた。こうやの仙三は、村のたれそれが三男で、紺屋に奉公に行ったから、こうやの仙三と呼ぶ、つまり出戻りってわけだ、村人も見て見ぬふりをした。
何人かよったくって、ばくちをうつ、畑のものをかっぱらうなと、噂が立った。
流れ木に、むしろかぶせて、仙三は住んでいた。
だれかやって来た。
やせて物干し竿に、浴衣かけたような男だった。
「玉砂利御殿に、黄金のむしろかけて、豪勢な青天井のさ、水は天下の河っぱたってやつか、どうれ厄介になるぜ。」
「人生しんばり棒んなっちまった男か、そいつは頼もしいぜ。」
二人は変わった挨拶をして、いっしょに住んだ。
流れた野菜を拾ったり、魚とって食ったり、物貰いして歩いたり、かと思えば、すっぱだかになって、河へ入って、水かけして、子供のようにはしゃいでいる。
仙三は、
「ためさ。」
と相手を呼んだ、為右衛門というらしく、燃し火なんかすると、
「どうじゃ、きれいどころもいならぶこっちゃ、ちったあ橋げたに似たが、三味線河どんざん申し分ねえや、歌え。」
という、
「ようし、今日の雲行きでもきゅうっとやって。」
ためさは、柄に似合わず、いい声で歌う、
「行きは三角、帰りで四角、
かかは六角、月が出た、
はーやいよいよいよおらさのさ、
月は出ねえで、角が出た、
角は八角、十三七つの、
はーあ狐の嫁入り、雨が降る。」
仙三はそこら叩いて、はやして、それから二人で踊る。
首くくる縄もなし、年の暮れといって、豪勢な青天井も、ひいらり雪が降る。
「どうだあためさ、正月興業ってのやろう、本物きゅうっとやってさあ、餅の一つも食いてえじゃねえか。」
「あっはあまかせとけ。」
二人はいって、赤いふんどし一丁に、むしろかぶって、そこへ松の枝つっさして、門付けして歩いた。
そんなのに、居座られちゃ困るから、なにがなしくれて、おっぱらう。
仙三が拍子とって、ためさが歌ったりすると、
「ほっほうこれは。」
といって、けっこう流行った。
「はーあ三界松の為右衛門、
めでたや道行き、
ホレホレ、
おいらんは、
金比羅権現仙蔵太夫。」
めでたい、おらうちも頼むと云う。
河原に燃し火して、きゅうっといっぱい飲んで、餅を焼いて食って、
「ためさのでたらめ節も年とったか。」
「せんさのいいかげん太鼓もな。」
あっはっはといって、正月は過ぎ、おぼろ月がぽっかり浮かんで、河原も春が来た。

二人は旅に出た。
そうしてまたふうらり舞い戻って、二三年はいた。
仙三は田舎者で、紺屋の仕事はへまばっかり、それを旦那がかわいがって、どこへでもつれて行く。馬鹿正直で、いっちゃならんということは、口が裂けても云わん、ちかごろ得難い人物よといった。
押し込みが流行った。頭をまむしの仙三、その手下を雲の為右衛門といった。遊び人の旦那は、同じ名まえの仙三を、引き合いにして、
「じつはな。」
といった、
「大きな声じゃいえぬが、まむしの仙三のこれに、手出してな、それっからというもの。」

といって流行らしたが、そうしたら張りあう者がいて、これは物干しみたいに、やせた男を引きつれて、
「雲の為右衛門だ。」
といった。
やせたほうは、いい声で歌った。
余興の間はよかったが、紺屋のお店に、押し込みが入った。
木戸が開いていたという、人一人殺され、取られたものも大きかった。
向こう傷はそのときの傷だって、仙三に続いて、為右衛門がつかまった。申し開きのつけようもなく、獄門さらし首。
いよいよとなって放免された。
旦那が夜遊びに、木戸を開けとくようにいった、云わぬ仙三に感じて、すべてを申し述べた。
仙三はいなくなった、為右衛門も姿を消した。
「花は散る散る、はあどっこい、
人は切なや、散られもせぬは、
あっは浮き世の、こりゃおぼろ月。」
とやこう歌って、どこかへ行った。



おとよさ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しなのき村に、おとよさという人がいた。
おとよさは、美しい人で、行かず後家で、お針して、若い子に、お針教えて、暮らしていた。
年過ぎても、美しかったから、いいよる男や、よからぬ男どもやいたが、おとよさが、にこっと笑うと、それっきりになった。
なぜかわらない、かなしい、せつない気がしてと、男たちはいった。
月にいっぺん、よそゆききて、町方へでかけて行く。
そうか、わけありのなという、手だすとこわいぜといった。
しげという女が、夫のなぐるけるに、たえかねて逃げてきた。
飲んだくれて、夫が追いかける。
行きどもなくって、
「たすけてくれ。」
と、おとよさにすがった。
おとよさは、夫を追い返した。
飲んだくれが、しゅんとなって、もう一度来たが、それっきりになった。
おとよさは、しげと二人、お針をし、お針を教えて暮らした。
月にいっぺん、今度は二人して、でかけて行く。
だれかあとをつけたものがいた。
にぎやかな町を抜けて、お寺があった。
お寺にお墓参りをする。
そのあと見ると、俗名とよというお墓であった。
しげという、新しいのもあった。



川の水

とんとむかしがあったとさ。
むかし、とやの村の、破れ寺に、ゆうれいが出た。
たたみ一枚分の、でっかいつらして、けったり笑う。
なりがでっかすぎて、墓へ入りそくねたとかいって、別になんにもしなかったのを、

「ゆうれいなんかに、でっかいつらされて、たまるか。」
といって、村の力自慢が、のっこんだ。
それっきり、帰って来ない、行ってみると、本堂に、ふんのびていた。
「いやあ、えれえ力で。」
あっというまに、のされたという。
こわいもの見たさに、行ってみたり、ちょっかいかけたり、若いのがよったくって、肝だめしに、一夜泊まったりした。
すると、ゆうれいが、村へ出て、なにかして歩く。
子供木のてっぺんへ、つるしてみたり、若いのを、ふんどし握って、いだてん走りさせたり。
娘にとっついたそうで、半日へんになってたとか。
「こうしちゃおけぬ。」
といって、やっとうの先生頼んで、さし向けた。先生は、取った刀に、まっこうに切られて、死んでいた。
坊さま頼んで、二つとも供養した。
なまくら坊主で、どうもならん。
うらめしや、なんまんだぶつと、ゆうれいが歩く、
切られた死体が行く。
たまらん、おもだち寄って、相談した。
「破れ寺ごと、火つけよう。」
「ゆうれいが、火になっておそうぞ。」
「墓ひっくりかえしてみっか。」
「墓石の雨ふったり。」
「ありゃゆうれいじゃねえ、なんかが化けたんだ。」
「困るよ。」
「たたりだ。」
とかやっていたら、ゆうれいが出る、
「今度はなんの注文だ。」
といった。
すっとんきょうがいて、
「では、大川の水飲み干せ。」
といった。
それっきりゆうれいは、出なくなった。
大川に、うすよごれた、でっかいぼろっきれがかかる。
「あれは、お寺のまん幕じゃねえか。」
「たしかに、水飲んでらあ。」
なんであんなもんが化けたんだ、さあなって、とにかく幕になったから、よかった。



猫又

とんとむかしがあったとさ。
むかし、やだ村の、欲たかりの、りえもんというのが、爪に火ともして、貯めた小判、盗人に取られて、狂い死にした。
りえもんは、かかもなければ、子もなく、ねこを一匹飼っていた。
そいつが出た。
夜中ぼおっと、明るくなって、ねこが小判をくわえて、ちりーんと落とす。
「そうか、まだ隠し金あったんだ。」
といって、十人二十人よったくって、そこらほっくりかえす。なんにもなかった。
「そりゃねこに聞け。」
というのがいて、真夜中、待ちもうけた。
ぽおっと明るくなって、小判をくわえたねこが出た、
「欲しいか。」
と聞く、
「欲しい。」
といったら、ちりーんと落とす。
たしかに小判だ、それ拾ったら、またくわえる、
「欲しいか。」
「欲しい。」
ちりーん、一晩中やっていたら、夜が明けた。
千両にはなると思ったら、なんにもない。気が狂った。
「りえもんと同じだあな、ねえったらに狂う。」
 ねこの声がした。
「ねこに小判というではないか。」
とさ。

2019年05月30日

とんとむかし26

かやっぱらたぬき

とんとむかしがあったとさ。
むかし、えんごーや村のかやっ原に、えんだぬき、しんだぬき、かだぬきの、三疋狸が住んでいた。
えんだぬきは大入道や、お地蔵さまに化けたし、かだぬきは立ち木とか石っころに化けたし、しんだぬきはきれいな娘に化けた。
しんだぬきが女の子に化けて、ためよ貫太郎を化かそうとしたら、
「おらあちのとめ子は、まちっとかわいくって、耳とんがっている。」
と、ためよ貫太郎がいった。
しんだぬきがぽわあと笑って、耳とんがらしたら、
「おおようなった、おいで。」
といって、ぎゅうと手にぎって、つれて行く。
じたばた騒ぐのを、ふんじばって、天井からつるくして、
「とめ子はなあ、おっかさんの里へ行っちまった、せっかくかわいい子は、狸汁して食おう。」
といった。
しんだぬきが、
「なんで狸汁して食うの。」
と聞くと、
「そりゃごぼうとなっぱとさ、味噌でもってぐっつぐっつな。」
といった。
「なんでなっぱと味噌なの。」
「ぺろうり食うからさ。」
「ためよ貫太郎のあほ、おっかさに逃げられ。」
といったら、しんだぬきは狸になった。
「うるさい追ん出したんだ。」
ためよ貫太郎はいって、大鍋に水を汲んで、火を燃す。
がんがら煮えたつころ、
「ごめんなっし。」
といって、だれか来た。
どての清兵衛だった。
「真っ昼間っから、かまど炊いて。」
といって、天井につるしたしんだぬきと、がんがら大鍋見る。
「うんまそうな狸汁。」
「そういうわけだ。」
「どうだ、たぬき、田んぼ一枚とかえっこしねえか。」
といった。
「いいよ、どこの田んぼだ。」
「ついて来い。」
どての清兵衛はいった。ためよ貫太郎は、ぼうくい削ったの持って、ついて行った。

「ここだ。」
土手っぱら田んぼ、
「ようしおらもん。」
そういって、ぼうくい突き刺した。
「ぎゃあ。」
といって、田んぼが狸になって、逃げる。
「田んぼと狸と、かえっこしようなんてやつがどこにある。」
どての清兵衛もいない。
帰って来たら、しんだぬきの縄、半分ほどけかかって、お地蔵さんがでーんと座る。

「ありがてえ、狸汁こさえてお供えすべえ、なんまんだぶつ。」
手合わせたら、
「仏さまは、肉は食わん。」
と、お地蔵さまがいった。
「じゃ何食べなさる。」
「団子がええ。」
「おはぎではだめか。」
「おはぎでもええ。」
ためよ貫太郎は、そろり立って行って、戸にしんばりぼうかった。
「えいくそだぬきめ、ごぼうとなっぱと、二疋もいりゃ、村中に狸汁。」
 わめいたら、お地蔵さまは、でっかいたぬきになる、縄ふっきったしんだぬきと、すっとびまわる。
ぐるぐる。
しんばりぼうたぬきになる、戸が開いて、三疋いっぺんに見えなくなった。
「わっはっは、狸汁食おうなんては思わなかったさ、うんめえっていうがな。」
ためよ貫太郎は笑った。
「かやっ原たぬきだ、気つけろ。」
人はいったが、なあに返り討ちだと、ためよ貫太郎。
おっかさもとめ子も帰ってこんし、夕さり辻っぱた行くと、美しい女が立つ。
「あたしは上の町の女衆だ、今から山越えに帰らにゃならん、性悪たぬきいて化かすそうだ、送ってくれ。」
といってにっこり、
「上の町ついたら、お酒つぐで。」
「そりゃええなあ、かかいねえでおら切ねえとこだ、送って行くべ。」
ためよ貫太郎はいって、その手とった、
「あれあの。」
「すべっこい手でええのう、さすが上の町のな、ちっと毛深いか。」
といって行くと、三本杉の下の田んぼに、肥ためあって、
「三つんうちの一つ。」
「なんのこと。」
「いやおめえさま二十歳に一つか。」
「おっほほ、あたしは二十歳にはまだ、あのちょっとおしっこするで。」
手はなしたとたんどんと押す、
「きー。」
わめいて、肥ためはまったのは女衆のほう、
「なんでわかった。」
肥ためだぬき。
「三本杉がこっち一本増えてた。」
押されて、身ひねって押し返した、ためよ貫太郎の勝ち。
おっかさのお里から、大好物のお焼きが届いた。
あんこの入ったのと、煮菜の入ったのとある、煮菜の入ったのが、とくに好きだった。

「だば我折って、帰って来るか。」
ためよ貫太郎が、手伸ばしたら五つある、二つは同じ数食えってかあちゃんがいった、

「ふーん、たぬ公もがっぷりやっか。」
ためよ貫太郎はかまわず食った、一つ食って蝿がたかる、追っ払って手のばたらそやつ、栗のいがだった。
「うへえ助かった。」
こりゃおれの負けだと、ためよ貫太郎、
「負け分払ってやる、あんこの二つ持ってけ。」
いったら、たぬきの手出て、取って行く。
「お焼きもろうたって、仕返しするからな。」
と聞こえた。
「お焼きのお返しか。」
「ちがう。」
お里の家に、おっかさととめ子迎えに、ためよ貫太郎が来た。
「あんこのお焼きはうんめかった、このとおり迎えに来た。」
「あれおまえさま、煮菜のほう好きだったが。」
煮菜もうんめかったと、ためよ貫太郎手つく。
お里の兄、おっかさに大風呂敷背負わせ、とめ子にあめんぼう握らせて、帰した。
ためよ貫太郎がやってきた。
「お焼き食ったからってわけではねえが、かわいそうだし、迎えに来てやった。」
といって、突っ立つ。
「たった今かかに子つれて、帰ったではないか。」
「なに。」
ためよ貫太郎はすっとんだ。こりゃおおごとじゃって、どうやら間に合った。
かやっ原に、おっかさととめ子ぼやっと突っ立つ。
「三だぬきに化かされたか。」
おっかさゆさぶると、
「おまえさまだれじゃ。」
と聞く。
「おめえのととのためよ貫太郎だ、とめ子はでえじょぶか。」
「とめ子って。」
とめ子わーっと泣く。
とにかく家までつれて来た。
「ここはおめえと、とめ子こさえた家だ、たくあん石ってたのは悪かった、さっぱでえこだ、まっしろいその奥にゃ。」
「おらどうせさっぱでえこだ、色気ねえでまだ貰い手ねえ。」
ためよ貫太郎弱った、
「泣くな、おめえ泣けばとめ子も泣く。」
「だってもおめえさまみてえ、おっかねおっさおら知らね。」
わあと泣く。
がらっと戸開いて、大風呂敷背負ったおっかさと、あめんぼうしゃぶって、とめ子が立つ。
「迎えに来たって、さっさと先行っちまって、おまえさまという人は。」
といって、
「おらがいて、とめ子が。」
さし向かい指さす。
なんたって騒ぎになった、
「ちったあこらえろ。」
ためよ貫太郎とめ子つねったら、両方ぎゃあと泣く。
「これおまえんととか。」
「おっかねえととか。」
「あめねぶってるのとめ子か。」
「ねぶってねえのとめ子か。」
なにがどうなった。
どっちかのかかととめ子出て行った。
「いったいこりゃなんてこってす。」
かかにらむ、
「いやたぬきが出た。」
「どうせあたしはたくあん石です。」
「あっはこりゃ本物だ。」
とめ子のあめんぼうが、木の葉になった。
「ええ。」
おっかさの大風呂敷ほどけて、虫はいだすやらごみっさらうんち。
「ぐわあどたぬき。」
「なにしなさるだおめえさま。」
投げ出したら、あめんぼうはあめんぼうで、お里の兄の心ずくし、栗に大豆にとめ子のべべと、ためよ貫太郎のちゃんちゃんこ、
「おめえさまという人は。」
かかわめく、どうしようもねえ、ふいっとその顔たぬきになった。
はあと見りゃもとの、
「たくあん石。」
三日もしてやっと納まった。
木枯らし吹いて、かやっ原たぬきと、ためよ貫太郎は一時休戦。



色道修行

とんとむかしがあったとさ。
むかし、中野の三郎辻に、伊三といって、女蕩しのほかには取りえのない男があって、呆れて親もほったらかす。
かか寝取られて、清助というのが怒鳴り込んだ、
「恥知らずがぶっ殺したる。」
引っこ抜くのを、さあやってくれといった。そうしておいて説教する、
「恥さらしはおまえのほうだ、姦夫姦婦まとめて四つにぶった切るというがな、すんなこた、たいてえあったためしはねえんだ、ええ、たとい惚れあうも、世話する人があっていっしょになったんじゃねえか、それをなんかあったっちゃ疑ってかかる、お天道さまに世間に申し訳が立たねえ」
なんのっちゃわかんなくなる。
あっちにたかり、こっちを泣かせ、
「おれってなんて不幸なんだ、ああおまえにさへあわなかったら。」
なんて真っ昼間、往来っぱたにとんきょうな声を上げ、殺し文句の十や二十、云ったはしからけろっと忘れ。
まむしのような男をなんでったって、男と女の仲はわからない。
そんな伊三もままならぬことがあった。
伊勢屋のおみよは評判の小町娘、触れなば落ちん風情していて、けんもほろろ、
「ちええ素直でねえったら。」
角沢の姉さまも、
「まちがってこの世に生まれて来た。」
と人みなにいう器量よし、そいつがまあにっこり笑って柳に風。
(ふう、今に見ていろ。)
たって、犬なら塀がきに小便ひっかけときゃよかったが。いま一人清之介という、面白うもない男がいた。坊主でもあるまいし、女は汚れみたい面して、
「せいのすけさま。」
と云えば、娘どもがまぶしい目する。
「どうした伊三、元気ねえようだが。」
その清之介にばったり、
「別にどうってはねえが。」
「そうかい、まむしにしちゃ正直だな、いの字と角沢って書いてあるぞ。」
「いいからほっとけ。」
「そうさなあ。」
清之介はいった。
「杉沢にしんとうさまという仙人があってな、本名はなんというたか、そこへ行って三年も修行すれば、いやおまえなら半年でいい、女なんてもな、こう指一本立てれば、わんさか。」
そこへ行く女がついとよってくるー
「てんぼうこきゃがって。」
そっぽ向くのへ、
「云うことにゃ文句云わず従うんだぜ。」
とささやいた。
親の家にも帰れねえ、おもしろくでもねえ伊三、杉沢のなんていうた、しんとうさまのもとへ行ってみた。
納屋みたい掘立小屋に、眠っちまったようなじいさまいた。
「ばかじゃねえかこいつは。」
「ばかではねえが、なんの用だ。」
じいさま云った。伊三はかしこまった。
「三郎辻の伊三と申します、あのなんでもいたしますから。」
「ちっと足をもんでくれ。」
伊三はじいさまの足をもんだ。納屋の付け足しに、どうにか寝泊まりもでき、ぐうたら男が、炊事洗濯、ふき掃除なと、まめに働く。
(今に指一本立てりゃあ。)
なと、七日たった、
「下屋敷の嫁口説いてこい。」
じいさまがいった。
「ははあ。」
伊三はすっとんだ。下屋敷の嫁は、とうてい女ともいえぬ四十過ぎ、
(色の道のきびしさ。)
なんしろかき口説いて、伊三はつれて来た。
「精がつくで、こわ飯炊け。」
仙人は嫁に云った、嫁はこわ飯炊く。
(まむしの色気なんてえものは下の下。)
伊三は舌を巻いた。
四十嫁は上目使い見る。はてもう一度来てそれっきり。
(とってもおれには。)
と伊三。
清之介がやって来た。
「ほう、なんかこうすっきりした。」
伊三を見ていう、
「この分だとじき、いの字も角屋も、ー 」
「ほんとうか。」
「がっつくところはまだか。」
清之介は持って来た風呂敷包みを解く、もんぺと衣服があった、書物を何冊か、
「ひまがあったら読んでみろ。」
といって、帰って行った。もんぺを履くと、それらしい格好になった、はて書物を開いてみると、
「なんだこりゃ。」
むずかしい文字がぎっしり。
「先生さまは御在宅か。」
といって、だれか訪ねて来た。
「あいにく出かけておりますが。」
きのこを取ったり、そこら歩き回ったり、しんとうさまはなにしろ仙人でもって、
「ほうこれは、一度は拝見したいものと思っていたが。」
といって、客は書物を手に取る。
さすがは大先生といって、そんなのが二人も来たか、とつぜん刀を抜いた何人か踏み込んだ。
「山之内心斎とその門下だな。」
「問答無用、せいばいいたす。」
ちがう、しきどうしゅぎょう、刃をかいくぐって、なんしろ逃げ足だけは早かった、伊三はどっかそこら歩いていた。
「いってえどういうこった。」
と、あたり見りゃ、
「色道修行。」
と幟が立つ、人がよったくって、はてもんぺと同じ空色の、行ってみた、
「さあやれ、がまの油ってのはあるが、おたまじゃくしの効能書き、ここ惚れ薬ってのは初物だ。」
という、机があって、どういうわけかおたまじゃくしの入った水鉢。
刃よりゃよっぽどましの、伊三はおっぱじめた。
「おたまじゃくしは蛙の子、今に手が出る足が出る、いやお立ち会い、これをつるうと飲んだら鯰になるかというと、そうではない、そこのどじょうのおっさんよ、我云うところの惚れ薬、およそ人間おぎゃあと生まれて、色の道、四つのころから手習い初め、七つ八つはいたずら盛り。」
もとっからか、修行のかいあってか立て板に水。
竹筒に入った、あやしげな薬が売れ、汗ぬぐったら、向こうへ伊勢屋の娘と、角沢の姉さま。
指一本立てると、にっこり笑む。
「せいのすけさま。」
清之介がいた。
「あたしたちも行きます、何かのお役に立てれば。」
二人旅姿、そういえば清之介も、
「お国のためですもの。」
伊三に云った。
「似合うぞ、その格好して京へ行こう、おまえのお陰でずいぶん助かった、新棟さんてな、ありゃただの隠居さ、我らは山之内心斎先生と、いよいよことを起こす、どうじゃ夜明けは近いぞ。」
夜明けは近いたって、人をこけにしくさって、
「あたしたちからもお願いします、よい隠蓑。」
にっこりって、伊三色道修行の幟から、一式からげてあとへ従った。



続あんべえさんの話

お盆だっていうのに、ざっこ取り好きなあんべえさん、朝っぱらからむずむず、
「田んぼわきのどじょう取るのは、がきの仕事だあな。」
とか、
「せんみ川ひいえても、おらの深場ってのあってな、ありゃ三年前の夏、こーんなでっけえ。」
と手広げる。
「だめです、おふくろさまねえなって三年です。」
たくあん石のかあちゃん云う。
「なんでお盆てえと精進で、雑魚とっちゃだめなんだ。」
「そういうことになってるんです。」
かあちゃんと云いあってもしょうがねえと、あんべえさん出て行った。
どこへ行ったって、線香ともって、ちーんと坊主がお経を読む。
「お猿にらっきょう、
坊主にお経、
ばち当ちゃあ、
お宮の太鼓。」
のっこり歩いていると、がきどもが三人、ざるもって田んぼわきを行く。
「これ、お盆は殺生しちゃなんねえの、知らねえか。」
あんべえさん云った。
「せっしょうってなんだ。」
「どじょう取っちゃいけねえっていうの。」
「どじょうじゃねえ、鯉だ。」
がきども。
「ふーんどこで取る。」
「あっち。」
そこらかやっぱら指さす。
「あっこは水出なけりゃいねえ。」
あんべえさんいって、こっちだったら、がきどもの先頭に立つ。
何日か前一雨降ったが、まずまずの、
「そのあたり。」
という。
がきどもがんばった。
ふなが十尾も取れて、そうして一尺の鯉、
「しゃくものだ。」
「うわあすげえ。」
「やった。」
大騒ぎ。
「そんなもんじゃねえ、いいかそこん柳の下だ。こーんな。」
あんべえさん。
「あんなほう入れね。」
「死ぬ。」
がきども尺物もって行く。
「でえじょぶだったら、ほら。」
あんべえさん入ってみせる、そいつが以外に深かった、ふいっと沈んで、もがこうたって、柳の根っくしに、浴衣ひっかかる。
すんでに死ぬところだった。
どろんこのあんべえさん見て、かあちゃんたまげた。
「なんしただね。」
「地獄のかまのふた開いてたぜ。」
あんべえさん云った。
「でもって、ざっこぐれえ取ってもいいって、ばあさま云ってた。」

稲刈りどき雨ばっかり降って、はざに掛けたってのに、芽吹きそうだ。
「なんてえこった。」
「みんなもやし食わんばなんねえ。」
「お盆に雨乞いするやついっからだ。」
「おれんことか。」
とあんべえさん、
「そういやつゆっぽかったな。」
一つぱあっと行こうってことになった。
雨乞いのはんたいはなんだ、お天道さまにお願いってんで、お寺さま呼ばって、一巻あげて貰って、
「そうさお払いだ。」
飲もうって。
お寺さま本山に行ってなさる、お寺のおっかさま衣着て、やって来なさった。
かんからかーん、なーんまいだ、声もいいようだしご利益ある。
いもん汁こさえて、にわとりつぶして、どぶろく持ちよって、
「そのう、ちっとなじだ。」
お布施わたして、お寺さまおっかさに聞いた。
「ではいきますか。」
茶碗一杯くうっと飲む、
「へ。」
「般若湯じゃて、お天道さまにとどく。」
「なまものは食うけ。」
「にわとりというは、ひようとりの仲間でもって、食わねばなんね、ほっほっほ。」
けっこう美人でいなさるし、うわおもしれえといって、盛り上がる。
「かんからかーんのなんまんだぶつ、
西は夕焼け阿弥陀さま。」
あんべえさんの出任せに、
「極楽往生願いのほどは、
寝物語も聞き届け。」
さっそく返すおっかさま。
そのうちあんべえさんと二人踊り出した。
「くうっといっぺえ般若湯、
色の白えのは七難隠す。」
「頭隠して尻隠さずの、
地獄んかまだてあっぱらけ。」
あんべえさんの腹踊りとか、おっかさま墨染めの下に、もう一つ墨染めあった、いやねかったとか、大騒ぎ、
「ちーんと叩きゃ十万億土、
死んで花実が咲くものか。」
「だれがいったか仏如意棒、
観音さまは観音開き。」
でもってあくる日からからりと晴れた。
法要があったら、お寺のおっかさまの方、呼ばるようになったと。

ますがた山という、とりではなくなって、殿様清水といって、いい水が湧き、汁塚と飯塚という塚石があった。
あんべえさん、拾って来た猫が、何日か飼っていたら、きれいなお女中になった。
連れだって、ますがた山へ行った。殿様清水汲んで、お女中の、まっしろい喉なでて、楽しい暮らしと思ったら、かあちゃんが出て、
「わたしより猫のがいいんですか。」
といって、汁塚と飯塚の間で、たくあん石になった。
「なんて夢見た。」
あんべえさん、かあちゃんに云うと、
「猫のほうがいいんですか。」
と、かあちゃんがいった。
ねずみも取らねえねこ、
「かあちゃんよりかわいがるから。」
とだれか云った。
「汁塚飯塚、
ねこのお女中、
ねずみ取らねえで、
寝てばっかり。」
まっしろい喉って、そんじゃしろって付けようかと、あんべえさん。

一張羅着てあんべえさん、お呼ばれから帰って来たら、石ころ踏んずけて、
「ありゃ。」
といったら、下駄の緒切れた。
「かあちゃんがみねえからだ、むこどんはつれえ。」
といって、親指ひっかけ歩きしたら、落ちた柿にずるっと、もう一方も切れる。
「ええ、六兵衛とこくされ柿。」
といって、下駄両手に帰って来たら、由蔵んとこの犬吠える。
下駄投げたら、当たらずに割れる、もう一方もどっかへふっとぶ。
裸足で泥んこで帰って来たら、
「なんてまよそ行きの下駄。」
たくあん石のかあちゃん、おかんむり。
「だっても割れたで。」
「たきものにしたっていいんです。」
むこどんはつれえと、あんべえさん。
「むこどんはつれえや、
柿にずっこけ、
羽織いっちょうらで、
犬と戦争。」
だれか見てたそうで、お株うばってはやす。
「うっせえ。」
と、あんべえさん、
「犬にかみついたの、見られんかったか。」
あたり見回した。

きのこ取り好きなあんべえさん、むっくりというきのこを、背負って起きられんほど取った、がきの頭ほどもあるさまつ、いっぺんに二十も取ったとか、
「空っかごんときもあって。」
かあちゃん云うと、
「だって山の神さま、今日は取っちゃならんといった。」
うそぶく、
「むこどんはかあちゃんだけこわいんだろがさ。」
「にせむこどん。」
かあちゃんそっぽ。
「やぶん中しめじ生えてる、手伸ばそうとしたら、ぶうって音する、見りゃまむしとぐろ巻いて、尾っぽうって知らせてた。」
それ山の神さまんおかげだという。
「山ん神さまってへびか。」
ひょっとしたらそうかも知れん。あんべえさんわらび取り行って、のうんとむし暑い日だった、山中の蛇が出てこうら干ししてる、足の踏み場もねえような、
「でもおらへびなんてどうってこたねえ、めんこいぐれえしてわらび取ってたら。」
そうしたら、こーんな太いのいたといって、お椀ほどのわっか作る。
「うわばみじゃねえか。」
「うわばみだ、よく見りゃ劫をへてもんがら消えて、真っ青んなったやまかがしだ。」

ぞうっとした、わらびおいてすっとんで逃げた。さすがのあんべえさんもってさ。
「でもきのこ取って、みんなに食べさせるの、いっぺんだけして。」
と、かあちゃんがいった、人にご馳走するの大好きだけど、次の日、
「へーえ生きてたか、よかった。」
ほんによかったって顔して云う。
「あたったらどうしようかって。」
と、かあちゃん。

たくあん石のかあちゃん、まめでいいかあちゃんだったけど、たった一つ長風邪引く。

「かあちゃんのストライキ、むこどんはつれえ。」
といってあんべえさん歩く。かあちゃんの妹も長風邪引く。
それがもう三月寝たり起きたり、
「どうした、かあちゃんより十も若い、死んじゃもったいねえ。」
とあんべえさん、人から聞いて、熊の胆効くという、
「おら取り行って来る。」
といった、
「熊うちに行くって。」
「そうでねえ秋山の里さ買いに行く。」
むこどんはつれえと云って、出かけて行く。
秋山は、平家の落ち人部落なそうで、途中舟に乗って行く、
「そりゃ道あっけど、おめえさま方の足じゃとっても。」
と舟頭が云った。
「なんしに行くだや。」
「かあちゃんの妹長風邪引くで、熊のい買おうと思ってさ。」
「そうか、だら土倉のはんぞうんとこ行け、あっこのいいし、おらのばあさのおっさだ、半蔵のくまのい買えば、帰り舟負けてやる。」
舟頭は云った。
「そうけ、じゃそうしよ。」
けわしい山がせまる、紅葉がすばらしい、だで秋山の里。
「なんかおもしれえ話あっか。」
あんべえさんが聞くと、
「きれいな姉さま乗っけることがある。」
と、舟頭が云った。
「そりゃもう、べっぴんさまの姉さま乗っけて、たいていなーんも云わんでな、はと振り返ったらいねえ、はてなってえと、向こうへ蛇が行く。」
「はあ山の神さまな。」
「紅葉の下に平家のお宝ある、それ守ってなさるお姫さまじゃ。」
「ふーんなんしに行くんかな。」
「むこどんさがし行く。」
そうけいといって、あんべえさん、土倉のはんぞう訪ねて、いい熊の胆買った。帰り舟負けてもらって、乗ってたら、むこうへへびが行く、
「お姫さまじゃ。」
といって、身乗り出したら、なんとした、揺られて川へはまる。
じき浅瀬で助かったが、
「見りゃ乗っけたはずのおめえさまいねえ、へびが行く、こりゃてっきりむこどんかと思った。」
と舟頭大笑い。
「舟賃まけといてよかった。」
「うん、むこどんはつれえ。」
と、あんべえさん。
「へびになっても、
お里へ出てえ、
そりゃそうだよ、
熊の肝取って、
八百年。」
熊の肝効いて、かあちゃんの妹の長わずらい治った。

あんべえさんの軒先に、なんか落っこった。もぞもぞ動く、つかむと強烈咬みついて、

「うわこりゃなんだ。」
って見たら、手足の間にうすい膜はる。
「ももんがあさまだ。」
むささびの子だった。山羊飼うところへ行って、乳を貰って来てふふませ、
「そんなもん飼うと化けて出るぜ。」
というのを、
「だってもがきだあな。」
と、あんべえさん。
「恩返しにおらとこ、化物天国へ連れてってくれる。」
ふわあと空飛んでなあと云って、乳離れして、いもやったりみみず掘ってやったり、くるみ割ってみたり、へんな手伸ばして、ぱくっと食う。
かあちゃんがこさえてやった、袋ん中へ入って寝ていて、夜中ぽっかりぽっかり歩く。

明け方人の寝ている蒲団に入り込む、冷たい手にぺったり、
「ぎゃあ。」
といって跳ね起きる。
知らないまに寝ていて、踏んずけて、
「ぎゅう。」
と、むささびん子。
うんこしょんべんもどうやら納まったら、近所の子供がよったくる。
「むささびだからむーちゃん。」
「昼寝てるの。」
「空飛ぶ。」
「化けるの。」
「抱かせて。」
えさやったりなでたり、あとついて行ったり、まねしてみたり、むささびん子は、ぽかっととまって見下ろしたりする、なんしろ人気者。
ちいちゃんという女の子が、むーちゃんのまねして、木をよじ登る、
「すげえ。」
そんなまねだれにもできなかった。木の枝から風呂敷かむって、舞い下りる、大怪我しないうちに、そいつだけは止めさせた。
「云うこと聞け、でないと食っちゃうぞ、があ。」
「うわあお化け。」
「ももんがあのあんべえさまだ。」
「ももんがあのあんべえさんは、
ももんがあにミミズを掘って、
うんこを食べて、
ももんがあ。」
子供が変なの歌う。
むささびむーちゃんは、ふいっといなくなる。
仲間のもとへ帰って行った。
さかりになったか。
「ちった挨拶ぐらいして行け。」
とあんべえさん。
「ねえむーちゃん食べちゃったの。」
「かわいそうだ、なんで。」
「うまかった。」
と子供ら。



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とんとむかし26



かやっぱらたぬき

とんとむかしがあったとさ。
むかし、えんごーや村のかやっ原に、えんだぬき、しんだぬき、かだぬきの、三疋狸が住んでいた。
えんだぬきは大入道や、お地蔵さまに化けたし、かだぬきは立ち木とか石っころに化けたし、しんだぬきはきれいな娘に化けた。
しんだぬきが女の子に化けて、ためよ貫太郎を化かそうとしたら、
「おらあちのとめ子は、まちっとかわいくって、耳とんがっている。」
と、ためよ貫太郎がいった。
しんだぬきがぽわあと笑って、耳とんがらしたら、
「おおようなった、おいで。」
といって、ぎゅうと手にぎって、つれて行く。
じたばた騒ぐのを、ふんじばって、天井からつるくして、
「とめ子はなあ、おっかさんの里へ行っちまった、せっかくかわいい子は、狸汁して食おう。」
といった。
しんだぬきが、
「なんで狸汁して食うの。」
と聞くと、
「そりゃごぼうとなっぱとさ、味噌でもってぐっつぐっつな。」
といった。
「なんでなっぱと味噌なの。」
「ぺろうり食うからさ。」
「ためよ貫太郎のあほ、おっかさに逃げられ。」
といったら、しんだぬきは狸になった。
「うるさい追ん出したんだ。」
ためよ貫太郎はいって、大鍋に水を汲んで、火を燃す。
がんがら煮えたつころ、
「ごめんなっし。」
といって、だれか来た。
どての清兵衛だった。
「真っ昼間っから、かまど炊いて。」
といって、天井につるしたしんだぬきと、がんがら大鍋見る。
「うんまそうな狸汁。」
「そういうわけだ。」
「どうだ、たぬき、田んぼ一枚とかえっこしねえか。」
といった。
「いいよ、どこの田んぼだ。」
「ついて来い。」
どての清兵衛はいった。ためよ貫太郎は、ぼうくい削ったの持って、ついて行った。

「ここだ。」
土手っぱら田んぼ、
「ようしおらもん。」
そういって、ぼうくい突き刺した。
「ぎゃあ。」
といって、田んぼが狸になって、逃げる。
「田んぼと狸と、かえっこしようなんてやつがどこにある。」
どての清兵衛もいない。
帰って来たら、しんだぬきの縄、半分ほどけかかって、お地蔵さんがでーんと座る。

「ありがてえ、狸汁こさえてお供えすべえ、なんまんだぶつ。」
手合わせたら、
「仏さまは、肉は食わん。」
と、お地蔵さまがいった。
「じゃ何食べなさる。」
「団子がええ。」
「おはぎではだめか。」
「おはぎでもええ。」
ためよ貫太郎は、そろり立って行って、戸にしんばりぼうかった。
「えいくそだぬきめ、ごぼうとなっぱと、二疋もいりゃ、村中に狸汁。」
 わめいたら、お地蔵さまは、でっかいたぬきになる、縄ふっきったしんだぬきと、すっとびまわる。
ぐるぐる。
しんばりぼうたぬきになる、戸が開いて、三疋いっぺんに見えなくなった。
「わっはっは、狸汁食おうなんては思わなかったさ、うんめえっていうがな。」
ためよ貫太郎は笑った。
「かやっ原たぬきだ、気つけろ。」
人はいったが、なあに返り討ちだと、ためよ貫太郎。
おっかさもとめ子も帰ってこんし、夕さり辻っぱた行くと、美しい女が立つ。
「あたしは上の町の女衆だ、今から山越えに帰らにゃならん、性悪たぬきいて化かすそうだ、送ってくれ。」
といってにっこり、
「上の町ついたら、お酒つぐで。」
「そりゃええなあ、かかいねえでおら切ねえとこだ、送って行くべ。」
ためよ貫太郎はいって、その手とった、
「あれあの。」
「すべっこい手でええのう、さすが上の町のな、ちっと毛深いか。」
といって行くと、三本杉の下の田んぼに、肥ためあって、
「三つんうちの一つ。」
「なんのこと。」
「いやおめえさま二十歳に一つか。」
「おっほほ、あたしは二十歳にはまだ、あのちょっとおしっこするで。」
手はなしたとたんどんと押す、
「きー。」
わめいて、肥ためはまったのは女衆のほう、
「なんでわかった。」
肥ためだぬき。
「三本杉がこっち一本増えてた。」
押されて、身ひねって押し返した、ためよ貫太郎の勝ち。
おっかさのお里から、大好物のお焼きが届いた。
あんこの入ったのと、煮菜の入ったのとある、煮菜の入ったのが、とくに好きだった。

「だば我折って、帰って来るか。」
ためよ貫太郎が、手伸ばしたら五つある、二つは同じ数食えってかあちゃんがいった、

「ふーん、たぬ公もがっぷりやっか。」
ためよ貫太郎はかまわず食った、一つ食って蝿がたかる、追っ払って手のばたらそやつ、栗のいがだった。
「うへえ助かった。」
こりゃおれの負けだと、ためよ貫太郎、
「負け分払ってやる、あんこの二つ持ってけ。」
いったら、たぬきの手出て、取って行く。
「お焼きもろうたって、仕返しするからな。」
と聞こえた。
「お焼きのお返しか。」
「ちがう。」
お里の家に、おっかさととめ子迎えに、ためよ貫太郎が来た。
「あんこのお焼きはうんめかった、このとおり迎えに来た。」
「あれおまえさま、煮菜のほう好きだったが。」
煮菜もうんめかったと、ためよ貫太郎手つく。
お里の兄、おっかさに大風呂敷背負わせ、とめ子にあめんぼう握らせて、帰した。
ためよ貫太郎がやってきた。
「お焼き食ったからってわけではねえが、かわいそうだし、迎えに来てやった。」
といって、突っ立つ。
「たった今かかに子つれて、帰ったではないか。」
「なに。」
ためよ貫太郎はすっとんだ。こりゃおおごとじゃって、どうやら間に合った。
かやっ原に、おっかさととめ子ぼやっと突っ立つ。
「三だぬきに化かされたか。」
おっかさゆさぶると、
「おまえさまだれじゃ。」
と聞く。
「おめえのととのためよ貫太郎だ、とめ子はでえじょぶか。」
「とめ子って。」
とめ子わーっと泣く。
とにかく家までつれて来た。
「ここはおめえと、とめ子こさえた家だ、たくあん石ってたのは悪かった、さっぱでえこだ、まっしろいその奥にゃ。」
「おらどうせさっぱでえこだ、色気ねえでまだ貰い手ねえ。」
ためよ貫太郎弱った、
「泣くな、おめえ泣けばとめ子も泣く。」
「だってもおめえさまみてえ、おっかねおっさおら知らね。」
わあと泣く。
がらっと戸開いて、大風呂敷背負ったおっかさと、あめんぼうしゃぶって、とめ子が立つ。
「迎えに来たって、さっさと先行っちまって、おまえさまという人は。」
といって、
「おらがいて、とめ子が。」
さし向かい指さす。
なんたって騒ぎになった、
「ちったあこらえろ。」
ためよ貫太郎とめ子つねったら、両方ぎゃあと泣く。
「これおまえんととか。」
「おっかねえととか。」
「あめねぶってるのとめ子か。」
「ねぶってねえのとめ子か。」
なにがどうなった。
どっちかのかかととめ子出て行った。
「いったいこりゃなんてこってす。」
かかにらむ、
「いやたぬきが出た。」
「どうせあたしはたくあん石です。」
「あっはこりゃ本物だ。」
とめ子のあめんぼうが、木の葉になった。
「ええ。」
おっかさの大風呂敷ほどけて、虫はいだすやらごみっさらうんち。
「ぐわあどたぬき。」
「なにしなさるだおめえさま。」
投げ出したら、あめんぼうはあめんぼうで、お里の兄の心ずくし、栗に大豆にとめ子のべべと、ためよ貫太郎のちゃんちゃんこ、
「おめえさまという人は。」
かかわめく、どうしようもねえ、ふいっとその顔たぬきになった。
はあと見りゃもとの、
「たくあん石。」
三日もしてやっと納まった。
木枯らし吹いて、かやっ原たぬきと、ためよ貫太郎は一時休戦。



色道修行

とんとむかしがあったとさ。
むかし、中野の三郎辻に、伊三といって、女蕩しのほかには取りえのない男があって、呆れて親もほったらかす。
かか寝取られて、清助というのが怒鳴り込んだ、
「恥知らずがぶっ殺したる。」
引っこ抜くのを、さあやってくれといった。そうしておいて説教する、
「恥さらしはおまえのほうだ、姦夫姦婦まとめて四つにぶった切るというがな、すんなこた、たいてえあったためしはねえんだ、ええ、たとい惚れあうも、世話する人があっていっしょになったんじゃねえか、それをなんかあったっちゃ疑ってかかる、お天道さまに世間に申し訳が立たねえ」
なんのっちゃわかんなくなる。
あっちにたかり、こっちを泣かせ、
「おれってなんて不幸なんだ、ああおまえにさへあわなかったら。」
なんて真っ昼間、往来っぱたにとんきょうな声を上げ、殺し文句の十や二十、云ったはしからけろっと忘れ。
まむしのような男をなんでったって、男と女の仲はわからない。
そんな伊三もままならぬことがあった。
伊勢屋のおみよは評判の小町娘、触れなば落ちん風情していて、けんもほろろ、
「ちええ素直でねえったら。」
角沢の姉さまも、
「まちがってこの世に生まれて来た。」
と人みなにいう器量よし、そいつがまあにっこり笑って柳に風。
(ふう、今に見ていろ。)
たって、犬なら塀がきに小便ひっかけときゃよかったが。いま一人清之介という、面白うもない男がいた。坊主でもあるまいし、女は汚れみたい面して、
「せいのすけさま。」
と云えば、娘どもがまぶしい目する。
「どうした伊三、元気ねえようだが。」
その清之介にばったり、
「別にどうってはねえが。」
「そうかい、まむしにしちゃ正直だな、いの字と角沢って書いてあるぞ。」
「いいからほっとけ。」
「そうさなあ。」
清之介はいった。
「杉沢にしんとうさまという仙人があってな、本名はなんというたか、そこへ行って三年も修行すれば、いやおまえなら半年でいい、女なんてもな、こう指一本立てれば、わんさか。」
そこへ行く女がついとよってくるー
「てんぼうこきゃがって。」
そっぽ向くのへ、
「云うことにゃ文句云わず従うんだぜ。」
とささやいた。
親の家にも帰れねえ、おもしろくでもねえ伊三、杉沢のなんていうた、しんとうさまのもとへ行ってみた。
納屋みたい掘立小屋に、眠っちまったようなじいさまいた。
「ばかじゃねえかこいつは。」
「ばかではねえが、なんの用だ。」
じいさま云った。伊三はかしこまった。
「三郎辻の伊三と申します、あのなんでもいたしますから。」
「ちっと足をもんでくれ。」
伊三はじいさまの足をもんだ。納屋の付け足しに、どうにか寝泊まりもでき、ぐうたら男が、炊事洗濯、ふき掃除なと、まめに働く。
(今に指一本立てりゃあ。)
なと、七日たった、
「下屋敷の嫁口説いてこい。」
じいさまがいった。
「ははあ。」
伊三はすっとんだ。下屋敷の嫁は、とうてい女ともいえぬ四十過ぎ、
(色の道のきびしさ。)
なんしろかき口説いて、伊三はつれて来た。
「精がつくで、こわ飯炊け。」
仙人は嫁に云った、嫁はこわ飯炊く。
(まむしの色気なんてえものは下の下。)
伊三は舌を巻いた。
四十嫁は上目使い見る。はてもう一度来てそれっきり。
(とってもおれには。)
と伊三。
清之介がやって来た。
「ほう、なんかこうすっきりした。」
伊三を見ていう、
「この分だとじき、いの字も角屋も、ー 」
「ほんとうか。」
「がっつくところはまだか。」
清之介は持って来た風呂敷包みを解く、もんぺと衣服があった、書物を何冊か、
「ひまがあったら読んでみろ。」
といって、帰って行った。もんぺを履くと、それらしい格好になった、はて書物を開いてみると、
「なんだこりゃ。」
むずかしい文字がぎっしり。
「先生さまは御在宅か。」
といって、だれか訪ねて来た。
「あいにく出かけておりますが。」
きのこを取ったり、そこら歩き回ったり、しんとうさまはなにしろ仙人でもって、
「ほうこれは、一度は拝見したいものと思っていたが。」
といって、客は書物を手に取る。
さすがは大先生といって、そんなのが二人も来たか、とつぜん刀を抜いた何人か踏み込んだ。
「山之内心斎とその門下だな。」
「問答無用、せいばいいたす。」
ちがう、しきどうしゅぎょう、刃をかいくぐって、なんしろ逃げ足だけは早かった、伊三はどっかそこら歩いていた。
「いってえどういうこった。」
と、あたり見りゃ、
「色道修行。」
と幟が立つ、人がよったくって、はてもんぺと同じ空色の、行ってみた、
「さあやれ、がまの油ってのはあるが、おたまじゃくしの効能書き、ここ惚れ薬ってのは初物だ。」
という、机があって、どういうわけかおたまじゃくしの入った水鉢。
刃よりゃよっぽどましの、伊三はおっぱじめた。
「おたまじゃくしは蛙の子、今に手が出る足が出る、いやお立ち会い、これをつるうと飲んだら鯰になるかというと、そうではない、そこのどじょうのおっさんよ、我云うところの惚れ薬、およそ人間おぎゃあと生まれて、色の道、四つのころから手習い初め、七つ八つはいたずら盛り。」
もとっからか、修行のかいあってか立て板に水。
竹筒に入った、あやしげな薬が売れ、汗ぬぐったら、向こうへ伊勢屋の娘と、角沢の姉さま。
指一本立てると、にっこり笑む。
「せいのすけさま。」
清之介がいた。
「あたしたちも行きます、何かのお役に立てれば。」
二人旅姿、そういえば清之介も、
「お国のためですもの。」
伊三に云った。
「似合うぞ、その格好して京へ行こう、おまえのお陰でずいぶん助かった、新棟さんてな、ありゃただの隠居さ、我らは山之内心斎先生と、いよいよことを起こす、どうじゃ夜明けは近いぞ。」
夜明けは近いたって、人をこけにしくさって、
「あたしたちからもお願いします、よい隠蓑。」
にっこりって、伊三色道修行の幟から、一式からげてあとへ従った。



続あんべえさんの話

お盆だっていうのに、ざっこ取り好きなあんべえさん、朝っぱらからむずむず、
「田んぼわきのどじょう取るのは、がきの仕事だあな。」
とか、
「せんみ川ひいえても、おらの深場ってのあってな、ありゃ三年前の夏、こーんなでっけえ。」
と手広げる。
「だめです、おふくろさまねえなって三年です。」
たくあん石のかあちゃん云う。
「なんでお盆てえと精進で、雑魚とっちゃだめなんだ。」
「そういうことになってるんです。」
かあちゃんと云いあってもしょうがねえと、あんべえさん出て行った。
どこへ行ったって、線香ともって、ちーんと坊主がお経を読む。
「お猿にらっきょう、
坊主にお経、
ばち当ちゃあ、
お宮の太鼓。」
のっこり歩いていると、がきどもが三人、ざるもって田んぼわきを行く。
「これ、お盆は殺生しちゃなんねえの、知らねえか。」
あんべえさん云った。
「せっしょうってなんだ。」
「どじょう取っちゃいけねえっていうの。」
「どじょうじゃねえ、鯉だ。」
がきども。
「ふーんどこで取る。」
「あっち。」
そこらかやっぱら指さす。
「あっこは水出なけりゃいねえ。」
あんべえさんいって、こっちだったら、がきどもの先頭に立つ。
何日か前一雨降ったが、まずまずの、
「そのあたり。」
という。
がきどもがんばった。
ふなが十尾も取れて、そうして一尺の鯉、
「しゃくものだ。」
「うわあすげえ。」
「やった。」
大騒ぎ。
「そんなもんじゃねえ、いいかそこん柳の下だ。こーんな。」
あんべえさん。
「あんなほう入れね。」
「死ぬ。」
がきども尺物もって行く。
「でえじょぶだったら、ほら。」
あんべえさん入ってみせる、そいつが以外に深かった、ふいっと沈んで、もがこうたって、柳の根っくしに、浴衣ひっかかる。
すんでに死ぬところだった。
どろんこのあんべえさん見て、かあちゃんたまげた。
「なんしただね。」
「地獄のかまのふた開いてたぜ。」
あんべえさん云った。
「でもって、ざっこぐれえ取ってもいいって、ばあさま云ってた。」

稲刈りどき雨ばっかり降って、はざに掛けたってのに、芽吹きそうだ。
「なんてえこった。」
「みんなもやし食わんばなんねえ。」
「お盆に雨乞いするやついっからだ。」
「おれんことか。」
とあんべえさん、
「そういやつゆっぽかったな。」
一つぱあっと行こうってことになった。
雨乞いのはんたいはなんだ、お天道さまにお願いってんで、お寺さま呼ばって、一巻あげて貰って、
「そうさお払いだ。」
飲もうって。
お寺さま本山に行ってなさる、お寺のおっかさま衣着て、やって来なさった。
かんからかーん、なーんまいだ、声もいいようだしご利益ある。
いもん汁こさえて、にわとりつぶして、どぶろく持ちよって、
「そのう、ちっとなじだ。」
お布施わたして、お寺さまおっかさに聞いた。
「ではいきますか。」
茶碗一杯くうっと飲む、
「へ。」
「般若湯じゃて、お天道さまにとどく。」
「なまものは食うけ。」
「にわとりというは、ひようとりの仲間でもって、食わねばなんね、ほっほっほ。」
けっこう美人でいなさるし、うわおもしれえといって、盛り上がる。
「かんからかーんのなんまんだぶつ、
西は夕焼け阿弥陀さま。」
あんべえさんの出任せに、
「極楽往生願いのほどは、
寝物語も聞き届け。」
さっそく返すおっかさま。
そのうちあんべえさんと二人踊り出した。
「くうっといっぺえ般若湯、
色の白えのは七難隠す。」
「頭隠して尻隠さずの、
地獄んかまだてあっぱらけ。」
あんべえさんの腹踊りとか、おっかさま墨染めの下に、もう一つ墨染めあった、いやねかったとか、大騒ぎ、
「ちーんと叩きゃ十万億土、
死んで花実が咲くものか。」
「だれがいったか仏如意棒、
観音さまは観音開き。」
でもってあくる日からからりと晴れた。
法要があったら、お寺のおっかさまの方、呼ばるようになったと。

ますがた山という、とりではなくなって、殿様清水といって、いい水が湧き、汁塚と飯塚という塚石があった。
あんべえさん、拾って来た猫が、何日か飼っていたら、きれいなお女中になった。
連れだって、ますがた山へ行った。殿様清水汲んで、お女中の、まっしろい喉なでて、楽しい暮らしと思ったら、かあちゃんが出て、
「わたしより猫のがいいんですか。」
といって、汁塚と飯塚の間で、たくあん石になった。
「なんて夢見た。」
あんべえさん、かあちゃんに云うと、
「猫のほうがいいんですか。」
と、かあちゃんがいった。
ねずみも取らねえねこ、
「かあちゃんよりかわいがるから。」
とだれか云った。
「汁塚飯塚、
ねこのお女中、
ねずみ取らねえで、
寝てばっかり。」
まっしろい喉って、そんじゃしろって付けようかと、あんべえさん。

一張羅着てあんべえさん、お呼ばれから帰って来たら、石ころ踏んずけて、
「ありゃ。」
といったら、下駄の緒切れた。
「かあちゃんがみねえからだ、むこどんはつれえ。」
といって、親指ひっかけ歩きしたら、落ちた柿にずるっと、もう一方も切れる。
「ええ、六兵衛とこくされ柿。」
といって、下駄両手に帰って来たら、由蔵んとこの犬吠える。
下駄投げたら、当たらずに割れる、もう一方もどっかへふっとぶ。
裸足で泥んこで帰って来たら、
「なんてまよそ行きの下駄。」
たくあん石のかあちゃん、おかんむり。
「だっても割れたで。」
「たきものにしたっていいんです。」
むこどんはつれえと、あんべえさん。
「むこどんはつれえや、
柿にずっこけ、
羽織いっちょうらで、
犬と戦争。」
だれか見てたそうで、お株うばってはやす。
「うっせえ。」
と、あんべえさん、
「犬にかみついたの、見られんかったか。」
あたり見回した。

きのこ取り好きなあんべえさん、むっくりというきのこを、背負って起きられんほど取った、がきの頭ほどもあるさまつ、いっぺんに二十も取ったとか、
「空っかごんときもあって。」
かあちゃん云うと、
「だって山の神さま、今日は取っちゃならんといった。」
うそぶく、
「むこどんはかあちゃんだけこわいんだろがさ。」
「にせむこどん。」
かあちゃんそっぽ。
「やぶん中しめじ生えてる、手伸ばそうとしたら、ぶうって音する、見りゃまむしとぐろ巻いて、尾っぽうって知らせてた。」
それ山の神さまんおかげだという。
「山ん神さまってへびか。」
ひょっとしたらそうかも知れん。あんべえさんわらび取り行って、のうんとむし暑い日だった、山中の蛇が出てこうら干ししてる、足の踏み場もねえような、
「でもおらへびなんてどうってこたねえ、めんこいぐれえしてわらび取ってたら。」
そうしたら、こーんな太いのいたといって、お椀ほどのわっか作る。
「うわばみじゃねえか。」
「うわばみだ、よく見りゃ劫をへてもんがら消えて、真っ青んなったやまかがしだ。」

ぞうっとした、わらびおいてすっとんで逃げた。さすがのあんべえさんもってさ。
「でもきのこ取って、みんなに食べさせるの、いっぺんだけして。」
と、かあちゃんがいった、人にご馳走するの大好きだけど、次の日、
「へーえ生きてたか、よかった。」
ほんによかったって顔して云う。
「あたったらどうしようかって。」
と、かあちゃん。

たくあん石のかあちゃん、まめでいいかあちゃんだったけど、たった一つ長風邪引く。

「かあちゃんのストライキ、むこどんはつれえ。」
といってあんべえさん歩く。かあちゃんの妹も長風邪引く。
それがもう三月寝たり起きたり、
「どうした、かあちゃんより十も若い、死んじゃもったいねえ。」
とあんべえさん、人から聞いて、熊の胆効くという、
「おら取り行って来る。」
といった、
「熊うちに行くって。」
「そうでねえ秋山の里さ買いに行く。」
むこどんはつれえと云って、出かけて行く。
秋山は、平家の落ち人部落なそうで、途中舟に乗って行く、
「そりゃ道あっけど、おめえさま方の足じゃとっても。」
と舟頭が云った。
「なんしに行くだや。」
「かあちゃんの妹長風邪引くで、熊のい買おうと思ってさ。」
「そうか、だら土倉のはんぞうんとこ行け、あっこのいいし、おらのばあさのおっさだ、半蔵のくまのい買えば、帰り舟負けてやる。」
舟頭は云った。
「そうけ、じゃそうしよ。」
けわしい山がせまる、紅葉がすばらしい、だで秋山の里。
「なんかおもしれえ話あっか。」
あんべえさんが聞くと、
「きれいな姉さま乗っけることがある。」
と、舟頭が云った。
「そりゃもう、べっぴんさまの姉さま乗っけて、たいていなーんも云わんでな、はと振り返ったらいねえ、はてなってえと、向こうへ蛇が行く。」
「はあ山の神さまな。」
「紅葉の下に平家のお宝ある、それ守ってなさるお姫さまじゃ。」
「ふーんなんしに行くんかな。」
「むこどんさがし行く。」
そうけいといって、あんべえさん、土倉のはんぞう訪ねて、いい熊の胆買った。帰り舟負けてもらって、乗ってたら、むこうへへびが行く、
「お姫さまじゃ。」
といって、身乗り出したら、なんとした、揺られて川へはまる。
じき浅瀬で助かったが、
「見りゃ乗っけたはずのおめえさまいねえ、へびが行く、こりゃてっきりむこどんかと思った。」
と舟頭大笑い。
「舟賃まけといてよかった。」
「うん、むこどんはつれえ。」
と、あんべえさん。
「へびになっても、
お里へ出てえ、
そりゃそうだよ、
熊の肝取って、
八百年。」
熊の肝効いて、かあちゃんの妹の長わずらい治った。

あんべえさんの軒先に、なんか落っこった。もぞもぞ動く、つかむと強烈咬みついて、

「うわこりゃなんだ。」
って見たら、手足の間にうすい膜はる。
「ももんがあさまだ。」
むささびの子だった。山羊飼うところへ行って、乳を貰って来てふふませ、
「そんなもん飼うと化けて出るぜ。」
というのを、
「だってもがきだあな。」
と、あんべえさん。
「恩返しにおらとこ、化物天国へ連れてってくれる。」
ふわあと空飛んでなあと云って、乳離れして、いもやったりみみず掘ってやったり、くるみ割ってみたり、へんな手伸ばして、ぱくっと食う。
かあちゃんがこさえてやった、袋ん中へ入って寝ていて、夜中ぽっかりぽっかり歩く。

明け方人の寝ている蒲団に入り込む、冷たい手にぺったり、
「ぎゃあ。」
といって跳ね起きる。
知らないまに寝ていて、踏んずけて、
「ぎゅう。」
と、むささびん子。
うんこしょんべんもどうやら納まったら、近所の子供がよったくる。
「むささびだからむーちゃん。」
「昼寝てるの。」
「空飛ぶ。」
「化けるの。」
「抱かせて。」
えさやったりなでたり、あとついて行ったり、まねしてみたり、むささびん子は、ぽかっととまって見下ろしたりする、なんしろ人気者。
ちいちゃんという女の子が、むーちゃんのまねして、木をよじ登る、
「すげえ。」
そんなまねだれにもできなかった。木の枝から風呂敷かむって、舞い下りる、大怪我しないうちに、そいつだけは止めさせた。
「云うこと聞け、でないと食っちゃうぞ、があ。」
「うわあお化け。」
「ももんがあのあんべえさまだ。」
「ももんがあのあんべえさんは、
ももんがあにミミズを掘って、
うんこを食べて、
ももんがあ。」
子供が変なの歌う。
むささびむーちゃんは、ふいっといなくなる。
仲間のもとへ帰って行った。
さかりになったか。
「ちった挨拶ぐらいして行け。」
とあんべえさん。
「ねえむーちゃん食べちゃったの。」
「かわいそうだ、なんで。」
「うまかった。」
と子供ら。

2019年05月30日

とんとむかし27

ろくでなし

とんとむかしがあったとさ。
むかしいいし村に、かんぞうというろくでなしがあった。
口笛吹いて鳥を寄せ、めじろやうぐいすを鳴き合わせて、それでばくちしたり売ったりして、まともなことはせん。
まともになるようにって、嫁さまいいし神社にお参りした。かんぞうはせせら笑う。嫁さま出て行った。
かしがった家に寝ていたら、仲間が来て、旅に出ねえかという。
「ぜにんなりゃ。」
「十両だ。」
「そりゃ大金だ、もしや命いらねえってやつか。」
「まあそうだ。」
かんぞうは引き受けた。
どんなこったって、鳥籠背負って、日なしのご城下まで行く。
「なんでそんなんが命がけだ。」
「えっへ。」
へらーり笑って行ってしまう。
鳥は六羽いた。
ピーと鳴く、ヒーヨと鳴く、ホーホケキョと鳴く、チンチロリンと鳴く、大きな紅色の鳥は鳴かぬ、しっぽの長い鳥はジーヨと鳴いた。
「ふーん、なんか庭先みてえだな。」
そういって、かんぞうはでかけた。
風呂敷かぶせりゃ鳴かぬ。
えさを与えて、十日の旅。
道ずりに女がよって来て、一羽ゆずってくれと云った。
「だめだよ、あつらえの品だ。」
「一両でどう。」
という。
かんぞうは売りたくなった、持ってきゃ十両。今度はおさむらいが来て、
「その赤い大きなやつ、三両で買おう。」
といった。
「預かり物でありまして。」
「ふーんこれでもか。」
刀をぎいらり。
「く。」
がくがくいったら、
「さようか。」
と云って、行ってしまった。
「売っぱらって、別の入れときゃよかった。」
といって、かんぞうは、もずをとっつかまえた。
ひきがえるをふんずけて、
「いい声で鳴け、助けてやる。」
といったら、鳴いた。
「ゲエロピッカラシャン、ヨネヤマサンカラツキガデタ。」
「へえ。」
といってそやつ、鳥籠に入れた。
何人かまた来たが、一文とか三文とか、それじゃだめだ。
日なしのご城下へついた。
鳥屋があった。
鳥居があって、竜宮城のような鳥屋で、
「こんなもん、世の中にあるんか。」
あきれて見上げるのへ、石のような男が出た。
「鳥飼か。」
「へい。」
「習い覚えて鳴くという、朱け鳥は鳴いたか。」
と聞く、
「はて。」
「見せてみろ。」
つくずく見て、赤い鳥をつかまえて、別の籠へ入れた。
「十日与えたのに、なんていうことだ。」
石男は云った。
「一日待とう、鳴かずば命はないぞ。」
十両で獄門さらし首。かんぞうは必死になった。
ほかの鳥が鳴く、
「チチンピヨピヨホーホケキョジーコギリギリカンカゴヨノオンタカラ。」
風呂敷かぶせた。
どっしり石男が出る。
「へいこのとおり。」
「チチンピンカラルルーゴヨノオンタカラ。」
ひきがえるが鳴いた。
「ふむ。」
「十両くれ。」
風呂敷をとるなといって、ふんだくって逃げた。
ばくちを打っていた。
十両ある、かんぞうは仲間になった。
すってんてんになりかけて、鳥を一両で買おうという女がいた、ぎいらり刀を抜いたおさむらいがいた、一文で買おうという男も三文の男も、
「どうだ鳥は鳴いたか。」
みなして云う。
「鳴かねえ。」
「ではだめか、わしらの郷はおしまいだ。そうかい、まあ十両にはなった。」
という、いっせいに立つ、かんぞうはすってんてん、
「待ってくれ、」
追いかけると、ばっさり、おさむらいが首を刎ねる。
「ホーケキョトンカラフーイジュリ。」
首が鳴き続ける。
ひきがえるというのは、
「そうかこのおれだ。」
朱け鳥が舞う、
「ホーロ。」
と、この世ならぬ声で鳴く。
向こうへ行く、それは嫁さまであった。
目が覚めた。
よだれたらして寝ていた。
「ピイチクジュリ。」
もずがさえずる、他の鳥の鳴き真似をする。六羽分が一羽でろくでなし。
かんぞうは大欠伸。
「お里へ帰らせて頂きます。」
嫁さまが云った。
うん、鳥居に石男って、あれはいいし神社。
「わかった、出て行くな。」
かんぞうは、あと追いかけた。



法玄だぬき

とんとむかしがあったとさ。
むかし、いつよし村に、法玄という祈祷師があった。
人のかかさらって、いっしょに暮らしたが、なんせ乱暴者で、手が付けられぬ。
「おかんを返せ。」
というのを、来たいってえから、面倒みてやってるんだといって、逆にぜに巻き上げた。
ご祈祷はよく効いて、失せものがあったり、病気が治ったりした。
乗っ取りかかのおかんは、うんまいもの食って、ぞろっぺい着てねり歩いた。
法玄より、力があると云われた。
機嫌をそこねたら、ろくなことはない。
三郎屋敷の、お倉のかぎがなくなった、法玄がご祈祷して、
「向こう山のほこらにある。」
と云った。ほんとうにあった。お倉へ入ろうとしただれかが隠した、それは下男の作三だという。
「おらあそんなことはしねえ。」
と、作三は殴り込んだ。
法玄をぶっ飛ばすのへ、おかんが呪文を唱えた。
うわっと、作三は右目を押さえる。
六郎の娘がばりこいたら、お宮に向いていたというので、腫れものができた。
ご祈祷したら、頭がおかしくなった。
ものも云えずなって、右へぐるぐる回る。
「腫れものは治ったんだ。」
どうしてくれるというのを法玄は、引き取って使った。
人が来る。たいていしてから、娘を出す、
「そうではねえ、風車。」
なにかわかんねえこといって、右へ回る。
つきものが落ちる。
そりゃ効くのも効かんのもあった。
よだれしてけったりを、
「へんなことしたら、せっかくの。」
とおかんがいう。
法玄も手を出さず。
めっかちになった作三も来て、手助けした。
作三は、右手をあげるだけだったが、まあ効き目はあった。
「がらんどう。」
と云ったりした。
十年たった。
子供は次から死んで、一人だけ育った。
伊太郎という子で、親の仕事がいやで、十四になったら、
「おらおさむらいになる。」
といって、飛び出した。
「さむらいになんかなれねえ。」
親云ったが、それっきり。
流行り病があった。
お城の奥方さまが、寝たきりになった。
にんじんのような薬も効かぬ、法玄は呼び出されたが、年よって足腰が立たぬ。
「われらが法力を示すとき。」
せがれさへいたらというのへ、
「このわたしが。」
と云って、おかんは、作三と娘をつれて行った。
それっきり帰らなかった。
奥方さまの病を、おかんは治した。
それが冬であった。
寒空に、すっぱだかにして立たせ、容赦なくむち打つ、娘が右へまわる。
作三が手上げるまで。
奥方さまはすっかりよくなった。
名が上がって、ご城下で、三人で住んだ。
おかんは年のわりに若く、妖しい目つきして、
「返せのおかんの、
流し目に、
真っ赤な鳥居も、
おったてた。」
なといわれて浮き名を流し、刃傷沙汰もあった。
また別の病が流行った。
お城からおかんに、ご祈祷をしろといって来た。
占うと、
「河の神の祟りじゃ、若い命を、いけにえにして祈れ。」
と出た。
「男でも女でもいいか。」
「火あぶりにしてご祈祷じゃ、どっちでもいい。」
という。
死刑囚が、引き出された。
刀をうばって、人殺しをした、取られた方は、腹かっさいて死んだという。
見れば、家出した伊太郎だった。
おかんは伊太郎と逃げた。
駆け落ちしたと、人は云った。
それっきり行方知れず。
めっかちじいさと右へ回る娘と、ご城下をさまよい歩いた。
死んだ法玄からきのこが生えた。
そやつが、霊験あらたかであったという。
「法玄だぬきに、
返せのおかん、
月見どっくり、
がらんどう、
よだれたらして、
転がった。」
という、まりつき歌があった。



白鳥神社
津軽冬の旅の幻想

とんとむかしがあったとさ。
むかし、三林村に、白鳥神社というお宮があって、子どもがよったくって、遊んでいた。
めくら鬼したり、かくれんぼしたり、泣いたり喧嘩したり、大人になると、なつかしい思い出だった。
あるときみよという子が、白鳥を見つけた。田んぼに落ちていた。それを三郎が拾って、まだ生きていた、みなして神社に持って行った。
「ここはおおとりさまだ、おおとりって白鳥のことだ、だから生き返る。」
よし太がいった。
こもをしいてのせて、看病した。水を含ませ、食べさせ、
「だめだ、やわらけえもんねえか。」
「どじょう食わねえか、やわらけえぞ。」
「さぎは食うけど。」
「もみからだ。」
「向かいにお葬式がある、ごはんも上がるで、とってこよう。」
あよがいった。そうして盛りもののごはんと、お飾りのお砂糖を、こっそりとって来た。
白鳥は、汚れて黄色い羽をしていたが、水を飲み、少しは食べたようで、みなして白鳥神社にお祈りして、三郎とよし太と、みよとあよとゆいと、一つ二つ違いの五人でもって、一晩見守った。
「北へ帰るんだ、白鳥は。」
「遠いとこ行くのに、はぐれて落ちたんだ。」
「帰らずにいりゃいいのに。」
「きっと冬しか食い物ねえ。」
「そうかなあ。」
「人は死んだら白鳥になるって、ほんと。」
「えらい人ならって。」
夜っぴで看病したのに、冷たくなっていた。五人はがっかりして、まどろみ寝入って起きたら、白鳥はいなかった。
「生き返って飛んで行った。」
「そうでねえ、けものに取られた。」
といって、みんなして大空を仰ぐ、雲が浮かぶ。
「仕方ねえなあ。」
といって帰って行った。
七年たった。
なぜか知らん、みんな白鳥神社に集まった。
三郎は大工の見習い、よし太は田んぼのあとつぎ、みよは奉公に行き、あよも奉公に行き、ゆいはお嫁さんになって行く、十三であった。
もう会えない。
二十年たったら、また会おう。一晩ここへ泊まろう、白鳥をみとった夜のように、五人はそうしようといって、白鳥神社に泊まった。
急にあたりが明るくなって、何十羽もの白鳥が飛ぶ。
かぎになって鳴き交わして、羽音がとよみ行く、
その群れが一羽になって、舞い降りた。
お宮と同じぐらいの白鳥、
「さあ背中へお乗り。」
という、
「どこへ行くの。」
みよが聞いた。
「大空の旅へ。」
五人は乗った、ちょうどゆったり背中へ。
白鳥は飛び立った。
白々と夜が明ける、
「おや、もう一人乗っているの。」
白鳥が聞いた。
いいえだれもいない、
「よし太に三郎にみよにあよにゆい、五人だけ。」
「そう。」
羽毛が抜けて舞い行く、その向こうにあけぼのの空。
「田んぼつぐより。」
「そうさ奉公に出るより。」
「奉公に出るより。」
「お嫁に行くのより。」
「あけぼのの大空を行く、もう死んだってもいい。」
五人は云った。
たった一つの星が消えて、白鳥は雪のかやっ原に舞い降りた。日がさして、赤い鳥居の白鳥神社。
いえ立派なお店だった。
「さあ朝ごはん。」
白鳥が云った。
五人は好きなものを食べた。
ゆいはお餅を食べて、正月が来たようだといった。三郎は雑炊を食べて、お肉が入っているといった。
みよはおいしいまぜごはんを食べた。
よし太はすしを食べた。あよはてんぷらを食べた。
なぜだろうか、
「母さんがこさえてくれた。」
といった。
がたっといってなにか落ちた。なんにも入ってないおわん。
「だれ、出ておいで。」
白鳥がいった。
白い三角の布をした人がでた。
「わしは亡者。」
という、
「生きてたときは二郎兵衛といった、葬式にごはんと砂糖をとる子がいて、ついて来たら白鳥神社だった。」
そうしてわしもやっぱり、昨夜集まったんだ。
「さよう、冥土から出て来てなあ。」
と云った。
「いっしょに旅につれてっておくれ。」
たまげて五人は協議したが、とっついたりしなけりゃ、白鳥さへよけりゃといって、幽霊を仲間にした。
「重さがないで、だいじょぶだ。」
亡者はへらあり笑った。
「こわい。」
「そうでもねえみてえ。」
白鳥は舞い飛んで、雪の中に大きな河があった。
「三途の川だ。」
「ゆうれいは黙って。」
他なんにも見えぬ、
「だっておらがこえて来たところに、よく似てる。」
白鳥は舞い降りる。
虹がさしかかる、
「呼んでごらん、だれでもいい会いたい人を。」
白鳥がいった、
「ではおら、ねえなったばっちゃん呼ぶ、ばっちゃん。」
よし太が呼んだ。よし太のばっちゃが現れた。
「大きくなったのう、もう大人か。」
という、
「そうだ。」
「いい嫁さくっといいなあ。」
「おらばっちゃのこと忘れねえ。」
ばっちゃは手をさしのべる、大人より大きいほどのよし太が涙する、もう姿が消える、

「とめさ、若いころの。」
幽霊が呼んだ、ばっちゃはほおっと美しい人に、
「おうおう、なして惚れたおらは、老けてなくちゃいけねえだ。」
ゆうれいがわめく。
よし太は口あんぐり、
「おっかさの倍もきれいだ。」
にっと笑ってふっ消えた。
みおが呼んだ。犬のころを呼ぶ。
白い犬が尾をふって、いっさんに駆けて来る。
抱き上げなでさすり、消える。
ゆいがお嫁に行くその相手を呼んだ。
まだ見ぬ人は二つ年上か、
「あたしの夫になる人。」
「わしのお嫁さん。」
見つめあって、
「二人仲良くしような。」
「はい。」
といって消える。
三郎は大工どん、奉公先の親方を呼んだ。
「若いっから、大工の体こせえてかにゃなんねえ。」
やさしい目をして、大工が云った。
「きびしいこともいうが身のためだ、辛抱せえよ、つらくったってもなあ。」
「へい。」
三郎が答えた。
あよが呼ぶと、それは美しい芸者さんであった。
まわりがめくらめく、
「おまえはきっと流行るであろ、つらいこと顔に出したらだめ。」
「はい。」
「人の幸せをつかむことは、おまえが一番。」
といって消えた。
白鳥は舞い上がって、高い大きな山を廻って行った。
飛んで行く先に、洞穴が開いて、
「こわい。」
「いいから。」
「だいじょうぶだ。」
「まっくらじゃない。」
通り抜ける。白鳥が、
「るてんさんがい。」
と云う。風が、
「きおんにゅうむい。」
と云う。
五人はなんにも知らずに、爽やかになった。
いつかきっとという、それは不思議な思い。
深い雪の中に宿った。白鳥が羽を広げると、大きな家になった。
おいしいものや果物があって、絹のふとんのがあって、明るいランプが点って、そうして温泉が湧いていた。
五人は大喜び、子供のころのようにすっぽろりんになって、
「おっぱいが大きくなったり。」
「黒いものが生えたり。」
恥ずかしいけど。うんおらも、ー
がきのおしまい、大人の初め、歌ったり、はしゃいだり。水をかけっこしたり。笑ったり。
幽霊がひたる。
とめどもなく涙を流す、
「人生というのは、たったおまえらがこれ。」
何かできることはないかという。
「氷の窓に。」
白鳥が云った。
ゆうれいは氷の窓になった、氷の模様が樹海になって広がる、
「さあ行っておいで、時空が失せ。」
五人は氷の樹海に出ていった。
この世ならぬ美しさ。夢幻のように奥深く。 百の物語と、十の世界と、大人になり美しい女になり、化物になりさお鹿になり、孔雀になり、寒くはなく、はてもなく。
あくる日はご城下であった。
白鳥は消えて、大勢の人々と五人は歩いていた。
お祭りであった。
雪の灯籠に、百八つの灯がともって、大人は巡礼のようにお参りし、子供は飴んぼうを舐めて、そうして手をつないで、
「ほうろりほろ、
おおとりさまの、
おあかしいくつ、
十三七つ。」
歌って行く。
「ほうろりほろり、
でとのおみよと同じだ、
とうろうめぐりは、
百八つ。」
「おまえたちはもう大人の仲間入りだ。」
はっぴを着た人がいった。
「男はだしを引け、女は太鼓を叩け。」
だしはそう、おどろおどろの、血刀を持ったり、生首を吊るしたり、美しい女を描いて、恐ろしい鬼や、
「そうさ、浮き世は地獄よ。」
「奈落の底へな。」
「まっぱじめは釜茹で。」
「そうらどっこい。」
どんがらぴーと笛と太鼓、よし太と三郎はふんどし一つになって、たくましい若者だ、

「よーい。」
だしを引く、
「おんどろおどろ、
生首取って、
姫は陽貴姫、
関羽大将、
ひげだらけ。」
みよもあよもゆいも、初々しい娘の、浴衣に赤いたすきをかけて、舞う。
「おんどろおどろ、
腹かっさいて、
孕み女に、
子はいくつ、
孔子さまでも、
人肉食らい。」
ようもわからん歌に、
「はいやっとん。」
「ぴ-ひょろどん。」
みよもあよもゆいも、だしを引くよし太も三郎も。
吹雪はぴえーと吹いて。
どーんと花火が上がって、
「ずーんずうだ。」
夢かや現か。
田んぼに立って、よし太は途方に暮れ。
けかちだった。
稔らずに、すでにさむ風が吹く。
「おらたちは飢えても。」
親がいう。
十三になった娘は売らずばなるまい。
「ばかいえ。」
よし太は、しいなを握った、
「飢え死になら、みんなですりゃいい。」
三郎は、寸法をたがえて、家一軒むだにする、いいやむだにはなんねえ、あっこをこうして、ー
「大工が取り返しなんかつくもんか。」
そうさ。
どうしようもなんねえときはどうしたらいい。
「かくかくしかじか、すべてはこの阿呆のせいだ。」
なんとでもしてくれと云った。
「ハッハッハなんとでもしよう。」
主の明るい声が返った。
奉公先で、みよはお金が紛失して、盗んだと云われ、
「あたしではないです。」
必死にいっても、
「おまえはだらしがないし、することむだきり。」
ぜにが出るまでといって、水だけでつながれた。いっそ死んでしまおう、そうして化けて出てやる。
どっかでみた幽霊。
ぴーと笛が鳴る、
「水さえありゃ一月生きる。」
そうだれかに聞いた。
すっきりした。
「きしんとしてつながれていよ。」
あよは、いやな年寄りの床へ、好きな男が目に浮かぶ、
おんどろ笛太鼓。
いくたびそういうことがあって、人が消えて、光明がさす。
「あよねえさんは仏。」
ぎいっとだしが回る、
「アッハッハ、さばさばと文無し。」
あよが笑う。
ゆいははっと気がついた、
「ぜんぶあたしの我がままだった、なんていうことを。」
地獄絵がよぎる。
五人はお祭りから引き上げた。
白鳥神社がここにもあった。
あしたは海へ出た。
滝が氷っていた。
重たい網を引いてほっけを取る漁師、のりをのりを取る女たち、風はないで、だが荒海、「この寒いのにさ。」
「凍ってすべる。」
「たいへんだなあ、命ねえかも。」
「仕事はつらいんだ。」
ぴょーんと跳ねるほっけ。
真っ青な岩のり。
「こうやって暮らせるな幸せ。」
ばあさが云った。
「そうさ、わしらは漁師だで。」
漁師が云った。
「そうも行かねえのさ。」
なんで。
白鳥は舞い上がる。
車に荷を積んだり、子供の手を引いてて行く。
年よりは置いてけぼり。
おしわけおしのけ、われがちに。
「なんだろあれ。」
「戦だ。」
「いつの世も同じ。」
白鳥が云った。
村を焼き払い、かすめとって、押し寄せる軍勢。
阿鼻叫喚。
白鳥は先へ行く。
蓮の花が咲いていた。
それは冬の真ん中に、
「さあお食べ。」
白鳥がいった。
蓮の花弁の、六弁の椅子があって、はすのみのおいしいお昼。
「腹へった。」
「わあうんめそう。」
「戦だのに、おれらたちだけ食べてもいいんか。」
「そう。」
「その心なければ、おいしいものはみんな火になった。」
白鳥が云う、
「戦をしない人になればいい。」
にっこり笑って、五人は食べた。
そうして舞い飛ぶ。
「やまとは国のまほろば、
たたなずく青垣、
山ごもれる、やまとし美し。」
白鳥が歌う。
悲しく。
おおむかしの村が現れた。
朱の搭が立ち、大きな屋根と、いくつもの屋根と、おかしな格好をした人々と。
「こーい、ほーい。」
みんな叫ぶ。
白鳥は舞い降りた。
渦巻いて溢れる器の水に。
人々が平服する、
「争いしたる者二人、うわさを流すもの一人、病のもの三人。」
何人か出た。
水を注ぐ白鳥。
泡を吹いて死ぬもの、口きけずなるもの、よみがえって歩くもの。
「今生おおとりさまに会えるとは、なんという幸せじゃ。」
涙を流す年寄り。
舞い踊る松明の宴。
「むかしも今も、
人は阿呆じゃ、
むむみょうやく、
むむみょうじん、
たった一つの、
たいまつ明かり。」
気がついたら五人は、朱の搭の上にいた、星群と、それをよぎるくっきり山々と、そうして吹雪の海。
家々の灯火。
どうしたことであろう、西の方が明るい。
燃えさかる炎。
なにものか押し寄せる。
「戦だ。」
明け方には、おおむかしの村は、槍に刀におたけびの。
舞い廻る白鳥を、弓矢が射貫く。
奈落の底へ。
叫びを上げて、五人は回りに集まる、
「なんということを。」
矢を抜いてみとる。
白鳥の羽根は黄色く汚れ、いつか白鳥神社の夜明けであった。
舞い去る。
「そうか、けものに食われたんではなかった。」
五人はいった。
白い三角が落ちていた。



たぬきときつね

とんとむかしがあったとさ。
むかし、たいの村に、さんべえというやまいも掘りの名人がいた。
掘ったやまいもを、わらずとに入れて、売りに行く。
「たぬきにそっくりなんと、きつねにそっくりなんと、ごんぶといやまいも。」
さんべえがそういって、ほんきに腹づつみのたぬきと、耳のとんがったきつねみたいやまいも、ひょうべえというおさむらいが、それを買って、
「えらくうんめかった、今度はほんきのきつねとたぬき担いで来い、やまいもといっしょにご馳走だ。」
と云った。
「注文通りもってこなかったら、手打ちだぞ。」
やまいも掘りの名人は、またぎでねえから、きつねもたぬきも取れぬ。どうしようばといったら、
「にわとりならあるが。」
と、おっかあいった。
「しゃあない、にわとりと油揚げにしとこ。」
さんべえは、掘ったやまいもと、にわとりと油揚げと、わらずとに入れて、担いで行った。
途中急に重くなる、
「はてな。」
といってもって行くと、にわとりのつとにたぬきが入って、油揚げ食いにきつねが入って、
「へ-えそんなことってあるか。」
「わっはっは。」
さすがおさむらい、二匹ともばっさり、
「手打ちにいたした、きつねたぬきのやまいも鍋。」
さんべえ帰って来たら、六地蔵さまが身をよじる、
「助けてくれえ。」
とそりゃ、さんべえのおっかあと、三人の子と、じっさばっさが、わらずとでがんじがらめ。
「なんしただあ。」
ほどいて聞けば、
「おっかねえおさむらいが、刀引っこ抜いて来て、おらたちこうした。」
という。
「ひょうべえめ、用立ててやったてえのに。」
とさんべえ、どうしてくれよう、田んぼのあっぱ汲んで、担いで行った。
ひょうべえ屋敷に、どっぱん、
「ぎゃあ。」
といって、なにが出ると思ったら、たぬきのきんたま百畳敷き、そのうえにまっしろい姉さま。
「嫁取りだってえのに。」
なんてえことをするだ、面目ねえといって、ひょうべえ切腹。
はて、二人とも目が覚めた。
化かされた。
やまいものつなぎ、手打ちそば。
きつねとたぬきだってさ。

2019年05月30日

とんとむかし28

お水取り

とんとむかしがあったとさ。
むかし、下田村に、三郎兵衛という者があった。
だれも名は呼ばす、せんみつさんと云った。
千三つ、千に三つしか本当のことがない、まともなこたいわんという。人をたらかすというんではなく、面白い男だった。
鴨取りの名人で、沼に氷が張ったら、もみを一晩酒につけておいて、氷の上に撒く、鴨がそれを食って酔っ払う、
「よいよい、こうやってさあ。」
鴨踊りするうちに、みずかきが氷にはりついちまう、そいつを鎌で刈る、これを鴨刈りという。
「もっといいのはなあ。」
油桶にどじょうつけて、うんと油食らわせて、そいつ釣にくっつけて泳がせる、まず一羽が飲む、油でつるっと抜けて、尻から出たやつを次のが食う、数珠つなぎに十羽も取った、
「油桶のどじょうじゃ、生きてねえ。」
と云うと、そいつが素人のあさはかじゃねえ、浅ましさだ、どじょうは、ほんどじょう、おかめどじょう、たけのこどじょう、ほとけどじょうとあって、中にあぶらどじょうというのがいる、こいつが油を飲むんだ、
「でっかくなったらうなぎという、蒲焼きすっと油たらーり。」
こんなぐあいであって、
「おめえさ、八卦見とかけて、おやじのふんどしと解く、その心は。」
という、はあてなと首ひねるのへ、
「たまに当る。」
という品のないのや、
「風邪引いた、神主飲んだら、ぬさみてえ鼻水出る、山伏飲んだら、ぽおっと法螺貝みてえ屁出る、坊主飲んだら毛が抜けた。」
そんだで頭薄くなった。
大事のかあちゃん大熱出て、薬貰いに行ったら、だれもほんきにせん、
「仕方ねえおれのせんみつ丸飲ませた。」
「でどうなった。」
「けろっとしてらあな。」
といった塩梅。
それが当番になって、米山さんにお参りして、豊作祈願のお水取り。お札授かって来る。
関所も通らにゃならん、
「くれぐれもそのう。」
名主さまいった。
「千三つしねえようにってんだろ、わかったわかった。」
三郎兵衛出かけた。
大川のわたしに、船頭が、
「米山さんのお水取りなら。」
と、三文のわたし賃まける、
「そうけえ、ばあさん子は三文やす、船頭はかかあ天下で、大川棹でかんまわす、かいしょうなしの、かじ棹なけりゃ川流れ、河童の頭干上がって、水が欲しいでお水取り、あんがとよ。」
という、船頭口あんぐり。
団子食おうと、塩入の茶屋へ来た。
「お水取りだでまけろ。」
「ぜに払わねえとご利益ねえよ。」
「そうけえいんごう茶屋。」
「塩入り峠の、塩どっから入るか答えたら、一串まける。」
と云った。
「出雲崎かな、いんや柏崎だ。」
三郎兵衛いったら、
「ちがいました、井戸水に塩入っているで塩入。」
茶屋も百三つほどあって、せんみつさんは団子一皿で、いっとき半もやっていた。
「こりゃしまった、日が暮れる。名主さま、かんかんひでりの夕焼けだあ。」
と云ってすっとんだ。
そんなこんなでお水取って、お札貰って帰って来たら、日が過ぎた。
近道とって山の中、途中とっぷり暮れて、
「千三つのつけが回った。」
といって見りゃ、灯がともって一軒ある。
訪ねると、頭剃っても、こりゃ美しい庵主さまいた。
「米山さんのお札を授かっての帰り道、迷うてしもうた。どうか一夜の宿を。」
さすがのせんみつさんも畏まって、頭下げたら、
「さようか。」
しばらく待てといって、出て行く、
「はてなきつねかも知れん、いいやもしやそういう山賊が。」
といってたら、何人か来た。
まっしろいひげの長老と、屈強な男ども、
「米山薬師のお札を授かってとな、それはまことか。」
長老が聞く。
「へい。」
村の当番であって、そのうお水取りの、
「あいわかった、しからばこちらへ。」
古めかしい。田舎芝居みてえなと思ったら、大舞台のでっけえ屋敷あった。何十人集まっている。
「わしらは平家の落ち人である、隠れ住んで何百年、いつか再興の暁まで、人目を忍んでかつは暮らす。米山薬師のお札が拝めるとは、まことにもって幸い。」
いやきつねにしては上出来、お札を差し出した、命あっての。
「病の者ここへ参れ。」
香を焚いて、お薬師さまのお札を、一抱えもある、大黒柱へはりつけた。
「ありがたや。」
病の者よったくって、はあてそれからどうなった。
三郎兵衛は、酒を振る舞われ、美しい女がいて、ほっぺたつねったって正気。
はあてそれから、
「わしらが隠れ里を、人に知られるわけには参らぬ。」
「お札はいずれお届け申そう。」
「はあ。」
ぎいらり刀、
「い、い、止めてくれ。」
酔いもすっとんだ。
「首もねえてや命乞い。」
なんのしゃれだったっけ、ひえーお助け、
「人に云はねば、命は助けようぞ。」
美しい庵主さま云わっしゃる。
「何云ったって、だれもほんきにはしねえ千三つ。」
汗たらたら、例によっても舌凍りついて、
「あわあわ。」
長老と耳打ちする。
そんでわからのうなった。
そのあたり浮かれ歩くの、人に見つかった。
狐に化かされた。
お札は木の幹に、貼りつけてあったし、荷物も着物も、草むらに散らばった。
「ひえ、面目ねえ。」
といって、帰って行くと、
「まあお札あったからいい。」
とみんな。
狐に化かされたといっても、美しい庵主さまといっても、平家の隠れ里も、
「また新ネタ仕入れて来たな。」
といって、げらげら笑うっきり。
千三つで命助かったって、うわさ聞こえ、お水取りが、狐に化かされて、
「下田三社のお地蔵さまは、
首もねえのに命乞い、
はあこりゃ、
水は天から貰い水。」
といって、歌っていたと。
こっ恥ずかしいったら。首もねえのにって、お地蔵さまは首もげたが。



ごんぞう虫

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ひなめし村に、ごんぞうという男がいた。
ぐうたら者で、ばくちをうって、借金のかたに、十三になる娘を売った。
娘は、河向こうの、はるげ屋敷まで、つれて行く。
「泣くな、これも親孝行だ、いいべべ着て、うんめえもの食えて、そりゃ幸せだあ。」

というはしから、ふわあと欠伸して涙ぽったり。
「しょうねえや、前世からの因縁だあ。」
という。雪も消えたかやっ原の、日当たりに座って、親子して、なけなしの昼飯を食った。
ひばりが上がる、
ひばりだって、子を守るのに、
「おらあはけえる、ここにいりゃ迎え来るからな。」
といって、ごんぞうは去った。
娘はつったっていた。
「行かねえと親困るってか。」
仏さまねえもんかと云うと、ぴいちくひばりが上がった。
そこいら歩いた。かやっ原の水辺を曲がって、
「おーい。」
と、だれか呼ぶ、
「舟が出るよう。」
わたし舟であったか、同じような娘が十二、三人も乗っていた、乗るより他なく、
「ふーん一人来れねえといってたが、一二三四、ほう人数あらあ、出るぞ。」
舟はぎいっこと乗り出す。
十日ばかししたか、ごんぞうの家に、向こう傷の、兄さんどもが押し寄せた。
「娘をどうした。」
という、
「どうしたって、あの日云うとおり、河っぱたへ連れて行ったが。」
「そうしたら、どうしてこねえんだ。」
ぶん殴られてのびた。
そこらじゅう捜しまわる。
「いねえ、逃げおったか。」
「あんながき、どこへ行くあてもねえが。」
しかたねえといって、ごんぞうを引っ立てた。
「萱場人足に売ろう。」
「それっきゃねえ。」
「娘の半分にもならん。」
といって、ごんぞうを売っぱらった。
それはきつい仕事だった、かつがつ食わされて、朝から晩まで、うらっ寒い河っぱたに、萱を刈る。
三日ももつまいと思ったら、生き延びた。
ごんぞうは、たくましくなった。
稼いだことのねえのが、稼ぎもよく、
「三年もしたら、給金が出る。」
と、親方が云った。
「遊んでねえで稼げば、娘売らずにすんだ。」
ごんぞうは思った。
娘はどこだ、身投げて死んだか、
「このおれのせいだ。」
死ぬよりもっとつらいめを。
ぜにをためてと、人のしない仕事もした。
河にやぐらを立てるという。
「一生飼い殺しになってもいい、これだけのぜにが欲しい。」
といって示す。
「何に使う。」
「娘をうけ出す。」
わけを話した、よかろうといって、ごんぞうは、河につかった。
腰までぬかる。
三七二十一日、ごんぞうは稼いだ。
あしたは終わるという日、大熱が出てふるえつき、
「河の病にとっつかれやがった。」
みな云った。
「命はねえ。」
「いいからぜに握らせてやれ。」
親方がいった。
舟が来る。娘が乗っていた、行ったときのまんまに。
ごんぞうは幻を見た。
娘はあの日、茶摘みに行く舟に乗った。一生懸命に働いて、とっくに帰っていた。
つつがむしのことを、ごんぞう虫というそうな。



ひきがえるの卦

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しいやの村に、よそうべえどのという、かつては苗字帯刀も許された、大家さまと、がんこという下働きがいた。
よそうべえどのは、代官所のご用も勤め、村役もして、おおかたの評判もよく、あとはうんまいものも食ってといって、さっさと引いた。
神明さまのおみくじに、大吉も小吉も出ず、ひきがえるの絵が当たった。
「ひやこいつはなんだ。」
というと、人がそりゃ縁起物だといった、しいやの神明さまは、ひき神社をかねていて、つまり裏と表という、
「裏てなんだ。」
「福がな。」
つまりこれだあなといって、小指を立てる。
「ふーんわしもまじめばっかしでやって来たが。」
と、よそうべえどの、そう云えばこれは嫌いってわけではといって、出歩いた。
「そんなことしたら、ご先祖さまのお財なくなる。」
人は云ったが、がんこだけはなんも云わぬ、
「ういやつじゃ。」
と云って、連れ歩いた。
朝帰りしたり、流連ずけたり、
「あんな美しい奥様がいながら。」
と、おくさまもなんにも云わず、でも伏せって、起きて来なかったりした。
「しょうがねえなあ、ふて寝してらあ、これでも持ってってやれ。」
といって、お店の一品を、がんこにあつらえたりする。
「ひきがえるの八卦となあ。」
西の屋のおみよは、美しい女であったが、子どもが一人あって、その子に赤いべべを買ってやったり、人形買ったりした。
でもってどうなったかというと、はて。
与吉のおとよは、お互い馬が合って、
「とうちゃん。」
「あなたがお父さん。」
いい塩梅に行って、かんざし買うんで連れてってくれとせがまれ、いっしょに伊予のご城下へ旅をして、名物の湯につかって、
「あたしお嫁に行くことになった。」
もしたってというならと。
「ふむ。」
それっきり手つかず。
あかね屋のおなをは、もっとわがままで、欲しいものはねだって、したい放題の、すけべなこといって、
「あたしには好きな男いるで。」
あっけらかん、どうも憎めないし、
「よそうべえどのは、持てるから。」
と人は云う。
若いころはそう、おくさまのこと、ふいに思い出して、くうつまんねえことを、
「あたしを取り次いでおくれ。」
という女があった、
「いいことしてくれるって云うじゃないのさ。」
「だんなが取り次げと云ったら。」
がんこはいった、
「それじゃなんにもならない。」
女は知らん顔したり、流し目したり、思わせぶりしたり、よそうべえどの、
「今はだれもいねえで、あいつだ。」
と、がんこに云った。
女はおゆいといって、なんせよくしゃべる。
よそうべえどのは、笑ったり聞き流す。
松の屋という店で、女は食べて飲んで、
「こーんなころ、どじょう取りに行って、川にはまって、助けられたんだけど、着物はだけて、恥ずかしいったら、大事なところに、どじょうが出たり入ったり。」
なと、
「今も入ってるんだ。」
「ひょっとしてさ、でも黒いのどじょうじゃなく。」
下がかりのまたなんのと、
「あら酔った。」
といって、すんでに寝入る。
「あたしはおまえさまに惚れたんだ。」
という、
「ふーんそうかい。」
「惚れたというのは、男と女じゃない、おまえさまは仏さま。」
「ほっとけってことか。」
「いいえ、救いの神。」
女を口説くのは、
「如来如意棒、
観音様は観音開き、
いろはにほへと、
散らぬ花なら、ゆさぶって。」
優しいのはオッホッホ。
松の屋はぜにかかるし、めったら食うし、家はどこだと聞いたら、
「そりゃ貧乏屋敷、だんなさまの来るとこじゃない。」
というのを、がんこに云って、さがしあてて、行ってみた。
なんと子供が四人もいて、わあわあぎゃあ、
「そうよ、こいつら食わせて行かにゃならん、じっさのしわくちゃ如意棒も、こっちの観音開きも、なんでも利用してさ、うっふ、いやとは云わないし、なんならあたしと夫婦になるか。」
さすが好きものも一歩引けて、
「娘はもう十三か、いい子だ。」
といった。
その娘がついて来た、
神明さまに行くといって、がらんと鳴らして、お祈りして、
「子供のころここで遊んだ、もう子供ともお別れ。」
といった。
おまえさまのうちへという、
「うちへってその。」
「おくさまにお会いして。」
つれて行った、こまめに働く、
「着物と赤い鼻緒の下駄と、買っていただきました。」
お礼奉公したいという、
「もういいつれて行け。」
がんこに云ったら、
「あたしはごくつぶしです、家にもいられん、それはあの、おめかけさんというんですか、なんでもして働きます。」
と云った。
よそうべえ、真水で面洗ったような気になった、
おくさまがんこに云った。
「六兵衛屋敷へつれてっとくれ、あそこなら悪いようにはしないから。」
がんこが連れて行く。
「ふんわしの云いなりが。」
ぼやいたら、
「がんこなら、云いなりしてるから安心でした。」
おくさま云った、
「おまえさまは仏のたち、余計なことはできません。」
そりゃ女です、寝込むことだってあります。
ふん、寝ていた分若返りやがって、こっちは白髪増えた、ひきがえるの八卦ってなんだ。
白髪生えた、金のひきがえるが、神明さまにある。
よそうべえどのが奉納した。



小木の柵

とんとむかしがあったとさ。
むかし、さいとう村松の岩井源左衛門の家来に、半兵衛という刀使いがあった。
さいとうがお国替えになって来て、さいとう村松と呼ぶ。地下人七に対して、上品の斎藤は三であったか。
お殿様の命を受けて、源左衛門が半兵衛に云う、
「安井なにがしが脱藩した、殺して来い、おまえが手を下したとわかれば、私闘ということで切腹をさし許す。」
となん、半兵衛は安井なにがしを追った。早く国境を抜けたという。
「いやそんなことはあるまい。」
半兵衛は考えた、東は険しい山か、奥深い迂回路だ、西山を廻って行くには、必ず小木を抜ける。
すると、
「おさむらいと云われる人は、同じことをする。」
半兵衛は人の三日を一日に行く。
歌読みには知れた、小木の柵に待ちもうけた。
安井なにがしは、山人に持ち物を売って、脇差しのみになってやって来た。半兵衛は抜き打ちの利かぬ、左がわに並んで歩き、榎の大木があった、切り捨てた。
「おぎなれば榎もおほに育つらむおし照る月に物をこそ思へ。」
一つだけ持ち物があった、それを取り、かばねは蹴落として去る。
「中を見なんだか。」
「はい。」
源左衛門差し出して、会話はそれだけだった。
半兵衛の管せぬことだ
かつがつ食いぶちだけは貰っている。それで妻子を養い、時には別手当がつく、酒も飲まぬ刀使いは、貯えていた。
次の御用まで半年、すでに秋であった。
「木村又兵衛が郎党と女を連れて、日和山に遊山に行く、その女だけを殺せ。」
というのだった。
「無理かも知れんが。」
といって三両よこす。死んだあとの捨てぶちであった、しくじったら命を断つ。なに女ごときが、たとい郎党ども何十人が、草を刈るようなもの、
(なぜに源左衛門は。)
木村又兵衛はというと、やっとうのほうはからっきしだった。
半兵衛は門出からに窺った。難といえば、絶えず人が振れあうて、木村又兵衛は俳人で、好き者と云われる、お殿さまの付け人であって、知己が多い。
日和山に赴くまで、増えたり、三々五々に散らばったり。
人に見られたら、半兵衛も、あるいは源左衛門もおしまい。弓矢に射貫くしかないか、それだと不確かな。
チャンスは二度はあるものだ。流行りの笠をかぶって、半兵衛はすたすたと歩いて行った。
振れあいざまと、つれの女が面を向ける。なんと源左衛門の娘お美代。
行き過ぎる。
「どういうことだ。」
理由を問うてはならぬ、手下半兵衛と云われる所以、
「ひとしほの、
ふたしほもみじ、
追ひ分けて、
いつか越ゆらん、
牛の尾の里。」
紅葉狩りであった。酔うほどに、人みな仮面をつけて舞い踊る、
「湯の煙、
見まく欲しけれ、
入り広瀬、
あぶるまの瀬の、
紅葉いや増す。」
お美代は般若の面をかぶった、半兵衛はかわやへ行くのへ当て身をくれ、その面をはぎとった。
真っ白い能面であった。
「ふうむ。」
手練れを欺く。
踊り戯れて行く、足をもつれさせて、二人倒れざま抜き打ちにした、
「ちがうにおいが。」
それは木村又兵衛だった。
般若の面は吹っ飛んで、木の枝に怪異にぶら下がる。
わずかに手元が狂った。
半兵衛は脱出した。もうチャンスはない。しくじったか、なんで娘を源左衛門は、
「そうよ、あたしが頼んだの。」
耳元で声がした。
あでやかに笑まうお美代、
「知らん顔の半兵衛さん、あなたわたしに惚れたんでしょう。」
と聞く。まぶしいような美しさ、その容色は寸分も衰えぬ。
「歩足の術を学んだのか、わしに追いつくはずもないが。」
半兵衛は聞いた、
「待ってたのよ、ここしか抜ける所ないでしょう。」
うかつだった、たしかにそのとおり、両側の山は。
かえってそんなところを行けば目立つ。
「あたしを連れて逃げて。」
お美代が云った。どんないわれが、いや理由は問はぬ、
「あたし美しいまんまに死にたかったの、花見か、紅葉狩りの賑やかな里に。オッホッホ又兵衛が云ったわ。いざとなると死ぬるのも楽ではない、死んでもいいという句を云い出でたら、すぐさまと、そりゃ思うには思うって。」
歩きながら話す、息も切らぬのは、踊りの名手か、よほどの達者か。
「つまらない句に自惚れていた、でもってわたしの代わりにしてあげた。そうよ、生きようと思ったのわたし、さっきのお前の目を見て、惚れあうてみようかって。」
わしには妻子があると云おうとして、かぶりを振った、
「よし行こう。」
抱き上げると、いっさんに駆けた。
貯めた金を、こっそり妻は見ていた。なんとかするであろ。
出湯があった。
物を食わせる所もあった、かねて思いのそれは主の娘、お美代半兵衛の道行き。
日ならずして小木へ来た、
「なんで小木なのか。」
それでは殺したおさむらいと同じだ。
ともあれ二人とも衣装を変えて、国境へ抜ける。
又兵衛を殺したが、好き者というは人畜無害、追手もかかるまい。
娘をさらわれた源兵衛は、こっちは剣呑だ、さいの目によって、どう出るかわからない。
江戸へ出て、なにがなしして、二人で暮らそう、お美代とならどんな苦労も、
「もういい帰りましょう。」
娘が云った。惚れあうて面白かった、幸せだったわという、
「でも幸せは長続きしない、所帯やつれなんていや。」
ではどうするって、云いなりになるしかなく。
「家へ帰るわ、おまえもそうすりゃいい、取り成しておく、そうよ今まで通り、オッホッホ、岩井源左衛門は、半兵衛のおかげで、重職につけたようなもの。」
そうしてその通りになった。
大殿を食いものにする重職ども、何がそうさせるといって、上品がたわけるのか、娘と同じにさ。
半兵衛は前と変わらず、仕事を待ち、娘のお美代どのは、もとから半兵衛には、めったに姿を見せぬ。
一年が過ぎた。命が下った。
若とのさまの行列が行く、病気の大殿様平癒祈願の、とりで神社へもうでる。
「中に国抜けの者がいる、そやつを探し出して切れ。」
という、だれであるのかわからない。
「若殿はそのうなんだ、少しばかりこれで。」
源左衛門が云った、お頭が足りないそうだ。半兵衛は行列にはつかず、少し離れてしたがった。
「そうよ、おまえはおさむらいには馴染まない。」
ふいに現れて、お美代どのが云った。
「人を殺せるという、その男に惚れたのに、せめて歌の道でもすればよし。」
と云って過ぎる。
「オッホあの人は愚かものという。」
どう取り入ったか、二日めには、若とのと楽しげに歩いている。
娘の思いは、半兵衛ごときにはわからない。いやそれはいい、だれが国抜け人か。三日たっても目星がつかぬ。
「このわしとしたことが。」
半兵衛は珍しく慌てた。
紅葉の中社を過ぎて、本殿にさしかかる。
「紅葉の下にはくそがある、さぞう臭かったでござんしょう、能面被って田舎芝居。」

げらげらと笑う若殿、
「鬼女としては、なんとお答えしたら。」
「くるっとふりかえりゃ鬼ってな、男にゃまねのできんうっふう。」
平気でお美代のふところに手を入れる。
(どうしようもねえばか殿だ。)
あいつか忠義面して、なにしようがおそばにとっついてる中年、
「うつせみの命長らへ山川の清き河内と笹鳴りすらむ。」
「初音にも雪ふりしけばあかねさす清き河内と笹鳴りすらむ。」
若とのの歌に、お美代どのが応ずる。何かがかちっと鳴った。
どうしてまた小木だ、十間を一足につめて、切ったのはお美代であった、
「たった一人の救いを。」
悲痛な声、身代わりに重ねて、半兵衛は若とのを切った。
「おれがものをわからいでか。」
抜け出して国境を越えた。
そうよ、われら地下人のためには、現つを抜かす重職どもが好都合。
ばかのまねをせねば、生き延びられぬ殿はかわいそうだが。
亡霊が突っ立っていた。
般若の面をつけていた。
絶叫が上がる。



美しい娘

とんとむかしがあったとさ。
むかし青芦原には、七人の美しい娘があった。
長女はお日様に嫁いで、毎日かんかんひでり、次女は雨に嫁いで、降ったり照ったり。

三女をねずみにやったら、のさばりすぎる。四女をきつねの嫁にした。虹がかかって、きつねの嫁入り。
五女は人に嫁いだ。人は魚をとったり、火を付けたり、芦を刈って屋根に葺いたり、戦争の弓矢にしたり、たいていろくでもないことばっかり。
つつがむしに六女をやった。人もこわいものを知る。
いっとう美しい末娘に、信濃川が婿に来た。
「よしあしの中を流れる清水かな。」
だってさ。

2019年05月30日

とんとむかし29

うつぎ伝説

とんむかしがあったとさ。
むかし、ごれいの里に、いんの吉平という人がいて、古い話を数伝えていた。中でも

「清いの衣。」
の話は珍しく、今でもなにがなしかある。
いんの吉平はかんな宮の神主で、七十八になってその職を継ぐ。それまでは百姓をし、わたし守りであったり、旅へ出たりする。代々いんの吉平で、それ以前に死んだら、孫子が七十八になるまで、神主はいない。
清いの衣は、人がこの世に生まれぬむかし、一本のうつぎの木があった。
うつぎの木は西東南北をこさえ、葉は舞い飛んで鳥になり、走ってけものになり、海に入って魚になり、ただようて虫になった。根は知慧の石をつかみ、時を花開き、善悪の実をむすぶ。
はて世の中は盛んになり、うつぎの木は大欠伸して、
「面白うもないってことはないが。」
ちょっとそこいらをと云って、うつぎの木を抜け出した。
日差しもまぶしいほどに美しく、くしゃんとくしゃみをしたら、そこから女が生まれた、女が男を生んで、人の世の中になった。
「よき衣がほしい。」
という。
鳥からは袖を召し上げ、けものからは彩りを、魚からはきぬずれの音を、虫からは丈を召し上げた。それはもう美しい衣を着て、心行く楽しんで姿を消す。
うつり香は虹になって残った。
虹という字は虫がつく、虫は生きもののことだという。
別伝があって、うつぎという、美しい娘がいた。みなもとの義経の寵を受け、一かさねの衣をたまわった。義経があいはてる時に、東国再興の黄金を、うつぎの衣に託して隠しおいたという、ちなみに衣川という、果てる地を呼ぶのは、この故にである。
鳥の右袖は、なぎの川の底岩にはりついていたのを、拾い上げてお寺に奉納した。どうして底岩にというと、もうりのとりの娘が、身を投げたからという。右袖だけというのは、それが気に入って着物に縫いつけた、するとよくないことばかりあって、恋にも破れ、もうりのとりは失脚し、家はつぶれた。
とりの左袖は、もうりの娘と着分けたという、かもたりの娘が持ち、降るような縁談を断って、一生独り身で過ごした。左袖はお墓へ持って行った。そのお墓がようやく見つかった。
とりの両袖を見つけたのは、かんぞという若者で、
「とりの右とりの左とうつきなる虹より虫の魚のおひれを。」
といういしぶみがあって、わけもわからぬのを、そういう衣さへ見つければ、きっと黄金のありかがと信じ込んだ。
手にした二つの袖は、さし向かふ鳳凰の刺繍。
かんぞは次の手がかりをさがした。
いわいの泉は塩を含むという。
あるとき湧き溢れて海に入れ、たいやひらめが泳いで来た。しおみつの玉をひたち、塩を含んだ。
わきあふれる底に、虹が立つという。
衣のようである、かんぞは取りに入って、命を失った。
次に、にお太郎という者が、黄金伝説の着物をさがした。
にお太郎は、虹の衣をつかんで浮かび上がった、かんぞのむくろをさらい上げたという。たしかに三枚の布を持っていた。
鳳凰の左右の袖と、うつぎの花とかげろうの前みごろ。
にお太郎は婿で、食っては寝てばかりの女房を養う他に、なんにもしなかった。押しつけられた女房が死んだとき、形見の品の中に布があった。後ろみごろだった、虹と魚のうろこの波模様。
にお太郎の子の、いおんなには天の才があった。
男と女の二なりという、一生独身で、六十を過ぎても、少年の風があった。左右の袖とみごろを合わせ、えりとすそとおくみを描いてみた。
けものはきりんか、龍か、おそらく前みごろにはきりん、うしろみごろには龍を。
不思議な着物だ。
これはうわさに聞いた、えぞの住人のものだ。
それを戦国のあでやかさに変え。
では着物はえぞを表わす。
さけやますの取れる所。
そういえば、いおんなは思った、みなもとの義経はえぞに逃れ、のち海をわたって、じんぎすかんになったという。
うつぎという女がいた。
伝え聞いて、向こうからやって来た。
「いえ一夜の夢にあなたさまを。」
という、夢と同じいおんなであった、
「移り香は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ。」
そういって一つ屋に住む。
あたしがうつぎというは、代々あととり娘をうつぎというて、これを伝えたと、きりんの裾を示す。
ひきつれた乳母が、龍の布切れを示す。
それはいおんなが描いたものと、同じであった。
衣が衣を呼ぶ不思議。
そっくりのに作らせて、うつぎが袖をとおし、白拍子に舞うと、それにつれて、鳳凰ときりんと龍の間に、えぞの地が浮かぶ。
「うむわかった、だがわしは捜しには行かぬであろう。」
いおんなはうつぎに云った。
「わしのようなものを愛してくれる、ではそれがこの世に二つとない宝。」
どのように読み取ったか。
鳳凰のやぶにらみの目と龍の炎、いやきりんの脚がくわしく。
いおんなは初代神主になった。
七十八まで生きたものが、うつぎ神話であったか、黄金伝説を次代に伝える。



けさらんぱさらん

とんとむかしがあったとさ。
むかし、いなの村に、かさんがらさんというきのこが生えた。
まっ白い、幾かさねにもなる、おいしいきのこであった。ある年、殿様に献上の、名物のじねんじょが不作で、もしやと添え物にしたら、
「苦しゆうない、来年もまた頼む。」
ということであった。
「へえ、じねんじょよりうめえか。」
そりゃ掘る手間がはぶけるといって、秋になると、かさんがらさんを取って、じねんじょと献上した。
「だがの。」
と、村の物知りが云った。
「あんげなもの献上していると、今に困ったことになるが。」
「なんしてじゃ。」
「ありゃ食い過ぎると、へそのあたりかゆくなるし、それに。」
「お殿様だで、食い過ぎなんてねえ。」
「娘っこばりこいたあとにはさ、まあふっくら生いるもんでな、でもって、それ食らうと酔っ払ったようになる。」
「そう云えば、聞いたことあったな。」
などいったが、おとがめなしの、何年か続いた。
すると、こう云って来た、
「聞けば、黒いかさらんがさらんがあるという、それはまことか、まことであるならば差し出せ。」
かさらんがさらんの黒いのは、あるにはあったが、だれも食べなかった。
どうも変なにおいがする。
どうしようかたって、お殿様の云わっしゃるにはとて、ずいぶんこれは珍しかったが、捜し当てて献上した。
でもってそれっきりだった。
かさらんがさらんには及ばぬ、じねんじょだけにしろという。
だからすっかり忘れていた。
するとある年、立派なおかごがふうらりと来て、そこへ止まったかと思うと、美しい衣装を着た、女の人が下り立った。
清うげに歌いながら、林に入って行く。
あとを追うてお侍どもが来た。
「奥方さまは、やれどこへ行った。」
「あれをさがしに行かっしゃったか。」
村人を頼んで、林をさがす。
すると、美しい衣装やら、腰のものやら、脱ぎ捨ててある、
「あいや下がりおれ。」
お侍だけで連れ戻した。
だれも見たものはないというのに、見るもまぶしい奥方さまの、いえ舞い狂う姿が、のちの世までも伝わった。
かさらんがさらんは、
「けさらんぱさらん。」
という名に変わった。
衣装を脱ぐ音であるという。



即身仏

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ゆうきの村に、何とかいう行者どんがあった。どえらい美しいかあちゃんがいて、口が聞けなかった。
口の聞けないのをおっちといった。おっちのかあちゃんは、たいていなんにもしないで座っている。行者どんが、飯を炊き、洗濯ものしたり、村付き合いやなんでもまかった。
「行者さまはまた別だで。」
「まあべっぴんさまのかあちゃんだし。」
と、人は云った。
きっと修行のうちじゃ、修行といえば、行者どのは、二月には、山へこもって滝にうたれる。
水の低いときに五穀豊穣を願い、ものみなの吉凶を占う、これを行という、人は天地同根であるという。
「万事たたりのねえようにな。」
聞く人は云った。
「同根てなものがおったつんかな。」
「おまさんもやってみるか。」
「お払いしてもらえばそれでいい。」
六月は火渡りといって、燃し火のあとへ、塩まいて踏みわたる、
「そりゃ、穢れがあっちゃ火傷すっか。」
人は聞いた。
「でもってどういうご利益あるだ。」
「諸霊を清めてもって、人は万物と一如。」
心を空しゅうするをもって、証という。
「空しくなっちゃ幽霊だがな。」
「おまえさんもやってみるか。」
「いやご祈祷してくれりゃそれでいい。」
なにしろ行者どんは、てえしたもんだった。
二月と六月、行者どんの留守に、美しいかんちゃんとこ夜這いすっか、なんとかに口なしでえっへえという、そんなこというからにはうわさもたった。
「おらもう天にも上る心地。」
「六根清浄金剛杖をこう。」
もったいなくもという。けしからん。
本気にして夜這いかけた、与六という者が、「あほらしい。」
と云った、
「あいつらおっぱらわれたで、あんげなこという。」
そりゃな、おれもさ好きもんで、月明かりを頼りに、
「月の光みてえ笑ってな。」
神々しいっていうか、好き心もふっとんじまった、
「ありゃ天女さまだ。」
と云う、
「もしや。」
耳打ちするには、行者どんってあれ夫婦でねかったりして、と。
そんな噂も去って何十年した。
行者夫婦もじいさまばあさまになった。
子持たずであったのに、ある日とつぜん若者が現れた。
たくましく美しい二十歳の、たしかに行者どんのかあちゃんに、そっくりだった。
「そうさ、わしらが子よ。」
行者どんは云った、
「生まれてじき、お山で預かって、そこで修行しておった。」
という、うそかまことか、立派に口も聞けて、村人が知らぬことも知り、なんでもよく答えて、ご祈祷もお払いも、それは目の覚めるような。
一年して、行者夫婦はいなくなり、若者だけになった。
「どうしたか。」
と聞くと、浮き世の用が終わったで、しゅみせんとかへ帰ったという。
若者は、ほんの少し悲しい眉をした。
村人は首をかしげた。
どえらく美しいかあちゃんの、子を生むまえは、口を聞いたんだという。
ではどういうことか。
あとのことは解からずじまい。
活仏といって、お山へ入ってミイラになる、そういうこったと、知ったかぶりが云った。



左衛門四明

とんとむかしがあったとさ。
むかし、そうどのいよの村に、やすき左衛門という、名字帯刀のお人がいた。先代がお殿さまの命を救ったので、士分のお取り立てであった。
そうど川は、やすの川に入って海へ行く、暴れ川で、何年にいっぺんか、十ケ村を丸呑みにしたりする。
となりのくげ村に、たいぞうというはげしい男がいて、村が水没するのは、いよの堤防のせいだ。
お上がそうする、おらほうを捨ててといって、ことあるとつっかかる。
娘がいて、いよのしげるを恋して、いっしょになろうというのを、破談になった。
娘はいよの淵へ身を投げて死ぬ。たいぞうは気が狂った。
おれはあきず権現の生まれ変わりだという、ぐりっとした目玉、やせて頑丈なところは、鬼やんまに似ていた。
水を鎮めるには、青い布を巻いてみそぎする。田植えどきに大騒ぎする、みんな集まれといって戸をたたく、困じはててだれか、
「娘が人身御供にたったから、もういいではないか。」
といった、それがいけなかった、
また大水が出て、田んぼがひたったら、
「なんで娘を。」
お上が悪いといって、かまを振り回して、お殿さまではなく、虫送りの行列に突っ込んだ。主立ちの何人か、手足を切られて、一人は死んだ。
きょとんとして突っ立っている。
捕らえられて、人を殺したらそりゃ死刑だが、左衛門さまが言上申し上げて、死罪はは免れた。
「あれは正気に返った、やったことを覚えてはおらん。」
たしかにそうであったが、納まらぬ何人か、左衛門さまは、
「わしに免じて。」
といって、まいないして回った。
「なんであんなものの為に。」
人みないったが、
「そうではない、人間やっかいごともあれば、生きていりゃ役に立つこともある。」
といった。家が絶えぬようにということだった。
島送りから帰って来て、十年のちであったか、たいぞうは一人で、村の堤防に、石をつんでいた。人はばかにしたが、一年二年とするうち中、手伝うものもでた。
水の出たときには、助かった田んぼも、家もあった。
せいじというのは、盗人ぐせがあって、柿や瓜をとっても、おやがなんにも云わず、ほしいものは手を出す。
たんびに巧妙になって、よしえの姉から大金をくすねたのは、大きな子にいって、よしえの子に持ち出させて、長らく気付かれなかった。
流れ者があって、せいじはその財布をとって、腕をねじあげられた。たたっ切るという。
「おまえはそういうくせだな、指一本切るよりいっそ。」
という、おそろしさに、せいじは涙流し、勘弁してくれといった。
流れ者を押さえて、左衛門さまが、
「わしも腕一本に賛成だ、だがまあ、洗いざらい白状したら、考えようではないか。」

といった。
せいじはほかのいくつかと、よしえの姉の大金も白状した。
村は流れ者を泊めなかったが、左衛門さまは、いちおうというこの男を、
「いたいだけいろ。」
といって、お屋敷内に置いた。
一月いていちおうは、出戻りのよしえの姉といっしょになった。
なにかあって流れて来たが、真っ正直な男で、もとは侍であったか、いちおうのおかげで、せいじはくせを出さなくなった、盗人だの暴れん坊に、にらみが効いた。
「いや云はずてよい、わしはおまえさんを信用する。」
左衛門さまのその一言だった。
いちおうは真っ正直がたたって、お侍を追われて、さすらい歩いた。長い放浪に丸くなった、百姓もまたよかろうと云った。
もう一人おかしな男がいた。これは名門の出で、父親が、
「飲む打つ買う。」
というのか、身を持ち崩して、いおりというそのせがれは、家を興すというより、乞食同然になって、ほっつき歩いていた。
「雲の行く水の流れる、花に咲こうか、鳥に飛ぼうか、人の世なんぞ。」
うそぶいて、
「それなら今日はホーホケキョ。」
といって歩く。
お屋敷は残ったが、ほとんどよっつかず、物貰いしたり、むしろ巻いて橋の下に寝ていた。父親が首をつったから、借金取りが来るでとか、人は云った。
「わしが意見してみたが、届かなかったか。」
と、左衛門さまがいうのは、その父親で、ずいぶん出資もしたらしい、
「あの男は、どこかうらやましかった。」
といった。
「俳句を読ませても、仕舞いを舞っても、天性のものがあったな。」
と。
せがれについて知ったのは、ずっとのちだった。
なにかしたらしい。
会うてみなけりゃといってさがすと、牢屋の中にいた、
「いえね、女物のきんちゃくをとったっていうんですがね。」
「まさか。」
盗人するような男ではないし、それにといって、問うてみるとほんとうだった。
なぜと聞いてもだまっている、身もと引き受け人になって、貰い下げて来た。
ありがとうとも云わぬ、
「なんでとった。」
「あれはきんちゃくっていうんか、あいつがおれを呼んだんだ。」
「あいつってだれだ。」
「なんの花柄かさ、ふうとな。」
こいつは親父より天才というのか、哀れなところがある。左衛門さまは思った。
「牢屋はどうであった。」
「くさい飯かなあうっふう。」
「どうだ、無著しんめい禅師という、偉いお方がおられる、会うてみるか。」
といった、
「世の中らちもねえのに、坊主か。」
といったが、左衛門さまについて来た。
無著しんめい禅師に会う、いっときのまに、平服して、
「弟子にしてくだされ。」
といった。
左衛門さまは、すべて用意して、彼を出家させた。
ほかに多数あったが、まあこのくらいでよかろう。いやもう一人あった。
これはどうしようもない女で、まつよといった。
十を過ぎたらもう男をこさえて、常に三人四人引き連れちゃ、盗みやかっぱらい、たいていなんでもした。
それがちゃっかりというか、憎めない、
「そう、だってほしかったんだもん、代わりによしおでもふんじばる、それともあたしと寝る。」
ふうっと笑う。
おやもとっくに見放して、
「世間様というものがあるで、よそへ行ってやってくれ。」
といった、
「どこへ行くたて、あたいのかって。」
ゆすりたかりして遊んで、容色は衰えず、それがいちおうに捕まって、牢屋へ入った。

あとはわしがとて、左衛門さまが行って、受け出した。
そいつがどうも、そのあと、
「さすがの左衛門さまも。」
と人のいう、
「いえ、左衛門さまにかぎって。」
という。
当のまつよは、
「お天道さまのもと、世の中あんないい男はいない。」
あっけらかんといって、
「あたしの恋人。」
という。
そこら歩いたって、
「さあさま。」
すっとんきょうな声を上げる、お屋敷に押しかける、
「お金がない、ちょっと貸して。」
左衛門さま、なにがしかわたしていた。
どうにもこうにもで、そのご人格というか、とやこうも云われなかったが。
左衛門さまがなくなられて、それはもうお殿様から、お使いが来た。
「わが田中の懐石、父子二代の形枯をもって、人心を富貴ならしむることは、これなんとか。」
お殿さまの、漢詩というものが掛かる、末を安堵するとあった。
命を助けたというのは、おしのびで釣りに来て、川へはまったのを、先代が救い上げた。
お殿さまの宿をする家であった。
みな引いたあとに、四人が残った。
立派な坊さまと、なお美しい女の、腕に墨の入った前科もの、また屈強な百姓だった。

「わしらは兄弟よな、なつかしい。」
坊様がいった、
「一目でわかった。」
「どうしてだろ、あたしを変な目で見ないし。」
「わけなんか知るか。」
よもやまの話というではなかった、冷や酒いっぱい酌み交わして、
「縁があったらまた会おうぞ。」
といって、手をとって別れた。
田中の懐石、左衛門さまの四明子という、まつよがどうして仲間入りかって、どうしてか人がうなずく。
「そりゃまつよだもん。」
という。
われをかえりみず他が為という、いおりのしんせき快誉禅師の名は、人にも知られた。

2019年05月30日

とんとむかし30

さーが

とんとむかしがあったとさ。
むかし、日吉村に、さーがという大ばあさまがいて、とりわけ次のような話をして聞かせた。
「わしがほんのこんなころのことじゃった、行き倒れがあっての、おさむらいのようでもあったが、そりゃもうおんぼろけで、のみしらみはたかる、人はたいていそっぽ向いた。うちのじいさま仏での、かゆを食わせて面倒を見た、とうとう助からんで、今はのきはにおさむらいが云った。」
「わしは宝探しをしておる、とうとう突き止めたがもう駄目じゃ、一に黄金、二に宝玉、三に不老長寿の薬じゃ。むかし、秦の始皇帝が、わが国に方士を遣わし、方士みずのえらんぶが、ついにこれが三種をえた、そうして襲われて殺された。宝はついに現れず、二千年の時をへて、すんでにわが手になったものを。」
そう云って、書き付けと地図を残して死んだ。
だれも本気にはしなかった。
書き付けと地図は神棚に上げて、そのまんまに忘れた。
さーがの兄のあきじろが、腰巾着のてろという子と、水鉄砲をこさえ、
「きーやったな。」
「くーぐわ。」
なとうちあっていたら、神棚にあたって、なにか落ちた。
字の書いてある紙だ。
水にぬれて青く赤く浮かび上がる。
乾いて消える、
「秘密文書だ。」
あきじろが云った。
「宝のありかが書いてある。」
そう決め込んだ。
二人隠しもって、さてどうするか。
さーがと隣のゆいと、お祭りに市が立って、なけなしもって出かけて行く。
よしおれらも行こうと、あきじろとてろと、もう一人みよという女の子がいた。
「宝捜しの軍団を作ろう。」
みんな呼べと、あきじろが云った。
十人になって市を歩く。
さーがもゆいもみよも、赤い草履や、千代紙を買ったりしたが、男の子は、するめを一枚買って、みんなでむしって食い、芋でんがくを二串買った。
「古いもん商うのさがせ。」
あきじろが云った。
「売ったり買ったりするやつだ。」
いた、しわだらけの目を、涙のように笑うじっさがいた。
「おめえ字読めるか。」
あきじろが聞いた、
「アッハそりゃ読める。」
「ならこれ読んでみろ。」
といって書き付けを出した、もう一つは地図だった。
「なんだなこりゃ。」
「わかんね。」
「ふうむなんとな、方士みずのえらんぶは、よって百二十の齢を延長して、日の出る国に於て、尋ねるところのものはみな尋ね、探すところのものは探し当て、」
文字がかすれたり、あきじろにはちんかんぷんや、
「こりゃ黄金と玉と不老長寿の仙薬が、やわたのひろずさという道を辿って行くと、見つかるであろうと書いてある。」
「そりゃほんとうか。」
「さがしあてりゃほんとうだわな。」
「うんわかった。」
あきじろはひったくった。
「待て、こりゃ写したもんじゃが、そっちの地図は、買うてもいい、珍しい紙じゃ。」

「えっへ、おやじさまに窺い立ててくら。」
といって逃げた。
あくる日また集まった、難しい文字ばかり書いてあったし、
「みずのえのらんという人が宝の在処を探し当てた、それはやわたのひろずさという道を行く。」
あきじろが云った。
てろがうなずいた。
「こっちは地図だ、これが一枚目。」
山や湖や村もあって、わからないしるしや、矢印や、
「おれが思うには、これがいするぎ山、谷のこっちが千枚岩、いの原に、村が三つはまとまって上の村だ。」
池があったんだ。ごんぞうの畑があるこのあたり。
「二枚めはようも見えん、三枚めは、いするぎ山の形だ、つまりこいつがやわたのひろずさだ。」
てんまという子が、
「そうだ、やわたってはらわただ。」
 といった、りゅうという子が、
「いするぎ山って、こんな形か。」
と、首を傾げる。
水をふっかけた。
青と赤のすじが浮き出す、ひょうたんととっくりをあわせたような、見る間に乾いて消える。
「ひょうたんはおおとりが舞い、とくりは青龍が飛ぶ。」
さーがが云った、
「なんでそんなこと知ってる。」
「わかんない。」
でもずっともうせんに聞いたような。
「ふーん。」
「かめのさかずきに、とらの鉢。」
絵柄があったのか、とつぜんに思い出す。
入り口はここ、
「どうしたってここだ。」
といって、あきじろがさす。おおとりと青龍だ、湖の上を行き違って、ほれ一枚目に、重ね会わせると、いするぎ山にとっつくのは、ここっきり。
よし行こう、宝捜しだと云って出発した。
てっぺんにはいするぎ神社があった。石段は崩れて、両がわには、えびす神社とあたご神社があった。
あたご神社へ行く。
右のこまいぬさんをさして、あきじろはここだと云った。
「ここらへんが舟付き場になっていた。」
なぜとも聞かず、みなしてこまいぬを押す、ずらり動いて穴が開いた。
「そうら。」
松明を用意していた。やにのある松の木に油布を巻いた。つけて入って行く。あきじろにてろに、てんまにりゅうとふうりんの男の子が続く。
さーがとゆいとみよは残った。
そこに待っていたら、ぽっつり雨が降る。
「もう帰ろう。」
みよがいった、
「そうね。」
「宝さがしなんか、男の子のすること。」
どうしようといって、屋根の破れた、あたご神社の軒へ行った。
しばらく降る。
「ふきの葉っぱかぶって、走ろうか。」
そうしようと云っていたら、
「おーい。」
と呼ぶ。神社の床板が外れて、ぬうとあきじろがつったった、
「来い。」
という、石段があってつながっている、
「そうさ、ここからでよかったんだ。」
手探り行くと、向こうに松明がともって、みんないた。
「たまげるな、人の骨あるで。」
という。
ゆいもみよもわっといって、されこうべが二つとあばら骨と、幾つか散らばった。
「こわい、きっと乞食がいて。」
「そう、いつかもお宮んとこいた。」
「ちがう宝さがしだ。」
松明をかかげて次の部屋へ行く。
絵が描かれていた。大きな舟に人が何人も乗って、きぬがささして、お日さまとお月さまが。
車輪のない車と。
「向こうもこっちも。」
白い虎に、青い龍に、黒いのはへびだっていう、いいや亀だ、赤いにわとりに、
「宝はこれさ、こん中にある。」
あきじろが云って、真ん中にある、大きな石の箱をさす、石のふたが閉ざす。
みなしてずらそうとしたが、びくともせん。
穴は行き止まりだった。
「仕方ねえ、大人を連れて来よう。」
「そうなあ。」
「ぜんべえどんの牛なら引くぜ。」
「ばかどっから入る。」
とにかく見つけたといって、出て行った。
あたご神社が正門だ、いやこっちがあとでつけたんだといって、順繰り上がって、
「ちょっとこれ。」
と、ふうりんが云った。
「穴でねえか。」
それは、子供がやっと入れるような、あきじろとてろが、
「行こう。」
といった。
みんな首をかしげ、
「もうおそいで帰る。」
と女の子は云い、他の男の子も帰る。あきじろとてろと、さーがの三人が入って行った。
てんまとふうりんが残っていたが、帰る。
三日たった。
大騒ぎになった、てんまとりゅうが次第を話し、
「帰ってこない。」
女の子は泣く。
大人たちがよって、こまいぬさんから入って行った。
「だめだよ、ずらしたもな、元へ戻しておかなくっちゃ。」
という、
「ここはおおむかしの人のお墓なんだ、あっはっは宝なんかねえよ。」
「盗人がかっさらった、お骨が入ってるっきりだ、え、あの骨か、ありゃ百年もめえからあるがな、こまいぬさん戻すと、下からじゃ開かねえしな。」
三人は見つからず、
「はてなこっちにも道ついたか。」
といって、神社の床下を押し上げる、
「いねえな。」
「あの、別の入り口あって、入ってったっきり。」
てんまが云った、りゅうがうなずく。
「なるほど。」
そういって、大人一人窮屈そうに入って行った、じきに出て、
「行き止まりだ、だれもいねえ。」
と云った、
「おれ入ってみる。」
てんまがいって入って行く、
「おれも。」
りゅうが続く、
「うん行き止まりだ。」
りゅうが出た。しばらくしててんまも出た。
大人たちはいするぎ神社へさがしに行った。
その夜りゅうが触れ回って、みんなで集まった。
「あきじろとさーがとてろが待っている、食いものと水と持って来い。」
という、
「いいか一人も抜けられんぞ、人に知れたらだめだ。」
行き止まりではなく、あきじろが石を押し当てた、おれだとわかって、
「青い道だ。」
といった。早くみんなつれてこい、腹がへったって。
月夜の晩であった。
宝さがしの決死隊、てんまにりゅうにふうりんにひとよにみよとしゆいと、次々入って行った。
「ようしこっちだ。」
あきじろのあとを、手探り行くと、あたりが青く光る、月の光が漏れるのか、天井も壁も、踏み歩く床も青い。
「そうさ青龍の道だ。」
あきじろがいった、
「きっとおおとりの赤い道もあるんだ。」
広い部屋に出た、さーがとてろが待っていた。
「へえ三日もたったんか、腹ぺこだ、水はなんとかしたけど。」
といって、三人はむさぼり食らう。
地図があった、松明をつけて、
「そうすっとこれも見直さねばって、つまりここだ。」
やわたのひろずさ、つまりここだ。
その向こうに大きなマルがある、ぜったいになにかある。
「あたご神社に通じていたから、えびす神社にも、本殿いするぎ神社にもと思って、こうして地図をあててみた。」
うんそうだ、あきじろは頭いいからとみんな云った。
「で、マルんとこさぐってみたけど、石壁瓦礫ふたがって、腹減ってどうもならん、みなしてのけてくれ。」
さーがもてろも云う。
みなしてかかって、半日ものけて、一人は通れるほどの穴がある、
「よしおれ行こう。」
てんまが入って行った。わっというくぐもった声がして、あとそれっきり、
「おーい。」
どうしたと呼ぶ、返事がない。
ずーんと音がした、
「逃げろ。」
もとの部屋へ逃げ帰った。ぜんたい崩れ落ちる。
どうやら助かった。おそるおそる行ってみると、
「てんまか。」
人の頭がごっつと見える、
「松明だ。」
照らすと金色に光る、
「仏さまだ、何百もある。」
がれきの下に、黄金の仏さま、大人と同じ大きさの、
「ふえーすげえ、黄金だ。」
「かわいそうなてんまも、きっと浮かばれるというんかな。」
手を合わせたが、
「仏さまじゃない。」
さーがが云った、
「鎧を着て、槍や刀を持っている、兵隊だ。」
黄金の軍隊だった。
下りて行ってみた、ほんとうにこれは軍隊だ。
いまにも動き出そうと。
みんな口をあんぐり。
こんなたいそうなものを、どうしたらいいんだ。
しーんとする、
「そこをのけ。」「生皮ひんむくぞ虫けらども。」「なにを食ったって。」「ささだんごとな。」「なんだがきか。」
「酒はないか。」
てんでんに聞こえ、その声は、滴り落ちる水の音。
「次のしるしはこっちだ。」
あきじろが云った。
「まだ行くの。」
「てんまは。」
「だって玉と不老長寿だ。」
「不老長寿ってなに。」
「年寄らないで長生きするの。」
青い道は続いていた。
りゅうとひとよが先へ行く。あきじろとてろは地図と松明。ふうりんと女の子どもが続く。
「変だ。」
ふうりんが云った。いつのまにか水の中を歩いている、青い光は強くなって、波を立てると信じられぬほど美しい、
「うわなに。」
どくろが浮いたり沈んだり、けものの骨か、ひん曲がったくちばしや、
「おれたちもきっとああなるんだ。」
ぞっと深くなった。
さーがは、吸い込まれて行って、夢中にふりもがいて、思い出した、いつかそっくりの夢を見た、青龍の青と、おおとりの赤い道に、さ-がとだれか、あきじろであったか、二人浮かぶ。
狂をしい奇妙な思い、-
水のないところに、あきじろとりゅうとみよがいた。
「おれだけ足が届いて。」
と、あきじろが云った。
「さーがは泳いでたし、女の子たすけて、たどり着いた、これはでっかい亀の背中だぜ。」 さ-がは乗った。
亀の背中にこけが生え、
「めくらの亀だ。」
あきじろがいった。
どこかへ行くらしい。何日たったかわからない。
亀は歩いていた。
玉の上を。
玉の河だった。大小とりどりが、青い光には、白く見える。
「ふーん玉ってこれだ。」
亀は玉をくわえて飲み込む、なぜだろう、三つ五つと飲み込んで引き返す。
四人は亀の背を下りた。
地図もなく、食いものも松明もなかった。
宝さがしより、もう外へ出るしかない。
西も東もなく、上ったんか下ったんか、なんせ歩いた。
「死ぬしかないんか。」
声には出さずに、四人とも思う。
ぼんやり白く光る。
玉の河が白く光るのか、足は痛み血がにじむ。
巨大な虎が、炎を吐いて襲いかかる。
「うわあ。」
「あ-。」
あきじろが食われ、さーがが食われ、りゅうが食われ、みよが食われ。
四つの魂になって、お社に入って行った。
いするぎの本殿へ。
(こわい。)
(こわくはないが。)
(たましいが見える、蓮のうてなの辺に。)
思いは声になって聞こえ、
(生まれ変わってどこへ。)
美しい絵があった。
花や鳥や、金色の果物や、みたこともない南国のけものや、樹木や風や。
(そうよ極楽の)
(西方浄土の。)
(ではなんで絵なの。)
(風景だ。)
みな音楽になって聞こえ。
「昼のうたげです。さあこちらへ。」
四人は蓮の花弁のテーブルに向かい合った。
食べきれぬご馳走の山。
おいしかった。
腹いっぱい食べた。
すばらしい飲み物。
「生きていたって死んだっていい。」
とあきじろの、いやさーがの声、
「楽しくもなく悲しくもなく。」
りゅうのみよの。
幻想は消えて玉の河にいた。
白虎の幻影がよぎる。
「よろしい、わがテ-ブルについたか。」
虹の玉房のついた冠をして、袖の大きなゆるやかな衣を着て、まっしろいひげの年よりが現れた。
「方士みずのえらんぶと申す者、待っておった。」
おそろしい空ろな眼を向ける。
「四人おれば四つの車輪になる、だがまだ子供か。」
手招きして女を呼ぶ。
四人はそのあとへついて行った。女は幾人かしずいて、四人の着物を脱がす。
子供だってあきじろは男だし、妹のさーがだって恥ずかしいし、りゅうもみよも。
湧きあふれる紅玉の風呂。
浸るあいだに、
「おう。」
「はあ。」
驚き叫んで、四人の大人の男女になった。
「二つはまぐわえ。」
という、ようもわからず。
同じしろがねの衣をまとい。
満月であった。
満月は美しい女人、
「かぐや姫さま。」
そう思い、美しい女人は一箇の壺になった。
不老長寿の仙薬であった。
壺は四方を虹の吹き流しのついた、お宮に納まった。
方士がきざはしに上る。
「帰郷じゃ。」
手を上げると、頂には鳳凰が止まり、右には青龍が、左に神亀が、そうして白虎が炎を吐いてまん前に来た。
「引け。」
お仕着せの四人は、四つの車輪になって、白虎がそれを挽く。
黄金の軍隊がわきあがる。
「白虎は千里を帰る、
盲亀浮木に当たるが如く、
ことは成就せり、
鳳凰の舞い、
青龍の躍る、
行くは銀河ぞ、
皇帝陛下、
待つには待たじ。」
方士はつぶやく。
走る、四つの車輪はうめききしみ、悲鳴を上げて天駆ける。
それは銀河。
右の車輪が外れ、左の車輪が外れ、またもう一つ、みよが落ち、りゅうが落ち、あきじろが落ちる、炎を上げ。
青は水赤は火、そうであったかこれが、ー
いいや、さーがだけが帰って来た。
あたご神社から這い出した。
石の棺にあきじろの声を聞いた。
二つのされこうべにみよとりゅうの声を。
「たすけてくれ。」
という。
助けてくれといった、だれか行ってたしかめておくれ、今もなを、大ばあさのさーがは云った。
年は幾つであったか。あるいは百歳をこえ、だれかさ-がの沐浴を見た。
うら若い乙女であった。



しいや秘伝

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しのだ村に、しいやというかご作りの名人がいた。
しいやのかごやざるは、三代使える。
酒屋のまかないに、おかめという女がいた、夜中盗人が入って、みっしり歩く、
「おかめ、おかめ。」
とざるが呼んだ。
「なんだあ。」
寝惚けたとも思えぬ、おかめの大声に、盗人はたまげてつかまった。
「さすがは、しいやのざる。」
という、子供がかっぱらって行って、どじょうをすくうとよく入った。
ぽっくりふくらんだざるを、おかめと云った。
しいやは、編んでいたたがが外れて、目を打ったそうで、片目であった。
「ひでえ面になってな、女子は見向きもしねえ、あれはかご作りのって、看板になっちまったし、もうこれっきりねえ。」
と云った。
釣りの好きな、お殿さまの、魚篭を編んだ、
「しいやの魚篭じゃ。」
釣ったあゆも死なぬという。
奥方さまの草履を編めと云われ、これは苦労した。
たいへんなお方で、
「そうではない、鮎釣りに行くのじゃ。」
といえば、あゆにまでりんきする、
「魚篭と同じはきものこさえりゃ。」
という妙な理屈。
足袋をはかないだってはける、頑丈でしかも優雅な、しいやは百足をこさえ、百と八足めにできた。
冬は暖かく夏は涼しい、むれることもなく、
「どうじゃわしの心があいわかったか。」
「はい。」
と奥方さま。
りんきもおさまったというんで、
「おさまり。」
という名がついた。
刀の鞘をこさえた、抜き打ちにするのを、鞘ごと押さえて、相手の刀が折れたという。

「よくなし。」
という名がついた。
ぜにを取らなかったからという。
竹で編んで水の漏らぬ、水差しをこさえ、それをよくなしと云った、茶人にこさえた、ひしゃくであったとか。
独身であったが、ある日、見たこともない、美しい女が来て、
「わたしは狐じゃが、おまえさまの女房にしてくれ。」
といった。
たまげて騒ぐかと思ったら、
「めっかちの籠作りでよかったらな。」
と、しいやはいった。
美しい女房は、人前に出なかった。
「おれも男じゃ、ちっとは誇ってみたい。」
といって、しいやはいい着物着せて、寄り合いに酌をさせた。
「目一つくれてやっても、惜しゅうはない。」 という。
みんなぶったまげた。
美しい女房は消えた。わざわいのもとであったか。
狐はしいやの子を孕んだという。
盗人が出た。
神出鬼没であった、お城の金のしゃちを盗んだ。
右を盗んで、
「左もさらおう。」
という。
かがり火を焚き、弓勢を揃えて待ちうけたが、夜が明けたらない。
もしやという人がいた。ここぞという所に待った。
何人か縄ばしごを伝って、さらって行く。
実は盗まずにあった。大空に似せるわざ。
罪人を送る、とうまるかごを作れと、しいやに云って来た、
「よもやかご抜けなどされんように。」
という。
名人は腕によりをかけて作った。
たしかめに行った。
初々しい若者であった。
しいやを見て涙を流す。
「母は狐、父に会いとうて、盗みを働いた。」
といった。
きつねのわざにも、とうまるは破れなかった。
まあいずれ作り話が。
「おかめによくなしおさまってとうまるきつね。」
という、名人秘伝の、これは編み模様であったそうの。



せふうりん

とんとむかしがあったとさ。
むかし、びんたら村に、ろくでなしという木があった。
辻っぱたにおおふうに茂って、二抱えもあるのを、たたりがあるとて、伐らなかった。

花も咲かず実もならず、臭いにおいがして、からすやむくどりがよったくる。ほんにろくでなしだった。
その木の下に、母子連れが、行き倒れになった。母は死に、四つになる娘は助かった。

「ろくでなしが、ろくでなしを呼びゃがった。」
というのを、下のたんが屋敷が引き取って、飼い殺しにした。
冷や飯食わせてこき使って、よしのという名をよしと呼んで、
「よしでねえあし。」
といって、あしはぐずで泣きべそで、かま炭と垢でもって、まくろけの十三になった。

「あれじゃ、売るわけにも行かんが。」
と、鼻水たらしてこさえるものが、うんめえという。
たんが屋敷に、ひろしき様といって、高貴なお客があった。数人のお付きと、美しい女の人がいた。
けんめいにもてなしたが、
「田舎料理はどうも。」
といって、ほとんど酒も飲まず。あしの一品だけはお気に召す。
冷たい川に入って川海苔をとる、それをゆがいて出した。
「珍ではある、まいて絶品じゃ。」
つれてまいれという、
「いえあの汚い子でして。」
「苦しゆうない。」
いやほんに汚い子じゃ、そこへ畏まるのを見て、ひろしき様はあきれ顔。
連れの美しい女の人がつくづく見て、
「この子貰い受けようぞ。」
といった。
鶴の一声で、かま炭と垢切れのあしは、高貴のお方様が連れて行った。
それっきりであった。
何年たったか、ろくでなしの木が花をつける。
白い大輪に、紅のまた紫のほうが彩る、風鈴のように風揺れて、それは見事な花であった。
よいにおいに、からすやむくどりを遠ざける。
「これはなんとした、かつて見たこともない瑞兆だ。」
人々は仰ぎ見る。
「じゃによって、伐ってはいかんということだ。」
木の名前もわからず。
すると乗物に乗って、天女のような美しい人が来た。
「ひろしきからの者じゃが。せふうりんの花を頂戴したい。」
せふうりんてなんじゃ、ろくでなしのあの花かいな、
「ろくでなしに命を助けられた、ろくでなしのわたしはよしの。」
その人は云って、花をつみとってこんな歌を残した。
「観音のたよりの杖をせふうりんうは鳴りとよみあしを押し分け。」
よしのは歌の道に秀でた。
せふうりんは百二十年にいっぺん咲くという。
「花もなふ茂み生ふるればろくでなし旅にぞ果てむ露のこの世を。」



卵塔

とんとむかしがあったとさ。
むかし、きおい村の、ずいがん寺は、うしろは崖で、石がにょっきり生えた。また椿寺といって、数百本の椿の花に咲く。
お池は落ちた花でまっ赤になった。
面白い和尚がいて、
「このお寺はなあ。」
と云った。
「地獄へ通じておってな、鬼のさすまたにぐっさりやられた亡者どもの、真っ赤なあれは血だあな、どうじゃ、恐ろしい叫びが聞こえるじゃろう。」
といって、耳に手をあてがう。
人が嘘だあというと、そうさ真っ赤な嘘さと云って、すましこんでいる。
鬼塚というのが、椿の木の下にあって、やっぱり地獄と縁があってなと、
「鬼が、亡者とはいえ、人をこんなに苦しめていいものかといってやって来て、出家させてくれといった。二十一世になる大願玄真和尚が鬼の頭を剃った。」
「鬼はたいへんな修行の末ついに悟って、仏の位についた。そのお礼じゃといってな、えんまさまの帳面、えんま帳だわな、そいつを見て、人の寿命を教えた。」
いらんことをしたもんだ、知らんとこに妙味があるっていうのにさ。
「うらに崖がある、住職になると、そこへ石が頭を出す。だんだん伸びて行ってぽっこり落ちる、すると和尚も大往生。」
あほらしいって、だいたいあほうな話なのだ。
ずいがん寺の鐘がごーんと鳴って、余韻のある間に、花の落ちるのへ、願いごとすりゃ、叶えられると云う。
一つ、白いまんまたらふく。
二つ、お蚕ぐるみが着てえ。
三つ、おいらんみてえ美しい女房。
せっかくの願いをさ、鯉がぱくっと花のみ込んで、
「あれおれの。」
と云ったら吐き出して、あっはっは、
「まずい、てめえの面見てから願いしろ。」
だってさ。
「いやむかしはよう効いたんだ、なんせ鐘うつ坊さんが修行してたでな、いまみてえなしょんべん鐘じゃ効かんわい。」
「五助というなまくらものがあってな、一つ白いまんま、二ついいべべ、三つおいらんて願掛けたら、ほんきに白いまんまたらふく食えて、お蚕ぐるみぞろっぺい着てさ、きれいなおいらんと一夜ともにしたってな。」
「いやいかった、夢のようだ。」
と云ったら、明日の朝引っくくられて、獄門さらし首。
「どうしてこうなるんだ。」
「どうしてったって、思い残すこたねえだろ。」
そう云やそうだ。
ばたっと音がして、首が吹っ飛んだ。
なんでだ、十両も盗んだんか、いんや濡れ衣だあなという。
「真犯人がせめてもの心づくししてもって、身代わりにした。」
「そんなことあるんか。」
「あったともさ、わしがその真犯人。」
そりゃもうわからんけど、石が伸び出してぽっこり落ちて、たしかに和尚はあの世へ行った。
坊さんのお墓を卵塔という、二十一世から、この和尚三十五世まで、天然石の卵塔が、あわせて十五建っていた。
でっかいほど徳のある和尚だった。

2019年05月30日

とんとむかし31

影の軍団

一、旗揚げ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、みやずとまかだとうそらの三国が争って、みやずが破れ、王の中の王いすかんは捕らえられる先に死に、三歳になるその子はったしは、忠義の家来いぬわんぞーが抱きかかえて逃げた。
引っ立てられた子は五人を数え、うわさの村は焼き払われ、吊るされた者数知れず。

逃げおほせて行方知れず。いや殺されたか。 見知らぬ女と夫婦になって、忠義のいぬわんぞーは、世継ぎのはったしを育て、鍛え上げた。
知に長けた男であった。使命の終った証に、だいば河に死体が浮かぶ。
十五年がたった。
北の平らに、
「われはみやずの王子はったしなり。」
と聞こえて、急に千人二千人と数を増やす、
「ついに立ったか、待っておったぞ。」
という。
鵜合の衆であり、野伏せりの仲間を、そう名乗られては、ほってはおけず、うそらの兵が討伐に向かった。
それがうち破られた。
はったしの名は上る。
「王の中の王いすかんを、奸計に掛けて追い落とし、見せかけの三つ巴がよこしまどもへ、今こそは天誅。」
と云い、
「そうさ、美しい后ゆーひんにに目がくらみおって。」
と、人のいう。
みやず人ひくぞうやは、遊び人であったが、十人二十人素手で薙ぎ倒す、竹を割ったような気性で、人気があった。
王子であったらといって、はったしの砦へ向かった。
われもと参じて五十人になった。
北の平らに入る所に、若者が現れて、
「どこへ行く。」
と聞く、
「知れたことよ、うそらの軍勢を破った、はったしのもとへさ。」
「ではおれも連れて行け。」
若者は云った。
「がきはすっこんでな、こいつは命のやりとりさ。」
「ためしてみるか。」
「なんとな。」
女にしてもいい初々しさ、ひくぞうやはあごをしゃくった、
「殺さぬようにな、売れるぜこいつは。」
「わっはっは。」
えいひという、乱暴者が立った。
毛むくじゃらの拳骨をぬうっと見せて、足蹴にした。ひっくり返ったのはえいひで、叫び上げてふん伸びる。
「名はなんという。」
「ぐれん。」
「よし行こうか。」
ひくぞーやはぐれんを連れて、はったしの砦に入った。
軍勢は五千人を超えて膨れ上がった。ひくぞうやは、百人隊長になった、
「一か八かのな、さよう、こんな寄せ集めじゃ次が危うい。」
というのが伝わって、百人隊長をはったしが呼びつけた、
「ひくぞーやと云ったな、何が不足か。」
「すべてな。」
「云うてみろ。」
はったしは、伝えられる十八よりは、相当に上だ、だがなんというのか、人をひきつける、
「一にわしの待遇だ。」
ひくぞーやは云った。
「戦には参謀がいる、長を補佐し、はかりごとを廻らせて、八方に令を下す。」
「ふむ。」
「略奪や盗人まがいは、もう止めねばならん。」
「そりゃたしかだ。」
「規律を整え、わが配下のぐれんというものを抜擢すべし、あやつには才能がある。」

「よくも云いおったな、参謀はわしとわが妻なーんいるでこと足りる。しばらく百人隊長をやっておれ、働きをみて用いよう、ぐれんとかいったな、ではそやつ、わしとの間の伝令にせい。」
ひくぞーやは、まずは引き下がった。
「中の上か、運がよけりゃな、いやさなーいるという、その女が強運か。」
ひくぞーやを値踏みする。
そういうわけで、ぐれんは、はったしのもとへ出た、用はなんであったか、はったしはひげの目立つ大男、
「ひげの他に、みやず王子である証拠は。」
おそれげもなくぐれんは聞いた。気圧される如くはったしは、
「これじゃ。」
といって、みやずの紋章、青龍をしるす、黄金の短剣を見せた、
「この通りじゃ、わしに命を預けるか。」
「正義があれば。」
「二国のよこしまに、民は苦しんでおる、みやずはしいたげられ、かつての平和はない。」

「それはまことだ。」
ぐれんは云った。
はったしは、うそらの出城ひーとりよを襲って、半分を殺し半分を従わせ、村や町をかすめとって、たいていはしたい放題、
「軍隊にはほど遠いわね。」
と、妻のなーんいる、
「まあ待て、じきに性悪どもは成敗する。」
はったしはどこ吹く風。
ひくぞーやの百人隊は、出城の策を見破って、袋小路や石落としにはまるのを、裏手の崖をよじ上って入り、油断していたひーとりおの首を刎ねた。
勝利は彼による。
ひくぞーやは戒めた、
「戦は、人心を失ってはおしまいよ。」
という、従うものは従った。
ひくぞーやは千人隊長になった。


二、みやず城

「おれがはったしを王にしてやろう。」
ふたたび出でて、はったしと妻なーんいるに、一枚加わった。
「参謀なーんいるどのは、たしかにうそらの血を引くお方じゃな、その美しいお耳に、神亀のあざを持つ。」
ひくぞーやはいった。
「はったし王の后にふさわしいか。」
とはったし。
「隠すいわれもない、知恵の血統じゃ。」
なーんいるがいう、あでやかな花のような魅力はなにもの。
まぼろしの玄亀。
「寄せ集めであっても、勝ちに乗ずるということがある、出城の三つも破って、まっしぐらにみやずの城へ。」
千人隊長ひくぞーやは提案した。
「機を逃しては、勢を整えるのに十年かかる。」
「どうするの、はったし王子。」
「じじいになる前に、まあそういうこったな、さしあたってどこの砦だ。」
「ひーとりおの次はみのが、打ち破っては軍勢を手に入れ、みせかけ豪華に王城を目指す。みのがの次はやーがとけんもん。」
「みやず城はまかーだの弟きーよしが住む、大物は入っていない、二国のつまりはまあ泣き所だ、追い出して青龍の旗を押し立てようぞ。」
「かつて正統のな。」
「旗を揚げるだけで、民はなびく。」
「そういうことじゃ。」
尻込みするはったしを、なーんいるが焚き付ける。
両国の連合軍が迫る。
こうしていたって同じこと。
「はったし王子と、勇猛なひくぞーやと参謀のわたしと、あの若者ぐれんを伝令につけておくれ。」
なーんいるが云った。
はったしの軍勢は押し寄せた。
それだけが取り柄。
取るものはとっての、疾風迅雷。
「戦に負けたら、若いぐれんをさ。」
なーんいるは花のように笑った。
「やぶれたら夫の価値はない。」
「男はつらいな、わっはっは。」
時の勢いであった、みのがを落とし、兵は一万を超え、やーがを落とし三千を加え、けんもんにはてこずったが、これを落として八千を加え、兵は十万に膨れ上がった。
「みやずの王子はったしの入城。」
青竜旗に正義はある、みやず城は十里にせまる。
はったしに会わせろという年寄りが来た。
「めんどうくさい、なんの用だ。」
と、はったし。
「会いなさいよ。」
と、なーんいるは
「城にくわしい人かも知れない。」
「城には何人か入っておる、堅城だ、相当に手強い、七三で、わっはっは破れるほうに賭けた。」
「なによそれ。」
年寄りは古い書き付けを示す、奇妙な文字を記して、地図がある。
「幻の軍団じゃ。」
といった。みやず城の滅びるときに、深手を負った将軍が、わしに托して死んだ、時が来た。
「これにて再興はなる、みやずの子に手渡す。」
年寄りは云った。
「さようか大義であった。」
黄金一枚を与えて帰し、はったしは忘れてしまった。
まぼろしの軍団の伝説はあった。
皇国の危機には、無敵の兵が山から出て来るという。
ようもわからん書き付けではない、戦は目前に迫る。
まかだの弟きーよしは、能無しと云われて、整然たる軍を繰り出す。
右も左も分が悪い。
突撃を繰り返すはったしに、引いては寄せる、敵ながら天晴れ。
 弓勢はよく集る、攻めあぐねて三日たった、
「まずい、じきに連合軍が来る。」
「ふむ。」
「逃げるにしても、一泡吹かせてだ。」
「そうよ、負けりゃ再起不能じゃ、なんのために立ったか。」
いい知恵はないか。
「ぐれん、手段はないか。」
ひくぞーやが聞いた。
「卑怯な手ならあるが。」
ぐれんは云った、
「なんだっていい、勝つ以外に生きる道はない。」
「水穴というものがある、雨期にはたまった水のはけ口になる、柵が外れるらしい。出入りするやつがいた。」
百人つけてくれといった。青龍の旗を押し立てよう、軍勢はくさびになって、何千死んだろうが突っ込んでくれ、
「わかった。」
「城門は開けよう。」
ひくぞーやのかつての百人隊がついた。
乱暴者のえいひは、ぐれんの手足であった。
「はったしより、おまえにかけよう。」
命が二つあれば、二つともなと云う。
旗を槍に巻いて忍び込む。
見張りを倒し、明け方には全員入った。
「どっちにしてもこれでおしまいだ、よく戦ってくれた、わしも命を捨てようぞ。」
はったしは云って、ひくぞーやを先頭に、装いもあでやかななーんいる、
「朱鳥じゃ続け。」
といって馬を馳る。
「勝って分取れ、負けりゃ殺される。」
突っ走るくさびに、守る側はいっとき気圧され。
何百殺そうが寄せる、すんでに守りを立て直そうとして、のろしが上がった。
青龍の旗がなびいて、城門が開く、
突入する。
百人隊は十何人も残らず。
城は乗っ取った。
みやず城は、
「ようし、わがはったし王の再興はなった。」
祝杯を挙げて一夜開けたら、まかだとうそらの二十万に取り囲まれ。
使者が来た、
「切り取り強盗の真似をしてもせんない、城を返すなら、首謀者以外は命は助けよう。」

という。
使者の首を刎ねた。


三、雪の谷

どのような戦いといって、半日を待たずに城は落ち、はったしは捕らえられ、ぐれんはひくぞーやに導かれて脱出した、
「死ぬな、はったしばかりが命ではない。」
水路を忍び出ると二人従う、一人はえいひであり、もう一人は男装したなーんいるだった。
「ぐれんこそわが命。」
えいひがいった。
「ほっほぐれんこそ命。」
と、なーんいる。
「うむ、どっかおかしなところがある、お前は何者だ。わしは戦では負けんが、主の器はない、おまえにもし正義があれば。」
ひくぞーやが云った。
「わたしの名はぐれんはったし。」
「なんとな。」
「みやずが滅んだときは三つであった。」
「あのはったしが偽物であることは、あたしは知っていた、だいば河の舟の、人足頭をやっていた。ある日かばねが浮かんだ、みやずの士であるという、黄金の剣を持つ。」
なーんいるが話す、
「人生人足頭よりもといって、はったし王子を名告った。憎めないところがあった、いいかげんでさ。」
「これか。」
同じようでいてまったく違う剣を、ぐれんはさし出した。
「慈父いぬわんぞーの深謀遠慮。」
涙して云った。
剣にしるす、奇妙な文字を読む。
「まぼろしはときに助けときにわざわいとなる。」
「それはもしや。」
ひくぞーやが巻き物を取り出した、
「年寄りの持ってきたものを、わしがあずかった。」
四方には、青龍白虎朱鳥玄亀。
遠い道程であった。
海沿いを辿り山へ入る。
かしいの町であった。ひくぞーとえいひが大仕事をし、なーんいるが脅し上げて稼いだ、
「ぐれんはったしは旗印、なんにもするな。」
ひくぞーやが云った。
人寄せに集めた何十人か従いつく。
はったしは死んだという。
そんなことはないという。
幸せと喜びを。
一隊をえいひが率いた。
けわしい谷を越えて、左へ行くか右へ行くか、
「地図はつまりここだ、右へ行って三つに別れる、一つはもとへ戻り、あとの二つは行き止まりだ。」
「まずは行ってみよう。」
右へ行く、
「しるしがつく、でもここは村だ。」
小さな村があった、ひくぞーやが訪のう、
「何か云い伝えはないか。」
といって、書き付けを出す。
「さようこれは古いみやず文字、読める者はこの村にはいない。」
長老が云った。
「どこにいる。」
「いわた村のぎいるなら、覚えるか。」
行き止まりの次の道であった。
村があり、ぎいるという老婆がいた。
「足を揉んでくれたら。」
という、
「そうせんと目が開かぬ。」
えいひが懸命に揉む、
「なに、月の満つる東、影と形とあい見るごとく、雪が開く十一年。」
「なんとな、それじゃさっぱりわからん。」
「わしがうそをつくというのか。」
老婆は怒る。
礼をおいて出た。
「三つめへ行ってみよう、しるしがある。」
戻って行くと、きよの村から十人、いわたからは、三人の娘と五人の男が従った。
きよの長老がいった。
青龍の子が来たという、大村であったが、今はこのとおりだ、つけてやる人数も限られる。
美しい三人は姉妹であった。
「青龍の子のために、いけにえになる家柄じゃ。」
という。娘は嬉々として寄り添う、ぐれんはったしは困惑した。
道はけわしく廻る、
「月の満つる東というと。」
指さすかたに、雪の峰があった、
「影と形とあいみると。」
影形同じというか、月はたしかに峰より上る、
「だめだここにいては。」
はじめの谷をわたって左へ行く。
「雪が開く十一年と、そりゃ向こうへ行ってだ。」
崖があった。
穴がいくつも開いて、ふっと人が湧く、
「どきの盗人村を知らぬか、身ぐるみ置いて行け。」
弓矢に射る、かと思うと十人二十人湧く。いわたの男が走って、弓矢をうばい、火矢にして打ち込んだ。
「降参だ。」
どきの盗人は云った、
「わしらのも連れて行け、食いものの調達には便利だ。」
といって七人が従った。
さらに十何人が従った。
谷をいちめんの花に咲く。
ついに雪の壁であった。
月を待つ。
ふうわりと白虎が躍り出た。
咬み裂き 血しぶきを上げ、いけにえの娘が立った。
はったしが剣をふるう。
虎の吠吼に雪が開いて、空ろな大門になった。
なんの気配もなく、
「疫病か。」
みなざわめく。
朝が来た。食い裂かれたむくろは、三人のいけにえの長女であった。
一行は引き返す。
あの時と、ぐれんはったしは思った。
「影がわたしになって、かえってわたしを見るような。」
百人隊であった。
はったしは名告りを上げた。
「民のよる処、みやずの王子ぐれんはったし。」
正義はあるか。
かつては青龍の下にあった、よこしまにする者によって別れ、末裔どもがついに滅ぼす。
まかだとうそらは争い、世は乱れ、人は平和を望む、
「まぼろしの軍勢はいらぬ、かつての大国を。」
だいば河に浮かんだいぬわんぞーの、深謀遠慮も、一から出直しだ。
にせはったしの流れものを征伐といって、うーそらの一万が押し寄せた。
百人の精鋭に寄せ集めの一千。
だがどういうことだ。
百人は刃を受けても死なぬ、矢は射貫いて突き抜ける。
勇猛果敢。
戦は半日で決し、残党を集めて味方は膨れ上がる。
「みやずの正統だ。」
「神のような戦いぶり。」
その名は轟いた。
そういえば、おれを貫いた矢があったが、はったしは思った。
まぼろしの軍団とはこれ。


四、十一年

ひくぞーやもえいひもなーんいるもみな。
雪の谷に向かった百人同じ。
旗には、青龍にいけにえの乙女を縫い取る。
戦えば勝つ。
貢ぎ物や領土の寄進があいついだ。兵を養うに足る。
要の百人が、略奪をせずに聖人のようだといわれ。
そのせいでもあった。
「おかしいわ、三日にあげず男欲しさに、いえそりゃ漁りもしたわよ、女ですもの、それが清々として。」
光満つようななーんいる。
「わしらがまぼろしの軍団か、兵の勇猛はわしを超える。」
ひくぞーやは大笑いした。
「白虎が世のいやしさをさ、食い殺してしまった。」
みやずのたましい。
先祖のいさおし。
「十一年の間を。」
そうだ十一年とあった。
「そんなもなかまわん。」
三人は笑った。
天に轟くような。
みやず城に入るのは、まかだとうそらを平らげてのち、堂々の進軍をすべきだ。
「青龍白虎、
雲を巻いて地に躍り、
雪は汚さず、
花の乙女ぞ。」
そのように旗に記す。
うそら城には深い掘があった、もしやそこへ攻め落とせば、いかに神兵でもという、にせの掘りをこさえ、その向こうの本物に草木を植え、そこへはまったら火を放つ。
どきの盗人が漏らさず伝えた。
「ものはためしだ。」
えいひがやってみた。
水にはまれば泡のように浮かび、たとい劫火も素通りする、
「まぼろしにはこわいものなし、では敵の術中にはまろう。」
うそら城は、はったしの百人がまんまとはまって、水責め火責めにあうのを見て、城門を開いて押し出した、それを撃ってまぼろしの兵は、うそら城に入る。
うそら王の美しい后ゆーえんには自刃する。それを押さえて、
「母上。」
はったしが云った。
「面影がある、ではなをさら生きてはおれぬ。」
「わたしはあるいは人間ではない。人の宿世など知らぬ、すべてを忘れて生きよ。」
后は涙を流す。
「いぬわんぞーとおまえを逃すために、わたしは。」
と云った。
「神亀は水を、
朱鳥は火を、
悪しきを払うて、
兵の行く。」
という、旗には付け加え。
うそら城の陥落を聞いて、まかだの王は城を明け渡した。
「王は自刃するであろう、その民を安んぜよ。」
という、
「もしことを起さば、すみやかに成敗する。」
といって、まかだ城に入り、青龍の旗が翻った。
みやず城には、まかだの末の子とーらと、うそらの大叔父みつらがたてこもる。
すでに二十年になる、ことを起こした張本人と、その跡継ぎと、
「明け渡せというのなら、百万両で売ろう、もしやうわさに聞く神兵を半分。」
という、
「われらもみやずの血だ、ことを怠ったいすかんに代って、民を安んじて来た、多少の利はあろうはず。」
何をするかわからん、神兵なぞもっての他、
「あたしに三十人つけて、若い末っ子のほうがいい、花嫁にして送り込んだら。」
なーんいるが云った。
「居心地よけりゃ寝返って、どっか小城の主にでも。」
あっけらかんという。
その策が取られた。
「手を打とう。」
悪党の末っ子がいった、
「美しいなーんいる、颯爽たる勇者、もとより憧れておった。まぼろしの兵を三十人とな、申し分もなく。」
「ではみやずを明け渡せ、うそらの小城だいしんを二人に預けよう。」
それが通った。
みやずを明け渡して、賑やかに花嫁の行列が行く。
はったしはみやず城へ入る。
十日が過ぎた。
なーんいると三十人の兵が帰って来た。
「起きてみたら、ほんの雑兵に至るまで死にはてて。」
青くなっている。
「下らない連中で、叔父甥でわたしを取り合う、わたしより三十人の兵どもを、色と欲の夜討ち朝駆けは、そりゃ面白かったんだけどさ、うるさくなって、白虎に食わせるわよと云ったの。」
「その恐ろしいことと云ったら。」
兵が云った。
なーんいるが、虎になってうそぶき歩く。
「なんとな。」
真夜中の阿鼻叫喚。
同士討ちとて、死んだ連中を葬った。
なーんいるはうそら城に入り、ひくぞーやはまかだ城に入り、えいひははったしとともにみやず城にあった。
政りごとは容易でなく。
十一年が過ぎる。
とつぜん一本の矢がを貫いて、激痛が走る。
絶叫ははったしではなく、いけにえの二女が倒れる。
まぼろしの百人は、切り裂かれ、射貫かれ打たれ、死んで烏になって舞い上がる。
しばらくいたが去る。
ひくぞーやはほとんど無傷であった。なーんいるも弓矢を受けぬ。
「これをとぶらい、みやずのいさをしを。」
はったしは云った。
「御意。」
「いけにえの末の女をめとり、王の中の王いすかんを継ごうぞ。」
それは忘れうべくもない、大法要であり、祝典であり、戴冠式であった。
とつぜん雨が降る。
みやず城をひたして、庭に玄亀が現れる。
背中に古い文字が見えた。
「これを得る、よろしくよく保護すべし、次のわざわいには、ー 」
神官がここまで読んで消えた。
なーんいるは朱鳥国を興し、ひくぞーやは白虎国の祖となり、しばらくは平和であった、そのあとはわからない。
石があった。
わずかに赤く、また白く青い、
「人を刻んだものであろうが。」
よくよく見ると、物語を刻む。
どうにかそれを綴る、欠落も多い。

2019年05月30日

とんとむかし32

これはそば屋の縁起

とんとむかしがあったとさ。
むかし、かんの-き村に、よきという子があった。
山へ行ったら、丈の白髪の、恐ろしい山姥出た、
「一本松の塚起こせ、かんざしあるようだで、それ持ってこい。」
という。
「持って来たら、もとへ戻す。」
といって、よきを犬にした。
犬になって、夜中掘り起こす、
「墓でねえかこれは。」
がくがくふるえて、骨が出て、かんざしがあった。
赤い玉としろがねの、それくわえて行く。
村では、塚をあばいた、けものの仕業だ。
「どうしてだ、こんな古い墓を。」
といってさわぐ。
次郎兵衛さまのお屋敷に、玉のかんざしさした美しい女が、子をつれてやって来た。

「おまえさまの子じゃで、引き取れ。」
という。
次郎兵衛さま困じはてた、身に覚えのある。
「でなくば十両。」
という、云いなりに払う。
三右衛門さまには、その女が、茶釜もって現れた。
いい品じゃ。
十両出して買うたら、三日めに消えた。
犬の足跡がついていた。
よきは気がつくと、いいべべ着て、絹の蒲団の上に坐っていた、
「ここはどこじゃ。」
「二十両のお宮じゃ。」
山姥云った。
「赤い鳥居もある、うんめえもの食えるし、お蚕ぐるみだし、つらいめせんでもいい、どうじゃ。」
という。
丈の白髪に、かんざしとってさすと、美しい姉さまになった、
人さま来た、
「病も治る、失せものは出る、なんでも当たる。」
そういってよきに触れた。
よきはわからのうなる。
わからんで占う。
「悦んで涙して、帰って行きおった。」
病は気から、失せものはもとから、ひいっひと山姥、
「わしは八百歳じゃ、たいていのこたわかる。」
といった。
そんなふうに暮らして、おっかあはどうした、おっとうはとよき。でもわかんのうなって、気がついたら山姥、真っ赤な口する、
「なに食った。」
「柿食った。」
「なまぐせえが。」
「にわとりだ。」
たいへんだ食われる。
どうしようと思ったら、清うげな姉さま夢に見えて、
「かんざしはわたしのもの、あれにて山姥を突け。」
といって、何かくれた。
「わたしの骨じゃ、かじりゃ、わかんのうならずにいる。」
という、よきは骨かじって、わかんのうなるふりした。
ふうらりよって、山姥の、かんざしを押す。
「ぎええ。」
ばらばらになった。
首が云う。
「これでええ、やっと楽になった。人食いの業たけてもって、死ぬに死なれんかった。」

ふっ消える。
「おまえのそばがええ。」
と、聞こえたそうで、でもって蕎麦屋になった。
夢に見えた美しい姉さま、いえそっくりの嫁さま来た。
「うばがそば。」
という、うす気味悪いほどに、名代の味。



おかめひょっとこ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、二の宮村に、仁太郎という、性悪のくせに、間の抜けた男がいた。
となりのかかべっぴんだで、寝取ろうと思って、やまいも持って行ったり、赤いちりめんやったりして、たんびににっと笑う、
「あんがとさん。」
といって貰って、ころあいはよし、
「ひょうろく旦那よりゃ、よっぽどおれの方が。」
といって忍び込んだら、ええ、なんでうちのかかいる。
「おっほ、おめえさま茶飲むか。」
「うちいねえでおしゃべり。」
かか同士顔見合わせる、ふーんお見通しってやつ。
となりのかかみよといったか、でも目ぱっちりする。そうか今夜だなと思って、仁太郎這い込んだら、べっぴんさまのおみよ待っていた、抱きついて、
「わたしをつれて逃げておくれ。」
と云った、
「逃げてたってそんなのおまえ。」
ではどういうつもりだ、夜這いだっていうんなら、大声上げる、
「そ、そ、そんな。」
気がついたら仁太郎、おみよとつれだって夜明けの町を歩いていた。
なんでこうなる
「おまえさま、ごんぶてえやまいも掘りなさる、かいしょうあるお人だと。」
「そりゃおまえの亭主とはちがう。」
ちくでんてわけにも行かん、知り合いがいた。三次という茶屋づとめの男。やまのいもやまつたけ届けて、主にも名が通っていた。
「どうしたおまえ。」
「ようもわかんねえことになった、かくかくしかじか。」
三次は大笑いして、
「川普請があって人寄せしてる、そこで稼げ。」
といった、
「どっか宿はねえか。」
引き合わせた女を見て、三次は、
「ふうむ客受けする顔だ。」
といって、掛け合ってみて、おみよは住み込みになった。
「当分会えねえかな。」
「そういうこったな。」
「そんじゃおれ、なんのために駆け落ちしたんだ。」
「へっへっへ。」
仁太郎は川普請の人足になった。
きつい仕事で、怪我人も出る、時には死人も出た、なまけ者であったが、なまけるわけにはいかん、
べっぴんさまのおみよを早いとこと思って、足すべって、流れて行った。
うわあこりゃもうだめだ。
=「川普請は今日で終わりだ。」
お役人がいった、
「ようもかせいだ、給金割増しだ、別の普請あるで来てくれ。」
「へい。」
給金をもらって、仁太郎はおみよに会いに行った。
「いねえよ。」
三次がいった。
「旦那の目に止まってな、寮のお使いさんに行ってる。」
「そりゃその。」
「命取ろうってわけじゃなえ。」
命っておまえ、=
どっさん投げ出された、松の木の下、
「生きてらあ。」
性強えやっちゃ、
「こんだ松の木からぶら下がれ。」
身投げと間違いやがって。
川普請はこりた。
仁太郎は石屋の下働きに行った、
石を担う、こっちのほうがつらいか。
=おまえさま恋しい、おみよがいった、そうかよ、ようも働いて小頭になった。
石の下敷きになって死人がでた。
おれのせいだといって、仁太郎は、給金を香典にさし出した。
「いやおまえのせいじゃねえ。」
親方が云って、つれて行く。
「石部金吉だけが能じゃない。」
飲めや歌えや、芸者衆。=
「なにしてる、頭かち割るぞ。」
すんでにそりゃ石の下敷き。
仁太郎石屋もつとまらず、ふうらり歩いていた。
空っ風が吹く。
なんか吹っ飛んで来た。
ひょっとこのお面だった。
お祭りだった。
仁太郎ひょっとこのお面かぶって、いっぺえ飲んで、
「浮き世はなんで花に咲く。」
はあよいと踊って、
=ふうらりそこは、旦那さまの寮だ。
おみよがいた、仁太郎は忍び込んだ。
とっつかまった。
番屋へ突き出され、
「なにい駆け落ちもんだと、そいつは二人あわせてばっさり。」
「い、いえあのお祭りで。」
仁太郎は青くなった。
旦那さまが聞いて、
「間抜けな男よ。」
といって、おみよと二人、おかめとひょっとこのお面つけて踊れ、
「そうしたらもらい下げてやる。」
といった。
「どうしたっていうのよ、甲斐性なし。」
「面目ねえ、なんせ頼む。」
おみよと、おかめとひょっとこに踊った。
そいつが受けた。
「川越人足、
ひーや水は冷てえ。
どこぞの姉御を、
股ぐらかかえ。」
「よしてよ、ひょっとこ。」
「たといおかめも。」
「はあよいしょ。」
「三途の河の、
しょうずかばばあも、
恐ろしいたら、
女でござる。」
「しゃんしゃん。」
「さいの河原の
石を詰み。」
父う恋しや、
ほうやれほ。」
「母恋しや、
ほうやれほ。」
「さすてひく手も、
おかめひょっとこ、
ぶうらり下がった、
松の枝。」
「なによそれ。」
「心中。」
「いやだったらさ。」
ぽかんと張られて、やんやの喝采。=
この甲斐性なし、田舎へ帰って、やまのいも掘ってりゃって、帰って行ったら、かかとなりの男とくっついていた。
そうさ、こっちが先口の。



天の花弁

とんとむかしがあったとさ。
むかし、いじゅうらんげつの島に、ほうらいかという、世にもない、美しい女人が住んでいた。
虹の化身げんげんかという鳥がいて、目にした者は、百年が一日に過ぎ、そのまんまどくろになった。ほうらいかは、その羽根からに、生まれたという。
嵐に舟が張り裂けて、遣唐使いわいのおおどが、いじゅうらんげつの島に流れついた。

雪のように白い砂浜であった。
踏むと鳴りとよむ、
「なんに鳴るかや、
しりんごうがしゃ、
西の風、
ひいらり天の花弁の、
浮き世はこれの一刹那。」
死んで来世に行くものかとも思い、なんで足跡がつく、七歩歩んで、美しい乙女が現れた。
そのあとを覚えていない、舟が迎えに来た。
いわいのおおどは、再び遣唐使となって、今度びは成し遂げて、右大臣になった。
詩歌のわざに秀で、
「かくのごとくに学を納め、位人身を極め、富貴を得、そうして、もぬけのからになって生きて来た、大切なものをなおざりに。」
という意の詩があった。
いわいのおおど神社があった。蓮池に鳳来島なる島をこさえ。
戦があった。東西に別れ、驚天動地の戦であった。
しらぬいはやとというものが、刀折れ矢尽きて、蓮の花が咲いていた。
「あい果つるによし。」
という、島へわたって、だれにもじゃまされず、
「しらぬひはやと。」
と、呼ぶ。
「戦に破れしなら、女の腹を借りて、よみがえるがいい。」
「なにゆえに。」
「いじゅうらんげつの島へ行け。」
と聞こえた、
にほのおとの娘がみごもって、生まれた子が口を聞く。犬の血を含ませて、ふつうの赤ん坊になった。
とおめと名付け。
父にも母にも似ず、にくさげに生いなって、もてあますほどの腕力であった。
ぬえを倒したという祖先の、
「そのぬえの血が入ったか。」
という。
十五の年、夜盗のげんげという者が、捕吏に追われて、たっといお方を人質にする。

容易には手を出せぬ。
とおめはおのれの才覚で、女に化けて、それがにほうように美しく、たてこもるところへ入って行く。
そうして、げんげの首をさげて来た。
けびいしに取り立てようというのへ、
「わたしはぬえの血が入っておりとます、京の勤めは叶いそうもなく。」
といった。
「ではどうすればよい。」
「舟を一そうと、兵を三十人ばかりおつけ下され、きっと主上のために、幸をもたらす者になりましょうぞ。」
といった。
十五のわらわとは思えぬ言上。
「なにをしようという。」
「いじゅうらんげつの島へ。」
学者ひいえのあたいという者が、
「いじゅうらんげつに住む、ほうらいかと申すは天人でありまする、十劫年の間なんえんぶだい、すなわちこの世に住す、天の不老の桃の花弁を、この世に下したという、それがつぐないのために。」
と云った。
「花弁はなほ空中をさまよい、手にふれたものはいっそ浮き世を書き替える、それを見定めて、ほうらいかは天に帰ると申します。」
舟はともかく、そんなようもわからん旅に従うものはなく、死刑になろうかという、重罪人を三十名。
とおめは連中を引き受けた。
わずか十五のわっぱか、ではおれが取って代ろうといって、人をつかみ殺して、弓勢はわれをおいてなしという、うわのたいが舟を乗っ取る、
とおめはこれを一うちにし、
「おまえも大切だ、殺さずにおこう。」
といった。
かにという槍をふるう男の、槍をへし折り、
「ぬえの血を引いておる、悪党を束ねるは、われをおいてなし。」
十五のわらわが云う。
信ぜぬという者はなく。
明日はも知れぬ悪党どもが。
にほの浮き巣。
「しらぬひはやとと名告ろうか。」
舟上にとおめは云った。
行きつくまでは、とおめがよかろう。
とおめの目利きをもって、舟はさいはてを行く。
舟夫を除いて、悪党どもは七人、弓のうわのたい、刀のすういき、長刀のふうらい、槍のかに、石投げのらっこらい、旗槍のどうでい、いしゅみのくうるすであった。
朱に塗った、軍さ舟が現れた、どっと時の声を上げて、
「われらは守り、若しいじゅうらんげつの島へおもむこうなら、速やかに立ち去れ、穢れのものを、十二代にわたってほうり去って来た。」
という、
「われらは詔をもってやって来た。」
「たといなんであろうと。」
「戦う他ないな。」
舟は一そう対何十の戦い、
「たとい何百あろうが一対一じゃ。」
舟は速かった。うわのたいの弓が十人をいっぺんに薙ぐ、あとの六名は漕ぎ手に加わった。
隠し舟がいた。
苦もなく倒して、長刀のふうらいと三人の兵が、射貫かれた。
「わっはっは、悪党の思うさまを生きた、これはその報いよ。」
長刀のふうらいは笑った。
「ほうらいかの精を。」
「必ずや。」
ついで波だって、火炎を吐いて竜がよぎる、竜の舟。
「われらは守り、いじゅうらんげつに汚れをもたらす者よ、すみやかに立ち去れ。」
「みことのりを奉ずる者。」
うわのたいの弓もいっそかなわず、ぶっちがいうわ鳴りとよみ、ふうらいの長刀を投げると、返しが帆綱を切る。
竜は大海に突っ込む。
旗槍のどうでいが死んだ、
「何人目ん玉を抜き、女を犯した、うらみをもって弓矢がつんざく。」
という、
「ほうらいかの精を。」
「必ずや。」
波の上を白虎が跳ぶ、
「波に呑まれた千百のたましいよ、いじゅうらんげつの穢れは去れ。」
「詔を奉ずるもの。」
白虎は襲う、
かっさき、弓に射貫けば、万といういわしであったり、ふかやえいに変わる。
舟は沈む。
どうでいの旗槍を燃やし、八方にふるえば、白虎は消え。
いしゅみのくうるすが死んだ。
「親を売り兄弟を裏切り、そうしてなんにもならずは。」
くうるすは云った。
「ほうらいかの精を。」
「必ずや。」
島があった。舟は入り江に入った。
いじゅうらんげつの島ではない。
弔う者をとむらい、月の一夜を明かす。
飲んで歌い、ぐっすり寝入った明け方を、入り江が閉ざす。
「わしはじゅごんだ、しっぽに入り江をこさえると、はまり込むやつがいる。」
という、
「いじゅうらんげつの穢れは、海の藻屑じゃ。」
くうるすのいしゅみも、蚊の食うたほども、
「てんでに逃れろ。」
とおめは云って舟を去る。
じゅごんの大渦。
助かった者は、弓のうわのたいと刀のすういきと槍のかにと、とおめとであった。
「ほうらいかの精を。」
泡が浮かんで聞こえ、
「必ずや。」
四人は云った。
破れた舟が浮かぼ、とおめと三人はわたって行った。
鬼が海を歩く。
十匹ほどに襲う。弓のうわたいと刀のすういき、槍のかにととおめは戦った。
槍のかにが死んで、鬼はかばねをむさぼり食う。
「死んだやつは鬼になる、わしらと同じにな。」
鬼が云った。
「ほうらいかの精を。」
かにの声が聞こえた。
「必ずや。」
とおめには島が見えた、
虹さして、いじゅうらんげつの島。
弓のうわのたいも、刀のすういきも見えなかった。
「ついてこい。」
とおめは泳ぎ渡る。
したがう弓のうわたいは、海百合に足を取られ。
刀のすういきは、海しだに胴を巻かれ。
「臆病者のわしは、てめえのことっきり。」
「思い残すほどのこともない。」
と、聞こえ、
「ほうらいかの精を。」
「必ずや。」
泳ぎ渡るとおめは十も年をとり、しらぬいはやととなって、いじゅうらんげつのまっ白い砂を踏む。
砂は鳴りとよむ。
「流転三界、
世のはてに、
なんと鳴るかや、
いじゅうらんげつ、
しんさごうがしゃ。」
大空から、花弁が舞い降りて来た。
「浜の真砂は、生きとし生けるものの白骨、七つのつわものと余後の命と、さよう、もう一つを足せばこの世は終わる。」
と云う、世にも美しい女人がただずむ、
「しゅゆのひまを。」
と聞こえ。



刀鍛冶

とんとむかしがあったとさ。
むかし、山三つ村に鍛冶屋があって、かまやくわなどこさえておったが、狸がお侍に化けてやって来て、刀をうってくれと頼んだ。それが名刀であって、お殿さまから褒美をもらった。名が知れて美しい嫁さまが来た。そうしたら、今度は狐の化けた嫁さまだったと。
でもほんとうは、こうだった。
山村の三ツ森に、重蔵という鍛冶屋があった。
かまやくわや包丁などこさえていたが、ある日、狸が化けたような、野暮ったいおさむらいさまが来た。小判を二枚ごっそと置いて、刀をうってくれという。
「恥ずかしくないようなのをな。」
「いえわしはそりゃ、刀鍛冶んとこへ弟子入りはしたが、もうそったらだいそれたもなうってねえで。」
重蔵が云うと、
「ほっほ、わしを狸かなんか化けたと思ってるな、小判をたしかめてみろ。」
いえめっそうもない、
「わしのうった刀でいいとおっしゃるんで。」
「うんそんな気がしたんだ。」
おさむらいは相沢保といった。
「そんならうってみます、お金は仕上がってからでええです。」
「さようかでは頼む。」
といって、小判を大事にしまいこんで帰って行った。
重蔵は刀をうった。
あいかたがかあちゃんで、重蔵は鍋踏んずけたようなぶおとこで、がにまただったが、かかすんなりと、お女郎さまみたいに美しかった。
美しくたって、あいかたの呼吸合わねえば、一本めは失敗して、
「あたしのせいだろうか。」
「いやそんなこたねえ。」
二本めもはか行かず、三本めにどうやらうち上がった。
研ぎに出して、かまと同じではまずいからといって、かかの名おとみをとって、富重蔵と銘を入れた。
狸が化けたような、相沢保さまが来て、
「さようか。」
と、小判二枚おいて持って行った。
なんだか拍子抜けがした。
「ようやく刀がうてた。」
重蔵はいった。
せっかく刀鍛冶に修行して、目をかけてくれた親方の、美しい娘、おとみに惚れて、奪い取るように逃げて来た、
云い訳のしようもない。
これもなにかの縁、古刀を鍛えよう、いいもの作ろうとして、いつもすんでにやりすぎた、
「おとみを合方にして、すんなり行った。」
もう鍛えることもあるまい、一生に一本じゃと云った。
二年たった。あいかわらずかまやくわを作っていると、これは立派な身なりのおさむらいさまが来た。
「おまえが富重蔵か。」
「いえ重蔵、あっは富重蔵です。」
おさむらいは重蔵をつくずく見て、
「わしはおまえを殺そうとてやって来た。」
といった。
ぎらり腰の物を抜く、すわと思ったらそれは富重蔵の刀だった。
ぽんと目釘を外して、
「これを見ろ。」
といった。富重蔵の銘の辺に、四つ胴と彫ってある、
「わかるかこれが、死罪人を四つ重ねて一刀に切ったしるしだ。」
そりゃ刀鍛冶なら知る、二つ胴というならあるが、四つ胴というのは、
「さよう、じゃによってこれは殿のご佩刀になった。」
おさむらいさまはいった、
「一は、名もなき田舎鍛冶がうったること、一は他家に流出せぬようにな。」
おさむらいさまは目釘をうった、
「二人してこしらえた、かかの名おとみをとって、富重蔵。」
重蔵はいった、
「わしとてはいっそ本望と申すべきもの。」
「だで切れぬのじゃ、逃げたりわめいたりなら、ばっさりやりもしようが。」
と云って立ち去る。
相沢保というおさむらいが来た。
なにをいうかと思えば、
「わしはこうみえてもまだ若い、弟子入りしたい。」
と、どういうこった、
「おまえを斬りに来たお方がの、富重蔵はお殿さまの御佩刀にて、お止め流じゃ、じゃがいかにもおしい、わしはさむらいではうだつが上がりそうもない、死んだ覚悟で名流をおこせとな。」
そんなこたいらんというのへ、美しいかかのおとみが出て、
「あらまあ、狸が化けたようなかわゆいお人。」
といって、
「ではたっぷりかわいがってあげたら。」
おっほと笑った。
どうなるかと思ったが二十年、保重蔵の名刀をきたえたという。
四つ胴まではいかなかったが、二つ胴の三、四本はできた。

2019年05月30日

とんとむかし33

いわいのせんげ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、じんごうや村に、いわいのせんげという人がいて、わしの年は二百三十歳だと云った。
何代も前のことを、見て来たように話す。
ひうちの山が噴火して、三つ池ができたときに、生まれたんだと云った。
三つ池には主がうつり住んで、
「生まれたの覚えているんか。」
「覚えていたら化け物だあな。」
「二百歳なら立派な化物だ。」
「目はよこ鼻はたてについておる。」
ふーんそういうこったかね。
八十ばあさのおたねさが孫で、
「つまり百五十んときのってえと、嫁もらったのが百三十でえーと。」
いや何人めの嫁だとか、まともに考える人もいなかった。
いわいのせんげは、化物みたいに足が達者で、はりえんじゅの杖引いて、どこまでも歩く。
三郎の嫁が、お産で死ぬところを、男は見てはならぬものへ、
「なむほむじわけのおろちのすんなり。」
呪文を唱えると、おんぎゃあと生まれて、母親も無事だった。
横井のおっさはでしゃばりで、がきどもがうっせえといって、馬糞やら石ぶっつける、おっさ怒ってあわ吹く。
「せ、せ、せ、」
そこへ来て、
「しいだの姉が甘酒。」
でかい声で云ったら、みんなそっちへ吹っ飛んだ。
「どうしてだか、甘酒作りとうなって。」
と、しいだの姉が云った。しいだの姉は酒屋の行かず後家でもって、甘酒一杯で、たいていの男がいうこと聞く。
夫婦喧嘩てのは、
「けしかけりゃおさまる。」
とか、嫁しゅうとのことは、
「そりゃどうにもなんねえ。」
とか。
山歩きしてまいたけとったり、薬草を集めたりする、
「いわいのせんじ薬。」
といって、効かんという向きもあったが、遠くからも買いに来た。
さんじょは婿に行って、追ん出て来て、世の中おもしろくねえといって、ぶらぶらしてたのを、
「追ん出て来たってな、そりゃおもしろい。」
いわいのせんげが云った。
「なんでだ、こぬか一升持ったら婿に行くなってな、女のいいなりなって、お家のためって、どこがおもしれえ。」
「うっほ、そいつもおもしれえかな。」
くそ、人っことだと思いやがって。
「そうさ人ことだと思えば、なんでもおもしれえ。」
さんじょははてなといって、いわいのせんげの弟子になった。
弟子になって、身の回りの世話して、むだ飯食って、
「修行みてえなこともしてえが。」
といったら、
「うん、百歳なったら修行もええかな。」
といった。
「あほうが、世の中、三十年も生きりゃお釣りが来る。」
「そうかなあ、二十のお月さんと三十のお月さんはちがうがな。」
「同じだ。」
でも、がきんときのお月さんは、まったくちがったような。
半年したら、さんじょが、
「死にとうもねえ、世の中おもしれえ。」
という、
「どこが。」
「五郎ん娘、三つなるっけが、水たまりはまって、わあっと泣いて、お天道さんがばちあてた、洟たればあちゃん、なんで水たまりだえーんて、あっはっはかわいいったら。」
生きてるってさ、草っぱ一枚ありゃそれでいい。
「そんじゃま、薬草の一つ二つ覚えるか。」
いわいのせんげはいって、引きつれた。
さんじょは薬草を習い覚えて、野原山々取りに入って。干したり刻んだり、
「けっこう忙しいか。」
といって、人の御用も聞くようになった。
いわいのせんげは、ふうらり出歩いて、たまには草も取る。
「おい、嫁どのが、婿どんに帰って来て欲しいといってるぞ。」
さんじょにいった。
「心を入れ替えたんだそうだ。」
「入れものが問題だあな。」
アッハッハそうかい、でもいい容れものだぜ、なんならわしが、
「へえ、二百越えても役に立つんか。」
さんじょがほったらかしたら、嫁も追ん出て来て、
「あのう、申し訳もねえです。」
と、手あわせる。
二人いわいのせんげの弟子になった。
夫婦して精出したら、薬草が売れ出す。
いわいのせんげもさんじょも、勘定ができない、
「人がよくって間が抜けていて、ろくでもなしの大言壮語。」
押しかけになった嫁がいった、
「あたしはそんなあんたが好き。」
なんで逃げだしたの、恨み目。
「その目がこわくってな。」
「どうしてさ。」
蛇ににらまれた蛙、
「なにさ、蛙の面に水のくせして。」
わしは蛙年なんだと、いわいのせんげがいった。
何十年にいっぺん廻ってくる、よって年取らんで長生き、
「そんなん知らんけど。」
看板をひきがえるにしたら、薬が売れた。
次には身の上相談、
「二百三十歳蛙年、万ず相談。」
と書いた。嫁が人をつれて来る。
けっこう流行った。
まず弟子のさんじょが出て、いわいのせんげが会う。いわいのせんげは、面倒なことはしなかったが、なんせ嫁の云うことは聞く。
「病の虫をぱっくり、くうやくわずのごよのおんたから。」
おかしな呪文で、人は押しかけた。お布施によって、さんじょがまかったりする。
鳥居がたった。
「お狐さんもそろえようか。」
「そりゃお稲荷さんだ、化かしてんのは同じか。」
「じゃこまいぬさん。」
「いいかげんにしとけ。」
嫁はふくれる。
ごようのすげという、学者さまがいた。
えらい人であって、お城に出入りしたり、大店の主に口を聞く。
鳥居におかごを乗り付けて、
「いわいのせんげどのに会いたい。」
と云った。
いわいのせんげは、ほっつき歩いていた。
「わしも寿命かな。」
という、
「いまに美しい女が迎えに来る。」
そうですともと嫁はいい、さんじょは笑った。
「だって、そんなことありっこないから。」
嫁はすまして云った。
ごようのすげは、夕方まで帰りを待った。
そうして聞くには、
「わが家は代々学者であって、世の中の是非善悪をただし、人倫の道をもってこれつとめ。」
そりゃまたありがたきしあわせ、いわいのせんげはうつらと眠った。
用事というのは、
「古い祠がある、石でできておって、家の者が触れると、たたりがあるという。」
そいつをという、
「たたりはわしの方へな。」
「そういうわけではない。」
しらべるって何を、
「おおかたはわかっておる、稲穂をお祭りしてあれば、先祖は西の総大将であるし、鏡であれば、源氏の流れである。」
ごようのすげはいった、
「東西の学問に通じて、たった一つこれ、身内のことが不明じゃ。」
という、
「たたりをおそれず、開けてみりゃよろしいがな。」
いわいのせんげは調べに行った。
石の祠があった。ごようの一家は物忌みして、閉じこもる。
「なんだこれは。」
二百三十歳というだけあって、一目で知れた。
「ひうちの溶岩でこさえた、百姓の守り神。」
そりゃまあたたりを恐れる。
とびらを開くと、石ころ一つ。
でもせっかく学者さまだ、お稲荷さんに刀のあったのを思い出して、描いて示し、
「これはたたりますぞ。」
手をひんまげてみせた。
「学者さまは学問倒れ。」
ごようのすげの鼻、へしおったつもりが、
「我が家はおそれおおくも。」
と云いだした、天のおしおみみの命の末孫じゃと。
お布施が上がればよし。
「よいか、この商売のこつはいいかげん。」
いわいのせんげはいった。
抜け道こさえて、
「人に幸せをな。」
というのが、遺言になった。
美しい女が尋ねて来た。
それはもう美しく、
「とびらを開け申したで、お迎えに参りました。」
と云った。
「そうかの。」
いわいのせんげは、連れだって行った。
その美しい女を、さんじょも嫁もたしかに見た。
二百三十歳という、ほんとうの年は、わからずじまい。
商いはしばらく繁盛した。



ふうけの星

とんとむかしがあったとさ。
むかし、いっとうや村に、ふうけという女の子がいて、じゃあばん山のばばが、
「この子には星が三つある、わしが貰い受けた。」
といって、連れて行った。
ふうけは、水ん呑みの、十三番目の子で、十三人のうち、兄二人と姉一人しか育たなかったし、
「おぎゃあ。」
と泣かないで、
「ふうよ。」
と息をしたので、ふうけと名がついた。
くれといったら恩の字だった。
三つで貰われて来て、じゃあばん山のばばを親と思って育った。
じゃあばん山には巨大ぐもがすんで、八方にでっかい赤い目ん玉のぞけて、人を取って食うという、だれも近づかなかった。
ばばはくものお使い。
くもが化けたんだと云った。
ふうけはくもなんか見えず、でっかい赤い目も知らず、
「ふきを取ってこい。」
と云われて、ふきを取り行き、た
「栗を拾え。」
と云われて、栗を拾った。
「じゃあばんは黄金の山。」
ばばが云った
「黄金が息を吹いて、くもになるのさ。」
「黄金てなあに。」
「人を狂わせるもの。」
そんじゃわるものだ。
「ばばは悪者を見張ってるんだ。」
「どんなに見張ったって、とびらの開くときは開く。」
ばばは云った。
ふうけは十三になった、十三番めの水ん呑みの子とは、すんなりと美しく、
「そうさ、じゃあばん山が育てたのさ。」
ばばは云った。
ふきもあれば、わらびも生える、じゃあばん山には、栗もきのこも取れたし、魚もいたし、鹿もいた。
「あたしも見張りになるの。」
「さあな。」
ある日、
「若者が来る、おまえが案内せえ。」
と、ばばが云った。
きらめくような、やまぶきの衣の、弓矢をとる若者が来た。
「この国は、もうじきわしのものになる、じゃあばん山へ行きたいが。」
と云った。
「行ってどうするの。」
「くもの化物を退治しよう。」
ふうけが先に行く。
ふきをとる谷へ、栗を拾う林を抜けて、大岩があった、
「ここで待とう。」
若者がいった、
「くもをおびきだす、おまえがいけにえだ。」
と云って、ふうけを大岩に乗せる、
「じゃあばん山の生まれだから、こわくないけど。」
ふうけは云った、
「おれはこわい。」
若者が云った。
「もしやおまえがくもではないか。」
「だったら弓で射るの。」
「おまえは美しい。」
一夜が明けた。
なんにも起こらなかったが、ふうけが呼ぶと、弓矢だけ転がっていた。
若者はいない、帰って行くと、
「そうか、ふうけの婿にはなれなかったか。」
ばばがいった。
「見ろ。」
枝に、みのむしがぶら下がる、
くもの糸に巻かれて、小さい山吹の衣。
そうしてまた若者が来た。
目の覚めるような、桜の衣に刀を差す、
「この国を治めるものはわしだ、くもの化物を退治する、案内せえ。」
という。ふうけは先に立った。
わらびを取る山をよぎり、きのこの林を抜けて、池があった。
「ここで沐浴をしろ、くもの化物が出るであろう。」
若者がいった。
「男のまえで沐浴はいや。」
ふうけが云うと、
「桜の衣をやろう、これを着てゆあみせえ。」
という、桜の衣が欲しくて、ふうけそれを着てゆあみした。
雷が鳴って大雨が降る。
おさまると、刀だけあった。
帰って行くと、
「ふうけの婿にはなれなかったか。」
ばばはいった。
「見ろ。」
みのむしになって、若者がぶら下がる。
また若者が来た、におうようなあやめの衣に、槍をとる、
「運がよけりゃ、この国を受け継ぐ、くもの化物を退治する、案内してくれ。」
と云った。ふうけは先に立った。
魚の川をわたり、鹿の山を行き、洞穴があった、
「この中にくもの化物がいる、入って行こう。もしやおまえは宿命の星、心あらば待っていてくれ。」
あやめの若者は云った。
ふうけはばばが編んだ、麻の上着を解いて、若者に手渡した。
「この糸のはしをもってお行き、迷っても出てこられるし、何かあったら糸を引け。」

糸をとって、若者は入って行った。
二日を待った。
若者は帰って来たが、
「くもは退治したが、深手を負った。」
と云って、息絶えた。
槍にには赤い目ん玉が一つ。
泣きながら帰って行くと、
「ふうけの婿にはなれなかったか。」
ばばはいって、
「見ろ。」
という、糸に巻かれた、あやめのみのむしだった。
「とっておけ。」
ばばは、きいらり赤い玉をくれた。
もえたつようなもえぎの衣の、若者が来た、
「くもは死んだと聞いた、そこへ案内しろ。この国はわしが治めよう。」
という。ふうけは先に立った。
きじの山をわたり、笹の原を過ぎて、湯煙が立つ。
巨大ぐもが死んでいた。
「黄金はどこにある。」
若者が聞いた。
「人を狂わせる黄金。」
「そうだ、人を狂わせる黄金だ。」
「おまえも狂っているのか。」
ふうけは云った、
「では、八本めの足を辿るがいい。」
くもの八本めの足をたどって、若者は去った。
待てど暮らせど来ない。
ふうけは帰って行った。
「ふうけの婿にはなれなかったか。」
見よとばばはいった。もえぎのみのむしがぶら下がる。
「もえぎにさくらに、山吹に菖蒲の、美しい蛾になって、みのむしは春を舞へ。」
ばばが云った。
「ふうけの、三つの星は、今宵現れ。」
夕焼けが空を染めた。
巨大なくもがよぎる、七つの赤い目をすかして、八つめはなかった。
「じゃあたら山のくも。」
「あれを生き返らせるか、それとも四人のうち一人を。」
ばばは云った。
「赤い玉に願え。」
輝く三つの星。
あやめの若者がよみがって、三つの星はただの星。
「では立派に添い遂げろ。」
聞こえて、ばばは消え。
黄金をもって、あやめの子はこの世を治め、ふうけは幸せに暮らした。
みのむしは春に舞い飛ぶ。



いいしの頭巾

とんとむかしがあったとさ。
むかし、かりわの村に、いいしのかりわという男がいて、いつも頭巾をかぶって歩いていた。
「頭巾を取ると、もう一つ頭が入ってるのさ。」
人は云う、だったら頭がいいかというと、いっそとろいほうだった。
「そりゃ頭たって、水ばっかりってのもあるさ。」
だれか云った、そういえば、いいしのかりわは、よく鼻水たらしていた。そいつをこすって、頭巾がてらあり。
あるとき、
「下の斎藤屋敷が火事になる。」
といった、なんにもないではないかといったら、三日後に火事になった、斎藤屋敷は上と下とあって、下のほうが本家で、かりわのお大尽の一つが焼け落ちた。
「なんでいいしのかりやが、知っていたんだ。」
あやつが火をつけたんか、
「そういえば、いいしの家は、- 」
三代前に滅んで、分されの斎藤が興った、そのうらみつらみ、
「にしては、」
どっか間が抜けている。
こうず川の氾濫も、一月前に、
「洪水で、田んぼがひたる。」
と、いいしのかりやが云った。
はたして、十何枚の田んぼが、水浸しになった。
なぜにと、
「ねずみがいなくなったり、虫が騒いだりするから。」
という、
「そんなんわかるのか。」
「聞こえる、えらくはっきりとな。」
では噂に聞く、聞き耳頭巾というやつ。
貸してみろといって、かぶった人は、たいていなんにも聞こえなかった。
「あのけったいな頭巾な。」
「そんで頭二つあったか。」
「はてなあ。」
そんじゃどういうこった。
大雪の年もなんにも云わなかったし、盗人が人を殺したときも、黙っていた。
「花の咲くのが早い。」
といったら三日ばかり早かった。
あるとき、
「西のほうでわしを呼んでいる。」
という。
旅になと出たこともない人が、油紙や干し飯から用意して、てらあり頭巾をかぶって、西へ向けて歩いて行った。
半年ほどして帰って来た。
なんとも云わず、聞かれれば、
「いやどこそこ行って。」
と、ぼそり答えるだけだった。
そうしてまた旅に出た。
今度は帰って来なかった。
つれあいもなかったし、なりばかり大きな空家が残って、じきにみんな忘れてしまった。
十年たった、見たこともない行列がやって来た。
槍をかかげ、徒歩の者が行き、馬に乗ったお侍が続き、立派なお篭が並ぶ。
美しい女たちが行く。
これはどこそお殿様の行列かと、いいしのかりやの空家へ入る。
夜はぼんぼりが点り、真昼間のように明るくなった。
村中の人が招かれて、たいそうな祝言であった。
あでやかな花嫁と、貴人のような、形もよい、いいしのかりやであった。
飲めや歌えに、三日も続いて、引き上げたあとにはなんにもなかった。
雨漏りのする家に、てらあり頭巾が一つ。
いいしのかりわから、村の名がついたと、いつか人がいうようになった。
頭巾は、とある子がかぶって出て行った。
秀吉という子で、天下を取ったと云い伝える。



夢のごんぞう

とんとむかしがあったとさ。
むかし、さいと村のしいやの軒先に、ある日乞食が寝ていた。
「あっちへ行け。」
追っ払うと、ぬうっと手を出す。水ぶっかけたら、恨めしそうに見上げて、行ってしまった。
そういう夢だった。
「つまらねえ夢を見た。」
と、縁起かつぎのしいやは、さいぞというのんのんさまに聞いた、
「乞食は瑞兆なが、水ぶっかけて追い払ったとなると、そいつは。」
と、さいぞは云った。
「そいつはどうなる。」
「はあてな、てめえが乞食になるか。」
よしてくれそんなんいやだ。
「もう一度見直しゃいいか。」
のんのんさま云った。
そんな器用なことができっかといって、夢に乞食が寝ていた、
「おい。」
と云ったら、にやっと笑って、
「仲間になろうっていうじゃねえか、迎えに来た。」
という、そんなんねえといって、追っ払った。
「でやっぱり水ぶっかけたか。」
「うん、やっちまった。」
ではどうなる、
「アッハッハ、そやつはちょっと困難だ。」
さいぞは八卦見て、
「嫁貰えって出た、でないと屋敷田畑失う。」
という。
嫁貰わにゃならん。
軒先に乞食が寝ていた、なんとしいやが乞食であって、寝てる、
「しい、あっちへ行け。」
追っ払われる、ぬうと手出したら、
「ばかったれ。」
水ぶっかける。
ぬれそけて歩いて行くと、乞食の仲間が寄って来た、
「燃し火してあっためてやれ。」
という、何人か火燃やす。
「どっから来た、ごうずさまに挨拶したか。」
「夢だらじき覚める。」
と、しいや、
「なに、めだらんもんか。」
「ふうん嫁取りか。」
乞食の親分ごうずさまのもとへ、引っ立てられた。
「めだらから嫁欲しいと。」
「そうか、あっちの女取ったで、まあそういうこったか。」
しろいひげの、ずるがしこいじいさまだった。
乞食の女が出た、
「とめという、ええ子じゃろうが、祝言は明日、ぜには一両。」
「なに、い、一両。」
たまげて目覚めた。
こうこんな夢じゃ、さいぞののんのんさまに云うと、
「ふうむ、夢のごんぞうの仕業だ。」
といった。
「夢のごんぞうってなんだ。」
「たいへんだ、乞食の親分のごうずってのも、とめという乞食の娘も、たしかにいるんだ。」
という。
「だってもおれの夢だ。」
ごんぞうは恐ろしいやつで、人に夢を見させる。一両っていうんなら、二両は出さんと、
「そやつどこにいる。」
「蛙だ。」
井戸の中に棲んでいる、
「なんで蛙だ。」
そんでもって、なんでもなかった。
世話する人があって、嫁さまが来た。
祝言になって、とめという女で、
(はてどっかで。)
乞食の娘だ。
「い、一両の。」
「はあ?。」
いやそんなことない。
めでたく祝言を挙げて、いい嫁さまで、しいやは、これでもって家はますます繁盛と、田んぼへ行ったら、蛙が面にとっつく。
しょんべんひって逃げた。
「くわっ。」
投げつけたら、そいつががきになって、あかんべえして、
「やあい乞食のかか。」
といってすっとぶ、
「あかんべえだ。」
「なにをこの。」
石ぶっつけたら、ふん伸びた。
となりの四つになる子だった。
「なんでおらとこの子を。」
大騒ぎ。
「牢屋へ入んねばなんねえ、だば。」
といって、とめという嫁さま、引っ張って行く。
乞食の親分ごうずさまのもとへ。
ごうずさまいやしい目して、
「かっこうのとこ別けよう、はよ一両かせげ。」
といった。
しいやは乞食した。
三日やったら止められん。
かかにいと笑う。
夢に見た。
「なにい、転がったのはたくあん石で、となりの子じゃねえ。」
さいぞをねじ上げた、
「おらとこ屋敷田畑、ふんだくったな。」
さいぞののんのんさま蛙になった。
ぶっ殺したらしい。
「なんでおら、牢屋へ入らにゃなんねえ。」
乞食のいうことは、だれも聞いてくれん、
嫁は次の相手見つけた。



鬼瓦

とんとむかしがあったとさ。
むかし、谷川村に、かんの吉兵衛という、お侍が住んだ。
ご配流であったそうで、その辺りから一歩も出てはならぬ。
子供が手習いに来た。お行儀もというと、たいていわるさも、目を細めて笑っている。大根や、とれたての鮎など、村人がもって来た。
鬼瓦のような面で、ぼそりと物をいう。こわいというよりどっかその。小さい子は、膝にのったり、おさむらいのまげを引っ張ったり。
「きちべえさまさ、おらとこ姉おまえさまにほの字だってよ。」
がき大将のいわぞうが云った。
「そりゃあんがとよ。」
苦笑するのを、
「男は顔じゃねえったら。」
いわぞうは生意気云う。
泳ぎに行ったり、柿かっぱらったり、たいてい先頭に立つ、すずめ蜂が巣作る、そいつに石ぶん投げたら、ぶーんと来ておでこに一発、
「くわっ。」
足がすべって、川へ墜落。
どうなった。手下どもはこわくなって、引き上げた。
吉兵衛が馳せ付けた。
せきにはまったのを助け上げたが、それっきり何日も寝込んだ。
子供は助かった。
その姉が、つきっきりで看病する。
鬼瓦は口が聞けなくなった。
口聞けねば、なおさらという娘を、親がひっぺがす。
刺客が来た。
物も云えぬというので、帰って行った。
口が聞けるようになって、吉兵衛は直訴する。すんでにお取り上げになるところを、首を斬られ。
捨ておかれで、村に埋められた。
いきさつはようもわからない。
「なんであんな鬼瓦に、女どもが。」
殿様が云ったそうの。
石かけが一つ。
だれが添えるのか、花が絶えなかった。
疫病よけの首塚になった。

2019年05月30日

とんとむかし34

きょんすとぽうけ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、さいた村に、きょんすとぽうけという、お化けがいた。
きょんすは河童の子で、ぽうけはむじなの娘だった。
そこらに子どもがつったつ、近づくと一つ目だったり、向こうをむいて顔が正面だったり、
「ギャッ。」
といって逃げるのへ、
「まんま三ばい。」
と云った。まんまにお箸さして、川っぱたへ供えぬと、夜中、子どものふとんに入って、ふとんはびったり生臭い水、いえ寝小便は、きょんすのしわざだった。
ぽうけはおとなしく、座蒲団に化けたりする。人が坐ると、ぶわーっと屁たれる。ものすごう臭いのと、女の人には、ぴーっとひょうきんな音立て、そりゃもう困ることは困る。
でもまあ、退治てやろうなと、青筋立てて者もいなかった。
代官さまが、鮎釣りに来なさる。
「わしらの村には困りものがおって。」
と、二つお化けのことを話すと、ふん、厄介払いするつもりか、
「苦しゆうない、化物なとはばっさり。」
と云った。
それではというので、お迎え申した。
ご家来が一人、奥方かというと、そうでもない女の人と、ぜんべえさまの離れに、釣った鮎と、一献さし上げる。
代官さまに、なんとか釣らせようと、
(かかってるやつ外さなくても。)
いえ、お上手でありまする、
それでもなんとか一匹、そいつが外れた、
「きょんすでも出て、なんとかしてくれ。」
云ったとたん、竿がしなる。次から次へ釣れた。
代官さま、やっとうの腕である、おっほん。
「へえごもっともで。」
夕暮れ子どもが立つ。
「どかんか、代官さまのお通りじゃ。」
ご家来は、
「ぎゃっ。」
といって、ふん伸びた。
「まんま三べえ。」
「ふうん、てんかんとは知らなかったな。」
代官さま、けり起こす。
鮎の塩焼きで、一献傾けて、はあて女の人引き寄せたら、
「なんかにおうぞ。」
代官さま、
「おまえはむじなそっくりだが。」
「はい、わたしの好物は、まむしとどんぐりです。」
毛むくじゃら、
「ば、ばけもの。」
刀とったら、もとの美しい女の人。
「うむ。」
ぴ-っと一発、どえら臭いの。
代官さま、あるまいことか、その夜寝小便した。
「ないしょにいたせ、でないと。」
「へい。」
と云うて帰った。
二度とは来なかったし、さいた村はその年大助かりした。
きょんすとぽうけは、村仲間になった。
だれもたまげずなって、そうしたら出なくなった。
大人になったんかも知れん。



あべおんかんぎてん

とんとむかしがあったとさ。
むかし、たよの朝日村に、洞穴があって、それをくぐって行くと、みよの夕日村に出たという。
あるときせんのくらという、悪者が、その洞穴に巣食って、人を殺したり、かっぱらったりした。
追いつめられて、穴をふさいで、夕日村へ逃げ伸びたか、それっきり通えずなった。

その仕掛けは、呪文を唱えると、開くという。
みずのえ村に、うちという美しい娘があって、嫁にほしい、婿に行きたい、われこそはという若者が争う。
うちは悲しんで、わずらわしくなって、夢に夕日村を見た。
楽しく、極楽浄土の夕日村。
うちは抜け出して、洞穴へ入って行った。
せんのくらの呪文は、
「かんぎてんのくどいっちゃも。」
という、先祖より伝わるものであった、
「ひょっとして、あたしの血は悪者せんのくらの。」
だからこそ、若者を迷わせ、好きな人さへ不幸にする。
洞穴は、松明をかざして、曲がりくねって、行けば行くほどに奥へ、
「どこまで真っ暗闇を。」
生きて行くより苦しいこともあるまいに、心細く、こわさに必死に耐えて、
「おーい。」
とだれか呼ぶ。
そうではなかった、声が呼ぶ。
ぼうっと明るくなったり、真っ暗だったり。 あれは亡霊か。
風であった、水のしたたる音か、
「てんてんてんまり、
てんてまり、
毛槍突いては、
天の歌。」
わらべ歌になったり、
「一つつんでは母のため、
二つつんでは父のため。」
さいの川原の石積み。
気も狂うように、
「足を止めたらおしまい。」
追われるように行き、なにか追って来る。
おーいおいおいはーいはいいい、つまずいて倒れ、投げ出す松明を、拾い上げる、ー

「さあ案内してやろう、立て。」
松明をとって、見えない声が云った。
「そうさ、せんのくらの亡霊。」
「ちがう。」
ようやく云った、
「おまえは、きらいなざんご。」
「あっはっはそうだ、愛しいうちを追うて来た。」
ざんごは云う、
「外へ出るか、それとも云い伝えの夕日村か。」
「松明を返して。」
「一つきりがいい。」
外へ出よう、そうしたら他の男もいる、でもそうしたら、二度とは来ない、
「行くか。」
そう、
「おまえとならどっちだっていい。」
手を取られるのを、ふり放して歩いて行った。
「せんのくらだって悪いことはしない。」
ぼそりざんごが云った、
「わしは今なんだってできる、たといおまえを殺すことも。」
そうしたら、影におびえて、あとをどうなるか、ざんごが云った。
うちはそっと短刀の手を放した。
あたしもそうだ。
沼があった、来るときはなかった、では先へ行っている。
「わたれそうか。」
松明をかざした、
「わたろう。」
死んだって本望だと、ざんごは云った。
うちも同じだった。
わたって行った。
松明ごとざんごが沈む。
浮かび上がってまっくらだった、引き返そうか、
「月だ。」
月明かりのように明るい。
目がなれると二人の影が見える、
「どうしてわしがきらいだ。」
ざんごが聞いた。
「いえ。」
うちは云った。
「でもやっぱりきらい。」
「におが好きか。」
「さあ。」
沼をわたった、どうにかわたり終えて真っ暗闇、
「空が見えたんだ。」
ざんごが云った、
「月明かりの夜。」
あの向こうに、幼い日がある、そう思えて、
「夕日村というのはぐるっと回って、朝日村へ出るだけだ。」
ざんごが云う。
ではあたしはなんで来た。
かけようとざんごが云った、もし朝日村であったら、わしの嫁になれ、
「ちがったらあきらめよう。」
「いいわ。」
うちは云った。
もしそうだったら、一日歩けばもとへ出る、入ったのは夕方だ、わっはっは夕日村に朝着く。わっはっはとうつろに返る。
行き止まりだった。
「別され道があったか。」
「なかった。」
二人は立つ。
「かんぎてんのくどいっちゃも。」
うちが呪文を唱えた。
なんにも起こらない。
「あべおんのくどいってだんも。」
ざんごが唱えた、なんにも起こらない。
「わが家はせんのくらの末という、この呪文が伝わる。」
ざんごが云った、
「わたしの家もせんのくらの末と、呪文が伝わる。」
「わしではない、うちのような美しい女が悪人の末とはな。」
ざんごがささやいた、
「いやどっちも別だ、呪文は効かぬ。」
「そう。」
とつぜん、二人の口をついて出る、
「あべおんかんぎてんちってんだんも。」
ごうっと音がして、岩が崩れ、わずかに道がつながる。
「せんのくらの霊だ。」
二人はわなないて手を取り合う。
開けた道を伝わって行った。
二人悪人の末だ、だから好きになれない、わしはおまえが好きだ、死ぬほどに、それはどういうこと、わからんお日さまに聞け、二度とは拝めぬが、わからないっていう、二人の思いがこだまする。
「そっちへ行け。」
せんのくらの声。
道はえだわかれして導く、そうしてついに光さし、
森が見え遠い山なみが見え。
さんさんと日に、
「どなたじゃな。」
と聞こえて、まっ白い年寄りが立った。
「なぜに人の庭へ入った。」
軒が見えたしかに庭、
「そこから。」
ふりかえると鳥居があった、
「お社からな。」
二人はわけを話した、
「ここは夕日村でも朝日村でもない、向こう山の峠を越えると、朝日村から三つとなりの、清里へ出るが。」
という、
「つばめが出たり入ったりしておったが。」
年寄りは云った。
「あべのおんというのがわしの名じゃ。」
「わしはざんご。」
「わたしはうち。」
隠されごとはないか、せんのくらという悪人は、
「さよう、かんぎてんのお宝をとは伝わる。」
年寄りはいった。
かんぎてんとは、
あべおんかんぎてんちってんだも。
あべおんかんぎてんざんごうち。
ざんごうちってんだも。
老人もお社も消え。
虹のよう、まんだらげの花に咲き、鳴りくらめいて、黄金のかんぎてんが現れた。
「さようさ、おまえら二人が宝を受け継ぐ。」
といってそれっきり。
洞穴はなく、二人山をわたり、里へ帰るのには一生かかった。そうして宝はまだある。



げとう

とんとむかしがあったとさ。
むかし、かんのき村の、げとうという子が、三つ四つのころに、さらわれた。
青い猿山があって、劫をへた大猿がいた。
寝たっきりの千年大猿が、子どもをさらって夢を食う。
夢は虹になって、天空にかかり。
げとうが助け出されたのは、十二歳だった。
谷川に流れついた。
それまでのことは覚えぬ。
猿のように飛び、狼のように走った。人語はしゃべったが、次になにをするか、まったくわからない。
かんだきの三郎という野武士が、げとうに目をつけた。
「まんまだけは、存分食わせてやる。」
といってつれて行く。
そこでもって、げとうは、かすめとったり、人をさらったり、戦に出たり、火を放ったり、殺したりした。
なんでもして稼いで、一方の旗頭になるかというと、からっきしで、食っては寝ていた。
十八になったとき、三郎は、
「野武士ではどうもならん、城を手に入れる、おまえとおれだけでいい、行こう。」
と云い、二人連れだって、いわき城にもぐり込んだ。
「むだことはするな、おれの云うとおりしろ。」
おまえは手足、わしは頭だと三郎はいった、合戦が二つあったらもう、三郎は物頭になって、げとう以下三百の隊長だった。
げとうには、げとうつぎひさという名を付けた。
十人二十人いっぺんに薙ぎ倒す、どんな仕打ちも眉一つ動かさぬ。
欲なしで女色も知らぬ、
「死人つぎひさ。」
と呼ばれて、恐れられた。
「合戦は面倒だ、この城を乗っ取る。」
三郎はいった、
「おまえにも、飛び切りの女房をな。」
くすりともせず、
「ではどうする。」
げとうは聞いた。
「いのうとみやじを殺せ。」
おれが城主になって従わぬやつ。
その夜のうちに、死人つぎひさは二人殺した。
「敵の手のものが入っておる、お城の大切な力を二つなくした。」
そういって、敵の手なるものを捕らまえて切った。
だれもいきさつは知って、
「へたをすりゃ。」
といって従った。
「かんだち三郎どの。」
と、大野しもうさの使いが来た。
敵方の総本山ともいうべき、
「次の戦に寝返ってくれたら、いわきを任せよう。」
という。ついては相談がある、しのび出てくれという。
げとうと二人忍び出ると、数十人に取り囲まれ、かんだち三郎は切られ、げとうは逃げた。
いわきゆうきが先手をうった。
げとうは城に帰って、なにごともなかったような面をする、城主の方が慌てた。
刺客を伏せて、呼びつけ、
「主は死んだが。」
と聞くと、
「死ぬようなこともしたな。」
という、
「おまえはどうする。」
「使うなら使え、いらんというなら出て行く。」
といった。
なぜか殺せぬ。うすっ気味が悪かった、いわきゆうきは、
「とびっきりのお刀を献上。」
といって、げとうを大野に預けた。
「ふうむ、死人か。」
大野は、死人つぎひさのげとうを、存分に使った、さすが大大名の器。
勝手知ったるいわきを攻めて、城主を追い出し、あとを丸ごと手に入れたのは、げとうの働きだった。
「わしに刀を与えたということは。」
大野はうそぶいた。
「あほうよな。」
げとうを、あんな阿呆がなんでと人の云う、
「阿呆だで、無駄ごともしきたりも知らん。」
げとうつぎひさは、ゆうきを殺して、奥方を娶り、その二人の姫を育て、
「皆殺しが習わし、でないと寝首かかれる。」
というのを、
「死人の寝首かいてどうする。」
と、笑った。
「姫は軍勢よりもお宝。」
それはたしかに。
奥方しおりどのは、公卿の女で、詩歌をよくし、管弦の道や、書にも堪能で、
「わっはっは、こりゃおかしいわ、猿の申し子にはもっての他の。」
世間人みなよりは、大野が大笑い、
「だで戦国は面白い。」
たいしたこれも英雄が、三年を待たず滅びる。
奥方は自刃するかと、あっけにとられたことには仲睦まじく、猿のげとうが、いつのまにか、歌を読み達筆である。
「だから戦とは申しませぬ、このような才能に巡りあえるとは、浮き世を越えて、仏のめぐらい。」
と、奥方しおりどのが云った。
「城も合戦もない、おまえさまとともに過ごせば。」
という、
「ほう、あっけらかんとな。」
死人つぎひさが感心した。
そうさな、泥棒をしたって、飯ぐらい食えるが、どうも奥方とお城じゃ、そうもいかん、お蚕ぐるみの衣装でな、げとうも人並みに物を考えた。
三たびの合戦は、阿鼻叫喚の地獄絵、げとうは大野しもうさを滅ぼし、その二十万を引き連れて、野心満々の、登り龍であった、板倉しゅぜんと、対じする、
板倉の使者が来た、
「大野を抜けとは余の約定、だのになんで向かいあう。」
返事をしたためた。
その書を見て、板倉しゅぜんは魂消た、かの中国の大人もこれまで、
「不思議だ、見ていると、戦う気も失せる、しんいんびょうぼうというより、切っておとしたような。」
という、内容は、
「おまえとわしが結んだら、さらに大戦が起こる、つまらんものは止めた、どうしたら止まる、双方戦って破れるか。」
とある。
危うくその気になって、慌てて、
「えーい決戦だ。」
しゅぜんは、使者を切って打ち出した、
「弱気になったやつを。」
ひとひねり、怒濤の如く攻めよせて、それがいつか、とりかこまれて居城を抜かれ。

板倉しゅぜんともあろうものが。
「隙があった。」
ひとひねりという、後の祭り。
腹かっさいて死ぬるよりなく、ー
「みんなくれてやる。」
と、耳だに聞こえた。
軍勢を置いて、死人つぎひさは去る。
行方知れず。
乞食しながら奥方と二人、あるいは、かっぱらいや歌うたいして、京の路へ歩いて行ったと、人の云う。
板倉しゅぜんは九死に一生を得て、巻き返し、
「隙があったらいかん。」
とて、百戦連勝して、京へ攻め上ったら、さるお方が尋ねて来た、
「いえほんにやんごとなき。」
取り次ぎが云い、歌を一首、
「あおやまもうきよのゆめのましらにていまうつせみの人にも会はめ。」
というこれは女手。しゅぜんは納得した、死人つぎひさだった、上坐に据えて平服する、
「してなんの用ぞ、わしらにかのうことならなんなりと。」
と云うに、
「主上に口を聞いてさし上げよう、天下を収めるには肩書きがいる。」
と、げとうつぎひさ。
歌の道をもって親しという。
その通りであった、肩書きを。
だが板倉しゅぜんは、病を得て命を失う、
「せいいたいしょうぐんを彼に。」
というのが遺言だった、
「あっはっは、生涯叶わぬやつに一矢報いた。」
と云って死んだ。
猿と云われて、仕方なし大将軍職を受けて、げとうつぎひさは、はてどうする、奥方に聞くと、
「おっほっほ、夢はしまいまで。」
といって笑う。
「ひのみちもつげといはれしなにはえのありそのゆめをよしやあしくさ」
しおりどのが歌って、夢が覚めた。
千年猿が寝ていた。
それはなんという荘厳、
「さようさ、この世はわしの夢のうち。」
と云う。
「よきこともあろう、帰るがよい。」
風のたよりに聞こえ、げとうは村へ帰った。七つであった。



かもしか

とんとむかしがあったとさ。
むかし、清里の小国に、ひよりとみつなという美しい姉妹があった。
ひよりとみつなが草積みしていると、雲を逆巻いて、かもしかが現れた。
玉のように青く、雪のように白いひげの、金の角をして、その首につめくさの花環をかけてやると、
「ひよりは雲みつなは風。」
かもしかがいった、
「三界はおいらせの川から、せんみの海まで。」
「なんで金の角。」
「悲しいから。」
「かもしかは悲しいの。」
「どうして。」
と聞いたら、かもしかはいなかった。
ひよりは、おいらせの雷神きよひさのもとへ、みつなは せんみの風神ためひさのもとへ、お嫁に行った。
おいらせの雷神ためひさは、五月にはますを取り、八月は祭りをし、九月は稲を刈り、十一月は狩りをした。
ますを取って、美しいひよりが、長い袖をひるがえす、
「風はだし風、えんどーた、
 ひより乙女が、舞い衣、
おいらせ川に、虹かけて、
ますを何匹、わしずかみ。」
祭りには、山車をこさえて、八方に花を撒いてねり歩く。
「おんどろおどろ、鬼太鼓、
今生乙女が、はねかずら、
花の生涯、地獄絵か、
山人どもが、押し合えば。」
稲刈りには金の衣、冬にはしろがねの衣を。そうして春になったら、雷神ためひさは旅に出るという、あとはひよりに任せるという。
「雪はしろがね、もがり笛、
二十歳乙女が、鬼の舞い、
おひらせ川に、雲いたち、
春いや遠み、もの狂い。」
踊りの精になって、おいらせ川を遡って、ひよりは龍になる。
みつなと風神ためひさは、荒海にははたはたを取る、
「風はこち風、めんどーさ、
みつな乙女が、舞い衣、
寄せては返す、塩の花、
網は一枚、吹き流し。」
四月はくじらを追い、七月は軍勢をくりだして戦、九月にはきゃらやせんだんが流れつき、
「おんどろおどろ、笛太鼓、
今生乙女が、帆を孕み、
阿鼻叫喚の、おたけびは、
絢爛豪華、虹の花。」
春になると風神きよひさは、旅に出るという、あとをみつなに任せるという。
踊りの精になって、せんみの海をみつなは、龍になって天駆ける。
ひよりは青龍に、みつなは白龍に、二つ巴になって、雲を呼び稲光する。
二人の夫は帰って来ない。
空しく呼んで、二つは一頭のかもしかになった。
女の子が草詰みをする。
物も云えぬかもしかが、口を聞く。



二人弁天

とんとむかしがあったとさ。
むかし、三ノ瀬村に、てんぞという子がいた。
乱暴者で、云うことはきかん、親がもてあまして、お寺へ上がるか、それともどこなと行って、かってに暮らせといった。
お寺なんてもな、死人の行くとこだ、頭そってお小僧さまだと、きつねや狸じゃあるまいしといって、十二であったのに、てんぞは追ん出て行った。
となり村は、悪名が聞こえて、見りゃそっぽ向く、犬をけしかける。次の村もはかいかぬ。
てんぞは夜どうし歩いて、町へ出た。
そこら大根引っこ抜いて食ったり。
うんまげなまんま炊くにおい、
(なんして追ん出て来たか。)
と、軒先へ立ってまんまくれと云った、水ひっかけられた。うちへけえれ、どこ行くたって、今んごろから出るなとか。
ほっかりうでまんじゅう。
人混みを手伸ばして、ひっつかむと逃げた。 出店であった。
「こらそのがき。」
逃げ足だけは早い、あっちへ走りこっちを抜け、人気のないあたりでもって、まんじゅう食っていると、
「おい。」
という。同じ年格好が、
「ついて来い。」
という。
行ってみると、お宮というより、やぶれ小屋に、何人かいた、
「田舎もんだ、どうする。」
「つるはあるか、これだよ。」
「あったらまんじゅうとらん。」
「もって来たら、いれてやろう。」
と云った。
町のわるがきはもっとわるいか、てんぞは仕方なし、にぎやかなあたり歩いて行って、さてと思ったら、
「すりだ。」
と、だれか叫ぶ、人を突き飛ばして逃げる、
「あっちへ行った。」
てんぞはわめいた。
店へゼニを置くのがいた、一瞬お留守になるやつを、かっぱらって逃げた。
ぜにさえありゃってわけの、三日もしたら、親分をなぐって、てんぞが代わって、お宮に住んだ。
盗みやかっぱらい、泣き落としや、脅しや、三ノ瀬にいたころと同じ。
てんぞは、
「速いのと肝ったま。」
といって、手下は十人、二十人。危なくなったらどっかへ逃げて、またたむろする。

半年一年、そうやっていた。
ある日、とぼけたような男が立った。
「なんてえ名だ。」
と聞く。逃げようたってとっつかまえる、石臼みたい腕力だ。
つれて行かれた。
「くすりそうえん。」
という黄色い旗が並ぶ。鳥居があって、お狐さんがいて、裏木戸を開けると、とぼけ男が、
「こいつだ。」
と云った。
「田舎追ん出されてきたらしい。行けそうか。」
だれか四五人いた。
「立ちん棒か。」
「まずはな。」
てんぞは、くすりの黄色い頭巾かぶって、町角につったった。
「逃げてもいいぜ、逃げねえほうがいいと思うがな。」
そう云われて、毎日つったって、まんまにはありつけた。
「いったいなにしてんだ、おれは。」
立ちん棒もしんどい。
走って来た男がなにか手渡す、受け取ったら三、四人追って来た、
「小僧、そいつを出しな。」
「おら知らん。」
ぶんなぐられた、
「いてえ。」
すっぱだかにむかれて、なんにもない。
「うえーんさむい、なにすんだ。」
「しくじった、がきだ。」
「たしかに受け取ったんだが。」
連中は去る。
てんぞは、どぶ板に隠したものを、取り出した、
「おれがそんなへまするかい。」
でもって、仲間うちに知られて、黄色い頭巾は、ふところへ入れて、てんぞはやっぱりつったった。
一人追われるのを、てんぞは、ふところの黄色いのひっかぶると、間抜け面して突っ立った。
「えっ、なんだ。」
「くすり屋だって聞いたぞ、こやつ。」
すんでに逃がして、身代わりにとっつかまった。
「へえ、腹痛すっきり、頭痛にけろりん、まんきんたん、下りゃあ上るなんとやら、心の病に、じんきょの薬、まむしの丸焼き、きんそうがん。」
いつか覚えの口上に、薬の袋を取り出した。
「なんだおめえは。」
「おら三ノ瀬のもんだ、家を追ん出されて、食うや食わずのみなしごを、神皇さまは黄色いくすりの人助け、頭はげても心は錦、左そうえんさまに、すんでのところを救われて。」
えんえんおっぱじめた。
「くすり売りか、ふむ。」
「そうえんの隠蓑は、かたぎだっていうが。」
といって行く。
すると頭領、左そうえもんと世話人が出た。「まずはお手柄よの。」
という、
「こいつは飼っておくべきか、それとも。」
という。
いやな感じがした。
おれもこんなんに、-
「そうえん組とはなんだ。」
てんぞは聞いた。
「聞く耳とゆすりだあな。」
「正業は正業だがさ。」
頭領があごをしゃくった。
「引き受けるか、こやつだが。」
世話人が、つばきの花の銀のかんざしを出す。
「そうさ、こいつを大谷町の、清十郎という旦那に届けてくれ、いやものは知らんほうがいい、あとはおまえの才覚だ。」
といってふうと笑う。
うす気味悪かった。逃げるよりは行ってみよう。てんぞはこざっぱりした着物着せられて、清十郎へ行った。
何か大店の旦那で、
「くすりそうえんさまのお使いで。」
というと、奥へ通されて本人に会い、てんぞは、つばきの美しいかんざしを差し出した。
「帰って来ないか。」
清十郎は見すえる。首すじがひんやり、
「身代わりになるとな。」
相手は云った。
てんぞは女の着ものを着せられ、髪を結い。
「なんだこりゃ。」
物言いを習い、
「まあいい、どうせお行儀見習いだ。」
とて、つれて行かれた。
武家屋敷であった、
「ほう、なんという美しい。」
よきお女中じゃと云った。
預かりになって、お行儀見習いをして。
逃げ出してくれようたって、相手はおさむらいだ。
「町人ではせんもなく。」
年寄り女はやかましく。
「それでは男です、なんというはしたない。」
ぎええってなもんの。
するとお仲間が来た。
町方のまた美しい娘が。同じ部屋に寝泊まり。
「あんた男ね。」
娘が云った、
「ちがう。」
「わかるわよ。」
おっほっほと笑う、
「お殿さまの趣味ってわけね、そんであたしもっていうのは、いけすかないわよ。」
娘はちよといった、清十郎の娘あゆと、二人ぐれて、武家屋敷でお女中がほしいってんで、親が花嫁修行にと、
「それがね。」
ちよはてんぞに耳うち、
「ていのいいお殿さまに献上品。」
「なんと。」
「あゆ坊が駆け落ちしたんで、身代わりね、くせものってわけ、おぼこ娘じゃむりって、おっほっほ。」
あたしをつれて逃げて。
そりゃもう。
お茶を習いに行く途中、人混みへまぎれた。
手下どものもとへすっ飛んで、着物をかえ、
「娘を置くぜ。」
とんずらしたら、娘がついて来た、
「二人で盗人して暮らそう、お似合いの悪ったれでさあ。」
という。
出戻りだ。
やぶれ屋敷に住んで、手下が十何人に増えた、
「べっぴんさまつれて帰った、この上は。」
と云う。
ちよてん組などいって、いきがっていたら、くすりそうえんの黄色いのが来た。
すっと囲まれた。
「適当なことしとるな。」
「あほんだれめ、おれを殺したって一文にもなりゃしねえ。」
たんかきったら、
「娘はゼニになるぞ。」
と笑う。
てんぞは娘をかばった、だが、
「ここに多少ある、二人これを持って上方へ行け。」
といって、包みを手渡す。
「左さまが殺生はしたくないとさ、上方のお使いがすんだら、あとはてめえらのかってだ、しばらくは江戸をはなれろ。」
という。
「そうかい。」
二人は旅立った。
何年かして、大江戸に、
「二人弁天。」
という盗賊が流行った。女が入れ代わったて男だったりする。そりゃすることが洒落ていて、盗人のくせに人気があったが、しまい獄門さらし首。
はてな男が一人だった。

2019年05月30日

とんとむかし35

蛮神

とんとむかしがあったとさ。
むかし、はんのう村に、六郎という子があって、七つのとき使いに出された。
子どもが九人もあって、行って、
「しおいりのごよう。」
というだけのお使い。
口減らしだった。行った先で、役に立ちそうなら、飼い殺しにする。
「餅入れといたで、道なげえから途中で食べろ。」
おかあが云った。
餅なんて、もうせんのお祭礼に食ったっきり。あとの荷は、六郎の着替えだった。うすうすなにか思ったが、喜んででかけた。
貧しいはんのうと、はんのう港とあって、港のお祭りは、それはもう目を回すほどであった。
屋台があった、花火が上がった、きれいなおねえさんがいた、おみこしがあった。どっかぽけえと突っ立っていて、水ぶっかけられた。
村を出外れて、大きい子と魚をとった川があった。
あのとき逃がしたのいるかと思って、そうっと覗くと、石の下にでっかい頭が見えた、

「主だなあ、とろうたってむりだ。」
といって、そこで三つある餅の一つを食った。
おおいわながふうっと出て来て、川につっこんだ、六郎の足をつっつく、ぱくっと食う、ぎゅっともたげて放り上げた、
「すげえ。」
手を広げたほどある。柳を通してかつぎ、
「おらだどもお使いに行く。」
六郎は走って帰った。
おとうもおかあもたまげ、
「これとったからおいてく。」
どっさり投げ出して、くびす返すと、おかあが呼んだ。
「なんだ。」
「いやなんでもね。」
涙して、
「おめはなりでけえから。」
と云った。
それから走って、いわなとった谷を過ぎ、山道を行く。
だんだら七曲り上って、三つ又へ来た、一軒だけ家があって、
「おんじ屋。」
と、人呼んで、なにしてんだかわかんねえ家だった。
おんじ屋には、鼻たらしのちよという子と、犬といた。
犬が飛び出して来た。
腹さすってやるとひっくりかえる、鼻たらしの女の子が来た。
「用があっか。」
「いんやねえ。」
「だったらなにし来た。」
「せどの田山さまさお使いに。」
「ふーん。」
ちよが云った。
「前にもそこさ行ったが、だれも帰ってこねえ。」
「そりゃ向こうかわも道あっから。」
「そうかもしんね。」
海沿いの遠い道、
「ふんで、こっちの道ふたがった。」
ちよはぶっきらぼうに云った。
「なんして。」
「三の沢なでついたって、おっとう云った。」
「でも行くだら。」
六郎はずんとけわしい山道をたどった。犬がついて来た。
「行くかこい。」
頭なでて、あとさきに歩いた。
三の沢は、どーんとがれ場の。
わたれそうにない。
犬が走る、ついて行くと、ちよのおっとうがいた。
がれに半分うまっていた。
「水くれ。」
という。六郎は、ふきの葉っぱに水汲んで、ふふませた、
「おれはもうだめだ。」
おんじ屋は云った、
「田沢さま行くだな、つとまんねかったらおらとこの、ちよの面倒みろ、なに遊んでるようなもんさ、しおくみよりゃいい。」
と云って息絶えた。
土かぶせて埋め、手合わせて、六郎はどうにか伝うて行った。
犬は帰った。
餅食って、田沢さまの番屋へついた。
「こう。」
こわい男がつれて行く。
お屋敷なんぞなく、男が二人女が一人、
「死ぬか生きるかだあな。」
一人が云った。
「しおくみの役立たずか。」
「水ん呑みのよけい子は、行かしちまえばいいに。」
女が云った。
六郎は聞いた。
「おんじ屋がなではまって死んだ、ちよの面倒みて、あとつげって云った。」
「死んだとな、つなぎがねえと思った。」
三人は云う。
「女っこはなんとかしよう、うっふう。」
こわい男が笑った、
「おおいわな足でとっつかまえる子だ、生きるさ。」
「え。」
「わしらはどこにでもいる、なんでも知っている。」
という。
六郎は引っ立てられた。
そうして十年たった。
はんのうのお祭りだった。
港の大祭り。
だしが出て、女たちが着飾って、花火があがる。屋台が出て、六郎は思い出した。
使いに出されて、それっきりになった、
ねじりんぼうを買ってもらった、貧乏人が珍しく。
思わずふところへ手をやる。
ずっしり重い。
たくましい若者であった。
ふいっと消えて、立派なお宿の二階にいた。
控えのおさむらいが二人。
御用人であった。
すっと坐る、
「たしかに五百両、恩を売っておけってこってす。」
六郎は、ふところの包みを置いた。
「何が欲しい。」
御用人が云った。
「一そうが二そうになる。」
「うむ。」
両わきが斬りつける。当て身を食らって二人ひっくり返った。
「ぜに出して切られるとはな。」
六郎はもういなかった。
「承知したと伝えておけ。」
声が追った。
賑やかな街を歩いていた。六郎は、初めて山を下りた。
ひどいといえばもう人間でなかった。
十年一日、死んだか生きたかもわからず。
過ぎてみれば夢のように。
「百人に一人の。」
ふうと笑って、田山さまが云った。
昨日のことだった、
「ようできた、おれの子よ。」
会うのは二度めであったか、谷わたりに死にぞくなったて、まっ白いひげを見た。
屋台の男が指さした。
指されたほうへ行く。また男が合図する、仲間だった。
女がよりそう。
「ひでや。」
という店に入った、
「お大尽しか入れない老舗、それでは。」
にっと笑って去る。
なにをどうしていいかわからなかった、飲んで食って、気がついたら美しい女と二人いた、
「覚えてないのあたしを。」
「はてだれだったか。」
女は目を細めた、
「おんじ屋のちよ。」
「なに。」
ちよと一夜を明かし、おんじ屋を継ごうと云ったら、
「ありがと。」
ちよは真顔で云って、
「でもあなたはあしたは海の辺。」
という。
六郎はあくる日を、順風に帆を上げた舟の上にいた。
舟子というのではなかった、頭領にしのますめという人の配下であった、
「じきにおまえもいっぱしさ、度胸と才覚があればな。」
にしのますめがいった。
「なきゃつなぎのおじん屋さ。」
舟は外国へ行く。
はんのう港には、蛮神さまがある。
豪勢に建てて、のちのお祭りはここから出た。
人魚の像を祀る。
舟のへさきを飾るという。
「ちよと大いわな。」
と、だれかいった。
ひでやのおちよは、お殿様さへ通うといわれた、名だたるおいらんであった。
のちだれかと山住まいしたという。



一夜

とんとむかしがあったとさ。
むかし、伊予の五左衛門家のあととりは、十五になったら、ぜんたつ山の主に会いに行くのだった。
それっきり帰らずなったら、次の子が行くか、養子を迎える。
幼名をますめといった、十五の春であった、ますめは脇差し一本を腰に、でかけて行った。
ぜんたつ山には道がない、主の住まいは行けばわかるという、会えなければそれまで。だれも入らぬ山はけわしかった、ますめはよじて行った。
ぶじに行って一日半、その夜はやぶの中に宿った。
恐ろしい夜だった。
萌え立つ若葉が夕映えに、
「なんで家を継ぐーそりゃそういう決まりだからだーほかへ行くなんてーできないーどうしてだ。」
自問自答する、
父や母や妹や、
「ますめ、お兄ちゃん帰っておいで。」
聞こえるようの、聞こえぬようの、急になぜか嬉しくなって、
「おうほう。」
叫び上げて、こだまが返る、山はとつぜん暮れた。
真っ暗闇は、うるしのように真っ黒で、けものの歩む音と、寝ぼけ鳥がくるうと鳴いて、さらと遠くの谷川の音。
三、四人声高に云いつのって、女の声になって来る、ふるえわなないた、冷や汗をびっしり、
「うわっ。」
踏んずけて行く。
しーんとしずまりかえって、妹とたのきちとゆうすけが喋る、はっきりわかるのになんにも覚えない。
年よりの声で、
「死んだらどうなる。」
「奈落の底へ落ちて。」
「落ちきらんやつは。」
「ずっと無間地獄の。」
ええしゃああしゃ、のちにもふっと思い出す、その恐ろしさ。
風景が見えた。
草や木や村や雲や、美しい衣の女や、打ち首になった生首や、やせ猫や、踊りの輪。

紙っぺらが風に舞う、恐ろしい虎になって襲う、炎を吐いて、あるときは父親に、あるときは母親に。
わき差しを抜いて、ますめは切りつけた。
めったらに切った。
母を切った、血まみれのおおなめくじ。
父を切った、影ぼうしになって。のさばりかかる。
点になる。
覚えずなってますめは歩く、山をさまよい歩いて、昼を過ぎて、ようやく木立が見え、けだるく倒れ込む。体が変に濡れ。
よじて行った。
いくらも上っていなかった。
日は暮れて、恐ろしい夜が来る。
ますめはわき差しを抜いた。音声が聞こえた。おかしくなりかけると、ふとももを刺して、痛みに目覚めた、そうしてまどろみ眠った。
いのししと猿に出会った。
ますめは行く、せせらぎの水を汲み、うどを欠いて食い。
夢ではなかった。
崩れた石垣の下へ出た。
「ではこの上だ。」
よじ上った。
上は平らで、三本の大きなえのきが生える。
「山の主に会いに来た。」
ますめは呼んだ。
もう一回呼ぶと、えのきの影から、白衣に朱のはかま、それは巫女さまだった、現れてて、
「おみくじを引け。」
という、
「凶。」
と出た、
「よしのずいからてんじょうをのぞく、ななころびやおき。なんのこった。」
というと、指さして、
「むこうのきざはしを上がれ。」
と云った。
石段があった。百八段にもなって、ますめは登って行った。はるかにぽっかり開く。

「よしのずいからってこれか。」
転んだらえらいこったと、思うとたんに転んだ、ひーるがびっしりつく、二、三段すべってまた上る。こけにすべり、どんぐりにすべり、ひどいめにあって、次にはきのこにすべった。
どうやら上ると、ほこらがあった。
扉が開いて、白いひげのじいさま出た、
「まあよかろう。」
と云った。
「七転び八起きのところを、五つ転んでのし上がった、はっはあ合格。」
ますめは馬鹿らしくなった。
でもどうして、こんなとこに人がいるんか。
「ほかのおみくじ引いたらどうなる。」
と聞いた。
「何を云う、人にとって引いたおみくじしかない。」
じいさまは云った。
「よしのずいから天井を覗く、七転び八起き。そうさな、俗人のこれが一生さな。」
へえと思って、ぴょこんとお辞儀して、ますめは山を下った。
家へ帰ると、大人の衣服があって、それを着て、お酒とお祝いのお膳が出た。
めでたく跡継ぎじゃという。
のちにわかった。ぜんぷく山には洞穴があって、諏訪神社に通じて、ひげのじいさまも巫女さまも、お諏訪さまから出張って来た。
「いついっか行くからよろしく。」
と、あっちこっちの家から頼まれて、これはつまり、成人の式だった。
ますめはやぶに宿った一夜に、大人になったんだと思った。



しょんべんげんた

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ひよどの村に、げんたろうという、どうもならん男があった。
女ぐせが悪くって、腕力があって、むちゃくちゃで、なんたってもてあまし者だった。

食えそうにねえ山芋売りつけて、いらねえっていうと、その家へ小便ひっかける。でかい声張り上げて、わけのわからん歌うたって、長小便が土壁崩れる。
「しょんべんげんた。」
というのは、それで付いた。
となり村と、池す争いに、しょんべんげんた出したら、どんと一発でけりついた。
「そうか役にも立つんだ。」
といっていたら、手打ち式に飲んでもって、しまいすっかり取られた。
用でもねえのに、上がり込んだり、なにかっていうと、役させろという。
「うちのかかどうしてくれる。」
と怒鳴り込んでも、
「へえ、そんなら思う存分なぐれ。」
といって面突き出す。
へた殴ったらあとがこわいで、泣き寝入り。
信田の十兵衛さまは、相応の年寄りであったが、品のいい正直な人で、しょんべんげんたも頭上がらない、
「なにをしとるな。」
と云われて、しゅんとなっている。
あしたのお祭礼は十年に一度というので、代官さまのお使いが来る、
「祭りだで、酒飲ませねえわけには行かねえ。」
家柄はいい、しょんべんげんた、上席にいて、そそうがあってはたいへんだ、目付けられんよう、
「十兵衛さま申し訳ねえが、しょんべんげんたに貼り付いてておくんなさい。」
主立ちが頭さげた、
「はっはっは、わしよりおまえとこのかかがいいか。」
「そればっかりは。」
色白のかかを、よだれ垂れそうな目で、しょんべんげんたが見る。
代官さまの使いは、
「むにゃむにゃ。」
代読して、ふんぞり返った、
「いやおさむらいさま。」
やってるうちに、げんた仕上がる。
十兵衛さま年だで短い、座を立ったすきに、
「あのうそのう、わしら物知らねえどんびゃくだで、一つお教えねげえてえですが、代官さまはなんで代官さまというだか、お内裏さまでもあんめえが。」
と、しょんべんげんた。
「おっほんそれは、恐れ多くも。」
とかしこまって、
「公房さまの代わりをもっての故に代官じゃ。」
「すんではその。」
かしこまって、
「恐れ多くも代官さまのお使いは、代代官さまで。」
「なに。」
「先祖代々代官さまの、でもって先祖代々代々官さま、やんれめでたや松に鶴。」
そこへ十兵衛さま帰って来て、
「めでためでたの千代松さまは。」
といったのが悪かった、
「みどもを愚弄するか。」
一刀に手をかける、
「け、けっしてそのような。」
十兵衛さまへいつくばるのに、
「みどもさんたらホーホケキョ、おらが死んでも泣くかかいねえ、代々代官さまの、どこへ逃げたか、角出せだいろ。」
しょんべんげんたの、けっこうな代物見える。
なんとか納まろうたって延々、十兵衛さまやっと引っ立てた。
「あのようなたわけを、たといお使いの席でも。」
おとがめが来た。
十兵衛さま百叩き。
見せしめに二つ三つ叩かれて、それがもとであったか、年のうちに死んだ。
「てやんでえ、おらを叩け。」
しょんべんげんたはうそぶいて、ひつぎにとりすがって泣く。
「おめさまだけが、まともに扱ってくれた、だのに。」
という、
「けえ、あたりめえだ。」
人はつばを吐きかけた。
三月たったら、頭丸めて、しょんべんげんたが歩いている、やせたふうで、行儀はいいし、どうしたと聞いたら、
「お山へこもって来た。」
と、神妙に云った。
大げん寺の修行道場にいたという。
「そりゃおめえ酒も飲まず、女も断って、かゆとそれなんてった、一汁一菜のお精進だ。」

「ふーん。」
「そりゃもうちゃんと座って。」
人は珍妙な顔をし、それからさすがしょんべんげんただ、やるなと云った。
はて、その坊主頭とっつかまって、たたき出された。
辻のよしたんとこへ夜這いに入った。
「しょんべんげんたも、改心したってえんじゃねえのか。」
「改心したで、こうしてもって殴られっぱなし。」
殴られたって、毛がねえんじゃ怪我しねえか。
ばかったれ、しょんべんきんたまちょん切ってやろうか、くそみそ云われて、へーらり笑ってる。
そんでもって托鉢行脚に出たという、
「なに。」
感心したら、夜這いのかかと道行き、
「だってもさ、坊主頭めんこいっていった。」
のち、川にはまったと聞こえたが、
「なに、やつが死ぬわけねえや。」
とみな云った。



女幽霊

とんとむかしがあったとさ。
むかし、すがの村に、女と子供が、母子であったろうが、行き倒れになった。
物貰いしたり、宿を願って歩くのを、だれかれ知らんぷりして死んだ。村外れに、石のっけてほうむった。
十年たって、忘れたころに幽霊が出た、ふわっと触れて来る、ぞっと寒気して、
「たしかに行き倒れの。」
母子連れというより、若い女であったりする、
「まあ仕方ねえ、おらたち見殺しにしたで。」
といって、どっか坊主雇って来て、お経あげた。
そうしたらなぜか真っ昼間出る、
「うらめしや。」
にったり笑んで、美しいったら、どっちが親かもわからん二人連れ。
影は見えぬし、やっぱり幽霊か。
あたりしーんとなって、雀や蝉の声や聞こえずなる。
とっつかれて、あとついて行った男がいた、十日いなくなって、ひょっこり現れて、おのれも幽霊みたいなって、なーんも覚えていない。
いくたりもいた。
こりゃおおごとだ、どうしようといって、よしぞうというのっぺり面がいて、
「おれはあの幽霊に惚れた。」
といった、
「どっちがどっちだかよくわかんねえけど、命吸われたってもいい。」
という、
「ではおめえまかれ。」
といって、昼も夜も張り番。
「おまえか、あたしに惚れたって男は。」
と、声がする、
「惚れたって男は。」
二重に聞こえて、二人立つ、
「そうじゃわしじゃ、どうにでもしてくれ、でも二人ってのは。」
「ふっふっふ、どちらがいい。」
どっちも同じように見えて、
「おれってやっぱ年増がいいかな。」
といったら、年増のほうがにいっと、とっついて来て、気がつくとよしぞうは、幽霊の影法師になっていた。
「じゃおまえもがんばりな、わたしはお先に。」
といって、幽霊が人になって行く。
「あたしの方が若くって、ずっと美人だのに。」
若い方のは、うらめしく消える。
命吸われてもいいって男は、あと現れなかった。
お地蔵さまに、赤いぼろきれが、お袈裟のようにかかって、若い坊さまが、
「なんまんだぶつ。」
と、手合わせた。
「いつか行き倒れの、成仏しきれぬ女が、お地蔵さまの大慈悲によって。」
という、
「たとい物貰いも人の子じゃ、むげに追い払ってはならん、報いがあるぞ。」
説教してもって帰って来たら、美しい若い女が待つ、
「おかげさまにて成仏できました。」
といって、
「あたしは幽霊に生まれて、大きくなって、お嫁にも行かず。」
という。
はてどうなった。
いつか痩せ細って若い坊さま、見る影もなく。
つばめ土食ってしぶいとさ。
柳かげが揺れて、こう聞こえ、
「命吸うだけだで、若い女はだめなの。」
「でもさ、影法師くっつけて、人になったってつまんないし。」
「それもそうか。」
という、
「体失せりゃ、行き倒れもひもじい思いもない。」
でもって二つ幽霊になって、まもなく消えた。
幽霊って、人のうしろめたさが寿命なんだってさ。



ひんのーげの花

とんとむかしがあったとさ。
むかし、おさか村に、ひんのーげという、つる草が生えて、むらさきに咲く。
ひんのーげを煎じて飲むと、ぐっすり眠れる、腹痛にも効くといったが、きよすという人が来て、
「これは、世にも珍しい知恵の、若返りの妙薬じゃ。」
そう云って持ち帰ったが、何年かして、
「ひんのーげを買をう。」
という、目つきのよくない男が来て、けっこうな値で、村中もって取りあさり、ひんのうげも、似たような紫も、根っこぎなくなった。
ある年、ひんのーげがぽっかり咲いた。見つけたのは、べいちゃという、七つになる、鼻たらしの子だった、
「一両になるってけど。」
といって、でも食ってやる、つるも葉っぱも花も、根っこぎ食った。
どっぱり鼻水が出て、
「えれえもの食った。」
といって、三日も寝込んだ。
鼻たらしがすっきり、べいちゃは歩いて行った。
ものはみんな忘れて、
「べいちゃ。」
という、鼻たらしの仇名だけ覚えた。
そのまんま歩いて、村を抜け、町へ出たのか、ふうらり人の軒先に倒れ込んだ。
助け上げられて、
「なに腹へった。」
まんま食わされて、それから、名前も覚えぬのを知って、
「天の申し子じゃ、うちの子になれ。」
という。
それが女のべべ着て、きれいなおねえさんの、お付きして歩く。
どういうこったなと、うんまいもの食えるし、可愛がってくれる、いついた。
ある日、かんざしがなくなった。
「たいへん、なんとかさまに貰ったお品。」
という、
「水桶のそばにあるよ。」
と、べいちゃがいった。
ほんとうにあった。
失せものを、当てた。
「あの人どうだろ。」
と心配するのを、
「どろぼうしてる。」
べいちゃがいうと、いい若旦那が、お店のものくすねていた。
「へんだあたし風邪っ引き。」
「死ぬよ。」
どきっと当たったり。
べいちゃは、ちよという女の子であって、いやで逃げ出したら、いくまつというおねえさんが追って来た、
「かしこいのにさ、逃げるのはへた。」
といって、おいしいもの食べさせ、抱きしめて、おっぱい押しつけて、
「男の子ってこと、わかってるの。」
といった。
べいちゃは切ない、変な気持ちになって、それから真剣に逃げた。
「おっかあじゃなくって、おねえさん。」
逃げて引っ返す。引っ返しては、そうして逃げた。
神社があった。
引き開けて宿った。
がらんと鈴が鳴って、お参りする、
「子がいなくなった、おおかみさまどうか捜しておくれ。」
という、
「迷子になって、北畑の杉の下に寝ている。」
べいちゃが云った。
「そうか。」
すっとぶ、しばらくして、
「いた、ありがとうございます、ほんのこれは。」
といって、ぜにをおく、
おおかみのお告げになって、暮らした。
見えたり、見えなかったりする。
おおかみが来た。
鼻を寄せる。
恐ろしかった。
べいちゃはおおかみになった。
夜中を走る。
がらんと鈴が鳴って、
「あたしのちよを捜しておくれ。」
という、
「ちよはいない、べいちゃならまんまえ。」
べいちゃはいった。
「べいちゃって何。」
あたりを見回す、
「おおかみのにおい、おそろしい。」
いくまつは去る。
もう一度来て、法外なお金が置いてあった。
「出て行けということだ。」
べいちゃは、おおかみに別れを告げた。
そうしてどこへ行った、べいちゃのすけという、お小姓頭になって、戦にも行き、ずいぶん羽振りもよかったとか。
いくまつが年で、足腰が痛む、目もよう見えず、だれいい湯があるという。
主は、身の上話も聞く。
湯治にでかけて行った。
背中を流そうかといわれる、流しながら、
「たいてい治る。」
といった、
「いくまつおねえさん。」
「どうしてあたしを。」
「そのおっぱいに、わしは抱かれたっけが。」
といった、
「だれであった。」
鼻たれであったのが、急に若々しく、
「ちよ。」
たくましい男が、
「あたしが若かったらおまえを、ああ悔しい。」
いくまつは云った。
「わしはついに故郷も知らず、母とも思い、恋い慕い、そうして。」
といって、お椀をもって来た。
むらさきの花が浮かぶ。
いくまつは三日も寝入った。
初々しく若返って目覚め。

2019年05月30日

とんとむかし36

田安神社縁起から

とんとむかしがあったとさ。
むかし、日色村の重兵衛の娘に、たがとそねという姉妹があった。
双子であったか、二人とも、人には見えぬものが見えた。
人並みの幸せはあきらめて、田安神社の巫女さまになって暮らした。
たがは、急に男を狂わせるような、そねには後光がさして、とつぜん美しくなる、過ぎるとただの人だった。
二人はたった一度、村を出て旅をした。
お殿さまがはなれを新築して、神主を招んだ、位の高い神主が行くのだが、田安のたがとそねという、お名指しであった。
三日の旅であった。椎谷の川をわたって、十村を過ぎ、石沢の町から、ひなし山を越えて行く。
むつの村には、田安神社の分家があって、そこへ泊まる。
しいやの渡しに乗ろうとすると、たががいやじゃといった、
「舟が流されて。」
と云って、あとだまっている、
「流されてどうなるの。」
「自分のことはようもわからん。」
「でも渡しに乗らなくっちゃ。」
たがを押し込むように乗り込んだ。流木があった。よけたはずが、底に沈んでごつんとあたった、枝がはねて、たがの袖をひっかけ、
「あら。」
といって、
「だからいやだと。」
恥ずかしいと、急に美しくなる。
岸へついたら、商人とおさむらいが、名告りを上げた。
ぜひ嫁に来てくれという。
逃げ出して、たがはいった。
「おさむらいは、風邪を引いて死ぬ、商人は女狂いして、店をほうり出される。」
ただのたがだった。
「わかるわよ。」
そねがいった。
「お姉ちゃんがお嫁に行かないからよ、行けばさあて。」
たがはぎろりと睨んだ。
「あたしたちは影。」
という、
「磐舟の重きかじさを取りて行け月の光もよしやあし草。」
それは田安神社の、石の舟にまつわる歌であった。
「なんで影なのよ。」
「日が当たらないから。」
「そうだろうか。」
といって、旅でなければ二人めったに喋ったりしない、だから楽しかった。
亀がはって行く、さんの村から、いつの村へ行くとそねがいった。
「さんの村に火事がある。」
でもそれを知らせたって、だれも信じない、
「おじいさんがとなりの家に火をつける。」
そう云ってたがは、
「あたし今なにか云った。」
と聞く。
そねはかぶりをふることにしていた。
「おじいさんがとなりの家に火をつける。」
二人はさんの村へ行った。
老人がいた、
「となりがおらちへ来る嫁を取った、にくい。」
と云う。
「火なんかつけたらいけん。」
観音さまのように、後光がさす。
老人は手を合わせた。
「うそになった。」
「でもよかった。」
二人はいって、その夜を、分家の田安神社に宿った。
別の名を岩船神社といって、社には小高い山があって、石の舟が祭られていた。
この世に現れたとき、石の舟には、二人の姫が乗っていた。
それは伝説であった。
「たがとそねよ、二人石の舟を漕げ。」
と聞こえる、二人同じ夢を見た。
あした堂守りに云うと、
「わしは神に使える日の浅うして、ようも知らぬが。」
といって、社の洞穴へ案内した。そこに入って急に二人は倒れ、息はしていたが心は失せた。
堂守りは社を閉ざして、見守った。
石の舟が飛ぶ。雲をわけて飛んで行く。戦があった、叫び上げて、弓矢が飛び槍がぶっちがう。よろいかぶとの真ん中に、石の舟は下りた。
「お止めなさい。」
たがが云った。
「さもないと、石の舟が押しつぶす。」
そねが云った。
「ここより西をわきた。」
「東をこうだ。」
石の舟が光った。
戦は終わった。
石の舟は去って、ひなし山の頂きに舞い降りた。
千年の間そこにあった。
時に舞い上がって、十の村の日をさえぎる、ひでりのときと、何か起こるというとき、かぎろいを見て、人は心をただす。
「ひなし山の由来を、なんであたしたちが。」
十の村はかつては六つで、時を刻んだというが。
石の舟は天に返った。
たがは天の花になり、そねは天の稲穂になった。
お城に亡霊が住み着いた。
殿さまにとりついたか、そうではなかった、奥方にとりついた。
孕み女をさらって来て、腹を裂いて、胎児を食うという。
たがが金縛りして、そねが口から指をつっこむと、一匹のこおろぎが出た。
石の舟に、巣食っていたもの。
月の光にりーんと鳴いた。
田安神社の洞穴に、おさむらいが来た。
「とのさまが招いた巫女二人、行方不明じゃ、尋ねあてると、どうやらここに姿を消した。」
という。
堂守りは拒んだが、さむらいは刀を抜いて洞に入る。
二人の体があった。
「はて面妖な。」
「石の舟に乗っていなさる。」
たしかに台座ばかりあって、石の舟がない。
「ふうむ。」
といって、待つには待つ。
たがとそねは、石沢の町へ来た。
見染められてたがは、米問屋に嫁ぎ、請われてそねは、材木問屋に嫁いだ。
さやさや鳴り笹に繁盛しと、米問屋は笹の紋。
うぐいすはホーホケキョ金のなる木といって、材木問屋は鶯の紋。
たがは男の子を生んだ。
そねは女の子を生んだ。
二人の子が夫婦になって、笹に鶯の一つ家になった。
とつぜん火が出た。たがの子もそねの子も行方知れず。二人抱き合って泣いていると、おさむらいの声がした。
「戻って来い、殿さまがお待ちかねじゃ。」
「大切なあたしたちの。」
と聞くと、さむらいは、
「これじゃ。」
といって、旅の荷を手渡す。
「そうじゃなあ、大切なものはこれ。」
と云って、二人は旅立った。
代ゆずりして、お殿さまは奥方と、はなれ屋敷に住まう。
「よしなごとが起こったり、奥にとりついたりする、田安のたがとそねを招け、ということであった。」
お殿さまが云った。
二人はぬさをとった。たがは東のはしに、そねは西のはしに立った。
「これは石の舟。」
「そうではない、石の舟のかげ。」
とつぜんたがは、草の花になった。そねは稲穂になった。
「いはふねのおもきかじさをとりてつきのひかりもよしやあしくさ。」
と聞こえた。
お払い終わって、新しい木の香り。美しいはなれ屋敷だった。
世の中に、わざわいの消えることはない、姉妹は思い、
「あたしたちには。」
「人並みの幸せはむずかしい。」
ずいぶんのお金は、田安神社に納めるべく、帰って行った。
殿様小判というて今も残る。



嫁なしひよ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ゆうが村に、ひよという怠け者がいた。
なんにもせんけりゃ嫁も来ん。
ある朝、
「ほーほけきょ、たからはさやさや笹のやぶ、ほーほれ。」
と、うぐいすが鳴いた。
くわを担いで行って、ひよは掘ってみた、どこほっても笹のねっこで、汗水たらして、疲れたきり。
「ばかめが、あーあつまらん。」
といって帰って来たら、ぼろを着た、汚い女の子がいた。
「いらん出て行け。」
と云ったら、
「あたしが宝。」
女の子が云った、
「きっと部屋が百八つもある、お屋敷に住める。」
「ほんとうか。」
「だからまんま食わせて、あーかいべべ着せておくれ。」
と云った。
ふーんそんならそれでいいかと、ひよは、汚い女の子を風呂へ入れ、まんま食わせて、赤いべべも買ってやった。
そうしたら、
「天にとうろり、
火の星は、
流転三界、
笹小舟。」
ぴーとろと歌って、いなくなった。
なんのこったって、もうそれっきり。
いい子いたけど、ちいっと鼻が反ったと云ってるうち、他の男にさらわれた。怠けていたら、おらまかってやると強欲余市いって、一枚二枚と、田んぼ取られたり、ひよは旅に出た。
「どこ行ったって、ろくなこたねえけど。」
それでもと云って、出て行った。
そんで、ろくなこたなくって、あるとき山越えに、とっぷり日が暮れた。
おーんと狼が吠える、向こうにぺっかり、赤い星が出た。
「あーあ村にいりゃよかった。」
と云ったら、灯が見えた。
よって行くと、立派なお屋敷だった。
「おれのようなもな、泊めてくれそうにねえ。」
とひよ、ぎいっと大門が開いて、いかめしい門番が、
「お帰りなさりませ。」
といった。
美しいお女中が、おそろいの笹の振り袖着て、出迎える。部屋が百八つもあるお屋敷の、夢見るような、それはもう夢であろうが、なぜかひよは主であった。
いいにおいのする風呂へ入って、お蚕ぐるみ着て、朱塗りのお膳に食べ、酒を飲んでいると、ひよの袖にこおろぎが一匹止まった。
こおろぎが、
「ここに住みたくば、三つのうち一つを選べ。」
と云う。
「一つ、お女中のうち気に入った子と夫婦になる。一つ、食べたお膳を洗う。一つ、この屋敷に火をつける。」
過ったら、わしのようにこおろぎになると云った。
過ったっていい、美しいお女中と夫婦にといって、ひよは見回した、いずれあやめかかきつばた、
「一人を選ぶなんてとっても。」
だれか夫婦になると云ってくれと、
「さんさ金ねの、
しぐれ笹、
星はくうらり、
しろがねの。」
お女中たちは、手振り歌う。
「東へ行くは、
あけがらす、
西へ帰るは、
都人。」
あとをかたずけ、床を敷く、
「食べた器を洗おう。」
ひよは台所へ行った、男が入ったらいけんて、おれはいつもそうしていた。
こおろぎがとぶ、
「怠けものはこおろぎ。」
立派なお膳は、拭っても拭って。
さーやと廻り笹むらに見え、なんとお蚕ぐるみのすそに、かまどの火がついた。
「うわ。」
燃えひろがる。
ひよは、身一つに逃げだした。
お屋敷はごうっと燃えて、赤い星になって失せた。
「そうか夢か。」
ひよは寝入った。
目を覚ますと、ぽったり笹の露。
急に元気になった。
世の中見違えるような。
「おれは何をくだくだ。」
なんでもして生きて行こうと、ひよは歩いて行った。
町へ出た。
商人がいた。
仕事はないかと聞いたら、赤いのぼりと、薬の包みを出す。
「なんにでも効くし、まあたいていなんにもきかん薬だ、いい名前くっつけて売り歩け。」

といった。
「おまえが四分わしが六分。」
ひよは、笹に包んだ薬を、
「夢はすっきり、
赤い星、
万づ病も、
笹の露。」
といって売り歩いた。
ほんきに効いて、飛ぶように売れ。
もうかったって、
「薬九そう倍なんかいけん。」
といって、人が真似するころには、別の商いをしていた。
七転び八起き、決して飽きないのが商人、がんばっていたら、いい娘がいて、かかにならんかというと、うなずいた。
ひよは大喜び、いっしょになって商売をもりたてた。
年よってから、
「わしはむかし、しようむない男であった。」
というと、かかしわ一つなく、汚い女の子になったかと思うと、笹の振り袖の美しいお女中に、
「声をかけられなかったなあ、わしはあのとき。」
「いいえ、みんなあたし。」
と、かか、
「おまえさまも年取らぬが。」
といった。
二人死ぬまで若かったとさ。



武者修行の旅

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ひえのごうやのいつき村に、あたらなんとこなんという、兄弟があった。
あたらなんは、旦那さまの、美しいあよに惚れて、けんもほろろであって、
「村を捨てて、武者修行の旅だ。」
と云った。
こなんは、となりのかわいいみよと、いいかわす仲だったが、
「あんな兄をほってはおけぬ。待っていてくれ、一年もすりゃ。」
とみよに云って、
「待っている、いついつまでも。」
とみよは云って、あとついて行った。
「兄弟修行。」
あたらなんは云った。
「身をきたえ心をつよく。」
とにかくそういうこって、山深いところに、蛙文太夫という、たいした豪傑がいた。

「わしを打ち込むまで、修行とな。」
かえる文太夫は云った。
「一両出せば、打たれてやってもよいが、でないと一生かかる。」
豪傑は強かった、あたらなんがいくら打ち込んでも、屁の河童、こなんと二人打ち込んだって、どこ吹く風、
「仕方がない一生だ。」
兄が云った。
かわいいみよが、おばあさんになる、一両工面しようか、はあて兄はなんて云う、そうじゃ蛙には蛇。
青大将を、竹刀代りにしたら、
「もったいないことをするな、わしの大好物。」
文太夫は、そいつをどんぶりにして、食ってしまった。
「三すくみって、反対だっけか。」
あたらなんの竹刀に、なめくじのっけたら、
「ぶるぶる。」
溶けてちぢんだ、すかさず一本。
「わしはなめくじが大嫌いだで、蛙と名告った。」
参ったと云った。
「どんなもんじゃ。」
あたらなんは大得意、
「では次へ行こう。」
「行くんですか。」
武者修行の旅だ。
やっかみ権の神の神主が、槍をとっては天下無双。
「一手御指南お願いもうす。」
あたらなんが頼むと、
「弱そうなやつだ、三両で負けてやってもよいが。」
と云った。
「かえる文太夫を打ち込んで参りました。」
「あいつは一両、いざ。」
どうにもこうにも歯が立たん。
「一生かかっても。」
というと、
「かかに逃げられて、大いに困っておる、二人神子さまになれ。」
と云った。赤い袴はいて、二人神子さまやって、毎日槍をみがく。
「こんなさま、みよちゃんに見せられん、なんとかしよ。」
こなんは云って、やっかみ権の神の、逃げたかあちゃんを捜した。
「かくかくしかじか、なんとかしてくれ。」
「ひどいやっかみで、たまらずなって逃げた。そういうことなら。」
といって、かあちゃんが来た。
こなんとかあちゃんを見て、
「きいかあおっく。」
やっかみ権の神は、真っ赤に湯気立てて、突きまくる。
危うく逃れて、あたらなんが一突き、
「ようし一本。」
こなんが云った、
「女に目がくらむとは何事。」
「そういうこったな、六両がとこ損をした。」
槍の名人が云った。
「では次へ参ろう。」
と、あたらなん。
飽きるまでつきあうしかないかって、二人は、やらずのやわた原に迷い込んだ。
どこどう歩いたか、にっちもさっちも、
「武者修行だ。」
と行くと、お化けが出た。
べろうり舐める大舌、手足だけのや、首ばっかりや、ぶたの八つ頭、
「ぎひひひひ生きた人間。」
「久しぶりの御馳走。」
ふとんに目鼻が、くるまりかかる、
「くう。」
息ができん。
逃れたら、くらげぼわーり、うんこ小便垂れ流し、
「うわどうもならん。」
「なんとかしてくれえ。」
げたげたひいらり化物ども。
「手下になって一生稼げ。」
と聞こえた。
「忍術ねこもぐら。」
二人、初め入った所に立っていた。目の前に、へんてこな子どもの背丈がいた。
「わしらはまっちょうな人間だ。」
あたらなんが云った。
「そうかい。」
ぐうといって、兄はそば団子になった。
「おまえはどうする。」
「云うことを聞こう。」
「そうかい。」
あたらなんはねこに、こなんはもぐらにされた。
ねこは、人の屋敷に忍び込んで、小判をくわえてくる、もぐらはトンネルを掘って、きれいなお女中や宝物を取って来る。
小判三枚さらって来て、どっかおかめつれて来て、
「いいわよあたし忍術でも。」
と云うのを、
「悪いこったぞ。」
なんとしよう、二人は思案投げ首。
「もっと稼げ。」
忍術ねこもぐらが云った。
「でないとみみずにしちまうぞ、土食って肥やしになれ。」
「師匠は大忍術なのに、なんで子どもの出来損ないなんですか。」
こなんが聞いた。
「うるさい。」
「自分だけはかえられないんだ。」
「そんなことはない。」
「だったら、みみずんなってみせて下さい、わしら大反省します。」
「ふんようし。」
忍術使いはみみずになった、こなんはぱくっと食べた。もぐらの大好物。
もとのあたらなんとこなんになった。
「なんでうまかったんかな。」
みみずがって、こなん。
忍術ねこもぐらの財宝と、何十人とないお化けは、みんな美しい女たち、
「おかげさまをもちまして。」
人に戻れたといって、泣いて喜ぶ。
取りすがるのへ、財宝を分け与え、
「どうして半分ぐらい、いい女も。」
弟が云ったって、
「えへん。」
といって、兄は武者修行の旅。
こなんがくそたれたら、忍術ねこもぐらが、起き上がって、
「うわあくさい。」
忍術の力失せて、逃げて行く。
「ひええたまげた。」
「今度は、もっとましな修行を。」
あたらなんが云った。
よしやのご城下へ出た。久しぶりの町だ、きゅっといっぱい引っかけて、そうさ楽しい思いして、
「町道場がある。」
あたらなんがいった、
「一手御指南。」
やっつけられて、目が覚めりゃいいと、こなん、
「頼もう。」
「どうれ。」
ずっかり。
あたらなんは、どっと三人やっつけた。
次は師範代、
「へえ、自信ちゃ恐ろしいもんだ。」
とこなん。
師範代が一本取られて、
「これにてご容赦を。」
なんか貰ってるぞ。
「つっかえして来た。」
と、あたらなん。
「受け取ってくりゃいいのにさ、そうれ追手が来た。」
みんな繰り出す。
「あいや礼金などは。」
物も云わず、うってかかる。
「弱った逃げろ。」
と云って、手も足も風車のよう、こなんと、あたらなんと、ばったばった。
「ふうむ、どっかで身についたか。」
「武者修行のかいあった。」
あたらなんが云った、
「ではめでたくご帰還。」
「なんのこれしき。」
「へ。」
「わしらはどっちかというと、負けてばっかりであった。」
云われてみりゃ、そうだが、
「へっぽこ道場なんぞではなく、れっきとした。」
れっきとしたって、こなんはぶつくさついて行く。
北のいんばと、南のたんばが戦争だ。
「ようし手柄を立てて、一国一城の主。」
といって、勢い込んで行くと、かっぱ橋という川のたもとに、かっぱのような男が立った。
「加勢してくれ、われと思わんものを、集めている。」
と云った。
「どっちだ、北のいんばか、南のたんばか。」
「いんばの守の娘と、たんばの中将が、夫婦になって戦は流れた。」
と云った。
「それじゃおまえはなんだ。」
「いんばの娘を取り返す。」
どういうこった、
「一人五十両。」
「わしらはよこしまごとはせん。」
あたらなんがうそぶいた、
「よこしまはたんばの中将だ、娘をさらい取って夫婦になる。」
「なるほど。」
「戦を免れようとな。」
こなんは、兄の袖を引っ張った。
「やめとけ、夫婦喧嘩は犬も食わん。」
「ちがう誘拐犯だ。」
ゼニなぞはいらんという、では二人分百両もらったと、こなん。
いんばの守から、お輿入れが来た。
金銀にしきの幟を立てて、どんがらぴー、
「それあの輿だ、奪い取れ。」
「おかしいな誘拐犯なら、娘はたんばの中将の手元に。」
こなんは首をかしげたが、一人五十両は、喚声を上げて突っ込む。
「お姫さまを救え。」
切り合いの末に、しまいあたらなんとこなんだけになって、輿の人を奪い去って、
「よし成功だ。」
と、河童男が云った。
「あわせて百両、姫といっしょに行方をくらませ。」
「なんと。」
「色気違いのお姫さまでな、そんなもんといっしょになるより、奪い取られて平和ってのがいい。」
かっぱはざんぶと河の中。
「色気違いだと。」
「たんばの中将が計ったか。」
「この辺にいるの見つかったら、生きてはおられんぞ。」
「オホホホホ。」
美しいお姫さまだった。
「こりゃものすごい玉だ。」
あたらなんとこなんは、とにかくひっかついで走った。
野越え山越え、
「まずはこのへんで。」
「あれに見えるが、わらわのお城。」
お姫さまが云った。
「悪いようにはせぬ、たんばのばかせがれより、ういやつらじゃ、二人面倒を見る、さあおいで。」
いえ恐ろしいったら、
「ひーうわあ。」
逃げた。
「ものども出会え、誘拐犯じゃ。」
お城からどっと、繰り出す、
「ひっとらえて、つれておいで。」
命からがら、あたらなんが云った。
「こんなばかなことやっとられん、村へ帰ろう。」
そうこなくっちゃ、
「帰ってもういちど、旦那さまの美しいあよを。」
なんかこりない男。
かってにしろといって、村へ帰って、こなんは、待ちに待ったろう、みよのもとへ行った。
かわいいみよは、他の男とくっついていた。
「女なんかあてにならん。」
兄といっしょに武者修行じゃ、弱きを助け強きをくじきと云って、あたらなんのもとへ行ったら、兄は美しいあよとご満悦、
「とうとう、うんと云った。」
「ふーん。」
「お土産の五十両が効いた。」
そんじゃこれもやるといって、こなんは五十両置いて、武者修行の旅へ。



鬼塚

とんとむかしがあったとさ。
むかし、いそがみの、三郎右衛門は、代々続いた、旧家であった。
それが、子がもうからなかった。
子が欲しいと、先祖さまに、お参りすると、その夜の夢に、一匹の蛇がお墓へ、入って行く。
あとついて行くと、真っ暗闇が、とつぜん、日の当たる南国であった。孔雀という、お寺さまに描く鳥がいた。花に咲きみだれ、おいしい果物と、まっしろい猿がいた。
金髪のうねるような、それは妻であった。
青い目をした、人みな親切に、楽しい暮らしを、ー
目が覚めて、妻に話すと、
「おまえさまの目も、ふっと青く見えます、先祖さまは、遠い島からもしや。」
といって、笑った。
あくる朝、浜辺に舟が、打ち上げた。
見たこともない舟で、金毛に、青い目をした夫婦が乗っていた、まだ息があったのを、

「鬼だ。」
といって、見殺しにする。すると赤ん坊がいた。そこへ駆けつけた、三郎右衛門が、赤ん坊を抱き上げ、遺体は引き取って、葬った。
鬼塚と人のいう、塚であった。
赤ん坊は、三郎右衛門夫婦の子として、生い育ち、十のときには、もう大人なみの背丈があって、うねるような金髪に、青い目をしていた。
「鬼ん子。」
といって、石をぶっつけられ、いじめられのを、一人の腕をへし折り、もう一人は半殺しにした。
三郎右衛門がしかると、村をあとに、行方知れず。
夫婦は、食べものや着るものを、鬼塚の前においた。
それはなくなっていた。
村が襲われたり、よしぞうの娘が行方知れず。
やっぱり、鬼の子であった。
またぎが鉄砲をもって、山狩りする。
三郎右衛門は、舟をこさえて、浜辺においた。
水や食料も積んでおくと、三日のちになくなった。
それが、さほど遠くない浜に、押し上げられた。
鬼の子と、よしぞうの娘が、死んでいた。
三郎右衛門は、二つのなきがらをほうむった。
三郎右衛門家は絶えたが、鬼塚は残る。
お参りすると、いい子が生まれたという。

2019年05月30日

とんとむかし37

大根かあちゃん

とんとむかしがあったとさ。
むかし、あいとんぎ村の、ひるとんぎのかあちゃんは美人であって、用をいとうってわけではなかったが、たいてい寝てばっかりいた。
野良から帰って、飯だっていうと飯があって、もう寝ていた。
「食うまも惜しんで寝てるから、美人なんだ。」
「美人でない。」
かあちゃんは云った、うっふうまっしろいきりの、
「大根のお化け。」
すうすうかあちゃんは、寝ていた。
ひるとんぎは鮭もろうて来て、大根と煮て、共食いだといって、かあちゃんと食った。
その夜の夢に、かあちゃんがすたすた歩いて行って、にっと笑う、
「畑へ帰るのか。」
「あたし、共食いなんかいやだし。」
かあちゃんはいった。
「でも鮭と煮て食うとうまいだろ。」
「おいしかったけど。」
といって大根になった。ひるとんぎは、
「やっぱりかあちゃん。」
といって、引っこ抜いて来た。
「そうお。」
それ聞いて、かあちゃんは云った。人の悪口も云わねえようだし、たいていものは三日もかかったし、
さるとんや大尽で、家を建て替えた。
えれえ立派なお屋敷が、なんでか知らん、新屋敷に住むと、死ぬんだという。
十日ばかし、人に住んで貰うたらいいと、八卦に出たそうの。
「新屋敷よごさねえ、きれいな人。」
というんで、ひるとんぎのかあちゃんが頼まれた。
「お礼に浴衣やるで。」
という。
そんでかあちゃんが、浴衣着て寝ていたら、こわーいものが現れた、
「家には恨みがある、これうわ。」
でもかあちゃんは寝ていた、
「なんとか云ってくれんと、とっつかれん。」
三晩続けて出たら、かあちゃんが起きた、
「とっつこう、浴衣姿の、まっしろう美人にな。」
ばけものがいった、
「あたしは大根。」
かあちゃんがいうと、ばけものが大根になった。
大根に浴衣かぶせて、気味悪くてもういられんと云って、帰ってきたら、さるとん大尽から菅笠が届いた。
かさが浴衣着て寝てたとさ。
「汚い忘れものは返す、十日いなかったから、浴衣はやらん。」
と云った。
菅笠神棚にまつったら、次々いいことがある。
さるとん大尽は傾いて、ひるとんぎ長者。
主の神さまが引っ越した。果報は寝て待て、すげがさに浴衣着せた、お祭りがあったとさ。



化けの皮

とんとむかしがあったとさ。
むかし、三郷村に、さんずい吉野というおさむらいがあって、あるときお殿さまから、
「奥が病である、二人とはいない美しい奥方だ。」
と云って、
「聞くところによると、しらぬいしんの滝つぼにかわうそが住んでいる、その化けの皮を取ってまいれ、よろず病に効くそうじゃ。」
と申される。
さんずい吉野は、旅装束して、大小さして出かけて行った、となりのばあさに留守を頼んで、
「いつけえる。」
「一月だあな。」
「そうけえ、嫁っこつれて来るだか。」
と云った。
「さあな。」
でもって、山二つ越えたところに、さんがめ神社があって、さんずい吉野は、お役目首尾よう果たすよう、祈願した。まいない納めて、団子を食った。
団子が一つ転がって、
「わしの団子。」
あと追いかけたら、緋袴履いて、巫女さまが立つ、
「おみくじはどうじゃ。」
といった、
「おまえ団子か。」
「なら食ってみるか。」
にっと笑う。吉野はおみくじを引いた、大凶と出た。
「返り打ちにあって死ぬとある、これじゃ困る、なんとかしてくれ。」
「ではいま一度引くか。」
引いたら、今度は吉と出た、
「犬も歩けば棒に当るとある、これならいいか。」
巫女さまもうかっただけだ、といって行くと、
「どうだおらもらわねえか、吉だで。」
巫女さま追っかけた。
「もう年だで、考えねえとな、あっはおまえさまもいいかげんじゃが。」
「わしはお役目の旅じゃ。」
犬も歩けば棒にあたるたって、吉野は逃げ出した。
はてな、わしはなんで嫁いねえんかと。
それよりかわうそだ。
奥方さまなんの病だか、きっとお医者さまじゃだめだ、なにしろ化けの皮だ、吉野は先を急いだ。
十里歩いて、かただのさんもん屋敷へ泊まった。
さんもん屋敷は鉄砲打ちで、やっぱりお殿さまの御用をつとめる。
鉄砲をかまえた、
「なにをする。」
一刀にと、
「おまえさまつきものがある。」
主がいった、
「空砲をうつ。」
とっか-ん音がして、なにものかふわあと外ける。
「どうじゃ。」
「うんすっきりした。」
でもってなにがとっついた、
「お内儀さまは達者かな。」
鉄砲うちが聞いた、おないぎとはかかのことだ、
「うんまああいかわらずさ。」
「それはなにより。」
そうか、嫁さがしという、となりのばばからして、もうおかしくなって、
「で、かわうその化けの皮とは、どういうものかの。」
吉野は聞いた。
「さよう、まあ並みの者ではとれんの。」
鉄砲うちは云った、
「わしも何度か挑んでみたが、片足を失い、化かされて、一年も阿呆をやっておったわ。」
ふうむ、聞こえた豪の者がと、吉野はどっきりした。
「それが奥方さまの病に効くというのか。」
「ふむ。」
わしは加勢せんぞ、鉄砲うちは云った。
「ようもわからん。」
天井を向く。仕方がない、さんずい吉野は一人ででかけて行った。
しらぬいしんの谷は、鉄砲うちに聞いたとおり道をたどって、突き当たりにほこらがあった。
「そこにかわうその皮がある、なんだったら、それひっかついで帰れ。」
と、かわうその皮らしいのがぶら下がっていた。
餅を供えて願う。
翌日もちが失せていたら、しらぬいしんの谷へ入ってもいいという、供えた餅がなくなった。
「おっほっほ。」
笑い声。
二つ山の巫女さまだった、
「せっかくかかさまにと思ってついてきたのに、足の早いお人、やっと追いついた、お腹が空いたでお餅もらう。」
といって平らげる、
「そうか、見ようによってはめんこい。」
わしもここらで年貢の納め時か、吉野は思った。
「このあたりはへた入ったら出られぬ、わたしが案内しよう。」
巫女さま先に立つ、
「ここの生まれじゃ、首尾ようお殿さまの御用をはたして、夫婦になろう。」
川があった。
むこう岸に温泉が湧く、
「あれがかわうその湯。」
巫女さまいった。
かわうそがひたりに来る、そやつを捉まえて、宙吊りにしておくと、親分が取り返しに来る。
よしといって、女ではとうていわたれん、吉野は川をわたった。温泉にひたって待った。
すっぽんがいて足へ食らいついた、
「こいつをえさに。」
と、すっぽんを吊るした。
そうしたら、頭の禿げ上がった、でっぷり親父がきて、
「すっぽんをくれ。」
という、
「いいよ。」
いいざま、吉野は切りつけた、
「ぎゃあ。」
悲鳴が上がって、人の大きさのかわうそが逃げる。川へはまってそれっきり、あとに腕が一本。
そいつを吊るして待ったが、現れん。
巫女さまが、しらぬいしんの知らずの谷を案内する、
「わたしだってようも知らん、でも化けの皮とるには、行かずばならん。」
といって、二人は入って行った。
熊が襲ってきた、すんでにかわして、巫女さまがかわうその腕を投げた。
腕はぬうっと伸びて、うわばみになって熊をのす、
「しらぬいしんはかわうその里、くまごときに。」
と聞こえ、かわうそが腕を拾って去る。
「あとついて行っても、ばけの皮はなかろ。」
吉野はいった。
「そうだの。」
道は三方に別れて、突っ立っていると、白鷺が舞い降りて、
「しらぬいしんのお祭り。」
といって、西へ行く。
西へ行った。
町があった。
どんがらぴーと笛や太鼓に、美しい女たちが踊る。
にぎやかな通りをかきわけ行くと、立派な門構えに、人が出迎える、
手を取って案内する。
座敷に人が居並んで、赤いしきもの敷いて、吉井と巫女さまは座った。
祝言であった。
さかずきを取る。
「三世ちぎりの、
めでたや、
ささが、
浮き世のさ、
おっほう化けの皮。」
雄蝶雌蝶に二人飲み干す。
気がついたら、はあてどうなった、花嫁と花婿は、からくり人形になって、これは祭り囃しの、屋台のてっぺんにいた。
練り歩いて行く。
赤い舌をちろりと出して、花嫁、
「流転三界きつねとたぬき。」
「法界三世化けの皮。」
目吊り上げて、花婿。
ほうほう、どっこい。とつぜん仕掛けが外れて、二人けし飛んだ。
さんずい吉井は気がついた。
かわうその化けの皮を取ってこいとの、お殿さまの御用、はあて真っ暗闇。
「ほう。」
と呼ぶ、
「どうしたおさむらい。」
声に向えば、反対がわにほう、
「かわうそは化かすか。」
しーん。
「化けの皮ってどんな代物だ。」
「かわうその皮さな。」
「はっはっは。」
「わっはっは。」
八方に笑う、
「剥いで取ってみろ。」
「そうするか。」
かわうその化けの皮で、美しい奥方の病が治るか、刀を振り回して、吉井は馬鹿らしくなった。
眠くなって寝た。
あしたになったら、腕のない大かわうそが死んでいた。
ひきずって行って、皮を剥いでもらった。
「ばけものかこやつは。」
「へい、こんなでかいのは見たこともねえです。」
「手厚く葬ってやってくれ。」
吉井は過分に包んで、剥いだ皮を持つ。
来た道と思ったのが、いつかけわしい山中であった。
雪の山。
どうしたことだこれは、
「祝言の相手が、待ちぼうけだ。」
ひっつかんで巻き上げる、うわばみになったかわうその腕だ。
放り出され、巫女さまがいた。
「せっかく夫婦になったのに、なぜ。」
「かわうその化けの皮を手に入れた、もう帰る、女房もいた。」
吉井がいうと、
「そう。」
花嫁が云った。
「じゃその皮をお見せ。」
包みを開くと、
「これは、雪晒しににないと。」
という、
「へたすりゃくされる。」
そうだなといって、化けの皮を雪の辺にさらした。
「祝言の、」
と、巫女さま、
「あらあたしじゃまずい。」
おっほと笑って、におうように美しい奥方さま。かつてお目もじしたことがある、吉野はへいつくばった。
「雪晒しができた。」
涼しい声がして、化けの皮がまっしろになる。
「こっちへ。」
「はい。」
奥方さまに手渡すと、その手は吉井を取る。
化けの皮は消え、ー
吉井がまっしろい化けの皮になって、それを取る奥方さまが、吉井になった。
「お役目ははたした、では届けよう。」
そう云って山を下る。
さんもん屋敷の鉄砲うちが待つ。
ど-んとうつと、たしかに手応えがあって、ふわっと消えた。
「うーむ、ではこやつが。」
まあいいか、化けの皮が手に入ったといって、そやつを鉄砲うちは、お殿さまに献上した。
化けの皮は何かを分泌した。
それを服んで奥方の病は治る。
もしかそやつー



かえるの眼鏡

とんとむかしがあったとさ。
むかし、たらだ村の三郎、仕掛けたわなに、なんか知らんお化けがかかった。
こりゃ、食えそうもねえと云ったら、
「青葉の仙人だ。」
と云った。
「ひでえことをしやがる、たたるぞ。」
「仙人だと、うんだば外してやるで、なんかくれ。」
三郎が云うと、朴の葉っぱを丸めて、さしだして、
「かえるの遠眼鏡。」
といった。
わなを外すともういなかった。
朴の葉っぱに三郎が覗くと、極楽が見えた。蓮の花が咲いて、夢のように美しい人が行く、かりょうびんがの鳥が歌う、
「ふええ。」
といって、もう一回のぞくと、地獄が見えた。
鬼のさすまたに貫かれて、血の池や、針の山に追い上げられる亡者、わめき狂う、ねえなったおとうと思ったら、そりゃ三郎だ。
ぶったまげて、それっきり。
あくる朝のぞいてみたら、ただの風景。
もう一回のぞくと、なんにも見えん。はあてなと思ったら、それっきり三郎は、目も見えずなった。
かえるのめがねといって、葉っぱ丸めてのぞく、
「明日が見える。」
といって、子供の遊び。



三つの宝

とんとむかしがあったとさ。
むかし、水戸のお宮には、三つの宝物が奉納されていた。
青い珊瑚と紅い玉と雲石である。
いっとうや村に、しんがやという若者があって、きよという美しい娘に恋をした。
言い寄って、夫婦になろうというのへ、娘の親はお大尽で、青い珊瑚を取って来たらと云う。
それはできない相談てこと。
時に浜に打ち上げる、ほんのかけら。妖しく見入る瞳のような、竜宮のお使いのような、この世ならぬ、お宝。
「かけらならひょっとして。」
しんがやは必死になって、捜した。
浜をさまよい歩いて、行方知れず。
きよは物持ちの家に嫁いで行った。
あるとき漁師の網にかかったという、夫が大枚を出して買い上げる、それは青い珊瑚だった。
きよが取った。
美しい。
見入るうちに、手が浮かび上がる。
人の白骨が。
他の人には見えずに、きよはしまい狂って死んだ。
青い珊瑚は、持ち主が変わり変わり、水戸のお宮に奉納された。
紅い玉は、さ-るけの山のはなれ屋敷に、二人の美しい娘がいた。
水晶の玉を持っていた。人の宿世が映るといって、占い商売をして、ずいぶん当たって、二人男狂いして、派手な暮らしぶりだった。
「わたしも年老いる。」
姉の云った、
「このままでいようには、なんとすりゃいい。」
妹が云った。
占ってみようとて、玉に手をかざすと、
「あした貴人が来る、その肝を食らえ。」
という。
「貴人とな。」
「たっとき命のつぎ穂。」
あくる日、まだ少年といっていい、美しい若者がきた。
肝を取るか、
「二人物狂いしつくしてそのあとに。」
「さようじゃ。」
と。
とつぜん若者は龍になって、天駆ける。
龍の炎に焼かれて、山のはなれ屋敷は、燃え落ちた。
あとに紅いの玉が残った。水晶が変化したという。
人血を吸うものといって、水戸のお宮に奉納された。
雲石は、水盤に入れると、霧を吹いて雲のわくようになる。
でとのお殿さまが狩りの帰りに、田舎屋敷に立ち寄った。しこめというにふさわしい女が、茶を出し、手料理を出してもてなした。殿を迎えていかにもうれしそうなしこめが、心に残った。
「あれなら奥もりんきを起こすまいて。」
狩りの帰りや、遊び女を引き連れたりして立ち寄る、たんびに酒もよく、料理もよくなり、あっけらかんとして、変わりなく。
「しこめというは、この世の宝。」
殿は、奥方のかつての着物を与えた。しこめは大喜びであった。舞うてみせろといったら、かぶりを振った。
強いて酒を飲ませて、舞はせたとも、すばらしいものであったとも聞こえ、奥方のりんきに触れた。
ある日お殿さまが来てみたら、田舎屋敷はがらんどうでだれもいず、台所にすすけた石があった。
しこめが石になった。
そういって、すすを払い水にひたすと、霧が雲のように吹いたという。
奥方が石にもりんきして、お宮に奉納したなと。
水戸のお宮に猿が出た。
お供えに手を伸ばす猿に、三つのお宝がとっつく。
青い珊瑚は角になり、紅い玉は一つ目、へそには雲石。恐ろしい化物になって辺りを歩く。
「地獄のお使いじゃ。」
と人は云った。
そうしてもって、行方知れず。



十三仏さま

とんとむかしがあったとさ。
むかし、しんご村の、よそうべえどの、いまわのきわに、坊さまが、十三仏さまの話して、初七日から三十三回忌まで、各おすがりもうす仏さまがある、
「まずはお不動さま、そうしてお釈迦さま。」
「そんなんより、」
と、よそうべえどのがいった、
「きれいどころ十三人でも、頼んどいてくれ。」
この罰当たりめがというには、もういくばくもないし、お布施もあることだし、
「ようまあ手合わせなされ。」
と坊さま云って、あいよとよそうべえどのは、どっか幸せそうに手合わせて、大往生した。
よそうべえは旅装束で歩いていた、手甲脚伴はいいが、富士山にでも登るのかな、白い着物着て、六根清浄、えいなんだこの三角の布切れは、捨てちまえといって行くと、やけにだだっぴろい河だ、変な婆さまがいて。
「三文払え、渡り賃だ。」
と云った。
「けちなこというな、ほれ。」
一両出して、舟を廻せと云った。
「向こう岸は新戸だな、おきゃんで知られた鉄火芸者。」
「ふいっひっひ、銭の分だけ夢見るけ。」
婆さま云ったら、舟がついた。乗り込んでよそうべえは、賑やかな夕暮れの町、脂粉の香りが漂う、ひたち屋とあって、池にはお不動さん、
いよっと声かけて、入って行った。
「おこんはどうした。」
「あれどなたさま。」
「川向うのよそうべえだ。」
「あい、よそうべえさまお着き。」
火事出してばっかりの新戸は、お不動さまお祭りしたら、ぴったり納まった、おこんねえさんの発明だ、お賽銭も上がる、
「おやまあ、おまえさまのうなったってお聞きもうしたが。」
えらいばあさま出る、
「このとおりぴんぴんしてらあ、おこんねえさまどうした。」
「おこんはわたしじゃが。」
なんだと、ついこないだ花の道行きは、こうふところに手さし込んで、
「おなつかしゅう、よう訪ねて下すった、あれから何十年、ついぞ忘れたことは。」
涙と鼻水すすりあげて、どうなってるんだこやつは、よそうべえは飛び出した。
なんかの間違いだ、え-と二十一んとき勘当されて、あれは幾つだ、いっち評判のおこんねえさんと、ー
火事だ、じゃんじゃん半鐘が鳴って。
うーん、でもってお不動さんてなんだ。
「不退転の不動明王だ、まずもってー 」
どっかで声がした。
だからどうだってんだ、よそうべえは歩いて行った。
なに初七日だって、ここは野っ原、霧がかかってさ、夏だってえのに野暮だあ、釈迦ん堂があったな。赤い屋根の、中見たこたねえけど、きざはしで遊んで、初の逢い引きんとき、うっふここでもって、ー
あれだれかいる、よしずのよっちゃん、
「あらよそうべえさま。」
「いやおれはたか。」
「あたしみちお待ってるの。」
なんだと、飴一箇でなびいたくせに、はなたれのみちおとな。
よそうべえは釈迦堂の中にいた。始めて入った、おっかねえ本尊さまと思ったら、やさしいお顔のまあ、柄にもなく手合わした。
外ではなにやらわめく、がきどもの声。
「死ぬってはどういうこった。」
口をついて出た。
死んだのかわしは。
お釈迦さまでもご存知あるめえってな、わしは、極楽とんぼと云われて、お店の金に手出して、とうとう見つかって、ひでえめみたっけ、雨ん中はいつくばって、乞食もしたっけな、おこんは向きゃがって。
人を殺めたってえだけはなくって、不義理親不孝、盗人まがいや、すんでに放火。
六歩歩んでもう一歩、
「死んだって償いはできねえ。」
ふうっと笑ったのは、お釈迦さまだって、二七日ってなんだ。あたりいちめんぽっかりとー
一本道が続いていた。
文殊菩薩さま、
「さよう、文殊普賢街道というてな、渡るか。」
と、云わっしゃる。
「浮き世にゃ帰ってこれんぞ。」
「はい。」
神妙によそうべえ、そういうきっと定めなんだ。
「三人よれば文殊の知慧と云ってな。」
よそうべえは辿って行った
めんどくせえ、知恵なんかいらねえや、思ったとたん地割れする、すんでに足をとられ、
「くわあ。」
生きてる証拠とよそうべえ。。
痛いかゆいは我慢もするが、けむってえのはといって、なんだか美しい風景だった。
山川草木の、月あり花あり、かりょうびんがか、
「あれはおきよだ女房もいる、おくみも。」
ほんのり笑もうたり、悲しい眉であったり、
花のような、まぼろしのような。
弟がいた、丁稚の三郎や、喧嘩仲間のよしぞうが、それが童わべになって、戯れ遊ぶ、白雲のような、茂みかげ。
「そうか、もとこういうことであったか。」
なにしろ歩いて行った。
音声が聞こえる。
お侍が怒鳴っている、借金取りが矢の催促、飲み仲間の喧嘩、女の悲鳴、
「なんだこれは。」
腹の中に聞こえる、池があった、蛙合戦。 普賢菩薩さま。
一本道はおしまい、
へえ、死ぬともうしゃばも恋しくなくなるか。なにやらおかしくなった。
「退屈ってのしかねえか。」
そりゃかなわんと思ったら、子守歌が聞こえる。
「おどまかんじんかんじん、
あん人たちゃよかしゅ、
よかしゅよかおび、よかきもん。」
ああどっか遠くの子守歌だ。なんでこんなに悲しい。
「はあてなあ。」
よそうべえはお遍路さんになって、歩いていた。
「水は天から貰い水。」
手合わせたら、お地蔵さま。
なんまんだぶつ阿弥陀さま、蝉しぐれったら弥勒さま。
だれを頼りにしょうたって、それから、どうしてこうなった、てめえの家の軒先に立っていた。
「退屈だ。」
苦労の甲斐あって、商いは順当に行く、でもってさ、わっはっはてめえの出る幕がなくなった。
主ともなると、
「あーあ。」
欠伸、芸者遊びだって、銭金だけのこと。なに楽しかろうや。
足腰や痛む、にのへのお薬師さんお参りして、おびんずるさんにお参りして、ばあさは観音講だとさ、ご利益があるったって、ないったって。
目の覚めるような美人だった。
勢至菩薩の生まれ変わり、浮き世離れしている、
「いやさ浮き世というなら、浮き世そのもの。」
財のありったけして、よそうべえは受け出した。人に見せるももったいなや、光八方に、百年は寿命ののびる、棗屋敷という、離れに住まわせて、
「夏の日は棗の花に咲き満ちて、
雨降り我れはここに宿仮る。」
とて、老いの身をしのぐはずのなつめ、ぼんぼり点したら、巨大などくろになって、ふーっと見据える。
よそうべえは腰を抜かした。
それっきり寝込んだ。
蛇が這うような夏、苦しい、早う楽になりたい、
「いっそ蛇になりたい。」
よそうべえは蛇になって這い出した、
外へ出た、
「大日如来って、お日さまのー 」
そやつを荷車が轢いた。
のたうちまわる蛇、
「苦しい、」
うっふうぽっかり虚空蔵。
十三仏さまを寄進いたします、すっかりお店を継いだ、それはせがれの声だった。
「遺言でありましたから、三十三回忌まで待って必ずという。」
なに、せがれでなくって、やつは孫だ。
「なんとな。」
そうか、へたな坊主の説教聞いたおかげで、三十三年間も悟れなかったぜ。
「わっはっは。」
よそうべえは笑った。
まごも坊主もあたりを見回す。

2019年05月30日