とんとむかし4

一夜神

とんとむかしがあったとさ。
むかし、とりや村の、よそうべえさま、女人禁制の、おくら神の森に、うっかり嫁さまのこと、口のはにした。
「どんがらぴっしゃ。」
雷鳴る、よそうべえさま、まっくろこげと思いきや、ふいっと姿消えた。
美しい嫁さま、長い髪の毛、すいていなさった。
手鏡にぺっかり稲光。
よそうべえさま浮かぶ。
「はあ。」
と、叫び上げりゃ、消え。
それっきりよそうべえさま、行方知れず。
遠くの親戚、知り合い、さがしてみたが、天に消えたか、地にもぐったか。
美しい嫁さま、手鏡を形見に、昼の間は、香を焚き、夜には、夜の床には抱いても寝た。 お山の修験者なと、ふれて来た。
「のうまくさんまんだ。」
祈って云わっしゃるには、
「黒髪につなぐ命、水にひたてばおもかげを、火にふっくべりゃ声。」
と、聞こえ。
形見の鏡を、水にひたてば、よそうべえさまの、おもかげ浮かぶ。
ものも云わずは、火にふっくべりゃ、
「おうわえわれな。」
つぶやくようの、はあやそれっきり。
嫁さま、おくら神の森に、身を投げ入れた。
その身八つ裂き、
ふうらり、よそうべえさま、もとへと戻る。
名も云われぬ、ふぬけになって、三日後、みぞへはまって、死んだと。



青葉の仙人

とんとむかしがあったとさ。
むかし、日向村に、清兵衛という人があった。
野伏せりが出て、村をかすめ取って火を放つ。手向かう者は殺す。におに隠れて、清兵衛、命ばかりは助かったが、かかいない。
盗人に取られた。
くわがら担いで、取り返そうとて、清兵衛、向かって行ったが、
「どうしようばや。」
そこへかがまりついて、思案。
まっしろいひげのじいさま出た。
「こええかどんびゃく。」
と聞く。
「こええわや。」
云えば、
「ほっほ、かか取られて切ねえか。」
「切ねえわい。」
「かかと泣いて蛙にでもなっか。」
「うっせえ。」
「ほっほ、」
ひげのじいさま笑って、
「ふわ-あ。」
大あくび、くわがら抱えて、清兵衛、ふいっと吸い込まれ、じいさまん腹の中、
「あわ。」
「静かにせえ。」
じいさま云って、風のように山川わたる、野伏せりどもの、砦へ来た。
さらったお財と、かかや娘らたけて、盗人どもは、酒盛りだ、
「青葉の仙人か。」
頭云った。
「いい声だってなあ、飲んで歌え。」
「すっけえ酒が飲めるか。」
「なにを。」
手下ども、
「まあまあ、世の中どなってばかりが能じゃねえ。」
「うっふう。」
ひげのじいさま、
「一つ歌の代わりに、手妻見せてやろうか。」
と云った。 「おうやれ。」
「土百のくわ踊りとござい。」
長い舌べろうりと出す、先にくわもった清兵衛。
「ほんにこいつはどんびゃくだ。」
「目むいてやがる。」
「わっはっは。」
盗人ども、
「どうじゃ、わしの土百と手合わせするものはいねえか。」
ひゅーるり納めて、じいさま。
「おんもしれえ、人を殺すのは飯食うより好きだ。」
だんびら引っこ抜いて、ひげの大入道、ひゅーるりどん百、
「どんかつっ。」
入道頭、血しぶき上げてふん伸びた。
「なんとな。」
「酒と女に目ねえからな、あいつは。」
槍をしごいて、かにのような毛むくじゃら。
「でやーがち。」
かに男が泡吹いた。
しーんとする、
「仙人だと。」
「意趣あるってか。」
「やっちめえ。」
八方からおそう、てんでの柄ものが、
「かんぴっかり。」
電光石火。
のたうつ盗人どもの山。
「お見事。」
野伏せりの頭、
「なんとな。」
「役立たずなどいらん、わしとおまえが組めば。」
「では、つるべの重石にでもしてやっか。」
ひげのじいさま、頭呑み込んで、行ってしまった。
「なんてお強い、せいべえさま。」
「助かりました。」
泣いてかかや娘らとっつく。
「お、おれじゃねええ、ひげのじいさま。」
じいさまいなかった。
「神さませえべえさま。」
よわった。
清兵衛のかか寄り添う。
お財大八車に、かかや娘らして村へ凱旋。
日向村に豪傑あり、
「くわの清兵衛。」
とて、一生びくついて暮らす。
「かかと鳴く、蛙になったほうがよっぽど。」
と、青葉の仙人のことは、ようもわからん。



天狗のわび証文

とんとむかしがあったとさ。
むかし田安の、三郎右衛門、
名に聞こえた、力自慢、
嫁さまきっての、器量よし。
お山の天狗が、力比べ、
「勝ったらかか、貰うて行く。」
「力自慢は、無用のことじゃ。」
きええおうりゃ、天狗は叫ぶ、
そこの大石、つっさし上げる、
どーんと投げりゃ、屋鳴振動、
三郎右衛門、大石もたげ、
あった処へ、そろーり置いた、
「互角じゃな。」と天狗、
ふわーり舞い飛ぶ、神明さまの、
しめなわ取って、下りて来る、
「そんでは次は、綱引きじゃ。」
二抱えもあるしめ縄、びーんと張った、
「おうりゃ。」「うむ。」
真っ赤な面、火吹くようの。
天狗はむうと、引かれ立つ、
ばんとしめなわ、ふっ切れ、
人と天狗は、もんどりうった。
「またあいっこじゃ。」天狗、
「はっけよい、今度は相撲。」
がっきと組んだ、赤山大岩、
一押し二た揉み、天狗はぷうと、
鼻の目潰し、ぺったりひっつく、
「なんたらこやつ。」どうと投げりゃ、
天狗はふうわり、宙に浮く、
その手とって、土に付け、
「勝った、嫁さまもろうて行く。」
卑怯云うたて、まっくらけ、
嫁さまきっての、器量よし、
にっこり咲もう、「お力自慢の、
天狗どの、わたしと勝負。」
「おっほう。」天狗は喜ぶ、
「どりゃ祝言の、前祝い。」
嫁さまそこにへ、水を汲む、
「たらいの水を、真っ二つ。」
「きええおうりゃ。」天狗は、
真っ赤な腕を、ふり回す。
水はどうと、溢れるばかり、
「ううむなんと、おまえはどうじゃ。」
「はいこのとおり。」嫁さま云って、
水を二つに、汲み分けた。
「卑怯。」天狗は怒る、
「卑怯というは、おまえさま。」
三郎右衛門、目つぶしとれる、
天狗の前に、仁王立ち。
「失せろ。」というに、天狗は退散、
日本一と、人の申すは、
「かかのほうなが。」三郎右衛門。
嫁さまぽっと、赤うなる、
仲のいいのも、天下一品、
神明さまには、天狗の足駄、
「里へは二度と、現れ申さぬ。」
わび証文が、くっついた。



うばっかわ

とんとむかしがあったとさ。
むかし、下田村の、太郎兵衛どんな、七八人もして、秋は紅葉木山に、たきぎ取りに行った。
日和もよげじゃ、上倉山には、鬼や住まうというし、すすきっ原には、山姥、こおっと谷内っぱら光る、村の一人三人、いねえなったそうの。
かっつと、なたうっていたら、のっかり、うんまげなしめじ生いる。
「におい松茸、味やしめじ。」
「谷内んみ山の、やぶの露。」
「おくのしめじは、人にはやるな。」
「山でうんまいのは、おけらにととき。」
火に炊いて、食おうという、
「よしたがいい。」
太郎兵衛どんな云った。
「あたったらおおごと、かかの炊く飯食っとけ。」
なもなほっとけと、燃し火に、あやしげなしめじ炊く、
「かかと鳴くのは、田んぼの烏。」
「西が曇れば、雨が降る。」
みなして平らげた。
平らげるとからに、馬鹿陽気、木山、紅葉かざしに、舞い踊る。
「さるけ田んぼの、谷内っぱらすすき、腰もぬかるよな、深情けハイ。」
「情けねえったら、からすがか-お、夏は過ぎたって、芽は生ひぬコリャ。」
「老いぬはずだよ、姉ケ峰さまは、万年ま白の、雪化粧ハイ。」
「雪ん中だて、願生寺の鐘は、八里八方に、がんと鳴りわたるコリャ。」
「雁が渡れば、十寒夜、食うや食わずも、米の餅ハイ。」
「米の餅食って、お蚕包み、生まれ中野の、大家さまコリャ。」
「大家さまには、およびもないが、せめてなりたや、殿様にハイ。」
おう苦しやの世は、と云って、七人八人、急に四つん這いになって、這い回る。
たまげたは、太郎兵衛どんな、
「次郎兵衛、三左、与右衛門。」
名呼び馳せまわったが、つゆの一人も、聞き分けず、
「だから云はねえこっちゃねえ、あんげなもの食らいっやがってからに。」
おろおろ云うて、つっ立った。
どうと風、吹き散る紅葉。
すすきっ原の山姥、丈の白髪さらして立つ。
「ふは。」
太郎兵衛どんな、四つん這い、
「こうやあ、
めんこい牛ども、
おらがしめじの、
味やみたか、
山はだし風、
雨は降る。」
杖ふるって、人牛どもの、けつっぺた、かっ食らわせる、散らう紅葉を、奥の岩屋へと、追い立てた。
太郎兵どんなんも、いっしょくた。
どんがらぴっしゃ、雷。
雨はさんさ、すすきっ原の、洞屋。
洞屋ん中には、屋敷のような、大臼が回る。
何をひくやら、どんがらごおろ。
人牛どもと、太郎兵衛どんな、くびかせして、そやつを押し回す。
「姥の洞屋は、この世の地獄、
生きて日の目は、拝まれぬ。」
山姥、ひき粉さらうて行って、釜にがんがら煮え立てる。
「どんがらごおろと、堂々廻り、
味噌も糞だて、いっしょくた。」
燃し火に、牙てっかり、
「一つへんごが、引かれて行かあや。」
杖ぴっしゃあ。
山姥なにやら歌う、
「七つ七草、龍のひげ、
陽の鼻くそ、月のもの、
月の十五夜に、こねくりあわす、
千載秘法の、天の速舟。
 かみくら山の、鬼や教えた、大食らいめが、すかしっ屁。」
かかや子は、なんしているやら、日も夜もなしの、杖にうたれて、おうおうさかり狂う、人牛ども、いっそしめじ食って、気ふれていりゃあと、太郎兵衛どんな。
釜沸き立つ、山姥の歌、
「もずのはやにえ、高うに刺せば、
雪は早ええぞ、熊ん肝、
だけのかんばの、さらやぐ春にゃ、
いもりゃ蛙の、つかみ取り。

なんで年寄る、牙生にゃならぬ、
てめえの親を、食たわけでなし、
丈の白髪は、まっしろけ、
めくらの鬼だて、そっぽ向く。

髪蔵山の鬼さへ、来ねえば、
請うて急かれて、玉の輿、
小町娘と、云われたわしじゃ、
日もまぶしっや、花嫁御料。

人は来たかと、外に出て見れば、
すすき洞屋に、四日の月、
浮き世のはてを、ふえくたばりゃ、
鳴るは氷柱か、もがり笛。

お月さん、
あした目覚めの、
涙のしずく、
ひとたれ飲みゃ、
十五七娘に、若返る。」
何日たったか、地獄の洞屋に、うら若い、乙女子が、さらわれて来た。
なんぼ萎れたが、蓮の花。
見れば、
「お花でねえかや。」
太郎兵衛どんな、大声。幽霊でも見たかと、お花、
「おれだ、太郎兵衛どんだ。」
「おう。」
と、泣く、
「夕べな、井の水汲みに出て、したらお-ん、わかんのうなった。」
「泣くな、きっとおれが助けてやる。」
太郎兵衛どんな、どんがらごうろと、あっちへ行けば、杖ぴっしゃあ。こっちへくりゃ、お花にっこり。
瓶抱えて出て、山姥、むりやり、お花の口へ含ませた。
お花倒れる。次の日、よだれたらしてけったり。
「お日さま赤かい、
すすきゃ白ろい、
狐の嫁入り、
雨さんさ。」
云っても聞こえぬ。太郎兵衛どんな、
「雷ごおろ、
杖はぴっしゃあ、
おらが死んだら、
かかは後家。」
わかんのうなって、引かれて行く。
やけにしーんと静まり返る。
一人二人、死んだか生きたか、洞屋押し照る、月明かり、
「きええ、この舟は、こそともせん。」
わめき声。
太郎兵衛どんな、ふうらり立った。
寄って行くと、外は満月、真昼のようなな月明かり。
丈のしらが逆立てて、山姥、
「十日九夜、眠らず食わず、屁もひらずは、白髪焼きっぷくって、こさえたこの舟は、こそとも云はん、ぴくともしねえ。ええ、たらかしおったな、かみくら山。」
月の光を、しらじら浴びて、丈八尺の土の舟。
けったり、まんまるう月を指さす、生まれたまんまの、狂ったお花。
「女までこけにしくさって、ええい、この舟は、こうしてくれるわ。」
山姥、杖振り上げる、
「待った。」
闇を大声、
「しらみったかしの白髪婆あ、そこらかいいたって、りんき起こすな。」
ぬうっと一本角、目鼻くしゃげて、口ばっかりの、とんでもしねえ、大鬼。
「すかしっぺえめ、よくもまた。」
つかみかかる山姥をいなして、
「ふんがあ。」
丈八尺を、嗅ぎまわす。
「こやつは、ぬえこの草がちいっと足りん。」
鬼は云った。
「七草か。」
「おうさ。」
「わしもそったでねえかと思った。」
「今からでも間に合う、取ってこう。」
「よっしゃ。」
山姥、杖をとって走る、見送って、かみくら山は、大欠伸。ふわあと、洞屋の、太郎兵衛どんまで、吸い込まれそうな。
月が傾く。
「たらかされおったな、ばばあめ、舟は夜明けの露、吸うて飛ぶ。」
きいらり光る、丈八尺の、土の舟。
くらめき透る。
「来たか。」
鬼は乗り込んだ。
ふうわり浮かんで、かっ消えた。
「うわっはっはっは。」
天をゆるがす、大笑い、
「悪う思うな、月の神さん、
涙しずく、一たれとって、
二十壮男に、若返る、
しらみたかしが、くたばるころにゃ、
十五七乙女が、よりどりみどり。」
山を裂く山姥の声、
「きええ、たらかしおったな、すかしっ屁めは、てめえ大食らいの、どくされ腹、鎌でかっ裂いて、千間谷内はめこんで、犬は百匹けやしっかけて、ー 。」
「その舟待てえ、おめえとおれの仲じゃねえか、つれないことすな。」
しーんと谷内。
「舟は丈と八尺、大食らいの図体じゃ、行くは行ったが、帰りはもたねえ、月はうまずめ、おまえは一生、やもめ暮らし。」
 太郎兵衛どん、我に返った、
「逃げ出すんなら、今のうち。」
洞屋の戸を、押し開ける。
そろうり歩むと、
「ふやわあおう。」
なにやらまといつく。
生まれたまんまの狂ったお花、ぶったまげたは、
「こらえてくれえ。」
夢中でお花、ひっぺがす、
「この上人めらに。」
声聞きつけて、山姥、嵐のように、もうそこへ来た。
どうしようば、袋のようなが、ぶら下がる、太郎兵衛どんな、それ取って、ひっかぶる。
「ふんが、ここらで見たが。」
行き過ぎる。
隙に突っ走る。
夜っぴで、山馳せ下りた。
あしたの明けには、村へ、
「助かった。」
太郎兵衛どんな、ぶったおれて寝入る。
日は高うに上る。
向こうへだれか来た。
ありゃあ出戸の、
「おーい三兵衛、おれだあ。」
三兵衛きょとん、
「声はすれども、姿は見えず。」
出たあといって、逃げる、はあて、太郎兵衛どんな、ひっかぶった、袋のようなな、着たっきり。
なんとそやつ、死んだ仲間の、なめし皮。
「なんまんだぶつ。」
声はすれども、姿は見えず。
「そんではこれが、姥っ皮。」
どうせのこんだ、着て歩く、
酒屋へ入って、ただ酒食らう、おめえも飲めや、二人痛飲、なにはなんたて、帰って来たあや、歌声ばっかし、道を行く。
「しらがばばあは、くされ死に、
かみくら山は、やもめ暮らし、
死んだ仲間に、酒一献、
お月さん、十六夜、
かわいそうなは、狂ったお花、
すすきゃしいろい、雪が降る。」
雪が降って、ぴえーと風。
姥っ皮、そのうち、身にとっついて、はがれのうなる。
はあてや。


谷内のたにしも

とんとむかしがあったとさ。
むかし、戸口村の、七郎兵衛、春はしんどい田起こし。のったくばった、日んがなに花咲く。
ひらりほらり。
花の辺りに一休み。
「あんりゃあ。」
まっしろい足が、にょっきり。
「しれものめえが。」
お声はぴっしゃり、かすみはほおっと、花に花。
「はてやあ。」
そのあと、汗みずくして田起こし、七郎兵衛、夕べな帰ったら、かか、
「まんずは、今んごろから。」
と、そっぽ向く。
でもって、飯まもろくに、よそっちゃくれぬ。りんき起こしやがってと、七郎兵衛寝入る。
あしたの朝、出て行くと、
「なんてや、ばちあたりめが。」
と、人は云う、
「お天道さま出るってがに。」
犬は吠え立てる。
かかや娘ら、戸をぴっしゃり。
七郎兵衛引き返す。
田起こしもならぬ。
かかお面を買うて来た。
「これかむってけ。」
と、まっしれえ役者の面。
かむって出りゃ、
「うへえ気味わりい。」
「あの面の下。」
人は後ろ指さす。
かかに手引かれた子、わあと泣き出す。
まずかったか。
ひおとこの面はどうじゃ、
「なんだああいつ。」
「仕舞いでもしようってか。」
そっぽ向く。
おかめの面、
「いいっひっひ。」
へそ曲がるという。
板っぺらに、目ん玉の穴だけ開けた。
「うわっはっは。」
大笑い、
「こらえてくれえ、しちろべえ、いいっひいっひいてえ、うへ。」
名主さまなと、腰たがえる。
くそうめ、七郎兵衛、ほんもの真っ赤に隈取りして、ぬうっと出た。
「おっほう、こいつは一丁さけた。」
と人、
「どっとな。」
「うっふう。」
「触らせてくれえ。」
と、かかや娘までよったくる。
しんどい春の田起こし終わる、めでたや今日は、お田植え祭り。
赤いけだしの、娘たちにまじって、へんごなお面だの、赤いくまどりしたのが、差す手引く手に、舞い踊る。
「さーやさやさや花の、
花のさくや姫さま、ほ。
どんがらぴー。
お好きなようじゃて、ほ。
じゃもんで、
谷内のたにしも、
ぷったかふた開く、ー 」
花のさくや姫さま、たまげた、
「あらいうがいなの、」
へんごなのもとへ戻したって、お好きなようじゃての歌は、続く。
「さーやさやさや花の、
花のさくや姫さま、ほ。
どんがらぴー。
お好きなようじゃて、ほ。
じゃもんで、
でとのどじょうも、
にょろり太って、ー 」



珊瑚樹

とんとむかしがあったとさ。
むかし、こうのもりの鳴王という人が、みことのりを奉じて、海を渡るついで、竜宮の使いが現れ、
「乙姫さまが、ほうらいに里帰りされる、ついては三日ばかり、預かって欲しい。」
といって、玉を手渡した。
鳴王は預かって帰り、三日たったが沙汰もない、竜宮の三日は、この世の百年であった。 こうのもりの清い清水に、鳴王は、玉をひたち、寿をまっとうしてこの世を去った。
清い清水の辺りに一樹が生える、百年めに花を咲かせた、美しい花であった、風鈴のようにころと風に鳴る、花片が落ちると、清い清水は溢れ、川になって、海にさし入れた。人々は、この樹をもって舟をこさえ、玉を乗せて、竜宮に返したという。
玉を迎えに、たいやひらめや、海の魚が押し寄せた。川は閉じて、湖となった。山を深くに、たいやひらめが取れたという。
湖は干上がって、こうのもり、たいら、うさの三ケ村になった。このあたり井戸を掘ると、時に塩気があって、それを飲んで育った子は、力持ちになった。
平らの女角力といって、神社には、女角力の奉納があった。
別の伝えでは、ひいだかという漁師の網に、しおみつの玉がかかった。
その夜の夢に、乙姫さまが恋をした、月の神さまと逢い引きする間、玉を預かってくれと聞こえ。
ひいだかは玉を祭り、三日に一度網を入れると豊漁であった、玉は預かりっぱなしになり、ひいだかが死んだあと、一樹になった。
珊瑚樹というのだそうで、月の光には、くらめきとおって見えなくなった。



川役人

とんとむかしがあったとさ。
むかし、清洲村の、大河っぱたには、よく土左右衛門が上がった。
上で流されたり、心中者が出ると、どういうものか、この辺りに上がる。
役人が、村当番を指図して、引き上げ、こもをかぶせたまんま、仮供養する。
「なんまんだぶつ。」
坊さんが間に合わずとも、手をあわせて、なれっこになっている、村人もいた。
彼岸もじきだというのに、喧嘩出入りがあったそうで、この日は次から次へ、土左衛門が上がった。
たいてい現場にも行かぬ、お役人が、
「どんな塩梅だ。」
と聞いた。
「へい、向こう傷があるみてえで。」
「それは、お取調べの方だ。」
「あのう。」
と年かさが云った、
「仏さんは、おはぎが食いてえそうで。」
「そうか、彼岸であったな、供えてやれ。」
とお役人、
「ありがてえことで。」
といううち、また一つ上がって、
「今度は、茶が飲みてえんだそうで。」
「供えてやれ。」
また上がった、縁起でもねえで、今度はお清めの酒だという。
いやおおごとだと、お役人も、重たい腰を上げて行ってみた。
みなして飲んだり食ったりしている。
「どういうこった。」
「へい。」
年かさが云った。
「おかげさんで、腹いっぺえだと申しておりやす。」
だれかこもをはぐ。
土左衛門は、ぱんぱんに膨れ上がる、
「うっぷ。」
といって、お役人は突っ走った。
そのお役人に、お神酒が上がる、
「ここはわしらでもって。」
と云う、
「十日たった心中者だそうで。」
といって、三人の村当番が、十人もして行く。
まあそういうことかといって、飲んでいたが、いやこうしちゃおれぬといって、出向いてみた。
十人よったくって、大騒ぎして水鳥を捕まえている。
「どうした、そやつは取ってはならん鳥だが。」
と云うと、
「へい。」
と年かさが云った。
「こやつが出ると、仏さんが、また流れってことになって。」
「なんとな。」
「鳥はやつめをつうるり、このう。」
「え。」
「やつめはとくに心中者にたかって、傷口やら穴という穴に、何百も。」
お役人は、まっさおになった。
「お見せしやしょうか。」
かたっぽうは上がったんで、という。
「いやそんな鳥を、人が食うわけないな、うっぷ。」
といって、突っ走った。
なにしろ、いやな役であった。



飯沼大明神

とんとむかしがあったとさ。
むかし、ほうのつに、飯沼という大沼があって、飯沼大明神を、お祀りする。
沼は時にふくれ上がって、七つの村を、水浸しにする。
「仕方がない、大明神さまじゃ。」
といった。
ひでりには雨乞いをする、一天俄にかき曇って、大雨が降った。
乙女を人身御供にしたともいって、にわとりに、お神酒を供え、そうして箸を投げ入れた。飯沼の名は、そこから出た。
あるとき、雨が降らず、さしもの飯沼が干上がった。
大明神さまがお姿を現わした。
大だらいをこさえ、そこへお入れ申して、青竹をつないでもって、人々は、山清水を注いだ。
雷鳴って、三日も大雨が降り、たちまち飯沼は、もとへもどった。
波がうねって行った、雑魚が滝のように跳ねた、流木かと思ったら、ひげであった、山のような口であった、なと云う人は大勢いた。
だがもう忘れられていた。
お宮の中に、古い木片の束が、十も二十も見つかった。
「このじゃまっけなもな、なんだ。」
「ゆっくりお神酒も飲めねえ。」
きっと、大明神さまに、てんご盛り、まんま持ったおひつじゃ、という人がいて、みなして、たがをこさえて、はめこんだ。
まんまるではない、三間に、十間もある。
「おひつってより、たらい舟だあな、これは。」
ころを噛ませて、そうろり水に浮かばせてた。
十二、三人乗り込んでも、びくともせん。
かいや棹で漕いだ、のったりどっちへ向くかわからない。
「こりゃ、おもしれえや。」
よったくって、支えなと入れて、大明神さまのお祭りに、しめ縄張って漕ぎ出した。

三年たったら、七つの村に、各いっそうずつ仕上がって、にぎやかにお飾りつけて、

「大明神さまへ奉納。」
といって、漕ぎ比べ。
のったりばった、張り裂けたり大騒ぎ。
一等は、花嫁姿の娘を乗せて、沼の真ん中に、酒を注ぐ。
そうしたら、とつぜん水が盛り上がって、舟ごと呑み込んで、行ってしもうた。

2019年05月29日